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2020-10-18

五右衛門、切られすぎじゃね?

腕の筋肉の断面が見えてるんだけど。

https://www.youtube.com/watch?v=uAWwX9R3ylQ

こんなに削がれたら武術家として再起不能だとおもうが。

バキの世界だと、アキレス腱を食いちぎられても手首が切断されても治っちゃうけど。

2020-09-01

発勁にまつわる勘違い

ネタ増田を受けて、というより暇つぶし

マジック詐欺ではない

触れずに倒す、などのはっきり言えば別ジャンルの人によって勁は随分勘違いされてきました。しかし勁はマジックでもなければ詐欺でもありません。そればかりか日常的に勁は使われています。勁とは力の作用の仕方を総称したものからです。例えば野球選手の投球フォームハンマー投げ選手の重心移動なども勁の一種です。それが今日の体育的か武術的かの違いに過ぎません。

発勁

実際のところ発勁という単語日本特有のもので、中国では単に勁と書きます

マジックじゃないならなんなの?

身体操作法です。武術観点から言えばひねらずためず、肉ではなく骨の力を使うことが多いです。この場合骨盤肩甲骨の回転、地面の衝撃を止めずに流す手法などが取られます

勁には一番簡単な実感方法があります。ご自身で手を伸ばして、その先端が地平線上に糸でどこまでも引っ張られているとイメージしてください。その後その伸ばした腕が曲げられるか第三者に試させてください。普通に力任せに曲げられないようにこらえたときと違い、糸が伸びるようなイメージで伸ばした腕は曲がりません。このように「勁を働かせる」とは、普段惰性で行っている身体操作意識の持ちようで別の動きに変えることを意図しています

站椿とか気功とかやってるじゃん

身体操作の内部的感覚を錬成するためにやるだけで、その感覚を得やすいからやってるに過ぎません。ちなみにこっちばかり先鋭化されすぎるとMMAボコボコにされた某気功家みたいな悲惨勘違いを生むことになります。ちなみにあの気功家、大東流柔術とは全く無関係大東塾武道という流派呼称しています大東流の方もさぞ迷惑だったことでしょう(もっとも、これは擁護ではなく大東流の方々が直ちにMMA勝負できるという意味ではありません)。

武術家は弱い。発勁もないに違いない

かに現代的な練習を積んでいない武術家はぶっちゃけ弱いです。最近事件として中国MMA格闘家太極拳指導者を叩きのめしたことは記憶に新しいです。この点は各方面から伝統派も実践スパーを取り入れるべきだという意見が飛んでいます。一方、伝統派がスパーを入れて競技化すると武術的な技は形骸化して意味を失います極真空手の型、柔道の寝てからの攻防など、体育化によって失うものもあります

また、武術家全員が弱いわけではありません。古流空手出身RIZINトップファイター堀口恭司選手は、靭帯怪我に泣かされて朝倉海選手に敗退するまで連戦連勝でした。彼は古流特有のロングレンジからの突きを多用します。また、総合UFC活躍する菊野克紀選手は古流空手で、そのパンチであるナイハンチは浸透勁の手法です(システマの打ち方に似ているという指摘もあります)。キックボクシング大月晴明選手合気道歩法キック試合に取り入れた結果、ロー必ず当たるようになったと語ります勘違いしてはならない点として、彼らは脱力した技法を用いるにしても、筋力の鎧はまとっているという点です。打たれてダウンする選手活躍できません。

また、武術当人が弱くとも、勁を通す技術体系そのものまで貶められるのは筋が違います上記選手の方々のように使い方次第です。

増田の言うようにブロック壊せるの?

別段ブロックは皮膚と内部を巻き藁あるいは鉄砂掌でならした空手家や拳法家が普通に壊せますので、勁とかそういった(働きもありますが)大げさなものではないでしょう。それに、内部に効かせるものが多いと思いますボクサーなどにも言えますが、効くパンチパンチングマシーンなどの衝撃測定では結構な落差が出ると言います。力を抜いてインパクトの瞬間だけ握りしめる手法一種の勁で、この方法相手の反射、例えばカウンター時に合わせるなどして一挙に意識から意識を持ってゆきます

現代体育的な動きに取り入れられる?

