はてなキーワード: ノー勉とは
どのくらい出来たかというとセンター試験の数学で1A2Bで満点を取る程度には。
そしてこれ以外で語れるほど実績はない。進研模試で満点取ったことあるけど、多分センター試験の方が難しいんだよね。高校は偏差値36だったからそこらへんの一般常識知らない。
で、高校卒業と同じタイミングで就職するつもりだったんよ。大学なんて私立のFランに行くやつが学年の10%いるかどうかって感じ。
「鹿児島大学だったら数学だけで受験出来るよ?」「前期だと山口大学ならほとんど数学だけっぽいよ?」「後期まで頑張るなら佐賀大学とか数学だけでいけるんじゃない?」
で、鹿児島大学のAO入試で合格した。問題は正直なんにも難しくなかった。皆んな満点だと思った。
意外と国立大って簡単なんだなと思った。高校まで天才が行くところだと思ってた。
地理に至ってはノー勉というか高校の授業も受けてなかったからな。一桁点数だった気がする。
それで大学生活始まるけど、まあ無理よね。共通科目の英語の単位が一番難しかった。3年次の時一番前に座って毎回出席して毎回ニコニコしてようやく取れた。
専門科目は自慢だけどやっぱり数学得意だったんだなって。
過去問入手して1週間対策すれば落ちたことない。もちろん普段から勉強するなんてことはできない。
単位を取れる程度にやる。ただそれだけ。
そうなんだよ。勉強する習慣なんてないんだよ。
だって勉強したことないもん。毎日机に向かうなんて無理。自宅に居る時はスマホでゲームかエロ動画。外に出るのはバイトか飲み。
年確されない終わってるバーに行けば僕と似た不真面目な馬鹿がたくさん居る。そのままセフレ作ってあっという間に4年間。
大学生活で身についたものといえば酒の場でのナンパの方法と借金50万だった。今思えば50万で済んで良かったな俺。ギャンブルにはハマらなかったのがデカそう。
ちなみに数学科は卒論がない。院なんて行くわけない。それで数学にも真面目に触れ合わないまま卒業した。
給料もボチボチ。お金持ちってわけじゃないけど、あとは適当にやれば生きていけるって思ってた。
けど、何年も勤めるとボロが出るよね。
机に3時間向かえない
同期も先輩も後輩も、みんなちゃんと大学やってるんだよ。頭の良さ関係なくみんな根の真面目というかやる時はやる習慣が身についてる。
僕はそれが出来ない。それが出来ないからしてこなかったのか、してこなかったからそれが出来なくなったのかは分かんないけど、とりあえず現状出来ないんだよね。
少なくとも不真面目は不真面目が集まる社会に身を置いたほうが楽に生きれそうだね。失敗したわ。
【はじめに】
少し前にニトリが自社社員のIT人員増加を目的に、「ITパスポート」を取得させるというニュースがあった。
果たして「ITパスポート」がどれほどIT化の変化に意義を持つのかの議論はさて置き、仮に「ITパスポート取得=最低限のITリテラシーを持つ者」として
見た場合、都道府県別ではどれくらいそのバラつきがあるのかを見てみる。
経済産業省の政策実施機関である独立行政法人「情報処理推進機構 (IPA:Information-technology Promotion Agency, Japan)」が
取り仕切る、情報処理技術者としての「知識・技能」が一定以上の水準であることを認定している国家試験。
その人が持つ情報技術のレベルを測るIPA試験にあれこれ種類がある中の入門編に位置付けされている。
【IPAが公表している「情報処理技術者試験 統計資料(ITパスポート編)」からIT立県・非IT立県を読み取る】
IPAは試験の結果を月ごとに公表しており、その中で様々な観点から受験者・合格者の内訳を分析している。
そこに都道府県別の合格率を表しているものがあるので、これを使ってIT立県・非IT立県を見てみる。
その前に全国の合格率は以下の通り。
○令和5年度(4/5/6月)全国平均合格率:53.0%(合格者:25,456名 / 受験者:48,022名)
根詰めなくても一通りちゃんと勉強した人は1回で合格できるレベルと思われる。
あれ。ソフトウェア産業が盛んな関東圏が独占すると思っていたけど、結果はご覧の通り。
ふーん。意外。
では続いてワースト3。
群馬県にいたっては全国平均合格率(53.0%)より13.3ポイントも低い結果に。
熊本県はTSMCの進出で沸いてるけど、装置産業だからITとか関係ないのか?
