「大学図書館」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 大学図書館とは

2019-09-25

anond:20190925132325

http://lib.ouj.ac.jp/use/service.html

相互利用サービス(他大学図書館等の利用)

必要資料が本学図書館にない場合国立国会図書館や他の大学図書館等を利用することができます

直接利用

学生が他の図書館を利用する場合相手図書館必要に応じて、本学附属図書館長の「資料利用依頼状」 ( 紹介状 ) を発行します。利用希望日、資料などを特定した上でカウンターに申し込んでください。

なお、原則として、国公立大学図書館紹介状が無くても利用(閲覧)できます

また、所属する学習センターの近隣の大学図書館を利用(閲覧・貸出)できる場合がありますので、学習センターにご確認ください 。 <申込書[PDF/WORD]> <詳細>

一応問い合わせた方がいいけど、原則的には利用出来る。原則外でも紹介状を出して貰えば出来る。

2019-08-09

空き地が増えるなら、研究者私設図書館に使えないだろうか

研究者がなくなったり、研究を辞めて書籍処分する、大学図書館が引き取ってくれないといったことがあるわけだが、

これから増えていく空き地私設図書館として活用できないだろうか。


一般的図書館は本の種類がものを云うが、研究者が選んだという一つのテーマに関しては、ここにいけば資料はすべて揃っているという図書館になると思う。

書評と正誤表などを用意すれば、長期的にメリットにならないだろうか

2019-07-16

本屋めぐり

といっても、モルタル店舗書店めぐりじゃなくて、ネットでの本の私的買い方のご披露

🐢

まず最初に、最大手(だよね?)の某「A」サイトで目指す本を検索する(1店目)。大概はヒットするので、おもむろに検索結果を開いて先ず確認するのは出版年月、定価、古書の有無。ここで古書の取扱があって、(送料+価格)が定価以下、品物の評価が「良い」以上、加えて取り扱いの古書店が既に買ったことのある自分的に実績のあるところか、取り扱い点数が万以上で「悪い」評価が1%以下のところであれば注文する。知らない業者場合プロフィール確認して、住所からストリートビューで現地を確認、実店舗があるなら安心材料となる。まあ、最近ネット専業の古書店が増えてて、ストリートビューで見つけると閉店した仏具店だったりして、う〜んとか唸っちゃうようなことが増えてるけど。

「A」サイトでの古書の取り扱いで適当ものが見つからないときには、「日本の古本屋」へ直行(2店目)。検索して、1店目と同じような条件での取り扱いがあるなら注文。知らない業者ときは、やはり実店舗があるなら安心材料となる。「日本の古本屋」では取引の手順ひとつずつが専用のメッセージシステムでやり取りできるので、古書店主との「膝突き合わせて感覚」があって安心感がある。

さて、「日本の古本屋」での取り扱いが無いときには、残念ながら古書での購入を断念。再び「A」に戻って(3店目)新品での購入となる。ただしここで気をつけないといけないのは、ときどき外部業者による取り扱いが優先表示されたりすることだ。発送元と送料を確認「A」サイトの発送なら安心できるが、発送元が外部業者で、送料がかかっているときには手を触れないようにする。ひどいところになると、千数百円の本に800円も送料とったりするからね。新聞書評欄やテレビ番組で紹介されたりすると新品が欠品、それと同時に在庫を確保している外部業者が乗り込んできてるみたい。

「A」サイト古書も新品も買えないときには「紀伊国屋ウェブストア」に向かう(4店目)。取扱量が多くてお客が沢山集まる所為で欠品となりやす「A」サイトとは違って、こちらには在庫が余裕であったりする(規模の経済の“明るい陰”の部分、とでも云うのか)。ということで、欲しい本は大概この4店目までで入手できる。

🐢

公共図書館とか大学図書館という手もあるし、どちらも近所に揃ってるから使わない手はない――とは思うんだけど、手許に本があるかどうかというのは重要なんだよね、きっと。読みたいときにすぐに読めるかどうか、配架しなおしながら背表紙を眺めて考え事をするとか、そういうのはやはり自宅の本棚じゃないとできないから。

場所とるし、重たいし、お金かかるし、埃がたまるけど、やっぱり手に取れる物理本が好きだ。

2019-06-24

図書館司書、出来れば学校図書館大学図書館で働きてぇなと思うけど高望みし過ぎかな…なれたとしても給料低いし大学という場所未来が無いし

都会のビジネスマン向けの公立図書館とかどうなんやろな

どうせ図書館情報学を学んでるんだから将来もそれ関連の職に就いて人生に芯を持たせたい

2019-05-14

中国書籍探すと、日本絶望的で泣きそうになる

科学系の本しかみてないけど、充実しすぎていて泣きそうになる。

表現の自由がないとかいうけどさ、書籍の発刊数や内容の充実度はハンパない

新刊を充実して購入してくれる大学図書館があったら、本当に太刀打ちできない。

2019-05-06

田舎でも良いのだけど、都心部よりできることが増えない

アメリカガレージみたいな物が田舎でも持てない。

レーザー加工機3Dプリンターオシロ光学除振台、XYZステージとか置きたいのだが、置けやしない。

スプレーで塗装するだけでも、隣接する家のことを考えると出来ない。

図書館はあるもの小説が主で、大学図書館であった理工学関係書籍全然ない。


AliExpressやAmazonで買えるものが増えたじゃないかと言われそうだが、3000円~1万くらいの物は爆発的に増えたが、

中古10万~100万くらいの最先端ではないが、複数組み合わせたら新しいことが出来そうだなといった物が日本にない。アメリカしかない。


PythonのQuTiPとかでシミュレーションくらいはどこでもできるんだが、やっぱり辛い。



都心部だとレンタルスペースがあって羨ましい。田舎だと人数が少なすぎて出来ない。

楽器練習もできるかというと出来ない。河原に行って練習しても邪魔になるとか言われる。

この当たりも都心部音楽スペースがあるところでないと出来ない。

サウンドバーで大きな音で映画が見られるかというと、そんなことはなく結局怒られる。



都心部で出来ないことが田舎で出来るならいいんだが・・・

2018-12-30

図書館天文学コーナーにオカルト本があった

私の通ってる大学理系で、文系学部は1つもない。大学図書館理系の本や論文に偏っていて小説や詩の本はほとんどない。そういう図書館なのにジャンルけがふざけてて生物学農業工学の本が混ざっていたり、天文学コーナーにオカルト本が置いてある。

大学図書館の件に気づいてから市立図書館に行ってみたら実はここもジャンルけがしっかり出来ていなかった。宇宙人の本が天文学コーナーにあって、EM菌の本が農業コーナーにあった。

