はてなキーワード: クリーンとは
政権交代前の自民には、長年の鬱屈と政権交代への期待という強烈なストレートが控えていた
そうであればこそ、スキャンダルというジャブが効けばストレートが決まって政権は潰せた
政権交代への期待は、民主党政権での絵に描いた餅で終わった埋蔵金や高速道路無料化、
こじれるだけで終わった普天間問題、他の国は回復傾向にあったのに日本だけ取り残されていた経済など、
れいわ新選組も、原発問題やワクチンで妄言を吐きすぎてて、胡散臭さは正直言ってN国と同列
加えて重要なのが、極めて酷い話なのだが、恐らくもはや、大半の国民は現政権にクリーンさなど期待してない
麻生氏がいくら問題発言をしようと「あぁ、またね」としかならない下劣さと同じ
モリカケが不発に終わってしまった時点で、今更桜を見る会の私物化程度では「あぁ、またね」としかならない
もっと言えば、多くの国民が政治に求めているのはクリーンさではない
ロッキード等の汚職まみれの田中角栄が未だ人気だったりするのが象徴的ながら、
例えスキャンダルがあろうとも、肝心要の政治そのものに対する不満というストレートがなければ、
スキャンダルというジャブだけでは、いつまで経ってもKOまでは持っていけない
野党に期待しているのはそっちじゃない、ストレートが欲しいんだよ
今が、現政権がどれだけ悪いかというジャブではなくて(それは皆もう知ってる)
欲しいのは「今よりはマシだろう」みたいな消極的な言葉ではなく
政権交代すれば、今よりもっと良い未来が待っているという期待が、希望が
それも、富裕層を悪者にしてやっつけようなんて、勧善懲悪の子供騙しな単純過ぎるストーリーじゃなくて、
民主党政権みたく耳障りの良い綺麗な言葉ばかりを並べた政策じゃなくて、
もっと地に足の着いた、国際情勢なども加味した現実的な、不発のアベノミクスに代わる対抗馬を示して欲しい
無論、悪いことは悪いし、スキャンダルを追求することもある程度はして欲しい
Cornellの議論は、ポルノグラフィの危害を認める一方で、ラディカル・フェミニズムの主張するような形での危害を相対化する。「さらに言えば、マッキノンによると、ポルノグラフィは男性をレイプへと駆り立てることによって産業の外においても女性への直接的な暴力を引き起こす原因になるという。これから見ていくように、私はポルノグラフィの直接的効果としてレイプを輪郭づける因果モデルの適切性を疑問視する。……私は原因―結果モデル自体に関して疑問を呈したいのである。これほどまでに複雑で多層的に象徴が刻み込まれているセクシュアリティの世界でこのようなモデルを使うことは難しい。しかし、このモデルはドゥウォーキン/マッキノンの条例案の基礎として決定的な意味を持っているのである」 。実際に、McKinnonのポルノグラフィ観は、その表象性を(意図的に)無視したものであり、その点について法による規制という強力かつ一方的な手段を用いることには強い疑問がある。「……しかし忘れてはならないのは、ポルノグラフィーは、「グラフィー」という接尾辞が示すように、何よりもまずひとつの表象、ひいては表現作品で……ある。人種差別と同列に語りうるのは性差別であってポルノグラフィーではない(性差別は様々な形をとりうる)。ところがマッキノンらにとっては、結局のところ、ポルノグラフィーと性差別は同義語なのである。彼女らが、ポルノグラフィーにおいて重要なのはそれが「する」ことであって「いう」ことではない、行為であって思想ではないと、ことさらに強調するのはそのためである。……ある表現物が「いう」ことは、なにも(一義的な)「思想」や「メッセージ」に限られるわけではない。言語というものは、自然言語であれ映像言語であれ、ある奥行きをもった立体であり、そこには多重な意味作用が畳み込まれうる……。マッキノンらの議論は、……ジョン・R・サールが「間接的言語行為」と呼んだような現象をいっさい捨象した議論である」 という批判は、言語と行為の間に明確な区別を設けずに、ポルノグラフィが性差別そのものであるという一種のイデオロギーに依存した議論に対する批判そのものである。
もちろん、McKinnonらの条例案は、ポルノグラフィという言葉を制限的に定義することによって、そうした一般的な議論ではなく、特に女性に対して酷薄なもののみを定義域に含めている。しかし、それですらなお表象の問題は不可避であり、言語と行為を限定なく同一視する立場には、疑念がある。まして、直接的効果が後年の研究によって疑問視されている状況にあって、規制の根拠は果たしてどこまでの力を持つといえるだろうか。仮に、McKinnonの主張がなされた当時においてそうした言語と行為が一致するような時代的状況が存在したということを承認したとしても、その射程は現代日本には必ずしも及ばないだろう。つまり、日本におけるポルノグラフィの製作が必然的にそうした女性虐待を表彰ではなく行為として含み、またそうして製作されたポルノグラフィの表象が必然的に(fuckerとしての)男性をレイプに至らしめ、(fuckeeとしての)女性の従属化を固定化する構造を持っているということが実証的に明らかでない限り、法による規制という手段は困難であろうと考えられる。
また、Cornellの依拠するポストモダン・フェミニズムは、立場としてのポストモダン主義を前提としており、そこでは、男性性/女性性といった二項対立的な概念整理はそれ自体批判の対象となる。McKinnonらの議論は、女性解放というフェミニズムの根底的目的に対して、一定の文化コードとしての女性性を再定義し書き込むものである、というのがCornellの分析である。そしてこれは、ポストモダニズムにコミットするか否かというメタ的な問題を抜きにしても、汲むべきところのある議論であろう。つまり、ポルノグラフィの規制根拠として、加害者/fuckerとしての男性と被害者/fuckeeとしての女性を暗黙裡に前提し、それを基盤として提示される議論は、必ずしも現代において盲目的に首肯されるべきものではないというところである。
そもそも、ポルノグラフィは、男性のみによって消費されるものではない。これは、少なくとも現代日本においては議論に際して念頭に置かれてよいことであるように思われる。レディースコミックと言われるジャンルは、1980~90年代ごろから、女性向けの(広義での )ポルノグラフィとして書店に並ぶこととなった。また、同人誌として、いわゆる「やおい本」や「BL」というジャンルもこの頃から一定の勢力として存在していた。これらは全く女性が使用し、消費することを前提に(そしてその多くは女性たちの手によって)制作されたものである。ここでは、ポルノグラフィの概念として当然に前提されていた男性消費者ということさえもが相対化されている。それは、女性の性的欲望、セクシュアリティがfuckeeとして規定されていたことからの解放であるとも評価できるのではないだろうか。そこでは、主体として性的願望を抱く女性が前提されている。ここでは、主体-男性/客体-女性というメタな二項対立の接続が否定されている。これは、ポルノグラフィ危害論において、根底を掘り崩す事実であるのではないか、と考える。これに対して、メインストリームは男性が製作し、男性が消費するポルノグラフィであるという反論はまた、十分に考えられる。しかし、仮にメインストリームは男性向けであって、女性向けがサブストリームであるという主張を容れたとしても、なおポルノグラフィが必然的に男女を社会的に構造化し、差別を直接的効果として助長し、あるいは引き起こすものであるという根本主張は、強く相対化されたものとしてとらえられなくてはならなくなるということは言ってよいように思われる。
4. 結び
前章において、ポルノグラフィの及ぼす危害について、その直接性が少なくとも現代日本においては相対化されるべきであることを示し、また、McKinnonやDworkinの議論それ自体に潜む女性性のコード化はフェミニズムの本義からしてなお批判可能性を有するものであるというポストモダン的フェミニズムの見解を紹介した。そのうえで、表現の自由という価値原理はポルノグラフィに対していかに向き合うべきかということを簡単に整理する。
