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2017-09-21

anond:20170921004806

大企業や大きな駅、マンモス大学、大きな総合病院内ならば、空調もしっかりしてそう。まー、お菓子自販機でも、チョコは溶けることがあるからね。お察し案件

2017-09-19

anond:20170918230437

精神科じゃない医者だけど、入院を勧めるレベル家族に連絡して入院施設のある精神科または心療内科へ。イマドキ心療内科受診に抵抗を示すとは古風な彼氏だが総合病院総合内科なら抵抗ないかも。

気の利いた内科医ならさりげなく転科を勧めてくれるだろう。頑張れ!

2017-09-16

子供の頃から両親に認めてもらえなかった話。

私の最終学歴専門学校卒で今は看護師をしている。頭は悪かった。一方で弟はよくできていた。そんなもんだから弟と比較されて過ごしていた記憶しかない。

弟は県内一の進学校に通っていた。両親もそこ出身。私だけが例外。亜種。

そもそも小学校の頃から勉強にはつまづいていたし、だから親にはもう諦められていた感もあった。10歳程度で親の期待には答えられないことがわかった。バカに生まれると苦労するのである

まぁ勉強できないからやりたくなくなるわけで、成績もよくない。当然ですがそのほかに身を立てられるようなスキルもなかったので、勉強するしかなかった。今でも「芸術とか運動とか、そういう才能あるの?あるんだったら文句言わないけど、そうじゃないでしょ。なんで勉強すらできないの」と言われたことをよく覚えている。正論なので当然文句は言えない。

なんとか高校普通レベルのとこに入った。友達がいないわけではなかったので学校生活には問題無し。だがやっぱり家庭がネック。中学生の弟と当時の成績を比べられるわで。まぁ自分たちの行かせたくない学校に金払うのもばかばしかったんだと思う。学費などは文句を言われた。色々あって進路を決める時期になった。もはや国立大学には行けそうにない頭の出来だったし、医療福祉関係には中学の頃から興味があったので看護専門学校に行こうと思った。お願いだから専門学校とかはやめてくれと言われたが、なんとか行かせてもらった。そしてバカなりに学校卒業し、県内では結構大きい総合病院への就職が決まった。たぶん名前を言えばすぐわかるくらいって感じの。この頃から両親の態度は激変した。ようやく自分を認めてくれるようになったのだ。いいところに就職したね、と。一時期はどうなるか不安だったけど本当に良かった、と。嬉しかった。ものすごく嬉しかった。

何年かして弟も就職することになった。弟の就職先はテレビ局だった。進学校から偏差値の高い大学へ行き、テレビ局である。だが、ここで順調にいっていた弟の評価は一気に下がることになる。両親に言わせればテレビ斜陽産業だとかなんとかであんまり面白くなさそうなのである

ちょっと弟にマウント取れたような気もした。性格悪いと言われそうだが、弟にも評価されない悔しさでも味わってもらえればいいな、とか思ったのである

この間、休みに帰ってきた弟に話を聞いた。ちょっとかわいそうだな、くらいの気持ちで話を聞いた。なんかADのような仕事をしているらしい。新人お笑い芸人のこともさん付けで呼んでいるところが業界人の自慢話っぽかったけど、基本的には楽しそうだった。自分面白いことに携わっているという自信があるし、視聴者からのご意見でも高評価を得ているということがなによりも嬉しいらしい。一方、自分はどうかというと楽しく仕事をするとかそういう感覚がなかった。患者さんからありがとうと言われてもなんか信用できなかった。

楽しそうに話す弟に思い切って、両親のことを聞いてみた。弟は親のことは全然気にしていなかったらしい。というか両親のことを気にしたことがないとも言った。そうだった。弟は両親に事細かく言われたことがなかった。そもそも学校の成績も良かったし、進学の度に文句を言われた自分とは大違い。そういう部分で苦労なんかしていない人間だった。

自分勉強に対する苦手意識が大きく残っていたし、今でもそれで勉強不足で恥をかくこともある。就職先でしか褒められなかったことも自分の自信につながらない。たぶん、今の病院をやめてしまうようなことがあれば両親は自分のことを、またボロカスにするに違いない。子供の頃の、自分に戻るだけなのだ。弟は今どこへでもいける。今更何か言われても自信が揺らぐことなんてないんだろう。まぁそんなことに気づいたところでこれからどうしようかと思ってもどうしようもない話なので。

2017-09-12

病院

1週間くらい微熱吐き気と腹痛が続いてる

我慢できるレベルだけど続くとしんどい

咳とか喉の痛みはない

こういう症状の場合どの病院に行けば良いんだろ?

総合病院に行くのが1番なのはわかるんだけど、田舎に住んでると総合病院紹介状ないと行けない

紹介状ないと集中しちゃうのは分かるけど、何科に行けばいいかからない時に総合病院いけないの困る

こういう時相談できるとこがあれば良いのにな

2017-08-28

子供手当じゃ足りない住宅と車のクーポンあげれば少子化は止まる

http://tabitora.hatenablog.com/entry/2017/08/27/091527

二児の父ですが、

最後に書いてある「5000兆円あげる」というのに激しく同意ですね。

将来の不安には、いくつか種類があって、今の若い人はその全てにおいて不安を感じているわけです。

というか、それどころじゃないというか。

子供まれたら、住宅購入にしか使えないクーポンと、車にしか使えないクーポンを与えるくらいしないとインパクトないです。

というか、どっちも絶対必要だし、そのローン返済がなくなるだけでも、相当助かる。

結局、いままで少子化対策を先送りにしてきたツケとして考えれば、これくらい当然だと思う。

もっと早く対策していれば、こんなにはかからなかったわけで。

いやほんと、これから40歳すぎてから低賃金ってほんとキツイと思うよ。それと加速するだろうし。

住宅と車の初期費用がなくなれば、そのときまでに貯められる。人生設計が、今どきの設計できるようになる。

ほんと、40歳すぎてから収入不安って半端ないから

年金もらえなくなるっていう不安はほんと大きい。

あと、さらに言えば能動的な安楽死も認めないと、ほんと医療費とか社会保障費とか増えるいっぽうで、その不安も拭えない。

http://bunshun.jp/articles/-/3859

平日の午前中の総合病院へ行ってごらん。ジジババだらけで、この国に希望が持てないの仕方ないと思うよ。

そんなご時世で、安心して子作り活動とかできないでしょ。

どうせする借金なら、未来への投資という借金が良いじゃない。

少子化が止まらない、という人へ。

少子化が止まるか止まらいか、やってみないと分からないじゃない。

だって対策には、なんでもお金かかるんだよ。

人材投資しないで何に投資するんだい。

2017-08-25

子育て疲れ

増田は平日休み専門職年収は約800万円。アラフォー

子供は二人。上の子自閉症の診断あり。下の子自閉症かどうかはよくわからない、というかたぶん違う?けれども言葉の発達が遅く、なかなかに育てづらいタイプの子

そんな状態なので妻は専業主婦

妻が上の子問題に気づくのは早く、1歳くらいにはもうおかしいと言っていた。

増田は初めての子で、他に乳児積極的に接触を持ったことがなかったし、自分の子障害があるなんて夢にも思わないので、まぁこんなもんだろ、と思っていたが、両親にも発達の問題を指摘されたことで、