実はここが一番問題です。本格的な勁の多くは極端な脱力によってもたらされるもので、力を込めて威力を加える近現代的な体育の身体作法とは真逆アプローチを取ります組み込み難さはかなりのものでしょう。そして、一番の問題は応用が効くまで一定の型内でしか発揮しにくい、という点です。例えばリング際で胴タックルから肘を入れられてのけぞらされた場合、少なくとも地面を利用した勁を使うことはできなくなります。こうした不測の事態を考えていない武術家は不利な状況下での身体操作理解していないため、上述の太極拳指導者のようにやられてしまますもっとも、あの人の場合ただ単にパンチに反応してないだけですが。

太極拳とかゆったりとした体操意味あんの?

あれをそのまま使う人はいません。基本的に力の流れを意識して体の内部を注視しながら感覚を身に着けさせるためのメソッドしかなく、体操化した太極拳にはそうした体内を注視する意識も欠けています実践の際にはもっと素早く動きますが、初心者に素早い動きをさせると力んで力を使うため、ゆったりと感覚を身に着けさせるように誘導します。

なんで散打大会寸勁ワンインチパンチ)使わんの?

今の所中国ですら武術スポーツ化していると言われており、武術的な型を使ったスポーツ化している選手が多いのではと推察しています渡航しないとわかりませんけど。試合の流れの中で使う分には、散打特有の投げルールポイントを駆使したほうが勝利やすい、などの理由もある気がします。

簡単な勁

肩口から出る力を使い、脱力してインパクト時に握り、ミットやサンドバッグにあたった瞬間にその衝撃だけ伝えて手を引く、いわゆるジャブは肩口からの勁です。また、コークスクリュー・ブローは纏絲勁を前腕、リスト部分に用いた限定的用法です。

結論

限定された動きのみならず、すべて格闘技と異種格闘戦を行って武術アプローチ対策を練る、現代的に見ると変な武術家が現れない限り、実力があるとは認められないのも事実かと思います。そんな申し出は社会的にも失礼な話ですからね。打撃に混ざって練習生を崩して投げるやつがいたら練習生の邪魔になります

また、多く武術は投げ以降が簡単関節技しかないため、寝技のあるMMAスパーしても今度はMMA側が楽勝すぎて練習にならないでしょう。故、塩田剛三先生クラスでなければ寝た瞬間に力んでしまい、固められておしまいかと思います。この辺は型として、それも打ち込みで反復練習できる実践的な型として勁をどう使うか、という研究が足りない気がします。

追記

id:sangping よく分からんが、勁が「力の作用の仕方を総称したもの」なら、昔ながらの抽象的な表現をそのまま用いず、物理数式に置き換えて実証すればいいんじゃないの? 現代なら計算によるシミュレート可能だろうし。

故、松田隆智氏の突きを計測した結果、体当たりに近い波形が計測できたようです。

こうした研究継続的に行われるべきですね。

2020-08-15

アニメの格闘術

宮崎駿もののけ姫取材のさい、武術家甲野善紀黒田鉄山だった。多分甲野)の動きを参考にした。

その時監督先生の動きはコマ飛ばしたみたいでアニメの参考にならない、といったそうだ。

最近格闘系のYouTubeばかり流し見しているが、トップクラスボクサーキック選手動画はなにをやってるのかわからない瞬間がある。単純に技術が細かすぎてよくわからない面と、単純にスピードが早すぎてよくわからない面と二種類ある。特に軽量級の選手は巧くて速くて細かいので余計にわかりにくい。動きも最短距離イメージして動いてるので、中間動作や打ち初めの溜めがない。溜めがないのでワンツーも寸断なく出てくるし、囮を打って誘い、カウンター成功させた際もあまり上手に理解できない(格闘経験レベルの差が眼の差になって出てくる)。

アニメ場合全く逆だ。大げさな溜め、見せ絵になる中間の振りかぶりトリガーボンズ作品に多い)、ヒットしたときに拳をすっと戻さずに撃ち抜くなど、まるで格闘的ではない。上体や下半身の動きも大げさで、その代わり人間の関節稼働限界を超えた動きを何分も行う。むしろそっちのほうがアスリートとして驚異的な気がしなくもない。スウェーから背筋だけを利用してウィービングを何回繰り返しても、アニメならちょうどよい表現になる。しか格闘家なら奇妙な体幹の持ち主だ。

