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はてなキーワード: 喜怒哀楽とは

2022-06-03

ティーダのチ○ポ気持ち良すぎだろ!!

ごめん。正直少し笑った

でも仕方無くない?喜怒哀楽ってほぼ自動だし、、

え?面白がるのを開け広げにすんなって?

そりゃ現実では言わないよ。いい大人だし。下品だし

でもメンタルヘルス的には普段言えないこと吐き出すことも匿名ネット空間の利点じゃん?

実名では増田ブコメもできないじゃん?

2022-05-31

無能な上に性格が悪いので

職場の全員に嫌われてるけど相手に嫌な顔やぞんざいな扱いされる度に一周回って楽しくなってきて脳内フィーバー始まる

嫌われムーブされてる時の自分感情喜怒哀楽全部詰まってる

2022-05-30

婚活における記号化されたプロフィールが虚しい

「先週はMBA帰りのメーカー(大手)勤務。給料ははこの前会った国家公務員より良かったけど、お会計一部払わされたか絶対なし。」

「昨日は東大卒銀行員給料も顔もまあまあ。自分の首を触りながら話す癖が目障り。」

「来週はMARCH卒だけど外コン勤務の年収◎だから、そっちに期待してます!」

後輩の婚活近況を聞くたびに、少し苦しくなる。中堅女子大卒の私たちMARCHに入るだけの勉強もしなかった(出来なかった)し、東大MBAがどのくらい難しいものなのか向き合ったことすらない。けれど、婚活アプリならそういう方たちと簡単に接点を持つことができる。

今の職場も流れで受けたとこだし、人様の年収職業について何か言えるような立場ではない。

けれど、婚活アプリなら有名企業の人とも、年収が高い人とも簡単に接点を持つことができる。

だんだん見慣れてしまうからなのか、その人が人生の要所要所で努力してきた結果や信念みたいなものには目もくれない。自分価値評価するための記号として利用しているような場面すらある。

性別が逆でもそうなるのかな。

その場合はなんだろう。顔とスタイルとかなのかな。

3,4枚の藁半紙に、最近感じた喜怒哀楽の場面を書いてお互い読み合う。そんな感じの婚活がしたいです。

2022-05-03

楽しそうに生きられる人がうらやましい

子供のころから毒親に育てられていじめも受けてきた俺から見える世界というのはやはり壁の向こうの世界であり、人々が日常謳歌する世界は俺の世界とは違うなと思うことがある。

俺の生きづらさというのは俺の心に構築された回路がそうさせているのはわかっている。

たとえば普通の人なら怒るところで俺の心は停止するようになっている。だが、怒るというのは心における一種の防御機構、うーん言い方がわからないが、その感情を出さないということは心に多大なストレスをかける。

本当は怒っているのに怒っていないふりをする漫画なんかでギシギシという効果音、表情に乗った隠し切れない怒り、という感じの表現を見ることがあるが、あれがそれを如実に表している。

しかし俺くらいのレベルになると本当に問題ない顔を自動的にしているらしい。だが、目までは操作できない(脳に直結しているからだろうか)らしく「目だけは怒っていた」といわれることがある。

その結果目がどんどんと細くなっていく、できれば漫画の(ー_ー)みたいな顔になりたいと思うようになるが、それは自分感情を読み取られることに対するすさまじいレベル忌避感があるからだろう。

ではなんで感情を読まれることが嫌なのか、それは、俺の両親にとっては「感情批判対象」だからだ。

簡単喜怒哀楽というところで話してみよう。

喜べば、調子に乗んるなといわれて伸びてもいない鼻をおられる。嫌がらせを受けたり、手に入れたものを取り上げられたりする。俺は喜んではいけないらしい

怒ればそれ以上の暴力が肉体的・精神的に加えられる。俺は怒ってはいけないらしい

悲しめばそんなのはお前の問題だ、何なら怒れ、ぶんなぐれ、と矛盾したことを言われる。俺は感情整合性が有ってはいけないらしいし悲しいなんて言う感情は持ってはいけないらしい

楽しんでいると老いお前楽しそうだなよこせよと取り上げられる。俺が楽しむものは取り上げられるらしい。

こうやって行くうちに、あぁ感情を出しちゃいけないんだな、となっていく。

両親のことを少しだけ言うならば、俺をねじ部せるためならば矛盾していようが嘘だろうが平気で使うし、何なら殺してもいいとすら思っている。何度も言われたことがあるし、訂正もしていないから俺はそう信じている。

これは小学校に入るころには大体完成している。

小学校に入ると周囲はさら残酷になる。

感情を出さな相手にはどこまでも来るのが子供だ。

あいつにならやっても平気」という認識を持たれた時点で地獄が始まる。

それでも嫌で仕方なくなるが親はすでに紹介したので解決などしない。

「お前が悪い、お前が解決しろ」としか言われないが、感情を出す回路などというのはすでにほぼ死んでいるので、急に動き出して深刻な暴力事件を起こすか、そのまま死んでいくかのどちらかだ。

そして後者になり学校にも行けなくなった。

学校に行けないー>家から出られないー>部屋から出られないー>布団から出られない

こうなるのは本当に早かったと思う。

この時両親が私にやったことは「思春期から仕方ない」で放置だった。

更に表情は死に、ブクブクに太り、奇妙な価値観を醸成していく。幸いに犯罪を犯すような価値観ではなかったが危なかったと思う。

なぜここまで言えるかというと、生きづらいからだ。

俺の感情が死に、布団から出られなくなった十数年間という時間はもう戻らない。おそらくこの間に人々は楽しく生きる術なるものを見つけたのかもしれない。

布団から出られるようになったころは社会人になる少し手前だった。社会人になってからも何度も布団から出られなくなっている。

社会人になれば人々は「それなりに完成された人間」や「学び変わる素養を得た人間」を前提にしてみな生き始める。当然だめな人も中にはいるが、金がないなら生きていけない。とにかく働くしかない。

だが培われなかった社会性は足かせとして今も俺の足に食い込んでいる。

あぁもうだめなんだな俺の人生は、と思うようになった。

病院に行くか?行って何を言われる?そもそも誰も信用できないように作り上げられた俺の人格は、病院に行けば周囲の人々は「あ、こいつダメな奴か」と俺を見捨てると思っている。

何言ってるかわからんだろうな、俺も俺の心がパニックになっていることだけはわかる。

2022-04-13

さよなら絵梨の論点を整理したい

追記:整理と言いながら大分とっちらかってしまったので要約。

・少なくとも、スマホ主観視点になっていないシーンは編集済み=虚構。ほかのシーンについては解釈余地あり

・どこが虚構でどこが現実かについては作者にとって重要ではない。重要なのは読者が気持ちよく思い出を残すこと。

・爆発オチや、思いつきそうな感想を先回りして潰して大量に予防線を張ることで、まじめに言及したら負けのような状態を作っている。多少の言い訳なら鼻につくところだが、やりすぎることによって逆に面白くなっている。

■本作は五重構造になっている

母親最期を看取る主人公

②を映画にして上映したが、盛大に失敗。謎の女と共にリベンジ映画作る主人公

③の出来事を振り返る中年主人公

④に爆破オチを追加した主人公

⑤という映画体裁にしたマンガ

あとは無数の映画オマージュそれから作者の過去作や実体験も重なってくる。

■どこまでが虚構でどこから現実か?

身もふたもないことを言ってしまえばすべて虚構。なぜなら最後の爆破オチ現実ではありえないから。また、マンガなんだから全部虚構だろともいえる。ただ、それだと何も言っていないのと同じなので、作中世界で起こった事実を基に編集によって脚色されている、と捉える。じゃあどこが事実でどこが脚色なのか?これは作中でわかりやす表現されている、主観/俯瞰視点と、手ブレ表現を手掛かりにする。この二つを抑えておけば切り分けできる。

■①

最初主観視点スマホ撮影している。全体を通してだが、移動シーンやシーンの切り替えの際は、いちいち手ブレ表現を入れている。このへんはいわゆるドキュメンタリー映画王道表現なだがマンガでこれをやって読者に伝わるのか?

18P、主観視点になっていない=スマホで撮っていないので編集シーン。ここテストに出ます

P19、雑な爆発シーンは後付けであることが容易にわかるのだが、P18の構図には映像を取っているはずの主人公が映っている→誰が撮影している?→後撮り。さらに、P123において優太は車から出ていないことが示されており、そうするとP16からすでに父親が演技していることまで疑えてしまう。

■②

P21の俯瞰視点、これは何をどうやっても後撮りでないと撮影できない。P23も怪しい。P27はスマホ隠し撮りしているとすれば後撮りでなくても可能。そして最初作品批評がここ。読者の思ったことをわざわざ言語化してくれているのが、逆にこの作品の非常に批評しづらいところ(どういう感想をつぶやこうとしても、作品内で先取りされてしまう)、そのまま引用

★"母親の死を冒とく"”あん映像流して母親申し訳ないと思わないのか”そして極めつけの"ラストなんで爆発させた?"

続いて自殺シーン。P32のメメントモリ、は死を思え、という慣用句だが映画文脈では映画メメントを思い出させる。いっそメメントみたいに時系列シャッフルすればよかったのに、と思うところだが、実は時系列編集によって巧みにシャッフルされているという捉え方もできる。実際にリアルタイムスマホで撮った映像と、後撮りした映像シームレスに混ざっているが、普通にマンガを読んだだけでは気づかないようになっている。もちろん全部後撮りの可能性もあるが、それだと考察のしようがないので手ブレしてるところは本物と考える。

P39、作中で言及されている通り本来眼鏡かけてて矯正もしているので、A.めちゃくちゃ頑張って撮りためた映像ソフト編集した、B.わざわざ撮影のために演技して撮り直した、C.完全なる創作かの三択となる。中学生技術力を考えるとBかC。

P45、プロジェクターの真ん前にカメラを置いているから、完全に後撮り。ちなみにここで映っているのは映画ファイトクラブファイトクラブは、本作のどこまでが現実空想かわからないというネタ元の一つになっている。話がそれるが、ファイトクラブといえば選挙演説で有名な外山恒一批評が異様に完成度が高く、未視聴でも必読。ほかにメタ構造ネタでヒットしたカメラを止めるな!も思い浮かぶ。あとニューシネマパラダイスとか、そもそも本作のタイトルとページ数の元ネタであるぼくのエリ 200歳の少女など、挙げればきりがないと思うし俺なんかより作者の方が100倍くらい映画をみてそうなんでネタ元を挙げ切るのは不可能だが、個人的にはこのへんの映画を思い出した。

★P52、作品批評"どこまでが事実でどこまでが創作かわからない"。

P63、二人はしばらくずっと映画見ているが、ここもプロジェクター視点になってる。ちなみに、このひたすら映画を見て感想言う特訓だが、これは作者自身過去編集と似たようなやりとりしてたことを過去インタビューで語っていた。

★P79にて、これも一応作品批評になるのか、一見意味不明な爆発シーンを入れた動機主人公の口から言語化されている。

★P82で、作品テーマである"ファンタジーひとつまみ"=吸血鬼と爆発要素。

P84で、①のネタばらし。実は母親の嫌なところは編集でバッサリカットされていることが判明し、作中描写編集ウソが混ざっていることが明示される。

★P86にて自己分析という体で、①を批評している。"主人公の抱えている問題は…多分…映画バカにされた事じゃなくて…母親の死を撮らなかったこと"そして、吸血鬼死ぬシーンの説明

P87で絵梨が意味深沈黙しているシーン、ここで彼女の死期が近いことが偶然にも主人公提案したプロットと被ってしまい、その動揺を表すために意図的に同じコマが挿入されている。動揺しているからこそ表情が動かないというのは逆説的だが、P85の喜怒哀楽表現との対比により、余計に目立つ。P85~86過去回想シーンのため、編集

P90~P93もそう。意図的沈黙を配置することで画面に緊張感を作っている。さっきの彼女沈黙と比べるとわかりやすい。こういう間を作る表現は、週刊連載のページ数に囚われないからこそやりやす表現で、電子掲載特性が生かされていて良い。

★P93~の父親の名演技。これも作品批評になっている。"自分面白いと思って作った作品馬鹿にされオモチャにされたらまともじゃいられないんだ"。

前のルックバックに対する批判を思い出す。ちなみに作者の自伝的要素としては思い当たるふしがもうひとつあって、チェーンソーマンの前作ファイアパンチでも作中のある印象的なコマが切り取られて海外(主に4chanの/a/)でネットミームというおもちゃになっている。"kino meme"で検索したらたくさん出てくる。

P97、この父親の怒りすらも演技という体。父親作品批評をそのまま言わせてしまうのとわかりやすすぎだが、あえてそれを"演技ですよ、本当はそんなこと思っていませんよ"と自虐的ネタにしてアピールすることで、ネタマジレスを防ぐと同時に、この作品テーマの一つである虚構現実の境目がわからない状態を作り出していて一石二鳥となっている。

★P99、ここで批評をもう一発かましてくる。"創作って受け手が抱えている問題に踏み込んで笑わせたり泣かせたりするモンでしょ?作り手も傷つかないとフェアじゃないよね"

ここは非常に巧妙で、さっきの作品批評がわざとらしい感じだが対比してこっちは本音を語っているように見える。傷つきはするけどしょうがないよね、そしてなにより、創作ってのは受け手も傷ついてなんぼのもんだろ、という主張を相当オブラートに包んで発言している。

P100、"今のセリフいいでしょ?"とこの本音を語っているように見せた発言すらメタってしまう。これすら本音ではないと言っており、さすがに照れ隠しじゃねーのと思うが予防線になっている。

P108。最初出会い病院なわけで、何らかの病気であることは元々暗示されていたが、ここで絵梨が倒れこみ、病気存在が劇的な形で示される。手ブレにより躍動感が表現されていて気持ちがよいがこれ伝わるのか?(2度目)。

P109、病院では一切手ブレがなく動と静の対比。P117、①のような素人臭い動きの画面が続き、主人公の動揺する心理が表れている。この漫画ほぼモノローグがない代わりに、マンガなのにもかかわらずこういうカメラワークでの映画表現をうまく使って心情を表現していて、作者はやはり天才か?となる。

P122、お母さんの性格の悪さが開示され、①はかなり編集が入っていたと判明する。ただし、嘘だったとしても、思い出を美化するのはいいことだと主張している。

★P130、作品批評。"優太はどんな風に思い出すか、自分で決める力があるんだよ それって実は凄い事なんだ みんながどういう風に絵梨ちゃんを思い出すのか 絵梨ちゃんは優太に決めてほしかったんじゃないかな……"

ここは今までと違って、一切茶化していない。編集により現実が捻じ曲げられる恐ろしさというネガティブな側面を前もって提示しておきながら、でも思い出を美化するのもいいよね、と肯定する流れ。否定的にしたいなら順序を逆にすればいいだけなので、これは割と「作者がほんとうに伝えたかった事」としてとらえていいんじゃないかな?と思う。

P131、編集シーンが入ることで、②もまた生の現実ではなく、美化された思い出、編集された虚構ということが暗示される。

P133廃墟主観視点でないので、後撮り。

■③

P151にて場面転換。

P155、本来の絵梨は矯正している、眼鏡をかけていることが明らかになり、②のネタばらし。P130~132に対するわかりやすい答え合わせになっている。

P164、ここから主人公モノローグ。終盤の展開がモノローグではしょられるの、低予算あるあるで笑える。本筋じゃないし時間内の200Pに収まらいかカットされたのかもしれない。そうなると、ディレクターズカット版の単行本では未公開映像流れるのかな?

P167、低予算映画あるあるの、父親役と本人役が一人二役なんじゃないのかという考察を見たが、見た目違うとはいえ割とありそう。

■④

P177、ここにきて見開きばーん。P151以来のタメがあるのでとても気持ちが良い。①~④の間の場面転換すべてに共通して、見開きが挿入されたタイミングで、作中作現実メタ構造が切り替わる仕組みになっている。そして、さんざん言ったように主観視点になっていないので、これはすべて後撮り。よって吸血鬼実在しない。Q.E.D. あとこれ面白いのが、絵梨がメガネしてないし矯正もしてないところ。この吸血鬼映画の美化された絵梨を真似しているため、見た目も現実ではなく映画準拠になっている。

★P180、"そうかっ 夢か…… それか僕のイカれた幻覚で…"とわざわざ口に出して言う。

映画タイトルだけ羅列してもわかりにくいので、夢か現実かわからない状況を読者向けに解説する。あとシックスセンス定番ネタバレなんでしょうがないけど笑うわこんなん。

★P181、作品批評。"恋人が死んで終わる映画って在り来りだから後半に飛躍がほしいかな… ファンタジーひとつまみ足りないんじゃない?"

恋人が死んで終わる映画って在り来りだよねーという批判が飛んでくることがわかっていて予防線を張っており、後半の飛躍をまさに今行っている最中なので、言うまでもなく非常にメタい。

★P191、最期作品批評、"見る度に貴方に会える… 私が何度貴方を忘れても 何度でもまた思い出す それって素敵な事じゃない?"

作中の元になった出来事が忘れられても、作者が死んだとしても、作品が残れば思い出は受け継がれていく。たとえそれが美化され、脚色され、編集されたものだったとしても。つまり映画の内容がどこまで虚構でどこまで現実かはどうでもよく、受け取る観客がいい思い出を残してもらうことが大事、という壮大なちゃぶ台返し最後の爆破オチで壮大に茶化されているとしても、作者の伝えたい主張にウソはないだろう。

P199、ここは皆さん一番好きな映画の爆発を思い浮かべながら。予防線をあまりにも張り巡らしているせいで作品予防線の塊になっており、最後に爆発オチを持ってきてすべては創作だと主張することで、主客転倒が完成。終幕。

すべては爆発のための前振りととらえることもできなくはないが、ルックバックで思ってもなかった方向からダメージ食らったので、思いつく限りの主張を先回りしてそれ自体作品にしてやろうというところなのではないか脚本作る労力を考えると本当に頭が下がる。

2022-04-08

穏健派ワクチン(反マスク)が妨害されている

穏健派ワクチンとは

穏健派ワクチンは、過激デモも盛大なスピーチもせず、動画Twitterで主張もしないし、会社学校ではマスクをして、ワクチンを接種した人とも良好な関係を築いており、決してワクチン接種を非難することはない。穏健派マスクも同様で、会社とか駅やバスなどの公共施設ではマスクをしっかりつけている。要するにワクチン接種者と行動様式は同じではあるが、心の中で「ワクチン(マスク)はしたくないなぁ」と思っているだけである。心の中で思っているだけなので、他の人から見つかることは少なく、ワクチン接種者や、過激な反ワクチン派閥から認識されていない。

他方、反ワクチン・反マスクイメージとしては、大規模なデモ活動を行ったり、Twitterや(youtubeは追い出されたので)ニコニコ動画胡散臭い動画を大量に拡散したり、とにかく行動的で、ワクチン接種者やマスク着用者を直接攻撃することも多く、ついには建造物侵入での逮捕者が出た。過激攻撃的で世間的なイメージが最悪の部類だろう。「こんな奴らと一緒にされたくない」とワクチンを接種したり、マスクを着用する人も、少なくないのではないか

こういった過激な反ワクチン・反マスクは、いくつかのグループに別れる。・幸福の科学系・スピリチュアルあるいはナチュラリスト系・反自民政権系・Qアノン系など。

幸福の科学系は、文字通り幸福の科学信者たちである感染対策のため会合などを数多く中止あるいは縮小した創価学会対照的に、「心の力で症状は防げる」と法話による効用を推進している。

スピリチュアルあるいはナチュラリスト系は、元より宇宙の力、自然の力で病気怪我治癒できる、人の作ったものは毒なので注射によるワクチン接種は、論外であろう。

反自民政権系は、自民党政権のやることはなんでも反対するので、当然ながらワクチン政策も反対である

Qアノン系は、日本ならJアノン系とも呼べるが、ディープステート(DS)という闇の勢力が全世界支配しており、さまざまな歴史上の出来事は、このDS名称や団体を変えながらも引き起こしており、今回、増えすぎた人類を削減するため、新型ウイルス対策としてワクチンという名の毒を人々に打ち込んでいる、とするもの。このDSに対抗するため立ち上がったのがアメリカ前大統領ドナルド・トランプだと信じており、熱心なトランプ支持者でもあるのだ。既存宗教団体スピリチュアル系ではなく、根っから反自民でもなかったのに、コロナでやることがなくなってインターネットサーフィン(死語)してたら急に目覚めた人が多く、つまりデジタルネイティブ世代ではないが、スマホは扱える程度の若さがある40代後半から50代後半が多い。

ワクチン接種会場である東京ドームを襲撃したり、今回、渋谷区のクリニックに侵入して4人が逮捕されたのは、このQアノン(Jアノン)系団体である

名前は出したく無いが、この団体短期間で大量の会員を集めることに成功しており、組織的に全国で展開している。会員になるには入会金と年会費身分証明書の写しが必要であり(運転免許証なら裏表の写真必要(サラ金審査でも表だけなのに…(免許更新前に住所変更すると免許証裏側に但し書きの判子を押されるためか)))、そして反ワクチンデモに参加するだけでも個人情報の提出が必要であるなど、執拗個人情報を求めてくる。背後にどのような団体あるいは個人が潜んでいるのか、警戒するに越したことはない。身内でこの団体に加入あるいは参加している方がおられたら、丁寧に対話してください。

