「受益者」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 受益者とは

2020-07-19

ちきりんの「Go to キャンペーン大混乱について」を読んで俺はムカついた

https://anond.hatelabo.jp/20200718000431

https://chikirin.hatenablog.com/entry/2020/07/17/Go_to_%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%A4%A7%E6%B7%B7%E4%B9%B1%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6

ちきりんからムカついたわけじゃない。論理牽強付会と、そのくせ「これがリアル社会の仕組みです」ってツラしてる文面が苛立たしい。同様にムカついてるやつも相当多いだろうに、筋道立てたdisがなかなか出てこなくて俺は失望している。お前らそんなもんか。

もういい俺に文句言わせろ。

ちきりんの主張

記事の要約

ナンバリングされたトピックをそれぞれ大項目で章立てしながら要約すると、以下のようになると思う。

一問一答形式で主張を列挙しているだけで、結論はとくになく、読者の感想に任せている。

9だけは複数トピックが含まれているが、おおむね1つの節に1つのトピックだ。さすがアルファブロガー。読みやすい。そして読解もしやすい。

俺の感想

D,Eについてはまあ客観的せやなという気分だが、A,B,Cが読んでてムカついてくる部分だ。

A. Go To キャンペーンが今必要理由

旅行業日本基幹産業ひとつだというのは事実だろう。しかしそれはただちに「救う手段Go Toキャンペーンしかない」ことを意味しない。直接給付でなくとも、観光支援の中でも、もっとソフトランディングなアプローチはありうる。詳しくは海外類似事例を検証している良記事を見てくれ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20200716-00188278/

また、旅行業日本基幹産業からといって「数多あるコロナ禍の問題のなかで今最優先に支えないといけないものである」という論理も怪しい。

交通網が物理的なダメージを受けるわけではないから、一度交通インフラホテルが縮小したとしても、感染収束後に再度再開する道はあるんじゃないか。知らんけど。死んでいいと言ってるわけじゃなくて、他の産業に比べた優先度に対する疑問だ。

観光地の伝統文化保存が途絶えて後継できなくなるっていうならわかる。だがその解決策としてはGo Toキャンペーンは繋がらないだろ。

まあそこらへんの論理の弱さを補強するために

6. 観光業界には政治力があるので声が届きやすい。

という話を後で入れてるんだろうな。

んで。

もっとツッコミどころがわかりやすいのは、時期についてだ。

「3ヶ月なら生きのびられるけど半年だと死ぬ」というのがちきりんの主張だが、その根拠は何だ。観光業はみんな予告してまとめて半年後に死ぬのか? ワニなのか? そんなの各企業資本金がどれだけあるかによる。半年という数字は、ちきりんGo Toキャンペーン必要な時期を「今」に設定するために結論ありきで置いた数字しかないだろう。

しかも、観光地であってもGo To キャンペーンでは救いきれない企業は当然ある。給付ではなく市場原理に任せるというのはそういうことだ。この論理の苦しさはちきりん自覚してるんだと思う。だからツッコミをおそれて、

2. 直接支援効果が薄い。呼び水として予算を使えば旅行者の金が落ちるのでレバレッジがかかるし、周辺産業も救える。

3. 2より、呼び水目的なので、受益者の偏りは度外視

という話を続けたり、後の方で

8. 首都圏の宿はキャンペーン恩恵が受けられなくてかわいそう。旅行会社事務負担が増えてかわいそう。

を書いている。

そういうわけで「Go To キャンペーン」が「今」必要、という記事大前提に対する疑問がいくつも湧いてきたわけだが、ちきりん記事はそういう諸々をスルーして、いきなり「Go To キャンペーンしかない! プランBなど存在しない!」という論調をいつのまにか既成事実化させてる。それが気に食わない。

B. ゴタゴタに対する政府対応意図解説

さらにひどいのがこのBだ。Aはまだ辛うじて論理体裁を保っていたが、Bはそれすら投げ捨てている。

キャンペーンへの批判を交わし、何とか実質的効果を残したいと考えて出てきたのが「東京外し」という方法でした。

一言だけ問いたい。ソースは?

もしキャンペーンにAで説明されたような合理的根拠があり、そこに試算があり、国民無理解批判によって目的を達せなくなるのであれば、すでに政府内に存在する資料数字を公開・説明して国民理解を求めればいいはずだ。しかしそういう話は俺は一度たりとも耳にしていない。

昨今の政府対応はまさにこういうインパール作戦めいた非論理性が批判の的になっているわけだが、ちきりんはその意志決定に対しては何も解説してくれない。非論理的な決定に論理をつけようとするのがそもそも無理筋だろう。無理な仮定論理の飛躍を重ねて非合理的結論を出してるくせに、「これがリアル社会の仕組みです」と客観的なツラして書いてるのが俺は気に入らない。根拠薄弱な妄想を断定的に事実のように書く態度を、俺は誠実とは感じない。これを「解説」ではなく「擁護」だと感じる人が多いのも宜なるかな

「作者の気持ち」を勝手自分のアタマで考えるなと言いたい。

C. Go To キャンペーン正当化

そんな無理矢理な擁護のノリが頂点に達するのがここだ。

賛成の人も「もっと」多いとは思いますが、この問題では「賛成の人はおおやけには声を上げにくい」という問題があるのです。

...

