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2017-08-12

Aセクシャルの人に10年間片思いした話。  

相手迷惑ををかけたくないので身バレ防止にいろいろフェイクは入れるけれど、出来事体験に関してはなるべく正直に気持ちを書こうと思う。


 私はいま25歳だ。地方田舎で育った。相手幼稚園からの幼馴染だった。漫画みたいな幼馴染じゃないけれど、地元友達で、幼稚園小学校中学校と一緒だったし、小学生ときにはよく一緒に公園とかで鬼ごっこかくれんぼをした。中学に入ってからは、もともとお互いに漫画アニメが好きで、本の貸し借りをしてライトノベル時雨沢恵一の「アリソン」とか「涼宮ハルヒ」とか)というものを私が教えてもらったりもして、まだそういうオタ趣味学校でおおっぴらにできない時代だったのもあって、よく話すようになった。それで、なんでか覚えてないけれど、気になりだして、気が付いたら好きになってた。中3の時にはがんばって同じく一緒に好きだったバンプライブに誘って一緒に初ライブに行ったりもした。相手は異性の友達はどちらかといえば苦手そうにしていたけれど、その中でいちばん仲のいい異性になることができた。

 中学卒業したら高校別になることはわかっていたから、とにかく気持ちを伝えたくて彼の受験が終わったタイミング告白した。どうなるかも深く考えないまま、共通友達うまいこと呼び出してもらって、小さいこからよく遊んだ公園気持ちを伝えた。ずいぶん長い沈黙があって、そのあとの断りのセリフは「ごめん、恋とか愛とかがよくわからない。人をうまく信頼できないんだ。増田がきらいとかじゃないんだけれど、そういうことがどうしてもできない」というものだった。彼は少し泣いていた。話そうか迷って、きちんと誠実に断るために探してくれた言葉だと、今ならわかる。その誠実さがすごく尊いもののように見えて、おおげさに言うならすごくきれいに思えて、区切りをつけるとかは吹き飛んで、余計に好きになってしまっていた。そのカミングアウトの内容そのものに惹かれてしまった部分もやはりあったと思う(今考えると業が深い……)。

「でも、そんな風に想ってくれる人がいると思うと、なんだかうれしい」という言葉本心からのものか、それとも彼のやさしさだったのかは、いまだにわからない。

 けれど、当時の私の思考回路はひどく短絡的で、「だったら、彼に信頼してもらえるようになればいいんだ」というものだった。そういうわけで、違う高校に進学したわけだけれど、中学時代グループの集まりを定期的に企画したり、高校部活人間関係の悩みとかの相談積極的に乗ったり、ガラケーメールぽちぽち打ったりした。今考えても涙ぐましいし、ムダに行動力ありすぎた。相手性格を考えるとちょっとやりすぎな面もあったけれど、そんな重いエゴまで含めて本気の恋だった。彼のことを考えない日は嘘偽りなく一日だってなかった。それが空回りしている自覚もあったし、全然そういう目で見てくれている様子がないこともわかっていたけれど、思い続ければいつかは、なんて甘い幻想も同時に持っていた。

 結局、高校3年の終わりに中学時代地元グループ卒業旅行に行って(もちろん企画からすべて私が幹事をした)、そこでまた告白したけれど、まったく同じ断り方をされて撃沈した。今度こそもうダメだなって思って、おしまいハグをしたらちょっとびっくりされたけれど、手を背中に回してポンポン、と叩きながら「ごめんね」と言ってくれた。 今にして思い出すと、これはすごく、彼にとってきつかったかもしれない。

 大学は私が都会の大学に行ったので、地元グループとも帰省したときくらいしか会わなくなった。大学では初めての恋人ができたり、他にも普通大学生らしいことをいろいろ経験したし、様々な恋愛関係する感情を味わった。彼のことはあきらめて気持ち封印してはいたけれど、それでも常にずっと心の中では彼のことをいちばんのところに置いていた。このころになると、ずっと片思いをしているということが完璧に美化されていた。

 そうして、アセクシャルAセクシャル)という言葉を初めて知ったのも大学時代だった。知った時、真っ先に彼のことを思い浮かべた。

 大学卒業して、Uターンで地元に帰ってきた。久しぶりに地元特に仲のいい何人かと再び会うようになった。ある時、彼の親友的な人と話していたら「増田さん、中高のとき彼のこと好きだったでしょ」と真正から指摘されて、封印していた気持ちが解けてしまった。4年間蓋をしていたものが、びっくりするくらいあふれてきた。その親友が「だんだん結婚とかも皆考え始めるような歳になっているのに、そういう話題が彼にあまりにもないか増田さんをあてがってやろうかと思って」と言うのでこれに甘えて利用して、彼と遊んだデートしたりした。お互いにいろいろ話すけれど、でもやっぱりこれまでと同じく恋愛的な意味での全然手ごたえは何もなかった。それと並行して。やはりAセクの件があったので、その親友に彼はAセクなのではないか相談した。親友氏にも思うところはあったようで、何度かそれについて議論もした。

 複数回デートらしきものをして、どちらにせよこの恋はだめだと思い知らされたので、結局過去と同じように自分気持ち区切りをつけるために告白をした。Aセクの件もあったから、一応相手負担にならないようにというつもりで、その当時でできる限りの気遣い自分の率直な気持ちとを文章化して手紙として渡した。後で読んでと言ったのに彼はその場できちんと読んでくれた。そして返事の代わりに、件の親友名前を出して「こないだ、Aセクシャルっていうのを教えてもらって、自分でもいろいろ調べて読んでるうちに、読めば読むほど『そうだ、これだったんだ』とわかって涙が出てきた。他人を愛することができない自分は、どこか明らかにおかしい、欠けた人間だって思っていたから、すごく安心したんだ」と教えてくれた。

私にはそれを受け入れるしかなかったし、何よりも泣きそうな顔だけど解放されたみたいなすっきりした様子の彼を見てうれしかったのも事実だった。

 私と親友氏とで「一応、Aセクであるとすぐに決めつけすぎないほうがいい」と伝えておいたものの、十中八九彼はそうなのだと思うし、少なくとも今現在彼の自覚Aセクということになっている。


 ここからあとは、私一人の話。

 私にとって、彼はまさに青春のものだった。そう思い込んで美化してきたところや、一途な自分片思いに酔っていたところ、そのエゴに時折死ぬほど自己嫌悪したところ、醜いとこや酸っぱいところも、些細なことでめちゃくちゃ幸せな瞬間も、ぜんぶぜんぶひっくるめて、いま大人になった私を作っている大切なものだ。詳しくは書かないけれど、彼を好きにならなければ私の人生はぜんぜんつまらない方に変わっていたはずだと思う。たとえ片思いでも、幸せだったし、幸せをくれたと思う。恋愛ってそういうところがあると、私は思う。

 ただ、そんな恋愛を、彼はしない。そういう感覚を彼はおそらく持たない。今後一切、恋愛から何かを得ることはない。

 このことを、私はどのように整理したらいいのだろうか。

 恋愛はすばらしい。いろんなドラマ物語においても恋愛至上主義圧倒的多数な世の中で、人々はそんなフィクションを見て、やはり恋愛はすばらしいものだと思う。誰しもが人に恋をして人を愛するのだと信じ込む。そう刷り込まれた?私の観念はとても硬い。

 では、他人を愛さない人は、すばらしいものが欠けているのだろうか。人生のなにかしらを失っているのだろうか。彼はおかしいのだろうか。

 断じて違うと、私は確信している。でも、それは私の中の固定観念矛盾している気がする。

 私にとって恋愛のない人生は、ずいぶんパサパサとした無味乾燥もののように思えてしまう。彼がAセクである自覚を得た日以来、失恋による大きな胸の空洞がつらいし、今まできれいに思えたものがきれいに思えなかったりする(感覚がにぶっている感じがする)。彼を好きだったとき世界の見え方はとても色鮮やかだったのに。

 気が付いたら私は25歳で、中学卒業してから10年が経とうとしていて、10年前のあのころキラキラした感覚がいろんな意味で信じられなくなってきている。恋愛しか得られない感覚があると信じているくせに、彼のことがあって今の世の中における恋愛絶対性について疑ってもいる。人間幸せの形ってもっともっと多様だと思いたいのに、自分経験がその価値観に異を唱えてくる。

 こんなことを考えていると、結局彼と私とではとんでもない隔たりがあったのかなとか考えてしまって、今でも少し凹む。



 自分の中でもいまだに結論がでていないせいで最後何を言いたかたかよくわからなくなってしまった。こんな深夜に書きなぐった読みづらい長文を読んでくださって、ありがとうございます。なんでもいいのでみなさんの意見を聞いてみたいです。ちなみに私がちょっとヤバいのは承知です。

2017-08-05

マスメディアのことをなぜマスコミと呼ぶのか理解できない

メディア媒介であり、情報発信者と受信者媒介して伝える手段で、

ひそひそ話からマスメディア新聞テレビラジオ雑誌など)にまでその範囲は及ぶ。


伝言ゲームの喩え通り、その間媒介者たちによって情報の取捨選択が起こり、あるいは補足が行われ(尾ひれをつけるなど)

情報は当初のものから乖離、変容していくものである。これが大前提である


その間の取捨選択、要するにふるいにかける作業言葉をかみ砕く作業なども当然のように想定しなければならないし、現実もそうである


これらの行為マスコミュニケーション行為と呼ぶのであって、

この略語であるマスコミ当事者には、情報発信から信者まで全員含まれる。


このふるいにかけたり、かみ砕いた表現をとったり、外国語翻訳したり、あるいは不要修飾語を多用したり、

悪意ある場合には尾ひれをつけたり、推測や願望をこっそり忍ばせたりする行為を、どのように呼ぶかは自由である


ある人は偏向というし、またある人は報道しない自由というし、さらに別の人は編集などと呼ぶかもしれない。




では、下ごしらえしていない食材調味料を置かれ、お好きに料理してくださいと言われたらどうだろうか。

いやここでも、食材調味料選択恣意性排除できないという人もいるだろう。



では、森に連れて行って、お好きなものを収穫して、ご自由料理してくださいと言われたどうだろうか。

いや、わたし魚介類が食べたい、森へ連れてくるなど偏向していると主張する方もあらわれるかもしれない。


閑話休題、たとえば海外ニュース恣意性排除するにはどうすべきか。

翻訳に頼らないことである自分で読むしかない。

また人間誰しも文章を書くときには修飾語や過度の強調表現をとりがちであることも論を俟たない。

修飾や強調によって表現が豊かになり、多くの文学作品が生まれたはずである

では、文学から様々なレトリック技術を取り去ったら、どうなるだろう。

無味乾燥ものばかりで辟易するであろう。

一方論説や演説ではどうだろうか。できる限り避けるべきであるが、やはり頼りたくなる、人間だもの

2017-08-01

最小限の労力で手にした日々は、無味乾燥だった

今、仕事が終わって、雨上がりの駅のホームで帰りの電車を待っている

死んだ目をして、無表情で

私の現状は、安定した仕事もあるし、月一で出かける友人もいるので、傍から見ればまあ、悪くないだろう

ここまで来るのには、最小限の努力で来たように思う

いや、努力なんておこがましい

自分は、努力するのがとてつもなくかったるく思えて、目の前に選択肢が現れたときは、常に最小限の労力で済むものばかり選んできた

進学は、受験勉強したくないからと、自分学力を見て、余裕を持って受かる学校を選んだ

推薦は?と聞かれるけど、面接対策がかったるいからやめた

就職も、特にしたい仕事とかなかったので、大量に採用してくれるところばかりにエントリーして、大学4年のゴールデンウィーク前には内定貰った

あとは惰性でバイトして、最後学生生活を消費した

思えば、学生生活自体も、特に何もしなかった

自分学力に対して、偏差の低い学校に進学したので、試験特に何もしなくても上位をとれた

けれども、一番になる努力絶対したくなかった

かったるいか

部活も、運動部入って体力を消費する意味がわからなかったので、適当文化部所属した

適当文化部で、適当制作して、適当大会に出て、適当な賞を貰った

なんにも嬉しくなかった

交友関係も、自分には、人付き合い自体がかったるいものだったので、自分から特に何もせず、勝手に近寄ってくる人と会話して、適当遊んだ

なんにも楽しくなかった

人間関係がこんなんだから恋愛とかなんてしたことないし、駆け引き自体も面倒そうで、多分これからもしないと思う

人の気持ち考えるとか、かったるい

ようは、すべてのことに対して、こうしたいという目標目的もなく、ただ単に惰性で進んできた

こうして惰性で流れ着いた日々は、特に失敗も成功もなく、無味乾燥で無表情なものだった

仕事は大した残業もないし、内容も思考停止でこなせるものなので、勝手時間が過ぎて、勝手に一日が終わって、それが一ヶ月続けば、勝手給与が振り込まれ

そのお金の中から生活費捻出して、両親に仕送りして、余ったお金趣味にでも回そうか

でも、趣味開拓する努力もかったるいので、特に熱中するものもない

でも、買い物は好き

何もせずとも、金を払えは、要求したものが手に入るから

ああ、仕事での成功も、交友関係も、恋愛も、コンビニで買えるようなものだったらなって思う

それらには、興味がないわけでないが、それに対する努力をしようとすると、急に馬鹿馬鹿しくなるんで

この、クソみたいな読みづらい文章も、校正する努力もしたくないんだ

から、このまま投下するね

失敗は、したくないんだ

一度でいいから、満足できる成功体験がしたい

けど、リスクは負いたくない

努力なんてもってのほか

2017-07-20

Splatoon 2 は何が変わったか

Splatoon 1 とは何だったか

GEO で Splatoon 2 のダウンロードカードと Pro コントローラを買ってきたので Splatoon 1 がいったいどのようなゲームだったか区切りをつけてみたい。

Splatoon 1 を遊んでいると、インクを塗ることで自由な行動範囲を広げているような気がするが実際はあまりそうなっていない。

2014 E3 のこの動画。開発者インタビューでは次のような要素が紹介されている。

https://www.youtube.com/watch?v=F05Kp1_-_vQ

”ヒトで撃って、イカでアクションの幅が広がる。インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする。”

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。”

インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる。”

E3 で初めてこれをみたときSplatoon は本当に独特に感じられた。独自のアクション、独自の戦略があり、ほかのシューティングゲームとは一線を画しているかのように思われた。実際に発売された製品は、はたしてこれらの要素を満たしていただろうか。

