はてなキーワード: 会話内容とは
気になってる人が、ストレートのトランス願望がある人だった。要は、恋愛対象は異性だけど、女装も好きで、女の子みたいになりたい。
最初は普通に話していたが、ある時スイッチが入ったらしく、だんだん幼稚園児のような声を出して甘えたような我儘風に話しかけてくるようになった。
会話内容も駄々っ子のようになって、小さなお姫様扱いや貢物を求められるようになった。
私はスパダリを求められる男性ってこんな気持ちなんだろうな、と思いながら保育士のように対応したが(別に赤ちゃんごっこはしていない。ただ4〜5歳くらいの幼女にするのと同じ対応をした)、そのようにしながらこの人と付き合うのは絶対にないなとすっかり冷静になった自分もいた。
彼をLGBTQsに含めて良いのかわからないし、これが性的マイノリティの話なのかもわからないのだが、自分はLGBTQsに対しては比較的好意的だと思うし、むしろ自分がなんでもいけるPセクシャルだと思っていた。実際に女性とも交際経験がある。
でも、実際にこうして目の当たりにすると、自分はどう考えても筋骨隆々で白シャツジーンズみたいな人の男性の方が圧倒的に好きだと気付いてしまった。
可哀想だけど、大きな体で幼い女の子のように振る舞うその人に、「彼氏になりたい」「他の人でなく自分を選んで欲しい」と言われたけれども、とてもじゃないが男性としては見れなかった。
人生を預ける半身にもしたいとは思えなかった。
彼にとっての可愛いものは、幼い女の子のイメージだったんだろう。だから、一生懸命可愛さのアピールを私にしていたんだと思う。
うちの職場は、結構規律に厳しい職場だったんだが俺が入ってからゆるくなってしまったらしい。
俺が入ったからなんだってんだって感じだが…なぜか俺がいると笑い話が絶えない。
普通の話題に普通のツッコミしているだけなのだが、それが妙にツボに嵌ると言われてしまう。
元々トークに関しては、接客やっていたりと色々会話必須の職場でやってきたのでそこそこのスキルはあるとは思うが、
まあ個人的に楽しくない職場にいるよりかは、仕事中でも楽しいと思える職場を目指していたので良いと言えば良いのだけども
そこまで面白い話してねーよ!っていう時も笑ってくれる職場の人たちが逆に面白い。
笑いの沸点が低いんだろうなーって思っていた時期もあったが、他の人と会話しているのを見ると素の顔で笑うどころか真剣すぎて怖いくらいの表情で、
どうしてそんなに違うんだよ!とツッコミを入れたくなるくらいに温度差が違ったりと、この人達に恐怖を感じてしまうことがある。
彼らは、一体何を笑いのキッカケにしているのだろうかと。
そんな疑問も感じたりすることもあるが、基本的に楽しい職場なので会社の待遇が糞みたいな収入以外は満足している。
やっぱりね、コミュニケーションが楽しくないとやりがい感じないんだよなあと。
お客さんと会話するときも笑っておしまいにしたいし、オフィス内もまた同じである。
今まで様々な職場で働いてきたけど、会話が楽しめない職場はどこかしら陰鬱でそこにいる人も精神が病んでいるっぽい人が多かった。
そういうんじゃ仕事って続けるの辛いと思うんだよね。
しかも、陰鬱な状態になっちゃうと立ち直る気がなくなってるから周りの会話を見るだけでも疎外感を感じたり、
変に歪んで相手の会話内容を解釈しちゃって嫉み妬みを感じるようになっちゃうからね、
そうなると直んないまま、昨今では当たり前のように存在している『鬱病』に切り替わったり、何を言われても『ハラスメント』と被害妄想をしてしまう。
そうならないようにしないといけないからね、トークって大事なんだよなっと。
どっちかっていうと俺はマニアっぽい知識が多くて、浅く広く色々な雑学を持っているみたいな人っていうのもあって
トークにするネタは老若男女に通ずるものが出来るから楽しめるんだけど、だからといってメンタルが強いわけじゃないから病みそうになることもある。
だけどやっぱトークしてると、そういうの忘れられるんだよね。
コミュニケーションって偉大なわけだよ。ネガティブトークも自虐ネタでもっていって笑い話に出来るし。
元々芸人みたいな素質があったのかもしれないけど。どうなんだろうね。
自分語り全開なんだけども、プライベートであんま笑わない人なので職場くらいは笑いのある楽しい職場にしたいって感じで勤務してるけど
空調の調子が悪くなったので買い替えたが、電源が入らないという初期不良を掴んでしまい交換になった。
そこまでは良かったが、その後が悪い。
突然やってきて、速攻言い放ってきたのが「使い方が悪いんじゃないですか?」と言う。
使い方も何も設置してから初めて使おうと思ったら電源が入らなかったので交換になったのだ。
なんとなく怪しかったのでスマホのボイスレコーダーをオンにしておいた。
あんまりにも対応がおかしいので「メーカーから何も聞いてないの?」と確認すると「交換してきて」としか言われてないという。
何じゃそりゃ・・・と思ったが、さっさと交換していなくなってくれた方が良いと終わるのを待っていたら
なぜかカバーを取り始める。
交換なのになんで?と疑問。さすがにおかしいので聞いてみると、直るかもしれないからなどと言う。
「いや、交換の約束なので交換して下さい」と伝えると「直せるかもしれないって言ってんでしょ!」と逆ギレ。
もう我慢ならなかったのでサポートに電話して事情を話して電話を代わってもらうと
途端にへこへこしだす。
サポートにあれこれ言い訳を5分くらいされて、ようやく交換作業開始。
不貞腐れた態度で荒っぽく取り付けされたので、丁寧にお願いしますと伝えるが言う事を聞かない。
挙句に「メーカーに連絡する必要ないんじゃないですかねぇ!!」とまた逆ギレ。
取り付けが終わって、帰る際に「今日の作業の会話内容保存してあるのでメーカーに送っておきます」と伝えて終了。
報復されそうだけど、悪業者は淘汰されるべきだと思うしやらないと改善できないと思ってるから、これは正解だと思ってる。
態度は悪いし、取り扱いは乱暴だし、指示されたことはできないし。
メーカーから言われた事をやって帰るだけで金になるんだから、言われた事をやればいいんだよって思う。
ほんとムカつく電気屋だった。
でも、世論が『温暖化が進んでいます』となる方向に動かす力はある。
あとから責められても、『私は、温暖化が進んでいますと言ったことはありません』と言うことができる。
皆さんもワクチン接種をお考え下さい。
でも、世論が『ワクチン打ってもいいんだ』となる方向に動かす力はある。
あとから責められても、『私はワクチンを勧めたことはありません』と言うことができる。
→→ 症状、回復者、については触れない、とは言わない。
あとから責められても、『私は、感染者数についての事実を伝えただけです』と言うことができる。
小山田圭吾さんの過去いじめ問題がネットで話題になるのは3回目ぐらいのイメージなんだけど、
『ずっと起き続けるのかな、、、』
→→ 言質を取られないように 曖昧に使う。意見は明確には言わない。
『それにしても 反対派もしつこいよね、いつまで反対しているんだろう。(笑) 』と馬鹿にする印象を与えることはできる。
あとから責められても、『私は ずっと起き続けるのかな?と疑問を言っただけですよ。小山田圭吾さんをいつ庇いましたか?』と言うことができる。
動画内で出てきた「ピュータン(意味は娼婦)」というフランス語は、英語で言う「F〇〇K」に近いもので、強調のためによく使われるという。→→ 意見は明確には言わない。
持っていきたい方向が『彼らの発言は差別発言ではない』であることは明らか。
あとから責められても、『私は単語について話しているのであって、彼らの会話内容が 差別でない とは一言も言っていませんよ。』と言うことができる。
私が何の悪気も無く嘘をつくのは、事実が会話文を強く制約するからだ。
つまり、事実というもののふところの狭さが原因なのだ。私が悪いんじゃない。
そういう場合、自分がよく知りもしないのに、事実関係を延々と話さなくてはいけないことがある。
○○って●●だから■■じゃん。でも、▲▲は□□だし、結局○○は△△なんだよ…みたいな。
そんな時、自分としては、細い管の中を壁にガンガンぶつかりながら、なかなか前に進まないような気持ちになる。
結局、○○は△△だとだけ言いたいのに、その長々とした理路に、何を話してるのかだんだんわからなくなってくる。
だから、その理路を自分が話しやすい形に置き換えることがある。
○○は☆☆だから△△だよ、と事実でないこと(☆☆)を経由して、話を短くまとめたりする。
私のつく嘘はそういうものなのだ。理路の置換え時に、事実じゃないこと=嘘の場合があるというだけ。
つまり、会話に嘘が混じるのは、会話の都合上たまたまなのだ。別に、誰かを騙そうという目的じゃ決してない。
それはいわば、小説が語りやすい物語を形成して、その虚構的理路によって話を進めるのと同じようなものだ。
虚構なら、会話の自由度が許されるのだ。自分の語りたいルートで話すことが許されるのだ。
正しくしゃべるのが面倒で、端折るついでにシナリオを一部作り替えてしゃべってしまうというのが、たまたま「嘘」になっているだけなのだ。
自分が話しやすいと思う理路は、事実の成り立つ理路とは全く別の形態で存在している。
話が上手でない自分には、前者の通り話せないことに強い窮屈さを感じるわけだ。
それは目の前にゴールがあるのに、間に深い谷が横たわっていて遠回りを強いられるような感じなのだ。もどかしい。
しかし、虚構なら空も飛べるので、その谷も飛び越えられる。そして、話は短くなって相手にもスマートに映る。
そして嘘であれば、そもそも間違いなんてものが存在しないのだ。何でも自由にしゃべれる。
だから私はホラ話をたびたびしてしまう。例えば、今回の話のように。
繰り返すが、私の嘘は他人を騙すためじゃなく、自分の話したいように話すためだ。
他人への危害じゃなく、自分の会話の自由度を確保するために嘘をつくだけなのだ。
だから、私の嘘には罪はなく、当然のように罪悪感も感じないというわけだ。
そうそう、それに会話内容が嘘であれば、他人にその内容を否定されても傷つかないという特典も付く。
菅首相の息子、東北新社社員の菅正剛氏が総務省幹部官僚を高額接待したとして国会で集中論議されている。追及する野党議員はかつての大蔵省官僚接待汚職事(いわゆるノーパンしゃぶしゃぶ)件以来だと糾弾する。週間文春記事には秋本芳徳・情報流通行政局長が菅正剛とみられる男性から賄賂を受け取り頭を下げられ見送られている姿の写真が掲載され、あろうことか録音された会話内容が公開された。これにより、秋本局長は虚偽答弁の疑いが強まりNHKにおいても全国ニュースで再三これが取り上げられている。また内閣広報官の山田真貴子氏も高額接待がなされた。山田真貴子氏といえば、NHKのニュース番組にて菅首相に日本学術会議の任命拒否問題について明確な説明を求めた件について、電話にて圧力をかけた疑いが報道されている。
私はある基礎科学分野に従事するいわゆる任期付き研究者である。基礎的な学問は社会にとって役に立たないとされ、安倍・菅政権下では徹底的に蔑ろにされてきた。大学では裁量にゆとりのある国交金を急速に減額させられており、競争力のない大学は弱体化の一途をたどり、就職支援学校となり下がった。大学の経営に竹中平蔵のような政権与党のお友達も浸み入ってきた。菅首相は国会にて大学研究者による"国会"ともよべる日本学術会議を既得権益と糾弾した。このように書くと、アンチ自民のように思われるが、私は世代的にはちょうど民主党政権下で行われた事業仕分けによって、危うく大幅予算削減にあいかけた日本学術振興会にて特別研究員として従事していたこともあり、その流れをくむ立憲民主や国民民主は支持できない。維新・ファーストは論外。いわゆる任期付き研究者の救済指針を明確にし、また露頭に迷う高学歴ワーキングプアを大量輩出した大学院重点化を失策として反省する旨を述べている日本共産党を支持する。党員ではない。国会中継はいつも見ている。支持政党を宣言できるのは現実・インターネット含めておそらくはてなアノニマスダイアリーだけであり、感謝申し上げたい。
以下は個人的な分析に基づくものである。ほぼ無根拠に等しく随筆に過ぎない点を詫びたい。また全くまとめるつもりもなくとりとめもなく書いている。
安倍・菅を支持せざるを得ない人とはどのような人たちか。(1) 政府系予算にてほぼ直接首をつながれ自民党を支持せざるを得ない人々、(2) アベノミクスによって益を得た大企業・あるいは傘下企業に就職した人々・あるいはその親族・配偶者、(3) カルト的に安倍・菅なるものを狂信する信者、である。
(1) には学校や役所など税金によって経営されている機関に勤める非正規雇用職員が多数含まれる。たとえば学校であれば常勤・非常勤講師、役所であれば派遣委託金も税金から。そして私のような大学に勤める任期付き教員、ここでは他にも触れられない多数の人たちもいる。
(2) 大学はもはや多数学生にとっては就職予備校に過ぎず、3年生になればインターンに参加するのはもはや常識と化している。学生が卒論や修論にかける時間など研究室に配属された全体の時間からすればほんの一部に過ぎない。実験やフィールドワークが重要な分野にとっては学生の研究活動・成果は重要な資源であり、全く無視することなどできない。リーマンショックにて極端に就職率が下がった時代に大学院に一時避難しその後企業の状況が良好となり一般就職した優秀な学生も多くいた。彼らが研究室・分野に残したレガシーは未だ活用されているし、彼らの中には今戻ってきても通用するであろう人もいまだ多数いると思っている。あれ以降、そのような時代は訪れていない。もしかしたら、新型コロナで不況になってしまった今、再び大学院は一時避難先となるかもしれないが。
アカデミックに身を置く私から見れば、安倍・菅はどうやら学問というか大学に対してコンプレックスというか憎しみに近いような感情を抱いている点はもはや間違いないだろうということが推察される(安倍氏はかつての家庭教師や大学時代の恩師からもダメ出しされている。)。非常に優秀な人たちが何だかよくわからないこと(基礎的な学問)にエネルギーを費やすことが無駄にしか見えないのかもしれない。こうした感情は多くの国民がシンパシーを感じているという点は見逃せない。日本学術会議の任命拒否問題はこれまで国会が定めてきた法の解釈に反するという一点が本質であるにも関わらず、問題は菅によってすり替えられた。つまり、学術会議の在り方に問題があると指摘し(既得権益だそうだ)、これになんと国民の半数以上がそうだと思っているとの世論調査が出た。(問題のすり替えという点が実にアンチアカデミックらしい思考だという皮肉も込めたい。)(ところで、全く非論理的あるいは違法ともいえる手段は安倍・菅政権で何度も取られてきた。安倍氏が自身の公職選挙法・政治資金規正法違反による逮捕を恐れ、当時の鑑定の守護神でもあった東京地検検事長黒川氏を違法に定年延長させようとしたのもそうだ。)
国民には学問が何か役に立つものだとは信じている人はそれほど多くないのが実情である。そんな20年も30年も時間をかけなければ芽が出るかもわからないことに税金を費やすくらいなら苦しい自分たちを救ってほしいのである。これが実情。だからアベノミクスのおかげで就職できたお子さんを持つ親御さんや祖父母さんは安倍を支持せざるを得ないだろう。個人的には東日本大震災のような日本に深刻なダメージを与えた地震や津波といったことを研究しているような地質学・地震学・あるいは地球流体といった分野や、ここ毎年のように繰り返される豪雨や台風による被害を予見するための気象学といった分野に、ごく少数の研究者しかかかわっておらず、むしろ次から次へと研究室が畳まれている深刻な事態に誰も何も言わない(言えない)ということに、絶望以外の感情が持てないというのが率直なところである。あるNHK特番で東北を襲った過去の津波から教訓を得ようとする名誉教授の先生が自らフィールドワークで沿岸を歩いて地層を見ていると聞いたときは膝から崩れるような思いになった。(当然だが津波や地震の研究者がいないわけではないと思っている。)これらの分野は地学の1分野とされ、役に立たない理学の一分野とされている。国民の大多数がこんな見方だろう。これ程に基礎学問を蔑ろにする政権がイノベーションだの科学技術立国などのたまうのだから滑稽極まりない(ちなみに私はもっと無駄であろう分野の研究者である)。いずれにせよ、大学院博士課程で教育を受け学位をディフェンド(審査だから自分の主張を守るのだそうだ)することが一流企業に就職する最低ラインと正しく認識されているアメリカ合衆国・ヨーロッパ・中国や台湾には追いつくことは二度とないだろう。一生彼らが最先端で開発するスマートフォンなどの端末やウェブ技術を使い続ければよいと思う。自動車だけが最後の砦になるのだろう。それもいつ世界の最先端から取りこぼされるのか。
トランプ政権の4年で良心を失ったことを顧み、バイデンを選んだアメリカが心底羨ましい。強いネガティブを避けるためにバイデンが選ばれた、という向きも否定できないが。やはり自分たちでリベラル(自由と平等)を勝ち取るという気概は失われていないと感じた。そしてアメリカのリベラルには非常に豊富な経験がある。この点が日本とは大きく異なる。日本が自民党を拒むときは、いつも不況だった。バブル崩壊後・リーマンショック。そして新型コロナでも非常に怪しいわけだが。このような積極的でない背景による政権交代しかなく、自分でドライブする準備が出来ていない野党が突然与党になってもなかなかしんどいのである。民主党政権はうまくいったとは言えない。国民も自分たちでリベラル的なものを獲得してやろう、という気概は持てないのである。何より、経済的・精神的にゆとりが持てず、いつ派遣先から切られるかもしれない恐怖と不安、巨大な大企業に庇護されているという虚栄ともいえる安心感が強く、社会全体を根幹から支えようとか社会的弱者や虐げられてきた人たちに目を向けようとか、つまり社会福祉や学問・教育に社会として注力して、たとえ遠回りであっても国全体の再生を目指そう、という気にはなれないのである。自分には介護対象の親や祖父母がいるから、とか女性であるとか、小さな子どもがいるとか、それらと家庭の経済状況を計りにかけている人もいなくはないだろうが。なにせ、かくゆう私も任期付きでいつ首を切られるかわからない立場である。そんな者が来年度予算の財源を握る政権与党を支持しないで大丈夫なのか、と思われそうだが、全くの事実。実は私も政権与党に首根っこをつかまれている人間の一人に過ぎない。だが、ここは増田。私がどこの誰かなど特定することもできない。だから、これから数十年先の日本が絶望的状況でしかないと言っているのだ。目を覚ませ、国民よ。