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はてなキーワード: 母子手帳とは

2023-01-12

妊娠した うれしい

30歳 結婚2年目

2年経過したところで、妊娠が発覚した

良い職場転職できたから、出産の頃には制度もフル利用できる

夫も以前より少し仕事が落ち着いて 最近は早く帰ってこられるようになったし

自治体の子育て支援も悪くないみたいだし、ベストタイミングだと思う

(第二子のこと考えたらあと2年早く子どもがほしかったけれどそれはしょうがない)

実家義実家は色々問題があるけれど、まあそれは別として孫は可愛がってもらえそう

つわりは今のところそこまで酷くない 時々吐いたりするぐらい

それでも夫は色々心配して買い物をしてきてくれたり、眠い時は寝かせていてくれる

すごくありがたい

この前 役所母子手帳をもらってきた

性別はまだ分からないけれど 仮の名前をつけて夫婦で色々空想しては楽しんでいる

 「パパ似の毛深い女の子だったら脱毛代を出してあげよう」

 「ママ似だと夜更かしばかりする困ったベイビーになるだろう」

もちろん、育休取得や保育園のことも検討しはじめた

 「育休を交代で取得すれば、保育園は1歳半から入園にすることができるみたい」

 「ベビーグッズが増えるから部屋の物を少し減らさないといけないね

 「職場ママさんのところは夜泣き対応は交代制でやったって言ってたよ」

未来の話ができるのがうれしい

建設的な話し合いができるのがうれしい

子ども誕生を心待ちできるのがうれしい

家事だの調べものだの夫が張り切っている姿を見られるのがうれしい

とにかく幸せでたまらない 空が青く澄んでいて幸せ気持ち

どうか健康でいられますように 私も、子どもも、夫も、ここにいる皆さんも

2022-12-31

anond:20221231164243

母子手帳やら親の話うんぬんは確度を上げるためらしいから最悪はなくても大丈夫だし

有給ぐらい取れる仕事だと思いたい

anond:20221231163940

横だけどそういうのって平日3日間時間とっての検査必要だったり親の同伴と母子手帳かいるので親が高齢で遠くに住んでたり仕事があるとまず無理

2022-12-22

もうやめようよ…

個人番号カードマイナンバーカード)について

前書き

自治体職員出張所窓口)です。

うちの自治体でも、全庁を挙げて必死個人番号カード、いわゆるマイナンバーカードを推進しています

出張所なので、可能手続きはもともと限られているのですが、いま来るお客さんはほぼマイナンバーカードの「新規申請」か「引渡し+マイナポイント獲得の手伝い」です。

新規申請
電子証明書更新もぼちぼち増えてきました
問題マイナンバーカードの受取り(引渡し)
本人確認書類がない
本人が来づらいor来られない
受取りに来てくれない
暗証番号パスワード)が
クズポイント制度
余談:磁気不良というけれど

ていうか自治体側はなんでこんなに必死なのか

どいつもこいつも…

2022-11-04

anond:20221104132650

まずは妊娠おめでとう。

祝福され慈しま幸せに過ごすはずの妊婦生活を奪われたこと、他人事ながら強い怒りを感じます

あなたは色んなものに怒りを感じていると思う。とても悔しいと思う。

でも、今は感傷に浸ってる時間はない。

貴方は腹をくくらなければならない。覚悟を決めなければならない。

今だよ。今。明日じゃ遅い。今この瞬間に腹をくくれ。

貴方もそれは解ってるよね。事は急を要する。

誰が悪いとか何が悪いとかを糾弾している時間は無い。

まず、その男は頼りにならない。貴方の事を慈しむ気はないし、責任を取る気も無い。

万が一この先結婚しても、育児をするにあたりそいつはアテにできない。貴方が働けない出産前後にすら生活費さえロクにくれない可能性がある。

そいつは役に立たない。何も期待できない。良心も誠意も行動力も全てだ。

から貴方は今後の決断を自ら行う必要があると思った方がいい。

決断には労力が要る。体調が万全でない今、誰かに支えてほしい気持ちもあると思う。

一応行政はそういう人のための支援を用意している。

https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2021/07/kouroukakenn2021.pdf

でも、決断貴方一人が担う事になるだろう。それを貴方は今すぐ受け入れる必要がある。



まず、すべき事が2つある。

1,産むか産まないか決断をする事。

2,男の連絡先や所属先を少しでも多く確保すること。実家を抑えられると最高。逆に知ってるのがLINEだけというのはありがちだけど最悪。

妊娠17週の今、もう悠長に悩んでいる余裕はない。

既に初期中絶をできる時期は過ぎた。中期中絶は体に大きな負担がかかる。

中絶をするならなるべく早い方がいい。

男が道端の石ころより役に立たない男であるという事を前提として、それでも貴方は産み育てたいと思うのか。

恐らくはシングルマザーとして出産する事になるだろう現状で本当に産み育てたいと思えるのか。

無理だと思ったのならば、すぐに中絶に向けて動いた方がいい。

倫理的な事で色々と考えると思うが、今は自分の体のために無理だと思ったら速攻で動こう。

本来中絶同意書のパートナー署名は法的には義務ではないが、求められる事がそれなりの割合である

書かせられそうなら書かせた方がいいが、無理な場合は予約の段階でその旨を伝えて受診するといい。せっかく足を運んでムダに終わるなんてバカバカしい。

産むのか否かを決断した上で男に責任を取らせたいのなら同時進行で法テラス相談するのも手だ。

どこまで男に責任を取らせる事ができるのか、その過程必要資金時間はどれほどなのか。

相談に行く際は時間もったいないので、内容をメモにまとめて行くといい。

お金が無い事は必ずはっきりと言う事。そういう人のための支援制度も教えてくれるはず。

ただし、彼にお金である程度の責任を取らせることが出来たとしても金額はあまり期待しない方がいい。

でも少しでも貰えるお金は貰うべきだ。これから選択がどんなものであろうとお金必要だ。そのために連絡先は確保しておくべきだ。



さて、産むとなったら決める事が沢山あるが、まずは役所母子手帳を貰い産む産院を決めよう。

もしも母子手帳を既に持っているのなら、一緒に色んなリーフレットを貰ったと思う。

その中であなた相談できそうなダイヤルや窓口が無いか片っ端から調べてアクセスしよう。

私が住んでいる自治体では妊婦面談というものをやっていて、出産前に様々な事を相談する事ができた。

もしもそういう事を実施しているのなら、まずそこに電話して予約をして現状を説明すればある程度の支援制度は教えてくれると思う。

行政は困っている人に自ら手を差し伸べてはくれないが、助けてくれと縋ってきた人を救うための制度は意外と用意してくれている。

勿論それで全てが解決するわけではないが、頼れるものは頼った方がいい。

そして産院だ。産院の予約は案外早く埋まる。安く出産できるのは公立病院だが、費用自治体によって様々なのでとにかく近隣の産院を片っ端から調べるといい。

田舎なら公立病院以外でも持ち出し0で産める地域もある。産みたい病院が決まったらすぐ初診の予約をしよう。

これらの作業を進めつつ、両親と話し合いをしよう。

できれば両親は味方にしたい。両親が味方なら手を借りる事もできるし、自分居住地を用意する必要もない。

しかし、味方にすることができないのであれば住む場所も探さなければならない。

そうなれば恐らく、貴方生活保護を頼る事になる。それが視野に入ったらさっさと一度相談に行った方がいい。

とにかくあらゆる形で行政の力を借りれるだけ借りよう。ありとあらゆる相談に行って少しでも多くの支援を受けよう。それを受ける権利貴方にはある。



私は特に知識のない一般市民に過ぎないので具体的なアドバイスはできない。

ただ、貴方の状況が今以上に悪化しない事を心から祈っている。

多分貴方彼氏より祈っている。

釣りならそれでもいいと思うくらいに。

二子とか聞かれるけど無理

次の授乳までに寝ようと思ってたけど、眠れなくてぐるぐるしてるから吐き出す。

先月第一子を出産した。

子どもは欲しかったし、それ自体はすごく嬉しかった。

そこでなぜか「二人目どうするの?」というのをめっちゃ聞かれて、「いや今産んだけど」と思いつつ、「経済面か抜きにしてそもそも自分には第二子を産む力がなさそうだ」と思ってしまった。

それには今回の出産までの経緯が大いに関係している。

出産までの経緯(妊娠前)

第一妊娠一年前にも妊娠していたが、その時は6週で流産してしまった。稽留流産だった。

診断が降りた時にはもう出血が起きていて、手術日程とってもその前に自然排出される可能性が高いからということで自然排出を待つことになった。

ただ、その時世間ではRSウイルスが猛威をふるっていて、時短ママさんたちがそれに振り回されて人員が足りなかった上に、「流産したのでちょっと在宅多めにしたいです」というセンシティブな話もしたくなかったので、毎日オムツタイプナプキンして出社していた。今思うと相当頭おかしい。

で、診断から1週間くらい経った日、コロナワクチン打つために午前休→午後出社しようとしてたら、ワクチン打って電車待ってる間に尋常じゃない腹痛があった。

「あ、もう出てこようとしてるんだ」と悟って、ワクチン副反応が出たことを理由に在宅に切り替えた。

夜になるにつれどんどん出血と痛みが増えて、19時くらいにはもうトイレから出られなくなってた。そこで痛みのピークがきて、いよいよ死ぬかもと思った時、大きな塊が三つくらい出る感覚があって、体が楽になった。

赤ちゃんが出ていったんだな、と思った。

その後も病院に通って、体には問題がないと言われたけれど、自然排出時の体の痛みと止まらない血、塊が出ていく感覚等が忘れられないし、心音が聞こえないと言われた時の指先から血の気が引く感覚も忘れられなかった。

その時、次はちゃんと産んであげたいと強く思った。

出産までの経緯(今回の妊娠

流産半年妊娠した。今度はちゃんと産まれてきてほしいと思ったけれど、半分期待せずに日々を過ごしていた。

そしたら、ちゃん心音もとれて、母子手帳をもらえるところまでこぎつけられた。すごく安心した。

ただ、仕事が忙しい&引き都合とした相手が同じように妊娠したり時短になったりで、結局引継ぎ相手が見つかったのが産休一ヶ月前、そこから引き継ぎしたり机片付けたりしたので、このご時世なのに毎日出社&遅番早番ありでかなり負荷が大きかった(残業時間毎月40時間だった)

夫は私よりも激務で、家事も常にワンオペだった。重いものも一人で運ばざるを得なかった。

で、そんな無茶をしてたら30週くらいで子宮頸管がめちゃくちゃ短くなってることが判明した。

「あと5mm短くなると即入院」と言われ、その話を夫と職場にして諸々セーブさせてもらった。けど、そのセーブ具合も在宅勤務が月2回から4回になったとか、夫が家でご飯を食べない日が少しできた程度なのでそんなに効果なかった。

なので、趣味や楽しみやら散歩やらを全てあきらめて家で寝てたら即入院はなんとか避けられて、里帰りはできた。

夫のサポート力には全然期待してなかったので、産休突入→即里帰りし、実家ゆっくりしながら準備とかしよ〜ついでに心残りだったこといっぱいやろ〜(ゲームとか)と思っていた。

なお、里帰りしたのが予定日の一ヶ月以上前だったので義母には少々嫌味を言われた(夫を支えるのが妻の役目なのにこんなに早く里帰りするなんて的なやつ)

里帰り先で健診に通いつつ、両親と楽しみだね〜なんて話をしつつ、母と久しぶりに散歩して話したり、仕事漬けの中で積んでたゲームしたり、いけなかった母親学級の予約したらのびのび暮らしていた。

でもそれもすぐに終わりが来た。

35週5日目、実家帰ってきて2回目の健診で妊娠血圧腎症と診断を受けて、「このまま予定日まで待つと母子ともに危ないです。明日から管理入院して37週入ったら即誘発分娩しましょう」って言われた。

実家でゆるだら過ごす計画がここで潰えた。

そこからバタバタして入院した。

症状が症状だったので、病院側の提案も私の希望も個室だったのだが、部屋が全然空いてなくて回復室に泊まることになった。胎児モニターしたり採血めっちゃしたり、ことあるごとに血圧測った。

そして翌日朝。朝ごはんいつまでも出てこなくておかしいな〜と思ったら助産師さんが来た。

赤ちゃん心音が弱くなってて、37週とか言ってられなくなってきたので、今日この後できるだけ早いタイミングで調整して帝王切開で産むことになりました」

えっ私の意思???ってなったけど、赤ちゃんやばいならもう何も言えないなとなった。

それからあれよあれよと絶飲食が始まり医師説明を聞いて術前の点滴しながら同意書にサインし、「家族サインもいります」と言われ「夫仕事中だと捕まらないし全然来れないんですが」と言って先生に「そんなことどうでもいい!あなた11時に手術しないといけないんだからさっさと来させろ!」と怒鳴られ、回復室で泣きながら夫に電話した(夫はわりとすんなり来てくれた)

そうして36週1日目で出産した。

妊娠前にやりたかたこと、お産でしたかたこと、してほしかたことも全部なくなったし、「管理入院するなら個室がいい」ということすら叶えられなくて、産まれ子どもはかわいかったけれどかなり落ち込んだ。


そんなことがあったので

すごいダラダラ自分語りで申し訳ない。

そんな経緯があったので、退院指導とか親戚に「二人目は?」と言われるたび、「いや一回目流産で二回目は早産で緊急帝王切開なんだから、二人目なんて無理でしょ」と思っている。

二人目できたらほしいけど、「もしま稽留流産かになったら、乳幼児の世話しながら手術とか自然排出とか考えたくないな〜うまくいったとしても帝王切開になるの確定だし、一人目も早産だったから二人目の出産もうまくいかないっしょ」って思うくらいにはトラウマになってる。

経済面のことはもちろん心配だけど、それ以上に私の心が自分出産を信じきれないというか、なんかもう無理だなって思っている。まともに月数満ちていつになるかなとかわくわくしながら待つことなんてできないし、楽しいマタニティライフとかもないし、自分の思う楽しいお産も無理なんだから、二回目とか正直やりたくない。夫が出産してくれないと無理。私はもうやりたくない。

なんかツイッターとかインスタでキラキラマタニティライフ!とか後悔しないお産!とかを見ると心が苦しいし、こんなこと友人にも、親にも、夫にも言えない。

の子兄弟がいないのはかわいそうかもだけど、精神的にも身体的にも予期しない大ダメージを負った私のこともかわいそうだと思ってほしい気持ちがある。

それがあるうちは二人目なんて産めないんだろうな。

年齢的に二人目考えるならあと3年以内には決めないと厳しいから、たぶんうちは一人っ子になると思う。ごめんね。

2022-10-13

妊娠中の思い出廃棄場

妊娠初期から後期の日記を発掘したのでここに記しておきます

特に深い意味は無いし,メッセージ性もないです。

すごく神経質で攻撃的ですが,表向きはいつもニコニコ過ごしていました。

○月○日 妙に色々食べてしまう時あり おなかすいてないのに食べてしま

 

○月○日 腹痛あり ここのところ腹緩し

 

○月○日 胸が痛い  腹痛

 

○月○日 ひどい腹痛と下痢 腹痛による嘔吐 冷や汗 悪寒が止まらず 下痢終了と共に痛みは治まる 寒気  以降しばらくスープしか飲めず

 

○月○日 ヨーグルトしか食べられない 胸が痛い そういえば誕生日だった 夫からメールで知る まめで優しい男だ

 

○月○日 おなかは問題なし 胸が痛い 腹がつる 眠気。情緒不安定 育児へ対する不安仕事への不安 家に帰り家事するが,いったん外出する。

 

買い物して駅前で座ったまま,死にたくなる。ベンチで人波を眺めながら泣く。お腹にもう一人生きている人がいると思うと死ねない。でも死にたい。「死にたい」という言葉しか自分の辛さを表現できない。

そして「このまま死ねばひとりぼっちじゃないまま死ねる」という言葉がこの世に存在することについて考え泣く。家に帰り,夫を心配させたことを知る。すまない。

 

○月○日 腹痛 腹がつる 眠気

 

○月○日 腹痛 背中 腰が痛む しかし時折。生理痛に似た痛み。旧姓使用について職場で揉めて疲弊する。また死にたくなる。 

から誕生日プレゼントが送られてきた。ありがたい。夫に愚痴って少し回復する。肉を食べる。

 

○月○日 旧姓使用について職場で渋られて最悪の気分 引き続き乳痛し 

数日前久しぶりに固形のものを食べたため,腸の痛みなのか妊娠初期症状なのかいまいち判別がつかない。

早く寝たため終日わりと元気。ものが沢山食べられず,食べるとすぐ満腹になる。胃が変

 

○月○日 引き続き乳は痛い すぐおなかいっぱいになる 

昼にタイカレーはぺろっと食べてしまったが,夕飯時に何か食べると気持ち悪くなるのは変わらず タイカレー以外しょうもないものしか食べられない 

 

流産に関する記事ばかり読んで不安になる。夫に相談するが得に良い効果なし。嫌な気分になってしくしく泣く。

流産への恐怖を理解してもらえないのがつらい。

そうなったら責められるのは私なのだ

買った小さな靴下や哺乳瓶、かわいいさなおもちゃ処分するのも私なのだ

親と職場流産の報告をするのも

 

 

流産したら自殺する事に決める。そうすれば流産した時のことを心配しなくて済む。

遺書を書いた。

 

○月○日 目が覚めたら多少まともな頭になってきたが,体全体がだるく熱っぽい。

腹はぼちぼち痛むが弱いもの。頭がふらふらして重い。大丈夫なのか?

 

○月○日 終日しんどいいくら家事をする 夫に風呂を沸かしてもらうが,ぜんぜんちゃん風呂釜が洗えてない 

姑か私は。

彼は家事が下手すぎるので1から教えなければならない

散々私をなじった姑は、息子に家事も教えなかったんだろうか

デカい息子のようで本当に世話が焼ける

 

○月○日 立っても座ってもつらい。電車もつらい 母に電話してすこしおちつく 互いの夫の悪口を言いあってすっきりした。

すっきりしたところで夫が帰ってくると罪悪感からかよい人に見えた。事実良い人なのだろう。

夫に尻をポリポリかかれてそのまま寝てしまった。カピバラと同じレベル

 

○月○日 通勤つらい だるい 熱っぽい ここ最近ずっと黄色い鼻水が出る 

なんとか仕事は進んだのでよしとする。早く帰りたい。貰ったぶどうがおいしかった。でも帰ってぶどうを吐いた

 

○月○日 妊娠出産漫画にしようと決意 今日から先輩主催ラジオ体操休むことにした しんどい

 

○月○日 昨日の怒りのせいかまりつわり感じず,収まったかと思いきや結局ゲロしそうになる。

頭が重い。しかつわりが止まると途端に不安になるからこれはこれで安心

 

ボス女性社員しか妊娠を告げてなかったので,そろそろ男性社員妊娠を話す。元気なのでラジオ体操した。

 

○月○日 検診2回目  順調。 母子手帳をもらうこと、産院をはやく決めるようにと指導があった

 

○月○日 新しい仕事ベテラン上司に教えてもらうも途中で座っているにも関わらず貧血起こして座っていられなくなる。

動悸,眩暈,立ち眩み,ひどい吐気しかベテラン上司がまるで気づかないし,独身オッサンには言い出しづらくて仕事は続行。

トイレと言って抜け出し,ゲロして少しマシになる。おそらく空腹のせい。こんな無理する必要ないのに,休みたいと言えない。

○月○日 このままでは電車通勤時に倒れてしまうと思い、実家へ帰る。

暖かく清潔な家で清潔な風呂に入りふかふかのふとんで寝る。

不潔な家に住み,訳の分からない料理を食べているであろう夫へ罪悪感を感じる。

 

○月○日 また吐く 実家からだと通勤が非常に楽になった。座れること、混んでいないことが本当にありがたい。

お腹が痛く、便秘気味 倦怠感はあいかわらず夕方風邪のような症状 絶対風邪なんかひきたくない

咳やくしゃみしてる奴全員殺人未遂者に見える。私も風邪を押して仕事していた時にばら撒いた菌が誰かを殺したことがあるのかもしれない。業が深い。

近くを自転車や車がすれすれで通り過ぎたりするのも怖い

これでぶつかって流産したら…流産したら死ぬことに決めてたんだった。

自殺方法を調べると、相談窓口がでてくる。無視して調べると睡眠薬と首吊がよさそうだ。

 

○月○日 今日も吐いた 最近よく吐く 過敏性腸症候群なのか、便秘なのに下痢のような腹痛がある。

お腹がつっぱるような痛み 倦怠感がつよく、夕方はへろへろになってしまう 

夜は将来と夫のことが不安だったが、母に話を聞いてもらって楽になる

 

○月○日 気持ち悪い 最近電車からおりるたびにすぐ駅のトイレでえづいたり吐いたりしている。 

気持ち悪いがご飯気持ち悪いなりに食べたほうがいいようだ。それでも立っててもすわっててもしんどい 

特に朝の倦怠感がつらい 実家にいる緊張感でかろうじて起きる

 

○月○日 育休がとれないとの連絡がくる。想定内出来事だったにも関わらず,世界中の悪意を背負い込んだようなダメージを受ける。

今まで他人に対して行って来た善行が全て無駄だったように感じてくる。

事実無駄だったのだろう。

 

○月○日 朝から昨日の「育休とれないメール」のことがあたまからはなれない。

部屋でびーびー泣いて夫に電話する,夫は明るく励ましてくれたが、通話を終えると更にしんどくなる。

泣きつかれて夕方まで死んだように眠る。起きてまた泣く。どうしようもない。

母に少し憂鬱だと話し,考えすぎだと言われて多少楽になる。

育休は産休直後にとれないものの,育休取得可能日まで休職することにする。

それでもだめなら辞めればいい話だ。

 

○月○日 比較的元気に過ごす 10週に入ってつわりが少し楽になったか

 

○月○日 連休最終日 朝元気 後に激しい腹痛と下痢 貧血 寒気がとまらない ひどい眠気 

実家に夫が来たので将来の不安について語る 母の助言で多少楽になる 

夫が地元祭りに行こうというのでついていくも,具合がひどくてすぐに座りたくなる。

またひどい眠気。嘔吐。腹痛。便秘反動か? 腰痛

 

○月○日 疲労感 引き続き腹痛を伴った排便 朝吐いて,通勤中に買ったポカリも吐く 

から食欲がなくてご飯をあまり食べなかったせいだろうか。 

吐いて少し食べて,多少よくなる。しかし食べるとしばらくしておなかが痛くなって排便することになるので苦痛 

顔が赤いと思ったら風邪か 頭痛 倦怠感 

 

○月○日 午後は早退して妊婦検診へ。11週。5cm。順調とのこと。 

この日初めておなかの外から超音波を当てられた。何の説明もなかったので少し驚く。

 職場から実家ではなく久しぶりに自宅へ帰るとひどい有様だった。実家きれいな分余計つらい。

トイレットペーパーの芯がいくつも置いてある。居間は髪の毛と埃だらけで万年床が設置されていた。

怒りが頂点に達し,掃除する 

 

 まるで食欲はないけれど夫のために飯を作っておく。部屋の小物を片付け,シンクが汚いので磨く。

この時点でだいぶぐったり。多少マシになった部屋で休憩する。

ごはんを食べずに待っていると余計具合いが悪くなってきた。

お菓子をつまんだが,嘔吐。夫の帰りを諦めて先に食事をとるが,あまりおいしく感じない。

空腹の時間が長すぎたせいと,鼻炎のせいもある。なんとか胃に押し込んだ。

 こたつでぐったりしていると8時に夫帰宅。家がきれいになっている事に喜ぶ夫。

家の不潔さに抗議するが,効果はない。彼は汚い部屋部屋への耐性が強い。

その後何度か吐いた。一日で計10回吐いた。

今までで一番吐いたかもしれない。

 

○月○日 土曜日 朝,夫を起こすも起きない。仕方なく先に食事をとる。

何を食べても美味しく感じない。起きた夫がしなびたトマト豆腐サラダを作ってくれた。

どんな顔をして食べればいいのかわからないが、感謝して食べる。気持ち大事

いつ変えたかからないキッチン洗面所タオルを取り換えて洗濯機を回す。

 

 夫に干させる。夫に掃除機をかけさせ,その後を床ぶきした。ほこりがひどい。

トイレの床も気になったので床を拭きに行き,そのまま便器掃除した。吐きそうだ。

マスクハンドクリームを塗って香りごまかしやり過ごす。

 

 掃除の後,掃除したての便所で吐く。洗面所掃除する。ひどい匂いだ。また吐いた。

掃除してはその場に吐く。不思議活動

 

 風呂からもひどいカビの匂いがする。日当たりが悪いせいで,おそらくこの賃貸掃除してもしてもカビと縁は切れない。

次回徹底的に掃除することに決める。

今回は無理だ。

 

 掃除すると多少マシになった。疲れて寝てしまう。夕方起きて,夫に買い物へ連れて行ってもらう。

しか吐き気と倦怠感がひどい。すぐにでも吐けそうだ。トイレ消臭元とそのほか食材を買って帰る。帰り次第すぐ吐いた。晩御飯煮込みうどんを作ってもらう。作り方がわからないというので教えた。

 

 作るのが遅すぎて空腹でまた吐いてしまう。味付けのみ私がやった。あまりおいしいと感じない。

夫は喜んで山盛り食べた。将来の不安について話すと,今考えてもしょうがないと言われる。

正論である正論だが,実際考えなければならない場面になっても結局私が解決しなければならないと思うと腹が立つ。

お皿は言わなくても洗ってくれた。

 

○月○日 日曜日 帰る気力がないので月曜まで自宅にいることにする。

今思えば土曜日に帰ればよかった。終日具合いが悪い。最悪の気分だ。

何を食べても気持ち悪さが治らず,便秘が再発して大腸が痛む 夫は友人と遊びに行った。

私も友達遊んだり,ご飯を沢山食べたい。

でも友人との出先でゲロ連発して座り込むのも悪くてできない。

みじめ。

 

 家事をする気力もなく,気持ち悪さが収まらない。

吐く回数が多すぎるので,洗面器にゴミ袋をかぶせて居間に設置し,都度吐く。これならトイレに逐一行かなくて済む。

ゲロしすぎた虚脱状態意識を失うように寝た。

 

 夜遅くに夫が帰宅する。頼んでいたアイスを買ってきてくれたが,起き上がって話を聞く気力もない。

何もしてやれない。夫が吐いたものを捨ててくれたようだ。優しい男だ。自分が情けない。

風呂に入る気力もない。夜中にやっと起きて,風呂に入り眠る

自分自分体調不良疲れた9月からもう2ヵ月ほど体調不良が続いている。

夫はこんなゲロ魔人と同居してて疲れないんだろうか。

 

○月○日 最悪の体調。終日気持ち悪く,頭痛がひどい。なんとか仕事して実家へと帰る。

夫に家の掃除をまともにやるようにメールをする。あながち八つ当たりでもない。あの家は不潔すぎる。

以前私も不潔にしていたが,週末は必ず掃除していたのでなんとか大丈夫だったが今はそれがないのでひどい有様だ。

妊娠中の嗅覚では耐えられない。

 

○月○日 昨日よりだいぶ良くなったものの相変わらず朝からゲロ職場についてもゲロ

午前中だけで3回は吐いた。血糖値をはかる。101だった。

自分にもしもお嫁さんがいたらしてほしいことと,今の自分にそんな体力はそもそもない事がせめぎ合って,結局無理して家事をしてしまったようだ。

ろくなことがない。

 

○月○日 体が重すぎる 午前中丸休み明日以降通勤緩和で出勤時間を遅れさせてもらうことにした。

午前中は比較的よかった。通勤吐き気と倦怠感がひどいが、CCレモンドーピングする。

職場へ行くと別の部署のおじさんがハイビスカスをくれた。素直に嬉しい。おばちゃんカレー缶をくれる。人の親切が染みる。

でも七回ほど吐く。最近食べてもつわりがよくならない。おにぎりをたべると多少マシになる。

しかしあまり美味しくは感じない。つわりが収まっている一時的な元気を使ってマフラーを買う。

土曜日の散髪を決める。元気だったら行きたい。さすがに美容室ゲロしたくない。

 

○月○日 今日から通勤緩和 ゆっくり行けるのは精神的にも楽だ。実家にはすっかり甘え通しである

なぜ夫には感謝する気が起きないのかわからない。たぶんこのつわりの半分は夫のせいなので、

何をしてもマイナスゼロに近づくだけだからだろう。私は夫に期待しすぎている。彼には酷かもしれない。

 

 事務の人に,調べもののお礼を言うと案外体調を心配してくれた。依然に感じた孤独感とか疎外感とか,

感じてた悪意とかがほぼ勘違いだったことに気づく。でも育休ぐらいそのまま採らせろよ。4年は働いてるハズだろ

 

○月○日 朝は元気 でも食後2時間で具合いが悪くなるのは変わらない。 

昨日今日と,昼休みに少し眠れるのがありがたい。先輩のおばちゃん出張でいないためである

先輩おばちゃんは寝ている私を「大丈夫?」という声のもと起こすので,無理やり覚醒して低血圧で具合が最悪になる。

 

 おばちゃんがいないとこんなにも楽だったのかと,初めて今までだいぶ気を使っていたことに気づく。

少しゲロの回数が減った気がする。しかし今度はおなかが痛い。明日のおでかけまでにはまた便秘になってほしい。

 

○月○日 池袋で散髪する 散髪中下痢ゲロしなくて本当によかった さっぱりした 切ってくれたお姉さんが世間話普通に3.11の話出してきたけど,あの地震津波で身近な人を亡くしたり,危険な目にあったPTSDの人もいるので安易話題にしない方がいいのではないかと思ったが黙っておいた。他人に変化を望むのはあまり得意ではない。つまり冷淡だということだ。

 

○月○日 金曜日 職場から自宅に帰る 前と違って無理に夫と一緒に食事をとるのをやめて,先に食べることにするとだいぶつわり改善された。以前より夫も色々と家事をしてくれているようで嬉しい。でも日曜日に帰る。

○月○日 新しい派遣の人が来るらしい。私の母親ほどの年齢の新人だ。もう既に気が重い。

 

○月○日 わりと元気。朝はだいたい元気。問題は魔の10時と夕方。いつもゲロ吐きたくなる時間だ。

吐けばまだ楽。職場ではまさか大掃除。けっこうきつい。無理するんじゃなかった。

定時になってもへとへとで家に帰る気力がない。一時間ほどデスクで休んでやっと帰る決心がつく。

しか気持ち悪い。駅につくなりゲロ,歩いて帰れそうにないのでついにタクシーに乗る。

タクシーで吐きそうになり,家についてもゲロ。 またゲロ生活に戻ってしまうのか。

 

○月○日 朝から体調不良 ずっと寝ていたい 目は覚めたものの起き上がれない 

えずくが何も出ない。珍しい。いつもは吐く。 昨日の大掃除ダメージがきつい。

まり食欲がない。けど食べなければならない。昨日の仕事ミスしてたことに気づく。

エジプトで捕まったことのある先輩に相談しなんとかレスキューする処理をした。うまくいっていることを祈る。

 

 朝食べたはずなのに気持ち悪い。10時に間食がとれなかったせいだ。

あわててバナナを食べるも,食べながら気持ち悪くてオエっとなる。

無理やり飲み込んだが,吐気は収まらない。表情が虚ろすぎて先輩に心配されてしまう。

普段はどんなにゲロ吐いても元気はつらつなふりして仕事してるけど今回ばかりは無理。

 適当に休んですぐ作業再開。 昼ごはんを食べたら少しマシになる。しかし気力がない。 

 

誰もやらないので明日来る派遣社員のために掃除しておいてあげる。私っていいやつだな…

 

○月○日 寝坊したのでリンゴヨーグルトしか食べられなかった。仕方なく駅で飲み物カロリーメイトを食べるが時すでに遅し 

から職場に向かう途中で吐く しかし吐いたものを出すところもない 仕方なく呑み込んだ。

 本格的に吐いたゲロを飲んだのは初めてかもしれない。若いと色々初めてのことがあるものだ。 

 

 折角掃除しておいたのに派遣の人は来なかった。上司の連絡ミスである。よくあること。

 

エジプトで捕まった先輩に「つわりがあともう少しで完全に終わりそうだ」と話すと、「楽でよかったね」と言われる。 

楽で良かった

楽で良かった…

ゲロ吐きまくってついには吐いたゲロ飲み込んだ女に向かって言うにはピッタリな言葉ですね。

 

この男に妊婦への気遣いなんて求めたところで,人間に対して「肉眼で紫外線を察知しろ」と言うようなもの

 

この程度の発言驚くに値しない。

 

○月○日 留学生送別会 二人共いい人だった。

若くて明るいお姉さんが来てくれると,たとえ日本語が通じなくても嬉しいものだった。

けっこう会話できたのがうれしかった。さみしい。

みんな子供名前候補を滅茶苦茶に挙げてくる。応援がうれしい。

  

○月○日 新しい派遣社員柔軟剤匂いがきつい。吐きそうだ。席替えしたい。

彼女は見た目が…ディズニー王様の剣の…マダムミムという魔女に似ている。

 

夕方くたくたで、帰る気力が出ない。

就業後帰るまですこしデスクで休んだ何がつらいって,私の具合が悪いことを職場では誰も知らないということだ。

 

でも具合が悪い時毎回申告してたら朝から晩まで具合が悪いといっていることになる。

ゲロ吐くたびにさっきゲロしましたと申告するわけにもいかない。弱音を吐いて何になる?

 

妊娠したのは職場の人のせいではない。

私だけつらいわけじゃない。みんな疲れている。

しかしながらどんなに平気そうにしていても,唯一ボスは声をかけてくれる。あの人は本当にいい人だ。

そういう時は私もボスの体調を聞くことにしている。そして大抵,お互い具合が悪いことを確認し合う。

 

○月○日 多少倦怠感が薄れただけで無理して夕方になると風邪のような症状

月曜から少しずつ体力を消耗していき、金曜で体力ゼロになってしま生活

しか妊娠初期からずっっっっと悩まれていた謎の黄色い鼻水が止まって何よりだ。

たぶん副鼻腔炎最近はえづいても吐かないことが多い。

 

 つづく

2022-09-13

孵らない卵が腹にいる話

書いたら出ねぇかな、と思ったのと、

書くとこないけど書いときたいな、と思ったので。

現在進行系の話で、追記するかもしれないし、しないかもしれない。

妊娠検査薬で陽性になって、医者行って、

「2週間後に拍動が確認できたら、産院への紹介状妊娠届書きましょうね」

って言われて、2週間後に医者行ったら

「育ってませんね、稽留流産可能性が高いですね」

って言われた。

健やかなカップルでも15%くらいの妊娠はそうなってしまうそうで、30過ぎかつちょっと卵性能に難がある身としては、そういうこともあるのかーと思った。

正直油断はしてた。

午前中に医者行って、午後に役所母子手帳もらうつもりで一日休み取ったのに、午後が空いてしまった。

念の為1週間様子見ましょう」って医者から帰されて、さすがに精神に来たなーと思ったとき、ふとTwitterうたプリ映画の話してる人がいたのを思い出した。

近くの映画館の予定を調べたら、ちょうど30分後くらいに始まるところだった。

急いで電車乗ってチケット取って映画館に入った。

我ながら、すごいいい仕事した。

1時間強、よくわからないがキラキラした良いものを浴びせられた。

凹みきらずに時間が過ぎたことで、ちょっと落ち着けた。

映画から出たらお腹が空いた。

ケンタッキーツイスターボックスを食べた。

映画代とケンタ代で3,000円も使っちゃったわね、と思ったけれど、自分で機嫌を取るための必要経費だということにした。

それで一週間後、今度は半休を取ってまた医者に行った。

「やっぱり育ってないですね、確定ですね」

みたいな話になって(そんな気はしてた、妊娠モードとき便秘してたのにここ数日超快便だった)、

「出てくるのを待つか、手術で出すか」

って話になった。

「手術だと入院可能性があるので、他の病院を紹介します」

とか言われてしまって、正直めんどくさいですわねって感じだった。

紹介状もらってよその病院行ってそれから日程確定っすか、いつになんだよ、みたいな。

「1週間経ってもまだ出てこなかったらまた来るんで、そのとき紹介状ください」

ってことにした。

医者会計するたびに、「流産保険適応なんだなぁ」と思ってしまう。

それが今日の話。

地味に年休が減っていってるから、社則を調べてみたけど、妊婦不妊治療のための休暇はあっても、流産のための休暇はなさそうだった。

そりゃそうだね。

生理時に吐き出される壁に1センチの卵がひっついてるんだから生理より血が出るんかな、良かったらトイレで出てくんねぇかな、などと考えている。

在宅勤務95%くらいの職場なんで、不安定な状況ではめっちゃ助かっている。

(努めて考えないようにしてるとはいえドライに過ごせているのは、たぶんまだ拍動もなんもなかったからだと理解してる。

手元には医者で渡された3枚の卵のエコー写真がある。

取っておくか、なんぞ供養にでも出すか、考えるのを棚上げにしている。

とりあえず、今のところはこれでおしまい

2022-09-07

妊婦妊娠の記録

3月/妊娠5週

生理予定日から1週間たったある早朝。寝付けなくて朝になり暇だったし、長期妊活中だったこともあって妊娠判定薬を使ってみたら陽性。嬉しくて嬉しくて、平日朝の5時半だったか10分迷ったけど、夫を起こして報告する。夫婦で喜ぶ。

翌日から産婦人科めぐり妊娠が確定。

3月下旬/妊娠8w

つわりが始まる。

空腹を感じると吐きそうになる。気持ち悪い。食べづわりと言うらしい。とにかく気持ち悪さを感じた瞬間にウィダーインゼリーなどを飲む、おにぎりをかじる、などしないと道端で吐きそうになる人種になる。

けれど、満腹になっても吐きそうになる。気持ち悪い。これは吐きづわりと言うらしい。食べても食べなくても吐きそうになる無理ゲーである

あとゲップが止まらなくなる、これはゲップづわりと言うらしい。ゲップが10回以上出続けるのが、こんなに気持ち悪いとは正直予想外だった。

つわりの種類がありすぎてはやくも妊娠こんなの聞いてないよ…」となる。1日のうち日が暮れ始めると特に地獄つわりタイムとなることが多く、寝込んでいた。でもまだつわりが襲ってくるのは2日に1回くらいだし、日中は動けていた。

4月5月/8w〜16w

つわり悪化。吐いても吐いても吐き、胃液を吐き、それもなくなると胆汁っていう苦い液を吐くようになることを体感した。ほぼ毎日吐いて、5キロ減った。

嗅覚が発達しすぎでは?というくらい、あらゆるものが臭くなる、匂いつわり発症し、食べれるものが激減する。りんごゼリー飲むヨーグルトポカリで生きていた。

ちなみに臭い気持ち悪い=嘔吐コンボが決まるクソ仕様になっていて、常にゲロ袋をかかえる生活

納豆臭い、白米が臭い、卵が臭いシャンプー臭い、夫が臭い半日風呂に入ってない自分臭い…とにかく臭くて吐く。もちろん常に船酔い並みに気持ち悪い。死にそうであった。

うめきながら横たわり、たまに排泄しシャワーを浴び寝て、大体はえづいているor吐いてるだけの生き物として生活していた。

妊娠がこんなに辛いなら、もっと保健体育でもゼクシィでも良いから教えて欲しかったと恨みに思う。

2ヶ月も二日酔いが続く感じをイメージしてほしい。しか特効薬はなく、ひたすら気持ち悪さに耐えるのみ。意識を消したかった。睡眠けが救い。体調として人生で一番苦しんだ時期だった。

6月/16w〜20w

妊娠中期、安定期と呼ばれる時期に入る。

2ヶ月半続いたつわりが圧倒的に軽くなり、快哉をあげる。少しずつだけど、ごはんが食べれる、肉が食べれる、幸せを噛み締める。同時に足腰に力が入るようになって、寝たきりを脱して外出できるようになる。人間に戻った気分。

でも胃もたれが酷くて、一人前食べると気持ち悪くなる。あと、つわりは完全に治ることはなく、軽度のつわりがこの後もずっと続くとはまだ知らないのであった。(この辺でつわりが終わる人もいるので体質によるけど)

お腹がふくらんできて、20週には性別も分かり、お腹を初めて蹴ってきて、お前!いるのか!と実感し、幸せを感じたりするようになる。ベビーグッズ買いに外出したり一番平和な時期だった。

7月8月

お腹が大きくなる、あれって痛いんですね。知りませんでした。皮膚がつっぱる。普通に体が壊れていく感覚ヤバい

つわりは軽度のものはずっと続いている感じ。

2週間に1回くらい吐く。あと内臓圧迫されて、食べたら胃もたれ吐き気がすごい。つわりが軽くなってからアプリなど使って栄養管理はしていたのだけど、貧血発症していたらしく、一回出先で意識を失った。怖い、無事だったのでよかった。お腹が大きくなって、疲れやすく、張ったりもしやすくて辛くて、あまり出掛けられなくなる。

半年も続く体調不良つわり)と全然動けない生活に嫌気が刺してくる。妊婦に飽きた、早く終わらしたい、と願うようになる。子には健康でいてほしいが、妊娠辛すぎる。

9月/28w〜

妊娠後期、出産まであと2ヶ月。

お腹がはち切れそうだけど、まだまだ赤ちゃん製造中、自力呼吸できる機能は備わっていないらしい。今産まれたら早産…な時期である

夜中になんとなく、いつもよりお腹はるし、胎動少ない…?と思って病院電話したら、そのまま切迫早産で入院となる、ビビる

今この辺、入院中で暇なので忘備録。あとで母子手帳に転記しなきゃ〜。

あとこれはずっと思ってるけど出産が怖い。本当に怖い。死ぬかもしれないし、お股裂けるし、なんと大の方を漏らすことも珍しくないらしいし、めちゃくちゃ痛いのが12時間以上くらい続くらしいし、出産むちゃくちゃすぎだろ。本気で怖い。会陰切開って妊娠して初めて知ったよ、単にあそこが裂けてるだけじゃん、怖すぎる。

2022-09-06

妊娠から1歳までの記録 ※追記あり

追記

ブクマコメントくださった皆さんありがとうひとつひとつ大切に読ませてもらっています

この日記は、コロナ前の2018-2019年妊娠出産したとき書き殴っていたメモスマホから発掘されまして、削除するのも勿体なかったためここに放流させてもらいました。

あれから我が子はもう3歳になっており、毎日元気にすごしています。(「うちの子と同じくらい!」とコメントくださった方ごめんな...)

【※一番最後にも追記しました】


妊娠初期

妊娠しているのが判明したとき母親になる実感とか覚悟とか全然なかった。子供は嫌いじゃないけど自分が育てるとなると。。不安と恐怖ばかり。

仕事趣味もいっぱいやり残した事あったし、まだもう少し夫と恋人同士でいたかった。でもまあ…40前にもなって結局大成もせず何者にもなれない人生だったが、どうやら母親にはなれそう。か。

妊娠8wかな。心音確認後、母子手帳交付へ。保健センター大勢妊婦さんでいっぱい。つわりが始まりかけていたので、しんどかった。

エコー写真は相変わらず宇宙人みたいなウネウネ。その得体の知れない存在が怖かった。母としての実感なし。

つわり

・空腹が気持ち悪い...かといって何か食べても気持ち悪くて吐いてしまう。。

つわりの酷かった時期の全てがトラウマに。当時よく食べてた物、よく行ってたスーパートイレ芳香剤香り、よく聴いてた音楽までも…思い浮かべるだけで気持ち悪いよだれが口いっぱいに湧いてきて軽くえづく。

食材のにおいや鍋の熱気などが気持ち悪くて台所に立てなくなり、以来ずうっと現在に至るまで夫が料理を作ってくれている。。夫は元々料理趣味からと快く引き受けてくれている。掃除洗濯皿洗いが私、買い出しと料理が夫。役割分担をしてちゃんとやってるのに、料理をしないことに罪悪感がある。

妊娠中期

・15w頃。高齢出産のため出生前検査を受ける。何かしら障害があるのなら生まない選択をするつもりだった...が、容易いことではない。だってあんな元気な心音を聞かされて、くるくるよく動き回る胎児の姿を見たら。

・18w 結果がわかる。異常なし。いくで!ようやく決心がついた。このあたりから母性覚悟が座ってきた。

・22w頃。エコーでの最終検査もまったく異常なし。元気な男の子と判明。

妊娠後期

妊娠糖尿病に引っかかる。。1日5回の血糖値測定、毎食の記録、週1糖尿病内科への通院を義務付けられる。

お腹が大きくなってきた頃、夫以外の男性生理的嫌悪。道の向かいから男性が歩いてきたら回り道をする、レジ係の男性会社の同僚と目が合うのも嫌。体の表面が警戒心という電気ビリビリ覆われている感じ。

ホルモンのせい

妊娠中期〜(産後半年まで続いた)はホルモンバランスのせいか感情過多&涙もろくなる。

母親学級にて、先生朗読したポエムわたしあなたを選びました」で、おんおん号泣

TV番組ワイルドライフ 野生動物リアル」産卵終えたばかりで弱っている母ウミガメバリバリ食うヒョウ。むご過ぎて号泣

エコー越しの赤ちゃんが、ただ、ただ、可愛くて愛おしすぎて号泣可愛い」って感情だけでここまで泣けるものなんだな。

出産予定日のようすと陣痛

出産予定日に検診。胎動カウントを聞かれ「そういえば昨晩からまり動いてないんですよね」と伝えたら即日入院になった。臨月胎動が落ち着いてくるとか聞いてたか特に気にしてなかったがあかんかったのか。。内診エコーNSTの結果、いまのとこ緊急性はないけど予定日だし促進剤いれてもう産んじゃいましょうって。

・翌朝破水陣痛はじまる。なんかおかしい...なんか異変を感じるんです看護師さん...→ヘイヘイ赤ちゃん心拍弱ってる〜→緊急帝王切開の流れ。

帝王切開手術

・硬膜外麻酔で大暴れしてごめんなさい。。陣痛よりも背中に刺す麻酔が1番痛い&恐怖だった…

感覚のない下半身は、長時間雪遊びしたあとのジーンと痺れる感じに似てた。

・ずっとお腹の辺りでカチャカチャすること約30分後、赤ちゃんの鳴き声。生まれましたよ!と同時、胸元にドサッと生暖かい肉塊を置かれたのを感じた。カンガルーケアってやつ?シートで阻まれ姿がよくみえないうちに連れ去られたw

・術後、朦朧として「お腹の上に乗せてる重り?文鎮ですか?をどかして下さい」と言った。重いと感じていたもの文鎮ではなく、どうやら傷の痛みだったらしい。

・術後の姿を見て「難産だったね…」と義母に同情されたが、赤ちゃんが無事健康に産まれてきたのなら安産だと思う(思ってた。。)のでそう答えた。

・腹の傷の痛みがとにかくつら過ぎた。腹筋どこいった?て感じで腹に力が入らない。あと、傷口にブッ刺さった2本のチューブから出血を溜める小さなボトルがぶら下がってる。トマトジュースのように濁った体液が常にタポタポしてて気持ち悪かった…

・縦に走った傷跡にはホチキスの芯がびっしりと。抜糸はそれを一本一本抜いてく。「陰毛を抜く程度の痛み」とネットで事前に知れたので、恐怖はそれほどでも。

・術後のガスがなかなか出てくれなかったので、入院食はずっと五分粥。お祝い膳をすごく楽しみにしてたが結局出てこなかった…ものすごく豪華で美味しいと評判の産院だったので残念。。


・術後のガス出ない。。お腹はガスでパンパン膨れ、とても産後に見えない大きさw傷口が開きそうで怖くなる。歩くのも苦痛。ガス出すために下剤飲まされたり浣腸されたが無駄だった…肛門ボロボロいぼ痔悪化…。ネットで調べたオナラ体操が一番効いたかな。体をひねってなんとか出した。

・「赤ちゃんと一緒にがんばりましょう♪」という通常分娩を前提としたイメージトレーニングを受け続けてきたせいだろう。緊急帝王切開となり「ちゃんと産めなかった」みたいな負い目がずっとある。泣きたくなる。「出産頑張ったね、大変だったね」の声に紛れて、実母が「この子ラクして産んだから〜」と親戚に話してるのが聞こえて悲しかった。

産後ハイ

産後翌日。保育器に入り色んな管に繋がれた我が子と対面。こんなに可愛い子が胎便漏らすほどお腹の中で苦しんでたなんて...可愛さといたましさに保育器の前で体をくの字に曲げおんおん号泣。異様な姿だったと思う。

産後すぐ姉や友人たちに送ったメールを読み返すと、出産時の様子を生々しく熱っぽく報告してあって、テンション二郎レポのそれだった。以上、レポっす!!ってやつ。

ガルガル

産後すぐ、実母がすごく嫌だった。帝王切開ラクなお産発言とか母乳足りてないんじゃないのとしつこかった。マルチ商品みたいな怪しいドリンク持ってくるし。

・実父が「自分に似てる」と言うのが心底嫌だった。授乳する時思い出しては最悪。。

産後ケア施設

実家は狭いうえ底冷えがひどく、両親が高齢なのもあり頼れないなと思ってたから里には帰らなかった。かといって、赤ちゃんとの暮らしなんて想像もつかないし実際体験してみないとわからない事だらけだ。退院後すぐ自宅育児が出来る自信がなかったので、産後ケア施設に2週間入所することにした。

施設は1フロアに7部屋あり基本母子同室。

24時間助産師さんのもと赤ちゃんと2人の生活を監修して貰えるのはありがたいと思う。自宅育児が始まる前に、赤ちゃんと実生活しながら育児必要な細々としたものを揃えていき(夜な夜なAmazonポチポチ)、日々のお世話の仕方をしっかり身につけられてあんしんできた。母乳状態もみてもらえるし、疲れた助産師さんに子を預けて休息をとれるし、栄養ボリュームたっぷりな1日3回の食事おやつマッサージと至れり尽くせり。お金があれば、ずうっと入所してたいくらいだった。。。

・2週間、夫は毎日来てくれた。夕食の18時から2時間ほど親子3人で過ごした。たまに夕食を持ち込んで一緒に食べたり。面会終了時間までベッドで横になり、初めて3人一緒に眠ったり。嬉しくて幸せで貴重な時間だった。赤ちゃん名前はこの時に2人で決めた。

こころのこと

施設を退所して自宅育児開始。産後0ヶ月は壮絶だった。。赤ちゃんは1日のほとんど寝るか泣くかの繰り返し。愛おしい我が子なのに理由のわからないギャン泣きは異生物感凄くて、正直ギブつって放って逃げ出したかった。独身時代自由気ままな暮らしに戻りたくてたまらなかった。産後もっとこう、母性が芽生えて無限の愛に溢れたキラキラママ自動的になれるものだと思ってたのに。なれない自分自己嫌悪したり。

・止まないギャン泣き。途方にくれる。リビング精神と時の部屋化する。

おっぱい咥えてる間は泣かない、咥えたいだけそうさせればギャン泣きしない。解決

産後1〜2ヶ月頃。夢を見るが不思議と我が子は出てこない。一度だけ、仕事バリバリやってスタイリッシュオフィス、魅力的な同僚に甘酸っぱい恋、うんとオシャレして素敵なレストランワインを飲んで…というコテコテ月9かよみたいな世界観の夢みて、まじでどんな悪夢よりもきついものがあった。だって自分には決してもう有り得ないんだもの

・我が子はものすごく可愛い毎日幸せでたまらん…のに、退屈で死にそうになる事がある。

・開き直るようになった。これまでは、電話が取れなかったりメールの返事が遅れる自分をだめなやつだと責めてたけど、今では「だって育児してるんだもーんしょうがないでしょ」と。

短期スケジュールを断れるようになった。

・お洒落しなくなった。白髪増えていくのにそのまま、化粧も適当、服買わない、身なりに興味なし。

読書映画も途切れ途切れで集中出来ない。

・人とうまく喋れない。言葉がでてこない。話し相手は夫だけ。それも生活必要最低限の会話だけ。

わがやのこと

・自宅育児初日のこと。「沐浴はどうしようか...」となり、とりあえず沐浴マットを敷いたシンクに横たわらせシャワージャーっと…したっけ大号泣よ。洗剤スポンジ置く鉄網?を、ちっちゃな手で力一杯握りしめながら怯え泣いている姿を見てハッと我に返った。赤ちゃんをお皿や食材みたいに洗っちゃいかん、これはいかん、わしら何てことをしてしまったんや(寒かっただろうしね…)それ以降は湯舟に一緒に浸かるスタイルで安定。

母親学級で習った「怒責感(どせきかん)」という言葉流行る。うんこしたい時の合言葉になった。

(使用例:「怒責感が…」と言ってそそくさとトイレへ立つ。怒責(どせき)ってきた。など)

オムツ替えは、うんちの回数が多くまぁ進んでやりたいような楽しい作業ではないのもあり、そこでちょっとクワク感を加えようという思いもあって、うんち量が多いほど小吉中吉、うんちがオムツからはみ出したら大吉といううんち占い

・自宅にて家族3人ようやく念願の川の字になるが、我が子ピンポイントで夫の股間を蹴るため、PK時のサッカー選手みたいなポーズで就寝する夫。

イベント化する選挙夫婦2人だった頃の生活上には「投票に行く」なんて一度もなかったが、いまでは選挙があるたび散歩がてら家族揃って投票所へ足を運ぶようになった。

ドケルバン病

産後1ヶ月あたりからずーーーっと手首痛い。抱っこが苦痛おむつ替えのとき赤ちゃんの蹴りが手首にちょっと当たっただけで痛みにうずくまって泣いた。

整形外科通院。手首の腱鞘炎注射むちゃくちゃ恐怖だったが、硬膜外麻酔よりマシ...!と脳内で繰り返し唱えて耐えた。手首への注射はすんごく不思議ななんともいえん新感覚感触。。ポクン!て鳴った。

・痛みが緩和されるのはほんの数日。根治治療にはならないのと、あと注射の効きにムラがある。。注射後かえって痛くなる日もあった。

からだのこと

・やたらとオナラがでるんだが。。。

・首、肩、手首、乳首ボロボロ。。首という首がやられる。(足首だけが無事)

妊娠中20kg近く太り、産後1ヶ月で10kg痩せたが残り10kgェ…

おっぱい

産後すぐの授乳指導で、助産師さんがおっぱいのあげ方を「手に乗せたハンバーグ差し出すように」と表現したのだが、いまだにイメージがわかない。もしかして単に聞き間違いだったのかな。。

母乳が壊れた蛇口のようにビャービャー出る。我が子の顔や頭にまき散らして笑ってしまった。

赤ちゃん

・紐の扱いが天才的にうまいw いつのまにかヒュヒュッと絡め取ってる(見ないで取ることも)胎内で臍の緒で遊んでた名残とも言うがはてさて...。

新生児期、ミルクあげると両手を胸元でキュッと寄せるぶりっ子ポーズをしたり、ゲップ出しで背中とんとんする際、酔っ払いみたくクッタリする姿がほんと可愛くて。

・いつ見てもホコリや垢を握りしめている。

・横顔のフォルムがたまらん、クレヨンしんちゃんみたい。

・布類を顔にかぶせたがる。洗濯物に埋もれていることが多々ある。

・「THIS IS IT」のポーズで大喜びしてくれる。

1歳〜そしていま

・たっちができる頃には組み手、歩けるようになったらぶつかり稽古相手をしている。

・突進してきては抱きついて私の着ている服で口や手を拭ってゆく。

・夜中寝ているときちゃんと生きているのか不安になって呼吸や鼓動を確認する。


追記

ガルガル期のところ

実母との関係心配されているようでしたが関係は至って良好です。母は人から褒められたり持ち上げられると、つい自分sage身内sageをしてしま性格に加え、母自身もあの頃は孫ハイになっていて深く考えず発言していたんだと思います。実父に対してはほんと理不尽だったなと反省...。

個人差があると思いますが、ガルガル期、いま振り返ると自分でも異常なほど攻撃的でした。人が変わったように感じることがあるでしょうが一時的ものですので安心してくださいね。

夫のこと

本文中あまり登場しないですが、とても家事育児積極的で頑張ってくれてます

優しくユーモアがあり私にはもったいない。「THIS IS US」って海外ドラマわかる人いますか?ケイト旦那トビーに似てる。

↓昔かい増田。このときコメントくれた皆さんもありがとう

https://anond.hatelabo.jp/20200725021108

現況

1年間の育休が明け、いざ職場復帰!...のはずが時はコロナ禍まっただなか。いや〜乱世乱世!

https://anond.hatelabo.jp/20220618055150

私たちだけじゃない、大変な世の中ですよね。それでも負けへんで!!(OVER THE SUNリスナー)

さいごに

こんなグダグダな長駄文......最後まで読んでくれて本当にありがとうお疲れ様でした。

育児をしていて確信したことがあります。私も、あなたも、多くはないが決して少なくもない人たちに慈しまれ愛されて育ってきたことを。

全ての人に幸多くありますように!

2022-08-03

子を作ることに触れるデリカシーのなさ

既婚子なしの増田です。

結婚して3年が経つのですが、先日母子手帳をもらったあとに流産しました。つわりで辛く、流産してから後遺症のように残っています

そんな私に

「もうそろそろ子どもは?」

子どもはつくらないの?」

と言ってきた既婚者子持ちがいました。

相手夫婦流産した経験があるかもしれない

不妊治療中なのかもしれない

子どもに恵まれなかったのかもしれない

そういうことは想像できませんか。

身分証明書がぁァ必要からマイナンバーカード申請したのにぃィィィィィィィィ

マイナンバーカードを取りに行く時の顔写真無し証明書2点とかい無理ゲー

健康保険証とあともうひとつは?


もう母子手帳は使えない

ニートから学生証なんてない

追記

解決しました。通帳かキャッシュカード病院の診察券等でもよいとのことでした。

じゃあ、書いとけよ……

あと病院の診察券でいいとかガバガバ

2022-07-08

子供を作ってわかったこ

2022-05-23

成人の発達障害認定はかなり難しいか

親連れてこいとか母子手帳もってこいとか平日に3日間病院こいとか

なんか他人に言われたからどうなるとか、そういうのとは全然違うものだと思う

2022-04-06

稽留流産手動式真空吸引法で手術をした話

タイトル通り暗い出来事について書きますが、なるべく悲しい感情は書きません。

もちろん悲しかったけど、流産手術について知りたい人が欲しい情報はそれじゃないと思うので。

今回の出来事で、流産流産手術についてって本当にネットで調べるしか体験談を知ることが出来ないんだな、と思ったので、その一つとして書き残したいと思います

稽留流産された方が、手術について不安を抱いているならば、それが少しでも和らぐといいな、という想いで書いています

とは言いつつ、自分の心の整理のためです。

人に気軽に語れるようなことじゃないし、面と向かって話したら泣いちゃうかもしれないから、文章として今の自分についてだけ書き残しておきます


簡単プロフィールです。

30歳夫婦。結婚2年目。

挙式を挙げるのを待って12月ごろから妊活開始。

なんとなくでタイミングを取り、2周期目で初めての妊娠


結構長いし、文章読みにくくてすみません

普段推し語りとかばっか書いてるからテンションが難しいです。

誰のことを傷つけるつもりもないし、私も傷つきたくないので、そっとしてくれると嬉しいです。


稽留流産と分かるまで

生理が1週間遅れていて、妊娠検査薬で陽性を確認

翌週クリニックへ行って、胎嚢確認

妊娠週数(6w0d)と比べると少し小さい気がするけど、排卵が遅れた可能性もあるし、ちゃんとした位置にあるから、とりあえずこのまま大きくなるのを待ちましょう、とのこと。

とりあえず変なことは起こってなかったので安心

 

この時はずっと胃がムカムカしていて、吐くほどじゃないけど吐きそうな不快感が続いてた。

特に食後3時間後には胃が一気にクゥーーッと締め付けられて血の気が引きそうになるので、慌ててゼリーとか豆腐とかを口にして耐えた。

翌週(7w1d)、もう一度クリニックへ。

先週と比べるとちゃんと成長しており、丸い卵黄嚢と小さい胎芽が確認できて、アップにするとピコピコ心拍が動いていた。

やはり週数よりは小さめだけど先週よりちゃんと大きくなってるので安心した。

まだこの状態だと「胎児」とは呼べないから、また来週、成長してもっと心拍確認できたら母子手帳もらいましょう、と言われた。


その後の体調は相変わらず軽めのつわり、少しのお腹の張り、便秘

動けないほどの不調はなかったので、平日は通常通り働いて、休日も短時間なら友人と外食もできた。

出血全然なくて、軽めだけどつわりもあったから、順調に育っているとばかり思ってた。

 

10日後(8w3d)、3回目のクリニック。

卵黄嚢は見えてるけど、繋がってるはずの胎芽などが全然大きくなってない。

何度も何度も、色んな角度からたくさん探してもらったけど、そういう問題じゃないってことはすぐ分かったし、最終的に「先週から10日経っててこの状態だと、完全に心拍は止まってるね…稽留流産です」と言われた。

その後、診察室で今後についてお話

まず、この時期の流産母体の影響とかではなく、染色体異常なことが主な原因で、自然淘汰のことだから自分を責めないでほしい、と言ってもらったので、それ信じることに決めた。

 

すぐ手術、とは言われず、1週間は自然排出を待つことになった。

初期の大きさだから、もし自然に流れて出血しても、母体に影響が出るほどのものじゃないはずなので、手術しないで済むならそっちのがいいとのこと。1週間過ぎても出てこなかったら手術を考えよう、と。

 

かに私の場合職場と自宅も近いし、仕事は座りっぱなしの業務なので、仕事中に出血があってもそこまで大事にはならないで済む。すぐ帰って休むことも出来るから、そう言われたのかもしれない。

 

普通に手術も自然排出もどっちも怖かったから、どっちの可能性も残しつつ、様子見としての時間をもらえるのはありがたかった。

今のところおりものに血が混じることもないし、自然排出もすぐには起こらないだろうな、と思っていたので、どっちになってもいいように、割と落ち着いて考えることが出来た。

 

流産後、自然排出待ち

中で成長は止まっているのに、身体の不調は全然変わらず、未だに胃のムカムカも、朝の貧血っぽさも、空腹時の胃の急速締め付けも健在。

それに加えて、いつ出血が始まるのかという不安もあったので、とにかく落ち着かない気持ち

調べると急に大量出血するわけではなく、通常の生理のように少量の血やおりものに血が混じるような段階を経て出てくるみたい。

から何もないってことは、まだ大丈夫なはず、と思いつつやっぱ不安

念のため、替えの下着ショーツナプキン、夜用ナプキンを、大きめのタオルにくるんで鞄に入れて持ち歩いてた。(結構デカいけど、ちょっと安心)

ただ、出てくる気配もないのに不安な日々がずっと続くのもしんどいので、気持ち的にはもう手術を受けたくなってる。

調べたら通ってるクリニックでは「手動式真空吸引法」という手術をやっていて、いま日本で行われている中では、1番痛みも少なくて、母体への負担も少ない方法なことがわかった。

妊娠してクリニックを選ぶ時、普通は「流産時、どんな手法中絶手術をしているか」なんて見ないだろうけど、まだ普及がそんなに進んでいないというこの手法を取り入れてるクリニックを、たまたま選んだ数週間前の自分感謝した。


結局あっという間に1週間経った。

とりあえずクリニックに相談電話をして、今の状態を伝えると「まだ自然排出を待ってもいいけど、どうしたい?」と聞いてくれたので、「なるべく早く手術したいです!」と伝えたら、翌々日に予約を取ってくれたので、すぐ家族に迎えを頼む連絡をした。

とにかく終わりが見えてホッとした。


事前にクリニックへ行って改めて膣内の確認と、手術の説明同意書の受け取りなどをして、最後採血をされた。

局所麻酔回復も早いはずだから、手術の2時間前までは飲食OK。食欲なかったら食べなくてもいいけど、脱水症状になったら困るからちゃんと飲んでおいて、とのことでした。

◇手術当日

言われた通り、朝ご飯を軽めに食べて、9時までは温かい飲み物を飲んだ。

10時にクリニックに到着。

落ち着く薬を1錠飲んで、待合室でゆっくりしてるとちょっとウトウトしてくる。効いてるっぽい。

先生最後排出物の処理について確認してくれた。

1回目の流産だし、初期だから調べたところで得られる情報は少ないだろうから特に検査しなくていいです、と答えました。


11時に「もうすぐですよー」と看護師さんに声をかけられて、最後トイレへ行く。

いつもの診察台にいつもの体勢で脚を開き、内診後に入口を開く器具を入れる。

こじ開けられる鈍い痛みがあるけど、全然耐えられる。

たぶんこのタイミング麻酔注射をされるけど、特にチクッともせずに終わったので、こじ開けられる感覚のが強いのかも。

それからは色々器具を中に入れてる感覚とか、中を器具が動いてる感覚があるけど、総じて痛みとかは全然ない。

違和感だけで「おぉ……うう…」ってなる感じ。

先生に「じゃあ今から吸い出しますね」と言われて、お腹の中をジュッと吸引する音と感覚が来る。これも痛くはない。

何度か繰り返して、一度中をエコーでチェック。

「ごめん、もう一回やるね〜」と言われ、もう2回くらい吸い出す。

もう一度チェックして、OKだったので色んな器具を外す。

やはり外されると気が緩んで楽になるし、痛かったのかもって感じた。

楽にはなったけど、一気に強めの生理痛が来て、先生にも「子宮収縮が始まってると思うけど、それ以外の痛みはある?」と聞かれたので、「生理痛は来てるけど、それ以外はないです。」と答えた。

生理のように血がダラダラ出てきているので、色々拭かれて終了。

看護師さんが支えてくれたけど、全然普通に歩けた。

待合室に戻ったのが11時半過ぎ。

付き添いの母が来てくれたので、顔を見てちょっと安心

とりあえず出血が始まっているので夜用ナプキンを装着して横になる。

ずっと下半身丸出しだったのと、生理痛の感じでかなり寒く感じて、持ってきたカイロお腹に貼ってじっとしてた。

看護師さんが薬を持ってきてくれて、子宮収縮剤と抗生物質、痛み止めと胃薬を貰って、その場で飲む。

また少しウトウトして、12時過ぎにはだいぶ楽になったのでお会計

ふらつきもなく歩けたけど、タクシー捕まえて帰宅

その後自宅でおにぎり食べてスープ飲んで、寝た。

今朝まであった吐き気が一気になくなって感動。

生理痛はあるけど、正直ホッとしてるから、手術を受けて本当に良かった。

そのままベッドで寝ながら、今この文章を打ってます

発熱もなく、吐き気もない。

いま夕飯も食べ終わって、普通生理中って感じで過ごしてる。

食欲も戻った気がするので嬉しい。

今後もまだ様子見で通うし、生理もしばらく続くのかな〜と思うとちょっと憂鬱だけど、生理痛は慣れてる痛みなので全然耐えられそう。

無事に終わって良かったーーーーーー!!



以上!!!!!!

 

シンプルに分かりやすく書くつもりが、結局ダラダラ長くなってしまいました。

言いたかったのは、不安だった初めての流産手術はそんなに痛くもなかったです。

この方法からなのか、自分状態か、先生の腕か、分かりませんが、検索しまくっていた自分には「歯医者より楽だよ」って伝えてあげたいです。

辛い経験だったとは思うけど、せめて身体への負担が少ない方法処置してもらえて良かったです。


明日からまた働くぞーーー!

2022-03-01

50日の命が教えてくれたこ

アラサー正社員、既婚、子無し。

避妊をしていたが、何かの偶然で妊娠をした。

(避妊ピルコンドームの併用)

産婦人科でおめでとうと言われた。

夫もなんだかんだ嬉しそうだった。

親にいつ報告するかを夫と相談してて母子手帳をもらってからにしようと考えていた。

さて、この期間にいつ会社に報告するか就業規則を改めて見直した。

安定期に報告するのが一般的だろう。ただ、業務負荷が高めなので早めにと思った。

就業規則には最低限しかない。

産前6週間産後8週間の休職育児休業

収入健康保険雇用保険のみの補償

それ以外就業規則記載されていない。休めても無給。ボーナスも寸志のみ。

現在事情があって一馬力なので、雇用保険健康保険での手当や支給がたとえあっても、

4ヶ月から6ヶ月、給与が毎月振り込まれないのは生活が詰むことが見えている。

育児休業給付金の仕組み自体給付を受けられることはありがたいが、必要な時に支給されない無給期間が発生する。

これでは固定費以外の支払いができる気がしない。振り込まれない間に天引きされない住民税も降ってくる。(免除や延納制度があればいいのだが)

妊娠病気ではないか免除もされない。産休育休を取得は義務就業禁止であるがその間の生活費や子どもを育てる費用考慮されていないようだ。

自主退職の人も含め、退職した方々と連絡を取っていたので、

子どもがいる家庭を持つ方々に聞いたら口を揃えて「会社を辞めたほうがいい」と言われてしまった。

数年前、私の中途入社と同時期に育児休暇から復帰した先輩が半年もせずに

無意味拠点変更から自主退職に追い込まれたことを鮮明に思い出した。

女性社員は全体の1/4だが、結婚している人はいても産休育休を取っている人はいない。もう辞めていなくなってしまったのかもしれない。

妊娠初期でつわりというもの経験し、長距離運転出張は難しいだろうし、吐き気と眠気そして出血との戦いでは今の仕事は続けられないこと、

今までずいぶん無理をしていたことを実感してしまった。妊娠検査薬と超音波検査妊娠がわかったあとすぐ納期が決まっている出張があったため予定通りにこなした。

出張終わりの出血、これが流産の始まり。突然の出来事と大量の出血に涙も恐怖もおさまらなかった。

先日の検査流産が確定しているが、つわりは続いているし、次の診察で胎盤が残っていたら手術することになる。

毎日出血吐き気嘔吐下痢による脱水でふらふらしている。手足の痺れも取れない。

突然泣いてしまうくらいに情緒不安定ホルモンのせいとはいえ異常な状態なのに休む理由には不十分。

今となっては流産になってよかった気がする、分かった瞬間はたくさん泣いたし夫と話していた友人にも慰めてもらった。でも今は正直ホッとしている。わたしにはまだ子どもを産んでも環境が整った、自分にも気持ちの余裕がある状態で育てられる気がしない。今まで築いたキャリアを手放したくはない、シングルマザーになる勇気もない、それは貧困への道筋の一つになる可能性が高いから。

コロナ禍にも慣れてきたころ、改めて転職を決意し繁忙期の間の時間をぬって面接を始めた。中小企業制度では限界がある、子どもを持つ家庭への配慮があるところ、人員体制気持ちの余裕があるところで今後はキャリアを積んでいきたい。

夫には申し訳ないが二馬力でやっと安心して産めると思うので、子作りする元気があるなら働いて欲しい。とはいえ女性男性配偶者扶養に入れた状態子どもを産もうとしたら、生活が詰むような制度のもの改善必要ではないか。4か月無給でもなんとか生活して子どもを死なせないように養育せよと。女性には子どもを産む産まないも経済的理由で選べないのだろうか。経済的理由中絶手術を選ばざるを得なくなっているのも、社会保障制度そもそも子どもを産み育てる年代に焦点をあてた支援になっていない。

たまたま宿った50日の命が教えてくれたこと、どこで働くかを考え直すきっかけになりました。少しの間私の身体ですごして、身体への変化を大きくもたらしてくれて、ありがとう。おなかにいるとおもったから頑張れたこともあって、いなくなってからつわりは本当にしんどくてつらい。母子手帳もらう前だったから何の支援も受けられないし、職場にも打ち明けられないし、自分で抱えるしかない。

この出来事は忘れられなくなるでしょう。時間の経過で昇華されますように。

2022-02-01

嫁が妊娠した。まだ4週間くらいで姿形がハッキリしてないのだがつわり的なものがつらそうなのでマタニティマークがあれば周りに気を使ってもらえるかなと思って母子手帳マークをもらいに施設を訪ねたのだが「まだ早いっすねw」と言ってもらえなかった。妊婦を気遣えないならあいつらなんのために存在してるんだよ。

2022-01-23

anond:20220119220808

母子手帳って名前から読まないって結構やばくないか

妻や子供の体のこと気にならないのかな

2022-01-19

anond:20220119220808

母子手帳超見るだろ。

月齢・年齢別の体重身長・頭位のページとか。毎月プロットしてるわ。

パパは意外と疎外されている

去年、母子手帳父親軽視なので、親子手帳名称変更してはどうか、という議論が盛り上がったそうだが、子供が生まれたいま「その通り」だと感じる。

母子手帳には、父親が知っとくべきことがたくさん書いてあるけど、母子手帳といわれると何となく手に取らない。

というか開いたことあるお父さんほとんどおらんのでは。勿論、母体についての記録があるのでその点はわかるが、父親にも共有されるべき情報が、「母子手帳」という母と子の中に閉じてしまっていることに違和感

という視点でみると、子育ての本、お知らせ、ベビー用品の説明書広告、いろんなものが「ママ」にあてたものになっていて、子育てしているパパは寂しい。

うちは共働き出産と同時に二人で育休を取り、復帰時期も同じ予定。授乳できない分、寝かしつけ、遊び、お風呂おむつ替え、着替えはほとんど俺。

けど、最近読んだ育児本は「赤ちゃんママに抱っこされるのが大好き!」、ふと沐浴させてる時に見たシャンプーのラベルMama & Kids

いや、そりゃ読者も購買決定者もママのほうが多いかしょうがないけどさ。なんか寂しくなる

パパの育児参加をもっと促進するなら、世の中的にこういうところ見直してかなきゃいけないんじゃないか

2022-01-05

子育て難易度って生まれてきた子の特性でほぼ決まるんだなぁと。



 子どもを2人育てていて、同じ親からまれて、同じ家で育って、似たような顔をしてても、兄弟って全然違うんだなって当たり前のことを実感してる。


比較対象が2人しかいないので上の子と下の子でどうしても比較してしまうんだけど、親の育て方とか働きかけがどうこうの前に全く別の人間だし、同じように育ててるつもりでも異なる経過を辿るもんなんだね。子育てって面白いな。


以下、上の子場合と、下の子場合



悪阻

 思えば妊娠から生活全然違った。

 上の子の時は基本食べ悪阻吐き気はあるけど取り敢えず何か口に入れておけば耐えられたし、頑張って乗り切れる程度のしんどさだったから法定通りの産休まで普通に出社して働いていた。

 下の子の時はザ・吐き悪阻兎に角毎日吐いて歩くたびにえづいていたし、結局出産まで悪阻が続いて毎日必死だった。貧血も酷くて鉄剤飲んでたし、ベッドから全然起き上がれなくて有給フル消化して何とか産休まで持たせて、とにかく仕事だけは落とさないように頑張ったけど勤怠ガッタガタで申し訳なさの極みだった。


出産

 これは2人とも安産。2人とも出産日過ぎても産まれてくる気配が全然なくて、入院して促進剤打って産んだ。

の子6時間、下の子の2時間とかだったかな。もしも3人目産んだ場合、30分とかで産まれそうで怖い。まぁ予定ないけど。


夜泣き

 当時からうちの子まり泣かないな?と思っていたけど、上の子は結局夜泣きらしい夜泣きがなかった。新生児の頃は夜中の授乳で起こされはするけど3時間ごとの授乳タイマーって感じで無駄な泣きが全然なかったし、生後3ヶ月くらいからは普通に朝まで寝てた。

 下の子最後5ヶ月くらいからは朝まで寝てたけど、何で泣いてるのか分からない泣きが結構あった。3歳になった今でも夜中に不意にわぁーーん!みたいな泣き声を上げことがある。夢でも見てるのか?


◆肌トラブル

 上の子は肌トラブル切なかった。お風呂上がりに保湿して終わり。

 下の子は早々におむつ被れが悪化して、おむつ替えの度にお尻洗ったり薬塗ったりが面倒だった。2人目で慢心してオムツ替えの頻度が悪かったのかなと反省したけど、多分普通に肌が敏感だったんだなと成長した今も保湿剤塗りながら思う。


◆発育

 上の子は首の座りも、腰の座りも、ハイハイも、つかまり立ちも、全てが早目で、ハイハイした翌週に掴まり立ちした時は、母子手帳大分違うな?!ってなった。

 下の子は、全てゆっくりで、離乳食始まった時点で腰が据わってなかったかベビーチェアじゃなくて膝の上に抱っこしてあげてたな。ハイハイは結局一度もせず、長いずり這い期間を経て立って歩いてしまった。ハイハイ機能搭載されてなかった。


食事

 真面目に離乳食作って長らく大人とは別メニューで育ててたら薄味好みに育ってしまい、外食に行くと辛い(味が濃い)とよく言っていた。肉魚が苦手で野菜煮物とか汁物とかが好きな子だったから、お子様メニューに食べれるものがなくて、お子様とは??となってた。

 下の子は上の子反省を踏まえて多少雑にメニューを考えていたというのもあるけど、割と何でも食べる。肉魚の方が好きかな。焼き魚をむしゃーっと鷲掴みして食べた時は驚いたし、ポテトとかナゲットとかオムライスとか上の子全然興味なかったもの普通にむっしゃむしゃ食べるので、想像の子もの食の好みだ!となっている。


言葉

 上の子言葉説明すると理解してくれる子で、発語する前からこれは危ないから触らないでと一度言うとその後一切触らない子だったので物を壊したりとかのトラブルが全くなかった。1才10ヶ月くらいで2語文を話し出したなぁと思ったらあっという間に文章になり、2才過ぎには助詞がついた普通の会話になっていた。

 下の子は2才前後で2語文になって、2才半くらいまでは、とーちゃ、ぷんぷん、やなのぉー(=お父さんが怒るのが嫌だ)みたいな赤ちゃんしゃべりを長らくしてたな。未だに滑舌ちょっと辿々しいかもしれない。言われたことは理解するけどそれより自分好奇心が勝るタイプで、3秒前に怒られた内容を繰り返して話聞いてた?!ってなる事が多々ある。


◆人見知り

 上の子はとにかく人見知りで知らない人がいる場所では絶対母親から離れない、知らない人とは一言も話さない、で人混みでの迷子とは一生無縁な感じだった。6歳の今ではまぁとりあえず挨拶くらいは普通にできるけど、知らない人は割と警戒してるかな。

 下の子場所見知りも、人見知りも全然しないで、知らない人の前に行ってやぁ!って勝手挨拶するタイプお菓子くれる人がいたらそのまま着いて行って誘拐されそうな気がする。言い聞かせてはいるけれど。


◆イヤイヤ期

 イヤイヤ期っていつからなんだろうなって思ってる間に大きくなって、結局上の子はイヤイヤ期がなかった。子どもらしくぐずったり泣いたりはあったけど、話して説明すれば納得してくれる感じ。後、断固母親派だったので、父親だと拒否することも母親提案すると受け入れてくれたりしてたので大変ありがたかった。

 下の子最近終焉を感じるけれど、よくイヤイヤしては世界の全てが嫌になっていた。エレベーターボタンが押したかった、ドアを自分で閉めたかった、とかで良くそんなに泣けますね?ってくらい号泣してはその後の一切を拒否して、あぁこれが例のイヤイヤ期というやつですね…とこちらは遠い目をしてた。


◆識字

 上の子絵本より身体を使って遊ぶ方が好きで文字に興味を持つのが割と遅く、ひらがなの読み書きが出来るようになったのは年中。今でも文章より数字・図形の方が得意な印象。読むより耳で覚えるタイプっぽいなとも思ってる。

 下の子は2才くらいから上の子あいうえお表で遊び出して、とにかく上の子の真似がしたくてくっ付いているうちに勝手ひらがな読めるようになってた。勝手絵本やら図鑑やら広げて読んでるから楽。


◆成長

 上の子は標準サイズで産まれちょっと細身かなと思ったまま成長してずっと平均より背が低い感じ。背の順はずっと前の方。去年大きめで着た服が今年ピッタリという感じで服が2シーズン着れる。

 下の子は少し大きめで産まれてそのまま成長を続けて、平均より背が高い感じ。背の順は後ろの方。夏の初めに大きめで買った服が夏の終わりにギリギリになるから服はあっという間にサイズアウトしていく。

 小さめの上の子と大きめの下の子身長差がどんどん縮まってきており、歳の差の割にあっという間に下の子身長抜かしそう。



親の育て方の影響も全くないとは言えないけれど、子ども特性って結局本人が生まれ持ったものなんだなと痛感してる。

もしかしてうちの子って育てるの楽な子なのでは?と上の子の時に薄々思ってたけど下の子が生まれて疑問が確信に変わったし、別に親の育て方が上手かったとかそういうの全然関係なくただそういう子ってだけだった。


 でも人間難しいもので、上の子を育ててる時の方が圧倒的に神経が張り詰めてて、初めての子育てで緊張していたというか、ちょっと目を離したら死んでしまいそうで乳児期はずっと怖かった気がする。育児ノイローゼとまではいかないけれど、何をそんなに頑張ってたんだろうなと振り返って思う。


 多分この先も2人は全然違った成長をしていくのだろうし、大変だなと思うところと楽だなと思うところもそれぞれなんだろうけれど、当人同士は今の仲が良い関係を維持していってくれたら嬉しい。

いやー、でも性格全然違うと思春期入ったら結構しかったりするかな。この先反抗期とかもあるだろうし、どうなっていくんだろうな。

(何となくだけど厨二病面白いことになるんじゃないかと思ってる笑)



自分一人っ子だったのでそもそも家の中に子ども複数人いることが新鮮だし、子どもそれぞれの個性を間近で見比べるのはとても興味深い。

同じ赤ちゃんでも、同じ年の子でも、全然違うものなんだね。まぁほんと、当たり前のことなんだけれど。


2021-11-16

「友人全員失った」元“反ワクチン”派の女性が語る陰謀論の代償と後悔

11/14(日) 6:04配信

女性自身

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「元々私は“コロナ存在しない”、“ワクチン人口を減らすためのもの必要ない”と信じていました。身の回りコロナ感染したという人がいたら、雇われた“工作員”だと考え『新型コロナワクチンを打ったら、死んでしまうからワクチンは打たないほうがいい』と周囲の人を説得。その結果、学生時代友達をみんな失ってーーー。わかった気になり偉そうに語っていた自分が、今では本当に恥ずかしいと思っています

写真あり】ピンクドルフィンさんの母子手帳

ZOOM越しでこう語る一人の女性一見すると普通女性だが、実はネットではちょっとした“有名人”。ピンクドルフィンというアカウント名で、反ワクチンを唱える“陰謀論からの目覚めの経緯を語ったツイートが4万回以上リツイートされ、話題を呼んだのだ。

なぜピンクドルフィンさんが陰謀論にのめりこんでしまったのか。そのきっかけは、彼女の幼少期にまで遡る。

「私の祖母が、医療ミスで亡くなったのが原因で、母が医療を信じていなかったんです。だから、母は私にワクチンを1本も打たず、真っ白な母子手帳を自慢げに私に見せ“あなたナチュラル”と褒めてくれました」

2021-11-10

anond:20211109132706

10倍粥から始める離乳食スタイル

ルーツアメリカ式であり、明治時代に文献が残ってる。1958年ガイドライン化された。

日本では1980年厚生省ガイドラインをつくって、母子手帳記載されるようになった。

現在の、食材選びや硬さを変えていく目安としてのモグモグカミカミ期とかは2017年に設定された。

逆を言えばこのアメリカ式になるまえは、必死10倍粥を作っていたわけではなく、大人食事を取り分けたりしていたという。

まだ全然定着してないけどこれからWHO提唱している補完食に変わっていく(と信じている)。

「何ヶ月までこの食材は駄目!」とか細かいリストに苦しんでるのはおそらく日本くらいなのでは。

海外ではこんなガイドラインすらない国もある。

もっと母親負担が減るといい。精神的なものも含め。

興味のある人向けの書籍をいくつか紹介する。

赤ちゃんのための補完食入門」わかりやすくてとてもいい。

母乳栄養鉄分補給の大切さもわかる。

これを読めば「半年過ぎたら母乳栄養はなくなるから断乳しなさい」と言ってくる保育士アップデートされてないことがよくわかる。

それから、BLWに関する書籍オススメ

自分で食べる!が食べる力を育てる:赤ちゃん主導の離乳食

「BLWを始めよう」

「手づかみ離乳食

2021-09-22

PDF母子手帳

海外在住で子供が生まれたので、領事館母子手帳を貰いに行こうとしたら、何なのこれ?

https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ghp/page3_000780.html

デジタル化推進の観点から”ってアホじゃないのか?

PDFプリントしてホチキスで留めて使えってこと?

参考情報として書いてあるリンク国内通販だけだし、領事館電話して海外発送可能な購入先聞いたら、知らんとしか答えんし。

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