インクを塗ることでしか到達できないような場所が意外なほど少ない。そして塗り広げたとしても、そこではイカのアクションもほとんど要求されない。さらにイカ自体のアクションも、かなり幅がない。多くのステージでは、裏とりのための細い通路を壁登りから侵入するが、そこから到達できる場所は大部分がヒトの状態でもたどり着けてしまう。塗ったところで裏とりの細い通路から小規模な空間前進するだけであって自由ではない。ステージ構造に戦略をあまりにも誘導されすぎている。たしかに動ける範囲は拡大しているが、そこを起点にどのルートを選んでもいいような自由な選択肢は少ない。塗ることによる行動範囲の広がりは円形が望ましく、できれば高さの概念があればさらに良い。細長い棒状ではない。

Bバスパークの中央高台が楽しいのは、そこがイカの固有アクションである壁登りを、かなりの高さがあるゆえに X ボタン連打を含めて行う必要があるだけでなく、いったん登ったあとはそこから周囲を見渡してどの方向へ進むか判断できる自由があるからだ。モンガラキャンプ場が味気ないのは、インクを塗って行動範囲が広がったとしても、直線的な進軍しかすることがない不自由さがあるからだ。

Splatoon の開発インタビューでは勝敗に関係のない壁を塗る行為はどうすべきか長期にわたる議論があったという。結果として壁が登れるようになり、壁塗りに意味がうまれ、壁を泳ぐことは Splatoon 独自のアクションとなった。だが実際に遊んでみると、壁を塗ることに意味はあるが、塗ることに意味があるような壁は驚くほど少ない。

Splatoon 1 はその基幹となる遊びにたいしてステージの質が追いついていない。

素晴らしい可能性を秘めたシステムにたいしてマップの設計が応対していない。

インクを塗ることで選択できるルートが格段に増え、しかも選んだ道を進むにはイカ固有のアクションが必要で、ルートを進んだ先にも多様なアクション選択肢が用意されている。そんな自由度Splatoon に必要なステージの設計であって、限られたどのルートを選んでもイカのアクションが必要ない普通のシューティングゲームと膠着状態しか楽しめない状況を用意することでは決してないはずだ。Splatoon 1 は楽しいシューティングゲームとしては完成度が高かったが、アクションゲームには成り得ていなかった。インク塗りを起点としていままでには存在しなかった多様なルート開拓され、プレーヤーはその選択肢にイカのアクションで応える。こうした設計のアイデアヒーローモードではすでに実現していた。

ヒーローモードはバトルのための入門用、訓練用とされていたが、それはシューティングゲームとしてのトレーニングであってバトルに役立つアクション教科書ではなかった。ヒーローモードには多様なアイデアによるイカにしか出来ない緊密したアクションが散りばめられていたのに実際の対戦マップではそれが全くといっていいほど反映されていなかったからだ。オンラインバトルとヒーローモードは断絶されていた。スポンジ、インクレール、水平の回転軸をもつ動く足場、落下死を誘う反復する網。連続するこれらのギミックに対処するにはヒトとイカの切り替えを頻繁に繰り返さなければならない。磨き上げられた気持ちいいアクションの応酬だ。だがこうした要素は後期に追加されたマップ部分的採用されているだけにすぎなかった。初期、中期のマップはイカのアクションの幅が少なすぎた。タチウオパーキングヒラメが丘団地はまだいい。塗るべき壁が多く存在し、それぞれに意味がある。どの壁を塗るべきか選択を要求してくるからだ。そして高さがあるため、戦闘が立体的になる。すべてのステージには高さの概念があるが、それは侵攻を阻止するためだけのものであり、戦闘を立体的にする構造でなかった。ただ、既存の多くのマップではいくつかの箇所で立体的な戦闘を誘導しているものの成功には至っていない概念がある。

それは金網だ。有利な場所に到着するには金網のうえを渡らなければならない。あるいは有利な場所そのものが金網の場合もある。リスクとリターンの関係があり良さそうに思えるが「インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする」この要素のいずれもが金網のうえでは無効化されている。アクション性が全くないにもかかわらず Splatoon 1 では金網を渡るよう強制するステージが多い。ここには手応えがない。金網はたいていの場合、足場としてしか使われていない。デカライン高架下では柵が金網になっていて通行するのにイカのアクションが必要だが、こうした金網の使い方はほとんどない。

Splatoon 2 ではこうした不満が解消されている。スポンジやインクレール、回転するイチョウ切りの壁といったギミックが初期マップから採用されている。

これらのギミックインクを塗ることでルート選択肢が大きく増える。そしてどれもイカのアクション必須だ。インクレールはイカになることで走行できる。レール上のどの地点から降下してもいい自由があり、勢いをつければ驚くほど大きくジャンプできる。インクレールを起点に行動範囲が大きく広がった。プレーヤー選択肢が大きく増えた。戦場は新しい高さを手に入れたことで戦いはより立体的になった。たった一箇所を塗るだけで、その後の可能性が大きく広がった。これが Splatoon の本来あるべきステージ設計だ。

ギミックを使わない例もある。海女美術大学では敵のリスポーン地点に侵入するには貝の形をしたオブジェに飛び移らなければならない。ジャンプの性能とオブジェ位置絶妙で、勢いをつけてのイカジャンプが必要となりプレーヤー精度のあるアクションが要求される。他にも単純な壁登りで侵入できるルートもあるが、こっちは微妙だ。Splatoon 1 のヒーローモードではジグザグに壁登りをしないと倒せないボス戦があったが、壁登りの途中で横移動が求められるステージはあまり多くない。そういった構造を導入してもいいと思うのだけど。

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。” これは Splatoon の非常に素晴らしい点だ。だがこの要素もマップ構造が邪魔をしている。Splatoon 1 のマップは窮屈すぎる。

Splatoon の魅力は圧倒的なわかりやすさだ。Bバスパークの中央高台に登る価値があるのは単に射撃に有利というだけではなく、戦況を確認したり敵の姿をいち早く発見できる場所だからだ。しかしホッケ埠頭のようないくつかのステージでは道幅が狭く、巨大な障害物が大量で、死角が豊富にあり、視認性が悪くなり、出合い頭の戦闘が非常に多い。3D マップ自由自在に走り回るのではなく、適時あみだくじの上を進んでいるかのような気分になる。なぜこのようになっているか色々理由がありそうだが、ひとつは GamePad を頻繁に確認するよう促すためではないかと思う。死角を増やすことでひと目見ただけでは 8人のプレーヤーがそれぞれどのように動いているのか分かりづらくなる。死角を徹底的に増やすことでプレーヤーに GamePad の地図を逐次見るように誘導しているのではないかWii Uハード特性を活かすためだ。だがジャイロセンサーを使えばカメラを凄まじい速度で回転させられるので、いったん前線を上げてしまえばそこから侵攻する敵はマップよりも TV で確認したほうが早いし、上位プレーヤーは移動量とスピードが高い次元にいるため 2本程度のルートならひとりで封鎖できてしまう。実際のところ GamePad はどの程度視線を移されているのだろうか。あまり多くないのではないか。それとガチヤグラルールによる理由も考えられる。ガチヤグラはタワーの位置によってホットスポットが連動するが、おそらくは防衛側有利にするためか狭い通路を通過させて集中砲火をさせやすくなっている。これは膠着を招く。

こうしたマップ構造は 2 ではかなり少なくなっている。

視認性だが、一部の遮蔽物がガラス製になったことで向こう側が透けて見えるように変化した。フジツボスポーツクラブの壁は 3月の体験版では普通のボルダリング壁だったが、E3 のバージョンではリスポーン地点に侵入する唯一の経路の壁がガラス製になっている。また海女美術大学では中央彫像展示が、コンブトラックでは左右のクラゲが入ってる箱がガラス製になっている。これによって、やたらめったらポイントセンサーを投げたり、カメラを無理やり壁の向こうに回して様子をうかがったり、臆病になっていちいちマップを見るといったゲームテンポを落とす行為をする必要が減った。敵が TV 画面で視認できたから警戒するのであって、常に慎重になったりあるいは なりふり構わず脳筋プレイ突撃したりする前に十分な考える余地を与えている。つまり鷲巣麻雀の要素を取り入れることで、Splatoon 2 では状況判断がいくらか容易になった。サーマルインクもそれを指向しているし、塗ると体積が減り空間が広くなるスポンジも同様の効果をもたらす。攻め側からすればスポンジを縮小することで視界を広くするとともに敵の取りうるルートを減らし、守り側ではより有利な位置に移動できるようスポンジを膨張させたり、膨らんだスポンジを防御壁としても活用できる。

マップ中央の広さが圧倒的に拡大した。それは平面としても広くなっただけでなく、視覚的にも開放的になった。Splatoon 1 では中央の高台は基本的に狭い空間で、しかも垂直に切り立っていた。中央高台の取り合いを活発にするためだと思われるが、垂直だったため真下の敵に反応するのが困難になっていた。Splatoon 2 では中央高台の空間が広いだけでなく、その壁がゆるやかな傾斜のついたものになっている。Splatoon の視認性の高さが最大限発揮されるようになった。

だが平面的にも視界的にも広くすればいいというものではない。サーモン・ランではむしろ狭く、窮屈なステージを志向している。サーモン・ランは一応オンラインに対応しているが主軸はオフラインモードだ。ボイスチャットを嫌うひとは多いが、実際に集まっての対面プレイなので当然会話による意思疎通を最大限活用するよう仕向ける設計にしなければならない。そのために死角を増やして現在どのような勢力がどの規模できているか分かりづらくしている。足場を狭くして戦闘を激しくしている。夜になったり霧で覆うことでその効果をさらに増やしている。サーモン・ランではプレーヤーの視覚情報量を制限しなければならない。

ヤグラに関する戦闘も変化した。ヤグラはその位置のよって戦闘のホットスポットが常に変化し続けるが、それを特に激化させたいとき開発者は細い通路上をヤグラが通過するよう設計することでそれを実現させていた。だがこれはプレイヤーの過剰なまでの密集を招いた。ヤグラを取り囲む戦闘も参加できるスペースが少なく、それぞれのポジションは凝固し、戦況は膠着した。2 では関門を用意し、インクレールやスポンジを配置することで、横にも縦にもの広い空間という環境下でも、激しさを保ちつつ全員がより多彩な角度から戦闘に関与できるようになった。素晴らしい改善だ。


インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる」

動画では敵インクの一部分を塗り替えすことでイカダッシュを妨害しているが実際はこのような戦略は成立しづらい。一部分を塗り替えすよりも、全体を塗ってしまったほうが有効だからだ。だがインクレールやスポンジのギミックはあえてそれを不能にすることに意味がある。タチウオパーキングにいる固定チャージャーは自分ポジションに最速で突っ込んでくる左手のレールに常に気を配っていなければならない。敵がインクレールの始点付近にいるだけでレールをシャットダウンするかどうかの選択を迫られる。スポンジも同様である。戦略に選択肢があることでプレーヤーは自由を感じることができる。Splatoon 独自の戦略がうまれてくる。




ハコフグ倉庫ホッケ埠頭、こういったステージは素晴らしい。まずモチーフが素晴らしい。自分の頭の中のアウトロー小学生が「こういう場所にこっそり忍び込んでサバゲーやったり、自分たちだけの秘密基地にしたりしたかったんだよナー!」と声高に叫んでいるのが聞こえる。ヒラメが丘団地もいい。遮蔽物が、なんと室外機や干してある布団になっている。室外機に隠れてたチャージャーに撃たれたりする。すげぇ。めちゃくちゃ団地で遊んでる感ある。めちゃくちゃごっこ遊びしてる感ある。戦闘のためだけに配置されているものなのに、めちゃくちゃステージに溶け込んでいる。それに比べてネギトロ炭鉱はやばい。背景が軍艦島なだけで、実際のマップは全然炭鉱感がない。朽ちたレンガと錆びた金属があるだけ。廃墟としても弱いし、炭鉱の要素がない。例えばボロボロになった生活用品や古い家電が遮蔽物として設置されていたり、かつてガラス張りのドームだった場所が朽ち果てそこらじゅうに植物が生い茂っているような場所なら、機能と世界観が融合しつつ、よりいっそう廃墟感があったのに軍艦島の港という舞台にしてしまったので中途半端になっている。Splatoonスーパージャンプというゲーム展開的にも映像演出的にもインパクトのあるシステムがあるので、完全に屋外か、体育館のような天井の高い場所しか舞台モチーフとして選択できないことになっている。これはステージモチーフとしての多様性に、窮屈な制限を設けてしまっている。これによって逸脱したのがアンチョビットゲームズで、私はこれをみてゲーム開発会社だと言われても正直困ってしまう。このような見た目のオフィスで戦っても、全くワクワクしない。クラゲ社員は階下にいるし、ゲームらしいモチーフも、部屋の隅にアーケードの筐体がポツンと置いてあるだけだ。床を上昇させるとサーバールームのようなものがせり上がってくるが、ファンを撃っている自分自身にはそれが見えない。射線を防ぐために天井からぶらさがってる謎の看板も、これがゲーム開発会社を直接想起させるものではなく、印象がチグハグで、ここがいったいどのような場所なのか截然としなくなっている。ごっこ遊びが出来なくなっている。例えばだが、雰囲気は同様のまま、これが大学図書館だったらわりと良かったと思う。

で、Splatoon 2 だが、わりとイイ感じになっている。ガンガゼ野外音楽堂は障害物が PA機器になっててステージっぽさがよく表現できている。海女美術大学は彫刻用の岩石だったり放置された台車だったり、クラゲの守衛が障害物になっていて雰囲気がある。だけどバッテラストリートダメだ。橋のうえに置いてある謎の木箱は無味乾燥中央橋の下の壁面はオシャレな場所に不釣合いな黒いビニールで全面が覆われている。マップ構造を記号化しすぎて世界観雰囲気が大きく損なわれている。これがアロワナモールではどうだったかというと、塗れない壁はガラスのショウウィンドウだったりブランドロゴが大きく印刷された垂れ幕だったり、射線を防ぐ構造物もヤシの木や看板だったり花壇だったりしてショッピングモール感があった。バッテラストリートは「こだわりのセレクトショップが軒を連ねるこの界隈には、流行の最先端を行くイカの若者が集まるらしい。」と説明があるのにマップのあらゆる場所になぜか運送会社の広告がある。大量にある。運送会社だぞ。運送会社がおしゃれなのか?

https://twitter.com/SplatoonJP/status/856435220693766144

さすがに意味不明からこの運送会社の大盛りっぷりにも理由があると思うけど、Co-op ゾンビモードであるサーモン・ランの報酬としてイカテン急便の作業着が入手できることからクマサン商会とイカテン急便には強いつながりがあると想像している。しかも回収対象の金イクラは設定上、石油のような燃料だというのだからこの運送会社は格安で得られた高出力のイクラ燃料を用いることで高い輸送能力を発揮しているのではないかと考える。というかヒーローモードかなにかで設定を回収してくれないと困る。

