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2023-05-08

結婚して子供を産むのが正しいの、生まないのが正しいのでケンカしてる光景インターネットでザラだ。

そんなもの正しいと思ってる人には正しいし、そうでない人にはそうでないだけの話で。意味があると思ってる人にはあるし、無いと思ってる人には無いだけ。

当然の話で、人が生きるのも、社会に参加するのも、生物が種を残すのも、理詰めで言えば何の意味もない。存在の話ではなく当為のそれなんだから

大人義務責任?どこから湧いた?生産性?何の為の?社会の維持?何の為に?人権思想?何の為に?生きるため?なぜ?

子供を作る事に限らず、人の営みはリンゴが上から下に落ちていくのと本質的には何も変わらない。

現実的議論としては、人権思想公理であり土台となっていて、そこで一旦は打ち切られる訳だけど。それにこれはあくまで「お気持ち」や「主観から離れた場合理屈だ。

まあ人権という公理から導き出される規範一義的ものではなくて、それぞれの解釈が対等だからまた言い合いになるんだけど。

その対等な言い争いは民主主義と呼ばれて割と尊重される。しか人権を認めるのであれば、人に結婚出産をするな、しろ強要できる道理はどこにもない。

そもそも社会を生き長らえさせる意義を感じていない人間に対して、子供を持つ事がいか社会の持続に必要かを説いても無駄

人生に先立った苦しみなどなく、行い次第で如何様にも幸せになれる。と信じている人間に対して、辛く苦しいだけの生を生み出す残酷さを熱弁するのも然り。

前提が揃っていない段階で話をしてもボタンの掛け違いになっている。

共通認識を揃え、対等な異なる意見を持ち寄って考えを深める事はあっても、最終的にどちらに転ぶかは自分の納得の問題だ。

全ては無意味、と言うとすぐ冷笑と抜かす人間がいる。無意味開き直りさら他人を巻き込もうとすればそうかもしれない

しか規範において、理詰めで言えば無意味である事実は変わらない。

それを歪めるのは不誠実な物の考え方ではなかろうか。いくら生活の為にはある程度の忘却思考停止必要と言ったって。

ともかく、無意味はいっても自分の中で実感や確信に基づいて意義を見出す事は可能だし、多くの人がそうしてきて、今もそうしてる。

そもそも意味などを問う以前に、まず生きる事そのもの価値のある、というよりあまりにも当たり前のものだと思っている人も少なくないんだろう。

しろその方が多いかもしれない。もっともそれにしたって、意識的であれ無意識であれ生を肯定する規範信仰、納得を持っている訳だけど。

世界に元々用意された意義なくて、そこに「正解」を用意したらそれは宗教だ。

別に宗教が悪いとは1ミリも思わないけれど、それを押し付けるのがいかグロテスクかは歴史を見れば明らかで。

他者生き方に口出しをしてかくあるべしというのは、自分選択に腹の底から納得できていないじゃなかろうか。これは理屈の話と言うよりは邪推だけれど。

一度きりの人生自分選択が、価値観が「間違い」だなんて思いたくはない。そんな疑問が浮かびもしないほどの実感と納得がある生き方をしたいもんだ。

でもそう強い人ばかりでもない。自分選択に自信がないが、自分の中に納得の源泉がない。だから外部にそれを求める。他人肯定してもらいたい。

同じ意見を持つ人間と集まって、互いに肯定し合う。あるいは単純化した二項対立の上、自分の対岸にいる者を「間違い」だと断罪し、そして自分は正しいんだと思う。

そうした正当化健全か不健全かは知る由も無い。が、考えの異なる者同士、互いに説教罵倒を受ける道理は無い。

視野狭窄知識が足りていないように見える人間に対して「こういう見方もあるよ」と助言する事はあるかもしれない。教育とは、学びとはそういうものだ。

しかしそれが強く押しつけがましく攻撃的で否定的、あるいは過剰に肯定的なものですらも、そこには自分と同じでない他人への苛立ちがあるのかもしれない。

多数決安心したい、人と一緒でいたい、と。

社会の利害調整を問うなら互いに言い分もあるだろうけれど、生き方問題に口を出すのはナン ノブ マイ ビジネス(夜に影を探すようなもの)だ。

その点、受け売り胡散臭い政治思想アイデンティティ価値観が悪魔合体している人は非常に厄介という事になる。

まあ上から目線説教する道理もなかろうけど、なかった所で誹謗中傷やらにならない範疇批判をするのも勝手だ。

よしんば中傷じみた人格攻撃でも、そんなもんネットに溢れてるし、それで捕まるのも稀だ。という事を踏まえて平気でやる人間がいるのも事実としてある。

悲しいね

等しく無意味人生価値を見出せるのは自分だけだ。上手い飯を食うでも、芸術を愛でるでも、ギャンブルに狂うでも、何だっていい。

愛に囲まれ他者から存在肯定してもらうのも、神様を信じてみるのもいい。それは一見外部の他者価値を与えてくれるように見える。

しかし結局それによって得た納得が湧き出るのは自分の心の中だ。

「敵」を罵り「仲間」と慰め合って拵えた後ろ向きの納得よりも、内から発される声に対して真摯に耳を傾け、それに従った方が良い、ような気がする。私は。

まあ私だってきっと自分の考えに腹の底から納得できていないから、こんなサイトに長々と文章を書いているのかもしれない。

勿論意味など最初から問わない、忘却するという選択だって大いにあり得る。今際の際に蓋していたものが頭を過るのが怖くて私は出来ないが。

人をブチ殺して回りたい、それが私の納得する生き甲斐だ。こう思うのだって非難される、というか過剰に誹られる謂れはない。

なんなら思うだけではなく、法だの人権だのがいくら殺人ダメと言った所で、別に実行する事は可能なのだ。現に殺人事件は一定的に発生している。

出来るからやって良いなどとは言っておらず、可能事実があると言っているだけですからね。

当然我々が恩恵を受ける司法人権思想のもと、社会によってしばかれるだけだが。バレなきゃしばかれないけど。

茨の道が待っていると知った上で尚もその納得、価値観を手放さないというのなら、私は敬意すら覚える。当然自分が殺されるのは御免で、それはまた別の話だが。

個人主義民主主義社会範疇における多様性とはそういう事なんだろう。

お気持ちがどうとか主観がどうとかいった言葉を使って何か言った気になってる人がいるけど、事実でなく規範を語るなら感情論で当然なんだよね。

絶対的な真理、善、正義を信じる本質主義者なんで、と言われたらそれまでだけど。

金持ちネオリベかぶれるのも貧乏人がその逆になるのも当然だろうし、いくら事実論理を積んだ所で最終的には感情論

勿論ノブレスブリージュを語る金持ちも、支配者への忠義大事だと思う貧乏だっているかもしれない。

それもまた価値観や納得に基づいたものであって、どちらに転ぶか、必然性はない。

それに人を説得しようという時に必要なのは論理だけじゃない。

ブーメラン」はロジカルを自負するインターネットマンの口癖だけど、言行不一致は理屈ではなく感情問題だ。

殺人犯が「人殺しダメ」と言ったらどの口が言うかって話だけど、言ってる事は間違ってない。

でもやっぱりコミュニケーションにおいて心象というもの無視できないので、お気持ちのない、ポジショントークでない意見など神様しか言えない。

あいくら社会性に則った無難な話をした所で、「こういうヤツ、バカですw」みたいな強い言葉を使った話にばかり注目が集まるのも悲しい事ですね。

2023-05-03

年寄りとZ世代対立する理由

最近上の世代(40~50代)と下の世代20代)が仲たがいして20代が辞めるケースが増えてて思うんだけど、

原因は以下のような差異にあると感じた。

つまるところ、年寄りサイドは仕事を生涯大事にし、若者サイドは嫌なら辞める

(がまんして熟年離婚するより、無理だと思ったら即相手を見捨ててより良い環境に行く)ものだあと思う。

年寄りサイド

仕事は辞めないものとはなから決めつけている

仕事にかこつけてキレるのは当然の権利と考えている(良くも悪くも)

仕事がつらくても我慢する

仕事がつらければプライベートはおろそかにする(独身なら自由時間が減る、所帯持ちなら嫁さんにしわ寄せがいく)

会社には忠義を尽くす

若者サイド

仕事はいやだったら辞めるものとはなから予見している

仕事感情的になることはない(良くも悪くも)

仕事がつらければ愚痴を吐く

仕事がつらくてもプライベート大事にする

職場環境が嫌になれば会社は辞める

2023-03-09

惜しみて余りある忠義の者共なれど、あの日の雪の如き純白の忠誠心世俗の垢に汚したくはない

今ここで法に従い、生命を捨ててこそ、彼らの忠誠心未来永劫絶えることなく、

永遠にこの国の人々に語り継がれてゆくことでございましょう。

2022-12-15

anond:20221215140409

時の将軍が「赤穂浪士カッケー忠義切腹していいよ!吉良も悪い!喧嘩両成敗!」ってしちゃったからこんなことになったんだっけ?

2022-12-14

[] そのごひゃくじゅういち

メリィキリヒミテーッス

 

本日人類が初めて南極点に到達した日だから南極の日、そして日本では忠臣蔵で有名な吉良邸討ち入りの日ですね。

 

集団心理って怖いですよね、たった四十七人が団結して人一人ぶっ倒しに行くだけでも今では判断が分かれますものね。

ただ刀ぶん回した奴が悪いんだからそれで解散させられたのの腹いせに始末しに行くアイツら意味わからんくない?みたいな最近の言説とか

いんや忠義忠義忠義天晴れ天晴れ天晴れ!!で押し通してきたこれまでとか

冷静に「いやまずいっすよ、恥かかされたとかも意味わかんないっすよ」って指摘してくれる人が居たらまだ彼等も踏み止まれたのか、それとも「上司がやられることあったらマジ、やったりますよマジ」だったのか。

時代によって判断が分けられるぐらい物語として出来がいいのかもしれませんね。

今やったら悪いのは四十七士側ですもん。テロリストです。ゴリゴリ反社

でも一揆とかも発生することがあった時代の話だし、現代でも暴動は発生するし、だからこそ「これはこれ、それはそれ」を判断できることが大事になるのかもしれませんね。

まぁそういうのを裁判所とかが上手くやってくれるから現代ってすごいねって話かもしれません。

 

ということで本日は【適切な判断いか】でいきたいと思います

適切な判断いか!適切な判断ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

戦争放棄赤穂浪士討ち入りの矛盾について

本日12月14日は赤穂浪士達が討ち入りを果たした忠臣蔵の日である

今年8月の終戦の日には戦争放棄と不戦の誓いの思いを強くしたのに、そのわずか4ヶ月後には赤穂浪士達が忠義武士道を貫いたことが賞賛されている。

私が終戦の日忠臣蔵もどちらも信用できない最大の理由がここにある。

日本人として本気で不戦の誓いを新たにするのであれば、忠臣蔵を美化するわけにはいかないのではないか

忠義武士道に殉じた赤穂浪士を美化するのではなく、一人の老人を私刑にしたテロリスト達として扱わなければ整合性が取れない。

日本人は誰も戦争放棄する気なんか全くないのではないか

あるいは戦争放棄するのは太平洋戦争だけで、忠臣蔵明治維新日清日露戦争第一次世界大戦戦争放棄しない、ということにしているのではないか

いや、不戦の誓いを持つならば、全ての戦争放棄しろよ、赤穂浪士テロ集団指定しろよ。

2022-11-22

モーセ十戒』と『7つの大罪』が無能排除実用的すぎてヤバイ

十戒

主が唯一の神であること

基本中の基本。一つの集団形成するために、一つの信仰を共有できなければ、それは味方とは言いがたい。

また、無能な味方を排除する際にも、一言背信者」「背教者」とくっつけるだけで、あっという間にオサラバできる、大変に素晴らしい戒律である

偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止

これまた基本。モノをあがめるようになると、命よりもモノが大事になるため、集団が生き残るにはモノをあがめるより言葉をあがめないといけない。

神の名を徒らに取り上げてはならないこと

ここからが、集団に害する無能を見分ける機能に深く関わっていく。

恐ろしいことにユダヤ人祖先はやたらめったら権威を振りかざすやつが味方にいてはいけないということをン千年前にすでに喝破している。

安息日を守ること

休めるときに休めないと、休んじゃいけないときに休まなければならなくなるため、こういった人間が味方にいるともしものときが怖い。

父母を敬うこと

家庭環境がゴタゴタしている味方なんてのは、どんなに有能であったとしてもいずれボロが出るという話。

殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)

当たり前。でも、別に生存競争否定するわけではなく、実際、ユダヤ人は決してホロコーストされ続けるような弱い集団ではなく、普通に、神の名の下にジェリコの戦いで住民虐殺を行っていたり、数回にわたって行われた中東戦争圧勝していたりする。もっとも、味方を殺すような存在集団内にいていいわけがない。

姦淫をしてはいけないこと

昔も今も、恋愛というやつぁ人間関係のゴタゴタに直結するものであり、そういった感情を上手く制御できない連中を身内に飼ってしまうと、後々面倒なことになるという話。

盗んではいけないこと

これも当然。しかし、味方うんぬんという話以上に、敵に対しても同じである。これは、敵でも第三者でも、恨まれて当然の行為を禁ずる大変重要な話である。そして、そもそも、身内に泥棒がいたら全ての信用が失墜する。

偽証してはいけないこと(嘘を言ってはならない)

同上。身内に嘘つきがいて、周囲の人間に信頼してくれとお願いしても、それは無理てえものである

隣人の家をむさぼってはいけないこと

宗教集団の話なら、これは世間の話。なんやかんやでアホみたいに利益ばかり追い求めれば、それは恨みを買う要因になるわけで、隣近所とゴタゴタ起こすやからを身内に入れてはいけないという話である

七つの大罪

やけに生活観のあふれるユダヤ十戒と比べて、キリスト教七つの大罪は、完璧戦時中、もしくは争乱に特化したつくりになっており、飢饉や疫病、戦争といった中世暗黒時代かほりあふれる、無能な味方の割り出し方法となっている。

傲慢

主君、および味方のトップ以外、戦争中、最も忌避すべき味方の第一位自分世界の中心と思っている味方が多くなればなるほど、作戦遂行能力及び継戦能力の維持が難しい。

嫉妬

これまた、戦争中では忌避したい味方。戦争ではなくて、個人を見るようになってしまうと、徐々に大局観が失われていく。

憤怒

喜怒哀楽の一つの感情であるため、これはいたし方ない部分もあるにせよ、これを抑えられる味方についていきたいのもまた事実

怠惰

これは、戦争以外の全ての生活においても言える話。怠惰な味方と一緒に成功を得るには、戦場以外の場所ならば普通の味方の4倍以上の努力必要になる。これがもし戦場だったら、味方の怠惰のおかげで真っ先に最前線に送り込まれる。

強欲

これも戦争も含む全ての生活において言える話。もう一個、もう一人、もう少しという感情を抑えなければ、戦場では無様な死に直結し、商機では大損に突撃することになり、特に飢饉場合集団全体の死の可能性が高まる。正直なところ、飢饉場合は、強欲な人間は殺されても仕方がなく、実際にそういった排除の論理は多くの民話に残されている。

暴食

これは、完璧飢饉に関する集団内の排除の論理に直結する。いくら才能にあふれ、カリスマがあり、集団内に良い影響を与えたとしても、飢饉の際に暴食する人間は、集団全体の死に関わるため、やっぱり殺されても仕方がない。むしろ飢饉などという非常事態に、才能やカリスマ、良い影響などといった話はまったく関係はなく、いかにして全員で耐え忍ぶかが重要になるため、耐え忍べない連中はどうしたって排除される。

色欲

十戒姦淫の部分と同じである

七つの美徳

上記のように、無能な味方には様々な要因が存在するが、基本的にたった一つの要因しか持ち合わせていないなんて話はまず無い。むしろ、2つも3つも悪徳やら罪を持ち合わせているような場合が多い。しかし、世の中は大変に困ったもので、七つの大罪のほかに七つの美徳と呼ばれる有能な味方の条件に合致する要素があり、そういった要因が複雑に絡まりあって人間が出来ている以上、そういった複雑な連中をいかに上手く制御していくかが、上に立つ人間にとって必須技術となる。

忠義希望勇気純潔、慈愛、純愛友情、誠実、知識正義分別節制貞節、自制、寛容、勤勉、忍耐、親切、上品

・・・七つどころの騒ぎじゃない。けれども、一応、全て過去七つの美徳に含まれたことのある要因である。ちなみに、味方が持っていて果たして有能かどうか微妙な要素もいくつか見え隠れするけれど、逆に言えば、それに反する悪徳を有していたら、とてもじゃないが目も当てられないという話がほとんどであるため、希望純潔上品といった要素が含まれるのも仕方がない。

もし、ネガティブ好色下品な仲間がいたら、あなたのいる集団にどんな未来がありますか?

2022-09-20

anond:20220920000624

給料を上げず、退職届を出したらそれをビリビリにして、自分の大切な人にひどいことをすると恫喝してきた人間にもう忠義もクソもない

anond:20220920000322

雇い主に死ねばいいとは世も末だ

忠義の心がないのか

2022-08-30

日本でも滅ぼした国の女を奴隷にすることはあった

徳川鳥居元忠という忠義武将がいるが、

馬場信春の娘を探すように家康からお触れが出ていたところ、黙ってかくまって嫁にしたらしい。

「嫁のようにしていた」という表現日本ならではだが、ていのいい奴隷ともいえる。

なぜなら武田の名門の娘が理由もなく徳川副将の嫁になることはないかである

このように戦国時代女性は非常に弱い立場にあった。

2022-07-20

我々はなぜ統一教会が嫌いなのか

近代合理主義者と化した保守

安倍晋三暗殺事件きっかけに統一教会世界平和統一家庭連合)に注目が集まっているが、保守系(反リベラル、反ポリコレ反中韓)に分類できる文化人のなかで、はっきりと統一教会批判を行なっているのが旧2ちゃんねる(5ちゃんねる)関係者ひろゆき山本一郎なのは興味深い

一説によれば、旧2ちゃんねるは一時期、統一教会に乗っ取られかけたという噂がある。この点を抜きにしても、基本的1970年代まれ以下の世代は、保守愛国を唱えていても頭の中は近代合理主義者で、土着的・伝統的な家族観とか道徳観はちっとも好きではないのだ。

無論、1970年代まれ以下の世代でも立場はさまざまだ。

東浩紀1971年生)は統一教会を「カルトかどうか判断できないだけ」と述べてひんしゅくを買った。ただ、これは統一教会擁護というより、スターリニズム連合赤軍のような原理主義的なドグマに陥ることを恐れるあまり、「二項対立に囚われないように判断保留する」というポストモダン思考原理主義的なドグマにしてしまった模様。

一方、三浦璃麗(1980年生)は、何やら統一教会利害関係があるらしい。

https://twitter.com/333_hill/status/1300961546693083137?s=12

http://japanhascomet.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-e4d640.html

東や三浦はさておいても、高度経済成長期以降に育ち、冷戦体制崩壊後に成人した団塊ジュニア以降の世代は、基本的統一教会的なものが嫌いだろう。俺もな。

今では忘れ去られているが、2000~2006年ごろの2ちゃんねるでは、韓国中国民主党だけでなく、森喜朗代表される体育会系マッチョ価値観自民党重鎮も不人気で、平然と皇室コケにする書き込みだって多数あった。非合理的宗教団体は嫌われ、前近代的な家制度の束縛とかブラック企業的な上下関係肯定する主張は評判が悪かった。

かつて2ちゃんねるに大量にいたネトウヨことネット右翼は、なぜ韓国人や中国人を嫌悪したのか? 戦前戦中の日本に対する非難自分個人への非難のように思えた点に加えて、韓国人や中国人の振る舞い(声が大きい、言動が粗暴、上下関係がきびしい等)に「前近代」の臭いを感じ取っていたからではないか

ネットでは保守愛国を主張して戦前日本を賛美ながら、平然と「中国韓国儒教国家からダメだ」と言う人間が少なくない。お笑いである戦前までの日本だって支配階級の基本思想儒教だった。幕末尊王攘夷運動が起きたのは江戸時代朱子学が普及して、「幕府天皇から権力を奪っているのは忠義に反する」という考え方が広まった結果だ。明治維新後も、明治天皇教育係の元田永孚西洋嫌いの儒学者で、名君の教科書として唐代の『貞観政要』を読ませたし、教育勅語は儒教価値観産物だ。

だが、どうやら団塊ジュニア世代以下のネトウヨの頭の中にある理想日本は、最初から西洋価値観近代国家だったらしい。彼らには古代中世日本伝統価値観を本気で学ぶ気などなく、和歌能楽歌舞伎浄瑠璃より、漫画アニメゲームが好きなのが本音だろう。そういえば橋下徹も、平然と文楽予算を削減しようとしてたな。

保守愛国を唱えながら近代合理主義何が悪いの?」と言う人もいるだろう。世の中には、何も悪いことをしてない人間にも病や死や不幸が降りかかったり、不合理がいくらでもある。何でも理性で解決できると思い、現代から見れば非合理な考え方に従っていた古代中世人間を愚かとしか見なさないのは、思い上がりだ。そうして過去時代の人々という他者への想像力を持とうとせず、過去世代が積み重ねてきた道徳観への敬意がなくなると、経済的な損得ばかりが最優先の価値観になる。「皇室の維持は国費の無駄から天皇制反対」と言い出す者も出てくるかもしれない。

そうなれば、単に力(財力、権力情報発信力)がある奴が勝ちだ。日本でもドナルド・トランプのような男が国家元首になるかもしれない、トランプならまだ人物的に面白味があるが、竹中平蔵ワタミ大統領になったら本当にイヤだぞ。

共産主義統一教会環境産物

統一教会2015年世界平和統一家庭連合改名した。団体名に「家庭」とつくのがポイントだ。自民党による憲法改正案で、第24条に加筆された「家族は、互いに助け合わなければならない」という一文は、統一教会の主張と同じだといわれる。また、「こども庁」の名称が「こども家庭庁」となったのは統一教会の影響という説もある。

https://twitter.com/izumi_akashi/status/1548537253018103808

まり統一教会はとにかく家族の重視を唱える。彼らの教義は、俗流キリスト教と、家父長の権威先祖供養を重んじる東アジア的な儒教道徳の混合物で、教祖の故・文鮮明をお父様、その妻の韓鶴子をお母様と呼ぶ。このような教団組織という大きな家族への絶対服従を唱える思想が、皮肉にも結果的山上徹也個人の家庭を破壊した。

週刊文春7月21日号では、橘玲が「リベラル化した社会に敗れた男の”絶望”が暴発した」と題して、安倍晋三暗殺した山上徹也のことを論じている。現代は家制度の束縛などが機能しなくなった「自由」な社会だが、それゆえに自力自己実現できなかった孤立した人間が増えているといった内容で、その極端な暴発例に2008年秋葉原通り魔事件や、2019年京アニ放火事件を挙げている。指摘自体はおおむね間違ってないだろうが、なぜそのような世の中になったか説明が抜けている。

リベラル思想以前に、社会構造の変化がある。そもそも伝統的な家族観、家父長の権威とか、早く結婚して何人も子供を産むのが良いことだという考え方は、近代以前の農村社会が前提だ。農家個人経営で、家父長のもとで妻子が一緒に農作業し、働き手として子供の数は多い方が都合よいから多産が奨励された。そして、農地という生産手段継承するために血統の存続が重視され、先祖から連続性が意識されていた。漁村商家も同様に家族経営が基本で、船や商材を継承するため家制度が重視された。

ところが、産業革命期以降になると、農村の余剰人口都市に流れて工場労働者となり、先祖代々の土地と家から離れて生きるようになる。労働者はみんな家庭外で雇用され、子供家族から切り離され、父親母親子供も(昔は各国で児童労働が横行していた)ばらばらに働くようになり、自宅の窯でパンを焼いたり時間をかけて食事することもできなくなった(『世界歴史 第25巻』(中央公論社)270p)

統一教会のような反共主義者は、「左翼リベラル思想伝統的な家族観破壊した」と主張するが、この解釈因果関係が逆転している。共産主義は、工業が発達して伝統的な家庭を成立させる農村社会から切り離された都市労働者が世にあふれた結果からまれ思想だ。マルクスより先に、経済的利益のために伝統共同体解体して蒸気機関工場労働者を世に広めた資本家がいたのである

逆に、農村社会に戻れば前近代的な家父長制は復活するだろう。だったら、商工業全否定して国民農村強制移住させたポル・ポトカンボジアこそが理想かよ?

先進国では工業社会さらに進むと、世の中は第三次産業中心になり、庶民はみんな勤め人の都市生活者となっていった。これは産業社会要請によるものだ。以前も書いたが、(https://gaikichi.hatenablog.com/entry/20170522/p1高度経済成長期に中卒や高卒都市工場商店就職していった女性は、左翼リベラル思想に影響されて社会進出し勤め人は世襲家業ではないから、妻子が家に従属する必要はない。リベラル思想関係なく、前近代的な家制度の束縛が弱くなるのも当然だ。生まれた時からこういう環境に慣れきって育った世代が、家父長の強い権威やきびしい上下関係を嫌うのは必然だろう。

こう書いている自分も、会社員の家の次男坊で、実家従属する義理はないか上京以来ろくに親元に帰らない。長男長男だった兄まで、ついに生活のためやむなく父の墓がある土地を離れてしまった。先祖代々の土地家業を持ってるのではないのだから仕方ない。

統一教会のような保守派は、家族大事だと主張するけれど、口先の精神論ばかりで上記のような社会構造問題にまったく踏み込めていない。

信者にとってのカルト宗教の魅力とは何か?

困ったことに、農村社会や家制度のような伝統的な中間共同体が力を失うと、その代替物として、一足飛びなナショナリズムカルト団体帰属意識を求める者が増える。

エマニュエル・トッドは、『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧』(文春新書)で、宗教伝統が衰退すると代わりに排外的ナショナリズムが台頭すると述べていた。何でも、ドイツでは19世紀から1930年代昔ながらの教会を中心とした農村共同体が弱体化した代わりに反ユダヤ主義が台頭し、ナチス支持につながったという。

統一教会をめぐる報道で、山上徹也の母のように財産すべて差し出す信者気持ち理解できないという人は多い。しかしながら、外部から見ればいか狂信的な団体でも、内部の信者には何らかの「魅力」がある。

先に述べたように、世の中にはいくらでも非合理的なことがある。それまで合理主義者だった人間が、病や死のような自分の力に直面していきなりオカルト宗教に走った例は少なくない。帝国海軍の名参謀だった秋山真之や、アップルスティーブ・ジョブスのような英才も、最期近代医学に頼らず怪しげな方法に頼って病を治そうとして、かえって早死にした。こういう極端な思考に走らないためにも、世の中は理性で解決できないこともあると頭の片隅に置いて、合理的ものへの免疫をつけておくこと必要だ。

そこまで追い詰められなくても、「大きなものにつながりたい願望」を抱く人間は多い。人には何かに帰属することによって得られる充実感というものがある。これは左派陣営団体も同じだ。

こう書けば左翼リベラル派は激怒するだろうが、世の中には男尊女卑や家父長制に身をゆだねることに安心感を抱く者もいる(俺自身は嫌いだが)。いか社会制度近代化しても、誰もが自立した個人になれるわけではないのだ。

あの気持ち悪い集団結婚式にしても、なまじ自由恋愛の時代になると結局誰も選べずに結婚相手が決まらず、いっそ超越的な立場第三者一方的に決めてもらう方が安心、という人間も世の中には一定数いるのかもしれない。

これも以前に述べたが、カルト宗教などが行う洗脳とは、命令に従わせることではなく、被洗脳者が自発的洗脳する側に忖度するように”誘導”することであるhttps://gaikichi.hatenablog.com/entry/20121101/p1)。

その手段として「場の空気」の力がものを言う。場の空気を使った洗脳はじつに簡単だ。こんな話がある、皆さんはカップ入りアイスクリームを食べるとき、どこから食べるだろうか? たいてい最初カップの縁にスプーンを入れるだろう。あるとき数人の集団で、1人を除いた全員があらかじめ示し合わせて、みんなカップの真ん中にスプーンを入れて食べ、残った一人を「端っこから食べるなんてセコいなあ」と言ってからかった。仲間外れにされた1人は本気で、自分の方が異常で、アイスクリームは真ん中から食べるのが世間常識だと錯覚したという。

これと同じように、閉鎖的な教団内では容易に「みんな多額の献金をしてるんだから、そうしない自分の方がおかしい」と思い込むように仕向けられる。宗教団体も、ネットワークビジネスも、会員制オンラインサロン商法も同じだ。

信者教祖や教団幹部個人命令に従っているというより、信者集団の「場の空気」によって献金しなければならない気になっている。周囲にいる人間が競い合って同じことをしているのに、自分だけそれをやらないと自分の方が変だと思い込んでしまうのだ。そりゃ「空気を読む」ことが至上の美徳という価値観で育った日本人なら従ってしまうだろう。

思想だけで世の中は動かない

2022年現在の状況では、まだまだ自民党に対する統一教会の影響力は強そうだ。しかし、このまま上記に述べたような近代社会構造が続くのであれば、20~50年ぐらいの長期スパンで見た場合統一教会的なるもの――家父長制バンザイカルト宗教は徐々に人気を失っていくだろうと考えられる。

実際、100~200年ぐらいの視野で見れば、左翼リベラル陣営はずっと勝利し続けている。世の中は、近代的な商工業が発達すればするほど、上下関係は緩くなり、男女は平等に近づき、セクハラパワハラは嫌われ、体罰理不尽校則廃止される方向に進んできた。

ただし、それは必ずしも自由平等人権といったリベラルイデオロギーの魅力による勝利ではない。単に文明の発展によって、人間が図々しくなっただけだ。

近代以前はあらゆる労働が筋力中心だったから、無条件に成人男性が一番偉くて、女子供は成人男性に従うものだった。しかし、そのような価値観は、スマホコンビニAIドローンの普及と引き換えに後退しつつある。あるいは、汗臭い筋肉労働人件費の安い海外アウトソーシングしたり国内視野から消し去っただけだ。外国人技能実習生世界では、依然として日本相手なら許されないパワハラが横行している。

いか自由平等人権といったリベラルイデオロギー字面が美しくても、思想だけで世の中は動かない。民主主義古代ギリシャにもあったが、あらゆる労働が人力の時代だったから、ついぞ奴隷制廃止されなかった。19世紀に入るとイギリスアメリカ奴隷制廃止したが、それはリベラル人道主義者の主張より、奴隷を使うプランテーション農場比較して工場経営のほうが儲かると判断されるようになった影響が大きい。

統一教会による霊感商法、巨額の献金要求は許しがたい犯罪行為で、自分もこういうカルト宗教は大嫌いだ。ただ、統一教会的なもの嫌悪する自分たちは、たまたま土着的な農村社会崩壊して家制度の束縛が機能しなくなった時代に生まれ育ったから、統一教会的な家父長制価値観へのPermalink | 記事への反応(1) | 23:06

2022-07-14

左翼から見ると憎き悪の親玉が実は裏で操られていてその原因が飛び出てきて次の敵が明らかになり第二部が始まる感じなんだろうけど

右翼から見ると愛国心あふれる正義化身が裏で交際していた相手悪の枢軸で、この悪の枢軸忠義を示すかどうかが試されている感じなんだろうね

2022-06-02

黒田騒動(くろだそうどう)は、江戸時代前期に福岡藩で発生したお家騒動栗山大膳事件(くりやまだいぜんじけん)ともいう。伊達騒動加賀騒動または仙石騒動とともに三大お家騒動と呼ばれる。他の御家騒動では処分時に死者が出ているが、黒田騒動ではお預けなどはあったものの、死者は出なかった。

経緯

黒田長政は世継ぎ継承にあたり長男・忠之の狭器と粗暴な性格を憂い、三男の長興に家督を譲ると決めて忠之に書状を送る。書状には2千石の田地で百姓をするか、1万両を与えるから関西商人になるか、千石知行で一寺建立して僧侶になるか、と非常に厳しいものであった。これに後見役の栗山大膳は、辱めを受けるのなら切腹をとの対応を忠之に勧める。そして600石以上2千石未満の藩士嫡子たちを集め、長政に対して廃嫡を取りやめなければ全員切腹すると血判状をとった。この事態を重く見た長政は嘆願を受け入れ、大膳を後見役に頼んだ後に死去した。そこで大膳は忠之に諌書を送ったが、これが飲酒の心得や早寝早起きなど子供を諭すような内容だったため、忠之は大膳に対し立腹し、次第に距離を置くようになる。忠之は寛永元年(1624年)に藩主就任早々、忠之及びその側近と、筆頭家老であった大膳はじめ宿老達との間に軋轢を生じさせ、生前の長政が憂いていたとおりに御家騒動へと発展した。忠之は小姓から仕えていた倉八十太夫(くらはち じゅうだゆう。名は正俊、または家頼)を側近として抱え、1万石の大身とした。そして十太夫に命じて豪華な大船鳳凰丸」を建造。さらに200人の足軽新規に雇い入れるなど、軍縮時代にあってそれに逆行する暴政を行った。これにより遂に藩は幕府より咎めを受けるに至った。

大膳も寛永9年(1632年)6月、忠之が幕府転覆を狙っていると幕府に上訴した。藩側は「大膳は狂人である」との主張を行い、寛永10年(1633年)2月将軍徳川家光が直々に裁いた結果、忠之の藩側の主張を認め、所領安堵の触れを出し、10年に及ぶ抗争に幕を閉じた。大膳は騒動の責を負って陸奥盛岡藩預かりとなり、十太夫高野山追放された。なお、十太夫島原の乱黒田家に陣借りして鎮圧軍に従軍したが、さしたる戦功は挙げられず、黒田家復帰はならなかった。のち上方で死去したという。十太夫の孫・倉八宅兵衛に至り、ようやく再仕官を許されている。なお、この時に盛岡藩へ預かりとなった栗山大膳は、藩祖・黒田如水所用の兜も一緒に持参した。現在、もりおか歴史文化館に所蔵されている。

題材にした作品

江戸時代中期には江戸中村座などにて黒田騒動を題材にした歌舞伎が数多く上演された。最初瀬川如皐作、外題『御伽譚博多新織』。のちに河竹黙阿弥により狂言『黒白論織分博多』として加筆集約化された。また幕末には合巻としては最長編である『しらぬひ譚』も歌舞伎化され、こちらも大好評を博した。

また、この事件森鷗外小説栗山大膳』において、改易を危惧した大膳が黒田家を守るために尋問の場で訴えたとして脚色して描いている。十太夫は、島原の乱一揆軍に加わり戦死したことになっている。滝口康彦小説『主家滅ぶべし』では、利章は真面目で実直なものの、その忠義独善的であるため主君家中からまれしまい、忠臣としての自身を保つために引き起こしものとして描かれている。

1956年には東映映画黒田騒動』が公開されている。監督内田吐夢、主演の栗山大膳役は片岡千恵蔵

1965年海音寺潮五郎が「列藩騒動録」新潮社上梓、のち講談社文庫化

2022-04-28

anond:20220428104617

こいのぼり」を歌ってるのがお母さん。

作詞

近藤宮子(こんどう みやこ、1907年3月21日 - 1999年4月8日)は、日本唱歌作詞家。唱歌チューリップ』、『こいのぼり作詞者。  

国文学者の父・藤村作が広島高等師範学校(後の広島大学)へ教授として赴任した1907年広島広島国泰寺町現在中区国泰寺町)に出生。母・季子は広島高師附属中学山中高等女学校音楽教師を務めた。1910年、父が東京帝国大学文学部助教授に転任、東京市千駄ヶ谷に転居。1931年、父の教え子で東京音楽学校(後の東京芸術大学音楽学部)講師国文学者の近藤忠義結婚専業主婦となる。

2022-03-07

anond:20220306190320

日本では毎年8月に戦争反対平和への誓いを宣言しながら、そのわずか4ヶ月後には忠臣蔵赤穂浪士達の討ち入りを「忠義」だなんだと美化している。

本当に戦争反対を主張するなら、赤穂浪士なんてテロリスト集団として批判しなければ整合性がない。

2022-02-12

anond:20220212010453

歴史理解という面もあると思うけど、平家物語アニメ内で見ると、後白河法皇への「忠義」の中身、理由が十分に描かれていないってところが疑問のポイントかもね。

もちろん天皇というもの権威システム重要性でもいいし、人格的なものや心の交流でもいいんだけど、そこに踏み込んではいけない、という描かれ方が弱く見えたのは確かな気がする。

2021-12-21

今回の放火についての再発防止は「キチガイ皆殺し」ではなく「ドクターショッピング啓蒙」でしょ

Q.犯人犯行に及んだ理由は明らかだよね?(対象知能指数IQ 70以上)

1 自己中心的性格

2 京アニの影響ひいてはオタク文化のせい

3 放火して殺しまくるのに都合のいいビル存在

4 医者が合わないときは変えればいいと知らなかった


日本じゃドクターショッピングは悪いことであるかのように言われがちだったこと、これが全ての諸悪の根源

ある種の益荒男精神くそったれ昭和根性論)のようなもので、「一度始めたら続けなくてはいけない」「先生と呼ばれる職業には忠義を尽くさなくてはいけない」「一度忠誠を誓ったものを裏切ってはいけない」などの病理日本には蔓延してる。

今回の犯人もソレに当てられた結果として、理想医者を引き当てるまで何回でもガチャを回せばいいことに気づかなかった。

これを引き起こし二次的要因は、「メディアにおけるドクターショッピング批判」「医者全知全能説」「キチガイは黙って健常者の言うことを聞け」「病人は黙って医者の言うことを聞け」などの風潮。

分かるね。

まりメディアが悪いんや。

なんもかんもメディアが悪い。

メディアにおいての医療道徳に関する議論情報提供最初のうちは善意を持って行われるが、視聴率重視のために少しずつ歪み最後テセウスの船のようにまるっと全てが別物へと生まれ変わる。

メディアはね、最終的には悪なの。

今回の事件から我々が学ぶべきものはこれね。

きっと多くの「コイツこそが真犯人」をメディアは語るだろうけど騙されるなよ。

それは真犯人自分への追求を逃れるためにでっち上げている偽の犯人からな。

2021-12-15

日本平和主義戦争反対なら・・・

忠臣蔵テレビドラマを流すのもアウトなんじゃないの?

太平洋戦争ダメで、なんで忠臣蔵赤穂浪士忠義心を美化させて描いているの?

本当に平和主義だったら、テロリストの討ち入りなんて戦争犯罪同意義に描かないといけないんじゃないの?

2021-08-13

無能な味方の分類法

無能な味方という枠組みを制作するに当たり、もっとも分かりやすく、かつ納得がいく枠組みが宗教と呼ばれるジャンルの中に大量にあったりする。中でもユダヤ人十戒は、いかにして無能な味方を見分けるかという視点で見るならば、笑っちまうほど的確で分かりやすい形でそれぞれの戒律が定められている。あわせて、キリスト教における七つの大罪についても、同じことが言える。

せっかくなので、双方の戒律から見る無能な味方の判別法についてを簡単に述べる。

十戒

主が唯一の神であること

基本中の基本。一つの集団形成するために、一つの信仰を共有できなければ、それは味方とは言いがたい。

また、無能な味方を排除する際にも、一言背信者」「背教者」とくっつけるだけで、あっという間にオサラバできる、大変に素晴らしい戒律である

偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止

これまた基本。モノをあがめるようになると、命よりもモノが大事になるため、集団が生き残るにはモノをあがめるより言葉をあがめないといけない。

神の名を徒らに取り上げてはならないこと

ここからが、集団に害する無能を見分ける機能に深く関わっていく。

恐ろしいことにユダヤ人祖先はやたらめったら権威を振りかざすやつが味方にいてはいけないということをン千年前にすでに喝破している。

安息日を守ること

休めるときに休めないと、休んじゃいけないときに休まなければならなくなるため、こういった人間が味方にいるともしものときが怖い。

父母を敬うこと

家庭環境がゴタゴタしている味方なんてのは、どんなに有能であったとしてもいずれボロが出るという話。

殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)

当たり前。でも、別に生存競争否定するわけではなく、実際、ユダヤ人は決してホロコーストされ続けるような弱い集団ではなく、普通に、神の名の下にジェリコの戦いで住民虐殺を行っていたり、数回にわたって行われた中東戦争圧勝していたりする。もっとも、味方を殺すような存在集団内にいていいわけがない。

姦淫をしてはいけないこと

昔も今も、恋愛というやつぁ人間関係のゴタゴタに直結するものであり、そういった感情を上手く制御できない連中を身内に飼ってしまうと、後々面倒なことになるという話。

盗んではいけないこと

これも当然。しかし、味方うんぬんという話以上に、敵に対しても同じである。これは、敵でも第三者でも、恨まれて当然の行為を禁ずる大変重要な話である。そして、そもそも、身内に泥棒がいたら全ての信用が失墜する。

偽証してはいけないこと(嘘を言ってはならない)

同上。身内に嘘つきがいて、周囲の人間に信頼してくれとお願いしても、それは無理てえものである

隣人の家をむさぼってはいけないこと

宗教集団の話なら、これは世間の話。なんやかんやでアホみたいに利益ばかり追い求めれば、それは恨みを買う要因になるわけで、隣近所とゴタゴタ起こすやからを身内に入れてはいけないという話である

七つの大罪

やけに生活観のあふれるユダヤ十戒と比べて、キリスト教七つの大罪は、完璧戦時中、もしくは争乱に特化したつくりになっており、飢饉や疫病、戦争といった中世暗黒時代かほりあふれる、無能な味方の割り出し方法となっている。

傲慢

主君、および味方のトップ以外、戦争中、最も忌避すべき味方の第一位自分世界の中心と思っている味方が多くなればなるほど、作戦遂行能力及び継戦能力の維持が難しい。

嫉妬

これまた、戦争中では忌避したい味方。戦争ではなくて、個人を見るようになってしまうと、徐々に大局観が失われていく。

憤怒

喜怒哀楽の一つの感情であるため、これはいたし方ない部分もあるにせよ、これを抑えられる味方についていきたいのもまた事実

怠惰

これは、戦争以外の全ての生活においても言える話。怠惰な味方と一緒に成功を得るには、戦場以外の場所ならば普通の味方の4倍以上の努力必要になる。これがもし戦場だったら、味方の怠惰のおかげで真っ先に最前線に送り込まれる。

強欲

これも戦争も含む全ての生活において言える話。もう一個、もう一人、もう少しという感情を抑えなければ、戦場では無様な死に直結し、商機では大損に突撃することになり、特に飢饉場合集団全体の死の可能性が高まる。正直なところ、飢饉場合は、強欲な人間は殺されても仕方がなく、実際にそういった排除の論理は多くの民話に残されている。

暴食

これは、完璧飢饉に関する集団内の排除の論理に直結する。いくら才能にあふれ、カリスマがあり、集団内に良い影響を与えたとしても、飢饉の際に暴食する人間は、集団全体の死に関わるため、やっぱり殺されても仕方がない。むしろ飢饉などという非常事態に、才能やカリスマ、良い影響などといった話はまったく関係はなく、いかにして全員で耐え忍ぶかが重要になるため、耐え忍べない連中はどうしたって排除される。

色欲

十戒姦淫の部分と同じである

七つの美徳

上記のように、無能な味方には様々な要因が存在するが、基本的にたった一つの要因しか持ち合わせていないなんて話はまず無い。むしろ、2つも3つも悪徳やら罪を持ち合わせているような場合が多い。しかし、世の中は大変に困ったもので、七つの大罪のほかに七つの美徳と呼ばれる有能な味方の条件に合致する要素があり、そういった要因が複雑に絡まりあって人間が出来ている以上、そういった複雑な連中をいかに上手く制御していくかが、上に立つ人間にとって必須技術となる。

忠義希望勇気純潔、慈愛、純愛友情、誠実、知識正義分別節制貞節、自制、寛容、勤勉、忍耐、親切、上品

・・・七つどころの騒ぎじゃない。けれども、一応、全て過去七つの美徳に含まれたことのある要因である。ちなみに、味方が持っていて果たして有能かどうか微妙な要素もいくつか見え隠れするけれど、逆に言えば、それに反する悪徳を有していたら、とてもじゃないが目も当てられないという話がほとんどであるため、希望純潔上品といった要素が含まれるのも仕方がない。

もし、ネガティブ好色下品な仲間がいたら、あなたのいる集団にどんな未来がありますか?

無能な味方の分類法

無能な味方という枠組みを制作するに当たり、もっとも分かりやすく、かつ納得がいく枠組みが宗教と呼ばれるジャンルの中に大量にあったりする。中でもユダヤ人十戒は、いかにして無能な味方を見分けるかという視点で見るならば、笑っちまうほど的確で分かりやすい形でそれぞれの戒律が定められている。あわせて、キリスト教における七つの大罪についても、同じことが言える。

せっかくなので、双方の戒律から見る無能な味方の判別法についてを簡単に述べる。

十戒

主が唯一の神であること

基本中の基本。一つの集団形成するために、一つの信仰を共有できなければ、それは味方とは言いがたい。

また、無能な味方を排除する際にも、一言背信者」「背教者」とくっつけるだけで、あっという間にオサラバできる、大変に素晴らしい戒律である

偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止

これまた基本。モノをあがめるようになると、命よりもモノが大事になるため、集団が生き残るにはモノをあがめるより言葉をあがめないといけない。

神の名を徒らに取り上げてはならないこと

ここからが、集団に害する無能を見分ける機能に深く関わっていく。

恐ろしいことにユダヤ人祖先はやたらめったら権威を振りかざすやつが味方にいてはいけないということをン千年前にすでに喝破している。

安息日を守ること

休めるときに休めないと、休んじゃいけないときに休まなければならなくなるため、こういった人間が味方にいるともしものときが怖い。

父母を敬うこと

家庭環境がゴタゴタしている味方なんてのは、どんなに有能であったとしてもいずれボロが出るという話。

殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)

当たり前。でも、別に生存競争否定するわけではなく、実際、ユダヤ人は決してホロコーストされ続けるような弱い集団ではなく、普通に、神の名の下にジェリコの戦いで住民虐殺を行っていたり、数回にわたって行われた中東戦争圧勝していたりする。もっとも、味方を殺すような存在集団内にいていいわけがない。

姦淫をしてはいけないこと

昔も今も、恋愛というやつぁ人間関係のゴタゴタに直結するものであり、そういった感情を上手く制御できない連中を身内に飼ってしまうと、後々面倒なことになるという話。

盗んではいけないこと

これも当然。しかし、味方うんぬんという話以上に、敵に対しても同じである。これは、敵でも第三者でも、恨まれて当然の行為を禁ずる大変重要な話である。そして、そもそも、身内に泥棒がいたら全ての信用が失墜する。

偽証してはいけないこと(嘘を言ってはならない)

同上。身内に嘘つきがいて、周囲の人間に信頼してくれとお願いしても、それは無理てえものである

隣人の家をむさぼってはいけないこと

宗教集団の話なら、これは世間の話。なんやかんやでアホみたいに利益ばかり追い求めれば、それは恨みを買う要因になるわけで、隣近所とゴタゴタ起こすやからを身内に入れてはいけないという話である

七つの大罪

傲慢

主君、および味方のトップ以外、戦争中、最も忌避すべき味方の第一位自分世界の中心と思っている味方が多くなればなるほど、作戦遂行能力及び継戦能力の維持が難しい。

嫉妬

これまた、戦争中では忌避したい味方。戦争ではなくて、個人を見るようになってしまうと、徐々に大局観が失われていく。

憤怒

喜怒哀楽の一つの感情であるため、これはいたし方ない部分もあるにせよ、これを抑えられる味方についていきたいのもまた事実

怠惰

これは、戦争以外の全ての生活においても言える話。怠惰な味方と一緒に成功を得るには、戦場以外の場所ならば普通の味方の4倍以上の努力必要になる。これがもし戦場だったら、味方の怠惰のおかげで真っ先に最前線に送り込まれる。

強欲

これも戦争も含む全ての生活において言える話。もう一個、もう一人、もう少しという感情を抑えなければ、戦場では無様な死に直結し、商機では大損に突撃することになり、特に飢饉場合集団全体の死の可能性が高まる。正直なところ、飢饉場合は、強欲な人間は殺されても仕方がなく、実際にそういった排除の論理は多くの民話に残されている。

暴食

これは、完璧飢饉に関する集団内の排除の論理に直結する。いくら才能にあふれ、カリスマがあり、集団内に良い影響を与えたとしても、飢饉の際に暴食する人間は、集団全体の死に関わるため、やっぱり殺されても仕方がない。むしろ飢饉などという非常事態に、才能やカリスマ、良い影響などといった話はまったく関係はなく、いかにして全員で耐え忍ぶかが重要になるため、耐え忍べない連中はどうしたって排除される。

色欲

十戒姦淫の部分と同じである

七つの美徳

上記のように、無能な味方には様々な要因が存在するが、基本的にたった一つの要因しか持ち合わせていないなんて話はまず無い。むしろ、2つも3つも悪徳やら罪を持ち合わせているような場合が多い。しかし、世の中は大変に困ったもので、七つの大罪のほかに七つの美徳と呼ばれる有能な味方の条件に合致する要素があり、そういった要因が複雑に絡まりあって人間が出来ている以上、そういった複雑な連中をいかに上手く制御していくかが、上に立つ人間にとって必須技術となる。

忠義希望勇気純潔、慈愛、純愛友情、誠実、知識正義分別節制貞節、自制、寛容、勤勉、忍耐、親切、上品

・・・七つどころの騒ぎじゃない。けれども、一応、全て過去七つの美徳に含まれたことのある要因である。ちなみに、味方が持っていて果たして有能かどうか微妙な要素もいくつか見え隠れするけれど、逆に言えば、それに反する悪徳を有していたら、とてもじゃないが目も当てられないという話がほとんどであるため、希望純潔上品といった要素が含まれるのも仕方がない。

もし、ネガティブ好色下品な仲間がいたら、あなたのいる集団にどんな未来がありますか?

2021-06-01

腐女子が男同士の絆や忠義恋愛すり替えて、BL的に消費する理由

女には、忠誠心がないから。

女は忠誠心脳内エミュレーションできないから、普段エミュレーションしてばかりの恋愛回路でエミュレーションするからBLに男は違和感を抱くことになる。

2021-03-06

anond:20210305212529

たぶん同じような膨大な定型業務を次々こなす仕事してるけど、頑張っても頑張らなくても給料同じなんだからそんなに気張らなくてもよくね?

結局そういう無意味忠義心がブラック企業化を招くしな。

しろそういうポカするのがいてくれると、言っちゃ悪いけど良い感じにみんなの叩き台というかガス抜きになってくれるやん。

自分もどんな手抜きしてもそいつより下になる事はないってセーフティーがいるのは精神的に楽。

めんどくさい先輩と先輩のやり方が対立している時とかも、とりあえずそいつが叩かれてくれて丸く収まる的な。

たぶんだけどあんたの後輩もあんたがそいつを叩いてくれて私らの細かいとこ見なくて助かるなぁって思ってるよ。

2020-12-15

anond:20201214053722

忠臣蔵オワコンかって言われればそうじゃなくて

なんか可哀想な人を旗印にその可哀想な人に酷いことした奴に可哀想な人が好きだった人達復讐を仕掛ける、そういうカチカチ山だかさるかに合戦じみた物語って求められてはいるんだと思う。

 

忠臣蔵とか、武士かのことを滅茶苦茶身分の高い人だと思うから、ウチら庶民とは関係ないじゃんねってなるけど

庶民庶民矜持で頑張ったけど惨たらしく殺されてしまった、その時点で庶民達には近しく恐ろしい出来事なのだ

 

から、光本テキーラ事件は令和の忠臣蔵、赤穂事件といっても相違ないのではないか

忠ではなく推しみたいな感情だったのだろうし、臣ではなく賎業だし、蔵ではなくインターネットの網を使った捜索網だけど

そして光本事件スッキリしないオチなのも、赤穂事件スッキリしないオチなところと似ている。

 

やはり、令和の忠臣蔵はあそこにあった。

そして流行らない方がいい。

テキーラ事件なんか裏家業側が比較的冷静に対応してたから理詰めで謝罪まで持って行けたけど、赤穂事件なんか切りかかった理由もわかんねえのに訳のわからん忠義集団にぶっ殺されちゃう

2020-10-12

https://mainichi.jp/articles/20201012/k00/00m/040/208000c

あおり運転をした後に車を衝突させてけがをさせたとして、大阪府警12日、神戸市垂水区無職佐藤忠義容疑者(38)を道交法違反妨害運転)や自動車運転処罰法違反危険運転致傷)などの疑いで逮捕、送検したと発表した。また、仕返しにあおり運転をしたとして、同府岸和田市会社員男性23)も道交法違反(同)容疑で書類送検した。

ガイコラボレーションやめろ

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