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はてなキーワード: 将棋の駒とは

2024-06-08

もしも果物将棋の駒にあったら

[果物]は成って[成果物]になる

2024-05-29

将棋の歩

父が将棋好きでプロに教わるくらいだったので、名前の由来が将棋の駒なんだけど、私は将棋ルールを知らない。

そして歩どころか止みたいな人生なので名は体を表さない。

将棋でずっと動かない駒はないのか?

その駒こそが私の名前にふさわしい。

2024-05-22

anond:20240522161420

将棋の駒を模した目出し帽の集団に家も将棋盤も燃やされたか

止む無く会社から増田を書いてるんだが?


認識甘いぞ?★

2024-05-17

100年将棋やってみてほしい

将棋名人戦優勝者一年に1つ将棋の駒動かすの。ライブ配信で盛り上がること間違いなし。普段将棋盤を飾っておけば観光客も見込めるし。儲かるってば

2024-05-13

実家の近所に住むじいさんを車に乗せて買い物に連れて行った三日後

そのじいさんが亡くなった。

昨年に父が亡くなり、私の実家は車を処分したので、実家帰省するときレンタカーを予約する。この連休もそうした。

安いので、地元自動車修理工場フランチャイズでやっているインディーズレンタカーにしてみたら、受付してくれた事務の親切な女性は、レンタカー約款を読み上げる間中修理工場から爆音で流れてくる演歌のUSENに向かって突然「ああうるさいっ!」とブチぎれ、「あなたもうるさいと思うでしょう!?」と私に同意を求め、同僚に修理工場につながるドアを閉めさせると、「最後に乗っていたのは平成15年式のBb(みんなの地元DQNがよく乗ってたやつ)です。令和になってもまだ乗ってました」というある意味SDGsでは? みたいなことを平気で言う私に、令和2年式フィットハイブリッドという、まさに隔世の感というほかない車の操作方法をとても丁寧におしえてくれた。

そんな調子で車を借りて帰ったところ、母に、「同じ町内会のじいさんと私を、車に乗せて買い物に連れて行ってほしい」と頼まれた。

正直、ちょっと嫌だった。母はよく知っている人に違いないだろうが、私はそのじいさんをほとんど知らない。まさにあいさつ程度のイチゲンじいさんであり、むこうも私を同じように思っているだろう。そのイチゲンじいさんを車に乗せて買い物に行く…気が重い。万一大事故になったらどうしよう、面倒だなあとか、そもそも知らない人が苦手…などと種々のことが頭をよぎったが仕方がない。年齢的にも立場的にもそんな子どもじみたことは言ってられないので、私は母の申し出を受け入れ、じいさんと母を買い物に連れて行った。母には一瞬「ええ…」みたいな顔をしてしまったが、じいさんの前では全力の快諾顔を心がけた。

実家所属する町内会は、会の中でまた数ブロックにわかれているらしいが、母らのブロックだけ会費が余りがちのため、いちど寄合(=飲み会)でぱっと使おうということになったそうだ。じいさんはブロック会計掛で、だから買い出しにゆくとのこと。90代のじいさんが町内会の財布のひもを握る、これが種々の法律目的条文に言うところの「少子高齢化の進展」ってやつだなと思った。なお、飲み会の予定は明日とのこと。何もかも急だ。

母とじいさんは、かごいっぱいに酒やつまみを入れた後になって、急に予算に収まるか心配しだし、その場で減らそうとするので、「レジ通して予算越えた時点で減らしてもらったらいいですよ」と私は横から口を出した。買い物は予算ぎりぎりにおさまっており、母は、じいさんのことを「さすが!」と謎にほめ、じいさんもまんざらでもなさそうだった。

じいさんは先述の通り90代、母は70代なので、畢竟ひとり30代の私が荷をせかせかとトランクに積み、これで一安心と思いきや、ついでに寿司の予約にも連れて行ってほしいというリクエストが出た。一瞬「マジか…」と思ったが、乗り掛かった舟というかもうすでに乗っている船なので、ニコニコ笑って「いきましょう!」とうけおい、ナビに寿司屋の住所を設定して寿司屋に向かう、その道々、寄合公民館ではなくじいさんの自宅でやることになっているという話になった。

じいさんは、「もう暑いから、たくさん人が入るとエアコンを入れないといけないかもしれない」と言い、私は「電気代とショバ代として、今日買った酒の数本くらいご自身晩酌にされても罰は当たらないと思いますよ。余っても最後みんなで分けちゃうんでしょうから今日先に飲まれたらいかがです? あ、私は絶対誰にも言いません」と真顔ですすめ、それをきいた母は助手席で、じいさんは後部座席で笑っていた。

寿司の予約がすんで車にもどったところで、私はじいさんに「ほかに寄りたいところはないですか?」ときいた。じいさんが大丈夫というので、家まで送っていき、大量の酒を玄関通り越して冷蔵庫の中までわっせわっせと運び込み、私はようやくそこでお役御免となった。

じいさんの家の下駄箱の上には「努力」と彫られた大きな飾り駒があった。それは木工をしていたじいさんが昔手ずから彫った工芸品だそうで、「努力」と書いた将棋の駒というまんがみたいな一品を掘れる人がこんなに近くにいることに、私はいたく感じ入ってしまった。マクロ組めるより努力って掘れるほうがぜんぜんいいな。

そしてその三日後、飲み会から数えれば二日後に、じいさんは亡くなった。布団の中で亡くなっていた。連絡がとれないことを案じた親戚がすぐにかけつけ、発見ははやかった。

その日にはもう私は実家から婚家に戻っていた。母から送られてきたLINEでじいさんの突然の訃報を知らされ、文字通りの突然の訃報ぶりにひどく衝撃を受けたが、母はLINEに「まあ~おとしにふそくはないでしょう」(原文ママ)とも書いて寄越し、その意外なドライっぷりにはちょっと笑ってしまった。

そうして私は、じいさんを買い物につれていくことを快諾し、道中ずっとにこにこして、精一杯ふたりを手伝ったことを、本当によかった…と思った。じいさんのために、というか、自分精神衛生のために、よかった。すげなくした直後に死なれたら、すげなくしたという自己責任良心の呵責と言い換えてもいいかも)を背負いきれない程度にはショックだったと思う。

それに、連休のよく晴れた日に、ちょっと妙な三人組ででかけたその買い物、なんだか私には結局楽しく思われたから。

死ぬということが、生きるということから決して遠くはなれてはいないように、死んでしまった人たちもまたそうである、と私は思う。つかずはなれず、なんとなく私の歩様にあわせて、今も隣を歩んでいるように思う。

最初に私をかわいがってくれた人を亡くしたのはまだ私が赤ちゃんの頃、母の親友のお母さん。とても愉快な人で、父との結婚を迷っていた母に、「母(はは)ちゃん、馬には乗ってみよ、人にはそうてみよ、よ」とはげました。そのうちこの世にやってきた私は、母以外の人に抱っこされると、せっかくやってきたこの世の終わりのように泣き叫ぶタイプの赤子だったのに、その母の親友のお母さんにだけはごく機嫌よく抱かれていた。そういう写真が残っている。私は、物心もつかないうちに、おしゃべりもできないうちにお別れした、母に伝えきいただけで自分では何にも覚えていない彼女のことを、いつもお守りみたいに心の中に持っている。赤ちゃんだった私に向けられたその無償の厚意を、つらいときの糧にしているようなところが今もある。

最初友達を亡くしたのは小学一年のころ、友達は前歯が抜けていて、永久歯が生えてくる前にいってしまった。その子のお母さんは今になっても私に会うと、生きてたらあの子もこんなふうだったのかと思うという。私の節目、節目に、そう思うという。そのとき友達わたしの隣にいないという人はきっといない。

父親は私のことが大好きだった。父と母と私の三人で、あるいは父と二人で、父の運転する車でいろいろなところに出かけた。ときには父にさそわれて、その仕事についても行き、こんなに大きな娘さんがいるのと客先に驚かれ、父はにこにこしていた。

父は死ぬ間際までほそぼそと仕事を続け、わたしは彼が亡くなる直前にアポをとっていた客先の数件に、父が亡くなったことを知らせる電話をかけた。はじめて話をした先方は、私が電話をかけてきたことによほど驚き、父が亡くなったとの知らせにしばし絶句した後、あなたのことを先生はいつも自慢そうにしていたと言い、最後には先生がいなくなったら誰を頼みにしたらいいか、本当にお世話になりました、と泣き出した。私は、涙する相手に、○○さんのおかげでほんとうに最後最後まで誰かの役に立たせてもらって、惜しんでまでもらえて、父はとても誇らしく、ありがたく思っていると思います、と言うしかなかった。でも父は、実のところ、そんなに殊勝な人間でもない上、けっこう変わってるよなというレベルでこだわりの少ない人でもあった。

父が亡くなる直前までLINEをやりとりしていた人たちに、そのままLINEで父の逝去を伝えようとしたのだが、父はLINEトークをある程度の期間が経つとかならず全削除するという、こだわりのなさを通り越して、ややサイコパスのような一面をもっていた。

亡くなるひと月ほど前、父は、免許を返納することにしたというLINEわたしに送ってきた。車というもの私たちの思い出の多くを占めており、驚いた私が父に電話をかけると、「薄暮時間帯に信号の見落としをした。今まで一回もそんなことはなかったんだから、もう潮時だと思った」と淡々と父は言った。あれだけ運転が大得意で、大好きで、アイデンティティの大部分をしめていたように見えたのに、引き際を悟ればもうしがみつない。その、ものに拘らない姿勢に私はいたく胸を打たれたし、これができない老人が多い以上、今もって、父の最も尊敬すべき美点の一つだとおもう。

ただ、電話を切ったあと、今までいろいろなところに連れて行ってくれて、たくさんの送り迎えをしてくれて本当にありがとう、と万感の思いをこめて送ったLINEも、父が、入院後(退院してくることはなかった)母とかわしあった感謝の思いを伝え合うLINEも、亡くなった時には父はすべて消しており、それを見て、私も母もあまりの父らしさに爆笑した。

(ついでに、父が亡くなる前々日まで、もはや執念のトークの削除を行っていたので、トークルームのどのあたりの人たちにまで逝去を伝えるトークを送るべきか見当もつかず、非常に頭を悩ませることになった)

そんな感じの人だったので、この世におおよそ未練というものがあったとは到底思えない。退院の手筈を整え始めていた日の深夜の3時過ぎという、家族がやや油断している上に一番身動きしづらい、マジでどうしようもない時間にいきなり息を引き取ったため、父の死に目にあえなかった母。父の逝去からしばらくして、急に「お父さん、最後に私に言いたかたことなかったんやろか」としんみり言い出したので、私は反射的にげらげら笑って「あるわけないやん」と言ってしまった。死ぬ間際まで律義にLINE全削除を続けた男にそんな情緒があるとはちょっと思えなかったのだ。母もすぐにげらげら笑いだし「そうやね」と言った。

こんなふうに父のことを思い出しているとき、私はやっぱり父がすぐ側にいるように思う、フロアシフトを挟んだスカイラインの、運転席と助手席くらいの距離のところに。

まれから今日にいたるまで、誰かの死はいつでもそばにありつづけた。だから死んでしまった人たちも、同じようにいつでもそばにいるように思う。

生きてとなりにいる人のように声をかければ答えるわけではない、電話をかければ出てくれるわけでもない。そうだったとしても、生きている人とはほんの少しちがう居方で、それでもわたしのとなりにいてくれているのではないか、と、わたしはいつも信じる。

じいさんは、私が買い物に連れて行った翌日の飲み会の日、つまり亡くなる三日前、近所に住むばあさんに、私のことを「車に乗せて買い物に連れて行ってくれた。あの子はとてもいい子だ」と言ったそうだ。

それを近所のばあさんから母は伝えきき、今度はわたしにそれを教えてくれた。じいさんがそう言ってくれたから、近所のばあさんは私に「会ってみたい」と言っているらしい。

ありがとうじいさん。よくわかんないけどばあさんも、私に会いたいと思ってくれてありがとう。会おう。

私は今、私に会いたいと思ってくれる人がいるなら、その人にとても会いたい。だから、次の帰省ときには、私は近所のばあさんに顔を見せに行くつもりでいる。

私の目にうつり、私が今生きている世界は、そのときには隣に、近所のじいさんがどうしたっていてくれる、そういう世界だ。

2024-04-24

将棋の駒ってなんで機動力しか差がないの?攻撃力とか防御力は同じなの変じゃない?

みんな一発でやられるんよ

弱っちいんよ

王将飛車も歩に一発でやられるんよ

よわよわなんよ

なんで?

2024-03-31

カードゲームって将棋の駒を金で買うようないやらしさが好きになれない

子供を金で殴り合うような世界に引き摺り込むなよ…

2024-03-15

anond:20240315165955

将棋の駒を持って動かすのは誰にでもできるが

それは誰でも将棋で勝てることを意味しません

2023-11-14

anond:20231114153146

将棋の駒の動きが分かるんだから棋譜理解できるだろ、みたいな主張だな

2023-11-07

anond:20231107145943

将棋の駒は、一つ一つに命が吹き込まれ兵士なので、打ってはいけない。

指揮官は、指示する。すなわち、指すことだけが認められるのだ。

2023-10-28

人の仕事が楽になるのはいい事なのに職を奪われるのはダメなことだからこれ以上機械化はやめろという

なんかおかしくない?

神様将棋の駒を動かすみたいにコロコロ配置転換できるならもっと世界は変わったものになるのかな

2023-10-16

anond:20231016141650

いいね!

俺は将棋は下手くそだし、最後に指したのは10年ぐらい前だけど、

良いコマと良い盤で、パチン!と指すのは気持ちいい。

買うと高いし、作るならいくらでもこだわれそうだな。

何かを作る趣味を始めたいと思ったとき将棋の駒を作る事にするわ。

2023-10-01

anond:20231001002948

戦場に入った戦士は、強いストレスに晒されて、覚醒するんだわ。

実際は、強いストレスに耐えられるように、覚せい剤系の薬物を投与されるんだけど。

将棋の駒の裏の文字が赤いのは、目が血走っている様子を表しているんだ。

将棋の駒が裏返る理由が分からない

レベルアップしたってこと?

敵の陣地に入ったか経験値を得たの?

よく分からんのよ

急に機動力が上がるし、彼に一体何が起こったというの?

名前も変わるしさ

何を表してるの、あれ?

転職したというとらえ方でOK

2023-04-24

anond:20230419125915

小さい頃将棋ずっとやってたけど、将棋の駒がランダムで売ってて学校でみんながやってたらそれも楽しいだろうな

2023-02-04

将棋の駒個体の強さや顔グラや地形効果などを付け加えたのがシミュレーションRPG

桂馬みたいな変な動きしかできないユニットは少ないが、変わった攻撃範囲を持つユニットはいる。

作品によってはユニットの強さが軍の強さに直結する。

2022-10-30

anond:20221030015031

ドミノ倒しとも言うでしょ

そもそも将棋倒しって、将棋ドミノみたいに倒したことないしなぁ。

子供の頃、将棋の駒を並べて倒す遊びはよくやってたなぁ

駒の動かし方知らないか将棋と言えば将棋倒しか、挟み将棋か、山くずしか回り将棋しかやったことない

2022-08-16

anond:20220815234907

人の命を将棋の駒程度にしか考えていないのは社会主義の方だよ

それは国家社会主義でもマルクス社会主義でも変わりない

2022-08-15

anond:20220815211829

こんな手まで使ってこの国から非戦の誓いを風化無意味化させようと必死な輩には吐き気がする。

決して愛国者でも保守でもない。

人の命を将棋の駒程度にしか考えていない、

このような人間がこれ以上この国で権力を持ち続けることは、国家破滅への最短ルートだ。

おぞましいことこの上ない。

2022-05-31

anond:20220531234506

ふぅ~けぇ~ばぁぁ

とぉ~ぶよぉぉなぁ~将棋の駒をぉ

2022-04-19

囲碁が難しいのは他のゲームに過剰適応してるから

囲碁が難しい(と感じられてしまう)のは他のゲームに過剰適応してるから

囲碁がスッと入ってくる人とそうでない人いる

両者の違いは、将棋を含む他のビデオゲーム等に過剰適応してるかどうかという説を唱えたい

この理屈だと幼少期の子供がスッと囲碁に入れるのが説明できるのではないか

過剰適応がどういうことかというと、他のゲームは取るのと取られるのが一致している

将棋の駒は取った瞬間に解決されるし、ゲームにおいて取れない駒がない

飛車と角がどれだけ駒として強かろうと、歩が同じ座標位置に移動してしまえば一瞬で取れる

一方囲碁は、攻め合いで手数が足りなかったり、二眼ができていたりしたら取ろうしてもどうやっても取れない石がある

ここに混乱するのではないだろうか

取れない石をいくらいかけても取れないのが囲碁だが、これにいつ気付けるかというのが第一歩としてまずある

そして囲碁価値局面で変化する株取引のような相対的ゲームで、駒の強さや価値がほぼ一定将棋スパロボ系のSLGとは大きく違う(最終盤なら飛車より他の駒がいい場面もあるので「ほぼ」とした)

さっきまで強かった石が周囲を囲まれたり、断点など弱みをつかれることで立場が弱くなったり、他のところで争ってるうちに石が強化されて一転、立場が逆転し反撃されるということがあるのだ

この相対的性質が他のゲーム類似するものがほぼなく、大きな混乱の元となっている説

地点の価値局面によって揺れ動く現実戦争との類似ゆえに囲碁武将たちに好まれてきたのだが、それが駒(キャラクター)の価値や強さが固定のゲームになれた現代人には難しく映るのだ

デジカメの登場でコダック廃業したように

iPhoneの登場でガラケー価値暴落したように

現実囲碁のように置かれた石によって相対的価値が揺れ動いている

現実事象にあてはめアナロジー思考をすることで囲碁の胡乱さがわかりやすくなるのではないだろうか

anond:20220418214932

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