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はてなキーワード: 無味乾燥とは

2020-05-26

五目並べに狂うほどハマっている

 客観的に見ると、かなり素っ頓狂なタイトルだと思う。けれど私は、今五目並べに狂うほどハマっている。

 ステイホームが続いた連休。極限まで暇を持て余した私は、意味もなくスマホゲームインストールし続けていた。何をやってもつまらない。飽きては消し、飽きては消す。終いには、インストールの途中で飽きて消す。もはや何がしたいのか分からない。間違いなく、世界で一番無駄時間を過ごしていた。

 派手なゲームばかり触っていた反動だろうか。おそらく、「シンプル」を求めてだと思う。よく分からないが、私は「五目並べ」を始めていた。インストールしたのは、「五目クエスト」というアプリ。レート制でオンライン対戦ができるようになっている。しかし、UIはかなりシンプルだ。無味乾燥と言ってもよい。派手なエフェクトキャラの類は一切出てこない。ただ、五目並べをするためだけのアプリだ。

 これまでの人生五目並べに特段の思い入れはなかった。五目並べリバーシ。誰だってルールぐらいは知っているし、やってみればまあそれなりには面白いだろう。だけど、それなりはそれなり。別に、目の色を変えてまでやるものではない。そんな認識だった。

 飽きることにも飽きた。そんな虚無の精神に包まれながらパチパチと石を放つ。ルールぐらいは知っている。それと、初歩的なことぐらいなら分かる。相手の石が3つ並んだら、片方を止めないといけない。4つ並ぶと、もう五目を防げなくなってしまう。その程度のことである。虚無の中、石を放つ。弱いbotも常駐しているから、素人でも勝てる。それに、一戦が短く、テンポもよい。そこまで面白いというわけではないものの、気付けば、虚無のパチパチはだいぶ長く続いていた。しかし、繰り返す中でふとあることに気付く。ある程度レートが高い相手には、ほとんど全く勝てていなかったのである。むろん、偶然そうなっているわけではない。

 幸い、このアプリには対局を振り返ることのできる便利な機能が付いていた。そこで、敗れた対局を振り返ってみた。強い人は何を考えていたのか。振り返ると、ぼんやりとだが見えてくることがあった。なるほど、どうやっても五目が防げないように、強い人はいろいろと考えている。例えるなら、罠や伏線を張るようなイメージか。そして、強い人の手は、攻防によく効いている。私の手は、攻か防、どちらかしか考えていない。なるほど、なるほど。

(これに関しては、いろいろと定石なるものがあるようだ。少しずつ調べ始めたところなので、まだ詳細なことは書けない)

 私は、おもむろに立ち上がり、お湯を沸かしていた。熱いコーヒーをすする。頭が冴えた。よし、もう少し考えてやってみるか。気付けば、虚無の時間は終わっていた。

 試行錯誤悪戦苦闘。苦労はしたが、着実に勝率は上がっていた。強い人の思考イメージする。定石は分からないが、ここではこう指す、そんな感覚ができてくる。相手の考えが、少しずつ読めるようになる。

 もちろん、強い人は簡単には勝たせてくれない。お互いの狙いをひたすら潰し合う。神経が削られていく心理戦。一手一手が重い。ミス即死意味する。手の震えまで出てくる。いやあ、参った。

 しばらく黒星を重ねた後、ついにその時は来たはるか格上相手、長い手数の果てに、ようやく勝ちが見える。相手投了。私は思わず声を出し、拳を作ってしまった。手は汗で滲んでいた。

 何が「別に、目の色を変えてまでやるものではない」だ。気付けば目の色を変えてやっていた。五目並べに夢中になり、勝利に咆哮する男。正直、絵面としてはかなりシュールだと言わざるを得ない。しかし、これは楽しい楽しいのだから、仕方がない。外に目をやると、いつの間にかすっかり日は暮れていた。

 病的な飽きっぽさのある私だが、連休明けも「五目ライフ」は続いてしまっている。小さい頃から、考えることは好きだった。だから、ハマる土壌はあったのかもしれない。そうとはいえ最近歯磨きでもするような感覚で五目が始まっている。自分でもなんだか可笑しくなる。

 無味乾燥だといった「五目クエスト」。このアプリがまたいいのである。派手な要素は一切ない。ただただ、五目。その無骨さが、かえってクセになる。石を打つ時の「カン」という打音がまたよい。愛想も何もない無機質な音。だからこそ、勝負に集中できる。最初こそ物足りないと思ったが、本当によくできている。対戦に関するストレスはほぼ全くない。唯一挙げるとすれば、接続数が少なく、同じ人と頻繁に当たること。ようするに、過疎っているのである。地味なゲームであることは否めないけれど、過疎というのはやはり寂しい。

 突き詰めていくと、五目並べは本当に奥が深い。「棋は対話なり」、これは将棋言葉だけれど、五目並べにおいても本当にそうだと思う。対戦は声のない対話である相手性格のようなものが見えてくる。イケイドンドンな人がいれば、石橋を叩いて渡るような慎重居士もいる。そして、強い人はいつもナイフで後ろから刺してくる。目に見えない相手のことを考え、声のない対話をする。たぶん、この営みにハマっているのではないだろうか。

 長く書いてしまったが、ゲームの過疎っぷりから推察するに、五目並べに狂うほどハマっているというのはかなり希少な人種だと思う。「最近五目並べにハマっててさ」そんな話はまだ他人に言い出せていない。そんなことを言うとポカンとされてしまいそうである。それで、ここに書き連ねることになった。

 虚無の連休中に突然目覚めた私はかなり極端だと思うが、五目並べは本当に面白い。ハマる人はハマると思う。そして、やはり過疎は寂しいので、できればもう少しアプリが賑わってほしい。よかったら、遊びに来てみてください。

2020-05-13

anond:20200512180640

存在しないね

ゲーム風俗アイドルギャンブルなどに興味なくて、

SNS自己顕示もしないタイプってよーは負け組KKO

何らかの人並みの実力があってそんな無味乾燥な男は実在してない

おじさん年齢じゃなくても若くして枯れてるような詰まらない男だ

露骨ATM

2020-05-11

みんないつの間にそんなに政治リテラシー高まってたの?と思った

例の定年延長の話だが、みんないつの間にそんなに政治リテラシー高まってたの?と思った

まず問題になってる法案だが、俺はそんなもの存在していることすら知らなかったが、

俺が知らないだけで、世の中にはなんと300万人以上の人が知っていたらしい

更に、要約を読んだが、俺には何が問題なのかさっぱりわからなかった

しかし、俺がわからないだけで、世の中の人はあの無味乾燥文章から

安倍政権が企む国家の根幹をも及ぼしかねない巨大な陰謀匂いを既に嗅ぎ取っていた

凄い。俺はふーん、公務員も定年上がるんだ。高齢化社会だしな。としか思えなかった。

そもそもあん文章ネットに公開されていることも知らなかったし、

見てもどこをクリックすれば良いのか全然からなかったが、

世の中の人はまるでアマゾンヤフオクのように、手慣れた手つきであっという間に必要情報にたどり付いているようだった。

凄い、凄すぎる。

俺が何も考えず家でぼーっと増田書いたりツイッターやってる間、

みんなしっかり勉強して、ネットを使いこなし、日本を良くしようと日々努力していたんだね。

俺はそんなことにもちっとも気がついていなかったんだ

2020-05-04

何もしてこなかった大学三年目の絶望

僕は旧帝国大学の3年生。私立中高一貫校を出て一浪後に今の大学合格した。客観的に見て恵まれ環境で育ってきたのは間違いないだろう。

そうなのだ。恵まれているのだ。大した悩みなんて無いはずなのだ。それなのに、死にたくて死にたくてしょうがない。自分死ぬ勇気もないから、何かが自分を殺してくれるのを待っている。

