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2017-06-10

母親(微毒)の誕生日、何かをしてもしなくても悪い結果しか予想されなくて詰んでたんだけど

こんにちは。初めて匿名ダイアリー投稿します。


私は30代前半、既婚の女です。今は結婚数ヶ月目、旦那さんと2人で暮らしています

27歳のときに2年ほど一人暮らししましたが、そのあとまた実家に戻って、結婚するまで住んでいました(ちなみに一人っ子です)。


母との関係性が壊れ始めたのは、結婚が決まる少し前から

(といっても、大学生ごろから少しずつほころびは見えていたのですが…)


もう30歳にもなろうとする私に対して、母は、

「娘の帰宅が遅い」と会社電話してきたり、

彼氏の連絡先を入手するやいなや、デートで私の帰りが遅くなると、SMSで、

「こんなに夜遅くまで出歩かせて、申し訳ないという気持ちはないんですか」

「親だから心配なんです、私の気持ちをわかってくれますよね?」

あなたまだ子供ですね、人の気持ちもっと考えられるようになってください」

勝手彼氏に連絡したり、

10万円もする健康器具(正直私は使いたくない)を「あなたのために買ってあげるね!」と言うので断ると、

感謝を知らない冷たい子」となじられたうえ、

あんたは気づいてないけど、あんたのためになるんだから使いなさい」

絶対お母さんに感謝することになるから!」

と結局渡されたり(しかも「嫁入り道具に持って行け」と…新居狭いのに…)、


と、これらは一例ですが、とにかく私への依存・過干渉エスカレートしていきました。

私の結婚が決まると、寂しさからかその態度はいっそう強くなり、


私が「半年後くらいには引っ越しして、そこから2人で結婚式の準備をしたい」と無邪気に伝えると、すごい剣幕で叩かれ、

結婚式入籍引っ越しは同じ日にやるのが常識でしょ!!!!!!!!」

プロポーズされてから最低1年は花嫁修行の期間として家にいなさい!!!!!!

友達の娘はお母さんにそういうの相談しながらやってるのに、なんであなた勝手に決めるの!!!!!!!」

とまくしたてられたり(当然大げんかになった&話し合いは平行線のままだったが、私の理想スケジュールは、申し訳程度だが伸ばすことになった)、



「当然うちの近くに住むでしょ? 女の子はそうするものもの

と言われ、答えに窮していると(当然私は離れたいと思っているが、言うと大変な事態になるので言えない)

あんたはほかの女の子と違う!!!!!!」と泣き叫ばれたり、


そういう喧嘩の中で、私の人格や、彼氏人格までバカにされ、

まりに聞き続けるのが苦しかったし、だからといって応戦するのも馬鹿らしいと思って自分の部屋で声を出さずに泣いていたら、部屋に勝手に入ってきて、「こんなことで泣くなんて嫌味な子!」とまたマシンガン罵倒がはじまり

もうだめだ壊れてしまうと思って「やめてーー!」と言って耳を塞いだら、「やだお父さん、〇〇が頭おかしくなったみたい」と父親を呼んで2人でヒソヒソしだしたり、


私たちの新居を見て「火事になりやすそうなとこね」「空気も悪い」とだけ言いすてたり、


彼氏(夫)もそういう様子を私から聞いたり、結婚挨拶ときに目の当たりにしているので私の実家に寄り付かず、

「短時間だけ!」と私が頼み込んで、義理を果たすためお正月に夫を連れて実家に遊びに行き、お昼ご飯を食べて15時ごろに「今日はそろそろ帰るよ。夫くん、個人仕事が忙しいみたいだからさ」と帰ろうとすると、

母親が、今度は私に対するのと同じような剣幕で夫に「〇〇(私)の幸せを考えたら、もっと奥さんの実家に通うのが夫のつとめでしょ!?

「思いやりがない!!!」「あなた子供!!!」と迫ったり(結局その日は夫と私、2人で応戦したが話通じず「興奮してるみたいだから帰るね」と帰った)、


あげくの果てに、

結婚式の前日に私と両親でご飯を食べることになったのですが、母親正月のことを根に持っていて、食事中ずっと無言&口を開いたと思ったら

あなたは冷たい子、いつかきっと後悔する日がくる」

とだけ言われ、


もうなにもかも嫌で結婚式の日は一言も会話をかわしませんでしたが、式のなかで、両親にギフト(私の手作りです)を渡すと「なにこれ、かわいくない…」と言われ、

なんかもうダメだなと思いました。



それから今日まで、数ヶ月、会っていません。

連絡も、向こうからきたものに「ふーん」「そうだね」とかひとこと返すだけで、まったくとっていません(一人暮らしの時は、ほぼ毎日連絡しないと怒られたので、こんなことは初めて)。




そんな母親に対して(父はそこまで実害はありませんが、裏で母親と一緒に私の悪口を言って火に油をそそぐ係をしているので、あまり信頼していません)、

一度は絶縁も考えましたが、いまいち踏み切れずにいます

まぁ、ここまで書いてきて、「結構ひどいことされてきてるな」とは思いましたが・・、DV無視はされなかったし、小さいころはけなされなかったし、風邪をひくと一生懸命看病してくれるし、「子供母親」としてはいい母なんです、本当に。

大人になった子供母親」として、ちょっと未熟だっただけなんじゃないかな・・と。

から、「毒親」と呼ぶにはちょっとためらうんですよね。「微毒親」ぐらいかな、と。




正直、今は連絡をとるのが怖いです。コンタクトとると大体何かしらの形で傷つけられるので。しかも、親だからか、めちゃめちゃ一言一言攻撃力が高いんですよ。立ち直るのにも時間がいります。それが怖い。

じゃあ絶縁すればいいじゃん!とも思うんですが、「絶縁したいのか?」と自分に問いかけると、そうしたいわけではないんです。


超超超理想を言えば、親と仲良くしたいです。

理解はされなくてもいい、でも、軽めの家族交流ができる程度にはつながっていたい。私がなにか態度を工夫することでそれが可能になるなら、そうしてみたい。

もちろんそれが甘いってことはわかっています


でも、「微毒」だったら、絶縁以外でもなんとか付き合っていける方法はあるんじゃないか、と、思っている・・・




で、ようやく本題ですよ。

母の誕生日が迫ってきました。


先ほど言った通り、母親コンタクトをとるのは怖い。

会いにいけば、これまで会いにいかなかったことを罵倒されるだろうし、

メッセージプレゼントを送れば、それに対する返信で「会いにもこないでひどい子ね」とねちねち嫌味を言われそう。

からと言って何もしないと、きっとすんごく悲しむのが目に見えているし、後々すごい恨みになって返ってきそう。


どちらを選んでも、悪い結果しか想像できないんです。


昨日の晩、そろそろ結論を出さねばと思ってぐるぐる考えていると、すごく辛くなってきて、ひとしきり泣いたあとに寝込んでしまいました。


そのときから「そろそろ帰るよ」とメールがきたので、

「ごめん、具合悪くてなにもできてないんだ」と返信すると、

1時間後、私の好物を買って夫が帰ってきました。


私は、セブンイレブンレアチーズどらやきを食べながら、夫に本当のこと(具合が悪いんじゃなくて親のことで落ち込んでたこと)を話し、

その時点で導き出していた、一番答えに近そうな考えを伝えてみました。



「私ね、自分の状況を客観的にとらえるために、別の似たケースを探してみたんだ。そしたら『ダイエット』と似ているなって思ったの」


「例えば私がダイエットをしているとしよう。

そんな私の目の前に、すごく美味しそうなケーキがあって、私はそれをすごく食べたいとする。

でも、ダイエット目的は、『痩せたい、もしくはこれ以上太りたくない』だよね。そのためには、おそらくケーキは食べないほうがいい」

「でもね、それを第三者である私が見てたらこう言うと思うの。

ストレスをためるほうがダイエットに悪いとも言うじゃない。自分気持ちに素直になった方がいいよ、食べちゃいな! その代わり、そのカロリー運動で消費しよう!』」




「これを今の私の状況に置き換えてみると」


「目の前に、親にコンタクトすべき機会が迫っているんだけど、私は何もしたくないと思ってる。

でも、最終的な理想は、『親と仲良くなりたい、もしくはこれ以上仲を悪くしたくない』。そのためには、おそらくなにかしたほうがいい」

「それをさっきの第三者セリフに置き換えると…

『長い目で見たら今は連絡しないほうがいい可能だってある。自分気持ちに素直になった方がいいよ、連絡しなくても大丈夫! その代わり、別の方法コンタクトしよう!』」








「こんな感じだと思うんだよね、でもその『別の方法』がわからないんだよ・・・

夫は「意外と面白い話だったw」と笑っていました。

そして、

「お母さんの好きな食べ物はなに?それを贈るのはどう?」

と。

エビかな。でもそれだけ贈るのって、やっぱなんか『冷たい子』『よそよそしい』ってぐちぐち言われそうじゃない?」

そう答えると、夫はうーんうーんと何やら考え始め、「エビのグッズとかないの?」と言いました。

私「えっどういうこと」

夫「なんかさ、エビ贈るだけだと、真面目っていうか、形式的な堅い印象やん。

でも、送られてきたのがエビなんだけどアクセサリーだったり役にたたなそうなものだったりとかしたら、『何これww』ってなりそうじゃない?」

私「たしかに・・それを先に送りつけて、後日『本物もあるから』って言って本物送ればフォローもできるしね」

夫「プレゼントへの返答も、自然と『何これw』にならざるを得ないから、心配してた返信メッセージの怖さも軽減するよね」



そうして2人でエビグッズを探したところ、見つかったのがこれ

[rakuten:http://item.rakuten.co.jp/wishorder/a520065011384s/]