このため「ネットでは 9割の人がキャンペーンに反対している」などという実態とはかなりズレた、歪な世論けが可視化され、政府妥協策を探らざるをえなくなりました。

もはや説明は要るまい。柴山文科相https://twitter.com/shiba_masa/status/1162363885317320704 )かよ。そういうとこやぞ。

そんじゃーね

2020-05-21

甲子園インターハイの中止と、部活動しかしない学生が抱えるリスク

甲子園インターハイといった全国大会の中止は、残念ながら、勉強そっちのけで部活動しかしない学生が抱えるリスクを表す一例になってしまったと思う。

まりいくら運動能力を高めたところで、大会自体が開催されないことがあるので、それが何の役にもたたずに将来を棒に振るかもしれないということだ。

から今後、各競技団体は、そういったリスクがあることを学生に伝え、部活動しかせずに路頭に迷う学生を増やさないように心掛けるべきだと思う。

またお役所も、特に将来選択の場になる高校では、必須となる履修科目を増やし、部活動しかしない学生がこれ以上増えることを予防すべきである

というか、勉強せずに部活動しかしない学生が進学すべきなのはそもそも高校大学ではないはずだ。

本来は、競馬競輪のように、各競技団体がその興行収入を使って育成学校運営し、そこに進学させるべき(そして、団体学生の将来まで面倒を見るべき)であるはずだ。

競技団体構成員を育成する手間を、上記のような形で受益者負担すべきなのに、学校に「部活動」という名目押し付けるのは本当に良くないことだと思う。

例えば、教員志望者減少の一端は、部活動による時間外労働の多さが原因なのであり、教員という貴重なリソース特定団体利益のために奪わないでいただきたい。

その上で、甲子園インターハイについても、その育成学校同士の対決とし、一般学校は参加させないようにすることで、部活動による一般学校負担は大幅に減るだろう。

部活動における全国大会廃止を唱える研究者が居るが、上記イメージはそれに近い。その競技に特化した学生だけで、その覇を競うようにすれば良い。

その際は、一般学校での部活動目的が、大会での勝利から学生生活の充実に重きが置かれることになり、部活動サークル化することだって可能になるだろう。

ちなみに、育成学校単位学生を集約することで、その競技レベルは向上するはずである。それは学生自身のためにもなるし、甲子園インターハイレベルが上がるのは、観客としても喜ぶべきことである

あと、育成学校設立は、引退選手雇用先が生まれることもメリットである。現役選手にも朗報だろう。つまり、誰も損をしない。

以上のとおり、学生部活動しかしないことのリスク、そして、教員特定団体受益のために働いていることの不適切から甲子園インターハイの中止を機に、「部活動」という古い体制に対する見直し競技育成学校設立全国大会での参加制約、部活動サークル化など)が進むことに強く期待する。

部活動が、一部の学生人生学校業務の両方で、異常なウエイトを占めている現状を考え直すべきである。そして、競技団体は、その競技に尽くす学生人生責任を持ち、学校にその負担押し付けるのを辞めるべきである

2020-05-06

anond:20200506033200

いや自分はどちらも受益者立場として一定メリットがあると思ってるけど、大元厚労省理論武装やそれに財源与える財務省判断一貫性がなくその点はすげー疑問

2020-03-25

anond:20200320214915

仮にそれが真実だとして、どう「不都合」なの?

「必ずしも自分自身受益者でなくても、普遍的正義(と自分が思っているもの)を支持する」のは、むしろリベラル的では?

2020-02-10

サイコパス池田なんて平気で嘘つくからな。

そして、まわりの受益者達は見て見ぬ振りだよ。

どっかでみたなあ。こういうやつ。

2019-12-30

少子化とかそのへんの疑問とシステム

少子化を騒いでるけど、疑問だらけ。

結局生産人口年齢に達した国民が全員生産してくれれば問題ないんだよね?それなら何故生殖管理しないのか謎で仕方ない。セックス生殖は切り離せるのに、なぜ妊娠出産や養育を個人と切り離さないのか。

国民生産管理国家に関わることだし、国家公務員として代理母と養育父母をやればいいのに何がダメなのかわからない。


もちろん代理母に関して、現状で起きている「先進国国民発展途上国国民搾取した代理母ビジネスを利用する」形態ダメだと考える。しかしそれなら代理母自体が本人希望による職業として扱われ、正規身分保障され、給料が支払われていればよいのではないのか?

国民遺伝子を出生時に徴収管理して、代理母国家公務員に、保育・教育専門教育を受けた養育父母を登録者として扱い、遺伝上の父母をランダムに決定して年間生産数を調整すれば良くて、個人で行う妊娠出産・養育は趣味程度にすれば解決じゃないのかなあ。

このシステムなら遺伝上の親族とは生殖不可であることが最初からわかっていればよいだけで、別に結婚はしたければすればいい。

養育父母に関しては多様性問題があるし、保育・教育学だけ修めた人間ではなく、社会経験のある様々な人が応募できればいいと思う。単身者OK。現時点で条件を満たせば単身者の養育は不可能ではないので。

養育父母登録者には子供の養育期間中は養育手当てを手厚く出す。共働きでも専業主婦/主夫でも単身者でもやってけるように。企業は今まで通り給与査定が上がりにくい状態で良い。そのための手当てなので。

現在だと時短勤務や産休育休取得者の抜けた穴は妊娠出産受益者ではない独身者の頑張りで埋められる、フリーライドされている、という問題があるけど、国民生産国家でやると受益者国民全員になる。気になるのなら自分も養育父母に鞍替えする選択肢がある。仕事の頑張りは認められやすいし、養育父母は国民生産という国家プロジェクトを遂行する人々になる。


非モテの話だけど、子供自分で育てたいという希望がない限り、非モテ結婚ハードルはかなり下がるんじゃなかろうか。人生を共にする伴侶が欲しい、というラインなら今よりずっと見つかりやすくなると思うよ。

代理母健康母体必要なので、性別年齢制限があるにしろ身分保障されるし、子供を産むことによって結構給与を手にし続けたい人は産めばよい。もちろん様々な理由妊娠出産不可になる場合があり、なおかつ二度と出来ない場合もあるわけで、その場合生産者か養育父母のルートに乗れる。


財産関係だけど、遺伝上の親族がほぼ意味のないものになるので、本人の財産相続人を設定することが基本。相続人不在なら国のものへ。

これでどうかな?

2019-12-28

anond:20191228192019

発注意思決定者(下請け選考担当)=経営意思決定者=発注側の企業保持者(株主とかスポンサー位置)=デートによる受益者

という小規模な現場であれば問題にする人は少ないんじゃないか

でも上記イコール関係が崩れた場合業務遂行のために与えられた権利下請け選考権限)を、私的利益デート)のために流用したという、ある種の横領じみた問題が発生するから、そこがモヤるんじゃないのかと思う。

2019-12-11

anond:20191211113832

ほんまそれ

金があるかないかと、家事育児外注するかどうかってのは全く別の話なんだよな

市が家事育児できる人をちゃんと雇って、受益者サービスをタダで受けれる仕組みを作らないと無理ですわ

2019-12-08

anond:20191208162958

派遣会社国民の一部やん

身内に受益者いるかダメになったら

親が老人だから医療介護年金増やしたいとか

子供いるから保育教育充実させたいとかもダメになるやん

2019-11-06

anond:20191105235134

百歩譲って、たとえばデング熱だったら代々木公園とかで蚊に刺されたら老若男女かかりうる病気だし、日本国内で珍しい病気とはいえ治療薬を保険適用するのは妥当だろうけど、妊娠中絶関係する薬って若い女しか必要ないもんな。受益者が偏りすぎてる。

2019-10-26

anond:20191026210803

○第5章『妊娠中絶:「妊娠中絶反対派」の見解

(『本書の概要』で述べるとおり専門的すぎるため省略)

○第6章『人口絶滅

●『人口過剰』

●『人口に関する道徳理論に潜む問題解決する』

・『パーフィット人口問題

p.176 人格影響説…非同一性問題非人格的総計説、非人格的平均説…新たな理論Xを求める。

・『反出生主義が理論Xに適合する理由

p.181 人格影響説は…出生は確実に悪いため解決できる。

p.181 非人格的総計説は…とにかく人間を増やすべきだという「いとわしい結論」と、まだ存在しない人間対象とする誤った前提を否定できる。ただし、人口サイズに対するガイドラインはなくなる。非人格的平均説は…人間の出生に条件を付ける「単純な追加の問題」を否定できる。…非人格説は幸福の最大の総量/平均値ではなく、不幸の最小の総量/平均値を目指すべきだ。よって、理想的人口ゼロだ。

・『契約主義

●『段階的絶滅

・『人口減少がQOLを低下させる場合

p.191 高齢化。とくに一部が「最後の人類」となることはQOLを大幅に低下させる。

・『人口ゼロまで減らす』

p.194 現存の人々のQOLを良くするために新たに生命を作ってもよいか。また、その条件は。

p.195 総計的人格影響説、平均的人格影響説…不幸から見た場合、平均説は明らかに誤り(QOLが悪い人生が60億あるより、120億ある方が悪い)。総計説なら部分的に許される。

p.198 平均説・総計説とも功利主義に対するのと同じ批判を受けうる。→権利義務論:厳格な説ならすべての子作りは許されない。厳格でない説なら部分的に許される。

●『絶滅

p.202 小惑星の衝突といった外的な脅威、持続不可能な消費、環境破壊、疫病、核兵器生物兵器

・『絶滅への二つの手段

p.203 皆殺しか、段階的絶滅か。

・『絶滅に関する三つの問題

p.204 ①皆殺し②「最後の人類」への害悪人間がいないという状態…①は明らかに悪い。②は最後世代の方が、最後から2番目の世代より、未来への願望・欲望が絶たれるという点で害悪が大きい。ただし、これは絶滅が早いほどにいいという議論矛盾しない。③道徳主体理性的思考者がいなくなり、多様性もなくなる。それらの受益者はいないし、「永遠の相のもとで」価値があるか不明だ。

○第7章『結論

●『反直観であるという反論反論する』

p.210 「道徳台帳」という功利主義理論を退けるピーター・シンガー。「失望主義(反失望主義」を退けるニルス・ホルタッグ。

p.211 そもそも直観的だというのは判断材料として有力ではない。…この結論(反出生主義)が反直観的という理由否定し、背理法的に非対称性を退ける。…快楽の不在は悪で、苦痛の不在は「悪くはない」と見做すことはできない。さらに、支配的な直観は①他人害悪を与えることを子作りに限って度外視している、②出産奨励する直観心理学的に歪められている、という問題がある。

p.214 背理法的に非対称性を論じることができると見做せば、我々より悪い人生を送る人々に、我々の直観を同様に反直観的と非難されることになる。

●『楽観主義者への応答』

p.215 楽観/悲観主義には事実価値判断の2つについてがある。無論、反出生主義はどちらも悲観主義だ。

p.216 反出生主義の楽観主義転回=避けられない絶滅を良いことだと考える。他の人々にとっては悲観主義的だ。

p.217 楽観主義者は悲観主義を苛立たしく思い、非難する。出生は「覆水盆に返らず」で、自分を憐れまず、いか自分が恵まれいるか考え、人生をフル活用し、喜びを感じ、前向きに考えなければならない…①人を元気付けるというだけでは正当とは言えない。②自己を憐れむことなく自らの存在を悔やむことはできる。何より、反出生主義はまだ生まれてこない子供のためのもの利他的だ。盆からこぼれてもいなければ、こぼれる必要もない。③自分人生に満足すべきだという意味を読みとって「いか自分が恵まれいるか考える」ことは、自分に都合のいいように解釈することを必然的に伴い、そうしろという命令には全く説得力がない。反出生主義は苦痛拡散をせず、なおかつ自分人生をより悪くなくすことができる。④楽観主義苦痛に対する妥当否定ではなく、ただの無関心でしかない。明るい方向がつねに正しいというのは、ただの無根拠イデオロギーだ。自己欺瞞を回避できれば、集中して取り組まなければならないのは、おおむね希望より逆境だ。彼らは幸せかもしれないが、だからといって正しいわけではない。

