「くやしく」を含む日記 RSS

はてなキーワード: くやしくとは

2020-07-25

また金属の棒にずつきをした。

あんまりだとおもう。

くやしくくやしくしょうがない。

よかったな。

のぞみどおりくやしがらせられたぞ。

2020-07-21

技術系のせつめいは14ねんもあれば まぁ 引き継ぎとしてはいいだろう わからなかった といわれるおぼえなはい

くやしくはあるけど しょうがない。競争社会から

2020-07-19

anond:20200712141747 とある鍵垢同人女より商業作家さんのお気持ち表明についての構造整理

とある鍵垢同人女より商業作家さんのお気持ち表明についての構造整理

https://anond.hatelabo.jp/20200712141747 さんの激おこ文章同人女サイドでは、ひとくくりに糾弾されて普通に嫌な気持ちになったけど、気持ちはわかる。

(私は同人女ですが、かつて別名義の本名文学一次創作詩歌評論を発表していた人間です。自分作品私物化海賊業されて…という経験はありません)

主さんもおっしゃる通り、商業として作品商品にした以上、それを自分のものと主張するのは難しくなります

「作者」と「読者」ではない、お金の介在する生産者消費者関係は、金銭契約により生産者使用者関係を生み、その生産者雇用主・被雇用者に細分化するものです。

作品の発表に当たり人の手を経れば経るほど、その作品の所有層全体に見る自分割合がちっぽけになっていきます

この問題を切り分けて考えると、

(1)作品を発表した

(2)ゆがめて解釈された

(3)同人作品を発表された

(4)それにより純粋な「作者」の契約外の人間利益が発生した

の4つの工程があります

そのそれぞれの段階に、「作者」を悩ませる要因が存在します。

(なお、前提として、「作者」は作品を発表するにあたり企業などの商業的な発表媒体契約を結び、「作品」は「商品」となっています。)

問題1【(1)→(2)で起こる、「再生可能性」の不足】

作品には、発信者と受信者がいます

信者解釈する自作品と、受信者解釈するその作品の間に、何らかの解釈の違いが生じることが、第一の難しさ。

アート作品プレスリリースした際、一方向から撮影した1枚しか写真が載らず、別の一面の情報が伝えられなかった。

カラー風景画を取材され、新聞モノクロ掲載され、色味の再現が十分でなかった。

詩吟節回しとして本来長音が入らない箇所を、聴き手の記憶頼りのレビューで長音のように表記された。

使用楽器の質にこだわってリリースした楽曲を、百円均一の音質の悪いスピーカー再生された。

・ある特定ホットサンドメーカーを使った料理レシピを、異なる製品で作った結果、焦げておいしくなかった。

ここには、「発表媒体」による不自由と、「ツール」による妨害存在します。

いずれも、その作品情報の伝達時の「再生方法が、その作品表現しきるに満たない、という問題です。

今回の漫画作品では、おそらくこうした再現性の問題はほぼないでしょうが

【「作品」を再生する受信者は、必ずしも「作者」の思惑通りに「作品」を享受しない】。

その結果、【本来作品ポテンシャル外の評価解釈が生まれる】。

これは、芸能人政治家発言した内容を任意に切り取って報道する偏向報道もそうです。

本来与えられるべき情報量に到達できないまま受信者作品評価することが、作品発表の第一の関門です。

問題2【受信者の好みによる「解釈のゆがみ」】

「○○くんは目が大きくて背が低くてかわいいから受け」

「××くんは○○くんを好き。▲話で腰に手を回してるからセックスした」

「▲▲さんは実は●●ちゃんを嫌いなんじゃない?」

「●●ちゃんは本当は腹黒で、○○くんに近づく奴を陰で×してる」

一次創作は、「もしも○○という人物がいたら」から

二次創作は、「●●という作品の○○という人物がもしも××したら」から端を発するものです。

まり二次創作原動力は、作品の「余白」と「違和感」です。

作中の違和感根拠に、関係性を決定づける。

作品の余白を解釈して、起こったことを空想する。

その「違和感」の着眼点や「余白」の範囲は、作者によって規定できません。

二次創作には「パロ」という文化存在し、読み手側が「もしも○○だったら」と仮定することで、作品の余白は無限に継ぎ足されます

さらに、「違和感」は、疑えばいくらでも生み出すことが出来ます。人の行動の裏の意味について考えすぎてしまうとか、創作に関わらない人間関係と同じように。

【「余白」や「違和感」などの、二次創作の要因は、作品のいたるところに存在する】。

作品を、想像力を持つ人間に届ける以上、この「解釈のゆがみ」の発生を止めることはできない】。

これが第二の問題です。

問題3【「ゆがんだ」同人作品の発表】

私の敬愛する漫画に『ぼくらの』という作品があります

少年少女が生きる意味死ぬ意味に向き合い、あらがい、自己を実現する、人生の解の物語です。

その物語では、一人一人の死には厳然たる尊厳があり、死は尊重されるべき、という観念少年たちに獲得され、通底していました。

しかし、その物語アニメ化された際、監督の好みで物語の大筋が改変され、少年たちの命運も、登場人物人生意味も、その監督解釈により書き換えられました。

アンインストール」というテーマ曲が有名なゼロ年代アニメですので、主様やこの記事をご覧の方もご存知かもしれません。

こうした、【自己解釈による横取りただ乗り】が、主様の同人女に対する一番の怒りなのではと感じています

これが第三の問題です。

例えば原作ファン実写化を叩くのも、おそらく類似した心理によるものです。

そして、このただ乗り素人同人女)がする場合、その目的は3つが融合しています

自己実現」「他者から承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」の3つです。

自己の考えを開示・表明することで自己を実現する。それを承認されて行為が加速する。同人イベントなどの目標を達成し、達成感を得る。

これらが融合し、「カップリング界隈」という一つの社会に生きる「同人女」としての個性を、一人の人間の中に築いている。

趣味活動」という、第一人生を生きながらある程度の匿名性が担保された第二の自己を獲得することが、「二次創作界隈」では可能なのです。

しかも、その第二の自己は、第一人生を妨げません。いざとなればアカウントを消去して関係を断てる、切り捨て可能インスタント人生。だから同人活動は気楽に楽しめます

一次創作主ほどの切迫した人生生活感が、二次創作主でいる間には、必要ないのです。

【「自己実現」「他者から承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」は、「同人女」に第二の人生を与え、同人女を生きやすくする救済である】。

これが、SNS社会現代で、同人作品の発表がなくならない理由ではないでしょうか。

しかし、取れる策が自衛しかない小さな政府大衆民意経済尊重の今の世の中では、二次創作されるのが嫌な一次創作者は二次創作嫌だ二次創作禁止と言える会社で発表するしかありません。アルファポリスとかしか思い浮かびませんが。

一次創作で金儲けしながら作品自分一人のものとして主張したいなら、同人でやるしかない。

企業自分作品を買い上げてもらうことはあきらめる。企業製造ライン企業販路企業広報、そういうものに載せてもらった時点で、作品方針を取る手綱自分のものではなくなる。

生活のために金儲けすればするほど、作品権利元が分散して、作品が多くの人の手を経て連帯の所有物になっていき、純粋な「作者」の手元を離れていく。

「商」業の性質上仕方ないです。

両得で叶えることは難しいと思います残酷ですが、主様のおっしゃるとおりですね。

問題4【「契約外の人間利益」】

四つ目の問題は、言葉の通りです。

これに言えることはありません。

同人界隈のモラルどうにかして。】って感じです。

利益」と「権利」に対する、同人活動者の考えの浅さに直面するたび、私もくやしくなります

公式デザインを模してリサイズした自作ぬいぐるみ制作

公式が発表していない自作ねんどろいど写真SNSに発表する。

公式ロゴ類似したロゴを使ったスマートフォンケースの受注生産

二次創作禁止をうたう作品二次創作

全てアウトです。公式の受け取るべき権利横取り公式意図しない第三者営利活動が原因で、立体商品が発売されなくなったジャンルもあります

それでも横行しています。「痛い目を見ていないか大丈夫」なんですね。

私が同人活動をしている作品二次創作好意的で、二次創作の中でも特に禁じるものを明記したガイドラインもあり、公式サイドで映像制作に関わっている方によるファンアート投稿も盛んです。

それでもガイドライン中で明記されている禁止行為をする人が後を絶ちません。

「みんなやっているからいい」。

主様のおっしゃる脳死同人女の考えですよね。

公式から二次創作全面禁止のお達しが出るまで続けるのでしょうか?

そこに倫理はないんでしょうか?

ここを踏みとどまってほしい、という、主様のメッセージ最後の一文だけでも、少しでも多くの同人女に届いてくれればよいと思います

以上。

構造の整理と言って、結局私のお気持ち表明でしたが、以下に内容をまとめます

●まとめ

(1)作品を発表した

問題1】「作品」を再生する受信者は、必ずしも「作者」の思惑通りに「作品」を享受しない。その結果、本来作品ポテンシャル外の評価解釈生まれる。

(2)ゆがめて解釈された

問題2】二次創作の要因は、作品のいたるところに存在する。作品を、想像力を持つ人間に届ける以上、「解釈のゆがみ」の発生を止めることはできない。

(3)同人作品を発表された

問題3】「自己実現」「他者から承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」は、「同人女」に第二の人生を与え、同人女を生きやすくする救済である

(4)それにより純粋な「作者」の契約外の人間利益が発生した

問題4【「権利」「利益」へのモラルがない】

言葉多めに分解して、主さんを苦しめている問題を書き起こすと、こんな感じでしょうか。

難しい問題だと思います解決手段、私には思いつきません。

主さん。お疲れ様です。うまく気持ちに折り合いがつくことを祈っています

2020-02-29

vtuber地声ギャップ

 結構前の話なんだけど、かなりマイナーなvがある時地声披露してくれた。彼女たちがけっして素であの声だとは思ってはいなかったのだが、自分にとっては想像以上に衝撃的で砕け散るような体験だった。その時は俺は「その声も可愛いよ」なんて言っていたのだけど、はっきり言ってその低い声を聞いているだけで吐き気すら感じた。そして同時に自分がこんなことに衝撃を受けていることを恥ずかしくくやしく思った。でも、これは彼女が声がすこぶる悪かったわけではない。なんてことのない、おそらく現実でその声を聞いていてもけっして嫌な印象を受けることはなかったと思う。それで結局、なぜこれほどにまで感じたのかといえばやはり落差なんだろうなと思った。

 何が言いたいかって、世の中なんでも優しいものに慣れてきて急にやってくるきついものってなによりも心理的ダメージ与えてくるよね。本当はなんてことのないものであったとしても。

2020-01-26

anond:20200126064032

いや、頭皮の疾患をくやしくおもうやつは増田にはあまりいないとおもった。

2020-01-18

Vtuberやめたいけどぜったいやめねえ

そこそこ伸びたものの、停滞したあげく「懐かしい」みたいな扱いになってるVtuberをやってる。

正直つらい。くやしい。自分と同じくらいに始めた人間自分と仲の良いVtuberはどんどん人気になる。

Vtuberは、当たり前だが才能ある人間が多い。作曲イラスト動画、歌、喋りその他もろもろ。

観る側だった時は、そこが大好きだった。Vtuberになったあともそこが好きだった。でも最近はそこが苦しい。

自分以外の才能をみると、くやしくくやしくしょうがない。

なんで自分は絵が下手なんだろう。歌が下手なんだろう。ただ長くやってるだけで、惰性でやってるだけの、空っぽバーチャルYouTuberモドキだ。

自分応援してくれている人にしっかりと目を向けることができていたあの頃は、今よりも登録者数もTwitterフォロワーも少なかった。だけど心はずっと温かかった。

今は、数字の上がり下がりに一喜一憂し、他のVtuber炎上するたびに便乗してお気持ち表明する部外者Vtuber辟易し、自分活動では自分力不足毎日感じて苦しみ、心がじっとりと冷たい。

楽しい事をしたくてVtuberになったのに。楽しくない。

でも、今までよりも沢山の人に自分創作物であり自分分身であるキャラ応援されてる。だから離れたくない。

ここ以外に、多分行き場がない。価値を与えてくれる場所は多分ない。

それに、自分活動で元気をもらったと言ってくれた人もいた。もう見てないかもしれないけど。

傷つける言葉を言って謝りもせずのうのうと活動してるあいつも、人をなんでもやってくれるマシーンだと思ってるあいつも、実力不足で身内の創作に呼ばれなかった悲しみも、全部全部全部のりこえてやる。