日本において、表現の自由の価値は高く見積もられる 一方で、定義づけ衡量のもとでポルノグラフィを含む一定の表現について規制を肯定する。そして、ことポルノグラフィにおいてはそれが善良なる性風俗や最低限の社会道徳の維持という目的のもとに正当化されてきた歴史を判例上有する。McKinnonらの議論において革新的であったのは、ポルノグラフィの規制は道徳的な問題と訣別し、女性に対する危害の面から規制を検討されるべきである、ということであった。この指摘は、法と道徳を可能な限り切り分けようとする立場をとるならば高い妥当性を持つものであり、その危害が現実的に認められる限りにおいて表現の自由に対する制約は当然に許されるものとして考えられる。しかし、この危害に関しても、「(リューベン・)オジアンの著作[ポルノグラフィーを考える(2003):筆者註]は、ポルノグラフィーに対する道徳哲学の立場からのアプローチであるという点で注目に値する。彼は、ジョン・ステュアート・ミルの「危害原理harm principle」……の流れを汲む自身の「最小倫理éthique minimale」に基づいて、ポルノ規制を正当化する議論……に反駁している。ポルノグラフィーがもたらすとされる「危害」について、オジアンが反ポルノ派フェミニストとは大きく見解を異にしていることは容易に想像できるだろう。興味ぶかいのは、オジアン同様「善」ではなく「正義」の問題として……ポルノグラフィーをとらえたはずのフェミニストの議論すらじつはある「善」概念を暗黙裡に前提していると彼が指摘している点である」 という指摘がある。つまり、特定の善概念に基づいた特殊的な危害が主張されているに過ぎないのではないか、ということである。例えば、守旧派的なキリスト教における「善」の概念が同性愛を悪と断じたことを考えれば、一定の善が前提されたうえで主張される危害は、相対化してとらえられるべきであろう。
こうした危害についての理解は、法規制についてネガティヴである。さらにMcKinnonらの主張には逆行することとなるが、むしろその主張における「道徳から危害へ」の転換は現在の規制すら過剰なものであるという結論への親和性を有している。もちろんこれは、女性に対してポルノグラフィ制作現場において発生する暴力や虐待を許容せよということを決して意味しない。むしろ、そうした事態が発生した場合に、適切に法が救済を与えることは、考えるまでもなく必要なことである。そのためにいかなる手段が妥当であるかが問われるべきではないだろうか。
一部のフェミニストが主張するように、ポルノ出演や売春を含めたセックスワーカーである女性が、法規制の対象となるのではなく、むしろ一つの「職業」そのものであり、合法であるという社会的及び法的な認知が必要となるのではないだろうか、と考える。それが社会的に正業であると認知されることは、その「職場」におけるハラスメントや虐待を看過しないことにつながりうる。問題が発生した場合に、自らの「クリーン・ハンド」において司法の救済を要求することが可能となる。そして、そうした「解放」は男女(あるいは性的少数者性)を問わずに自らのセクシュアリティに対して真剣に向き合うことを要求する。それによって、直接的は生じないものの、間接的にあるいは無意識的に発生しうる「危害」は社会的に相対化されうるのではないだろうか。
以上のポルノグラフィ規制緩和論が、法が向き合うべき一つの筋道ではないだろうかという主張をもって、本レポートの結びとする。
参考文献
・キャサリン・マッキノン,アンドレア・ドウォーキン著 中里見博,森田成也訳「ポルノグラフィと性差別」(青木書店, 2002)
・ドゥルシラ・コーネル著 仲正昌樹監訳「イマジナリーな領域」(御茶の水書房, 2006)
・大浦康介編「共同研究 ポルノグラフィー」(平凡社, 2011)
・キャサリン・マッキノン著 森田成也ら訳「女の生、男の法」(岩波書店, 2011)
日曜の日本×南ア戦、結果は少し残念なものとなったが、ちょっと苦し紛れっぽくポストしたプレビューで試合の見所を紹介でき、観戦の良い補助線になったというコメントもいただき、多くの人に楽しみを提供できたかもしれないと思うと嬉しかった。
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日本代表の試合となると、勝ち負けの結果が最大の観戦ポイントとなるのは避けがたいが、そうなると負け試合になった時、ただ悔しい、辛い、つまらない、みるんじゃなかった、という思いも心に湧き上がってしまう。
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増田としては、それだけではなくて、事前に何をもって戦いに臨み、実際にフィールドで何が起きているのか、というところに目を向けて、このスポーツの面白みを発見できる見方を知って欲しかった。
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また、見方において日本戦だけでなく他の試合においても思うところあり、スコットランド戦のレビューでも触れたように、「勝者の物語」はまた「敗者の物語」という側面を持っている。
日本に敗れたチームや、強豪に敗れたチームの詳細にも触れて、普段の観戦よりもう少しだけ多くの視点からの風景を共有したいと思った。
そう言った意味では、ウェールズ×ジョージア戦や、ちょっとお説教を頂いた日本×スコットランド戦のレビューも、その遂行面ではともかく、視点としてはまあまあ気に入っている。
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さあ、準々決勝の4試合だが「多分リアルタイムで観るの難しいっぽいなー」と言っていたものの、蓋を開けてみるとクアラルンプールからの帰国便は6時間余りあり、機内のモニタでも国際スポーツチャンネルがあったので、19日の2試合はリアルタイム観戦ができた。
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さらに、南ア戦の翌日は1週間の旅の疲れを癒すために休暇をとっていたので、オンデマンド放送でウェールズ×フランス戦も観戦できた。
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詳細なレビューは書ききれないが、これらの試合を概観し、準決勝の展望についても触れたいと思う。
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イングランド×オーストラリアの試合は、伝統的な重くてシンプルなフィジカルラグビーに4年で鍛え上げた強力なオープン攻撃を組み合わせたイングランドの「進化型フィジカルラグビー」と、「ストラクチャー」ではあるが地上戦のランで組み立てる今となってはクラシカルなオーストラリアの「シークエンスラグビー」の激突となった。
「シークエンス(台本)」と言いながらも、オーストラリアはその布陣においてSHのウィル・ゲニア、SOのクリスチャン・リアリーファノ、FBのカートリー・ビールと試合のタクトを振れる3人を並べ、トリプル司令塔で攻撃に冗長性と予測不能性を加えていた。
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しかし、その3人をもってしてもイングランドの強固なディフェンスの穴を見つけることができず、長時間ボールを支配したにも関わらず、その時間に見合ったスコアを獲得できなかった。
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スタッツをみることができるなら、「ボール支配率(possession)」と「ゲインメーター(meters made)」に注目してほしい。
オーストラリアは62%もポゼッションし、イングランドの2倍以上の距離をメイドした。
にもかかわらずスコアにはつながっておらず、これは多くの場合、エラーやディフェンスにあって突破ができなかったという事で、非常に効率の悪い攻めをしていたことを意味する。
このことの視点をひっくり返してタックルに注目してみると、イングランドはタックル数において86回のオーストラリアに倍する193回のタックルを見舞っていたにも関わらず、オーストラリアの13回のタックルミスに対して21回のタックルミスしかしていない。
6.6回に1回捕まえられなかったオーストラリアに対し、倍の数を試して10回に1回しかミスしていないということだ。
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効率を無視したメーター数と運動能力で圧倒するのはオーストラリアのスタイルであり、簡単に変えるのが正しいとは言い切れないが、ボールを持たずに白い壁を作り、切り返しからの一発で獲るのもまたイングランドのスタイルであり、オーストラリアは自分たちのプランに持ち込めたが、遂行の面でイングランドに問題を突きつけられた、という形になった。
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オーストラリアとイングランド、双方のHC、マイケル・チェイカとエディー・ジョーンズはコーチボックスでブチ切れる事で名高いが、フラストレーションの溜まる展開も、結果はかなり一方的なものとなり、チェイカはキレるというより憮然としてしまった。
こうしてイングランドが準々決勝に次いでまたも準決勝に一番乗りした。
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スタイルを貫いたのに壁に跳ね返される展開となった第一試合だったが、第二試合で増田はさらに息を呑むような衝撃的な光景を目の当たりにする。
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今年のテストマッチでオールブラックスを破り、直前まで獲得した世界ランキング1位を引っ提げてW杯に乗り込んだアイルランドだったが、彼らはその「1位」という数字の当てにならなさを残酷なまでに突きつけられた。
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36%しか獲得できなかった「地域獲得率(territory)」、オールブラックスと比して8割ほどの回数はボールキャリーできたのに半分ほどしかメイドできなかった「ゲインメーター(meters made)」、クリーンブレイク僅か2回、そして最終スコアの46−14は、「どんなプランを持っていたにせよ、ほとんど何もさせてもらえなかった」という事を意味する。
オールブラックスとほぼ同じ回数タックルを見舞っていたにも関わらず、2.5倍もタックルミスをしてしまい、8回ものターンオーバーを喫している。
実際見ても、あの緑の壁が地上戦でズルズルと下がっていたのは恐ろしい光景だった。
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オールブラックスはアーディー・サヴェア、ブロディ・レタリックなど強力FW陣が躍動し、コーディー・テイラー、デーン・コールズ(驚くべきことに2人ともFWだ)、ジョージ・ブリッジなどの驚異的なランナーが次々とラインを破り、アーロン・スミスやボーデン・バレッドがその閃きで違いを作り出したが、増田は個人的POMとしてSOのリッチー・モウンガを挙げたい。
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この地味な司令塔は、敵陣に侵入し、すわ驚異的なアタックが始まるぞという時でも、デフェンスラインが浅いとみるやゴロパントを蹴って22mのさらに深くからのセットプレーを相手に強い、ボールが暴れるやドリブルで蹴だしてボーデン・バレットへ脚でのパス。
黒子に徹しながらも異常な反応速度と驚異的な回転の早さで黒衣の王者を動かした。
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緑の巨体を一蹴したオールブラックスが今度は白い壁がまつ準決勝に駒を進めた。
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細かい数字の話が続いたのでスタッツからは少し離れることにしよう。
ウェールズ×フランスは、準々決勝で唯一、1点を争うクロスゲームが演じられた。
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緑の芝に赤と青のユニフォームが映える一戦は、個人の閃きで予測不能な攻撃を仕掛ける青のフランスに対し、壁を作って切り返し、直線的なランとハイパント、サインプレーからの一発を狙う赤のウェールズという展開となった。
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前半からボールを支配し、次々と不確実性を突きつけるフランスに対し、守勢に回るウェールズは、数少ない攻撃のチャンスを得ても、ダン・ビガー、ガレス・デービス、リーアム・ウィリアムズの個人技しか出来ることがない。
そもそもウェールズは3フェイズ以上の攻撃になるとすぐに手詰まりを起こしてしまい、そこから先はキックと個人技と密集戦くらいしかやることがなくなってしまうのだが、その3フェイズの切れ味で尸の山を築いてきたチームだ。
ボールをもってジャズセッションを奏でたいフランス相手に気分良い時間を提供してしまう。
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しかし、しかしだ、フランスにはなぜかW杯で顔を出す、悪い、致命的に悪いクセがある。
前回W杯で密集のどさくさに紛れてオールブラックスのリッチー・マコウに芝との挟み撃ちにするプレスパンチを繰り出し退場者をだした様に、今回もLOのセバスティアン・ヴァーマイナがモールのどさくさに紛れてウェールズの選手に肘打ちを見舞ってしまう。
掲げられた赤いカードは同じ赤のジャージを着たウェールズにとっては幸運のカード、青のフランスにとっては逮捕状に見えたことだろう。
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ここからウェールズは徐々に息を吹き返し、ついには土壇場で勝負をひっくり返した。
フランスは優位に進めていた試合を自ら壊してしまい、涙を飲むことになった。
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W杯が始まってからというもの、「あーこりゃマズいな」という状況を執念でひっくり返し、薄氷の勝利の道を踏み抜かずに歩き続けるウェールズは感嘆に値する。
毎度毎度、怪我人の穴埋めで呼び出されて司令塔になるW杯男、ダン・ビガーは、男であればこうありたいと思わせる勝負強さだし、肘打ちを食いながらもPOMに輝いたアーロン・ウェインライトは全てのパパが見習うべきで、父たるもの大男はちょっと厳しくてもヤンチャな娘の肘打ちくらいには耐えないといけない。
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土壇場に強い男たちの活躍で準決勝3番目の椅子はウェールズのものとなった。
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準決勝はニュージーランド×イングランド、ウェールズ×南アフリカという組み合わせとなった。
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ここまで圧倒的な強さを見せつけるオールブラックスだが、相手に付け入る隙を与えずねじ伏せてきたのはイングランドも変わらない。
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しかしオールブラックスが優位に試合を運ぶのではないだろうか。
重厚でクラシカルなスタイルから進化して、未来型フィジカルラグビーとでもいうべき戦法で次々と対戦相手を沈めてきたイングランドだが、その選択肢の多さが逆にオールブラックスの付け入る隙となるかもしれない。
いっそランニングを捨てて激しく前に出る高速ディフェンスによってオールブラックスのモメンタムがつく前に潰し続け、ロースコアの展開に持ち込んだほうが勝機が見えて来るのではないかとも思う。
オールブラックスとしては、いかにして前に3mのスペースがある状態でボールを持つかということになる。
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名将スティーブ・ハンセンと、勝負師エディー・ジョーンズの采配に注目だ。
また、エディーがいつコーチボックスでブチ切れるかにも注目だ。
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南アフリカとウェールズの戦いに関しては、ともにフィジカルを盾にしたディフェンスに特色のあるチームであり、小細工を弄するような対戦になると考えづらい。
双方ともペナルティゴールを積み上げた上で、試合合計でも3個以内のトライを奪い合う展開になるのではないかと思う。
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自分の自尊心を守る為に見えてるものに目を瞑る誘惑には耐えなければいけないが、それでも南アフリカが優位にゲームを進めるのではないだろうか。
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翻って必殺の一撃が世界最高クラスのフィジカル相手にも通じるのか試さないといけないウェールズだが、どうもクロスゲームには縁があり、かつて日本相手のテストマッチでも70分過ぎのドロップゴールで逃げ切った経験がある。
今回ももし75分を過ぎて手が届く点差なら何でも起き得る。
綱渡りのうまい大男達がまたも勝負の谷を超え、頂への挑戦権を得るだろうか。
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日本の挑戦は終わったが、W杯で残された4試合はいずれも興味深いものばかりだ。
みんなも是非もう少しお付き合いいただきたい。
記事の剽窃がバレても「うっかり広い画使ったなんて腐る程あるし、損害額の立証できなけりゃ出来ても少額」「立ち小便の軽犯罪や店のコンセント使った窃盗レベルで騒いでる」レベルの倫理観。他にも以前から挑発的な発言多数。典型的な炎上マーケター。地獄を生み出しもの。
「剽窃記事でもそれでスキルを身に着ければ俺は良い」レベルの倫理観。地獄の住人。
真面目にウェブカツを通じてスキルを上げようとする人も中にはいるかもしれない。普通に可愛そうで地獄。ただそんな人存在するのか?もしいたらスクール選定の目がないレベルではない。むしろここのスクールを選んだのなら、心を強くもって地獄の住人になりきる度量が必要。
「〇〇大学の△△研究室の教授がヤベーやつだからそこの研究室からは採用しない」「〇〇大学の学長が不祥事起こしたからそこの卒業生は採用しない」「弊社は個人ではなく出身を重視します」と同レベルの(学歴)差別をしていると気づいていないマンがツイートで炙り出されてて地獄。地獄の隣人。
「剽窃されて即削除依頼は愚策。私ならまず使用してもらったお礼を言って営業かけて、仕事につながらなかったらその時に削除依頼を出しますね(意訳)」という強かな人。できるビジネスマンっぽくて非常に良い。ただ地獄の住人であることには変わりはない。
インターネットノイズ・ウェブカツが目に入るのを常人頃から不満を持っていた者が、今回の炎上を機に叩きに行ってる地獄の観光客。普段は気にしないように努めてるのに、TLに目についてイライラしてるバカ。こんな記事書くくらいしか日曜日の暇つぶしの方法がわからない。好調しない人生という名の地獄の住人。
今回の炎上後に上げた高級車の画像から「レンタルじゃね?」的な指摘をするウォッチメンが登場。ZOZOの田端氏のツイートに毎回ヘイトツイートする者、ママタレ女優のブログに毎回ヘイトコメントする者、すべては同じ地獄の貉である。人生の大半をウォッチメンとして過ごす。
IT界隈をクリーンにしようと常日頃努力している者たちが、今回の炎上でまた一つ仕事が増えて時間が奪われて地獄。剽窃疑惑の記事をGoogleドライブにまとめてホッテントリする努力と時間も、もしかしたら人生を好調に向かわせることのできた他のことに費やせたかもしれない。
TLにウェブカツが目に写っても気にしない人。あるいは一言苦言を呈したあとは記憶から抹消し、別のやるべきことに行動を起こせる人。セルフコントロールができている者が、人生を好調に向かわせることができる。地獄の抜け出し方を教えてほしい。
民度の低下が嘆かわしい
アニメから入った人なら分かると思うが、アニメ派に原作ネタバレでマウントを取る奴がやたらめったら多いのである
アニメしか見ておらずアニメ化された範囲までしか原作を知らない視聴者に本誌や単行本のネタバレをする読者は配慮というものを知らないのだろうか
アニメ派はただ純粋に楽しみたいだけなのに鬼滅民にはネタバレ配慮の心がない
Twitter、TikTok、YouTube、Abema、ニコニコ、pixiv、Google、Wikipedia、その他インターネットのあちこちで原作ネタバレが横行している
鬼滅のタイトルやキャラ名や画像を調べるとネタバレを踏む、なぜこんなにも民度が低いのか
アニメ派のこのような悲痛な叫びは鬼滅民の卑劣なネタバレテロにより途切れるどころか増加する一方である
なんと、鬼滅やキャラ名で検索しようとするとまず表示される検索候補でネタバレを踏んでしまうのだ
もちろん検索すると原作既読者による原作未読部分のネタバレが飛び交っている
本誌や単行本の感想や考察を発売されたものを購入したからといってふせったーなしでべらべら喋る奴は自重や配慮という言葉を知らないのか
原作に一銭も落とす気のない人間がこれからも鬼滅を楽しむためにも検索に引っかからないよう原作勢は鍵をかけろ
おすすめをオフにしてトレンドの地域を日本から適当な他国に設定すればトレンドでネタバレを踏むこともなくなるが、日本のトレンドがどうしても見たいもしくは知性がないので設定を変えることはできない人のことも考えてほしい
劇場版製作発表で原作読者はテンションが上がったかもしれないが、自衛はしないが配慮は求めるアニメ新規を大切にしろ、トレンドに上がるほど呟くな
鬼滅読者をフォローしているとスクロールするだけで本誌ネタバレツイートが目に入ってくる、どうしたらいいんだ
「本誌」や「単行本」や「バレ」などネタバレになりそうなワードをミュートするのは手間だからしたくない
手間暇かけてミュートしても、本誌バレなどの注意書きすらなしにミュートをすり抜けて二次創作絵や漫画など画像で原作のネタバレが飛んでくる
iPhone公式アプリの機能でメディアのプレビューをオフにすれば画像や動画のプレビューが非表示になるが、なぜわざわざそこまでしなくてはならないのか
PCでTwitterを見るときはブラウザに拡張機能「GoodTwitter」を入れて「Stylus」を入れて画像を表示しないユーザースタイルをインストールすれば画像を非表示にできるが、アニメで追いたいだけで単行本を買ったり本誌で応援する気はない人間なんだからそこまでの労力を払わせないでほしい
「公式アカにリプライ飛ばすマンをブロックする奴」を使えば指定したアカウントやツイートにリプライしているアカウントを一括でブロミュできるが、公式へのリプライでネタバレをしている人を見て文句は言えてもアプリ連携してさくっとブロックはできないことだってあるかもしれない
「Twitter Block Chain」、いわゆる全ブロ砲を入れてネタバレ感想や二次創作を呟いたアカウントやアカウント名やプロフィールにネタバレ配慮しないことを明記しているアカウントを見かけるたびにフォロワーの一括ブロックを繰り返せば理想の世界が近づくが、巻き込みブロックが恐ろしい、自衛したいのにさせてくれないと嘆く割にはネタバレをするアカウントをフォローしている時点でブロックする思い切りが足りない、巻き込みブロックに対するなんやかんやはこちら(http://cr.hatenablog.com/entry/2019/09/18/232252)のでもでもだってちゃん向け質疑応答が参考になると思われる
TLをトップツイートの優先表示から最新ツイート表示に切り替えると「いいねしました」は表示されないが、自分がフォローしている相手がネタバレツイートをRTはしなくてもいいねすることにより「いいねしました」でネタバレを踏むことがしばしばある、フォロー先にはフォロワーに気を使っていいねではなくブックマークに追加機能を使ってほしい
また現在どうやら効果はなくなったらしいが、何かの間違いでTwitterが正気を取り戻してくれたときのために以下のワードをミュートしておくことをおすすめする
suggest_ranked_timeline_tweet
suggest_pyle_tweet
suggest_activity
suggest_who_to_follow
suggest_recap
suggest_recycled_tweet
suggest_activity_tweet
suggest_recycled_tweet_inline
新UIになってからブロックリスト機能が使えないのはプロモーションを出すアカウントを一括ブロックされないための対策なのだろうか、「GoodTwitter」を入れるとブロックリスト機能も復活するので便利である
拡張機能「Twitter One Click Block」を入れると相手のホームに飛ばなくてもツイートからワンクリックでブロックが可能になるが、まさか「自衛徹底してるのにネタバレが視界に入った、ブロックしたが面倒をかけさせるな」と主張する人間がこの時短ツールを入れていないはずがないので当初割愛したことをお詫びする
ネタバレやネタバレRTを流してくるアカウントをフォローしているのは自分だが、リムブロミュートができることやRTの非表示設定があることも知らないし、知っていても自分ではなく相手に譲ってほしいのでそういった機能の活用ができない人もいることを慮ってほしい
本誌や単行本を読んでいる人間には、アニメ派に配慮して、Twitterで原作のネタバレになる感想、考察、二次創作をやめていただきたい
TikTokってニコニコYouTubeを抜かして現在無断転載の急先鋒だと思ってたけど違うのか?
そんなサービスのユーザーが何言っても寝言にしか聞こえないことは置いておいてまあとにかくTikTokにはネタバレが溢れていて原作未読にとっては地雷原である
TikTokでは鬼滅関連の動画や画像がたくさん投稿されている
そしてそれらの動画を見るとなんと高確率でネタバレをくらってしまうのだ
そもそも公式配信プラットフォームではない以上全て無断転載動画なので鬼滅で検索する時点で何かが間違っているがそんなことは考えられない人間のために尽くしてほしい
コメントはデフォルトで非表示なのでわざわざ見ようとしなければ見ることはできないのだが、コメントを見るのをやめられない体質のためコメントでネタバレを踏んでしまうのだ、勘弁してほしい
それはそれとして初めてTikTok触ったけどリア厨の今の住処がここなんだなあと思いました
無断転載画像での切り貼り加工動画、そしてそれを壁紙配布、YouTubeでよく外国人がpixivとかから自作ではないファンアート勝手に加工して動画作って上げているのを見たことがあるけどあんな感じでもうなんかお腹いっぱい
ミュート機能もないしブロックしてもおすすめに出てくるしTikTokは不便である、そしてこんな無法地帯に自分から突っ込んでネタバレ踏みました!って主張する奴の気が知れんわ
でもリア充動画によって心にダメージを負ったのでTikTokアンインストールしました
いやカップルは何も悪くないしコメント欄もリア充への怨嗟が湧くことなく和気藹々としてるのはTwitterなどよりよほど平和なのだが文化が違う
驚くべきことに、気をつけていてもYouTubeで鬼滅の刃と検索すると鬼滅のネタバレが出てくるのだ
鬼滅動画のコメントはアニメ派にとっては原作読者のネタバレで溢れている、スルーができないアニメ派にとってはコメントを見なければ済む話ではないのである
そもそも鬼滅の刃はYouTubeでは公式配信されていないため、ネタバレ配慮を求めつつYouTubeで検索をかける時点で何かが間違っている気がしてならないが、とにかく許せない
ブラウザに拡張機能「Video Blocker」を入れると、特定のチャンネルや動画を非表示にしたり、指定したワードを含むチャンネルや動画を非表示にすることができるため、これを使って鬼滅をワードミュートするだけでおすすめにも表示されなくなり不意のネタバレ被弾は防げるのだが、動画が映っている目の前の箱や板を使って調べることもできない人間がいることを動画投稿者は知らないのだろうか、無知とは恐ろしいものだ
なんという不測の事態、公式配信動画のコメントに原作既読者のネタバレがあるなどとは神ですら予期できなかっただろう
コメント非表示するだけで解決するが、コメントで数年前に連載されて単行本化済みの原作ネタバレなど予想できるはずもない
何より自分一人に非表示機能を使わせることで解決しないでほしい、自分以外の人々がみな良心に従ってネタバレコメントを控えてくれれば解決する
コメント関係なく動画の内容でネタバレ? 動画を作るほどなんだから投稿者はお前と違って原作をきちんと読んでいるんだよ(元ネタを知らない人間への配慮がないとはなんと残酷なのだろう、そもそも元はYouTube無断転載動画サイトに子供のための夢の国並みのクリーンな治安を期待する方がおかしいなどとは老人の言うことだ)
百科というコンテンツ名を見てアクセスしてネタバレを踏む、体を張った芸なんだよな? ネタで言ってるんだよな? ネタバレ伏せるかどうかは編集者の善意次第だって分か…分からない?…百科というのはある科目についての知識をまとめたものだから当然その科目についての詳しい情報が載っているんだ、国語辞典とか英和辞典使ったことある? 肝心な部分いちいち伏せられてたら意味ないってわけよ
繰り返すけどコメント非表示機能って知ってる?(新規に配慮して原作既読者は全員ネタバレコメントを控える、それができなければ民度が悪いということだ、実現可能性などという甘えたことはぬかすな)
吃驚することに鬼滅の刃の二次創作を漁ると鬼滅の刃のネタバレを踏んでしまうのだ
いったいどうしてなぜこのような不思議なことが起きるのだろうか
ミュートすれば絵も文も目に入らないが、自分にミュート機能を使わせるのではなくpixiv会員全員がネタバレ防止を肝に銘じて各々の投稿をしてほしい
バレあり表記は作者の善意によるものでありあれば親切、仮になくても責められることではないという良識はアニメ派の非常識なのだ
特に逆行ものはある程度まで原作が進んだ状態でそれより前の時間軸に戻るというジャンル上、原作ネタバレが含まれているのは至極当然の話だが、そんなことも理解できない頭の持ち主のためによくよく注意してほしい
投稿日がアニメ化前の作品についても、投稿された時点ではアニメのみ原作未読への配慮という概念が存在し得なかったことを差し引いても、確認不足という自分の落ち度は存在しない、原作ネタバレとはそれだけの"罪"である
いや二次創作がたくさん投稿されているSNSを自分から閲覧しておいてネタバレ踏んだんですけど!って怒る人マジでいるの? 非実在藁人形でしょそんなん、実在したら実録ホラーすぎるわ、ネタで言ってるんでしょ
ランキングで勝手に目に入ってくるとかミュート使えないの? 二次創作は見たいけど原作ネタバレは踏みたくないの? 自分ではなく二次創作の作者のせいなの? こいつ頭が終わっておる でもそれくらい狂ってなきゃ原作未読で二次創作に手を出して作者に文句をつけるなんてイカれた真似できねえや 尊敬はしないね
ニコニコ大百科と以下同文
えっと…ええと…何言ってるのかよく分からないけどとにかくネタバレは悪
画像検索したらネタバレを踏む、 画像は見たいけどそこにネタバレがあるのは理解できない、許されない
詳しい情報を知りたくて検索したら配慮も伏せもないネタバレを踏んでしまった、何事もご新規様の新鮮な感動のために重要な部分は伏せる、隠す、そういった配慮の精神が全人類に美徳として備わっているべきなのにインターネットには剥き出しのネタバレがごろごろ転がっていて地獄の有様である
Googleサジェストの検索候補でネタバレを見てしまう問題はPCでもiPhoneでもAndroidでもChromeの設定でオフにできるし検索履歴も消せるが、Googleで鬼滅を調べることや調べたらネタバレが出てきた被害を訴えることができても避ける方法を調べて実行することはできない情報弱者に強者は配慮すべき
えっと…手の打ちようがない…
自分からWikipediaで調べてネタバレ踏んだわーつれえわーってマジで言う人マジでいるんですか?
こわ〜…正気か…?
あれはなんですか? 我々には救えぬものじゃ
言うまでもないと思ってたけどWikipediaにおいてネタバレはどう扱われるかのガイドラインの記事をよく読んでね
以下引用
"ウィキペディアの記事にはネタバレがあると一般に予想されます。ネタバレという理由によって、該当する記述をウィキペディア上から除去することは認められません。また、非表示にしたり読み飛ばすためのリンクを設けたりするなど、読者の目に入りにくくするための特別な配慮もすべきではありません。そのような動機によって中立的な観点、百科事典としての在り方、完全性、その他の記事の品質を司る要素を妨げてはいけません。"
アニメ化を機に原作に金は払わないけどアニメ化前から原作を追っている読者にネタバレ死ね殺すとかのたまうキッズが増えましたね
週刊誌に何年も前から連載していてその頃から応援しているファンがいる漫画に対して単行本も本誌も買わないしできる限りの自衛もしないが文句だけは声高にネタバレ配慮は求めるお前、お前の民度というよりリテラシーが低いんだよ、永遠にROMってろ
続き
NHKから国民を守る党の立花が埼玉の参院選補選に立候補した。これがとにかく面白い、と増田は思うのでその内容を解説したいと思う。
まず自分の立ち位置から。今年の参院選でN国が一議席を獲得するまでは単なる泡沫だと思っていた。参院選終了後から立花チャンネルを研究して、今では準支持者である(まだ投票したことはない)。
前埼玉知事の上田氏が大野現参院議員とのバーターでやめたのが先々月。大野は無事知事に当選し、今回上田が補選に出馬した。上田は元衆院議員でその後埼玉県知事を4期!務め、任期満了で大野と交代。
最も馬鹿だと思うのは、参院選に完全無所属で出馬するということである。上田は国家議員の最後は民主党に所属していたものの自民党の二階が支持しているという情報もあり思想は完全に不透明である。
国政に進出するのであれば、消費税や改憲、あるいは韓国との外交課題などについて一定の見解を示すべきであるが、開示されていない。自民も公明も民主も維新も社民も共産もある意味支持できてしまう状態である。投票したら国政にどのような影響があるのか全くわからない。これ程有権者を馬鹿にした候補者が本当に国会議員に相応しいのか?
そもそも立花の目的はNHKのスクランブル化である。その目的に対して手段を選ばないところが、普段ビジネスをやっている増田から見ると無茶苦茶参考になる。ビジョンを持って組織を作り、アジャイルなプロジェクトの進め方をする。増田がこの点で衝撃を受けたのはマツコ糾弾の時である。あの時、なぜマツコを選んだのか。同時期に東国原や太田など立花批判者がいた。これらのテレビに出ている有名人として一見同じ枠に入っていると思われる人物には違いがあったのである。それは文字通り数字(Youtubeの再生回数)が取れるかどうかだった。なんと、立花はこれらの人物への反論を通じてABテストをしていたとのことである。そして最も数字が取れる人物がマツコデラックスだったと。
今回の補選も計算ずくだ。たとえ立花が辞めたとしても、比例区なので二位の浜田が繰り上がる。ここのところ選挙に出まくっていた浜田は体調も崩していたし、心配だったので一度身分が落ち着いて仕事ができる環境になったのは本当に良かったと思う。
また、N国は選挙にお金を使わない。今回も供託金は必ず返ってくるだろうし、限りなく安い費用で選挙をするだろう。これは寄付金等で既得権益の代表である組織から資金をもらわないということであり、クリーンな政治が可能になるということでもある。
にわかN国ウォッチャーである増田は昨日重大な発表があるというのを動画で確認していた。しかし、立花自身が出馬するというのを全く予想出来なかった。立花曰く先週金曜日の夜に思いついたとのことである。最初に相談された幹事長の上杉ですら反対したということで誰もが思いつかなかった裏技だ。しかし、一度聞くとこれは合理的な理由があるしなにより埼玉の補選で勝てる可能性が十分にあると直感した。はてなのインテリたちはこんな泡沫が当選するなんて、と思うだろう。その気持ちはよくわかる。しかし、このような右派ポピュリズムが台頭するのは世界の潮流でもある。トランプやジョンソンが当選したように、立花が当選する確率はかなり高いと増田はみている。共産やれいわの候補が出ていれば難しかったかもしれないが、上田との一騎討ちになった時点で確率はかなり上がった。
もし自分が埼玉県民だったとして、投票所に行って上田の名前を書きたいだろうか?良識あるはてなの皆さんにとってこれはかなり葛藤があるはずだ。71歳、再選しないと言っていた知事を4選もして、しかも大野と参院選をバーターで交代。所属を明らかにせず完全無所属。こんな既得権益まみれのお爺さんの名前を自分の大切な投票用紙に書くのか?
まず、誰がそれぞれの候補の応援にくるかは見ものだろう。立花側は渡辺喜美、丸山穂高、青汁王子、上杉などは決定だろうが、あと誰がくるか。ホリエモンはポスターの掲示責任者になったそうなので、ポスターも大注目だ。
一方で上田側は誰がくるのか?枝野と二階はくるのかもしれない。地元の組織の有力者も来るだろう。しかしこの情勢でほかに来たい人はいるのだろうか?応援したらそれはつまり既得権益の代表だと宣言していると立花に批判されるだろう。それでもくる国会議員は誰なのか?注目である。
アンチの人はどうするべきか
もし自分がN国アンチだったら今回どういう戦略をとるかを考えてみた。一つは既存政党の中に入って上田を応援することである。しかしここを読んでいるような人は上田を積極的に応援したいとは思わないだろう。そうすると今回は詰んでいる。どちらの候補者も嫌だからだ。
とすると相対的に立花を引きずり落とすしかない。ただし、生半可なやり方では立花に通用しない。
増田が考えたN国攻撃の方法はいくつかあるが、どれも警察沙汰になる覚悟がないとできなさそうだ。そういう先鋭的なアンチが出てくるのではないかと心配している。立花の立場はあくまでも話し合いで解決である(ここがコミュ障には厳しいところなのだが)。これらの手法で立花を攻撃しても結局は立花に利することになるのではないかと思う。
まとめ
増田は現時点で立花の当選可能性は高いと考えている。残念ながら埼玉の補選は上田vs立花という、N国アンチの人にとっては最悪の選挙になってしまった。クソの中からクソを選ぶことになったと感じる人も多いだろう。どっちのクソがよりマシなのか、きちんと考えた方がいい。まずはインターネットで両者の主張を調べてみよう。
去る9月29日に 株式会社ラフィネ さん主催の南アフリカワインイベントに参加してきました。
ラフィネさんは南アフリカの生産者のワインを多く扱う都内のワインインポーターです。今秋、日本でRugby World Cup 2019が開催されることから大会観戦を兼ねて南アフリカの8生産者に来日していただき、日本各地でイベントが開催されました。このうち6生産者に今回限定のスペシャルワインを造っていただき、RWC(Raffine Wine Collection)として6本セットで販売、今回はその記念イベントでした。各ワイナリーがスペシャルワイン1種+通常のキュヴェ1種を出典、もちろん生産者ご本人とお話しでき、またお料理や素敵な記念品もついてくるという大変豪華なイベントでした。
バーデンホーストのアディさんのYuuuuupppppaaaaaa!!!で乾杯!からスタート。
ラフィネさんのFacebookにテクニカルの詳細が載っていますので詳しくは是非そちらもご覧ください。
A.A.Badenhorst (Swartland)
・Raffine Wine Collection by A.A.Badenhorst
パールドバーグのエイトケイクという単一畑からのシラーズ100%を全房率100%で醸したキュヴェ、無濾過無清澄。シラーズ100%のキュヴェを造るのは初めてとのことでした。イメージとしてはイエローラベルのシラーズ単一品種版でしょうか。果実味がピンと張ったエネルギーに満ち溢れている液体ですがあからさまに濃厚!というわけではなく、非常にクリーンでエレガント。言葉尻からの印象ですがシラーズ!というよりはエレガント系シラーの美質を存分に感じさせてくれました。他の単一シリーズもそうなのですが、ご本人からは豪快な印象を受けるのにとても繊細に造られているなーと思います。
・Ramnasgras Cinsault 2017 (double magnum bottle)
先日のワインショップでの試飲会でもいただいたキュヴェですがこちらはなんと3Lのダブルマグナム、軽々と持ち上げてらっしゃったのがすごい!前回同様にハーブ、スパイスの香りとジューシーな果実味、土のニュアンスがバランス良く融合した素晴らしいワインでした。
Alheit Vineyards (Hermanus)
・Raffine Wine Collection by Alheit Vineyards
2015年ヴィンテージからリリースしているLa Collineと同じ畑からのセミヨン(+セミヨン・グリ)100%、通常版との違いは最上部の区画からのみ造られていること。全房率100%。La Collineがリリースされる前はセミヨン・グリ主体でスキンコンタクトをしたAllow Heartというキュヴェでリリースされており、Allow Heartの再現としてスペシャルワインが出てくるかなーなどと勝手に妄想しておりましたがLa Collineのスペシャル版として造ったとのことでした。La CollineはAlheitの上位レンジであるシングルヴィンヤードシリーズ唯一のセミヨン単一(他は全てシュナン・ブラン)ということもありふくよかさが印象的なのですが、今回のRWC版は区画を上部に限定することで酸やミネラルに伴う骨格をより強く感じることができる大変気品にあふれたキュヴェとなっていました。
・Cartology 2017
アルヘイトと言ったらカルトロジー、ヴィンテージは昨年リリースされた2017年です。冷涼系グレートヴィンテージということもありリリース当初は酸とミネラルがぎっちり詰まった印象でしたが、それらが徐々にほぐれつつも非常に美しい味わいでした。
Sadie Family Wines (Swartland)
・Raffine Wine Collection by Sadie Family Wines
南アフリカワイン界の大御所です。白のブレンドで公式からの引用ではシュナン・ブラン26%、ルーサンヌ16%、ヴェルデーリョ15%、コロンバール9%、セミヨン9%、パロミノ9%、グルナッシュ・ブラン8%、ヴィオニエ4%、クレレット・ブランシュ4%と多数の品種がブレンドされています。土地の表現と古木に拘りのある生産者ですが、樹齢5年程度の若木のイタリア・ギリシャ系品種が入っている、ワイナリーとしても極めて試験的なキュヴェのようです。酔っぱらいながらのメモですがアサンティコ、カタラット、フィアーノ、グレロ(グレーラ?) が入っているとのこと。公式記載品種のシノニムとかでしたらすいません…。これらの品種が古木になった時にワイナリーの新しいページを刻んだら素敵ですね。ベビー・パラディウスのイメージとのことですが、よりスパイシーでビビットな印象を受けました。若木のブドウが使われていることからの先入観もありそうですが。もちろん暴れるようなことは無く、非常に綺麗な造りで熟成した姿が非常に楽しみです。
・Columella 2017 (double magnum bottle)
赤のブレンドのフラッグシップであるColumellaの最新ヴィンテージ、しかもダブルマグナムです。エレガントながらも濃厚な果実味に浸れる素晴らしい造りです。ワインだけで満足できる度の高い一杯。
・Raffine Wine Collection by Crystallum
クリスタルムのピノ・ノワール上位レンジであるマバレル、キュヴェ・シネマ、ボナファイドを1/3ずつブレンドしたスペシャルキュヴェ。この字面だけでも心が躍ります。全房率はマバレル10%、キュヴェ・シネマ50%、ボナファイド60%とのことですのでシネマはホール・バンチ版ではなく通常版由来と思われます。1/3ずつというブレンド比率ですが、色々と試した上でこの比率が一番しっくりきたとのことで個人的には偶然の神秘性のようなものを感じてしまいました。おそらくマバレル由来の透明感のあるアタックから充実した果実味、コクと旨味からの満足感、美しい余韻への一連の流れが一切の継ぎ目・ストレス・違和感なく展開される完璧なバランスでした。
・The Agnes Chardonnay 2018
シャルドネの2種あるうちの下位レンジ、先日入荷したばかりの最新ヴィンテージです。乾燥した2018年の性格を反映した凝縮感のある味わいです。酸や骨格は2017年の方が豊かである印象ですが優劣というよりは性格の違いを楽しむ、あるいは各個人の好みによる程度の違いと考えます。上位版であるクレイ・シェルスは今年の分をまだ飲めていないのでどんな感じになっているか気になります…。
・Raffine Wine Collection by Rall Wines
ピケニルスクルーフの単一畑のグルナッシュ100%。全房率50%、無濾過無清澄とのことです。このメンバーの中からグルナッシュ100%で思い出すのはサディのソルダート、ピノ・ノワールと間違うほどの繊細でエレガントな造りですが、こちらはもう少し果実の充実感に寄っておりグルナッシュのイメージにより近い印象でした。一方、けして派手ではない綺麗な造りで、静かな波打ち際の漣のように寄せては返す旨味がじわじわと長く続く静謐な美味しさ。Rall AVA Grenache noirと勝手に名づけたくなりました。
・Rall Red 2016
こちらはおなじみのバランスのとれたローヌ系品種のブレンド赤(シラー70%、サンソー15%、グルナッシュ8%、カリニャン7%)で、よりしっかりと力強さを感じされる明朗な美味しさが印象的でした。
◎ソーン・ドーターズ(ボット・リヴァー)
Thorne&Daughters (Bot River)
・Raffine Wine Collection by Thorne&Daughters
スワートランドにあるパールドバーグ(現地の言葉で馬の山という意味らしい)の畑のシュナン・ブラン、セミヨン、セミヨン・グリのブレンド。公式情報だとセミヨン66%、シュナン・ブラン34%とあります。セミヨンとセミヨン・グリの比率も聞いておけば良かったと反省。パールドバーグは風化した花崗岩質の土壌で、良い古木のブドウ畑が沢山あるとのことです。馬と聞くと今回も出ていたRocking Horseが思い起こされますがこちらは使い古しの樽で娘さんのために作った木馬が由来でありたまたまとのこと。一条の光がすっと通るがごとくまっすぐと背筋が通った味わい、もちろん単調ではなく果実味や複雑さも備えていてそれらを酸がぐっと引き締めている感じでした。フォーカスが絞られ、はっきりとした輪郭が掴める!
・Rocking Horse Cape White 2017
ワイナリーの看板的な銘柄でステレンボッシュのルーサンヌ&クレレット・ブランシュ&シャルドネ、パールドバーグのシュナン・ブラン、フランシュックのセミヨンと南アフリカ各地からのブドウをブレンド。もとの造りに加えて2017年というヴィンテージもあり酸がしっかりした綺麗な味わい。
お料理は鮨3軒、天ぷら1軒、焼鳥1軒、焼肉1軒、肉レストランのカレーをケータリングとこちらも豪華。スペシャルワインを一通り味見した後にあまり考えずにケータリングスペースに入ってしまい初手で〆カレーを選ぶことをしでかしつつ大変堪能しました。
・バーデンホーストでgrilled beefに合わせるならばシラーとサンソーのどちらが良いかお聞きしたところ割と悩んだ後でサンソーとのお返事。
・サディ・ファミリーでColumellaにgrilled beefはどうか?とお聞きすると肉はいらない。ワインだけでOK!!と言われました。確かに…!
・白身主体の鮨を片手にRocking Horseもらいに行ったところvery nice for SUSHI!!と言われました。
・カレーがスパイス感あるのにワインを全く邪魔しない…。じっくり煮込まれた肉カレーの旨味とRallのRWCスペシャルのしみじみとした旨味を堪能しました。
・マグロとCrystallumのRWCスペシャルの組み合わせが完璧。
・天ぷらとAlheitのRWCスペシャルの組み合わせが完璧。
生産者の方々との交流、ワイン・料理の美味しさ、大変貴重な経験ができた素晴らしいイベントでした。
生産者の皆様、料理人の皆様、運営のラフィネの皆様への最大限の感謝を!!
そして一週間たった今もそれぞれの味わいを思い出しつつセットの追加購入をどうするか悩む日々です…。。。
ポリティカル・コレクトネスという言葉が流入してきた昭和50年代より以前から、放送禁止用語、差別用語としてテレビ、ラジオ、新聞から消されてきた単語が数十年後どう扱われるかのサンプル。
正確な禁止用語は秘匿されているのだろうけれど「低脳」、「低能」は含まれてきたと思われる。
全国的にはほぼ使われなくなったが、それが地域単位でか家庭単位でかは分からないが細々と生きながらえて、新たに誕生したSNSで連呼されたことにより広まり、あまつさえクリーンな単語と認識されてしまっている。
どうすれば良かったのだろうか。
グレタ氏の件で改めて原発のCO2の少なさを主張する人が増えているが
本当にクリーンなんだろうか
政府の回答だと
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/qa/iken/iken-q85.htm
日本国内の原子力発電所(53基、4712.2万kW)に換算すると1ヶ月あたり約6.0×10の15乗カロリーになります。また、太陽からの放射入熱は1ヶ月あたり約8.0×10の22乗カロリーになります。
とあるが、地球全体と日本の原発のエネルギーの比較するのは正しくないと思ったので色々細く計算してみた
https://honkawa2.sakura.ne.jp/9410.html
これは地球全体の海の面積3億6106万km2(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7)
のおよそ0.11909377942%にあたる
また、太陽からの放射入熱も反射率や陸地と海の面積が反映されていないように見える
http://web.archive.org/web/20060112100706/http://www.atomnavi.jp/uketsuke/qa03_28_020356.html
放射入熱の計算の参考にされた元サイト(怪しいサイトになっていたためWebArchiveから)から計算すると
これを月に直すと
だが待って欲しい
この数値は地球全体に対する値であり、海水温に直接影響を与える値では無い
先程のWikiPediaを参照すると
海は地表の70.8%を占め
になる
また海水というのは光を反射する
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/uvhp/3-76uvindex_mini.html
水面の反射率は10~20%との事で、つまり実際に影響を与える熱量は80%~90%ほどになる
なぜ海水の反射率がないのかは謎だが、間を取って85%とする
ここに
この時点で原発から排出される熱量と日本の領海に振りそそぐエネルギーの比は10^4程である事が分かる
これは0.01%くらいだ
思ったより影響は少ないように感じる
実際には領海全部に原発があるわけでは無いのと、反射しなかった太陽光が全て海水温上昇に使われない事から(どのぐらい熱に変換されるのか計算式が見つからなかった・・)
最終的には比率は数%ぐらいまでなるんじゃないかと予想している
元々熱量の収支の均衡が取れている所の数%が果たして全く影響ないのかと言われたら、そんな事なくない?って思うのは自分だけだろうか
https://note.mu/satonao310/n/nd7256bae4a27
ラグビーが好きだからってサッカーを貶めて良いという話ではないというのは一旦おいておいて、このさとなおという人にはそもそもラグビーについての理解に不備がある。ブクマでもその手の指摘はすくないし、ちょっといい機会なので書く。
まず前提として、十数年前より以前のラグビーには「審判を欺ければ反則をしても良い」みたいな空気が確かにあった。古い試合を見れば、ラックができたときに審判から見にくい位置で敵選手を思いっきり踏みつけるハーフや、タックル後などで寝た状態から走り出す敵選手にこっそり足払いをかける選手、審判の見えない位置でアメフトかのようにボールを持たない選手を妨害する選手 etc... ダーティなプレイはいくらでも見れる。(ちなみに、めったに無いけどサッカーのシミュレーションみたいな"痛くないの痛がって見せる選手"は今でもいる(たいてい後で批判される)。)
もちろん当時からクリーンな選手もいただろうが、当時は「ダーティプレイもラグビーにおける駆け引き」という主張も当たり前に言われていた。さとなおという人の言う「フェアプレイしないと危険だから」というのは正しい側面もちょっとはあると思うが、今のラグビーのクリーンさは、危険度のようなラグビーというスポーツの本質から生まれたものではない(もしそうなら自然発生的なものなので、30年前だろうが40年前だろうが、大なり小なりクリーンだったはずだ)。今のラグビーがクリーンなのは、コミッション側が「クリーンでフェアで安全なラグビー」を目指して、ルールを変え、レフェリーの役割を変え、選手の意識を変え、と努力を続けてきた結果だ。そのためにTMO(ビデオ判定)が導入され、主審が後ろで起きる不正を監視できるようにすべての審判(TMO含む)がTMO審議を要求できるようにし、危険なプレイはより厳しく判定され、罰せられるようにルールが変更されていった。その際には「流れが悪くなる」とか「駆け引き要素が減る」とか「ペナルティが増えてゲームが荒れる」など批判もあり、実際に批判通りな部分もあるが、コミッション側はそれらよりもフェアネスや安全性を優先してその方針を曲げなかった。(例えば、相手の足を持ち上げて上半身から地面に落とす俗に言う"スピアタックル"は過去には見た目も派手だし"素晴らしいタックル"としてある意味もてはやされていたが、場合によっては頭から地面に落ちて危険なため十数年前に明確に反則になった。これなんかは見栄えよりも安全性を撮った例としてわかりやすい)。その結果として、ラグビーはアンフェアなプレイが見逃されないスポーツになり、反則を取られたくない選手たちはクリーンなプレイをするようになった。というのが歴史的な経緯だ。(私見だが、このような流れはここ20年ほどのもので、2000年代はまだダーティプレーをTMOに指摘されてカードを貰う選手がそこそこいたように思う)
で、表題の件だが、結論から言うと、ラグビー選手はレフェリーに"黙って"従わない(高校ラグビーとかは別として)。今やってるワールドカップの試合をよく見てもらうとわかるが、選手(日本だとキャプテンのリーチとか)が、直近の判定などについてレフェリー声をかけて、レフェリーがそれに対して説明するような状況がしばしばある。具体的には「さっきから敵がスクラムを故意に壊してないか?」とか「さっきのは誰のどういう反則なんだ」というよう感じでレフェリーに説明を要求するシチュエーションだ。これは、ラグビーのルールに「ボールがラックやモールで"長く"停滞する」とか、「故意にスクラムやモールを崩す」などの審判の時間感覚や主観で判定が変わる要素があって、個人個人のレフェリーにばらつきがあるためだ。ここの判定基準がブラックボックスになると選手側のフラストレーションはめちゃくちゃ大きくなる上にアンフェアにもなりかねないため、選手が納得がいかないときには説明を要求できるというシステムがあることで、「なるほどこのレフェリーはそういう基準なのか」と理解し、その枠の中でプレイすることで「クリーンなラグビー」ができるようになるわけだ(なので、よくキャプテンなどがこの手の説明を受けると、後でその選手はチームとその返答を共有する。試合でそのへんも気をつけて見たら面白いかもしれない)。ラグビーにおいてはレフェリーの権限が大きいからこそ、レフェリーと選手のコミュニケーションが重要であり、レフェリーと選手の間の上下関係は絶対的なものになりすぎてはいけないというのが現在のラグビーの考え方になっているんだと思う。
個人的な気持ちとして、現在のラグビーがクリーンであるという状況が、コミッション側とそれを受け入れた選手側の努力によって作り上げられたものであることはとても尊いことだと思う。
(誤解を避けたいの点をいくつか最後に言っておくと、曖昧な判定を避けるためにルールを変えたりして基準を明確にしたりもしているので、レフェリーの裁量はそこまで極端に大きいわけじゃなくて、大部分のプレーはレフェリーに確認するまでもない。また、抗議は良くてもプレー中のセルフジャッジやレフェリーへの暴言、しつこすぎる抗議は罰せられる)
俺のスペック
資格はなんも持ってない
年収850万
メガベンチャー自社サービス企業でAI系の分野でITエンジニアやってる(深くは守秘義務上話せないからこれくらいにとどめるけど)
俺みたいなスペックの人間でも、こんな超ホワイトな環境で好きなことできて、チヤホヤされて、金も稼げてるのはぶっちゃけ氷河期世代のエンジニアたちのお陰だと思う
何故なら、俺なんてほとんど上辺の業務レベルに落とし込めるくらいの知識しかないけど、それを積み重ねて研究して成果を地道に上げてたのってさ、ロスジェネ世代のエンジニアたちなんだよね、学術系でIT勉強してる増田にはピンとくるかもしれないけど。
今のAI系の基礎になってるディープラーニングの初期とさらに以前、エキスパートシステムや自然言語系の知見やノウハウを研究してたロスジェネエンジニアたちはどうなったのか、気になったのでわかる範囲で調べてみたらさ、彼らの残した論文やOSSを見る限り、俺よりおそらく10倍ははるかに理解が深くすごい奴らのはずなのに、年収は俺の三分の一、SES派遣で日銭を稼いで将来不安のワープア、一般派遣でブラック現場でいじめられながら、必死に教授の助手してる情報系のポスドク…etcとかなんだよね。
ひどい奴は、全盛期の野〇YRPで組み込み開発に投入されて、自殺したり精神障害を負って働けなくなったりした奴らもいるっつーね
方や、自慢じゃないが俺は彼らの研究していた技術のほんの1パーセントに満たない触りだけ覚えてりゃ、残業月0時間で年収850万、余った時間でナンパすりゃ、アニメとかよくわかんねーけど売り出してるみたいな?ドル声優なんかの彼氏になれちゃったりしてさ、最先端のエッジの効いた分野だから将来いくら落ちぶれて一般派遣レベルになったって、時給3000円割る方が難しいレベルってくらい将来も安定してる。
我ながらかわいそうだよな、不平等だよなーと思うと同時に怖さも同時に感じるんだよね
もし俺がロスジェネ世代で00年代にIT業界入りしてたらさ、俺多分3か月も持ってないと思うし、ワープア一直線だったと思うのよ
氷河期世代のエンジニアたちが、バタバタ死んでくれたおかげで、IT業界も随分とクリーンになってこうやって楽できるのには、マジで感謝しかない、ホント
だって俺だったらさ、よく聞く昔のIT業界の理不尽話聞いてたら、逃げるか即労基いくべ?それしないで脳梗塞や心臓発作おこるレベルまで労働に耐えたのって、ホント尊敬しますわ
人工知能系にスキルセットがあったとか勉強したのは、本当に偶然でテキトー、たまたまいた単位を簡単にくれる大学の教授が人工知能を研究してて、そこの研究室がヌルいことで有名だったからとかのレベルで、こんだけ稼げるくらい道を舗装してくれたわけなんだから。
逆にさ、この世代の氷河期エンジニアたちが、業界をクリーンにしようと活動してたら、俺は今ここまでの地位につけてないと思うのよ
だから氷河期世代のロスジェネエンジニアにはっきりと言いたい。
わたしは日本食が好きだし、新しもの好きなので、インターナショナルマーケットでこれを購入しました。残念なことに、漢字をあまり読めないので、カルピスは薄める必要があるとは知りませんでした。
匂いは、レモンのような香りがして、ミルクっぽくて、ちょっとケミカルっぽい、でも無害で無難な感じはしました。わたしはボトルから直接飲んで、すぐに気持ち悪くなってきました。味は粉末ミルクみたいな感じでミスター・クリーン(※洗剤)のようで、買い物袋を燃やしたような・・耳元で拡声器を鳴らされたような感じでした。
このトラウマのような経験をした数時間後に、もう一度ちゃんと味わってみることにしました。だって、先ほどの記憶が本当のことだとはどうしても思えなかったからです。でも、やっぱりあれは本当のことでしたね。(TдT)
しかしガールフレンドはこれを肩越しに覗いて、星を1つから4つに変更するように主張しました。これはちゃんと希釈すれば、まずくはないと。そして、もし他にも濃縮したなにかを飲んだら、きっと同じような感想を持つに違いないと指摘しました。