●『死と自殺

p.220 存在してしまうということはつねに害悪だという見解は、死が存在しつづけるより良いということや、自殺がつねに望ましいということを意味しない。存在するもの存在しつづけることに様々な利害関心を持ちえて、人生を続けるに値しないほどの害悪は、それらの利害関心を無効化するほどでなければならない。

p.221 実際、存在することの害悪の大きな1つは死ぬこと(不死ではないこと)だ。

p.221 エピキュリアン:死は死ぬものにとって悪くない。死が来た時点でその主体存在せず、よって死は経験できない。…①すべての条件が同じなら、長い人生は短い人生よりいい。②死んだ人間の願いは尊重すべきだ(もし死は害悪でないのなら、死後生じることで害悪ないことはない)。何より、③殺人はその犠牲者を害するという直観に反する。

p.222 ①存在することが害悪だと考えるひとさえ、同意くその人を殺すのはその人を不当に扱っていると考える。②予防原則:エピキュリアンの見解が間違っていた場合、深刻な害悪がもたらされるが、反出生主義が間違っていても、害悪がもたらされることはない。

p.223 生前非存在と死後の非存在非対称的だ。人に歴史個人歴史から構成される。

p.223 「生前の」人物から奪うというのは…害されるのが「生前の」人物なら過去への因果関係が生じているという議論…死が害する瞬間は「つねに」または「永遠に」だ(例:「最後から2番目の大統領」は「つねに」、「永遠に」そうだ)。…デイヴィッド・スーツ「それは「純粋関係的な」点において惨めであるということで、彼が害されているということは言えない」。

p.225 ともあれ、反出生主義はエピキュリアンを意味しない。エピキュリアン:死は害でも益でもない。→エピキュリアンの見解を退けるとすれば①死はつねに害悪である。②つねに利益である。③害悪である場合利益である場合もある。…①②は明らかに間違い。反出生主義は③で、QOL評価と、それが存在しつづけるのをやめるべきとき基準は、自己決定の原理によるべきだ。しかし、一般的見解より合理的自殺に寛容なことは確かだ。実際、西洋文化ほとんどを含む多くの文化合理的自殺への大きな偏見がある。

p.228 一旦、誰かが存在してしまい、その人への愛着形成されると、自殺苦痛を引き起こす。せいぜい子供のいない人生苦痛比較することで和らげるだけだ。さらに、周辺の人への害が増えることがあり得る。

●『宗教的見解

p.229 旧約聖書でヨブは生れてきたことを悔い、エレミヤはさら堕胎してくれなかったことを恨んでいる。タルムードヒレ主義とシャマイ主義の論争で、人類は作られない方が良かったという後者に軍配を上げている。

●『人間嫌いと人間好き』

p.231 反出生主義は人間好きによるものだ。しかし、人類自分から絶滅せず、多数の苦痛が生まれつづけるだろう。これこそ、人間嫌いが反出生主義に達しない理由だ。…人々は反出生主義も子作りをやめることも受けいれないだろう。それが人間好きに由来するとは考えにくい。それは人間に対する悪意ではなくとも、存在してしまうことへの害悪への、自己欺瞞的な無関心によって行われている。

デヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』要約

本稿の著作権著作人格権は完全に放棄する。無断での利用・転載はむしろ推奨する。

○第1章『序論』

p.10 子供を産むことの決断には様々な理由があるだろうが、そこに存在することになる子供の利害が含まれているはずはない。

●『誰がそんなに幸運なのか?』

p.12 「生はあまりにも酷い。生まれしまわない方がよかっただろう。誰がそんなに幸運なのか?」(ユダヤ人格言

 「決して誕生しないことは、死ぬ運命にある人間にとっては最善の事柄だろう。しかし、このことは十万人のなかの一人の人間だってほとんど生じない」(フロイトジョーク)…「非同一性問題」→私たちはたしか非存在がよりよい状態にあるとは言えない。しかし、存在するものについては、存在することは当人たちにとって悪いことだと言える。「これは哲学的ゲームでも冗談でもない」

p.15 生殖をするカップルは、苦しみを生みだす氷山の頂点にいる。遺伝的な起源責任。=デレク・パーフィット起源説」

●『反出生主義と出生を促進する偏見

p.16 反出生主義の偏見子供嫌い、子供を持つことによる自由財産制限

p.17 出生の偏見子供をもたないことは利己的で未発達→①子供は別の人間なのだから子供もつ動機利己的でしかありえない。②(1)子供もつことはしばしば不注意の結果でしかない。(2)生殖衝動原始的ものである

p.19 全体主義者の政治団体軍事的理由生殖奨励する。民主主義国家も、つねに生殖を支持する層が勢力の大半を占めている。…あらゆる国家移民より生殖により人口構成されている方が正当化される。

●『本書の概要

●『読者への指針』

○第2章『存在してしまうことが害悪である理由

●『存在してしまうことが害悪であるということがあり得るか?』

p.27 「非同一性問題」「未来個人パラドックス」…(ex)遺伝性の障碍

・『生きる価値のある人生と生きる価値のない人生

p.29 非存在存在比較できないため、存在することがしないことよりも「より悪い」と言うことはできない。…存在害悪は単に「悪い」というだけで十分だ。

 …誰かが死んだ方がマシだと考えるとき自分状態が良くなると考えるわけではない。存在しなくなる方が良いほど人生が悪いものである可能性と同じく、はじめから存在しない方がいいほど人生が悪いものである可能性はある。

p.31 誰かが存在していることとしないことを比較するのは、2つの状態比較するのではなく、まったく別の事態比較することだ。…障碍が耐えがたいにしろ人生を生きるに値しないものにするほどではない場合は、そうでない場合より難しいと考えられている。=生きるに値する人生において、存在するよりしない方がいいというのは矛盾だ。→これは「生きるに値する人生」という表現多義性が原因だ。

・『始めるに値する人生と続けるに値する人生

p.32 「生きるに値する人生」は実際には「生き続けるに価する人生」だ。だが、問題は今はまだない人生であり、これに「生きるに値する人生」という表現を使うことはできない。「始めるに値する人生」を始めない方がいいというのは矛盾だ。

p.34 道徳的問題に関わる意味で、人が存在するようになる過程は長く、段階的だ。

●『何故存在してしまうことは常に害悪であるのか』

・『快楽苦痛非対称性

p.40 非存在苦痛がないことはいいことだと言える。可能性において存在する誰かの利害で判断することができる。我々は、自分たちについて存在しなければよかったのにと仮定することができる。

p.42 人々を幸福にする積極的義務があると考えている人でも、幸福な人々を存在させる積極的義務があると考える人ほとんどいない。

p.44 非対称性思考実験「遠く離れた(異国の住民の)苦痛と、無人場所無人島・火星)」(…非対称的判断)で実証できる。

p.46 積極的功利主義者は幸福を増加させようとする。そこにも①人々を幸福にすること、②幸福な人々を生みだすこと、の違いがある。①は倫理要請だと言える。しかし、②を倫理要請だとすると、個人価値幸福価値から派生することになり、人々を幸福を生みだす手段だと見なすことになる。

・『存在することと決して存在しないことを比較する』

p.52 つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人を比較すれば、存在しないことの利点がつねに勝ることは明らかだ。回復するのは手段的な善であり、内在的な善ではない…という批判は成立しない。実在する人物について善がないことに「奪われていない」という判断ができるのは手段的な善のみだ。この区分意味がない。

p.54 楽観主義者快楽苦痛費用対効果分析…は「存在しない」場合との比較でなされていなく、無意味だ。…快楽苦痛の2倍以上の値がある場合、「存在する」ことの費用対効果分析は成立する。しかし、QOLを決定する快楽苦痛割合苦痛の下限の問題がある。何より、思考実験「つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人」はつねに相対的に前者が勝る。

・『別の非対称性

p.59 シフリン:より大きな害悪を防ぐために小さな害悪をもたらすことはいい。しかし(純粋な)利益をもたらすために害悪をもたらすことは悪い。よって、生殖は悪い。存在利益をもたらすとしても、あらかじめその存在の承諾を得ることは不可能だ。また、その仮想上の承諾を想定することもできない。…①存在しなければ害悪を被らない。②存在することの害悪は耐えがたいものでありえる。③人生という害悪を逃れるには大きな代償を支払わなければならない。④仮想上の承諾はその個人人格無視している。…そもそも、出生が利益もつことはない。

p.63 出生された人物権利生殖侵害するということは、その権利請負人間はその時点で存在していないためにありえない…という議論生殖特別な特徴を無視している。害悪を被り「得る」ということで、特別権利を認めるべきだ。なぜなら、存在しない権利がないということはありえない。…自律していない存在(=子供)にはより大きな利益をもたらすために害悪を与えていいというパターナリズム的な議論…は、子供とまだ生まれていない子供は異なり、出生は絶対に悪いということで否定できる。

p.64 フェーイゲ「反失望主義(antifrustrationism)」:選好が充足した場合も選好がない場合も等しくいい。悪いのは選好が充足しない場合だけだ。よって、出生は悪い。

・『生まれたことを悔いないことに逆らって』

p.68 自らの人生を楽しんでいるという理由で、存在してしまたことを良いことだと考える…もし存在してしまわなかったら、その楽しみを逃す人はいない。しかし、存在してしまわなかったことで、苦しみがなくなるのは良いことだ。

p.69 存在して良かったかどうかを間違うはずがないと考える…存在してしまった当人存在が良い/悪いということは、存在してしまたことが幸福/不幸ということと同じではない。

○第3章『存在してしまうことがどれほど悪いのか』

●『人生の良さと悪さの差が人生の質にはならない理由

p.72 人生の良さと悪さの差は、順番、強度・頻度、人生の長さ、閾値、で人生の質とは変わってくる。

●『何故人生の質の自己判断は信頼できないのか』

p.75 ①ポリアンナ効果:楽観主義人生の質を改善するらしく思われる要因のほとんどは、人生の質の自己判断にあまり影響を与えていない(例:体の各症状に対する自分健康状態への判断がほぼ一致するのに、幸福への判断とはあまり一致しない)。②適応。③比較幸福自己判断は、実際は相対的指標による。

●『人生の質に関する三つの見解のどれをとっても人生はうまくいかない理由

・『快楽説』

p.81 人間人生の大部分をマイナス精神状態で過ごす…空腹、渇き便意尿意疲労ストレス、暑さ・寒さ。前述の3つの心理学効果無視されているだけ。さらに…持病・加齢:痛み・苦しみ、眠気、挫折感。災厄:アレルギー頭痛挫折感、苛立ち、痒み、寒気、生理痛・閉経後の火照り、吐き気低血糖、発作、罪悪感、恥、退屈、悲しみ、憂鬱孤独無力感喪失感、その他、被害感情全般

・『欲求充足説』

p.84 精神状態について判断を間違うことはなくとも、欲求については間違うことがありうる(単に快楽を追求している場合は除く)。…欲求は当然、満たされていない時間の方が長い。また、欲求が満たされるのは一時的で、そもそも欲求が満たされないことも多い。現状維持欲求さえ、実現は不可能だ(老い、死)。

p.86 マズロー「つねに新たな欲求が生じる」。イングルハート人間永遠幸福を得ることができるなら、何ら行動しなくなる」。マズロー人間はおおむね幸福で、不満足は病的状態だと言うが、ショーペンハウアーは不幸こそ人生の当然の状態だと言う。

p.88 欲求の充足までに困難があった方が、あるいは充足の過程のものが良いという議論…は明らかに不条理だ。

・『客観的リスト説』

p.92客観的リスト」は「永遠の相のもとに」ではなく「人間の相のもとに」構成されている。…40歳死ぬことが不幸だとして、90歳でそうでないのは何故か? 「色んな芝生に生えている草を数えることに人生を捧げている男」(ロールズ)の人生無意味だが、その視点人類視点は大差ない。

p.93 人生の質は「人間の相のもとに」判断すべきである、あるいは、具体的な背景に応じて判断すべきであるという議論…は明らかに不条理だ。

・『三つの見解についてのまとめ』

p.98 害悪に満ちた人生を、①すでに存在している人のためでなく、②功利主義的な目的でなく(また、そうであっても)、生みだすことはできない。人生の質の判断は当てにならず、よって、人生を続けるに値するかは別論だ。