ああ、二年はあっという間だった。自分無能さを知るのが怖くて怖くて、何に対しても真剣に取り組むことができなくて、気づいたらもう三年生。二年間、見るのはスマホの画面ばかりだった。スマホ依存する自分が嫌いで、それでもスマホから目を離すと死にたくなるから、ずっと無味乾燥な画面を目で追い続ける。そんな日々。

そうして二年の日々を空費している間、同じ年に入学した人たちは多様な変化を遂げていた。

難しい本をたくさん読んで学問知識をどんどん深めていく人。月に何十時間バイトをして仕事経験を積む人。サークル趣味に打ち込んで強固なアイデンティティを築いている人。

彼らのような充実した大学生活が僕にもありえたかもしれない。それなのに、今となっては一生届かない。

え?今から一念発起すれば間に合うかもしれないだって?無理だ。もう取り返しはつかないんだ。僕はどうしても小さなプライドを捨てられない。自分だって彼らに追いつくことができたはずなんだ。そうじゃなきゃいけないんだ。そんな思考に取り憑かれている。どうしても振り払うことができないんだ。心の奥ではそんなことはもうできないってわかっているのに。現実の彼らに追いつけない自分を僕はどうしても許せない。現実意識した瞬間に死にたくなる。だからスマホに逃げる。そうしてますます自己嫌悪が募っていく。

もう勝ち目のない戦いから降りたい。勝てない自分を許したい。けれども、どうやらそれがどうしてもできないらしい。きっとこれからもずっと僕は自分が嫌いで退屈なスマホいじりに逃げてまた自分が嫌になる。そんな人生の繰り返しに違いないだろう。

虐待とか生活苦とか何か苦しさに理由があればまだよかった、と思うときがある。自分の苦しみに意味を見出せるからだ。

特に何か理由もあるわけではないのに精神をすり減らすのは心底疲れる。なんとなくだけど、30歳になるまでに自殺するような気がする。いや、自殺結構するほどの実行力が自分にあるとも思えないな。死という形でこの苦しみが終わるならそれでいい、と思うのだけれど。

2020-04-06

善意チェーンメール

来ましたよ。

日赤病院がどうのこうの、っていう

しょうもないチェーンメール

けっ、どっからどう見ても嘘くせー。

五百歩譲ってこれが真実だったとして、

これを拡散したとこで状況がなにか改善されるか?

こんな風に名前出された医療機関従事者に

要らぬ問い合わせが行き、更に疲弊するだけやろ。

てかお前脊髄反射拡散する前に一回はググれ。

からいつもあんたは情弱ビジネス搾取されんだ。

これを良かれと思ってやってるマインドが既にむかつく。

リテラシー云々じゃなくシンプルに頭悪いんだよな。

こんだけの罵詈雑言が俺の脳裏に瞬時に浮かんだ。

俺は嫌味で冷たい人間なんだろう。

世の中が俺みたいな人間ばかりになったら、

情緒とか思いやりみたいなもの消滅して、

無味乾燥殺伐としたゆとりのないものになる。

自身もそんな社会になったらなったで辟易するだろうな。

送ってきた人は揃いも揃って優しい人ばかり。

なんか正義とは、善意とは、優しさとはみたいな

臭い事をぼんやり考えながら床に就きます

2020-01-30

社会人歴史勉強の仕方

学生時代記憶力良い方だったか

社会系の科目は余裕だったんだよな。

ただ社会人になって余裕できて教養として

学び直そうとしたら、てんで駄目だ。

大人のための歴史、みたいな本買っても、

・◯◯国が●●国を武力制圧した。

・△△人が持ち込んだ▲▲教の影響力拡大。

・□□作戦の失敗により、■■軍の戦況が悪化

みたいな無味乾燥事実の羅列だけで

全然覚えられないし、なによりもつまらない。

本が悪いのかと思って何冊か買ったが結果は同じ。

やっぱストーリーがないと無理なのかな。

漫画映画ゲームとかのが良いのかね。

文学も好きだからそっちもありか。

司馬遼太郎とかあっち方面ですかね。

歴史好きな人、ご教示ください。いやはや。

2020-01-22

JR新宿駅で起きた、いつもの悲しい出来事

昨日帰宅新宿駅で起こったこと。

私は山手線に乗って、疲れきった体を椅子に預けて携帯を眺めていた。

新宿駅にたどり着いた電車から大勢の人が降り、その後マレー系のお母さんがベビーカー子供を乗せて乗車した。

なぜマレー系かわかるかって?あの顔つきと肌色ヒジャブをまとっていたからに決まっている。2年間、シンガポールのころごまんと見ていた人の姿だ。忘れることもあるまい。

とにかく、彼女子供と一緒に電車に乗り、旦那さんと思われる人が外からスーツケースを手渡し、中に入れ始める。

スーツケースが一つ入ったところで、ドアが閉まる。

母は大慌てでとっさに腕をドアに差し出したが、間一髪で逃し、ドアは冷たく閉じられてしまった。

ホームで見かねた誰かの所業だろう。非常停止ボタンが押された。

非常停止のチャイム叫びのように聞こえる。

嫌な音がホームを通り越し、電車の中の私の耳にも入ってくる。

母はとても困った顔をしていたので、電車の中にいた私は拙い英語で、とにかく通じればいいなというレベル彼女へ声をかけた。

「Send the message to him that you can ride next train what should come in 3 mins so far.」

(3分後に次の電車が来るから旦那さんにそこに乗るようにメッセージしてね。)

当然山手線がそんなに頻繁に来るとは彼女は知る由もない。

相変わらず当惑した表情を隠せない彼女に、もう一言言った。

You'd better to ask staffs to help you in next time。They can help you.」

(次からは駅のスタッフ声かけなよ。助けてくれるからさ。)

彼女の表情が和らぎ始めた。英語からなくても、私の意図は少しは伝わったのかなと思った矢先だった。

鳴り響く警告音の中、制服を着た駅スタッフが駆け込んでいた。

私も彼女も初めて出くわす場面だが、手慣れているだろう。ドアを外からこじ開けようと力む姿が見えた。

スーツケースを入れてもらうのかな。

とにかくうるさいブザー音を消してくれとばかり、心の中で思っていた私が次に観た光景は、そんなことどうでもいいと思わせるようなものだった。

スタッフは、ドアをこじ開けては電車に乗り込み、ありったけのしかめっ面で、母とベビーカーを引きずり下ろした。当然スーツケースは眼中にない。

それもそうかも。何せ車いすのスペースに突っ込んだわけだし、その荷物が隣に立っていた人のものかもしれない。母の携行品はベビーカーしかないと思われても仕方はない。

それでも、荷物はただそこに置かれてあっただけ。

私はすぐさま起き上がり、荷物をドア付近押し出した。

荷物は無事に外に母と一緒に追い出され、ドアは閉まり、駅スタッフは「一つの仕事をやっつけたぞこの野郎」と言わんばかりに、安全確認終了を知らせるランプを高く振りかざす。

