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はてなキーワード: 平成2年とは

2018-04-25

anond:20180425225639

元増田は、元記事執筆者10年前だというから77年ごろの生まれでら80年代少年時代を送った人だろ

中学校は荒れていた、のぼりのある進学塾というのもその頃の流行

中学校が荒れていたか学習塾に通わせる親が多かった」が正解だ

時代が違う印象の差で、どちらかが嘘付いてるわけでもないと思う

1980年昭和55年)代、1990年代平成2年)には、公立中学校における校内暴力いじめ社会問題となり、特に都市部では私立校の人気が高まりました。

>これにより塾はますます増加し、第三、第四の塾ブーム引き起こしました。

http://www.homemate-research.com/useful/22603_cram_003/

2018-04-06

anond:20180406155250

Q4:スギ花粉の飛散量は増加しているのですか。

スギは植栽後10数年経つと雄花が出来はじめ、本格的に花粉生産されるのは、早くて25年、通常は30年と言われています

戦後スギの植栽を進めてきたことにより、花粉生産する31年生(7齢級)以上のスギ林の面積は、平成24年度(2012年)で397万haとなっており、平成2年1990年)の177万haから約2.2倍に増加しました。

このことからスギの雄花の着花量(花粉生産量)についても増加傾向にあると推測されますが、着花量は気象条件等により毎年変動するため、花粉飛散量も年によって大きく変動しているところです。

本格的な花粉生産されるのは10年目から~30年程度みたいですね。

 

こういうのを見ると「次の文から読み取れる内容を選びなさい」みたいな「誰が間違えるんやこれ」的問題にも意味があるんだなあって思う

2017-11-11

https://anond.hatelabo.jp/20171110135732

いやいやおめー、それは一昔前の髄液検査の事でね?

髄液検査でさえ、今は局所麻酔もしてくれるみたいだ。

http://www.oceanbridge.jp/taka/archives/2014/03/9_4.html

骨髄提供全身麻酔骨盤、というか腰骨のあたりに針をさして採取するから、手術みたいな感じ。

http://www.jmdp.or.jp/reg/chance/flash/sp_chance/chance1-7-1.html

全身麻酔から万万が一があると死ぬとか後遺症とか言うことがあるわけで。

でも骨髄バンク協会は「過去海外で4例(血縁者間3例、非血縁者間1例)、

日本で1例(平成2年骨髄バンクを介さな血縁者間)のドナー死亡事例が報告されています。」

って言ってるわ。

適当な事言って人を怖がらせてはいかんぞ。

2017-07-06

何歳でネトウヨ文化に触れたか

私は平成2年まれで、日常的にまとめサイトを見るようになったのは高校生の頃。

そのころハム速はまだVIPのクソスレ釣りスレを纏めてた牧歌的サイトだったけど、痛いニュースとか、保守速報的なネトウヨまとめが台頭してきたころでもあった。

たぶんこのころ、2008年くらいが「2chまとめ市民権を得つつあって」、「同時に韓国中国へのヘイトが高まり始めたころ」だと思う。「売国」の民主党への政権交代がこの翌年。

私は日韓W杯八百長とか韓国起源説(笑)とか在日特権を「糾弾」するまとめサイトを見て韓国ヘイターネトウヨになり、思春期ネットDE真実に捧げて暗い青春を送った。

大学生になって、自制的内省的な年齢になったとたん、ネトウヨとしての暗い情熱(というか洗脳)は掻き消えたんだけど、もう少し若い時分にネトウヨにかぶれてしまっていたら、今でも私は変わってない気がする。

何歳の時にネトウヨ文化に触れるかってその後ネトウヨ卒業する年齢に大きく関係していると思っていて、Facebookでいまだに年甲斐もなく韓国ヘイトしているおっさんは、自分価値観が変容しない、凝り固まった歳でネットDE真実を見つけてしまたから今でもそれを続けているんだと思うし、あのころ何歳だったかネトウヨとの距離がある程度決まる気がする。

はてなの人は何歳でネトウヨに触れて、それに対してどういう立ち位置に収まったんだろう。

2016-08-26

だいたい昭和生まれ平成生まれの見分け方

昭和前期〜中期 HTMLが読めない

昭和後期〜平成2年まで HTMLが読める

平成2年以降〜 HTMLが読めない

2016-08-23

続【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

前回のまとめと補足

前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。

その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テスト記述試験大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法採用を後押ししてしまっているという点にある。

いくつかのコメント飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。

しかし、その一方で、私は文科省国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解バイアス資質問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。

これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。

今回批判したいこと

今回私が批判したいのは、8月19日朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である

前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。

はじめに結論をかけば、

氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。

私が特に重要視している記事記述は次の2つの記述に集約されている。

この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。

記述問題形式

氏岡氏の8.19付解説記事最初記述について考えたい。

私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述問題において何を問うかという点に関する検討理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである

特に、「文章理解説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者可能になったと断定している点である

国公立大学二次試験国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章記述の内容把握や根拠説明要求するものになっている。

一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学2016年度だと例えば滋賀県立大静岡大首都大学東京島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。

では、新共通テスト記述問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。

高大接続システム改革会議の最終報告には、

国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報多角的視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)

とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句一見氏岡氏の記述合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分言葉説明することを指していると通常は解釈するように思う。

実際、

大学入学希望学力評価テスト仮称)」の記述問題については、現在国立大学二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力評価と採点等テスト実施に当たっての課題解決の両立を目指す。(p.56)

と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。

まり「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。

仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、

自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。

では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。

解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価観点を踏まえつつ、各大学学部)はアドミッションポリシーに基づき独自の採点基準採用することができ、各大学学部)の主体性が発揮できる。

ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。

というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものからだ。

全国共通試験への記述式・論述問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力評価するための大改革であり、適切にその能力評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧あり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。

これは、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテスト場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。

また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テスト問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいか記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである

また氏岡氏は自身ツイッターで次のように述べている。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。

しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。

読売新聞8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。

国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテスト1月中旬実施しても、大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。

これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。

「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。

上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?

また国公立二次試験を見ても、単独で200~300字の記述要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である

もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。

今回のまとめ

まり考えられることはいろいろある。

といったことだ。

 しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告から乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。

 実は、国立大学協会論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。

そもそも、記述式・論述問題評価すべき能力いか構造化できるかは、根源的な課題である評価すべき能力構造化があって初めて、各大学学部)はアドミッションポリシーの中に、記述式・論述問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識ノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力構造化に向けた記述式・論述問題設計理論構築、体系化が喫緊課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学個別試験における記述式・論述問題に関する実績を調査分析することなど、この課題積極的に取り組んでいきたい。

これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述問題形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。

2015-08-23

40億円の仕様ミス

俺は平成2年にこの業界に入ってきた。今から15年位前で23歳のときだった。当時は某県に住んでいた。

初めて与えられた仕事人材派遣会社システムメンテナンスで、東京出張だった。出張期間は2ヶ月間。

この仕事にはN君という俺と同じく若手の技術者出張に出された。N君は俺よりひとつ上の24歳で、RX7を乗り回す派手目の性格のやつだった。

で、その人材派遣会社システムなのだが、複数システム会社が開発に携わっていて、請求システム仕様ミスがあり大混乱していた。

データの修復に人海戦術で挑んでいたが、それだけで1ヶ月くらい掛かかった。渋谷ビルの一室で缶詰状態で作業した。すべての伝票をチェックしてミスをみつけ、表計算ソフトに打ち込むのが俺の仕事だった。N君もこの作業をやった。

伝票の合計金額は80億円だったが、データをすべて修正すると40億円だった。つまり合計で40億円の金額が違っていた。これはシャレにならない。

当然、システム会社同士で大喧嘩になってた。殺し合いになってもおかしくない状態だったなぁ。「殺してやる」「裁判だ!」なんてね、怒号が飛び交っていた。客先の人材派遣会社部長さんはシラケきってて、「昨日、開発費の1億円を振り込みましたので」と淡々とした口調で言ってるのを聞いた。

そのときに思ったのが、「システムの開発費って1億円も掛かるんだ」と、その金額に驚いたのと同時に、「1億円かけて40億円の計算ミスをするシステムを作ってりゃ世話ないな」とか、思った。

けっきょく2ヶ月くらいの出張だった。その2ヶ月で、太った。そして、花粉症になった。俺にとっては仕事よりもそちらのほうがなによりも辛かった。

出張から帰ってきてから、もう一人一緒に帰ってくるはずだったN君が行方不明になった。そういえば、一緒に仕事をしてるとき悩んでる様子だったなぁ。N君が行方不明になったということで俺もいろいろ聞かれたが、このときはあまり気にしてなかった。

それからしばらくしてN君はなぜか北海道死体となって発見された。

車の中で練炭を炊いたらしい。当時、練炭自殺とかあまりいたことがなかったので、事故とも自殺ともよくわからんかった。

でも自殺なんだろうな。悩んでいたもんなぁ、、、でも、死ぬほど悩んでるとは思わなかったなぁ。当時は単に寒いから練炭を炊いて寝てしまったという事故ということで表向き片付けられたような記憶がある。実際のところ、なぜ死んだのかはいまだに謎だけどね。

俺が業界に入ってきて初めてやった仕事がこういう顛末だった。

思えばこんなできごとなんて大したことじゃなかったんだと、後になるとそう思うくらいいろいろなできごとがあった。これはほんの序の口しかなかったのだ。

2014-12-18

バブル世代 ~「クズ」の定義

バブル世代バブルせだい)は、日本で、バブル景気の時期に就職した世代である

定義

労働市場の分野では、バブル景気(第11循環拡張期、1986年昭和61年11月から1991年平成3年2月)による売り手市場時(概ね1988年昭和63年から1992年平成4年))に新入社した世代を「バブル世代」と呼び、より以前の「モーレツ社員」(団塊の世代)や、それ以降の「就職氷河期世代などと比較されることがある。

・成長過程

学生時代

小学校に入った時期はオイルショックの直前か直後であり、「四畳半フォーク」が流行した時期であった。小学時代から中学時代にかけての1970年代には、この世代の間でスーパーカーブームブルトレブームが席巻した。

中学時代から高校時代に当たる1980年代前半はツッパリ文化の最盛期で、矢沢永吉横浜銀蝿などの、リーゼントロックとツッパリ(不良)ファッションが、当時の管理教育に反発する少年層の間で大流行した。

校内暴力発生件数が戦後最多を記録したのもこの時期である

一方、入学試験などの競争が徐々に激しくなった世代であり、当時のいじめ問題について、要因の一つとして受験競争によるストレスが挙げられている。

高校進学率は当時総合選抜地元集中などの制度実施していた都道府県も多かったため、進学率の低下傾向はほとんど現れず、90%台を維持していたが、大学短大合格率は、1967年昭和42年度)生まれから1971年昭和46年度)生まれ1986年昭和61年度)から1990年平成2年度))にかけて低下し続け、1990年平成2年度)には大学合格率は63%になり、1967年昭和42年度)の62%以来の最低の値となった。

大都市大学に進学した者は、バブル文化の発信源として華やかなファッションブーム文化を生み出していった。

1980年代の「女子大生ブーム」の時期にあって、都会の若い女性は消費対象としてもてはやされた。

大学卒業時にはバブル景気により就職市場は大幅に好転、売り手市場となった。

企業から人気の高い有名大学の学生3S寿司ステーキソープ風俗))やディズニーランド海外旅行接待されたケースもあるという。

当時の大卒就職市場の状況は、映画就職戦線異状なし』が参考になる。

昭和60年代にデビューしたおニャン子クラブの大部分(一部のメンバー団塊ジュニア世代昭和45年まれから昭和46年まれ)のメンバーバブル世代昭和40年まれから昭和44年まれ)でファンもバブル世代が多かった事から団塊の世代ビートルズ世代のようにバブル世代の事をおニャン子世代と云う。

就職期・就職

就職期にはバブル景気で、日本の景気が極めてよく、これを受けて事業を拡大・展開し業績を拡大するべく、各社こぞって高卒大卒を問わず人員募集数を拡大した。

その結果、企業求職人数は就職希望者を大幅に上回っていた。

また、バブル世代女性高卒短大卒・専門学校卒の者は、1986年昭和61年)に施行された男女雇用機会均等法以後に初めて社会に出た世代でもある。

個性至上主義が騒がれた世代でもあったため、バブル世代就職するころ、企業側も個人を尊重するライフスタイルを加味し、年俸制の導入やフレックスタイム制を取り入れた形態が現れ始める。しかし、個人を尊重する弊害としてコミュニケーション不良による問題が生じ、2000年平成12年)頃からほとんどの企業がこの形態を取りやめ、従来型運営にもどる。

バブル崩壊による不況が始まると、その影響で企業採用人数が大幅に絞られたために労働負荷が増え、過密労働に陥る者も多く発生した。

また、成果主義などの導入もあって賃金給与賞与などの所得が伸び悩んだり、社員研修などの教育費が削られ、経験すべきことを経験せずに昇格してしまうという事態が起こった。

1997年平成9年)にはアジア通貨危機消費税増税による景気後退が起こり、多くの会社が大規模な人員整理を行った。

人員削減といっても関連会社への出向などで済んでいる者が多数派ではあるが、一部には企業倒産整理解雇を被り、派遣社員フリーターに転落、「派遣切り」に遭遇した者もいる。

こんな世代が今、年功序列に胡坐をかい会社組織の中枢部で横暴を振るっているわけだ。

そりゃ民間企業経営方針も迷走するし、国家運営方針も滅茶苦茶になるわな。

団塊の世代は既に2007年前後に逃げ切ってしまった。

よって、世の中の会社組織には殆ど残っていない。

稀に嘱託として残っていても、権限殆ど無い。総数としては少ない。(但し、役所天下り組織問題は別)

まり日本国内に於ける世の中の会社組織の実権は今(量的問題於いてバブル世代が握っている。

よく「世代間格差を煽るな!」と言う馬鹿が居る。

勿論、それは自分立場が危うくなる為に自己保身で言っている者が殆どではあるから無視しておけばいい。

ただ何故、『「世代」で区分するか?』は常に考えておいた方がいい。

日本人口を分析する時、量的問題では現状そうするしか分類方法殆ど無い為である

勿論、資産分類や所得分類もあるが社会現象分析する時にそれは使えない。

更に、儒教思想が浸透し、年功序列固定化してしまった社会では資産分類・所得分類は結局同じ事を意味する。

それと、「身分制度階級制度」は既に解体された。

よって、「身分」や「階級」によって分析する事は不可能

それは日本人自分達で望んだ事だ。

2012-05-31

日本でこれ以上働いてもジリ貧という諦め

生活保護制度には色々と不備があると思うんだけど、皆が働くより働かないことのほうが楽だって意識を覚えているのは変な話なんじゃないかな。

俺は働かないより働いたほうが良かったなと思っている。働いて給与は上がっているし、人との繋がりも増えている。割と順調なんだよね。でも、世の中にはそういうことじゃないことのほうが多い。俺も幸先不安だし、会社がいつ潰れるかはわからない。下手をうったら生活保護のお世話になるかもね。どちらかといえば働かないよりは、働くことのほうがまだ楽しいことだなと思えている俺は恵まれている。あるいは頭がお花畑なのかもね。

河本生活保護云々で、不正受給の話がされているんだけれども、それと一緒に「生活保護受給者云々」って叩いている人もちらほら見かける。「不正受給やすシステムが問題であって、本当に必要人間に廻るんだったらそれでいい」とは言っている。俺も不正受給やすシステムは穴だと思うわけ。でも、それでもその「不正受給をどうやって減らすか」って議論がズレて「如何に生活保護受給者を不利な立ち位置に陥らせるか」って議論に移行している人がいるってことは、認めてもいいんじゃないかな。なんか選挙権剥奪しようぜ、という人もいるくらいだし。

そういう人達を見ていて思ったことなんだけど。

生活保護者に対して、「働けるなら働いたほうがいい」っていう話が出ているんだけど、あれって「働いても生活が維持できるくらいのお金を捻出できない無能保護されるべき」ってことだよなって思う。無能って言い方をすると怒るかもしれないけど。環境だろうが、自己責任だろうが、無能無能だよ。

日本場合は、生活保護を受給できる資格のある人が、受給しない割合って、他の国よりも遙かに高いんだよね。海外生活保護に類似する制度が、そもそももっと敷居が高すぎるんだろうけど。ネット上ではナマポ」って言われていて、ナマポおいしいです!って話は出てたけどね。でも、多くの場合は「クズがいる」というだけでスルーしていたんじゃないのかな。ホームレスがいたとしても、一部の馬鹿中高生か、妙に潔癖症じゃない限り、「いるんだ」くらいの気持ちしか沸かないのと一緒でね。

不正受給じゃないにしろ、日本の福祉制度予算割合ってどんどん膨れ上がっている。理由の一つに、日本高齢化社会に移行しているからというのがある。

統計によれば、大多数の生活保護受給者は、50歳から70歳に偏っている。改めて生活保護統計を見ていて面白いのは、20歳から40歳の受給って、平成2年から平成11年ってどんどん減っていたんだよ。この時代は「働けばなんとかなる」っていう時代だったんだ。実は十数年前くらいって、働けばなんとかなる時代だったんだよね。既に労働市場からドロップアウトしている高齢者は、この間でもそれなりには増えていたんだけど。

それが平成12年から今日にかけて、異様な伸び率を示しているのは、もう単純に労働市場自体が若者を抱えきれなくなっているか、あるいはどんどん使い捨てにしていっていて、鬱病になってドロップアウトするケースとか多いんじゃないかな。そうなると社会復帰を諦めて「生活保護」になればいいやと思っている人もいる。当然、若者が抱えきれなくなっているんだから家族扶養出来ない人間も増える。扶養義務を厳しくしろっていう議論もなるほどね、って思うんだけど、それってますます働くってイニチアティブ、とくに家族がもうポンコツすぎて誰も働けない、っていう人の労働意欲を削るんじゃないのかな。そうなると生活保護を受けたほうがいいよね、って判断がどんどん増える。

本来、福祉に対して一番有効な手段ってのは、景気回復なんだよね。例えばバブルの時代であったり、あるいは高度成長期のころって、明らかに「働いたほうがいいじゃん!」っていうモチベーションになっていたと思う。だから、俺はむしろ景気回復手段みたいなのを考えたほうがいいよね。具体的にはわからないんだけど、そっちの議論のほうが必要だね。あとは高年齢者の貧困層を如何に取り込むかって話。もう年金制度と加えて、生活保護制度も、不正受給以前に高年齢者で圧迫するのは目に見えている。それは家族扶養しろっていっても、もう誰も頼ることができないって状況がある。ホームレスをやっている人だって、割と老人が多いわけでさ。よく言われることなんだけど、若いひとよりも、老人のほうが貧困格差って是正されないんだよね。あと、老人が精神を病んでいたりした場合はどうするの、っていう感じ。社会からドロップアウトする人って、どうしても精神病を患っている人だったりするからねえ。

どちらかといえば、景気回復とか、労働環境とか、労働市場とかのほうが問題なんじゃないの?って感じなんだけどね。あるいは「もう高齢者なんて雇ってらんねえ!日本全体が姥捨山になってもいい!」っていう判断をするんだったら、それでもいいよ。国民の判断だし。あとは、「無能死ね」って言って福祉をぶっちぎるか。でも、これも高齢化社会を考えると、姥捨山を作るってことだし。あるいは決起して「おらの米を盗むな」って言って、国会を爆破したり、税務署破壊したりすればいいんじゃないかな。あるいは日本破綻したときに、世界に対して「お願いだから養ってください」っていって、日本自体が、世界政府生活保護のお世話になる方法模索するとかね。逆に身分制を作って、表立って差別できるようにするとかね。昔の被差別階級悲惨なところに追いこんで、そこに住まわせていたって話があるくらいだし。それを望んでいるというのもあるよね。ただ、身分制とかにすると、良心の呵責があるから、「こいつらは差別するやつらに値する」って言ってキャンペーンを打ちつづけるの。そうなると、労働市場云々の話とか、高齢化社会のことなんて考えなくなるだろうしね。

2009-06-24

くぱぁ」という擬音の初出はうしおととらではないか、という説がよく聞かれるかな。

四巻(1991年6月初版)収録話。針の化生だっけか。雑誌連載では週刊少年サンデー平成2年43号ごろだとかなんとか。

 

その後、現在の用途で使われだしたのがいつかってのは、その後のそれなりにメジャー同人誌違和感のある表現)やら

エロ漫画を全部漁って見ないとわからんのではないか。

 

>知ってほしいなら碌に調べもしないで適当増田に書き散らすなよ

そういやどうだったかなと個人的に気になって適当検索した結果を

ただの個人の日記メモのように書くことの何が悪いんだ。

 

っつーか「書き散らすな」っておっしゃる貴方は何だ? 増田管理者か?

それともあれか。匿名ダイアリー増田という架空の個人ダイアリーだとでも妄想している口か。

 

 

碌に調べもしねーで「間違った情報」書くんじゃねーよ、ってことなら貴方の指摘は意義があるけど

それなら「これこれこうでそれは違う」とでも書いてくれないとただの罵倒にすぎないぞ。

 

ま、絡まれると鬱陶しいから題名は消しとくか……。

 
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