はてなキーワード: 秋田書店とは
上記の記事に対して皆さまから寄せられたブコメ・トラバをまとめました! 27日27時ごろまでのコメントを基本的には全て網羅した、元記事で増田が挙げていなかった作品群です。みなさまの知見でリストが充実。気まぐれにひと言追加したりしなかったり。作品推しではないかも? の場合も、とにかくお名前は載せました。抜けがあったら申し訳なし。誤字はこっそり直してますので、ぜひご指摘ください。ありがとうございます。この記事について寄せられたブコメを拝見して、注釈を追記しております。
大変失礼いたしました…。「ガラかめ」を殿堂入りにしてご用意した1枠にてお許しいただきたく(名案)
亜藤潤子『扉を開けて』
遠藤淑子『天使ですよ』この方も支持多し! なぜか別花の印象が強く。本誌でピックアップいたしました
神坂智子『シルクロード・シリーズ』80年に楼蘭の美女発見→81年『キャラバンの鈴』で仕事の速さとイマジネーションの豊かさに震えた
柴田昌弘『紅い牙 ブルー・ソネット』。『タイタニック80』で「花ゆめ」に颯爽と見参。『第3の娘』含む1980年に短編の執筆数が一番多く、しかし白泉SF短編のほとんどが電書化されていないのはまさに損失…!『ブルソネ』は白泉社版コミックス4巻カバー(訂正・3巻でした、すみません)の青いソネットが神々しい美しさ
猫十字社『小さなお茶会』Xに流せば2024年の新作で通用しそう。「ビン」の話が好き
藤崎真緒『瞳・元気 KINGDOM』
藤田貴美『赤い群衆』たくさん作品がある中で、何故これを。何故これををを(歓喜)
谷地恵美子『すーぱぁキッド』
吉村菜由『政がゆく』
川原泉『美貌の果実』 ( 『架空の森』推し)『銀のロマンティック…わはは』『森には真理が落ちている』『メイプル戦記』『食欲魔人シリーズ』
山口美由紀『フィーメンニンは謳う』『音匣ガーデン』『おんなのこ季節』『V-K☆カンパニー』
あさづき空太『赤髪の白雪姫』
我孫子三和『みかん絵日記』みかんといえば当時は逢坂みえこ『永遠の野原』のみかん(犬)ではなく、こちらの方が知名度あったかな…。あの頃の「LaLa」一番手くらいに人気あったんじゃなかったか
樹なつみ『朱鷺色三角』『パッションパレード』『八雲立つ』『Oz』エピローグがプロローグでもあった『ラヴ・ストーリィ』(『朱鷺色三角』所収)。構成の妙よ。読みながら最後に「えーっ!」と声が出た
篠有紀子『センシティヴ・パイナップル』( 「閉じられた9月」所収)←増田お気に入り
縞あさと『君は春に目を醒ます』
佐々木けいこ『信長君日記』 みなもと太郎『風雲児たち』(1979~)とほぼ同時期に始まった、おそらく本邦初の信長ギャグ漫画
かわみなみ『シャンペン・シャワー』1983年連載開始。南米のプロリーグを舞台とした、サッカーワールドカップ出場を目指す物語。
『日処』といい、ものすごい漫画が「LaLa」から出るんですよね。増田の年齢的には森川久美『南京路に花吹雪』も忘れ難く、当時の成田美名子は『エイリアン通り』を連載中、樹なつみのブレイク作品『マルチェロ物語』もこの頃で、「LaLa」最初の黄金期だったような。月刊誌(作画時間に余裕が出る・ページ数多くてOK)の性格上、先行の「花ゆめ」に対して大作路線に舵を切って差別化してたのかも。といいつつ増田はその少し前の高口里純『トロピカル半次郎』が好きでした。歌って踊れる数学教師。
80年代初頭はまだ「別冊」「増刊」がなかったせいか美内すずえが『ガラかめ』と『聖アリス帝国』『黒百合の系図』、魔夜峰央は『パタリロ!』と『ラシャーヌ!』、高口里純が花ゆめでは『久美と森男のラブメロディ』を手掛けるなど「花ゆめ」「LaLa」掛け持ち組がいらした記憶。
筑波さくら『目隠しの国』 『嘘解き』路線で別原作なら、ぜひこの作品を実写化してほしい…!
これは間違ってはいけない単語でした。モー様案件は『スター・レッド』「AーA’』あたりが好きで『トーマの心臓』方面に疎いのが、語るに落ちてしまった。また、作中にチラッと出てきた「ギムナジウム」より、パタリロといえば、の「クックロビン音頭」がそもそもモー様大リスペクトだったという。ご指摘深く深く感謝です。
「LaLa」は雑誌を購読していなかったので断片的にしか語れず。寄せられただけでも10選は難しそう。後は頼んだ! みなさまありがとうございました!
