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2016-10-30

PPAPを見るたび思い出す。

支点力点作用点!!(動画見てみたらそんなに似てなかった)

2016-03-15

セディールの良い体験談を書いておきたかった

セディールという、精神科系のお薬がある。

一般名はタンスピロクエン酸塩で、1996年に発売された大日本住友製薬抗不安薬である

このセディールはggったらわかるのだけれども、びっくりするほど評判が悪い。

探しに探したけど、ほとんど見つからない。

効果が実感しづらいのが主な原因らしい。

私はセディールに丸2年ちかく、1日3回世話になり続けた。

途中何度か油断して断薬したりもしたが、

その度に「やっぱりセディールがないとだめなんだ」と反省して飲み直した。

どれくらい飲んだんだろう。700日間飲んだとしたら2100錠だから、21箱?

私はセディールが好きだ。人生を救ってくれたと思っている。とても感謝している。

大日本住友製薬ファンレターを書きたいくらいだ。

できれば1日3回の用法煩雑なので徐放とか開発してくれないかと思っているのだが、

まりモテない薬では難しいか。薬価高いしね。

というわけで、ネットセディール万歳記事が見当たらないと悔しいので、

大海に砂粒を投じたい気持ちだけでこの記事を書くことにした。

どうせこの記事も埋もれるんだろうけど、それでも書きたい。自己満足です。

長くなるけど自己満足っていうことで許してほしい。


セディールの話をしているからには、私は抗不安薬を飲まなくちゃいけないような人間だ。

いわゆる鬱病PDではないが、生き辛いアスペさんである

幼い頃はADHDクラスメイトとセットで爪弾きにされて、彼女の失禁の面倒ばかりみていた。

その後不登校になって自殺未遂して、……まあ波乱万丈に鬱々と生きてきた。

学生時代の話でちょっと自慢できることなんて、

受験生ときに、駿台模試数学偏差値103とったことがあるくらい。

他人にはほぼ無関心を貫いていた私も、さすがに驚いた。

「こんなに簡単な問題を解けない人がいるらしい」という方向に。

……ちょっと話がずれたかな。

別に数学自慢をしたい訳ではなく、抗不安薬の薬効を褒めるに当たって

どういったバックグラウンド患者であるかを説明したいのだが、

自分語りというのは難しい。冗長申し訳ない。

数学ができそうなことを書いてみたが、私は基本的テストが苦手だ。

知らない場所へ行くのも大嫌いで、場所が変わったらただ硬直するだけの人になる。

たまたま前述の模試は知っている予備校の知っている部屋で開催されただけで、

別の部屋で開催していたら多分偏差値なんて40とかその程度に落ちていたと思う。

スケジュールノイズが入るのも苦手だった。

たとえば「月末に試験がある」とか、いつもと違う予定になってしまったら

もう月末まで機能不全に陥るのは確定事項のようなものだ。

食事も食べられないし、部屋の片隅でずっと猫のように丸まっている。

障害がわかる前から私が非常に神経質なのは判明していた。

両親はいつも「私に物事意識させない」ように気遣ってくれていた。

幸か不幸か、観察眼もないし日付や時間もよくわからない人間だったので

騙し騙し手を引けば、何にも気付かずいつも通りに過ごしていた。

明日テストだよ」なんていう特別っぽいことを言わず

今日は一緒に出掛けよう」←よくあること

「この席に座って問題を解いてね」←よくあること

で、誤魔化すことが可能だった。

子供だましのようだが、子供だましが看破できないからASDなので仕方がない。

しかし、そんな風に一から十まで他人に面倒を見させる訳にもいかないだろう。

大学受験の段階で、かなりムリがあったと思う。

それでも幸いにして大学に入ることはできた。薬学部だった。

どうして薬学部だったのか自分はさっぱり覚えていないのだが

(そもそも薬学部なんて受験したっけ? 状態だ)