そして細かい素材ではなくステージ全体のモチーフについてだけど

インクを使ったナワバリ争いは、

あの世界ではスケボーのような

やんちゃ”な遊びというイメージなのですが」

https://www.nintendo.co.jp/wiiu/interview/agmj/vol1/index4.html

インタビューで言及がある。Splatoon 1 の初期マップはまさにこれを体現していた。高架下だなんて、まるでウェストサイド物語みたいじゃん。すげぇ良いじゃん。だが後期に追加されたマップリゾートだの、美術館だの、キャンプ場だの、健康的な大衆レジャーに成り下がっている。おいおい。イメージが壊れる。Splatoon 2 の初期マップでは健康的な印象のステージと、不良的な印象のステージ、半々採用されている。だがもっと極端にしてもいいと思う。アップデートで追加されるステージも、おそらく健全モチーフと不良モチーフがセットで増えていくと予想している。Direct ではアップデートで追加される帆船ステージが一瞬映ったけどパッと見た感じ従来型の狭くて窮屈なステージみえる。不安だ。

UI はかなり改善されている。これは開発者が実際の競技シーンをよく把握しているということだ。海外の野良トーナメントをみていると「dynamo dead, dynamo dead」と、しきりにやり取りしている。不憫でならない。やられたら「Nice」を押すのも慣習となっている。Splatoon 2 ではこうした意志の疎通を解決している。敵の使用武器は上部に表示され、死亡すると this way が ouch... に変化する。

任天堂には新しい構造ゲームをつくる際立った高い開発力はあるが、そのコンセプトを活かすステージの作成についてはバラツキが多すぎる。マリオサンシャインの「ふしぎせいぶつ マンタ しゅうらい!」は神がかり的な面白さなのに「村の裏のヒミツ」ありゃ一体なんだったんだ? 任天堂アクションゲーム界の KING であり続けているが、Splatoon 1 はイカのアクションを活かす場面が少なく、普通のステージで戦う「めちゃくちゃ分かりやすシューター」の域に留まっていた。だが Splatoon 2 ではマップ構造改善され、そのデザインが秘めたポテンシャルが発揮され、シューティングゲームアクションゲームの高度な融合が実現している。プレーヤーの行動には自由があり、戦闘の激しさは膠着から混沌へとその姿をより楽しいものへと変えた。

Splatoon 2 の大手海外批評サイトレビューを確認するとわかるが、彼らはジャイロコントロールをまったく使用していない。そんなものだから信憑性がなくなるのだ。そして Splatoon 1 の発売後インタビューで、ディレクターの阪口さんは「ラスボス戦のあとに響いている不気味な環境音の正体について教えていただけますか?」と質問があったのに明確な答えがない。ありゃ一体なんだったんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=OhHRmToy500

Direct や体験版を遊んで得ただけの情報による着目だが、これが本当にそうなっているかは、数時間後に配信される Splatoon 2 が証明してくれるはずだ。

2017-06-16

アイデアの公開場所小説家になろういいんじゃないかな

https://anond.hatelabo.jp/20170615225737

これはメタジョークエントリなんだと思うけど、もし本当に誰かに実現してほしいアイデアがあるなら、無味乾燥アイデア共有サイトに集めるよりもそのアイデア活用されている様をストーリー仕立てにして小説家になろうで公開するのがいいんじゃないかと思ってる。

アイデアを受け取る方も楽しめるだろうし、アイデアを出す方もストーリーを書くことによって、そのアイデアに本当に有用性があるかを冷静に見つめなおすことができるはず。

2017-05-13

東京でなんの文化にも興味を抱かずにマイルドヤンキーのように生きている人達は恐ろしく無味乾燥ですよ

知的障害者スレスレみたいな感じ

2017-04-27

就活辛すぎ

面接落ちてモチベーションが出ない。

モチベーションを出そうと思って寝ると就職活動の準備が進まない。

就職活動の準備が進まないか面接で落ちる。

負のスパイラル突入してもうどうしようもない。

アドバイスを請おうと思って大学カウンセリングに行ってもやんわりと根性論を唱えられ、結局解決策は得られないどころか自信をなくした。

もうこんなに辛いならいっそのこと死んだ方が楽なんじゃないかな。

綺麗な景色、雨の匂い、春の香り、深夜に物思いに耽りながら吸うたばこ、人と飲む酒、頼れる友達・元バイト先の人達、いつも優しい祖母

上映が楽しみな映画、まだ見てない名作映画、全クリするチャレンジャーを待つフリースタイルダンジョンラップブームで終わらず文化として根付いていくのか。

旅行しに行きたかった日本海祖母約束したヤフオクドームでのホークス試合観戦。

楽しみにしてること、好きなことは山ほどあるけど、最近は全部無味乾燥に感じる。今までイライラしてたことも気にならなくなったし感情の起伏がほぼない。ただ就職活動の辛さが溜まっていくだけ。

寝たいのに寝ても眠りは浅いし、美味しいご飯を食べるのがささやか幸せだったのに食欲がない。何をするのも億劫下痢気味の毎日

不幸自慢して誰かに共感してもらったり慰めて欲しいわけじゃないけど、もうどうしようもないからとりあえず感情を吐き出した

2017-03-27

無味乾燥作業って安心するわ

飽きるけど嫌いになる事ないんじゃないか最近は思う

2017-03-10

自分がいるクラスタだとけものフレンズまったく話題にならないし

多分本当に知らない人もいそうだし

自分はてな人達よりずっと無味乾燥世界に住んでいるんだろうなという気がする

http://anond.hatelabo.jp/20170310210850

最近本当に若い人がテレビを見ていないので困っています

困っています、じゃねえよ。なぜ他人事チックなのか。

じゃあ若者が見たくなるような面白い番組作れよ。

以前に比べて格段に味が落ちた飯屋が「最近お客が来なくて困っています。」とか言ってるようなもんだぞ。

はいテレビ局はつぶれないし、

メディアがなくなることはないし、

給料は相変わらずいい。

つまるところ、原因はここだろ。

低俗娯楽の筆頭だったテレビが妙に権威付けされた結果、お役所仕事なっちまってる。

スポンサーにもお偉いさんにも怒られないように、無味乾燥でどこかで見たような

ありきたりなもの粗製濫造して視聴者の興味を惹けると本気で考えてんのか。

去年の粒ぞろいだった邦画界が参考になると思うよ。

シン・ゴジラじゃないけど、そろそろしがらみを気にせずに好きにした方がいい。

復活したスター名鑑が好き放題して、すぐ打ち切られたけどあんな感じで攻めまくりゃいいのよ。

守りの姿勢からは良いもの絶対に生まれない。

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170228140019

嘘だね。

まったく嫉妬が漂ってこないし「あいつ」の人物像も無味乾燥

お前は作文が下手で、人の心の機微に対する洞察全然未熟

人間がどういう人に嫉妬するのかちゃんと感じたことも考えたこともない。

もっと真面目に生きましょう。

落第点。

2017-01-26

基本的に「恋愛」は男限定の娯楽 女の大半は「一番好きな男」とは一

 福士蒼汰フォトショでいじくって、南海キャンディーズ山ちゃんにし、「大好き!」と口にするのが女という生き物である

 分かりにくい例えかもしれないが、要するに女の理想は叶う率が低いから、妥協を繰り返し、少しずつストライクゾーンを広げてゆく作業必須になるということだ。

 言ってしまえば、あらかたの女は自分を騙くらかすことでしか彼氏を獲得出来ないのである

 つまり女の恋愛は、娯楽じゃなく我慢なのだ


女は、本命の男に本気で恋をすると、極めて高い確率でフラれる

 恋心の強度と、フラれる確率は比例関係にある。

 好きになればなるほど難易度が上昇する。

 男は、「がっつく女、余裕のない女、重い女」を忌み嫌う。

 だから女は、恋愛感情故意に薄くして、無味乾燥に近づけ、死んだ魚になるよう努力しなくてはならない。

 愛情の鮮度が高いと、男は女が提供する恋の食卓にはついてくれない。

 恋心を生け贄にして、天から余裕を授かり、さりげなさを全面に出して男に媚びる。

 そうした無感情の狩りこそが、女の恋愛なのである

 好きなあの人への想いが最高潮に達した段階で付き合えたという、美しい運命を辿れた女など、ごくごく少数だ。

 男は選ぶ側のため、「一番好きな女」と付き合える。

 女なんていう生物は、歩く無料お試しキャンペーンみたいなものだ。

 特段のブサイク性格破綻者を除けば、男に求められて喜ばない女はいない。

 男の恋愛は始まるまでに困難がなく、実はドラマチックさの欠片もない。

 だからこそ、「あえて想いを伝えずに、この駆け引きを楽しんでいます」という余裕綽々の態度を取る者がいくらでも現れるのだ。


男という悪徳工場が、不誠実な女を大量生産している

 どれだけ誠実な女であろうと、全身全霊で恋に落ちてしまうと、意中のあの人にどん引きされ、物の見事にフラれてしまものだ。

 男目線だと、「そんなことないよー。純粋気持ちが一番嬉しいよ☆」という真心第一みたいな結論に行き着く場合もある訳だが、これほど無責任綺麗事は他にない。

 どんな女であれ、「あの人を好きな気持ちだけは誰にも負けない。」という純情一本気な思いの丈を、胸に熱く秘めていた時代があるはずだ。

 しかし悲しいかな、純情さだけでは、手応えゼロ全否定されて失恋してしまう。

 どうしてかと言うと、この世を生きる女の大多数は、なんの才能にも美貌にも恵まれない無力な存在であるがゆえに、猫も杓子もが「媚び」という曖昧模糊としたものを唯一の武器にして戦おうとするから供給過剰になってしまっているためだ。

 男は空求人みたいなもので、常に誠実な人を大量募集していると見せ掛けて、「残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました」とお祈りを連発する。

 そうして女は幾度もフラれ、ただ突っ込んでも事態好転しないということを悟り、好きの感情に打算を組み込むようになる。

 自然体で男と接するトレーニングをしたり、好きになり過ぎないようにセーブして、計算高く立ち回ったりし始める。

 その結果、彼氏が出来たとしたら、開口一番こう切り出すだろう。

「なんだ、付き合うってこんなもんか」

 そらそうだ。

 恋心を肥大化させずに、落ち着き払って男を落としたに過ぎないのだから

 釣り堀で、虚しい魚釣りをしていたも同じ。

 一向に心が満たされないから、幸福論でいうところの『幸福を追求する不幸』という状態に陥り、次から次に手頃な男子を求めるようになる。

 これが後天的ヤリマンへ変化するプロセスだ。

女が非モテへと落ちぶれる流れについて

 精神科医ジャック・ラカンが、『欲望他者欲望』という言葉を残しているように、生きている中で誰かを好きになったとしたら、自分以外の人間もその子を好きだと考える方が良い。

 金は金を呼ぶみたいに、愛される人はより愛されるのが、現状の人間界なのだ

 誰もが似たような流れで欲望を浮上させるから自分特定のあの人を好きになった感情フローを、他の多くの人々も体験している可能性が高い。

 ゆえに奪い合いになる。

 しかイケメンは、可愛らしい子達が根こそぎ奪って行くため、反応に困るような人だけが少量、余っているだけになってしまう。

 その中からなんとか好きになれる人を探すわけだが、好きになった頃には、他の女もその男を好きになっていたりするため、また争いが発生する。

 こうやって殴り蹴られの決闘が延々と続くから非モテ挫折したまま、半永久的に再起出来なくなってしまうのだ。

 つまり無気力学習するということであり、こうなってしまえば、「自分最初から男に興味なんてないんで……」とオタク趣味に走ったりする。

 これが非モテへの転落である

女のほうが女としてのアイデンティティについて不安が大きく、自分モテるであることを証明したがる。

 こうした傾向があるからこそ、男よりも女の方が、失恋からの立ち直りが遅い。

 良く男は、「いい男なんて星の数ほどいるんだから、もう忘れなよー」と口から出任せをいう訳だが、これは的外れな助言である

 女が悶え苦しんでいるのは、好きなあの人を喪失した悲しみなんていう小さなものではなく、アイデンティティに深い傷が入ったためだ。

自分の女らしさが通用しないのではないか?」と憂いを抱いているときに、それを否定されるような断られ方をすると、失意のどん底に落ちる。

 そして、「私は終わってる」「私は一生一人だ」と憂鬱感情を強化してしまうため、自発的言葉によって、内部から心が壊れてゆく。

学習性無力感を引き起こす手続きは、うつ状態と同じような状態を作り出すと考えられるようになった。それは、学習性無力感が、うつ病モデルとして妥当性を持つことの証明にもなった。

 残念無念にフラれる連続の中で、「私なんて女としてダメだ……」という落ち込みの反復が起きて、自分の不甲斐なさについて学び続けてしまうと、精神が歪んでゆく。

 それはそれは寂しくて、どこの誰でも良いから、この弱り切った瀕死自分を認めてくれ、と切望するようになる。

 こうなると最悪なことが起きる。

 それは、男が最も嫌悪する、「がっつく女、余裕のない女、重い女」になってしまうということだ。

 気付いたときには既に手遅れ。

 プライドを削って、グレードの低い男に突撃したとしても、厄介なギトギトした女に成り下がっているため、近付いただけで逃げられる。

 勇気を出して振り絞った、最後の女らしさ――アイデンティティの全てを砕かれてしまうということだ。

 暗転。目の前が真っ暗になる。

自分は誰にも必要とされていない」という絶望悲劇、激痛を急速に学習してしまう。

 明言しておくと、女が人生において一番に彼氏が欲しいときは、こういう誰一人に相手されない悲しい時代だ。

 しかしながら、男も一回きりの貴重な人生を歩んでいるため、浮上確立が低いどん底の女を相手にしている暇などない。

 こうして一生浮かばれない、弱者女性が出来上がるのだった――





http://pipipipipi-www.hatenablog.com/entry/2017/01/26/194617

※ただし男版も女版もイケメン美女は除く

2017-01-25

過労死したい

過労死したい。

自分人生価値がない方の人生だった。

他の人間価値のある人生を送っていて、存在する意味があるけど、私の人生無味乾燥意味がない。価値がない。

過労死したい。

せめて、自分のできる限界まで社会の役にたって死にたい

せめて、社会に少しでも利益還元して、死にたい

社会適応できなくてすみませんゴミクズすみません

過労死したい。

30歳まで生きなくていい。

価値のない人生価値がないとわかってて生きるのが苦痛だ。

早く死にたい






助けて下さい。

2017-01-01

詰パラというアプリがすごかった

詰将棋アプリなんだけど、詰将棋という苦痛が伴うもの勉強法として、かなり優れていると思った。

  

①他の人が解いたコメントが見れる ←かなり面白いニコニコ動画コメントがついてるようなもの

②1作ごとにタイトルがついている ←大量の詰将棋が載っている本にありがちな無味乾燥作業感」が無くなるためよい。自分ならどういうタイトルをつけようと思える。いうなれば、ボケてみたいなもの。いいタイトルだと、解く楽しみが増える

③作者の顔が見える ←作者コメントが付くし、作者の作品連続して解けるので、詰将棋作家側の感情も見えて面白い

  

これって、大量暗記系にはかなり有用手法なんじゃないかと思う。

特に、①な。多くの参考書は、嘘でもいいから、コメントねつ造しておくと、学習者にとってかなり励みになるんじゃないかと思ったw

②は、自分タイトルつけるならと想像することが大事なんだな。

2016-11-03

終末のイゼッタは水なのか

まれ刹那 光放ち 息を吸ってありったけの命は 終わった

cross the line / AKINO with bless4 より引用

水が生成される瞬間 水素が燃焼 酸素と結合して 安定

2H2 + O2 → 2H2O

無味乾燥化学反応式も詩的に表現できる。

逆に、魔法も紐解けば物理化学に他ならないことを示唆しているのだろうか。

2016-09-02

ニコニコ大百科の優秀さ

辞典ってのはとかく客観性公平性を保つために無味乾燥になりがちであるが、ニコニコ大百科は違う。

力の抜けた主観的文体でありつつ、読み手が気になる情報をきちんと取り揃えてくれるまさに「生きた文章であるという印象を受ける。

少なくとも、ググって上位に出てきたらとりあえず見てみる価値はある。

 

君の名はシンゴジラという映画についてリアリティが云々と叫んでいる方々が最近多く見受けられるが、

そうした皆様におかれましては一度ニコニコ大百科における「リアリティ」の記事を見てみてはいかがだろうか。

ニコニコ動画は衰退している印象を受けるが、大百科の方はこれから伸びていくのではないか

2016-06-23

ツイ垢凍結された野間易通の闘いとやらについて

http://kdxn.tumblr.com/post/146306479845/twitter%E7%A4%BE%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%97%98%E3%81%84

読んだ。

どうってことないな。

野間のチンケな根性が滲み出てるってだけだった。

およそ50歳になるかならないかっていい大人が、会社相手に対してしたためる文面ではないだろう。

文章レベル及び精神レベルが深刻に疑われる。

たとえ不当な仕打ちをされたとしても、もっと理路整然と、かつ、大人として弁える最低限の礼儀をもって対応するのが当たり前だ。

こんなチンピラみたいな文面で文字通り喧嘩売ってきてる人間なんざ完全なクレーマーなんだから

まともな対応してもらえるわけがない。

言論の自由とかそういうレベルじゃない。

しろ野間が書いてる文章言論不自由なのだ

これがまともじゃないと思えない奴は、社会でまともな地位についているとはとてもじゃないが思えない。

ブラック企業管理職みたいな精神でなければこんなメール書けないだろ普通社会人として。

確かにツイッター運営無味乾燥機械的対応

そして2つだけのアカウントを大量との理由で凍結するのはどう考えてもおかしいだろう。

だが、これをおかしいと思えるだけの理性の持ち主は、

同時に野間が今までしでかしてきた所業の数々をおかしいと思えなければ絶対おかしい。

これは右だ左だ以前の、

社会に生きる大人が身に付けるべき振る舞いの問題だろう。

まともな人間なら、こんなヤツ相手にまともな対応をしようと思うわけがないだろう。

まともだまともじゃないという話を繰り返してきたが、

一番驚いたのは、野間に対して、こいつはまともじゃないとは思ってなさそうな人間結構な数ブコメにいるという点だ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/kdxn.tumblr.com/post/146306479845/twitter%E7%A4%BE%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%97%98%E3%81%84

そりゃあ闘いを掲げて活動してる人間が一々お行儀よくしてる必要はない。

過激でも訴えかける強い力を持つ言葉を吐くのも大事だろう。

だがお前、会社相談窓口相手におんなじノリで交渉しようって人間がいたら、

タマおかしいと思わないほうがおかしいだろう。

大丈夫か、

野間対応支持してたり同意してたりしてる奴ら。

まともじゃねえぞお前ら。

相手が誰であろうと見境なく噛みつく奴がいたとしたら、

そいつのやってることは闘争じゃなくて暴走なんだよ。

な。

社会に生きる文明人ならもう少しまともなアタマを身につけようぜ。

知性派で売ってるサヨクの名が泣くぞ。

挙句の果てにこんな連中が反知性主義だのとほざいたりするんだからもう開いた口がふさがらないよオレは。

2016-05-11

バイアグラ使ったら、気持ちよかった。日本最高。

もし悩んでる人があれば、物は試し、すぐ行くことをおすすめする。

プライバシーとか、話をするのが恥ずかしいとか、悶々としていたのがバカバカしく、

サッポロ塩ラーメンもびっくりのあっさりだ。

その悶々と悩むのが勃ちが悪くなる心因性原因なんだ。

38歳、独身

ご多分に漏れず、勃ちと持ちが悪くなり、1週間ぐらいあれこれ悩んだ。

悩んだ末、意を決して新宿にあるクリニックに行ったんだ。

行ってみたら10分そこそこであっさり出してくれた。

病院テンプレ通りの一方的説明しかせず、数ある商品店頭購入して来たけど、あれほど無味乾燥対面販売(という名ばかりの診察)は初めてだ。

深夜のコンビニ店員の無愛想ですら、人の血が通っていると思わせてくれるぐらい、テンプレ医師マシーンだ。

お試しでバイアグラGE薬 2錠とシアリス 2錠を5000円で買った。

その日のうちに使うチャンスがあったので、バイアグラ飲んだ。

てっきり動悸や火照りとか副作用あるかとおもいきや、表立った副作用はなく、安心した。

そして、服薬後、ギンギンになるかと思いきや、まったく無反応。

バイアグラですら反応しない程度までインポになったかと内心焦った。

しかし、バイアグラ飲んだことも兆候がなく焦っていることも、どこ吹く風、穏やかな素振りをしていたら、待ちに待ったベッドインタイム

バイアグラ飲んだのに元気ないなと思っていたが、ちょっとイジッてもらっただけで、ムクムク膨れて元気Max

2回戦とか久しぶりに出来た。感動した。

もうバイアグラなしでは生きていけない不安もあったが、なくても勃つし、イケるようになった。

無駄に悩むぐらいなら、凸撃した方が精神衛生的に健康になれる。

さぁ、君もイこう!

2015-12-31

年賀状効用効能

ところで効用効能の違いはみなさんご存知?

あいいや

ああ、面倒な年賀状がやっと処理し終えたわ

書いてる間、いろいろ考えたことを整理して書いてみるわ

まず簡単なところから言うと、虚礼廃止、こんなものさっさと滅びてしま

そういう声がはてなでは大多数でしょうね

そう、こんなものはムダ

から年賀状の売上は徐々に減ってはい

けれど、一気に減りなど決してしない

人生、やりたいことよりしなくちゃいけないことのほうが遥かに多い、

そういう真理をこの年賀状という儀式でも人は思い知るもの

でも、やっているうち、下らないものながらも、

その作業の中にいろいろと感じることはある

PC全盛期の今にあって

まずそもそもはがきを出すかどうか

出すなら表面裏面全て印刷で済ますか、

表面は印刷だが裏面は手書きか、

表裏印刷だが裏面に一言書き添えるか、

書き添えるにしても社交辞令必要最低限か、

様子伺いに一言入れるか、

1年を振り返る簡単な一言を入れるか、

1年の思い出深い事柄などを書き入れるか、

年賀状なのだからと改まったこと一筆したためるか、

それらを手書きにするか印字にするか、

作業でありながら、相手によっていろいろと書き分けられる

仕事でもそうだ

無味乾燥な完全印字だけど、一応送ってはおかないとな、という相手と

はなから送る対象にすら容れない相手、

これらの違いは一体どこにあるのか

まったく重要ではない相手でも、やはりどこか扱いに差があるからこそこうした違いが出てくる

相手はこちらを仲良しと思ってくれてしげく送ってくるようだけれど、こちらはそうも思っていないもの

向こうも大して仲良くはないとは先方も先刻承知だけど、

先方がもはや義務感で毎年送ってくるので「今年も送らない」という決断を迫ってくるのが絶妙にウザいなという関係性の相手

年賀状はすなわち、交友関係棚卸しを迫るもの

そういう一連のセットを総体的議論されるので主眼がとっちらかるが、

上記したようなそれぞれの着眼点個別に話し合うと、

意外に年賀状大嫌いクラスタでも、年賀状という話題でやいのやいのと盛り上がることが可能なのではないか

そんな気がしてきたのだ

さあ

刷り上がった年賀状をこれから出すよ

出す相手は全部近隣の市区町村だけど、

31日一番の便だとちゃんと元旦に届くのかな?

近隣でも無理だよね?

でもいいの、元旦に間に合わせるために頑張るような年賀状は書きたくなかったか

それもまた、

たくさんある選択肢のうちの一つだと思う

みんな、

儀式なんてさっさとなくなればいいとか雑な議論をする前に、

この儀式が私や周囲に与える影響は何なのか、

って考えるほうが建設的だと思うよ!

それじゃあね、チャオ!

2015-11-25

鶏卵はなぜ白身と黄身が分かれているのか

何気なく食べていても、基本的なことがわからないという人がいる

あんなにくっきり分かれるなんてなぜだろう

僕は僕なりに一つの答えを持っている

白身は何もない世界

悲しみもなければ、喜びもない、無味乾燥とした世界

そんな世界に君は置いていけない

から僕が白身と君の膜になる

から君の膜は僕にください

お願いしま

2015-11-09

お金が大好きだから外資系金融に行った人の話

お金が大好きだから経済学部から経営管理大学院に行き、MBAを取得して外資系金融に行った、友人のそのまた友人の話。

単位お金毎日動かすが、最初面白いけどだんだん麻痺してくる。

そして高額のお給料をもらっても嬉しくなくなる。

最終的に仕事無味乾燥に思えてくる。

お金が動く分、世界が変わる、誰かが幸せになる」とお金以外の仕事の楽しさを見いだせる人間けが仕事を楽しめる。

お金好きな人金融関係に行くな、と商売をしていた親戚に言われたが、こういうことだったのか。

2015-10-18

マリオメーカーにたった1人で挑んだ実況者のラジオ について

ふぅ氏(以下敬称略)の、この動画http://www.nicovideo.jp/watch/sm27285739)について

僕も全然古参では無いけれど、数年前からゲーム実況動画を見るのが好きでよく見ている。だからふぅの言いたいことはよくわかる。有名実況者がみんながみんな、マリオメーカーだのと同じゲームを題材に同じような実況を投稿し、挙げ句の果てにはサムネイルまで似ているというのは見るに堪えない話である

しかしながら、そうした問題の根源というのは、そういった有名実況者たちにあるのではないと、僕は思う

そもそも彼らは何ら悪いことをしていない。少なくとも法の上では。さんざん言われてきたことだがゲーム実況というのはそもそもがグレーな存在だった。著作物を使って動画を撮り、それを勝手ネットにアップする行為はグレーというか普通にアウトである。それが見過ごされてきたのは取り締まることが現実的では無いという事実によって見過ごされてきたに過ぎない。ふぅの言う、かつての面白い動画がたくさんあった時代というのは、そういう限りなくブラックに近いグレーな動画によって成立していた。

昨今の、マリオメーカー代表とするゲームがさんざん投稿されている現実は、動画内でふぅも言っているが、企業ニコニコ動画タイアップした結果、公式動画を上げることが可能になり、その結果投稿者利益さえ入るようになったから顕れたものである法律的にもセーフであり、そのうえ利益も入る。別にこれで金を儲けることは何も責められる謂われは無いのだ。

しかにその結果として、画一的無味乾燥動画が量産されたかも知れない。しかしそれは投稿者の罪と謂うよりも体制側の罪である。多数の投稿者は当然の結果として流れるべき方向に流れたに過ぎない。そういう方向に彼らを導いた(それを予測たかどうかは知らないが)運営に、批判の矛先はまず向けられなければならない。しかし、ふぅは任天堂に対してもニコニコ動画に対しても、それを行わない。

投稿者たちは金儲けできるシステムができたからその枠内で金を稼いでいるだけだ。それを批判することは勿論事由だが、その前にそういう体制を作った方をまず批判すべきだ。そもそも、ふぅ自身、上記したような限りなくアウトに近い行為を行っている自分自身(それは題材にしているゲームだけでなく、動画で用いられている音楽効果音を含めてだ)が、ルール上は明らかにより問題の少ないことをやっている人びとを名指しで批判するという構図の滑稽さには気がついていないのだろうか。

ふぅの主張をあえて乱暴にデフォルメすると、こうとも言える。今まで俺たちはルール無視して面白いものを作ってきた。だが最近、新しいルールができて、その枠内でおとなしくやるやつが増えた。それはおもしろくない。昔にもどるべきだ。

この主張自体にも理はある。しかしそれを声高に主張すること自体不可能なのだ。何度も言っているが、ルールの上ではふぅが批判する人びとのほうが正しいのだ。その正しさの代わりに面白さが失われたからと言って昔に戻れというのでは、暴走族が足を洗った仲間をまた引きずり込もうとするような構図では無いか?

ぼくだって有象無象マリオメーカー動画より、ふぅの動画のほうがずっと好きだ。面白いと思う。しかしその面白さを支えていた者が何か考えれば、安易にふぅの様な主張はできないのだ。かつての面白い動画群は、畢竟ゲーム実況というジャンルメーカーに見逃されていたからこそ実現した、寿命のあるコンテンツだったのかもしれない。

その現実を受け入れたくないなら、そういう実況がまた上げられるような環境を作ることを考えなければならない。少なくともそういう姿勢だけでも見せなければならないのだ。

2015-09-14

かわいそうな人ね

そうやって無味乾燥人生歩んでいくんだ

2015-09-01

http://anond.hatelabo.jp/20150901002603

ライゾマあたりの演出海外で人気がある人間に、全面的演出を任せればいい。

曲とかもさ、攻殻機動隊のあの無国籍風の曲、

https://www.youtube.com/watch?v=z64HCi2rQkE

こういうテイスト音楽使えばみんなそれを日本的なるものとして認識してくれるだろ。

もしくは武満徹とか。

ていうかさ、久石譲とかそんなガラカパゴス作曲家なんかどうでもいいから、どうせだったら有名な人間使おうぜ。

日本的なるものってさ、結局は大阪のようなごっちゃごちゃカオス、アジア!みたいな感じの方向か、

京都っぽい無味乾燥の暗い、神社!寺!って感じの二択しかないんだからさ。

西洋みたいなカッコイしかない表現無理なんだから

どうせだったらクッソ面白くない葬式のような開会式のほうが日本的でいいだろ。

今上天皇即位礼あるだろ、あんな感じでいいよ。

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