誰かが今まさに書いてるであろう他の雑誌と被らなそうな所
漫画アクションは、週刊→休刊→隔週で復刊して発行中、というちょっと特殊な経緯を持った雑誌
双葉社はピンチになると神風が吹く、とも言われて、その神風でほぼ埋まるんだよね
一作者一作品しばりではあるが、このしばりが必要ないんだよなあ
あ、ごめんね…
かつての少女誌(ララとかASUKAとか秋田書店系で描いてた人とか)で活躍してたベテラン作家さんが描いてたりするので自分も読むけど、
嫁姑のドロドロものとか不倫ものとかそれ「だけ」を好んで読んでる人は最初に入ってくるルートが違う人が結構いるのをバイト先で知ってそうなんだなって思ったことあったからそう書いちゃった
でも偏見よね、ごめん
かつて繊細で優しいSFと日常を行き来するような短編を多く描いていた夢路行さんという作家さんが(活躍時には知らなくて全集が刊行されたときに初めて存在を知って好きになった)、
今はフォアミセスという婦人誌で超超ロング連載で作中の人々の人生が移り変わっていく田舎移住+教師もの+家族ものを今も描いてとても成功していて、
短編連作で今また日常にちょっとだけ不思議が姿を現して馴染んでいるようなSFものや軽いミステリのような風合いのある人間ドラマの短編を複数巻刊行できてるのを見て漫画家にもいろいろな変遷やステージがあるんだなと確かに思った
「週刊少年ジャンプ」4号分、「ジャンプSQ.」「最強ジャンプ」を期間限定無料公開|集英社『週刊少年ジャンプ』公式サイト
週刊少年ジャンプが4週分。掲載作はご存知『呪術廻戦』『ヒロアカ』『ワンピ』『逃げ若』『アオのハコ』『SAKAMOTO DAYS』『僕とロボコ』『あかね噺』『アンデッドアンラック』など。
2/14からは『青の祓魔師』『るろ剣 北海道編』『ダークギャザリング』などが載るジャンプSQ.や最強ジャンプも公開。
週刊少年マガジン6号~9号・別冊少年マガジン2月号を無料公開 | 週刊少年マガジン公式サイト
週刊少年マガジンが4週分。『ブルーロック』『カッコウの許嫁』『女神のカフェテラス』『黙示録の四騎士』『シャングリラフロンティア』。『ブルーロック エピ凪』『アルスラーン戦記』などの月刊少年マガジンも。
マガポケアプリで2/29まで。
令和6年能登半島地震に伴う「週刊少年チャンピオン」無料公開のお知らせ | 秋田書店
週刊少年チャンピオンが5週分。『弱虫ペダル』『刃牙らへん』『SHY』『あっぱれ!浦安鉄筋家族』『魔入りました!入間くん』『木曜日のフルット』など。
【令和6年能登半島地震災害支援】子ども向け電子書籍サービス『学研マナビスタライブラリー』無料公開のお知らせ - Gakken
絵本やまんがでよくわかるシリーズ『mRNAのひみつ』『Wi-Fiのひみつ』『SDGsのひみつ』『石川県のひみつ』『白い恋人のしごと』、『マンガ動物最強王』など。
『花咲くいろは』全26話+劇場版が本日(1/12)18時より一挙プレミア公開。配信収益で作品の舞台である石川県・湯涌温泉を通じて被災地を支援 | ゲーム・エンタメ最新情報のファミ通.com
令和6年能登半島地震で被災された皆様へのお見舞い | News | TVアニメ「君は放課後インソムニア」公式サイト
https://kimisomu-anime.com/news/post-64
『コウノドリ』《災害医療編》無料公開 2月3日~3月3日 - コミックDAYS-編集部ブログ-
災害派遣医療チームDMATの仕事、クラッシュ症候群、エコノミークラス症候群、地震ごっこ、地方の医療などが適度にまとまってて読みやすかった。
青年向け漫画の編集者をしていた。といっても若い頃の話だ。都内にある編集プロダクションを辞めて田舎に帰ったのが36の時だから、おじさんの入り口に立った頃か。今では完全なるおじさんである。
働いていた会社というのは、講談社とか小学館とか秋田書店とか、そういう大手出版社ではない。あくまで編集プロダクションである。出版社と編プロがどう違うのかって……ざっくり言うと元請けと下請けだ。出版社が出版事業(今回だと青少年向けの漫画作りや商業展開)の企画をして、漫画家が作品そのものを作って、編プロは雑誌本体を作って、その制作過程で印刷所やデザイン事務所といった専門集団と関係することになる。
イマイチな説明になってしまった。一般社会の例で説明する。民法でいうところの委託(準委任契約)に当たる。公共建築の分野でいうと、公共機関の建築技師が新しい建築物のマンガ絵を作り、建築事務所が基本設計~詳細(実施)設計をして、出てきた成果物を元に大手建設会社が施工監理し、地元にある中小事業者が実際の土木建築作業をする。
自分が勤めていたのは、この例でいうところの建築事務所だ。受益者(国民=漫画読者)の希望に応えたい組織があって、そこから依頼を受けて動いている関係会社のひとつ。そういうアナロジーだ。
出版社との役割分担は、そこまで分離しているわけでもない。漫画編集者といえば、昔の手塚治虫ほかの自伝みたいに、漫画家とアツいやり取りをしているイメージがある。ああいう、企画経営と制作現場の間にあるような仕事は、出版社の社員が直接することもあれば、編プロが出版社(編集部)のオフィスを間借りして行うこともある。
前者の例だと、マガジン、サンデー、チャンピオンなどだ。コンビニや書店にほぼ必ず置いてあるレベルの漫画誌。大手出版社に総合職コースで入社した人が、(編集、取材、制作、資材、宣伝、マーケティング、総務経理人事その他事務)といった多くの部門のひとつである漫画編集部に割り振られて其処に居る。
後者の例だと、大手出版社が出している漫画誌でも、あなたが聞いたことのないやつもけっこうあると思う。そういうのは、編プロが出版社(編集部)の仕事を丸ごと請けて実施していることが多い。自分は、そういう会社で働いていた。職場自体は大手出版社の中にあるが、いわゆる委託先の社員だった。別の言い方をすると、親雑誌に対する子雑誌の関係。
ほかの長文増田の記事を見るに、あまりたくさん書けない仕様のようである。何文字までかは知らないが、文字数制限があると思う。本当は何万字でも書きたいのだが、あくまで自分が書きたいだけであって、あなたが読みたいとは限らない。一万字以内になるよう心掛ける。以下に、自分が関わった漫画家を2人だけ紹介しよう。最後に所感を述べて終わりにする。
その2人(A先生とB先生。どちらも若手)と私は、分水嶺のような関係(追記;わかりにくい表現ですいません。ブクマカのBuchicatさんのコメントのとおりです)だった。ある日、私が担当していた漫画家のA先生が新作の企画提案に来ていて、同じタイミングで別の編集者のところに持ち込みをしたのがB先生だった。その別の編集者が不得手なジャンルだったこともあり、A先生との話が終わった後で、私も一緒にB先生の作品を読んだ。
その後、編集部の責任者を交えた会議で、私が引き続きA先生の新作の担当者に決まった。新人であるB先生の担当になる可能性もあったが、そうならなかったのは、今の漫画界の一界隈にとって幸運なことだった。
A先生は、雰囲気が暗めだった。人間性まで暗いというわけではなく、心を開くと明け透けになるタイプだった。モードに入ると饒舌になる。
弊誌では、読み切りを何度か掲載したことがあった。アシスタント経験あり。小さい賞を取ったことがある。ヒット作はないが、若き漫画家としてはキャリアがあった。
画力が抜群だった。小学校や中学校で、学習ノートにフシギダネの絵とかをソラでゲームパッケージそのまんまに描く子がいただろう。とにかく天賦の才を持っていた。最小限の画量で、それでいて迫力と感情に溢れた1枚1枚を描く。そういう人だった。
難点は、マジメすぎるところか。少し前にやっていたアニメだと、チェンソーマンに登場するアキくんか(少し前……?)。とにかくマジメだった。いや、やはり『直向き』に訂正する。
A先生は、少年誌に見合わない重たいテーマに挑むことがあった。今でもそうだ。彼のマンガには『緩さ』がない。それもいいところなのだが。私は好きだった。はっきりいって。が、読者の傾向に合っているかは微妙だった。
子どもの頃から漫画が好きだったらしい。中学生の頃のイラストを見せてもらうと、俄然キャラクターへの愛に溢れる作画を見ることができた。中学生らしい、プロには程遠いクオリティなのだが、しかし見ていて違和感がないというか、自然にくっきり入ってくる。
私という人間は、具体例で物事を説明する癖がある。上の「中学生らしいイラスト」を別の事例で表現すると……「うるせ~!!知らね~!!FINALFANT ASY」(短縮URL:https://x.gd/L5cc4)だろうか。以前、いつぞやかのid=pptppc2さんのブックマークコメントがきっかけで元ネタを知ることになった。
あの時のA先生のイラストは、ベルセルクのセルピコだったと思うが、力強い表現だったのを覚えている。セルピコがファルネーゼを抱きかかえて、
「申し訳ありません 道案内を頼まれまして 少し席を外していましたもので」
と言うシーンの模写だった。
さて、そんなA先生だったが、ある時これまた重量級のテーマで描きたいものがあるという。先ほどの、編集部での新企画提案の話だ。
その際、A先生からプロットをもらい、私のデスクで拝見させてもらったところ……うちの雑誌では持て余しそうだった。作品の質が低ければ普通に打ち切りになりそうで、作品の質が高くても――弊誌の売上規模だと会社グループ全体の機会損失になりそうだった。私の前でパイプ椅子にかけているA先生は、不安げな面持ちだった。
内部の話で悪いが、例えば「甲」という雑誌の亜流の「乙」という雑誌があるとする。ビッグコミック(オリジナル、スピリッツ、スペリオール)みたいな感じだ。この時、甲と乙に明確な上下関係があった場合、乙誌に掲載された漫画が甲誌に引き抜かれることがある。その際、甲誌の編集部から言われるのが、
「なぜうちの編集部に見せなかった?」
という意見だ。これは、ストレートに言われる場合もあれば、暗に言われる場合もある。だが、事前に上流の雑誌に見せていたとして、多くの場合は玉虫色の返事があるだけだったりする。
話を戻そう。この時の自分は、編集部の自分のデスクのあたりでA先生の次回作を見せてもらっている。確か缶コーヒーを飲んでいた。
自分としては、A先生のマンガを弊誌に載せたいと思っていたが、先ほど述べたとおり、後ろ髪を引かれる思いもあった。社会派の少年漫画というのは扱いが難しい。その作品が「あしたのジョー」の影響を受けているのは明白だった。「A先生であれば、きっと面白い作品にしてくれるのだろうな」という期待はあった。
うーん、大いに悩むところだ。どうしよう。思いあぐねていたところで、別の編集者から声がかかった。要約するとこんなところか。
「持ち込みに来た人がいる。私の専門じゃないので判断が難しい。門前払いにするレベルではないので、あなたの判断を仰ぎたい。上の人間は今出かけている」
要するに、自分の専門外なので判断できないよ、と言っている。ここも会社なので、編集者の上には当然上司がいる。その人達がいなければ同輩に相談するのが基本だ(余談だが私は後輩だった)。こういう原則は一般の会社と変わらない。
その『別の編集者』というのは、儚い感じの純文系が得意なタイプだった。一番わかりやすい喩えは……『はちみつとクローバー』みたいなやつだ。ああいうのが得意な人だった。
その時は、A先生との話が終わったら行くと告げた。それで、しばらくそのまま話を続けた。
「この作品はいい意味で重たいね。ちょっと考える時間がほしい」
と言って、その日は解散した。A先生は、「お願いします!」と言ってパイプ椅子を立ち、そのまま帰っていった。いつもだったら喫茶店でご飯をおごっている。
A先生は、『いい子』だった。あまり感情は出さないけれど、人間に対する愛を持っている。そういう子だった。私が当時、A先生にご飯を奢って、彼がおいしそうな表情で食べている時、私は幸せだった。A先生が幸福だと、自分も幸福だと思えた。A先生が漫画という手段で自らを表現している時、まるで自分もそれに劣らぬような喜びを得ていた。
ヘンな表現かもしれないが、例えば読者がA先生を褒めている時、自分とA先生との区別がなくなっているというか。彼のことが、自分のことみたいに嬉しかった。これは愛なのだろうか。
持ち込み部屋に行くと、別の編集者と、持ち込みに来た子が対面で座っていた(ちょこんと挨拶をしてくれた)。自分が座る席には作品が置いてあった。綴じられていない原稿用紙がある。ページ数にして30枚ほどだった。もっと多かったかもしれない。記憶があやしい。
実際、B先生の作品は面白かった。コテコテの学園ものかと思いきや、登場人物それぞれに適度な制約があって、キャラクターも立っていた。これまでのキャリアを聞き取ったところ、作品が雑誌に掲載されたことがあるようだ。アシスタント経験もある。
絵の方は、自分がこういうのも大変失礼だが、上手な方ではなかった。どちらかというと、脚本や設定、キャラ作りが得手のように映った。当人が情熱を注いでいる箇所はすぐにわかる。キャラ絵が有名漫画家の影響を受けているとか、キャラクターの台詞回しがハリウッド映画風とか、背景や小物を手を抜くことなく全部描いているとか、そんな具合に。
光るものがある作家だった。これを見抜けないようなのはモグリ――そんなレベルで輝いていた。
私は作品を読み終えた後で、「ちょっと待ってね」と自席に戻り、少し残っていた缶コーヒーを飲み干して、思案を重ねつつ持ち込み部屋に戻った(どうするのが最良かわからないケースだった……)。
それで、テーブルではこういうやりとりをした。
私「イイ作品だと思います。特に、セリフ回しにセンスを感じます。掲載ができるとかここでは言えないけど、話は通してみますね」
B「ありがとうございます」
私「それで、担当はね……縁なので。あなたがするのがいいのでは?」
編「私よりもほかの人がいいと思います。もっと才能を引き出せる人が……」※小さい声で
私「いや、でも恋愛描いてるよ。エンタメだけどいいんじゃない」(こいつ、作家の前でアホなこと抜かしよって)
編「難しいです」
私「でもこれ、縁だよ」(意識が低すぎる……)
編「ほかの作家さんも抱えてるので。いっぱいいっぱいです」
私「わかりました」(トラブル回避のため後で編集長に説明しとこう)
B「すいません。僕の作品はどうなるんですか?」
私「後日連絡しますね。必ずしますから、それまでは他誌への持ち込みは待っていただけますか」
B「あの、はい。できればですが、早めでお願いします。一週間くらいでなんとかなりますか」
私「なんとかしてみます」
作品そのものと、作家プロフィールと、付属資料のコピーを取らせてもらって、彼には外で缶コーヒーを奢った。ビルの入り口まで送ったところまではいい気分だったが、正直、身に余る事態だった。
持ち込み作家の才能がありすぎるのも考えものだ。嬉しい悲鳴というやつ。誰が担当に付くかで今後の雑誌の売り上げに影響がある。重大な意思決定ということになる。
最悪、『進撃の巨人』の時みたいに優れた作家を逃してしまう可能性がある。あれも、実際は諌山先生は門前払いではなく、週刊少年ジャンプの担当が付くか付かないかの微妙なラインだったらしい。それで、誰が担当になるかを押し付けあっている間に諌山先生が他雑誌に持ち込んでしまった、という話が業界団体の公的な飲み会で囁かれていた。
B先生についてだが、一週間後に担当編集が決まった。「別の編集者」でもなく私でもない。当時、若手のひとりだった20代の子が任されることになった。編集部のトップを交えてB先生の原稿のコピーを読んだのだが、「若い感性が光る。年齢が同じくらいの人と組ませる方がいいのでは?」という結論になった。
その20代の子は、上の組織からこっちに出向してきている子で、いわば武者修行の身だった。一流大学出で、本社のプロパー社員。いわゆる総合職である。
最初は、私に選択権があった。B先生の担当になる道もあった。だが当時の私は多忙であり、月に何度も会社に寝泊まりするレベルだった。新人は抱えるべきではない。しかし、才能のある子だから迷いがある。
A先生のこともあった。彼のあの作品を世に出してやりたい。もっと有名にしてあげたい。そんな想いがあった。
私が悩んでいるうちに、例の20代の子が手を挙げたのだ。私としても、彼のやる気と知性と直向きさは買っている。諸手を上げて賛成した。
今思えば、正しい選択だった。もし私がB先生の担当になっていたら、面白い恋愛エンタメを楽しめる読者の数は減っていただろう。これでよかったのだ。
以後のB先生は、例の持込漫画のブラッシュアップを続けた。翌年には、晴れて弊誌に第一話が掲載されることになった。さらに以後は、担当編集とともに二人三脚で躍進を続け、イケイケドンドンの勢いを保ったまま、一度も息切れすることなくスターダムに上り詰めた。今では漫画家として世に知られている。
上で挙げたA先生の意欲作は、読者層に合っていなかった。それでも、高い画力とシナリオ構成の上手さがあったのだろう。その意欲作は、連載期間を積み重ねる度にファンの数が増えていった(業界的には、Amazonの第一巻のレビュー数が人気の代替変数になることが知られている)。
今では、A先生は親雑誌で連載を勝ち取るまでになった。去年だったか。彼の作品をコンビニで立ち読みする機会があったのだが、やはり突き抜けた画力だった。週刊連載であそこまでの画力というのはまずない。
2024年現在、私は東京を離れて田舎で暮らしている。地元の町役場にUターン就職して、実家の農業を手伝いながらスローライフに近い生活を送っている。
実は、編集者だった当時、働きすぎて病気になった。ある日、下腹部の辺りに違和感を覚えて、血の塊のようなものが血管を這っている感覚があった。病院に行くと、「遅くても明日中に入院しなさい」という医者からの指導があった。
それなりに重い病気にかかってしまった。一応は死亡リスクもある。数か月ほど入院した後、どうしようかと考えて、考えて、考えて……編集部に復帰後は、労働を最小限にしつつ転職活動をスタートした。
A先生については、幸いだった。彼の意欲作とは最終回まで付き合うことができた。私が退院した後、無事完結を迎えることができた。あしたのジョーに比べればハッピーエンドだった。
入院中に、A先生とB先生がお見舞いに来てくれたのを覚えている。ほかの編集仲間も来てくれた。A先生は、テンションが低めで、何を考えているのかわからないこともあるのだが、人間への基本的な愛というか、思いやりがある人だった。
もう40才を過ぎている。はてなユーザーの中では平均的な年齢か。思えば齢を重ねたものだが、当時の日々は今でも夢の中に出てくる。
若い頃から編集者をやってきた。身体を壊さなければ続けていたのかというと、多分そうだろう。でも、今の生活も悪くないと感じている。自分語りはここまでにして、締めにしよう。
もしあなたが、Webでも紙媒体でもいい。気になる漫画作品を見つけたとする。面白いものを見つけたと感じたら、ひとまず買ってみるのがいい。Webだと1話単位で売っている。
ひとかどの漫画家というのは、自らが産み出すモノを本気で高めにいっている。あなたのフィーリングが合ったのなら、ひとまず1巻だけでも読んでみる方がQOLが高まると思う。ハズレを引くことはあるだろうが、アタリだってちゃんとある。人生は運試しである。
バイトテロとどう違う。
さいき まこ【言えないことを したのは誰?】
@SaikiMako
