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はてなキーワード: 膝蹴りとは

2019-03-15

[]4日目  82.6kg 

朝:ヨーグルト(なるべく無糖)、りんごスムージー飲料

昼:おにぎり1個、、フルーツヨーグルト(貰った)、お茶

間食:コーヒー(難消化性デキストリン無かったので入れない)

夜:ローストビーフの残り、きのこ(略)、なすのピリ辛漬物ご飯野菜たっぷりポトフ(おからパウダー入り) 予定

昨日の体重が「体重82.3kg」のため、0.3kg増えてる。

昨日は仕事残業し、晩御飯23時になってしまたから、その影響だと思う。

昨日は硬くてお尻から血が出た……便がやわらかくなるようなものを食べたほうが良いかもしれない。

ストレスが溜まってるからか、仮想的に膝蹴り食らわす運動楽しいので、今日もやろうかな!

明日病院……頑張って行こう。

2018-07-22

あいつら戦い方をわかってねぇんだよな

ただ顔面殴ればそれでいいと思ってやがる

くだんねぇ

俺の得意技、中高一本拳は、相手のこめかみを的確につき、抉る

くらった相手十中八九三半規管ダメージをくらい平衡感覚を失う

あとは首相撲顔面膝蹴りかましまくったはい料理完了

正直このパターンで7割の不良はかれる

あと、中高一本拳のやりかた教えてやるよ

中指の第2間接を曲げると尖るだろ?

そこでこめかみをつく

まあ素人にはオススメしないよ

まずは拳を鍛えてからやれよ

2017-12-05

オタクが「にゃーん」って言ったら膝蹴りするなんてのは素人

プロは猫が「にゃーん」って言ってても膝蹴りするし、

オタクが何も言ってなくても膝蹴りするよ。

2017-09-11

anond:20170911211603

怒り狂ったモンクのとび膝蹴りで、シーフはぶっ飛んだ。

2017-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20161205084209

逆に言うと、混雑した電車で席や空間を確保したかったらヤバい人の振りをすればいい。

ヘラヘラしながら弱そうな男や女に肘打ちや膝蹴りを浴びせれば空けてくれる。

満員電車ってのは暴力が勝つ空間からね。

痴漢扱いされないように、両手は挙げとけ。

2017-06-06

[] 2002W杯インチキを忘れない伊メディア韓国蛮行ボコボコ

https://www.youtube.com/watch?v=_WknKNSxq7c

イタリアフットボールゾーンウェブから引用

試合終了のホイッスル後、浦和が喜ぶ間、韓国人達はまたしても襲撃に出た。本当の人狩り

仲裁に入ったMF阿部勇樹に対し、ベンチからサブの選手であるDFぺくドンギュがビブス姿でピッチ乱入すると80メートルをダッシュした後、阿部ジャンピングエルボーを見舞い退場となった。

>DFクォン・ハンジンは、浦和スタッフに飛び膝蹴りを食らわせ、試合終了後にもかかわらずレッドカード提示されている。済州は3人の退場者を出すなど、信じられない醜態さらしてしまった。

2017-06-05

童貞37歳

弟の結婚式に出たら親戚のオッサン大勢の前で

「うらやましいやろwwお前何十年おオマンコ見てないんやww」って笑われたので

オッサンが便所に行った後をつけて行って膝蹴り16発、顔面パンチ36発いれて便器に頭突っ込ませて流してやろうと思ったけど我慢しました。弟の結婚式なので。

2015-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20150610104616

関東ベッドタウンで生まれ育ち、高校自転車通学、大学電車通学、社会人は徒歩通勤だった自分経験を書いておく。

小学校高学年

中学校

高校

大学

   

なぜ反撃しないのかという意見をよく見るが、人の体を勝手に触っておいて反撃されたら殴り返すというクズ存在するので、その点ふまえて発言してはと思う。

      

社会人


友人、知人の体験と比較すると、これでも少ないほうではある。こいつは反撃するなというのを感じ取られているのだと思う。

少ない経験ながらも、これまで遭遇した痴漢は、服装がだらしなかったり、明らかに不潔そうだったりなおっさんが多かった。

なので、自分は、男性のうち、社会不適合者のごく一部が痴漢をはたらいているという印象が強い。

電車通学、通勤リーマンしょっちゅう痴漢されている人だと違う印象をもっているかもしれない。

以上。

2014-09-06

私のトラウマ

私は、先生によく

いじめられている子の世話を

させられる子だった

私の母は正義感の強い人で

いじめダメなことと教えられてきた

人に嫌われるのが怖かったし

大人のいいなりで

自分に自信のない子だった

周りのために何かをすることで

自分価値見出していた

はいじめられている子を

喜んでお世話します!

なんてもちろん思ってなかった

正直めんどうだった

でもなぜかやらなくてはいけないと

思っていた

小学3年の頃

いじめられていたNさんは

背がクラスで一番低くて、服もボロボロだった

いま思えばたぶん、

栄養が足りてなくて

体が小さかったんだとおもう

給食ではNさんと机をつけて食べた。

友達

「ほっとけばいーやん、なんでかまうの?嫌じゃない?」

といった。私は、、嫌だった。

Nさんと少ししか会話しなかった

Nさんは食べるのが遅かった

ある日私が先生に頼まれたことは

「帰ってからも一緒に遊んであげて」

だった

どうしてそんなことを言うのか

いまはわからないけど

そのときは、しなくちゃと思った

私はNさんの家に行くことになった

絵に描いたようなボロアパートだった

カンカン階段をのぼると

すぐドアがあって、そこを開けると

6畳ほどの部屋がひとつあるだけ。

から赤ん坊おんぶ紐で背負った

お母さんが顔を出し

「Nにお友達が来るなんて初めて!」

と言い、ビックリするくらい嬉しそうだった

私はお友達という言葉に胸がチクチクした

Nさんは誇らしげにしてみせた

部屋には仏壇があって

幼稚園制服を着た男の子写真

置いてあった

お母さんが、すぐに説明をした

「Nにはお兄ちゃんがいたんやけどね、裏にある川で溺れちゃってね、

死んじゃったの。

の子背中の子)はお兄ちゃんの

生まれ変わりなんやで」

私はお母さんがそう言ったのを

子供ながらに強く覚えている

私の顔はどんな表情をしていたのか

からない

でも、私は来たことを後悔した

お母さんの顔をまともに見られなかった

お母さんは

「何もなくてごめんね、お茶のむ?」

と言ったけど

はいいです!大丈夫です!

と断った

Nさんは私に

「Nって名前は、長生きする名前やねん」

とまた先ほど見せた

誇らしげな顔をした

私は名前長生きの意味があるとか

不思議に思った

子供だったから。

名前かわいいかかっこいいしか

ないとおもってた。

でもNさんにとって

長生きはとても大切なことだった

私はNさんが苦手だった

Nさんは私にだけすごく強気だったか

それだけ。

そして、

「仲良くしてあげてるなんて思わんといてや。こっちが遊んであげてるねんで」

と小さい体で言った。

先生に言われて

ここへきたことを

知っていたのだとおもう

その後、クラスの子達の家まで

Nさんが家で作った

(お母さんがかなり協力してたし、お母さんもいじめのことを知っていた)

さなお菓子

配りにまわった

その日はバレンタインだった

Nさんは一生懸命

好かれようとしていた

私の分は無かった。なぜかというと

主に Nさんをいじめている人に

配るものだったか

ある日、Nさんは壮絶ないじめを受けた

教室の角に追い詰められて

腹を膝蹴りされていたのを

私は震えながら見ることしか出来なかった

私の学校は荒れていた

やったのは女だったけど

家庭環境が悪い子だったとおもう

先生の前では優等生だった

その日からNさんが学校に来なくなった

どうしてNさんをいじめるのか

という学級会が開かれた

先生

Nさんをいじめたことのある人は

起立しなさいといった

するとクラスほとんどが立った

そして、一人一人何をしたかを言っていくのだ

ある男の子

「ぼくは、Nさんの髪の毛がボサボサだったので

ちゃんとクシでといているのかと言いました」

といって少し泣いた

それに先生が答える

Nさんはくせ毛なのよ、反省しなさい

私が立とうとすると、周りの子達が

あんたは立つな、と言って私を座らせた。

私はNさんが苦手だった

一緒に遊びたくなかった

でもNさんのお母さんは

とても優しい人だった

私は偽善者を地でいく人間

Nさんのいないところで、

陰口に対しても、そうだねーとか

わかるー!とか言ってたし

から立たなきゃと思った

Nさんの陰口を言いましたって

答えなきゃいけなかった

でも、私は立たなかった

そんな自分が最低だってわかってた

なぜ私は座ったままだったのか

いまでもよくわからないけど

いまでもそれが自分を苦しめる

みんなそれを望んでいたようだった

私を苦しめたかったのかな?

お前はいものように

いい子ぶってろよって

みんな、自分の罪悪感をそこで

発散させて、ラクになったみたいに

みえた、ある意味先生のやり方は

みんなを救ったのかもしれない

Nさん以外を。

息ができなくなるくらい

とても苦しい時間だったのを

覚えている

それからNさんは

血尿を出したらしく、そして

転校していった

私はなんてことになったんだという気持ちと

Nさんのあの優しそうなお母さんの

悲しんでいる顔が浮かんだ

でも心底ホッとした

正直な気持ちはそうだった

もう、終わったんだって

思いたかった

はやく忘れたかった

はいま31歳

その後、自分の姉も中学いじめ不登校になり

いまも社会と切り離された生活

しており苦しんでいる現実と、

家族の苦しみもわかる

両親も年老いていく中で、

姉への心配が日に日に増す毎日

この出来事を思い返した

Nさんがいまどうしているか

からない

知るのは怖い

一度だけ実家電話があった

怖くてでられなかった

母いわく声は元気そうだったらしいが

からない

何が言いたいのかわからないけど

職場で、いじめのような状況になったら

イジメはかっこわるいよと諭すようにしている

それだけ、している

 
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