どっちの図書館にも意見箱で具体的に指摘したが、2、3ヶ月経った今でもどっちも変わっていない。疑似科学をどう分けるかは難しいが一般的オカルトや嘘だと云われるようなものゾーニングするべきだと思う。

2018-12-01

はてなーが今年釣られた出来事

体育館エアコン大学図書館の蔵書破棄、液体ミルク日本イタリア災害対応比較、あと何かあったっけ。

何にせよ、複数に引っかかった人はネットでの情報収集は最小限にした方がいいぞ。

煽られて吹き上がって弁護士懲戒請求とか出しても誰も助けてくれないから。

2018-11-16

anond:20181116222721

増田が列挙してないものちょっと電車乗ればあるんですよ。

芝居に興味が出た時にちょっと劇場行ってみたいなと思ったら、もう宝塚だろうが劇団四季だろうが場末小劇場だろうが数百円の電車代で体験できる。

芸術でもそう。建築なんかは大学大学図書館から自治体図書館美術館音楽ならホールからライブ会場まで気軽に行ける。チケット問題は別としてな。

モノの無い地方だと興味があっても近くにないから途切れる。それが都会との違い。

自分の知ってるもの自分のやりたいものをやるだけで新しいことをしない奴にはあまりメリットはない。

2018-10-08

みんな日本語学術言語としての重要性を軽く評価しすぎ

この件.

https://togetter.com/li/1274544

査読論文持ってないひとが責められるのはまあわかる(査読なし論文でも優れた論文というのは有り得るし,そういうのも業績として認められるべきではあろうが,このご時世ではまあ査読論文は持っといた方がいいよな……).でも英語論文を持ってないことが責められる理由になるのは本当に理解できない.

何度も繰り返すけど,フランスでもドイツでもロシアでもスペインでも,そしてたぶん中国韓国でも,文系研究業績の大半は自国語だから

文系研究業績が自国語で積み上げられるのは,世界標準から

インドサハラ以南のアフリカ諸国のように長いこと西欧植民地になってたり言語の数が多すぎたりして大学教育英語でやっている国や,ツバルナウルみたいに小さすぎて自国語のアカデミアが成立しない国を除く.そういう国がうらやましいと言うならもう何も言えないけれど)

そりゃ英語論文を持ってたらすごいと思うよ.でも英語論文がないことが叩かれる理由になるのは本当に理解不能.

そもそも社会学には膨大な日本語研究蓄積がある.いくつもの査読誌があり,日本語査読を経た研究成果が積み上げられている.博論をもとにした出版も多く出ているし,入門書からから日本語で一通り揃うようになっている.

自国語で用が足りるんだから論文執筆言語自国語でいいだろ.繰り返すけど,それが世界標準です.

イギリスアメリカ学者英語で書き,フランス研究者がフランス語で投稿し,ドイツ博士ドイツ語で教授資格申請論文審査を受け,ロシア院生ロシア語で報告している中で,なんで日本教授日本語の業績しか持っていないのを責められなければならないのか皆目わからない.

これは社会学に限ったことじゃない.政治学だって歴史学だって文化人類学だって文学だってそうだ.だいたいどの分野でも有力な査読つき学術誌を持っているし,それらの雑誌日本語で書かれている.

そして日本語というのは,世界でも有数の学術言語だ.もちろん英語ほどの網羅性は持っていないかもしれないが,ドイツ語やロシア語ほどの重要性は持っていると思う.それは,先人たちが日本語で積み上げてきた研究業績の賜物だ.

世界でも有数の学術言語」というのもいろいろな尺度があると思うが,どれだけ広い分野で高度な研究を積み上げているか,というのをここでは述べたい.

もしこれを読んでいるあなたが,アフリカに興味を持って,アカデミックな本を読んでみたいと思ったとしよう.大学図書館で文化人類学の棚の前に立てば,数ダースの優れたアフリカ研究あなたの前に現れるだろう.その多くが,西欧学者と同じようにアフリカフィールドワークをし,日本語西欧語の先行研究を読みこなした上で書かれたものだ.

あるいは,ヨーロッパ歴史を知りたいと思ったとしよう.あなた造作もなく,フランスドイツイギリススペインロシアや,そしてチェコポーランドポルトガルボスニアについての研究書を見つけられるだろう.どれも現地語の史料や文献を消化した上で,日本歴史学の積み重ねてきた問題意識接続されている.

それとも,言語学に興味があるだろうか.心配はいらない.オセアニアの数百人しか話していない言語文法記述した本も,ヨーロッパ小国言語の音声を論じた本も,中東言語政策についての本も,あなたは探し出すことができる.政治学? 問題ない,EU制度アメリカ大統領選挙,韓国歴史認識ロシア愛国主義湾岸諸国君主制,どれも日本語最先端研究が読める.

こんなことは当たり前に思えるかもしれない.でもこれは決して当たり前のことじゃない.

とあるアジアの国に行ったとき書店に行ってみた.西洋史の棚に並んでいるのはどれもそのアジア言語で書かれた本だったが,著者はみな西欧人だった.それらはいずれも西欧から翻訳だったのだ.たまにそのアジアの国の著者が書いた本もあったが,イギリスとかフランスとかメジャーな国についての本ばかり.マイナーな国の歴史について扱った本を開いてみたら,参考文献はほとんど英語で,ちょこちょことドイツ語やフランス語が挟まる程度.要するにその本を書いた学者はそのマイナー国の言語を読めなかったのだ.日本には,そのマイナー言語を読める歴史学者が何人もいるのだが.

あるいは,ヨーロッパ小国書店.その国は小さいので国民の多くが英語を達者に話すのだが,本屋を覗くと,自国史や周辺諸国歴史についての本以外は英語の本がそのまま置かれていた.もしも遠いアジアの国に興味を持ってしまったら,その国の人は,自国語のペラペラ入門書の次は英語を読まなければならないのだ.日本語なら,遠いヨーロッパの国についても専門書が手に入るのだが.

たとえ外国語が読めないシロートだろうと,ある程度自国語で難しい本を読める力があれば,中世ヨーロッパアフリカ社会ラテンアメリカ先住民近世朝鮮史東南アジア政治についての最先端研究書が読める.そんな豊かなアカデミアを有している国,そんな潤沢な研究蓄積のある学術言語は,実はそんなに多くはない.

私の感覚だと,英語網羅性には劣るし,フランス語の豊かさには負ける気がしないでもないけれど,ドイツ語やロシア語並の水準に達してはいると思う.もちろん自国民ゆえのひいき目かもしれないし,カバーしている範囲微妙に違っている以上正確な判定は不可能なのだが.