車掌無味乾燥アナウンスが響き、電車は動きだした。

これは、一日利用者世界一を記録している駅で起こった、外国人観光客が起こした小さなトラブルだった。

まりにもひどすぎる対応言葉が出てこなかった。

言葉の代わりに、私は思考を巡らせる。

私が彼女旦那だったら、間違いなくブチ切れしていた。

仮にも世界一の駅スタッフが、観光客マニュアル通りに、いつも通りに追い出すのか。

こんなひどい仕打ちを私はほかの国で経験したことがない。

彼女がその時感じたであろう感情がどうだったか想像すらつかない。

旅行って、旅っていつもそうだ。

どこかしらで必ずトラブルは起こる。

他人生活に入りこみ、他人経験追体験する。

喧嘩だってするかもしれないし、財布だって落とすかもしれない。

スリに会うかもしれないし、ぼったくりに会うかもしれない。

はたまた決まったはずの宿が決まってないかもしれない。

今まで述べたトラブルと比べたら、電車一本逃して一行とはぐれるなんて、些細なものに過ぎないだろう。

その記憶が後で振り返ったとき楽しいハプニングとして残るか、散々な目に会ったという苦い思い出として残るかは、その場そこにいた人達がどう接したかにかかっている。

彼女(とその家族)は須らく、その類の数知れないトラブルのうちの一つを、須らく経験してしまった。

少なくともこの国の誇る鉄道の、いちばん誇らしい駅のスタッフは、間違いなく彼女後者の印象を植え付けたのであろう。

なんてことを思う間にふと考えた。

こんなんで、オリンピックって本当に大丈夫か?

仮にもオリンピック公式輸送スポンサー企業スタッフがこんな対応でいいのか?

しかしたら、彼女が私のアドバイス通りに、あらかじめ対応ができたら、駅スタッフだって乗車案内できたはずだ。

彼女は頼るすべを知らなかっただけ。

できるはずのことができないのは、観光客に対するおもてなしが全くできていないという証拠であろう。

いくら上っ面だけ広告宣伝に金を落としたところで、こういう実務的対応一つままできず、塩対応してしまっては元も子もないだろう。

役所気質が抜けていないと改めて感じてがっかり

苦い思いをしてしまった彼女とその家族の姿が今も目に焼き付いている。

もうちょっとうまいことできないのかね。

定時性も大事だけど、そこまでしてやるもの

ただただ残念でならない気持ちを抱いたまま、私は電車の中で揺らいでいた。

2020-01-12

ひんやりとした時間真鯛

冷蔵庫の中に一袋のサラダがある。

2日後が期限の、緑黄色サラダ

無味乾燥な日々の清涼剤としてか、どこからともなく沸き上がった

「草を食みたい」

というわけ隔てない野生が、僕に200円弱の出費を強いた。

しかし、その袋詰め野菜(非野生性)は胃袋にのみ込まれことな

狭苦しい冷蔵庫中央に今もって鎮座しておられる。

これはどういうことか。

買った時点で満足したというならそれも良いだろう。

消費文明においてストレスの発散とは財布を薄くすることだと

世紀をかけて刷り込み合ってきたヒューマンの皆さんとしては

そういった動機が時折むくりすることは当然御存じであることと愚考する。

飽きもせずにまた同じサラダを、小銭尽き果てるまで買い漁ればいい。

食べるかどうかが問題ではない。やるかやられるか。世は大購買時代

などと鼻息荒く断行したわけではないのだ。

手にしたからには当然ぜい肉に変えたいという欲求は、

むやみに健全性を失おうとしている僕にもまだまだ残っている生理的反応なのだから

ではなぜ故か。問われると嗚呼制限時間はどうだの部分点を稼ぐにはと試験最適化機構が騒ぎ始める部分を

押し込めつつ答えをこしらえると、それは畢竟時間の無さ、と思しき存在による認知の歪みであると言えよう。

ふふん、わからんじゃろ。僕にもわからないさ。この話はいったいどこへ行くんだろうね。

そっちのドレッシングとってくれないか。そう、その白いやつ。

うん、投げてくれても構わない。って馬鹿、そんな振りかぶってまで寄越す奴があるか。

あーあ、中身がこぼれちゃったじゃあないか。きっと空気中で彗星体に衝突して

理想状態改竄されてしまたからだよこれは。

どうしてくれんだ。このままだと大宇宙物理警察機動交響楽団がかっとんでくるぞ。

物性の不正改竄懲役17分の刑だ。まずい、あそこで年明けを過ごすのだけは御免なのに。

え、まさか自分だけ逃げるつもりか?待て、勝手に逃げると僕の産地直送平手を喰らわせるぞ。

からひとまず対策を考えよう。場合によっては返り討ちにした方が手っ取り早く重罪扱いにしてもらえるかもしれないからな。

しかしそこは既に練馬区だった。とべcontinued.

2020-01-07

行政をどかせないのなら、新宿渋谷池袋秋葉原をどっかに持っていけ

ワシントンDCニューヨークは上手く分けれているとは思う。日本も同じ様にすれば東京一極集中を解消できそうだ

ただ皇居がある以上は行政東京から離れるのは難しそうだ。そうなると文化的な部分を散らせば良い

とりあえず新宿町田に、渋谷横浜池袋大宮秋葉原船橋習志野あたりにしたほうが良い。最低でも山手線内は行政だけの無味乾燥地域にすべき

実際は大手企業が移動しなきゃ意味ないんだろうけど、それでも3割くらいは都内に向かう人が減りそうだし色々問題解決するんじゃない?

2019-11-11

anond:20191111180919

1. リンゴキャベツを買う

2. おなかがすいたらかじる

3. 食事無味乾燥もの自分自分洗脳して食欲をなくす

2019-11-02

ある滑稽な字書きのお門違いな憎悪

 私は二次創作小説を書いている。ジャンルは人気だが、好きなカプは多分マイナーの部類に入ると思う。

 投稿サイトpixivだ。数年前、同ジャンルの別カプで書き、少しの間書くのをやめて(一次創作をしていた)読み手として二次を楽しんでいた。もちろん公式供給にも一人盛り上がり、楽しいオタク生活を過ごしていた。

 そして好きなカプが出来、また書いてみたいなと思って書き手に戻った。

 pixivでの評価は、前カプで二桁、今のカプで三桁行けば良い方。はっきり言って人気はないし、陽も当たらない。でも、前カプのほうがメジャーカプなのに今の作品ほうが評価してもらえるのは嬉しかった。文字数が増えたし、あと自分で言うことではないけど書くのがほんの少しだけ上達したからだと思う。

 前は「書きたいとこだけ書ければ良いや」みたいな考えで殴り書きに近かった。後から読み返して「よくこれで投稿したな……」と情けなくなったし、そんな作品でも読んでくれて評価までしてくれた人がいたのがありがたかった。

