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はてなキーワード: 商家とは

2019-01-11

恵方巻ディスるなら正しくディスれといいたい

大阪まれ大阪育ち、母親商家の出だったので、季節もの縁起物とは縁の深い育ち方をした。大寒(追: 正しくは冬至でしたね、恥ずかしい)には柚湯、端午の節句にはしょうぶ湯に入るし、1/7には七草粥、そして節分には恵方巻(呼称については覚えていない。単に太巻と言っていた気もする)だ。物心付いた頃(7歳位、35年以上前)からずっとだ。

最近(とはいってもここ10年程か?)、商機として恵方巻の習慣が全国展開され、それに纏わる社会問題も露になってきた。ホッテントリ入りも果たした作りすぎでの大量廃棄や、コンビニチェーンでの押しつけ、従業員への販売ノルマ強制等だ。20年以上前だが、自分北新地コンビニバイトしていた時に、本部からノルマで頭を抱える仲の良い店長に協力する形で数本引き受けていた。

こういった問題に声を上げるのは真っ当至極だしどんどんやれば良いと思う。ただ恵方巻風習それ自体ディスるような発言はてブでも最近よく目につくようになってきて、子供の頃から慣れ親しんだ風習を悪し様に言われて正直気分が悪い。

エントリブコメイラときコメントについての要望を書いてみる。

hirahira555 大きな声じゃ言えないけど、恵方巻のことを心のなかで阿呆巻と変換している。

恵方巻やその文化自体に罪はありません。馬鹿にするなら対象を間違えず、アホウイレブンとでも言っててください。

joe1978 東京発の文化じゃないからね。どんどん静粛していくよ。

地方軽視発言イラっとくる。クリスマスハロウィン東京発なんですか?

Toteknon これを期に、伝統でも何でもない謎風習を作って煽るのもう止めてほしい。「夏越ごはん」なんか「米穀安定供給確保支援機構」がぶち上げてるんだぞ。

(少なくとも数十年は続く)伝統で、謎でもなんでもないローカル風習です。自分が知らない文化伝統でもなんでもない謎風習というのは止めてください。

tattyu 太巻き好きだから恵方巻文化マジで嫌い。恵方巻きが流行る様になって太巻き普段見かけなくなってしまった。

(恵方巻というのは基本ただの太巻です。嫌うなら(不味い?)太巻を作ったところを嫌ってください。)追:これは酷い誤読でした。自分の周りではスーパーでもコンビにでも太巻は年中みかけるので勝手に頭の中でマズい太巻が売られて腹が立ったみたいに脳内変換されてました

bventi このクソエ風習広めたやつ誰だよ

クソでもエセでもないローカル風習です。ちなみに広めたのはセブンイレブンだそうです。

mokomokotezawari 関西でもほとんどみかけなかった風習平成中期ぐらいですら梅田ナンバの持ち帰り寿司屋みてて恵方巻きなんて一切やってなかったぞ

北新地コンビニバイトしてた時は周りの寿司屋ではやってましたし、コンビニの太巻も(メイン客層は水商売の方ですが)そこそこ売れていました。

---

追記

節分に食べる太巻の意味でも使っていますが、節分太巻き恵方を向いてかぶりついてしゃべらないで食べる、という風習を"恵方巻"と便宜上呼んでいます一言で済んで便利なので。

2018-10-31

anond:20181031090705

江戸しぐさかな?

時どろぼう

http://net.keizaikai.co.jp/archives/5358

 江戸の町も年の瀬となると商家は書き入れ時でした。嫁いだ娘は実家の前を通りかかっても親の商売多忙さを気遣って、立ち寄らなかったとか。商売相手に対しても「ちょっと近くまで来たから」という気軽な訪問は遠慮するのが当たり前。事前に一筆、書面でことわりを入れてから出向くのが礼儀だったと言います

時泥棒は弁済不能10両の罪。借りたお金は返せるけれど奪われた時間は取り戻せない-。」

 これは、人や物と同じくらい〝時間〟を大事にしていた江戸町方に暮らす人たちの心構えです。10両は現代金額でおよそ100万円に当たります江戸10両を盗む大泥棒は死罪にも値するといわれ、相手の都合も考えず一方的自分の用件を押し付けて貴重な時間を奪ってしまうことは、それほどの重罪だとみなされていました。

2018-10-25

anond:20181025113233

それ武家じゃなくて商家じゃね?

江戸時代武家当人の出来がどうであろうが家ごとに決められた禄が出る&

下手に「優秀な奴が継ぐ」事にしてしまうとお家騒動勃発するから「何がなんでも長男相続」となったが

商家だと優秀な奴に継がせないと潰れるのでボンクラ長男より優秀な次男優先したり、優秀な男を養子や娘の婿にとって継がせるというのが多かった

戦国時代は別な、武家であっても世が荒れてるから「優秀な奴が継がないと家が潰れる」ため)

2018-08-01

[]

中山道みたけ館の「みたけのお嫁入り」展を拝見してまいりましたわ

江戸時代から昭和あたりまでの御嵩町婚礼についてまとめられていました

結納が何度も使い回され、最大で六回にも達したことが興味深かったですわ

もっとも遠くまで行った結納福島県だそうです

1933年婦人倶楽部では嫁入り道具が744円(現在の300万円)で、

1928年御嵩商家竹屋が次女の嫁入りに要した費用が4270円(現在の1700万円)でしたわ

これが山間地域マウンティングですのね

公民館での結婚が試みられた時代もあって写真や道具が残っている点が興味深かったです

あと鼈甲細工のアクセサリーが綺麗でしたわ

それと銃後の生活ミニ展示もあって、棒の先にホタテ貝をつけただけの「杓子」には戦慄しましたの

気温は34℃多治見比較すれば過ごしやすいですわ

そのはずですわ

チェリオメロンソーダを買った自販機があったタバコ屋のカウンターから

太陽電池駆動招き猫が手を振っていましたわ

山際の竹林の繁り方が危ういですの

くちくりんしてやりますわ、一本残らず!

前回です

https://anond.hatelabo.jp/20161030212035

2018-07-30

anond:20180730223315

そりゃ天の使いだぞ

仙台四郎福助にどれだけ商家が貢いだと思ってるのか

その代わり見返りは確実に来る

2018-06-02

anond:20180602033123

専業主婦ママとおばあちゃん団塊ジュニアを育てていた

専業主婦田舎から都会に出てきて近くに家事育児に協力してくれる実家が無い人達の間で生まれ形態だよ。

そうではない田舎は昔から共働き率が高い。

田舎自営業農業商店経営など)が多いというのもある。「農家商家の嫁」が家業を手伝わないなんて選択肢はないから。

から夫両親と同居で仕事家事育児もさせられる田舎の嫁にとって、同居しなくて良くて家事育児だけやれば良い都会の核家族専業主婦は憧れだったし

田舎の親世代も「息子は後継ぎだから田舎に残して嫁を貰いたいが、娘は田舎の嫁になって苦労するより都会のサラリーマンの嫁になって欲しい」

と娘のみを都会に送り出す人が多く、田舎の嫁不足に繋がった。

がんばって大学進学した女がバブル景気に乗り損ねたの

均等法以前~均等法後もまだ浸透してなかった時代

大卒男子のみ」「女子20歳まで」なんて求人普通大卒女に一般就職先は少なく、

大学行くのはコネ就職出来る見込みがあるか、そもそも就職しなくてもいいお嬢様のみだったよ。

今でいう文系院進学みたいなもん。女の大学進学目的就職の為ではなく結婚の箔付けや教養を身に着ける為、って時代

2017-11-27

彼女との同棲を親に反対されている

タイトル通り。アラサー実家住まい自営業後継ぎ男性

彼女との交際自体についても色々言われていたが、どうにかプロポーズまではこぎつけて両家の親にも挨拶済み。

なのだが、入籍前、挙式前の同棲については激烈に反対されており、こんなことな結婚にも賛成しなかったとまで言われる始末。

シチュエーションとしてよくあるであろう交際中の曖昧な期間を伸ばす為のものではなく、その先を見据えた上で


大前提として入籍をするので、その後の生活に向けてお互いの独身生活を徐々に擦り合わせてソフトローンチを目指す

② 二人で貯金をして式や諸々の出費に備える

③ お互いの勤務地の中間くらいにして、通勤時間を減らして生活の質を上げるのは二人にとっても早いほうが良い


というメリット提示しているのだが、全く聞く耳を持たない

話していても明確な反対理由が見えてこず、聞き出すことも難しいのだが、理由としては


A そもそもそういう価値観がない

B 息子の自営能力責任感について懐疑的

C クラシック商家の後継ぎがそんな緩い貞操観念では信用がない

D 天上天下唯我独尊ジジイ認知症ばあさんとの同居という地獄から1世代だけ抜け出すのは許さな

E 可愛い息子と少しでも長く一緒に同居していたい


のいずれかもしくは複数だろうか(リストは思いついた可能性の高いであろう順)。

自分達のメリット相手懸念点が全く噛み合っていないので、現状説得が難しいのは分かる。

だがこれ以上どうやってクリア説明しても、最終的には強行突破になってしまいそうで、それは避けたい。

いっそ言う通り婚前の同棲は止めて、週末通うくらいにした方がいいのかもしれない。

そんな縛られた観念から還暦を越えた当代の家長夫人になっても二人して90近い爺様のいいなりになっているのでは、という捨て台詞は、

森の中にある葦の草むらへ叫んで捨ててきた。

2017-11-24

anond:20171124095835

同性婚かどうか以前に、婚姻制度自体庶民含めた全ての国民に対して法制度化されたのは明治からなので。歴史はそんなに古くない。

それ以前は、貴族血筋武家や一部の金持ちのもの

一般庶民にとっては、結婚ってのは、ある程度お金のある人しかできない、というのが、明治中ごろまで続いたところらしい。

夫婦もの落語にでてくる、「結納を取り交わした間柄」か「仲人なしのひっつきあい」か、というくだりが出てくるけど、

前者が「比較的余裕がある庶民結婚」で、後者がそれ以外の一般庶民という感じ

当時の庶民でも、商家農村なんかは、家同士のやりとりで「働き手」「財産の跡継ぎ」を求めて結婚をするというパターンがあった。

やっぱり現代式の結婚というよりは、家と家の結びつきなんだろうなぁ。

戦後からイメージ結婚スタイルって、ほんと歴史が短いんだよなー。自民極右勢とかネトウヨ勢なんかは、

戦前ってよりも、戦後10年ぐらいの高度成長期イメージで喋ってる気がするわ。三丁目の夕日的な。

2017-11-21

anond:20171121231829

それ以前はそもそも女性選択肢なんてなかったし、親や親類なんかに勝手結婚相手決められて文句も言わせず結婚させられて子供を5人も6人も産ませられてた。

ん?ええと、昭和初期以前の、しか農村の話でいいのかな?

それなら大丈夫

男も田畑インフラの維持にめっちゃこき使われてたから。

しか戦争日清、日露、第二次大戦)でめっちゃ死んでるし

 

男も女も選択肢ないのよ、生きるのに大変なあの時代だと。

商家の出で余裕があったとかでもなければ選択肢の幅なんてないない

 

農家次男三男・次女三女とか調べてみれば笑えるほど悲惨だしね

2017-09-27

旧宮家を復活しても、男系の維持なんて無理なんですよね〜・・・

単純な算数問題

統計見方にもよるが、一家庭内において男子が産まれ確率というのは、

「子をX人授かる可能性」その中からさらに「男子である確率」となり、

一般的出生率(⇓)など用いて算出すると、どうしても減少傾向(右下下がりの傾き)とならざるをえない。

(参考: http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei15/index.html


これらを鑑みると、純粋に「男系男子」だけで家を維持しようとした場合は、

確率的に「3〜5世代」のどこかで、維持が困難という事になってしまう。

なので、旧くからある商家などは、早い内に丁稚やら、婿養子候補などを招き入れ、家が存続できるような仕組みを担保するようにしていた。

(今となっては考えられないが、それ故、「妾」といった存在が、時と場合に応じては許容されていた時代もあった・・・


もう一寸、分かりやすくまとめると、

旧宮家を復活 → 分母を増やす

再婚OK分子を微増(西欧では重婚が不可なので、この形式をとった王室がある)

側室制度の復活 → 分子の数を増やす(増やしたければ、いくらでも調整可能

分母が増える策は、確かに、一時的な維持確率を引き上げる事が可能だが、減少傾向(傾き)を留められるような策ではない。

(増加傾向に転じさせる事は不可能


いま、皇統継承者4名中、50代未満の男子は `悠仁親王殿下` お一方だけと・・・、なんで、これもっと問題にならないんだろうか。


左翼方は、最早、叩く必要すらなく、天皇制を廃する事ができる所まできていて、御の字なのかもしれないが、

右や保守よりの方々は、もうちょっと騒いでも良さそうな気はする。

2017-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20170226102931

ヲタ向けの女性ばかり活躍して男は空気、ってのは

しろ「面倒な事は女に全てやらせて男は楽してたい」と言うヒモ願望の現れで、より女性差別的だと思うがな

まどか母親バリキャリ父親専業ってのもその現れとか分析されてなかったっけか

大昔の農家商家で嫁を馬車馬のように働かせてそれで得た利益は夫が総取りが当然ってやつと同じ構図に思える

2016-06-23

[]23(完):増田の眺望

 北方異民族を追い払ったことで増田島に泰平の世が訪れる。

共通の敵と戦ったことで各家にくすぶっていた敵愾心は冷却された。

それ以上に効果的だったのは増田家(八)が他の三家に送った軍目付の存在だ。

いざとなれば暗殺されるだけの存在みえて、彼らには赴任先の軍を「まじめに訓練する権限」が与えられていた。

増田家(五)の強硬な反対を押し切って付与されたこの権限によって、各家の軍隊雑魚ナメクジ化した。

 戦争を起こそうとしても雑魚ナメクジ同士のにゅるにゅるしたナメクジ試合になると悟って、

次世代当主たちは軍事面での野望を抱かなくなった。一方で海外から侵略者増田家(八)の戦略を洗練させた戦い方で、にゅるにゅると迎撃される事になった。

 最終的に増田島は以下の形に落ち着いた。

アルファマスダ家当主領国石高
増田家(八)大便公方(八)(六)半国(七)(九)560万石

 増田島の統一に中心的な役割を果たした増田家(八)は、石高にして全体の半分近くを領する。

増田島の中央位置するのをいいことに島中から名産品をかき集め、みやこの人間を飽食させる島最大の人肛を誇るうんこ生産国でもある。

 旧増田領(九)に運河建設して南と北の交流活性化平和の中でのさらなる発展を目指している。

 当主意向公衆便所の整備が熱心に進められ、多数抱える人口密集地が衛生的なことは海外商人にも感心されている。

 増田匿兵衛は自分戦争向きの人材だとして引退し、増田家(四)から預けられた増田五郎などの育成にあたっている。

 増田騎馬軍団は馬の機動力を活かして各地をむすぶ伝馬に新しい役目を発見した。

ベータマスダ家当主軍目付領国石高
増田家(四)鎮寇将軍(鎮北将軍あらため)増田出羽守(四)(一)(二)北半国(三)290万石

 増田家(四)は連合軍から制圧した旧増田領(一)を預けられる代わりに、(二)南半国を増田家(五)に、(六)半国を増田家(八)に割譲した。

ただし、海上の交易利権はより広く得ており、増田家(四)の廻船は大洋側でも盛んに活動している。

 当主北方異民族の来寇にそなえる意味公式に鎮寇将軍の名をたまわった。

狄人には和戦両様で対応し、彼らとの交易や旧増田領(三)を中心とする金山銀山の開発で豪華絢爛な文化を興した。

金製の馬糞ウニ模型など「出来は素晴らしいけど、なんで作ったの?」と言われる日々である

 増田家(八)はこの芸術品への対抗に金の雲細工を作らせた。後の金のうんこである

ガンママスダ家当主軍目付領国石高
増田家(五)東上管領増田金吾(五)(二)南半国(六)半国290万石

 まったく動かずに北と西から半国ずつ奪った増田家(五)は増田島全体の穀倉となった。

収穫期が訪れるたびに大量の穀物が北や西に送られ、ここでの穀物の出来が相場に大きな影響をあたえた。

 穀物の形で西に流出する栄養素を補うため、漁業によって得た魚を肥料にする方法が開発された。

その魚の栄養増田家(五)の穀物を食べた人々のうんこの形で海に流出し、潮に乗ったものであり、

ここに穀物うんこと魚(とプランクトン)を媒体とした元素の循環が完成した。

 また、受け入れたカラトラヴァ騎士団との交流増田家(五)を海の果ての国々との取り次ぎ役にした。

彼らは居住制限されながらも、布教と皮膚病を治す薬草の探査にあたっている。

 緯度が異なる旧増田領(二)の半分を手に入れたことは増田家を気象変動に強くして、飢饉の防止に貢献した。

なお、石高増田家(四)と互角ながら、鉱山商業収入では大差があり、文化的には他からゆっくりと遅れて行った。

デルタマスダ家当主軍目付領国石高
増田家(十)西国大宰相増田大学(十)(士)210万石

 増田家(十)は他の増田家に比べて独立性が低く、増田家(八)から干渉を強く受けている。

しかし、増田家(四)(五)の思惑もあって、第四の増田家として存在できている。

二位から四位の三家を足せば、石高では増田家(八)を上回るのである

 増田家(八)も西の外様大名を削るよりも、強い藩屏に育てる選択をした。

また、大陸との取り次ぎ役には歴史的増田家(十)が適任であった。

 歴代当主は気性のあらい増田家(士)の武士制御するのに苦労する。連中の雑魚ナメクジ化が増田大学最大の功績であろう。

その他

大名格の増田旗本格の増田商家になった増田消滅(吸収された)増田
(三)(九)(二)(士)(七)(一)(六)


 役目を終えた忍者たちは、走狗として煮られない自衛のために、集まって一つの村を作った。

文化背景の異なる彼らを結びつける手段として、俳句が盛んに利用された。

俳句でなくても「決まりきった単語」を用いて100文字以内で伝えるのが作法であった。

 より荒っぽい忍者コミュニケーション手裏剣を投げつけあった。

帰農した忍者が増えてから野良仕事に使う手斧活躍することもあったという。

 また、村内の政治的対立回避するためカラトラヴァ騎士団からもらった異国の犬が名目的な村長に推戴された。

村民独身おっさんばっかりだったので、将来性には乏しかった。

 ひとつの戦乱の果てに増田家は以上のように整理されたが、勝ち残った増田家が次々と分家増田家をつくったことは言うまでもない。世に増田の種は尽きまじ。

 なぜならこの世界未来のマースだ。

 そじゃーな!

前回

http://anond.hatelabo.jp/20160622000404

2015-12-17

氏は職業に関連付けられるものなのにね

夫婦同姓の強制合憲だという、にわかに信じられないような最高裁判決が出ました。

夫婦同姓」という制度は、江戸時代武家文化が、とりわけ明治期以降に広められたものであり、古来の文化ではありません。氏は職業の家柄を表しているわけで、武士ならば武家の氏、商家ならば屋号職人師弟で名を世襲し、農家はその土地を表していたものです。江戸時代は、公的には氏を名乗ることは武士特権でしたが、既に姓の通称一般的には広まっていたようだと思われます

江戸時代の段階でも武家特権に憧れる人々は多かったでしょうが明治維新で「四民平等」が施行されたのを機に、皆が「武家並み」を目指したものであることは想像に容易いでしょう。

江戸時代政治社会統制は、武家一般の信仰である儒教に基づいて行われてきました。儒教では、男尊女卑ですし、年長者を敬えだとか、先祖を尊べだとか、そういった「道徳」があります。こうした儒教教義も、江戸時代以降には社会に浸透させられ、それが未だに「日本文化」だと信じこまれしまっています

氏は職業柄を表しているものです。ですから現代の、「夫婦共働き」や、職業のいわば個人主義化の時代にあっては、夫婦同姓の強制というのは江戸時代から儒教信仰帰結しかなく、合理性を欠いています。また言うまでもなく、「信仰自由」に反しています日本の、いわゆる「ガラパゴス」「鎖国」、閉じ籠り根性の表れだといえましょう。

女性活躍」などと誰かさんが言っていますけれど、まったくもって口ばっかりで、言行不一致ですよね。これからはとくに、労働者の実人口の減少を少しでも抑える必要があるはずなのに、結婚妊娠出産といったできごとのたびに就労から疎外されるような社会慣行が根強いのが現実です。

日本古来の文化」と声高に叫ぶ人がいるようですが、そのほとんどは信仰です。しか江戸時代以降の、ながくて数百年程度のものしかありません。誇りが無いから、こうしたプロパガンダ信仰にすがるのでしょうね。到底目覚めそうにないようですから、私は哀しいし、絶望的です。

形式的には「妻の姓にも合わせられる」といっても、それは養子婿のような形態に合わせた制度です。実際にはほとんどの事例で、夫の姓に合わせられています

氏名というのは根源的なアイデンティティですが、そのアイデンティティを奪うということが未だに正当化されているわけです。そして、奪う側に「差別している」「加害している」という自覚が無いことがほとんどですし、さらには奪われる側にまで喜んで差別される人がいるというのも残念ながら事実です。

「選択的夫婦別姓」という案は極めて light な案です。「奪いたくない」「奪われたくない」という意思のある人だけが改姓を避けるのですから

たかがそんなことも許さないのだから日本というのは極めて尊厳破壊的な国家だといえます

2014-12-18

高座から物言い

「高座から物言いをしているのは誰か?」

(以前、普通に話している時、「随分高座から物言いだな。」と話している相手では無い人間に横槍を入れられ、揚げ足を取られ、怒鳴り返そうかと思ったことがある。まぁ、それはどうでもいいんだが。)

身分制度がこの国から表層的に消え、(職業身分による分類・分析が出来なくなった今、何か別の指標・方法を使わなければ社会現象分析する事はできない。

(実の所、「身分制度解体」もその嫉妬心から士族階級」をスケープゴートにして寄って集って叩くと言う単なる日本の伝統芸能()であるイジメと全く同じ構造であった。今で言う「公務員叩き」と同じ。その証拠士族以外は殆ど身分解体されていない。何故なら元々平民が9割以上であったから。「士族のみ」が社会的追い剥ぎにあっただけ。それ以外はいつもながら安穏とした生活を続けているだけで終った。平和ボケして暇だったかストレスの捌け口として士族を狙った八つ当たりに過ぎない。平和ボケすると人は傲慢になる。それまで守ってもらっていた人間攻撃すると言う恩を仇で返す事を平気でするようになる。それどころか明治維新の混乱に紛れて不義を働き、ぼろ儲けしたような成金もいる。まぁ、それは商家豪農と呼ばれる大規模農民が主だが。長くなるので別の時に残すか、、、)

様々な分類法が考えられるが、社会学的・経済学的に見るならばやはり所得資産が解り易いだろう。

そして更にその所得を細かく分析すると、ある特徴が現われてくる。

それは「世代」或いは「年代である

(もしこれが解らないようであればこの先の記事は読まない方が時間無駄にしなくて済む。)

経済学社会学をやっている人間、或いは企業経営をしている人間にとっては「市場分析」が当たり前になるが、それが出来ない人間が一部ではいるようだ。(もしかしたらその能力がないのかもしれない。)

個人的にも実際、会社経営をしながら市場分析が出来ない人間を何人も知っている。

勿論、そう言う人間は大抵経営に失敗している。(まぁ、必然ではあると思うが。)

バブル経済に作った蓄財を細々と消費しながら何とかやっている人間も少なからずいるようだが、まぁそう言う人間の先は永く無いだろう。

市場分析をするとどこに資産が集まっているか良く解る。

そして「最近の若者は消費をしない」と言うマスコミの低レベルスケープゴート作りが愚かしく、滑稽に思える。

彼らに脳味噌を使うと言う行為はできるのだろうか。

そして更に事態悪化させる事に大衆もそれを鵜呑みにする。

自ら調べて分析する事も考察する事もなく、ある一部の人間が垂れ流す駄情報だけを取り入れ、飲み込み、踊らされてしま人間達。

そして、その結果が齎す事に対して何の責任も感じていない。

自分は高座に上がって、それより下に抑圧されている人間を叩くのは簡単だろうな。

勿論、それはイジメ構造に他ならない。

(大抵、イジメ撲滅運動をやっているような市民団体構成員イジメをやるような皮肉が世の中には多いから理由は容易に理解できるのだが。)

「何故、最近の若者は消費しないのか。」を考えた事がないらしい。

意図的に「消費しない」のではなく、消費する元手がないから消費できないのである事さえ理解していない。

滑稽であり、愚かしい。

(そう言えば他人を何の理由根拠も示さないままに「愚かしい」と誹謗中傷していた零細企業社長がいたが、ソイツが一番愚かしいと言う事には気づいていなかったようだな。無知・無学・無教養なのに他人を罵る愚かさは過去俺が関わりを持った人間の中でも一番酷かった。慈悲深いならまだしも本当にソイツ以外の他人を全員見下し、貶めていた。まぁ、そう言う最低な人間も世の中にはいる。)

http://www.jili.or.jp/lifeplan/houseeconomy/asset/3.html

http://www.nli-research.co.jp/report/gerontology_journal/2011/gero11_007.pdf

http://rh-guide.com/data/kojin_sisan.html

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4690.html

バブル経済崩壊してからと言うもの給与右肩上がりにもならない上に若年層の給料は低い水準で停滞したまま。

その人口層に「お前らがカネを使わないから経済が回らんのだ。不況はお前らの責任だ。」とする人口層がいる。

彼らは社会構造が全く理解できていないのだろう。

或いは自分達で持っているか意図的にそう言っているのだろうか。

まぁ、自分が優位に立てる立場におかれている時に、自分より立場の悪い状況下に置かれている人間を罵る事など誰でもできるし簡単な事である

しかし、それでは何の問題も解決できないどころか、問題時間経過と共に悪化していくだけである


「水は高きより低きへ流れる。人の心もまた、高きより低きへ流れる。」

つの時代もそれは不変なのかもしれないな。

2014-07-23

http://b.hatena.ne.jp/entry/nejiko.hatenadiary.com/entry/2014/07/23/071540

夫を「主人」て呼ぶのがイヤンっていう話題へのブコメにこういうのがあって、

apricotbarley 文化 言葉 夫婦

私は自分の夫の事を「主人」と言うより「旦那さん」と言う人の方が気持ち悪い。小学生から国語をやり直してこいと思ってしまう。

日常会話では「旦那」派の自分としては「え??何??小学生からやり直せって、何がそんなにいけないの???」となったので調べたんだけど、

だんな【×檀那/旦那

《(梵)dāna音写

1 ほどこし。布施。転じて、布施をする人。檀越(だんおつ)。檀家

商家奉公人などが男の主人を敬っていう語。「店の大―」

商人が男の得意客を、また役者芸人自分のひいき筋を敬っていう語。また一般に、金持ち身分のある男性を敬っていう。「―、これはよい品でございますよ」「顔見世に―衆を招く」

4 妻が夫をいう語。他家の夫をいう場合もある。「お宅の―」

5 妾(めかけ)の主人。パトロン。「―がつく」「―を取る」


えーと、ほどこしとかパトロンとかの意味合いを含む言葉対外的に使うのが気持ち悪いってことでいいんでしょうか。すみません、本当にわかりません。失礼にあたる言葉なら今後使わないようにするので教えてください。

2014-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20140423135145

女性社会進出を進めた結果、派遣定職には付けないわ、婚期は逃すわで

一生働けるんじゃなくて、一生働かなきゃいけない(派遣で)みたいなの量産してどうすんだ?

激しく勘違いしているようだが、昔から女性の大多数は働いていた。いや働かされていた。馬車馬の如く。

結婚=夫の家の女中兼跡継ぎ製造機となる、と言う意味しかなく

家事育児介護もやり、「家」の仕事(が農家だろうが商家だろうが嫁が一切タッチしなくて良いなんて有り得なかった)もやり、

勿論給料など貰えないのが「嫁」ってやつだった。

それでも昔の女性はそれ以外に食う道が無いから結婚するしかなかった。

その時代女性と比べたら「派遣定職に就かず婚期を逃す」道を選べる現代女性は遥かに恵まれた状態だよ。

家事自分の分だけでいい。出産育児もしなくていい。介護もしたとしても自分の親だけでいい。働いた分はちゃんと給料が出る。

からこそ結婚しない女性が増えたんだ。

2013-05-28

あなた先祖武士ですか?

https://twitter.com/fukuda_2000/status/339243192719380480

https://twitter.com/hk726/status/338972547272024065  

まあこれらのツイートは一例に過ぎないんだけど、最近twitterでやたらめったら「武士道」「武士精神」「武士は喰わねど高楊枝」etc.ってなツイートを見るんだけれどもさ。

うちの先祖は、父方も母方も武家じゃなく、商家農家の出で。名前家紋からすると遠い昔は公家だったみたいなんだけど(笑)それでも、武士精神ってなに?っていうのはかなりある。父方や母方のじいさん達は技官として、歩兵として陸軍海軍に進んでったけど当時は軍に進むことがエリートだったから、家が貧乏だとそれだけで入隊した人もいたもんだ、と聞かされていて。武士精神とはちげぇんだよなぁ。

で、ふと思ったのは、この日本先祖武士って人の割合はどんなもんなんだろうなってことなんですけどね。うちも「雑兵」まで含めると武士になるのかな(笑)それなら挙手するなぁ。

2013-05-19

ある旧家の没落

もう、あいつと酒を飲むのは無理だなと思った。多分、遠くないうちに昼間の生活にも支障をきたすだろう。高校生のころあんなに輝いてたやつが堕ちていくのを見るのは耐えられない。もちろん、自分だったらあいつ以上に踏ん張れたなんて、とても思えない。それだけに、もう目を背けるしかできないんだよ。

地方の町で旧家の跡取りだったあいつは、人あたりがよくて、スポーツ万能で、頭だって現役でワセダに行けるくらいには良かった。当然クラスの人気者で、ずっとそういう日の当たる場所を歩いていくんだろうとみんな思ってた。バブルは弾けて、地方経済の疲弊はとっくに始まっていたはずだけど、公立とはい比較的裕福な家庭が多い進学校に通う俺たちには、そんなことは全然見えてなかった。

問題は、あいつの家が旧家とはい地主系ではなく商家だったことだ。進学、就職東京10年過ごして帰ってきた時には、状況はもうかなり悪かったらしい。それでもあいつは頑張った。販路の整理と新しい開拓、Webの活用だってから見たらかなりクレバーだったと思うし、新商品開発の方向だって間違ってなかった。ただ、地方の荒廃と大資本の流入のスピードの前には、限られた局面での善戦にすぎなかったというだけの話だ。

「まあな、何もかもチャラにして、東京で一からやれたらなって思うことはあるよ」。飲みながら苦笑して、あいつがそう言ったのは何年前だろう。どんどん押し黙った時間は長くなって、もう意味のある会話はなくなり、ただ飲むために酒を飲むようになった。もう、ここらへんが潮時だろう。身につけた品の良い腕時計と靴がどうしようもない虚飾に見えるほど、夜のあいつは荒んでいる。

なんでこんなことになったんだろうか。

2013-02-02

秋元康を乗り越え勝てるのは他ならぬAKBメンバーしかいない

AKBメンバーはバカだ

それゆえAKBメンバーになるくらいしか立身出世方法はない

彼女たちは商家丁稚であり、士官学校に入った農家の三男だ

日本音楽業界アイドル業界にはペンペン草も残らないかもしれない

それは秋元の勝利でもあるが

そのうえで一人でもAKBにとどまらない人物が出たとすれば、彼女こそが最後の勝利者に違いない

2012-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20120114212744

小児性愛なんて紀元前から存在する代物だし、江戸時代には裕福な商家の妻女が男児少女を囲うという逸話結構残ってる。

それを心配するしないは単に個人の価値観の問題なだけで、いちいち一般化するような事柄じゃない。急激に増えたように見えるのだとしたら、当人の視野がそっち方面に急激に広がってるってだけだよ。

2012-01-12

どこに行ってもいじめられる子

正月休み小学生のいとこが話してくれた。

 

クラスある学年に2人、絶対にいじめられる子がいる。

一人はアトピーがひどい女子で、もう一人はキモがられてる男子

クラス替え自分クラスにその二人のうちのどちらかが居ると、一年間はその子けがいじめられる。

どちらも居なければ、誰がいじめられるかわからない。

絶対にいじめられない子というのも居て、かっこいい男子か、かわいい女子は、どのクラスになってもいじめられない。

お母さんと一緒に子供服モデルをやっている女子が居て、その子女子の中で一番有力。

中学受験の塾に行っていてスポーツもできてかっこいい男子が居て、その子男子の中で一番有力。

そういう子と同じグループの子は絶対にいじめられない。

 

私(ゆとり)の頃より学校階級社会になるのが低年齢化しているように感じた。

いとこは「絶対にいじめられない階級の子」ではないので、自分利益を考えるなら、「絶対にいじめられる子」に同じクラスになって欲しいだろう。

いとこが「絶対にいじめられる子」を救いたいと思うなら、「絶対にいじめられない階級の子」になるしかないだろう。

半端な階級の子が手を出すと、自分いじめられるようになるだけで、「絶対にいじめられる子」をいじめから救うことはできない。

華族士族にとってはどうでもいいが、商家や農民は「えた、ひにん」を求めていたことや、

アメリカ北部の知識層富裕層黒人奴隷解放しようとしたが、南部の農民たちは強硬に反発したことを思い出した。

2011-11-12

需要供給の関係

http://anond.hatelabo.jp/20111112043751

元増田はすごく頑張れる人だと思う。だけど、方向が間違ってる。「結婚したい」から大学に行く」って変でしょ? 目標と手段が釣り合ってないでしょ? 「結婚」が目的なら「嫁さんの需要が高い場所」に行けばいいんだよ。農家とか、商家とか、嫁のきてがないところ、いっぱいあるでしょ。「倹約家で貯金できます」っての、結婚するなら、すごいウリだよ? ぼーっとした息子に危機感感じてる母親なら、飛びつくよ? 就職なんて必要ないよ。だって、自営は自分とこで働いてくれればいいんだから。対人恐怖なら、人じゃなくて「天候」とか「山林」とかを相手にする仕事を探せばいいんだよ。

まずは、何をやりたいのか、人生目標を決めなよ。

話はそれからだ。

2010-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20101227000648

女を虐げてきたことになってる日本過去1500年間よその国に支配されたことはなく、

現在も悠々と生き続けているわけです

実態はそうでもなかったんよ。

武士階級はさておき、人口の大半を占める農工商身分の女性は今の女性より奔放だった。

商家旅館女将なんて、旦那の遠出を良い事に歌舞伎役者を真っ昼間から別宅(旦那に内緒で買った家)に引っ張り込んだりとか普通にあって、それを嘆く瓦版読売とかある。その結果愛人子供を身ごもってしまって夫婦で大げんかするんだけれど、「今更ガキの一人くらい増えた所で屁でもねえや!」と旦那が大見得切って、結局我が子として育てた、なんて話が美談として残ってたり、「うちのカカアなんか家事もろくにしやがらねえ!」と笑いを取る大道芸たいな物もあった。

2009-07-11

ある在日女の子が好きだった学生時代

http://anond.hatelabo.jp/20090414170900

私は、学生時代ある在日女の子がとても好きでした。

その経験を書いてみようかな。

その人は、私より2つ年上で、演劇好きな、日本国籍をもたない在日韓国人女性で、独特な感性というか勘のよさを持った不思議な魅力を持った女性だった。

彼女在日であるというのは、出会った早い段階から聞いていたと思う。でも、その事実を知る前から、多分一目ぼれ状態で好きになっていたと思う。

加えて、当時、ナショナリズム論に関心を持っていたので、在日韓国人という人たちはどのようなアイデンティティを持っているのかという興味もあった。

彼女は私のそうした下世話な社会学的理由からの、研究対象としての関心を、多分あまり気持ちよく思っていなかったのだと思う。でも、彼女の独特の魅力がどこから生まれてきたかを考えると、家業焼肉店であり、商家特有の気さくな点と、一家で団結して商売を営むことから来ていると思われる家族思いな点などは、彼女の家の由来と切り離しがたく魅力を作っているように感じた。

私などは、日本国籍を有し、ちょっとばかりペーパーテスト能力があったばかりにあるお金持ち有名中高一貫校に通っていたこともあって、青年期に左翼思想に触れてからも、自分の出自や育ちから地金が出て保守化するのじゃないかという恐れを常に抱いていて、揺るぎなく左翼思想自分体感が一体化するアイデンティティを持った人に憧れていて、その点で、在日韓国人であり、政治にも少し関心がある彼女に憧れていたのだと思う。

あと、彼女演劇など感性的なものが好きだったというのも理論偏重の自分にはない特徴で、そうした感性的なものを持っている人への憧れは大きくあったと思う。

彼女のほうは私のほうからのそうした過剰な思いいれを、少し嫌がっていたのか、それとも重荷に感じていたのか、今でも彼女の気持ちはよくわからない。

でも、一度彼女に振られてからは、彼女のことをそうした属性からではなく、ありのままに見つめようとした。その結果、一緒に二人で海外旅行に行く仲になるまでには信頼されるようになったのだと思う。

結局、旅行後にどうしても好きなんですと告白したところ、ちょっと考えさせてほしいといわれ、どうしても返事ができないと言われ、返事がないまま今の状態にいたり、8年間もうほとんど会うこともなくなった。

今となっては、告白の仕方が悪かったとか、彼女属性への思い入れからの好意を彼女は嫌がったとか、結局都合のよいキープ君として使われたのだとか、日本人と付き合うことに怖れを抱いていたのかとか、普通に単純に自分人間的魅力がなかったことが海外旅行で露呈したのかとか、いろいろ考えるのだけど、返事がない以上、彼女が何を考えていたのかわからなく、考えても考えても答えは出ないまま8年が経過し、しかもそれ以来好きな子もできないまま。

今は、なぜその子にそんなにこだわっているのかわからない、こんな状態でいるのはつらい、あの子よりいい子なんているのか、いやもう女の子なんて関わりたくない、女なんて嫌いだ、とぐちゃぐちゃどろどろした感情がとぐろを巻いている状態となっている。

あるいは私にとって彼女は、おそらくミラン・クンデラの小説『存在の耐えられない軽さ』の中の、フランツにとってのサビナみたいなものかな、と考えることもある。

あの学生時代の恋はいったいなんだったんだろうなぁ。

2008-08-10

Wikipediaで暴れてる(てた)齋藤氏末裔が凄まじい件

ノート:斎藤

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E6%96%8E%E8%97%A4%E6%B0%8F

斎藤氏が沼津という土地に移り住んだことには、ローマが東へと貿易を求めてきたことにルーツがあるので、学術的にみても、天皇家側との婚姻関係もあり、沼津商家本家であるので掲載の必要があり、関連がないと間違われることのないようにお願い致します。とくに、大衆に知らせる必要性があり、「ビートルズ」や他アーティストとの関連性があるためです。  --斎藤ローマよしあ 2008年6月19日 (木) 01:59 (UTC)

えーと・・・斎藤ローマよしあさんに色々と聞きたい点があるのですが・・・。

  1. ローマから貿易と日本国建設のために渡来した」とする論拠の史料は何ですか?
  2. 斎藤」の姓を使用するのに何(あるいは誰)の許可が要るのでしょうか? 斎藤氏の始まりは、藤原利仁の子・叙用が斎宮頭に任じられたことがきっかけで、「斎宮頭の藤原」、すなわち「斎藤」になったとされているようですが([1]、[2])・・・。
  3. 斎藤家とスキピオ家を関連付ける論拠となる史料は何ですか?
  4. 天皇家側との婚姻関係」とありますが、具体的に誰が、天皇家の誰と婚姻したのですか?
  5. ビートルズや他アーティスト」とどういう関連性があるのですか?
  6. Wikipediaの方針文書はお読みされたのでしょうか? 「大衆に知らせる必要性があり」とありますが、ウィキペディアは宣伝をする場所ではありませんし、信頼できる情報源により検証可能であることが求められますし、世間に未発表の「独自研究」を載せてはならないという方針がありますが・・・。

以上の点、お答え下さい。--松茸 2008年6月19日 (木) 04:44 (UTC)

第一の重要な発言の証拠としては、私は、沼津本家斎藤の娘です。 1.現在史料文献は今だにございませんが、斎藤家は、イタリア語で「SAIO」「ITO」という言葉がありますように、イタリアが当時使用していた言葉が名前です。とくに、世界史ローマに関する史料をみていただければ、すぐに発見できます。現在イタリアにもSAITOという言葉を名前に取り入れられている方々が数多くみられるようです。  これは、藤原氏言語が「WA」という言葉にみられますように、イタリアでは、外来語である「W」使用されているだけではなく、「FU」という日本語ラテン語にないことでも簡単に判別できます。それは、フランス語ドイツ語ロシア語中国語韓国語英語における人名などにおける解釈において、単純にラテン語で完全に構成されている違いからも明らかです。それは、日本語の「あいうえお」の母音教育にみることができます。 2.なぜ、藤原氏が「斎宮」に任じられたのでしょうか?「宮」という言葉は、中国語で「宮殿」の意味で、藤原氏中国系ではないはずなので、どちらかといえば、漢字教育を広めた天皇家、つまり藤原氏の敵軍にあたるわけで、藤原氏の「まつりごと」ではありえないはずです。 3.単純に当時のイタリア権力海外への影響力が大きかった家で、文化的に判断しても、他の家では考えられないということで判別できます。 4.婚姻に関する資料につきましては詳しくはわかりません。 5.答える必要はありません。 --斎藤ローマよしあ 2008年7月1日 (火) 05:34 (UTC)

その質問にお答えします。  斎藤家の人間ではないものが、文献にあるからと、偽った史料により出自を強制的に変更させることはできません。斎藤家の本家の娘が発言しているのに、それが、史料ではないと話すような人はこの世の中で生きていけるのでしょうか?マスコミの出版物などにおいても、斎藤家本人の発言は証拠であり、誰かのインタビューが文献になかったからといって、ウィキペディアでの「藤原氏」などと偽り、当の藤原氏に迷惑をかけるような行為は許されないものです。斎藤の姓を名乗ることに許可がいるかというのは、ラテン語であり、それは、斎宮仕事の名前で、神宮仕事の職の名前を姓にするという行為は歴史上考えられないためです。しかも、斎藤実盛は軍人ですし、軍人が輩出されているということは、歴史上、斎宮職の人間ではないと、常識的に判断できます。もし、その斎藤家の娘の言葉理屈を述べたいという方がいらっしゃるなら、かなり、精神的におかしい状況になっているので、精神科医にみてもらってください。

 --斎藤ローマよしあ 2008年7月13日 (日) 10:11 (UTC)

 何度も申しましたように、末裔でございます。事実、私の家には、曾おじい様は、沼津市三園町自治会館にもかざってある写真がありますように、貴族院時代には、市長のような仕事をしておりました。静岡県斎藤家の項目にも載ってある資料がありますが、そちらの寺院等には少し訂正すべき点がありましたが、この祖祖父が何よりの証拠となるでしょう。ちなみに、沼津市で有名な人物に、水野家、桜井組などがあります。銀行関連や、音楽関連やテレビなどで目にしたりされたのではないかと思われます。かつての御用邸もそばにあります。おそらく、日本と一切関係ないお方が、勝手記述を変えてしまっているというような印象ですね。この国の教育制度で、そのことが理解できないとなりますと、大変に問題ですね。   漢字の「斎」の文字の使用に関してですが、この文字は、中国の文献資料にもでておりますように、ローマシステム関連の文字であることが何よりの証拠でしょう。     斎宮歴史博物館には、きちんと事前にメールして記述が間違っていると伝えてあります。根拠は、以前の記録を参照してください。東京大学にも連絡いたしました。イタリア大使館にはすでに連絡済です。出版を考えていましたが、学術雑誌などには、今後、検討いたします。そのもの出身の言葉による歴史は、学術員の研究より優れているものです。それは、どこの国でもおなじです。それにまだ、異論ああるというのは、インディアンや果てアフリカ人、アボリジニローマ人の歴史を否定するようなものです。逆に、あなたは、どちらの何様なのでしょうか?警察にも連絡してありますよ。

 --斎藤ローマよしあ 2008年7月31日 (木) 12:58 (UTC)

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