「無味乾燥」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 無味乾燥とは

2017-11-01

http://otoimi.net/ 罵倒でも何でも良いので感想が欲しい。


私が個人的発見した「音と意味関係法則性」で英単語語源をおぼえようという趣旨サイトです。

法則として厳密かはともかく間違いなく関連性はありますし、その上で精度も相当に高く、英単語暗記に役立てるぐらいなら十分なものです。

ただ音の意味というのは、その音が使われる全ての単語にあてはまるくらいに広い意味なので、文字列から直接的にその単語意味を弾き出したり、その単語意味から直接的に文字列を弾き出す事はできません。

しか英単語をおぼえる際の実感には繋がりますし、実感があれば英単語暗記も今よりは無味乾燥ものでは無くなるはずです。

以下の表が皆さんの英単語学習に彩りを添える事になれば嬉しいです。


音の意味一覧


A.「集合論意味する音」

d 集合

g 集合に含まれもの

n 要素

h 要素を含むもの


B.「フローチャート意味する音」

m 条件

l 選択肢

z フローチャートにおける動き

y フローチャートにおける動き


C.「A+B、空間意味する音」

k 地点/存在

t 空間における集合的もの

b 場/路

s 動き

p 動き

w 動かされ得るもの


D.「母音、A・B・Cにおける意図

a 意図の集中

e 意図拡散

i 情報

o ポインティング

u 区切り/終止


E.「複合した音」

f (hu) :空間における「要素を含むもの

q (ku) :質/実態

r (lu) :空間におけるフローチャートフロー

v (bu) :強調された場/路

c (ky) :空間におけるフローチャート(地点/存在

j (zy) :フローチャートにおける動き

x (ks) :「地点/存在」+動き


twitterアカウントhttps://twitter.com/otoimi_gogen 著者としてはこのアカウントフォローして学習の参考にするぐらいがオススメです。

2017-10-04

文学部的な教養以外は無意味だし糞だから死ね

おそらく誰であろうとも、一般常識として税金簡単なことだけは知っておいて無駄にならないであろう。

から一般常識必要性の枠に入るものとしておく。

問題となるのは、「一般常識」よりは難しく、しかし、税理士合格できるレベルではない、という程度の税金勉強して何になるのか、という話である

端的に言えば、必要がないであろう。

そもそも専門性に没頭している人であれば、そういう中途半端知識を身につけることに時間を割くべきではない。

物理学者が、物理学をやる時間を削って税金の細かいことを勉強したり、あるいは司法試験に挑戦しても愚かでしかない。

ではそういう物理学者のような立場にいない人にとって、持て余した閑暇を使った手遊びとして、税金の小難しい勉強をしても無意味なのか、という話である

ひとまずは無意味、という結論になる。

たまたまどこかで役に立つかもしれないが、メリットには直結しないかである

こういう「一般常識」以上で「専門家」未満の実学を、実学的な教養と呼んでみることにする。

文学部的な教養自己表現世界であるから趣味として好まれることもある。

これが税金勉強となると、まったく自己表現ではない。

基本的には意味もわからず暗記することになるし、自己は疎外されている。

無味乾燥細則であっても、その官僚的な文面の背景に浮かんでくる制度趣旨を察することはできるし、自分なりの解釈を加える愉しさもあり得る。

社会制度人間存在させているし、制度を踏まえてわれわれは存在しているのである

もしくは特別に偉い人でなくとも、われわれは誰しもルール策定する立場になりうる。

たとえば売春宿経営するとしても、その店のルール設定は、人間下半身の行動パターンを色々と勘案して考えなければならない。

いつでも制度趣旨については考えており、なぜこういうルールなのかと語ったりしているから、どのような実学であれ、

なぜそういう仕組みなのか、という思考の遊びはできそうであるが、やはり文学と比べると自由度が低いということになるのであろう。

学んだことで資格が得られたり、実戦で使う機会があるのならいいが、そうでないとすると、自己疎外ということになってしまう。

2017-09-26

TeXWord

なる議論があるらしい。

学生Word論文を書いて来たら、それだけで不合格推定が働くという研究者の方もいらっしゃった(さすがに理不尽だと思う)。

私自身は出身学部バリバリ文系で、職業も数式と無縁の類なので、Wordの方が圧倒的に使う頻度が高い。

だが、最近趣味数学をやるようになって、TeXにも触れるようになった。

それで何となくTeX派の言いたいことも分かってきた(そもそもWordTeXを同じ土俵比較するのがおかしいという批判は一旦措く)。

ぶっちゃけて言えば、TeXでできることのほとんどは、Word2010でもう出来てしまう。

そのためTeX派の主張・反論はかなり苦しく、感情的ものが多いのだが、なぜそこまでTeX固執するかと言うと、TeXの方が楽しいからではないか

いくらショボい文書を作るにも、TeXだと様々な問題が生じ、それをググって解決する。そして出力される美しい文書

この過程が非常に楽しく、無味乾燥になりがちな文書作成作業創作性を帯びてくる。

出来上がった作品は眺めているだけで楽しい

はいえ数式のない文書すらTeXで作るという人はさすがに意地を張りすぎだと思う。

今後もTeXとともに数学勉強していきたい。

2017-09-20

教師ってなんなんだろね

高校教師になって半年が経った、そして日常灰色意味なし興味も惹かない無味乾燥ものに思えた。

 もともと、教師に憧れはなかったが、私は民間企業には向かないと思ったし自分希望を叶えられそうだったので教師を志望してみた。自分希望とは端的に「上からガミガミ言われないこと」「周りの視線にビクビクしないこと」「面白いもの面白いといえ、つまらないものには無関心でいられること」「知ることが好き、考えることが好きなのでそれを伸ばしたい」ってあたりだった。

 それで、採用試験を受けてみたら受かった。採用試験を受けるにあたり、試験官が喜びそうな教師志願者像を演じているうちにまるで本当に教師仕事やりがいのあるヒトみたいになっていった。

 実際に働いてみると、私が新人なのもあってか夏休み前はプレッシャー労働時間もそれほどブラックではなかった(定時には帰れないが)。仕事をして収まるところに収まったという喜び、生徒とやり取りする喜び、給料をもらう喜び、とにかく何もかもが新しく、一つ一つのタスクをこなしていくことに喜びを感じた。そして、採用試験で作り上げた教師志望者という虚像を演じてることさえ気づかなかった。

 夏休み平和のものだった。ただ、何度やっても追試を乗り越えることの出来ない生徒や炎天下でも盆休み休みなく動き続ける運動部連中を見るのが不快だった。無意味校則を破る無意味学生に付き合わされることに吐き気を催すほどの嫌悪感を感じた。なんだか、夏休みですべてがリセットされた気がする。仕事を始めてそれなりに責務を全うしようという気持ちが失せた。

 もともと、良い教師になろうという気持ちは毛頭なかったが、いまはただ仕事時間が穏便に過ぎさえすれば良いと思うようになった。正直、生徒にも人間にも興味が持てない。授業の準備で定時を超えそうなら、切り上げて授業の質を落とすことにした。義務として求められること以上は一切しないことにした。部活の引率が一番馬鹿らしい、引率はするにしても一々試合には立ち会わず試合会場では雲隠れすることにした。

 そして辛いことは、同僚が真面目すぎることだ。どうして彼らは楽をすることを考えないのだろうか。そんな連中の中にいると肩身が狭いし、もはや生徒に興味がもてないという本音も口にすることができず孤独感とイライラけが溜まっていく。

 仕事が何もかもバカらしく感じる。だが、給料はほしいので辞める勇気もない。辞めてもやりたい仕事はない。

 仕事以外にはやりたいことが、ある。家に帰って一人の時間が一番よい。だけど、教師って24時間死ぬまで働けってオーラを感じる。そんな息苦しい雰囲気がいやだ。すまんが、生徒より自分優先で仕事させてもらう。これから自分自由で居られるのか不安なんだ。

2017-09-14

anond:20170914173214

父親中年男性)をageたがるネット民、って言うよりは

女の子ガンプラ好きなんてこの世に存在するわけがない、嘘松!」

クオリティ高いガンプラを作れる中学生なんてこの世に存在するわけがない、しか小学生の頃からガンプラやってたなんて今時そんな子どもがいるわけがない、そんな子ども世界中にひとりも存在しない、嘘松!」

じゃね?