 それも踏まえて今度は「せっかく書くならもっとちゃんと考えて書こう」と思った。それであわよくば評価してもらいたい。承認欲求二次創作で満たすのはどうかと思うのだが、創作創作なのでやはりそういう下心もわいてしまった。

 "ちゃんと考えて書こう"という心がけは、一応成果を出した。前の作品で三桁の評価のものはないし、感想までもらえたのだ。スタンプも嬉しかったが、文章での感想は段違いに嬉しかった。

 感想をもらう前はTwitterなどで「感想がなくて筆を折った」や「感想創作者を救う」という呟きを見ても別世界の話で全く実感がなかったのだが、自分が実際にもらってようやく理解した。確かに読んでくれた人の感想は救いだ。これは誇張ではない。本当に本当に、救われたのだ。

 一人であーでもないこーでもないと悩み、一文一文もっと他に良い表現はないかと迷って完成させた小説。好きでやっているとはいえ、暗闇に石を投げてるような感覚だった。

 前カプの時も、暗闇に石を投げてる感覚は同じだった。他所では人気の字書きがワイワイやっていて、他の字書きや絵描き創作はしなくても同じカプが好きな人達と交流している。

 あまり認めずにいたが、私は彼らが羨ましかった。向こうはとても明るくて楽しそうだ。

 良いなぁと羨みながら、まあ私にはああい交流は無理だなと思っていた。なぜなら、私は彼らのように自分から輪に加わろうとしていないからだ。小説面白い面白くない以前の問題だ。

 人気字書きは小説面白さもだが、そもそも社交性があるのだ。Twitter面白い。人付き合いが苦手そうな字書きでも、誠実に小説に取り組んでいるんだなと分かる人はいて、やはりそういう人のもとにもファン同好の士は集まる。

 しかし、私はコミュ障だ。Twitterも何も面白くない。ネタにしたいことを呟けば人に取られるのではと不安で呟けない。盗まれるような大それたものではないのに、被害妄想ばかり膨らんで何もできない。

 もらった感想に対しても、ちゃん感謝を伝えたいのにどれだけ頭を絞っても無味乾燥文章になる。時間をかけて返信文を考えてもそれは相手には伝わらない。ただ"返信が遅かった"という事実しかない。しかも本当に嬉しいのか分からない文章だ。それでも何か返信しないよりはしたほうがマシだと思って返信する。

 これは二次創作関係なく、人から好意を向けられることに慣れてないのも原因なのだろう。自己肯定感が低い。好意に対する耐性がない。

 だから好意を向けられてもどうすれば良いのか分からない。相手にしてみれば、ただなんとなく気まぐれで送った感想なのかもしれなくても私からすると初めて見る光のようなもので、救いなのに耐性がないからただただ戸惑うしかないのだ。

 心の底ではあれだけ欲しいと思っていたのに、与えられたらこれだ。もっとそつなく対応できないのかと自分が嫌になる。

 世の人気同人作家は私とは比べ物にならないほどの感想好意を向けられていると思うと、彼らが別の生物に見えてくる。私より良くできた、なんか違う生物

 人気字書きと比べると憂鬱だ。比べるものじゃなくても比べてしまう。

 二次創作文章力より萌えるのが大事だとよく聞く。それは本当だとも思うが、萌えを伝えるにはまず文章力が必要だし、第一面白い二次小説文章に長けている。

 心理描写、情景描写キャラクターバックグラウンドを伝え、キャラ同士の関係性の変化やシチュエーションで読者を熱くさせる。これは並大抵ではできない。

 私も書くから、その難しさは身にしみてよく理解している。

 しかも、pixivはどちらかというと絵を中心に据えたサイトだ。だから余計に、小説評価されているのを見ると凄いと思う。

 同時に憂鬱なのだ。私も人気になってみたい。

 前もそう思っていたが、今はもっと強く思う。だって前より良いものを書こうと頑張っているのだ。読み手意識するようになってから、見返りが欲しいと思うようになった。

 当然、自分のために書いている。自分が好きなシチュエーションで、自分が好きなカプで。だが、書くなら上手に書きたい。自分他人も良いと思える、納得できる文章が書きたいのだ。

 承認欲求がどんどん大きくなっていく。それでも、まだ私は楽観視していた。書くためのエネルギーになるし、節度さえ守っていれば腹で何を考えていても問題はない。それに、何はともあれ小説を完成させなければならない。これが一番大事なことだ。そう言い聞かせてまた書いた。

 Twitter面白いSSツイートする字書きがいた。仮にAとする。軽い気持ちフォローし、SSを楽しみにしていた。

 Aはpixivシリーズ物長編投稿しており、これもまた軽い気持ちで読んでみた。

 二次小説で初めて圧倒された。徹夜で読み耽り骨抜きにされた。

 まだシリーズは完結していない。評価ブクマも良いねも多く、感想や続きを待つタグもあった。

 TwitterでもAはフォロー数より遥かにフォロワーが多かった。人気も人気、ファンがたくさんいる。

 Aの小説は人を選ぶ作風だった。オリジナルキャラクターが中心にいるのだ。内容も殺伐としている。読んでいてつらいが、それでも面白いのだ。表現力も構成も卓越している。

 私は人気字書きに対して、別の生物だと思うことで精神の安寧を図ってきた。コミュ障自分にみんなでワイワイ楽しくは無理だと諦めていた。万が一輪に入れても人間関係で消耗する。せっかくくれた感想に満足な返信一つ書けず疲弊するのだ。自分と彼らは違う。だから羨望は抱いても嫉妬まではいかなかった。

 しかし、私はAに凄まじく嫉妬した。オリキャラで、シリーズ物。内容も暗い。なのに人気だ。コメント欄感想で溢れている。多すぎるからか返信もしていない。面白いからそれが許される。

 初めは自分ももっと小説が上手くなろうと意気込んだ。だが、私がまだ序盤すら書けていない時にAは新作短編投稿する。それもすぐさま評価された。

 Aはよく、「自分は書くのが遅い」と言っていた。SSをやりながら数万文字小説を書いてそれを短編だと言って投稿するAが。

 Aの物差しではそうなのだろう。Aが言うことに私自身の物差しを当てはめてはいけない。他人には他人物差しがある。

 Aはよく謙遜した。「誰得か分かりませんが」「ほんと自分しか読んでて楽しくないんじゃないかな」「◯◯×△△が好きな人から怒られそう」と。こうして投稿された小説も、すぐに評価される。私も読んだ。面白かった。

 書いている最中投稿前、不安になるのはよく分かる。

 Aはよく質問箱で来る質問に答えていた。「どんな本を読みますか?」「執筆スタイルを教えてください」こんな質問が多い。Aは決まって「本はあまり読まないんです」「執筆スタイルと言えるほどのものはありません」と答える。

 …………

 嫌悪感を覚えた。この嫌悪感については上手く説明できない。嫉妬が源なのは確実なのだが、別の感情も含まれていると思う。

 自分とは何もかもが違う。Aは多くの人から必要とされている。長編コンスタント投稿し、完成度も高い。そして文章ストーリーを長文で褒められ、謙遜してもすぐに否定してくれるファンがいる。

