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はてなキーワード: コンピュータゲームとは

2021-09-12

anond:20210912135214

オッサン同級生で、ケータイなしコンピュータゲーム禁止で育てられてたやつがいたが、すっごく浮いていた。

勉強はできるがどうしようもなく空気の読めないやつだった。

そいつのことは結構嫌いだったが、同世代の当たり前から隔絶されてるってのはさすがにかわいそうに感じた。空気が読めないのもそこに原因があるのかなと考えずにはいられない。本当のところはわからないが。

2021-03-26

仮説:定義あいまいだと発展性がなくなる

まだ、例がそこまで集まっていないが、二つ手に入れたので記入

オープンワールド

ゲームブック

  

ゲームブックは昔隆盛したが衰退している。

オープンワールド現在盛り上がっているが、将来下火になるだろうという自分予測

  

この二つの定義曖昧さについて

  

オープンワールド(https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89)

 ・オープンワールドとはレベルデザインの話である

  ・レベルデザインレベルとは、空間のこと

いわゆるステージ制のような一方通行あるいは限定的な経路や、ゲームプレイが中断されるロード画面を繰り返し挟んだ構成などから成るのではなく、シームレス自由な移動や行動が可能単一の広い空間が中心のレベルデザインや、それを採用しているゲームのことをオープンワールドと呼ぶ。有名な例を挙げると、GTAシリーズTESシリーズなどをイメージすると分かりやすいだろう。

つまるところ、オープンワールドという概念呼び方GTA3以降に定着したもの(先のシェンムーは「FREE」というジャンルを称していた)ではあるが、それと同様のレベルデザインは古くから様々なゲームタイトルで用いられており、概念が定着した現在では過去ゲーム作品レベルデザインを指して呼ぶことも一般的である。ただし、過去ゲーム作品は当時オープンワールドと名乗っていた(意識して製作された)わけではなく、あくまプレイヤー側の解釈なので若干曖昧な部分も含まれている。

こうした理由からオープンワールドという概念は厳密には2D/3Dを問わないものであり、3Dで構築されたワールド限定されているわけではないが、3Dオープンワールドの普及とともに広まった概念であり、その定義において3D限定して考える者も少なからずおり、2Dも含める者との間で解釈に違いが生じていることもある。(後述)

ゲームブック(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF)

本文は数十から数百個のパラグラフ段落)に分けられており、各パラグラフには順に番号が付いている。読者はそれらのパラグラフを頭から順番に読むのではなく、パラグラフの末尾で指定された番号のパラグラフを次に読む。パラグラフ番号の代わりにページ数をそのまま利用し、1ページを1パラグラフとして扱うゲームブックもある。いずれも次に読むべきパラグラフは1つに限らず、多くは複数の行き先が存在する。それらはプレイヤーによる任意選択ができたり、後述するランダム要素によって決められたり、以前に行った選択や判定の結果が影響して決まる。このような方法によって、多様に変化するストーリーを実現している。

と、あるが

一方、当時の日本任天堂ファミリーコンピュータファミコン)をはじめとする家庭用ゲーム機が爆発的に普及していった時期であり、そのため日本ではコンピューターゲームベースとしたゲームブックが多数発行された。特に双葉社の「ファミコン冒険ゲームブック」はコンピューターゲーム主体とした低年齢向けのゲームブックを多数だしており、最終的に130以上のタイトル刊行された[1]。他にはケイブンシャからアドベンチャーヒーローブックス」シリーズ刊行されるなど、数多くのゲームブックが発売されている。中には全て漫画で描かれた作品存在した。ゲームメーカー自らが制作する例もありコナミから双葉社意識した装丁で、自社ブランドの『コナミワイワイワールド』、『メタルギア』や『魂斗羅』、『ドラゴンスクロール』などが発売されている。エニックス(現スクウェア・エニックスからも「エニックスオリジナルゲームブック」として、同社が発売したコンピュータRPGの人気作ドラゴンクエストシリーズゲームブックドラゴンクエストの項参照)などのゲームブック化作品が発行されている。 「所さんのまもるもせめるも」は所ジョージ自身が書いた。

さら

派生的な形態

本の形式ではないためゲームブックとは異なるが電話使用したテレホンアドベンチャーと呼ばれる作品存在する。これは決められた電話番号にかけると音声ドラマが流れ、選択肢番号の代わりに電話番号が示される形式であった。正しい選択肢を選ぶと少ない電話代で最後にまで辿り着くことができ、そこでのメッセージを送ると抽籤で賞品が当たるようになっていた。『地層階級王国』や『次元からくり漂流記』『魔界横断ドラゴンラリー』など双葉社作品があった。

後にCDが普及すると各トラック選択肢番号になっている作品存在する。選択肢の代わりに指示されたトラック選択すると音声ドラマ流れるという形式であるゲームブック原作からは『地層階級王国』と『次元からくり漂流記』の二作品CDゲーム化されている。

コンピュータゲームの一ジャンルであるサウンドノベル(またはビジュアルノベル)は、ゲームブックの影響を受けたものであり、画像音楽による演出ゲームブックでは難しいマルチストーリーエンディングを盛り込んだものとなっている。[2]

ここで、私がよいと思う定義の発展性をみよう

ローグライク

・ローグライト(新しい方)

ローグライク(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0)

ベルリン解釈(Berlin Interpretation)

International Roguelike Development Conference 2008」において議論された、ローグライクの持つ要素[2]。 厳密な定義ではなく、いくつかの要素を無視しても構わない。

価値の高い要素(high value factor

ランダム環境生成 ― マップ構造アイテム配置がランダムで、リプレイ性が高い。

恒久的な死 ― 一度死んでしまえば最初からやり直しになる。ランダム環境生成と合わさることでゲーム面白くなる。

ターン制 ― 一つのコマンドが一つの動作対応する。じっくりと考えながらプレイできる。

グリッドベース ― ゲーム世界タイル(マス目)で構成されている。

ンモーダル ― 移動も戦闘も一つの画面で完結しており、画面変遷を伴わない。AngbandやCrawlの「店」等、しばしば無視される。

複雑さ ― 豊富アイテムモンスターが用意されており、ゲームの解法が一つではない

リソース管理 ― 限られたリソース(食料やポーション)を管理し、その用途を考える。

ハックアンドスラッシュ ― 多くのモンスターを次々に倒していく。

探索と発見 ― マップを慎重に調査し、未知のアイテム使用法を発見する。

価値の低い要素(low value factor

1人のプレイヤーキャラクター ― プレイヤーは1人のキャラクターのみを操作し、そのキャラクターの死をもってゲームオーバーとなる。

プレイヤーに似たモンスター ― プレイヤーとモンスターに同じルール適用する。モンスターアイテムや装備を持ち、魔法を使う。

戦術的な挑戦 ― ゲーム難易度が高く、何度もプレイすることで戦術を学び、プレイヤー自身が成長していく。

ASCII表示 ― ASCII文字によるタイル表示。

ダンジョン ― 部屋と通路構成されたダンジョンを含む。

数値 ― ヒットポイント等の数値が明示されている。

・ローグライト(https://minorgame.syowp.com/archives/roguelike-roguelite.html)

有名なSFゲームFTL: Faster Than Light』。ランダム生成された星系マップを進んでいき、そのさきざきでランダムイベントが起こります

ローグライクといわれてるゲームニャ。

まり厳密にはローグライクではないけど、「死んだら終わり」「ランダムマップ」という『ローグ』の要素があるものです。

ゲーム評論家のTotalBiscuit(John Peter Bain)氏は、それらを「ローグライトRogue-lite)」という概念位置付けました。

トルネコの大冒険』と『FTL』が違うように、『ローグ』を知ってる世代からすれば『ローグ』と『FTL』は違うのです。

2021-03-01

子供のころノート自作アナログゲーム作ってるのはわりと標準仕草

自由帳に漫画描くくらいの珍しさ

まりあんま珍しくない

コンピュータゲームが既にある場合はなおさら模倣が進む

まり別に珍しくはない

いいとこ、懐かしい!恥ずかしい!という文脈で話すものであって、

すごい!とかデザイナー気質!とかで話すことではないように思う

2020-12-27

文字数制限方向性が間違っている。

文字数制限方向性が間違っている。

140字以内ではなく、1000字以上書かなければならないという方向にするべきなのだ

短文投稿許可するから、ただ単に荒らすだけの、それでいて荒らす目的だけには有効文章が混入してしまって、意味のある議論ができなくなるのだ。

基本的に、長文を書くことと短文を書くことを比較すれば、長文を書くほうが時間がかかるし知的能力必要である

もちろん文字数を稼ぐためだけの文章を書くことも可能だが、そういった文章は読んでいるうちに内容がないことに気づくし、論理破綻もわかりやすい。

しかし、人間感情に訴えかける短文には論理破綻がないし、解釈の幅が広くなるので、その文章自体の間違いを指摘することも困難になる。

これは蛇足だが、このように考えると「言いたいことはわかるがもっと短く」といった要求が必ずしも正しくないことがわかる。

もしも、実りのある議論が活発に行われるSNSなどというものをつくるとするなら文字数制限は設けるべきだし、それは何文字以内ではなく、何文字以上とするべきだ。

という意見は今までは有効性が多少なりともあった主張かもしれない。

しかし、今やAIが紡ぎ出した文章人間が読んでも機械が書いたと喝破されない時代突入している。

時代が進むごとにAI論理的には破綻していない文章というもの人間以上にうまく書ける存在になることは間違いない。

そうすると議論をより複雑化して、それでいて自説に有利な展開に持ち込むようにAIを調整するといった、ある種のコンピュータゲームのようなものへと、その長文SNSは変化していくことになっていくのだろう。

そうなったとき人間は考えるという行為機械負託することになる。

ある議論を、肯定する、否定する、中立的におさめる、などといった感じで何種類もの論文機械に書かせて、それを人間が読んでもっとも正しいと感じる文章選択することになる。

おそらく、機械無限に近い文章構成することができるだろう。

それを読んで、人は人では考え出すことが出来ない新たな知見を発見することになる。

そういった学問というのが成立するのではないだろうか。

といった感じで、このまとまりのない文章を終了する。

読了いただきありがとうございました。

2020-12-15

anond:20181022141209

1UPは、要素としてはゼビウスで既にあったけど、明確にその表記を画面上で初めて見たのはスーパーマリオブラザーズだったと思う。

ヒットポイントは、TRPGが元々だろう。Dungeons & Dragons の初代がそうだった。コンピュータゲームではウィザードリィくらいかなのだろうか。

2020-11-26

なぜコンピュータゲームにワクワクできなくなったんだろう?

大手で開発ちょっとだけやってただけだけど自分が思うに、

まず、コンピュータゲームほとんど巷に存在しない時代Pongが登場すれば、そりゃみんなゲームにワクワクしたはず

みんながワクワクできた時代だったと思うんだよ

完全に自分が生まれる前だけど、それは簡単に予想できる

アメリカアーケードゲーム筐体だってのものがない時代なんだから

からスティーブ・ウォズニアックだってApple IだのIIだのでPong実装はやっていたはず

それもスティーブ・ジョブズは売りにしてたはずだ

Pong動作すると、次はブロック崩しBreakout)が作れる

プログラミングのコツの一つは他人プログラムを改変することだ

Pongが動くなら、そこからドットドットの塊をVRAMに描画することは可能だと気付くだろう

でも、単なる壁打ちや対戦ゲームだったPongゲーム性を大きく変えることになる

ここがイノベーションというか発明だったんだろう

日本ゲーム企業タイトーは、このブロック崩しインベーダーゲームに「再々」発明した

これも実現可能であることは誰でも分かるが、ゲーム性を大きく変えることはある種の発明だと思う

ブロック崩しインベーダーゲームはまったくゲーム性が異なる

ちなみに、孫正義タイムマシン商法が得意で、このインベーダーゲームアメリカに輸出し大儲けした

相変わらず、左から右、右から左他人のものを移動して儲けるのが上手い(いや、本心から褒めてるんですよ

インベーダーゲームでは、ブロックは上から段々と降りてくることになる

また、ブロックが左右に動く、UFOは高速に動く、手前のバリケードがありドット単位破壊される

プログラミングのコツの一つである他人コードを改造する、は本当に素晴らしい再発明を起こしてくれる

この再発明連鎖が、

Pongブロック崩しインベーダーゲームギャラクシアンゼビウスグラディウス斑鳩だの東方だの弾幕避けだの何だの

に繋がっていくわけだが、

この矢印での「パラダイムシフト」の段差が高いほど、ゲームに対するワクワク感が増すと自分は考える

まりギャラクシアンのようなグラフィックからゼビウスが登場したときは、

安っぽい言葉形容するなら一大センセーションというかエポックメイキングという感じだったわけだ

しかし、今の時代2Dシューターにそんなにワクワクはあるだろうか?

自分2Dシューターに詳しくないが、

というか、マニアでない奴が口を挟むな、と言うぐらいタコツボ化しているように思うのだが、

ほとんど基本的な型は同じであり、

寧ろ、様式美とかお約束が守られてることがプレイヤーの安堵感につながる

2Dシューターができれば3Dシューターが作れるのも自明である

ただ、マシングラフィクス能力が低かった時代にはリアルタイムでの3次元CGの実現が難しく、

アメリカではベクタースキャン、つまりオシロスコープブラウン管テレビの走査線方式が主流だった時期もあったが、

日本ゲーム市場ではまったく見向きもされなかった

アメリカではワイヤーフレーム3Dゲームが実現していた時代日本ファミコンに向かっていた

要はハードウェアによる2Dスプライト時代である

そこから日本パソコンゲーム市場は、結果論ではあるが、

自分にはハードウェアによるスプライト固執し、束縛され過ぎているかのように今からすると思える

MSXスプライトは数が少なすぎた

一方、ファミコンスプライトの数はMSXと比べると段違いであったが、

ファミコン2Dスプライトベースゲームだけを前提としていた

まりファミコンブレゼハムアルゴリズムによる直線を引くとか困難だったのではないだろうか

自分ファミコンの開発はよく知らないのだが、ファミコン版のテグザーは酷すぎると思った

MSXの方がファミコンよりもトータルのグラフィック性能が劣るにも関わらず、

テグザービームちゃん再現されているのである

こうやってだらだら書き連ねてみると、

つくづくワクワクするのは何だってアーリーアダプターの段階であって、

そのあと結婚だってだって倦怠期?ワクワクが減少する時期がやってくるのである

何もない状況にパラダイムシフトを起こす何かがやってくるとワクワクするのであるならば、

乳児はこの世界の何もかもにものすごくワクワクしていると思われる

乳児でなくなると、この世界の変化しないもの常識として脳に定着して、つまらないものにさえなる

でも、若ければまだまだ体験していないことはあるわけだ

まり、それはゲームに関しても同じであって、

若ければギャラクシアンゼビウスがどれだけスゴかったかなんて知らんし、俺も知らんw

だって子供の頃だから

でも、ギャラクシアンより先にゼビウス見た世代だけど、凄いなあとは思ったんだよな

だって自分場合ギャラクシアンを飛び越えてゼビウスだったんだから

逆にギャラクシアンの方を後から知って、古臭いゲームだなー、レトロだなーと思ったんだから

(ただ、ギャラクシアンの曲線的な軌道ゼビウスなんかより凄い発明に思うんだが。整数演算なんだよね?

ただ、レトロレトロバカにする人はプログラマーでないとかなんだろうけど、

ゼロからコード書くって、何もないところから作ることを考えさせられるわけで、

それはゲームプログラムを書くならば、ゲームの基本のPongから考えさせられることになる

例えば、ゲームプログラムを書くときSDLとかSFMLみたいなライブラリは使うかもしれないけど、

SFMLのサンプルにはPongが入っていたはず

自分も何か新しいゲーム開発のライブラリとかフレームワークとか検証するときは、

豆腐2D3Dの白い四角、日本ではこう呼ぶ)を表示する、

から始めて、次に倉庫番簡単ブロック崩しテトリス実装するとかやることにしている

そこで開発の大まかな進行とかフレームレートとか、色々分かってくるわけだ

ジョン・カーマックがどこで語ってたのか忘れたけど、最近FPSは完全にMOD開発になっていて、

そのMOD開発の費用はどんどん膨らんでいっていると言ってた気がする

まりレベルエディットとかキャラクターアイテムだとか、そういうコンテンツの緻密な開発だけが進んでいる気がする

GTAみたいなゲームFPSとかで培った技術集大成にすぎない

可視領域をどう区切るか?遠くの建物にLODを使うか?インポスターを使うか?とかそういったゲームエンジンの話は、

マシンパワーの向上やUnityなどのゲームエンジンの登場であまり議論する意味がなくなってきている感がある

もっとも、Unityなり導入すれば簡単に作れるという話ではないと思う

思うが、もうゼロからチマチマCのベクトル計算コードを書く時代ではなくなっているのは確かだろう

カーマックはその高騰するMOD開発をマインクラフト意図的安価にしたと言ってた気がする

まりマインクラフトであれば子供でもゲームを改造する体験ができるようになる

それはマインクラフト開発者であるnotchがそういうゲーム開発に対する思想を持っていたからだ

私はnotchはシンプルものを積み上げるのが好きなように思っている

彼のJavaコードはそんなに難しくはない

寧ろ素直に書けていて誰もが勉強になるコードだったように思う

ただ、jsdo.itかに投稿していたソフトウェアレンダリングコード北欧メガデモっぽさがあって、

読もう読もうと思って未だに読んでいないことを今思い出した

文章書き直す気がないまま、だらだら書いてみたが、読み返して自己分析するに、

まず、ゲーム開発でなくてもそうだが、

まず何かがあって、それをコピー改造した何かが生まれる、この連続物事進化していく

手塚治虫があって、それを高橋留美子コピー改造して新しい漫画が生まれ

次に若い漫画高橋留美子漫画コピー改造して、また新しいものが生まれていく

開発する側も消費者もワクワクするのは、この改造して新しい何かが生まれる、守破離の離のインパクトであろう

黎明期はその離のインパクトが大きいが、どんどんそのインパクトは小さくなっていく

そして、ありふれたものが溢れるようになっていく

これが成熟期と言える

しかし、その成熟期に溢れるもの様式美であり、お約束であり、マンネリズムである

自分は初代プレステ時代もワクワクしたのを覚えている

あの時代3DOが先行したがコケたり、ドリキャスも登場してコケたり、面白い時代だったのである

ただ、今の時代にああい群雄割拠というか、戦国時代というか、そういう活気がゲーム業界にあるようには思えない

これから変わるならVRだろうか

VR元年って毎年言ってない?というツッコミ分からんでもないが、まだまだVRは伸びると思う

臭いまでやる必要性自分はあまり感じないが、

物体を触った感触とか、

物体を触れないなんてのはまだまだVR市場が伸びる余地があるということだと思っている

あと、FPSみたいに走るゲームだと自分も走るのか?ということになるけど、うーん、ルームランナー方式はなあ…

あと、これも自分は専門でも何でもないので、

というか、この文章自体ダニング=クルーガーなのは認めざるを得ないわけだけど、

敵というかNPCというか、今の時代だったら高度な汎用性のある人工知能ゲームでも実現するべきだと思うわけで、

そうすれば当然、同じセリフを延々と喋るドラクエの村人みたいなのは笑い話にしかならなくなる

ゲーム内に高度な人工知能が実現すれば、それらと会話したり、それらとマルチプレイと同様の感覚連携プレイ可能になる

個人的にはそういう未来にワクワクを感じる

今までと同じことを繰り返しててもワクワクしないし、

その理由もこの文章でも何度も書いたし、

自分がワクワクしないことは他人もワクワクしないかもしれないし、

クワクすることの方がお金にもなりそうだし

anond:20201126102012

2020-02-29

anond:20200229232558

ファイア・エレメンタルマジックとして分かれたのはどのへんなんだろうか

案外コンピュータゲームかもしれんな

2020-01-27

anond:20200127161458

そりゃたいていのコンピュータゲーム還元すれば「タイミングよくボタンを押すだけ」だよ。

で、そうやって極端に抽象化してみせることに何の意味があるの?

ファミコンの「サッカー」とPS4の「ウイニングイレブン2020」は

現実にまったく別の体験提供してくれてるよ。

要求されるスキルは似たようなもん」と言っても、

ファミコンサッカー死ぬほどやりこんだあとに

ウイイレ2020をプレイしたって絶対に上手く操作できないよね。

2020-01-21

anond:20200121230436

インターネッツスマホ規制対象から外れたんだから、「スマホアプリ」で時間をつぶせばいいんだぞう? ぱおーん?

ってか最初スマホも混ぜておいて非難が出たらゲームだけスケープゴートにするのは最初から見えてて、なんでそうするのかって全国でもそういう風な条例を入れることを計画済みだからだよな。

ゲームは最強の子ツールである」というのは確かにそういう側面もあるのだが、現実コンピュータゲーム」による生産性の吸われようは半端ないレベル事実学力レベルが低下してるってのはそうなわけだろう。

金にならない子供ユーザ排除対象になって困るビジネス勢は…現実はいないので、大きな問題にもならんのだぜ。

2020-01-11

香川条例が成立したら、はてなが巻き込まれるんだが

県条例素案にゲーム利用時間制限

「スマホ平日60分」県条例素案

この記事報道されている香川県ネットゲーム依存症対策の素案が公開されていたので読んだところ、株式会社はてな無関係ではないことがわかった。

素案はコンテンツ文化研究会が公開しているが、はてな関係するのは第11条(事業者役割である

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例に関する資料の公開

 (事業者役割)
11条 インターネットを利用して情報を閲覧(視聴を含む。)に供する事業又はコンピュータゲームソフトウェアの開発、製造提供等の事業を行う者は、その事業活動を行うに当たっては、県民ネットゲーム依存症の予防等に配慮するとともに、県又は市町が実施する県民ネットゲーム依存症対策に協力するものとする。
2 前項の事業者は、その事業活動を行うに当たって、著しく性的感情を刺激し、甚だしく粗暴性を助長し、又は依存症を進行させる等子ども福祉を阻害するおそれがあるものについて自主的規制に努めること等により、県民ネットゲーム依存症に陥らないために必要対策実施するものとする。

はてなは「インターネットを利用して情報を閲覧(視聴を含む。)に供する事業」なので、条例が成立したら県に協力しないと条例違反になるようである香川県企業ではないのに香川条例に従わないといけないのか?と思うかもしれないが、大阪に住んでない保守速報管理人大阪条例処罰されているので、はてなも同じように条例違反すれば処罰されるだろう。

そうなれば、はてなブックマークはてな匿名ダイアリー廃止しなければならない。

はてなブックマークネット話題記事を知ることができるサービスであり、ネット依存症を進行させるおそれがあるのは説明するまでもない。さらに、はてなスター機能はより多くスターを得たいという欲求を煽るものであり、熱中した利用者スターを得るために一日中インターネットを使うようになる。実際に私は暇を持て余していたときに新着ブックマーク監視して話題になりそうな記事を見つけてはブックマークしてコメントを付けたことがあるが、話題になってからブックマークするよりも多くのスターが付けられている。

はてな匿名ダイアリー依存症になる恐れがあるが、こちらは「甚だしく粗暴性を助長」するものとして自主的規制必要である。新着の匿名ダイヤリーを見ればわかるが、攻撃的な発言が多い。はてな匿名ダイアリー自体が粗暴性を助長したとは判断できないなどの反論意味がない。そんな反論が通じるほど常識的ならこんな素案を出すはずがないからだ。

2019-12-02

これまでに一度だけ、友人に金を貸したことがある。もともと個人間での金の貸し借りはしないと決めているから、最初から返してもらうことは期待していなかった。

こちから返済を求めたことはない。向こうから「返さない」と言われたわけでもない。そんな中途半端な貸金だ。

3ヶ月かけて車でオーストラリア大陸縦断するという旅の費用で、わずかな金額ではなかった。

もちろん私は慈善家ではないから、金を出したのには理由がある。人生が変わるかどうか、知りたかったのだ。

それ以前の何年か、彼は家庭でも、仕事でも、不本意な状況に置かれていた。その苦しみがどれほどのものであったのかは知らないが、彼はある日、すべてを投げ捨てて旅に出ることを決意し、その金を工面するために私のところにやってきた。

彼はこの旅で、人生がやり直せると信じていた。

旅の目的は、誰もいない真夜中の砂漠で、赤い月とともに踊り明かすというものだった。こんな荒唐無稽な話になぜ魅かれたのか、自分でも不思議だった。

誰もが心のどこかで、人生リセットしたいと考えている。だが残念なことに、人生にはコンピュータゲームのようなリセットボタンはない。

私たちが暮らす高度化された資本主義社会では、人生を変えたいと望む人々のために、さまざまなコンビニエントな方法が用意されている。新興宗教自己開発セミナー携帯電話出会い系サイト、薬物などはどれも、人生リセットするためのお手軽な道具の一種だ。少し前には、「自殺すれば人生リセットできる」とする本が、若者たちの間で圧倒的な支持を得た。

私たちは、これらの方法がすべて幻想であることを知っている。だがその一方で、どこかで人生を変える出来事を願ってもいる。

昨日と同じ今日が、今日と同じ明日永遠に続くとしたら、生きることの意味はどこにあるのだろう?

私にも、漂泊への抗いがたい憧憬がある。非日常世界に身を投じたいという衝動がある。砂漠月光の中で踊りたかったのは、彼ではなく、私自身だった。

オーストラリアへの長い旅から帰って、彼の生活さらに荒んだものになった。家庭は崩壊し、仕事の大半を失い、やがて連絡すらなくなった。

人生は、日々の積み重ねの延長線上にある。だから簡単には変わらない。そんなことは、彼も知っていたはずだ。

最近、彼がアパートを引き払って、予定のない長い旅に出たことを聞いた。今頃はインド放浪しているはずだという。

際限のない自由を手に入れた彼は、人生を変える体験をまだ探し続けている。

はいつかは終わり、戻るべき家はない。

橘玲雨の降る日曜は幸福について考えよう

2019-05-10

実演せずにゲーム説明

難しすぎない?

トランプですら『大富豪大貧民』にしても『ババ抜き』にしても、言葉だけで説明する自信がない。

神経衰弱』なら説明できそうな気がする。

将棋』『チェス』は、駒の動きさえ図解できればなんとかなるかも。


麻雀』は役を除外しても無理だった。牌の並べ方とかドラの決め方とか。

コンピュータゲームルールだけは知っている人に、実際の卓での遊び方を説明しきれなかった。

2019-04-10

anond:20190410011847

いままでのゲームはおおむね「シミュレーション」だったわけですね。

シミュレーションゲームは言うに及ばずRPGFPSシューティング格闘ゲームなどのほかのジャンルシミュレーション性を内包しています

コンピュータゲームの利点はシミュレーションから「失敗しても現実に痛みのない」点でしょう。

その点ソシャゲは「リアルマネー」が絡んでくるからシミュレーションという範囲から逸脱してしまったのでしょう。

マウンティング合戦においては逆に「失敗しても現実に痛みのない」ことは欠点とみなされますからね。

2018-11-20

競技ゲームを「スポーツ」と呼んだだけで発狂する人たち

anond:20181120204741

ゲームを好きなはずの人がゲームゲームではないと偽りながら広めようとしてるの、ほんとに見てて可哀相。

見当外れな哀れみの仕方をする、知能の低いお前が可哀想でならない。

eスポーツを紹介する時は「競技性の高いコンピュータゲームeスポーツと呼ぶ」と紹介してるわけで、

GAMEという呼称を捨ててるわけではない。

2018-11-02

ヘクスマップって廃れた?

ボードゲームはよく分からないけど、コンピュータゲームほとんど四角のマップだなーと。

Steam漁れば見つかるかもしれないけど、観測範囲内だと見かけない。

結構好きなんだけどなー

2018-10-22

ビデオゲーム業界 どうしてその用語になったのか不思議言葉(追有

ビデオゲームの進行で区切りとなる単位。登場している敵をすべて倒すなどすると次の面へ進む。

(以下追記ブコメから

参考リンク

ヒットポイント

キャラクターが持つ指標。体力のアナロジーになっており、ゼロになると死んだり行動不能になったりする(プレイヤーキャラクター場合残りが1つ減ったりゲームオーバーになったりする)

TRPGではすでに「HP」の呼称が使われていたとの指摘あり。

ゲームオーバー

ゲームの進行が終了すること。アーケードゲームにおいては1クレジットで遊べる状態が終了し、さらに遊ぶにはクレジットを追加する必要がある。

(これに関しては、「なぜ『GAME IS OVER』ではないのか」という考察ウェブ上に複数あると思う…と検索せずに書く)

1up

プレイヤーキャラクターの残りが1つ増えること。「増えること」を「up」と表現した最初ビデオゲームはなんだろうね?

説明適当です

(参考:https://anond.hatelabo.jp/20181022115008

2018-09-05

anond:20180905175948

もともと将棋チェススポーツ扱いされるようになって「じゃあコンピュータゲームスポーツじゃん」ってなった流れなんだからどっちにしろスポーツなんだよ。

2017-11-20

たまに、絶対普段ゲームなんてしなさそうなおじいさんとかがポケモンGOしてるのを見たりする。

コンピュータゲーム子供マニアの2極化しているという話を鵜呑みにすると、ポケモンGOって普段ゲームしないような層にまで浸透したんだな。

あれすごかったよ。今はもうオワコン化してるけど。

2016-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20160928175535

1. カイジライアーゲーム的な「極限状況での頭脳バトル」

2. 龍騎ローゼン的な「異能者による殺し合い」

3. SAO的な「ゲームオーバーになると死ぬコンピュータゲーム

が別個に生まれて、それぞれ「デスゲーム」と言われている感じ。

一つ目と二つ目境界曖昧になりつつあるけど三つ目は混じることなく廃れた。

2016-06-07

オタクコンピューターエンジニアが遠くなった

 一昔前のオタクなら、趣味が高じて好きなコンピュータゲーム

 別のOS移植してみたりとか、そういう人がちらほらいたけれど、

 今は仮想環境やら、メーカー側で別OS版だしたりで充実してるからか、

 そういうハッカーみたいな人が減った気がする。

 

 オタクって大半が、優れた生産性を持ってるわけじゃなく、

 横断的にその分野の歴史に明るいわけでなく、

 強い意志もなく、ただなんとなく、そのとき好きなモノを消費するだけの移り行く存在

 彼らは深く考えてなくて動物のようだけれど、

 その消費活動がその業界を維持するためには必要不可欠な知性なき妖精のような存在

 

 

 まるでファンタジーでよくある魔力の根源となるエーテルマナのような存在

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