「おぉ。そうか。妻が正しいのね。こいつには問題があるのか。」と認識

実はその前に、妊娠中にもいろいろ問題があって、もっと重篤な奇形かもと言われたこともあり、

「俺の子問題があるわけない!」

「(認めたくないから)大丈夫だろう…」

というよくあるパターンには陥らず、

発達障害ってやつなのはほぼ間違いなさそうだな。じゃあ、どうすりゃいいのだろう。」

と素直に考えられた。

と、いうことで、amazonで本を買って、インターネット情報収集して、自閉症の早期療育の親の会に 入った。

本の著者の医師の診察を受けるために県外の病院受診し、地元地域自治体療育センター受診

早期療育親の会の本を参考に家庭で療育を開始。自宅から1-1.5時間かけて毎週療育エージェントにも通い始めた。

その甲斐あって、上の子は順調に発達。

小学校入学を控える現在、彼のIQは100を超え、日常生活で困ることはほぼない。

社会性の問題は多少あるのだろうが、もはや彼を見て自閉症だと思う人はいないだろう。

そして、下の子

健常なのかなぁと期待していたが、明らかに言葉が遅く、また発音不明瞭。

の子もか…と思い、上の子同様県外の専門医にも地域療育センター医師にも診てもらったが、お二人とも自閉症とは違うようだ、という見解

しかし、検査すればDQは低く発達障害であるのは間違いない。

と、いうことで上の子同様療育スタート

しかし、同じように行かない。

家庭での療育全然思うように行かないし、エージェンシーでのトレーニングも何かあんまり効果があるんだかないんだか。

逆に、幼稚園での他の子との関わりではいろいろと良い刺激があるよう。

そんなこんなで、今も毎週5日間働きその次の日は療育エージェンシーへ行く。

の子での通所終了からの子の通所開始までに数ヶ月はあったけど、その時期もまた別のところに通わせたりしていたので、こんな生活になって、もう3年以上だ。

週休2日のうち、もう1日は休めることもあるけれど、今は子供たちが夏休み中なので元気ならそれはそれで遊びに連れていかなきゃならん。

まぁそれはいいんだけど、今週はさすがに疲れた

普通に5日働いて、翌日はいつも通り療育へ。高速使って車で。少し渋滞があったので行きは1.5時間ほど。昼ごはんファミレスで食べて、療育中の待ち時間PC開いてお仕事。帰りは渋滞なしで1時間くらい。

帰宅したら連れていった下の子発熱しており、妻が解熱剤のませたり夜の看病。

翌日は朝に小児科増田が一人で連れて行った。

妻は家事をするのと上の子と一緒にいてもらう。

近所の小児科はどこも評判が悪いので、少し離れた総合病院へ。

診察待ち会計待ち処方待ちで疲労が蓄積。

午後はもともと予約してあった上の子眼科受診自閉症で診てもらっている先生斜視を指摘されてご紹介いただいた眼科さんで、これまた遠い。高速使って1時間くらい。

そしてこの眼科さん、評判が評判を呼び激混み。待っている時に座るところがないくらい。

検査待ち診察待ち会計待ちを終えて、また1時間かけてようやく帰宅。はぁ…

そしてまた明日から仕事なわけです。

さすがに疲れたぞ。あぁ疲れた

俺は良い父親だ。沸点高いので基本的にあまり怒らないし、稼ぎはたいして良くはないが悪くもない。

タバコは吸わないし、家でお酒を飲むことはほぼないし、かといって外で飲む機会も月に1回あるかないかくらい。

これといって趣味もなく、休日はほぼ子供達のために使っている。

別に無理してやっているわけではないし、遊びたいわけでも飲みに行きたいわけでもないんだけど、体力がなくて貧弱なのでもう少し休みたい。

そんで、休みを休むことに使えるのであれば、例えばジムとかで運動して健康的になりたい。

でも、今の状態では、ただでさえ疲労困憊で鍛える余裕なんてない。

健康維持のために運動するのって、体力と時間に余裕がないとできないのな。貴族のたしなみだな。

子供を持つとこんなことになったり、生命保険額を上げなきゃいかなくなったり、家を買うか、とかなったり、いろいろ大変だ。とても大変。

あぁ、でも違うな。やんなきゃいけないっていうんじゃなくて、やりたいんだよな。

子供たちかかわいいし、大好きだし、自分よりも大事からな。

から俺がやりたいだけなんだな。

あれだ、ほら、マザーテレサとかもさ、もちろん偉いっちゃた偉いんだけど、あの人はああい生き方自分がしたいだけとも言えるじゃん。

でも、だからこそ聖人なわけで。

親もそういう感じだよな。聖人じゃないので他人の子供は知ったことではないが。

あ、でも子供死ぬニュースで心がえぐられる度は小梨の時の比ではないな。

自分に置き換えて考えてしまって悲しさが大きい。

あぁ、まとまらない。疲れてるからな。

お前ら子供つくれよ。超疲れるけど自分の全てを捧げられるものができるって素晴らしいぜ。

2017-08-23

田舎のクリニックのはなし

デカ病院だと大変なのは看護師長の身内見てたら嫌ほど痛感するけど、

田舎のクリニックでは誤診はよくあるし(風通と判断されたが翌日別の病院行ったら肺炎だったらしく即入院した)、

辛くてしんどい表情してたら「それが医者に対する態度かね」と嫌味?言われた

どっちも同じ所だからもう二度と行かないけど、じゃあ他の近くの病院、となると隣町の総合病院になるんだよなぁ…。

2017-08-16

妊娠したらつわり病気コンボで思った以上に辛い

https://anond.hatelabo.jp/20170816125019

増田なんだけど、現状把握メンタル落ち着けるために、今日までの経緯を書き残しておきたいと思う。

まず前提として、増田統合失調症である発症した時と比べてすごく良くなっているが、再発防止のためにセロクエルを主剤としてその他いくつかの薬を飲んでいる。そして、81kgの肥満でもある。

で、妊娠した。そうしたら5wくらいかつわり結構ひどくて、水を飲んでも吐くような日もあり点滴をしてもらうなどしてきた。けれども食べることがちょっと辛くて、妊娠前81kgあった体重が13wの今は74kg台にまで減っている。いい感じにダイエット成功していると思いたい数字だけど、ちょっとばかり不安

また、メンタルを患っており肥満でもあるハイリスク自分でもわかっているので、産科精神科もある大きな総合病院産婦人科にお世話になることにした。

そして、11wの検診の血液検査血糖値が引っかかり、12wの時点で血糖値の推移の検査もしたところ、妊娠糖尿病だと診断された。糖尿の専門医による詳しい診察は二週間後。そんなに大きく基準オーバーした値ではないので、それまでは食事制限をせず、つわりでも食べられるものを食べてくれ、との話だった。

そのことをメンタルの方の主治医に話すと、困ったなあという反応。聞いてみたら、セロクエル糖尿病の人には禁忌の薬らしい。でも、セロクエルにたどり着くまで相当色々試行錯誤した経緯と、血糖値基準値をそう大きくオーバーしているわけではないと言うことで、まだしばらくセロクエルを使うことにした。

それに加えて、血糖値の推移の検査をした日辺りから喉が痛む風邪をひいた。でも産科でお世話になっている総合病院に連絡したら風邪くらいなら他で受けてくれ、と言われたので、地元内科先生に診てもらって、トラネキサム酸を処方してもらった。一時は良くなったのだけれどぶり返してしまい、それからはトラネキサム酸が効かない。風邪を引き始めてから5日経っても治らない。夜中になっても喉の痛みと咳でろくに寝られない上に、私の咳で夫も寝られず寝不足自分だけじゃなくて夫にも迷惑をかけてしまい辛い。多分風邪が長引いているのは、つわりでろくにものが食べられなくて体力が落ちてるからだと思う。

からまた内科にかかろうとしたが、今週いっぱいその内科お盆休み。仕方がないので再び総合病院に連絡し、今週の月曜日産婦人科先生風邪を見てもらえることになった。そうしたらPLなんとかという粉薬と咳止めをもらい、木曜日になっても治らなかったらまた連絡してくれ、と言われた。

が、今日になって赤い糸みたいなものが模様のように入った痰が出て、咳をしてもお腹や胸が痛むようになってきて、これはまずいのではと午前中に総合病院に連絡。そうしたらなんとか明日呼吸器内科に予約を入れてもらえたが、それでも喉が痛いままなのは当然変わらないので辛い。この時点で上の増田を書いた。

辛いので横になっていたのだけれど、午後になってから左腕がピリピリと痺れ始める。ナニコレと思いつつ様子を見てたら右腕も痺れ始め、怖いので総合病院に連絡したいが今でも相当横紙破りな診察をしてもらっているのにまた迷惑をかけるのも気が引けて、まずは#7119に連絡することにした。

電話で問診を受け、妊婦であることも統合失調症があることも妊娠糖尿病であることも話し、そうしたらなるべく早く病院にかかれ、もし足まで痺れてきたら救急車を呼んでもいい、と言われた。

なのでその結果を持って再びかかりつけの産科のある総合病院に連絡。そうしたら、産科先生に診てもらえることになり病院に向かった。向かっている途中、足まで痺れてきて本格的に不安になる。

産科先生に今までの経緯を話し、最初に痺れ始めた左腕は手首にとても違和感を感じるくらいになっているということや、足も痺れてきて、特に右足首の痺れが強いことを伝える。

だが、痺れは息のしすぎで出ているものではないだろうか?と言われ、喉については明日の呼吸器内科で詳しく診てもらってくれ、という話で、この二つの症状については処置検査特に何もなしだった。でも、お腹赤ちゃんについてはちゃんと診てくれて、心拍もはっきりしているし元気だと言われ、そして帰された。

で、今また部屋で安静にしているのだが、手足の痺れは相変わらず、今こうしてキーボードを打っていても違和感は拭えない。

夫には会社から早めに帰ってきてもらったが、夫は手足の痺れについても、医者が何もしなかったのなら大丈夫なのだろう、というように鷹揚に構えている。

でも私は大変不安である

だって喉が痛いのは変わらないし咳だって出るしなぜか手足は痺れている。病院でもあまりちゃんと診てもらえなかった。後から調べたら糖尿で手足が痺れるとあるのに産科先生はその点にすら言及しなかったし。

なので不安不安定で泣き出したりし始めているが夫は持ち帰りの仕事で忙しく話を聞いてもらいづらいので、最初にも書いたが自分を落ち着かせるためにこの増田を書いた。

書いているうちに涙は止まったが、やはり不安は尽きない。

こんな状況でも元気でいてくれる赤ちゃんに励まされるが、しかしこうやって書き連ねてみると本当に大丈夫なのか色々と心配になるレベル

しかしながら、この乱文をここまでお読みいただいた皆様に感謝します。

2017-07-20

親知らずが「抜けない」

anond:20170720021303

左上 普通に歯が出ている、ただし外側に曲がっており、隣の歯と接触している。

左下 水平埋伏で隣の奥歯と接触している。親知らず自体歯茎の中に埋没している。

右上 親知らず存在しない。

右下 完全埋伏で骨の中に横倒しで存在する。

左下が炎症を起こしたときレントゲンの所見である

かかりつけの歯科医では抜歯は無理ということで、総合病院の口腔外科を紹介される。

炎症が治まるのを待ってから、部分麻酔で抜歯ということになった。

歯茎を切開して、親知らずを砕いて取り出し、頬の内側を縫合して傷口を保護麻酔して口開けたままで数時間の3時間くらいだったかな。

抗生物質の点滴に通うことになった。

その夜……出血が止まりません。洗面器抱えて夜間救急外来へ。脱脂綿噛んで止血する……しか処置はできない。

オペが終わったところで親知らずは完治で、傷の治癒を待ってるだけなのね。1週間くらいで抜糸。

なんだか左上の親知らずも気になるんですけど。斜めになってて縫合してた頬に当たって痛いし。

そっちはかかりつけで抜歯してくださいと。5分くらいで抜けた。うがい薬処方されておしまい

問題は、右下の完全埋伏の親知らずである。「これは私では抜けません。もし痛んだら歯科大学病院を紹介します。かなり危険な手術になりますから遺書書いてきてくださいね

ただし、完全に埋伏しているので雑菌が入り込む経路はないし、隣の歯にも影響していないので……墓場まで持ってくことになりそうだ。

親知らずがどういう状態存在しているのかで、抜歯の難易度は大きく異なるぞ。

年齢のこともあるので、今痛んだら抗生物質で炎症を叩くことに。隣の奥歯と干渉しているならば、奥歯の方を抜くことになるかも。

2017-07-11

「ここまで堕ちるとは・・」薬剤師の私が味わった貧困労働現実

薬剤師仕事はつまらない。

他の仕事は華やかでやりがいもあって、充実した毎日を送ることができる。

そんな馬鹿なことを私は本気で思っていた。

でも現実全然違った。

薬剤師仕事は退屈だと思っていた私は30歳の時、自惚れもあっただろう、薬剤師関係ない職場で働いた。

だけど薬剤師を辞めるってのは、そんな簡単な話じゃなかった。

誤った決断どん底生活経験し、資格無しの自分の無力さにあらゆる絶望を味わい、私はまた薬剤師として働いている。

薬剤師という資格、そして私が当たり前と思っていた環境いかに恵まれていたか毎日噛み締めながら生きている。

私がほんの出来心で陥ったどん底体験

この経験を「同じ失敗をしてほしくない」という意味で伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみてください。

これが憧れた職業??退屈な毎日・・・



私は27歳で薬剤師資格を取った。

特に頭が良かったわけではない。高校時代医師を目指し勉強したが、早々にその器ではないと見切りをつけた。

大学は2浪の末、やっと私立薬学部に滑り込んだ。

「これで私も薬剤師になれるんだ」

難関資格と言われる薬剤師になれるという喜び、そして人生においてある程度の地位約束されたという自惚れた感情でいっぱいだった。

私の念願であったこともあり、学業に励んだ。資格取得は仲間との協力もあり順調だった。

そして資格取得後、教授のすすめもあり、私は病院勤務薬剤師として働くこととなった。

新卒で入職したのは中規模の総合病院

夢の薬剤師

仕事内容はおおよそ先輩方などから聞いてはいたが、薬剤師仕事は思っていた以上にとても地味だった。

から晩まで閉鎖的な空間調剤監査電子カルテに誤りがあれば医師疑義照会をかけて煙たがられる。

私の働いていた病院常連さんがほとんどだったから、毎日同じ患者さんの調剤。単調極まりない毎日の繰り返し。

世代に比べれば良い給料

休みもしっかり取れる

ただ、毎日続く変化のない仕事がとても苦痛に感じるようになっていた。

から人より向上心好奇心が少しばかり強かった私は働き始めて早々に薬剤師という仕事自分に向いていないのではないかと思ってしまった。

それからの3年間、わたし毎日薬剤師に向いてないと思いながら仕事を続けていた。

そんな私に転機が訪れる。

街で偶然高校同級生亜子にあった。


亜子学力・見た目は私と同じくらいのレベルだった。ただ持ち前の明るさとリーシップで常にクラスの人気者だった。私はそんな亜子に対していつも憧れと嫉妬心の入り混じった感情を抱いていたのを覚えている。

亜子私立工学部を出て、院を卒業後、大企業には行かず、メディアでも多く取り上げられるIT企業就職広報として活躍していた。

その亜子とここで出会ってしまったことがその後の私の人生を大きく狂わせることになるとはこのときは思いもしなかった。

亜子時間があったようなので2人で近くの喫茶店に入った。

薬剤師仕事にくすぶりを感じていた私は、亜子面白みを感じないことについての相談をした。

「うーん。確かにそれはつまらなそうだね。」

「うちの会社、今営業中途採用積極的にやってるから来てみれば?薬剤師に縛られている必要もないんじゃない?」 <h3>o- *</h3>

薬剤師を捨てて働く

この選択肢が頭の中になかったからだろうか。

私は最初は戸惑いを隠せなかった。意外な提案に驚くとともに亜子が私を誘ってくれたという喜びで、冷静な判断力を失って

「ぜひ紹介して欲しい」

この安易決断が後に私の人生絶望の淵まで追い込むことになろうとはこの時考えもしなかった。

紹介を快諾すると話はトントン拍子に進み、亜子の紹介もあってすぐに内定入社となった。

なぜ薬剤師が?という質問は当然受けたが、

「私は刺激もなにもないお金だけの仕事をしたいわけではない。やりがいを感じられる仕事を一度やってみたくなった」

この思いを正直に伝えると面接官、特に社長は喜んでいたように感じる。

薬剤師になれたという過去の栄光、それだけを根拠とする自分能力に対する過剰な期待感を持つ私は、

薬剤師以外なら上手にやれる。そう思える若さもあっただろうか。全く関係ないIT企業営業職にチャレンジをすることになった。

薬剤師を辞めたらどうなるのか?


入社後1ヶ月は研修期間だった。

全く未経験ゆえの新鮮さもあっただろうが、営業仕事は楽しかった。自分でお客を開拓し、会社が持つ商品お客様に合うように提案を考える。

活気あふれるメンバー仕事を進める。毎日文化祭のような楽しさがあり、長時間労働も全く苦にならなかった。

楽だけど仕事は決まっている。そんな薬剤師仕事とは大違いだった。

昔は想定できる毎日に楽しさ、興奮も見いだせずとにかく退屈だった。その苦しみから解放され、ちょっとした幸せを感じた・・・

結果がでないと人ではない・・・


ただし数ヶ月して事態は一変する。研修期間を終え、営業に本配属になった。ここから新人はい営業成績が求められる。

3ヶ月が経過した。

私なりに死ぬ気でやったが成果は0だった。同時期入社の仲間の中でも最下位

3ヶ月でこの状態だと、これまで優しく接してくれていた会社が途端に私に牙をむく。

数字の上がらない人間は非常に居心地が悪い。私がどんな人間なのかそんなことは数字を上げてから判断される世界会議でも発言力はないし、何を話しても

数字出てないやつがなにいってんの」

という顔をされてしまう。

チームで仕事はするけど結果を出すのは個人最初は仲間だったチームメンバーもなかなか数字のでない私に「価値のない人間」のレッテルを貼り、人格すらも否定されているような気持ちだった。

思えば、病院だと患者さんが怒れば、ダメな私を叱りながらも、誰かが守り助けてくれた。主任だったり、先輩だったり、後輩だったり・・・

でも、この会社では誰も助けてくれない。数字に追われひたすら動く。

そこに「やりがい」なんて洒落言葉は一切存在しなくなっていた。

思いも寄らぬ貧しさ・・・

IT企業での給料はとにかく安かった。薬剤師の時には40万なんて当たり前だと思っていたのに・・・

転職時の私は根拠のない自信があったため、出来高の方にとらわれ基本給の安い契約問題ないと思っていた。

それがこんなに厳しい生活になることを想定できていなかった。

基本給が23万円。

保険税金を引かれて、手取り18万円。

家賃水道光熱費、食費、携帯代、交通費などを使えば、残り5万円。

毎日12時間以上も働いて、お客、上司に怒られ、身も心もすり減らしても、手元に残るのはたったの5万円。

5万円じゃ貯金ができないし、友人と遊びに行くにもお金のことを考えてしまう。当然外食なんてできない。

朝は仕事帰りに買ったおにぎり一個。お昼はコンビニ弁当マクドナルド。夜は、コスパを重視してスーパーの安売り惣菜ライス

本当に余裕の無い日々。何かトラブルがあれば、一貫の終わり。本当に危うい生活だった。

会社に誘ってくれた亜子最初ランチなど一緒に行動することも多かったが、私の会社立場を察してかあまり寄り付かなくなってしまった。

私は会社の中で完全に一人だった。。。

友人からの思わぬ「告白

同時期に薬剤師を辞めた友人がいる。大学の同期、美咲だ。

彼女は、早々に薬剤師を辞めて法律事務所秘書になった。ただ、そのとき給料が安く、夜の仕事もしていると言っていた。

3年くらいは会ってなかったが、薬剤師をやめた同士話し合いたいと思って私から久しぶりに食事に誘った。

美咲は3年前より少し雰囲気が変わったように感じた。秘書という仕事、夜の仕事もやっていたということもあり、すこし派手な格好をしていた。

早速の仕事で悩んでいることを相談しようと思った矢先、美咲は私を絶望に叩き落とす言葉を放った。


「ごめん。なかなか言えてなかったんだけど、私。薬剤師に戻ったんだ。。」

美咲は続けた。

「薬剤士って地味な仕事だけどさ、職には困らないしやっぱスゴい資格だよ。変な欲なんて出さずにおとなしく薬剤師やってればよかったよね・・・

彼女のその言葉が頭から離れない。

「私って何をやってたんだろう・・・

私は彼女方針転換への失望からか、自分過去を後悔し、将来への不安と虚しさと絶望で、理性を保つのでやっとだった。

失って初めて気づく、その大切さ・・・

結論を言うと、1年後、私は薬剤師として復職をした。

やりがいだけを求めて、飛び込んだ一般企業でのチャレンジは失敗に終わったのだ。

復職をするにあたっては非常に厳しいのかなと思っていたが、薬剤師という資格は本当にすごい。

友人からの紹介、ハローワーク求人サイト引く手あまたで驚いた。

IT企業絶望的な苦労を味わったあとだからだろうか、以前の退屈な仕事に戻ってもかまわないとは思っていた。

できるなら、やりがいも感じられるそんな仕事があるなら探してみたいと思い人材紹介会社を中心に就職活動を行った。友人の紹介や、ハローワークでは出ていないような職場存在して面白かった。

人材紹介会社が頑張ってくれて、資格も活かせて、やりがいも感じられる職場から奇跡的に内定をもらえた。

人材紹介会社担当者さんは、

「苦労されている方だからこそ、こちらの内定取れたんだと思います

と言ってくれた、あれこれ手を尽くしてくれ本当に大変だったと思う。(お世話になった担当者のYさん。ありがとう)

薬剤師転職は、人手不足もあり簡単だと言われているが、事実そうだ。

給与比較的高いし、本当に素晴らしい資格だと思う。

薬剤師復職してどうか?

いまの仕事は、大手化粧品会社企業薬剤師

給料がそこそこ貰え、

仕事をそこそこ楽しめ、

休みカレンダー通り、

将来の安定もある。

残業も1ヶ月に一度あるかないか

私にはちょうどいい環境

から転職して、今までの悩みは笑っちゃうくらいサッパリ無くなった。

給料手取り30万。

病院勤務の時よりは低いかもしれない。

でも同じ会社で働く一般職の方よりは仕事も楽で給与もいい。

ITベンチャー手取り19万に比べれば1.5倍もある。

働く時間は半分程度だ。

30万円もあれば、固定費を払っても毎月15万円近く自由に使える。病院時代のように貯金もできるようになった。

仕事内容は商品品質管理がメインで、新商品が出るとき企画会議から薬事申請業務まで一通り携わっている。

病院ドラッグストア勤務に比べて仕事内容も変化に富んでいるし、社内外問わず薬剤師以外の人との交流が増えた。刺激が多いのですごく楽しい

何より「これってどうなんですかね?」と意見を求められる仕事というのが心地よい。

わたし本心は「誰かに頼られる心地よさ」を求めていたのかもしれない。

薬剤師活躍する場所はこれからも増え続け、薬剤師もっと必要になる。薬剤師資格がある限り、仕事が無くなることはない。

40代や50代になったら、どうやって食べていこうかと悩むこともなくなった。

薬剤師を捨てる覚悟とは?

薬剤師あなた転職したいなら、よく考えてほしい。

 

正社員として雇ってもらえるか?

月に20万円以上の給与をもらえるか?

長期間働くことができる環境か?

仕事自体を楽しめそうか?

 

身をもって痛感したことだが、女性資格を捨てて働くのは本当に難しい。

薬剤師資格はこの上ないほど強力な武器だ。それを捨てるのは愚かなこと。

武器があるなら、それを使って有利に戦う。薬剤師資格を持っているなら、それが価値を生む場所で働く。

薬剤師はどこでも人手不足から一般企業世界でも薬剤師として、ものすごく重宝がられる。

薬剤師を捨てて就職をしたあの時の私はバカだった。

薬剤師」の価値を知らず、安易に捨ててしまった。

薬剤師を辞めるなら、それなりの覚悟必要だった。少しでも迷いがあるなら、辞めてはいけない。

経験上、かなりの高確率で困難に陥るのだから・・。

薬剤師から転職するなら

薬剤師資格を活かせる転職をすることをおすすめする。退屈な仕事が嫌なら、仕事病院以外にも沢山ある。

化粧品会社美容クリニックがオススメ

給料仕事やりがい全てが一定基準で揃っている。

自分のペースで長く続けるにはもってこいの職場だと思う。

でも、勤務先はじっくり選んで欲しい。上記勤務先でも当たり外れはかなりある

そのためには情報を集めなきゃいけない。

実際の給料は?

手当、残業代ボーナスの有無、そしてその金額福利厚生の内容も。

職場雰囲気仕事内容は?、仕事仲間がどんな人かも聞いておこう。

離職率薬剤師への扱い、評価方法大事な要素だ。

これをきちんと聞くだけでも、失敗の可能性は少なくなる。

失敗したくないなら、担当者からどんどん情報を引き出そう。

転職情報が全て。

「こんなこと聞いて変な奴だと思われたらどうしよう」とか遠慮したら終わり。

仕事選びには人生がかかっている。

後悔したくないなら恥を忍んでとにかく聞く。

その一歩が将来の自分幸せを決める。

2017-07-01

現役の獣医師最近報道をみていて知ってほしいなと思ったこと。

最近報道をみていてふと思ったことがあった。

それは、増田諸君を含めて「獣医師は稼いでいる」って思っているんじゃなかろうか、と。

残念ながら獣医師は「6年間の投資に見合うほどのリターンは得られない(ただし、一部の人を除く)」が正直な実感。

獣医師仕事として、世間の人がまず頭に浮かぶのが小動物臨床、いわゆるペットのお医者さん。

次に最近話題の大動物臨床、牛などの家畜のお医者さん。

そして、鳥インフルエンザ口蹄疫ときに注目される公務員獣医師

といったところかな。

獣医師仕事範囲としては、ほかには医薬品メーカーでの研究職や畜産コンサルタント動物園獣医師などなどいろいろあるけど上記3つについて知っている範囲で書いてみる。

小動物臨床は専門ではないのでざっくりとしか書けないけど大まかなイメージとしては、

卒業病院就職→3年位で次の病院就職→3年くらいで次の病院就職・・・を繰り返し、タイミングのよいところで開業

というのが多いのかなと。

医師のように研修制度が充実していたり、医局があるわけでもないので、就職先は自分で探して回る感じ。

開業までは労働時間からすると給料も安い。医師でいうところの研修医がずっと続く感じ。

医師のように総合病院があるわけでもないので、勤務獣医師である限りは高給は望めない。

そして、開業

実家がもともと動物病院ならいざ知らず、自分の代で開業したときに開設費用自分の代で返せるかどうかってところ。

最近動物病院でもCTとかMRIとか置いてたりするので、買った病院はがんがん使わないとペイできないんじゃないかな。

小動物臨床は自由診療なので、診療費の値づけは病院が決められる。

けど、よっぽど腕がよくないと周りの病院価格差つけられないんじゃない?

勤務獣医師だと食ってけないので開業する人はいっぱいいるしね。

成功した人は稼げてる。

動物診療は、あまり知られていないけど農業共済組合NOSAI)に所属している獣医師が多い。

これはNOSAIに牛などの飼主が加入し、NOSAI獣医師が加入者の家畜診療する。

診療費は固定されたお値段。(全国のNOSAI統一されてるかは知らないが、県内は同一価格になる)

小動物臨床の開業に比べると収入はだいぶ下がる。

なぜなら獣医収入が上がる=農家収入が減るor畜産物価格が高くなる。

ただでさえ輸入畜産物より高いのに、肉の値段牛乳の値段高くなっても買ってくれるの?

そして、知的好奇心を満たしてくれる度合いは小動物に比べると低い。

仮にブラックジャック級の腕を持つ獣医師がいて、その牛を助けることができたとしても、牛を治療するよりも処分したほうが経済的合理的ならそちらが選ばれる。

わが子のようなペット収入に直結する家畜じゃこの差が生まれるのは当然。

公務員獣医師。これもあまり知られていないけど、公務員獣医師には2系統いる。

家畜衛生に従事する獣医師公衆衛生従事する獣医師

鳥インフル口蹄疫獣医師が足りない!っていわれてるけど、正直どっちも足りていない。

家畜衛生は家畜保健所にいて法定伝染病鳥インフル等)の監視だったり、地域家畜の衛生向上だったりと農家をまわって診療したり検査したりしている。

公衆衛生保健所と畜場にいて、飲食店監視だったり、と畜した牛なんかが病気にかかってないかなどの検査をしたりしている。

そして給料死ぬほど安い。

これは公務員給料基準になる俸給表が医療職の表が適用されていないので、扱いとしては農学部卒かよくて大学院卒と同じ扱いになるため。

そして、技術職あつかいなので、出世も望めない。

最大出世で本庁課長級に一人二人なれて、もしかしたらその上になれるかどうかってところ。

私立獣医学部卒業に2000万かかるとして、そういう人が公務員なりたがると思う?

一番足りなくて困っている公務員獣医師がこれだけの処遇しか受けていないっていうことをわかったうえで、獣医学部の新設によって鳥インフル対応する獣医師を増やすかどうかを考えてほしい。

自治体によっては15年間特別手当(斬減して15年目になくなる)をだしたりするとこもあるみたいだけど、それって15年間給料一緒ってことだと思うんだよね。

それって何やっても(何もしなくても)給料一緒ってことだったら、やる気なくならない?

獣医師大量生産小動物が飽和→公務員に流れるのを期待するより、

公務員獣医師待遇改善公務員が増える のほうが早いし合理的な気がする。

それと、既存獣医学部教育もっと投資して、小動物じゃなくて家畜診療のための授業がもっとできるようにするとか、定員を増やすとかしたらいいと思うんだよね。

都内私大とかだと、家畜に触る機会ってほんとに少ない。

そういうとこの学生卒業したって大動物臨床に進むとは思いがたいんだよね。

私大ニーズ小動物診療に偏るのはしかたないので、そういうところで大動物診療の授業がもっとできるようにするとか、大動物診療に力を入れている大学の定員増やすとか予算やすとかの方が効率的に思えて仕方ない。

もちろんこれらは増田に書くレベルの超私見。

同じ獣医師でもほかの意見の人もいっぱいいるだろうし、実態が違うってこともあるかもしれないけど。

2017-06-30

工場勤務の50代が病院事務長になれた理由

http://president.jp/articles/-/22399


おっ。これならワイにもチャンスが……


大手メーカー事業所トップ総合病院事務長へ

あっ……失礼しました……。

2017-06-23

都議会選に田舎者が思うこと

都議会選挙告示されて、東京の街はそれまで以上に賑やかになった。

24時間対応病院が少ない」

総合病院の不足」と候補者が声高に叫ぶ。

うちの田舎じゃ、夕方までやってる病院に行くにも車が必要

駅までも遠いし、バスなんて走っていない。

列車で行けない距離にあるから、近所の人の車に乗っけてもらわないと病院に行けないのが普通

しかも、内科外科しかない。

皮膚科産婦人科耳鼻科なんて、さらに車で走らないと無い。

妊娠すると、高速を使って産婦人科に通う。

別に名医いるからじゃなくて、もちろんそこが1番近くの産婦人科から

間に合わなくて、救急車タクシーの中でのお産を経験した人もいる。

東京にやってきて、病院の多さに驚いた。

田舎では中々病院に行けず、気づいたら手遅れになっていたり、

専門医がいないので、医療ミスのような出来事もざらにある。

人口比率から考えれば、当然のことなのかもしれない。

だけど、

もっと病院が近ければなあ」

専門医がいればなあ」

葬儀でそんな言葉を聞いてきた人間からすると、やっぱり贅沢だなあと感じてしまう。

都議会選挙なんだからさら都民暮らしがよくなるようにするのが当然なんだけれど。

なんだかモヤモヤしてしまった。

2017-06-06

自律神経失調症、だったとしたら分かる気も。

正式な病名じゃなくて不定愁訴みたいなものから自分説明するまでもなく、患者がてきとーにググっても差し支えないと考えたのかもしれん。

あるいはここに書かれていない、医者の神経を逆撫でするような何らかの発言元増田がしてしまっていたとか……?

まぁ、クリニックの開業医って、王様気取りのえらそーな人が多いから気にすんな。

精密検査しなきゃならんような病気なら紹介状だけもらって総合病院大学病院にかかろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170605213154

2017-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20170530050128

総合病院大学病院に行くのをお勧めする。

そして自分の症状を詳しく言えるようにしておく

・目が回るようなめまいか、ふわふわするようなめまいか、急に目の前が暗くなるようなめまい

・いつ頃、あるいはどんなときめまいがするか。朝か昼か夜か。食後か空腹時か。仕事前に多いか仕事中に多いか

・禁句は「この検査はやった」同じ検査でも技師医師の腕前で見つからなかったものが見つかる

めまいで気を失うだけでは、心臓・血管か脳か呼吸器か代謝系かどこに問題があるのか絞れない。

原因が見つかるまで病院を変えてみるしかない。

2017-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20170520004908

看護学生です。

看護師の、上が下を大事にしない文化学生時代から刷り込まれているようなもの

学生から給料は貰えないのは当たり前だけど、これがもし社会人として働いてるなら私は絶対に労基に相談するだろう。

から夕方までの実習時間、その後時には終電までもかかる記録物と課題時間、ただでさえ終電までかかることは少なくないのに追加で課せられる調べ物。

これが労働という形態だったらとっくに労基が介入してるというような環境で、単位・進級を人質に、精神も体力も死ぬんじゃないかというくらい削られながら白衣の天使の卵をしています

この訴えも学生時代の苦労話として、若い時に大変な思いしたほうがいいよ〜みたいな片付け方をされてしまうのかな。

学生版労基みたいな外部の相談窓口って無いのかな。

入学を決めたのは私だし、私が全て悪いのかな。

悲しくなってきてかなりおかし文章になってしまった。

取り敢えず入学してしまったものは仕方ないとして、今の環境、そして元増田に書かれている状況を知っては、卒業して資格を取ったとしても絶対総合病院看護師として働こうだなんて思いません。

2017-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20170501003325

助言ありがとうございます

双極性うつ病抗うつ薬を使ってもよいのかどうかは、専門家あいだでも議論が続いていて、決着がついていない問題のようです。私の主治医最初抗うつ薬を出すのをかなり渋っていましたが、1ヶ月近くお風呂に入れない、歯も磨けない、外出もできない状態が続いたとき、「本当は出したくないけど…」と言いつつ、ごく少量の抗うつ薬を出してくださいました。そのおかげで少なくとも1年くらいはまともに動けていました。

私が知っている限りでは、抗うつ薬を最も避けるべきなのは双極I型障害の方で(私は双極II型障害です)、三環系抗うつ薬特に避けるべきであり、抗うつ薬単剤での使用は勧められない、抗うつ薬を用いる場合は必ず抗精神病薬気分安定薬と併用する、というものです(「臨床精神医学」46巻3号より)。

また、SSRI躁転リスクは非常に低いというデータもあります日本うつ病学会双極性障害治療ガイドライン」より)。

私は現在エビリファイベースSSRIをごく少量服用している状態で、SSRI服用開始後に特に軽躁とうつの波が大きくなったということはないと感じています

精神疾患のほかに内科疾患を抱えているので、どうしても総合病院精神科にかかる必要があり、セカンドオピニオンも難しい状況です。

そういった事情もあり、なんとか今の病院に再度受診できるように頑張りたいと思います

心配してくださってありがとうございました。

ブックマークコメントをくださった方もありがとうございます

1人心細い気持ちのなかで、勇気をいただけました。

2017-04-09

ソーシャルワーカーさんよ

生活保護を受けるのに精神科通院歴があるかどうかはまったく関係ない。

診断書障害者手帳の有無も関係ない。

あとな、適応障害抑うつ状態)で休職するのはもはや当たり前のことではなくなってきている。

軽症うつ病ですら最近では休職することの弊害が判明してきて、安易休職は勧めない方針になってきている(詳しくは日本うつ病学会うつ病治療ガイドライン新版を参照)。

ましてや適応障害抑うつ状態)は、明確なストレス因があり、うつ病診断基準を満たさな場合につけられる診断名だ。

なので「うつ病系統の病名ついた!→ゆっくり休職しなきゃダメ!」という発想はだいぶ時代遅れです。

総合病院ソーシャルワーカーさんだろうから精神疾患に詳しくなくても仕方がないですが、コモン病気ガイドラインくらいは読んでおいてほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20170409000604

2017-03-28

風邪が治りにくい増田住まい国リオナが是か(回文

歳を追うごとに、

なんか風邪が長引いちゃうのよね。

早く寝ても直らないわ。

病院の薬が一発で効くのよね、やっぱり。

でもね、

聞いてよ近所の総合病院が取り壊されて病院難民なのよ。

シムシティーで言えば病院作れって!暴動が起きるレヴェル。

市長には動物園のラマの飼育数を削減する意見書が届く感じね。

総合病院がなくなるって思わないじゃない。

あの跡地はなにができるのかしら?

病院って新しいところ見付けるの面倒くさいのよね、

美容院みたいに。

まったく困ってしまうわ。

ま、そんなわけでどっかで点滴でも打ってくるわ。

って、思ったけど点滴ってあれ成分なんなのかしらね

それぞれの症状にあわせて処方してくれるのかしら?

点滴バーみたいなのがあれば、

忙しい現代社会の働く人たちに流行るかもね!

今日はまあ大人しくしておくわ。


今日朝ご飯

ポテサラサンドタマサンド

玉子って元気が出るからいいじゃないって思ったけど

元気が出るためには、

もっと量食べなくちゃいけないのかしらね

うふふ。

デトックスウォーター

オレンジを搾ってその絞り汁ウォーラー

炭酸があったので、

それでスッキリと。

こういうときこそ

ビタミンCと水分はしっかり摂ってね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170315234045

俺も無気力感・脱力現象は随分続いてていろいろ調べたから書くよ

 

もちろん一番疑わしいのは非定型うつだと思う

精神的なものを伴わない神経系のものもあるらしい

(ただ個人的には鬱じゃないんじゃないかと思う)

ストレス自分にかかってるかどうかは、チェックリストネットに落ちてる

http://jiritsuguide.com/about/stress_check.html

 

うつじゃなければ自律神経失調症だけど

これは結果であって原因ではないから、原因が他にある

 

自律神経失調症の原因も難しいんだけど

胃腸からくるホルモンバランスの乱れ

低血糖症からくるもの

肩こりなど、神経の圧迫から来るもの

・他の病気からくるもの

などなど

 

一番懸念されるのが「他の病気からきてる」ってやつ

いきなり重いのが来てるから、有り得るかもしれない

心療内科じゃなくて総合病院か、内科で精密な検査してみてはどうだろう

 

といっても、それすらダルいってのもわかる

病院行く気力すら無いなら、身内に相談してみるといい

他人強制力がないとできないこともある

俺は身近に身内がいないから、無理やり病院の予約をするようにしてる

2017-03-03

発達障害医療機関に行けというけど

http://mess-y.com/archives/42524

これのブコメ

@irodori_kotori

発達障害かな?と感じたら医療機関へと言うけど予約取るの簡単じゃない。某クリニックの初診予約(5月分)30分リダイヤルで頑張っても撃沈。/ADD傾向で怠けてると思われて父親祖父の躾が激烈化してる息子を救いたい。

その通りだよなと思う

精神病院に行けば何かしらの処方があるかと近隣病院サイトをチェックしてみたが「大きな総合病院に行け」と書いてあるばかりだ

まれつきの障害で完治するわけじゃないし、永久に通うことになるなら駅の近くで対処して欲しい

アルコール依存症の方で受診すればいいのか?

自分ではなく弟のことだが

うちの弟は今30歳なんだけど、小学生の頃に発達障害だと判断されて区のカウンセリングに通っていた

当時自分小学生だったので詳しいことは知らないんだけど、区役所ではない何かの役所?のようなビルまで送り迎えをしていた

箱庭療法かいろいろやったらしい

それが彼にどのような効用をもたらしたかはよく分からない

弟の症状は多動性障害がメインだった

授業中、ずっと座っていることができなくて立ち上がってしま

小二くらいまでは自分クラスまで遊びにきたりしていた

シーンとしている授業中にスーッと引き戸が開き、その隙間から弟の顔が覗いて、自分と目があった途端にニッコリ笑う顔を覚えている

あれは正直ちょっと面白かった

全校朝会でも列を抜け出して前方で当時流行っていたクレヨンしんちゃんの真似をしようとしたり

まりパンツを下ろしてぞ〜うさん♪をやった

あれは恥ずかしすぎて全然面白くなかった

先生も誰も怒っていた記憶はなかったが、自分ものすごく怒ったのでその後の再発はなかった気がする

たぶん

でもしてたような気もするし、あいつがそういう奴だっていうのは受け入れられていたから、もうその時には腹も立たなかったか

同学年の弟がいるクラス女子に「あんなのが自分の弟になったら恥ずかしくて死んじゃう」みたいなこと言われた時には、こいつに弟の良さの何がわからんだと思った

でも弟はそいつの弟とも友だちだったので家に出入りしていたらしく、そこそこお世話になっていたらしい

自分クラスメイト男子には可愛がられていて、本人も年上に声を掛けられるのが嬉しいらしく、いつも彼らの気を引くためにひょうきんなことをしていた

同学年での扱いはどうだったか知らないが、なんとなく女子から嫌われているらしいという雰囲気は伝わってきてた

女の子を叩いて泣かせたり

女の子のものを取りあげたり

そんなことをして人気者になる方がおかし

ただ男子はいつも家に大挙して遊びにきていたのでハブられたり虐められたりはなかったようだ

母親は大変だったと思う

父が子育てが一番大変な時期に不倫やらかしたり、会社が傾きかけて借金取りから逃げ出すために家出をしたりで信用がなかったため、ほぼ彼女一人で対応することになった

バリキャリとして働きに出ていたので手が回るはずがない

連絡簿を弟の担任に手渡す度に「お前も大変だろうが頑張れよ」というようなことをたまに言われたが、なにを?という感じだったし、今でもわからないのだが、もしかしてあの時自分がもう少し弟の世話を上の子らしくやっていれば彼の将来は違ったのかもしれないと考えたりもする

仲のよい兄弟として認識されていたし、実際ケンカもあったし泣かしもしたが、それは四六時中一緒にいたからだ

中学生になってから小学校と同じようにはいかなかった

弟には全校生徒に顔を知られる快感というのが身に染みついていて、根が派手でトンデモな方向にむいているのはそれが原因だろうと思う

それともそれも含めて障害なのかもしれないが、それくらいなら個性のうちではある

中学校に上がり、弟は落ち着いたように見えた

年相応の少年としての情緒を育み、部活動にもチャレンジしたが顧問先生に目を付けられて止めた

これは単純に巡り合わせの不幸だった

問題だったのは成績の方だ

壊滅的に勉強ができず、かといって塾にも向いていない弟は家庭教師をつけることになった

柔らかい女子大学生の先生で、根気よく教えてくれたと思う

ただ、根本的に勉強への意欲を欠く弟の成績を爆上げするには及ばなかった

その後、高校中退するまでずっと見てくれていたが結果には結びつかなかった

高校は昼間もやっている定時制のところに入ったらしい

その頃には別々に暮らしていたためなんとなくしか把握していない

都内にはそのような定時制高校がいくつかあり、弟が通っているのは自由校風で知られた学校だった

中学担任も向いているんじゃないかと言っていた

この先生自分担任したことはなかったが、気に入られていていたのか、たまに呼び止められて話をすることがあった

担任していた生徒の一人が自分の友人で、そいつ揉め事を起こした時に相談を受けたりとか、弟が上がってきた時には「おまえの弟なんとかしてくれ」とか

「おまえの弟なんとかしてくれ」は昔から先生によく言われるセリフで、みんな笑いながら言うので漫才セリフ回しみたいなものだろうと思っていた

だが「あいつはたぶんこの先、苦労するよ」としみじみ言われたとき、そうなのか、とハッとするものがあった

しかし弟の人生は弟のものだし、自分は目の前の人間の表情しか見ずに雰囲気だけで話しているところがあるので「そうでしょうね〜」と流した

弟は高校中退した

その後、いろいろあって今は一緒に暮らしているが、正直お先が真っ暗である

好きな業界バイトをしていた時はよかった

好きなものだったからだろう、そこそこ働けていたらしく、バイトマネージャクラスにまでは行けたらしい

だが、家族から「将来性がないことをいつまでも続けていていいのか」と言われ、そのバイトをやめてしまった

それ以外のことが何もできないなんて、その時はさすがに考えていなかったんだろうと思う

いろいろ試して、でもできないのでまた業界に違う居場所を見つけた

そこは前の場所よりは経営的に真面目なところで、なんというか手堅い仕事をしていた

業界というからには似たような仕事内容ではあるのだが、肝心の成果物を弟はどうしても愛せなかった

自分の良いと思ったものが認められず、どうでもいいと感じる部分がウケているのに納得がいかず、弟はまた転職する

転職先は彼の嗜好に合致し、やる気を持って仕事に向き合っていたらしい

が、気づいた時に彼はサボりがちになり、気がついたら仕事をやめていた

それから三年くらい、末端のバイトをしたり、バイト面接を受けては落とされ、落とされ、落とされ、落とされ、落とされ、落とされ

深酒が過ぎるようになってからカウンセリングを受けてみてはどうかと彼に伝えてみた

壁を殴って敷金礼金が戻らなかったことがある

あれはもう二度とゴメンだし弟もそう思っているだろうが、酒はその信念をなかったことにする

アルコール脳みそが萎縮してからでは遅いし、もうだいぶ縮こまっているんじゃないかとも思うが、弟にとって数少ないストレス緩和手段を取り上げることへの疑問もある

弟は自分自身を嫌っているのに、それを変える方法を知らない

それ以前に自分自身障害への理解もない

本も読まないしニュースも見ないし、そもそも理解する気もないのだと思う

世界社会との接触がないものから自分の外にある知識自称に興味を持つということがない

テレビを見、ゲームをし、インターネット無料コンテンツでただただ時間を浪費している

ADHDの本を居間に置いておいた

読んでみるといいと伝えたが読んでいるのかはわからない

本は弟よりも父親効果があった

発達障害への対応には家族理解と協力と、専門家指導が不可欠だと思う

環境指導が揃わないことには何ともならない

2017-02-17

巨大総合病院

2時間半待って診察1分、書類待ちで30分。

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170207094737

人間、生きるそのものだけでは強いんだな、と本当に思うよ。

あと、数年前より医療進歩マニュアルの充実も進んでると思う。

人工呼吸器と胃ろうはなし、とは言っているんだけど、とりあえずはそこまで行かなそうだし。

あと、経過観察のために毎日のように脳のCT取ってるんだけど、片田舎総合病院でも病室まで持ち運びできるCT X線装置があるらしくて、わざわざ隔離されたところにあるCT室まで連れて行かなくていいらしい。

父の体重は重いからベッドからストレッチャーに移すだけでも大変だろうと心配していたのだけど、それがないだけでも気が楽になる。

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170203210126

ちょっとはみ出た、つづき

入院が決まった直後に、入院時に必要ものを買い込みレンタカーで母の元に向かった。

徘徊が多く、連絡手段も無い為、朝、荷物だらけの新居に迎えに行っても空振りになってしま可能性があったからだ。

荷物だらけのアパートに一晩泊まって見張るつもり位でいた。

破たんした呪い言葉を一晩聞き続ける程度だったら何とかなるだろうと踏んで寝袋を持って家を出た。

アパートにいた母を、最後の晩餐さならが母を食事に連れ出し、禊を済ませるが如く、深夜営業温泉に連れて行った。

これまで母の病気が進行してから、弟を含め3人で食事をすることは何度かあったが、

私が成人してから母と二人で食事をしたり、温泉に行ったりしたのは初めての事だったと思う。

しかし、あのアパートで母と二人きりで一晩を過ごすのはやはり心理的に無理だった。

そこで、仕事徹夜を強いられる彼女がいる自宅に、彼女に無理を言って連れて行く事にした。

自宅に母を招いたのも初めてだし、彼女に合わせるのも初めての事だった。

彼女も親に対してトラウマを抱えており、軽くパニックにさせてしまったのは本当に申し訳ないと思っている。

しかし、この母親に対して、親孝行らしい親孝行を始めてしたのかもしれない。

母は何度も夜中に起きて二人の息子が襲われる、警察に助けを呼ばないと、言った事を不安になってしゃべっていた、

うとうとすることもあるが、眠りかけた際は幻聴として聞こえる言葉をそのまま声に出してしゃべっていた様だ。

母にとってみれば、もう25年間、四六時中不安な時を過ごしているのだ。

翌日、車で病院に向かう途中、母は、私が子どもの頃、家族ドライブに行って以来車に乗れて楽しいと語った。

富士山山間から見えてとても綺麗だった。

医師に診断してもらいその場で医療保護入院が決まった。

家族同意があれば、本人の意思に関わらず強制的入院可能制度だ。

その際、思わず、ここまでとても長かったです。と医師に話した。医師も私の苦労を察してくれたようだ。

診断時、私から事情を話す際に、精神科へ行っても結果的治療が受けられない件を話したくだりで、

やっぱりそうか、といったニュアンスだろうか、ため息を漏らしていた。

法律上定まった手順であろう医師保護入院説明をを本人に読み上げる際も、

聞きはするが当人になにが起こるのか 理解していない様子だった。

閉鎖病棟に送る際、持ち込み禁止となる物が母の身に付けたものからいくつも出てきた。

不安からか何枚も重ね着した一張羅ポケットや、鍵だらけのウエストポーチからは、

刃物であるハサミや安全ピン、 南京錠などの金属、ワイヤー錠等のひも状のものが、

わんさと出てきた。しかし、 体を傷つける可能性のあるこれらのもの閉鎖病棟内には一切持ち込めないそうだ。

手続きを済ませ、病院に母を預け、弟や彼女に報告をし、帰路に向かう際は、

涙も出なかったし、ざまあみろ、といった感情にもならなかった。

これでひと段落ついたんだな。という感慨はあったが、正直、いまだに母への気持ちは整理がつかないし、

私が多分死ぬまでこのもやもやした気持ちに整理はつかないのかもしれない。

ともかく、これで弟にかかる負担も減るし、母の不安もいずれは多少なりとも解消されるかもしれない。

本人がいつか病識を持つようになって、まともに話せる日がくれば、また母に対して憎しみの感情が沸くかもしれないし。

そんな日は来ないかもしれないが、ともかくこれで一区切りついた事になる。

繰り返しになるが、「こんな長い期間なんで放っておいたんだ」「お前の責任でもあるだろう」という

声もあるだろうが、自分気持ちを整理する意味でもこれまでの経緯を書いた。

自分を棚に上げてなにか説教じみた一言を添えて終わりたい気持ちを抑えてこれでこの長文は終わります

ここまで読んでくれた人がいたらありがとう

追記:少しだけ文章校正しました。多くの読んでくれた方、改めてありがとうございます

乱筆乱文、誤字脱字、事実誤認、諸々失礼。

-----

追記

たくさんのコメントいただき感謝に耐えません。

とても参考になる知見も多くいただきました。

これで終わりではないので、是非、今後に生かしたいと思います

この話は私の人生のある側面の、ある時間だけをバッサリ切り取ったもので、

別の面では幸せであり、大半の時間は、苦労はありますが、それなりに恵まれ生活を送っています

悲劇性や誘因性の強い文章になりましたが、自分自身を奮い立たせるために自己演出した部分も多分に含まれていますし、

それなりに珍しい経験をしたので「保育園落ちた日本死ね」位の話題にならないかなー、と。

助平根性で書いた面もあった事は表明しておきます

ただ事実と異なる事柄は書いていないつもりですが、母の性格を受け継いだせいか感情基準での記憶をする傾向があり

事実認識に多少の誤りがあるやもしれない事を明記しておきます

特に地元総合病院精神科医師が話してくれた、治療可能性や、相談内容、他の施設の紹介といった、

具体的な情報のくだりは、今思うと当時の余裕のない状況で色々思い違いをしていたり、

その時点で必要情報だけを記憶に留めようとした傾向があるので、もしかしたらきちんとした説明を受けていたのかもしれません。

心理面での負担や苦労をねぎらってくださるコメントも多くいただきましたが、

母の事で本当に辛いと感じていたのは母の病気発症するよりも前の方がはるかに多く、

病気が進行してからは、母の事であまり辛いと感じたことはなく、やっかい毎が面倒だ。

調べ物が面倒だ、なかなかうまい方法が見つからないで面倒だ、事務処理が面倒だ、

と、いったような仕事での面倒毎に近い感覚だったかもしれません。

もやっとした問題に対して、検索するには言葉あいまいで、答えも方法論も様々過ぎるし制度もたくさんあるしで、

的確な道順や回答を出せる所にいつまでも辿り着けず、情報迷子になった側面は多分にあります

普段Googleさんをそれなりに使いこなし問題解決の為のITリテラシーはそれなりに自信がありますが、

実は 『ケースワーカー』さんという言葉存在はかなり最近になってから人づてに知りました。

それまでは地元総合病院電話した際や行った等、もしかしたらそれに気づかず『受付の人』という認識相談をしたこともあったかもしれません。

本文には書きませんでしたが、昨年末あたりから精神科のある病院への電話問い合わせの窓口や、福祉センター精神保健福祉担当で、

ケースワーカーさんと相談したい』とわざわざ言ってから色々相談する様になって、

ここには書かなかった世帯分離の手続き等に対しての答えにも、光が見え始め徐々に事態好転してきた次第です。

ケースワーカー』さんはここ数年認知され始めたマジックワードで『当番弁護士を呼んでください』

という言葉を知っているか否か、みたいなものかもしれませんね。

もし、私と似たような境遇でどうしてよいかからない場合は、役所病院等へ電話をかけ、

まず『ケースワーカーさんと私の〇〇の問題について相談したい』と言うのが良いのかもしれません。

最後に、本文で書かなかったエピソードを一つ

地元総合病院精神科の待合室で、母と初めての診断を待つ際の事。

待合室の傍に、精神科病棟への通路があり、おそらく統合失調症の方が、看護師に連れ添われ、

意味不明な話しをしながら歩いて行くのを見て言った母の一言が最高でした。

『かわいそうにねー、頭がおかしいのねー』

今では母の相談をする際に、緊張を和らげる意味で使う鉄板ネタになっています

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