 なんというか、皆に見守られている感があるのだ。見守られながら崇拝されている。

 他にも、Aは作中に性描写を入れずにこれほど評価されているのだ。私は性描写のある小説を書いていて、性描写のない小説投稿したがこれは全然評価されない。読んでももらえなかった。

 もう一つ、Aが私の嫉妬劣等感を煽る理由がある。それは、Aは一次創作でも人気を得るだろうなという確信だった。Aは一次創作をしていない。だからこれは私の想像というより妄想だ。Aは筆力がある。ストーリーに漂う空気感思想も一貫しており、本人に確固たるテーマがあると伝わるのだ。

 原作という確固たる軸をもとに、自己解釈を入れて物語を作るのが二次創作だ。対して一次創作は当然、作者が軸から作らなくてはならない。軸はストーリーを形作る上で作者の一貫した思想テーマ必要なのだ。それが脆弱だとどこか掴み所のない、微妙作品ができあがる。「文章は上手いけど……」とか「題材は良いんだけど……」とか言われるような作品。胸に訴えて来るものがない。

 はじめに書いたが、私は一次創作もしている。一次は二次より苦しみながら書いている。「きっとAは、そんな苦しみもなく、あったとしても見返りのある小説を書けるのだろうな……」こんな感情がわいたのだ。

 Aが書いてもない小説劣等感勝手に抱き、被害妄想を膨らませて勝手に苦しんでいる。滑稽この上ない。しかし理性より感情が勝った。次第に私はAに嫉妬嫌悪感を通り越して憎悪すら感じ始めた。

 Aのツイートを見る度に胸がざわつく。「書くの一生やめないかな」「消えないかな」などと考えるようになった。アカウントミュートにしては気になって解除し、フォローも外そう外したほうが良いと思ってもできなかった。この時点で、私はまだAの小説が好きだったのだ。新作は読まなくなったが、シリーズ物の続きだけが気になっていた。新作を上げる度に、早く続きを書けよとイライラしていた。

 こんな滑稽な人間いるだろうか。憎悪すら抱いているのに、その発端となった小説の続きが読みたいだなんて。我ながら馬鹿で笑える。

 Aはマシュマロを始めて、またたくさんの人に褒められている。マシュマロには丁寧な返信をしている。謙遜して、自分作品を"拙作"などと言って。心温まる返信だ。無味乾燥な返信文しか書けない私とは違う。

 私は今日pixivを覗いて、自分小説評価を気にしている。カプ名で検索しても、もう他の人が書いた小説に流されていくつもページを越えないと私の小説には行き着かない。新作を上げたいが、まだまだ書き終わらない。誰も褒めてくれない。一次も二次も。

 書くのがつらい。やめれば良いのに、やめたら自分価値がなくなる気がして怖いのだ。他人と交われない私にとって、小説を書いて評価されるのは唯一と言ってもいいくら自分を満たす慰めだった。私が書いた小説を、誰かが肯定してくれる。これは私自身を肯定されたも同然なのだ。本当は違うと分かっていても、ほんの少し救われた。

 このカプ、良いですよね。このシチュ萌えませんか。この小説どうですか。私の小説、好きですか。

 所詮趣味なのに、こんな思いを込めて書いて読む人に過度な期待を寄せてしまう。だから評価されないと無視どころか否定された気になる。私が駄目な原因だと思う。もっと軽く楽しめたら良かったのに。

 読み手意識して、感想をもらう喜びを知ったから脱け出せないだろう。何より、小説を書くのが好きなのだ。書いている最中ずっとつらいのに、書き終えるとまた書かなきゃとなる。

 ただ、なんとかAへの憎悪を消したかった。どうでも良いと思えるようになりたかった。その方法が分からない。私が人気になれば良いのか。それも根本的な解決にはならない気がする。Aが私の小説を褒めてくれたら良いのか。私のことなど眼中になく、そもそも全く知らないA。多少承認欲求が満たされるかもしれないが、こういうのは満たされてもすぐになくなる。

 他の人は、承認欲求が満たされたら本当にそれで満足できるのだろうか。欲求というコップがあったとして、まっとうな人は褒められるとコップに水が注がれてどんどん満ちていくのだろう。私の場合、多分コップの底に穴がある。自己肯定感のなさが穴の正体だと思う。はじめは穴がなかったのか、それとももともと空いてたのか、褒められて水が注がれてもどんどん落ちていく。全然満たされない。

 結局のところ、Aがどうのとか評価がどうのではないのだろう。原因は自分にあり、自分でなんとかしなくてはならない。

 自分が納得できる文章を書けるようにしたい。自分が納得できれば、評価二の次になると信じたい。幸い、納得の基準はまだ自分の中にある。こんな文章でこんな小説を書きたいと理想目標がある。これがある分にはまだ頑張れそうな気がする。そこから自己肯定感をつけていけば良いかもしれない。すでに評価依存しているが、まだなんとかなるかもしれない。

 理不尽理不尽だと理解できているうちに、自分小説ちゃんと書けるようになりたい。これで書くのをやめて憎悪に飲まれたら人として何か終わる気がする。荒らしなど惨めなことはしたくない。

 私は小説を書いていたい。一次でも二次でも納得のいくものが書きたい。他の字書きへの嫉妬憎悪原動力では嫌だ。

 嫉妬劣等感もあり、とてもつらいが少しでも気が楽になれるよう、自分の面倒な諸々と折り合いをつけたい。

 これはその一歩として誰にも吐き出せないためここに書いた。読みづらい文章だったと思う。でも、読んでもらえたらほんの少し救われる。小説が好きで、どんな文章でも大事だと再確認できた。それが嬉しかった。自分小説ちゃんと向き合えそうだ。

 読んでくれて本当にありがとうございました

2019-10-22

バイアグラを使ったら気持ちよかった話

もし悩んでる人がいれば、すぐに専門のクリニックに行くことをおすすめする。

プライバシーや性生活の話をするのが恥ずかしいと思いながら夜な夜な悶々としていたのがバカバカしい。サッポロ塩ラーメンもびっくりするほどあっさり薬を処方してもらえた。

その悶々と悩むこと、それが勃ちが悪くなる心因性原因なのだ

38歳、独身

ご多分に漏れず、勃ちと持ちが悪くなり、2週間ぐらいあれこれ悩んだ。

悩んだ末、意を決して新宿にあるクリニックに行った。誰も受付にいない、ベルで人を呼ぶタイプのクリニックだ。

問診票に記入した後、10分そこそこでその場で薬を出してくれた。

病院テンプレ通りの一方的説明しかせず、あれほど無味乾燥対面販売(いう名ばかり診察)は初めてだ。

深夜のコンビニ店員の無愛想の方がまだ人の血が通っていると思わせるほど、ここの医師テンプレ処方マシーンだ。

お試しでバイアグラジェネリック薬 2錠とシアリス 2錠を5000円で買った。

その日のうちに使うチャンスがあったので、早速バイアグラを飲んだ。

てっきり動悸や火照りの副作用があるかとおもいきや、表立った副作用はなく、安心した。

そして、服薬後、ギンギンになるかと思いきや、まったく無反応だった。

バイアグラですら反応しない程度までインポになったかと内心焦った。

そのまま迎えたベッドインタイム

バイアグラ飲んだのに元気ないなと思っていたが、ちょっとイジッてもらっただけで、ムクムク膨れて元気100%。

2回戦とか久しぶりに出来た。感動した。

もうバイアグラなしでは生きていけない不安が過ぎったが、使わなくても勃つし、イケるようになった。

無駄に悩んでいた時間は何だったのか、さっさと専門クリニックに凸撃すればよかった。

今ではその点では、精神衛生的な不健康から解放された。

さぁ、いますぐ君もイこう!

2019-10-16

anond:20191016105728

風俗しか経験してなかった俺が初めて女と付き合ってセックスした時にまったく種類が違うものだと感じたし、

それから風俗に行った時はこんなの性体験じゃねえわと無味乾燥気持ちになったし、

オンリーな人は性体験をしてるとは言えないと思う

2019-09-11

成功したい

どの分野でどのように成功したいのか全くのビジョンはない

でも成功したい

毎日無味乾燥の色もない生活をしている

出社して仕事して帰って家事をして寝る

毎日、その繰り返し

私の父は世間で言うと成功者の部類に入るだろう

そんな父を子供の頃から見てきたせいか大人になった今、無味乾燥な日々に悲しくなっている

自身自分成功者だとは思ってないようだが

成功者にもピンからキリがあり、自分は下に掠ってるかどうか分からないレベルだと自虐している

本人は自虐してるが、還暦を超えてもなお働き続け地域貢献もしてキラキラしてる日々を見るととても輝いて見えるのだ

とにかくこの無味乾燥な日々から脱却したい

そう思ってるだけで行動に移せてない自分にまた嫌気がさす

私は一体どうなりたいのだろうか

2019-08-16

さらながら俺屍2やった

あらすじは知ってたので致命傷で済んだ

お前らもやれ

ていうかシナリオ抜きにしても2014年ゲームとは思えない

無味乾燥すぎる

2019-08-06

例の映画が完全に「俺ストーリー」だった

ゲームクリア直前で世界崩壊することを皆は口々に批判していたけど、俺にとってのDQはいだってこうだった。

https://www.youtube.com/watch?v=gQf_QTsvXCU *例のBGM

今までクリア直前まで行ったのは3作品

そのどれもでラストダンジョンの半ば、ラスボスを倒すためにレベルを上げている最中データが吹き飛んだせいでクリア出来ていない。

それでもと、繰り返し遊ぶが何度やってもラスボスよりも前でデータは消えていく。

段々とプレイ効率化され、繰り返されるリセットにより感情移入は失われ、世界は断片的で無味乾燥としたものへと姿を変える。

やがてそれらはただの義務的作業となり、キャラクターはただのデータに過ぎなくなる。

俺にとってのDQはいだってそうだった。

アレは確かに俺のストーリーだ。

俺にとってのドラクエだ。

ただ一つの違いは、俺には奇跡が起こらず、世界は壊れたままで閉じていった事だ。

俺の中で、3つの世界は今も救われないまま胸のしこりとして残り続けている。

それらを救いに行こうと旅立つ気力はもうどこにもない。

俺にとってあの世界はもう、フラグ管理された0と1の羅列でしかなくなっている。

胸のうちから没入感を湧き上がらせる度に裏切られる旅路は、いつしか俺にドラクエに対する無気力学習させていった。

今ではあれらの世界は俺に苦痛だけを残した忌むべき場所となっている。

俺はドラクエが大嫌いだ。

ドラクエが大嫌いなアイツこそが俺だったんだ。

俺は世界を壊す側にいつしかシンクロしていた。

だが、あの映画主人公世界を救う側。

ならば壊す側の俺にとってはアイツこそが二人称で呼ぶべき何者か、「ユー」だ。

あの映画が「ユー」の物語であるのならば、俺にとってはたしかにアレは「ユア・ストーリー」だった。

俺の物語でもあったし、俺と対立する誰かの物語であり、その中で結局主人公だったのはあの映画において正義として描かれたのもその何者かの方だ。

俺は……主人公ではない、勇者ではない。

その虚しさは、俺が何度も消えゆくデータの中で、世界を救えないことに対して感じた申し訳無さを確かに思い出させてくれた。

俺が主人公じゃないからこそ、あの映画は俺の物語だった。

正しく「ユア・ストーリー」だった。

映画タイトル批判する意見に対して声を大にして言いたい。

しかにアレは「ユア・ストーリー」だった、と。

2019-07-31

anond:20190731172920

結構マジで書くけれど、異性と交際できない、という人はまず自分コミュニケーション能力に関して考えるべきだ。

たとえば、自分の前にまああまりぱっとしない女性がきて、自分に関して延々と語り出したとするわな。その女性とつきあう気になるのか、って話だ。まーつきあう気にはならんと思うんだよ。あと、自分が何も興味のないこと、そうだな……ジャニーズ系の何かに関して延々語られたらどうか。これもまーつきあう気にはならんと思う。こういうこと、自分女性に対してやっちゃいねーか、って話だよな。

この問題の根の深いところは、出会いだけでなく、その後の全てに関わってくるということ。何か交通事故的につきあうことにしても、毎回毎回やりとりする度にそんな「語り」が続いたら、関係は早々に破綻する。だから出会いの機会だけ何かケアすりゃ済む、って話ではないと思うんだよな。

いやそんなことは問題ない、家でも職場でもちゃんコミュニケーションできてるし……とか思うのはやめておくべきだ。氏素性の違う者同士が一緒にいたい、と思うのが交際とか結婚ってやつだろう。同じトピックの中で生活している場でやりとりできてるからって、それでうまくいくとは限らない、という話だ。

からおすすめしたいのは、

(1) 自分と氏素性の違う人々とやりとりする時間もつ

飲み屋常連になってそこの客と話すとか、異業種交流サークルに入ってみるとか、そこまであからさまでなくても何か習い事でもしてみるとかさ。まずそういう場を確保した方がいい。

(2) 自分と氏素性の違う人の話を聞き、知ろうとする

自分を語って自分を受容させるんじゃなくて、相手を聞いて相手を受容することのトレーニングをする。これは絶対必要だと思うぞ。

(3) 自分意図しないことが発生したことを楽しむ機会をもつ

そこで起きることを100%掌握できないようなイベント……(1) の集団バーベキューとかさ、そんなんでいいと思うから、何かハプニングが起きるであろう状況を何度も体験する。そして、それを楽しむことを学ぶんだ。

急がばまわれ。俺はこの辺から始めることをお薦めするよ。でないと、結婚できたとしてもその後が、無味乾燥な家庭を持つようなことになりかねんぜ。

2019-07-26

気がついたら村人Aになっていた

俺は俺の人生の中でさえ、主人公になれないのだと気づいてしまった。そこそこの努力をして、そこそこの結果を得て、そこそこの満足を得る。そこそこの人生を延々と消費していくだけの人生自分ではない誰かのために消費していくだけの人生

自分特別人間出ないことは中学の時に悟った。皆もこれぐらいの時期になんとなく気づくんじゃないかな。自分は偉大なことを成し遂げるんだと、根拠もない夢や野心があったころが懐かしい。しかし、俺は凡人だ。

それでも努力すれば何かを達成することができるんじゃないかと心の隅で思っていた。努力さえすれば誰にも負けないと。実際努力はした。泣きながら頑張った。それでもできないことはできない。所謂才能がある人達に勝てない。負け犬だ。努力で才能を打ち負かすって漫画ドラマでよく見る話だけど、努力する天才にはどうすればいいの?

