「官軍」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 官軍とは

2021-11-30

立憲民主党新代表西村智奈美さんに期待すること

2021-07-21

anond:20210721101937

村崎百郎場合は「精神疾患罹患者の苦しみをビジネスとして喰い物にしてきた人間が、その報いを受けて悲惨最期を遂げる」と云う悪趣味エンターテイメントを、自らの命と引き換えに提供したのだから身体を張ったと言えるかもしれませんね。もっとも、村崎百郎精神疾患に関しては、ビジネス上の(もしも本物の精神疾患罹患者や関係者から差別的だと抗議を受けた時に「精神疾患罹患者の当事者が書いているので差別ではない」と言い訳するための)フェイク、ギミックだったのではないかと云う疑惑を抱いています。まあ、死ね官軍なので真相は闇の中ですが。

こんな事件があったんだね。

鬼畜系とは何か、応報とは何か、いろいろ考えちゃうね。

はてな界隈でも似たようなことがあったけど、難しい問題だね。

anond:20210720231250

村崎百郎

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B4%8E%E7%99%BE%E9%83%8E

2010年7月23日午後5時頃、村崎は読者を名乗る32歳の男性東京都練馬区羽沢の自宅で48ヶ所を滅多刺しにされ殺害された[2][16]。自ら警察通報して逮捕された容疑者精神病により通院中で[17]、精神鑑定の結果、統合失調症と診断され不起訴となった[18]。

悲惨最期というのは、殺人事件で、しかも結局犯人病気が原因で不起訴になってしまったのか。

いくら生前のご本人の言動弱者を虐げるものがあったとしても、命を落としてなお犯人が罪にすら問われないのは無情だとも感じられる。

でも、法律専門家が不起訴だと判定したことから、どうしようもないことだったんだろうね。

マンガ家森園みるくが激白、“鬼畜ライター村崎百郎刺殺事件真実! 憑依、幽体離脱、魔術訓練… 死は予見されていた!?(インタビュー

https://www.excite.co.jp/news/article/Tocana_201709_post_14564/

精力的な創作活動を続ける森園氏だが、今年「めちゃコミック」をはじめとする電子書籍サイトより配信が開始した漫画『私の夫はある日突然殺された』が各方面話題沸騰中だ。村崎氏の死に関する実録エッセイである同書によると、彼は生まれつき“電波”を受信する特異な霊体質だったが、小学5年生の夏休みに海で溺れかけた際に宇宙の始まりを目撃し、その神秘体験を通して身体侵入した何者かのメッセージを受け取り始めた。この“何者か”こそ、鬼畜活動邁進する使命を授けた存在なのだという。そして、なんと村崎氏は、自身の死さえ予知していたというのだ!

――森園先生よろしくお願いいたします。早速ですが、村崎さんは本当に死を予知していたのですか?

森園みるく氏(以下、森園)  主人は、殺された年に何度か「俺は精神病者に殺されるから、ごめんね」と言っていましたね。そして、「世界は終わるが、それは俺にとっての世界で、他の人にとっての世界は終わらない」と謎めいたことも……。特に脅迫状がきたり、前兆があった訳ではないのだけど、予知通りに2010年7月23日に、私が食事に出掛けている間に殺されたんです(※)。しかも、主人が最後仕事で使っていたPCがありまして、そこには<ミズの中からさざ波を立てて移動しながら浮かび上がる十字架イエス像>という文章が残されていました。

※ 村崎氏は、読者を名乗る32歳の男に自宅で48カ所を刺された。容疑者は自ら警察通報して逮捕されたが、精神鑑定の結果「統合失調症」と診断され不起訴となった。

精神鑑定の結果不起訴になった犯人殺人事件という、難しい題材ではあるけど、遺族の手で漫画化されたのか。

被害者自分運命を感じ取っていたのは凄い。

漫画を通じて多くの人にいろいろなことを考えさせるのだろう。

雑誌映画秘宝』の記憶(54)

 この投稿では、町山智浩の言う「90年代当時の社会状況や、悪趣味系・鬼畜カルチャーに携わっていた自分たち(町山智浩根本敬村崎百郎ら)の想いを知らない人間が、悪趣味系・鬼畜系を批判するな!」と云う主張に対する、私の批判を述べます

 おそらく町山智浩は「自分は、小山田圭吾のしたことを擁護するつもりは無い」と言うでしょうし、その点に関しては実際そうなのだと思います

 にも関わらず町山智浩の言うことは、爆笑問題太田とほぼ同じです。要するに「当時のことを知らない人間/外野人間は、口を挟むな!」と云う論法です。

 ならば私は、90年代当時すでに物心ついていた世代年寄りなので、遠慮なく批判できますね。

 まずは再度、町山智浩tweetから引用します。

引用ここから

悪趣味カルチャー80年代のオシャレやモテ電通文化に対する怒り

カーディガン肩にかけ、ポロシャツの襟を立ててテニススキーしてホイチョイの『ヤレる店』読んでナンパして人を『ちゃん付けで呼ぶ』奴らにゲロ死体嫌がらせたかった

・それは電通フジテレビでセゾンでトレンディ一言でいえばSuntoryThinkingAboutTheEarthビール的なオシャレでバブル偽善的で反吐が出るようなクソ文化への反抗だった

根本敬村崎百郎が『日本下品どん底に突き落としてやりたい』と心の底から叫ばねばならないほど1990年頃の日本は抑圧的なオシャレと健全さと明るさと偽善ファシズム支配されていた

引用ここまで=

 では批判を開始します。概ね次の4点について述べます

<1> 町山智浩らが90年代当時に何を考えていようが、被害者被害を与えたことは正当化されない。

<2> 町山智浩らは負担他者押し付けている。

<3> 結局、町山智浩は「時代のせい」を言い訳責任から逃れようとしている。

<4> 小山田圭吾事件と同じく、町山智浩事件も「終わってしまった過去の話」ではなく「継続中の現在の話」である

 町山智浩tweetで言っていることは所詮70年代モンド映画が、残酷事件事故の場面を餌にして下衆な観客たちから小銭をカッ剥ぐ目的で作られたエクスプロイテーション映画であることを誤魔化す為に、何か博士っぽい進行役が出てきて「この映画は、様々な社会問題について考える機会を、観客の皆様に提供し、これらの社会問題を解決する一助となるために制作されました」とか、オープニングやエンディングカメラに向かって語るのと同じです。つまり、単なる正当化ポーズです。

 仮に町山智浩根本敬村崎百郎らが何か高邁な意識を持っていたのが本当だとしても、それは町山らの被害者には全く意味がありません。被害者と云うのは、死体晒し者にされた死者と遺族や、電波系と名付けられて笑い者にされた精神疾患罹患者などです。ホイチョイ電通フジテレビ嫌がらせしたいという町山らの欲望と云うか自己満足のために、なんで彼らが踏み台として利用されなきゃいけないんですか?それを正当化し得る道理なんて、90年代も今も有りませんよ。

 それとも、町山智浩らにコンテンツとして喰い物にされた人たちが「高邁な思想の為だから喜んで晒し者になります」「私たちを利用してくれてありがとう」と言ったとでも?

 ここでは、高橋ヨシキの妻(※当時)の胸を揉んだ話の時と全く同じく「実際の負担押し付けられている人間の本人の意思」が無視され、無かったことにされるという蛮行が行われているのです。

 百万歩譲って、町山智浩らによる悪趣味カルチャーによる電通ホイチョイフジテレビに対する嫌がらせ正当化し得るものだとして、ならば町山智浩らは自分たち身体精神犠牲にすれば済んだ話じゃないですか。死体嫌がらせしたいなら、自分死体になるなり、電波系嫌がらせしたいなら、自分が本物の精神疾患になるなり、自分犠牲にすれば良かったじゃないですか。町山智浩は、コンビニに勤務する低賃金労働者に対して、自己犠牲精神窃盗犯を救済しろと偉そうに説教するくせに、本人が負担を引き受けることを嫌う卑怯者ですね。

 村崎百郎場合は「精神疾患罹患者の苦しみをビジネスとして喰い物にしてきた人間が、その報いを受けて悲惨最期を遂げる」と云う悪趣味エンターテイメントを、自らの命と引き換えに提供したのだから身体を張ったと言えるかもしれませんね。もっとも、村崎百郎精神疾患に関しては、ビジネス上の(もしも本物の精神疾患罹患者や関係者から差別的だと抗議を受けた時に「精神疾患罹患者の当事者が書いているので差別ではない」と言い訳するための)フェイク、ギミックだったのではないかと云う疑惑を抱いています。まあ、死ね官軍なので真相は闇の中ですが。

 さて、町山智浩は一連のtweetの中で盛んに80年代90年代は云々と繰り返しています。ここから窺えるのは、自分(町山智浩)たちが過去に仕出かした乱暴な振る舞いは「時代のせい」「そういう時代だったから仕方が無い」と云う、自分勝手な言い訳姿勢です。この言い訳は、本当に格好悪いですね。町山智浩時代のせいにしていますが、それは「周囲に流されていただけで、自分(町山智浩)には主体性が無かった」と言っているも同然だと思うのですが、仮にも自他共に文化人と認める人間がそれを言って恥ずかしくないのでしょうか?

 更に言うならば、町山智浩が盛んに90年代は云々と繰り返しているのは「自分悪趣味カルチャー的なヤンチャ行為をしていたのは昔のことで、今は違う」と印象付けると云う意図も含むものと推察されますしかし、端的に言えば、それは虚偽です。

 では、町山智浩は何故そのような虚偽を言うのでしょうか?

 学生時代小山田圭吾障害者に対して行った暴力行為を伴う虐待が「終わってしまった過去の話」ではなく「継続している現在の話」として受け止められているのは何故か?それは、小山田圭吾が、大人になってからも悪びれることなく笑いながら面白エピソードや自慢話のようにインタビューで語っていたこと、そして、インタビューが行われた後、ファンから被害者謝罪や償いをした方が良い」と云う批判忠告を受けても無視し続け、長年に渡って被害者に対する謝罪も償いも一切してこなかったからです。

 この点について、町山智浩小山田圭吾と全く同じです。町山智浩も、自分がした悪行について、説明せず、被害者に対する謝罪や償いをせずに逃げ続けています。だから町山智浩は恐れているのです。町山自身がしてきたことも小山田圭吾のように「終わっていない、継続している現在の話」として批判されることを。

 以下、引用します。

引用ここから

町山智浩高橋ヨシキ君の前のカミさんがすごいオッパイ大きかったんだけど、ヨシキ君が「俺、町山さん大好きだから、うちの嫁の乳揉んでいいですから」って揉ましてくれたから、俺、揉んだよ!「キスしていいですから」とか言うからキスもして。

(吉田豪インタビュー人間コク宝」吉田豪x町山智浩、ただし単行本には未収録、雑誌『BREAK Max』に掲載、前編は2011年12 月号、後編は2012年1月号)

引用ここまで=

 悪びれもせずに饒舌に語っています。この件に関しては、町山智浩小山田圭吾と全くの同類です。

 ここで町山智浩質問

 これは西暦何年の出来事か?これも時代社会のせいにするのか?

 町山智浩高橋ヨシキの妻(※当時)にした事は"本物"の悪趣味なのか?電通的・ホイチョイ的な文化に対するアンチテーゼとして、正当化可能ものであるか?

 町山智浩高橋ヨシキの妻(※当時)にしたことは、大手広告代理店宴会芸として新入社員らに対して行われるパワハラセクハラ本質的に何が違うのか?

 町山智浩は、被害者に対して謝罪や償いを行う意思は有るのか?何か具体的な行動をしたのか?

 この投稿は以上です。

2021-07-01

水滸伝ターゲット


このように水滸伝おっさん物理バトルしかない三国志をより多くのターゲットリーチするように改善したものといえる。

さらスピンオフ金瓶梅はドロドロの恋愛ものこちらは女性向け。

2021-06-24

anond:20210624175521

官軍によって朝敵として襲撃されるから仮にかからなくても無駄だぞ

五輪反対派は官軍、賛成派は朝敵

令和に戊辰戦争が再開したってマジ?

2019-06-16

anond:20190616065852

勝てば、官軍と言うことで。歴史を塗り替えるほどの力を持てば良い。選挙だけでは、足りないのかな。派遣村みたいな形で、アピールしないとなぁ。

  

報告書類をなかったことにする政府もあるし。)

2019-01-29

anond:20190129111740

賊軍は黙ってやられたわけやないで?

そしてお気持ちバーバリアンが官軍かどうかまだわからんで?

南極条約を破って核(お気持ち)を使った側は何されても文句はいえんで?

2018-09-30

anond:20180930225828

民意が示されたよな

このまま民意を背負った者同士、安倍vs玉城マッチが数年間は見られると思うと、今から楽しみ

どっちが勝っても負けても官軍同士の熱いバトル

2018-08-21

金足農高東北代表ツラされるのは違和感がある

金足農高が「東北初の甲子園優勝校となるか」みたいなテレビ新聞報道を見ていると、それだけで苦笑いしたくなる。

秋田県明治初期の戊辰戦争で一体何をしたか

戦争中期、現在秋田県内の久保田藩奥羽越列藩同盟離脱して、いち早く新政府軍に参加したことを忘れたわけではないだろう。

秋田同盟離脱戦争決着の帰趨が決まったとも言い切れないにしても、この一件は現在でも東北全体で禍根を残している。

未だに仙台福島においては、秋田県民を裏切り者呼ばわりする人がいるのだ。

詳しく知りたい人は、ウィキの「秋田戦争」のページを読んでみてね。

戦後官軍側についた秋田県新政府から様々な面で優遇された。

南部藩にあった小坂鉱山のある小坂地区秋田県編入されたし、現在の県立高校に相当する旧制中学も、東北では秋田最初設立された。

秋田には秋田美人が多く、仙台はブスばかりという迷信も、秋田優遇思想からまれている。

今でこそ東北新幹線やJR東北本線、国道4号線、東北自動車道の通っている仙台福島東北の中枢になり、秋田県裏日本扱いになっているが、明治初期は秋田が一番東北で進んでいた時期もあったのだ。

まあそのような歴史的経緯があるので、今回の件は素直に受け入れることは出来ない。

2017-10-26

明治維新150周年とはつまり江戸しぐさ伝承殲滅150周年のことになる

江戸しぐさ伝承者は官軍によって根絶やしにされ、最後のひとりにいたるまで徹底した殲滅戦が行われた。

織田信長も一回につき2万人ほどストレス解消に殺したと言うが、明治政府もそれに劣らぬ残虐な行為を行ったわけだ。

江戸しぐさを信奉する立場の人は「明治150年」など粉砕すべき忌まわしいイベントの筈である

粉砕するか、それとも御霊を安んじる、しめやかセレモニーを行うか要注意である

2017-09-10

5分でわかるカタルーニャ住民投票独立問題

このへんの話。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170907/k10011129891000.html