アニメ的な動きはこのように大げさかつ隙だらけで、それなのにフィジカル能力の高さだけででかわしたり打ったりする。おかげでアニメ格闘のラリーはかなり長い時間無駄な体力を消耗しながら進む。溜めの多いテレフォンパンチ大仰なモーションと尋常ならざる速度でかわし続けるのだ。地面をける時も大げさなので、本当なら移動する場所が丸わかりである

攪乱作戦などを用いたアニメの動きも演出上もたつく。撹乱された相手は大仰にたじろいでしまう。本来一流の戦士ならば撹乱された場所からすぐに移動して視界を確保するものだ。しかアニメの一流の敵はなぜか味方の攻撃に思うままに翻弄される。その間の秒数も演出なのでとても長い。

要するに日本様式美は今もって歌舞伎的で、おそらく殺陣リアリティや美しさよりも伝わりやすさを重視するのではないかと思う。とは言え、リアルさを匂わせるものもある。ナウシカのユパの動きはまるで武術的で、あのナイフパリィは若干の参考資料が入っていることを匂わせる。中国拳法の推手から入る攻防、特に詠春拳截拳道の攻防に近い。飛び込んで入る演出も多分に演出的ではあるが、中心をしっかりガードして体をすぼめて銃弾から身を守っている。そして敵から目をそらしていない。大変合理的だ。そりゃ討ち取って名を挙げられない。

アニメデカダンスにおける空中戦

デカダンスは基本対人戦ではなく、対ガドル戦ではある。ただし体の動かし方は上項の指摘に沿っている。溜めの多いモーションと力んだ投球フォームで彼らは針を投げる。本来あの針はダーツのように斜めに構えて持ち、すっと突き出すように投げたほうが刺さりやすい。地上なら投げやりのフォームが参考になるが、空中に浮いているならダーツだ。あとは重力が導いてくれる。持ち手が順手の場合、ボーリーングのスローイングに似た動きをとればきれいな垂直を描いてガドルに刺さる。しかし、デカダンスで力みないフォームでガドルを倒すカブラギやナツメがあってはならない。攻撃感情が乗らなければ演出にならないからだ。

この世界室伏がいれば、かなりの戦績を残すことだろう。

進撃の巨人に対する見解

あの武器はいけない。折ってくれと言ってるようなものだ。巨人急所攻撃する目的なら刺す系列武器有効だろう。彼らの構造遺体は人体を模倣しているので。筋肉の隙間と骨の継ぎ目、そして巨人の弱点である首を狙えばいい。そう考えると実はハンマー系のほうが無力化に有効な気がしなくもない。そう思えば巨人に鉄球をぶつけるアイディアは遠からずといった感じもある。

2020-04-01

武術とか

昨日Youtubeを見てたら、ブルースリー直系の武術家というのが出演していて、ワンインチパンチとか鞭打とかを披露していた。

弟子ワンインチパンチをぶち込んで、吹っ飛ばしたり、弟子以外の人にも入れて「すごい!すごい!痛い!痛い!」って動画は大盛り上がり。

若い時は、古武術とか中国拳法とか合気道とか、そういうのにすごいワクワクしてたけど、今はまったくなくなってしまった。

格闘技ならK1とか総合のほうがいいね

2020-03-25

K-1に冷めた

格闘技は大好きだった。自信のなかった自分を救ってくれたのは格闘技だった。フルコンタクト系の空手10数年続けてきた。

結局強くはなれなかったけれど、練習自分にとっての修行だと考え、真摯に向き合ってきた。

先生に恵まれ稽古仲間にも恵まれた。とても充実した時間稽古の中で過ごすことができた。

K-1を見るのも大好きだった。道場では、フランシスコ・フィリヨ選手稽古をつけてもらったこともある。ニコラス・ペタス選手には何度も手取り足取り教えてもらった。ものすごく楽しかった。武術家で、プロ格闘家でもあった彼らは、自分にとってのヒーローだった。憧れの対象だった。強くなりたくて、彼らの動きを見て、自分なりに研究しもした。結局、強くはなれなかったけれど、かけがえのない貴重な時間を与えてもらえた。

さて、中国武漢発の新型コロナウイルス世界中惨禍を撒き散らしている昨今、こういう状況下でK-1という一大イベントが開催された。やってはならないことだった。国に責任押し付ける人々も多いけれども、それは子供じみた理屈だ。大きなイベント主催者は、興行不可能になる事態もあらかじめ想定して、中止のオプションも持っていなければならない。今回のK-1開催は、巨大な感染源を作る恐れが大いにあるなかでの、極めて危険行為であり、多くの専門家が身を削って対策を練り、実行に移し、大勢の人々が感染を食い止めようと重ねてきた努力を無にするおそれのある非常に危険行為だった。

主催者は、己の経済的得失と日本人全てが負うことになるリスクを天秤にかけ、己の利得を優先させたのだ。

K-1に出場した選手たちのなかには、誰がなんと言おうと格闘技は素晴らしいんだとか、こういう時期だけれども格闘技でパワーを得て帰ってほしいなどと、アドレナリンが頭に満ちたような言葉を発して盛り上がっていたようだが、端から見ていてばかにしか見えなかった。

彼らのように強くなりたいと思って努力を重ねてきた自分なのだが、なんだか冷めた。

落ち着いて考えれば、しようがないのかなとも思う。格闘技しかやってこなかったような人たちなのだ。極端に視野が狭い。特定の分野だけに限定した思考を重ねて来た、一種天才たちなのだろう。視野の狭い思考しかできないというか、あえてそうなるように努めてきた人たちなのだろう。一般的想像力に欠ける。そうでなければ、他人の頭部を思い切り繰り返し打撃するなど、できたものではない。

殴り合いや蹴り合いに強くなるよりも、もっと大切なことがあるのだ、ということを今回のコロナウィルス禍は私に見せつけてくれた。



2019-07-12

走れタヌキックマスター

タヌキチは激怒した。

必ず、かの邪智暴虐の王、カポエイライオンオーを除かなければならぬと決意した。

タヌキチには政治がわからぬ。

けれども、邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。


タヌキチは駆け出した。

必ず、かの酒池肉林王宮ピィアールへと向かわねばならぬと決心した。

タヌキチには道順がわからぬ。

けれども、タヌキチが道を尋ねた人々は、人一倍に親切であった。


タヌキチは苦悩した。

必ず、かの悪逆無道の王を倒すと決意したのに。

タヌキチは、門番カタハライタチノスケにすらかなわぬ。

けれども、タヌキチは、強くなることには、人一倍貪欲であった。


タヌキチは奔走した。

必ず、かの深山幽谷に住む伝説武術家に教えを請わねばならぬと思案した。

タヌキチは、その武術家サイキックマスターの居場所もわからぬ。

けれども、王を倒すためには、人一倍修行必要だった。


タヌキチは修行した。

必ず、艱難辛苦を耐えて強くならねばならぬと我慢した。

タヌキチの全身は、タヌキ血に塗れ、もはや時間感覚もわからぬ。

けれども、師匠指導に対しては、人一倍努力したのであった。


タヌキチは疾走した。

まずは残忍酷薄の部下を倒さねばならぬと疾駆した。

強くなったタヌキチには、メスイタチ門番をはじめ、部下は誰もかなわぬ。

けれども、王は、人一倍に強いと言われていた。


タヌキチは対峙した。

必ずや、この剛力無双の王を倒さねばならぬと改めて決意した。

タヌキチは、修行の際、何度サイキックマスターに蹴られたかからぬ。

王が蹴れども蹴れども、その攻撃は、人一倍に敏捷なタヌキチには当たらなかった。


タヌキチは退治した。

乾坤一擲の蹴りが当たり、もはや王は立ち上がらぬと確信した。

王は二度と民衆を虐げられぬ。

けれども、人一倍に繊細なタヌキチの心中には、一抹の不安が残った。


タヌキチは失踪した。

以暴易暴のタヌキチが、過度に賞賛されてはならぬと熟慮したのだ。

人々は、タヌキチの名前も居場所もわからぬ。

けれども、その姿と蹴りの力強さ、美しさは、人一倍記憶に残った。


人々は、名も知らぬ英雄をこう呼んだ。

「タヌキックマスター」と。

2019-01-02

anond:20190102211352

Reゼロスバル剣道やってた。

SAOキリトネトゲ廃人だけど剣道やってた。

魔法科高校のお兄さまは軍人武術家

アニメ化中止で話題になった「二度めの人生〜」はガチ剣豪

幼女戦記前世サラリーマンだが生まれ変わって軍隊バリバリやってる。


「元から古流武術だとかを修めているから転生後も強い」みたいな設定は、なろうではわりと「あるある」ネタ

2017-05-12

怪しい格闘技にハマってた知り合い

中国拳法の達人が総合格闘技20秒で負けたって記事ホットエントリにきてるけど、昔の知り合いにもあやしい古流武術にはまってる人がいた。

一般には出回ってないビデオ」で、その武術映像を見せてもらったけど、めちゃくちゃ怪しかった。

たとえば腕の関節をねじって相手を動けなくするみたいな感じだったらまだわかるけど、ビデオの達人は、相手ちょっと触ってるだけで相手が固まって動けなくなってるのな。

触るのさえやめて、手を放しても相手は固まったまま動けないの。

知り合いは、これすげーだろって感じで得意満面な感じだけど、俺が「これって暗示にかかってるの?」って質問したら「え?」ってすごい意外な質問をされたような反応。

「手を放しても相手は動けないし。暗示的なもので技にかけてるの?」と聞いたら返答に困ってるようだった。

信用しすぎてまともな判断できないレベルに達してたんだと思う。

 

「技は誰でもできる。でも危険から(武術家は)信用できる人間しか教えないんだ」みたいなことを言ってたけど、超能力者清田くんが「超能力は誰にでも使える」って生徒を集めてたのと同じだよね。

ビデオを買ったり段位をもらったりするのに、すごい金払ってたんだろうな思うわ。

中国武術オタクだった自分黒歴史との決着

世界鑑測 北村豊の「中国キタムラリポート

西洋格闘技20秒で惨敗した中国伝統武術現実

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/101059/051000099/?ST=viewcomment




私も中高生時代中国武術ロマンと憧れを抱いたものですが、成人して分別もつきました。

当該記事コメント欄コテコテ神秘中国武術オタク、つまりかつての私が居ました。

黒歴史との決着の意味で対決させてもらおうと思いました。


武術は殺しの技術であり試合では真価を発揮しない」

まずは、目的が異なるものを同じ基準で競わせることにそもそも意味がない。急所を正確にしか相手に極力悟られることな攻撃することで一撃で確実に相手を屠ることを目指すもの(そのような性格から人に見せないことを前提として成り立っているもの)(いわゆる暗殺武術殺人武術)と、限られたスペースのなかで相手を極力傷つけることなく専ら体力を競い合う(最後まで立っている方が勝者となる)もの(いわゆる格闘技)を戦わせてどういう意味があるのだろうか、何をもって勝者とするのだろうか。まさか公開の場で相手を殺すわけにもいかないので、殺人武術暗殺武術)は何もできない。急所を狙えない武術はもはや体操しかない。殺しが禁じられたうえで最後まで立っている方が勝者となるなら格闘技に軍配が上がるのは当然である

まず、動く人間の狙った箇所を打つこと自体、やったことない人が思うほど簡単ではありません。

「悟らせないほどの手際で正確に急所を打つ」というのは

鍛えたボクサーがジャブで鼻や口元を打つより更にハイレベルな芸当であること言うまでもなく

そんなこと出来る技術と速度があるなら武術家格闘家だと言う以前にまず超1流の運動家なのです。

試合ではその超人的な運動能力を援用して、狭い急所のかわりに鼻でも打ってみせれば話はおしまいでしょう。

何故そうしないのか? そんな能力が無いからです。


凄すぎる技術なので本物は表に出てこない

西洋格闘技は元々ある恵まれた体格を利用したパワーとスピードが物を言います

中国武術西洋とは考え方が根本的に違う。

本当の技は殺人芸術とまでいわれ、一撃で人を殺すことができますが、それを万人に知らしめるわけにはいかないので、その技を教えられる人も知っている人も極めて少ない。

太極拳も同じです。

ただ、体をゆっくり動かして行う練習動作のものは、純粋に筋力維持に効果的なので“体操”として庶民に広まってます

動画を含め、今一般人が目に出来るのは精々そのレベルです。

記事の高段位者も多分同じでしょう。

「我々は超人過ぎる『本物』なので仙人のように高みに居ること。世間に出てはならない。技術を漏らしてはならない。」

そのような超人技術と高いモラルを併せ持った武術教団があったとして、

しかし悪い人は必ずいるもの。そして組織は必ず腐るもの


超人的に強くなれる技術習得したら掟を破って娑婆に出ていって

子分に教えて超人軍閥を作って都督を襲うなり天下を窺うなりする人間が出るはずです。

でもって、そうするうちに技術が更に広まっていって普及・陳腐化すると。種子島みたいに。

でもそうなってないでしょう。何故か?そんな威力のある技術など無いからです。

3000年の歴史自称しながらその超人術が世間に出たことのない事実こそ、

そんな魔法の術がないという証明です。


李書文に二の撃ち要らず。

李書文に二の撃ち要らず。

本物の達人は人前に出ず隠れてひたすら練習するもの、と、信じる事にしています

でました李書文。あの漫画ですよね。『拳児』。

李書文の強さの秘密は明快です。

パンチの際に踏み込む足をドシンドシンと力入れて踏む(敵の想定も無し)。

・その動きを1日中やる(動きを修正してくれる指導者もなし)。

・腕を前に突き出し空気椅子站椿)で功夫パワー養成

こうすると小男でも超人的なパンチ力を得て、ワンパンで敵が空飛んだり血を噴いたりする。

しかパンチは必ず当たり、カウンターを取られるようなこともない。天下第一名人


どういう理屈なんですか。全然意味がわからないでしょう。

真偽を計る以前に何故そうなるか説明が成り立っていない。

こんなことを信じる人は、まともに運動をしたことがない人です。

また、オカルト宗教に弱く批判的な思考の無い人です。


空気椅子を頑張ったらパンチ力が向上する」と言うのは

物理的にも運動生理学的にも説明のつかないことです。

(とか真面目にいうのもバカらしくないですか?)

それをやってるだけで相手とのパンチ応酬の為の技術まで身についているというのは

更に滅茶苦茶な話です。


おわりに

中国武術については「独特の歴史と趣がある保存されていくべき舞踊」という評価をもっています

また舞踊としてレベルの低いインチキ継承者(まともなもの継承していない、ろくに練習していない)も少なからず居て

そのようなインチキを根絶することは伝統継承と発展に資すると思います

格闘狂人は頑張って欲しいですね。

http://anond.hatelabo.jp/20170524171732

2017-03-31

[]呉陳比武

呉式太極拳の呉公儀さんと香港白鶴拳の陳克夫さんが1954年に行った試合のこと。

伝統武術の達人同士の対決ということで注目が集まった。

素人目には子供喧嘩のように見えるが、武術家が見ればいろいろ技を繰り出していることが分かるらしい。

2016-02-01

バキの作者って案外、武術に醒めた目を持ってるよな

ネットで古流とか中国拳法のファンを見ると、本気で「実戦なら強い」って思ってるんだよな。

でも、今週のバキとか、武術家球技トップアスリートにも負けるとか言ってるの。

以前も合気道キャラ試合相手をふっとばしたら、解説役のキャラが「実戦で合気を使った!」みたいに驚いてるし。

作者は、合気のハデに相手を投げる技はデモンストレーションの技で実戦では使えないって分かってるんだよな。

2014-03-29

テレビドラマ 宮本武蔵

元槍の武術家のおじいちゃんが

宮本武蔵の殺気がプンプンしてるから、ワシの殺気が反応したんじゃ!

お前がただの人だったら、ワシもただの人だった!というシーンが有った。

でも、それを言ったら、おじいちゃんが、ただの人でも

宮本武蔵普通に歩いていけた。

どっちもどっち。なんだなぁと。

ただの人でいることが、社畜でいることが、幸せへの道なんだなぁと噛みしめる。

ぼちぼちな企業に入れたら、社畜普通に生きることが、一番幸せだ。

 
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