私「これなら、使用シーンの写真とか自然と送りたくなるし、『責める(親)』『避ける(私)』以外のコミュニケーションが生まれそう!これなら親が望んでいる、『私とのコミュニケーション』が私にとっても嫌じゃない形で実現できる。めっちゃいいじゃん!!」

夫「よし、じゃあ次は本物のエビを探そう!」





とまあこんな感じで、

エビプレゼントすることになりました。




結果はまだわからないけど、ダイエットのたとえのところで書いた「連絡しない、会わないで済む別の方法」が見つかったなという気持ち

あと思ったのは、日常なかにもっとユーモア」が必要なんだな、ということ。

私は少々頭が硬い(合理的主義)ところがあるので、こういう視点を忘れないようにしたいなぁと思いました。






結果がわかったら、トラックバックとかで読めるようにしてみます

2017-06-01

どうせ父親にとって子供電気代をひたすら食い潰す虫でしかない

世間体子供を産む親ほどクソなものはない

小さい頃から家族自分の思い通りに動かなかったり、神経質で下らないことで直ぐにキレる父親だった

稼ぎはいい癖にケチで、たまに喋ったと思ったら電気代が高い電気を消せとかそんなことしか言わない。ちなみに自分にだけは甘くよくアジア旅行とか1人でしている。

家族はいつも電気をちゃんと消している(寧ろ居間明け方まで寝落ちするから父親の方がよっぽど電気無駄遣いしている)のに、家族をちゃんと見てもいない。家の手伝いをしろ電気を消せ、何もしない癖に、自分を偉く見せたいのか小言ばかり言う。

私含む姉や家族のが酔っ払って寝てばかりいて米も炊けない父親よりよっぽど家事をしている

母親は私が小さなから「お父さんの言うことは無視すればいい」と言っていた。父親がいなくなると今でも父親愚痴を言う。離婚しない理由は金以外無いんだろう。

父親に度々私立学校に入れてやった、学費凄かったんだぞ!なんて言われる。

一方母親は私が嫌がっても(まあ後半は乗り気になったのだが)私立への受験勉強をさせた。両親で意見統一してくれ。

私も父親理不尽なんて無視しようとしたが、小さなからグサグサと父親言葉が棘のように刺さって抜けない。ふとした時に思い出して、その度に嫌な気分になる。

父親は何か不満を言われるたびに「ここはお父さんの買った家だ!」とか「お父さんの買ったテレビだ!」とかずっと言ってきた。ちなみに土地は母方の祖母の物である

家族から何を言われても直そうとしない。酒を飲むと暴言を吐くから控えてと言っても、いびきがうるさくて騒音レベルなのに居間で寝るのを何とかしてと言っても、小鳥家族許可なく衝動買いするのをやめろと言っても何も辞めない。暖簾に腕押し。

一度ゲンカして、「そんなに金の事ばかり言うならなんで子供なんて産んだんだ!」と言ったことがある。

そしたら父親から返ってきた言葉は「勝手に生まれてきたんだろ」である

それを言われて以来、私はいつも自分が生きている意味がわからなくなってしまった。

そもそも人生は辛い事ばかりだし人の地雷をいつ踏み抜くか分からなかったけど、なんとか犯罪も犯さずちゃんと進学もして人並みに生きてきたのに、こんなことを言われてしまった。辛い中なんとか生きてきたのに、そもそもまれて生まれなかったなんてあんまりだ。恐らく、父親はなんとなく、世間子供がいない夫婦は変だとかそんなことを思って作っただけだ。

こっちだってまれたくなんかなかったのに。

勿論、親のために生きてるわけじゃ無いなんて、こんなこと言われたくらいで気にしすぎるなんて馬鹿らしいなんて分かってはいる。けれど、分かっているのに忘れられない。

父親のおかげで結婚しようとも思わなくなった。家族仲が悪いと結婚生活など苦痛しか思えなくなる。四六時中常に仲が合わない人といるとか最低の人生だ。子供いるとか気軽に離婚もできないし。因みに母と父が結婚した理由お見合いからなんやかんやあったらしい。

友達結構結婚したがってるんだよな、凄いなあ。皆私みたいに必要以上に人に怯えず心を開いて接することが出来るからだろうな。

自立も考えたが、どっちかって言うとなんだか疲れた。なんか疲れただって何をするにも何かに怯えている羽目になるんだ。

姉いるんだし、一人っ子で止めときゃあ良かったんだよなあ金食い虫扱いを小さなからするんだったら……

2017-05-17

年金まんがの内容メモ

いっしょに検証公的年金 | 厚生労働省

http://www.mhlw.go.jp/nenkinkenshou/comics/index.html

の内容メモ話題になっているのは11話。

0話

年金給付されなくなることはない

財政検証 公的年金財政一定期間ごとにチェックする 

公的年金貯金ではなく、なにかあったとき保険

想定外リスク対応できる

老齢年金 障害年金 遺族年金(被保険者の死亡で配偶者か18歳未満の子)

公的年金の特徴 生涯にわたって受給できる 経済の変化に比較的強い 障害や死亡に対応

国民全員へのセーフティネット

昔の日本親族で世話をする私的扶養一般的だった

戦後ライフスタイルの変化で私的扶養が難しくなった

公的年金社会的扶養

年金には消費税などの税金も使われている

全員で支えようという仕組み

から加入が義務づけられている

公的年金社会的扶養なのは子供のいない世帯の増加やひとりでも暮らしやすくなったという生活スタイルの変化が大きな要因

負担を均等にする意味でも社会的扶養のほうが今の日本にあっている

人によって年金額が違うのは基礎年金厚生年金の2階建て構成から

基礎年金(国民年金)は20歳以上の人全員が支払う 学生手続きをすれば納付猶予可能 低所得でも免除可能

猶予免除手続きをしておけば障害を負ったとき障害年金が受け取れる 手続きなしで未払いだと受け取れない

厚生年金会社員が支払う

専業主婦年金厚生年金の加入者が負担している

年金保険料は将来の自分年金ではなく現在年金受給者への支払いにあてられている 賦課方式

積み立て方式ではインフレ運用成績悪化受給時に目減りする危険がある

賦課方式では現役世代受給世代比率が変わると負担増や受給額減の危険がある

年金賦課方式なので受給時の物価にあわせた金額になる

少子高齢化がすすんでも一定水準以上には値上がりしない

平成16年に給付負担バランスをとる仕組みが導入された

5年ごとに財政検証で調整

モデル世帯では現役世代手取り収入の5割を受給できる見通し

モデル世帯 40年厚生年金に加入 収入は現役世代の平均額 配偶者専業主婦40年 

所得の低い人ほど年金割合は増える

10

少子高齢化による負担への対応

これまでの未使用分を積み立てた年金積立金を活用する

100年かけて使っていく想定

財源の大半は保険料収入なので年金積立金がつきても公的年金がなくなることはない

年金積立金はGPIF運用し、平均すると収益は上げている

11

少子高齢化がすすめば給付水準はさがる

世代間格差年金だけ考えて住む話ではない

今の年金受給者世代公的年金が十分ではなかった。私的扶養高齢者を支えた

今豊かなのは高齢者世代のおかげ

年金額に差があってもそれだけで若者が損とはいえないのでは

年金国民安心して暮らせることに価値がある

もし年金がなくても格差はなくならない。高齢者は誰かが扶養しなければいけない

昔は兄弟が多い事は普通だったが、今は一人っ子が多い。医療進歩寿命も長い。

高齢者扶養負担世代によって違う。

少子化だけでなく経済規模年金に影響する

経済の成長も大切。安心して子供を産み育てられる社会にすることも必要

扶養障害心配をしなくていい公的年金を維持することが重要

12

オプション試算 年金制度をかえたらどうなるかを試算

マクロ経済スライド インフレなどで年金が増える場合に増加幅をおさえて将来の給付に当てる

2017-05-15

思っていたよりもかなりIQが高かった(9歳)

5歳で発達障害の診断。

当時の検査結果では、一部100を下回る状態総合評価IQ110台。

9歳になったので、4年もあいたのでまた検査しておきましょうか、といわれ検査した結果が結構高くて、IQ144と。

一番低いものでも116あって、すべてが前回の検査を上回っていた。

IQ135を超えるとギフテッドと呼ばれる領域だということで、息子にこれからどう対応していけばいいのか、困惑している母親です。

相変わらずデコボコはある(高いものと低いもので30以上の差)ので、今受けている公的サポート公立小学校で通級指導放課後デイサービス言語指導運動指導運動苦手)は継続して受けさせていただくつもり。

なかなか、知能が高い子だとは思ってはいたけど、

以前の数字を信用していたので、まずまずでしょう。と思っていた程度でした。

でも、今回の数字は、ちょっと真面目に今後を考えた方がいい領域かな、と。

IQだという自覚がある方(男性)で、

小中で、親にこういう事して欲しかった(して欲しくなかった)、などあれば教えてほしいです。

地方在住なのと、一人っ子ではないので経済的にも都市部の有名私立中を目指すことはすでに難しく。

都市部なら、偏差値の高い私立中目指すのが一番無難平和だとは理解してますが)

今のところ、好きなことは睡眠小学校優先で最大限取り組んでもいい状況にはしているけど(特性上、好きなことは自ら停止できないので、放っておいたら6歳ぐらいでも12時過ぎてもやってた。当時はレゴ。今はプログラミングにハマっている)、それぐらいでいいのだろうか。

悩ましい。


息子の傾向や、今すでに取り組んでいることなど、こちらに追記を書きました。

http://anond.hatelabo.jp/20170516165447

2017-04-06

忘れえぬ人々

ラジオ番組に送った長文をそのまま載せますね(未採用)。思春期あるあるなのかなあ。当時もちろん誰にも言えなかったし今まで誰にも言えてない。たまたま女子同志だっただけで男女間でも男子同士でもあり得る話だとは思う。

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みなさんこんばんは。いつも本当に楽しく拝聴しています大好きです。35歳、女、既婚です。はじめてメールいたします。

私が中学2年生、14歳の頃の話です。

当時、私はゲーム大好きっ子で、今で言うところの「腐女子」であり、ゲームジャンルBL二次創作に手を染めておりました。夜な夜な推しキャラの絵を描き、さらに男×男のカップリング妄想し、その滾る思いの丈と自らの性の芽生えをミックスジュースにして同人誌というカタチにしたためていました。

定期的に地元同人誌即売会(以下イベントします)に出店して、そこそこに売れてファンレターのようなものをもらったり、同じ趣向の友人が沢山できてイベント以外でも会って一緒に遊んだりして、普段学生生活を凌ぐ楽しさでした。

彼女出会ったのはその同人活動きっかけでした。仮にSさんします。

Sさんは私の3つ上のオネーサン。同じゲームが好きで、知人に紹介してもらって意気投合。初めは文通メール文化はまだなかったので)からはじまり電話で話すようになり、そのうち個人的に二人で遊んだりするようになりました。私が年下ということも関わらず、対等に優しく楽しく接してくれて、一人っ子の私は趣味の合う素敵なおねえちゃんができたみたいでとっても嬉しかったことをおぼえています

Sさんとは、好きなゲームBL妄想で盛り上がる他にも、イベントで知り合った共通の友人であるコスプレイヤー男性に思いを寄せていることを打ち明けてくれて、ちょっと現実の恋バナなんかで盛り上がったりもして。

Sさんと二人で遊んでるうちに「M(私のこと)ちゃん、本当に可愛いねえ、すっごい好き」「私、本当にMちゃんのこと大好きなんだよー♡♡」など、ダイレクト愛情表現散見されるようになり、私ももちろんSさんのことは友人として好きだったので、その熱量違和感を感じながらも「うん、私もSさんのこと大好きだよ」と普通に返していました。

二人で遊ぶようになってから4ヶ月程経って迎えたバレンタイン当日。その年のバレンタインはど平日で、私は学校から帰ってきて家でせっせと同人活動にいそしんでいました。夕方7時くらいに家の電話が鳴り出てみるとSさんからでした。

「Mちゃんこからひま?そっちに遊びにいってもいい?」と。

Sさんの家から私の家までは徒歩とバスを組み合わせて40分ほどかかります

「うん、私は大丈夫だけどもう暗くなるし…これから来るの大変じゃないかな?家の人は心配しない?」

大丈夫だよ、どうしても今日会いたくって…」

何だろう?とは思いましたが深追いはせずに、私はSさんがやってくるのを待ちました。

私は母子家庭で二人暮らし、母は看護師夜勤もやっており、ちょうどその日母は夜勤シフトでした。帰ってくるのは深夜1時過ぎ。母が居ない夜に友達が遊びに来るという、ちょっとしたワクワク感と心強さのようなものもあり、遠いところ悪いなあと思いながらも深く考えずに来てもらうことにしてしまいました。

小1時間後、本当にSさんが家まで来てくれました。

「いらっしゃーい」と出迎えた私に「急にごめんね、ありがとう」と言ったSさんの表情はどこか固く、家にあがってからもどこか雰囲気がぎこちなく心配になる私。「平日にMちゃんち来るのはじめてだね」「ああ、そうだね、今日はお母さん夜勤でいないんだ」など他愛のない会話を交わしていましたが、やっぱり顔つきが冴えないSさん

「遠いところ来てくれてありがとう。でも、どうしても今日、って何かあったの?」

「あの…今日バレンタインから。これ、Mちゃんに。手作りしたんだ」

と、手渡されたのは可愛いラッピングが施されたバレンタイン手作りチョコレートでした。

「えっ、そうだったの!私なんにも用意してなかったよー!ありがとう、うれしい!」

素直に驚きと喜びを伝えたら、Sさんは泣きそうとも笑顔ともとれそうな複雑な表情で私を見つめたあと、強く抱きついてきて「Mちゃん、本当に大好き」と囁くように呟きました。

「う、うん?私も好きだよ…?」

「でもきっと、Mちゃんが言う“好き”と私の“好き”はちょっと違うと思うんだ」

「えっ?…」

そしてそっと私にキスしました。ほっぺにでも、おでこにでもなく、くちびるにです。これが私にとってのファーストキスでした。

とにかくびっくりしたけれど、不思議と嫌な感情特には湧きませんでした。その後何を話したのか、どうやってSさんが帰って行ったのかもよく覚えていませんが、すっかり元気な笑顔を取り戻したSさん玄関口で見送った画はしっかりと記憶しています

その次の週末、Sさんの家へ遊びに行くことになりました。

キスのこともあってドキドキはありましたが、あれは何かのきまぐれだろう、きっと普通に友達でいられるだろう、と思っていました。その日、Sさん宅では二人でゲームをしたり同人活動にいそしんだりとこれまで通りの楽しい一日を過ごしました。特にこの間のキス話題も出ませんでした。

私が「じゃあ、時間からそろそろ帰るね」と、帰り支度をしようとしたとき「やだ、帰っちゃやだ、大好き」と言ってまた抱きしめられて、キスされました。何度かキスをされるうちに、舌が入ってきましたが、私はまた拒否もせず、受け入れてしまっていました。

その日から一緒に遊んだ日の最後は、こんなふうに抱きしめられてキスされることが多くなってきました。私からしようとしたことは一度もありません。拒否をするほど嫌だったわけでもなく、実際キスという行為はやわらかくあたたか気持ちいいもので、拒絶することでSさんとの友情関係が崩れることを避けたかったこともあり、背徳感を抱えたままその関係を続けていました。

そんな関係が3ヶ月位経ったあるとき、私はとあるバンド出会い雷を打たれたように骨抜きになってしまいました。そのバンドのことで頭が一杯の毎日TV雑誌などを追いかけるのはもちろんのこと、同人活動土俵にもそのバンドを持ち込んで、また、同じバンド好きの新しい友達が沢山できました。私とSさんはともに受験生となっていましたが(私は高校受験Sさん大学受験)、電話は週に2、3回ほど、月に2回ほどは一緒に遊んでいました。ですが、Sさんは他の友人たちと一緒のときでも手をつないできたり抱きしめてきたりと過剰なスキンシップが多く、私はちょっとうざったいなあと思い始めていました。

だんだん私の興味がバンド一番になっていることに気付いて、Sさんはひどく寂しさを覚えてしまったのだと思いますバンド関係の友人と遊びに行くことにはじまり、そのうちSさんも交えて共通の友人と居るとき私が他の友人と話しているだけでも深い嫉妬をするようになりました。友人がいてもお構いなし、その場の雰囲気が悪くなるくらいあからさまに不機嫌になり、悲しそうな顔をするのです。周りの友人にも「SさんはMちゃんのこと好きすぎじゃない」「SさんってMちゃんにベタベタしすぎ」などとからかわれることも多くなってきて、私は正直もう面倒くさくなっていました。当時のモットーは友人関係は広く浅くみんなと公平に、束縛するのもされるのも本当に苦手でした。これ以上踏み込まれたくない、と私のSさんに対する態度はだんだん冷たくなり、そうなるとSさんがひたすら謝ってすがるようにさらに甘えてくることに辟易し、電話も合う頻度も自然と減っていきました。自分からきちんと嫌なことを嫌だとは伝えずに、冷たい態度をとることで私のことを嫌いになってもらってうやむやのまま自然消滅すればいい、と思っていました。私にとってSさんを傷つけ続けていることよりも、あの熱量の高い束縛から開放された安堵の方が大きかったのです。子どもですね。

その後、私はバンドに熱を上げつつも勉強を続け、無事志望校高校合格Sさんから東京大学への進学が決まったとの連絡が来ました。

Sさん東京へ行く前に駅前マクドナルドで待ち合わせて二人で会いました。10月頃、同人誌即売会ですれ違って話したのが最後だったので、ずいぶん久しぶりでした。お互いの合格を祝って、近況やこれから新生活についてぼんやりと話して、元気で頑張ってね、と言って普通に別れました。もちろん、好きだという言葉も抱擁もキスもありませんでした。

その後、一度だけSさんに会いました。私が19歳の夏でした。

私は高校卒業して東京専門学校へ進学しました。1年生の夏休みのことです。帰省して久しぶりに地元同人誌即売会へ参加しました。その後、居酒屋へ流れて友人たちと飲みに行ったのですが、そこに遅れて現れたのがSさんでした。3年以上振りの再会。私たちはぎこちない笑顔で「ひさしぶり」くらいの最低限の挨拶を交わして、私を避けるようにして遠い席に座ったSさん。それぞれ周りの友人たちと盛り上がり、Sさんとは全く話しませんでした。ただ、居酒屋の喧噪にまぎれてSさん自分彼氏の話で盛り上がっているのが、ぼんやりと聞こえてきたのでした。

現在、私は同人活動からも一切足を洗って、イベントなども10年以上参加していません。当時の友人たちとも疎遠になっていて、Sさんがどこで何をしているのかは一切わかりません。

毎年バレンタインの時期になると思い出す、私にとっての忘れ得ぬ人です。

長文乱文失礼しました。

2017-03-29

急にものすごく姪っ子がいる人を羨ましいなぁと思うけど

そう言えば自分一人っ子だと言うことに気づき、再び我に返る。

こんな経験ありません?

2017-03-25

好きと言う自分気持ち悪い

20代後半男性恋愛経験全然ない

自分他人に「(恋愛として)好きだ」という場面を想像しただけでものすごく気持ち悪くなる

周りは「恋愛したほうがいいよ~」なんていうけど、ちょっと考えただけで上みたいな自己嫌悪になって放り出して、の繰り返し

今はそれでもいいけど、一人っ子から将来結婚しなきゃダメなのも理解してるつもりだしどうしたらいいんだろうね

2017-03-23

祖父母のお葬式映画の話

先日、高齢だった祖母が亡くなった。

遠く離れて暮らしており、交流子供の頃から夏休みと年の暮れにほぼ一日ずつ。

世間でそれが多いか少ないかは知らないけれど、一人っ子だった父方の、より高齢だった祖父母宅への泊まりがいつも優先されていて

私の中で母方の祖父母は「二番目のおじいちゃんとおばあちゃん」だった。

関係は良好だったと言っていい。けれど母方の祖父母には、その家に近く住む叔父叔母イトコが何人もいた。

私と名前の少し似ているイトコたちと私へ、祖母はいつも名前を呼び違えた。

お葬式で私はきっと泣けないだろう。そう思っていた。だって祖父の時には泣けなかったから。泣かなかったから。


先に亡くなった祖父お葬式の時。

泣いているイトコを見て「ああ私は泣いていないな」と思ったのだった。

祖父との思い出をたぐりよせようとして、交流の深いイトコたちを差し置いて私が泣いていいのだろうかとも思った。


ところでここで映画の話になる。「エンディングノート」という映画だ。

祖父葬式からしばらくして、映画館で見た。

内容は、ガンで闘病のうえ亡くなったお父さんの姿を娘さんが撮影したドキュメンタリーだ。静かで私的映画だ。

娘さんにはお子さんがいる。お父さんがそのお子さん、つまり「孫」と対面するシーンがある。

「孫の存在のものをお父さんが大事だと感じている」のがもう映像からひしひしと伝わる。美しいシーンだ。

祖父を亡くした後に私はその映画を見て「人というものは生まれたという存在だけで大事に思うことがあるのだ」と思った。

あんな風とは違うにしても、私が生まれとき祖父母は子供大事存在ができたことを喜んでくれただろうと思った。

祖父お葬式で泣けなかったことは私の中でどこかわだかまっていたけれど、一つの解を映画からもらった。

母方の祖父だけでなく父方も含めて。繋がりがほかより薄いなんて判断できない。

それに私にとっても大事な両親の、大事な人たちだ。


…戻って、祖母お葬式の話である

上記の祖父映画の話を経ていたので「泣けないだろう」とは思ってもつらすぎることはなかった。

お棺へ花を入れるくだり、イトコたちは泣いていた。私は泣いていなかった。

でも「お父さんとケンカしないようにね」と言いながら叔母が花を入れて。弟がそれに「よくケンカしてたね」と軽く囁いてきたとき

──私も知ってる。と思ったらふいに涙が出てきた。

ヤンチャな悪戯っ子のような物言い祖父と、面倒見はいいが口うるさくあしらう祖母のやりとりが浮かんだ。


そうしてもう一つ、その数日前に見た映画を思い出した。

「ぼくとアール彼女さよなら」という、やさしい青春映画

その中のとてもいい台詞を思い出して、またひとつ、すこし赦されたような気がした。


自分に対してどこかに書いておきたかったのと、

映画好きなので私に大事ものをくれた映画のことを宣伝したいなぁという気持ちで書いた。そんだけ。

2017-03-19

実家暮らし24歳の一人っ子だが遠い夢棄てきれずに故郷を棄てたい

今年25歳になる女で、地方暮らし高卒

資格運転免許ITパスポート(笑)

彼氏いない歴=年齢の人間のクズ

父は数年前に亡くなって、母のことは嫌いなんだけど高齢だし、ほっとくのもどうかと思ってる。

今の仕事刺身の上にタンポポを載せるような仕事で、クソみたいな給料でこき使われてんだけど、人間関係には困ってなかったからやめるやめる詐欺でずっと働いてきた。それが最近ハロワで変な噂(だいたいあってる)が流れてて、そのせいで日本人が入ってこなくなって、ろくに日本語もできないような外人さんを、面接(笑)採用して、わずかに入ってくる日本人も、なんかこの人ほかに行くと来ないんだろうなぁって池沼しかいないしで、クソみたいな中国人犬猿の仲になったりで、やめたい。新卒も二人とも屑だったしさ。さっさと辞めればいいのに。

からさっさと辞めたいんだけど、年金暮らしの母を扶養に入れてるから、なかなか一歩を踏み出せないでいる。

任意継続を選べば、2年間は母の保険証は手に入るけど…

から親に稟議を出すのが苦手で、あれがしたいとかこれがしたいとか、自分意見さらけ出すのが苦手で、遠い夢捨てきれずに故郷を棄てたいんだって言えれば楽なんだけど、MPが足りない。

昔夢見ていた職業があって、それをずっと忘れてたっていうか、言い出すのが恥ずかしかったっていうか、ってんで、今は刺身の上にタンポポを載せる仕事に甘んじてるんだけど、それももう6年目…

学生の時はパソコンの大先生(笑)で、趣味プログラミングちょっとできたから、お前はそっちに進めとか周りに言われてて、でも数学がてんで駄目だったからやめたんだけど、今ちょっと触ってみようと思っても、全然筆が進まない。エディタ開いて、やっぱいいやって。能無しみたいにホッテントリニコレポとtwitterFB巡回して、転職先でも探せばいいのに、ばかじゃないの。

こんなんだから上京したって無駄貯金食いつぶしながら故郷にも帰れず、クソみたいな30歳になるんじゃないかって、かといってこのままだらだらと今の生活を続けていても、クソみたいな30歳になることは明白だし。仮面夫婦な親を見て育ったので、結婚なんてできるわけないし。

もう少し強くならなけりゃ時の流れに負けてしまいそうだっていう焦燥感が常に襲ってきてて辛い。

私みたいなのが友達もいない東京にふらっと出てきて、生きていけるのか、だれか教えてほしい。

このままじゃ嫌なんだ。

追記

遠い夢はIT関係じゃないんだ…

2017-03-12

2人目まだ? と言われない

誰の目にも子ども好きではない様子がわかるためか、

「2人目は?」とは、実母以外、言われたことがない。

しかし、2人、3人と子どものいる家庭はおおむね両親の仲がよく、

一人っ子家庭は不仲か、夫が家事育児に協力的ではないと断言できる。

専業主婦状態だった育児休業中も、仕事に復帰した今も、

疲れ切っていて布団に入ったら5秒、長くても1分後には熟睡する。

無理である。生まれる訳がない。

働き方改革? 仕事の総量を下げるか、現状維持で一律給与カットした上で、家事改革必要

家事育児年収比率に応じて分担するべきであり、

同意なく分担しない場合金銭補償を求める条例策定し、

申請した製品に限り、「この製品を購入すれば毎月●万円、奥様/旦那様に支払わなくてもいいのです。

長期で考えるととってもおトク!」といった広告を認めればいい。

こうすれば、日本メーカー製品もっと売れる。

家事負担が減れば、労働生産性自然高まるはず。

少子化を招く、趣味疲れ・家事疲れ・仕事疲れで自滅する国、日本

2017-03-08

「○○っ子」の分類と用法

http://anond.hatelabo.jp/20170308115616

この元増田です。

トラバブコメを見て、いろんな○○っ子があるのだなぁと、関心してしまった。

それらを読んでいるうちに、○○っ子という用法はいくつかに分類される気がしてきた。私なりに勝手に分類したので、もっと的確な分類があればご指摘ください。

1.(地名)っ子:江戸っ子博多っ子、浜っ子、都会っ子 など

2.(動詞)っ子:いじめっ子、いたずらっ子、憎まれっ子、売れっ子 など

3.(名詞)っ子:鍵っ子眼鏡っ子テレビっ子 など

4.(家族関係)っ子:一人っ子末っ子、姪っ子、甥っ子 など

5.(形容)っ子:ちびっ子、ドジっ子、秘蔵っ子 など

個人的想像の斜め上を行っていたもの

いぶりがっこマリメッコミスター味っ子

皆様ご協力ありがとうございました。

僕らはみんな、「はてなっ子」ですね。

2017-03-06

平成ライダー主人公って殆ど一人っ子兄弟がいても姉か妹ばっかなのは何でだろう。

以下、主人公兄弟。後は一人っ子不明な人たち。

クウガ:妹

アギト:姉

カブト:妹

電王:姉

キバ:異父兄

ディケイド:妹

W:姉

OOO:兄がいたような?

鎧武:姉

兄弟だと話に絡ませにくいのかなあ。

【追記】

カブト存在をすっかり忘れていたので、書き加えた。ごめんなさい。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170301150554

仕事or彼氏」という状況、似てる。

 

彼氏とは大学で知り合った。大学在学中ずっと、私が彼に片想いしていた。

お互い地元に帰る形で就職した。彼氏静岡、私は埼玉

卒業後しばらくしてから遊ぶようになった。私は「今の仕事はずっと夢だった仕事で、実際楽しい(そして福利厚生もいいw)から、辞めたくない」という話を何度かした。

その上で告られた。

彼は「俺はいつか結婚して家庭を持つのが夢。だけど、お互いの仕事のこともあるから、付き合う中でお互いが納得できる答えを探したい」と言ってくれた。

でも最近、彼が「早く仕事を辞めて静岡に来て、専業主婦になってほしい」と言うようになった。

年齢のこともあるから、これ以上は待てない。来ないなら別れると。

 

私は彼氏が好きだよ。学生時代から好きで、付き合って数年経った今も心底惚れているんだよ。

 

けど仕事も好きだよ。子供の頃からの夢で、この仕事に就いていることは私の誇りなんだよ。

ついでに言うと両親が高齢なので、できるだけ側にいたいなっていうのもある(私は一人っ子

 

年度内に答え出さなきゃいけない。どうしよう。

2017-02-27

子供はいらない」と言うと毒親持ち認定される謎

少子化の敵だ!

ってのはわかるんだ。そりゃ困るよね。将来税収減っちゃうもんね。国力が落ちちゃうもんね。

でも、欲しくないものは欲しくないんだ。

自分遺伝子に残す価値を感じない」

と言うと、

旦那さんの遺伝子なら残したいんじゃ?」

と言われるが、

「私なんかを選ぶ絶望的なセンスを持つ夫の遺伝子なんて残したくないよ」

しか答えられない。

「そんなに自分のことが嫌いなんて、子供時代虐待されてたの?親に愛されなかったの?」

と言われるが、

一人っ子だったしものすごい溺愛された。専業主婦完璧家事育児教育をこなす自慢の母親に、なかなかの一流企業にお勤めの毎年海外旅行に連れて行ってくれて塾も存分に通わせてくれる財力のある父親

父親母親もとても立派な人だ。

でも、親はこんな立派なのに私はクズ人間なのだ私自身の遺伝子を残す価値など微塵も感じないのだ。

好きな人の子供なら欲しくなるのに。旦那さんのことを本当は好きじゃないんじゃない?」

と言われるが、

同じ旅行という趣味があって共働きでも家事も一切喧嘩なく分担できる、付き合ってもう20年以上経つ相手だ。

もちろん好きだ。

子供は欲しくない」というだけで、親に虐待されたことにされ、旦那のことを愛してない扱いされる。

親に愛されていて、旦那のことを愛していたら、必ず子供をほしいと思わなければならないのか?

少子化の敵だ、と私のことを否定するのは構わない。

けれど、子供が欲しくないんだということだけで、私の両親の育児や私と旦那の仲を否定するのはそれは流石に傲慢なんじゃないかなと思う。

両親に愛されていて旦那と仲良くやっていても、欲しくならないものは欲しくならないよ。

23結婚してもう40近くなるけど、全くそれは変わらない。

なぜ、子供はいらない、という一言だけで両親の愛も旦那との絆も否定されねばならないのか。ただただそれが疑問で不愉快だ。

2017-02-26

喪主喪主ホットライン

あみんお尻の拭けなかったお(兄|じ)さんだよ。

俺も歳をとったね。うんとった。どれくらいとったかというと母が死んだくらいとった。

そうなんだよ、この前母がなくなったのね。

みんな知ってると思うから言うけど、俺一人っ子なのね。

もともとは姉がいたけどいろいろあって今は一人っ子なのね。

でほらさ、うち一家離散しちゃってんじゃん。

父母姉俺だったけど、

はいろいろあっていなくなっているし、その十年後くらいに父母は別居して、

父と実家に残った俺は、けっきょく父が嫌んなってさ、大学卒業してすぐ東京出てそれっきりって感じじゃん。

だけど俺においては両親の連絡先だけは知っててさ。

「だけは」っていうのは文字通り「だけは」でさ。

連絡なんて5年に1度もしなければ、実家に帰る、別居先に会いに行くなんてことも当然なくてさ。

まあ不完全ながらも一家離散しちゃってるわけですよ。

数学も離散したの扱っていこうぜってジャンルあるらしいし、

「家族」って形式にもそういうことってあってもおかしくないわけさ、ってのがあってさ。

あいいや。

でだ、喪主をすることになるわけですね。

配偶者がやるパターンってのもあるわけだろうけど、

ほら、母と父は別居状態からである俺がやる流れになるわけですね。

個人死生観は「死人に口なし」という感じの考えなので、

葬儀」というものは畢竟親族のためにあるんだ、ってな勢いで考えていたわけさ。

ほんとに非情に思えるかもしれないけれど、これはけっこう本心なんだよね。

お金の話しようか。

喪主っつったって単に火葬しておしまいなんて話だったらそこまでお金からないわけじゃん。

それでいいじゃんって思ったわけですよ、当初は。

だってそんな金もってるわけじゃないし、葬儀屋みたいなのいい噂聞かないしさ。

「こっちは一人っ子だし喪主だ」なんて大義名分背負ってるから

その俺が「そんな大層な葬儀必要なくね」って思ってんだからいいだろって思ったわけですよ。

でもまあ「そうじゃなかったしそいつはちっと浅はかだったかな」って話をするね。

母が死んだ病院ってのはもともと母の勤め先だったんだよね。

これは俺、その場で知ったんだ。

というか彼女がどこで何していたか、出ていったあとの20年くらい詳しい話を俺は知らないんだよね。

からああそうなんだって思った。

で病室片付けたあと遺体葬儀場の霊安室に運ぶって段になったときに、

病院関係者が、つまり母の元同僚が見送りに来てくれたのね。

忙しい病院だよ。そんな暇ないはずなのにそれだけでも十数人くらいは来てくれたのね。

俺はまったくあったことない人だよ。

でも俺の母のことを思ってきてくれて涙をしているというのを目の当たりにしたときに、

なんか俺は間違っていることをしたんじゃないか、しようと思っていたんじゃないかって気になった。

整理するね。

俺の死生観ってのはこの状況を見ても実のところ全く変わらなかったんだけど、

でも「葬儀」を私物化してた、しようとしていたことは間違っていると思えたんだよね。

だって離散家族なんだよ。

その「家族」のいままでなんもしてこなかった「息子」とやらがいきなり現れて、

喪主」という大義名分を振りかざして、

今ここで見送ってくれている人たちをないがしろにしていいのかなって思ったわけですよ。

「ああこれ俺たしか喪主なんだけど、これはこの人達代理でやるべきなんだよな」

とか、もっと言えば

「この人達こそが葬儀運営したいんだろうけど、世間の仕組み上、確定された『喪主である俺に一任する他ないんだよな」

とか感じたということなんだよね。

「何をすべきか」がわからいからこういう状況になっちゃってんだけど、

でも「これしたらまずいよね」はさすがにわかるんだよね。

たぶんこの場に見送りに来れない人もいただろうし、

遠くからでも葬儀に出たいという人がいるかもしれないだろうし。

いやあったこともない人たちだし、そんなもの憶測しかないんだけどさ、

でもそれで誰かの、少なくとも母と時間を共有した人の人生を、不容易に傷つけない方向で考えるべきなんだろうね、

って思ったんですよ。

それじゃあ喪主の話するね。

1. 葬儀プラン決める

2. 返礼品オプション外す

3. その分通夜ぶるまいはする

4. 葬儀連絡を母の知人にする(98%くらい、俺は全く知らない人たちだ)

1. は一番安いのにした。そこは本質関係ないと思ったから。

今回はこの場を設けることが重要でありミッションだったからね。

2. は礼を失するという話があるやもしれんけど、

思い出してほしいのは「今まであなたが参加した葬儀で返礼品あったか

「なかったとしたら別感情を抱いたか」ってことなんだ。

で俺個人としては「そんなこと気にする人いないでしょ」って結論だった。

あとお金の話(大好きなんだ)すると、

香典平均5000円/1人」って情報葬儀屋から聞いていて、

その計算すると「香典5000円 - 返礼品2000円 = 3000円」とかになるわけ。

しか葬儀屋は「返礼品は日持ちするからキャンセルありで補充可能」って感じで、

バンバン持ってこようとするわけ。

どうなるかっていうと会葬者x2000円の出費が変動費で乗ってくるということなんだよね。

これだと費用読めないからさ、なのでやめてくれって話にしたんだよ。

3. は2の逆なのね。これは費用が読めるんだ。

人数分の食事がでればいいわけだし、

香典はこっちに当てさせてもらうほうが正しいと思ったんだよね。

葬儀」って多分悲しむよりかは同窓会的に楽しい会話の中に、

故人を登場させてもらうって場所なのかなって思うんだよな。

からここをケチりたくなかったというのはあるんだ。

4. これが一番たいへんだったこと。

なのでお前さんがたが喪主をする側か亡くなる側かはしらんけれども、

とにかく「葬儀呼びたい人リスト」はつくれといいたい。

まじで。

このご時世メーリングリストで一発やんか。

なんで年賀状あさって簡易住所録つくって、

ちょっと誰呼べばいいか分かる人いませんかー」ってプチ個人情報漏洩しなきゃいかんのじゃ。

はいえ、これを難儀するのは俺が親不孝だった証明しかないですね。

という感じで式に臨んだ結果、120人くらい来てくれたわけだ。

最期最期まで母のそばにいてくれたような人や、

前日御見舞きて「花見行こうね」って言ってくれた人を、

とりこぼすことなく呼べたのでよかったという感想だった。

この期間中、よくしてくれた母の元同僚の方にも「ほんとうによかった」といってもらえた。

この言葉聞いて、人として危うい選択をするところだったけど、俺は間違わずにすんだかな、と思った。

自分自分の尻をふけるような大人になりたい」なんて言ったけどさ、

まだまだ全然拭けないよね。喪主なんて助けてもらってばかりだったよね。

最後に言いたいのはね、こんな俺が言うのもあれなんだけど、

「家族」一般的にも実質的にも大事かもしれないけど、

「同僚」や「友達」以上の存在でなければならないってことではないと思うのね。

逆説的に言えば「家族」以上の「同僚」や「友達」がいる形はあっていいんだよね。

それらは比較するべきでなくて、並列に存在して全部大事でいいんだよね。

から家族離散」してるからといって「家族葬儀を簡略化していいってわけじゃない」ってこと。

俺はそれを今回知れたってことを、みんなに教えたかったんだよね。

2017-02-01

お墓についてちょっと悩んでいること

母親がもうすぐ70になるんだよね。まだまだ元気で年に数回のペースで友人と旅行に行くぐらい健脚なんだけどそろそろ考えておかないといけないのが母親の墓のこと。

父が亡くなってからもう30年近くたつけど、現在、母は公営住宅一人暮らししている。

なお私は、独身かつ一人っ子で、結婚の予定もなければ、職業引っ越しが多いので定住もできそうにない。

先日、久しぶりに会って、母の墓をどうするかと軽く雑談したんだよね。

「(母方の)実家の墓には入りたくない。あそこの坊さん同級生だったけど大嫌いだし。桜が好きだから桜の名所に散骨してよ」とのこと。

父と父方の実家にはかなり悩まされたので、そちらの墓に入ることはそもそも選択肢にすらない模様。

母は創価学会信者で、関連で永代供養してくれる合同納骨堂?があるみたいなのでそちらにお願いする方向かなとうっすら考えていたのだけど

散骨かぁ。できるだけ希望は叶えたいけれど、まず散骨って合法的にできるものなんだろうか。

2017-01-22

ひとりっこと兄弟姉妹と。

高齢出産だったし体力的な問題とか色々考えて、うちは子供はひとりって夫婦で決めてたんだけど・・・

最近、周りのママ友達が次々と第二子出産。もともと子沢山のお家のママ中心に話が盛り上がるなか、一人っ子のうちは相談にも乗れず・・・逆に相談もしにくく・・・

ひとりなら楽だよねー とか

ふたりめ作ったら? とか

子どもをお友達と遊ばせたくてお付き合いしてきたけど、一人っ子を受け入れてもらえない雰囲気になってきた気さえする。

考えすぎだと思いたいけど。

2017-01-18

夫がデレた

結婚から自分一人っ子から1人の時間が無いとダメだ、ほうっておいてくれ、なんて言ってたもの日常の中でそんな時間がたまにあればいいんだな、ということで結婚した。

結婚後、夫はいきなり冷たくなりソファーで彼の隣に座るのさえ嫌がるようになった。ちょっと甘えてみようと手を彼の腕に添えようものなら、すぐさま手で払われた。

もちろん、性生活は一切無くなった。

すごく悲しかった。

初めて大好きになれた人だったのにこの結末か、そのうち離婚なのかなぁと考えていた。

結婚前は優しくて頭の良い大好きな彼だったのに、その時は近くに座るにもビクつくようになってしまった。

はい暴力に至る雰囲気は無かったので、私も勇気を出して何度も話し合いを持つようにした。理系な彼に伝わりやすいように淡々と現状とその先にある未来、お互いの気持ち、歩み寄る方法を整理していった。そのうちに少しずつ改善されていった。

彼も初めての「誰かとの暮らし」に戸惑っていたそうだ。

そして今、夫は完全にデレている。

勉強とかで別の部屋にいると飲み物を口実に会いに来てしばらく横で本読んでる。

おはようおやすみハグを求めてくる。

外では絶対出せないようなデレっぷりで、かわいくてかわいくて仕方がない。ガッキーも言ってたけどかわいいは最強。

仕事をしてるときぴしっとしてるのになぁ~

体は大きいのになぁ~

かわいいかわいいかわいい大好き。

2017-01-04

結婚を機に東京関西引越すことになったら色々振り返ったこと

結婚式年末引越し前にやったおかげで、久々に再会できた人もたくさんいてありがたかったなあと。

結婚式のお誘いがきっかけになって、二次会来れないけど忘年会やろーとか、引っ越す前にゆっくり飲もうと言ってくださる人もいてとても嬉しくありがたかった。

28年間東京で過ごして来て、会社送別会は何回かあるけど、友達にやってもらうこともすることもほとんどなくて。

今まで腐る程飲んで来た時の遊んで来た時の写真アルバムにまとめてプレゼントしてくれたり、メッセージをくれたり送別品、結婚御祝品をくれたりしてとても感動した。

私は基本的に嬉しい時より、悔しい時、悲しい時にしか泣けないタイプなので結婚式でも、送別会の時も泣くことはなかったけれど、とーっても感動していた。

一人っ子から人一倍人と関わらないと孤独を感じるから友達を優先して生きて来たけど。昔いじめられたこともあるから、人に嫌われるのが何より怖くて。

友達とどんなに楽しい時間を過ごしても嫌われてないかな?とか不安だった。

から、仲良い友達に対して自分感謝とか信頼してることとか伝わってるかな?て不安だったのだけど、こういった送別会や、メッセージをもらうことで、私も他人に対して少しはいい影響を与えたり必要と思えてもらってたのだなあと、形を持って実感した。そして酒飲みでよかった笑。

漫画家犬山紙子先生が以前、毎年盛大な誕生日パーティーを開いてもらえるキャラが羨ましいと言っていた。個室で部屋とか飾りつけしてオリジナルケーキが出てくるような。

私も少なからず憧れていた。

誕生日パーティーを開いてもらえることだけが友情をはかるものさしじゃないからね。

でも今回送別してもらう機会、結婚を祝ってもらうという一生に一回しかない機会を与えてもらって、友達の大切さ、今まで大事にしてしてきてよかったと絆を感じることができた。

犬山紙子先生が言ってたのは、そういうことを定期的に実感できるからいいなあと言っていたのかな〜

東京から関西に引っ越すわけだけど、正直こうやって送別してもらうたびに身に染みてすこーし不安になる。

でもやるしかないし、私としての人生は一度きりなので東京だけ知ってるのはもったいないので、関西でもおんなじように送別してもらえるような友達を作ることを目標にしようと思う。

旦那さんは、遠距離で離れてるとあんまり優先的に考えられないけれど、これからは家庭も大事にしながら。でも、『あの子結婚してから疎遠になったね』と言われる奴になりたくないなあと思う。

私自身はそういった友人に対してさみしく思ってるから

実際子供が産まれたらそうなっちゃうのかなあ、、なるのかな。

出来る限り家庭も友達関係大事にしていきたい。だって男性は何年経っても同窓会とか、友達と会ってるし。

いくら子育てメインになるからって妻だけ友達と疎遠になる理由にはならんよね。

最後フェミっぽくなってしまったけど。

関西弁はすぐうつって使い出すと思うけど、根本性格は変わらないので末長くよろしくお願いします。そしていつも関わってくださる方へありがとうと伝えたい

2017-01-02

http://anond.hatelabo.jp/20170101084606

私は子供の頃からとにかく早く死にたくて、人生が何も楽しくなくて、朝が来るのが地獄のようだ、何かの刑のようだと思いながら大人になった。死ねないまま、自殺を試みることもないまま大人になった。

何か一縷の望みをかけるように結婚し、その人が強く望んだから、子を産まないなら別れると言われ、見捨てられたくないか子供を産んだ。

育児は本当に地獄だ。

自分のように生きる気力のない、人生が虚しい人間になって欲しくない、だからそうならないように必死で育てる。

けれど、常に何かが自分を責め、何をしても自分選択が正しくないように思え、気がつけば子供に声を荒げてしまうことがある。

の子が私のようになってしまう。私のようにならないで。そういう叫びと共に生きている。本当に毎日地獄。炎の中にいるよう。

それなのに、夫が二人目を望んでいたこと、そして私自一人っ子で、親類もほとんどいないので、同じような不安を味わわせたくないと、「私のようになってほしくない」と、二人目をもうけた。

地獄ますます深まった。

生きることを否定してきた罰なのかもしれない。生きていること、育児をすること、それが私に課せられた罰。私のようになっていく子供たちを見つめて生きていくのが罰。

産んでごめん。母さんが生きていて本当にごめん。母さんが母さんでごめん。

生きることを否定して生きてきたのにこんな風にしか生き延びることができなかった、生き延びることを選んでしまった。

でも、だからこそ、元増田女性と同じように、わずかばかりの望み、祈りのように、子供たちが幸せになってほしい、せめて生まれてきてよかったと思ってほしいと、思う。

こんにちは、私は20年後の未来から来たお姉ちゃんよ。

え? 一人っ子なのにお姉ちゃんが居るのはおかしいって? (ニッコリ)

冗談を。 少子高齢化が進んだこの時代に、一人っ子お姉ちゃんなんて存在しなって誰が行っているのかしら? (微笑)

私はなんのためにここに来たのかって? 私は、あなた堕落させるためにここに来たのよ。(ニヤリ)

さあ...

2016-12-19

親の虐待発言、行動の備忘録

親のことでしんどい

http://anond.hatelabo.jp/20161215004851

元増田です。親から逃れるべきだという意見が多かったので、虐待記憶を辿ってみます虐待だと認められれば、逃れられる確率が上がるそうです。公開することを許して下さい。


暴言

・「血がつながってないっていうのは忘れるなよ」

【状況】引き取られた当初、小学校低学年時

【補足】この後、血がつながってないという言葉を知った増田は、妹に「でも血がつながってないし」という発言をする。母から教わったとおりに振る舞っただけなのだが、この後、ここで増田が妹に言ったのが全ての発端という扱いを受け、事あるごとに「お前、血がつながってないって言ったよな?ヒドいやつ」となじられる。小学校低学年に「血がつながっている」という概念があるわけないのだから、親世代から教わらない限り、発言が出てくるはずがない。

・「私の娘と恋愛状態になったら殺す。お前も殺すし、娘も殺す。一方的恋愛感情を抱いても殺す」

【状況】引き取られた当初、小学校低学年時

【補足】ちなみに、姉に関して父が「年齢の割に色気がある」と言ったことを発端にして、母は自分の娘が美人だという誇りを得ていた。そこでやってきた義理の息子によって貞操が脅かされる危機を感じたようである。どう考えても警戒すべきは父の方だった。(実際、父は性的虐待をしていた)

・「屁理屈ばっかり言うよな。『違うよ、豆電球だよ』とか」

【状況】事あるごとに、増田発言するたび

【補足】増田アスペルガー気味なので、変な訂正を入れることがよくあった。来た当初も、妹が「豆球」と言ったのに対して「豆電球だよ」と言ってしまった。それ以降、「豆電球とか言ったけどな、そんなのどうでも良いんだよ。屁理屈ばっかり」としつこく言ってくるようになる。それこそどうでも良いだろうが。まあ、エピソードとしてはまだ笑える方だと思う。

・「こっちがこんなにやってんのに、お前は心を開こうとしない!!」

【補足】やはり増田アスペルガー気味なので、相手との距離感が分からない。それを心を開こうとしない、と取られてしまった。なお、「こんなにしてやっている」という発言は子に対しては基本禁句だと聞いている。

・「感謝しろよ。お父さんはお前を引き取るつもりはなかった。私が可哀想だと言ったから引き取ったんだ」

・「お前算数しかできんよな。算数とか、答えが一つしかないんだから、出来ても何も偉くない」「私は子供の時、国語が出来た。国語は解答が一つじゃないから、国語が出来るのは凄いことなんだ」「娘達は国語が得意だから凄い。お前は国語が苦手だから凄くない」

【補足】ぶっちゃけた話、別に兄弟国語を得意としていたわけではない。なお、国語基本的に解答は一つにしかまらないということを高校受験の辺りで知る。

・「お前だけ、生まれた年が偶数だな。やっぱお前仲間はずれじゃん。血で見ても仲間はずれだし、どうやってもお前は仲間はずれ」

【状況】居間テレビを見ているとき、何かが発端で

【補足】この後、泣いてしま増田に対して、「何泣いてんの?事実を言っただけじゃん」と続く。

・「この猫は3年前から飼ってるのよ。お前がこの家を出ていったのは2歳のときから、お前はこの家にいる年数が猫よりも短いことになるな。自覚しとけよ。お前はこの家においては猫以下」

・「もう出て行けや!今やってる母をたずねて三千里みたいに本当のお母さん探しに行っとけや!!」

【状況】怒られるときに。母をたずねて三千里の再放映期間中

【補足】このときに出ていった方が良かったのかもしれない。

・「何でお前、お父さんが帰ってきたらすぐに居間に来るわけ?お父さんがいないとき居間に来ないの何なん?」

【状況】父がいない状況で増田の部屋にて

【補足】引き取られて半年ほどで、父がいる前では上記のような人格攻撃がないことに気づいた増田が取った行動。ちなみに母はこの言葉の後、「お前がお父さんとずっと過ごすわけじゃないだろ?私が一生過ごすわけ。」と続ける。

・「お前が家に来たせいでな、姉に一人部屋が与えられんようになったんだけど。分かってるの?」

【状況】増田が一人部屋になってから半年以上は継続的

【補足】子供用に出来る部屋は2つ、同性同士じゃないと同部屋には出来ない、18歳で家を出ていかないといけないという約束(これは実子も)によって、姉は一人部屋が得られないと母が気づいた結果出た言葉しかし、この4年後に姉は一人部屋になり、増田と妹が共同で部屋を使うことになる。もちろん謝罪発言撤回は一切なし。

・「お前は私の実家には連れていけない。後から引き取ったなんて、恥ずかしくて言えるわけない。だから、お前は私の実家から見ると存在してないの」

【補足】なぜ「存在してない」という言葉を使う必要があるのかは不明。なお、実家に言っていないのだが、祖母には伝わっていて、彼女はいつも小遣いを実の孫でもない増田にくれた。何度か会ったが、この人は良い人だった。

・「こっちはあんたに対してな、腫れ物触るみたいに接しないといけない!!」

【補足】上記を鑑みる限り、外科手術で取り除く方の腫れ物である

・「こっちが親切心からお菓子買ってやってるっていうのに、兄弟に渡すなボケ!!!

【状況】買ってもらった4個入りのお菓子兄弟に分けていたとき

【補足】以降、どんな他人に対してもおすそ分けをするのが怖くなる。

・「紅白饅頭をなんで一人で食ったんじゃ!!常識がないのか!!姉はちゃんと私らに配ったぞ!!!

【状況】小学校卒業式から帰って割りとすぐに

【補足】上記の発言と完全に矛盾するがお構いなし。もちろん、殴られながらである。この後、増田は「饅頭でそんなに言われるのはおかしい!」と泣きながら抗議したが、「食い物の恨みは恐ろしいんじゃ!!!」とまた何発も殴られる。恨みって、饅頭もらえると思ってたのが裏切られたってことだろうけど、別にあげる宣言もしていなかったし、紅白饅頭によって飢えたわけでもないので意味不明。以降、紅白饅頭が苦手になる。

・「こないだのフラワーアレンジメント教室あんたのお母さん来ていたよ。女の子連れてて新しい人生歩んでるみたい」

【状況】母がフラワーアレンジメント教室講師をしていたとき、家に帰ってきてから

【補足】実母は他に子供がいないし、隣の県のフラワーアレンジメント教室に参加して、寄りによって元夫の現妻が講師をしているところに遭遇するわけがない。増田支配たかったのだろう。

・「お前が修学旅行で家を空けてるときに、皆で一つの部屋で雑魚寝したの。お前も、こういう家族の絆を確かめること、したいよな?」

【補足】別に雑魚寝をしたいと思ったわけではないが肯定してみた。以後、母が父に雑魚寝提案したということはなかった。ただの嫌がらせである

・「お父さんには私が蹴ったって言うなよ。階段で転んだと言え」

【状況】模様替えで服を運んでいた際、増田が母に「遅いんじゃ!!もっと早く歩け!!」と後ろから不意に蹴られる。そこで勢い良く倒れた増田が犬歯で口腔内の肉をえぐってしまい血が思い切り出たとき

【補足】その口腔内の肉は今も少し盛り上がっていて、舌で触ると自分では分かる。ちなみに、母はもちろん謝らなかった。

・「私とか姉はな、皆に注目されてるから転けて怪我したら絶対にみんなが大丈夫!?って心配してくれる。お前は誰も注目してないから転けても誰も気付かない」

【補足】確か、ここで妹の名前は出ていなかった。

・「お年玉まだあるだろ?家計が苦しいから全員お年玉の残り出せ」「隠してた場所に無い?無いって言ったらくれるとでも思ってるんだろ?」

【状況】中学生の時の2月くらい

【補足】増田自分で隠し場所を移したことを忘れていた。この時は増田は意地汚ったため、母からこの手の発言が多かった。

・「テレビ見たら分かるけど、料理人は全員男だろ?だから男は料理できないとダメ弁当自分で作れよ。私はしんどいから毎日起きるのは無理」

【補足】専業主婦発言である自分存在意義はありませんという宣言とも取れる。

・「ブサイク」「なんでお前そんなブサイクなん?」「ブサイクで応募とかやめてくれない?姉なら良いけど」

【状況】前二つは事あるごとに、三つ目は、姉が芸能プロダクションに応募したいと言ったとき増田が便乗したことに対して

【補足】自分でも送って受かってたとは到底思えない

・「お前の習い事大会がある度に隣の県に連れて行かないといけない私の身になってみて」

【状況】父の一言で始まった習い事大会試験)に対する愚痴

【補足】妹の習い事は同一県内で完結していたので文句を言わない。父にはこの愚痴を言わない。

・「模試とか受けるな。塾から勧誘電話かかってくるだろうが。迷惑考えろ」

【状況】高校入試県内模試を受けたいと言ったとき

【補足】母は専業主婦である

・「お前は本当にご飯のおかわりをよくするよな。メシ代考えろや」

【補足】ご飯を2杯食べることが多かった。いくらでも食えと言ったのは母である

・「お前、背低いよな。チビモテないよ。顔もブサイクだし」

【補足】小学校の時は低かった。中学で平均より少し低い程度になった。

・「お前クサい」「この部屋クサいわ」

【状況】中学に入ってから事あるごとに

・「お父さんに聞いたら、あんたのお母さんワキガなんだってさ。だからお前がクサいのも納得だわ」

・「私は子供の時に入院してて、病弱なんだ。娘も私に似てか弱いところがある。本当に心配しないといけないし、お父さんも心配してる。可哀想に。お前は健康のものだな。可哀想でも何でもない」

・「○○をしたら100万円払えよ。誓約書書けや。拇印も押せ。よし、これは私が保管しておくから

【状況】小学校とき。○○の内容はよく覚えていない。何か、行動が制限されるものだったと思う

【補足】半年ほどしてから、内容を破らなかったということで、誓約書が破棄された。「社会勉強になっただろ?」なんて言ってきたが、こんな脅迫関係を知りたくはなかった。

・「お前は血液型O型から自己中心的」「私たちは全員AB型から、気配りがあって几帳面で~~~~」

・「お前は一人っ子から自己中心的

・「お前は上(姉)も下(妹)もいるか自己中心的

【補足】小学生相手大人レッテル貼りをすると反論できない。

・「またポコポコ言わせる」

【状況】食事の時、ほぼ毎日

【補足】母によると、増田食事の時には「ポコポコ」という音がするらしい。空気の音だとか。どう気をつけてもポコポコ音がするらしい。なお、自分では一切聞こえない。咀嚼ときに口の中から空気を出来る限り追い出しても全く変わらないらしい。母は、毎日ポコポコ言わせる」と言ってくる。しまいには、わざとその「ポコポコ」音を自分再現する。それを毎日毎日毎日繰り返す。ポコポコ音とは一体何なのか、どうすれば消えるのか、それが一切わからないまま、ポコポコ言わせている自分テーブルマナーのない非常識人間だということを自覚させられるため、夕食は苦痛だった。

・「私は出かけるけど、一人で遊んでたら裸にして手足縛ってベランダ放置してやるからな」

【状況】真冬小学生増田が熱を出して学校を休んだとき

・「この疫病神!お前が関わると全部が台無しになる!」


暴力

・クシで股間を何度も突く

【状況】何かで「お前それでも男か!!!」と怒鳴りながら

竹刀で何度も叩く

・家の中で父の前科馬鹿にしていたのに、増田が外でそのことを話したのに対して「家の者の恥を他人に言うな!!!!」と折檻

【補足】増田イジメをした(本当はしていない)のに対して、母には「増田が傘で殴ると脅しつけた」というように改変されていた。その話を母は友人その他に電話で何度も言っていた(部屋が隣なので聞こえた)。その度に、「卑怯だろ?やるなら自分の手でやれよな」などとコメントを付けていたが、上記二つはこの言動と完全に矛盾する

・殴りつけた上で水を入れている途中の浴槽に叩き込で怒鳴りつける

【状況】小学生である増田風呂掃除が甘く、水垢が一部落ちきっていなかったため

【補足】母は専業主婦であるが、風呂掃除子供がローテーションで行っていた。

子供食事が遅いと、その子供の箸と茶碗を掴んで、口の中に無理やり掻き込む。子供は噛めないまま口の中に次々と入ってくるので、反射的に吐きそうな動作をしてしまう。そうすると、また怒鳴る。

【補足】これは増田だけではなく兄弟全員


奇行

毎日馬鹿みたいに酒を飲んでいる父親に腹を立てて、栓を開けたビール缶を逆さに持って廊下を往復する。

【補足】そのまま不貞腐れるので、濡れた廊下を拭くのは子どもたちの役目

夏休み日記をつけていなかった増田を叱る(これは普通)→増田夏休み日記帳に「毎日付けるのが面倒だからって先に書くのかボケ!!」と殴り書きをする

【補足】ちなみに、「先に書いた」のではなく、前年の夏休み日記帳であった。もちろん、自分勘違いに関して謝罪しない。消しゴムでは消えないレベルの強い痕だったが、あれを提出させるつもりだったのだろうか

増田に贈られてきた「実母から誕生日プレゼント」と、母が買った誕生日プレゼントを「どちらか」選ばせる

【補足】この手の踏み絵好きな人である

増田の実母から届いた年賀状を破り捨てる

【補足】増田も扱いが全く分からなかった。年賀状に罪はない(お年玉キャンペーンもあるわけで)。



投稿し直しました。また書き足していきます

2016-12-07

ひとりっこは

一人っ子は「何かあったら親元に飛んでいけることを前提に、就職先と結婚相手を考えてます」という。

さいこからそうでしたとも言い、愛情お金に苦労はしなかった、代わりに責任感をもって生きてきましたとも。

複数兄弟で、長子でもない私には到底わからないが、そんな一人っ子に恋をして結婚した後に、一人っ子とはそういうものだと言われて、

それを承諾してくれそうだったか結婚した、親が一番大事、という態度をとられても騙されたと思うばかりである

小町でやれ)

2016-11-29

http://anond.hatelabo.jp/20161129221411

思うんだけど、両親の介護とか老後の生活の支えということで考えると、パートナーよりもむしろ兄弟姉妹とか親類が多い家庭の方がリスク的には低くなるんだよな。

極端な例だけど7人きょうだいで全員独身場合と、一人っ子同士の結婚でいけば、前者の方がリスクとしては低くなるんだし。

より確実に老後の介護家族押し付けたいと考えるなら、一夫一妻制とかポイして多夫多妻制認めた方がよくない?離婚とか死別したあとに孤独になるリスクも低くなるし。

多夫多妻制を認めるとなると、夫1人妻2人の家庭で夫が死んだときには妻同士で婚姻が成立するから同性婚もOKだな。当然に。

問題は夫3人妻4人とかの夫婦生活で誰か一人を離婚させようとしたとき多数決ものすごく揉めそうなところか。

そんなディストピアはいかがでしょうか。

2016-10-17

貧乏学生だけど何をしているのかわからなくなってきた。

仕送りなしで奨学金アルバイトだけで生活をしている。

今月は10万も稼げて,生活不安が少し減った。

しかし,家賃光熱費食費を引くと手元に残るのは約3万円。これは貯金して,資格のために回さないといけない。

こういう生活をしていると,他の人から「凄いね!いい経験になるよ!」とか,「将来大物になるよ」とか根拠のない賛辞をもらうことがあるんだけど,ちょっと引っかかる。

どう考えても生活に余裕があって,暇を持て余すような環境のほうが色んな学問に目を向けることだって,それにチャレンジすることだってできるんじゃないか?と思う。

自分学校行ってバイトして,時間があれば家事をするといったサイクルを続けている。今年の3月一人暮らしを始めてから,ずっとこういう生活から,まだ大学生になって3ヶ月ぐらいにしか思えない。

あっという間に時間が過ぎて,今日バイトを終えてご飯を作ってオフロに入ったらこんな時間

勉強する時間趣味を楽しむ時間もそんなにない。みんなは資格の講座を受けてる中,自分家事バイト

何より辛いのが,自動車免許が取れないこと。まず短期合宿をする時間がないし,お金もない。

奨学金学費を支払うためだけに借りている。親が借金で痛い目にあったそうで,借金に関してはとても厳しい。保証人が親である以上,その親のやり方に従うしかない。

大学生活は多忙な身である為,余計な人間関係に巻き込まれず,「大勢が苦手」な友達に恵まれ,付かず離れずと言った距離で付き合っている。(部活はなかなか顔が出せなくてトラブルになって辞めたけど)

幸い,親の良いところが遺伝してくれたのか,勉強時間は少なくてもしっかり覚えてるし,理解もできる。

お金がない人は大学に行かなきゃ,まともな家庭を持てないと思う。

うちの姉が高卒なんだけど,卒業して1年後に精神病会社をやめている。

次に行くところは,俺のバイトあんまり変わらない給料らしい。

姉は彼氏もいるし,女性からまだマシだけど,自分がこうなったら生活できるのかわからない。中学時代精神病で大変な目にあったので他人事じゃない。

大学を出ると,大卒の名がもらえるから就職の幅が広がるらしい。そうやって,給料のマシな所へ進んでいかなきゃ,自分が家庭をもった時,みんなを守れないし,子供にも自分と同じ目を合わせることになる。

それ以外にも単純にこれからも知りたいことがたくさんあるっていうのもあったから,大学には進んだ。

姉も自分高校卒業一人暮らし理由はこれ以上養えないとか,生活保護家庭だからとか色んな理由があると思うけど。

自分の家の家具はその姉のお下がり。働くことができなくなった姉は,実家に戻ることができたらしい。

その点は恵まれてると思う。

世間公表される貧困層イメージちょっとイラッとした。

NHKでやってたあのニュース自分リアルタイムで見てたんだけど,高校設備を利用すれば良いのに,キーボードだけ渡すのとかわけわからなかったし,これが可哀想なのかも理解できなかった。

奨学金システムも,「優が○○以上」とか,「学科順位○以上」だったりするんだけど,何度も言うように勉強する時間はないし,貧乏人も人間から睡眠だって取りたいし,疲れるし,遊びたいときもある。

生活ができないから働いているのに,働くことが大学生としての自分の首を絞めるんだから笑えない。親の扶助の元で伸び伸び勉強している人の方が,そりゃ成績も良いし,免除されるよ。。

自身は,一人っ子で両親に可愛がられていたから,この生活理解できないらしい。

自分が決めた道」と言うのは確かにそうだし,これからも甘んじてそれを受け止めて勉学に励むつもりだけど,服すら買えない自分を笑ったり,食べる時間食べ物も無くて倒れたら怒るのに,一切の援助も無く,「自分時代はこうだった」と楽しい生活を語るのはちょっとオカシイんじゃないかと思った。

両親が借金をして,離婚しなければこんなことにならなかったのに,なんて言えない。

今の大学は,実家から自転車で45分。電車でも同じぐらい。

生活保護家庭は働き手が一人でもいたら,保護費は収入分減額されるんだけど,学生場合世帯分離として減額免除されるらしい。

だけど,自分は家をでなければならなかった。以前,離婚した親父に似ているのが憎いと言っていたし,齟齬が生じて喧嘩になることもあったから,あまり顔を合わせたくないのかも

Twitter程度の短文ならいつでもかけるし,そんな感じの貧乏学生ブログでも書いてやろうと思ったけど,そうなると貧乏による苦労がコンテンツになってしまって,一生幸せになれない気がした。

どうにかして,このバイト地獄から抜けられないものか。もっと勉強がしたい。早く応用情報を取りたい。

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