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2019-09-07

行動主義心理学10分で理解する

はじめに

行動主義はJ.B.Watsonが最初提唱した心理学哲学だ。この哲学は、現代では下火のように見なされてたり、あるいは棄却すべき対立仮説のように扱われることが多い。

しかし、実際には認知心理学者、あるいは認知科学者が槍玉にあげる行動主義は、誤解に基づくものか、そうでなくても「その行動主義自称している行動主義者は現代はいないよ」と言わざるをえないような藁人形論法であることが少なくない。

そこで、行動主義誕生から現代的な展開までの歴史について、ごくごく簡単にまとめてみようと思う。

Watson の行動主義

行動主義は、Watson が 1913 年に提唱した。

Watson の基本的な主張は、ご存知の通り「心理学対象客観的に観察可能な行動に限る」というものだ。

当時の心理学は Wundt の提唱した「内観法」を用いて人間の持つ「観念連合」を記述する、というものであった (余談だが、内観法は単なる主観報告ではない。これもよくある誤解である。Wundt の提案した心理学は、繰り返しの刺激に対し、同じように報告するよう徹底的に訓練することにより、人間の持つ感覚の組み合わせについて首尾一貫とした反応を得ようという研究方針である)。

Watson が反対したのは、Wundt の方法である人間自己報告」を科学データとすることである。それに代わって、刺激と反応という共に客観的に観察可能事象関係研究対象とすべきであると主張した。Watson は Pavlov の条件反射概念を用いれば刺激–反応の連関を分析可能であるし、人間の持つ複雑で知的な行動も刺激–反応の連鎖に分解できると考えた。

また、情動や愛のような内的出来事は、身体の抹消 (内臓筋肉) の微細運動から考察された。Watson の心理学が「筋肉ピクピク心理学」と揶揄される所以であるが、現代身体性を重視する心理学認知科学を考えると、(そのまま受け入れることはできないにせよ) あながちバカにできない部分もあるような気がする。

さて、認知心理学者、認知科学者が批判するのは多くの場合 Watson の行動主義である場合によっては、次に登場する Skinner と Watson を混同して批判する。

注意しなければいけないのは、Watson の行動主義立場を取っている行動主義者は、この地球上にはもはや存在しないという点である。従って、Watson 批判歴史的な批判以上の何物でもなく、現代科学議論ではない。

では、行動主義を自認する現代研究者が寄って立つ立脚点は何なのか? その鍵になるのが、Skinner の徹底的行動主義である

Skinner の徹底的行動主義

Skinnerは、Pavlov の条件反射を「レスポンデント条件づけ (いわゆる古典的条件づけ)」、Thorndike の試行錯誤学習を「オペラント条件づけ」として区別し、概念、および実験上の手続きを整備した。そのためあってか、Skinner は20世紀で最も影響力のある心理学者 1 位の座についている。

Skinner は、科学目的を「予測 (prediction)」と「制御 (control)」とした。ここでは説明しないが、そのためにの強力な武器として概念としては「随伴性 (contingency)」、方法論として「単一事例研究」などを導入した。 彼の心理学は他の心理学とは大きく異なる用語法、研究方法を持つため、「行動分析学」と呼ばれる。

徹底的行動主義では、Watson が扱ったような客観的に観察可能な「公的事象」に対し、「私的事象 (ようは「意識」のこと)」もまた、同様の行動原理によって説明できると主張した。つまり、内的出来事も「行動」として捉えられる、ということだ。文字通り「徹底的」に行動主義なのである。実際に、Skinner の著書の中には「知覚」「感じること」「思考すること」といった、内的な事象についての考察も多く、それらは行動分析学重要対象であるとはっきりと述べている。

逆に Skinner が反対したのは、「心理主義的な説明である。心的な活動実在するし、それ自体研究対象ではあるが、「心的な活動によって行動が駆動される」という因果的な心理主義に対しては、Skinner は反対であった。つまり、「原因としての心的概念」の導入に反対したのだ。この点を間違えると、Skinner を完全に誤解してしまう。

ただし個人見解としては、行動分析学ほとんど顕在的な行動以外実際には扱っていないし、扱うための具体的な方法論を発展させてもいない。そこに関しては批判を免れないとは思う。

行動分析学の他に重要な特徴として以下の 3 つが挙げられる。

(1) 「反応」を運動パターンとして定義するのではなく、「どんな結果事象を引き起こすのか」から定義する機能主義
(2) 人間の営みを超えた真理探究ではなく、行動の予測制御という現実的有効性の上昇を目指すプラグマティズム
(3) 仮説構成体・仮説群から研究演繹するのではなく、実験結果から法則抽出する帰納主義

なお、帰納主義については「え?でも科学って演繹帰納の両輪で回ってるんじゃないの?」と考える人いるかもしれない。

Skinner は「行動について我々は知っているようでまるで知らない。そのような若い科学にはまず、具体的なデータ必要なのだ」と考えた。そのため、Skinner は環境 (刺激) と反応の間の関数関係データの蓄積を重視した。

まりあくまで当時の知的状況を鑑みての方針だったということは重要な点だ。

ちなみに、Skinner は自身の徹底的行動主義区別するため、Watson の行動主義を「方法論的行動主義 (methodological behaviorism)」と呼んでいる。

また、次に述べる Skinner の同時代の行動主義も、同様に方法論的行動主義とまとめられることが多い。

Skinner と同時代の行動主義 (新行動主義)

Watson のアイデアを発展的に継承したのは Skinner だけではない。

ただし、Skinner 以外の新行動主義に与している研究者は、現代には皆無なので、あくま歴史的な展開として捉えるべきである

Guthrie

Guthrie は刺激と反応の間にできる連合は「時間的接近」によって生じることを述べた。また、Hull や Tolman と異なり、心理学研究対象客観的に観察できる行動に限定すべきであるという姿勢は堅持した。

Hull

Skinner と大きく異なる点として、Hull は「仮説構成体による演繹」を重視した。「習慣強度」という潜在変数を導入したモデルを考案し、その潜在変数挙動の変化により行動の予測に挑戦した。

Hull の研究問題点は、いたずらに潜在変数いくらでも増やせてしまい、理論肥大化する危険はらんでいるためである特に Hull や Skinner の時代は、行動に関するデータがまだまだ少なく、行動研究には強固な地盤がなかったのである。Skinner は「理論必要か?」という論文理論研究批判していているのだが、Skinner が批判たかったのは Hull の心理学だったのである

Tolman

Tolman は刺激と反応の間に「仲介変数」を導入した心理学者だ。いわゆる S-O-R の枠組みである。彼は「潜在学習」の研究によって、「学習」と「成績」は必ずしも一致しないことを見出した。そのことから、刺激と反応の間には、それを仲介する隠れた変数がある、と考えた。

Tolman からすると、「感情」「期待」といった内的な出来事も、刺激と反応の間に存在する仲介変数である

現代視点で見ると、認知心理学下地になるアイデアを提出したのが Tolmanだ。

ところで、Tolmanと地続きである認知心理学もまた、徹底的行動主義立場からすると方法論的行動主義立脚した心理学である。そう、私たち現代心理学徒のほとんどは、意識せずとも方法論的行動主義なのだ

なぜか?認知心理学でも、公的事象と内的事象を分ける。内的事象には直接アクセスできないので、公的事象の「操作」と計測を通じて内的事象研究をする。公的事象操作 (実験条件) を通じて、内的事象定義を行う。これは、Stevens-Boringの「操作主義」と呼ばれる。操作主義では、操作と計測の対象公的事象であり、内的事象については「研究者間での合意」に基づいて議論される。つまり、例えば「この条件によって反応時間に変化があったら、作業記憶に影響があったということにしようね」というのが、研究集団によって暗に共有されている、ということだ。これが、認知心理学が「方法論的行動主義」と呼ばれる所以である

Skinner 以降の展開

1980年代以降、Skinner の弟子筋の研究者たちの間で、Skinner 以降の行動主義を巡って、研究方針多様化しつつある。その中でも最も影響力のある 3 つについて、簡単に紹介したい。

Heyes の機能文脈主義

Skinner の行動分析学プラグマティック科学であると言われているが、実は Skinner 自身は表立ってプラグマティズムに述べていたわけではない。例えば、近い時代を生きたパースジェームズデューイを直接引用して主張を行なっていたわけではない。一方、Heyes の機能文脈主義の特徴は、Skinner の徹底的行動主義の持つプラグマティズムをより明示的に推し進めた点にある。

Skinner は心的概念を導入することを否定した。私的出来事 (内的過程) は外的な行動の原因ではなく、それ自体独立した行動として捉えるべきだと考えたためだ。また、心的概念による説明は、行動分析学目的である予測制御寄与しないと考えたことも一因である

Heyes の場合、そのような概念でも、予測と変容 (influence) に寄与する場合は、十分に有用であると考える。

具体的には、「態度」を測る質問研究が好例だ。質問紙で測る「態度」は Skinner であれば「質問紙に回答行動」として見なされる。しかし、Heyes の場合「そのような研究問題点は、測ったところで、実際の行動を変容させるための操作変数が同定できないことだが、最終的に行動の予測と変容を目指すという目的がぶれない限り、足がかりとしては有用である」と主張する。

このような、伝統的な行動主義比較してある意味で軟化した態度を、Heyes は「行動主義心理学自由主義化」であると述べている。

少し脇道に逸れるが、Heyes は行動の「制御 (control)」とは言わず、「変容 (influence)」と表現する。これは、「制御」だと決定論的に操作できる印象を受けるが、実際の行動には確率的な変動性が必ずついてまわるため、表現を柔らかくする意図である

また、機能文脈主義では、研究の真偽の真理基準にも明示的にプラグマティズムを導入している。

行動主義科学には必ず目的がある (多くの場合、それは現実問題解決と結びついているが、そうでないものもある)。Heyes の標榜するプラグマティズムは、目的にかなうかどうかが、研究の真偽を決める、ということだ。

これは、「うまくいけばなんでもok」という主観主義ではない。問題解決としての科学として、発見というよりは創造プロセスで知見が生まれるということだ。ただし、解決されるべき「目的」の方はどうしても恣意的にはなってしまう、と Heyes は述べている。

Baum、Rachlin の巨視的行動主義

巨視的行動主義の特徴は以下の 2 つにまとめられる。

(1) 分析単位として「随伴性」ではなく「相関性 (correlation)」

Skinner はレスポンデント条件づけは刺激−反応という 2 項随伴性、オペラント条件づけは刺激–反応–刺激という 3 項随伴性によって定式化し、随伴性こそが考察されるべき基本単位であると考えた。

巨視的行動主義は、そうは考えず、よりマクロな「強化子–反応率」の相関性行動主義心理学分析単位であると主張している。

まりミクロな刺激と反応の関係を捉えるよりも、マクロ環境と行動の関係を捉えることを重視しているのが、巨視的行動主義である

行動主義心理学目的予測制御に置くならば、結局はマクロ記述で十分であり、その方が有用であるというのが彼らの主張だ。

(2) 内的出来事の導入の拒否

Skinner は外的な行動とは別に内的な出来事もまた行動として捉えられると考えた。巨視的行動主義ではそうは考えない。

彼らは、内的な出来事を「潜在的な行動 (covert behavior)」と呼んでいるが、心理学はそれを直接対象とする必要がないと論じている。なぜなら、潜在的な行動が実際に効力を持つならば、最終的には顕在的な行動 (overt behavior) として表出されるためである

このことを彼らは「時間スケールを長くとる (temporally extended)」と表現している。瞬間瞬間に我々には豊かな精神活動 (mental life) があるが、それを相手取らなくても、長い時間観察すれば、観察可能な行動として現れる、ということである

Staddon の理論的行動主義

Staddon の主張は、他の行動主義と大きく異なる。彼の場合は、心的概念の導入を許容する。そして、それを用いた「理論」こそが心理学必要であると考えた。その点は、実験結果から法則抽出する帰納を重視した Skinner の立場とは異なる。また、「心的概念による説明」は Skinner の反対した「原因としての内的過程」でもあり、それを採用する点も Staddon の特徴である

行動主義心理学目的は、予測制御だけではなく「説明」にもあると彼は主張した。Staddon の言う「説明」とは、概念同士の関係によって、現象記述することである。わかる人にとっては、David Marr の「アルゴリズム表現」の位置心理学位置づけている、と考えればすっきり理解できるように思う。

Staddon はやや言葉遣いが独特で、概念連関による記述を「メカニズム」と呼んでいる。そのメカニズムは必ずしも生理学的基盤を前提しないで、あくま心理学レベルでの記述である

ようは、行動のアルゴリズム的な理解なのであるが、事実 Staddon は「私の言うメカニズムとは、アルゴリズムのことである」とも述べている。

Skinner は反応率 (時間あたりの反応数) を分析の基本単位としたが、Staddon はより多元的である。ただし、なにを分析単位とするかは、それ自体研究立脚点を示しているものである。それを Staddon は「The model is the behavior」という言葉表現している。

それでは認知心理学となにが違うのか?と思われるかもしれない。Staddon いわく、行動主義心理学伝統的に堅持してきた「強化履歴」は理論的行動主義でも重要であるというのが大きな違いらしい。つまり、行動や内的状態は、それまでの環境との相互作用に基づいている歴史性を有しているとういうのだ。当たり前といえば当たり前なのだが、その点を強調するか否かである

また、Staddon は「動的過程 (dynamics)」を重視した点も特徴である。他の行動主義は、基本的には刻一刻と変化するような過程というよりは、安定した反応の推移を対象としてきた。ややテクニカル議論ではあるが、現代では複雑な時系列データを扱う方法もたくさん用意されているので、動的な過程を取り上げるのは科学として自然な展開であると思う。

一方、認知心理学では「コンピュータアナロジー」のように、入力–出力関係を固定して考えることが多い。動的に内的状態は推移していることを重視した点も、Staddon の理論的行動主義認知心理学を分ける特徴の 1 つであるしかし、個人的にはこの差異は徐々に埋まっていくのではないかという期待もある。

おわりに

以上、行動主義 100 年の歴史簡単に振り返ってみた。

色々なアイデアはあるものの、基本的現在「行動主義」を標榜している人がいれば、Skinner の徹底的行動主義である。Watson、Hull、Guthrie、Tolman に依拠している者はいない。従って、歴史批判ではなく、科学議論として行動主義批判したければ、Skinner を相手にするべきである

行動主義はとにかく誤解されがちである。それは行動主義心理学者サイドにも問題があるにはあるのだが、科学において、無理解責任基本的には不勉強側に帰せられるべきだろう。

個人的には、アンチ信者より詳しくあってほしい。認知心理学者も、自分たちが寄って立つフレームワーク出自はどこにあって、なにに対するアンチテーゼだったのかをきちんと理解してみたら、何か発見があるかもしれない。

2019-06-22

独断偏見で選ぶ、動物を使った心理学に関心のある学生に勧める書籍30選

動物心理学」は動物学習、知覚、認知生理機構といった諸形質の放散と収斂の原理過程の解明を目指す心理学の一領域である

心理学全体の中ではマイナーではあるが、国内研究者の集まりである動物心理学会」は、実は数少ない戦前から続く (1933年発足) 学会であったりもする (ただし、悲しいことに、動物心理学が学べる大学は減り続けている)。

だが、動物心理学を学びたいと思った学生が、何から手を取ればいいのか、あまり紹介の記事が世に出回ってない気がした。そこで、独断偏見で、オススメ書籍を挙げてみた。番号はオススメ順とかではなく、特に意味はない。気になったものを読めば良いと思う。

(1) 動物たちは何を考えている? -動物心理学の挑戦- (技術評論社)

藤田 和生 (著, 編集), 日本動物心理学会 (監修)

日本動物心理学の主だった研究者たちが、動物心理学代表的研究について平易に語った本

(2) パピーニの比較心理学―行動の進化と発達 (北大路書房)

マウリシオ・R. パピーニ (著)

日本語で鈍器のような大きさでまとまっているのはこれくらいか

(3) 鳥能力―小さな頭に秘められた驚異の能力 (化学同人)

渡辺 茂 (著)

鳥類の行動とその神経基盤について解説した本

筆致が軽やかで、ベッドの上で寝転がりながら読んでも十分に理解できる。書名通り鳥限定であるが、名著である

(4) ハトがわかればヒトもわかる―比較認知科学への招待― (共立出版)

渡辺 茂 (著),

同著者がハト比較認知科学研究に特化して書いた本

心理学ではハト伝統的によく使われる。

(5) ソロモン指輪動物行動学入門 (早川書房)

コンラート ローレンツ (著)

動物行動学の創始者ローレンツいか動物と向き合い、その行動を観察していたのかを記したエッセイ

ローレンツ論文は難解で読みづらいことで有名だが、一般向けの著書は対照的に驚くほどとっつきやす

(6) タコの心身問題――頭足類から考える意識起源 (みすず書房)

ピーター・ゴドフリー=スミス (著)

哲学者である著者がダイビングタコイカと接することを通じて彼らの生き方

タコとて侮るなかれ。動物心理学を志す者が覚えていてほしい動物との向き合い方がぎっしり詰まった一冊である

(7) 動物心理学史―ダーウィンから行動主義まで (誠信書房)

R. ボークス (著)

動物心理学が、いかなる過程独立した分野として成立したのかを述べた本

傑作である絶版なので図書館で探そう

(8) 種の起源 (光文社古典新訳文庫)

ダーウィン (著)

言わずと知れたダーウィン古典である。いつ読んでも何かしら発見があるもので、それが古典古典である所以なのだ

余談だが、動物行動学の論文ダーウィンが扱った問題を再び取り上げるときは “Charles Darwin once said…” という殺し文句で始めることがある。

(9) 遺伝子から解き明かす脳の不思議世界 (一色出版)

滋野修一 (著), 野村真 (著), 村上安則 (著)

「脳」の起源と、その発生、さらには脊椎動物の脳のデザインいかに生じたのかを、ホヤから霊長類研究者まで多彩な研究者が論じた本

図や動画が手に入るURLQRコードがついてくる嬉しいおまけつき

(10) 感覚器の進化―原始動からヒトへ水中から陸上 (ブルーバックス新書)

岩堀 修明 (著)

はいかにして出来上がったのか?感覚器 (視覚聴覚、触覚、嗅覚、味覚) が現生の形になった進化道筋解説した本

(11) 生物から見た世界 (岩波文庫)

ユクスキュル (著), クリサート (著)

比較生理学の祖、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが豊かな想像力動物生理学的機序からその「環世界」について語った本

名著中の名著である

(12) 動物環境と内的世界 (みすず書房)

ヤーコプ・V・ユクスキュル

同著者が、生物の生きる、その固有な世界像について、当時の解剖学的知見と合わせてより詳しく解説した本

(13) あなたのなかのサル霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源 (早川書房)

フランス・ドゥ・ヴァール (著)

チンパンジー研究者大家、ドゥ・ヴァールの一般向けの著書

ドゥ・ヴァールはかなり擬人主義的な研究者で、研究者によって評価が真っ二つに分かれる。動物心理学一枚岩ではない。氏の著作同意するかどうかは、自分をどのような立脚点に置きたいのかをはっきりさせる意味でも一度は目を通すと良いだろう。

(14) 心の先史時代 (青土社)

ティーヴン ミズン (著)

人間の心はいかにまれたか?スティーヴン・ミズンは「元は個別用途進化させた認知機能が、文脈を問わず適用できるようになった」認知流動性により、高度に柔軟な我々の心が生じたと考える

内容は既にやや古いが、独創的な論考の面白さは色褪せない

(15) 行動理論への招待 (大修館書店)

佐藤 方哉 (著)

行動主義心理学エッセンスが詰まった本。絶版なので図書館で探そう。

「行動主義」的なもの見方は、認知研究では棄却すべき対立仮説として扱われることが多い。しかし、実際にはその対立仮説は多くの場合単なる誤解であり、藁人形を叩いているに過ぎない。

(16) 認知心理学有斐閣ニューリベラルアーツ

箱田 裕司 , 都築 誉史 他

比較認知科学は、動物心理学の中でも、動物認知機能を種間で比較し、その種差や共通性を描出する分野である比較認知科学実験では概念手続き認知心理学のものを援用することが多い

従って、認知心理学についてよく知るのが重要なのは至極当然なのだ

(17) キャンベル生物学(エッセンシャル版)

池内 昌彦 (監修, 翻訳), 伊藤 元己 (監修, 翻訳), 箸本 春樹 (監修, 翻訳), 道上 達男 (監修, 翻訳)

今日科学の分野間の壁はますます小さくなり、生物学と動物心理学をことさら区別する必要性も薄くなりつつある。

とはいえ原書版は鈍器のように重たいので、エッセンシャル版の方が挫折しないと思われる。

(18) カールソン神経科学

泰羅 雅登 (監修, 翻訳), 中村 克樹 (監修, 翻訳)

同様の理由で、自身神経科学を取り入れるか別に神経科学についてもどこかで通っておいた方が良いかと思われる。

そもそも、「動物心理学に固有」な方法論というのは現代にはなく、近隣領域連続的なつながりを持って成立しているのだ。

(19) 流れを読む心理学史 (有斐閣アルマ)

サトウ タツヤ (著), 高砂 美樹 (著)

心理学の成り立ちに関して、コンパクトかつしっかりまとまった本

歴史を学ぶと、どこかで役に立つ。物理学者エルヴィン・シュレディンガー言葉を引いておこう。

歴史は, あらゆる学問の中で最も基本的ものである。なぜなら、人間の持つ知識には、その成立条件や解決してきた問題や, 果たすべき機能が忘れ去られた場合, その学問的意義を失わないもの存在しないかである

サンキューシュレディンガー

(20) 視覚科学 (勁草書房)

横澤 一彦 (著)

別に動物研究の本ではないが、視覚についてよくまとまった本

視覚に興味があるなら、読んでおいて損はない。

(21) メイザー学習と行動 (二瓶社)

ジェームズ・E. メイザー (著), James E. Mazur (原著), 磯 博行 (翻訳), 坂上 貴之 (翻訳), 川合 伸幸 (翻訳)

学習完全に理解したマンになりたい人が必ず読む本。学習完全に理解したマンになりたいなら読もう。

次に読む本としては『オペラント心理学入門―行動分析への道』も良い本である

(22) 古典的条件づけの理論―パヴロフから連合学習研究最先端まで

入門レベルでは「犬とベルと唾液」くらいにしか教わらない古典的条件づけがいかに奥深く、理論的な探求に富んだ領域なのかが概観できる。例えるなら魔術書である

(23) 感じる脳 情動感情脳科学 よみがえるスピノザ (ダイヤモンド社)

アントニオ・R・ダマシオ (著), 田中 三彦 (翻訳)

これも動物研究者の本ではないが、ダマシオは身体性を重視する立場認知神経科学の方向を作った一人だ。

ダマシオは多作で、『デカルトの誤り』『自己が心にやってくる』など、他の著書も面白い。

(24) 盲目時計職人 (早川書房)

リチャード・ドーキンス (著)

進化学流布の急先鋒ドーキンス一般向け書籍。同氏がスリリングな筆致で進化について語る。

利己的な遺伝子』の方が有名だが、オシャレさでは『盲目時計職人』の方が上だ。

(25) 脳の中の幽霊 (角川書店)

V・S・ラマチャンドラン (著), サンドラブレイクスリー (著)

これの動物研究者ではなく、ヒトの神経科学者の本であるが、大変面白逸話がたくさん載っているので挙げた。

続編に『脳の中の幽霊再び』『脳の中の天使』も出ていて、どれも楽しく読める

(26) 鳥たちの驚異的な感覚世界 (河出書房新社)

ティムバークヘッド (著), 沼尻 由起子 (翻訳)

鳥にも我々と同じように目・耳が二つ、舌が一つ、皮膚には触覚受容器が備わっている。しかし、世界の見え方はまるで違うことがわかっている。彼らの感覚世界について、鳥類学者一般向けに語った本

(27) 実は猫よりすごく賢い鳥の頭脳 (エクスナレッジ)

イサンエメリー (著), 渡辺 智 (翻訳)

鳥の代表的認知研究について、各項目2p程度でまとまった入門書。どんな研究が、どのような方法で行われているのか、ざっと知るにはぴったりである

ちょっと邦題間抜けな感じがするが、原題は "Bird Brain: An Exploration of Avian Intelligenceである

(28) 脳科学と心の進化 (岩波書店)

渡辺 茂 (著), 小嶋 祥三 (著)

生物という視点から「心」がどのように形成されたのかを解説した本

まとめ方が独特だが、面白いことには間違いない

(29) 「つながり」の進化生物

岡ノ谷 一夫 (著)

動物コミュニケーションはヒトの「人間らしさ」について何を語るか?

元が高校生向けの連続講義であったらしく、大学生なら誰でも読める。

おまけ

(30) ご冗談でしょうファインマンさん (岩波書店)

リチャード P. ファインマン

ノーベル物理学賞を授賞した天才物理学者ファインマン好奇心に満ちた生涯について書かれた伝記

読めばきっと、未知への興奮と探究心、そして科学への憧憬が刺激されるに違いない

2019-05-02

「美」は無知からまれ現代はその美が消え去る時代

美は往々にして無知からまれるモノだ

 

例えば男が女に抱く感情、それらはしょせん化粧や

主観的感情生理学的な要素に起因するもので、神秘的に美を定義できるわけではない

性差による神秘性、相手に対する無知による神秘

男性中心の世界観に異議を呈する風潮は昨今のフェミニズムにも明らかである

 

例えば白人アジア文化に抱く神秘

忍者芸者などは(勉強した者には)ありふれてつまらない文化だが

彼らは嬉々としてそれらを模倣し、面白がる

それゆえ、アジア人を見ればとにかくカンフースシと言えばいいと

偏見差別につながっていく

 

同様のことは日本人にも言える

学者欧米建築様式幻想を抱くが

源流を探れば、古代ギリシャの発展形であり

世界中でそれをモダニズムまで酷使していたというだけの話だ

しかし、無知な者は複雑な様式神秘の賜物だと捉えてしま

 

現代はそれらの「無知による美」が

技術による集合知人間の知力の底上げに寄り

一気に陳腐化していく過程

 

あらゆる「美」を表現した芸術作品に対して

当事者から批判の声が上がる現代ははたして息苦しい時代であろうか?

いや、人類の知力の底上げと見なし、諸手を挙げて歓迎しようではないか

2019-04-13

anond:20190413142912

すごい。ちゃんと神経生理学的に開発のしくみが解明されてたんだ…

2019-01-23

エロ本生理用品を比較する話

https://twitter.com/2003tom/status/1087497865897758721?s=19

エロ本を売り続けたことで、セブン女性人権を軽視ねぇ。

だとしたら、ドラッグストアで堂々と生理用品を売っていることは男性軽視なのでは? アレ、大きくて派手で目のやり場に困るんですよね。

持ちつ持たれつ、という言葉が消え去ろうとしてる気がしました。

この人が言いたいことに「生理用品はエロ本と同じ」という補間をして読んでしまうのが混乱の元である。「異性にとって居心地の悪さがあるもの」という観点だと自分自身には覚えがある。

私自身は30代男性であるが、やはりドラッグストア生理用品コーナーに足を踏み入れたときには居心地の悪さがある。

だいたいは別のコーナーへ行こうとしたとき、通らざるを得ないで通るのだが、居心地が悪い。

生理用品が絆創膏と同じような衛生用品とはいえ強く女性性と結びついているので男性はそのコーナーにほとんどの場合用事がない。

例えば、本人が痔であったり、彼女奥さんに頼まれたり、というパターンくらいだろう。通常の頻度の少なさから考えると、いれば「なぜいるのか?」と思われるのも仕方ないと思う。

私自身は、頼まれて買いに行ったとき店員微妙な顔をされたことがあり(被害妄想と言われると困るが、そう何度も買いに行くことはなかったので、他の人の体験談が欲しい)、やはり個人生理に関わることだからセンシティブなのかな、と思ってスルーしていた。彼氏旦那生理用品を買わせることについては各々に意見があるらしく、これはOKこれはNGという線引きがたまにインターネットでも話題になっている気はする(真面目に追っていないので印象に過ぎない)。

と、ここであらためて件のtweetを見ると、私には

エロ本を「特に女性にとって不快から排除」するなら、生理用品を「男性にとって不快から排除」も成り立ってしま

という主張のように読める。

推測込みなのでこの読み方が100%正しいとは思っていないが、逆にこの男性生理用品をエロだと思っている、という確証のある読み方ができるなら教えてほしい。

Twitterブコメだとどうも「この男性嗜好品であるエロ本と衛生用品である生理用品を同列に扱っている!許せん!」と、なっているが、あまりに短絡な読み筋であろう。そもそもが短絡なtweetなのだが。

どうしても生理に関する話に男性側は当事者でないから声を上げづらいし、丁寧に議論するにしても文字数やらリソースが足りないしでモヤモヤするところがあってもスルーして「女性問題」に押し込めたいところはあるのだと思う。

仮に議論するとしても、生理について生理社会学的に本を読み漁ったり発言したりする男性変態だとする社会状況だとは思う。それこそ、アンネの誕生にまつわる話や、TOTOのビデ機能を作った人のインタビューを見ても、男女かかわらず奇異の視線を向けていた(余談だがパッドマンも見たい)。もちろん、そこに肯定的視点もあったから、製品が世に出てきたのだが。

男性女性フラット生理現象について語れる日が来ると良い。その日は遠そうではある。

2019-01-15

anond:20190114224851

横だけど咳が出る人については探せばたくさんあるよ

 

http://q.hatena.ne.jp/1400998393

http://q.hatena.ne.jp/1393263179

http://q.hatena.ne.jp/1269239663

 

ファブリーズだので「匂いの発生源に揮発性嗅覚麻痺剤を吹きかけ、匂いを嗅ぐと同時に嗅覚麻痺させて匂いを消したことにする」薬剤が流行ってるけど、麻痺させるのが嗅覚だけで、アレルギー反応まではブロックできないんでそのへんじゃないのかね。

嗅覚なんてスペクトル狭いもんだし異常を起こす揮発物質があれば必ず嗅覚が反応するかどうかは進化だより(一酸化炭素だって人間は嗅ぎ分けられない)

ちなみに麻痺じゃなくて「どんな匂いでも消せる」薬剤なんて酸化剤(ハイターだのブリーチファブよりずっと昔からあって100円で買える)くらいだけどたいてい匂いだけじゃなく発生源も壊しちゃうからファブみたいには使えないよ

 

あと個人的にナトロム含めてネットにはびこってる医者化学薬学なんて高校でとまってるバカばっかだと思ってる

生理学さえまともに覚えてないからわからなかったら自律神経失調症なんて病名を適当につけちゃう

2018-12-16

年配のご婦人向けのショーツで真っ赤なやつあるのよ

冷え解消アイテムらしい

ずっと眉唾もんだなと思ってたけど

同じ質感の衣類でも暖色系の赤ってあったかいの

視覚的に暖かく感じる、って効果 案外強くて驚いてる

バカにできない

それにしても中高年になると真っ赤を好む人が一定数いるのような

これもなにか生理学的に説明がつくのだろうか

anond:20181216161436

女の方がコミュニケーション能力、向学心、他者共感する力など、先天的かつ全般的に脳機能で男を上回る部分があるんだろうな

脳の性差を測定する生理学研究を、フェミニズム正当性明確化するためにも推進していきたいところだ

2018-12-05

anond:20181205164328

どっちも根治には遺伝子治療必要かな。現在技術的に不可能だけど。

細胞生理学レベルでは、活動能は主にイオンチャネル受容体神経伝達物質とそれを制御する分子群、

形態形成能は細胞骨格系の文字通り細胞の形作りをするための分子群が関わっていて、

前者は脳が発達しきった段階でも薬物でコントロールできる可能性は高いけど、後者神経細胞同士がコネクションを作って脳が出来上がる段階に効いてくるから

極端に言えば生まれて来る段階で手を打たないともうどうしようもない。

これはごく単純化した描像で、脳の発達には前者が、個々の神経細胞活動には後者も絡んでくるから実際はより複雑だけど。

認知行動療法などの非薬物療法生理学的な効果はまだ未知な点が多いけど、あくまでも「出来上がった脳の微調整」なので効果は薬物以上に個人差が大きいでしょう。

2018-12-03

anond:20181203234438

20年前に文系から理系転向したものです。今とは時代が違うから役に立つかどうか、まったくわからないけど、当時の体験談を。

生理学については、Essential細胞生物学で学びました。とにかく頭から読んで、分からないところは調べた。

生物を学んできた学生には内容の薄い本らしいが、いちから学ぶには十分です。

それから大学によっては公開講座を開いている大学もあるので、公開講座に行って、生物先生の話を聞き、講義終了後に先生を捕まえて、事情説明して教科書勉強方法を教えてもらおう

生物学楽しいよ。頑張ってね

anond:20181203015023

お、自分も例の話に言及してた一人だよ(anond:20181202014646

生育環境が例の話の人に似てて、自分だけ何も持ってないような惨めな思いもしたしそれで自信を無くしかけてたけどなんとか踏ん張って結果を手に入れて、それを自分一人だけで手に入れたように思ってたか結構自己責任論者ではあるんだよね。(大学大学院の学費生活費を全部自分で出したのもその感覚助長してる)

でも、増田の話を読んでると確かに運だなぁとは思う。

中学数学先生出会わなかったら勉強をすることなんて無かったし、高校卒業したら外のことなんて何も知らないまま親のスナックの手伝いとかしてたと思う。

進学校に進んだことで外の世界を知って色々な可能性があることに気づいて可能性を広げようとしたけど、そもそもそれを知らないとどうしようもないもんね。


『何らかの行為』の話だけどこれも自分人生経験から来ていて、適性があるかどうかも分からないし、もちろん自信は周りに萎縮しちゃって無かったから、とにかく学習方法だけは間違えないようにって思ってひたすら神経生理学の本読んで脳の学習の仕組みを理解してそれに則った学習方法勉強するようにした。

増田の言うように成功体験が無いから小さいこからタスクをこなせるようにして、それをクリアできれば少し大きなタスクをこなすようにして、失敗したらなんで失敗したのかを考えてもう一回同じタスクに挑戦するようにした。

そうやって何百回も失敗しながら自分なりの勉強方法を身につけたおかげでどんどん成績は伸びていったし、人より出来ないものも長い時間を掛けて正しく学習を行って身につけられた。

から自分は今でも能力は正しく努力すれば身につくものだと思ってる。

こはちょっと増田と相違があるかも。


自信に関して言えば、最初の辛い時期を乗り越えられるような感情があるかどうかな気がするなぁ。

高校大学で外の世界を知った時、様々な面で周りとの圧倒的な差を感じて本当に辛かった。

でも、自分も外の世界を知りたいと強く思ったからその気持ちに負けないように努力した。

から人生大事なのは自分より上の世界を知った時に自分の惨めさとかそういうぐちゃぐちゃした感情に負けないように努力することなんじゃないかなぁと思ってる。

幼稚に聞こえるかもしれないけど、何かを為す上で大事なのは理想に向けて強く感情を持つことだと本当に思う。


「1人の人間として見て欲しい」っていう増田言葉、すごい分かるよ。

でも多分、どうあっても差別存在して、結局それを解消できるのは今の自分肯定できるかどうかだと思う。

少数だけど未だに年収マウンティングとか嫁の実家の太さマウンティングとかしてくる人いるし、狭い世界の中でも差別って生まれるんだなぁって感じる。

から他人基準にしてるといつまでも1人の独立した人間にはなれなくて、増田がどうなりたいか大事だと思う。

もちろんできれば石油王になりたいとか思うけど、そうじゃなくて今の条件から考えてこうなりたいと思う方にちょっとずつ進んでいく。

それを繰り返しているうちに掲げた目標に向かってちょっとずつ変化する自分肯定できるようになるし、自分評価軸ができるから他人から評価に対して色々と考えることはなくなる。

増田の主張とはちょっとズレたこと言ってるかもだけど、自分は1人の人間になるためにそういうことをしてる。

増田人生がより良いものになるように祈ってる!

2018-12-02

anond:20181202030454

横槍だけど、生起する事象が全て確率によって支配されてるのはみんな分かってるのでは?

その確率を上げるために努力するんでしょ。

あと脳は自由意志がないから何をするのも外部環境が決定するっていうのはちょっと議論が雑過ぎ。

脳は入力と正解のペアを使って訓練することで内部状態が変化して、その内部状態の出力が人間意志とされてる。

その訓練がいわゆる"勉強"と言われるもので、内部状態勉強によって変えられる。

自由意志がないっていうのはキャッチーな言い方だからちゃんと神経生理学勉強して仕組みを説明できるようになろうな。

2018-10-20

だったら鈴木福さんと比較すればよいのではないでしょうか?

社会学者千田有紀先生、キズナアイの記事について印象操作を指摘されるも反論としてキズナアイの相槌を数え始める→そもそも相槌「しか」打たないって話だったのでは - Togetter

キズナアイさんが相槌「しか」打たないことを、社会学者さんは相槌の数で判断されようとしていますしかしどのくらいの割合であれば相槌「しか」打っていないと言えるのかの基準が無いため議論が成立しません。

だったら鈴木福さんと比較すればよいのではないでしょうか?2017年NHKノーベル賞特集では鈴木福さんが同様の役割で出演されています

NHKニュース@nhk_news

ノーベル賞がまるわかり!】ことしのノーベル賞、注目の研究は?タレント鈴木福君が、ゲノム編集、腸内細菌重力波量子コンピュータ-、人工光合成まで最新科学を学びました。ノーベル賞のまるわかり解説のページです。

NHKから2017年特集は削除されていますが各種アーカイブ上に一部の内容が残っています

鈴木福さんとキズナアイさんを比較すれば、キズナアイさんが相槌「しか」打っていないという議論ベースができると思います

アーカイブ上に鈴木福さんのデータが残っていることを社会学者さんあるいは議論に参加している関係者さんにどなたかお伝えしてもらえませんでしょうか?私はTwitterアカウントを所持していないので。

(補足)

2017年版の医学生理学賞ページはアーカイブからは見つけられませんでした。

2016年版もアーカイブされていましたが今回のような形式ではありませんでした。化学賞 2016(Internet Archive)

・ それ以前の年度の特集ページは見つけることができませんでした。

・ ちなみに個人的お気持ちを報告しますと鈴木福さんのほうが人間味のある相槌だと思いましたまる

2018-10-10

頭の良い人の話は聞いていて心地がよい

ノーベル生理学医学賞を受賞した本庶佑氏の会見の様子を動画でみたらとても良い内容だった。記者漠然とした質問本質的な答えを返していて何分見ても飽きなかった。私は頭の良い人間ではないが文系の人の話を聞くとこの人はバカなんじゃないかと思うことがある。政治経済の「専門家」の話がそうだ。彼らは本質的なことは何も語らず表層的な話題ばかりを取り上げ議論する。中にはその議論を本にして売る人さえいる。表層的な議論が金になるとわかっていて意図的にそうしているならある意味賢い人たちだが私は彼らのような人とは関わりたくない。本庶佑氏のように頭の良い人間になるにはどうすれば良いだろうか。

2018-10-02

タバコの死と文化の死

タバコ生理学的な物という認識批判されているがタバコ文化的な物だった。吸っている大人はかっこいいなどなるほどまったく根拠がない。しかしその無根拠意味けがまさに文化定義のものだろう。

物には物理的な機能性と別に概念による意味づけによって価値が出てくる。たとえばアート作品に何千万円という価値があるのは歴史的背景=過去の人達が意味づけした価値がその物の概念価値を基礎づける。ピカソの絵が物理的に変な絵だという批判は真であり同時に概念的に素晴らしいものだという「妄言」もまた真なのだ

原爆ドームなどもさびれた建物だがそこに僕達は意味を見出す。あるいは恋愛なども同様のことがいえる。

あなたや僕の彼女彼氏配偶者自然的妥当性などない。愛が素晴らしいのは科学的根拠と別領域でただ僕達が勝手に、無根拠に、意味づけることができるからだ。事物には概念を与えることで意味を持って彩りを与えてくれる。それが文化定義だろう。物理的な価値だけを認める物質主義タバコ概念価値駆逐した。

根拠意味けがタバコ文化的価値を支えていた。タバコ物質的に害をもたらすことが真であると同時にタバコ概念的に意味づけされた物「だった」ということもまた真なのである

2018-09-14

anond:20180914184941

ただねぇ。。

お酒を呑むと理性の働きが弱まるんですよ。

それは生理学的にも十分明らかになっている訳で、

「呑んだら乗るな」

というのは、そもそも人間には不可能なんです。

呑んでたら運転できない車の仕組みを用意するしかないと思います

2018-09-09

原発と電力と光合成天照大神モヤモヤ

私の計算間違いである事を望む。

 

 

 足りない知恵を工夫して、日本全日本人が 消費しているエネルギー計算した。

間違いが有れば指摘して欲しい。

 

 

参考ページ。日本植物生理学会 > みんなのひろば植物Q&A > 一人当たりの緑量

https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=1519

 

 

"日本人1人の生存活動の結果として発生する二酸化炭素をすべて植物光合成によって固定するためには、農耕地であれば約35000平方メートル以上が必要になります。"

 

 

35000平方メートルってのは、=0.035平方キロメートル

計算やすくする為と人口減も考えて、日本人は1億人とする。

0.035平方キロメートル × 一億人 =3500000平方キロメートル

 え~と……。

日本の面積はWikipediaより、377,972.28km2 

 

 

 ……。取り敢えず雑に割ってみるか……。

3500000平方キロメートル ÷ 377,972.28km2

 =9.2599382724048532214856961389566

 

 

……。全日本人の年間消費エネルギーを"すべて植物光合成によって"賄うには、日本全土の【9倍強】の面積の農耕地必要っぽい……。

 終わってるだろ。

基本的に、人間に限らず全ての動物は、植物太陽光から光合成して固着したエネルギー生存してきた。

 

 

日本だと、このエネルギーの循環を自然の恵みを太古の昔より こう呼んできた筈だ。

 天照大神 と……。

 

 

 現在、我々日本人は、悍ましい事に[普通に]1年間生活するだけで、

天照大神 九柱 以上の神通力エネルギーを消費している事になる。

天照大神ですら現代日本エネルギー消費量の1/9以下のエネルギーしか供給出来ないのだ……。

 

 

 足りない分は【悪魔】と契約する他無いだろう。

私も原発は間違いなく悪魔だと思う。

しかし、契約可能悪魔の中では相対的にかなりマシな悪魔のように思える……。

2018-07-31

anond:20180731092332

1869年ドイツ生理学フリードリッヒ・ゴルツ(Friedrich Goltz)による脳を切除したカエルを用いた実験が発端と見られる。

しかし、ゴルツの実験でも脳のあるカエル摂氏25度から落ち着かない様子になり、温度が上がるごとに激しくもがき苦しみ42度で死んでしまった。

1873年ジョージヘンリールイス(George Henry Lewes)による追試験結果がネイチャー掲載された。

この実験は、精神所在(つまり、反射ではない意識)を探ろうとするものだったが、

1872年1875年生物学から反証、つまり十分穏やかに昇温(一例では0.002℃/秒)させれば脱出しない、とする報告が寄せられた。

1888年アメリカ生物学ウィリアムトンプソンセジウィック(William Thompson Sedgwick)は、温度変化の速度差が原因と解釈し、これが定着した。

少なくとも、19世紀には、それが科学的に正しいのだと信じられていた。

2018-07-15

どうせ英語数学統計学疫学もできねえよ

なんなら化学物理学もわかんねえ

生理学生化学も分かんないし薬理学もわかんねえよ

プログラミングとかもやったことないしデータサイエンスなにそれおいしいの?

どっから手をつけたらいいんだよ

絶対克服してやるから見てろよ

2018-07-02

anond:20180702115641

社会的な死や生理学的な死にまで進む必要はない気がする。

その副業とやらを諦めた時点で精神的には死ぬのだから、あとは屍として社畜とパパをやればよくね?

ライフ楽しいかもよ。屍なのにライフって言っていいかわからんけど。

2018-06-13

心理学だの行動生理学だの人に対して一歩引いてマウント取る事だけ発達して

じゃあどうするんだよって問いには答えられない

2018-04-16

anond:20180416124243

生理学的反応が本当にあるのか怪しいもんだが。

anond:20180416124031

「”生理的”な嫌悪感」といいますけど、差別ですよね。

しか生理学的反応だから仕方のないことだと開き直った最悪な差別だと自覚したほうがいいですよ。

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