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2018-06-14

金太郎はザコ

子供時代は山姥の母や熊でお馬稽古等々スター性があるキャラをしているが、最終地点が武士の部下って尻すぼみもいいとこだ。

しか源頼光四天王の一人って、せめて天下人の一の部下くらいにはなれやザコが。

2017-04-22

[]

本日美濃加茂市ミュージアム美濃和紙の里会館、郡上八幡城、

古今伝授の里フィールドミュージアムに行って参りましたわ。

せっかくだから、もう少し足を延ばそうとする繰り返しで、

小沢艦隊に釣られたハルゼー艦隊のごとく北に突進してしまいました。

わたくしの御髪が縦にカール・ビンソンですの。

美濃加茂市ミュージアムでは特別展信長秀吉家康

そして光秀の書状が展示されていました。

天下人四人の書が拝めるなんてありがたいですわ。

秀吉直筆書の筆運びがおもしろいです。

本田正信展で拝見した折り紙もありましたが、

掛け軸にするときに折り目で切断して向きを揃えていると解説がありました。

また、尊敬する相手に触れる前で改行する作法もあったそうですわ。

これは、わたくしに送られてきた手紙見直しませんと!

近隣の城についても紹介があり、ガラスの中でさら額縁に入っていた

加治田城イラスト

香川元太先生直筆の作品(本物)とのことでした。

絵が歴史群像の見開きとほぼ同じサイズで驚きました。縮小コピーじゃなかったのですね。

棒人間的な人物は米粒の表面に描けるくらいの小ささで作業の細かさに圧倒されました。

美濃和紙の里会館は地場産業である和紙の売り込みをしていて、

アーティストはともかく企業が正面に出過ぎている感じでした。

せめて入館料をとらないゾーンに展示されたほうが……。

アーティスト作品と一緒においてあった名刺のものが、

作品になっている点は和紙ならではでしたわ。

こうぞ5500gから長い工程を経て得られる和紙は220gとのことです。

日本各地の和紙が紹介されていましたけれど、

青森千葉神奈川香川長崎のみ和紙がありませんでしたわ。

羊皮紙のことを「パーチメント」と表記していて、

クイズゲーム以外に注釈がありませんでしたわ。

歴史上にはパピルス以外に樹皮や椰子の葉をたたいて合わせた「紙」も

あったことを知りました。

あと、入り口付近に「ギネスに挑戦!60mの手すき紙プロジェクト」の企画が紹介されていましたが、

よく紙をみると右下に小さく「※ギネスへは挑戦していません」と書いてありましたわ。

えっ?ええっ??

長良川沿いをさかのぼっていくと郡上八幡城のある郡上市に入ります

信号が縦になり、郡上八幡城の麓にある神社にも雪止め瓦

屋根から落ちた雪がいきおいよく人にぶつかることを防ぐ突起のついた瓦)が

使われていて、豪雪地帯に入ったことを感じましたの。

古い景観をとどめる町の中はうだつ上がりすぎて、うだつあがり症状態でしたわ。

郡上八幡城では難工事の際に人柱にされた

「およしさん(17)」が萌えキャラ化されていて、およしなさいと本気で思いました。

およしさんはデザイン東北ずん子さんに似ているというか、おキヌちゃんの系譜でしょうか。

LINEスタンプもあってかわいらしいです。でも人柱です。

関ヶ原絡みの局地戦で戦術的には負けながらも郡上八幡城を取り戻した遠藤慶隆は

成功した

小田氏治みたいですわ。

最後古今伝授の里フィールドミュージアムにつきました。

こちらは戦国大名、東(「あずま」でも「ひがし」でもなく「とう」)氏の

初期の居城である篠脇城跡の麓にある和歌ミュージアムです。

篠脇城は畝状竪堀群のある山城で、千葉から来たという東氏がその技術を得た

経緯がとても興味深いですの。

岐阜県北部にはマイナー戦国大名が多いのですわ。

そういえば途中の国道156号線デイリーヤマザキ連続で現れる場所がありましたわ。

古今伝授といえば

細川幽斎関ヶ原の合戦に際して生き残る切り札に使ったことが

有名ですけれど、まさにその古今伝授の源流にあるのが

九代目東常縁なのだそうです。

それに関連して和歌文学館では古代から現代までの代表的歌人が九人選定されていましたわ。

選者の意見があけすけに書かれていて興味深かったですの。

その上にある篠脇山荘歌詠みの会をする研修会館のようですが、

何もしていない時は立ち入りが可能で、縁側の椅子腰掛けて池と篠脇城のある山を眺めていたら

ホーホケキョの鳴き声が聞こえてきました。hウグイスですわ!

最初放送を疑いましたわ。おそらくヤマゲラの鳴き声も聞こえて、

いつになくリラックスしたひとときを過ごせました。

郡上市から一気に帰る際は地獄をみたわけですけれど……

高速(厳密には自動車専用)道路感謝ですわ。

2016-12-19

真田丸』ロスを噛みしめる

終わった。

終わってしまった。

この上なく終わってしまった。

毎週日曜日のお楽しみ。最初から最後までかじりついて見たのは『毛利元就』以来20年ぶり。いやー本当に面白かった。

だけど『真田丸』を見返そうとは思わない。ビデオ録ってないけど、録ってたとしても見返さないと思う。総集編も見ない。

なんつかこ物語は不可逆だと思うんだよね。

大坂の陣ってのは、戦国の終わりを告げる戦いだ。槍働き如何でいかようにも立身出世できた日本史上における最後の時を終わらせる、不可逆的な戦いだ。

関ヶ原で没落した連中が、夢よ今一度とばかりに大坂城へと篭って幕府抗うけど、時代はとうに転換していて、大坂方が勝つことは、泰平の世へと進んだ時代が許してくれない。戦国の亡霊たる大坂方が勝つということはまた戦国乱世の世に戻るということであって、それは許されることじゃない。連中は時代によって完膚なきまでに滅ぼされるべきなのだ

勝頼も、室賀も、氏政も、秀吉も、三成も、昌幸も、そして信繁も、時代の波に乗り切れなかった落伍者は、時代によって淘汰される。それは万物の理とでもいうべき不変の法則で、何人も逃れることはできない。

しかしながら敗れてなお名を残すことはできる。

死に様はどのように生きたかが決める。死したときその者の評価は定まる。

真田信繁人生ほとんどを歴史に埋没させながら生き、最後最後でひょっこり顔を出して歴史にその名を刻んだ。

それは信繁が成したことというより、戦国という時代の亡霊が、かくありたいと希い、信繁を依代として成したことと言えはしないだろうか。

戦場で華々しく死ぬこと。

天下人に向かって果敢に突撃し、その末に死ぬこと。

その馬印を倒し、日ノ本一の兵と讃えられるほどの奮戦の末に死ぬこと。

そのような死に様は日本史上において信繁を除いて絶無であり、みなが憧れるような最期だったからこそこぞってその戦いぶりと名を残そうとしたんじゃなかろうか。

そう感じてやまないのは、『真田丸』という物語が、時代に敗れていった者たちの生き方、そして死に様をいくつも積み重ねていったからだと思う。

真田丸』の信繁は決して完全無欠の勇将なんかじゃない。政治的センスに欠け、他者真正からぶつかることを避けて策を弄するような、敗れるべくして敗れるような凡庸さがあった。

から信繁が日ノ本一になれたのは彼の力というより、めぐり合わせ、言ってみればただの運だと思う。しかしそれは何千年という時の流れの中でようやく一回あるかないかというような奇跡

奇跡は眩しい。何度でも味わいたくなる。

でも、だからこそ消費し尽くさないで、たとえば夜空に一瞬またたいた流星をぐうぜん目にしたときのような鮮烈さを噛みしめるに留めるべきだと思う。

またいずれ真田信繁物語別に語られるとしても、『真田丸』は大坂の陣のような不可逆さとともに鮮烈な印象のまま留めるべきだと思う。

2016年という年号とともに『真田丸』は終わる。終わったままにしておく。

別れの時が来た。

ありがとう真田丸』。

さようなら真田丸』。

2016-04-03

オレが時代劇漫画で好きなオチ十選

http://anond.hatelabo.jp/20160403140144


虎眼流を滅ぼした盲目跛足の剣士に辛勝したけど想い人は切腹してましたオチ



天下人喧嘩した茶聖の切腹介錯し、その首を抱いて表へ出たら一同みな土下座オチ



一緒に彰義隊に参加した親友が敗走中に切腹しちゃった!ので自分だけ単身流浪を続けた果てに行き倒れオチ



御前試合に参加した剣士たちがなんやかんのあって勝者も敗者もみんな死にましたオチ



柳生十兵衛の正体は魔王ルシフェルだったんだ!な、なんだってー!の勢いのまま打ち切りオチ



甲賀ロミオ伊賀ジュリエット江戸城の前で抱き合って心中するオチ



越中に 越されぬ山 が二つある 京の中山 備前岡山オチ



剣心が戦争から帰ってきて病気にかかって薫殿の腕の中で死ぬオチ(うろおぼえ)



連載が原作に追いついちゃったので一時休載しま夢枕獏はさっさと続き書けオチ



万次さんがアイヌ小刀見て完全に思い出しましたオチ

2014-10-10

織田信長は「全国統一」をめざしたのか : アゴラ - ライブドアブログ

ここでいう「天下」とは何だろうか。われわれは無意識に「全国」という意味だと思ってしまうが、16世紀日本という国家ほとんど意識されていなかった。

専門的な文献考証を省いて結果だけいうと、この「天下」は、京都を中心とする畿内のことと考えるのが妥当だ、というのが最近歴史学見解である

いや、要するに「中原」でしょ。

畿内制圧して天下人として認められれば、日本全国に影響を及ぼすことができた、ということだ。

中原覇者を「豫州ローカル君主」などとは言わないように、信長が「近畿地方ローカル君主」をめざしていたとは言えない。

まり中国が全域を統合する大統一国家だとすれば、ヨーロッパ主権国家単位とする中統一国家連合であり、日本地域ごとの小統一国家連合である

こう単純化すると、中国韓国日本は対極にあることがわかる。

華夷秩序というのは「夷」までは統合しないものであるので、この説明は間違っている。

畿内の支配者が周辺諸国へ号令をかける、という点を強調するのであれば、それはまさに中国と同じである

2014-03-29

戦国無双4で遊んだ感想

「俺が家康だったなら、目の前の直虎の乳をガン見してしまうだろう。だから俺は天下人ではないのだ。」

2013-11-17

来年大河ドラマがまた女性主役で違和感

表題では女性主役に違和感があるとしたが、実際にはどこどこ国の軍師だとかその妻、妹、恋人に焦点が当たる事に違和感を感じている。

大河ドラマ真骨頂戦国安土桃山江戸時代幕末と激動の時代を駆け抜けた人物、とりわけ戦国大名天下人活躍であって、

それを影で支えた、いわゆる縁の下の力持ちを主役に据えるのは最近トレンドらしいが、正直言ってその殆どは彼らの配偶者であるとか上司立役者であって、

縁の下の力持ち所詮岡持ちでしかないのである

女性主役の話を出すのは良いが、時代背景を鑑みても女性が、時代を駆け抜けた!では違和感しかない。

それは史料が少なすぎる事も起因している。

安土桃山時代ですら、立花千代甲斐姫を除けば政略結婚の道具としてしか活躍の場がない。

その証拠が大奥である

大奥江戸時代徳川一門の室での揉め事騒動をさした物語であるが、政略的な内容でしかなく、時代の主役はあくまで徳川一門なのである

確かに女性の力は偉大だが、所詮男性社会に一石を投じた程度の活躍である

大河ドラマでは、女性活躍は決して見込めるものがない。

からこそ、女性主役に違和感を覚えるのだ。

 
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