漫画描きです。教師による生徒への性加害を描いた『言えないことをしたのは誰?』(講談社)、全6巻完結(単話売りのプチキスは25話完結)。他に『陽のあたる家~生活保護に支えられて』『神様の背中~貧困の中の子どもたち』『助け合いたい~老後破綻の親、過労死ラインの子』(秋田書店)。ツイートのまとめ、引用、転載はお断りします。
https://twitter.com/SaikiMako/status/1617699729567281156
さいき まこ【言えないことを したのは誰?】
@SaikiMako
うわほんとだ、日経の広告。若い女性編は『「すごい」と「やばい」だけで乗り切れなくなってきた』、若い男性編は『忙しいを言い訳に、この年まで来てしまった』
【はいデマ】Colabo仁藤夢乃さん「この広告、男女しれっと差し替えられてる😨!!」
というわけでちょっと調べてみた。
公式サイトや電子書籍サイトからバックナンバー表紙をザッと漁ってみた。見落としがあるおそれが大いにある。
のちに声優になったケース(例:山本彩乃)は含めていない。=LOVEと福原遥もちょっと迷ったが含めていない。
2011年2/2号 以降を調査 ttps://www.fujisan.co.jp/product/1132/b/list/
2009年No.30、2010年No.2+3の平野綾、2015年の芹澤優・内田彩・新田恵海(メインは漫画『実は私は』)は確認済。
2002年No.1 以降を調査 ttps://youngjump.jp/history/2002.html
2018年No.47特大号はフェルナンド・トーレスが表紙で左上の囲みにPyxisという最高の構成( https://twitter.com/ynjn_jp/status/1055113591144108033 )。
2011年2/14号 以降を調査。2013 No.37以降は ttps://magazine.yanmaga.jp/ym/bn.html 、それ以前は ttps://www.fujisan.co.jp/product/2685/b/list/
2016年1号 以降を調査 ttps://galapagosstore.com/web/magazine/backnumberlist/10000027011
2011年2/10号 以降を調査 ttps://www.fujisan.co.jp/product/2651/b/list/?limit=45
モーニングは通常漫画作品が表紙のため、実写の人間が載るのは掲載漫画(この場合『グラゼニ』)が映像化されたときくらい。
2016年14号 以降を調査 ttps://galapagosstore.com/web/magazine/backnumberlist/8000800381440
2011年2/11号 以降を調査 ttps://www.fujisan.co.jp/product/2675/b/list/?limit=45
2010年1/7号 以降を調査 ttps://www.fujisan.co.jp/product/1281680991/b/list/?limit=45
2010年No.1 以降を調査 ttps://magazine.yanmaga.jp/mym/bn.html
いまはなき紙媒体月刊コミックアース・スターは2010年代前半から声優表紙多数( https://www.fujisan.co.jp/product/1281691766/b/list/?page=3 )。
という条件で自分が全巻所持している漫画のタイトル一覧を書いてみる。
本棚を眺めて目に入った順番から書き出しているので、作品タイトルや作者名で50音順になっていない事はどうかご容赦ください。
魔殺ノート退魔針 全11巻 作者 菊地秀行 斎藤岬 (※幻冬舎コミックス)
魔殺ノート退魔針 魔針胎動編 全6巻 作者 菊地秀行 斎藤岬 (※幻冬舎コミックス)
MMR マガジンミステリー調査班 全13巻 作者 石垣ゆうき
GetBackers-奪還屋- 全39巻 作者 青樹佑夜 綾峰欄人
コータローまかりとおる! 全59巻 作者 蛭田達也
新・コータローまかりとおる! 柔道編 全27巻 作者 蛭田達也
コータローまかりとおる! L 8巻 作者 蛭田達也
デトロイト・メタル・シティ 全10巻 作者 若杉公徳
花さか天使テンテンくん 全17巻 作者 小栗かずまた
Mr.FULLSWING 全24巻 作者 鈴木信也
ライジングインパクト 全17巻 作者 鈴木央
ペナントレース やまだたいちの奇蹟 全14巻 作者 こせきこうじ
新ジャングルの王者ターちゃん♡ 全20巻 作者 徳弘正也
ジョジョの奇妙な冒険 全63巻 作者 荒木飛呂彦
ジョジョの奇妙な冒険 Part6 ストーンオーシャン 全17巻 作者 荒木飛呂彦
スティール・ボール・ラン 全24巻 作者 荒木飛呂彦
機動警察パトレイバー 全22巻 作者 ゆうきまさみ
最強!都立あおい坂高校野球部 全26巻 作者 田中モトユキ
最遊記RELOAD 全10巻 作者 峰倉かずや (※一迅社)
バイオレンスジャック 全31巻 作者 永井豪(※日本文芸社)
機動戦士ガンダムSEED ASTRAY 全3巻 作者 千葉智宏 ときた洸一
機動戦士ガンダムSEED ASTRAY R 全4巻 作者 千葉智宏 戸田泰成
機動戦士ガンダムSEED X ASTRAY 全2巻 作者 千葉智宏 ときた洸一
機動戦士ガンダムSEED DESTINY ASTRAY 全4巻 作者 千葉智宏 ときた洸一
機動戦士ガンダムSEED C.E.73 Δ ASTRAY 全2巻 作者 千葉智宏 ときた洸一
機動戦士ガンダムSEED FRAME ASTRAYSスペシャルエディション 全1巻 作者 千葉智宏 ときた洸一 (※メディアワークス)
真月譚月姫 全10巻 作者 佐々木少年 (※メディアワークス)
MELTY BLOOD 全9巻 作者 桐嶋たける
MELTY BLOOD X 全2巻 作者 桐嶋たける
以上となりました。
こうやって改めてタイトルを並べて見ると、自分は少年漫画ばかり集めて少女漫画には殆ど触れてないんだなあ…と思った。
秋田書店系209冊、白泉社系102冊、集英社系609冊、小学館系397冊、少年画報社系37冊、スクウェア・エニックス系58冊、その他38冊、角川系37冊で計算違いが無ければ合計1487冊です。多分。
【追記】
講談社系378冊が抜けていました。計算違いが無ければ合計1865冊です。多分
【追記2】
が抜けていました。合計1902冊です。多分
【追記3】
https://anond.hatelabo.jp/20221206182821
もし増田が最近僕ヤバを読み始めてるなら、面白くないと思うのは仕方ない。
この記事を書いている増田は1巻が発売される前に、「市川が山田への恋心を自覚する話」辺りで連載を発見した人間である。その立場からすると、最近の展開がかなり、かなり微妙(特に3年生へ進級してから)。
そもそも、僕ヤバは連載をすすめる中で面白さの性質が露骨に変化した漫画だ。読んだことのない人向けに今さらながら説明すると、『僕の心のヤバイやつ』は中学生のオタク男子である市川と、天真爛漫天然高身長モデル女子の山田による「両片思い」漫画である。しかし、こう断言できてしまうのは今だからであり、初期のころは違っていた。
「僕ヤバ初期」と言えるのはおそらく1-2巻、市川も山田も自分の中にある気持ちを自覚するまでの辺りである。この時期の特徴は「市川が山田に振り回される」ことにある。天然ぼけに近い山田の行動を市川が一方的に観察し、時々山田と話したりしてちょっとずつ心の距離が近づいていく。山田の内面もこの頃はいまいちわかりづらい。だからこの頃はギャグ漫画のテイストが色濃い。みつどもえとかロロッロの頃のノリをひきずってどぎつい下ネタ要素もある。
今振り返ると、僕ヤバ初期の優れていたのは、「人のことを好きになる」経緯をすごく丁寧に描いていたことだ。とにかく、市川も山田も相手のことを何も知らない。なんなら山田は市川のことをどうでもいい他人くらいに思っている節すらあった。それが自転車の件やティッシュ差し入れの件といったちょっとしたイベントを機にそこそこ話すようになる。白眉なのは秋田書店社会見学時のエレベーター内の描写だね。山田が無意識に市川のことをじっと見つめるやつ。その後にミルクティーをもらって特攻が刺さり恋を自覚する瞬間もいい。
この頃は、この距離感のつばぜり合いとでも言うべき、「恋なのか何なのかわからないが相手のことが気になったりする状況」に読者はドギマギさせられていたのである。なお、この辺りからTwitterを中心とするSNSで人気が出始めたわけだが、その背景には僕ヤバのTwitter戦略がめちゃくちゃ上手かったという要素も忘れてはならない。サイトだけで連載を追っている人は意外と気づいていないのだが、僕ヤバは更新日の火曜19時に作者がTwitterで宣伝投稿をする。その際に添付される書き下ろしカラーイラストに本編を補足する情報が含まれていたりする。また、本編とは別の書き下ろし漫画、通称「ツイヤバ」も定期的にTwitterに投稿されていて、投稿時間は大体木曜~土曜の19時~21時である。つまり、「会社員が仕事を終わって漫画を読む時に僕ヤバを目にする」ことが週に2回必ずあるようにしていたわけだ。漫画の面白さもさることながら、こういったSNS戦略の丁寧さも見逃されてはならない。
さて、話を戻すと、「僕ヤバ第二期」とでも言うべき時期は、その後からクリスマスデート回くらいまでだろう。この頃の読者身もだえポイントは「お前らさっさと付き合えよ!」である。山田は好きを自覚したらガンガン攻めるタイプなのだが、市川は普通のオタク男子なので勘違いしてはいけないとずっと自制を心がける。この頃の特徴は、主に山田からの一方的なアプローチである。一緒に下校したり、自分からLINE聞いたり、冬休みに漫画の貸し借りを口実にクリスマスデートまで持って行く。猛攻である。そしてオタク男子の夢である。一方的に相手からアプローチをかけてくる状況! ここから付き合えるラブコメがあるんですか!?
また、この辺りから読者も気づき始めたのだが、桜井のりおは漫画における情報の出し方や伏線の張り方がものすごくうまい。クリスマスデートで象徴的だったのが紙袋を一緒に持つところだ。紙袋の後ろにモブカップルが手をつないでるのを移し込むことで「実質手つなぎじゃん」って読者に思わせたあと、終盤で実際に手を繋いで読者を殺しにかかる。漫画がうまい。うますぎる。
個人的にはこの辺くらいまでが一番面白かった時期なのだが、同時に市川のモノローグが結構クローズアップされるようになるというか、真面目なモノローグが増えた。ギャグにしないというか、「真面目なラブコメ」へのシフトが始まったのもこの時期である。
さて、クリスマスデート以降から最新話に至るまでを個人的には第三期に位置づけているのだが、この辺はおそらく「周辺人物の掘り下げ」が中心になっている。いわゆる外堀を埋める段階である。お互いの恋心は大体伝わっているので実質付き合っているような行動が繰り広げられる。お互いの家には訪問するし、なんなら原さんカップルとのダブルデートも行われる。新学期に入って新キャラも出してきた。
この辺になると、「このギャグキャラもこんなことを考えていたのか!」という掘り下げが話の原動力になっている。なぜなら山田と市川はもう両片思いであり、それだけやってると正直マンネリ化してしまうからだ。恋心を自覚するまでの初期や両片思い期は関係性が特殊なので、普通のシチュエーションでの展開のひねりがわりと聞く。しかしクリスマスデート回以降は関係性が大体固まりつつあるので、山田と市川だけではストーリーが続かない。端的に、マンネリ期と言っていい。まだ付き合っていないのにマンネリ期!?
ダラダラと書き散らしてしまったのでまとめるが、つまり自分が言いたいのは「関係性が固まってしまった」ということだ。ただのクラスメートから恋を自覚するまでの「相手がなんとなく気になってしまう」段階、クリスマスデートまでの「相手となんとか距離を近づけたい(主に山田)」段階は既に終わり、割と真面目に話を広げようとしている。単話単話で話を盛り上げるタイプだったのが、ストーリー漫画にシフトしようとしている、と言えるかもしれない。
ここまで書いたら本増田が最近微妙に感じていた理由もわかっていただけるのではないかと思う。自分にとって僕ヤバは「友だち未満」や「両片思い」という微妙な関係性でのシチュエーションの妙を楽しむ漫画だと思っていたので、最近はその面白さが発揮されていないのである。もうちょっとその辺はなんとかならんかなぁ……と思っていた。
そう、思っていたのだが……最新話が遂にアレですよ。第四期到来だ。また関係性が変わるぞ。市川が彼氏としてどう振る舞うのか! 山田の性欲が牙をむくのか!? 内緒デートを楽しむのか!? 文春砲くらって別れの危機が訪れたりするのか!? 乞うご期待である。
あと今多分アニメ化にあわせて85話まで無料で読めるからみんな読んでみるといいよ。14:33に見てみたら閲覧できなくなってたわ……誤情報すまん。執筆段階では見れたんですよ。設定ミスかなんかか?
女オタクだけど昔から悪役ばっかり好きだわ イケメンとは限らない
過剰でいびつで個性的、ユニークな背景がある、主人公側とぶつかって葛藤したりする、なんなら作品を通じて一番大きく変化したりもする
カイジとかあの絵で女性人気もめちゃくちゃあるじゃん、バキなんか絵柄濃いけどBL妄想本が秋田書店公認で出版されてるよ
フィクション全体が石投げたらイケメンか美少女に当たる状態になってるからそう見えるだけで、核となるのはやっぱりキャラとストーリーだと思うけどなあ
女がオタクやってると「女はアホなので物事の表層しか見ない」って散々言われるんだよね
増田の意見もその偏見のバリエーションでしかないよね、しかもかなり凡庸
顔しか見ないオタク"も"いるのは否定しないけどそれって男が女がと一口に語れるようなことか?
ちなみに二次創作では見た目もよく改変されるよ
「世界最強なはずの屈強な受けがかよわい美少女みたいになってて、チンピラに路地裏へ連れ込まれて大ピンチ!そこに颯爽と攻めが登場」なんてのは
二次創作のためにデータベース作る人、作品に出てくる競技を始める人、大学の専攻にしちゃう人もいるし
美少女化白痴化腹黒化なんでもありでそれキャラの断片すら残ってないだろみたいな人もいるし、色々ですよ
その色々さを受け止めもせずに単純な法則を見つけて飛びつくのは、まあ人間のさがだけど、知的な態度だとは思わない
マルフォイとハーマイオニーのカップリングって意外だけど面白そうだね
マルフォイには「親に教育された通りマグルを差別してきたのに、好きになった相手がマグルだった。どうする?」という葛藤が、
ハーマイオニーには「自分を蔑んできた相手が好意的に振る舞いはじめた。許すか許さないか?許したとして恋愛関係を築けるのか?」という葛藤がある
セックス・エデュケーションのエリックとアダム(オープンリーゲイの高校生と同性愛を嫌悪するいじめっ子)みたい
上手な人の作品だったら読んでみたいな
ところで実写化アニメ化メディアミックスは公式二次創作だよね?
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腐女子個人の体感だけど、ジャンプはコミケやCityに作品名がどのくらいあるか見てたと思うんだよね。(今ははてブも見てると感じる)
あと二次創作から原作手に取ったというのは結構あって、好きなサークルが新ジャンル始めたから新刊買って原作買う、というのはあるある。
ハリポタハマって同人誌買い漁って、いつからかそのサークルの人たちがみんな鋼錬始めて、「え、鋼錬ってなに?」って読んでハマった。
同じような流れでタイバニも弱ペダも嗜んだ(弱ペタは躊躇ってる内に70巻超えて怯えてる)(あの秋田書店がこんなに単行本出すって何事)
腐女子友達から「好きなサークルさんがみんなワートリに移動してるんだけどどう思う?」と相談されて「全巻買って送るから読め」ってのもある。もちろん中古ではなく本屋での購入。
同じことがアニメやゲーム、声優でもある。ナマモノは嗜まないので分からないけど同じ流れはあるだろう。
しかも腐女子界隈の二次創作は特に『公式に隠れてやるもの』だし、そもそも100%の趣味だからステマがない。本人がステマって言ってるだけで公式からの報酬は発生しないし好きでもないもの紹介したりしない。その点「有名作家の帯コメ付き!」よりよっぽど信用できる。
例のオープンレターにはこんな一節がある(以下、引用者による省略は[ ]でくくって示す)。
これって、発端の先生が熱心に「高い倫理」について論じてらした宇崎ちゃんの献血ポスターへのバッシングのことでしょ。もちろん他にもあるのかもしれないけど、メンツ見たら「あ、あの件」ってわかる人にはわかるよね。
これまで赤十字が(女性向けゲームも含む)色々なコンテンツとコラボしてきて『宇崎ちゃんは遊びたい!』とのコラボはその一環だったという経緯、「売血」を問題視しておきながら10回献血すればおしゃれな杯がもらえたりモーターショーで献血すると限定トミカがもらえたりすることには一切言及せずオタク向けコンテンツとのコラボだけをことさらにあげつらう偏り、ポスター擁護派へのバーレスクやらを持ち出した煽り、このあたりにめちゃめちゃ腹が立ったので今でも献血ポスターバッシングに加担した人たちのことは許せてないんだけど、こういうふうにさらっと書かれたらこういった経緯を全然知らない人はスルーしてそのまま署名しちゃうでしょ。
このオープンレターに賛同したらあの献血ポスターバッシングに賛同することになる以上、当たり前だがポスター擁護派の増田は署名なんてできようはずがなかった。
オープンレターの発起人の中には、「金田淳子 やおい・ボーイズラブ研究家」という方がいらっしゃる。普通の賛同署名ではなく発起人の欄に書かれているので、お名前を勝手に使われたのではなく紛れもないご本人だろう。
そうすると、ご自分の過去の言動についてはどう思っていらっしゃるのかなというのは気になるところだ。では、ここで2019年に金田氏が自著の出版に際してなした発言を見てみよう。
なるほど、「ケツの穴が小さい」という慣用句にかけた性的なジョークを披露なさっている。ところで、板垣恵介氏は金田氏の以前からの親しい友人というわけではなく、『刃牙』を元ネタにした書籍の発刊にあたって許諾を取ったという関係の、いわば仕事相手であろう。ということは、金田氏は「仕事相手に対してオンラインメディアで多少性的なジョークを言うのくらいは別に構わない」という立場を採っていらっしゃるわけだ。それ自体はひとつの見識であろうと思う。人には表現の自由というものがある。しかしそのような立場の方が、オンラインでの「遊び」に対してNOを突きつけるオープンレターの発起人に名を連ねていらっしゃるというのは、なかなかに興味深い事態ではないだろうか。
なお、マイノリティということで言うなら、男性同性愛者が苛烈な差別にさらされているマイノリティであることに異論はなかろうと思う。ところで、BLややおいという文化は、彼らを性的に客体化し、消費するものであり、もしも女性を「性的消費」することが女性差別的な文化であるなら、男性同性愛者のセクシュアリティを消費しているBL/やおい文化もまた、男性同性愛者への差別にあたるはずだ。個人的には性的客体化も性的消費も好きにすればいいしそんなのは差別ではないと思うので、女性を性的客体化した表象が問題ないのと同様に、男性同性愛者を性的客体化することを楽しむジャンルであるBLも問題ないと考える。しかし「性差別的な表現」を批判するオープンレターにBLを肯定的に捉える立場のBL研究者が参加しているというのは、「もしかしてBLのことを性的客体化だと認識してないんですか?」という深刻な問題を惹起するだろう。
【追記】金田氏の過去の発言について、『ユリイカ』での荒木飛呂彦氏への発言が取り沙汰されることがある。荒木氏本人に向けて「ディオは[……]何百人もの男たちに慰みものにされてきた」という発言を行った箇所だ。しかしこれはある作品の解釈を論じているという文脈であり、作品解釈を著者に向けて披露することが直ちにハラスメントということにはならないはずである。板垣氏へのアナル発言のように著者本人の身体部位をからかいの種にしたわけではない(なお、アナル云々について「謝罪はされている」という指摘はあるが、「『アナル』の多用」についての謝罪であったので、「仕事相手に向けて性的なジョークを言う」ことそのものへの謝罪ではないように思われる。もちろん氏には「仕事相手に向けて性的なジョークを言ってなにが悪い」と主張する自由がある)。漫画作品にはいくつもの解釈があり得、その中には性的な解釈も当然あるだろう。もしも金田氏が本気でそのような解釈も成り立つと考えているのなら、それを著者の前で論じたとしてもなんの問題もない。男性研究者がある少女漫画――そう、忘れられがちだが『ジョジョの奇妙な冒険』は少年漫画なのである――について「このキャラは男とヤりまくっていると思う」と女性の作者に向けて発言するようなものだろう。仮にそのような解釈が成り立つなら、そういった発言も許されてしかるべきである、と、ゴリゴリの人文系である増田は考える(文学作品の解釈において「作者の気持ち」には何の意味もないことはもはや常識であろう。作者本人にとっていかに不愉快な解釈であってもそれが成り立つことはあり得るはずだ)。
問題発生当初から、周囲の研究者があれはアカハラだと言っていたことに非常に大きな違和感があった。なるほど中傷した人もされた人もどちらも博士号を持っていて、大学に職を得ているアカデミアの住人ではある。しかしそれは「アカハラ」か? 中傷された人は、中傷した人と何らの面識もなく、大学や学会等での関わりもなく、そもそも専門分野がまったく違っていた(日本中世史と英文学って、分野も対象地域も違うから出身大学院や勤務先が同じでもない限り基本的には接点がない)。さらに中傷した人は、大学准教授以外にも作家や弁護士といったアカデミアとは無縁の人に対しても中傷を行っていたことが明らかになっている。
そうすると、これは単に「リベラルやフェミが嫌いなネット民が、リベラル派やフェミニストの言論人に対して中傷を行っていた」という案件ではないだろうか。たまたまネット民と言論人の双方が博士号とアカポスを持っていただけで、本質的にはアカデミアの問題とは思えない。だから問題がないと言っているわけではない。例のオープンレターは増田には「帰宅途中の銀行員が夜道で財布を奪われた事件を『銀行強盗』と呼んで行員の組合が抗議声明を出している」ように見える。いや、確かに銀行員が強盗の被害に遭ってはいるけど、それを銀行強盗とは呼ばんやろ……
そう、発端の先生は学者であると同時に言論人でもある。いくつかのオンラインメディアに社会評論的な記事を書いておられる。そのこと自体にはなんの問題もない。学者が自分の専門知識を活かして言論人として活躍するというのは表現の自由であり、なんら制約を受けるべきではない(呉座勇一氏も似たような立ち位置だったといえる)。
しかし言論人というものは、しばしば見ず知らずの人から口汚く罵られたりあてこすられたりするものだ。たとえば百田尚樹氏は、ご自分の社会評論を発表したことで、非常に大きなバッシングに遭っている。当然それにはなんの問題もない。百田氏の思想や彼の著作を気に食わない人は、たとえ百田氏となんの面識がなくとも、彼のことを痛烈に批判したり、事あるごとに彼の名前を出してあてこすったりするだろうし、それは表現の自由に属する(「百田尚樹はクソッタレの極右だ」「ウィキペディアを参考にして本を書くとか、百田尚樹かよw」「コピペは許されないだって? 百田先生への悪口を言うのはやめてさしあげろ」etc...)。もちろん、性差別や容姿差別はたとえ相手が百田氏だろうと許されるべきではないが、出版された著作に基づくこの種の批判を浴びるのは仕方ない。
これらの罵倒や当てこすりになんの問題もないと思うなら、同じ判断基準を他の言論人にも適用すべきだろうと増田は考える。増田は、百田氏に対するその種の批判は表現の自由の範疇に属するものだと思う。したがって、件のオープンレターには賛同できなかった。
昨今騒がれている署名の偽造については、もちろんオープンレター発起人に悪意があったわけではなく、悪意を持った何者かによる悪戯であろう。そこは同意するし、悪戯の被害に遭って気の毒に思う。
しかし、研究者同士のメーリスで回覧するとかではなくグーグルフォームで広く署名を募った以上は、そういう愉快犯が紛れ込んでくることはどうしたって避けられない。これはネットでの署名活動にまつわる常識であろう。したがって普通は、ネットの署名は「○○筆の署名が集まりました!」とだけ広報し、第三者はそれを1割から2割ほど差っ引いた数字で捉えるものだろう(たとえば、7万筆ほど集まった署名なら、まあ6万人くらいが署名したのかな、と捉える)。
アカデミアに関する抗議声明がしばしば組織(大学や学会)の名の下で行われる理由のひとつは、その声明に信憑性を持たせるためだ。信憑性を持たせるためにはある程度の権威主義が必要になってくる。今回の場合、たとえば大学などの組織が発行したメールアドレスから送信された署名のみ受け付けて、フリーメールアドレスからの署名は弾く、というような手法も考えられた。ところが「マイノリティの声を拾い上げる」というのを信条にしている研究者諸氏は権威主義が嫌いなので、アカポスを得られていない研究者はどうするんだ、とか、在野で活動している人はどうするんだ、といった配慮をしてしまったのだろう。その優しい配慮は学会の運営などでは必要なものだが、今回はそれが裏目に出てしまった。不幸な出来事だったと思うが、しかし信憑性を確保できない以上、ここは個々人の名前を出すべきではなかったのではないか。「○○筆の署名が集まりました」で十分だろう。次からの教訓にしてほしい。