この世には無味乾燥日常を過ごしてる人間しかいなくて「自分がこんな面白い体験をした」「家族がこんな凄いことをした」は全部目立ちたいだけの嘘で自作自演らしいよ

2017-09-11

[]よしながふみ大奥」13巻まで

徳川時代若い男だけがかかる死に至る病がはやって、男が激減

女性主導になった世界の話

トータルだと面白い

序盤こそわかりやすかったけど、本格的に過去編に入ってから文章多いし歴史ものってことでわかりにくい言葉がたくさん出てくるしで正直挫折しそうにもなった

でも土日で体力あったし慣れてきたら読めるようになった

でも一気読みじゃなかったら都度読み返さないと内容把握できなくて挫折してたと思う

特に個人的評価したいのは2つあって、

・話のキモになっている病気について単にそういう病気があったから逆転したーというだけで病気放置したままにしないこと

中学レベル日本史知識の裏を独自解釈で埋めていってくれて、無味乾燥だった日本史知識がどんどん色づいて感じられるようになっていったこと

いやフィクションなのはわかってるけど

ただ惜しむらくはキャラのかき分けがほぼないに等しいこと

あと性格もほぼ同じに見える

女も男もほぼみんな同じ顔に見える

えぐいやつも聖人もいろいろいてすごくドラマチック

いまんとこ読んでて楽しかった話は、

板前大奥にくる話

病気治療法探すためにげんないとかが活躍してるあたりの話

だな

手に取りづらさは予想してたとおりとっつきづらさを予感してた自分カンだったけどそれは大当たりだった

でもとっつきづらさをこえた面白さがあるのは十二国記とも似てるなあと思った

2017-09-08

元彼女元彼女じゃなくて恩人だった

編集しようとしたらタップミスで削除しちゃったから再投稿

中学時代クラスメイトが貸したラノベオタクになって9年目の夏のこと。

人生目標意識理想も持たず、目の前のコンテンツをただ貪る無味乾燥時間を送っていた僕に、何人目かの彼女が出来た。

彼女某SNSで知り合った女の子で、当時はまだ新卒社会人1年生だった。

僕にも彼女にも当初は別に恋人がいて、お互いの近況を話し合いながら「話は聞くからがんばってね」「そっちも彼女大事にね」みたいなやり取りをちょこちょこ交わしていた。

当時の恋人と別れた直後、彼女もその相手と別れたことをSNSに書き込んでいた。

「今までお疲れさま」

簡素な労いの言葉を送ると、予想だにしない返事が戻ってきた。

「今電話してもいい? もう寝る?」

僕は個人メッセージに「非通知でもいいよ」と添えて、自分電話番号送信した。

数分後、見慣れない電話番号から着信が。電話に出ると聞きなれない声で「恵美(仮名)です」と名乗った。

そこから互いの身の上話(ほとんどが彼女の話だったけど)を重ねるに連れ、彼女がこんな言葉を漏らした。

「私、増田くんとなら付き合えると思う」

驚いた。本当に驚いた。

それまでの僕は自分に自信がなく、これまで付き合っていた相手とも「何が良くて自分なんだろう」と思うことの方が多かった。

更に、当時の僕は先天的に持っていた障害(注意欠陥症候群)が発覚したばかりで、尚更人間関係に対して自信をなくしていた。

彼女は強い結婚願望を持っていた。

そんな相手と上手くいくとは思えなかった。

そう思っていた矢先、彼女はこう打ち明けてきた。

「私、付き合う前に言っておかないといけないことがある」

弟以外の家族関係が悪いこと。

援助ももらえなかったため大学学費風俗で稼いだこと。

そのほか、ここには書ききれないたくさんの話を聞いた。

そのおかげで、僕は自分が抱えていた不安を打ち明けることが出来た。

障害の話。これまでの話。10年来の付き合いがある友人にも言っていなかった話。

それでも彼女は、こう言ってくれた。

「1人じゃダメでも2人ならなんとかなるよ

 一緒に何でも試してみようよ」

その言葉に心を動かされ、僕は彼女と付き合うことになった。

中学時代クラスメイトが貸したラノベオタクになって9年目の夏のこと。

人生目標意識理想も持たず、目の前のコンテンツをただ貪る無味乾燥時間を送っていた僕に、何人目かの彼女が出来た。

彼女某SNSで知り合った女の子で、当時はまだ新卒社会人1年生だった。

僕にも彼女にも当初は別に恋人がいて、お互いの近況を話し合いながら「話は聞くからがんばってね」「そっちも彼女大事にね」みたいなやり取りをちょこちょこ交わしていた。

当時の恋人と別れた直後、彼女もその相手と別れたことをSNSに書き込んでいた。

「今までお疲れさま」

簡素な労いの言葉を送ると、予想だにしない返事が戻ってきた。

「今電話してもいい? もう寝る?」

僕は個人メッセージに「非通知でもいいよ」と添えて、自分電話番号送信した。

数分後、見慣れない電話番号から着信が。電話に出ると聞きなれない声で「恵美(仮名)です」と名乗った。

そこから互いの身の上話(ほとんどが彼女の話だったけど)を重ねるに連れ、彼女がこんな言葉を漏らした。

「私、増田くんとなら付き合えると思う」

驚いた。本当に驚いた。

それまでの僕は自分に自信がなく、これまで付き合っていた相手とも「何が良くて自分なんだろう」と思うことの方が多かった。

更に、当時の僕は先天的に持っていた障害(注意欠陥症候群)が発覚したばかりで、尚更人間関係に対して自信をなくしていた。

彼女は強い結婚願望を持っていた。

そんな相手と上手くいくとは思えなかった。

そう思っていた矢先、彼女はこう打ち明けてきた。

「私、付き合う前に言っておかないといけないことがある」

弟以外の家族関係が悪いこと。

援助ももらえなかったため大学学費風俗で稼いだこと。

そのほか、ここには書ききれないたくさんの話を聞いた。

そのおかげで、僕は自分が抱えていた不安を打ち明けることが出来た。

障害の話。これまでの話。10年来の付き合いがある友人にも言っていなかった話。

それでも彼女は、こう言ってくれた。

「1人じゃダメでも2人ならなんとかなるよ

 一緒に何でも試してみようよ」

その言葉に心を動かされ、僕は彼女と付き合うことになった。

それからすぐに彼女の家が僕の職場に近いことが判明し、彼女の家に引っ越しての同棲が始まった。

一緒に暮らすにつれ様々なことがわかった。

彼女ヘビースモーカーなこと(つられて僕もタバコをはじめた)

・お互いに性欲が薄く、SEXをしなくても充分満たされること(彼女キスが好きなため流れでヤることは多かったけどそれでもこれまでに比べたら少なかった)

彼女にとってのオタク趣味あくま趣味の一つで、本当はもっと趣味なこと。

彼女は決して、顔で僕を選んだわけじゃなかったこと。

当時の僕は周りから評価に対して承認欲求けが異様に強く、強気発言や嘘をついて炎上したことも多々あった(承認欲求に関してはここに書いてる時点でまだ収まってないんだろうけど当時よりは落ち着いたってことで許して欲しい)

でも、彼女ありのままの僕を受け入れてくれた。

自然と、彼女だけには嘘をつきたくないって思うようになっていた。

自分で作り上げていた「嘘の壁」の中に誰かをこんなにも強く想える自分いたことにびっくりした。

そこから2年間、僕は彼女の好きになれる自分になろうとして努力した。

努力を重ねた結果、体調とメンタルを壊し、当時の職場退職した。

そこからすれ違い(一番の理由は「なんでそんなになるまで相談しなかったの」)を起こし、破局した。

知り合ってから約3年、付き合ってから2年半が過ぎ、結婚視野に入れていた矢先のことだった。

実家に帰って、わずかに貯めていた金を使って地元温泉宿で1週間ほど色々考えた。

後悔とか開放感とか恨みとか悲しみとか色々な感情が頭と心を巡って、一生分泣いたんじゃないかってくらい泣き通した。

一通りの気持ちの整理がつき、最後に濾過されずに残った感情確認するとそれは「感謝」の気持ちだった。

彼女出会えて、僕は本当に変わることが出来た。

そのことに関して、今でも感謝している。

からやり直すということは不可能だし、彼女には俺じゃない別の誰かと幸せになってもらいたい。

今の僕は君に比べるとあんまり頭も良くなくて家事もそこそこ苦手だけど君と同じくらい可愛くて優しくて音楽映画が好きな子と付き合ってます

彼女にこのことを話した時に「今はもう感謝しかないんでしょ? じゃあその元カノさんはますくんの恩人なんだね」って言われてあらためて君の存在の大きさに気づきました。

多分君に出会ってなかったらこの子を好きになることもなかった。

俺は君のおかげで幸せだし、君もどうか幸せになってください。というか今は結婚してるんだし幸せか。

恵美が幸せなら、僕も嬉しいです。

君を幸せに出来なかった分まで、今の彼女のことを大切にしたいと思います

君は僕の元彼女で、それ以上に僕の恩人で。

から、僕は君のことを一生忘れないと思う。

彼女の影響で好きになったバンドライブを見て、音楽に関わる仕事に就きたいと思ってダメ元で応募したイベント会社ライブスタッフ求人に受かってたか備忘録も兼ねて書き綴ってみた。

長文乱文で読みづらかったら申し訳ないです。

2017-09-01

貧乏人や年寄り独身者ペット飼うな論

その根底にある理論はわかるし正当性もあると思う

ひどい飼い方をしてしまう恐れがあるなら飼うべきでない、という考え方だ

じゃあ貧乏人は子供産むなと言うのか、みたいなことも言えなくはないが、ペット人間の子供を同列に語るのも違うだろう

でもその一方で、そもそも人はどうしてペットを飼うんだろう? という観点からは疑問も感じる

寂しいから、無味乾燥日常で鬱になるから生き甲斐が欲しいから…

もちろんそれ以外の理由だって多いだろうが、そういう切実な理由だってあると思うのだ

そして、そういう点で言えばむしろ社会から孤立しているような人にこそ、ペット必要なんじゃないだろうか

結果的にその人が孤独死してペットが飢えたり殺処分されるとしてもだ

だってそもそも論を言えば、ペットを飼うこと自体人間エゴだろう

ならば人間幸せを一番に考え、ペット幸せはそれに反しない範囲で最大限考慮する、という形が人間社会ルールではないのか

はい自分は正直、人間よりは犬や猫の方が好きなので、犬や猫の幸せを一番に考えてほしいという気持ちもなくはない

でもそれは犬猫好きの傲慢であり我儘だという風にも、明に暗に教えられても来た

一番嫌いな人間と一番好きなペットの命を天秤にかけたとき、前者を選ぶのが人間として正しいのだと(実際そうできる自信はないが)

2017-08-28

急募】すぐ嘘松嘘松言う奴をコケにできる単語

なんかないの?

見ててすげえ気持ち悪い

マック女子高生DQN論破して拍手喝采!とかならともかく

日常のささいなオモシロネタでもなんでも嘘松嘘松

証拠写真があっても自作自演だ嘘松嘘松

どんだけ無味乾燥日常送ってんだよ

そんな頻繁じゃなくてもたまにはオモシロ体験することだってあるだろ

2017-08-12

Aセクシャルの人に10年間片思いした話。  

相手迷惑ををかけたくないので身バレ防止にいろいろフェイクは入れるけれど、出来事体験に関してはなるべく正直に気持ちを書こうと思う。


 私はいま25歳だ。地方田舎で育った。相手幼稚園からの幼馴染だった。漫画みたいな幼馴染じゃないけれど、地元友達で、幼稚園小学校中学校と一緒だったし、小学生ときにはよく一緒に公園とかで鬼ごっこかくれんぼをした。中学に入ってからは、もともとお互いに漫画アニメが好きで、本の貸し借りをしてライトノベル時雨沢恵一の「アリソン」とか「涼宮ハルヒ」とか)というものを私が教えてもらったりもして、まだそういうオタ趣味学校でおおっぴらにできない時代だったのもあって、よく話すようになった。それで、なんでか覚えてないけれど、気になりだして、気が付いたら好きになってた。中3の時にはがんばって同じく一緒に好きだったバンプライブに誘って一緒に初ライブに行ったりもした。相手は異性の友達はどちらかといえば苦手そうにしていたけれど、その中でいちばん仲のいい異性になることができた。

 中学卒業したら高校別になることはわかっていたから、とにかく気持ちを伝えたくて彼の受験が終わったタイミング告白した。どうなるかも深く考えないまま、共通友達うまいこと呼び出してもらって、小さいこからよく遊んだ公園気持ちを伝えた。ずいぶん長い沈黙があって、そのあとの断りのセリフは「ごめん、恋とか愛とかがよくわからない。人をうまく信頼できないんだ。増田がきらいとかじゃないんだけれど、そういうことがどうしてもできない」というものだった。彼は少し泣いていた。話そうか迷って、きちんと誠実に断るために探してくれた言葉だと、今ならわかる。その誠実さがすごく尊いもののように見えて、おおげさに言うならすごくきれいに思えて、区切りをつけるとかは吹き飛んで、余計に好きになってしまっていた。そのカミングアウトの内容そのものに惹かれてしまった部分もやはりあったと思う(今考えると業が深い……)。

「でも、そんな風に想ってくれる人がいると思うと、なんだかうれしい」という言葉本心からのものか、それとも彼のやさしさだったのかは、いまだにわからない。

 けれど、当時の私の思考回路はひどく短絡的で、「だったら、彼に信頼してもらえるようになればいいんだ」というものだった。そういうわけで、違う高校に進学したわけだけれど、中学時代グループの集まりを定期的に企画したり、高校部活人間関係の悩みとかの相談積極的に乗ったり、ガラケーメールぽちぽち打ったりした。今考えても涙ぐましいし、ムダに行動力ありすぎた。相手性格を考えるとちょっとやりすぎな面もあったけれど、そんな重いエゴまで含めて本気の恋だった。彼のことを考えない日は嘘偽りなく一日だってなかった。それが空回りしている自覚もあったし、全然そういう目で見てくれている様子がないこともわかっていたけれど、思い続ければいつかは、なんて甘い幻想も同時に持っていた。

 結局、高校3年の終わりに中学時代地元グループ卒業旅行に行って(もちろん企画からすべて私が幹事をした)、そこでまた告白したけれど、まったく同じ断り方をされて撃沈した。今度こそもうダメだなって思って、おしまいハグをしたらちょっとびっくりされたけれど、手を背中に回してポンポン、と叩きながら「ごめんね」と言ってくれた。 今にして思い出すと、これはすごく、彼にとってきつかったかもしれない。

 大学は私が都会の大学に行ったので、地元グループとも帰省したときくらいしか会わなくなった。大学では初めての恋人ができたり、他にも普通大学生らしいことをいろいろ経験したし、様々な恋愛関係する感情を味わった。彼のことはあきらめて気持ち封印してはいたけれど、それでも常にずっと心の中では彼のことをいちばんのところに置いていた。このころになると、ずっと片思いをしているということが完璧に美化されていた。

 そうして、アセクシャルAセクシャル)という言葉を初めて知ったのも大学時代だった。知った時、真っ先に彼のことを思い浮かべた。

 大学卒業して、Uターンで地元に帰ってきた。久しぶりに地元特に仲のいい何人かと再び会うようになった。ある時、彼の親友的な人と話していたら「増田さん、中高のとき彼のこと好きだったでしょ」と真正から指摘されて、封印していた気持ちが解けてしまった。4年間蓋をしていたものが、びっくりするくらいあふれてきた。その親友が「だんだん結婚とかも皆考え始めるような歳になっているのに、そういう話題が彼にあまりにもないか増田さんをあてがってやろうかと思って」と言うのでこれに甘えて利用して、彼と遊んだデートしたりした。お互いにいろいろ話すけれど、でもやっぱりこれまでと同じく恋愛的な意味での全然手ごたえは何もなかった。それと並行して。やはりAセクの件があったので、その親友に彼はAセクなのではないか相談した。親友氏にも思うところはあったようで、何度かそれについて議論もした。

 複数回デートらしきものをして、どちらにせよこの恋はだめだと思い知らされたので、結局過去と同じように自分気持ち区切りをつけるために告白をした。Aセクの件もあったから、一応相手負担にならないようにというつもりで、その当時でできる限りの気遣い自分の率直な気持ちとを文章化して手紙として渡した。後で読んでと言ったのに彼はその場できちんと読んでくれた。そして返事の代わりに、件の親友名前を出して「こないだ、Aセクシャルっていうのを教えてもらって、自分でもいろいろ調べて読んでるうちに、読めば読むほど『そうだ、これだったんだ』とわかって涙が出てきた。他人を愛することができない自分は、どこか明らかにおかしい、欠けた人間だって思っていたから、すごく安心したんだ」と教えてくれた。

私にはそれを受け入れるしかなかったし、何よりも泣きそうな顔だけど解放されたみたいなすっきりした様子の彼を見てうれしかったのも事実だった。

 私と親友氏とで「一応、Aセクであるとすぐに決めつけすぎないほうがいい」と伝えておいたものの、十中八九彼はそうなのだと思うし、少なくとも今現在彼の自覚Aセクということになっている。


 ここからあとは、私一人の話。

 私にとって、彼はまさに青春のものだった。そう思い込んで美化してきたところや、一途な自分片思いに酔っていたところ、そのエゴに時折死ぬほど自己嫌悪したところ、醜いとこや酸っぱいところも、些細なことでめちゃくちゃ幸せな瞬間も、ぜんぶぜんぶひっくるめて、いま大人になった私を作っている大切なものだ。詳しくは書かないけれど、彼を好きにならなければ私の人生はぜんぜんつまらない方に変わっていたはずだと思う。たとえ片思いでも、幸せだったし、幸せをくれたと思う。恋愛ってそういうところがあると、私は思う。

 ただ、そんな恋愛を、彼はしない。そういう感覚を彼はおそらく持たない。今後一切、恋愛から何かを得ることはない。

 このことを、私はどのように整理したらいいのだろうか。

 恋愛はすばらしい。いろんなドラマ物語においても恋愛至上主義圧倒的多数な世の中で、人々はそんなフィクションを見て、やはり恋愛はすばらしいものだと思う。誰しもが人に恋をして人を愛するのだと信じ込む。そう刷り込まれた?私の観念はとても硬い。

 では、他人を愛さない人は、すばらしいものが欠けているのだろうか。人生のなにかしらを失っているのだろうか。彼はおかしいのだろうか。

 断じて違うと、私は確信している。でも、それは私の中の固定観念矛盾している気がする。

 私にとって恋愛のない人生は、ずいぶんパサパサとした無味乾燥もののように思えてしまう。彼がAセクである自覚を得た日以来、失恋による大きな胸の空洞がつらいし、今まできれいに思えたものがきれいに思えなかったりする(感覚がにぶっている感じがする)。彼を好きだったとき世界の見え方はとても色鮮やかだったのに。

 気が付いたら私は25歳で、中学卒業してから10年が経とうとしていて、10年前のあのころキラキラした感覚がいろんな意味で信じられなくなってきている。恋愛しか得られない感覚があると信じているくせに、彼のことがあって今の世の中における恋愛絶対性について疑ってもいる。人間幸せの形ってもっともっと多様だと思いたいのに、自分経験がその価値観に異を唱えてくる。

 こんなことを考えていると、結局彼と私とではとんでもない隔たりがあったのかなとか考えてしまって、今でも少し凹む。



 自分の中でもいまだに結論がでていないせいで最後何を言いたかたかよくわからなくなってしまった。こんな深夜に書きなぐった読みづらい長文を読んでくださって、ありがとうございます。なんでもいいのでみなさんの意見を聞いてみたいです。ちなみに私がちょっとヤバいのは承知です。

2017-08-05

マスメディアのことをなぜマスコミと呼ぶのか理解できない

メディア媒介であり、情報発信者と受信者媒介して伝える手段で、

ひそひそ話からマスメディア新聞テレビラジオ雑誌など)にまでその範囲は及ぶ。


伝言ゲームの喩え通り、その間媒介者たちによって情報の取捨選択が起こり、あるいは補足が行われ(尾ひれをつけるなど)

情報は当初のものから乖離、変容していくものである。これが大前提である


その間の取捨選択、要するにふるいにかける作業言葉をかみ砕く作業なども当然のように想定しなければならないし、現実もそうである


これらの行為マスコミュニケーション行為と呼ぶのであって、

この略語であるマスコミ当事者には、情報発信から信者まで全員含まれる。


このふるいにかけたり、かみ砕いた表現をとったり、外国語翻訳したり、あるいは不要修飾語を多用したり、

悪意ある場合には尾ひれをつけたり、推測や願望をこっそり忍ばせたりする行為を、どのように呼ぶかは自由である


ある人は偏向というし、またある人は報道しない自由というし、さらに別の人は編集などと呼ぶかもしれない。




では、下ごしらえしていない食材調味料を置かれ、お好きに料理してくださいと言われたらどうだろうか。

いやここでも、食材調味料選択恣意性排除できないという人もいるだろう。



では、森に連れて行って、お好きなものを収穫して、ご自由料理してくださいと言われたどうだろうか。

いや、わたし魚介類が食べたい、森へ連れてくるなど偏向していると主張する方もあらわれるかもしれない。


閑話休題、たとえば海外ニュース恣意性排除するにはどうすべきか。

翻訳に頼らないことである自分で読むしかない。

また人間誰しも文章を書くときには修飾語や過度の強調表現をとりがちであることも論を俟たない。

修飾や強調によって表現が豊かになり、多くの文学作品が生まれたはずである

では、文学から様々なレトリック技術を取り去ったら、どうなるだろう。

無味乾燥ものばかりで辟易するであろう。

一方論説や演説ではどうだろうか。できる限り避けるべきであるが、やはり頼りたくなる、人間だもの

2017-08-01

最小限の労力で手にした日々は、無味乾燥だった

今、仕事が終わって、雨上がりの駅のホームで帰りの電車を待っている

死んだ目をして、無表情で

私の現状は、安定した仕事もあるし、月一で出かける友人もいるので、傍から見ればまあ、悪くないだろう

ここまで来るのには、最小限の努力で来たように思う

いや、努力なんておこがましい

自分は、努力するのがとてつもなくかったるく思えて、目の前に選択肢が現れたときは、常に最小限の労力で済むものばかり選んできた

進学は、受験勉強したくないからと、自分学力を見て、余裕を持って受かる学校を選んだ

推薦は?と聞かれるけど、面接対策がかったるいからやめた

就職も、特にしたい仕事とかなかったので、大量に採用してくれるところばかりにエントリーして、大学4年のゴールデンウィーク前には内定貰った

あとは惰性でバイトして、最後学生生活を消費した

思えば、学生生活自体も、特に何もしなかった

自分学力に対して、偏差の低い学校に進学したので、試験特に何もしなくても上位をとれた

けれども、一番になる努力絶対したくなかった

かったるいか

部活も、運動部入って体力を消費する意味がわからなかったので、適当文化部所属した

適当文化部で、適当制作して、適当大会に出て、適当な賞を貰った

なんにも嬉しくなかった

交友関係も、自分には、人付き合い自体がかったるいものだったので、自分から特に何もせず、勝手に近寄ってくる人と会話して、適当遊んだ

なんにも楽しくなかった

人間関係がこんなんだから恋愛とかなんてしたことないし、駆け引き自体も面倒そうで、多分これからもしないと思う

人の気持ち考えるとか、かったるい

ようは、すべてのことに対して、こうしたいという目標目的もなく、ただ単に惰性で進んできた

こうして惰性で流れ着いた日々は、特に失敗も成功もなく、無味乾燥で無表情なものだった

仕事は大した残業もないし、内容も思考停止でこなせるものなので、勝手時間が過ぎて、勝手に一日が終わって、それが一ヶ月続けば、勝手給与が振り込まれ

そのお金の中から生活費捻出して、両親に仕送りして、余ったお金趣味にでも回そうか

でも、趣味開拓する努力もかったるいので、特に熱中するものもない

でも、買い物は好き

何もせずとも、金を払えは、要求したものが手に入るから

ああ、仕事での成功も、交友関係も、恋愛も、コンビニで買えるようなものだったらなって思う

それらには、興味がないわけでないが、それに対する努力をしようとすると、急に馬鹿馬鹿しくなるんで

この、クソみたいな読みづらい文章も、校正する努力もしたくないんだ

から、このまま投下するね

失敗は、したくないんだ

一度でいいから、満足できる成功体験がしたい

けど、リスクは負いたくない

努力なんてもってのほか

2017-07-20

Splatoon 2 は何が変わったか

Splatoon 1 とは何だったか

GEO で Splatoon 2 のダウンロードカードと Pro コントローラを買ってきたので Splatoon 1 がいったいどのようなゲームだったか区切りをつけてみたい。

Splatoon 1 を遊んでいると、インクを塗ることで自由な行動範囲を広げているような気がするが実際はあまりそうなっていない。

2014 E3 のこの動画。開発者インタビューでは次のような要素が紹介されている。

https://www.youtube.com/watch?v=F05Kp1_-_vQ

”ヒトで撃って、イカでアクションの幅が広がる。インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする。”

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。”

インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる。”

E3 で初めてこれをみたときSplatoon は本当に独特に感じられた。独自のアクション、独自の戦略があり、ほかのシューティングゲームとは一線を画しているかのように思われた。実際に発売された製品は、はたしてこれらの要素を満たしていただろうか。

インクを塗ることでしか到達できないような場所が意外なほど少ない。そして塗り広げたとしても、そこではイカのアクションもほとんど要求されない。さらにイカ自体のアクションも、かなり幅がない。多くのステージでは、裏とりのための細い通路を壁登りから侵入するが、そこから到達できる場所は大部分がヒトの状態でもたどり着けてしまう。塗ったところで裏とりの細い通路から小規模な空間前進するだけであって自由ではない。ステージ構造に戦略をあまりにも誘導されすぎている。たしかに動ける範囲は拡大しているが、そこを起点にどのルートを選んでもいいような自由な選択肢は少ない。塗ることによる行動範囲の広がりは円形が望ましく、できれば高さの概念があればさらに良い。細長い棒状ではない。

Bバスパークの中央高台が楽しいのは、そこがイカの固有アクションである壁登りを、かなりの高さがあるゆえに X ボタン連打を含めて行う必要があるだけでなく、いったん登ったあとはそこから周囲を見渡してどの方向へ進むか判断できる自由があるからだ。モンガラキャンプ場が味気ないのは、インクを塗って行動範囲が広がったとしても、直線的な進軍しかすることがない不自由さがあるからだ。

Splatoon の開発インタビューでは勝敗に関係のない壁を塗る行為はどうすべきか長期にわたる議論があったという。結果として壁が登れるようになり、壁塗りに意味がうまれ、壁を泳ぐことは Splatoon 独自のアクションとなった。だが実際に遊んでみると、壁を塗ることに意味はあるが、塗ることに意味があるような壁は驚くほど少ない。

Splatoon 1 はその基幹となる遊びにたいしてステージの質が追いついていない。

素晴らしい可能性を秘めたシステムにたいしてマップの設計が応対していない。

インクを塗ることで選択できるルートが格段に増え、しかも選んだ道を進むにはイカ固有のアクションが必要で、ルートを進んだ先にも多様なアクション選択肢が用意されている。そんな自由度Splatoon に必要なステージの設計であって、限られたどのルートを選んでもイカのアクションが必要ない普通のシューティングゲームと膠着状態しか楽しめない状況を用意することでは決してないはずだ。Splatoon 1 は楽しいシューティングゲームとしては完成度が高かったが、アクションゲームには成り得ていなかった。インク塗りを起点としていままでには存在しなかった多様なルート開拓され、プレーヤーはその選択肢にイカのアクションで応える。こうした設計のアイデアヒーローモードではすでに実現していた。

ヒーローモードはバトルのための入門用、訓練用とされていたが、それはシューティングゲームとしてのトレーニングであってバトルに役立つアクション教科書ではなかった。ヒーローモードには多様なアイデアによるイカにしか出来ない緊密したアクションが散りばめられていたのに実際の対戦マップではそれが全くといっていいほど反映されていなかったからだ。オンラインバトルとヒーローモードは断絶されていた。スポンジ、インクレール、水平の回転軸をもつ動く足場、落下死を誘う反復する網。連続するこれらのギミックに対処するにはヒトとイカの切り替えを頻繁に繰り返さなければならない。磨き上げられた気持ちいいアクションの応酬だ。だがこうした要素は後期に追加されたマップ部分的採用されているだけにすぎなかった。初期、中期のマップはイカのアクションの幅が少なすぎた。タチウオパーキングヒラメが丘団地はまだいい。塗るべき壁が多く存在し、それぞれに意味がある。どの壁を塗るべきか選択を要求してくるからだ。そして高さがあるため、戦闘が立体的になる。すべてのステージには高さの概念があるが、それは侵攻を阻止するためだけのものであり、戦闘を立体的にする構造でなかった。ただ、既存の多くのマップではいくつかの箇所で立体的な戦闘を誘導しているものの成功には至っていない概念がある。

それは金網だ。有利な場所に到着するには金網のうえを渡らなければならない。あるいは有利な場所そのものが金網の場合もある。リスクとリターンの関係があり良さそうに思えるが「インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする」この要素のいずれもが金網のうえでは無効化されている。アクション性が全くないにもかかわらず Splatoon 1 では金網を渡るよう強制するステージが多い。ここには手応えがない。金網はたいていの場合、足場としてしか使われていない。デカライン高架下では柵が金網になっていて通行するのにイカのアクションが必要だが、こうした金網の使い方はほとんどない。

Splatoon 2 ではこうした不満が解消されている。スポンジやインクレール、回転するイチョウ切りの壁といったギミックが初期マップから採用されている。

これらのギミックインクを塗ることでルート選択肢が大きく増える。そしてどれもイカのアクション必須だ。インクレールはイカになることで走行できる。レール上のどの地点から降下してもいい自由があり、勢いをつければ驚くほど大きくジャンプできる。インクレールを起点に行動範囲が大きく広がった。プレーヤー選択肢が大きく増えた。戦場は新しい高さを手に入れたことで戦いはより立体的になった。たった一箇所を塗るだけで、その後の可能性が大きく広がった。これが Splatoon の本来あるべきステージ設計だ。

ギミックを使わない例もある。海女美術大学では敵のリスポーン地点に侵入するには貝の形をしたオブジェに飛び移らなければならない。ジャンプの性能とオブジェ位置絶妙で、勢いをつけてのイカジャンプが必要となりプレーヤー精度のあるアクションが要求される。他にも単純な壁登りで侵入できるルートもあるが、こっちは微妙だ。Splatoon 1 のヒーローモードではジグザグに壁登りをしないと倒せないボス戦があったが、壁登りの途中で横移動が求められるステージはあまり多くない。そういった構造を導入してもいいと思うのだけど。

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。” これは Splatoon の非常に素晴らしい点だ。だがこの要素もマップ構造が邪魔をしている。Splatoon 1 のマップは窮屈すぎる。

Splatoon の魅力は圧倒的なわかりやすさだ。Bバスパークの中央高台に登る価値があるのは単に射撃に有利というだけではなく、戦況を確認したり敵の姿をいち早く発見できる場所だからだ。しかしホッケ埠頭のようないくつかのステージでは道幅が狭く、巨大な障害物が大量で、死角が豊富にあり、視認性が悪くなり、出合い頭の戦闘が非常に多い。3D マップ自由自在に走り回るのではなく、適時あみだくじの上を進んでいるかのような気分になる。なぜこのようになっているか色々理由がありそうだが、ひとつは GamePad を頻繁に確認するよう促すためではないかと思う。死角を増やすことでひと目見ただけでは 8人のプレーヤーがそれぞれどのように動いているのか分かりづらくなる。死角を徹底的に増やすことでプレーヤーに GamePad の地図を逐次見るように誘導しているのではないかWii Uハード特性を活かすためだ。だがジャイロセンサーを使えばカメラを凄まじい速度で回転させられるので、いったん前線を上げてしまえばそこから侵攻する敵はマップよりも TV で確認したほうが早いし、上位プレーヤーは移動量とスピードが高い次元にいるため 2本程度のルートならひとりで封鎖できてしまう。実際のところ GamePad はどの程度視線を移されているのだろうか。あまり多くないのではないか。それとガチヤグラルールによる理由も考えられる。ガチヤグラはタワーの位置によってホットスポットが連動するが、おそらくは防衛側有利にするためか狭い通路を通過させて集中砲火をさせやすくなっている。これは膠着を招く。

こうしたマップ構造は 2 ではかなり少なくなっている。

視認性だが、一部の遮蔽物がガラス製になったことで向こう側が透けて見えるように変化した。フジツボスポーツクラブの壁は 3月の体験版では普通のボルダリング壁だったが、E3 のバージョンではリスポーン地点に侵入する唯一の経路の壁がガラス製になっている。また海女美術大学では中央彫像展示が、コンブトラックでは左右のクラゲが入ってる箱がガラス製になっている。これによって、やたらめったらポイントセンサーを投げたり、カメラを無理やり壁の向こうに回して様子をうかがったり、臆病になっていちいちマップを見るといったゲームテンポを落とす行為をする必要が減った。敵が TV 画面で視認できたから警戒するのであって、常に慎重になったりあるいは なりふり構わず脳筋プレイ突撃したりする前に十分な考える余地を与えている。つまり鷲巣麻雀の要素を取り入れることで、Splatoon 2 では状況判断がいくらか容易になった。サーマルインクもそれを指向しているし、塗ると体積が減り空間が広くなるスポンジも同様の効果をもたらす。攻め側からすればスポンジを縮小することで視界を広くするとともに敵の取りうるルートを減らし、守り側ではより有利な位置に移動できるようスポンジを膨張させたり、膨らんだスポンジを防御壁としても活用できる。

マップ中央の広さが圧倒的に拡大した。それは平面としても広くなっただけでなく、視覚的にも開放的になった。Splatoon 1 では中央の高台は基本的に狭い空間で、しかも垂直に切り立っていた。中央高台の取り合いを活発にするためだと思われるが、垂直だったため真下の敵に反応するのが困難になっていた。Splatoon 2 では中央高台の空間が広いだけでなく、その壁がゆるやかな傾斜のついたものになっている。Splatoon の視認性の高さが最大限発揮されるようになった。

だが平面的にも視界的にも広くすればいいというものではない。サーモン・ランではむしろ狭く、窮屈なステージを志向している。サーモン・ランは一応オンラインに対応しているが主軸はオフラインモードだ。ボイスチャットを嫌うひとは多いが、実際に集まっての対面プレイなので当然会話による意思疎通を最大限活用するよう仕向ける設計にしなければならない。そのために死角を増やして現在どのような勢力がどの規模できているか分かりづらくしている。足場を狭くして戦闘を激しくしている。夜になったり霧で覆うことでその効果をさらに増やしている。サーモン・ランではプレーヤーの視覚情報量を制限しなければならない。

ヤグラに関する戦闘も変化した。ヤグラはその位置のよって戦闘のホットスポットが常に変化し続けるが、それを特に激化させたいとき開発者は細い通路上をヤグラが通過するよう設計することでそれを実現させていた。だがこれはプレイヤーの過剰なまでの密集を招いた。ヤグラを取り囲む戦闘も参加できるスペースが少なく、それぞれのポジションは凝固し、戦況は膠着した。2 では関門を用意し、インクレールやスポンジを配置することで、横にも縦にもの広い空間という環境下でも、激しさを保ちつつ全員がより多彩な角度から戦闘に関与できるようになった。素晴らしい改善だ。


インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる」

動画では敵インクの一部分を塗り替えすことでイカダッシュを妨害しているが実際はこのような戦略は成立しづらい。一部分を塗り替えすよりも、全体を塗ってしまったほうが有効だからだ。だがインクレールやスポンジのギミックはあえてそれを不能にすることに意味がある。タチウオパーキングにいる固定チャージャーは自分ポジションに最速で突っ込んでくる左手のレールに常に気を配っていなければならない。敵がインクレールの始点付近にいるだけでレールをシャットダウンするかどうかの選択を迫られる。スポンジも同様である。戦略に選択肢があることでプレーヤーは自由を感じることができる。Splatoon 独自の戦略がうまれてくる。




ハコフグ倉庫ホッケ埠頭、こういったステージは素晴らしい。まずモチーフが素晴らしい。自分の頭の中のアウトロー小学生が「こういう場所にこっそり忍び込んでサバゲーやったり、自分たちだけの秘密基地にしたりしたかったんだよナー!」と声高に叫んでいるのが聞こえる。ヒラメが丘団地もいい。遮蔽物が、なんと室外機や干してある布団になっている。室外機に隠れてたチャージャーに撃たれたりする。すげぇ。めちゃくちゃ団地で遊んでる感ある。めちゃくちゃごっこ遊びしてる感ある。戦闘のためだけに配置されているものなのに、めちゃくちゃステージに溶け込んでいる。それに比べてネギトロ炭鉱はやばい。背景が軍艦島なだけで、実際のマップは全然炭鉱感がない。朽ちたレンガと錆びた金属があるだけ。廃墟としても弱いし、炭鉱の要素がない。例えばボロボロになった生活用品や古い家電が遮蔽物として設置されていたり、かつてガラス張りのドームだった場所が朽ち果てそこらじゅうに植物が生い茂っているような場所なら、機能と世界観が融合しつつ、よりいっそう廃墟感があったのに軍艦島の港という舞台にしてしまったので中途半端になっている。Splatoonスーパージャンプというゲーム展開的にも映像演出的にもインパクトのあるシステムがあるので、完全に屋外か、体育館のような天井の高い場所しか舞台モチーフとして選択できないことになっている。これはステージモチーフとしての多様性に、窮屈な制限を設けてしまっている。これによって逸脱したのがアンチョビットゲームズで、私はこれをみてゲーム開発会社だと言われても正直困ってしまう。このような見た目のオフィスで戦っても、全くワクワクしない。クラゲ社員は階下にいるし、ゲームらしいモチーフも、部屋の隅にアーケードの筐体がポツンと置いてあるだけだ。床を上昇させるとサーバールームのようなものがせり上がってくるが、ファンを撃っている自分自身にはそれが見えない。射線を防ぐために天井からぶらさがってる謎の看板も、これがゲーム開発会社を直接想起させるものではなく、印象がチグハグで、ここがいったいどのような場所なのか截然としなくなっている。ごっこ遊びが出来なくなっている。例えばだが、雰囲気は同様のまま、これが大学図書館だったらわりと良かったと思う。

で、Splatoon 2 だが、わりとイイ感じになっている。ガンガゼ野外音楽堂は障害物が PA機器になっててステージっぽさがよく表現できている。海女美術大学は彫刻用の岩石だったり放置された台車だったり、クラゲの守衛が障害物になっていて雰囲気がある。だけどバッテラストリートダメだ。橋のうえに置いてある謎の木箱は無味乾燥中央橋の下の壁面はオシャレな場所に不釣合いな黒いビニールで全面が覆われている。マップ構造を記号化しすぎて世界観雰囲気が大きく損なわれている。これがアロワナモールではどうだったかというと、塗れない壁はガラスのショウウィンドウだったりブランドロゴが大きく印刷された垂れ幕だったり、射線を防ぐ構造物もヤシの木や看板だったり花壇だったりしてショッピングモール感があった。バッテラストリートは「こだわりのセレクトショップが軒を連ねるこの界隈には、流行の最先端を行くイカの若者が集まるらしい。」と説明があるのにマップのあらゆる場所になぜか運送会社の広告がある。大量にある。運送会社だぞ。運送会社がおしゃれなのか?

https://twitter.com/SplatoonJP/status/856435220693766144

さすがに意味不明からこの運送会社の大盛りっぷりにも理由があると思うけど、Co-op ゾンビモードであるサーモン・ランの報酬としてイカテン急便の作業着が入手できることからクマサン商会とイカテン急便には強いつながりがあると想像している。しかも回収対象の金イクラは設定上、石油のような燃料だというのだからこの運送会社は格安で得られた高出力のイクラ燃料を用いることで高い輸送能力を発揮しているのではないかと考える。というかヒーローモードかなにかで設定を回収してくれないと困る。

そして細かい素材ではなくステージ全体のモチーフについてだけど

インクを使ったナワバリ争いは、

あの世界ではスケボーのような

やんちゃ”な遊びというイメージなのですが」

https://www.nintendo.co.jp/wiiu/interview/agmj/vol1/index4.html

インタビューで言及がある。Splatoon 1 の初期マップはまさにこれを体現していた。高架下だなんて、まるでウェストサイド物語みたいじゃん。すげぇ良いじゃん。だが後期に追加されたマップリゾートだの、美術館だの、キャンプ場だの、健康的な大衆レジャーに成り下がっている。おいおい。イメージが壊れる。Splatoon 2 の初期マップでは健康的な印象のステージと、不良的な印象のステージ、半々採用されている。だがもっと極端にしてもいいと思う。アップデートで追加されるステージも、おそらく健全モチーフと不良モチーフがセットで増えていくと予想している。Direct ではアップデートで追加される帆船ステージが一瞬映ったけどパッと見た感じ従来型の狭くて窮屈なステージみえる。不安だ。

UI はかなり改善されている。これは開発者が実際の競技シーンをよく把握しているということだ。海外の野良トーナメントをみていると「dynamo dead, dynamo dead」と、しきりにやり取りしている。不憫でならない。やられたら「Nice」を押すのも慣習となっている。Splatoon 2 ではこうした意志の疎通を解決している。敵の使用武器は上部に表示され、死亡すると this way が ouch... に変化する。

任天堂には新しい構造ゲームをつくる際立った高い開発力はあるが、そのコンセプトを活かすステージの作成についてはバラツキが多すぎる。マリオサンシャインの「ふしぎせいぶつ マンタ しゅうらい!」は神がかり的な面白さなのに「村の裏のヒミツ」ありゃ一体なんだったんだ? 任天堂アクションゲーム界の KING であり続けているが、Splatoon 1 はイカのアクションを活かす場面が少なく、普通のステージで戦う「めちゃくちゃ分かりやすシューター」の域に留まっていた。だが Splatoon 2 ではマップ構造改善され、そのデザインが秘めたポテンシャルが発揮され、シューティングゲームアクションゲームの高度な融合が実現している。プレーヤーの行動には自由があり、戦闘の激しさは膠着から混沌へとその姿をより楽しいものへと変えた。

Splatoon 2 の大手海外批評サイトレビューを確認するとわかるが、彼らはジャイロコントロールをまったく使用していない。そんなものだから信憑性がなくなるのだ。そして Splatoon 1 の発売後インタビューで、ディレクターの阪口さんは「ラスボス戦のあとに響いている不気味な環境音の正体について教えていただけますか?」と質問があったのに明確な答えがない。ありゃ一体なんだったんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=OhHRmToy500

Direct や体験版を遊んで得ただけの情報による着目だが、これが本当にそうなっているかは、数時間後に配信される Splatoon 2 が証明してくれるはずだ。

2017-06-16

アイデアの公開場所小説家になろういいんじゃないかな

https://anond.hatelabo.jp/20170615225737

これはメタジョークエントリなんだと思うけど、もし本当に誰かに実現してほしいアイデアがあるなら、無味乾燥アイデア共有サイトに集めるよりもそのアイデア活用されている様をストーリー仕立てにして小説家になろうで公開するのがいいんじゃないかと思ってる。

アイデアを受け取る方も楽しめるだろうし、アイデアを出す方もストーリーを書くことによって、そのアイデアに本当に有用性があるかを冷静に見つめなおすことができるはず。

2017-05-13

東京でなんの文化にも興味を抱かずにマイルドヤンキーのように生きている人達は恐ろしく無味乾燥ですよ

知的障害者スレスレみたいな感じ

2017-04-27

就活辛すぎ

面接落ちてモチベーションが出ない。

モチベーションを出そうと思って寝ると就職活動の準備が進まない。

就職活動の準備が進まないか面接で落ちる。

負のスパイラル突入してもうどうしようもない。

アドバイスを請おうと思って大学カウンセリングに行ってもやんわりと根性論を唱えられ、結局解決策は得られないどころか自信をなくした。

もうこんなに辛いならいっそのこと死んだ方が楽なんじゃないかな。

綺麗な景色、雨の匂い、春の香り、深夜に物思いに耽りながら吸うたばこ、人と飲む酒、頼れる友達・元バイト先の人達、いつも優しい祖母

上映が楽しみな映画、まだ見てない名作映画、全クリするチャレンジャーを待つフリースタイルダンジョンラップブームで終わらず文化として根付いていくのか。

旅行しに行きたかった日本海祖母約束したヤフオクドームでのホークス試合観戦。

楽しみにしてること、好きなことは山ほどあるけど、最近は全部無味乾燥に感じる。今までイライラしてたことも気にならなくなったし感情の起伏がほぼない。ただ就職活動の辛さが溜まっていくだけ。

寝たいのに寝ても眠りは浅いし、美味しいご飯を食べるのがささやか幸せだったのに食欲がない。何をするのも億劫下痢気味の毎日

不幸自慢して誰かに共感してもらったり慰めて欲しいわけじゃないけど、もうどうしようもないからとりあえず感情を吐き出した

2017-03-27

無味乾燥作業って安心するわ

飽きるけど嫌いになる事ないんじゃないか最近は思う

2017-03-10

自分がいるクラスタだとけものフレンズまったく話題にならないし

多分本当に知らない人もいそうだし

自分はてな人達よりずっと無味乾燥世界に住んでいるんだろうなという気がする

http://anond.hatelabo.jp/20170310210850

最近本当に若い人がテレビを見ていないので困っています

困っています、じゃねえよ。なぜ他人事チックなのか。

じゃあ若者が見たくなるような面白い番組作れよ。

以前に比べて格段に味が落ちた飯屋が「最近お客が来なくて困っています。」とか言ってるようなもんだぞ。

はいテレビ局はつぶれないし、

メディアがなくなることはないし、

給料は相変わらずいい。

つまるところ、原因はここだろ。

低俗娯楽の筆頭だったテレビが妙に権威付けされた結果、お役所仕事なっちまってる。

スポンサーにもお偉いさんにも怒られないように、無味乾燥でどこかで見たような

ありきたりなもの粗製濫造して視聴者の興味を惹けると本気で考えてんのか。

去年の粒ぞろいだった邦画界が参考になると思うよ。

シン・ゴジラじゃないけど、そろそろしがらみを気にせずに好きにした方がいい。

復活したスター名鑑が好き放題して、すぐ打ち切られたけどあんな感じで攻めまくりゃいいのよ。

守りの姿勢からは良いもの絶対に生まれない。

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170228140019

嘘だね。

まったく嫉妬が漂ってこないし「あいつ」の人物像も無味乾燥

お前は作文が下手で、人の心の機微に対する洞察全然未熟

人間がどういう人に嫉妬するのかちゃんと感じたことも考えたこともない。

もっと真面目に生きましょう。

落第点。

2017-01-26

基本的に「恋愛」は男限定の娯楽 女の大半は「一番好きな男」とは一

 福士蒼汰フォトショでいじくって、南海キャンディーズ山ちゃんにし、「大好き!」と口にするのが女という生き物である

 分かりにくい例えかもしれないが、要するに女の理想は叶う率が低いから、妥協を繰り返し、少しずつストライクゾーンを広げてゆく作業必須になるということだ。

 言ってしまえば、あらかたの女は自分を騙くらかすことでしか彼氏を獲得出来ないのである

 つまり女の恋愛は、娯楽じゃなく我慢なのだ


女は、本命の男に本気で恋をすると、極めて高い確率でフラれる

 恋心の強度と、フラれる確率は比例関係にある。

 好きになればなるほど難易度が上昇する。

 男は、「がっつく女、余裕のない女、重い女」を忌み嫌う。

 だから女は、恋愛感情故意に薄くして、無味乾燥に近づけ、死んだ魚になるよう努力しなくてはならない。

 愛情の鮮度が高いと、男は女が提供する恋の食卓にはついてくれない。

 恋心を生け贄にして、天から余裕を授かり、さりげなさを全面に出して男に媚びる。

 そうした無感情の狩りこそが、女の恋愛なのである

 好きなあの人への想いが最高潮に達した段階で付き合えたという、美しい運命を辿れた女など、ごくごく少数だ。

 男は選ぶ側のため、「一番好きな女」と付き合える。

 女なんていう生物は、歩く無料お試しキャンペーンみたいなものだ。

 特段のブサイク性格破綻者を除けば、男に求められて喜ばない女はいない。

 男の恋愛は始まるまでに困難がなく、実はドラマチックさの欠片もない。

 だからこそ、「あえて想いを伝えずに、この駆け引きを楽しんでいます」という余裕綽々の態度を取る者がいくらでも現れるのだ。


男という悪徳工場が、不誠実な女を大量生産している

 どれだけ誠実な女であろうと、全身全霊で恋に落ちてしまうと、意中のあの人にどん引きされ、物の見事にフラれてしまものだ。

 男目線だと、「そんなことないよー。純粋気持ちが一番嬉しいよ☆」という真心第一みたいな結論に行き着く場合もある訳だが、これほど無責任綺麗事は他にない。

 どんな女であれ、「あの人を好きな気持ちだけは誰にも負けない。」という純情一本気な思いの丈を、胸に熱く秘めていた時代があるはずだ。

 しかし悲しいかな、純情さだけでは、手応えゼロ全否定されて失恋してしまう。

 どうしてかと言うと、この世を生きる女の大多数は、なんの才能にも美貌にも恵まれない無力な存在であるがゆえに、猫も杓子もが「媚び」という曖昧模糊としたものを唯一の武器にして戦おうとするから供給過剰になってしまっているためだ。

 男は空求人みたいなもので、常に誠実な人を大量募集していると見せ掛けて、「残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました」とお祈りを連発する。

 そうして女は幾度もフラれ、ただ突っ込んでも事態好転しないということを悟り、好きの感情に打算を組み込むようになる。

 自然体で男と接するトレーニングをしたり、好きになり過ぎないようにセーブして、計算高く立ち回ったりし始める。

 その結果、彼氏が出来たとしたら、開口一番こう切り出すだろう。

「なんだ、付き合うってこんなもんか」

 そらそうだ。

 恋心を肥大化させずに、落ち着き払って男を落としたに過ぎないのだから

 釣り堀で、虚しい魚釣りをしていたも同じ。

 一向に心が満たされないから、幸福論でいうところの『幸福を追求する不幸』という状態に陥り、次から次に手頃な男子を求めるようになる。

 これが後天的ヤリマンへ変化するプロセスだ。

女が非モテへと落ちぶれる流れについて

 精神科医ジャック・ラカンが、『欲望他者欲望』という言葉を残しているように、生きている中で誰かを好きになったとしたら、自分以外の人間もその子を好きだと考える方が良い。

 金は金を呼ぶみたいに、愛される人はより愛されるのが、現状の人間界なのだ

 誰もが似たような流れで欲望を浮上させるから自分特定のあの人を好きになった感情フローを、他の多くの人々も体験している可能性が高い。

 ゆえに奪い合いになる。

 しかイケメンは、可愛らしい子達が根こそぎ奪って行くため、反応に困るような人だけが少量、余っているだけになってしまう。

 その中からなんとか好きになれる人を探すわけだが、好きになった頃には、他の女もその男を好きになっていたりするため、また争いが発生する。

 こうやって殴り蹴られの決闘が延々と続くから非モテ挫折したまま、半永久的に再起出来なくなってしまうのだ。

 つまり無気力学習するということであり、こうなってしまえば、「自分最初から男に興味なんてないんで……」とオタク趣味に走ったりする。

 これが非モテへの転落である

女のほうが女としてのアイデンティティについて不安が大きく、自分モテるであることを証明したがる。

 こうした傾向があるからこそ、男よりも女の方が、失恋からの立ち直りが遅い。

 良く男は、「いい男なんて星の数ほどいるんだから、もう忘れなよー」と口から出任せをいう訳だが、これは的外れな助言である

 女が悶え苦しんでいるのは、好きなあの人を喪失した悲しみなんていう小さなものではなく、アイデンティティに深い傷が入ったためだ。

自分の女らしさが通用しないのではないか?」と憂いを抱いているときに、それを否定されるような断られ方をすると、失意のどん底に落ちる。

 そして、「私は終わってる」「私は一生一人だ」と憂鬱感情を強化してしまうため、自発的言葉によって、内部から心が壊れてゆく。

学習性無力感を引き起こす手続きは、うつ状態と同じような状態を作り出すと考えられるようになった。それは、学習性無力感が、うつ病モデルとして妥当性を持つことの証明にもなった。

 残念無念にフラれる連続の中で、「私なんて女としてダメだ……」という落ち込みの反復が起きて、自分の不甲斐なさについて学び続けてしまうと、精神が歪んでゆく。

 それはそれは寂しくて、どこの誰でも良いから、この弱り切った瀕死自分を認めてくれ、と切望するようになる。

 こうなると最悪なことが起きる。

 それは、男が最も嫌悪する、「がっつく女、余裕のない女、重い女」になってしまうということだ。

 気付いたときには既に手遅れ。

 プライドを削って、グレードの低い男に突撃したとしても、厄介なギトギトした女に成り下がっているため、近付いただけで逃げられる。

 勇気を出して振り絞った、最後の女らしさ――アイデンティティの全てを砕かれてしまうということだ。

 暗転。目の前が真っ暗になる。

自分は誰にも必要とされていない」という絶望悲劇、激痛を急速に学習してしまう。

 明言しておくと、女が人生において一番に彼氏が欲しいときは、こういう誰一人に相手されない悲しい時代だ。

 しかしながら、男も一回きりの貴重な人生を歩んでいるため、浮上確立が低いどん底の女を相手にしている暇などない。

 こうして一生浮かばれない、弱者女性が出来上がるのだった――





http://pipipipipi-www.hatenablog.com/entry/2017/01/26/194617

※ただし男版も女版もイケメン美女は除く

2017-01-25

過労死したい

過労死したい。

自分人生価値がない方の人生だった。

他の人間価値のある人生を送っていて、存在する意味があるけど、私の人生無味乾燥意味がない。価値がない。

過労死したい。

せめて、自分のできる限界まで社会の役にたって死にたい

せめて、社会に少しでも利益還元して、死にたい

社会適応できなくてすみませんゴミクズすみません

過労死したい。

30歳まで生きなくていい。

価値のない人生価値がないとわかってて生きるのが苦痛だ。

早く死にたい






助けて下さい。

2017-01-01

詰パラというアプリがすごかった

詰将棋アプリなんだけど、詰将棋という苦痛が伴うもの勉強法として、かなり優れていると思った。

  

①他の人が解いたコメントが見れる ←かなり面白いニコニコ動画コメントがついてるようなもの

②1作ごとにタイトルがついている ←大量の詰将棋が載っている本にありがちな無味乾燥作業感」が無くなるためよい。自分ならどういうタイトルをつけようと思える。いうなれば、ボケてみたいなもの。いいタイトルだと、解く楽しみが増える

③作者の顔が見える ←作者コメントが付くし、作者の作品連続して解けるので、詰将棋作家側の感情も見えて面白い

  

これって、大量暗記系にはかなり有用手法なんじゃないかと思う。

特に、①な。多くの参考書は、嘘でもいいから、コメントねつ造しておくと、学習者にとってかなり励みになるんじゃないかと思ったw

②は、自分タイトルつけるならと想像することが大事なんだな。

2016-11-03

終末のイゼッタは水なのか

まれ刹那 光放ち 息を吸ってありったけの命は 終わった

cross the line / AKINO with bless4 より引用

水が生成される瞬間 水素が燃焼 酸素と結合して 安定

2H2 + O2 → 2H2O

無味乾燥化学反応式も詩的に表現できる。

逆に、魔法も紐解けば物理化学に他ならないことを示唆しているのだろうか。

2016-09-02

ニコニコ大百科の優秀さ

辞典ってのはとかく客観性公平性を保つために無味乾燥になりがちであるが、ニコニコ大百科は違う。

力の抜けた主観的文体でありつつ、読み手が気になる情報をきちんと取り揃えてくれるまさに「生きた文章であるという印象を受ける。

少なくとも、ググって上位に出てきたらとりあえず見てみる価値はある。

 

君の名はシンゴジラという映画についてリアリティが云々と叫んでいる方々が最近多く見受けられるが、

そうした皆様におかれましては一度ニコニコ大百科における「リアリティ」の記事を見てみてはいかがだろうか。

ニコニコ動画は衰退している印象を受けるが、大百科の方はこれから伸びていくのではないか

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