結局自分はここまでの人間だった。なんの価値もない無味乾燥人間努力しても無駄なんだと、陰で腐っているだけのつまらない人間。いてもいなくても変わらない、背景を飾るだけの村人A。つまらない人生だった。こんなはずではなかった。どこで間違えたのだ。できることなら全てをやり直したい。

2019-06-18

anond:20190618092225

年に1~2回飛行機新幹線に乗って旅行に行く程度の無味乾燥人生であれば、並の収入でも金は貯まるってだけの話

2019-06-12

今こそw3mを使おう

w3mが(個人的に)アツい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/W3m

テキストベースWebブラウザです。

昨今のサイトを見るにはとても不便で、操作性も何もかも非効率だけども、ブラウジングがとても新鮮なものになるよ

いかポエム

CDが売れなくなっている昨今、EPLPとかレコード好調らしい。

なんかそんな記事を見た中に、

「もはや音楽聴くことに娯楽的意味がなくなってしまい、CDセールスが衰退、アーティスト音楽のみで身を立てることが困難になっている中で、

音楽聴く”ことを愛でるようになった人がいる。

ライブに行き生演奏を目で体で聴くことで原初的感動を受ける人や、繊細なアナログメディア音楽享受する”儀式行為”により、新しい価値見出している人がいるため」

というようなことが書いてあって、なるほどなあと思った。

効率無視した献身的行為、ある種の狂信とも言うべき自慰的な活動こそが、拡散してしまいがちなアイデンティティを収斂するための一助になっていると考えているので、

それが音楽であれ、ピュアオーディオであれ、ルリ儀式筋トレ政権批判ガチャ課金、なんにでも没頭できるものが見つかるということはとても喜ばしいと思う。(誰かに迷惑をかけなければ)

音楽ほど歴史が長くないが、Webブラウザも年々大きく変動している最中で、研究者ツールだったもの大衆向けに整備され、一般化されるコンテンツに合わせてWWWの利用も複雑化している。

SNSと高度に連携したスマホファースト無味乾燥に大量消費されるコンテンツを見ていると、WWWを見るという行為を愛で、儀式行為価値見出しても良いように思う。

きっかけとしては何年か前のYAPCで、

インターネットを介したコミュニケーションでは情報が多すぎる、たくさん情報を受け渡しすると疲弊する。

情報量を極限まで削ることで、原初的な伝わったことが嬉しいという気持ちを得られる。

→だからモールス信号を使う」

といったネタのようなLTを見たこと。

ここからw3m適当Webブラウジングをするのが習慣になった。

原理主義というならLineModeBrowserとかLynxとかを選ぶべきなのだろうが、

日本発というアニミズム的発想(とドキュメントの多さ)からW3mを選んだ。

何よりも、w3mは「WWW-wo-Miru」の略だというと、上にあげた「WWWを見る」という行為儀式意味を持たせるためには必要な要素だと思われた。

最近だとBrow.shという画像も何とかテキストで表示してやろうという意欲的なものもあるんだけども、これは端末の解像度依存が大きいため断念。

というか画像必要であれば普通ブラウザ環境も使うという腥っぷり。

twitterは、twtermを使ってこれも余計なTLチェックが不要となった。

というような落書きを、適当EC2インスタンス上のw3mから書いている。

EC2tmux + w3m + twterm という環境をほぼ放置してあり、コマンド一発でほぼ同じ環境無料AWSを乗り継いで利用できるようにしてある。

はてブテキストベースで閲覧する方法を探している。それがあれば、より原初的感動を持ってクソのようなコメントを投げ合えるパラダイスが待っていることは自明である

2019-04-02

最近おっさんSlackを使えない。基礎から教えないとトラブル

バブル世代」と呼ばれるおっさんたち。LINE日常的に使いこなしているはずだから、特段教える必要はないだろうと思うのは大きな間違いだ。おっさんたちの仕事手段は、メールがメイン。チャットアプリは書き方を知らないどころか、PCの使い方を勉強したことほとんどないというおっさんだっている。

社会人となると、まともなチャットのやり取りができなければ、業務が成り立たないし、事故トラブルにつながる恐れもある。新入社員ですら常識と思うことが、おっさんには通用しないケースは多々ある。そこで今回は、おっさんに教えるべきSlackの注意点を整理しよう。

チャットの書き方は分からないという前提で

筆者が実際におっさんたちに話を聞いたところ、「仕事ときには職場から与えられたメールアドレスを利用しているが、それ以外のやり方を知らない」「LINEIDFacebookURLを持っているはずだが、普段使わないので自分ID/URLを即座に言えない」といった人たちが何人もいた。

また、メールでは、「お世話になっております」のように、長々と書き始めるのが普通。それにしか慣れていないからか、チャット、とりわけビジネスチャットでは、いきなり要件から始めて「Xの案件会議今日開きますが、16時スタートでまずい人いますか?」のようにするのが普通だということを知らない人もいたから驚きだ。

チャットの書き方すら危ういのだから、メンションやスレッドを使いこなせるおっさんは極めてまれだと考えた方がいいだろう。実際、スレッドで送るべきメッセージなのに、チャンネル送信してしまった例は、何度も見聞きしたことがあるはずだ。

機種依存文字を気にしなければいけないですよね?」

以前からチャットを利用している人なら、チャットでは基本的UTF-8が使われていることは常識だろう。

近年は、企業から個人配信するLINE公式アカウントでも、ユーザーデータ転送量を気にして文字だけで送信したり画像をあまり添付しないケースも増えてきている。とはいえ特別理由がない限り、チャットでは無味乾燥文字以外で送るのが一般的とされている。受け取った人が、硬い言葉しかないメッセージだったために「いちいち面倒くさい」と立腹する可能性もある。

ところがおっさん世代では、チャット形式意識していない人が多い。企業で広く使われているチャットクライアントSlack」では、標準のチャット形式アプリになっている。おっさんブラウザ上でメッセージ作成し始める前に声をかけて、アプリに変更してもらおう。

勝手メールを連絡ツールにしてしま

先ほど述べた通り、おっさん世代LINESlackダイレクトメッセージよりもメール電話で連絡を取り合っている。

業務では、さすがに電話を使って連絡することはないだろうが、メール業務連絡ツールに使ってしま社員がいても不思議ではない。「風邪を引いてしまったため、本日休ませていただきます」と、Slackメールで連絡するのではなく、電話電報で同僚に連絡してくるおっさんも珍しくない。

https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00667/032800002/?P=3

2019-02-05

anond:20190205070056

(4)

転叫院さんの批判に対する宇野さんのレスポンスはなされませんでした。この時、宇野さんは何をしていたか

406名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2006/09/10(日) 00:11:01 ID:1CS5n8Ba

というか今月からHJ文庫本の雑誌版『ノベルジャパン』で

DVDラノベを紹介するコーナーを担当してるし、

本業が多少忙しいんだろ

(コーナーの量からしてとてもそんな忙しそうには思えないが)

ライター業の仕事が増え始めて忙しかったみたいです。ウェブで読める「宇野常寛」の仕事はこんな感じ。

ところで転叫院さんがメンバーを抜けてこんな余波が。

429 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2006/09/13(水) 22:09:03 ID:knDGDuU2

さてプラネッツをようやく手に入れたわけだが

あとがきのところで「新訂惑星開発大辞典」を作ることを言明してるな

しかしこの計画も転叫院やらお前らやらの叩きでおじゃんになるかもしれんと思うと・・・

せめて大辞典出来上がるまではお前ら大人しくして

立ち上げ当初から惑星開発大辞典を全面改稿すると宣言していたのですが、今もそれはなされていません。メンバーリストによると転叫院さんが新訂大辞典担当するとなっており、おそらくは転叫院さんの脱退によってお蔵入りになったのでしょう。

ライターとしての宇野さんの仕事確認できるようになると、某掲示板スレッドではこんなことが書かれます

82 名前名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! :2006/11/26(日) 20:55:33 ID:o7u55b6O

宇野仕事として書いている評論やらインタビュー無味乾燥

まらないんだよな。

サイゾー大月Pへのインタビューも、惑星では作品を(エヴァ

なくてナデシコだが)腐したくせに当たり障りの無い阿るような内

容だったな。

まあ、現実社会では無力な宇野惑星開発委員会のノリで行こうと

思ったら、とたんに干されてしまうだけだろうけど、大月Pのような

力のある人間と、今後仕事で付き合っていくとなると、彼の作品

なすことは到底できなくなりそうだけど、その辺の整合性はどうするんだろうな。

95 名前名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! :2006/11/28(火) 10:35:42 ID:xVa/bnZz

提灯記事だって、引き出しの多さや語りの面白さが肝心。

宇野文章には、そういう豊かさが全然ない。

からまらない。

足場以前に自分空っぽから

200612月ころの宇野さんのライター仕事

「昭和歌謡の復権をもくろむ22歳!イケメン俳優・半田健人の素顔」

「「宇宙的に正しい」世界のためにSUGIZOが届ける愛のメッセージ!」

それに対する某掲示板の反応。

170 名前名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! :2006/12/20(水) 03:36:22 ID:KuoUp39d

お仕事から仕方ないね

171 名前名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! :2006/12/20(水) 12:19:09 ID:MWlXtQcI

コイツは「宇宙的に」カッコイイ!(笑)

172 名前名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! :2006/12/21(木) 04:56:38 ID:TCkkxLa4

ライターって大変なんだなあ

年を開けてから2006年を総括した惑星開発大賞を発表しますが、更新も減りこんな風に書かれます

45 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2007/03/21(水) 19:04:07 ID:pBOezhAt

流されずに我が道を行くといえば聞こえはいいかもしれないが、

昨年から惑星開発委員会の失速は、客が望んでいない木更津キャッツアイ

レビューなんかを永遠とやり続けているからだろうか。

世間に受けたきゃ、ハルヒコードギアスの全話レビューを毎週やれば

かに食いつきはいいんだろうけど、やんないだろうな。

3月更新「大学生よ、サークル貴族を目指せ!」のみ。サークルクラッシュ人間学なる文章も載せていきます更新が縮小した感は否めず……。「プライベートが忙しい」とは何なのか? それが明かされるのが2007年5月になります

「PLANETS」第三号の告知し、そしてついに5月25日発売のSFマガジンで連載「ゼロ年代の想像力」が始まります。この連載によって初めて商業誌での「宇野常寛」の文章に「善良な市民」の名前で展開していたオタク煽り、現状批判などの主張が盛り込まれていきます。この連載は初回から東浩紀批判が繰り広げられており、さっそく東浩紀さんも自身ブログで反応しています

宇野さんはこの原稿のなかで「東浩紀劣化コピー」という言葉を使っているのですが、最近の僕はまさに、彼がそう呼んでいるであろうひとたちの言動ウンザリして、批評家としてのエネルギーを失いつつありました。宇野さんの原稿は、そんな僕に久しぶりにやる気を与えてくれました。こういうエントリを書くと、また変な業界読みをするひとがいるかもしれませんが、もはやそんなのもどうでもいい。単純に嬉しいので、ここに記しておきます

あとは連載を楽しみにしています

さすがの東浩紀宇野さんの批判に手も足も出せず、適当お茶を濁しています

2019-01-28

anond:20190128002430

んーこの増田が悩んでいるのはMeToo的なものではなく、そういう警戒があるがゆえに、女との会話が無味乾燥になることなわけじゃん。

女の子と楽しく会話しつつ、セックスはしないで済む方法必要なんじゃないの?

2019-01-27

どうやったらセックス脳を克服できるんだ?

ハラミ会」じゃないけれど、女性人権セクハラに対する世間意識高まることで、女性とどう接していいかからなくなった。

ぼくは今年31で、はっきり言ってけっこうモテる自分では思っている。というのも、女性に断られるとか、ぞんざいに扱われるという経験がまったくないからだ。

それどころか、たいていの女性とは仲良くなれるし、事実として好感を持たれているし、ネットでいわゆる「非モテ」たちの悲惨体験談を読むたびに、自己評価高まるばかりである

今までのぼくは女性と仲良くなると「ああ、かわいいセックスしたいな」と思ってきた。事実セックスしてきた。自慢することじゃないが、断られることはほとんどない。

しかし、今やこんな行為世間的にNGであることは明らかだし、ぼくもやっちゃいけないな、と思っている。

フェイスブックを見ていて、かつてセックスした女性投稿が表示されると、ああ、ひょっとしたらこの子MeTooされるかもしれない、と頭によぎる。それは恐怖である

だが、いざ「セックスをしてはいけない」となると、女性とどう接していいかからなくなる。

これ以上仲良くなったらセックスしたくなるな、と考えてブレーキを踏むぼくがいる。それは女性と楽しく会話することができないことを意味している。

まり踏み込まず、当たりさわりのないことを言ってやり過ごす。今のぼくは、女性と接することに臆病になっている。

さっきも若い女の子名刺交換をして、ああかつてならこの子情熱を燃やし、セックスに邁進したんだろうなと切なくなる。ショートカットメガネの子だった。ああ、その小さい口で、ぼくの性器をくわえてごらんよ。叶わぬ思い。虚しい。

女の子距離を縮めていって、そして服を脱がしてセックスをするのは、とても崇高で、何物にも代えがたい楽しい時間だった。あの生命の輝き。まるで太陽へ少しずつ近づくイカロスのような気分。

しかし、それはもう禁忌となってしまったのだ。それでもセックスがよぎる。女性無味乾燥な会話をして「かつてなら……」と考える。

きっと同じことを考えている人間はいっぱいいるはずだ。たった一人でこの思いを抱えて、暗闇のなかでうずくまっている友よ、朋輩よ。

みんなどうやってこの思いを克服しているんだい。ぼくはセックスに呪われている。どうやったらこ呪いが解けるのか、男性から自由になるのか。だれか教えてくれ。

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