全国ベスト1の滋賀県(61.3%)と全国ワースト1の群馬県(39.7%)の落差は21.6ポイント。
なかなかだね。
以上、国家試験「ITパスポート」合格率からみるIT立県・非IT立県でした。
これをざっと見てみるとこんな感じ。
30代・・・58.42%
50代・・・55%
60代・・・73.19%
70代・・・68.6%
「少年老い易く学成り難し」という故事があるけど、あながちそうでもない感じ。
つか、20代はもっと頑張れ。コスパが~ タイパが~ 言ってるヒマあるんだったらもっと頑張れ。オッサンジィサン年代に負けてる。
(※番外編2※ ええっ・・・)
されているんだけど、バリバリにセル結合されまくっててそのままだと分析材料として使い物にならない。
小中の勉強は余裕のよっちゃんで全く勉強せずにパスできたが、高校に入るとテスト勉強をしなければならなかったり、受験勉強をしなければならないのにどうしてもやる気が出ない
マジの天才であれば高校の勉強だってノー勉でいけるだろうし、地頭は悪いが努力できるやつはちゃんと伸びる
そして努力しても伸びないor地頭が悪いのに努力しないやつは「頭が悪い奴」として期待されずに済む
そう、地頭が良いやつが一番損をしているのだ
勉強するという行為が人一倍苦痛に感じるし、ある時点までは成績も良かったので周りからの期待も高いので板挟みになる。
しかも学力は(相対的にかもだが)落ちていくのでますます自信が無くなる。
だったら最初から地頭が悪くて、でも小学生の頃からコツコツとテスト勉強が出来る人間のほうが200倍マシだと思う
し、そういう奴の方が地頭が良いやつよりよっぽど良い大学に行き良い企業に就職すると思う
「地頭が良い」子供を持っている親御さんは是非、ハイレベルな小学生受験や中学校受験を経験させ「勉強」を経験させてあげてほしい(勿論、教育虐待的なのは良くないと思うが)
それかもう大学附属に入れてエスカレータ式に大学に入れさせてほしい
今できることが一段落してきたので、今までの振り返りをしてみる。
ちなみに、これを書いているのは機械系3年のメーカー技術職志望の男子です。
「就活は夏季インターンから始まる...」と言われているが、その募集は6月〜7月上旬で締め切ってしまうため、夏から就活を始めていると遅い。
知名度が高い人気企業は応募者が大量に押し寄せるため、ESや面接が要求されゴッソリ落とされる。GW開けくらいから準備していなければ間に合わない。
逆に、知名度が少ないBtoB企業だとwebテストだけでOK、なんて企業が沢山ある。学生にとってBtoB企業が何やってんのかよくわからないため、参加ハードルや社会勉強になることをふまえると非常におすすめ。
私は複数応募したものの、1つはESで落とされ残りは面接で不合格。結局、webテストのみで参加できるインターンシップを受けることに。東証プライムだけど一般的な知名度はほとんどないBtoB企業で、正直全く期待してなかったが、なんとここが大当たりだった。
選考を有利に進めたかったっていう不純な理由で参加したけど、マジで面白かった。大学の授業で色々な技術について勉強したけど、やっぱり現場で生きている技術を学ぶのは全然違う。やっぱり座学でインプットばっかやるのはダメだね。院進学せず、すぐに就職したい意欲が高まった。
社員さんや会社の雰囲気もすごくよかったし、本当に行ってよかったと思う。本選考でも、第一志望群のひとつとして考えている。
秋〜冬だとオンライン説明会がしょっちゅう開かれる。大学主催のOB懇談会も開催。
業務内容を知るのは良い機会だったと思う。説明会で社員さんが話す仕事内容は、ネットや書籍じゃ得られない。こういうの出て仕事内容を把握しとかないと、志望理由とか書けないな〜っていうのは今になってめっちゃ思った。
あと、心なしか説明会に出席した会社からはメールで色々な案内が来てる気がする。説明会→さらにマニアックな説明会→個人面談...。みたいな感じになってる企業もある。逆に、説明会に全く出てない会社からは、全然案内来ない気がする。
説明会の熱の入りようも会社によって大分違う。オンラインでガンガンやる所もあれば、まったくやらない所も。説明会の案内が来ない会社は学歴フィルターでもかけているのかと不安になる。
また、説明会に出れた企業の方が働くイメージを、持ちやすく志望度が高まる。そして、説明会を積極的にやってくれない会社は、相対的に志望度が下がる。
ちなみに、企業主催の説明会よりも、大学主催のOB懇談会の方が絶対におすすめで優先度が高い。参加者が少なすぎて質問しやすいし、ぶっちゃけた話を聞ける機会も多い。人気企業にもかかわらず、参加者が自分一人だけだったときもあった。
大学主催の懇談会は案内が分かりづらいため、このようになっていると思われる。ちゃんと大学からの情報を確認しておくこと。
冬期インターンシップの募集はだいたい秋に締め切るので、1月くらいになって「2月インターンさがすかあ」と言ってると遅い。
ESをしっかり書かされるなど、夏季以上に志望度やら企業への理解が要求されている気がする。
幸運なことに、冬期インターンシップにも参加できた。やっぱりインターンシップは学ぶことが多くて最高。クソ教員の座学半期よりも、5日間の実習の方が学ぶことがずっと多い。
志望企業の半分以上は既に選考が始まっている。大体1月下旬からES提出の案内が始まっているイメージ。1月頭に募集が始まる会社も。業界によって差があるのだろうけど、3月まで律儀に待っている会社は少なく感じる。
あと、インターンシップに参加した会社からはもれなく早期選考の案内が来る。会社によっては、推薦状の提出が求められる。
3月以前から募集を始めている会社でも、スケジュールは結構異なる。3月以後も募集を続ける会社が多いが、2月上旬で募集を締め切っちゃう会社もある。さっさと締め切ってしまう会社は、企業規模に対し人気が高すぎて、応募してくる学生を捌ききれないのだろう。
また、面接面談を何回も行う会社も。面談でESの添削をしてくださるので、非常にありがたいが...。
初っ端の適性検査テストはWebだったが、ノー勉で突っ込んだ。結構ムズくて8割得点するのはかなり難しい感じだったけど、全くわからないわけでな無かったのでノー弁続行。適性検査ごときの勉強で取られる時間が惜しい。それで選考は通っているので、塾講バイトできる程度の計算能力があれば十分だと思われる。
電卓を使えるWebテストよりも、電卓を使えないテストセンターの方が計算が簡単で楽だった。(実際のスコアは知らん)
会社によって実施テストが異なる。テストセンターの得点を使いまわしできるとラクなので嬉しい。
「就活は黒スーツじゃなきゃダメ!」と言い切っているサイトがあるが、面接官はそこまで気にしていないと思われる(技術系の場合)。
マナー講師が卒倒するようなオシャレ系スーツを持っており、企業説明会の個人相談で印象を聞いてみたが、「オシャレだねえ別にいいんじゃない、今どきそこまでうるさくないよ」って感じの反応だった。そのスーツで面接に臨もうとは思わないが、ビジネスシーンでふさわしいスーツやネクタイであれば何でも良いと思われる。
スーツやネクタイの色よりも、シャツが袖からチラリと見えるとか、ズボンの裾がダルダルじゃないかの方がよっぽど重要だと思う。スーツとシャツのサイズが合ってなっくてダサくなってる就活生はマジで多い。ジャケットとスラックス両方直しても2〜3000円で済むので、直したほうが良い。
頭髪はおでこを出すカットの方が印象が良いな〜っていうのは他の就活生見てると感じる。
大学が配布している就職のてびきがあるので、それを参考にする程度。就活マナーの本とか買って読んだりとかはしたことがない。
メールの書き方は就職のてびきに書いてある内容を参考にして適当に。
対面の面接は練習でしかやってことがないが、部屋に入る時にノックする、面接官に言われるまで座らない、程度しか意識していない。それで練習中ツッコミが入ったりしないので、一般的なマナーが守れていれば十分だと思う。
基本的に、情報収集は企業マイページから収集している。マイページに登録してるメールアドレスに、説明会の案内などが送られてくる。
マイページに登録している企業から送られてくるメールを確認するだけ。
マイナビとかはどうやって使えば良いのか、未だによくわからない。
あと、ABABAっていう就活サイトにも登録。最終面接まで進んだ会社の記録を登録しておくと、それを評価した企業からスカウトが来るらしい。保険として使ってみる。
このサービスはLINEで情報が届くので、マイナビなどと違い使いやすい。
マイナビとかに登録してると、企業説明会のチラシが自宅に届く。
大概「◯社以上回るとアマギフプレゼント!」っていうキャンペーンやってるので、それ目当てで行く。
中には、総額で1万円くらいプレゼントしちゃう説明会も。話聞くだけで1万円もらえるのだから、こんなに割の良いバイトはなかなかない。行きたかったが都合が合わず諦めた。
理系、特に工学系の学科だと過半数が院進学を選択する。(もちろん大学や学科にもよる)
研究に対するモチベーションが高く能動的に院進する人と、進路についてちゃんと考えずダラダラしていたら就職が手遅れになり、ダラっと院進学する人がいる。
逆に就職を選択する人は、金銭的な理由で院進学が渋い、理系が嫌になり文系就職、さっさと就職して銭稼ぎたい(私はこっち)、などの理由が多いイメージ。私の大学では半分程度の人数が院進学するが、私の友人はみんな院進学するので、感覚的には院進学する人はかなり多く感じる。また、大学によっては7割以上が院進学することも。
大学の進路説明会とかだと、「就職は院生が圧倒的に有利ですよ!」って散々煽られる(多分学費と研究室の人手が欲しい)。しかし、技術者としてバリバリ働いている方に意見を聞いてみると、仕事できる実力が重要と話すことが多いので、大学の意見とギャップを感じる。
しかし、院生が優秀だと感じることは多い。インターンシップに出てくる人は圧倒的に院生が多いしみんな優秀。特に、チームで考察し議論するスキルや、エクセルでの数値処理、人前で発表するスキルについては、院生に分があるとインターンシップで感じた。学会の発表などで鍛えられるのだと思われる。
しかし、院生が優秀である因果関係については、よく考える必要がある。というのも、学部時代から優秀でモチベが高い人は大体院進学するので、院生が優秀なのはある意味当たり前である。また、学部卒でも授業で発表したりエクセルで数値処理する機会はあるので、学び方次第で差は埋められるとも思う。
また、二年間自社で教育した方が都合が良いと考え、学部卒を積極的に採用する企業もある。そういった点をふまえると、学部卒が圧倒的に不利なのかと言われると正直微妙。
私は自分が優秀だと思わないが、今の所出したESはバンバン通ってるので、まだ学部卒のネガティブな部分は感じていない。
入社した後は知らん。
企業への推薦は理系ならでは。大学によって研究室から推薦が出る場合と、研究室は関係ない場合がある。
推薦を申し出ると、内定が出た場合は辞退できない。企業側は学生を確保しやすいメリットがあり、学生的には内々定が出る確率が高いというメリットがある。
個人的には、推薦を使うのがいいと思う。というのも、いくらザクザク内々定が出ても、最後は1つだけに決めなければならない。それなら、あらかじめ第一志望を決めておいて推薦を使い、確実に第一志望の内々定をもぎ取るのが合理的である。ただし、第一志望の会社が自由応募の場合や、どこでも良いからさっさと進路を決めいた場合は、推薦はやめておいたほうが良い。
第一線の数学者は他のどの科学者よりも難しい問題を達成していると思うのだが、特に現代数学において誰でも知っているというような人が全然いない事実にひっかかるものがある。
マルクスみたいな経済学者とか、ファーブルみたいな生物学者など、他の学問には数学者よりは高度なことはしてないというのに一般の人でも知っているという人がいるのに、これはどういうことなのか。
数学者で有名といったら、せいぜいピラゴラスといったような古代人、現代数学でいえばリーマンとかラプラスとかだ。
これらの人物に共通するのは小学校から大学までのカリキュラムで扱う理論や公式の発見者かどうかということに過ぎない。
特に古代人が考えたことは現代から見れば易しいものなので義務教育の内容に採用されやすい。だからあのへんの時代の人物は数学者でも知名度が高い人がいることになる。
ようするに言いたいのは数学者の有名無名はただ単に教育制度次第になっているということだ。
高度な現代数学でも岡潔や望月新一と有名な人はいるじゃないかと言う人もいるかもしれないが、あれらが有名なのも、実績の価値が正しく一般の人にも伝わって認知度が高まってきたというものではない。
岡潔なら統合失調症だったなかで戦時下を生き抜いたこと、望月新一なら自分のコネを使って論文を掲載させたこと。
そういう生き様のセンセーショナルなところがもっぱら庶民の関心を呼び起こしているに過ぎないのだ。
ポアンカレみたいな「未解決問題を解いた人」というわかりやすいラベリングを持った人間が有名なのも本質的には上述したのと同じところにあるのだろう。認知している人の多くが業績の概要と価値だけでも正しく理解してるか疑わしい。実績の内容に関する関心ではなく、未解決問題を解いたという一点で共通認識化されているように思われる。
ちょっと単純化が過ぎるかもしれないが、数学以外の科学者の土俵はもっぱら実験や実証のなかにあると思う。
実験により、何かをしたらこういう結果が出た、という目に見える因果関係を把握する力さえあれば誰でもその分野の大学者になれる素質はあるとさえ言える。
もちろん実際に誰もが知ってる大学者になれるかどうかはもちろん有用な結果をはじき出す実験にこぎつけられたらという話になるが、どちらにせよ彼らは比較的易しい具象の中で研究対象と戦っているということには違いない。
一方で数学ときたら現時点で新規性のある高度な数学論文をしたためるには何万ページという論文が語る知見に対する確かな理解の積み上げが無いと無理だろう。
理解する過程においても数千ページ目にあたるある論文が理解できないとなったときどこに理解の欠落があるか今まで読んだ論文から探しなおさなければならないわけである。
理論の構造自体も目に見えるようなわかりやすい因果関係から成っているのではなく、抽象的なわけだから、知識の欠落がなかったとしてもその理解は純粋に難しい。
しかし高度な論文の作成はその先にあるのだからこの数学の研究というものは果てのない作業なのである。
望月もそのような作業を経てついにはIUTの創出という高みに至ったはずである。
そして望月以外にも当然少なくとも月ごとには相当数、同程度の高みから発した高度な内容の論文が公開されているはずだが彼らの中から一般人にも有名という人は現れて来ない。
ようするに現代数学者は天才である。あの手の分野の数学者は受験勉強を全くせず東大に悠々と合格するような人間がざらであるらしい。もっとも現代数学者の絶対数が少ないのだから「ざら」というのは数ではなく割合の問題なのであろうけど。
そんな数学よりは高度な理解力を要しない学問では誰からも知っている人が出てきているのに、現代数学ではせいぜい専門家の間で有名という程度にしかなれないというのは理不尽なことだと思う。
私にはそれほどの数学の才能はないので数学ができる人間に対して劣等感がある。
だから劣等感の元凶である彼らにはせめてとことん栄誉ある立場にあってほしいのだ。
彼らすら大して評価されないのでは彼らと違って能力のない私には何も救いがないではないか。
あるいはこういうことなのかもしれない。既存の知識を理解するという力と新しい見識を発見する力というのは異なるものなのではないかと。
つまり数学の功績は高度な理解力の上に成り立っているものだけども、高度な理解力をもった彼らがもし別分野を志していたとしたら果たして一般の人の記憶にも残る大学者になれていたのかどうか。
現代数学者にチョムスキーの生成文法もその理論を考え出した背景にある理論も含めてその気にさせれば簡単に理解してしまうだろうが、かといってもし彼らがチョムスキーと同時代に生まれて言語学を志していたらチョムスキーを出し抜いてあのような文法理論を創造できたのだろうか。漢字の世界で白川静みたいな業績を打ち立てることができただろうか。丸山真男のような戦後思想史の巨人になれただろうか。
理解力は結局脳の処理能力という量的な要素に還元されるものに思われるが、理論の創造というものはどのような分野にしても大胆なひらめきがものを言い、これなるものは量化などもちろんできない、一種の特殊能力なのではなかろうか。
数学はむしろ知見が論理的に緻密な状態でに充実に蓄積されているのに比べ、他学問の知見は相対的には雑駁というかなんというか、とにかくそういったところから新しい理論を考え出すのには数学以上に何かアクロバティックな部分が必要にも思える。
コペルニクスだったかは海上の水平線で帆船が見えなくなる事実から地球が丸いということを歴史上最初に悟った人物らしいが、彼のような発見は彼より多くの知識を持った、つまりは理解している天文学者には出来ないはずだと朝日新聞の轡田だかいう論説委員の本に書いてあったと思う。
本当だろうか。現代数学者がその時代に生まれても無理だったのだろうか。でももしそういう発見という意味での知性が特殊な力なのなら、ここは素直に認めておくべきことなのかもしれない。数学者こそ昔の偉人が発見した事実をベースに論文をしたためることができているだけで、彼らがいなかったらならば今のような仕事はまるでおぼつかないものになっていたかもしれない。
ただしコペルニクスやデカルトみたいなあの手の啓蒙思想の潮流で偉人扱いされている人がもしも今生まれたら、史実でその発見をしたときのインパクトと同じぐらいのインパクトを持った発見ができるのだろうかという疑問はある。
しかしできないのだとしてもそれは役割の問題なのだということになるんだろう。コペルニクスにはその特殊能力をもって彼にしかできない発見をしたのだし、現代数学者も彼らの理解力をもって高度な論文を発表している。それでよしとするべきことなのだろうか。19世紀から20世紀のイギリスでは優秀な人間は天文物理学に行くものだという常識・慣習があったのも引っかかる。
学者としての優秀さというのは最終的には理解力のような計り知れるものではない、ひらめく力・直感のセンスで決まると認識があった証左なのだろうか。
そうであるなら私についてもまだまだ人生これからで、数学以外の学問でひらめきを発揮する道はあるのかもしれない。
そうだとすれば劣等感を抱く前提条件も崩れ、数学者が一般に知られていようといまいが気にする問題ではなくなってしまうはずであるけれど、ここまで掘り下げて考えてしまったので、まあそれはそれとしてこの疑問は解消されるまでことあるごとに私を悶々と悩ませるには違いない。
まあそれでも既存の知識を理解することにおいては絶大な才能があること、つまり学者がどんな難解な理論を提唱しようがたちまち理解してしまうという意味で、あらゆる人に対してタイムラグはあるにしてもそれを無視した見かけ上はどちらの方が物事をよく理解してるかということについては遅れを取ることがないという点にはやっぱり羨やむものがあるかな、ノー勉で東大に受かる素質というのも素直に?率直に?畏敬の念に駆られてしまう。
dorawiiより
無駄に高いレベルの学校を目指すこともなかったし、というより、ぶっちゃけノー勉で受かる高校、あとは指定校推薦で乗り切ってきた
これが一番楽でしかも幸福度も高いということを子供ながらにわかっていた
ノー勉で受かるようなところで過ごしてきたからちょっと勉強するだけで上位についていた
楽だった。新卒で就職したところも田舎くさいところだけど、いいひとばかりだし若いだけで重宝された
しかしここで欲を出してしまった。このまま同じような仕事して何十年も過ごすのかと思うと、もう少し給料のいい仕事してもいいんじゃないかと
失敗した。周りのモチベが高いしついていくのが精いっぱいだし、毎日しんどい。
しかし生活レベルを落とせない。ああ失敗した失敗した。あんなに昔からわかっていたことだったのに。身の丈にあった生活が一番幸せだってわかっていたのに
中途で別業界別業種に転職したのも失敗だった。新卒より頑張らなきゃいけないような気がしてくる。
というか新卒よりできないから精神的にもやられてくる。わかってたのに。昔から、自分は大した人間じゃないってわかってたから鶏口牛後をモットーにして生きていたのに!!
田舎に帰りたい。身の丈に合わない転職なんてするんじゃなかった。
みんな、身の丈にあった生活をしようね。
基本中の基本です。シラバスをよく読みましょう。
シラバスには、各回の講義内容、成績評価方法、到達目標(到達できるとは言っていない)が
掲載されています。シラバスをよく読んでおくことで「こんな講義だと思っていなかった」
「2回休んだだけで落単とか聞いてねーよ」等のミスマッチを未然に防ぐことができます。
シラバスをよく読みましょう(3回目)
理想は講義中に全て理解しておくことなのですが、難しい場合は家に帰って
5分程度でいいので復習しましょう。きっと短時間で大体理解できると思います。
このように取り組んでおくと「テスト前ノー勉だったけど単位余裕だったわw」という状況を
楽に作り出すことができます。(まあ大抵の場合Fラン文系の講義なんてクソ簡単なんで
講義中に理解できないことなんて殆どないんすけどね。まあ一応)
中間レポートの提出期限は○月○日まで、出席しておいた方が良さげな重要回は
△月△日、などの情報を把握しておかないと単位を取るのは難しくなります。
めんどくさがらずに期日をしっかり把握しておきましょう。
(その際、日にちの感覚が曖昧な友人に頼るのはおすすめしません!
Fランあるあるだと思うのですが、日にちの感覚が曖昧な奴が結構多いんですよね。
友人に明日のテストについて尋ねたら「えっ、明日テストなの?マジ?」という風に
なる場合もザラにあります。信頼できそうな人からしっかりした情報を教えてもらうようにしましょう)
1~3をきちんとできていれば基本的に問題ないのですが、いわゆるリスクヘッジというやつです。
やっぱ最終的に物を言うのは数の力なんすわ、ほんまに。
レジュメやノートが揃っていない状態で単位を取るのは難しいです。
そう、ノートやレジュメを講義を出ずとも入手することができるんですよね。
小中高大の学生生活の中で、この時ほど日頃の友人関係の有り難さを実感することはないでしょう。
僕は友達の少ない陰キャ学生だったので、友人や知人の少ないツテを辿って
サボった回のノートやレジュメを集めていました。でも陽キャ学生なら
講義に1回も出席しなくてもノートや配布物をフルコンプ余裕なんでしょうね。羨ましいですね。
普通に生きることはできないけど、普通じゃなく生きることもできない。
小学校のころは、いつもクラスで一番賢かった。本当はそうではなかったかもしれないけど、少なくともセルフイメージはそうだった。誰よりも本を読み、おばあちゃんからはいつも「〇〇ちゃんが賢いのは本をよく読むからだね」と言われた。
発言するのが好きだった。その割に学級委員などをしたことがなかったのは、人望が無かったからだ。正義感も強く、ただ時々パニックになって泣き出したり起こりだすことがあった。大体ちびまる子ちゃんの前田さんを想像してもらえればいい。正義感が迷惑な方向に強い子。自分の思い通りにならない世界が気に入らない子供。
神童と呼ばれた(主におばあちゃんから)私は母に進められて中学受験をした。勉強は少しもしなかったけど、模試でA判定以外を取ることはなかった。難なく合格し、通い始めた矢先、課題が終わらずに不登校になった。
休みがちになった秋、親からスマホを買ってもらった。それまでは3DSでインターネットをしていた。いつもエロい知恵袋の質問や、まとめサイトを見ていた。スマホを買ってもらってからは、ツイッターと2ちゃんにのめり込んだ。ツイッターは今も続けているが、今に至るまで特定の友人どころかコミュニティに所属するということが、インターネット上ですらできずにいる。
同じ秋、所属していた部活のライングループに、エロ画像を誤爆した。ますます学校に行きづらくなり、挨拶もせず部活を辞めた。
不登校でもエレベーター式に高校生になれてしまった。単位制のため出席しないと卒業ができない。私は頑張って学校に行った。高2までギリギリで単位を取ったが、高認の存在を知って通学をやめた。本当は理系に行きたかった。忙しいからと親から文系を勧められて、結局文学部に行った。この選択が合っていたのか間違っていたのか、今となってはわからない。
出席日数はギリギリでも、高校に入って勉強を始めた私は中学の頃は酷かった成績が、上位20%程度をキープするようになった。学校に行かないでこれなら何でみんな学校なんか行くんだろう、間抜けめwと、内心私は天狗だった。しかし逆だ。クラスメイトの顔を覚えず、交流しようという気もなく、家でテスト勉強だけしてていいなら誰だってその程度の成績は取れる。
私は良い気になっていたが同時に辛かった。どうして自分は普通みたいに楽しいJK生活を送れないのだろうと思った。中学生のオタクが皆そうであるように、オタクの友達なら私にも数人いたが、一人はいつの間にか学校を辞め、何人かはCP違いで喧嘩になり(というか私が一方的に攻撃し、当然縁を切られた)、何人かは私が約束をドタキャンするなどの不義理を重ねたため、話しかけて来なくなった。
どうして普通にできないんだろう、どうして私に楽しいことは何も無いんだろうと思った。担任の勧めでバイトを始めた。短期の品出し。お金をもらえるというのが嬉しかった。対等に評価される。私以外のバイトはみんなでラーメンを食べに行ったりしていたが、私は一度も行かなかった。それでも、自己啓発本を読むのが趣味だという大学生と話したり、専門学生のお姉さんに「メイクしないの?」と聞かれたり、他校の男の子の「卒業したら髪を赤に染めたいが、バイトは続けたいから毎日黒染めスプレーをする」という馬鹿げた計画を聞いたりするのは楽しかった。ほんの少しでも社会と関われている実感があって、確かにそうだった、と思う。
友達はできなかったが、生きていけるという自信はついた。ノー勉で高認を取得し、センターを受け、思ったよりも点が良かったので、国立大学を受け、受かった。思えば、この時が一番楽しかった。
話は飛んで私は大学生になる。大学は心地がよかった。一人でもそんなに浮かない。文学部の評価はほとんどがレポートだから、過去問がなくても単位が取れるし、中高を反省した私は、頑張ってなんとか講義を休まないようにした。
それでも6年間の癖は抜けず、授業を寝過ごし、サボり、単位は落としたし、レポートの締め切りを勘違いしたり、必要な事務手続きを怠ったりして苦労したが、なんとか見かけだけは論文に見えないこともないボロボロの卒論を出し、私は卒業した。
専攻の人数は少なく、みな友人同士だった。私だけがその誰とも仲良くなかった。挨拶をすれば仲良くなれるというネットの記事を鵜呑みして半年間毎週挨拶だけしていたオタクっぽい女の子たちも、学期が終わると他人同士になった。
卒業式には行かなかった。
私は公務員試験を受けたが、筆記は受かるのに、面接は全部ダメだった。
大学に行けばなんとかなると思ったが、ならなかった。どうやって生きていけばいいのかわからない。私は自分が頭がいいと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。
世間の普通に当てはまることができないとずっと悩んでいたけど、大学に入ってから、世間の普通に当てはまらない人をたくさんみた。大学院でラカンの研究をしている人、アーティストとしても活動する非常勤講師、批評家、作家。
私はなんとなく自分が作家になると思っていた。昔から国語が得意だったし、私は世間の普通とちょっと違うから。
でも、大学に行って、どういう人がそうなるのかを知った。書く前から私は何かになることを諦めた。それに、これを読んだ人ならわかるだろうけど、私は決して文章が上手くない。現代文の偏差値は、果たして何を図っていたのか、私にはわからない。
でも編集者は忙しそうだから辞めた。コミュニケーション能力がいるらしいし。私にはもっと地味な仕事が向いてる。
どうすればいいんだろう。
自分は夏休みの宿題とかギリギリまでやらない人間だし、その宿題も間に合わないし、試験勉強もほぼノー勉で生きてきたからマジで自宅で集中して仕事や勉強ができるタイプじゃない。
テレワークが始まった当初、サボり癖が出てこのままじゃヤバい!って思ったから、今まで自宅のパソコンで仕事させられてたけど、「ノートパソコンがゴミスペックだから自宅で仕事できません出社させてください」ってお願いして毎日出社してた。
出社なら通勤時間の間に気持ちリセットできるし、人の目があるからスマホも触らない。それによって強制的に集中できる。
でも年始に会社から社員全員に管理されたノートパソコンを配布されてそれでテレワークしてくださいってなった。
テレワークで、毎日終業したら作業報告メールしなくちゃならんのだが、集中出来ずにスマホいじってるから当たり前になんも出来てなくて今まで誤魔化しながら報告してたんだけど、
流石に今日の作業量が少なかったのか、いや、それとも自分だけずっと作業報告の内容が薄かったのか?とにかく上司から「テレワーク何か不具合ある?」ってメール来た。
なんて言えばいいんだチクショウ
自分でも給料泥棒の自覚あるし、そんなことはしたくないと思っている。けど、どうしてもテレワークじゃ集中できないんだよ。
テレワークのメリットなんて自分にとっては「通勤時間が無いし家から出ないから身支度しなくていいのでたくさん寝られる」くらいしが無い。
毎日通勤の苦痛を感じても良いから出社したいけど、「自宅だと集中できないから出社させてほしいです」なんて、コロナがとくに流行ってる今言いづらすぎる。しかも先月コロナ陽性になったからなおさら言いづらい。
どうしたらテレワークで集中できるんだ。
どうしたらいいのかわからない。
お前に男女の容姿さを語らせる前に言っておきたいことが有る
かなり厳しい話もするが俺の本音を聴いておけ
女は化粧をせずに外に出てはいけない 化粧をしたら落とさずに寝てはいけない
女同士でも見張り合っているから
忘れてくれるな 化粧もしてない女に
人権を守ってもらえるはずなどないってことを
男は髭剃りだけしてれば許されるけど
結局な、男のブサイクはブサイク同士で「すっぴんセーフカルテル」みたいなのを結んでるんだよ。
風呂と靴下の交換だけ24時間おきにやってれば顔洗ってなくてもヒゲボーボーでもどんだけデブでも歯が黄ばんでてもセーフって協定をさ。
でも女同士にはそれがないわけ。
女は全ての社会的権利をかなぐり捨てて裸一貫サバンナの荒野を進む覚悟がないなら朝のゴミ出しのときでも化粧をしてこいって世界で暮らしてるわけさ。
女の容姿に差がないってのは化粧によって一定以上をキープする努力を皆がしてるから。
対して男は「化粧一切せずニキビも皮脂も全部放置でヒゲは剃り残すわ眉毛繋がってるわ髪の毛グッチャグチャ」~「ちゃんと化粧してる人」まで幅広いわけよ化粧や手入れのレベルだけで比較してもな。
100点満点のでテストでたとえるなら、女は皆必死に勉強してきてるから70点未満さえほとんどいないけど、男はノー勉で突っ込むバカがクラスの半分ぐらいいるから一桁代ぶっちぎり大量発生の壊滅状態みたいな?
これはある意味で男が異常なまでに身綺麗にしてないってことだし、女が以上に身綺麗にしすぎているって矛盾によって産まれているわけだよ。
なんで男女でこんなに差があるんだ?
マジでなんで男は顔に目クソついてようが寝癖出てようが「今日もネクタイ締めて職場に来てるからエライ!」で済まされてるんだよ。
どんなジャンルの文章が来てもテストはほぼノー勉で無双していた。そこに書いてあることを読み取るだけなのに、周りがなぜできないのかがまるでわからなかった。
大学時代も、レポートが得意だったので一週間で10本はざらに書いていたし、国語の教員免許も取った。そしてプライベートではとあるネットサイトで小説を書いていてそこそこのお気に入りをいただいたり、ランキングに乗ったりと創作を楽しんでいた。
だが、社会に出て3年、一般企業に勤めることになった私は社会で求められる国語力がまるでないと悟った。
理解するまで人の倍は時間がかかる。そのうえ人から言われたことを整理してまとめる力もないので常にノートはぐちゃぐちゃしている。
さらに、何か話そうとすると言葉が出てこないので大変に語彙のない人間だと思われている。
まとめると、
まずノー勉で優秀ってのがあり得ないのよ
ノー勉で優秀って本当に思ってるなら余程親がそういうの全部敷いてる
親に敷かれてる道歩いてしかも苦労してないって思えるならすごい
だがそれでブルーカラーに行くのはいいとしても周りから「勿体ない」と言われる理由がわからないっていうのは愚かだということ
中学は荒れた学校で代わりの塾も行けずそれでもホワイトカラーの企業に行きたいという人間もいる
なんで学業において優秀な人間がブルーカラーの職業を目指そうとすると勿体ないと言われるのだろう。
その成績のために少しでも時間と努力を費やしたというのなら、それをふいにするという意味で勿体ないという言い分にも一理ある。
では全くノー勉でその成績だったら?別に無駄になるものは出てこないんじゃないか。
じゃあなんだ。勿体ないと言われないためにわざとテストとかで悪い点と取るために、何も書かないで提出するみたいな不良行為に走るべきってことなのか。
人生一度だし、その人生において仕事してる時間は長いし、いくらお金を稼いだってそれを行使できるのはほぼ余暇に限られるのだから、睡眠の質を高めるように、とにかく好きな仕事に就くべきだと思うんだけどね。
俺は幼少期から何故か人よりも出来が良かった。
勉強しなくてもテストの点は上位。もともと運動神経がよく部活でも活躍した。
さすがにノー勉では次第に成績が落ち始めたが、ちょっと本気出せばすぐに上位に返り咲き。
努力というレベルではなく、何も考えずにがむしゃらに問題集解きまくっただけだ。
普通、こういう神童タイプは進学高や難関大に進んだ後に周りのレベルが上がり落ちぶれることが多い。あるいは社会に出た後に〝お勉強〟との違いにぶち当たり脱落していく。
だが俺はいつまでも落ちぶれることはなかった。ゼミでも無双し、一流企業に就職。
特に努力せずとも、普通にやってれば上司にどやされることもなく、それなりに重宝されている。
こんな態度なのでさすがに出世頭とまではいかないが、窓際になることなく順調に昇格している。
なぜなのか?と思っていたが、実はウチは結構な由緒正しい家系で、親族もエリートばかりだと大人になってから知った。
親は金持ちであることを隠していて、俺は特に英才教育を受けたわけでもなく、甘やかされ、完全放置だった。
はじめに言っておくと、これは普通四輪ATを受ける人の独り言なので二輪とかMTとかの人は知らん。
知恵袋を見ると、「運転免許は小学生でも1発で受かる」「日本語が出来れば受かる」「あれに落ちるのは脳に障害がある」とか色々出てくるけど、いや、普通に難しいよ。仮免前効果測定で「青信号は進めという意味である」という問題に堂々と○と答えたのに間違った時の衝撃たるや。数こなせばおかしな言い回しとか複雑な文章にも慣れてくるけど、少なくとも、ただ日本語ができるだけの人がノー勉で受けて合格出来るようなものではないです。ある程度勉強は必要。あと、小学生はまず受験資格ないです。
というわけで、効果測定やら仮免やら本免やらに落ちた皆さん!!!!! 落ち込まないで!!!!! 普通に難しいです運転免許は!!!! 伊沢拓司も1回落ちてるから安心して!!!!