勉強だけできて、勉強以外なにもできない私が、

一般企業で働くのは無理だと気づいて、手に職をつけさせようとしたのだと思う。

という訳で、向不安薬の存在をはじめて意識したのは、大学教科書の上だった。

そのとき、私はまだ精神科心療内科の世話になったことはなかったのだが

セディールが、セロトニン5-HT1A自己受容体に部分アゴニストとして作用するとか、

受容体が脱感作してダウンレギュレーションを起こすことは何となく印象に残った。

他の多くの抗不安薬はGABAa受容体Cl-透過性をどうの、という作用点なので

「あー全然違うのが混ざってる、へー」程度だったと思うが。

実際にそれらに世話になったのは、社会に出る時である

あいろいろあって、職場を追い出され、実家でもちょっとトラブルが起き

元々神経過敏であった私は、あっという間に鬱っぽくなった。

あくまで「鬱っぽく」だ。

適応障害と言われたが、私の問題適応障害云々とは別のところにあった。

そりゃ何もなくても泣き出したりしたりしたけど。

ご存知の方もたくさんいらっしゃると思うが、

まず発達障害ストレス状態が悪い方向に傾くことが多い。

物音も人間の気配も何もかもが耐えられなくて、

外出してみたものの、机の下に隠れて出られなくなるような有様だった。

強迫行動などはあまりなかったはずなのだが、

コントロール方法が急にわからなくなって暴走した。

ちなみに、この時点でカウンセリングテストを受けて、ASD正式に発覚した。

また、これもよく知られていることだが、

ASDADHDに、薬に感受性が高すぎるタイプがいる。

私もその系統で、鬱や適応障害に投与される抗不安薬がほぼ使い物にならなかった。

たとえば、メイラックス(ロフラゼプ酸エチル)という薬がある。

成人なら1回2mgで1日1回服用の、長時間作用型の穏やかな抗不安薬だ。

高齢者などで1mgで投与されることもある。

1mg飲んだところ、2日間に渡って朦朧状態、ほぼ40時間ぶっ通しで爆睡した。

メイラックス比較コントロールできるので今も世話になることがあるが

初日に0.5mg(1mg錠を半分に割る)、以降1日おきに0.25mg(1/4に割る)。

この使い方は、自分体感を頼りに半減期などを考慮して自分計算して決めたものなので、

他の薬の感受性が高い人が同じ容量で効果を得られることなどを保証するものではない。

他の抗不安薬も概ね似たようなもので、

飲んだら千鳥足から爆睡半日以上目が覚めない、そればっかりで、

とてもじゃないけれども、外に出ることを前提に使えたものではなかった。

なお、三環系や四環系、SSRISNRIなどは未経験である

で、それらの事情から、私の状態は非常に悪かった。

かろうじて大学だけは卒業したものの、卒業したところで私は立ち止まった。

そのまま部屋の外に出られなくて引きこもって終わる可能性も覚悟した。

そんな時に処方されたのがセディールだった。

効果は薄いかもしれないけれど、と抑肝散と共に処方されたそれを見て、

「あー、学校で習ったあの変な作用機序の薬かー」と、思った。

そして、こいつに即効性はないはずだ、と引きこもりの頭で考えた。

受容体の脱感作にどれくれい時間がかかるんだろう。

知らない。知らないけど、俗に作用発現に2週間と言われているということは、

とりあえず長く見積もって1ヶ月、高コンプライアンスを維持しよう。

とかなんとか。

目標は抗不安効果ではなく、セロトニン受容体を殴ることだと割り切り、

効果体感がほぼない分、服薬忘れに細心の注意を払ったと思う。

で、2ヶ月くらい飲んだ頃、正直、「あんまり効果ないな」と思った。

依然として不調な時は不調だったし、

爆睡前提でベンゾジアゼピン薬を使うしかないこともあった。

そこで面倒になった私は、薬のなくなるタイミング勝手断薬した。

適当なことをするなよ薬剤師、と思われそうだが、

断薬で変なことは起きないと自分で調べて自己責任で辞めた。

2週間くらい放ったらかして、何だかイライラする頻度が増した。

落ち着かない感じというのだろうか。

その時にはすっかり忘れていた強迫行動がぶり返した気がした。

ベンゾジアゼピン薬の消費が増えかけたので、

まさか……と思いながらセディールを飲み直した。

その時即効性を感じた訳ではないが、数日後にぴたりと強迫行動は止まった。

おかしいと思った私は即座にカレンダーメモした。

日付感覚がないので、カレンダーメモする癖がついていたせいだ。

そして、しばらくして十分に安定した頃合いに、

今度は故意セディールを飲み忘れてみた。

その直後はなんともないのだが、

数日するとまた覚えのある強迫行動がぶり返す。

この現象を、私は副作用や退薬症状ではないと判断した。

タンスピロンという薬の構造をよく観察してそう考えたし、

退薬症状でいきなり強迫行動のような特徴的なものが発現したら、

もっと話題になるのではないかと思ったからだ。

何度か間をあけて飲んでは止め、を繰り返し、

たまに本気で飲み忘れる日も挟んで

カレンダーに出来上がった記録を見て、思った。

セディールめっちゃめちゃ効果あるやん!」

たまたま私は卒業研究で、

薬の効果は、信じるとより大きくなる(プラセボの増幅効果

なんていう内容をやっていたので、熱心に信じることにした。

バイトを始めて、そのバイトは続いた。

同僚ときちんと会話しているし、電話応対や来客応対もできる。

たまにベンゾジアゼピン系の抗不安薬必要になったが、

頻度は減り続け、今では月に1度も必要ない。

そのうち周囲の環境が変化してよくなったこともあってか、

セディールを中断しても強迫行動が出なくなった。

こだわりも飛躍的に軽減した。

もちろん、今日も私は時計が読めないし、日付はよくわからない。

試験とか言われると倒れそうにはなる。

喧騒がある場所では会話できなくて困ることもある。

数字が大好きで、統計データを眺めてひとりでテンションを上げている。

でも、もしかして……?と思うことがある。


何となく、とても漠然としていて申し訳ないのだが、

今日は晴れている」とか、外へ意識が向かう頻度が

数年前より格段に増えた気がする。

時計を見ると17:12と表示されているのだが、

その意味がいまひとつピンと来なかったとしても

「今は『じゅうしちすなわちごじじゅうにふんという時間』なんだなあ〜」と素直に受け入れて、

気にせずスルーすることができるようになった。


思えば、私はずっと怖かったのかもしれない。

歩く時は地面しか見ていなかった。

ものがたくさんあって動いているのが嫌だったからだ。

理解できない時間なる単位に急かされるのが苦手だった。

気づいたら増えていて、気づいたら減っている変なものによって

他人に叱られたり、待たされたりするものからだ。

から見なかったし、感心を払わなかった。

そんなものよりも数字とか、生物学とか、化学構造式とか、

機械っぽいものとかが好きだった。怖くないから

難しいストーリーアニメは嫌いだったから、

何歳になってもずっとポケモンを見ていた。

ポケモンは、30分の中でいつも自己紹介からはじまって、

主人公は死んだり折れたりしないし、敵にも真の悪人もいない。

必ずわかり合って、平和になって終わるから怖くなかった。

私はたいへん臆病だったのだ。

ところが、その恐怖心が、なんだかこの数年でスーッと、静かに

砂の山がいつの間にか溶けてなくなっているような感じで、小さくなっていた。


全てセディールのおかげかもしれないとまでは言わない。

ASDだって大人になるし、変化する環境の中で生きている。

私が単純に成長しただけかもしれない。図太くなったのかもしれない。

それでも、セディールを忘れるとなんとなくそわそわする、

世の中に怖いものが増える、という感覚はやっぱり戻ってくると思う。

最近の私が服薬を忘れる時というのは、何かに熱中している時だ。

だいたい、とっても楽しい気分の時に、薬の存在ごと忘れる。

そして、楽しい気分であるにも関わらず、

慣れ親しんだ恐怖心が平行するように顔を覗かせるのだ。

もし、薬効が100%気のせいであるなら、

楽しい気分の時に忘れた時なんて、完全に意識の外へゆくはずだ。

でもそうじゃない。

ということは薬効は100%気のせいではないのではないか、と思う。


私はASDで、薬物過敏だし、普通抗不安薬で昏倒する体質なので、

ベンゾジアゼピン薬を飲んでも普通に起きていられる人には、セディールは弱すぎるのかもしれない。

でも別に薬物過敏の人は、世界に私ひとりではないと思う。

セディールは、私のような誰かにとって救世主になり得る良い薬だ。


というわけで、この気持ちをどこかに書き残しておきたかった。

読んでくれた人がいる気がしないが、もしここまでスクロールしてくださった方が

いたのだとしたら、ありがとうございます


大日本住友製薬さん大好きだよ。

2015-07-19

自然日本語文を書くには

英文の私訳をちょこちょこすることがあって、違和感もたれないようにするにはどうすればよいかググって理解した内容を自分メモとしてまとめてみる。

次の例文を参考にする。不謹慎なのはご容赦いただきたい。

例文
英文
The heat killed many people.
和文
暑さで人がたくさん亡くなった。
スル言語とナル言語
英語

英語は力がどう動いたかに着目する。てこの原理のように、

The heat力点
killed支点
many people作用点

と考えると分かりやすい。

まり、「kill」という動作が「The heatから発せられて「many people」が受け取ったということになる。

日本語

日本語が状態の変化にのみ着目する。この場合

前は生きている状態
今は死んでいる状態

と変わったので、その状態変化を意味する「亡くなる」を遣う。

この後は

  • 誰が? → たくさんの人が
  • なんで? → 暑さで

という形で文に足していけばよい。

数量詞遊離

次の例文に違和感を持たれるだろうか。私は覚える。

―――郵便局の窓口にて
局員:いらっしゃいませ
 客:すみません、5枚の桜のマーク切手を下さい

客はどう言えばよかった

数量詞の遊離とはふつう動詞を修飾するべき数量詞が別のところを修飾してしま現象だ。上の例文だと「桜のマーク切手を5枚下さい」となるのが自然で、その場合は「下さい」を修飾することになる。

すみません、5枚、桜のマーク切手を下さい」と言うこともできるが、これも同じく「下さい」を修飾している。遊離先の場所が変わっただけだ。

many people

冒頭の例文も郵便局の例文と同じように考えることができる。「たくさんの人が亡くなった」と表現することもできるが、上記の遊離がされていないからことな翻訳調になってしまう。「亡くなった」を修飾するようにして、「人がたくさん亡くなった」とすれば自然文章が出来上がる。

まとめ

数量詞遊離はロジック面で不自然な文から自然な文に変える働きがある。

それ以上に重要なのがスルに着目するのかナルに着目するのかという考え方の違いだ。無生物主語の文に違和感を強烈に覚えるのもこうした考え方の違いなんだろう。この違いを覚えていると、英語の読み書きが楽になるんじゃないかと思う。

2013-11-18

フォースコリー飲んだらウンコ漏らした

ネットフォースコリーにはコレラ毒素と同じ作用点のものが入ってるから危険とか書いてあって、危険って事はその分だけ効果ありそうだと思ってた飲んでみたら、地下鉄ウンコ漏らした。

オナラしようとしたら、ウンコが出た。

あとから調べたら、フォースコリーって下剤みたいな効果あるんだって

2009-11-27

気ままな掌編 1/5

例えば、昼下がりの喫茶店女の子と二人きり、向かい合って淹れたてのコーヒーを飲むのって、結構幸せなことだったりするんじゃないかと思う。冬の柔らかな陽光が射し込む窓際のテーブル席で他愛もないおしゃべりに時間を費やしたり、静かに読書を楽しんだり。あるいは二人して課題に追われる羽目になっていたのだとしても、それはそれでいいような気がする。

同じ時間、同じ空間で、互いの気配を間近に感じ取ることができるのだ。これ以上、どんな幸福を望めばいいというのだろう。個人的な意見になるけれど、他にどんな幸福が存在するのか、僕にはまったく見当がつかない。

きっとそこでは、鳴り響く軽やかなポップス暖房によって心地よく温められた空気を一層朗らかなものに変えている。あちこちに配置された観葉植物は、滲み出る緑に彩られて活き活きと輝いて見える。芳しいコーヒーの香りに満たされたその空間は、何故だか分からないけれど、とても理想的で感動的な幸せで満たされているような気がするのだ。

亮太。何ぼおっとしてんの。早く勉強しなさいよ」

ただ、現実はそうそう甘いものではない。こんな風に、僕が現実逃避のごとく考えてしまう原因は案外すぐ側にあるのかもしれなかった。

例えば今、昼下がりの客もまばらなコーヒーショップで声をかけてきた女の子が美樹ではない他の誰だったとしたら、この何ともいえないやるせなさを感じる必要はなかったように思える。いや間違いなく、絶対にそうだった。もしも、今現在僕と向かい合わせに座っている女の子が、ただ黙々とシャーペンを走らせているだけ美樹じゃなかったのならば、僕は興奮した雄犬のように尾っぽを振りたくって、にこにこ顔で鼻の下を伸ばしていたはずだった。

目を閉じて額に拳を押し当てると、思わずため息が口から溢れてしまう。

――どうして神さまはいつもいつも人間に過酷な試練をお与えになるのだろう。

神仏に対する信心など皆無に等しいのだけれど、どこかでほくそ笑んでいるのであろう大いなる存在とやらのことが異様なほど腹立たしく思えてきてしまった。だって、目の前にいるのが他の女の子だったのなら、僕はすぐにでも時を止めてくださいませと膝を突いて真剣に祈っていたはずだったのだ。あるいは、代償として失うものを提示しながら遜ることも厭わなかった。

……まあ、出せるものは限られているのだけれど。いらなくなったマフラーとか、買い換えなきゃ行けないブラウン管テレビとか、あまり使っていないバイクとか、その他諸々の、あまり必要性を感じない品々ならばいくらでも出せると思う。たぶん。

そんな取りとめのない考えを展開したのは、頭皮に鋭い視線が突き刺さってきているのに気がついたからだった。そっと目を開けて正面を向くと、眉間にしわを寄せた美樹と目が合ってしまった。反射的に、強張った表情の下から乾いた笑いが込み上げてくる。

他にどうすることができよう。ヘビに睨まれたカエルが石のように固まってしまうみたいに、美樹に睨まれた僕は冷や汗を掻きながら嘘っぽく笑うことしかできないのだ。近づいてくる何かから逃れるために。もしくは、これ以上彼女を刺激しないために。

僕と美樹との間に生じている関係性という名のシーソーについて考えてみるとき、いつだって僕は宙高く持ち上げられている。不安に包まれたままどうしようもなく足をぶらつかせる羽目になっているのだ。原因として、そもそもの作用点が美樹のそれと比べて圧倒的に僕に近いことが挙げられるし、彼女がでかでかとアドバンテージと刻まれた分銅を抱えているのも理由にあるのだろうと思う。まったく理不尽だと思う。

意味もなく笑い続ける僕を心底憎んでいるように睨み付けてから鼻を鳴らして、美樹は続けていた作業へ再び意識を戻していった。週末に提出期限が迫ったマクロ経済学レポートを仕上げなければならないのだそうだ。前年のカリキュラムで、レポートに既存の論文トレースが見つかったために、手書きでまとめなくてはならなくなったらしい。最近の生徒は何でもかんでもインターネットコピペで済ませてしまうという教授の嘆きが、そうであるならせめて論文を熟読するぐらいのことはしてくれと、自らの意見レポート製作している生徒にとって見れば甚だ厄介な妥協案に落ち着いてしまった結果だった。視界に入る長い髪を邪魔そうに左手で押さえながら、美樹の大きな瞳は熱心に資料とレポート用紙との間を行き来している。

様子を眺めながら、こうやって黙っていてくれるのなら僕の気持ちも明るくなるのになあと、もったいなく思った。美樹はファッション誌で読者モデルをやってるから、それ相応に、結構な美人ではあったのだ。手足はすらりとして長いし、十分な背丈もある。引っ込むところは引っ込んでいるし、物足りない気がしないでもないけれど、欲しいところもちゃんと膨らんでいる。外を歩けば男性諸君の目を集めることはしょっちゅうだったのだ。同性からさえも、時折潤んだ眼差しを受けることがあった。美樹と一緒に歩くことができる僕は、確かに、傍から見れば多少なりとも羨ましく映っていることなのだろう。自覚がないわけではなかった。友達からは率直に、いいなあ、と言われたこともいくらかくらいはあったのだ。

(2/5につづく)

 
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