あの時もっと大切に扱っていればよかったと後悔させてやる。

そして、もっともっと力をつけて良いものをつくって、応援してくれている人を思いっき笑顔にしたり、元気にしたりするのを死に物狂いでもやりつづけてやる。

価値を与えてくれた人たちに恩返しするために、どんだけ見下されても、変な嫌味言われても、ぜったいやめねえ

おわり

2020-01-05

40すぎて孤独に、くやしいもくやしくないもない

わびしくて、さびしい

それだけ

2019-11-03

最近はてブ理想主義馬鹿が「冷笑」を流行らせようとしてるよね

現実的な話をしたがるはてブの連中が嫌いな馬鹿がいるみたいで

頭がぱっぱらぱーでコストとか中身を全く考えてないけど

ノリで良いこと言った気になりたい奴らが現実主義連中の意見

乗ってた気分をぶち壊されてくやしくてひねり出したのが冷笑

まぁ結局コストなどの話で反論するわけでもなく

こういう皮肉で言い返した気になるのが理想主義者らしいっちゃらしいけどね

2019-10-18

同じゲームをやり続けても飽きないって才能だなと思う

おもしろゲームを見つけたときに1つ注意してることがある。

それは、いくらおもしろくても “やり過ぎない” こと。

 

なぜやり過ぎてはダメなのか?

 

やり過ぎると飽きるのが早まるからである

だいたい飽きるパターンは同じで

 

① 勝ちパターン固定化されてくる

② 同じことをやっている作業に感じてくる

③ 負けてもくやしくない

 

①と②は自分で工夫、大型アップデートなどで解消される場合もあるが、

③の境地は完全に飽きている。

 

せっかく自分にとっておもしろゲームを見つけたのなら長く遊びたいと思う。

ゲームをやってないときに、「今度はあれを試そう」、「あの場面もう少しだったな」などと想像が膨らんでるとき

楽しめている状態だと思うが、やり過ぎてるときにはそれがない。

 

オンラインゲームアップデートユーザーを飽きさせないようにしているが、

やり過ぎるとアップデート前に飽きてしまう。

また、アップデートたからといって飽きなくなるわけではない。

何でもできる強キャラ登場でキャラバランス崩壊などの大失敗アップデートですぐに飽きてしま場合もある。

 

e-スポーツを見ているといろんな種類のゲームがあるが、あれは飽きないでそのゲームをやり続けて上手くなった人達なのかな思う。

そのゲームが好き ⇒ 好きだからやり続ける ⇒ やり続けても飽きない ⇒ 上手くなる

 

プロゲーマーは当然、飽きてもやり続けないとならないんだと思うが、

やり続けても飽きないってところが、最初の上手くなるポイントではなかろうか。

 

A. 同じゲームでも飽きない自信がある

B. 同じゲームで、飽きたがやり続ける決意がある

 

プロゲーマーの中には、最初はAだったけどBになった人もいるのではないかなと勝手想像しているが、

飽きたゲームをやり続けるってホント辛いし苦行だと思う。私にはとても真似できない。

 

やっぱり、同じゲームをやり続けても飽きないって才能だなぁと思う。

 

2019-10-07

あらふぃふBBAです

上向いてねっ転がったらママおっぱいどこいったのとか娘に負けてくやしくないとか言われます

フィッティングしたら普通にF75でしたわーはっはっはー

2019-03-14

クリエイターへの偏見

漫画家とか小説家とか

ある作品クリエイターだと思ってるから、そのクリエイターは四六時中その作品のことだけを考えているかのように考えてしま

から、読んでる作品とは別作品を連載開始とかしちゃうと、えっえっ!?作者の魂はどこにあるの?と思ってしま

作者コメントとかで、ゲームしましたとかどこどこ行きましたとかあっても、いやそんなことやってる暇あるなら書けよ作れよと思ってしま

いやおかしいのはわかってる

アイドルうんこするわけないってのと同レベルのことだって気がするけど

でもなんかもやもやして納得いかない

複数作品同時並行でやられると一個あたりにかける熱量はそんだけ減ってしまうってのは絶対あると思う

他のことでインプットしてから作品アウトプットってのもあるってのもわからんでもないんだけどでもなんかくやしくもある

おれがみついだ金で何あそんでんねんみたいな

いや俺がおかしいのはわかってんだけど

作品への魂のコメ方っつーかブラック企業社畜並に働けと言ってるんだ俺は

そうあるべきだしそうあれるからクリエイターでくっていけてるんだろって

いってることわかってくれる人はきっといるはず

2019-01-07

anond:20190107004853

簡単に行くかあああああああ!!!

くやしくなるこというなああああ!!

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん