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はてなキーワード: リゲティとは

2021-04-05

28:

skillsquestはアルペン競技の子供向けプログラム
ルークから片足で普通に降りれるかまでが段階を追って評価される
そのあと頑張りたかったら競技で頑張れという至極真っ当な話
日本スクールもそうすればいいと思う

今の日本大人になっても謎の検定や大会を目指してるからどうしょうもないんで
一生かけるなら普通にちゃんとした競技に行くようにするべき
普及ってそういうことでしょ

それで基礎の大会がなくなると困るというなら
基礎をちゃんとした競技の1つにすればいいというだけのこと

29:

明確な定義説明が何一つないのが市野教程最悪の欠陥だから
具体例を想像してグリュニゲンはどうだこうだ言っても無意味
定義がないのを批判すれば良かっただけのこと

30:

両足をシームレスに使うため
という単純な目標設定なら誠に簡単だったし反対も出なかっただろう
そうじゃなかったからね
やれ日本人の体の使い方だの常歩二軸だのヒネリは不自然だの水平面理論から山回りは存在しないだの
オカルト味付けのケムマキ商法がひどすぎたから反発が起きたんだろ
その反発も同じ基礎屋だから頭悪くて
内足といわれればいや外足だとか同じレベルで罵り合ってんの
そんなのオカルトじゃん無意味じゃんスキー目的はなんだよ自律神経かよ
って論破出来る人間がいなかったというのがバカ過ぎ
小田伸午なんか出してきた時点でクビだろ普通
そんであれだけカネと時間かけて効率的ドリル1つ開発されてないし
何やってんですかね公益財団法人

31:

つうか理想モデルがレーサーだって言うなら
教育本部のやるべきことってレースの最新コーチング方法
会員のイントラに普及することじゃないの

なんでそこでなんの経歴もない素人屁理屈が間に入ってくるの

32:

フリースタイルノルディック系もボード世界に絡めてるんで
基礎スキーカバーしてるアルペン系だけ駄目なことと無関係でないのは明らかだね
競技コーチングレベル低いんで基礎が無くなれば上向くとは限らないが
無くならないと上向かないのは間違いない

33:

日本人が体格に劣るからってのも基礎地方ならではの刷り込みだよね
懐かしい感じw
カービングは内足からかいうのもどーでもいい流行りでしかないし
ちったあ検証すればいいのにね

34:

アスリート必要なのは平均値じゃなく最大値
平均値で劣るなら裾野を広げて最大値の個体を増やすしかない
練習環境などはどうせ世界に出さないと無理だけどそれは今日びどうにでもなる

裾野レベルを下げ滞留時間を長くし日本に縛り付けてるのが基礎

∴すべてにおいて裾野に基礎があるのは邪魔

少なくともナンバ歩きじゃないわなw

35:

田舎イントラスクールでレーサーの悪口聞かされるようじゃ子供の憧れも育たんわな
イントラにそういう無駄プライドもたせてるのも基礎のくだらんバッジ商売のせい

36:

技選やマスターズ技選の連中はもう手遅れだからどーでもいいけど
ジュニア技選はホント止めたほうがいい

37:

小田伸午の常歩とか2軸とかのトンデモが入り込んでるスポーツって
陸上距離とかバスケとかアルペンスキーとか(スキー小野相手にしてなくて市野がパクっただけだし競技部は関係ないが)
日本人が体格コンプレックスもってる競技ばっかりなのは面白い

体軸の使い方変えただけで体格差が埋まるわけねーだろってのw
昭和筋肉脳は視野が狭すぎるんだよw

38:

市野はアルペンなんとかしようじゃなくて
コンプレックスにつけ込んで講習会ネタにしようだったかさらにタチが悪い

39:

プロ野球見たってリゲティよりゴツいアスリートなんか日本にもゴロゴロいるけどなw
基礎なんかがあるせいでアルペン入口狭いしスキーがダサ過ぎて子供が入ってこない

ホント邪魔w

40:

基礎がなくなったからって広がったり増えたりするかどうかは競技側の努力次第だけどね
ただ基礎スキー邪魔w

41:

まあ邪魔がなくなったからって盛り上がるとは限らんわな

でも邪魔されりゃ盛り上がるもんも盛り上がらんわなw

42:

いや競技の育成が今のシステムでいいなんて誰も言ってないよね
猪谷千春だってアメリカ富豪がいなきゃどうにもならなかった訳だし

ただだからこそ裾野広げる邪魔すんなってことだろ

やりようはあるでしょ

上で柏木が言ってるように
基礎もベース競技にするとか
採点やめて全部タイムにするとか
逆に採点を国際競技にするとか

43:

中学まで家族スキーしててスイスイ滑れるやつが高校以降友達とつるむ時期にはみんなボードに行ってるじゃん
取り掛かりの簡単さとか全く関係ないよね
スキーダサいんだよ

44:

ボーダー見てりゃ何がウケてるかくらいわかるだろうに
ファクションの板でツリーに入るようなやつを増やそうとか微塵もわず
始めたのがジュニアギセンww
だめだこりゃww

45:

ボードの状況を見ろって言ったら
ボードの粗さがしして貶し始めやんのw

こういう奴らばっかりだから
変われないまま没落しても気づかないんだろうなw
身内受けだけの滑りの進化とかどーでもいいんだよ
お前らの頭をなんとかしろw

46:

ボーダー見たくないなら
カナダ教程見ましょうね
おじいちゃん

そとをちゃんと見てたら
ジュニア技術選なんてクソな発想は
1ミリもわかないと思うよ

47:

たまにARMADA履いてボーダー友達とつるんで滑ってる若い奴とかカッコいいけど
普通の奴らにはそういうスタイルは普及してないよね
中学までのお稽古事でダサいイメージしかない
教室が出口を楽しく滑ることより検定に設定しちゃってるのが
ボードと一番違うとこだね

ボードも検定やってるぞとか
また文盲が絡んできそうだけど

48:

スキーだとボードが入れない藪とか登り返しとか越えれるから
その先のノートラック食えたりするし
昔はボードの方が圧倒的にパウダーでの浮遊力あったけど
最近のファットならボードより浮くし
スキーが楽しみ方でボードより劣るとこなんかないよ

基礎スキーがそういう今のスキーを何も紹介できてないのに組織延命しか考えてないクソってだけ

49:

ただのターン技術にしょーもない点数つけてるだけの教育本部なんかが競技部よりカネになってるのが元凶なんだよ
スクールは出口の下部にあるべきなんだから
競技山岳レジャーの3部門作って
スクール安全管理の統括はそこからの出向でやれ

60:

野球ならMBLやJBLを頂点に、小学生の町内チームがある。
競技とは別の基礎野球は無い。
柔道ならオリンピック国際大会(五段レベル)を頂点に小学生柔道教室がある。
柔道に基礎柔道は無い。
スキーも、オリンピックを頂点に5級のプルークファーレンがあるのに、
なぜか基礎なるカテゴリーがあり、ターンの形に点数を付ける。
野球で言うと、勝敗でなく、
「投げ方の形」「打ち方の形」に点数を付けてる、オタク以外は理解不能カテゴリー

69:

基礎がなぜ蔓延るかっていうと、資金源なんですよ。スクール上納金を収め、有資格者所属クラブや県連に毎年納めなければならないし。
言ってみれば、有資格者は働きバチなんですね。で、競技大会には、超低賃金役員に駆り出されるわけです。SAJという団体を維持するには、やっぱり、冷遇されつつも有資格者たちの存在が大きいんですよね。
なので、働きバチたちはせっせとわけわかんないテーマを生徒に無理やり蘊蓄で言い聞かせ、検定受験まで持ってくるわけです。検定は数が揃えば結構な額ですからね。スクール運営も潤うわけです。だからスクールが存続しなくなれば、競技公式大会役員も居なくなるわけで、成り立たなくなっちゃうんじゃないかな――――と。
まぁ、偽選とかバッヂテストとか、問題点はあろうかとは思いますが、言ってみればSAJの縁の下の力持ち的な存在なんじゃないですかね。しかしながら、一般大衆に対しての功罪は小さいとは言えず、もうちょっと生徒のニーズ対応した指導が求められる気はしますね。

72:

全ての財団法人は上納システムで成立してるから
SAJの上納システムも、それ自体は悪くないが、
SAJの体質が嫌だと離れた人が多いよな。

2: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:40:33.97

本来簡単な話を大袈裟技術論風にするのは基礎地方文化です

タイムの速さやエアーの難度を世界で競うでもなく
ただターンの仕方の薀蓄だけで数万の組織を維持し
出版社メーカー利益を上げなくてはいけないのです

毎年違うテーマ大事そうに発表しないと
雑誌も売れませんし講習会も開けません

ですがやっていることはただのターンですから
それ程語ることなどは本来ないので
できるだけ大げさに解りにくく
時には無意味技術進化と言い張るしかありません

最先端を知らず古い滑りだと笑われる恐怖感が
こうした基礎地方経済を支えています

なのでこの地方の住人は特徴的な滑りを皆が同じように行います
世界から閉ざされた隠れ里の奇習だと思えば
彼らの滑稽な滑りも興味深く見ることができるでしょう

ただ未来は全くないので住民になるのはおすすめできません

3: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:40:54.38

旗門に入り縛られた中で最大限に魂を開放した滑りで最速を目指すのが競技者

何もない斜面で魂を組織に縛りつけた卑屈な滑りで人の顔色をうかがうのが基礎屋

4: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:41:12.25

基礎が極めるべきは教育のためのデモンストレーション技法

デモンストレーションスキーや良し

致命的なのはその教育目的基礎スキー自身で完結し
出口のない袋小路であること

そこに無意味技術論も発生し誤謬も訂正されないばかりか増幅してしまう素地がある
それによる実害も発生し惨憺たる被害が生じたばかりだ

検定や技術選と異なる真の教育目標を出口として設定すべし

5: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:41:27.97

技術選がそもそもまともな競技じゃないか
報道にも外圧にも晒されず腐ったまま生き残り続けるという酷い有様
駄目すぎて目立たず金だけ回るから生き残り
日本向上心あるスキーヤーをアマチュアの檻に閉じ込め続ける糞体制

6: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:41:42.77

西武広告屋に作らせた提灯映画でボロ儲けした基礎スキー界隈のバブルは堤が退場した時点で綺麗に終わるべきだったんだよ
全国的バブルに乗っていた時代再現小手先技術論で賄えるわけがない

7: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:41:55.22

プロレスに比べて全く面白くないのは
個性からだろうね
それでいて皆がそれを目指すべき一点に集約されるような技術要素が定義されてるわけでもない
そもそもそんなものはないしね

教師デモンストレーションなんだから
コンテストにした方がいいよ
テーマからオリジナリティ重視で

それなら何歳の人が出たっていいし
教育や演技のアイディアもたくさん出てくる

テーマアイディアだすのは本部だけで
残りは何も考えずにそのテーマ一次元で点数が出る滑りだけを目指すなんて
教師能力を全く育てない

8: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:42:10.44

技術選は種目トップラップって言ったりとかとにかく表現おかし
そもそも指導員の検定でその年のトレンドが分からないと受からないとか言うあたりが意味からない
SAJは無くなった方がスキー界の為だと思う

9: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:42:24.71

初心者の導入と上級者の技術評価区別すらされない時点で
普及教育のための組織として失格どころか害悪しかない

10: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:42:38.05

このスレ見てるだけで基礎スキーとは関わりを持ちたくなくなるな
技術的なことは枝葉末節ユーザーニーズに応えられないことが一番の問題でしょう

スクール入ったら「谷回りを長く見せる~」とか解説しだしてなんじゃそりゃ状態になったよ
難しいことを易しく教えるのが仕事なのに聞いたこともない用語使いだしたり

極太ファットスキーやフルロッカースキー履いてきた生徒に合わせた指導とかできるの?
いまやどのゲレンデにもパークがあるけどそこで遊びたい人に安全な遊び方教えられるの?
スキー教程にはその辺どう扱ってるの?

11: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:42:55.53

生徒を囲い込んで気持ち悪い集団の一員にしていく学校なんかスキーにとって害悪しかない
と言ってる相手
文句は一員になって言えって?バカ

12: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:05.67

農家のためなら農協内部でやればいい
それなら何も文句は無い
カネとって子供に嘘教えて文句うなじ馬鹿にされて当然
文句があるなら自分らがでっち上げインチキ資格にカネ払えなどお門違いの開き直りもいいところ

13: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:19.19

選抜育成システムがうまく機能してるスポーツ協会なんて数えるほどだし
SAJだってノルディックフリースタイルでは他の協会よりも上手くやってるくらい
ただ教育本部のように世界に出口がないのに会員が人生かける謎部門があるというのが特殊すぎて
わかりやす問題化するに至らない
その下らなさが隠れ蓑になっている奇矯状態

14: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:30.38

レースレース言いながらなんでレースやらないの?
点数なんかいらないじゃん
速けりゃいいんだから
それじゃダメだというなら
なんでレースレース言うの?
技術要素を採点してるっていうなら
その基準はどこで見れるの?

15: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:45.59

教育本部ボンクラが全く見解を整理して説明できないのは
そもそも用語定義局面の切り分けもできていないからで
内足外足と荷重の推移を問題にするならターンフェイズをこのサイトのように定義する必要があるし
切り替えを中心に置く通常のターンフェイズ区分なら内外の用語安易使用できないのは子供が考えても判る
そういう説明の基礎があればここで述べられるように
レース現場での実践的な荷重推移も明快な
説明可能なのだ

そうした知的議論の基本がないので
基礎屋の御託はくだらない決めつけと感情的喧嘩しかならない

http://youcanski.com/en/use-of-the-inside-ski-in-modern-race-turns

16: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:59.28

スキー運動要素やドリル合理的説明と共にわかやすく見せるデモンストレーション技能

基礎屋が極めるべきはこれだろ

ラッパ吹いてDJがガナリたててる時点で全員見失ってるよ

17: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:44:10.79

文化された採点基準も無いのに何を目標技術力を上げるわけ?

18: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:44:24.76

検定だの大会だの抜かして
ふりたてのいい雪に
デラかけたり半端なコブ作ったり
どう気が違えばあんな酷いことができるんだろうな
客のスキーの楽しさより自分らの採点が大事とか
どこが普及団体なんだ

19: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:44:37.84

同じ迷惑でも競技によるゲレンデ規制ならまあ仕方ないかと思うけどね
どんなショボイ大会だって競技者裾野の広さって大事じゃん

でも基礎の大会とかって何にもならないじゃん
スクールに入って級とって指導員やらテククラとっても
技選に出たらレーサー上がりに歯が立たないんだろ?

てことはスクールの受講生からイントラまで基礎スキーヤーが何万人いたって
トップを輩出するための裾野にはなってなくて
いきなりレーサー上がりが君臨する虚しいピラミッド底辺に金ヅルとして広がってるだけだよね

そもそもその頂点の技選が日本ローカルでまともなルールもない面白大会だし
何やってんのって感じ

その集金のために他のスキーヤーに迷惑かけてまでゲレンデ規制するってのは
普及にとっても害悪しかいね

さらに言えば
それってコーチングトレーニングも基礎よりアルペンの方が断然上ってことだろ
じゃあ最初からみんなレーストレーニングやればいいだけだし
それなら最初からレーサー目指せば競技裾野も広がるじゃん
つうか世界って普通にそうなってるよね

要は教育本部存在意義矛盾することを商売のためだけに堂々とやってるんだよね
から道場商売を続けること以外何も考えてない
そりゃSJも終わるわけだよ

20: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:44:52.05

もし水泳などの連盟教育本部があって
タイムなど競技成績と関係なくフォームだけを独自基準で採点する検定や大会をやっていて
競技と切り離された教室イントラが幅を利かせていたら
日本競技者の成績がどうなるか
ちょっと考えれば基礎スキー教育本部の現状がどれだけ異常で害毒か分かるだろう

21: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:45:08.65

国語先生作家であってもいいが
全ての国語教師作家である必要はない
同様にスクールイントラ競技者であってもいいが
かならず競技者である必要はなく
競技者競技でかなわなくても
初心者に教える技術で上を行けばいい

初心者に教える技術については
お互いを参考に高め合い
組織を通じて共有すればよい
それで競い合う必要はないだろう

スキー技術で競い合いたければ
競技をやればいいだけ

そうではなくデモンストレーション技術を競うのだというなら
技術要素毎の規定を厳格にしないと
現在様式では全く曖昧
やるのであればコンパルソリーフィギュアのような
しろより面白みのない形になるだろう

いずれにせよ現在技術選は無意味である

22: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:45:23.80

毎年楽しみにしてるAtomicのWe are skiing
俺これを見ると涙が出てくるんだけど
現場で滑りもせず並んで人の薀蓄聞いてる基礎の人って
この感動わかるのかなあと思う
ほんと日本基礎スキーがあるの邪魔だよ
俺は下手だけど
下手だから邪魔なんじゃなくて
まらないことが多過ぎる
感動がない事に人生時間使わせちゃダメでしょ

https://youtu.be/RsKypjrNkww
<iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/RsKypjrNkww" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
https://youtu.be/V-nQRx3klEM
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23: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:45:35.94

こういう閉じた無意味優越感って劣等感の裏返しなんだよ
子供に教えるプロフェッショナリズムに誇りをもてばいいし
スキーの上手さを誇りたいなら競技をやればいいだけなのに
ゲレンデをカッコつけて滑る程度の中途半端レベル
皆が夢中になった時代があったもんだから
ヌル世界ができちゃった
その中しか見えてない上げカス鼻毛に罪はないんだけど
普通に考えて異常なんだよね

24: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:45:48.51

簡単だよ
モーグルの採点ルールを改造して使えばいいだけ
基礎って単に地味で簡単なだけで
競技としての作りはフリースタイルなんだから

それで国際化もできずに廃れるなら魅力なかったってことで
それまでよ

検定にしろ大会しろ
とにかくあの採点方式カスすぎるんだよ
教育目標にも競技目標にもならん
あのせいでオカルトまで入ってきたんだし
連盟の怠慢は多々あるが
まずは採点のルール

25: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:46:00.66

だいたい採点を雰囲気でやり過ぎなんだよ
大会と検定が同じ採点軸ってのも無意味だし
その採点システムも全く意味不明
全ての運動要素を分解してそれぞれ例えば10段階評価したとして
それらを足して100点に収まるか?
二級とクラウンの間の差が30で表されるほど技術の要素数レベルの幅って小さいの?
検定のレベルによって100点の意味が違うっていうならその基準は?
何にも考えてないだろ

26: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:46:11.63

わたスキ世代がもうそろそろ還暦
デモキャンプツアーにジジババがカネ払うのもあと10
懐メロ歌手ディナーショーと違って
スキーは客も体力がいるからそう長くはやれんよ
友達ボードに来てる若いのも
ガイジンが楽しそうにファットロッカーでスプレー飛ばしてるのは見てる
から次が無いわけじゃない
だけどダッサい揃いウェアでキモい小回りやってる不気味集団も見てる
いまのままじゃ次は無いね

27: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:46:23.91

基礎の大会なんかつまらいからやめればいいと思うけど
もし今のをやめたくないんだったら教育本部地方も技選も大会からは一切手を引いて競技部に丸投げした方がいいよ
テクニカルデモンストレーション個人団体」としてFIS競技に認められるのを最終目標に作り上げてくれって
ルールも採点も運営もすべてね
競技志向イントラはそれを目指せばいい
もちろん他の既存競技でもいい

そして教育本部は検定の採点システムをこのデモ競技から全く切り離して教育本位で再構築するべきだね
何度も言ってるけどUSのSkillsQuestの運動要素ごとの達成度評価システムが参考になると思う

今ってイントラからの集金のために毎年講習会やんなきゃいけなくてそのネタづくりに苦しんでるようだけど
このシステムをわかりやすくして普及しようと思ったらネタに苦しむどころじゃなくなるよ
今の指導員は全員受験やりなおしだね
でもそれってむしろ組織的にも歓迎じゃないのかな

大会と教程とイントラ講習が繋がってて
今年のテーマだのナントカ革命だのとイントラ向けの無理な新商品を出しつづけないといけない業態が異常なんだよ
スキーターンの方法論が毎年新商品になるわけがない

それでいて肝心の教育方法論は全く進歩していないわけで
こちらの方を刷新して普及するのに全力挙げるべきなのが教育本部でしょう本来

大鉈だけどどうせいまの指導システムなんて無きに等しいんだから
やる気があるならやるべきだし
このまま中だけ見てぬるま湯に浸かってるようなら終わりは近いよね

SJ倒産は本当にいい機会だと思う

28: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:46:36.91

skillsquestはアルペン競技の子供向けプログラム
ルークから片足で普通に降りれるかまでが段階を追って評価される
そのあと頑張りたかったら競技で頑張れという至極真っ当な話
日本スク

2021-02-10

anond:20210210142005

§1900年代中盤以降(第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

適当に追加しとくね。1950年以降に無視できなくなった作曲家たち。

イタリア

マンゾーニ

アンザーギ

ドナトーニ

ノーノ

デル

ペンニーシ

トンニ

グァッチェロ(お父さんのほうだよ)

東ドイツ

パウルハインツ・ディートリヒ

ゲオルク・カッツァー

シュテッフェン・シュライエルマッヒャー

西ドイツ

シュトックハウゼン

ラッヘンマン

W・リー

オーストリア

イネ

ベアート・フラー

フランス

ブーレーズ

ミュライユ

アナ

バラ

デュティ

メシアン

ゲゼック

ハンガリー

クルターグ

リゲティ

チェコ

カレル・フサ

イングランド

ファーニホウ

フィニッシー

バートウィッスル

ソ連

ティチェン

フレンニコフ

スロニムスキー

アレクサンドル・チャイコフスキー

シチェドリン

デニソフ

ユーラシア全般

グバイドゥーリナ

ニート

ウストヴォリスカ

ハチャトリアン

中国

タン・ドゥン

チェン・イ

日本

武満徹

北朝鮮

パイク・ビョン・ドン

ユンイサン

韓国

ナム・ジュン・パイク

カン・ス・キ

チン・ウン・スク

アメリカ

ケージ

ハリソン

ブラント

グラス (交響曲を量産する前)

シュリー (電子メディアに乗り換えて以後)

ライク

カナダ

シェーファー

ポーランド

ルトスワフスキ

ペンレツ

シャローネク

スウェーデン

ハンブレーウス

ペッタション

ベルギー

イヴァールツ

オランダ

トン・デ・レウ

アントワーヌ・ボイガー

インドネシア

パウル・グダマ・スギ

ベトナム

グエン・ツェン・ダオ

台湾

パン・ファオロ

スイス

クラウスフーバー

アルバニア

トマ・シマ

南アフリカ

ケヴィン・ヴォランス

マルタ

チャールズ・カミリエーリ

スコットランド

ロナルド・スチーブンソン

P・M・ディヴィス

スペイン

トマスマルコ

ルイス・デ・パブ

ポルトガル

エマニュエル・ヌネス

フィンランド

カイヤサーリアホ

プエルトリコ

ロベルト・シエラ

メキシコ

チャベス

ナンロウ

カリージョ

ブラジル

ジョシー・デ・オリベイラ

ギリシャ

クセナキス

トラブロス

ロゴテーティ

ブルガリア

スパッソフ

トルコ

サイグン

インド

ザンデープ・バグティ

クラレンス・バーロ

ノルウェー

エック

タイ

ナロングリット・ダーマブト

アルゼンチン

ナステラ

カタルーニャ

モンポウ

ブラジル

カマルゴ・グアルニエリ

クロアチア

ミルコ・ケレメン

2020-12-19

知的水準劣化すれば社会は分断されないか無問題漫画のような話だが本当の話である

最近は、textを扱うどこのサーヴィスでも「お金があればこれができた」と「お金があればここに行けた」のオンパレードである日本も本格的にこの文句が踊るようになってきた。大学入試に関する限り、あと30年ほどはこの文句はどうやっても消えることはないだろう。

明治維新によって、日本にもヴァイオリンピアノ演奏会が始まりつつあった時も、聴衆のほとんどはこのように感じていたのだといわれている。しかし、当時の日本人は、西洋との格差を感じつつも、西洋文化をかつての中国のように否定はしなかった。明治を抜けて、大正昭和時代になってさえも、首都圏に限ってはゴドフスキープロコフィエフ来日した。アンリ・ジル=マルシェックスも来日し、ストラヴィンスキー日本初演して帰っていったことは梶井基次郎の「器楽幻覚」でわかる。海外との絶望的な生活水準格差を感じつつも、「格差を感じるのでこの作曲家は嫌だ」ということを日本人は言わなかった。追いつけ追い越せなので文句は言えなかった。「名人芸披露したところでは客が拍手をした」としっかり、プロコフィエフ日記に書いており、日記に何でも付けた彼のことだからまるっきり嘘ではないだろう。

令和はどうだろう。

田舎地方ですらもピアノ電子オルガンによる教育が浸透し、ポップカルチャーの中のピアノニコ動ですらもキーワードになり、挙句の果てにはどこの大学にもピアノクラブがある。ジナステラピアノソナタ第1番は東大生によって日本初演され、リゲティ練習曲集第2巻は元京大生の手によって日本初演された。昭和田舎サルゴリラ動物園で騒いでいた時よりも、平成から令和期にかけての状況は良いではないかという主張をする者さえいる。しかし、今の東京藝大ですらもレベッカサンダースやオクサナ・オメルチュクを招聘できるほどの体力はコロナ禍で残されていないだろう。

アカデミアの中核が、「格差を感じるのでこの作曲家は嫌だ」と言い出しているのである

はっきりと、「お金があればこれができた」と「お金があればここに行けた」が飛び交うのは名古屋だといわれている。何の同人イベントを行っても成功しない名古屋名古屋人は受験勉強には強くても、ほかがさっぱり、というのが平成常識であったが、令和になったら変わるのだろうか?愛知平成期にオーケストラを4つも持っていたが、戸島美喜夫にオーケストラ曲を委嘱することはほとんどなかった。単に、個人怨嗟で終息するのなら問題がないのだが、同調圧力とでもいうのだろうか、市民のまとまった声になるのだといわれている。

かつてストラヴィンスキーメシアンブーレーズCIA支援していた(グリフィスのModern Music And Afterを参照のこと)昭和期の日本では、海外からようこそいらっしゃいましたという敬意で満たされていた、と、されていた。事実は実は違っていた。招聘して喜んでいたのは首都圏身の回りだけで、田舎地方はそのような情報すら一切入手できなかった。田舎では、ピアノを床に置くスペースで演奏会を行う風習すらない。つまりベートーヴェンの「熱情」すら生で聞く演奏会がない。地方ではラヴェルスペイン詩曲すら聞けない。これが1980年代日本であった。

2020年代日本は、主に田舎地方居住者によって、格差証言されることが増えた。まだまだクラシック音楽現代音楽を専攻する人間に向かって「金の無駄遣いだ」と言葉暴力を用いる偏見は残っているが、奨学金で600万円も借金する学習障碍者が増えたおかげで、音楽アカデミアに集う人間への攻撃は減った。もう、音楽アカデミアで勉強する人間よりも、ほかの人間のほうが金を使うことは珍しくなくなった。中学勉強で躓くと、地方ならあっという間に私大文系コースだろう。そちらのほうの教育が高額になってしまうのである

こうして、底辺教育費で底上げされ、アカデミアへの偏見は全体としてへっているというのに、アカデミア自らが「格差を感じる」ので大物の招聘が少なくなっているのである。かつてはジャンカルロ・カルディーニだろうが、ヘルベルト・ヘンクだろうが、ティニー・ヴィルツだろうが昭和日本では交流会と称して招聘ができたのである。ところが、1990年代からなぜか変わってきた。「インフルエンザ休みます」というファックスを送付したのはハンス=ユルゲン・フォン・ボーゼであった。各種イベントに「非来日」という書き添えが加えられることが多くなったのである日本経済難を指摘する音楽評論家は多いが、ただ単に個人招聘することくらい地方自治体でもできる。地方自治体が、「もう知的進化することを放棄」したのが目立って増えたのが1990年代であった。

知的格差自己責任になってしまったのである1980年代昭和時代まではこうではなかった。知的格差を埋める人材山本直純芥川也寸志のようにいた。田舎地方教育は相変わらず公立に丸投げで、大卒組と非大卒組でしっかりと会話が分かれていた。「お金があればこれができた」という声があっても一瞬で黙殺できた。女性はまだ一方的男性に殴られ、中傷されていた。殴られた現場を見ているので間違いがないのである東京黙殺すれば、それが常識にすらなったといえば言いすぎであろうか?

東京地盤沈下は進んでいた。杉浦の解析入門を一行も理解できない東大生が増えたのは1990年代であったと聞いている。このことは、当時東から遠く離れた私の耳にまで風のうわさで入ってきたので、結構有名なことだったのだろうか。1990年代東京はもうどうしてよいか、さっぱりわからなかったのではないか知的格差を埋めるために行った政策も、ほとんど功を奏さなかった。作曲コンクールもかつては30分も自由に書けて3管編成で30段以上で攻めることができたのに、少しづ演奏時間オーケストラの規模の縮小が始まっていた。「お金がないので、この編成で我慢しといてね」とアカデミア自らが言う羽目にまでなった。

そのうち、NHK電子音楽スタジオというものがなくなった。ドイツアカデミー・シュロースソリチュードマスタークラスがつぶれた。今、知的格差を埋める国家プロジェクトといえばIrcamのCursus1か2ではないだろうか。「あとは自分でやっといてください」と教育者が放言するのである。これも、誰かが言った現場を目撃した。ネット時代なら、この男は失職したのかもしれない。

私はそのような教育者の怠慢があっても、なんともなく一冊づつフルスコア図書館文字通り「積んで」勉強したのでノーダメージなのだが、私のような人間がほかにいるのだろうか?他の人間憎悪と怒りで満たされ、やる気をなくすのではないか教育者が、これに気が付いたのはここ数年であろう。性差という観点から考慮すると、女性への人権向上が始まったと同時に、日本国内ではアカデミアの怠慢が始まっている。これは女性の手によってアカデミアのレヴェルが下げられたのではない。なんと、女性気持ち悪がられるのを男性が恐れ、知の最先端放棄しているのが東京なのである

最先端ピアニスト作曲家って誰なんだろう。そういう会話はもう日本では行うことは不可能である。できるのはドイツオランダくらいかアカデミアの中核にいる男性を、赤の他人女性が難なく受け入れるということはきわめて難しい。首都圏人同士だと、女性から難なく受け入れたケースがあるのは知っているが、これが首都圏地方人だとそうではないことがほとんどのはずである首都圏の人にとって、首都圏以外の人間アカデミアに乗り込んでくるのは、本音では嫌だろう。それと同じことが男女関係にも及ぶ。アカデミアに触れた男性赤の他人女性が受け入れるということなどあるのだろうか、という問題は、今後切実になってくると思われる。これは男女を逆にしても成立する。田舎地方では「アカデミアに触れた男性は、一般女性と会話が合わないので気持ち悪い」「アカデミアに触れた女性は、一般男性と会話が合わないので気持ち悪い」というのが真相ではないのか?

そんなことはないという日本人は多いだろう。しかし、少子化と出生数が裏付けている。後進諸国ではアカデミアと大衆が切り離されているので、日本韓国のようなタイプの急激な人口減などという問題には遭遇していない。しかし、日本を含む多くのヨーロッパの国々は「お金があればこれができた」と「お金があればここに行けた」が盛大に飛び交って少子化しているのであるフォーミュラ1アレクサンダー・アルボンは、莫大な資金援助で一年半だけレッドブルに乗ることができた。リオ・ハリヤントですらマノー半年乗れた。「お金があるのでこいつはドライブできる」という声はタイ人インドネシア人からは聞かれない。タイは確かに少子化したが、まだまだアカデミアと大衆は交わらない。交わらない国家から刺激的な作曲家が次々と出てくるのは、性の限界を示している。交わった国家けが衰退しているのである

 
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