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20170908/p2

事情に詳しくない人からすると「なんでそんなにカタルーニャは熱くなってるの?」って感じだろうと思うので、簡単に解説したあとで補足説明をつけます。

5分でわかるまとめ

補足説明

背景を説明するためには、時代をいっきに40年ほどさかのぼ必要があります

1975年に、スペイン総統フランシスコ・フランコが亡くなりました。その結果スペイン王政復古し、現国王の父であり当時国王だったフアン・カルロス1世のもとで民主化への道を歩んでいくことになります。この王様、退位前の数年間はひどく評判が悪かったんですが、民主化に反対する軍将校が起こしたクーデター鎮圧したことで即位直後は民主化守護者としてたいそう人気がありました。ちなみに現国王のフェリペ6世は当時10歳にもならない子供だったので深夜に行われた国王クーデター首謀者との会談の席ではおねむだったのですが、船を漕ぐたびに「おまえは王様になるんだから王様のつとめをよく見ておきなさい」と父君に優しく揺り起こされていたそうです。なにそれ萌える

閑話休題。このフランコ政権ですが、典型的な「スペイン単一民族国家だもん!」派の政権でした。彼が在世中はカタルーニャ語バスク語をおおやけの場で用いることはひどく抑圧され、内戦前のカタルーニャ州政府首脳陣は殺されるか投獄されるか亡命するかという感じでした。そのフランコが死んだことで、亡命州政府トップスペインに帰国し、民主化が進展します。このときフランコ体制下で抑圧されてきた「スペイン多民族国家になるべきだもん!」派が一気に声をあげはじめます

(ここでいう「民族」ってのは、英語ネーションにあたる、スペイン語のnación、カタルーニャ語のnacióのことで、「自分で国を作れる権利や能力のある集団」みたいな感じなんですよね……うまく説明できないんですが。なので移民とかは勘定に入れてません。この文脈だと「国民」と訳した方がいいのかも。「スペイン単一民族国家だよ」というのは「スペインにいるのは『スペイン国民』だけであり、カタルーニャ人バスク人もひとしく『スペイン国民』だよ」ということで、カタルーニャ人たちは「スペインには『カタルーニャ国民』や『バスク国民』もいるんだ」と主張してるわけですね)

民主化したからにはちゃんと民主的な憲法を作らないといけませんが、これが紛糾します。単一民族国家というのはフランコだけの思想ではなく、熱心なスペインナショナリストフランコ死後も消えてなくなりはしなかったわけです。彼らは頑強にスペイン統一、つまりスペイン単一民族国家であることを守ろうとします。一方でこれまでさんざん煮え湯を飲まされてきた地方の側もそれでは収まりません。そんななか、妥協として制定されたのが1978年憲法でした。条文の英訳をウィキソースからコピペします。

Section 2

The Constitution is based on the indissoluble unity of the Spanish Nation, the common and indivisible homeland of all Spaniards; it recognises and guarantees the right to selfgovernment of the nationalities and regions of which it is composed and the solidarity among them all.

太字にしたところはテストに出るので覚えておいてください。ここではスペインひとつネーションからなり、不可分であること、そしてネーションの他にいくつものナショナリティ存在することが謳われていますナショナリティっていわれると普通は「国籍」って意味なんですが、この文脈では「準ネーション」みたいな意味だと思ってください。つまりネーションひとつしかないけど、準ネーションっぽいものはいくつもあるよ! ってことですね。

(ところで、この憲法からもわかる通り、スペイン連邦制国家ではありません。連邦制かと見紛うばかりに地方に権限委譲がなされてはいますが、それでも「連邦制=国の集まり」ではなく「スペインは不可分のひとつの国!」ということになっているのです。これを専門用語自治州国家体制といいます

この憲法にのっとってカタルーニャ自治州の地位を得、フランコ体制下で迫害されていたカタルーニャ語を復活させるための政策に着手します(これを「言語正常化」といいます)。使用弾圧されただけでなく、工業化が進む中でスペインの他地方からの移民が来て、カタルーニャ語を解さない州民が増えていたのです。また、なにせ相手は数億人の使用人口を誇る言語ですから、話者数数百万人のカタルーニャ語など放っておいたら自然淘汰されてしまいかねません。州政府公教育カタルーニャ語を導入し、様々な場面でカタルーニャ語使用を義務づけ、カタルーニャ語使用助成金を出し、結果として今ではほとんどの州民がカタルーニャ語スペイン語の見事なバイリンガルに育つようになっています

助成金は、たとえばパソコンのOSのカタルーニャ語訳とかに出されています。数億人が使ってるスペイン語経済的にペイするのですぐに翻訳されて、なおかつ州民はみんなスペイン語ができるので、放っておくとみんなそっちを使っちゃうんですよね……)

ところでこの憲法、実はもうひとつトラップがあります。それは公用語について定めた条文です。

Section 3

C1. Castilian is the official Spanish language of the State. All Spaniards have the duty to know it and the right to use it.

C2. The other Spanish languages shall also be official in the respective Self-governing Communities in accordance with their Statutes.

C3. The wealth of the different linguistic forms of Spain is a cultural heritage which shall be especially respected and protected.

そう、カスティーリャ語(つまりスペイン語)は、スペイン市民(たとえバスク人カタルーニャ人であっても)にとって知る「義務」があり、使う「権利」がある唯一の言語なのです。逆に言えば、それ以外の言語を使う「義務」を州が課すことは違憲になります

この時点で、たとえばカタルーニャ州が州内の教育カタルーニャ語だけで行おうとしたら違憲です。カタルーニャ州が州民に高度なバイリンガル教育を施しているのは、理想が高いのではなくそうせざるを得ないということです。またカタルーニャ州言語政策も、たとえば「お店のメニューカタルーニャ語を使う義務」「商品のラベルカタルーニャ語を使う義務」「企業広報活動カタルーニャ語を使う義務」といったものを法で定めたりしていますが、これは個々人に対する義務ではないのでギリギリ合憲ということになっています。なっているはずでした。

ところで、カタルーニャも極楽ではなく、何をするにも先立つものがいることには変わりありません。つまりお金です。ところが、スペイン自治州には基本的徴税権がありません。バスク自治州ナバラ自治州には歴史的事情(ありていに言うとスペイン継承戦争官軍についた)によって徴税権があり、その一部を国庫に納入していますが、カタルーニャあくまで国が徴税して配分するお金を受け取る立場です。そしてカタルーニャスペイン全体でみても豊かな地域であり、多くの税金カタルーニャから徴収され、多額の税金カタルーニャ還元されています

しかし、その収支が赤字だということが大問題なのです。カタルーニャから徴収される税金は、カタルーニャ交付されたり還元されたりする際に8%ほど目減りしていますしかも、これだけ払っていながらもインフラ整備は後回しにされているのです。カタルーニャだけ高速道路は有料で列車老朽化も放置、EUから勧告されたカタルーニャ高速道路整備も中央政府拒否っておきながらマドリードなどカスティーリャインフラはしっかり整備しています。他州より高く払っているのに他州より低いサービスしか受けられないのは何事だと、カタルーニャ州民が怒るのももっともです。

こうした状況を受け、2000年代に入ると自治憲章(要するに自治州の憲法ですね)改正の動きが活発化します。自治州議会は、徴税権やカタルーニャネーション(nació)であることを盛り込んだ憲章草案を可決しますが、中央政府(当時は左派社会労働党)との交渉徴税権は削られ(かわりに公平な交付金の支給を約束。結局実施されてませんけど)ネーション条項は前文のみ。妥協のすえ2006年にようやくスペイン国会を通過して新自治憲章が成立します。

これに待ったをかけたのが国民党(現・与党)です。彼らからしてみれば、「一地方の自治権強化はスペイン統一に反する」というわけですね。彼らはこの自治憲章が憲法違反だと憲法裁判所に提訴、これに対抗してカタルーニャではデモが盛り上がり、「我々には自決権がある」という主張が登場します。そして2010年憲法裁判所は自治憲章の多くの条文に違憲判決を下しました。しかもその判決は、これまでカタルーニャが行ってきた自治権強化政策を否定し、自治権をより縮小する方向のものでした。カタルーニャ語を行政において優先させる規定違憲となり、カタルーニャネーションとした前文は、スペインにおいてネーションはただひとつとして法的拘束力はないとされたのです。そしてこの違憲判決に基づいて、カタルーニャ学校ではスペイン語で教えるべし、という判決も出されました。

ここまで妥協しても憲法違反になるのか……という絶望が、一気に民意を独立へと傾けていきます。それまで20%前後を行ったり来たりしていた独立への支持率が、この違憲判決を境に一気に30%を超え、2013年には60%に達しました。今の憲法がある限り、スペイン国家に留まっている限り、カタルーニャ自由にはなれない、と多くの人びとが考えるようになったのです。移民の子だってカタルーニャ暮らしているわけですから独立に傾きます

2014年カタルーニャ自治州は「法的拘束力のない」住民投票実施を計画しますが、違憲とされて差し止めが命じられました(提訴したのはもちろん中央政府です)。じゃあ非公式の模擬投票やろうぜ、と言ったらそれも違憲とされて差し止め命令が出されます(模擬投票も認めないなんて表現の自由に対する攻撃だと国際的に抗議が殺到した模様)。結局自治州非公式の投票を決行しましたが、中央政府憲法違反の投票を強行したとして当時の州首相らを刑事裁判にかけますちなみに裁判期日として指定されたのは、フランコ政権によって内戦前最後カタルーニャ自治政府首相が銃殺された日でした。煽り力高い。州首相だけでなく州議会議長まで訴追するよう憲法裁判所は命じています民主主義とは。

このような国民党政府対応が火に油を注ぐ結果となり、今回の住民投票実施に至るわけですが、この期に及んでなお国民党は「カタルーニャ自治州に毎週会計報告を義務付け、違反した場合交付金を停止する」と表明したり(http://www.pressdigitaljapan.es/texto-diario/mostrar/775503/)、プッチダモン州首相を訴追する準備を進めていたりして(http://www.politico.eu/article/catalonia-independence-referendum-spain-the-carles-puigdemont-factor/)、まあある意味通常運転です。「やっぱスペイン国家の枠内では自治権保証されないじゃん……」とカタルーニャ人に思わせるだけの簡単なお仕事こうして着々と独立に向けたフラグが立っていくのでした。

スペイン政府オプションとしてカタルーニャ自治州政府の停止も視野に入れているという報道があります。根拠となるのはスペイン憲法155条です。

Section 155

1. If a Self-governing Community does not fulfil the obligations imposed upon it by the Constitution or other laws, or acts in a way that is seriously prejudicial to the general interest of Spain, the Government, after having lodged a complaint with the President of the Self-governing Community and failed to receive satisfaction therefore, may, following approval granted by the overall majority of the Senate, take all measures necessary to compel the Community to meet said obligations, or to protect the abovementioned general interest.

2. With a view to implementing the measures provided for in the foregoing paragraph, the Government may issue instructions to all the authorities of the Self-governing Communities.

ぶっちゃけこのオプションが採られた場合投票は物理的にはできなくなるでしょうが、まあスペイン国家とスペイン憲法へのヘイトをためるには十分すぎるほどなので、余計に独立への意志を強めるだけですよね……という辺りが現状言えることです。部外者としてはワクテカが止まらない祭り出来事ですが、楽しむためには背景知識必要だろうと野暮を承知解説してみました。部屋を明るくして画面から離れて住民投票をお楽しみください。

参考文献

この増田のパクr……ネタ元です。どれもネットで読めます

違憲とされたカタルーニャ州法の条文が詳しい解説が。

スペインにおける地方分権についての基本書。

現代カタルーニャ入門書

インド系カタルーニャ人独立派についての記事

そもそもなんでカタルーニャスペインの一部になってるの? とか、カタルーニャの栄光時代はいつだよ……ジャウマ1世の時か? とかの疑問が湧いてきた時にオススメです。住民投票は……住民投票は今なんだよ!

2017-05-19

朝鮮朝鮮王朝(李朝)の高宗31(1894)年に起こった反侵略,反封建の農民戦争東学党の乱ともいう。高宗1年,東学1世教主崔済愚が,邪教を広めたとして処刑された。第2世教主崔時亨は東学公認を求め,同 29年以降「教祖伸寃」の請願教徒大衆行動でしばしば行なった。しかし「教祖伸寃」という宗教的訴えは,かえって狡猾な地方官に農民収奪の口実を与えることになった。そこで農民たちの運動は貪官汚吏の処分など政治的要求へと変わっていった。反乱は同 312月全羅道古阜郡の民乱を契機にして始まり,一応の成果を得て解散した。その後政府派遣の按覈使(あんかくし)の不法弾圧激怒した全琫準は,全羅各地に呼びかけ,5月古阜,泰仁で本格的な闘争に立ち上がった。全羅各地で蜂起した農民軍は白山に集結,大多数が農民東学徒は少なく,指導者東学接主であった。全琫準ら指導者は,農民軍を軍隊式に編成,四大綱領を発表し,反封建,反侵略を訴えて広範な農民層の支持を得た。農民軍は黄土峴,長城で政府軍撃破し全州を占領した。閔氏政権はこれに驚き清国出兵要請する一方,農民軍の弊政改革案を受け入れた。全州和約後,農民軍の大半は解散したが,全羅道 53郡に農民軍の自治機関である執綱所が設置され,実質上の政権機関として機能した。日清戦争が起こるとまもなく,全琫準ら農民軍は再起したが,日本軍政府軍の圧倒的な軍事力の前に敗北した。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉解説

うご‐のうみんせんそう〔カフゴノウミンセンサウ〕【甲午農民戦争

1894年朝鮮李朝末に起こった東学信徒を中心とした農民の反乱。鎮圧のため李朝政府清国派兵要請日本出兵して乱は鎮圧されたが、日清戦争を誘発する結果を招いた。東学党(とうがくとう)の乱。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディア解説

甲午農民戦争【こうごのうみんせんそう】

李朝末期の1894年(甲午の年)に朝鮮南部で起こった農民反乱。圧政に苦しむ農民の間に広まった民衆宗教東学〉は1890年代には活動公然化させるが,全羅道古阜で全【ほう】準(ぜんほうじゅん)に率いられた農民たちが同年2月郡庁を襲撃し,5月以降全羅道一帯に及ぶ蜂起に発展,閔(びん)氏政権の打倒と日本人駆逐をかかげて各地を転戦した。

→関連項目大院君|李朝朝鮮

出典|株式会社日立ソリューションズクリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

うごのうみんせんそう【甲午農民戦争

1894年(甲午の年)に朝鮮南部でおこった農民反乱。李朝末期の朝鮮では封建的収奪に反対する民乱が続発し,とりわけ南部地方開港後の外来資本主義との接触によって矛盾が激化していた。圧政に苦しむ農民の間に広まった東学は,1890年代に入ると活動公然化するようになった。こうした情勢のもとで,94年2月全羅道古阜の農民は,規定外の税をとるなど暴政を行った郡守趙秉甲(ちようへいこう)に抗議し,全琫準を指導者として郡庁を襲撃した。

出典|株式会社日立ソリューションズクリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

うごのうみんせんそう【甲午農民戦争

朝鮮1894年(甲午の年)東学信徒が主導した農民戦争地方官の悪政に反対した全羅道農民が蜂起したのに始まる。朝鮮王政府鎮圧のため清しんに出兵を求め、清に対抗して日本出兵日清戦争の契機となった。東学党の乱。 → 東学

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

甲午農民戦争

うごのうみんせんそう

1894年(甲午の年)に起こった朝鮮の歴史もっとも大規模な農民蜂起(ほうき)。この戦争きっかけとして、中国、清(しん)の勢力排除朝鮮支配することをねらっていた日本政府は、公使館警護と在留邦人保護名目大軍を繰り出し、日清戦争引き起こした。

 当時、朝鮮民衆は、朝鮮政府財政危機を取り繕うための重税政策官僚たちの間での賄賂(わいろ)と不正収奪の横行、日本人の米の買占めによる米価騰貴などに苦しんでいた。それにまた、1890年代の初めには干魃(かんばつ)が続いて未曽有(みぞう)の飢饉(ききん)に悩まされていた。これに耐えかねた農民たちが、日本への米の流出の防止、腐敗した官吏罷免租税減免要求して立ち上がったのがこの戦争の始まりである指導者には、急速に教勢を拡大していた民衆宗教である東学教団の幹部であった全準(ぜんほうじゅん)や金開南らが選ばれた。そのため東学党の乱とよばれたこともあった。5月初め、全羅道古阜(こふ)郡で結成された農民軍は、全羅道配備されていた地方軍や中央から派遣された政府軍を各地で破り、5月末には道都全州を占領した。農民軍の入京を恐れた朝鮮政府清国に援軍を出してほしいと要請した。ところが、ここで予期しないことが起きた。清軍の到着と同時に日本軍が大挙して朝鮮侵入してきたのである朝鮮政府は急遽(きゅうきょ)方針を変更して農民軍と講和交渉を行い、農民たちの要求をほぼ全面的に受け入れることで停戦した(全州和約、6月10日)。

 全羅道の各郡には執綱(しっこう)所という機関が設けられ、農民たちの手による改革が始まった。農民戦争はこれで終わったかみえた。ところが、朝鮮上陸した日清両軍は、朝鮮政府のたび重なる要請にもかかわらず撤退しようとしなかった。それどころか、日本政府朝鮮の内政改革を求め、朝鮮政府にこれが拒否されるや、1894年7月23日王宮占領し、親日政府組織させた。

 清国がこうした日本の行動を批判したのを好機として始められたのが日清戦争である日本政府日清戦争と併行して朝鮮植民地化する政策を推し進めた。この日本勢力を追い出すため、朝鮮農民たちは10月かばになって再決起した。全準たちは東学組織を使って各地の蜂起を統一したものにしようとした。このとき立ち上がった農民20万人を超えたといわれる。日本軍朝鮮政府軍相手にして農民軍はよく闘った。しかし、日本軍の圧倒的な火力の前になすすべはなかった。翌年1月農民軍は壊滅し、全準は3月末、ソウル処刑された。[馬渕貞利]

[参照項目] | 日清戦争

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の甲午農民戦争言及

【崔時亨】より

92から翌年にかけて東学合法化をめざす教祖伸冤運動を展開。94年の甲午農民戦争では,東学本来非暴力的な教化主義立場から武力蜂起に消極的で,全琫準らの主戦論対立したが,のちに農民軍への合流を教徒に指示した。農民軍の敗北後,98年に江原道原州で逮捕され,ソウル処刑された。…

朝鮮】より

しかし,金玉均ら開化派が政権奪取をめざした甲申政変(1884)は内外の困難を克服しえずに挫折を強いられた。一方,民衆の反封建・反侵略変革運動は,壬午の軍人反乱(壬午軍乱,1882)を先駆として,甲午農民戦争(1894)に大きく花開いていく。甲午農民戦争こそ朝鮮社会近代への移行の決定的転換点となる可能性をはらんでいたのだが,日本侵略意図に立つ軍事力行使がこの可能性を破壊してしまったのである。…

日清戦争】より

… 朝鮮では王妃一族閔(びん)氏を中心とする親清派と国王の生父大院君派および金玉均独立派(開化派)が抗争しており,政治は乱れ,官吏不正日本商人の買占めで民衆の不満は高まっていた。1894年春,民間宗教東学を奉ずる農民分散した民衆の不満を結びつけ,朝鮮南部を中心に汚職官吏の掃滅と外国人排除を求める大規模な反乱を起こし,5月には各地で官軍が敗北するという重大な事態となった(甲午農民戦争)。朝鮮政府日本亡命中の金玉均らが農民反乱に呼応することをおそれ,上海に誘い出して暗殺した。…

※「甲午農民戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています

出典|株式会社日立ソリューションズクリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

2016-07-23

新婚さんいらっしゃい』ってレイプ関係始まってる夫婦多くね?

神武天皇が御即位した頃から続く(ギネス認定長寿番組新婚さんいらっしゃい』の鉄板ネタで、

最初エッチしたのはいつか?と、桂師匠が間接的にゲスト夫婦に尋ねる場面があるんだけど、

その手の回答に時々「あれ、それってレイプじゃねーの?」と首をかしげしまうことがある。

もちろん、結果として夫婦になっているので、それは本人たちの中では「思い出」として美化されているんだけど、

女性(時には男性)を自宅に呼んで、成り行きで突然背後からいかかったとか、

嫌がっているのを押してやってしまったみたいな、みたいなエピソードが多いこと多いこと。

交際開始当時に未成年女性と成人男性という組み合わせの若夫婦に多い。稀に女性男性を襲うパターンも)

確かに恋愛においては、時に「押しの一手」が必要になるフェイズはあるんだろうけど、

「付き合ってなきゃやらない!」って嫌がっている女性に「じゃあ、今から付き合おう!」

と言って無理やりやっちゃうとか、どうなんだろう。

結果として責任取れば、つまり結婚すればレイプしても許されるのか? 性犯罪に目を瞑るのか?

しかも、そういう場面では決まって会場では笑い声が上がって、師匠椅子から転げ落ちるパターン

女性が半ばレイプされたことが「お笑い」になってしまっている。ハメれば官軍か?

それとも、世の多くの女性は「相手の自宅に上がった時点でOKサイン」という「神話」を内面化してしまっているんだろうか。

まるで昭和ホモソーシャル的な価値観(「女はやっちまえば黙る!」)が依然としてまかり通っているのか?

古事記でも川でトイレしてる女性レイプして嫁にする(「赤い矢」)というエピソードがあったね。

まあ、こういう番組に出演しようと思う時点でカップル母集団特質が偏っている可能性も否定できないけど、

こんな平成の世の中になっても、レイプされた結果、オキシトシン分泌して相手恋愛モードに入っちゃう

ような女性が多く残っているのが不思議な感じ。デートレイプ問題にも通じるし、シャレにならんと思うが。

ぶっちゃけ、みんなはそういうのってどう思う?

2016-06-07

[]:00 増田の路傍

 かつて十一を数えた増田家のうち、すでに四家が領土喪失した。

 明日は我が身に同じ苦難が降りかかることを恐れず、あるいはその恐怖から逃れるために

残る七家は自分以外の増田家を滅ぼす方途を探っていた。

 最北の増田家(一)は、せっかく手に入れた増田領(二)を増田家(三)に奪われ、増田島の北に押し込まれている。

 そこで、ゆいいつ残された海路増田家(四)と連絡し、増田家を挟撃することを目標にしている。

 だが、増田家(四)は他方面も抱えており、なかなか色よい返事をしてこない。

 増田家は足りない兵力を補うため、豊富資金放出して北方異民族傭兵にしはじめた。

だが、それは家中火種を増やす危険行為でもあった。

 主な戦力:譜代衆、旧増田(二)衆、傭兵軍

 滅びた増田家(二)であるが、落城前に降伏したため、当主以下おおくの人物が生き延びている。

 現時点の増田島では城主切腹の代わりに城兵を助命する風習はさいわい存在していない。

そもそも攻めた増田家と守った増田家も親戚なので、あまり目覚めの悪いことはできなかった。

 旧増田領が失陥したあとも、旧増田衆の大半は人質がいるために、増田家(一)で働かされている。

しかし、根無し草使い走り状態に耐えかね出奔するものが後を絶たない。

 サバイバル成功した増田家(三)は、被害をおさえて増田家(一)を確実に詰め、

背後を安全にしてから南進する方針である

地道に南北軸の鯖街道を一層整備して増田家(四)の急襲や北方三家統一後の兵力移動に備えている。

 現状では増田家(一)との海上での戦いが最も激しかったりする。

 主な戦力:譜代衆、カラトラヴァ騎士団、旧増田家(二)国人衆水軍

 恐ろしき当主がひきいる増田家(四)であるが、周辺諸国に比べると勢力の伸張に劣る結果になっている。

 最初につぶして手に入れた増田家(六)領は四方に通じる土地であり、

狭隘土地から得られる利益に比べて防衛コストが高くついた

はてな騎兵の一部が使える状況は維持している)。

 土地交易路に活かせればよいのだが増田家(七)が潰れてしまったことで、その意味も失われてしまった。

増田家(八)が商売相手なら大量輸送可能海路を使えばいいのである

 仇敵である増田家(五)との休戦を何とか成立させたが、敵意は残留しているため、

まだ北にも南にも進めずにいる。

 主な戦力:譜代衆、国人衆増田騎馬軍団水軍

 プリンセスめいキング定評のある(新情報増田家(五)は、はやばやと地方勢力としての生き残りを模索しはじめた。

 彼らが陰に依る大樹に有望視しているのは前から繋がりのある増田家(三)であるが、

国力差が大きくなりすぎたら家臣扱いされてしまう。発言力を確保するためにも戦力増強は必要なのであった。

 しかし、現実は西で接する増田家(八)からの散髪的な攻撃を受けはじめ、領土は守り通しているものの、

消耗戦により頭が寂しくなりはじめている。

 主な戦力、一門衆、譜代衆、足軽軍団、旧増田家(六)国人衆

 無惨にも最初に滅びた増田家(六)の名跡はいちおう姫を捜し出した増田家(四)が継いだ形になっている。

だが、増田家(五)も縁のない土地こじつけで治めるノウハウ豊富なので、内政状況は悪くない。

いずれ旧増田領が大規模な戦場になることが多くの島民に予想されていて、人口流出が進んでいる。

 主な流出先であった増田家(七)が先に戦場になったのは皮肉であるが、そこから人が戻ってきているわけでもない。

 占領されたて増田家(七)領では、増田家に保護されていた宗教が水面下で一揆の準備を進行させている。

領主自分たち既得権益に少しでも手を入れられたら実力を誇示する構えだ。

それどころか、領主が変わったのを奇貨として、権益ではなかったものまで既得権益に組み込もうと図った。

 さいわい増田家(七)の公文書が無事だったため、それには失敗したが、

頭の弱い雑魚ナメクジ当主を言いくるめて増田領(八)での布教活動を認めさせた。

 軍事方面では北方国境要塞には占領軍支配に抵抗する旧増田家(七)の武将も一部に存在する。

しかし、皮肉にも旧主が地方軍の反乱をおそれて中央集権体制を構築していたため、

独自補給する組織のない地方軍の抵抗は長続きしないもの観測されている。

 増田家(八)成功体験によって妙な自信をえた。それがプラスに働くか、マイナスに働くかはまだ未知数である

占領行政関係もあり、元々強かった文官人材(ただし彼らも戦場に立つ)の力がいや増している。

 当主は「領内の全公衆便所に紙運動」をはじめた。財政的に無理なので相伴衆当主に先回りして誤魔化している。

 「東に進み、西は防御」の方針だけは当主が便所でうなりながら確定させた。

 主な戦力:官軍譜代衆、地侍衆(草を含む)、傭兵軍団、水軍

 主な家臣:増田大学増田出羽守増田金吾、増田中弐(元増田家(十)当主)ほか

 動きの鈍い増田家(九)であるが、増田家(士)の圧力が刻々と増しており、

東での火遊びをする余裕が失われつつある。

 彼らには戦力を集中して決戦に勝利するしか生き残る道はない。

国力の差を領内で戦い補給を円滑にすることと、内線作戦による各個撃破で埋める計画である

 主な戦力:一門衆、国人衆水軍

 主な家臣:増田うこん

 陥落した増田家(十)領地は、剽悍で飢えた増田軍(士)が賢者モードに入るまで散々劫掠された。

 中心地の増屋を筆頭に先進地域ダメージはきわめて大きく、他の地方へ散っていった住民も多数にのぼる。

 だが、増田(十)領といえども人口の大半を占める層は他の地域と大差のない一次生産者の人々であり、

彼らは日々、増田家(士)の支配に組み込まれていった。

 増田家(士)も一度破壊しているが、全体が文明価値に暗いわけではなく、

いから生き残った文物の利用を図っている。

 元当主増田家(八)に加わり再起を図っている。後から彼の元につどう旧臣も多い。

 増田家(士)に迷いはなかった。彼らにとって天下統一とは目の前に現れる敵を倒し続ければ自然成るものなのだ

 主な戦力:一門衆、譜代衆、増田領(十)国人衆

前回

http://anond.hatelabo.jp/20160606192640

次回

http://anond.hatelabo.jp/20160608191431

開始時点

http://anond.hatelabo.jp/20160529195407

増田地図(勢力色塗り分け品はこちら(外部)

                           増田

                           /\

                         増田 増田

                         |  / |

                         増田   |

                        / |\  |

                      増田-増田-増田

                    /  \ /

              増田増田   増田

               \  /

                増田

2016-05-21

FFゲームデザイン最先端だったという言説がもはや歴史修正主義レベルプレステ信者史観って怖いですね

http://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/torishima

ゲーム企画書というサイトで、ジャンプ伝説編集長だった鳥嶋は

昔のFFはよかった、今のFFは糞みたいな言説押している

http://www.4gamer.net/games/075/G007535/20160422129/

続いて、鉄拳原田FF田畑

FF開発者も、ここ最近FF微妙であることは認めつつ、昔のFFはよかったみたいなことをほざいているわけだ

それ何時代の話?って感じ

しいていうならば、FF3くらいまでは対ドラクエに対して見せ方の工夫というスタイルで対抗していた部分があるから

(そのドラクエもしょせんウルティマウィザードリィだし)

サイドビューの戦闘画面とか魔法エフェクトとか、飛空艇だのジョブシステムだのと

ドラクエにたいするいろいろな工夫はしていたとは思う。

でもそれは見せ方の話で肝心のゲームは至極ありきたりな、敵たおしてレベル上げてお金貯めて武器買ってボス倒すってやつだ。

FF2熟練度なんていうせっかくのユニークなのシステムもやめたしね。

とにかくFFゲームシステムってそこまで斬新で最先端ってわけではなかったわけよ。

でもそれが良かったわけで、だからこそ大衆に受けたわけでしょ?

FFが生き残って、ロマサガマニア受けどまりシリーズが終わったのも

遊びやすく一本道なRPG世間に受けたからなわけで

そもそもRPGって見せ方のジャンルだよねって思わなくもないし、それでもいいのかなって思ってたよ。

ゴリゴリマニアうけするFFってのもそれはそれでおかしいとは思うしね。

とにかくいいたいのは、FFグラフィックはこだわるけど骨格のゲームデザインはかなり保守的ゲームだったという話。

任天堂やその信者にやたら64時代馬鹿にされてたのもそのあたりだったよね。

噂だけど、SFCマリオRPGインタラクティブを重んじる任天堂スタッフと反りが合わなかったという話を聞いたことがある

それからしばらくして。スクウェアPS参入して任天堂との確執は決定的なものになるわけだ。

N64PS時代の話といえば任天堂スクウェアインタラクティブVSムービーゼルダFF)という感じだったよね。

武蔵伝などやった当時のオタクたちは、スクウェアってアクションゲーム作るの下手だよねと評していた。

とにかくスクウェアはそういう会社

"ゲーム"を作るのが下手な会社って感じ

でも、当時のスクウェアはそれでいいとおもってるくらいの堂々としたものだった。

おそらくそれで売れてたからだろうね。勝てば官軍売れれば官軍ってことなんでしょうね。

それが時代が過ぎてなにやらFF馬鹿にされるジャンルになった

しか馬鹿にする人は任天堂派の人たちだけじゃなくなったわけよ

PS好きなひともFF馬鹿にするようになった。


馬鹿にする根拠はまぁあのヘンテコなホスト髪型とかそういうのも含めてなんだろうけど

なんつーか今のFFを腐すために過去FFがやたら持ち上げられてるんだよね。

老害以外の何物でもないかんじ

からもう一度言う

それ何時代にあった話なの?ってね


過去の美化された記憶じゃないんでしょうかね。少なくともFFゲームデザインで先端だったことはないよ

今も糞だが、昔も糞だ!

最近FFを腐すために過去を美化するんじゃねー

2015-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20151226073055

いや、だからぁ……(脱力) ”与え合う”っつってんじゃん。

別にシャアララァ意思自己決定権を踏みにじって無理強いしてたわけじゃないじゃん? ”正義”とやらに凝り固まったアタマには理解できないかもしれないけど、ニュータイプ能力ってララァ本人と不可分なもので、たとえ戦争利用であってもその能力を愛する(救ってくれた)人のために役立てられるっていうのは、”自分を生かす”ということに他ならないわけよ。

一方、どんなに”正義”のためでも、自分のことを本当に理解もしてくれない大事にもしてくれない脱走兵死刑だとか禁固刑だとかなんだとかゆってる一方的搾取してくるだけの奴らのために自分能力(=自分生命)を浪費することは果たして自分を生かす”ことなのか?っつーことですよ。何より、自分自身が奴らを愛してるってわけじゃないのなら自分能力をそこに費やすのは不自然ことなんじゃねーのっつーことですよ。

それが善であれ悪であれ、官軍であれ賊軍であれ、大事な男のために自分のもてるもののすべてを生かせるのは女にとってこのうえなくしあわせなことだし、逆にそうでなければそれは不自然ことなんだよ。どーせ「正義」なんてそんとき歴史風向きいくらでも変化する猫の目みたいなもんなんだし。んな頼りないもの人生かけて真剣に付き合ってられっかよっつーね。

シャア自身自分のもてる限りの能力戦場に投入してたわけで、ララァばかり実験動物扱いで自分はごちそうのテーブル囲んで下っ端を煙に巻いて高みの見物してたわけでもないしさ。まあ、自分(やララァ)の能力をそういうふうにしか生かせないところを、ベルトーチカに「平和インテリジェンスを感じない」と看破されてたんだろうけどさ。でもそこはもう、どんなに家柄が良くても情操面で育ちが悪いんだからしゃあないっちゃぁしゃあないよね。いやまあ他ならぬわたし自身がそうだからこんなこといえるんだけどね。愛情に恵まれて育ったバブバブ野郎が「シャア愛情面で育ちが悪い」なんてゆってたら怒り狂うけどねwww 「シャア悪口を言っていいのは俺だけだ」w

てか、シャアララァに”先”があれば、シャアだって兵器利用以外の自分たち能力の生かし方をみつけていけたんじゃないかと思うんだよね。ジャミルみたいにさ。


シャア自分でがんばっても手に入れられないでいるものララァは与えてくれそうだったし、それをシャアに与えられるということがララァにとってもよろこびたっだわけじゃん? 女冥利に尽きるっていうの?

シャアララァ名前記憶を奪ってその記憶をゆすりのネタにゆーこときかせてたわけじゃないでしょ。

わかるかなぁ~そこんとこの違い。ま、わっかんないだろ~な~www

2014-03-25

結局、勝ったものが強い。勝てば官軍負ければ賊軍

賊軍として一生を生きなければいけないのは、ある意味罰ゲームだな。

かといってじゃぁ官軍仕官する道があったとしてするかと言われると

官軍が嫌だから負けるとわかっていて弱い方についたわけで

なんか、生まれる前から生まれる意味がなかったな。

2014-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20140221180315

逆賊はしっかり差別されたよ。県庁所在地の県名と市名が違う県は、だいたい敗戦藩。

まだこのデマ信じていた奴がいたんだ。バーカ。

こんなデマを信じちゃうのも都道府県ができたときから現在の形になっているという思いこみが原因。合併と分離を激しく繰り返した過程県庁所在地地名と県名が分かれただけだぞ。たとえば栃木県(官軍側)は宇都宮栃木で争いが発生した結果県庁所在地と県名を分け合っている。

ここでも参考にして一生反省してろ http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211070082

2013-09-20

東京オリンピックに反対することが何故いけないのか?

久米宏が先日東五輪開催に反対表明をした件でネット上、主に2ちゃんねるを中心に波紋を広げている。

その中で、ネトウヨと呼ばれるネット上における政治右翼はこの発言に早速いちゃもんをつけている。

そこでは、ネトウヨ2ちゃんねる匿名性を利用して根も葉もない便所の落書き程度の噂だけで非国民、非日本人扱いしている。

民主主義なのだから、反対意見もあって然るべきであるし、問題は東電擁護する奴は官軍で否定する奴は悪であるかのような見方がされている事が如何に愚かしい事だということだ。

問題の所在が大きくズレてしまっていたり、クローズアップされるべき点を本人が描いたものからフェードアウトしてる、いわゆる飛ばし記事を真に受けたネトウヨが何の根拠もなく、

その人を誹謗中傷しているということは言語道断である

自分意見にそぐわなければ非国民だとする主張はあたか軍国主義帝国主義時代大日本帝国を想起させるものであり、ネトウヨはまた悲劇を繰り返そうというのか。

また、一番の問題である五輪招致によって、齎されるであろう経済効果東北復興支援の両方が果たして実現するのかというと、些か疑問である

東京五輪決定後に発覚した、実は安倍総理の“原発コントロール”は嘘で、東京電力自身が否定している。

この時点で東北復興支援はままならない。

更に、トルコスペインのように経済破綻しつつある国で雇用情勢も悪化し続けている状況下での五輪招致で数千億円も費やしたにもかかわらず、果たす事が出来なかったが、

もしも東京に決まっていなければ今あるトルコスペインと同状況であった可能性が大いにあるし、北京五輪の件では黄砂工場汚染などで環境汚染社会問題となり、十分な環境整備が出来ないまま開催されたが、経済効果はあったのか。答えは否である

中国では、現在経済成長頭打ち状態に陥っており、また新卒採用率は低下し続けている上に失業率も上昇している。

また、次期五輪であるリオデジャネイロでも現在アメリカ金融緩和煽りを受けて大不況に陥っていることや経済成長が最悪の状態になりつつある中で環境整備が殆ど全く出来ていない状況である

五輪招致に破格の予算が注ぎ込まれても経済が安定、好景気になるといった考えは危険であることを先年開催国が教えてくれている。

増して、日本現在一部富裕層けが恩恵を得られるインフレ不況に陥っており、これの対策にはアベノミクス三本の矢が打たれるとのことだが、実際公共事業がなされるとしても、一部富裕層である大手ゼネコンが取り仕切るために、中小零細はその受け皿に入る事も出来ず、不景気が続いている。また、自由貿易以降、日本企業海外進出が顕著となり、日本中小企業が大いに疲弊し空洞化が進んでいる。その結果、金銭が市場に全く出回らず一部の富裕層けが儲かるといった仕組みが出来、その結果好景気であるかのような雰囲気けが世の中に漂っているのである

東京オリンピックを行うのであれば、まずこうした一部の人間だけが儲かる仕組みを打開し金銭が市場に出回るようにしていくことである

更には情報発信を常に行っていくことである隠蔽などは後で分かる事なので包み隠さず話していくことが現状を打開していくのである

その意味で、ネトウヨ現実逃避せず、この状況を見つめて、久米宏の判断が本当に誤りかどうか考えるべきである

2012-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20120118193434

勝てば官軍。もてればイケメンである

というか、「もててるけどイケメンではない」という人間をあまり見たことがない。

オレは許容範囲が広いからかもしれないが。

2011-09-18

里親も実親も

問題は変わらない。

あるブログに書き込みかけて承認待ちになっている長文がある、それを入れようかと思ったけど、それはちょっとやめる。

はてなブログのまだ最近ので考えさせられるものもあった。

その方は、啓蒙的と言うか割と理屈が通用するところにいらっしゃる方のようで、そのような事も書けるのだろうなと思った。

こういう問題を考える時、現実との兼ね合いという問題が出てくるような気がする。

現実との兼ね合いって、理想比較的通用する世界というか階層(ほんとはあっちゃいけないのかもしれないけど、人間平等なのだからw)と、そうでなく現実にまみれた階層

現実にまみれたって、どういう事か・・・

うまく説明できないけど、地域性もあったりするかもしれないし、一概には言えないと思うけど

騙されたように生きなくてはいけない人たちというか・・・

いや、言葉が悪すぎる、なんて言えばいいんだろ???

その前に、ストックホルム症候群というのを、ご存知だろうか?

ぐぐってみればすぐわかると思うけど、ストックホルム銀行が強盗に襲われて、立て篭もりなどあって、犯人たちと銀行員が接触があったら、銀行員犯人たちを庇うような心理状態に陥ってしまったというようなエピソード。

これは、特殊な環境下での特殊な心理として、片付けられてるけど、実はそうでもないんじゃないかと思う事がある。

生存を希求する本能や生存を第一義に考える心理の表れとして、特殊な環境下で生き延びるために、そのような心理状態に陥ったのだ、という事になってる。

通常の言葉で言うと近いのは、強い者におもねる様な心理、だろう。それがもっと強烈に本人たちさえ意識できないような状態で起こった、という事だと思う。

このような犯罪者を好意的に見るような事には、特殊な環境でなければ陥らない、というのも本当だろう。

しかし、人間の中に、生きのびるためには強い者におもねりたいという心理や、本能のようなものが入っているからそうなるのだろう。

そういう心理は、ストックホルム銀行内だけじゃなく、常日頃から日常的に活用されているような気がする。

勝てば官軍とか、金や権力のある人や、社会的地位がある人が、《エライ人》のように見えたり、VIPって感じに見えたり

なんだろう?それだけじゃ全然うまく説明できてないなぁ・・・

あぁ、思い出した、こういう言い方は?

「人は生活を守ってくれるものを、庇う考え方をする」とか「人は倫理より欲望を優先させる生き物」

ある程度教育を受けて理屈に合った事をやってれば良い人と、プロ奴隷みたいに生きなきゃいけない人

何の力も学もない庶民は、その場面場面での強い力みたいなものを、無意識に読んでしまうんじゃなかろうか。

親についても、批判について、すごく話がややこしくなってるのは、ある種の人々にとっては、親というものに対する子供の側からの批判というのが、現実的な力対(VS)力や立場ない状態での理想みたいに見えて、それでごにょごにょ思うんじゃないだろうか?(色々なケースがあるから全部自分に置き換えなくて良いと思うんだけど、なぜか書いてる人がすごく思いいれてた)

自分の中で、ストックホルム症候群のような状況ではないから、それほど顕著ではない矛盾みたいなものに、何となく気付いてしまいそうな刺激だからエマージェンシーシグナルみたいなものが体内を駆け巡るみたいな

ちょっと違うかな

あるブログに(はてなじゃない)書こうとして承認待ちなのは里親批判に里親エゴの部分を指摘すると、里親から反発がありブログ上で議論が白熱して、里親側も○さんに敵意丸出しですね、とか書いていた過去エントリのやり取りを見たところ。

里親と言っても、露骨虐待をしてる人ではなく、里親全部を非難される事に反発を感じていたり、里親志望の人たちで、里親志望の人にきつい批判をブログ主がしたら、別の里親だった人が敵意丸出しと書いていたというところでした。

それを見て思ったのは、エゴのない愛情はないので、身内のエゴだと許されるが、里親だとそうも行かないのだなぁという事でした。

里親は公費が給付されているし、一般の養育里親には実親に虐待された人が託されるわけではないし、実親と暮らすまでの間、託される場合もあるから、そりゃ身内と一緒にしてはいけないんだけど

そう思ったのでした。

身内のエゴでも、本当はおかしいんだけど、そういえばなぜなんだろう?と考えたら

里親制度おかしいという事は本当は実親制度おかしいのだろう。(理想を言ったり、神経質な見方をすれば)

おかしいけれども、エゴが身内だという事で、限度にもよるだろうけど、ものすごい暴力とかはっきりと虐待がわかるような状態じゃないと、かなりの部分馴れ合いのうちに、なあなあで済まされて行ってるんだろうなぁと思いました。

理想的な愛情を持つ親もいるでしょう、冷静な親もいるでしょう。余裕がある親もいるでしょう。

しかし、現実との闘いで傷ついた親たちには、なかなかその余裕がなかったりする現実というのもあるのかもしれないと思いました。

抽象的過ぎたか

2011-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20110810004001

ほとんどの奴は勝ち馬に乗って

知的劣等」を罵倒する官軍になりたいだけなんだよね。

2011-08-09

ニセ科学を批判する中にも馬鹿が大量に混ざってる

俺もその批判を見聞きするたびに同じこと感じてた。

いや、4大別はしようと思えばいくらでも出来るだろ。

ていうかしてるだろ、物事の4大別なんざいくらでもあるだろ、っていう。

血液型診断が良くないのはあくまでその4大別に科学的な根拠が全く無い、ってことであって。


ニセ科学批判はとにかくはてなで人気コンテンツだけどさー

例えばレメディ批判にしても

本当に自分で調べてレメディエビデンスを当たって

「これこれだからこの医療効果が無い!社会的有害!」って

証明して社会のために周知しようってタイプはごくわずかでさ。


ほとんどの奴は勝ち馬に乗って

知的劣等」を罵倒する官軍になりたいだけなんだよね。

顔をほてらせて嘲笑コメントを考え合ってるブコメが本当に醜悪だと思う。

あいつらの半分以上は、自分だけでニセ科学提唱者と討論しろって言われたら

レベルの言い合いしか出来ないと思うよ。

ニセ科学の何がおかしくて、科学とは何で、なんできちんと自分で考えてないだろうから

http://anond.hatelabo.jp/20110809081647

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん