はてなキーワード: 主体的とは
現代社会において蔓延する「推し活」という愚行は、人間の知性を著しく貶める行為であり、その愚かさは計り知れない。自らの人生の主人公たるべき者が、他者を盲目的に崇拝し、その存在に心酔するさまは、まさに愚者の極みと言わざるを得ない。
推し活に没頭する者たちは、自らの存在意義を完全に見失っている。彼らは自身の人生という舞台で、主役を演じるべき立場にありながら、その座を他人に明け渡し、脇役どころか、単なる観客として自らを位置づけている。これほど悲惨な自己放棄はない。自分の人生の主人公は他ならぬ自分自身であるという、この至極当然の事実を忘れ去った彼らの姿は、まさに現代の阿呆絵図と言えよう。
推し活に熱中する者たちは、特定の人物やキャラクターを神格化し、盲目的に崇拝する。この行為は、理性的思考を完全に放棄した証左であり、知性の欠如を如実に示している。彼らは自らの判断力や批評能力を捨て去り、ただひたすらに「推し」と呼ばれる対象を賛美し続ける。この姿勢は、まるで中世の狂信的な宗教崇拝者のようであり、現代の教育を受けた人間のすることとは思えない。
推し活に費やされる膨大な時間と金銭は、まさに愚行の極みである。人生の貴重な時間を、他人の姿を眺めることに費やし、稼いだ金の大半を「推し」のグッズや関連商品に注ぎ込む。この行為は、自己投資や自己啓発の機会を完全に無視し、自らの成長や発展を放棄するものだ。時間と金銭という限りある資源を、このような無意味な活動に浪費することは、まさに愚者の所業と言わざるを得ない。
推し活は、現実逃避の一形態に過ぎない。自らの人生に向き合うことを恐れ、現実世界での挫折や困難から目を背け、架空の世界や他人の人生に没頭する。これは精神的な弱さの表れであり、社会人としての責任を放棄する行為だ。現実世界での自己実現や人間関係の構築を避け、空想の世界に逃げ込むことは、人格の成熟を著しく阻害する。
推し活に没頭する者は、社会的な影響力を持つ機会を自ら放棄している。自らの意見や考えを持つことなく、「推し」の言動をただ模倣し、その価値観を無批判に受け入れる。これでは、社会を変革する力を持つことは不可能だ。真に社会に貢献し、影響を与えるためには、自らの思考と行動が不可欠である。推し活は、この可能性を完全に潰してしまう。
推し活は、人間の尊厳を著しく損なう愚かな行為である。自らの人生の主人公であることを放棄し、他者を盲目的に崇拝することは、知性と理性を持つ人間として、あってはならない行為だ。真に賢明な者は、自らの人生に真摯に向き合い、自己実現と社会貢献を目指すべきである。推し活に溺れることなく、自らの人生の舵を自らの手で取り、主体的に生きることこそが、人間としての真の価値を示すのだ。
無口、寡黙な人って頭が悪いって思われがち。まあ何考えてるか分からんという不信感を抱く気持ちも、よく分かるけど。
匿名掲示板ですら書き込む前や見返す時にドキドキする人の気持ちなんて、健常者にはわからんやろ?
ひきこもりとか、回避性パーソナリティ障害も関連してる話やと思うよ。
実際元増田みてえな奴が結婚するのって主体的な女性に押し切られる以外のルートなさそうだけど、26歳IT業童貞コミュ弱男性のクソ狭いであろう行動範囲にそんな相手が存在するのほとんど奇跡だよな。果報者だわ
https://x.com/lew__loo/status/1836317940460982613?t=3zdYMjJbCYCVd-fW2ADx8A&s=19
Xの男女論界隈でエアコン修理がどうのと炎上しており、不毛な言い争いの果てに「今後は性犯罪リスクを回避するために女性単身世帯の修理依頼は断るという方向に行くのでは?」というポストに付けられた引用RT。
まぁ端的に言うといつものミラーリング失敗なんだけど、「じゃあ女が多い看護師やレジパートが男性お断りとか言い始めたらどうするの?」って、看護師もレジパートも雇われの身なんだから個人でそんな判断できるわけないじゃん。
まず、
どのネットコミュニティにもこの人みたいなこと言う人はいます。
私は匿名掲示板利用が多かったのでこのタイプの人を大量に見てきました。
わりとどこにでもいます。
みんながめいめい『〇〇』の感想を言い合ってやりとりしてる中で
自分は居づらい・語りにくい」
的なことを言い出す。
それもこんな整理した言い方のクレームじゃなくて、
だけどまあまあ強い非難の口調でその場所への不満を表明しだすわけです。
気付いて見慣れてくるといろんな場所で
そういう時に私は
「じゃあなたのしたい話題をふってみ、ちゃんと乗るよ」と言うんですが
そこで「ほんと?!ありがとう!じゃあさあ…」って息せき切って語りだした人はこれまでゼロです。
誇張抜きに本当にゼロ。
反応はむしろ逆で、喜ぶどころか
「所詮こんなところでは語れないから~」的なことをごにょごにょって言って
逃げ去るように居なくなっちゃうんです。
「好きな話題語っていいよ」「聞くよ」「合わせるよ」と言うと困った感じになって去ってしまう。
これも誇張抜きでゼロ。
じゃあ何を書き込んでるのかというと、
人の書き込みにぼんやりしたケチを付けたり居づらさ表明をしたりだけ。
そりゃあこれだと輪に入れないでしょう、となります。
そもそもきょうび「どこにも居場所がない」はおかしいんですよ。
同じぐらい古いふたばや5chですら無数に板もスレッドもあるし、
ジェンダーの話もウヨサヨの話もしない場所くらいいくらでもあるんです。
メジャーなトレンドとは没交渉で交流したり喧嘩したりしてますよね。
(たとえば私の好きな在来馬乗馬界隈はおおむね仲良しで平和だけど
ウエイトトレーニング界隈はしょっちゅう界隈内で喧嘩してるし
若い女性向けインチキエクササイズ界隈に戦争を仕掛けてまでいる。)
最低限の主体性がある人なら
語りたいことがあれば勝手に語りだして語り続けることができるし
そんな2024年のインターネットで
「居場所が見つからない」ってなかなかあり得ないと思いません?
結構長いことこのタイプの人の主張や行動を観察してきた末の結論として
この人たちは語りたいこと・語れることなど何もないのだと思います。
この人たちがどこへ行っても疎外感を抱くのは
場の話題が合わないとか場の人達のマナーがよくないとかではなくて
じゃあそれはなんなのかというと
当人の読み書き・発達・認知あたりに軽度の難を疑っていいと思います。
というかたぶんオフライン生活でも何かしらの困難を持ってるのでは?と考えます。
idのあるところでこのタイプの不平を漏らしてる人の書き込み履歴が
必ずぼんやりした感じで自分の意見らしいものが皆無なのもそれで、
要するにほぼ思考がまとまらないし言葉にもならないっぽいんですよね。
コミュニケーション自体がうっすら難しく、文字コミュニケーションは更に苦手。
「どこへ行っても居場所がない」
「どこへ行っても場所が悪い」
「どこへ行っても自分に意地悪」
といった主観になって、
社会が悪い人が冷たいという感じのぼんやりした不平不満に回収されるから
「自分が原因かも」とは気づけなくなる。
(これは性格が良い悪いの話ではなく知的能力の話をしています。)
これとよく似た症状&不満を呈する人たちがいます。
高齢者です。
元々の知能が高かった人は末期まで活発に活動して認知能力も維持し、
元々の知能が高くなかった人はどんぼんぼんやりして認知症様の状態になります。
(アルツハイマーなどの病変は除く)
後者にすごく似てません?
真っ先に何らかの知的能力の不調や欠損を疑うのは合理的だと思います。
周りが何を言ってるかよくわからない、
軽度知的障碍者と高齢者は結局同じ問題を抱えて同じ困難にぶち当たってません?
彼等の最良のネット参加と言うのはおそらく
積極的に参加できずにボーっと読んでる(一部しか理解できない)
みたいな感じだろうと思います。
(スレッドの流れが自分の狭い好みにそぐわない話や理解が難しい話になると文句を言いに現れる)
差別主義者だとかバカにして笑ってるんだみたいなことを言われますが
そんなくだらないことするためにわざわざ長文書きません。
「自覚がないけどちょっと人より能力が落ちるから独特の困難にぶち当たってる人」
それは事実。この話は終わり。
「氷河期世代はつらかった」の次のセリフはなんだ?だからどうした。
だから助けてほしいのか。
なるほど。じゃあ具体的には誰が助ける?
世代に関わらず金を持っている連中か?
氷河期世代は氷河期世代よりも上の世代から苦しめられてきたのだろう。
だが氷河期世代はもう立派な大人である。立派すぎるぐらいの年齢だ。
「氷河期世代にメリットをよこさないなら、他の世代にデメリットを与えるぞ!」ではお話にならない。
それはただの敵だ。デメリットを与えてくるだけの存在は潰すしかない。
今は昔よりも伸びやすい。学習性無力感があるのかもしれないがそれすらも乗り越えろ。
俺がめちゃくちゃなことを言っているのはわかる。理不尽だし合理的ではない。だが喚いて何になる?
そんなものは当たり前だ。いつの時代でもそうだ。氷河期世代はそれに加えて運が悪かったのだろう。
屈辱を背負い反抗して生きてきたとしたらそれは褒められて然るべきだ。
だが、そんな他責をいつまで続ける気なのか。そのまま60、70、80、90になってもし続けるのか。10、20、30、40、50としてきて、まだ続けるのか。一生それか。
幼稚か?
誰がお前を優しくするんだ。
メリットはなんだ?
赤の他人がメリット無しで大の大人を助けるものか。無償の愛を求めているだけか。
「氷河期」は悲劇ぶるにはちょうどいい。だがもう賞味期限切れだ。
さぞ苦難の道だったことだろう。他の世代よりも遥かに遥かにキツく、地獄の世界で生きてきたというのだろう。
これからも地獄の世界のまま地に落ちていたいのだろう。そうすれば自分は悪くないからな。全部他人が悪い。全部他の世代が悪い。
全部全部何もかも他人が悪い。おそらく、自分の人生は他人のものなのだろう。
自分で生きていない。死んでいる。ずっと死んでいる。生まれたときからずっとずっと死んでいる。これからも死に続ける。実際の死の間際まで死に続ける。
じゃあもういい。死の直前に気づけ。
「なんでそんなことを言われなくちゃいけない?」と憤ることだろう。ずっと言われてきただ?
ずっと言われてきたのになぜ気付けない?
ずっと言われているんだぞ。
つまりそれが現実なんだ。わからないのか。なぜわからない。いじめのつもりで言っているわけではない。それが現実なんだ。
地獄みたいな現実を生きなきゃいけないことから目を背け続けているから、ずっと地獄なんだ。
本当にわからないのか。全人生を振り返れ。そこのどこにも、お前の責任は何もないのか。
断じて違う。お前はお前でお前の責任があることをわかっているはずだ。お前がお前の人生を主体的に変えるんだよ。
お前の人生だろ。何度言われてきた?
いつまで愚痴ってる?ずっと同じように愚痴ってきて、それで何が変わった?
何十年前の話をしているのか。苦しみを耐えてきただけだ。「苦しみを耐えればいつか王子様が」というバラ色の幻想に酔いしれていただけだろう。
その幻想がもう冷めただけだ。
今ごろ喚くなよ。少し助けたら文句をぶーたれるなら、ますます悪化するだけだ。
より誰も助けなくなる。
そろそろ死ぬぞ。いいのか、それで。
潰れるならそのまま潰れろ。
お前のスペースは無い。他の世代で埋めるぞ。
今の日本には余裕が全くない。
またものごとには優先順位がある。氷河期世代は優先順位が低い。
資源には限りがあり、氷河期世代は優先順位が低いから、氷河期世代には資源は分配されにくい。これが現実だ。
「優先順位を上げろ」
これはナンセンスだ。優先順位を上げるメリットは何だ。集団で優先順位を上げるメリットを提示できなければならない。当たり前の話だ。
ここ3〜5年くらいに入社した若手たちで弊社のホームページの求職者向けの部分の内容見直しお願いしてたわけ。
女性求職者向けに作ってたページの見直し案見たら、育児と両立できます的な内容のとこバッサリ削ってて、ええー?て思ってよく見たら『家庭との両立』って名目で別ページにした方が良いって感じにしてたのね。
「女のページにしか育児の話がないけど私は産む気なんかさらさらないし、女のページにしか載せない時点で女にだけ育児させて弊社の男は家のことに知らんぷりですってメッセージになるので絶対に女性のページだけに入れるなんてことはさせません」って言われてびっくりした。
いやまぁたしかに女性増やしたくて女性向けページ作って育児と両立してる先輩のメッセージみたいなの入れてたし、育児するのたしかに女だけじゃないけど割とはっきり「生む気はない」とか「女性へのサポートの話になった途端『産んで主体的に育児をしない夫を持つ女』のサポートの話になる」とか言われて
結構衝撃というか、SNSや増田で見てた話を当たり前に喋るんだな最近の若い子はって思った。
反論の余地が欠片もなかったので女性のページから育児に関する部分はまるっと消えた。
結果『家庭との両立』ページになって、女性求職者向けページは普通に働いてる女性の話しかなくなって女性用ページの意味もよくわからなくなったので
【緊急声明】 新型コロナウイルス感染症予防接種に導入されるレプリコンワクチンへの懸念 自分と周りの人々のために
要約
一般社団法人日本看護倫理学会は、次世代型mRNAワクチンとして、世界で唯一日本のみで認可され、2024年10月1日から定期接種を開始するとされている自己増幅型mRNAワクチン(レプリコンワクチン)の安全性および倫理性に関する懸念を表明します。
はじめに
新型コロナウイルス感染症に対する予防手段として遺伝子操作型ワクチンであるmRNAワクチンが導入され、多くの国民が接種しました。
いままでのワクチンが、ウイルスや細菌などの病原体を弱毒化したものやその成分を抗原として接種しヒトの免疫応答を誘導するのに対し、遺伝子操作型ワクチンは、当該抗原(スパイクタンパク質)をヒトの細胞内の遺伝機構を用いて作らせる点が大きく異なります。
そして、昨年11月28日に、自己増幅型mRNAワクチン(レプリコンワクチン)が世界に先駆けて日本で認可され(CSL, 2023; Sheridan, 2024)、以来日本は世界で唯一の認可国となっています。
認可されたレプリコンワクチンは米国の Arcturus Therapeutics が開発し、ベトナムでの大規模な治験(第I~第III相臨床試験)(Ho et al., 2024)を経て、製造と販売を日本のMeiji Seikaファルマが行なうものです。
レプリコンワクチンは、これまでのmRNAワクチンの抗原産生機能に加え自分自身を複製する機能があるため、少量の接種で長期間スパイクタンパク質を産生します。
このレプリコンワクチンは2024年10月1日をめどに定期接種を開始する(読売新聞, 2024)とされていますが、本学会は以下の通り、このワクチンの安全性・倫理性に関する懸念を表明します。
1. レプリコンワクチンが開発国や先行治験国で認可されていないという問題
日本がレプリコンワクチンを認可してから 8 ヶ月が経過していますが、開発国である米国や大規模治験を実施したベトナムをはじめとする世界各国で未だにレプリコンワクチンが認可されていないのはなぜでしょうか。
この状況は、海外で認可が取り消された薬剤を日本で使い続けた結果、多くの健康被害をもたらした薬害事件を思い起こさせます。
COVID19 パンデミックのときのような緊急時を除き、本来、薬剤は安全性が認められるまで世の中に出回ることはありません。
海外で未認可であるということは何らかの安全上の懸念があるのではないかと疑わざるを得ません。
2. シェディングの問題
レプリコンワクチンが「自己複製するmRNA」であるために、レプリコンワクチン自体が接種者から非接種者に感染(シェディング)するのではないかとの懸念があります(Seneff & Nigh, 2021)。
すなわちそれは、望まない人にワクチンの成分が取り込まれてしまうという倫理的問題をはらんでいます。
これは医療において最も重要で最も基本的な倫理原則である「危害を与えない」ことへの重大な侵害といえます。
レプリコンワクチンは、感染性を持たせないように設計されている(Ricardo-Lax et al., 2021)とのことですが、そのことは臨床研究によって実証されなければなりません。
しかし、現在までに当該レプリコンワクチンにおけるシェディングに関する臨床研究は皆無(岸田, 2024; 厚生労働省, 2024)です。
レプリコンワクチンが、望まない人にワクチンの成分が取り込まれてしまうという倫理的問題をはらんでいることに加え、10月からの定期接種が、シェディングの有無を確認するための実証研究になってはいけないと考えます。
3. 将来の安全性に関する問題
遺伝子操作型mRNAワクチンは、人体の細胞内の遺伝機構を利用し抗原タンパク質を生み出す技術であることから、人間の遺伝情報や遺伝機構に及ぼす影響、とくに後世への影響についての懸念が強く存在します。
mRNAベースのワクチンはヒトのDNAを変化させないという根強い主張がありますが、それを裏付ける研究は欠如しており、出所のはっきりしない仮定である(Domazet-Lošo, 2022)ことが明らかになっています。
最近の研究では、ファイザー・ビオンテック製のmRNAワクチンの塩基配列がヒトの肝細胞のDNAに逆転写されたと報告されており(Aldén et al., 2022)、ヒトの遺伝情報に影響しないという言説は
このような問題が解決されていない以上、定期接種によって広範囲かつ継続的にmRNAワクチンを使用することは問題があると考えます。
4. インフォームドコンセントの問題
従来のmRNAワクチンで指摘されていた重篤な副作用については、臨床試験の段階においても(Cardozo & Veazey, 2021)、実際に接種が開始されてからも(Slawotsky, 2023)、被接種者に十分な説明が行われてこなかったことが示されており、インフォームドコンセントを基盤とする医療のあり方を揺るがしかねない事態に私どもは強い懸念をもっています。
従来のmRNAワクチンでも指摘されていた心筋炎(Hviid et al., 2024)やアナフィラキシー(Barta et al., 2024)等に加え、上述したシェディングの可能性など、接種の時点で判明している有害事象のリスクを、被接種者に十分に説明し、理解をしてもらうことが重要です。
そのうえで被接種者本人が自発的に承諾するという基本的なインフォームドコンセントのプロセスを経る必要性があると考えます。
5. 接種勧奨と同調圧力の問題
従来のmRNAワクチン接種の事例を鑑みますと、ひとたびレプリコンワクチンが定期接種化されれば、医療従事者は率先して接種すべきであるとの世論や医療機関の方針が打ち出されることは想像するに難くありません。
患者を守るために医療従事者が感染経路とならないようにするという大義名分のもと、医療従事者自身の主体的な自己決定権が脅かされることがあってはなりません。
また、レプリコンワクチンは、自分のみならず、非接種者の家族や周囲の人々にまで影響を与える可能性がある中で、接種しなければならない状況に追い込まれることは絶対にあってはならないことだと考えます。
結論
一般社団法人日本看護倫理学会は、レプリコンワクチンの導入に関してはさらなる研究と長期的な安全性データの収集が必要であり、十分なインフォームドコンセントの確保と、接種に関する勧奨と同調圧力の排除が求められると考えます。
われわれは、安全かつ倫理的に適切なワクチンの開発と普及を強く支持するものではありますが、そのいずれも担保されていない現段階において拙速にレプリコンワクチンを導入することには深刻な懸念を表明します。
引用元:https://www.jnea.net/wp-content/uploads/20240806kinkyuseimei.pdf
Xでは1万近くシェアされてるのに。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/72dcf13fe005d1057d4d739e656824f86cd8e691
なんで、みんな、これにはだんまりなの?
リベラルって、都合の悪いこともフェアに向き合うからリベラルなんじゃないの?
どうしたの?みんな。
【緊急声明】 新型コロナウイルス感染症予防接種に導入されるレプリコンワクチンへの懸念 自分と周りの人々のために
要約
一般社団法人日本看護倫理学会は、次世代型mRNAワクチンとして、世界で唯一日本のみで認可され、2024年10月1日から定期接種を開始するとされている自己増幅型mRNAワクチン(レプリコンワクチン)の安全性および倫理性に関する懸念を表明します。
はじめに
新型コロナウイルス感染症に対する予防手段として遺伝子操作型ワクチンであるmRNAワクチンが導入され、多くの国民が接種しました。
いままでのワクチンが、ウイルスや細菌などの病原体を弱毒化したものやその成分を抗原として接種しヒトの免疫応答を誘導するのに対し、遺伝子操作型ワクチンは、当該抗原(スパイクタンパク質)をヒトの細胞内の遺伝機構を用いて作らせる点が大きく異なります。
そして、昨年11月28日に、自己増幅型mRNAワクチン(レプリコンワクチン)が世界に先駆けて日本で認可され(CSL, 2023; Sheridan, 2024)、以来日本は世界で唯一の認可国となっています。
認可されたレプリコンワクチンは米国の Arcturus Therapeutics が開発し、ベトナムでの大規模な治験(第I~第III相臨床試験)(Ho et al., 2024)を経て、製造と販売を日本のMeiji Seikaファルマが行なうものです。
レプリコンワクチンは、これまでのmRNAワクチンの抗原産生機能に加え自分自身を複製する機能があるため、少量の接種で長期間スパイクタンパク質を産生します。
このレプリコンワクチンは2024年10月1日をめどに定期接種を開始する(読売新聞, 2024)とされていますが、本学会は以下の通り、このワクチンの安全性・倫理性に関する懸念を表明します。
1. レプリコンワクチンが開発国や先行治験国で認可されていないという問題
日本がレプリコンワクチンを認可してから 8 ヶ月が経過していますが、開発国である米国や大規模治験を実施したベトナムをはじめとする世界各国で未だにレプリコンワクチンが認可されていないのはなぜでしょうか。
この状況は、海外で認可が取り消された薬剤を日本で使い続けた結果、多くの健康被害をもたらした薬害事件を思い起こさせます。
COVID19 パンデミックのときのような緊急時を除き、本来、薬剤は安全性が認められるまで世の中に出回ることはありません。
海外で未認可であるということは何らかの安全上の懸念があるのではないかと疑わざるを得ません。
2. シェディングの問題
レプリコンワクチンが「自己複製するmRNA」であるために、レプリコンワクチン自体が接種者から非接種者に感染(シェディング)するのではないかとの懸念があります(Seneff & Nigh, 2021)。
すなわちそれは、望まない人にワクチンの成分が取り込まれてしまうという倫理的問題をはらんでいます。
これは医療において最も重要で最も基本的な倫理原則である「危害を与えない」ことへの重大な侵害といえます。
レプリコンワクチンは、感染性を持たせないように設計されている(Ricardo-Lax et al., 2021)とのことですが、そのことは臨床研究によって実証されなければなりません。
しかし、現在までに当該レプリコンワクチンにおけるシェディングに関する臨床研究は皆無(岸田, 2024; 厚生労働省, 2024)です。
レプリコンワクチンが、望まない人にワクチンの成分が取り込まれてしまうという倫理的問題をはらんでいることに加え、10月からの定期接種が、シェディングの有無を確認するための実証研究になってはいけないと考えます。
3. 将来の安全性に関する問題
遺伝子操作型mRNAワクチンは、人体の細胞内の遺伝機構を利用し抗原タンパク質を生み出す技術であることから、人間の遺伝情報や遺伝機構に及ぼす影響、とくに後世への影響についての懸念が強く存在します。
mRNAベースのワクチンはヒトのDNAを変化させないという根強い主張がありますが、それを裏付ける研究は欠如しており、出所のはっきりしない仮定である(Domazet-Lošo, 2022)ことが明らかになっています。
最近の研究では、ファイザー・ビオンテック製のmRNAワクチンの塩基配列がヒトの肝細胞のDNAに逆転写されたと報告されており(Aldén et al., 2022)、ヒトの遺伝情報に影響しないという言説は
このような問題が解決されていない以上、定期接種によって広範囲かつ継続的にmRNAワクチンを使用することは問題があると考えます。
4. インフォームドコンセントの問題
従来のmRNAワクチンで指摘されていた重篤な副作用については、臨床試験の段階においても(Cardozo & Veazey, 2021)、実際に接種が開始されてからも(Slawotsky, 2023)、被接種者に十分な説明が行われてこなかったことが示されており、インフォームドコンセントを基盤とする医療のあり方を揺るがしかねない事態に私どもは強い懸念をもっています。
従来のmRNAワクチンでも指摘されていた心筋炎(Hviid et al., 2024)やアナフィラキシー(Barta et al., 2024)等に加え、上述したシェディングの可能性など、接種の時点で判明している有害事象のリスクを、被接種者に十分に説明し、理解をしてもらうことが重要です。
そのうえで被接種者本人が自発的に承諾するという基本的なインフォームドコンセントのプロセスを経る必要性があると考えます。
5. 接種勧奨と同調圧力の問題
従来のmRNAワクチン接種の事例を鑑みますと、ひとたびレプリコンワクチンが定期接種化されれば、医療従事者は率先して接種すべきであるとの世論や医療機関の方針が打ち出されることは想像するに難くありません。
患者を守るために医療従事者が感染経路とならないようにするという大義名分のもと、医療従事者自身の主体的な自己決定権が脅かされることがあってはなりません。
また、レプリコンワクチンは、自分のみならず、非接種者の家族や周囲の人々にまで影響を与える可能性がある中で、接種しなければならない状況に追い込まれることは絶対にあってはならないことだと考えます。
結論
一般社団法人日本看護倫理学会は、レプリコンワクチンの導入に関してはさらなる研究と長期的な安全性データの収集が必要であり、十分なインフォームドコンセントの確保と、接種に関する勧奨と同調圧力の排除が求められると考えます。
われわれは、安全かつ倫理的に適切なワクチンの開発と普及を強く支持するものではありますが、そのいずれも担保されていない現段階において拙速にレプリコンワクチンを導入することには深刻な懸念を表明します。
引用元:https://www.jnea.net/wp-content/uploads/20240806kinkyuseimei.pdf
レプリコンは9月中って話もあるけど、10月1日からなんだね。
それにしても、この声明を出すの遅すぎじゃね?
兵庫の百条委員会の中継ちょっとだけ見たんだけど、委員の発言に偽証がないのであれば知事に邪険に扱われた側もなかなかの厄モノな雰囲気を感じた
まあ当人の厄介性で大きく左右されるものではないとはいえ、そもそも公式の手続きの踏み方が変だったり知事判断じゃないところで案件リジェクトされたり、主体的にけん引するはずでない案件で先頭に立って動こうとしてたりと10:0は流石にないなと思えてきた
そうは言っても夫が主体的に意見を言っていっても嫌がるだけだろ。
増田で見る育児女はだいたい自分の意見を曲げないだろ?主体性を求めるなら自分の意見を曲げられるようになれ。
お前らが夫に求めてるのは「主体的に考えて妻と同じ意見を持て」だろ。
これは矛盾してるんよ。
だから意思決定は妻に任せて文句を言わず上官に位置づけてる元増田はむしろ優しい奴だ。
まあ、あえて言うならまるで主体的に動いてるようにみせて妻の意見を引き出してそれに完全服従して、それでもそれを妻に悟らせないようにまでできたら上級育児夫だけどな。でもそれは上級だ。初級向けじゃない。
大学の女子枠についての話題をよくみるけど、私は最近ジェンダーについてリベラルの最右翼みたいな考えをしてるので、中等教育の共学なら男女別定員すら撤廃すれば良いと思ってる。
そもそも男女比なんてジェンダーフリーとして考えるならなんで分ける必要あるの?って感じよね。
中等教育に女子校男子校はあって良いと思うけど、共学なら男女でわかるのやめればいいよ。上から成績順に取ればいきじゃない。年によって男女比率変わったって問題ないでしょ。多少、トイレなどの設備に面倒は起きるかもだけど。男女比という概念がそもそもジェンダーフリーじゃないよね。
そう言った意味で、大学に女子枠がある必要は一切ないと思うけどね。
そういった意味では女子大は廃止にしていいと思う。学問に男女は関係ないでしょ。
中等教育までは、まだ子供として扱うことで、生物学的にわけた教育の意義を学校側が提示できるなら、良いと思うけど。これは別に明確な理由があるわけじゃなくて、なんとなく。
大学の女子枠についての話題をよくみるけど、私は最近ジェンダーについてリベラルの最右翼みたいな考えをしてるので、中等教育の共学なら男女別定員すら撤廃すれば良いと思ってる。
そもそも男女比なんてジェンダーフリーとして考えるならなんで分ける必要あるの?って感じよね。
中等教育に女子校男子校はあって良いと思うけど、共学なら男女でわかるのやめればいいよ。上から成績順に取ればいきじゃない。年によって男女比率変わったって問題ないでしょ。多少、トイレなどの設備に面倒は起きるかもだけど。男女比という概念がそもそもジェンダーフリーじゃないよね。
そう言った意味で、大学に女子枠がある必要は一切ないと思うけどね。
そういった意味では女子大は廃止にしていいと思う。学問に男女は関係ないでしょ。
中等教育までは、まだ子供として扱うことで、生物学的にわけた教育の意義を学校側が提示できるなら、良いと思うけど。これは別に明確な理由があるわけじゃなくて、なんとなく。