これらの反ワクチン・反マスク系統に収斂してしまう人たちの特徴として、孤独が挙げられる。孤独は人を蝕む。人は社会性の生き物なので、孤独を逃れられるために、ありとあらゆることを行う。会社に勤めたり、サークル活動に参加したり、ボランティアを行ったりする。そのような健全社会活動をするのがいわゆる普通の人であるが、普通にはなれなかった人は、それでも死にたくない人は、孤独を埋めるため、死を避けるため、犯罪に手を染めたり、反社会的活動をしたり(矛盾するようだか反社会的活動も立派な社会活動である(孤独ではなくなるため))、胡散臭い宗教団体カルト団体に参加したりするのだ。孤独こそが最悪のウイルスであり、ワクチンでもあるのだ。背後に何らかの団体が潜んでいるQアノン系の過激な反ワクチン活動も、孤独をなくすためなのだ

さて、人が生き延びるため、孤独ではなくなるため、過激な反ワクチン・反マスク運動にのめり込んでしまうわけだが、穏健な…ワクチン接種者やマスク着用者と軋轢を起こさない、純粋ワクチンマスクデメリットを主張する者にとっては、邪魔以外の何者でもない。何故なら反ワク反マスクというだけで、それらの過激団体と同じような、他人危害を加える者として見られてしまうからだ。ワクチンマスクデメリットのものを語ることが一切できなくなってしまったのだ。どうすんのこれ。喋ればQアノン扱い、喋らなければ消極的ワクチンマスク支持者。反ワク反マスクなんだけどなぁ、と思いつつも消去法で消極的ワクチンマスク支持者となってしまう(対外的に)。だからTwitterを見ても世間的にも、積極的ワクチンマスク支持者か、消極的ワクチンマスク支持者か、さもなければ、過激他人危害を加える危険な反ワクチン・反マスクの人しか居ない、ということになるのであるしょうがないよね、会社勤めか、学生か、あるいはサラリーマン以外で仕事してたら、カルト団体と同じと思われたら、終わりだもんね。仕方ないね

一応、(新型コロナウイルスの)ワクチンデメリットとしては、年3~4回の接種が必要であり、年何日か、何週間かは高熱や痛みで行動不能になるのが確実であること、マスクデメリットとしては、人間そもそも呼吸で自然からウイルスを取り込んでおり、常時ウイルス感染している状態であって、免疫力を保ってさえいれば何の問題もなく、常に天然ワクチンを受けているようなものなので、マスクはその天然ワクチンの接種を阻害してしまうから新型コロナウイルス以外のウイルスに対して弱くなってしまうということと、0~2歳児は言語を持たず、他の人の表情から喜怒哀楽を読み取って知能を発達させていくので、マスクだらけの社会では赤ん坊が他の人の喜怒哀楽が読み取れなくなり、0~2歳児の知能の発達が著しく遅れるということ(新型コロナウイルス流行前、つまりマスク社会が始まる前、すでに言語習得して知能を発達させた3歳児以上は何にも問題はない)。あとは、鼻より下が文字通りマスクデータしたことによる、脳内美化(ゲレンデ美人現象人間は3つの点があれば人の顔に見えるように、常に脳内補正をして風景を脳に映しており、見えない部分は美しく補完してしまう)で、マスク美人の量産による非婚化・出生数減少がデメリットかな。初デートマスク外されて思てたんと違う!って交際終了に至ったケースがいくらでもあるだろう。醜形恐怖症も加速する。

ただ、これらのデメリットを挙げて反ワクチン・反マスクを主張して過激な反ワク・反マスク団体構成員として認識されるくらいなら、黙って消極的ワクチンマスク支持者となることを選んでいるのですわ。

2022-02-25

anond:20220224110445

1年くらいセフレ関係にあった人妻は子なしにもかかわらず婚姻専業主婦って身分だったな。

旦那神奈川某市の自動車工場で働いてる人だった。無論、本体採用ではない。

でも確かにあのオバサンはバカだったなあ。

喜怒哀楽に乏しくてボケーッとしてる人だった。

そんな裏切り不貞と遠そうなキャラなのに、セフレ関係になるそもそもきっかけが

「1日カカオメッセージをやり取り→明日SEXしに会おう」これにすんなり了解してくれてなったんだもんなあ。

不貞を働くような神話夫婦関係も闇も全然ないこの人がコンビニに行くような軽さでSEXを了承したのはなんでだろうと不思議だったけど、多分バカだったからだわ。

通話中に「今オナニーしてよ」って頼んだら即座にしてたし。そのくせ自前のオモチャは持ってるところとか動物感あった。

あと中出し要求に対する拒絶や抵抗がめちゃくちゃ弱い。

なんかいつも苦笑してため息つきながら

「本当にするの?はぁ……これで興奮するのが分からいねえ」

とか軽く変態要求につまらなそうにいつも応えてくれた。

油性マジックで全身に肉便器落書きもさせてくれたし、オシッコも飲んでたし、淫語ずーっと棒読みしてくれたし。

あれ全部知能に問題あったからしてくれてたんだろな。

2022-02-22

anond:20220222174351

女の方が共感性高いから、喜怒哀楽には寄り添ってくれるよ

その代わり、「わかるわかるー」がちょっともないものに対しては驚くほど冷たいのも女

男はわからないとわりと無関心になりがちだけどね

「苦労するのが当たり前」「自分は苦労して達成した」ことに対して、甘えを言う女がいれば、気持ちには寄り添っても決して助けないのも女かなー

まあそれは男もそうだな

自分が苦労したんだからお前も苦労しろ、という振る舞いが「女の敵は女」と呼ばれる事象だよねー

男もそれは一緒なんだけどね

男は女の苦労を甘やかしたりセクハラ助け船出したりするから、女に対して男は微妙立ち位置だよね

あと、女は、他の女が女になってるところ見るの嫌いだから、苦労を女で乗り越えようとしてる女には制裁が怖いよ

まり元気のいいタイプじゃない君へ

子供のころから、自他ともに「明るくて元気」という評価で生きてきた。

から、正直なところいつも暗くて元気がないように見える人のことがよくわからない。

ただ、わからいからこそ気を使いたいと思っていて、

あんまり他愛もない話を頻繁にされるのを煩わしく思うかな」とか、

挨拶や返事が弱々しいけどこういうコミュニケーション苦手なのに頑張ってくれてるのかな」とか、

「いつも機嫌悪そうな表情に見えるけど、そんな指摘は嫌だろうし、失礼かな」とか、

からないなりにできるだけ相手立場になって考えたりしてたよ。

でもさ、そんな人から

「私が元気なかったことに誰も気づいてくれなかった」って言われてもさ、

いや君は出会たこからいつも元気なさそうだけど!!!!???という気持ちでびっくりしちゃったよ。

元気ないことに気付かれたいんだったらせめて元気ある様子も見せてほしかったな。

そしたら頑張ってできるだけ気付くようにするからさ。

だってできれば君が毎日楽しそうにしてくれてる方が助かるんだよ。

溌剌としろとか腹から声出せなんて言わないから、うっすら喜怒哀楽はわかる感じにしてくれないかな。

部下のマネジメントって大変だわ・・・

2022-02-05

何に対しても興味が持てなくなってしまった、老化?

老化か、働きすぎか、鬱か、疲れか、たまたま

 

症状:

かにハマるみたいなことがない

とにかくボーッとする

生存意欲がない、喜怒哀楽が薄い、お笑いとか見て笑うことはできる、性欲も薄まってきた(他人よりは強い)、物欲が薄い

 

何にハマってたか思い出してみる

子供大学院時代

漫画アニメゲーム音楽小説(読む・書く)、絵(描く)を趣味にしていた

大学〜29歳くらい

→天下取るようなビジネス作りたいと考えていた、鬼のよう仕事した、ブログとか書いてた

27歳〜29歳

→異性関係うつ気味、余計に仕事やる

31

とあるシリーズ見てた気がする、あとラブコメとか エロ貪欲だった気がする

ここまで意欲的だったと思う

仕事でもフリーになったり色々頑張ってた

33歳頃

けものフレンズにハマってた、動画作ったりしてた

この時点で疲れていたのを覚えている

〜35歳頃

→一部アニメVtuberあたりにハマってた気がする

ハマれば意欲的になるが基本疲れている感じだったと思う

仕事では1500万超えて飽きてきたあたり

36歳頃

→異性関係うつ気味

マッチングアプリ始めたけど飽きつつある、というか脳がボーッとする

アニメ見てるけどかなり惰性

漫画読んでない、創作してない

デートスポット思いつかない

何にも意欲的になれていない

流されるまま

月の労働時間が300時間とかそんな

 

考察

単にハマれる対象が無いだけなのかもしれない

あとはコロナ鬱か?

うーーん

2022-01-27

SYRIANA

公開前から、今年一番の問題作である

中東問題より由々しきは即ち、この邦題にあるのだ。ズバリシリアナ」、まさしくズバリである

今年いっぱいはテロとの戦い以上に含み笑いとの戦いが容易に予想される。

私は笑いを抑えられるような器用にはできていないから、いっそう深刻である

たとえば、駅前の大画面なんかで不運にもこの映画の予告と出くわす。

最後に決め台詞よろしく男の野太い声で「・・・シリアナ」とシメて来られることは想定内であるので、

なるべく別のことを考えるようにする。人の感情喜怒哀楽。とにかく自分を喜楽から遠ざけねばならぬ。

モトが深刻な映画なので、テロリストことなどを怒ってみたり、

いやいやブッシュがいけないのだなどなど思ったりしてみる

・・・のだが結局「・・・シリアナ」『ぶほっ』、である。たぶんいくら気張ったとしても無駄であろう。

この問題作映画館のスタッフにもかなりの重圧を課すことになる。たとえば、麗しき受付嬢に向って

「あのぅ、シリアナを予約してもいいですか?」

等とのたまうのはとんだ痴れ者である。男の受付係に言い放つのは豪の者だ。

シリアナしりあな」となってしかるべき連想ニューロンが腐り切ってしまっているのだから始末のつけようがない。とりあえず 「シリアナでございますね?」

確認しなければならないのだが、返事は「はい」では済まされない。

はいシリアナを二人で。」

人数確認を怠った受付嬢に非がある。だが「二人で。」のシュールさに耐えられるようになるには受付嬢も並々ならぬであろう。

そんな苦難を経て公開日にこぎつけると、スタッフの戦いも新たな局面を向えそうだ。なにせ問題作である。あっというまに満席だ。

シリアナの方は大変人気となってございまして本日・・・」 「あっ、じゃあナルニアします!」

・・・これはキツイ。直前のシリアナ変人気もひどいが、ナルニアさらに、

鍛え抜かれた受付嬢連想ニューロンはあらぬ方向へ錯綜してしまうことになる。

2022-01-20

彼氏のことが好きすぎる

彼氏のことが好きすぎる。

学生時代から延べ8年も付き合っているが、ずっとずっと好きだ。アパートは狭くて暗いが落ち着くし、お金持ちではないが小さな節約が嬉しい。くだらないことで笑ったり、励ましあったり、慰め合ったりするこの関係がとても心地よい。喜怒哀楽の波は穏やかで優しい。私の趣味や外出への気配りもしてくれて嬉しい。

喧嘩したことは思い出せないくらいにない。

彼の短所だってそれなりにあると思うけど、私に取ってはそれを差し引いてもあまりあ幸せなのだ

ありがとう彼氏

私はあなたに何してあげられるだろうか。料理、苦手だけど頑張るね。

両親には恵まれてなかった私だけど、あなたと新しい家族になれることがとても嬉しいです。

2022-01-19

[] 極端に物を考えないヤツって本当に底が知れないよな。ただしそれが生きる上で障害になっているかと言えば疑問である

近々のブクマカお喜び案件で言えば、マインドフルネスアンガマネージメントとかを無批判にありがたがっちゃう

キラキラ社会的弱者アドバイザーのヤツが該当 → これ anond:20220117131920

 

『万人に効果があるものでもないのに万人に効果があるように称している』、

HealthDay News :Be ‘Mindful’ of the Hype

http://www.qlifepro.com/news/20171024/mindfulness-has-insufficient-scientific-basis.html

 

もうこの時点でマインドフルネスアンガマネージメントについて言及いるか?って話なんですけど

それで察することができるような人は "極端に物を考えないヤツ" じゃあ無いですよね?

 

極端に物を考えない人たちは考えることを拒否している禅を極めし者たちなので、

短く区切ったところで頭に入りやしないのだけど、せっかく増田を書いたので書いておきます

 

  1. 心拍数が低い状態で興奮は出来ないので深呼吸して脈拍を整えようとすること自体には多少の意味はあります
    肺呼吸をする動物はすべて呼吸に合わせて心拍が揺らぐし、呼吸は自律神経機能の中で唯一コントロールが出来るものです。
    ただし、マインドフルネスやるぞ!アンガマネージメントやるぞ!とか意気込んでそれらの専門家()の手を借りないでも、
    動かず目をつぶって深呼吸するだけで脈拍は整います

  2. 反戦活動家PTSD帰国退役軍人深呼吸をしたら怒りは鎮まりますか?まぁ当たり前の話なんですけど答えは"NO"です。

  3. 多くの人は、日常簡単にキレたりもしなければ、怒りに値すると確信したこと簡単に鎮まったりもしないです。
    徳川家康は、短気すぎるが故に自分を律しようとし、晩年には毎日念仏を唱え書き記してた事で知られる人物ですが、
    逆恨みとも言える怒りの感情は消えず、約三十年も経った後で孕石元泰を切腹させてます
    マインドフルネスアンガマネージメントとかの効果が期待出来るタイプは次の3つ
    『異常にキレやすいけど集中力がなく怒りも含めて思考が散りやすい』タイプ
    『異常にキレやすいけど異常に自制心が強い』謎のタイプ
    『考え無いことが出来る禅を極めし者』タイプ

  4. 『考え無い』というのは仏教精神修養のお話でなかなか高尚で高等な技能です。
    本来ならば、あーでもないこーでもないと修業して辿り着く無の境地ですけど、
    まれながらに、極端に集中力がなく思考が散りやすかったり、極端に物事の興味の範囲が狭いと、簡単再現出来ちゃいます
    「またオレ何かやっちゃいました?^^;」

  5. 怒りを含めて他者アクションに対して反応を返すのは社会動物の正常な動作です。
    こればかりは「またオレ何かやっちゃいました?^^;」にはならないです。
    まれながらの特性で極端に他者への反応が薄いとこれはこれで社会生活上の困難になるからです。
    表情筋喜怒哀楽は死んでない・極端に薄くないのに、それをおくびにも反応を出さないのは高尚で高等な技能です。
    物事認知の仕方を変える、瞬時に肉体へ意識を集中させ反応を消すという技能は、
    あーでもないこーでもないと長年精神修養を続けて得られる境地、もしくは軍事訓練の賜物です。
    本を読んだりカルチャーセンターレクチャーを受けた程度で誰でもお手軽に得られるもんじゃあ無いです。
    上っ面だけ理解した気で、僕私は心の漏れ(怒りなど)をコントロール出来る優秀なビジネスパーソン()でも別に良いですけど
    それが容易ではないからこそ人は社外・社内ともに営業をしたがらないし
    遊びが仕事と言い切る適性の高い営業マンでも内臓やられたり若白髪になったり禿げたりします。
    というか、わかった気ではなくともストレッサーや欲から離れるのは必須でしょう。
    それじゃあリーマンは出来ませんし、共同生活改善不可能です。

 

上記の1〜5は誰でも到達する結論で、本来ならわざわざ口にするまでもない事なんですけど、

140文字を下回る100文字大喜利ではなく何かの主義・主張をしようというブクマカさんたちは極端に物を考えない人達なので明示的にしないと理解しません

いえ・・・はっきり示したところで理解しません。考えることを拒否している禅を極めし者たちですから

どうやったって頭に入りやしないのです

 

けれど『極端に物を考えない』は、特定特性(キラキラ社会的弱者アドバイザーの言説によればADHDワーキングメモリが少ないので短略思考になるらしい)の人に限った話でしょうか?

まぁこれも勿論、"NO" ですよね

極端に物を考えないはマイノリティーの特性ではありませんし、この特性を持つ人が社会的弱者かと言えばこれもまた "NO" です

でなければマインドフルネスアプリが630億とも言われる規模感になったりはしないです

 

もちろん、自身を律し自分人生手綱自分で持とうという姿勢自体は非常に好ましい物だと思います

ただ、自由意志があるかどうか以前に、能力主義傲慢以前に、自分人生手綱以前に、

 

自分自身が何言っているのか(反応しない・認知を変える・感情を手放すは高尚で高度な技能)、

自分自身が言っていることが実践できている・もしくは実践できる見込みがあるかどうかくらいは、

理解しようとしても損はしないはずです

2022-01-17

毎日無味乾燥でつまらない

決まった時間に起きる。

1日の活動のためのエネルギー補給目的とした、朝食という名の飲食物を体内に取り込む作業をこなす

もちろん、カロリーPFCバランスなどを最適に考慮して。

決まった時間仕事に行き、こなす

休憩時間は限られるので、残りの仕事をこなすのに足りるだけのエネルギー補給目的とした、昼食という名の飲食物を胃袋に詰め込む作業をこなす

もちろん、カロリーPFCバランスなどを最適に考慮して。

仕事が終わって家に帰ったら、夕食という名の飲食物を体内に取り込む作業をこなす

もちろん、カロリーPFCバランスなどを最適に考慮して。

体を清潔に保つために入浴(シャワー)という作業をこなす

翌日に差し支えないよう時間を最適に考慮して、就寝・睡眠という作業をこなす

そしてまた決まった時間に起きて…が1週間繰り返される。

休日にやりたいことはあるが、昨今のコロナ禍を踏まえ、自粛せざるを得ないものもあり、十分とはいえない。

不完全燃焼のまま、また決まった時間に起きて…が再び1週間繰り返される。

人生とは特定または不特定作業をひたすらこなし続けるだけのものだったのかといまさらながら気付かされた。

もっと刺激に満ち溢れた、喜怒哀楽に富んだものだと思い込んでいたが、単なる自分希望的観測にすぎなかったようだ。

はいち早くいかにしてこの無味乾燥でつまらない作業連続に終止符を打つか、そればかりを考える毎日である

死ぬことに積極的なわけでは決してないが、生きることに消極的であることはもはや疑いの余地はない。

毎日無味乾燥でつまらない。

2022-01-03

不倫前科あり夫「不倫したくせにって、いつまで謝り続けなきゃいけないわけ?」

極論 人殺し人殺しだし おれがもっとえろければなあああああああああああああああああ

成功したのにナナああああああああああ  あああああああああああああああまたーーーー またーまたー

前沢宇宙にいき何を思ふなのだろうか ツベでみてみるか  モ ン ガ ー の神秘体験 を超えるのか 

はあ 結局喜怒哀楽プラス神秘体験じゃねえか

人生どうぶつの森ゲー ミッションリストも右上にでてこないし 結局楽しんだもの勝ちか

ミスると死にます 最悪度10が死ぬこと タ バ タ にならなくてよかった

最悪度1だわ ヒゲがそれてない

まあミスるわなあ 人生ミスって当然

2021-12-19

映画が観られるようになった話

映画が好きだった。いや、大好きだった。

こんな事を言ったら蓮實重彦に怒られそうだ。でも、有村昆なら許してくれそう。

本当に映画が大好きだった。

映画館には年に百回以上行っていた。TOHOシネマズイオンシネマユーロースペース、シネマカリテ、ギンレイホールシネマヴェーラ、新文芸坐早稲田松竹地域映画上映会……。

コロナ禍になってからは行ける機会がほぼなくなった。そして、映画館の経営危機ニュース。SAVE the CINEMA の募金が始まったらすぐに入金した。世界が元に戻ったら、毎日のように映画館に通おう。そう思っていた。

8月のコロナワクチン接種から副反応が出た。

2日程度で終わると言われたが、私の場合は終わらなかった。どんどん悪くなっていき、事前に言われてた副反応以外の事が起こり続けた。

たまたまだろうと気楽に放置していたが、放置すればするほど悪くなった。1ヶ月目あたりから色々な医者に診てもらったが何もわからない。やがて、通院すら厳しい体調になった。家でほぼ寝たきりの生活

それぐらいから初めてネットで調べた。本当に珍しいようだが、私のような人が相当数いるらしかった。みんな困っていた。診てくれる病院が無い。

どうやら最悪のくじを引いてしまったらしい。

ずっと映画のことを考えていた。

接種直後から首と肩の激痛が始まって「これじゃ映画館には行けないな」と思った。

九月の終わりには自宅ですら映画が観れなくなった。5分ほどで強い症状が出てきたからだ。どうやら映画はかなりの負担がかかるようで「二度と映画は観れないかもしれない」と思った。

それから映画を観なかった。何度も試して、身体の反応と映画が結びついてトラウマになるのが怖かった。

4ヶ月が経ち、いろいろな出会いがあった。

いくつかの症状は対症療法苦痛が抑えられる事もわかった。ほぼ寝たきりに変わりはないが、症状をコントロールするための武器が増えた。

ふと、ネットフリックスを見る。

『チック、チック…ブーン!』が配信されている。ずっと気になっていたミュージカル映画。『RENT』を作ったジョナサンラーソンの自伝舞台原作だ。

ラーソン自身は35歳で早逝している。大動脈解離による急死。ウィキによると、正しく診断されていれば亡くなっていなかっただろうと書いてある。妙な親近感を覚えてしまう。

テレビからドゥーンという音が鳴る。懐かしいネットフリックスのSE

手元のApple Watchを見る。心拍数は安定している。

映画が始まる。

カメラ存在意識していない俳優の姿。懐かしい。

これは持論だが、テレビラジオ映画の大きな違いは「出演者カメラへの意識」だ。もちろん、映画であろうと演者カメラ意識している。だが、原則として「俳優カメラ意識していないように見えている事」がその良し悪しに直結する。テレビラジオはその点がもっと緩いのだ。多くの映画監督が「俳優は演技しなくてよい」と言っているが、これはある種逆で映画観客こそが「演技をしない俳優」を求めているのだ。

妙なこだわりを吐露してしまったが、要は映画独特の演技をしている人間を久しぶりに見ることができたのだ。

それだけで嬉しかった。喜怒哀楽を揺さぶるシーンでもないのに涙が流れる。流れ続ける。

手元のApple Watch心拍数を見る。心拍数は安定している。

物語は続いていた。

『チック、チック…ブーン!』は90年代ニューヨーク舞台にしたミュージカル。美しいメロディウィットに富んだ詞、そして優しい物語

主人公三十路前のジョナサンミュージカル作曲家を夢見ており、彼の周囲には貧しい芸術家たちがいた。ダンサー恋人LGBT広告マン、そしてHIV友達

HIVなので「やあ、今日T細胞は順調だったよ」なんて会話が出てくる。ああ、似たような会話、今日SNSでもやったなあ。

観ている間、ずっと涙が止まらなかった。

幕が下りる。物語が終わる。最後まで心拍数は安定していた。

観終わった後、鋭い眼痛とやや強い頭痛が長時間続いたが、幸いにもひと眠りしたら収まった。どうやら通して観るにはまだ早いらしい。

それから週に1回だけ、30分おきに休憩を入れながら映画を観るようになった。

途中で止めるなんて、以前の私なら映画への侮辱だと思っていたかもしれない。

でも、いいじゃないか

ラーソンのミュージカルRENT』に「SEASONS OF LOVE」という歌がある。

歌詞がなかなか興味深い。

525,600分、この人生における一年分の時間を人はどうやって測るんだろう?というような内容だ。

歌にはいろんな単位が出てくる。コーヒーを淹れた回数、笑った回数、喧嘩した回数。

自分も思い浮かべてみる。

Suicaを改札にかざす回数。

スーパー食材を選ぶ回数。

上司に怒られる回数。

後輩に冗談を飛ばす回数。

朝の散歩で澄んだ外気を吸い込む回数。

映画館に行く回数。

8月を境に数えられなくなったものがたくさんある。

何で測ればいいんだろう。何で測れば救われるのだろう。

ジョナサンラーソンは「愛で測ろう」と書いた。

まりにも青臭くて暑苦しい言葉

でも、いい言葉だと思った。

例えまったく外出できなくても、これから何かを、誰かを愛する事は出来る。

そして、こうなってしまってから助けられた、たくさんの愛を数える事ができる。

決して今までの人生に負けてない。

現に『チック、チック…ブーン!』を観た時の感動が、私に残っていた映画への愛そのものであるはずだから

2021-12-12

感情データベース

M: 感情(type:喜怒哀楽、詳細、created_at、deleted=false

V: 感情CRUDするためのビュー

C: 感情CRUDするためのコントローラー

感情DBに連番id時系列にinsertされる

解決した感情はdeletedがtrueになる

後々、論理削除を一覧で表示し、確認後にマジで削除する

例えば、自分は何曜日とか何時に怒りやすいかとか分かる

から感情コントロールが下手で感情が爆発することが多々あった

自暴自棄になって自分のものを壊したり、逆に人に乱暴ふるったり、突然泣きわめいて混乱したりと言ったことがあった。大学くらいになれば大分落ち着いたが、それでも半年に一つくらいは壁に穴が増えていったし、1年に一回は家族乱暴ふるってたし、2年に一回は携帯を地面に叩きつけて壊していた。

 

大人になってパワハラ企業で潰されて、うつを経由して、躁鬱の診断が下って、薬が処方されて以来、感情が爆発することがなくなった。そもそも感情の起伏自体ほとんどなくなった。喜怒哀楽に突き動かされることがない。植物のような穏やかな生活を送っている。人生でこんなに穏やかな気持が長く続いたことはない。

 

ひょっとして俺は、既に子供の頃から躁鬱を発症していたのだろうか。そうすれば過去の顔を覆いたくなるような数々の失敗も病気のせいにして逃げられるだろうか。

 

無理だろうな。例え、精神がまともな子供でなかったとしても、行為の結果は自分が負うしかないのだから

2021-12-10

小学校高学年の頃、

学級会の中である男の子

先生!◯◯がいつも睨んできます!」

発言をした。

◯◯はわたしである


先生わたし

「どうしてそんなことをするの?」

と聞き、わたし

「睨んでいません。

元々こういう目つきです」

と答えた。


わたしその男の子好意を持っていた。

教室内や校庭で目で追ったりするくらいの…

恋と呼ぶには足らないほどの、ほんの少しの好意

自分ではただみつめていたつもりだったのだ。



から初めに彼が発言したとき理解が追いつかなかった。

え?なんで?睨む…?誰が誰を??

頭の中はハテナでいっぱい。

遅れて理解した。

ああ、

わたしは"みつめていた"つもりだったけれど

彼には"睨んでいる"ようにみえたのか、と。


どちらかというと男勝りだった当時のわたし

男子と遊ぶことも多かったし、

言葉遣いなんかも男っぽかったと思う。

感情がすぐに顔に出てしまタイプで、

喜怒哀楽は激しい方かもしれない。

(それは今でもそうなのだけど。)

切れ長の一重でちょっとつり目。

友達にはネコ目だね、と言われていた。

そして元々ほんの少し口角が下がり気味の口。

それが相俟って

ただぼーっとしているだけで

「怒ってるの?」「機嫌悪いの?」

とよく聞かれたし、

「初対面は怖い人だと思ってた」

と言われることも多かった。

それでもさすがに想定外だった。

好意を持って見ていたはずでも、

悪意として受け取られることもあるのだと。

幼いながらにものすごく衝撃だった。



後々その学級会のことは

友達に笑い話として話したことは何度もあって。

自分の中で笑い話にできてると思っていた。

そんなこともあったね、と。








先日、

職場面談上司に言われた。

「◯◯に睨まれる、と一部から苦情が出てる」

と。

誰とは言わなかったけれど

事務方の誰か、らしい。

自分仕事がうまく行かなかったとき

他の人に八つ当たりみたいになって迷惑をかけることがないように、

事務所に最低限の挨拶だけして誰とも目も合わさずサッと帰ることがたまにあるのだけれど。

まあ機嫌が悪いのはいつもと違う挨拶の仕方で一目瞭然。

から周りも触らぬ神になんとやらで放っておいてくれる。

でもそれ以外のとき

基本的笑顔でいるようにしているし、

事務方人達とも満遍なく和やかに接している。

つもりだった。

もちろん誰かを睨むなんてとんでもない。

職場揉め事なんて面倒でしかないのでそんなことするはずもない。

でも、そう言われてしまった。


わたし咄嗟に返した言葉

「誰も睨んでいません。

職場でそんなことしません。

元々こういう目つきです。」




言いながらどうしようもなく泣きたくなった。

そのあと仕事が終わるまで、

なんなら終わって家に帰っている途中でも、

ちょっと気を抜くと泣き出してしまいそうなくらいだった。

家に着いたら涙が溢れて止まらなくなった。



あの日のことが

思ったよりもトラウマになっていたんだと

今になって気付くとは思わなかった。



もちろん、大の大人が機嫌が悪いことを

隠せないことが問題なのは重々承知

自業自得、それもそうだと思う。


それでも悲しかった。

好意云々のところは違えど、

睨んでいるつもりがないのに睨んでいるようにまた思われてしまった。

わたしは何も成長していないのだ、と。










落ち込んだらとことん堕ちてしまって

いつもなら割と寝たら忘れるタチなのに

ものすごく引きずっている。






まりに内容が恥ずかしすぎて

落ち込んでいる理由が誰にも話せず

でもどこかに吐き出さないとやりきれなかったのでここに書かせてもらうことにした。

こんなよくわからない文章最後まで読む人もいないと思うけれど、

お目汚し失礼しましたm(_ _)m

2021-11-29

喜怒哀楽の喜を感じられない

何されても素直に喜べないし幸せを感じられない

親との交友関係ですらすっかり悪くなってしまった

から見たら常に気が張ってて怖いらしい

2021-11-23

情緒が安定している女は別にモテないけどね

安定しているっていうか、すごいポーカーフェイスだよねって言われることがある

人にウワーって怒る事とか、何もしてないのに涙がみたいなことはよほどないけど

ずっと無表情だからモテないですよ

皆さんなんだかんだいって喜怒哀楽の幅が大きい女性が好きなんだと思う 私も素敵だと思う

思い切り泣いて、でも笑う時は思い切り笑ってくれる、そういう女性のほうが魅力的だなあと思うヨ

2021-11-16

「怒り」は絶対的ダメというわけではない。

私は基本的にはまったく「怒る」ということはしないのだが、でも、教育上、「怒り」はある程度は必要だと思っている人間である。なぜなら言語ロジックが分からない人間に対しては非常に有効コミュニケーション手段からだ。(今回の「怒る」は大声で怒鳴る怒りを指してる。) あと、自分の考えを纏めながら書いているので、少々読みにくい文章になるかもしれない。怒らず、ご容赦頂きたい。(私なりのジョークである。)

例えば、ある人間危機的状況に陥いったとしよう。たとえば、小さい子どもが火の中に手を入れようとしたり、道路に飛び出しそうになったりしたとしよう。そのとき咄嗟に大声で「ダメ!」と言ったとしても、それはその危機的状況から救うための「怒り」である。また、こういう危機的状況の陥いるとき、本人はなにかに夢中(たとえば、ボール遊びに夢中で道路に飛び出しそうになったとか)で危機に気づいてなかったりする場合が多く、そういった子どもに、普通にしかけても聞かないことも多い。なにかに没頭している子どもを気づかせるために「怒り」をつかうのだ。そうすると、子どもは静止する。

では「怒り」の相手大人だとどうだろう?正直、子ども相手よりかは、「怒り」の必要性がそこまでないと思う。なぜなら、相手は話せばわかるし、論理も通じる場合が多い。だから正直「怒り」が必要な場面があまり思い浮かばないことが多いだろう。アンガーマネジメントをしっかり行なうべき状況が多いように感じる。しかし、その怒る状況が思い浮かばいからといって、私は基本的に「怒り」は必要ないと言い切ってしまうのも恐ろしさを感じる。やはり、「怒るべき」ときに適切に怒るべきでなのだ。ある程度の感情表現必要だと思うからだ。

また、しかしながら、大人であっても相手がやはり「言葉」や「論理」が全くつたわらない人間であって、または、相手を救う状況の「怒り」は存在するように私は思う。例えば、部下が客先でミスを犯したとしよう。それで上司が「なんてことをやったんだ!」みたいな「怒り」を表現したとしよう。そうすると、クライアントが「まぁまぁ、そんな部下もがんばってるんですよ」とフォローをする。そのような茶番だが、でも結果的に、部下を救っている。ただし、このような場合であっても「怒り」でなくても部下を救う手立ては他にもあっただろう。ただ、沢山ある選択肢の中で、「怒り」選んでいることは尊重するべきだ。

あと、「危機的状況」を救うための「怒り」もよくよく考えたら、工事現場おっちゃんも怒鳴るのが多いように思うのは、おそらく本当にミスったら死に直結することが多いからだろう。論理的になぜ「ダメ」というのを説明して辞めてもらうより、直感的に「ダメなこと」を覚えてもらう、体に覚えこませる方法だ。論理的に考えさせると、手遅れパターンだ。その場合は、「怒り」は有効手段である。その場合は、なぜダメかよりも、とりあえず、「ダメ行為」を覚えこませるために怒鳴るのだ。工事現場おっちゃんの偏見が入っているが、しかし、工事現場以外にも、論理的に考えたら作業的に遅れる場合、「怒り」を表わすのは他の職業でもありうるように思うし、その時に優しい口調で諭したらたぶん、作業自体が遅れる場合、も多いにあるだろう。時間というのが大事で遅延に損害が発生るう現代において、こういうことは多いにありうることは想像に難くない。

とまあ、いくつか「怒り」のフォローをしてみた。ただ、始めにもいったが私はそこまで「怒り」を表現することは殆どない。そういう恵まれた状況だからというのもあるだろう。しかしながら、「怒り」という表現排除するのもなんだか寂しい、ように感じるのである喜怒哀楽人間に備わっている表現だ。感情表現のない上司は、ハードボイルドさもあり、クールにも感じる。一方で、熱血な上司もまた、一つの個性をして否定したくないと私は考えているのである

2021-11-11

鬱って喜怒哀楽感情が薄くなる?

なんか最近何しても感情殆どないんだけど

2021-11-02

人格者

結局のところ人格者とは感情の揺れ幅が少ない人。

感情が”無い”のはまずい。

喜怒哀楽はある。

人の成功を喜び人のミスを怒ったり悲しんだりする。

ただしほどほどで。周囲に同意をもらえるレベルで控えめに。

人格者と「仕事ができる」というのはイコールではない。

から仕事ができるけど人格者じゃない人は自分感情の振り幅が正義だと思っている。

だってイラつくんだからしょうがない」と。

それを他人に押しつける。

結果嫌われる。

余計に感情不安定になる。

それをして「仕事が大変」という。

「おまえはまだ追い詰められてないか仕事に本腰を入れてない」くらいまでいう。

結果さら自分の首を絞めることになっている。

まことに気の毒な人間だ。

(早く辞めろ)

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