カバーしている範囲が違う,というのはどういうことか.たとえば,上で英語網羅性に劣ると書いたが,英語よりも日本語のほうが研究蓄積の豊かな領域というものがある.当たり前だが,日本史については英語の文献よりも日本語の文献の方が圧倒的に豊富だし,日本史以外でも前近代中国史についてはまだまだ日本語の方が英語よりも網羅性が高いと思う.なので前近代中国史については,読者はともかく,歴史学者は中国語の他に日本語を読まなければいけない.その人がアメリカまれ英語ネイティブ白人であってもだ.ザマーミロ.

というか,実は文系分野に関しては英語網羅性は理系ほど高くない.そんなのは当たり前で,ロシア人はロシア史についてロシア語で書き,カタルーニャ人カタルーニャ言語政策についてカタルーニャ語で書き,チェコ人はチェコ文学についてチェコ語で書き,韓国人は韓国社会について韓国語で書いているのだから英語の文献を読むだけでそれら全ての情報が手に入るわけがなく,本格的に研究しようと思ったらそれらの言語で書かれた文献を読まなければ話にならない.日本事情について一番詳しく正確な研究が読めるのは,英語ではなくて日本語だ.

なので,上で挙げた主要な学術言語は,それぞれ積み重ねが豊富領域とそうでない領域がある.得手不得手というやつで,たとえばマグレブ西アフリカ地域研究ならフランス語で,東ヨーロッパ前近代研究ならドイツ語で,旧ソ連圏の研究ならロシア語で重要研究が蓄積されてきたので,江戸っ子だろうがロンドンっ子だろうが研究を志すのならそれらの言語を読まないといけない.中国近世史を専門にする者が日本語を読めなければいけないのと同じだ.これらの分野で英語で書かれた研究だけを読んで済ますことはできない.

この辺が,理系とは事情の違うところなのかもなぁと思う.理論物理学とか分子生物学とか再生医療とか深層学習とか,ほぼ全ての分野で英語さえ読めれば研究には用足りる(んだよね?).英語最先端研究のほぼ全てが流れ込み,あらゆる情報が蓄積される.しか文系では違う.英語には限られた情報しか流れ込まず,最先端研究の全てが英語提供されるわけではない.

なので文系では,英語理系ほど特権的地位を占めているわけではない.もちろん英語文献が読めるのは今や前提だし,重要な先行研究英語なら読んでいないと問題外だ.けれど,英語ではなく自国語の研究でも研究業績にカウントされるし,外国語での業績といっても英語に限られるわけではない.韓国語やトルコ語論文を書くほうが英語で書くよりも楽だ,と言う研究だっているし,日本語でも英語でもろくな業績がないがそのかわりロシア語で何本も論文を書いているという研究者もいる.

というわけで,文系研究者が英語論文を書いていなくとも,それが直ちに問題だとは思わない.査読論文にしても,そりゃゼロってのはちょっとどうなの,って思うけど,研究者が集まって作った本の一章として論文を発表するとか(いわゆる論集ってやつね),出版社が出してる研究者~教養人向けの雑誌に依頼を受けて研究成果を発表するとか(岩波書店の『思想』とか,青土社の『現代思想』みたいなやつね),査読されてないけど業績としてカウントされ得る論文の発表形態というのはいくつもあるので,査読論文以外にそれらも論文としてカウントしないとフェアじゃないと思う(ただ,私は査読がついていない媒体に出すのは怖いなと思ってしまうので,なるべく査読誌に出している).

別に理系のひとが査読つき英語論文のみを業績としてカウント和文論文勘定しないというローカルルールをお持ちなのは結構なのだが,そのローカルルール文系押し付けないでいただきたい.

私が危惧しているのは,上で書いたような日本語で積み上げられた先行研究が,日本人に真っ当に評価されていないことだ.

文化の豊かさというものを考えたときに,自国語で世界中の情報を知ることができるということが,どれだけ重要なことか.まして,日本コンテンツ産業が主要輸出品目のひとつだ.中世ヨーロッパアフリカ部族社会について日本語での研究が充実していることが,創作者が想像の翼を広げる上でどれだけ有利か.たとえば最近Cuvieという漫画家さんが『エルジェーベト』というオーストリアハンガリー舞台にした漫画を描いていたが,巻末の参考文献にはずらりと日本人が和文で書いた研究が並べられていた.

別に文化に限ったことではない.政治経済,そして人権についてもそうだ.ルワンダ虐殺スレブレニツァの虐殺について日本語で書かれた研究があるのとないのとで,どちらの方が日本人にとって国際情勢を理解やすくなるだろうか.外国で一旗揚げようと目論む商売人にとって,その地域専門家が書いた本や論文和文で手に入るのと入らないのとで,どちらが現地の文化や歴史理解する助けになるだろうか.欧米フェミニズムについて日本語研究を積み重ねる学者がいるのといないのとで,どちらが日本女性の権利の向上に資するだろうか.

すべての国が自国語でこれだけ充実したアカデミアを持てるわけではない.人口があまりに少ない国ではどうしたって物理的な限界があるし,人口が多くとも植民地支配の歴史が長く自国語の大学教育が充実していない国では歴史的遺産がその発展を阻む.

日本人は恵まれ研究蓄積にあまり無頓着なばかりか,その豊かさをみずから捨て去ろうとしている.それが私にはもったいなく思える.

英語は,世界の始まりから覇権言語だったわけではない.明治時代日本医師ドイツ語で論文を書き,外交官たちはフランス語で交渉していた.英語外交学術の分野で覇権を握ったのはせいぜい戦後のことで,それまではフランス語やドイツ語と同格の存在だった.今も文系ではprimus inter paresに過ぎない.ひょっとしたら将来,欧米物理学者たちが中国語で論文を書くことになるかもしれない(そのとき現在私たちが定冠詞や三単現のsに悩まされるように,欧米人が泣きながら漢字習得するのだろう.そう考えるとなんとも愉快な未来予想図だ).せいぜい百年単位覇権言語の移り変わりにあわせて,自国語の学術言語としての地位貶める必要はないと思う.それは私たち社会の豊かさを,長期的に損なうことなのだから

最後に.

どうせ和文論文しか持ってないやつの負け惜しみだろって思ったひとがいるかもしれないけど,和文論文だけじゃなく英語論文も書いたことあるし,英語以外の外国語での論文も持ってます.今それとは別の外国語での研究発表を準備中.私より多くの言語研究報告してきたひとにならともかく,たかが1言語か2言語しか論文書いてないガラパゴスの住人にだけは文句言われたくないですわ~~~~~~.

追記

英語論文が優れているとは言わんけど、査読なしの研究なんてゴミだし。

日本国内の、査読なし論文が実績になる分野の教授たちによって、査読された研究にも何らの価値も感じない。

anond:20181008221502

id:bocola 自分でも言ってるように査読しなの問題査読なしの論文なんて、読書感想文と変わらない程度の価値。やはり文系は無価値だと改めて思った。

arXivのない世界からやって来たのかな? グリゴリー・ペレルマンって聞いたことない? 査読なし論文が業績としてカウントされてるひとだけど.

事前の査読は,論文信頼性担保するための手続きひとつであって,それが欠けている「からダメ論文というわけでも無価値というわけでもない……というのはわかってくれるよね? 当たり前だけど論文価値は最終的には書かれている内容に依存するわけで,だからこそペレルマン査読なし論文であってもポアンカレ予想を解いたと認められたんだよね.

私も査読はないよりはあった方がいいと思うけど,査読がすべての論文につくわけではない分野のすべてをダメと論ずるのは不当すぎる.まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される.公募の際には論文を提出させたりするんだから査読なしダメ論文を量産していればそこで撥ねられるでしょ.理系ローカルルールで事前の査読必須なのはよくわかったけど,そのローカルルール文系敷衍されても困る.

id:zyzy まぁでもこの噛みつきは、もうすでに南京大虐殺の時に通った道だし、虐殺否定論者と同じ轍を踏み続けている以上、恐らくオタにこの説明が通ることはないんですよ。

私もオタクですが.

追記

続きは anond:20181009084352 anond:20181009213503 で.

2018-10-05

市民的公共性存在する(が千田氏の思うようなものではない)

辞書的に言えば「市民的公共性とは、ハーバーマスが『公共性構造転換』(1962)の中で提唱した概念ホルクハイマーらの『人間の理性が頑張っても幸せにならないんじゃないの? だってナチスとか出てきたし』という悲観に対するカウンターとして提出された。ハーバーマスにとっての公共性人間自由平等連帯幸せになっていくためのベースとして存在している」といった感じ。

~性というのはいかにベースとして弱そうだが、ドイツ語のÖffentlichkeitは「Public sphere=公共圏」と訳すこともできるというかこっちのほうが適切だと最近は言われている。なので以下では基本的公共圏統一する。

で、市民公共圏って一体何よ?

それはハーバーマス自身もよくわかっていないようである。その証拠大学図書館には「公共圏ってたぶんこういうのだと思います(こういうものだったらいいな)」という本が溢れている。たぶん最大公約数的には「まあみんなで議論する場は必要だよね」というあたりで理解されている。

しかし、この「みんなで議論する場」というもの曲者である人類の大半の歴史上、「みんなで議論する場=公共圏」には男性だったり社会的強者だったりという入場パス必要だった(今でもそうかもしれない)。しかしそれは今日価値観から見れば明らかに間違っていたわけで、その間違い(入場パス)と長い間仲良しだった概念自由幸せ社会ベースに据えていいのかという問題がある。

ハーバーマスは彼が理想とする市民公共圏がどういうものであるかは、少なくとも『公共性構造転換』の中では(たぶんそして今日に至るまで)ふわっとしたことしか言っていないのだが、どういうものでないかはこれ以上ないほどに詳しく論じている。一見いかにも学者らしい無駄っぽく思えるが、「こっちに行ってはいけない」というガイドブックでもなにもないよりはましである。たぶん。

本稿では、「昔の(入場パスつきの)公共圏にはこのような批判がありました」とハーバーマスが論じている部分を検討し、その批判千田氏の立場にブッ刺さっていることを確認する。その結論として、千田氏の「市民的公共性」という用語用法いかに不適当ないしド適当であるかを示す。

ヘーゲルによる公共圏批判

以下ではハーバーマス細谷貞雄山田正行訳)『公共性構造転換』の第四章 第一四節「公共性弁証法によせて――ヘーゲルマルクス」に基づいて議論を行う。

ヘーゲルは入場パス公共圏関係を真っ先に疑った人であった。とはいえヘーゲル最初からブチ切れたりはしない。「公論公共圏における論議、もしくは公共圏のもの)っていいよね、合理的だし」というところから話を始める。でもその合理性って自由主義がベースになきゃ成立しないよね?(みんなが自由意見を言えることが前提なので)、でもその自由主義って本当に公共圏とそこまで相性いいだろうか?とヘーゲルは問う。考えてみればこの矛盾は明らかである。司会のいない多人数の会議を考えてみればよい。地獄である。間違いなくそこに自由はある。なのに(だから?)地獄である

このことの地獄性は会議室を超えて社会とか国家とかのスケールになるとより増す。例えば少数者差別を考えてみればよい。これはみんなに「自由に」議論させてるだけではそもそも議題にすら上がらないだろう。そうして公論きらきらした合理性の賜物から「多数者の主観的私念」という水準へと転落する。公論は「自然に生じた不平等止揚するどころか、むしろこれらを技能財産さらには知的倫理的教養の不平等まで深めていく」。入場パスを持っていない人はより不利な位置に、持っていても少数派の人もまたより不利な位置に、公論によって追いやられる。

まあとはいえ人間も頑張るもので、法治国家とか市民社会とかを作って頑張って公論して私念から理性に支配権を移そうとするのだが、ヘーゲルいわく土台が腐っているのに頑張っても泥縄だそうである。そうした頑張りはむしろ国家主観的私念を入り込ませる結果になるとヘーゲルは言う。じゃあどうすりゃええのよって言えばヘーゲル最初から開き直って身分制国家を作れとか言ってそれに対しマルクスがいや社会主義でしょとか言って最後ハーバーマスがいや公共圏を作んなきゃダメだよとか言うのだが、そのあたりは略する。

ともかくにもハーバーマスが描く市民公共圏というものは、こうした批判スルーしては論じることができない。ここで重要なのはハーバーマス公共圏をどのようなもの「ではない」と考えていたかということである。以上見てきたようなヘーゲル理論は最終的に乗り越えられる(ということになっているが詳しいことはやはり不明)のだが、であるからこそ少なくともヘーゲル批判したそのままのことをやるのがまずいというのはわかっている。

千田氏は何をしたか

まさにヘーゲル批判した地獄公論インターネット上に出現させようとしているのである

私自身は「表現の自由」は国家から規制されるべきものではない、とは思う。でもそう思うからこそ、国家から規制されるまえに、「市民的公共性」を発達させないといけないと思うんですよ。

あと表現って、さまざまな他者への配慮のなかでこそ磨かれていくものだと思う。フリーハンド表現なんてない。https://twitter.com/chitaponta/status/1047451777220501504

市民的公共性の話って、ハーバーマスのつもりだったんですが…。https://twitter.com/chitaponta/status/1047789073471946752

市民的公共性対話によるものですから、そのことを話し合うことが大切だと思います

いままさに起きていることが、市民的公共性なのではないでしょうか?https://twitter.com/chitaponta/status/1047810256976269312

まず第一に、専門用語を「」で括って注釈なしに使うのはおよそハーバーマスの「市民的公共性」的態度ではないといえる。なぜならこれこそヘーゲル批判した「自然に生じた不平等を(略)知的倫理的教養の不平等まで深め」る態度にほかならないかである

そして第二に、ハーバーマス議論は上のような「話し合えばそれが公共性」というような安易理解を拒絶するものであるということを千田氏はまったく理解していない(か理解していても無視している)。上で見たヘーゲルによる公共圏批判からもわかるように、ハーバーマス議論は「公共圏にはあれやこれやそれや…の批判があるけど、でも、それでも公共圏がなければ人間幸せにはなれないんだ」というひねくれたものであり、単に「話し合いが重要だよね」と言っているのとは違う。仮に結論は一緒だとしてもやはりそれは違う。その違うものを一緒くたにして、専門外の人に「話し合い=市民的公共性」という理解(そんな人のいい理解をしている人はほとんどいないようだが仮に字面だけ虚心に読んだとして)を植え付けることが、ほんとうにハーバーマスであるといえるだろうか?

第三に、「思う」根拠が示されてない。少なくともハーバーマスは「国家規制を前もって回避するために市民公共圏を発達させるべきである」というような具体的な議論はしていないはずであるであるとすればこれは千田氏のオリジナルアイディアが含まれているはずであるのだが、それがまったく説明されていないのと、先に述べたようにそもそも専門家間ですら扱い方に差がある「市民的公共性」という単語のせいで、最初ツイートの二文目は全く意味不明ものと化している。原理的に誰にも意味が伝わらないはずのもの炎上しているのはお気の毒というほかないが、であるからこそ千田氏は「市民的公共性」の意味と「思う」理由をしっかりと説明してほしいと思う。

2018-09-27

anond:20180818141643

もう誰も興味ないかも知んないけど、9月21日に第1回目の第三者検証委員会があったので、あ、ありのまま見てきたことを話すぜ!

「この規模の大学図書館としては図書購入が少なすぎ、もっと買うべき」「大学図書館として新たな知見を収集していくことは義務」「新しい図書を収蔵するためのスペース確保はどこの図書館でも共通の悩み」「図書購入と図書除却は大学図書館にとっては重要な一連の業務」「電子ジャーナル化や近隣図書館との連携による蔵書の相互貸し出し等はスペース確保のために一定有効」「除却図書妥当性は次回以降だが、リストを見る限り、一○郎とか○indows95の使い方とかもっと早く捨ててもよかったのでは?」(ここは吹いたぜ、ちくしょう

大学側の担当者は「実は除却したのは初めてです」(おい・・・大学設立70年って書いてなかったっけ)

まぁ、まとめるとはじめての除却、馬鹿丁寧に4年くらいかけて除却リスト作成、2~3千冊は教員研究室で引き取り、高知県立大学大学紀要1万冊程度は保存用を残して古紙回収業者へ、残りは焼却したらしいが、高知県図書館に6割程度が蔵書あり。残りの4割も馬鹿丁寧に版違いは除いて計算してたが、ほとんどが雑誌類でざっと見ていわゆる図書は2~3千冊かな(詳細は最終報告書にのるだろう、現在調査進行中らしい)

大学説明聞いた後で、2社(たぶん高知○聞と国営放送)以外はマスコミ撤収。あ、あんな冷めた目は見たことがなかったぜ。批判的な委員報道とはずいぶんと違うって印象もったかな、トーンダウンしてた。

一番議論が白熱したのは、燃やす前に周囲の図書館に一声かけてもよかったねってところかな。たぶんその点が今後の議題の中心になりそう。

一般聴講はせいぜい10人程度だと思う、その人がマスコミなのか関係者なのかはよくわからんが案外少ない。

おれ自身2回目以降出席するかどうかわからんが(たぶん行かない)、興味ある人は年内めどに最終報告書でるらしいからそっちを。

2018-08-28

中島みゆきファイト!』がどうしても好きになれない

正確に言うと、『ファイト!』の歌詞に中てられて、自分に酔っているような人間が好きになれない。というかダメだと思う。

比較的多く人と交わる職業立場にあったから、これまで『ファイト!』を陶酔しながらカラオケで歌う人や、何かの機会に『ファイト!』の良さについて熱弁を振るう人と出会ってきた。

そのほとんどの人が、自分に酔っているだけで、歌詞で歌われるような闘志のようなものを実質持ち合わせていなかった。

数えはじめてからは13人。さっき13人目だと気付いた人がいたからこれを書いている。13人の間に例外は3人くらい?

人を評価するようなことはあまるするべきではないのだろうが、とにかく『ファイト!』好きはファイトがなく妥協ばかりしている。

深夜のノリで『ファイト!』を聴いて「俺/私、絶対に負けない!」とか表明する割に、次の日以降姫エルフ騎士VSオークみたいな感じですぐ妥協する。

「俺研究者になりますから」と言いながら、さしたる論文も書かず公務員になった男。

大学図書館フェミニズムに目覚めたらしいが、女子グループ圧力を用いて組織内で上手く立ち居振る舞おうとする女。

上の公務員の男とは別の、とにかくやる気の見られない公務員。のらりくらり、は働き方の哲学それぞれでいいんだけれど、ならば『ファイト!』の精神同調する言動するなよ。

あと、三代農協職員の三代目。

全員が、どこか生ぬるい環境にありながらも、『ファイト!』で歌われるような厳しい環境と、それに負けない闘志に同調している。

こういう連中が一番怖い。『ファイト!』に近いようで、一番遠いような、恐ろしい存在だと思う。

ファイト!』には、そうした『ファイト!』を利用するような無意識信者みたいなのがいて、それに恐ろしさを感じて、どうしても好きになれない。

きっと、世の中には『ファイト!』に感化されて、厳しい環境を乗り越えた人も多くあるだろう。そういう人は、あえて『ファイト!』好き、と標榜しないのではないかと思っている。

しっかりと自己の中で内面化して、日々の奮闘を生きているのではないか

中途半端な恐ろしげな連中が、声高に『ファイト!』好きを叫んでいる。

なお自分観測範囲では『糸』ではなぜかこの現象は起こらない。

ファイト!』には何か麻薬のようなものがあるのではないかと密かに思っている。

2018-08-20

社会人になっても、学ぶ範囲限定しないようにするにはどうすればいいのか

大学時代は、自分が選んだ単位以外にも、潜りで授業を受けて、世の中にはこんなこともあるのかと、観測範囲が広がった。

大学図書館だと、専門以外の本も背表紙をざーっと読みすすめ、何だこれという本を見つけることができた。

社会人になると、観測範囲が狭まってしまった。知らないものキーワード検索できない。

大学図書館は近くになく、図書館文学以外は揃っていない。

2018-08-19

[]2018年8月18日土曜日増田

時間記事文字数文字数平均文字数中央値
007616956223.137
0153303657.332
02356520186.382
0319145676.640
04141559111.467.5
05104725472.5128
06162163135.229.5
07275412200.445
08424223100.537.5
0946418190.943.5
10446064137.855
1110316404159.350
128511137131.033
13728745121.541
14627157115.463
1554530498.232
16526126117.841
17465269114.551
187710856141.055
19437145166.274
2081639579.029
218310388125.261
227910069127.550
23116992185.535
1日1335171211128.245

頻出名詞 ()内の数字単語が含まれ記事

人(165), 自分(97), 今(66), 話(60), 増田(60), 時間(51), 問題(47), 普通(45), 前(45), 仕事(44), 人間(43), あと(43), 日本(43), 子供(42), 気(40), 感じ(39), 必要(38), ゲーム(37), 女(37), 好き(36), 男(36), 趣味(35), 理由(35), 相手(34), 意味(34), 手(33), 関係(29), 友達(28), 大学(27), 記事(27), 人生(27), 本(26), 別(26), 他(26), ネット(24), 顔(24), 無駄(22), 気持ち(22), 情報(22), 金(22), 言葉(22), 場合(21), 無理(20), 存在(20), 最後(20), 誰か(20), レベル(20), 幸せ(20), 仕方(20), 全部(20), 最近(20), ただ(20), ー(20), しない(19), 親(19), 社会(19), 頭(19), 自体(19), 今日(18), 結局(18), 世界(18), 差別(18), 方法(18), 確か(18), 逆(18), 他人(18), 会社(17), 写真(17), 絶対(17), 声(17), 勉強(17), たくさん(17), バカ(17), 一番(17), 目(17), アホ(16), 女性(16), 図書館(16), イメージ(16), Twitter(16), 世の中(16), 馬鹿(16), 話題(16), 時代(16), 可能性(16), 感覚(16), 興味(15), 状態(15), 心(15), 最初(15), 意見(15), 生活(15), 母親(15), 結果(15), 映画(15), オタク(15), 名前(15), 大人(15), 現在(14), 口(14), じゃなくて(14), キス(14), 事実(14), 漫画(14), 内容(14), 原因(14), 腹(14), 正直(14), 説明(14), 嫌(14), ダメ(14), 理解(14)

頻出固有名詞 ()内の数字単語が含まれ記事

増田(60), 日本(43), 可能性(16), Twitter(16), じゃなくて(14), ブコメ(13), twitter(12), ワイ(12), はてブ(12), …。(11), マジで(11), 元増田(10), いない(10), コミケ(10), わからん(10), ファミレス(9), アレ(9), アプリ(9), ツイッター(9), 辻希美(8), ツイート(8), 大学図書館(8), 一緒に(8), ブクマ(8), モチベーション(8), ブクマカ(7), 東京(7), 就活(7), リアル(7), スマホ(7), 精神的(7), hatena(7), 出版社(7), なのか(7), 数年(7), ブログ(7), な!(7), LGBT(6), キモい(6), nicovideo(6), 10年(6), 低能先生(6), プレイ(6), にも(6), アメリカ(6), SNS(6), ブロガー(5), ネット上(5), 渡辺(5), ソシャゲ(5), 欧米(5), エロ漫画(5), 県立大学(5), 辻ちゃん(5), 娘(5), 分からん(5), 5分(5), くない(5), はてなー(5), OK(5), AV(5), wikipedia(5), 主義者(5), メンヘラ(5), なんだろう(5), togetter(5), 高知県(5), はてなブックマーク(5), .s(5), ネトウヨ(5), 普通に(5), A(5), 笑(5), 個人的(5), バッハ(4), 5%(4), de(4), 岡田斗司夫(4), 10%(4), go(4), ペンギンハイウェイ(4), 立大(4), 平成(4), nw(4), 除菌(4), 高知(4), イケメン(4), ja(4), 1人(4), 8%(4), -1(4), 20年(4), B級(4), 差別主義(4), LINE(4), キモ(4), ω(4), 中国(4), キチガイ(4), コピペ(4), あるじゃん(4), 20代(4), 生中継(4), クソリプ(4), インスタ(4), 4%(4), 三浦(4), 上の(4), ちの(4), ワロタ(4), 出会い厨(4), オフパコ(4), キャバクラ(4), 渡辺明(4), 韓国(4), -3(4), or(4), 9%(4), 2018年アジア競技大会(4), 開会式(4), article(4), なんの(4), ニュースサイト(4), 1日(4)

投稿警察もどき日中に再投稿された本文の先頭20文字 ()内の数字投稿された回数

2018年アジア競技大会 開会式 (4), うんち (4), 怖い人に別室に連れていかれそう (2), 最後の一文、イイネ👍 (2), ただで本を読める場所がなぜ不要だと思(2), 正解 (2), パンティー (2), ウヨクサヨク関係なくお前は差別主義者(2), は? (2)

頻出トラックバック先(簡易)

ゲーム趣味の人ってさ /20180817124809(35), ■漫画アニメ映画ドラマでよくあると思うんだが /20180817231412(12), ■ほのぼのし漫画教えて /20180817215823(12), ■キレる限界に挑戦 /20180818073656(9), ■生きるモチベーション /20180818005728(8), ■もはやコミケにおいて版権者と二次創作界隈は共存・共栄のフェーズでは? /20180817212702(8), (タイトル不明) /20180818015123(7), ■神だよ /20180818080240(7), ■NHKの「チオちゃんに叱られる」って番組 /20180817211845(7), ■ /20180817143155(7), ■心療内科行ったら悪化した /20180818003247(6), ■友達がいない奴の特徴 /20180818200102(6), ■腐敗と発酵は同じ、みたいなのって他にある? /20180818181757(5), ■ツイッターフェミニストを見てるとつらくなる /20180818142856(5), ■東京ドーム何個分ってやめませんか /20180818205715(5), ■ウヨですら日本崩壊気づき始めてきた /20180818153755(4), ■名前を出す前に聞いて欲しい /20180818075757(4), ■ /20180818011058(4), ■そもそも市民向けの図書館って必要か? /20180818115337(4), ■高知県立大焚書記事問題を元大学図書館の人視点から /20180818141643(4), ■辻希美行為擁護してるゴミども /20180818102531(4), ■お前ら納豆砂糖入れるのバカにしてるけど、 /20180818085531(4), ■マージャン漫画マージャン抜き! /20180818175811(4), ■5分ボタンが欲しい /20180818114723(4), ■そりゃ俺だって俺を煽ったやつを低能先生みたくめった刺しにしたいわ /20180818122131(4)

増田合計ブックマーク数 ()内の数字は1日の増減

5515144(3285)

2018-08-18

[]高知県立大焚書記事問題を元大学図書館の人視点から

https://anond.hatelabo.jp/20180818141643

http://www.u-kochi.ac.jp/soshiki/7/oshirase.html

高知県立大学図書館からリリースでたけど焼却処分理由言及されてないので

勝手に勘ぐり追記

本を燃やす理由勝手な推測)

個人情報流出を恐れたのかな?と。

図書館の貸出システムコンピュータ化する前、館内設置の図書目録カード

図書貼付けしてある貸出カードで貸出状況を管理していた。

公共図書館では貸出カード利用者氏名が残らないブラウン方式だったけど

学校図書館では生徒の利用状況を把握するために敢えて利用者氏名が残るニューアーク方式採用してきた。

そのため、20世紀に購入した図書には当時の利用者氏名一覧が記載された貸出カードが表紙裏ポケットに入ってる。

図書館システムコンピュータ化と個人情報保護法上記管理方法絶滅してくれれば良かったのだけど

研究室所蔵図書学科独自運営している図書室など、図書館システムを介さな図書貸借を管理する大学の一部では現役で生き残っていたりする。

そしてキャンパス再編や研究室廃止時に図書館所蔵に組み込まれたりする。

さて、上記のような「大学名・学部学科・氏名・借りた書籍」がバッチリわかり、さらに「卒業年数・年齢」が推測できるような

貸出カード譲渡・売却図書などを通じて学外に流出してしまったら現在日本ではどうなるのか。

そのため、譲渡・売却する場合は一冊一冊貸出カードを確実に抜く必要があるのだけど、カードポケットに入っていなくてページ間に挟まっていたり

DATE DUEの方に氏名が書いてあったりと除去作業が非常に煩雑。一枚でも見逃したら大事故発生リスク

自分実体験上、図書館新設(移設)の超繁忙期に上記作業をやる余裕はないので燃やすことにしたのかなと勝手に推測。

廃棄分量について

報道では蔵書3万8000冊(単行本新書などの図書2万5432冊、雑誌1万2700冊)を3年で13回に分けて除却したとある

1回あたり平均して3000冊程度の除却リスト作成ならそんなに特別感はない。しっかり計画的に無理なくやってるなという印象。

ラーニングコモンズ

千葉大図書館成功ブコメにもある通り、図書館職員教員の長期に及ぶ熱意と努力と実行力によって実現しているので

形だけ真似たところで同じように成功するわけがない。

ラーニングコモンズをまともに運営するのは並大抵のことではない。

しかったけどね。

なお、「図書館のファレミス化」はグループ学習エリアカードゲームやスマホゲーで盛り上がったりする学生とそれを見つめるだけの図書館職員揶揄した表現でした。

グループ作業プレゼンする授業のために図書館グループ学習エリア使用するのは正しい利用方法ですので今後も是非活用してください。

高知県立大焚書記事問題を元大学図書館の人視点から

高知新聞記事見出しを見たときツタヤ図書館的なことを

大学図書館がやるなんて世も末だなと衝撃受けたけど

記事読んだら通常業務してるだけじゃねーか!と二度びっくりしたので

図書館私立大学)の中の人として補足を書くことにした。

蔵書を廃棄するまで

図書館書架が有限である以上、図書は買った分だけ捨てないと書架に収まらない。

購入・整備と同じように廃棄も定常業務ひとつ

購入→開架閉架検討→廃棄

通常、図書を購入して廃棄するまでは上記の流れを辿る。

  1. 購入図書は新着図書コーナーを経て開架配架
  2. 開架配架されている図書のうち一定期間(うちは3年)貸出利用されていない図書閉架に移動。
  3. 閉架配架された図書で閲覧申請があったもの開架に戻す。
  4. 閉架配架された図書さら一定期間(うちは5年~20年)閲覧申請がない図書図書館職員が廃棄リスト作成※。
  5. 大学図書館委員会(各学科図書担当教員)に廃棄リストを提出し承認を得る。
  6. 研究室に廃棄リストを配布し、欲しい本があれば研究室譲渡
  7. 廃棄。

オプション

 ※図書館職員の廃棄選定基準

  複本、新訂版有無、電子版有無、利用頻度、連携図書館国立国会図書館所蔵有無

図書価値を決めるもの

 大学にもよるだろうけど、本当の貴重書・重要度の高い図書図書館にはなく研究室にあったりする。

 特定専門分野の第一人者定年退職し、後任研究者がいないと研究室所蔵図書価値がわかる人がいなくなり、あえなく廃棄処分になるケースも何回か経験してきた。

 大学図書館にとって図書価値基準教育研究対象関連であるか否かである程度決まってくる。 

大学図書館役割はなにか

 そもそも大学図書館図書館法下の図書館ではなく、学校教育法下の図書館である

 大学図書館役割第一研究者学生のための図書雑誌等を所蔵し供与することであり今後も変わらないだろう。

 郷土資料の保存や収集公立図書館博物館役割で、県立であっても大学図書館が担う必要はないように思う。

 ただ、郷土資料を大量に廃棄するときは、公立図書館博物館に一声かけ配慮はあってよかったようには思う。

大学図書館収蔵能力減少の原因

 最近は偉大なる文科省中教審様の御宣託であったり千葉大成功事例であったりで大学図書館

 「主体的学修を支える図書館の充実や開館時間の延長、学生による協働学修の場の充実」を求められるようになった。

 以降、大学図書館を新設・改修するとラーニングコモンズとしてグループ学習設備内装予算とスペースが割かれるようになった。

 既存改修で閉架書架を潰してグループ学習室設置した大学図書館もある。

 余談だけど、千葉大西千葉猿真似ラーニングコモンズ作ってる多くの大学図書館ファミレス化してて残念な気持ちになる。

蛇足:一部のネットdeワイドショーな方へ

 ただただ自分信条感想を断言してスター稼ぐ前に、ご自身周辺情報をある程度把握をした上でコメントしませんか。

 ネット検索しても周辺情報に辿り着けない場合は最寄りの公共図書館にご相談ください。

 司書レファレンスサービス提供しています

anond:20180818003248

もそも大学図書館なんて学生普通に読むというよりは研究用じゃないのか

一般的読書対象として学生が読むかどうかを第一基準にしてたらいろいろと雑になる気がする

高知県立大学の蔵書の件

高知県立大学の蔵書の整理の件、ブコメでいろいろ意見出ているが思うところを述べる。

ブックマークコメントの粗さがしをしたいわけじゃないので、論点となりそうなところを適当に項目立てて書いていきます

やすことで二度と手に入らなくなる

そんなことはない。図書刊行物なんだからどこからでも手に入る。

裏返しで、どこにもない一点モノの本や史料を捨てたらそりゃ問題だ。

富士山測候所の日誌が処分されたのとは、ここが違う。

一点モノか、刊行物か。まずここを峻別して議論した方がいい。

刊行物の場合、一ヶ所の施設が捨てたとしても代替措置いくらでもある。

キャパティ問題で捨ててもいいということ。

記事には古そう、かつ郷土関係する、かついかめしタイトルがならんでいるが、これに騙されてはいけない。

刊行物か一点モノか。ここで判断すればいい(もちろん「○○氏文庫」とかを崩すのは問題があるけれども)。

むろんその境界あいまいで、限定された刊行物なんてのもあるんだが。

電子化するべきだったのでは?

これも一点モノor刊行物の機軸で考えてみよう。

他所にもある刊行物をあえて電子化する意義はどこまであるだろうか。

当然、コスト問題がある。膨大な資料スキャンする。そしてそれを常に使えるようシステム保守していかなくてはならない。

刊行物に対してそこまでするメリットはないのではないか

頻度の問題

記事には『国史辞典』『日本国語大辞典』が燃やされたとある

いやあ国史日国重要辞書ですよ。でも、それ使ったことある人どれだけいますか? 手に取ったことある人どれだけいますか? 

私は日本史学専攻だったのでアホほど使ったけれど、世の中のみんながこれを使っていたとは思えない。むしろみんな使ってたらすごい社会だと思うが。

他の本もそうだと思う。私は記事で上がっている書籍について、恥ずかしながら国史日国以外、ほとんど手に取った事有りません。

本が一冊一冊貴重なのは重々みんな承知している。だけど、それをどの程度で使ったり読んだりしているのか。

そんな中で廃棄の判断がなされた。国史日国も重複してるんだし、今は電子化の絡みで言えばジャパンナレッジあるし。

大学は知を守るところなのに……

その通りで、未来に向けて予算が限られるなか建物を建て替え、未来に向けて増え続ける蔵書を合理的に整理していかなくてはならない。

一見すると蔵書の焼却は知の後退のようにみえるけれど、実際、今後数十年数百年存続していくための知的チャレンジであるように思う。

じゃあ、どうすればよかったのか?

高知県立大学の今回の措置で責められるべきは、焼却の前に頒布の機会を持つべきだったということ。

新聞記事にもあるが、大学図書館の蔵書を処分する際にはいくつか頒布方法がある。

私の大学では、書庫の大改修の際に本が放出された。エクセルの表になっていて、希望者は随時図書館を訪れ、本を受取る。

本には図書館所蔵印のうえから廃棄の印が押される。

また、しれっと近くの古くからある古書店図書館のラベルが付いた本が並ぶことがあった。

事務処理的には、入札して適正に古書店販売したのだろうと思う。

表を作ったりなんなりと事務作業量は増えるけれども、このあたりは本の処分の前に出来ることだったのではないかと思う。というかほかの大学ではやっている。

ただし、これはこれで問題になることがある。どうしても、一点モノに近い貴重書が混ざるのだ。

先輩から聞くところには、農学部放出した書籍の中に著名な植物学者の記名のある本が含まれいたことがあると言う。

そういう「瑕疵」みたいなのを露見しないためには燃やしちゃえ! となるのかもしれない。いずれにせよダメだが。

高知新聞の書き方

高知新聞の書き方は、いらずらに問題を騒ぎ立て過ぎな印象を受ける。

貴重な書籍が失われた、というところに力点ありすぎる。述べてきたとおり、刊行物は貴重かというとそうでもない。失われた、といっても代替はいくらでもある。

頒布の機会もなく燃やしたこと図書館の蔵書管理キャパティに関する話題と絡めて語るのであったならばどれだけ良かったか

本が燃やされた! 残念! という感情に訴えるところに力点があり、この辺りに記者の見識・力量の限界が見える。

まとめ

刊行物はそれほど貴重ではないよ

使用頻度を考えた方がいいよ

未来に向けて蔵書を整理するのは仕方の無いことだが頒布の機会を持つべきだったよ

高知新聞記者はその辺りに鈍いんじゃないかと思うよ

大学図書館の蔵書廃棄で

古本屋に卸せというブクマカ

古本屋は本を集めるボランティアじゃないんだよ?

anond:20180818024014

そりゃあ、その新しい図書館移送したり整理したりするコストはもとより、その移送&整理コストがどれくらいだかを見積もるコスト、そして見積もったコスト市民説明するコストさらにいえば説明するコスト行政責任者全員で負担を共有することの同意を取り付けるコストがなかったからでしょ?

元増田が全くそであるように、市民はこの種のコスト負担に一切協力しないので、コスト圧縮のために本は捨てたってだけだよ。

「いいや俺は協力するね」というのだったら、増田大学図書館が建て替えになる計画を少なくとも計画段階で察知して手回しすべきだった。市民個人大学更新計画を察知するコストは、行政責任者が合意形成するコストよりも明らかに低い。

だって行政責任者が政治をするのは仕事のうちだろ?」というのならばそれはYesだけど、同じ政治を行うにしても、この記事冒頭で上げた様々なコストを支払うよりも三万数千冊を捨てる判断をするコストのほうが遥かに安いし、それもまた政治だ。どちらの判断違法ではない。行政担当者違法ではない範囲内&業務責任範囲内で、最もコストが低くなる合理的判断を行っただけだ。

それははてブで云うところの「ライフハック」でしょう。言ってしまえば市民は彼らに、より優れた判断をするほどの報酬を支払ってはいないのだ。給料以上の仕事をしない、というのは、はてブ増田においては善に属する価値観だったはずだよね。

anond:20180818002911

それな

だいたい、殆ど学生が読まないだろう書架なんて本が並んでるっぽく見える紙切れ立てとけばいいっての

はてなーツタヤ図書館批判しまくってるけど、大学図書館で働いてる人らは羨ましがってる人多いよ

大学図書館の破棄問題

もちろん、大前提としては可能な限り多くの蔵書を持つべきではあるんだろうけど、

大学図書館基本的には大学教育研究のための図書を保管しておくべき場所であって、

予算的に使わないのにおいておく余裕が無いものまで際限なく保管とかは機能に含まれないと思うんだが。

その大学校風やら学科やらの関係上、一般的公共図書館ならあって当然な書籍でもそもそも買わなかったりとか普通に有りだと思うし、

大学機能関係ない書籍の集積は公共図書館とかが担うものなのでは?って思ってしまう。

結局、きちんと公共図書館予算をつけて、公共図書館以外の図書館に本来機能押し付けるようなことをなくしていくことが必要だと思うんだが。

2018-07-17

大学図書館おっさんが行くこと

地域図書館がしょぼすぎて本が全然おいてないので、

近くの私立大学図書館を利用してみようと思うのだが。

なんか30のおっさん大学図書館に行くのがはばかられる。

部外者大学図書館使う人って多いのかな?

大学生的には学生じゃなさそうなおっさんがいたらどうなんだろう

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん