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はてなキーワード: 反体制とは

2022-06-28

オタク的には左派の残り香的な反体制運動の延長のつもりだったけど結果的弾圧ジャンル虐めになっていた

印刷所主導によるディズニーキングダムハーツ忌避風潮ってのがあってですねぇ……

これはアニメックダグラム虐め事件と同じくらいの黒歴史だと思っている

2022-06-27

左翼だけど、反体制は望んでいない。

学び、正しい知識を身に付け、話し合い、社会の仕組みを作ることを望んでいる。

そういった意味では山本太郎はまともだと思う。

しかし一部支持者の反応が酷く、それを全体として見られてしまうのが悲しい。

2022-06-17

進撃の巨人未来社会」「監視社会

反体制である調査兵団が見窄らしく描かれている

調査兵団(味方)の中に敵がいた(分断/人が敵)

●外にいる巨人が中にいる人達のものだった(人が危険感染症対策とも合致/人が人を避けなければいけない・ソーシャルディスタンス

巨人は人だった(ウイルスは人だった/人が危険

●ウォールマリアの外を見たことがない世界観監視社会

●ウォールマリアの外に出てはいけない(外に出たら危険/家居の常態化/ステイホーム

●ウォールマリア自体巨人だった(壁から見られている/監視社会

未来社会設計の予行練習アニメスマートシティムーンショット計画

●このアニメを見ても実社会で立ち上がれない(中二病概念で阻止→大衆の無力化/障害者化)

服従的な人間作り

咀嚼悪の概念の植え付け

動物食の排除ヴィーガン

動画

無音カット短縮版

https://livedoor.blogcms.jp/blog/nanjohshigure/article/edit?id=15032842

2022-06-15

日教組被害を受けた僕ら」の歴史的経緯

これとかもそうだが未だに日教組による教育被害が云々という言説がまだ見られるんだが。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/sivaprod/status/1536206227939950592

 

この際ちょっとその言説の経緯をまとめておくよ。

この言説のキーマン小林よしのりなんだがそこに至るまでを説明しないといけない。

 

日教組批判が激しくなったのは1980年代後半から

日教組昭和22年に結成されて昭和30年代には組織率8割以上を誇って…というのはWikiとかで勉強してくれ。

右翼による日教組批判特に熾烈を極めるようになったのは1980年代の後半からなのである

街宣車大音量日教組日教組!と怒鳴っているので一般の人の日教組知名度はこの辺りで上がった。そもそもノンポリの人は学校先生組合なんて知らんもんである。但し右翼一般受けは悪かったので日教組評価は下がらなかった。

また日教組集会を開くと周囲に街宣車が多数集結して大音量軍歌を流し音圧を競うようになった。

すると近所の会社仕事が全くできない。電話どころか窓を閉めても耳を塞がないといけないような状態だ。

でも日教組知名度が低く、どこで集会をやってるかも判らないので右翼の評判が下がるだけだった。

 

こういう極端な抗議行動が流行した背景には当時の政治的社会的状況があった。

その一つは「デタント」で、もう一つは「任侠右翼の増加」である

ソ連敵性喪失

右翼が何と戦っていたかというと、その最大の敵はソ連だった。これは街宣右翼だけじゃなくて神道系の右翼統一教会も皆同じだ。

だが1985年ゴルバチョフ書記長就任するとどうにもならないほど疲弊したソ連改革政策ペレストロイカ推し進める。最初は大した変化はなかったが、チェルノブイリ原発事故以後は情報公開も進め、世界を巻き込みながら怒涛のように変化していく。

それによって西側ではゴルバチョフ歓迎ムードが高まり、要するに憎むべき敵性国家で無くなっていったのである

更にソ連共産党活動を停止し、遂にはソ連が無くなってしまった。

これは右翼陣営勝利のはずだが、困ったのは攻撃する敵を喪失してしまった事で、自分らのアイデンティティの根幹の喪失でもあった。鈴木邦男ソ連崩壊時に「これは僕らの問題だ」と語っている。アイデンティティ喪失に苦しむのか、敵の乗り換えをしてアイデンティティを保持するかという含みがある。結局鈴木は敵の乗り換えには乗らなかった。

 

また、街宣車での街宣はやりすぎて体制側に対策が出来てしまった。

まず憲法違反の疑いもある静穏保持法が施行されてしまったので外国公館などの特定箇所で大音量を出すと逮捕される。

またソ連大使館前の道路街宣車が近づくと全交通遮断される。言っておくがソ連大使館前の道は外苑東通りという都バスも走る幹線道路である。当時は街宣車のせいで道路遮断されたりそれで周囲が交通マヒしたり運行経路が決まっているバス20分以上立往生なんて事はザラだった。

 

こんな風に最大の敵であるソ連がやたら腰が低く物分かりが良くなった上にソ連大使館に街宣掛ける事も出来ない。

だとしたら残存敵性勢力である日教組に向かうしかない。

という事でこの時期に日教組悪質性が増加したのではなく、ソ連の変化とデタントの為に日教組批判が熾烈となったのである

 

任侠右翼参入増による右翼街宣車の大増加

まずそもそも右翼だが、元はヤクザとの明確な区切りは無かった。これは土建屋、鳶や水商売テキ屋も同じだった。

区切りを引いたのは警察である

戦後右翼は、例えば児玉誉士夫など体制癒着しそれは米国従順という事でもあった。

1960年代末に左翼学生運動が盛んになるとこれに対する体育会右翼学生組織されていった。新右翼と呼ばれる。

新右翼の特徴は反ソ反共ながらも反体制反米である事だった。これは当時の世相や全共闘運動に影響を受けている。

ここを境に右翼系の政治結社誕生して行く。そしてそれらは「街宣車軍歌を流し辻説法をする」というスタイル確立していく。

この街宣車は最初旧軍自衛隊国防色(カーキと灰色バトルシップグレイ)だったのが後述の事情威圧感の強い黒塗りになっていく。

よく「街宣右翼」とネットの一部で言われるが、1980年から右翼政治結社街宣車スタイルをみな踏襲しており、それ以外はないような状態だった。ヤクザっぽいがはじめの方の新右翼にはヤクザとの殊更の関係はない。

因みに日本会議中央の人士らはこういう街宣ではなく、就職しないで大学に残り学生運動を続けた人たちである

 

80年代になると校内暴力学校が荒れ、ツッパリ型不良が大増殖して暴走族も大増殖した。また暴走族右翼感染が進んだ。特攻服旭日旗暴走族の印となったのもこの頃だ。不良or大人への反抗=右翼ファッションだったのである

更に暴走族ヤクザ構成員リクルートの場になる。

こうして右翼≒不良≒ヤクザが緊密化したところで任侠右翼の街宣参入が増えたのだが、もっと大きい商機的な問題があった。

 

思想右翼の主な資金源というのは機関紙販売である。これは志を同じくする人からの購買もある。

が、もう一つのパターン不正思想的に看過できない行いをした法人へ抗議街宣をして、その手打ちとして機関紙の購買を取り付けるという方法がある。

ヤクザが参入する主目的後者の方で、民事介入暴力の支払い手段として機関紙購買を取り付ける為に政治結社を立ち上げるのである民事介入暴力というのは殴ったり蹴ったりじゃなくて、企業商業活動暴力団が威圧をもって参入する事だ。

企業恐喝街宣車を利用するのだ。国防色より威圧感がより強い黒塗りが主流になっていったのはこの為だ。

暴力手段行使されないようにみかじめ料として機関紙を購読する会社も多く、大変な出費になっていた。

 

因みに総会屋も同じことを70年代にやっており、機関紙/誌の執筆者編集者需要が高まり学生運動就職が困難になった学生運動家が多数その仕事に就いた。総会屋の多くは内容には口を出さなかったので社会不正糾弾する記事を書きまくり総合誌ブームが起きたが、80年代初頭の商法改正総会屋が潰されると大方廃刊

だが技能を身に付けた者は大手メディアフリーランスとして雇用された。リベラル/左翼ライターには総会屋の手先出身結構居たのである

 

こういう訳で街宣右翼業界は膨れ上がり、日教組集会8月9日反ソデーには黒塗りのハイデッキバスが大挙して集合し爆音軍歌を流すようになった。それまでのライトバンやタウンエーススピーカーつけてる貧乏右翼とは大違いだ。

ハイデッキ観光バスというのは6000万円以上する。それの座席を取っ払ってラウンジ型にしてシャンデリアやカラオケ自動車電話冷蔵庫バーカウンターをつけて車検を通したら1億を超える。それに自民党共産党のようなプロの街宣用スピーカーアンプを搭載して、北方領土の日にはフェリー陸路釧路とかの空港回送しておくのだ。組員は飛行機で向かってバスに乗り納沙布岬に向かって「露助この野郎」とかやって帰るんである

しか一社あたり3台とか6台とか持ってるのだ。沢山来すぎて根室渋滞になるほどだ。当時の任侠右翼の羽振りの良さが判るだろう。

 

ハリウッド映画でもジャパニーズヤクザ描写されていた頃で、特に企業活動への威圧的介入は警察問題視されていた。

そこで暴対法施行される事になる。これは大抵の暴力団を社会的に殺す大変大きな力がある法律だった。

伊丹十三ミンボーの女には暴力団が右翼街宣車企業恐喝に来るシーンがある。この映画暴対法施行直後に公開されたので同法施行で先を案じているヤクザを大いに怒らせる事になって伊丹ヤクザに襲撃されて重傷を負ってしまった。

余談だが、この時伊丹を襲撃した組は後にJR東本社前の土地を巡って殺人事件を起こした。JR東本社道路に面しておらず、また同社は本社付近建物を次々に押えているのだが、購入すれば都道と面して建築基準が大幅緩和されるその土地に手を付けなかった。それほどヤバい土地だったのだな。

 

ちょっと長くなったが、「えせ右翼在日朝鮮人右翼の評判を下げる為になりすましてる」とか噴飯物の事をいう人が多く居る界隈なので一応説明した。

えせ右翼とは一般には上記のように民事介入目的ヤクザ運営して構成員も被る政治結社の事だ。もっと硬い警察用語では「右翼標榜暴力団」という。

 

90年代右翼不遇の時代 

こうして

1.バブル的に増加した任侠右翼暴対法により急速縮小

2.ソ連消滅により敵を喪失

となってソ連勝利したはずなのに右翼/保守業界というのは停滞してシュリンクしてしまう事になる。

そして当業界では超直的なそれに代わって冷戦後政治リアリズムを中心に多様性がある論説が流行するようになった。産経新聞コラム「斜断機」が柔軟で面白くて単行本化されてしまうような時代だ。因みに吉本隆明の門下生が多く書いていた。

そんな中で反共反ソイデオロギー一本の人らには居場所が無い。ソ連無き後に残った残存敵性勢力日教組をひたすら叩きながら閉じた業界で腐っていたのである

当時は欧州もみな社民政権リベラル人気で冷戦後世界情勢にも楽観的だった時代だった。 

 

 

 

続き→https://anond.hatelabo.jp/20220615180755

anond:20220615115818

LGBTに限らない話として思うのは、やれマイノリティ弱者だとアウトサイダーを気取りたがり

実際、都合のいい時には「俺らは虐げられてるんだから、今あるものなんていつでもなんでもぶっ潰して構わねえんだぞ!」って革命家みたいなツラするくせに

そうかと思えば既存社会迎合して利益を追求しようともしてくるのはどうなんだ

反体制ならバチバチ敵対するか取り入るか、せめてどっちかにせーよというのは、正直言いたくもなる

2022-06-14

anond:20220614035023

起源は80-90年代週刊誌コラムエッセイ

反体制権威でなければ知識人に非ずみたいな空気感からニヒリズム

専門用語を使うと反権威にならないかカタカナにして反権威を気取った

要するに老害

ゲンは80-90年代シューカン

ハンタイセイ・ハンケンイがジダイのクウキカンだったのですよ

センモンヨーゴを使うとハンケンイにならないかカタカナにして

ハンケンイでございトまそんな感じだったのですな

2022-06-07

投資家だけど岸田政権支持してる

政府のやりたいことは明言されてるし、国民がそれぞれの立場でどうすれば良いかも明らかにされてる。

底辺から反体制精神が育ってるんだろうけど、たまに話題になる政治ニュースブコメの頭の悪さにくらくらするわ。

馬鹿馬鹿のままで居てくれた方が良いから俺から解説はしないけど。

日本は終ってない。終わってるのは頭が悪くて怠惰な人だけ。

2022-06-06

anond:20220606102309

左翼暴力は綺麗な暴力

権力に立ち向かうためだから仕方ない!

今日もどこかで総括!革命反体制

2022-06-04

トップガンマーヴェリックの反対語

ボトム水鉄砲ファミリードッグ

ベリック、マヴェリックマーベリックまたはマーヴェリック (Maverick) は、英語で『焼印の押されていない仔牛』を意味し、転じて『群れから離れた者』『孤独を好む者』『一匹狼』を表すようになった。無所属政治家芸術家反体制派などに対し形容詞的に用いられる[1]。


これもう映画とわかんねえな

2022-05-29

anond:20220529033459

ゼロ年代半ばってネトウヨの勃興期やん。より正確に、その頃のはてな反体制派だったと言い直すべきでは

anond:20220529023444

とりあえず大企業に立ち向かう反体制っぽい空気に乗っかった意見に便乗することが正義っていうのが16年前のインターネットの流れだったよな

それで行き当たりばったりに行動するうちに知らず知らず多くの物を失っていって、そのツケが表面化してきたのがここ4~5年っていう

2022-04-20

Chim↑Pomのいう多様性って約束事を破っても許される自由ってこと?

4/19、16時少し前、Chim↑PomTwitterhttps://twitter.com/chimpomworks/status/1516309905828810753/photo/1)で改名のお知らせが出ていた。

まず、内容をざっとまとめよう。

Chim↑Pomは”際どい社会人である“間違ってもただの「健全」なグループだと勘違い”してはいけないグループだと自称している現代アーティスト

Chim↑Pom現在森美術館個展を2月から5月末まで開催中(開催真っ只中!)

・会場準備の設営費の一部に協賛金が必要になっていた(1000万円ほど)

・そんな協賛金のうち、Smappa!Group接客を伴う水商売ホストなど)の会社であり、Chim↑Pomと数々の協働もしてきている会社Chim↑Pomの一人であるエリイ」の夫が会長を務める会社でもある。)の金額のみ森美術館受理していない

受理していない理由は「六本木ヒルズという『まちづくり』における『ブランディング』」「森美術館ヒルズという『文化都市』の顔である」と森美術館は言っている

これに対してChim↑Pomは、

受理しないことは、”アートによる「多様性」と取るか「『多様性』の搾取」と取るかは、議論必要である

受理しないことは、クリエイティブ産業が街から「猥雑」なものを十把一絡げに職業属性により排除する「旧来のジェントリフィケーション」の典型だとも捉えている

社会全体、そして、特に多様性をうたう森美術館が”実態としては公共性よりもブランディングを優先し、いざ自身問題として直面すると排除する、という常套手段がまかり通ることに対しての違和感をここに強く示す”

そもそも、「スーパーラットポケモンピカチュウを模して渋谷の街で捕まえたネズミ黄色く、頬は赤くしたもの)」の美術館内での展示ができず、美術館内ではなく共同プロジェクトスペース内での展示という落としどころになっていたことも”「表現の自由」に議論余地ができた”ことだったから、水面下の交渉限界を感じ、発表した

・同時開催で別のイベントもするから遊びに来てね

でもって、森美術館

・全媒体広告物の「Chim↑Pom」の名前を「Chim↑Pom from Smappa!Group」に変更して今後は使用する(使用開始の期限はGW明け5/15)

・Smappa!Groupの協賛金受け取りとロゴ掲載検討

の2つを誠意を持って対応しろ

という感じだろうか。

改名、いいじゃないの、したらいい。意志表示、どんどんしたらいい。

でも、いくつかの点で、この声明文に物申したい。

おっと、その前に。まず、増田当事者でもないし森美術館および森ビル関係者でもChim↑Pomファンでもない。

そのため、すべてのことは想像しかなく、中には事実と反することもあるだろう。

それを踏まえて、聞いてもらいたい。

①”多様性””公共””ブランディングを優先””ジェントリフィケーション

キャッチーで、そうそう、そうなんだよ、反体制スピリット!と、どこかアナーキーアーティスト性に酔いしれたいファン応援したくなる巧みな言葉遣いうまい、うますぎる

⇒だけど、待って。多様性って「いつでも全てを無条件ですべてを認める」ということなのだろうか。幼稚園ロリコンの成人が混ざりたいといっても、幼稚園には幼稚園対象があり断られるように、NHK企業名を出さないように、R18のゾーニングをすることのように、男湯と女湯を分けることのように、さまざまな無条件ではない場合にも、そこに多様性がないわけではない。多様性とは、で調べると、「幅広く性質の異なる群が存在すること。」とある。そうだと思う。『群』だと思う。その『群』を否定してはいけないが、その『群』が完全に混ざり合う必要はないのでは。だから多様性の一つの解釈に「いたずらに何かを排除してはいけない」があるといえるだろう。今回は「排除」しているのかもしれないが「いたずらに」ではない。そもそも、”公共”の要素を持っているからといって、森美術館は『株式会社』だ。”ブランディングを優先”そりゃそうだ。株式会社だ。権威であろうと、体制であろうと、そこには日々の生活と日々の業務があり、誰かにとっての、そして企業にとっての小さな信頼と伝統を積み重ねてきた「商いの形」がある。そんな「商い」の中で、交渉をし、契約を結び、落としどころを見つけながら話していることは、「いたずらに」ではないのではないか。そこには企業としての意思がある。

ジェントリフィケーション、その通り。『都市開発』では『都市』を『開発』するのだから、そりゃあジェントリフィケーションが起きる。でも、それとこれとは別の話ではないか接客を伴う水商売を悪いものとしているわけでも否定しているわけでもなく、ただ「うちとは合わないよね」といっている話に、たいそうにジェントリフィケーションを持ち出されても、森美術館の言う通り「ブランディング」の内側の話を拡大解釈しすぎではないだろうか。

約束ってそんな簡単に破ってもいいの?

改めて、会期中、しかも会期残り2週間のためにすべてを修正しろっていうのは担当者のことを考えると辛すぎる

アートと商いは相性が悪いという話は、アートと商いがとっても相性がいいという話と同じくらいよく見受けられる。アートの中で、資本主義は時に否定され、時に資本主義と共に大きく幅を利かせている。

⇒会期残り2週間のために用意しているあらゆる媒体資料広報資料名前を『物理的に(印刷など)』修正し、デジタルであっても『修正依頼を(人力で)』ひとつずつかけて、すでに用意していた様々な資料もすべてをやりなおす。だれがその資金を工面するのだろうか。森美術館がするのか?商いを馬鹿にしすぎている。契約という約束事が軽すぎないか

⇒人気も出てきた、会期も真ん中、なぜいま発表をする?別で準備しているイベントがまとまったからか?なんなんだ?Chim↑PomChim↑Pom契約同意し、うまみがあったり意義があったり面白味があったりいろいろな理由を超えて「森美術館でやりたい」と同意たから、会期が始まっているのに、なぜ、今なのだ?そんなに不快なら仕事を受けなければよかったのかもしれない。始まる前に話し合ったり声明文を出すのも手だったかもしれない。でも、今、すでに始まった中で後から手を翻し、ずっと怒っていたと一方的にきざな言葉で並べ立てるのは、いささか「商いを馬鹿にしすぎている」としか思えない。ひとりひとりのお客さまからお金をいただいて、ひとつひとつ企業さまからお金をいただいて、誰かのお金になるように、経済を回すこと、生活すること、権力だろうと権威だろうと体制だろうと、そこには人がいるし、そこには道理があるのではないだろうか。強者に対してなら何をしてもいいとでも思っているのだろうか?

そもそも、会場設営費の1000万円って・・・

⇒会場に行った方なら体感できるだろうし、行っていなくても写真を見たらわかるだろうが、今回の展示、かなりアグレッシブな展示方法も展示手法も含まれている。これは予算が…これは消防法…設営の順番大変そう…いろいろな制約を乗り越えられるよう、ひとつひとつアーティストと館の間を取り持ち、掛け合いながら進んだのではないか、と感じさせる会場だ。

⇒1000万円、通常の展示ではないことをたくさんする(=森美術館としては、新しさのあることにしたい&今までのChim↑Pom活動をそのまま紹介できるようにしたい)という意志もあって、「会社的にはこれ以上の設営費の負担ができないので、その形での展示は出来ないのですが、設営費をいただけたら、なんとか…」という落としどころをもって話した結果だったりはしないのだろうか。

⇒そのうえで、「受理していない」場合は、その「不足額」は誰が払っているのだろうか、「その協賛金を受け取れないのは森美術館側の話だから、その不足分は森美術館で持ちます、だからすみません」そんなやりとりがあったのではないだろうか。スーパーラットの展示を美術館内で出来ないと判断されても、展示の流れに組み込みたいという思いで共同プロジェクトスペースに設置しているのを思うと、ついついそんなことを想像してしまう。

物事多面的で、憶測でモノを申している立場で本当に申し訳ないが、

やっぱりこの声明文でChim↑Pom評価されていることに納得がいかない。

きざな言葉を並べて、弱いふりをすれば、もしくは本当に弱者立場であるからといって「弱さを盾にすれば、権威のことを後ろから殴ってもいい」そんなわけがないと自分は思う。

2022-04-15

左翼の犯した悪事迷惑行為一覧

 数が多くて切りが無いし、私も知識が無いのと途中で疲れてきたのでごく一部しか挙げられません。こんなのもあるよって方は教えてくれるとありがたいです。今はこんな感じですが、気が向いたら付け足しま

恐怖政治(1793~1794)

 フランス革命期における山岳派による独裁政治王侯貴族のみならず、農民革命家すら処刑され合計4万人以上の命が失われた。

ルイ17世死亡(1795)

 革命政府監禁されたルイ17世は激しい虐待に晒されわず10才で死去した。

ソ連

赤色テロル(1918~1922)

 ボリシェビキ秘密警察チェーカーによる弾圧反革命派・貴族聖職者など最大130万人が殺害された。

ニコライ2世処刑(1918)

 皇帝皇后とその5人の子どもが虐殺された。末っ子アレクセイわずか13才であった。

尼港事件(1920)

 赤軍パルチザンが尼港を襲撃、6000人以上の住人を虐殺した。

ホロモドール(1932~1933)

 スターリン命令によりウクライナ人から家畜土地が奪われ1000万人が餓死した。

大粛正(1930年代後半)

 スターリン命令により反体制派と疑われた国民が多数処刑された。犠牲者1000万人にも上るとされる。

ヴィーンニツァ大虐殺(1937~1938)

 ウクライナ1000人以上の民間人虐殺された

ポーランド占領(1939~1946)

 ソ連ポーランドに侵攻したにも関わらず、西側諸国はそれを黙認した。ソ連占領下で50万人が投獄され、10万人が強姦され、15万人が死亡した。

カチンの森事件

 ポーランド捕虜2万人がソ連虐殺された。

トロイエンブリーツェンの虐殺(1945)

 ソ連軍がドイツ人民間人1000人以上を虐殺した

ソ連対日参戦(1945)

 日ソ中立条約を破り、日本への攻撃を行った。

葛根事件

 満州非武装避難1000人が赤軍虐殺された。

真央郵便電信事件

 樺太郵便電信職員ソ連軍接近の方を知り、9人が自殺した。加えてソ連軍の虐殺により10人が死亡した。

日満パルプ事件

 ソ連兵に強姦され続けた日満パルプ女性職員とその家族23人が自殺さらソ連軍に物資が奪われたため、冬になると87人が死亡した。

三船殉難事件

 ソ連軍の攻撃で緊急疎開船3隻が爆破され、1700人以上が死亡した。

樺太の戦い

 ポツダム宣言受諾後、ソ連軍が樺太に侵攻。民間人犠牲になり3500人以上が死亡した。

仁義佛立講開拓団事件

 ソ連軍により避難民600人以上が虐殺された

シベリア抑留

 日本軍の捕虜57万人がシベリア連行され、過酷強制労働従事させられ、5万人が死亡した。

ニュルンベルク裁判(1945~1946)

 連合国によるドイツ戦争裁判事後法によりドイツ政治家軍人を裁き、連合国の残虐行為無視したリンチ

東京裁判(1946~1948)

 連合国による日本戦争裁判。同上

ハンガリー動乱(1956)

 ハンガリーが非スターリン化を進めると、ソ連軍は武力でこれを弾圧。1万人以上が死亡し、首相のナジ・イムレは処刑された。

アフガン侵攻(1979~1988)

 ソ連アフガンに侵攻したが、戦局は泥沼化し、アフガン政治情勢を混乱に陥れた。

黒い一月事件(1990)

 ソ連アゼルバイジャン首都バグーへ侵攻し、1満員以上の死者が出た

中共

大躍進政策(1958)

 毛沢東の無謀な産業計画により、全国で数千万人が餓死した。

文化大革命(1965~1976)

 大躍進政策により失脚した毛沢東大衆を動員して、政権転覆させた。全国で1000万人以上が犠牲となった。

チベット問題(1951~)

 共産党チベット武力制圧。その後現代に至るまで文化的政治弾圧を加えている

ウイグル人虐殺(2014~)

 共産党ウイグル人に対して行っている虐殺洗脳不妊などの弾圧。死者は100万人も上る。現在も行われている。

コロナパンデミック(2019~)

 共産党党大会を強行したため、世界各地にコロナウイルスの感染が拡大。死者は400万人にも上る

日本

虎ノ門事件(1923)

 共産主義者難波大助による裕仁親王(後の昭和天皇暗殺未遂事件侍従長が負傷

川崎武装メーデー事件(1930)

 共産党暴動を起こし、警察官8人が負傷

赤色ギャング事件(1932)

 共産党が現大田区で起こした銀行強盗事件

阪神教育事件(1948)

 朝鮮学校閉鎖に反発した共産党在日朝鮮人が各地で暴動を起こした

事件(1949)

 共産党が平警察署を襲撃。職員暴行を働き、留置所監禁した。

伊藤律会見捏造事件(1950)

 朝日新聞共産党伊藤律と会見したという記事捏造

大津地方検察庁襲撃事件(1950)

 共産党在日朝鮮人大津地方検察庁を襲撃

山村工作隊

 日本共産党が山や農村拠点とした武力活動を企むも、支持が得られず、警察の取り締まりにとり挫折

練馬事件(1951)

 共産党員が巡査殺害し、拳銃を奪った

白鳥事件(1952)

 共産党軍事組織中核自衛隊メンバー警部を射殺。その後共産党幇助により国外逃亡した。

田口事件(1952)

 共産党員が警察官暴行拳銃警察手帳を強奪した

枚方事件(1952)

 共産党員及び在日朝鮮人無関係一般市民の家を襲撃、放火した

血のメーデー(1952)

 皇居前でデモ隊警察官が衝突。750人の警官が負傷した

吹田事件(1952)

 吹田駅・吹田操車場学生朝鮮人らが暴動を起こし、一般乗客にも負傷者が出た。

大須事件(1952)

 共産党員および在日朝鮮人警察署を襲撃、警官70人、消防士1人、一般人4人が負傷した

事件(1952)

 共産党員が地主と妻・家政婦・小学生3人を暴行、重傷を負わせ、金品を強奪した。

横山元代議士襲撃事件(1952)

 共産党元代議士の男性を襲撃、重傷を負わせた。

10.21国際反戦デー闘争(1969)

 新宿を中心に新左翼暴動を起こし、44人の警官が負傷した。

大阪戦争(1969)

 新左翼大阪暴動を起こし、派出所放火した

よど号ハイジャック事件(1970)

 共産主義者日本航空のよど号ハイジャックし、北朝鮮亡命した。

沖縄ゼネスト警官殺人事件

 沖縄でゼノストの警備に当たっていた警官新左翼による暴行の末火炎瓶を投げつけられ死亡した

朝霞自衛官殺害事件(1971)

 警衛任務中の自衛官新左翼に襲撃され、死亡した。

印旛沼事件(1971)

 共産主義者内ゲバにより2人がリンチ殺害された。

山岳ベース事件(1971~1972)

 連合赤軍山中アジトで同志に対してリンチを行い、12人が死亡した内ゲバ事件

大阪城公園事件(1972)

 大阪城公園内で起きた新左翼内ゲバによるリンチ殺人。1人が死亡した

あさま山荘事件(1972)

 連合赤軍が山の保養所に立てこもり、30名の死傷者が出た。

三菱重工爆破事件(1974)

 東アジア反日武装戦線による爆破事件8人が死亡、376人が負傷した

岡山大学北津寮襲撃事件(1975)

 岡山大学北津寮を拠点にしよと目論む新左翼が寮を襲撃、1人が死亡、多数の負傷者が出た

浦和車内放火内ゲバ事件(1977)

 新左翼内ゲバにより4人を車内でリンチ焼殺した。

大坂火炎瓶大量発射事件(1984)

 新左翼大坂第二合同法庁舎に大量の火炎瓶を投擲したが、幸運にも1本しか着火せず人的被害はなかった。

コンクリート殺人事件(1988)

 不良少年グループ女子高生誘拐、1ヶ月以上にわたり監禁暴行を加えた末に殺害主犯者の両親は共産党員であり、自宅で事件が行われていたにもかかわらず見逃していた。

新しい歴史教科書を作る会放火事件(2001)

 新左翼が新しい歴史教科書を作る会の事務所があるビル放火した。発見が遅れていれば大惨事に繋がっていた。

葛飾政党ビラ事件(2004)

 共産党支持者がマンション侵入し、共産党のビラを配布、住居侵入罪逮捕された。

厚生労働省職員国家公務員法違反事件(2005)

 厚生労働省職員新聞あかはたを配布し、国家公務員法違反に問われた

男組セクハラ事件(2014)

 男組組長が反差別ワークショップを開催した際、初対面の助成執拗痴漢セクハラを行った

アジア

北朝鮮拉致事件(1970~1980年代)

 北朝鮮工作員日本17人を拉致

カンボジア虐殺(1975~1979)

 カンボジア国内でクメール=ルージュにより200万人近い知識人らが虐殺された

ラオス国王死亡(1978)

 ラオス共産主義政権王権を倒し、サワーンワッタナー国王監禁栄養失調により死に至らしめた。

2022-04-14

anond:20220414114043

そもそも若い人たち政治に参加してもらい、民主主義意識を高めようという目的野党が言い出したことから

若い人たち反体制自分たちに入れてくれるという打算もあったのかも

しばらくして、実際は自民党の入れる若者が多そうなこともわかってきたから、自民党も乗り気になって実現した

2022-04-03

生き残るための手段としての「ロシアに対するキャンセルカルチャー

原文

https://lb.ua/culture/2022/03/18/509953_cancel_russia_yak_instrument.html

ヴォロディミール・シェイコはウクライナ研究所日本国際交流基金にあたる)の長で、ウクライナ文化外交責任者訳者感想最後に。

ロシア侵略開始からわずか数日後、ウクライナ文化関係者および団体は、国際社会に対してロシアに対する「文化制裁」を実行し、プーチン政権ロシア資本から直接的・間接的に支援されている人物団体に対する協力の停止を呼びかけるアピールを出した。

ウクライナ研究所は、国内海外パートナー団体専門家ネットワーク代表500人以上に対してアピールを送って拡散することを依頼し、それとは別に欧米学術団体大学に対しても書簡を送ってみた。この「文化制裁」に対する公開書簡には3800人以上のジャーナリスト人権活動家教育関係者文化人たちが署名していて、在外ウクライナ人たちも同様のアピール拡散している。

ウクライナの主張に反論することはできないだろう―――ロシアによって仕掛けられた戦争は、明らかに国際法違反しており、罪のない人々を数千人も理由なく殺害し、歴史的建造物意図的破壊しているのだから。この状況で侵略者と文化的に協力することは戦争犯罪正当化することであり、ロシアによる印象操作のために新たな場所提供することに他ならない。ウクライナ研究所声明の中で、ロシアが数十年もの期間にわたって文化政治的プロパガンダ手段として利用して国際的評価を高めることで、世界の注目を他国への戦争犯罪から逸らしたり、人文学において帝国植民地ヒエラルキー体制確立してきたことを指弾した。このロシア行為に高名な学者キュレーター美術史家、財団理事美術館フェスティバルフィルハーモニーたちは加担してきた。彼らは2014年以降もロシア政府機関に進んで協力してカネの出所無視して見なかったことにしてきたし、そんなロシア芸術的プロジェクトを通じて広められた有害非科学的な主張に対して反論することもなかった。その象徴的な事例が、ニューヨークMoMAロンドンの王立芸術院パリグランパレ十月革命百周年の2017年に開かれた「ロシア芸術」の豪奢な展覧会だろう。ロシアから最恵国待遇」を受けてコレクションを借り出したキュレーターたちは、ロシアウクライナその他の国の芸術を盗み出してきたことを見なかったことにしたし、その全体主義的な芸術を無批判に美化することを止めようとしなかった。

ウクライナ爆弾が落ちた2022年2月24日、「素晴らしいヒューマニズムロシア芸術」というメタファーはようやく消し飛んだ。それでも、文化プーチン政治戦争責任と切り離して考えることができるという信じている数百万の海外の人々にとって、トルストイドストエフスキーショスタコーヴィチあるいは「ロシア・アヴァンギャルド」は心の中で生き続けているようだ。

世界ウクライナとの連帯過去に類を見ないほど広がっており、世界文化界は言葉と行動によってウクライナに大きな支援を送っている。しかし「ロシアに対するキャンセルカルチャー」に対して西側が示した反応は、ウクライナ文化外交課題を投げかけた。

メトロポリタン歌劇場カーネギーホールバイエルン歌劇場などの多くの団体は、指揮者であるゲルギエフ歌手ネトレプコとの契約を打ち切って、ロシアアーティストと協力しないことを公表した。カンヌ映画祭ロシア代表団と政府関係者の参加を拒否した。それとは裏腹に、ロンドンロイヤルオペラハウスウクライナ戦争を「人道危機」とした上、ロシアについては何も言及しないという恥さらしの声明を発表した。私たちコンタクトを取った人々の多くは、ウクライナ難民支援することを口約束する程度で、ロシアとの協力を停止する呼びかけには大した反応を見せなかった。思っていた通り、ポーランドリトアニア団体が最も毅然とした態度をとって、ドイツペンクラブは「真の敵はプーシキンではなくプーチンだ」という声明を出し、フランス人たちは沈黙した。

そして、西側文化学術団体ウクライナロシアの「和解」や「異文化交流」を推進する事業を始めたようだ。注目すべきは、彼らがどうやら戦争が始まって4週間でのウクライナにとっての「和解」の必要性への無関心だろう。ロシア人を「プーチン政権犠牲者」と位置付けることで、戦争犠牲者となっているウクライナ人と同じ「犠牲者」として等しくとして扱うような形で、ウクライナ人、ロシア人、ベラルーシ人を一緒くたにした沢山の事業が始まった。

こうして、23もの長期にわたってプーチン政権継続してきたことや、ウクライナでの起きている戦争や、ロシア社会政治的受動性、あるいは市民抵抗が失敗し敗北してきたことにに対して全てのロシア人の責任をなかったことにしたいのだろう。他にも図々しい連中はいる。フリードマンカーンというロシアオリガルヒによって資金提供を受けたことにより度し難い妥協施設となったバビ・ヤールのホロコーストメモリアルセンター芸術監督イリヤ・フルジャノフスキープーチン犯罪と戦うことを要求する書簡署名した。これがウクライナ世論の怒りに火をつけたことは言うまでもないが、逆にブリュッセルワシントンベルリンでは歓迎されたようだ。

これは偶然そうなったわけではない。西側ウクライナロシア関係を完全に誤解してるし、ウクライナには独自文化アイデンティティもない軽視すべき存在だという考え方を持っているのだから。よって、国際社会にはロシアによる戦争が新たな植民地主義であることや、ウクライナが脱植民地を目指して何世紀にもわたって独立運動を繰り広げてきたということを理解してもらう必要がある。ロシア帝国主義とウクライナ独立絶対に両立しない。ウクライナ武器で遊んでいるのではなく自らの独立をかけて戦っているのである。だからこそ、軍事だけではなく文化も同様に重要最前線なのだ

ウクライナロシアへのボイコットを呼びかけていることへの見下した反応や、侵略者とその犠牲者を「和解」させようとする一際魅力的な欲望は、西側が持つ植民地主義的な考え方を強く反映している。この考え方の根底にあるのはロシアが中心でウクライナ辺境であるという先入観で作られた世界観だ。これは権威あるロシア文化は周辺の人々の生死よりも重要なことで、ロシアの言うことは聞くべきだが、周辺の人々の言うことに価値はないという考え方だろう。そのようなパラダイム解体なくして「和解」や「対話」もあるべきではない。

ロシアとの和解は遠い遠い未来に始まる―――まずはロシアドンバスクリミアを含むウクライナ領土から完全に撤退し、国際法廷で戦争犯罪が裁かれ、ウクライナ賠償金を支払わなければならない。プーチン政権は打倒しなければならないし、その後に生まれ民主的政府市民社会メディアウクライナへの犯罪を認めて謝罪しなければならない。そのようなロシア社会自己批判深い反省があって、ようやくその時になって始まるのである

もちろん、こんなバラ色のシナリオが待ち受けていることは分かっているが、だからといってウクライナ今日にでも妥協しなければならないということでもない。ロシアとの「和解」を急ぐことは危険なことだ。それは旧来の考え方に基づいたロシアによるウクライナの再植民地化が開始されることを意味している。要するに、ウクライナを再び文化辺境へと押し戻し、ロシアが「スラブ」「ポストソビエト」「ユーラシア」の中心であり続けるということだ。世界ロシア帝国主義や植民地主義の知識人さらに深く和解することを望むだろう。そうすれば、ウクライナ自分たち意見を反映した和解のあり方を作るチャンスを失ってしまう。

戦後ロシアをどうするか」は、ポストコロニアル研究には重い宿題となる。ロシアは脱植民地化の苦痛という歴史経験しなかった不幸なほど時代遅れの国だが、なぜかは分からないが西側はそのことをよく理解していないらしい。この戦争はそんな西側の目を覚ます機会となるだろう。新しい視点コミュニケーション共存の新しい在り方を作っていく機会なのだ。それは理論だけではなく、より重要なのは法的、経済的、人道的な政策として具体化されるべきで、ウクライナはその創造者の一人とならなければいけない。

これが現在ウクライナ文化外交が目指すべき到達点だ。これは長期的な目標になるだろう。ロシアとの戦争という状況下においての文化外交は、対話和解を促進するべきではなく、ロシア文化的・言語的な支配という脅威に対して抑止力として機能することで、私たちアイデンティティを守らなければならない。

それが私たちが生き残るための手段だ。

解説感想

訳は下訳を作って機械翻訳とも照らし合わせて作りましたが、あいにく初学者なので文責は持ちません。

ウクライナ研究所はそのブリティッシュカウンシルに範をとった機関として2017年設立されました。ヴォロディミール・シェイコはブリティッシュカウンシルで働いた経歴のある人物ですが、日本wikipediaで所長として示されている指揮者の人とは同姓同名の別人です。

lb.uaはそこそこウクライナでは有名なニュースサイトで、元々は週刊誌web版です。

で、このコラムは前半はアリキタリで面白くないんですが、後半から西側批判面白い部分かなと思います特に文化界にありがちな既存ヒエラルキーを温存した形の「和解」を強要しようという流れを戒めているわけですな。

最近流行りのネオナチ問題に絡んでウクライナ右翼問題言及しておきますと。

途中のバビ・ヤールについてですが、このメモリアルセンター地元ウクライナユダヤ人たちによって反対運動が起きたほど国内では評判の悪い施設です。要するにロシアによる情報操作の一環として「ウクライナ反ユダヤ主義的な国であるかのような展示」をするのではないかと考えられていたようで、ウクライナ情報機関SBUが「その証拠は今のところ存在しない」という文書を出すに至り、センターがその御墨付をWebページに掲載しているほどです。フルジャノフスキーセルフプロモーション目的クズ扱いされてました。まあドンバス内戦やらせてる奴の身内連中が集まってきて虐殺を記念するセンターを作ろうなんてグロテスクな話ですわな。

それと、元からウクライナユダヤ人というのはロシアはもちろんのことイスラエルを中心とした西側ユダヤ人社会とも折り合いが悪く、この反対運動の先頭に立っていたYosyf Ziselsなんかは西側ネオナチ扱いされているほど評判が悪いようです。なぜかといえば、このYosyf Ziselsを始めとしたウクライナユダヤ人というのはソ連時代反体制派の経歴を持つことも多く、独立以降はウクライナ意識が強烈だったりするんで、平気でWW2時代の「ナチス協力者」を擁護しちゃったりするんですな。まあ自分たちユダヤ人建国した国という意味ではイスラエルに負けてへんぞ!みたいな意識があるんでしょうな。

なのでウクライナ右翼の金主の一人であるコロモスキーユダヤ系だったりするのは、それほどおかしなことではありません。

よってウクライナ極右というのは、西側ネオナチよりも、日本の「任侠右翼」と類似しています靖国神社とか橿原神宮に集まってる右翼のお兄ちゃんが数年後に民団役員やってるのとかと同じで、思想的背景にはほとんど意味ありません。欧米学者ジャーナリストは「犯罪組織公然部門としての右翼団体」みたいなもの理解できないので頓珍漢な「サッカーフーリガン起源説」を唱えるのですが、そんなものコロモスキーが金主になるわけもないし、戦闘力が高い説明がつかないでしょう。要するに軍事経験のある右翼アニキ愚連隊を抱えて作ったお国のための組織という説明日本人ならすぐ分かると思うのですが、これが西側の人には理解できないようです。

鈴木智彦さんがちょっと笑い話みたいな形で織田絆誠のPMC構想をウクライナと絡めて話していましたが、ウクライナ極右グループは実際にチェチェングルジアで得た戦闘経験を元に国家機関までのし上がったわけで、割と笑い話にもできません。まあ日本暴力団と同じで、なんだかんだお上には絶対に逆らえない性質があるので、ナチス紋章がどうだとかは暴走族旭日旗振り回してるのと同じだし、奇妙な儀式とかやってるのはヤクザ盃事みたいなものだと思って受け流せばよいと思います

というわけで反乱の懸念もないどころか、国家親衛隊普通大隊の方がヤバい奴多いと思ってるんですよ。なんせ2014年には自腹でも戦争したいって連中が集まってたわけで、金目当てだの兄貴分に言われて参加しただのの方が理由としてはいくらかマシでしょう。ただまあ、いつか武装解除した時には犯罪者を野に放つようなものなので、単純に治安悪化することを懸念してなくもないです。

2022-03-22

天安門」元リーダーNYで惨殺…犯人女性中国の“刺客”説が浮

フェミの正体みたりって感じだな

被害者の方はご冥福をお祈りいたしま

あなたたちの求めて戦った民主の力は我々日本台湾欧州アメリカオーストラリアインドが引き継ぎます

天安門」元リーダーNYで惨殺…犯人女性中国の“刺客”説が浮上

天安門事件」の学生リーダーのひとりだった弁護士・李進進Photo: 対話中国(Dialogue China Think Tank

天安門事件」の学生リーダーのひとりだった弁護士・李進進

Photo: 対話中国(Dialogue China Think Tank

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田中淳

田中淳

Text by Jun Tanaka

1989年の「天安門事件」につながる民主化運動の中で学生リーダーのひとりだった弁護士が白昼のニューヨークで惨殺された。犯人の女は現行犯逮捕されたが、不可解な動機言動から北京から刺客としてニューヨークへ放たれたのではないかと疑う者も多い。

22ヵ月間投獄され、亡命

天安門事件」の学生リーダーのひとりだった弁護士・李進進(リィ・ジンジン米国ジム・リー、66)が、3月14日正午前、米ニューヨーククイーンズ区・フラッシング39番街にあるビル4階の事務所で刺殺された。享年66だった。

当日、李進進の事務所には、3日前に来訪したばかりの中国女性・張暁寧(ヂャン・シァオニン、25)がケーキを持参し訪れた。11時44分ごろ張は突然、「今日法律の用件で来たわけではない」と言いつつ李の背後から彼の首を片腕で強くロックし、コートの内ポケットから素早くナイフを取り出して、ためらい無く李の頸動脈を一撃。続けて頸部、胸部、腹部をメッタ刺しにした。

目撃者によると、張は素早くナイフを取り出しためらい無く頸動脈を一撃したことから、相応の訓練を受けたとみられる。

瀕死の李はニューヨークプレスティリアン・クイーンズ病院搬送されたが、12時8分に出血多量で死亡が確認された。

湖北省武漢市生まれの李進進は1970年、15歳で中国人民解放軍に入隊し、除隊後、文民警察組織中華人民共和国人民警察に勤務。1979年湖北経学院(現・中南財経政法大学)に入学し、のち北京大学博士課程で学ぶ。

1989年の「天安門事件」期間中デモ重要役割を果たした労働者団体北京工人自治連合会法律顧問を務めた。同年6月4日人民解放軍天安門広場のデモ隊を虐殺したあとは故郷武漢へ逃げ帰るが、人民煽動した容疑で逮捕され、22ヵ月間投獄される。

釈放後は起訴を免れ、1993年に渡米。コロンビア大学ウィスコンシン大学で学び、レストラン下働きしつつ法学博士号を取得。卒業後、ニューヨーク州で弁護士資格を取得した。

北京警官レイプされ無一文と訴え

犯人の張暁寧は現行犯逮捕された。張は1997年河北省邯鄲市生まれで、北京大学で学び、2021年8月下旬にF-1学生ビザ米国入国。渡米直後の2021年9月14日国連通常総会の開会日当日に張は、国連本部の外でプラカードを持ち、北京市内の精神病院強制入院させられたことを非難し、彼女レイプした北京市公安局の警官厳罰に処すよう訴えるデモンストレーションを繰り返した。

国連本部の外で通常総会当日にプラカードを持ちデモンストレーションをする張

国連本部の外で通常総会当日にプラカードを持ちデモンストレーションをする張

Photo: 美国之声粵語網(VOA Cantonese

その後、李の存在を知った張は、李が法的な手助けをしてくれるものと期待し、3月11日、李の事務所を訪れた。

李の親友弁護士・朱偉は「後の祭りだが、李進進はあの女に関わるべきではなかった。11日に事務所に来た女は泣きながら、数日前に米国移民帰化局(BCIS)の移民面接に落ち、貧しく無一文同然で、中国警官レイプをされたと訴え、庇護を求めた。李は心優しい男。彼女無償で助けるつもりでいた。あとで女は李に、自分から受信したメールを全部削除しろ要求したが、彼は削除しなかったようだ」と悔しがった。

李進進弁護士事務所かい保険会社職員11日の凶行について、「たまたま開いていたドアから事務所内を見たところ、女性が興奮して、物凄い形相で李弁護士に詰め寄っていた。李弁護士はとても物腰の柔らかな紳士で、事務所女性職員が慌てて、興奮している女性を彼から引き離した」

「李弁護士が静かにオフィスで騒がないで。必要なら一緒に警察へ行ってあげましょう』と話すと、女性はその3倍を言い返していた。暴力的な態度で大騒ぎするのを見かねた職員警察通報したため、警官が2人来た。李弁護士警官に、大丈夫から彼女逮捕しないでと言うと、女性はそのまま逃げるように事務所を立ち去った」

天安門事件が起きた1989年当時、中国人民解放軍女性記者だった江林 Photo: The New York Times天安門事件から30年目の初証言──元「人民解放軍女性記者」が見た“地獄

カメラの前で逆上

張暁寧は殺人罪起訴され、3月14日19時37分、警察官によってニューヨーク警察109分署から勾留先に移送された。その際、「なぜ殺したのか?」「悔いてはいないのか?」などメディアから中国語で問われた張は激昂しながら、叫んだ。

「後悔なんかしてねーーわッ!」

「後悔しているとしたらお前らの裏切りだ! 中国人なのに反共産主義者を叫びやがって!」

最後に後悔するのはお前ら裏切り者だ!」

おまえらは無数の学生を傷つけてきたのに、まだ学生を傷つけるのか!」

【#中国

米国に住む中国出身女性、张晓宁 が、天安門学生運動の指導者であった李进进氏(66歳)をナイフ殺害女性は「おまえら中国人でありながら、中国共産党に背いている!」と叫んでいる。

米国に住んでいてもこれか。共産党洗脳、恐ろしすぎる…????

pic.twitter.com/o9MS0fTa8x

— NEKO????‍⬛????????????????‍⬛????????????????‍⬛ (@usapepe) March 16, 2022

暴言を吐きながら連行される張

在米華人メディアへの敵視発言から、張暁寧が中国共産党の熱烈な支持者ということが明らかになった。そして留学生である自身は、思うような庇護が与えられない被害者というスタンスだ。

だが、計画的に成人男性を刺殺するような根性の据わった女が、自身レイプしたという中国警官ではなく、たった一度しか会ったことのない弁護士を刺し殺すというのは説得力に欠ける。

張は学生ビザで渡米したが、これまで一度も通学した形跡が無い。そもそも新型コロナウイルス蔓延している時期に、中国当局は一般人民の出国許可は出さない。

張は李進進の前に、在米民主団体中国民主人権連盟に、中国ニューヨーク総領事館から警告があり、圧力を受けていると語り、庇護を求めたという。

殺人罪銃刀法違反起訴された張暁寧は3月18日クイーンズ区刑事裁判所に初出廷する予定だったが、精神不安定理由に出廷を拒否した。地元紙によると、最高25年の実刑判決終身刑が科される可能性があるという。

李進進はこれまで、中国政府に迫害されて来た多くの中国人を助けて来た。経済的に困窮している移民からはいかなる代金も受け取らなかったという。筆者にはこの李自身同胞への献身が命取りの引き金になったような気がする。

北京中央美術学院学生によって天安門広場に建てられた「民主女神」像(1989年6月1日撮影天安門事件を風化させたい中国共産党─追悼日直前に香港の記念館が休館した背景とは

反腐敗運動邪魔者

李進進は、「天網行動」「猟狐行動」(海外逃亡中の知能犯経済犯の逮捕不正取得された資産没収する中国政府の特別捜査キャンペーン)のターゲットになったり、指名手配されたりした人民米国での法的保護提供してきた。

特権を利用して実際に不正蓄財収賄した党員公務員汚職事件容疑者などの国外逃亡者逮捕されるのはともかく、「天網行動」「猟狐行動」は、中国政府の意に沿わない経営者弁護士学者研究者作家ジャーナリストNGO非政府組織関係者アーティストなどの罪をでっちあげて中国強制送還する口実にも使われているからだ。李もたびたび「『天網~』『猟狐~』は反腐敗運動ではなく、反体制弾圧手段」と批判してきた。

李進進は、2008年中国当局に香港逮捕され、金融詐欺罪起訴された「天安門事件」の学生リーダーのひとり、周永潤(ヂョウ・ヨンルン、55)の弁護を担当した。

また、中国政府が政敵逮捕するために、 国際刑事警察機構インターポール)が加盟国申請に応じて発行する国際手配書「レッド・ノーティス」を濫用することに反対していた。

中国逮捕状が出ている被疑者などについて人物特定し、海外発見し次第、中国強制送還するよう要請できるものからだ。

「李進進が“天安門”の元リーダーから殺された」という憶測的外れだろう。今年は「天安門事件から33年。当時、民主化へのうねりを作った学生運動リーダーたちは既に政治的影響力を持たず、中国共産党の脅威ではない。

今になって李進進が「消された」とすれば、「33年前のリーダー」だったからではなく、習近平政権が本気で取り組んでいるキャンペーン「天網行動」「猟狐行動」を邪魔する存在とされたからにほかならないからだろう。

在米弁護士仲間は、李が弁護活動中に得た中国共産党の特務(諜報・謀略・秘密機関)の活動資料米連邦捜査局FBI)に提出するのを阻止するために殺したと疑っている。

李進進が惨殺された2日後の3月16日、米司法省は、中国情報機関国家安全部の指示を受けて米国在住反体制中国人に監視嫌がらせを行っていたスパイ容疑で王書軍、劉藩、林啓明、孫強、マシュー・ツブリスの5人を逮捕し、起訴したと発表した。

暗殺犯の張暁寧は、北京で特務の訓練を受けた捨て駒刺客だろう。渡米後の反中パフォーマンステレビカメラの前の支離滅裂な絶叫は、精神に異常があることを印象づけるための演技と思われる。

李進進の葬儀事務所近くのチュンフック葬儀場で27日午後に挙行される。関係者は既に、FBIに対し、李殺害事件捜査要請した。FBI捜査によって、李進進が「消された」真相は明らかになるのだろうか。(Text By Jun Tanaka)

2022-03-15

anond:20220315171559

リベラルっていうか、反体制の人らも陰謀論みたいな面白いネタを言ってるから動画出せば人気出るかもしれないのにな。

2022-03-14

anond:20220313122821

people won't turn against government. they are zombified by propaganda

反体制派の意気をいかにくじくかというのはこないだNHKでやってた

https://www.nhk.jp/p/docland/ts/KZGVPVRXZN/episode/te/XL67PJXK5V/

FEARLESS : The Women Fighting (イギリス 2021年)

プーチン政権と闘う女性たち」

で描かれていたな。

https://www.economist.com/interactive/repression-in-putins-russia/

しつこく微罪で逮捕・再逮捕 15日間の拘留を繰り返し、足首GPS軟禁状態

なんとか必要なだけの署名を集めて(署名を募るだけでも警察排除される)法にのっとって立候補届け出しても、明らかな理由がなく却下

一方は法に触れたら即逮捕拘禁から合法的にやるしかないのに、権力側は法を無視してもとがめものがない。完全非対称。

すげー頑張ってるな、と思って見てたけど、学習性無力症っていうの?最後に「もうやってられない」ってなる。

彼女らの多くが故国を捨てていくのはやむを得ないなと思った。

2022-02-28

情報化社会における独裁

社会情報化が進むと、民衆情報遮断することで為政やすくする独裁(的)体制は存続が難しいのかなと思っていた。

チュニジア政権が打倒された様を見てもそう感じた。

でも今は、むしろそういう情報システム独裁政権が掌握することで、体制が長続きしているんじゃないかと思う。

ロシアもよくあんなに権力が続くなと思うし、中国もそう見える。

権力者が情報システム活用して反体制派を未然に潰したり、あからさまに或いはわかりにくいように、民衆への情報操作をしてるのだろう。

中露だけでなく、西側だって情報を握る巨大企業経済的な「独裁」をしているように見える面がある。

情報化社会人間繋ぎ進歩させ、自由にする、みたいなのは幻想だったんだろう。

2022-02-27

今回の戦争解説、これがいちばんわかりやすかったわ

ある程度世界史人物史に興味があって学んできた人間なら、この説明が一番得心がいく気がする

https://www.fnn.jp/articles/-/321106

プーチン大統領に「2つの恐怖心」 強硬手段を止められない理由専門家が読み解く

欧米諸国の猛反発の中で軍事侵攻に踏み切ったプーチン大統領。その絶対的権力を築いてきた歩みを振り返ると、胸に秘める「2つの恐怖心」が浮かび上がってきます

画像KGB情報員として勤務、ソ連崩壊大統領の経歴

KGB時代の“挫折から「強いロシア」へ

熱心な愛国主義者だった父に育てられたプーチン大統領大学卒業後には、ソ連国家保安委員会KGB」へ。情報員として滞在していたのは、当時ソ連の影響下にあった東ドイツ。その最中1989年ベルリンの壁崩壊が起こります

首都ベルリン東西に分けていた壁が崩壊し、翌年の90年に東西ドイツが統一されました。さらに、91年にはソ連崩壊母国の激動を目の当たりにしてきたプーチン大統領。その胸中を、ロシア情勢に詳しい筑波大学中村逸郎教授はこう推し量ります

筑波大学 中村逸郎教授:

プーチン大統領にとって、ソ連崩壊するというのは自己否定なんですね。そういうことが再び起こるんじゃないかという恐怖というものをずっと抱きながら、今日まで至っているわけなんです。

強硬姿勢の背景には、若かりし日に刻まれ崩壊への”恐怖心”が見え隠れするといいます。一方でプーチン大統領は、国内絶対的政治基盤を築いてきました。

大統領就任したのは2000年。「強いロシア」を掲げると同時に自身の強さを打ち出すイメージ戦略も巧みに使い、世論の支持を獲得。2021年には大統領任期を定めた憲法改正し、自身が最長で2036年まで大統領に就くことができるようにしました。

実際、支持率2022年1月には69%と、これまで60%台で推移してきているのです。その中で過去を振り返ると、2014年クリミア侵攻時は原油価格が低下。経済が苦しかったということもあったかもしれませんが、攻撃をすることで“強い祖国”にという方針に、国民一定の支持を示しました。

その結果、支持率は約20ポイント上昇し88%までに。20年以上トップに居続けるプーチン大統領の思惑として、アメリカに負けない強いロシアを作りたいという気持ち人一倍強いことを中村教授は指摘しています

しかし、その盤石にみえ長期政権の陰で、ここ数年は反対勢力の動きも活発化していました。2021年1月プーチン大統領敵対する反体制指導者・ナワリヌイ氏が自身取材をもとに「プーチン御殿」を告発しました。

大統領秘密裏建設を進めていたと指摘するその内部には、豪華な装飾が施されているほか、スケートリンクカジノ施設などを備え、価値は1000億円を超えると言います。一説では、プーチン大統領総資産は22兆円にのぼるとの証言も。告発を受けたプーチン大統領は即座にこの邸宅との関係否定しましたが、批判の声もくすぶりました。

そうした中で、プーチン大統領はもう1つの恐怖心を抱いていると専門家は言います

国民から支持率低下 批判人物を「毒殺疑惑」の過去

筑波大学 中村逸郎教授:

プーチン大統領に対して「もう飽きた」「もういい加減にしてくれ」というような気持ちが、特に20代30代の人たちの中に広がっています支持率が低下傾向にある中で、プーチン大統領は大変な恐怖感を持っているわけです。つまり自分国民が歯向かってくるという恐怖心を持ち出すわけなんです。

支持率低下への恐怖…。それを解消するため、ある方法をとっていると中村教授は指摘します。

筑波大学 中村逸郎教授:

プーチン大統領は、自分の意に合わない人はどんどん排除していく。または毒殺を使って死に追いやるという政治手法をこれまで約20年間とってきています

プーチン大統領は関与を認めていませんが、ロシアではこれまで政権批判的な人物が何者かの襲撃を受ける事態が相次いできました。

プーチン宮殿」を暴露したナワリヌイ氏は、20208月に何者かによって猛毒の神経剤で襲撃されているほか、当局による度重なる拘束を受けました。そして、2006年にはチェチェン紛争を巡ってプーチン大統領批判してきたジャーナリストアンナ・ポリトコフスカヤさんが射殺される事件が発生。

さらに、ロシアの元スパイで、プーチン大統領批判していたアレクサンドル・リトビネンコさんも同じ年にロンドンで何者かに毒殺されました。そして今…。

筑波大学 中村逸郎教授:

今回ウクライナ侵攻することによって、国民たちの目を外に向けようというところに、実はプーチン大統領の思惑があるわけです。スパイ時代に学んだ政治手法、つまり目的の為には手段を選ばないという、スパイ活動の基本中の基本というものを今、プーチン大統領は取っています

目的の為には手段を選ばない」ことを軸にプーチン大統領は行動しているというのです。さらに、「アメリカに負けない強いロシアを作りたいという気持ち人一倍強い」こともプーチン大統領の思いとしてあると中村教授は指摘します。

そして、政治経済軍事トップ存在するが、実質ロシア全体を掌握しているのはプーチン大統領であり、国内では彼を誰も止められないのではないかと話しています

国際社会でどうそ強硬手段を抑止できるかが問われています

(「めざまし8」2月25日放送

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