●『苦痛世界

〇第4章『子供を持つこと:反出生的見解

●『子作り』

・『子作りの義務はない』

p.103 子作りの義務…①射程:子供を(1)何人か、(2)できる限りたくさん、持つ。②正当化理由:(1)存在させられる人々の利害関心、(2)その他(他者の利害関心、功利性、信仰、等)。…存在させられる人々の利害関心によれば、子作りの義務はあり得ない。それ以外の理由ならあり得るが、それにしても相当に疑わしい。とくにできる限りたくさんの子供を持つべきだという場合は。

・『子どもを作ってはいけないという義務はあるのか?』

p.105 生殖衝動、子作りへの関心…「性交への関心」「親になることへの関心」と「子作りへの関心」を分ける。前2者に子作りは必要ない。

p.107 他者の関心…両親、部族民族国家しかし、こうした他者利益を適えることは、それによる当人利益を適えることと表裏一体だ。

p.109 子作りへの関心は…これまでの議論から権利制限されるべきだ。

●『子どもを作る自由

・『子どもを作る権利とされているもの理解する』

p.113 子供を持つべきでない道徳的義務があるなら、子供を持つ道徳的権利はあり得ない。よって、子供を作る権利は(愚行権を含む)法的権利だ。

・『子どもを作る権利自律性に根拠付ける』

p.114 法的権利道徳的義務対立する場合、そうした方が良いという仮説を必要とする条件付きのものとなる。そして、阻却可能条件(子供を作るべきでない)がつねに適合する場合、その法的権利妥当ではない。

・『子どもを作る権利無益さに根拠付ける』

p.115 政府子供を持つべきでない道徳的義務を認めると、施策としてあり得るのは①権利を与えず自由放任する、②禁止する、のどちらか。①は権利を与えず容認するというのは矛盾で、いずれも積極的な②を包含する。②はその道徳的代償が子作りの禁止による利益を上回ることはないと思われる…非最大化主義的非帰結主義者の見解

・『子どもを作る権利意見の相違があるということに根拠付ける』

p.116 法的権利とその正当化にはこのことだけで十分だ。危害原理必要条件:ある行為害悪であるかどうか意見の相違がある場合は、危害原理の射程の外にある(例:人工妊娠中絶)。…ただし、奴隷制のように、ある行為害悪議論余地があるだけでは許されないものもある。

・『子どもを生む権利妥当意見の相違に根拠付ける』

p.118 危害原理例外となる意見の相違は妥当/無条件のどちらか。奴隷制アパルトヘイトは明らかに妥当ではない。

p.120 少なくとも反出生主義が最も優れた反論比較して十分に検討されるまでは、妥当判断のできる理性的な人々によって、意見妥当に違えることができるかは結論付けられない。

p.121 少なくともリベラル社会において子供を作る法的権利撤回されるのには長い時間がかかり、そのときにはその意見は広く認められているだろう。それまで、新しい人間存在させてはならない道徳的義務を認めつつ、子供を作る法的権利を認めることはできる。…実際、テイサックス病やハンチントン病のような遺伝性の病気エイズのような感染病など、他の場面では許されないほどの害悪を与えることが、子供を作る場面では容認されている。

●『障碍とロングフライフ(望まずに生まれた命)』

p.123 障碍…障碍は社会構成されたもので、実際には障害(disability)ではなく不能(inability)だ。また、障碍の出生前診断政治的に悪いメッセージとなるという「表出主義者」の議論…障碍が不能ということは、「より悪い」ということを否定するものではない。健常者と同じQOLを持つ障碍者も、さらなる障碍についてはQOLを低く見積もる。また、反出生主義はむしろ平等主義だ。

p.132 ロングフライフ訴訟は①子供を持つ法的権利に関する妥当意見の相違。②QOL評価個人的なものだ(とくに現在のロングフライフ訴訟代理人によることが多い)。もし判例ができれば、もうQOL評価個人に独特なものではない。の2点の課題がある。

●『生殖補助と人工生殖

・『生殖倫理と性倫理

p.135 セックスは子作りの目的でなされる場合のみ道徳的容認されるという多くの反論がある見解オーラル・アナルセックスレイプ不倫不妊症)を、反出生主義は「性倫理の反生殖見解」として完全に退ける。

・『誕生悲劇婦人科学(gynaecology)の道徳』…『悲劇誕生』と『道徳の系譜(genealogy)のもじり。

●『将来生まれてくる人間を単なる手段として考えること』

p.140 1人の子供を救うために新たに子供を持つという場合は…(a)自分たちの関心(interest)を満たすため、(b)今存在する子供に弟妹を与えるため、(c)家族部族民族種族を大きくするため、(d)何の理由もない、という場合よりはるかに良い。これらは、他人手段として扱ってはならないというカンティアン命題によりいっそう当てはまる。

○第5章『妊娠中絶:「 Permalink | 記事への反応(1) | 21:07

2019-09-18

しろ強すぎる著作権改正するべき時期なのでは…

自分が書いた作品だ、だからこの作品に関するあらゆる権利自分にある」

と、創作活動をしている人は根本的に思っているようだが当然そんなことはなく、

現在でも著作権法で護られた範囲しか権利を持たない。

そして、その著作権法は当然、特定受益者である創作者の利益ではなく社会全体の利益

最大化するように決められている。

しかし、昨今の技術発展で二次活動もやりやすくなった現在、今の著作権法

創作者の権利を強く護りすぎているのではなかろうか。

創作者の金銭被害が明瞭に発生するようなケースは当然ながら防がなければ

ならないが、創作者の金銭被害が明瞭でない二次活動のようなもの

全面的に許すような形に著作権法改正をするべき時期が来ているのではなかろうか。





anond:20190918134536

anond:20190918115925

東電原発が1つも東京にない時点で受益者でしょ、馬鹿じゃないの

その上で電力自由化の世の中になってるんだから東電使わないというのは問題ないのでは

受益者負担と言う考え方がよくわからない

福島汚染水を海に流すのであれば、受益者負担観点から東京湾に流すべきだ」という議論がある。

いや、そもそも東京人東京電力電気無料でもらっているわけではないし、電気代という形で払っているわけだよね。

電気代という「対価」を払っている以上は、受益者利益も何もないだろう。

タダでもらっているなら受益者になる得るけど、電気代を払っている以上は何も利益は得ていない。

しろ消費者目線で言えば「東京湾汚染水を流したら、その報復として関西電力から電気を買ってもいいんだよ?」と言う話になる。

2019-08-03

anond:20190803103129

テレビ番組に興味があろうがなかろうが、NHKが良質な報道をするおかげで社会が適切に運用される益は、誰もが享受することになる。NHK国民全体で支えるのはそれが理由だ。

たとえばNHKが粘り強くとある難病についての調査報道を続け(民間でそんな「儲からない」企画が通るわけがない)、その結果世論が後押しして関連法が成立したとすると、その法律の直接間接の受益者は全て、NHK存在し「儲からないが重要情報を広く国民に配った」お陰を被っていると言える。たとえば増田増田の子が将来その病気にかかったとき、その法律のお陰で治療費介護費が出たとしたら、生涯で払うNHK料金なんて軽く凌駕する「益」を受けるだろう。

もし増田が「NHKから私は受益しない」から受信料は払わない」と主張するなら、こういう制度の一切も拒否するという覚悟であるべき。でなければ増田は俺たちの受信料NHKフリーライドするただの卑しい存在になり下がる。

2019-08-01

維新松井れいわの山本意見が同じと言ってるやつは見誤ってる

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/this.kiji.is/528880942749008993

https://twitter.com/yamamototaro0/status/1155862359174348800

山本文句をつけてるのは厚労省の態度。

制度では経済活動に関わる障害者の介助費用については受益者である雇用主が負担すべきとなっていて、その制度を変えたくない政府側としてはこの件は制度通り参議院負担して一件落着というところに落とし所をつけたい。

制度を変えてしまえば、すべての事例に対して金を払うのは国ということになってしまうからだ。

障害者に対してなるべく金を払いたくない、という気持ちでむしろ一致しているのは安倍政権維新であって、維新は目先の、政府は将来的な負担に対して拒絶反応を示しているという違いに過ぎない。

維新松井制度を変えるべきと言うが、実際れいわ等の議員改正案を提出したとして、維新議員がそれに賛同する形になるかと言われれば、(自民党もおそらくそうなるだろうが、)賛同しないことだろう。

2019-07-05

anond:20190705131453

受給希望者も正義の実現のためには我慢できる部分もあるのでは。

正義の実現って。

俺が正義だと思っていることって意味だろう。自分勝手視点ではないの。

受益者がそれを正義認識するのであれば、受給希望ではなく、受給拒否と表明すべきだ。

2019-06-01

簡単・超初心者向けの長期投資入門 (3) 投資信託

(anond:20190601003304 の続き)

ところで、株式会社倒産したらどうなるか。株券紙くずになります! もっとも今時の上場会社株券電子化されているので、電子藻屑となると言った方が良さそうだけどね。そこまで行かなくても、業績が悪化すれば人心は離れていき株価は下がるし、当然配当金なんかも出ない場合が多いだろう。そうすると諦めて株を売って損失を確定させるか、含み損を抱えたまま塩漬けにするか。このように個別株というのは面倒だしリスクも大きいし、個人で買える範囲だとリスク分散してたくさんの会社の株を買い、適切の売買していくというのはなかなか難しい。

あとは、どの株を買うか選ぶのも難しいよね。もちろん上場会社情報は広く公開されていて、誰でも見られるようになっているから、頑張って勉強して読みまくれば良い会社は見つかるかもしれない。とはいえ資産運用なんて趣味仕事じゃ無ければ普通の人がわざわざ時間をかけてやるものじゃない。そんな時間があればアニメ見てるよね!

そこで登場するのが投資信託 (投信/ファンド)。これは信託一種で、投資家 (委託者かつ受益者; 個人も含む) がお金を出して、運用会社 (受託者) が良い感じに運用してその利益 (損失) は投資家帰属する。運用会社等は利益や損失に拘わらず、一定信託報酬をもらうことで利益になる。(通常は総資産額に対する割合信託報酬になるので、利益が上がったり口数が増えれば純資産が増えて利益も上がる。)

投資信託運用

投資信託運用方針 (どのような資産に、どのように投資するか、など) は個別に決まっている。投資対象株式とするもの債券とするもの不動産とするもの、その複合型だったり、その中でも対象地域限定 (国内先進国新興国・全世界日本以外) するものだったり。そして、投資が上手い専門家に任せて売買していくアクティブ投信特定指標 (インデックス) の動きに合うように売買していくインデックス投信という分類ができる。

インデックス投信株価などから機械的に算出されるTOPIXなどの指標に合わせて行くので、基本的には市場平均を目指すものと言って良い。(なかにはそうでは無い指標もあるけど。日経平均なんかは値がさ株の影響で市場平均から外れやすゴミ指標。) 一方、アクティブ投信市場平均を超えることを目標専門家が頑張って売買する。

さて、インデックス投信アクティブ投信どちらが良いのだろうか? 専門家が頑張るんだからアクティブ投資の方が儲かりそうだね? でも、アクティブ投信は高度な知識を持った専門家が動く分、信託報酬が高めに設定されていること、頑張っても常に市場平均を超えるのは難しいということで、平均すれば手数料の分だけアクティブ投信の方が劣後するという結果が出てる。もちろん高い信託報酬差し引いてでも平均を超える成果を出す投資信託もあるけど、それを長期間維持できるというわけではないのだ。悲しいけどこれ、現実なのよね。

そんなわけで、インデックス型、それも変な偏りが無い市場全体をカバーするような指標採用する投資信託おすすめ

マザーファンド

多くの投資信託マザーファンド形式採用している。これは、二重に手数料が発生するファンドオブファンズというわけではなくて、単にコストを削減する目的複数投資信託をまとめて運用しているだけの話なので、心配は要らない。

たとえば、三菱UFJ国際投信にはeMaxisシリーズeMaxis Slimシリーズがあって、概ね同じラインナップを取りそろえてマザーファンドを共有している。そして、前者の信託報酬は高く後者は低い。これは販売する金融機関に合わせて商品を分けていて、Slimシリーズなんかはネット証券系を中心とした取扱になっている。また、バランスファンドの一部 (たとえば、日本株式の部分についてはTOPIXマザーファンド) や年金専用ファンドなど多数のファンドが同様にマザーファンドを共有している。

Slimシリーズ信託報酬は極限まで下がっていて0.1%台になっていて、あまり利益は出ていないはず。eMaxisシリーズ利益があってこそここまで安く出来るわけで、高い信託報酬を払ってる人には感謝しか無い。

つづく (かも)

2019-05-22

性犯罪被害にあわない権利」を要求する運動は、「現状の社会で認められている権利」の一部を、直接的・間接的に否定する運動でもある。

奴隷制廃止運動場合は「白人黒人奴隷を持つ権利」や「奴隷農場生産された物品を購入したり使用したりする権利」を否定することになった。

女性参政権を認めると「女性意見が反映されていない社会に暮らす権利」は失われる。

子ども権利を認めると「子ども虐待したり子供コントロールする権利」は失われる。  

まりMeTooは「痴漢をしないと震えてしまう性依存症患者が、これまで通りのライフスタイル継続する権利」を不当なものとして否定している。

女性部下にセクハラをして泣き寝入りさせる権利」も、明文化はされていないながらもずっとあった。

文化されていなかったり当人たちの「自覚がないほど当たり前のものとしてその社会存在する制度や慣習」も、

性犯罪被害にあわない権利運動が起こることによって「不当に認められている権利」として明るみに出る。

自覚がないほど当たり前のものとしてその社会存在する制度や慣習」の受益者は、反発して当然。自分が損をするから

ヴィーガンが「動物がと殺されない権利」を主張すると、肉を食べる権利が脅かされる。

MeTooに怒るのはそれと同じ。「自覚がないほど当たり前のものとしてその社会存在する制度や慣習」から受益する権利を失う危機感

2019-04-28

anond:20190427223747

公平に税を取るとか受益者から税を取るってのは正しい態度なんだけど一方理想論でもあって、現実システムは今のところそうなってない。なんでなってないかというと、徴収コストとか捕捉率の問題があって、クリティカルに担税してもらうのが難しいから。

消費税なんて逆進性があるし税の中ではかなり筋が悪いものだと個人的には思うのだけど、なんでこれが現在日本議論俎上に有り、世界各国でも税の柱になっているかといえば、国という領域の中で逃れようがない行為が消費行動で、補足しやすいからという一点につきる。要するに絞れるやつから絞るという話なので、公平感とか、受益者とか二の次三の次なのだ消費税=取り立てしやすい税。消費税にそれ以上の利点はない。

よく「富裕層からもっと金を搾り取れ」って気安い意見がでるけれど、これって有効度がかなり低い。捕捉率は低くて徴収コストは高い。海外資産現金以外や資産移植のことを考えれば、正確にガッツリ徴収するコストは非現実的だといえる。高所得者富裕層意味が違うことを考えればなおさらだ

高所得者課税するのは割と簡単なので、高所得者のことを金持ちと呼んで、富裕層と誤認させて庶民の溜飲を下げさせるという方策はありうる。実はこの方策副作用大きいわけだが)

そういう前提知識を置くと「ツケにしておく」というのが、どれだけ無理筋かわかると思う。逃げやす実装なわけだからね。

から現実制度でもめったに見ない。どっちかっていうと「とりあえず取り立てておいて、免除が決定されたら払い戻し」のほうがありうる(還付金という名称ですでに幾つかのシステム実装されている)。

2019-04-24

この世界は誰のためにあるのか

朝の通勤ラッシュで男も女も老いも若きも機械のように職場に急いでいる様を見ると、たまにこの世界は誰のためにあるんだろうなと思う時がある。缶コーヒージョージア宣伝で「この世界は誰かの仕事で成り立ってる」ってあったけど、みんな社会のために働いて消耗しているので、結局その最終的な成果の受益者って誰なんだろうと思ってしまう。

昔は国王とか大名とかがいたので、誰々様のために頑張って働くってすごくシンプルで分かりやすかったと思う。神様の像の前に「今年の実りです」っつって収穫物とかお供えもの奉納していた昔の人の気持ちすげー分かる。

ちょっと前までは「お国のために」ってことだったし、それがいかヤバイ思想だったか日本人バカほど思い知ったわけだけど、皆が納得する答えとしては悪くないんじゃないかとも思う。100点満点でいえば60点くらい。

話は戻るんだけど、今日電車の中でみんな何のために働くんだろうなって1分くらい考えたんだけど、結論現在この世界の最大の受益者は「子どもであるべきなんじゃないかと思った。

金持ち玉の輿に乗って家事すらやらなくていい女とか、資産家のガキで一生遊んで暮らせる奴らとかも社会受益者だろうけど、そういう連中に比べたら圧倒的に量が多いのは子どもだし、現世界子どもがおかれる状況は決して良いとはいえない。我々大人は、自分の子ものためだけじゃなくて、すべての子どもが日々を楽しく豊かに過ごせるように働く。そう考えると色々スッキリしたんだけどどうでしょう

ちなみに、星新一ショートショートで、人類の大半が消滅して、地球の滅亡のカウントダウンが始まった時に、わずかに生き残った人類がこれまで先人が築き上げてきた文明破壊して回り、この時の「破壊快楽」のために人類は気の遠くなるような世代に渡って文明を築き上げてきたのだ、という場面がある。子どものためにを年世代にも渡って続けていった最期はこういうのもありなのかもとも思った。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん