「山桜」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 山桜とは

2019-05-03

日本海北上している。

今年のGW10連休ですね。

みんな旅行とか行ったのかな。

移動時間がひたすら多い電車の旅をしました。

積ん読してた本が2、3冊消費されたところでたまらなくなってエッセイ紛いのものが出来上がったので、どこに書くにも場所がないのでこちらに。

増田初心者なので不手際あっても許してね。


秋田行きの特急列車に乗っている。

新潟駅発の特急いなほ5号である

運良く窓際の席を取れたが、ゴールデンウィークしかも異例の10連休である故か通路には立っている人が端から端まで広がっている。自由席からなのだろうが。

当日に特急券を購入するという考えが甘かったと悟ったのははるばる新潟駅に到着したその時である。慌てて自由席チケットを購入し、1時間も前からホームに並んで電車が到着するのを今か今かと待っていた甲斐があり、無事に窓際で座り込んで駅弁を食べる贅沢をする権利を得た。

窓の外には平野の田園風景が広がっている。その遥か向こうにそびえる奥羽山脈の頂には、5月にもなろうかというのに相変わらず雪が降り積もり白く輝いていた。

奥羽山脈は手前の山に阻まれ隠れ、そしてまた姿を見せる。手前の山には仄かに淡い白さが点在している。どうやらあれは山桜のようだ。

そう、窓際の席とは山側なのだった。

初夏の日本海の底知れぬ青黒い美しさはえもいわれぬ郷愁が湧くが、遠く高くそびえる山脈の頂上の銀色もまたノスタルジーである

列車が北に向かえば線路は海に近くなっていき、奥羽山脈は遠く離れて行く。その遥か向こうに見える頂に銀色が輝いていればいるほど、胸の奥が詰まってたまらない心持ちにさせられるのだ。あの山の上から下に降りてくればきっと緑が増えるのだろうが、初夏になろうとしている時季に尚白く輝く凛とした佇まいが胸を打つ。これを横目に眺めながら移動するとはなんとも美しい初夏の電車の旅である

新潟らしく広く大きな田んぼの中ではトラクターが動いている。ちらほらと水が張られた田んぼも見られ、秋になればここ一帯は美しい金色の広がる風景が見られるに違いない。

さて、新潟平野自然の豊かさ美しさは想像するに難くない。今回は駅弁をただただ食べている1人の女の話である

そもそもの旅の出発点は京都なのだが、本日の始まり富山からだった。富山発、始発の電車に揺られて向かったのは直江津である。つまり日本海側を延々と北上していくのが今回の旅の目的なのだ。というか、それだけである日本海側を北上して秋田に向かうのを目的とした旅だった。どこに書くにも宛がないし、需要もなにもあったものでないからこうしてつらつら散文を書き連ねている。

富山駅を出たのは朝5時台の電車でだった。

富山駅前に24時間経営または早朝から開いているお寿司屋さんなんかがあればおそらく私はそこに直行しお寿司を朝からとはいえお腹いっぱいいただいていたと思う。しか富山駅前には何もない。朝5時から、もしくは6時から…更に粘って7時なんかにも開いている店、更にいうならば寿司屋なんて存在しない。7時台から開くのはチェーン店モーニングをやっている喫茶店か何かだけである。そして元気に営業していたのは24時間営業吉野家のみであった。

その時点で私は富山で味わう海の幸の幻想を頭の中から叩き出した。白えびの軍艦唐揚げ、新鮮な蛍烏賊踊り食いや辛子味噌和え、ずわいがにや幻魚、その他内陸では食べられないお魚などなどである。食べたかった。

しかしそうも言っていられない。猶予はあまり無いのだ。今日中に秋田のその先まで着かなくてはならない。家族と合流する予定がある。そのためにただ日本海を傍目に北上しているのだ。

あいの風とやま鉄道に揺られて泊駅に着けば、1時間近くの待機時間の後に直江津行きが発車する。その頃には7時も回っており、ワンマン運行の1両のみの車内には案外人がいた。

さて直江津に着くまでに私がしていたことといえば、ただ海を眺めることだった。

日本海は海が近い。個人的感覚だがみんなそう思うのだろうか。太平洋側の事はあまり詳しく無いが、日本海の海は近く深くあるような気がする。その黒く光る朝の海の美しさと言ったら!まるで海の表面にも溢れそうに青魚の群れが泳いでいるかのように、白く立った波が時々日光を浴びて生き物のように揺れている。青さの深い、銀と灰色と藍と黒が混ざったような深い深い海色は、海から随分と離れた所に行ってしまった私の目にも優しく映った。遠く沖には白い漁船が横切って行った。すわ喘ぎそうになる郷愁を感じる。胸の奥に響いて打ち震えるかのような懐かしさと海への憧れが込み上がっては目の奥がじいんと熱くなった。

電車の揺れが心地よくてどうやら眠っていたらしい。これは最近しばらく満足に寝られていないせいだろう。気がついたら直江津駅に着いていて、次の電車が出るまであと1時間の間があった。

直江津駅には立ち売り駅弁がある。

大正時代の立ち売り衣装に身を包んだおじさまがいるということをきちんと事前に調べておいた。スマホでなんでも調べられるとは便利な世の中になったものだ。

到着するのが9時前でなくお昼時だったなら今度こそ寿司を食べに行っていたが、時間がないのでそうも言っていられない。

電車旅の楽しみは駅弁である

電車好きの皆々様が声高らかに宣言するように、私ももれなくそうだと頷くことにしている。車窓から見える景色楽しいものだが、そこにご当地駅弁が加われば怖いもの無しであるし何よりお腹いっぱいになって幸せになる。

朝ご飯代わりに駅弁を購入する事を楽しみに直江津駅に降り立った。

改札口に向かうと、出る直前の部分にこじんまりとしたささやかな売り場がある。まあ何がどうなっているかは気になった人が各自で調べればいいので詳しくは書かない。

しばらく待ってもおじさまが来ないのでどうしようとウンウン首をひねっていたら、親切な黄色ジャンパーの方が声をかけてくれる。同じ会社の人のようで連絡を取ってくれた。すぐに戻ってくるそうだ。どうやら弁当が残り少なくなってきたから補充をしに行っていたらしい。

いただいたのは鱈づくし弁当であるしかし、戻ってきた駅弁売りのおじさまが持ってきた物の中にさらに目を惹く物が存在した。上越名物(?)スルメ天ぷらだった。本当にこれが名物なのかもわからないがとにかく美味しそうなので購入してしまった。繰り返すようだが朝9時前である。少しというか結構重たいラインナップなんじゃないか?との一抹の不安と、大人になった事によって気になったものをパッと買える喜びで押し挟まれながらわくわくと胸を躍らせた。

味や中身の紹介は調べればいくらでも出てくるので割愛するが、鱈づくしの弁当は珍しいものだし鱈子も入っていて味も良い。スイスイ食べれてしまう。しかスルメ天ぷら、これが1番の食わせ者だった。とにかく美味しい。お酒飲みたい。これを文字通り酒の肴にすればいくらでも日本酒が進むこと間違いない。移動距離が長いため朝の脳内では流石に自重してしまったのだが、どうせ移動中に転寝するならお酒を嗜むのを選択するのが大人の行動だったと今になって反省している。今度こそは間違わず躊躇わずに酒を購入する事をここに誓います

流れる景色を眺めながら食べる駅弁の味わいの乙な事と言ったら!と満足ながらもやっぱり少し重たかった。行儀が悪いのは重々承知で半分残し、今度はお昼ご飯にするためにとっておいた。

そして今、新潟発のいなほ5号に揺られている。

今が秋ならば目の前一面に稲穂の海が広がっているだろう。田園風景の美しさとは未来が楽しみなことにもあるかもしれない。

点在する民家の遥か向こうに山々がそびえている。その更に向こうに相変わらず悠然と存在する白い山脈の頂きを眺めながら駅弁の蓋を開けるこの瞬間の静かな興奮である

わず口元も緩んでしまう。

駅弁とは随分と贅沢なものだ。

美しい景色を眺めながら、その土地食べ物いただき、更に移動までさせてくれる。電車の旅でなければ味わえない幸福感覚に1人で酔いしれながら最後まで食べきったが、終わってしまうのも少し物哀しい。

ここが機内食やなんかと違う所なのである駅弁は去り際に満足感と一緒に微かな残り香を置いていく。決して美味しい匂いが残るわけではない。なんだか少し物足りないような、それでいて胸がいっぱいになるような、この土地に少し近づけたような、微かな証を残していく。

反対の窓の向こうには日本海が近づいてきていた。人と人の隙間からちらちらと光る海が見える。

また美しい旅は続く。少し眠ったら山形に入り、そうしたら鳥海山も見ることが出来るだろう。

長い文章を読んでいただいてありがとうございました。

2019-03-28

anond:20190328180321

女「趣味はー?」

男「ドライブかな!山桜がきれいだよ!」

女「わぁ~クルマ持ってるんですね!連れてって下さい!!」

==================

女「趣味はー?」

男「(車も持って無いしなぁ・・・)ネ、ネットサーフィン

女「え・・・・(社会人なのに車維持するお金ないって浪費家?)」

2019-02-09

チャレンジとは何を意味するのだろうか

国鉄日本の鼓動だ。

延々と続く2本のレールには力強い鼓動がある。このレールは、知らない町と町をしっかり結びつけ、多くの人々を運んでいる。

しかし、その役割は、「人を運ぶ」ことだけではないのだ。単に「国鉄人間荷物を運ぶだけ」なんて考える人には、決して力強い国鉄の鼓動は伝わってこないだろう。

鉄道を愛し、多くの鉄道知識を持っている人でも、本当にこの鼓動をはだで感じたことは少ないはずだ。

かに鉄道知識として知れば知るほど楽しいことが出てくるだろう。

でも、「20,000㎞にチャレンジする」……それは、すばらしさの再発見につながっているのだ。知識から体験へ。今、その鼓動を求めて、未来に続く2本のレールにチャレンジしてみよう。

踏破は青春ドラマ作りだ。

終わることのないロマン、それが列車の旅だ。部屋にじっとこもっていては、自分の心にカビが生えるだけ。部屋の窓から見えるいつもの風景は、ただ立ち止まり、決してなにも話しかけてはこない。とにかく出会いを求めて旅に出る。

ひょっとすると列車座席に隣り合わせたこから何かが生まれるかもしれない。ある日見たり、聞いたりするもののすべてが出会いなのだ

たとえば、車窓にそよぐ風の音、新鮮な潮の香り。これほどすばらしいものはないのではないか

こんな新しい自然出会いが旅と鉄道の心につながっていく。そんな時、心は少しもひからびていず、いつもいきいきしているのだ。

踏破はスポーツ心をかきたてる。

チャレンジとは、自分で考え、自分で動く、自分自身のための行動といえる。この精神こそ、スポーツと呼ぶにふさわしいものだ。

列車の旅には、楽しさとロマンがある。その上踏破をめざすチャレンジャーにはスポーツという楽しさがプラスされるのだ。

時にはマラソンのように、そして100m競争のように踏破の旅はチャレンジの楽しさを教えてくれる。

踏破ルートは3,000m障害10種競技と同様に、バラエティに富んでいる。ルート選択も実行するのもチャレンジャー自身だ。

これこそスポーツと呼ぶにふさわしい記録への挑戦なのだ

チャレンジには責任名誉がある。

チャレンジャーは、それぞれの方法で完全踏破への道を切り開いていくことに心を燃やしているのだ。

そこには、自分自身問題として果たさなければならいことがある。

責任ある行動、多くの義務、これらをすべて実行したチャレンジャーのみが誇り高き名誉を獲得できるのだ。

いわば、人生ドラマがそこにある。よりすばらしいものを手にしたチャレンジャーには限りない自由可能性があたえられているのだ。

どんなタイプチャレンジャーか?

チャレンジしていくと、各自それぞれのスタイルが生まれてくる。

列車待ちのホーム洒落服装に身を包み、小首をかしげ詩集をひろげているちょっと気どった人。

駅弁の食べ方ひとつにも、うんちくをかたむける本格派の人。

おもしろいことを探しに出かける娯楽追求派の人などいろいろだ。

どんなスタイルの人でもチャレンジすることの中に、何かを見出しているのだ。

体験という言葉のまえには、どんな耳学問も色あせてしまうように、チャレンジする中で、自分スタイルを作り出してみよう。

チャレンジとは生きることの証明

から旅の一歩が始まる。

"停車場に、そを聴きに行く"と啄木がうたったように駅にはさまざまの土地から人々が集まり、またさまざまな土地へと旅立っていく。

始発駅…駅員さんに何か尋ねている人がいる。売店お土産を買っている人。家族連れ。新婚さん。そして、カメラ片手に20,000㎞にチャレンジする人。通りがかりの人に頼んで、自分と駅名表示板が一緒に写るようにシャッターを切ってもらう。これで始発駅の証明写真ができたわけだ。

ふと、駅の大きな時計を見あげる。発車案内表示板がカチャリと変って、次の列車案内を示す。やがて、駅のアナウンスが構内に響きわたる。こうしてチャレンジの旅が始まる。

1枚のキップが話しかけてくる。

日本中には、いったい何本の列車が走っているのだろうか。もし、そのすべてに乗ることができたなら、これはすばらしいことだ。時刻表をうめつくす駅名のひとつひとつが語りかけてくるにちがいない。

手に握られた1枚のキップには、いま通りすぎてきた駅の余韻が残っている。改札口でキップにパンチが入れられた時から自分だけの旅の世界が大きく広がっていくのだ。この瞬間の心のときめきこそチャレンジャーに贈られるファンファーレなのだ

どの列車に乗るかは自由だ。

ELDLECDC、そしてSL特急場合もあるし、急行普通列車場合もあるだろう。旅は始まり、心がはずんでいく。流れ変わっていく車窓風景。春なら満開の山桜トンネルをくぐり、夏はふりしきる蝉時雨の中を、秋は祭りのお囃子の響き、冬は凍てつく空気の中をひたすらに列車は走る。車窓に黄昏が迫り、黄昏は夜をひきつれてくる。寝台車からだをやすめて聞くレールの音はなつかしい旅の子守唄だ。

どこへいこうか東西南北楽しい駅名

日本列島を東西に長く走ったり、日本海と太平洋を結んだり、1線区1線区がつながり日本中を網羅していく。

いかにも郷土色(おくにがら)をあらわしていたいう楽しい線区名もあれば、少々読むのに骨が折れる難読名の線区もある。

こういう線区名がどうしてついたのかを考えてみるのも頭の体操になるだろう。走る場所列車の種類で線区ごとの印象も、まったくちがってくる。

それらをひとつひとつ味わいながら踏破するのも楽しみのひとつだ。

終着駅にはムードがある。

駅にはいろいろな趣がある。その中でも、終着駅は、心ときめくムードを持っている。大都会終着駅、ひなびた寒村をひかえた終着駅高原終着駅など、それぞれの良さがある。

しかし、どの終着駅も、どこかしら似た雰囲気をもっている。そこから先は、列車が行かないという、キッパリとしたいさぎよさと寂しさが待っているのだ。終着駅の長いホームを口笛をふきながら大股にしかゆっくりと歩いてみる。改札口で駅名表示板にもたれながら、通りがかった人に写真を撮ってもらい駅を出る。1線区が無事踏破し終ったのだ。

鉛筆で踏破した線区を塗りつぶす。チャレンジャーの心ときめく一瞬なのだ

まずはチャレンジカードを手に入れること。

どの線区でもいいから、始発駅~終着駅まで、列車に乗ろう。けれども、踏破認定を受けるには、乗車(踏破)したという証明必要になる。それが始発駅と終着駅写真だ。写真と会員申込書などを"いい旅チャレンジ20,000㎞。推進協議会"事務局宛に送る。そうすれば、事務局からチャレンジカードが送られてくる。これでチャレンジ

2018-04-26

志明館便り(抜粋

志明館便り

平成28年創刊号(2016/7)】

A3裏表カラー

・2016/6/13 橋田代表山口副代表、八尋副代表三者鼎談

・2016/6/27 谷井宗像市長の思い

宗像市は古くから教育のまち」「高い教育理念を掲げる志明館小中学校の開設に最適の地」「今後、地元議会理解を得ながらできる限り協力したい」

・2016/6末 寄付金総額3088万円

建築分科会報告。建築設計シーラカンスK&Hに決定。工藤和美代表国家戦略特区WG委員。ほか、宗像市都市計画課、清水建設造成)交え協議中。

教育・総務分科会報告。名進研小、才教学園、北陸学院視察。

平成28年秋 第2号(2016/10)】

A3裏表カラー

スクールカラー山桜の色「志紅色」に決定。桜は武士道象徴

ホームページ開設。

独自設定科目「国学」を設定。日本人四要素である「和、誠、礼、勇」を身につけ、新しいもの伝統共存を目指す。

・「到知」2016年12月号に山口副代表インタビュー掲載

・2・3・3・1制の9年制

・1-2年生 偉人伝や神話を学ぶ。宗像大社里山で学ぶ。

・3-5年生 オーストラリア教育使節皇居清掃。英語GTEC GRAED(※)2、漢字検定3級を必取得。

・6-8年生 希望制で部活開始。寄宿教育スタート英語GTEC GRAED(※)3を必取得。

・9年生 卒業論文自主研修計画作成英語GTEC GRAED(※)4を必取得。

※はベネッセの検定かと思われる。綴り原文ママ

・校舎レイアウト

子供達の「知 徳 体 志」を育む。宗像市河東に拡がる悠久の森。

瞑想の部屋(国学室):落ち着いた部屋で、暗転するなどICT等に対応した国学の部屋。

寄付金財務分科会報告。橋田代表、両副代表が、東京電力数土会長数学者の弘中平祐氏、伊藤哲郎元警視総監らと東京面談

・2016/9末 寄付金総額3704万円

平成29年春 第3号(2017/4)】

A4裏表カラー

幹事副代表の八尋氏が開設準備室室長として陣頭指揮を執る。

・「志明会」を創設し、賛同者の拡大を図る。

武田薬品会長長谷川氏、フォーバル会長大久保氏、九州国際大学学長西川氏、イメージプラン代表取締役田口氏、中村学園教授占部氏の応援メッセージ

・2017/3末 寄付金総額4144万円

平成30年新春 第4号(2018/1)】

A4裏表カラー

・2017/12 費用見積もりが見込みを大きく上回るため、開校予定地を宗像市市有地から変更し、宗像市福津市周辺の用地を調査中。2022年4月開校を目指す。

2018年6月までに寄付金2億円到達を目指す。

山口副代表新刊「和誠礼勇」を紹介。

・2017/12 東京志明会発足。共同代表石原JR九州相談役が開会挨拶

台湾志明会の結成準備。

・2017/12寄付金総額4904万円

2017-05-19

葉隠』(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめた。全11巻。葉可久礼とも。『葉隠聞書』ともいう。

目次 [非表示]

1 概要

1.1 「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

1.2 書名の由来

2 脚注

3 刊本

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク

概要[編集]

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。

文中、鍋島藩である鍋島直茂武士理想像として提示しているとされている。また、「隆信様、日峯(直茂[1])様」など、随所に龍造寺氏と鍋島氏併記しており、鍋島氏龍造寺氏の正統な後継者であることを強調している。

当時、主流であった山鹿素行などが提唱していた儒学武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。赤穂事件についても、主君浅野長矩切腹後、すぐに仇討ちしなかったこと[2]と、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別相手に突っかかることはできないのである」と評している。

この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

明治中期以降アメリカ合衆国出版された英語の書『武士道』が逆輸入紹介され、評価されたが、新渡戸の説く武士道とも大幅に異なっているという菅野覚明の指摘がある。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしま気概覚悟が慣用とされていたといわれる。そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜    常朝

白雲やただ今花に尋ね合ひ    陣基

武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」[編集]

葉隠記述の中で特に有名な一節であるが、葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻玉砕自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。

しか山本常朝自身「我人、生くる事が好きなり(私も人である。生きる事が好きである)」と後述している様に、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠記述は、嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナー指南書や礼法マニュアルに近い記述ほとんどである。また衆道男色)の行い方を説明した記述等、一般近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。

戦後軍国主義書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように『葉隠』には処世術マニュアル本としての一面もあり、『葉隠』に取材したビジネス書出版されている。

戦後も、葉隠を愛好した戦中派文学者で、純文学三島由紀夫は『葉隠入門』を、大衆文学隆慶一郎は『死ぬことと見つけたり』を出している。両作品は、いずれも葉隠入門書として知られ、各新潮文庫で再刊された。

書名の由来[編集]

本来葉隠」とは葉蔭、あるいは葉蔭となって見えなくなることを意味する言葉であるために、蔭の奉公大義とするという説。さらに、西行山家集葉隠和歌に由来するとするもの、また一説には常長の庵前に「はがくし」と言う柿の木があったからとする説などがある。

2015-06-20

ダメダメな親

会社ではマドンナ扱いされているのもあって

家での「心配事ばかりの至らない子供」扱いが非常に鼻につく

だいたい子供の陰口叩いて喜んでる親ってなんだ。直接叱ればいいだろうが。

しかし、うちの親にそんな度胸ないので、表面上はイイコイイコと猫なで声で接してくる。

そして、私がいなくなると「あそこがダメこれがダメ心配だ」と陰口を叩きまくる。それはもう楽しそうに。

テメーら無職で近所付き合いもできないぼっちじゃねーか!

ああそうか、だからこき下ろす相手が私しかいないのか。

近所の人をこき下ろすための情報は少ないもんね。何なんだ。醜い。

兄弟のことも「一人暮らし結婚?無理無理絶対無理ゴミ屋敷一直線、責任が増えるんだぞ?分かってるのか?大体相手も変な感じじゃないか大丈夫か?」

分かってるだろ!いい大人なんだから!!お前ら以上に変な奴らなんてそうそいねわ!

何なんだその「自分は全知全能で相手より優れてる」感!!厨二か!少なくとも相手はお前らより礼儀正しくて人脈広いぞ!!

ニュース見て「おかしい!これは絶対こうすべきだよ!決まりなんだからおかしい!」って

まり事守ってないからニュースになってるんであって、当たり前を守ることも難しいのであって、

それを守りきれないのが人間という生き物なわけで、

それをどうやって守っていくか方法を考えるのが未来を見据えた大人な行動であって、

何で決まりが守られまかったかという理由想像が及ばないお前らは想像力に欠けている。

もうただ「おかしい!あいつらダメ人間政治家なんてダメダメ!」って喚いているだけで自分意見を持たないお前らは国の運営改善(良し悪しはともかく)を考えてる政治家以下の役立たずだとわかっているのか?偉い人を批判してやってドヤ顔とかガキにも程があるだろが!!

一緒にテレビ見るのも辛い。スポーツ試合観てても「あれじゃ全然ダメしか言わない。お前ら素人だろ。今頑張って攻めてたじゃねーか。褒めてやれよ!

親に改善を求めて文句を言っても「そんなことは分かっている!」←わかってない 「けれど人の意見は聞きたくない!自分を信じる!すごいだろ!」←なにが? 「はいはいわかりました!」←わかってない

改善余地がない。もう家では部屋に引きこもりだ。

家出ればいいんだよな……好きだった山桜も、柿の木も「管理が面倒」って理由相談なく切り倒されてしまった。もうこの家に好きな所なんて無い。

手取り10万で一人暮らしできるかなちくしょう転職かな…でも新人スキルほぼ無いし…こうやって不安が先立つのは親の遺伝だろうか。

親にカバーしてもらってる家賃が上記の不愉快って寸法なんだろうな。

あーもー給料上がれ!

2015-04-12

エウリアン擁護する

http://anond.hatelabo.jp/20150410101845

エウリアンにはついて行くな

秋葉原などの繁華街絵葉書無料で配っているお姉さんたちがいる。

しかし、ついうっかりお姉さんから絵葉書をもらってはいけない。

言葉巧みに画廊へと連行されて、気が付くと大して価値もない絵(というか版画)を、何十万ものローンを組まされて買う羽目になる(絵画商法)。

ちょっと待ったーッ!!!

エウリアンにも新社会人にも全く興味はないんだけど、版画への冒涜は許さん。

君が代過剰反応する左翼のように、どんな文脈だろうと、どんな事情があろうと、版画をdisられるとプッツんしてしまう。

エウリアンの売る版画というものがどんなものか知らないけれど、これだけは言える。

生でみなければ、版画の魅力はわからない。

否、

 触ってみなければ魅力はわからない! 

断言するけど、江戸時代浮世絵から最近現代作品に至るまでの伝統木版画、これを見たことがある日本人ほとんどいない。

美術館でみたとか、いうけれど、そんなものノーカン

そんなものは、世界の車窓からDVDをみて海外旅行に言ったと言ってるようなもの

本当に伝統木版画は、手にとってみないと意味が無い。

和紙の質感!どんなに拡大しても粒子が見えてこない無断階のグラデーション!摺りによって出来た凹凸!

筆の筆圧まで再現した微妙ラインや色の乗り!

まず、床や机において窓から差し込む斜めからの光のもとでみて堪能。

夜の灯り、仄暗い部屋であたたかみのある間接照明で鑑賞。

テレビ番組映像や、窓から差し込む車のヘッドライトが絵の面を瞬間的に照らした瞬間も美しい。

入ってくる光の方向、光の種類によって、表情が変わる。

そして、やっぱり手に持って鑑賞だ。

パンツが見えそうで見えないグラビアを、下から覗いてみえないはずのパンツを見ようとする、アレを浮世絵でやるとすごい。

ちょっとだけ見える。見えないはずのところが本当に見えてくる。

目の錯覚しかありえないんだけど、紙のたわみと、光の加減で、ときどき本当にみえてくる。

うわぁぁんってなる。

ぶっちゃけ浮世絵美術館、あんな一般展示なんかやめてしまえ!!

額やショーケース越しでしか見れないなら、触れないんなら、カラーコピーで十分だろ!

額装やショーケースに入れる職員の目しかしませられないなんて、時間無駄文化財無駄

触らせないんなら燃やしてしまえ!

よさが微塵も伝わらないのに飾ってみせる価値が有るのか?

1億円と書かれた小切手を飾って見てるようなもんだろ。

小切手は使わないと価値がない。

木版画は、触らないと価値がない。

医学とか物理学とかは、100年前と今では大きく違うけど、絵は、たいした進歩してないだろ?

ぶっちゃけ、1万5000年前のラスコーの壁画と、そのへんの美大生の絵のどっちが上手いかって言ったら、芸術とかよくわからん俺にはどっちが上かわからん

でもね、印刷という技術を手に入れた、触れることが出来る!その素晴らしさ!

俺ね、江戸時代浮世絵価値は認めるよ、でもさ、浮世絵のいいところって、ライブ感なわけ。

絵師が描く、描いた絵は板に貼り付けられて、その上から刀を入れられて紙ごと彫られてゴミとなってしまう。

絵師の絵を活かすも殺すも彫師次第。

それから、色の指定があって、色の数だけまた彫りがあって、そんで摺師が摺って、試しに作ったものに対して、あーでもないこーでもないっていうディスカッションがチーム内でされたわけ。

色の調節をして、時に柄を変えて、セッションによって出来上がる。

売りだしたあとの、町の人々の評判さえも取り込んで、みんなが主役のライブだったわけ。

俺、音楽はよくわかんないけど、たとえしょぼいバンドの小さなライブハウスでのライブでも、有名フィルの録音にも負けない感動があるでしょう?

しょぼいバンドレベルじゃねーの。

一番有名どころだと、北斎あたりだと思うけどね、もうね、ヤバいの。

元々が天才しか努力しまくったらこうなるってやつ。努力ってのが普通努力ってんじゃないの。

だいたいにおいて、他派の画法を学んで破門されたあたりからだけど、もう何でもあり。

大和絵も漢画も銅版画も油絵も、手段を選ばず学んでるようで、見りゃ誰でもわかるんだけど、もうホントヤバい

すべて独学で。本読んで覚えたってより、ひたすら描いて描いて描きまくって吸収したという感じで。

貧乏理由が、お金を封筒でもらったまま中身の確認もせず、支払いの時には「その封筒からもってけ」くらいに無頓着だったからという馬鹿

掃除をすれば、「ここにあった蜘蛛の巣どこ行った?(描きたかったのに)」くらいの馬鹿

誰よりも自信家で、本が売れたのは俺の挿絵が良かったからだ!と言って作者と喧嘩する傲慢な一方で、猫がうまく描けないっていう理由で80歳で悔し泣きをする馬鹿

30回画号を変えるってのがもうよくわからん。たとえば漫画家が30回名前を変えてデビューするとかないだろ。売れっ子新人に戻るってことだろ。馬鹿かと。いや馬鹿だよ。

そんな絵中心のわけのわからない生活を、88歳で死ぬまで続けちゃうってのがもうね。

例えば、水木しげる週刊少年ジャンプで週刊連載をしてて、CG(北斎コンパスや定規やらも使いこなしてるようで、幾何学や製図も知ってる様子。当然おそらく独学)を使いこなし、ありとあらゆるジャンルを書き分け(春画から、行ったことのない中国古典小説挿絵まで)、30回新人デビューとかしてたら、人間じゃないだろと。

なにが妖怪になりたいだ、お前もう妖怪だよ、と。

で、そんな北斎の線ときたら線の始まりから終わりまで、この線以外じゃダメっていうカンペキ。筆の入り、筆の終わり、太さ細さ、もうすごい。線が凄いってわかるってことは、彫師が凄い。フリーハンドじゃアリエナイような精密で、コンパスや定規ではありえないような強弱があり、油絵なら何度でも塗れるだろうし鉛筆なら何度も消せるし、CGなら何度でも書き直せるけど、最小限の輪郭線で森羅万象を切り取ってる。

写真を目指してたんじゃないだろうか。

写真というものがなかったので、目指してたというのは変な話だけど、露光時間調節やピントズレに近い表現があって、写真を目指し、写真を超えたなにか他のステージに足を踏み入れようとしてた、ように思う。写真なんかなかった時代に。

で、それがわかるっていうのは、彫師がすげぇ。

摺師がすげぇ。

俺がこの数ヶ月で買い集めた70枚ほどのほとんどは復刻だけどさ、復刻もまたライブなんだよ。

摺る工程を見せてもらったわけ。

濃い絵の具を数種類用意するだけで、都度混ぜて薄めて版木に塗り、摺る。

なんということだと思わないか?同じものをたくさん作るなら、同じ濃度に調節したプレミックスを作っておくべきだろう?

やっぱり木版画ライブ

絵師と彫師と摺師だけじゃないの。

版木を作る職人、紙を漉く職人、紙にドーサを塗る職人、絵の具を作る職人、バレンを作る職人、数えきれない職人たちのライブ木版画

から響いてくる!

で、ライブが存続するためには、絶えず誰かが買わないとダメなわけ。

たまに1千万でお買い上げってんじゃ、ダメなの。

仕事がないと、職人は消えちゃうの。

材木から板を作る職人は消えちまったそうだよ。ただ板を平らにするだけじゃダメらしい。

バレンを作る職人も消えかけらしい。

からさ、エウリアン木版画を扱ってるかどうかはしらんけど、なりふり構わず売るということは少し理解できる。

だって、1ファンとして、こんな見苦しく匿名掲示板で見苦しく宣伝してるけどさ、どうせ中の人だろ、ステマうぜえって思われてるんだろうけど。

売れないと文化死ぬんだ!

日本中の浮世絵美術館燃えることより、職人がいなくなることのほうが損失はずっとずっとずっとデカいんだよ!

復刻浮世絵なんて一万円そこそこで買えるんだよ!

数万円となった山桜の版木を何枚も使うわけだし、キャリア何十年の職人が一月かけて彫るだけで、いくらの人件費だ?

キャリア何十年の摺りの職人が、今では手に入らない材料自作した絵の具で、人間国宝が作った紙に摺る。

一枚200枚やそこらは売れないと滅びるだろ。

お願いだから買ってやってくれよ。

俺がビルゲイツだったら、もっと買ってやれるんだけど、安月給なサラリーマンじゃこれが限界なんだよ。

財布に入ってる1万円札、あれに1万円の価値があるのか?あんな小さな銅版画にわくわくするか?

日本人なら和紙木版画サイズだってお札よりずっと大きい!

せっかくだから文句を言いたい。

千円札富士山わからんでもない。写真を銅版画にするなら許せる。

5千円札、2千円札屏風絵を銅版画にするとか、絵巻物を銅版画にするとか馬鹿なの?オマージュにしたって、もうちょっと工夫しろよ。

100万円札を和紙で作れ!木版画で作れ!一枚一枚違う味があって味があるだろ!

偽造されてしまう?

偽造けっこう!本物と見紛うような彫りと摺りの技術世界中に溢れれば、日本銀行の信用がどうなろうと、人類幸福絶対量は増加する!

木版画紙幣の発行は無理でも、一つの可能性として、造幣局で木版技術に関わる職人を世話してやってはくれないだろうか。

造幣局に一人くらい、材木から板を作る職人がいたり、絵の具を調合する職人がいたっていいだろう?

多少脱線しましたが、そういうわけで、ちょっとだけエウリアン擁護してみました。

終わり。

追記

考えてみればライブって凄いよな、芸術家って、基本的に俺が俺がじゃないか。

版画作家なんてものは、絵も彫りも摺りも自分で、俺が俺が。

当然だけど、絵も彫りも摺りも極めることなんか出来ない。

それが、分業制、買う客の声も含めて、一人一人が主人公、思いがけない方向に転ぶ面白さ。

今でも、現代作家が版画にするために専門業者に頼んだりはするけれど、基本は作家意思が優先で、作家作品という域を出ない。

やはり、売れないことには、ちまたに溢れないことには、あれがいいこれがいいと話題の中心が木版画にならないことには、木版画未来はない。

音楽としてどうかはわからないけど、AKBの会いにいけるアイドルという路線は、一つ評価したい。

あれが、理想の姿。

巷に日々木版画が溢れ、あれがいいこれがいいと、皆が好きに意見を言う。

町の人々の意見を取り入れ、流行の先端を走り、絵師や彫師摺師が腕を振るう。

まらんじゃあないか。

2015-04-01

浮世絵の魅力を伝えられなくて辛い

浮世絵が海を渡ったとき、あれをみた西洋人の心境を想像する。

とんでもないもの出会ってしまったとしか言えない、凄い衝撃であったことは間違いない。

科学技術については日本西洋に劣っているが、アートについてはヨーロッパ日本が上だと言ったのは誰だったろう。

ヨーロッパ人が土人に敗北宣言するというのは凄いことだ。

ちょっと日本のほうが凄いっていう程度じゃない。

もう、周回差つけるくらいぶっちぎってたということだ。

絵とか興味なかった俺でもわかる。

北斎広重に比べたら、ダヴィンチフェルメールレンブラントもぜんぜん勝負にならない。

ブラックベリーiPhone5くらいの差がある。

そんな浮世絵が、茶碗の包み紙として新聞紙みたいな使われ方をしてたのだものヨーロッパ人は驚くわな。

版画だよ?木版画

英語でウッドカットプリントとか、ウッドブロックプリント

プリント、つまり印刷

それが、油絵をぶっちぎった。

自転車マン島TTに勝つくらいにとんでもない。

さて、それがさ、今でも復刻版が1〜2万で買える。

破格に安い。

わかりやすく例えると、川瀬巴水大正昭和作品を買うと100万する。

ところが、版木が残ってるので、本人の死後に最近摺ったものもある。

これは超安い。

2万くらい。

ぶっちゃけ最近摺ったもののほうが色は綺麗。

色褪せがないし、大正昭和の染料顔料は今でもだいたい調達出来るし。

初期のほうが版木がへたってないからなんとやら、というけど、あれは嘘。

新版画は1000枚以上摺ることを前提の浮世絵技術で作ってるんだ。

そう簡単には版木へたらん。

オリジナルの100万と後摺りの2万の差額の98万は、歴史ロマンの差が97万くらい。

復刻版の浮世絵お金のかかり方ときたら凄い。

まず版木をつくるのが高い。

今では1枚数万円する山桜の柾目の板が何枚も必要

職人が一カ月かけて彫らないといけない。

摺りも当然職人

江戸時代の染料顔料を今手に入れるとかなり高い。

そこまで手間暇とお金をかけて、巴水なんかよりずっと安い。

お買い得だし、買ってあげることが、彫りの職人を後世に残すことにつながる。

江戸時代当時の作品なんか集めたって、職人技術継承には伝わらない。

買いまくるしかないだろう。

フェルメールレンブラント過去の人にしてしまった、浮世絵という芸術の頂点を、手元に置くことが出来る素晴らしさ!

と、いろんなところで熱弁をふるってみたんだが、なかなか伝わらない。

うそう、こないだ、

「(国立新美術館に)いっしょにルーブル美術館展観に行きませんか?」

って誘われたんだ。

フェルメールの有名な絵がきてるとかで。

おい、女、こないだ印象派が好きとか言ってたじゃないか。

なんで今更フェルメールなんだよ。

iPhone6ユーザーが今更ブラックベリーみにいくようなもんじゃん。

と言いたかったが抑えた。

それから浮世絵の摺りの実演会と、CLAMP原画展が隣接して催されていて、CLAMP原画展のほうに行きたいとかいう女もいた。

目、大丈夫か?

と思ったんだが、その時も抑えた。

どうしてみんなわかんないの?

2011-07-31

八千八川

八千八川を集め来て

日本海に注ぐなる

流れも清き信濃川

果てしも見えず末長し


三々五々の村里は

空のいずこに続くらん

左右の岡のたたずまい

絵にも写して見まほしや


春は霞に山桜

秋は錦に竜田

もみずる中のこの里は

誰が織りなせるあやならん


目もはるかなる千町田

げにも瑞穂の名にはじず

岡に続ける桑畑は

幾重のきぬに変わるらむ


家毎に響く筬の音

軒端にめぐる水車

織りなす糸の細くとも

如何にみ国を富ますらむ


原泉混々怠らず

科にみち進むは水の性

洋々滔々果てしなく

行くこそ人の鑑なれ


あわれ瑞穂のうまし国

中魚沼のその中の

ながめも広きこの里に

我等は生まれあいにけり


いざやもろ共いそしみて

八千八川の水のごと

治まるみ代の末長く

み国のために尽くさなん


作詞作曲 小林八郎


おかまちの唄 - 十日町市観光協会

http://www.tokamachishikankou.jp/modules/content02/index.php?content_id=12

で見つけたが、pdfだったのでテキストで再掲


昭和40年代には、新潟県十日町市十日町小学校の第二校歌として歌っていた。長いので、一~三番と八番を歌っていたと思う。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん