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はてなキーワード: 国語辞典とは

2018-07-16

anond:20180716153407

https://www.jinken-net.com/gozonji/knowledge/0202.htmlによると、

私たちは、区別差別の違いを考えずに何でも差別だと決め付けてしまいがちです。 「区別」と「差別」は同じ意味でしょうか?

国語辞典によれば、

 「区別」は、「違いによって分ける」「区分け」「けじめ」

 「差別」は、「差をつけて取り扱うこと」「わけへだて」となっています

人権を考える場合は、次のように考えてください。

区別」とは、

十人十色といわれるように私たちはそれぞれ違った個性能力をもっています

区別とは、「男と女」「黒人白人」「日本人朝鮮人」といったように違いを表しただけのことで、地域生活においても、それぞれに違った特色が備わっている状態を言います

そこには、不当性不利益性を被る関係がない状態を表します。

従って、就職応募者に採用試験実施した際に、会社必要とする職種について能力や適性、試験の成績を総合して、上位から採用していくことは「区別」になります

差別」とは、

「本人の努力によってどうすることも出来ない事柄不利益な扱いをすること」をいいます

出身地」「職業」「学歴」「性別」「家柄」「民族」などによって、上下値打ちをつけ、その人や団体の自由権利無視侵害するなど不当性、不利益性を被る関係が生じることをいいます

ということで、人権を考えるサイトですらこのように違いをはっきりさせているのである

それを同じとする増田意見人権というもの勉強が足りない、残念な人間であるという事実けが浮き彫りになるのだ。

ちなみに参加企業はコチラ

https://anond.hatelabo.jp/20180605140738

2018-07-02

anond:20180702125310

kazuau この増田もそうだけど、以上以下を正しく使えない人本当に多い。

人間以下」は人間を含まないよ。ちゃんとした国語辞典引いて調べて見て。

分かりやすく「侮蔑対象以下」って言えよ。

たぶん、説明力不足なのに読解能力不足とか言い出すぞ。

anond:20180702155621

「以下の文の英訳をせよ」というテスト問題はどこから英訳すればよいのでしょうか?

それは「以下」の別の語義。国語辞典では分けて記載されている。

https://anond.hatelabo.jp/20180702125310

数学的にはその通り。そして私の手元の国語辞典でもそう説明している。

けど、実際は「以上」「以下」が「含まない」用法で使われることはよくあって、間違いとは言い切れない。

例えば、「これ以上は食べられないです」というのは自然日本語だけど、これは「私は、私が今食べた量よりも多くは食べられない」という意味であって「私は、私が今食べた量を食べることはできない」などといった矛盾したことを言っているのではない。

2018-06-26

小並感を「こなみかん」と読んでしまうワケ

※以下は不完全な私見です。他の傍証バンバン歓迎しま

小並感は「小学生並みの感想」の略であるから本来「しょうなみかん」と読むべきであるが、初見で「こなみかん」と読んでしま人間は多く、一部ではもうその読み方で定着している(←何を今さら

これはなぜだろうか?

通例「小物」「小粒」「小柄」「小枝」「小技」などの熟語は「こ~~」と読む。その感覚に引きずられているのではないか

――と書くと、「小学校」「小規模」「小所帯」などの熟語は「しょう~~」と読むではないか! とツッコミが入るだろう。当然だ

ここで気づくと思うが、漢字文字で「小~」という熟語は「こ~」と読む場合が多く、漢字三文字場合は「しょう~~」と読む場合が多い。

でも、「小並感」は漢字三文字だ、あれれ。

それを「こなみ」と読んでしまいそうになるのはなぜか?

世に「~~感」という語句はいろいろある、「充実感」「満足感」「挫折感」などだ。

そこで多くの人々は「小並感」という語句を、無意識に「小並・感」と区切っているのではないか

「小並」という熟語存在しない。しかし、「小並・感」で区切ると、「小粒」「小物」「小柄」などのイメージに引きずられて「こなみ」と読みそうになるのではないか

なお、小さいことを意味する「小」と、牛丼の並盛り・並サイズなど、普通・平凡・平均的を意味する「並」の字面から、なんとなく「小並=とるに足らない・凡庸な・ありふれた」というイメージを感じている人もいるのではないだろうか

そうすると結果的に「小並感小学生並みの感想」という意味とあまり大差はない。

ひょっとすると、ここから転じていずれ、「小並=とるに足らない・平凡なこと」という新語が生まれ22世紀国語辞典に載る可能性も皆無ではないかも知れない

2018-06-24

プログラミングを何から始めればいいのか悩む

プログラミングってこれから時代必要っぽいし、なんとなくイケてるスキルっぽい。

ゲームとかアプリとか作ってストアで公開とかしたら就職とか転職めっちゃ有利じゃね?

俺はこういうのが出発点で良いと思う。

でもプログラミングを始めようとすると「何がやりたいの?」と聞かれてソッコー詰まる。

俺は「何をやればいいの?」って思って調べてるつもりなのに「何がやりたいの?」って突き放される。

ここで混乱して立ち止まってしまう。

でも一呼吸おいて、初心者とそれ以外の間に生じる認識の祖語について1つずつ解消しなければ先に進めない。

俺はプログラミングを覚えるということは、何でもできるようになることだと思っている。

でも先人たちはそのようなスキルをすぐに教えてくれない。それどころか「何をやりたいの?」と言って、他につぶしの利かない小さな範囲知識を与えようとしているように見える。

アプリ作りたい」と言えば、どんなアプリ?という問いが続くし、特定の具体的なアプリしか作れないような知識しかもらえないだろう。

どういうことか?

試しに「何でも作れるようになりたい」と言ってみると「じゃあC言語やろうぜ」とか言われる。

C?いまさらCで何作れるんだよ。AndoroidアプリJavaじゃないの?C関係ないでしょ!?Cでスマホアプリウェブサイトも作れないじゃん!何言ってんの!?


スマホアプリ作りたいの?じゃあJavaでいいじゃん」

ち・が・う!何でも作れるようになりたいの!あんたみたいに!Visual Studioだろうとgccだろうと、cとかc++とかc#とかjavaとかpythonとかrubyとかphpとかテンサーフローとかhtmlとかjavascriptとかjqueryとかgoとか駆使してたくさんウェブサービスとかアプリとか作りまくってるあんたみたいに!

「じゃあ今挙げたやつ全部やれよ。ちなみに今の俺は10年以上プログラミング勉強してるから。10年後今の俺になったところで、俺はさらに10年積んでるからな。一生追い付かんな」


から今すぐ追いつく方法教えてって言ってるの!


「じゃあ今、あるいはこれから使えるものを重点的にやっていくしかないな。で、何がやりたいの?」


何がやりたいのってどういうこと?むしろ何ができるの?


アプリ作るとか」

わかった!じゃあアプリ作るわ!

「どんなアプリ作るの?」

…………どんなアプリ作れるの?

「ストアにあるようなやつ」

じゃあFGOみたいな……

「お前には無理だからw」


はぁっ!?ストアにあるようなやつって言ったじゃん!






そこでまた数回やりとりが発生して、プログラムを書くコストとかスキル問題について再確認することとなり、

現実的に俺個人が支払えるコスト範囲で、何を作れるようなスキルを取捨選択するかという問題になり、

結局は教科書サンプルをちまちま作っていくしかないのではないかというつまらない結論脳裏に浮かぶし、

その道筋でさえ結局何年も積む必要があり、そのころには別の言語とか開発環境が主流になってるかも……

「そこだよそこ」

えっ?


「まずさ、日本語教科書を読むには日本語必要じゃん?それでも国語辞典とかwikipedia調べながら知らない単語概念は別途補てんする必要がある」

う、うん。

プログラミング教科書とか風潮を読むにはプログラミングの基礎が必要。それに加えて、作りたいものに合わせて新規に開発環境なり言語なりを学習することになる。だから何でも作れるようになりたけりゃ、この世の全てを体得する必要があるけど無理だろそんなの」

え、えー

「でもいくつもの開発環境言語を使って、ソフトウェアをいくつも実際に作ってると、基礎的な引き出しは大きくなるし、追加で新しい環境とかを学習する要領もつかめてくる。何年も積み重ねがあるとなおさらね。するとより少ない労力で新しい技術追従できるし、新しい開発環境アプリの分野でもサクサク作ってるように見える。それが、お前の言うところの『何でも作れる』ように見えるものの正体さ」

なんか夢から覚めた気分。

FGOを作りたいなら、FGOをかみ砕いて、自分ならどういうアレンジでそれっぽいものを作れるか考えて、その過程自分能力とか限界を見極めていく必要がある。でもそれは結果論であって、最初は作りたいものをひたすら作ってみるしかない」

ふーん

「何度も聞くけど、何が作りたいの?FGOならFGOでいいよ。やってみろよ」

どうしよっかな……(頭を抱える)

2018-05-29

「甘んじて」の件

個人的にはどうしても「しかたない」感、「ちっ、うっせーな」感が出てるように読めるんだけど、本当に「快く受け入れる」という意味でいいの? 辞書に「本来は」って書いてあるのは、今ではそういう用法が稀だからでしょう? なんで現在ほぼ通用していない用法謝罪文を書くのか意味がわからないんだけど。ちなみに明鏡国語辞典では「与えられたものが不十分であってもそのまま受け入れる。特にしかたのないものとして受け入れる。」とあるけど、これは間違ってるってこと?

あと、辞書定義絶対だと思い込んでるのはやばい言葉意味というのは辞書定義とは違う。こんなのは言語学の基本中の基本なんだけど。

それに本来的な意味を論じるのになんで現代国語辞典を例示してるんだろう。謎すぎる。

というか今度は「しかたない」「やむをえない」の意味がわからなくなってきた。「本当はそうしたくないのだけど、そうせざるを得ない」感を感じてしまう。自分が間違ってるのか? はてなブロガーがなんか言ってたけど。よくわからんなー。

2018-05-17

疲労回復

「なぜ世間誤用とされるに至ったか」を考えるのに意味はあっても「この語が誤用か否か」はあまり意味がない派

https://twitter.com/iima_hiroaki/status/46184510283542937

”「挽回」は「元に戻す」という意味があるので、「汚名挽回」は「汚名状態を元に戻す」と考えられ、誤用ではない。これは『三省堂国語辞典』第7版に記述しました。『明鏡国語辞典』もやんわりとですが、誤用と決めつけられないことを記しています。”

飯間浩明 国語辞典編纂者。『三省堂国語辞典編集委員。)

2018-05-07

辞書でたまにある逆に改行するやつ

国語辞典とかで左がキチキチに詰まってて、右行の下の方が空いてるときにそっちに流し込む組版処理たまに見るけどアレの名前ってあるのかな?

印刷用語集 日本印刷産業連合会とか見ても無さそうだし。

2018-04-24

anond:20180424144342

かつては傷は消毒するのが当たり前だったんだ

それが医術や考え方が変わったことで消毒をしない方が良い、となった

からって傷を消毒するって言葉が消えてなくなるわけじゃないだろ

例えば昔は科学世界ではフロギストンという実際には存在しない物質が当たり前だったんだが

そんなもの存在しないことがわかったからって国語辞典から消えるわけじゃない

2018-04-17

anond:20180417143151

劣化」が誤用か否かってこの辺は、言葉の変化を受け入れるかどうかの時代のバトルだな

抵抗しなければ数年後には国語辞典の「劣化」に「人の能力が衰えること」という意味が載るのも時間問題だな

すでにWikipediaには書き加えられてるし

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A3%E5%8C%96

2018-01-28

日本辞書における台湾関連の記述

<背景>

産経新聞が次のような記事掲載している。

広辞苑台湾を「台湾省」 20年前から記載 「日本代表的辞典としては瑕疵と言わざるを得ない」(1月26日

http://www.sankei.com/life/news/180126/lif1801260004-n1.html

広辞苑」に相次ぐミス指摘 “国民辞書”揺らぐ信頼

http://www.sankei.com/life/news/180126/lif1801260003-n1.html

今回の広辞苑第七版ではLGBTしまなみ海道記述の誤りが指摘されている。しかし、台湾については触れているメディアほとんど見かけていない。

私はまだ広辞苑第七版を見ていないが、広辞苑第六版その他の辞書記述について気づいた点を記す。

<私の結論

1)広辞苑第六版の「中華人民共和国」にある〔中華人民共和国行政区分〕は日本刊行する辞書としての中立性に欠ける。

2)広辞苑以外も日本国語辞典は総じて現在中華民国に冷たい。現在中華民国は「名称」であり、台北首都ではなく主要都市なのだ

画像

1 産経新聞より

http://www.sankei.com/smp/life/photos/180126/lif1801260003-p1.html

2 広辞苑第六版より

https://pbs.twimg.com/media/DTTEa_YVwAAJM6J.jpg

<本文(長い)>

きっかけは昨年秋、広辞苑新版ニュースになりはじめたころの、1つの記事だった。

日本広辞苑が「台湾中国の一部」に改定。日台の絆に深い傷

http://www.mag2.com/p/news/333476

ただし、この記事有料メルマガ抜粋であるため、詳細を確認することができなかった。

そこで、近くの図書館に行き、台湾関連の記述確認することにした。

まずは「台湾」を引いてみた。

【1】「広辞苑」第六版第一刷(二〇〇八年一月一一日)新村出

たいわん【台湾】(Taiwan中国福建省台湾海峡をへだてて東方二〇〇㌖にある島。台湾本島・澎湖諸島および他の付属から成る。総面積三万六〇〇〇平方㌖。明末・清初、鄭成功オランダ植民者を追い出して中国領となったが、日清戦争の結果一八九五年日本植民地となり、一九四五年日本敗戦によって中国に復帰し、四九年国民党政権がここに移った。六〇年代以降、経済発展が著しい。人口二二八八万(二〇〇六)。フォルモサ。→中華民国。➖・あひる台湾鶩】(以下略

まぁ、こんなもんかな、と思った。

他の辞書も見てみることにした。

【2】「大言海」新訂版第四刷(昭和五十七年十二月一日)故大槻文彦、大槻清彦

たいわん・ぼうず(タイワン・バウズ)(名)臺灣坊主明治二十七八年戦役ノ際、臺灣に出征セシ兵士ノ、此病ニ罹リ、つるつる坊主ニナリテ歸國セシ故ニ云フト〕(以下略

台湾自体見出し語になく「台湾坊主」という禿頭病の説明だけだった。

【3】「角川国語辞典初版昭和五十七年十二月二十日)時枝誠記吉田精一

たいわん【台湾中国福建省東方にある島。面積三万五六〇〇平方㌖。明(みん)末、清(しん)初のころから中国人が多数移住して中国領であったが、日清(にっしん)戦争後、日本領第二次世界大戦後、中華民国返還され、一九四九年以降は蔣介石の国民政府がこの地によっている。中華人民共和国台湾省という。

続いて【台湾海峡】【台湾総督府】【台湾泥鰌(どじょう)】【台湾パナマ】【台湾坊主】と続いた。

【4】「広辞林」第六版第一刷(一九八四年三月一〇日)三省堂編修所

たいわん【台湾中国福建省東方にある島。中国の一省。

これだけの辞書もあった。続いて【台湾征討】【台湾総督】と続く。

【5】「岩波国語辞典」第7版新版第1刷(2011年11月18日西尾実岩淵悦太郎水谷静夫

台湾」はなく、【台湾坊主】のみ。禿頭病のほか、低気圧意味も載っていた。

【6】「旺文社国語辞典」第十一版(2013年10月13日山口明穂、和田利政、池田和臣

たいわん〔台湾沖縄諸島南西方中国大陸福建省東方位置する島。中心都市台北タイペイ。➖ぼうず【ー坊主】(以下略

台北が初めて出てきたが「首都」ではない。

【7】「国語辞典 言泉」第一第一刷(昭和六十一年十二月二十日)尚学図書

たいわん【台湾日本列島西南方にある紡錘形の島。島のやや東寄りに高峻な台湾山脈が南北に縦走し、西側平野がひらける。気候亜熱帯モンスーン気候原住民インドネシア系とされる高山であるが、人口の大部分は華南から移住した漢民族が占める。明末・清初から中国領日清戦争日本領。一九四五年中国返還され、四九年中国国民党政府がここに移った。略称は台タイタイワン。

高山族が出てきた。

【8】「新明解国語辞典」第六版第一刷(二〇〇五年二月一〇日)山田忠雄柴田武酒井憲二、倉持保男、山田明雄

これも【台湾坊主】のみ。

【9】「大辞林」第三版第一刷(二〇〇六年一〇月二七日)松村明三省堂編修所

たいわん【台湾中国福建省東方位置する大島台湾本島とその属島からなる。米・サトウキビ・茶・バナナなどを産する。製糖・製紙・機械セメント・造船などの工業が発達。先住民高山であるが、住民の大部分は漢民族一六八三年から中国領土。日清戦争日本植民地になり、一九四五年中国返還されたが、四九年国共内戦に敗れた中国国民党がここに移った。主要都市台北。面積三万六千平方㌖。人口二二七五万(二〇〇五)。

かなり詳しいが「中華民国」とは書かない。以下【台湾海峡】【台湾兜虫】【台湾銀行】と続く。

【10】「日本国語大辞典」第二版第八巻第一刷(二〇〇一年八月二〇日)日本国語大辞典 第二版 編集委員会小学館国語辞典編集部

たいわん【台湾中国の南東方にある紡錘形の島。本島のほかに澎湖島などの付属島を含み、台湾海峡を隔てて中国福建省広東省に対する。島のやや東寄りに高峻な台湾海峡が南北に縦走し、西側平野がひらける。ほぼ中央を北回帰線が通り、亜熱帯モンスーン気候を示す。先住民はマライ・インドネシア系とされる高山であるが、人口の大部分は華南から移住した漢民族が占める。明末・清初から中国領日清戦争後の一八九五年から日本領。一九四五年中国返還され、省制がしかれたが、四九年中国国民党政府がここに移った。面積三万五九八一平方キロ

かなり細かい記述

台湾については大体こんな感じだったが、「中華人民共和国」と「中華民国」も引いてみることにした。

【1】「広辞苑」第六版第一刷(二〇〇八年一月一一日)新村出

➖・じんみんきょうわこく【中華人民共和国中華民国国民党政権革命によって倒し、一九四九年一〇月一日、中国に成立した共和国中国共産党指導のもとに、全国人民代表大会国家権力の最高機関とする。社会主義体制標榜しつつ、七〇年代から経済改革・対外開放を推進、近年発展著しい。面積約九六〇万平方㌖。人口一二億九六〇〇万(二〇〇四)。首都北京

本文にさして問題は感じないが、問題は〔中華人民共和国行政区分〕なる地図である

(1)北京市に始まり(34)マカオ特別行政区まで掲載されている中に、しれっと(26)台湾省が何の説明もなしに入っているのは、非常に違和感を覚える。

➖・みんこく【中華民国辛亥革命の結果清朝が倒れた後、一九一二中国最初共和制政体として成立した国。初代大統領袁世凱(えんせいがい)。二八年中国国民党国民政府樹立、全国を統一したが、第二次大戦後共産党との内戦に敗れ、四九年本土を離れて台湾に移った。

ちゃんと中華民国見出し語になっているのだが。

【3】「角川国語辞典初版昭和五十七年十二月二十日)時枝誠記吉田精一

➖・じんみんきょうわこく【ー人民共和国

中国大陸支配する社会主義国首都北京ペキン。(以下略

➖・みんこく【ー民国

中国大陸の南東海上、台湾島を中心とする共和国。辛亥(しんがい)革命により一九一二中国大陸に成立。のち、蔣介石の率いる国民党によって統一されたが、第二次世界大戦後、国民党共産党に敗れ、一九四九年台湾に移った。首都台北タイペイ。面積三万五九六一平方㌖。

中華民国見出し語にあり、台北首都である

【6】「旺文社国語辞典」第十一版(2013年10月13日山口明穂、和田利政、池田和臣

中華人民共和国のみ見出し語にあり。中華民国台湾については特筆すべき点なし。

【7】「国語辞典 言泉」第一第一刷(昭和六十一年十二月二十日)尚学図書

中華人民共和国については特筆すべき点なし。

➖・みんこく【中華民国】(一)辛亥革命後の一九一二から中華人民共和国が成立した四九年まで、中国代表する政府採用した国名。(二)一九四九年、中国共産党との内戦に敗れ、台湾に逃れた国民党政府使用している名称

最も正確な気がした。

【9】「大辞林」第三版第一刷(二〇〇六年一〇月二七日)松村明三省堂編修所

➖じんみんきょうわこく【中華人民共和国アジア大陸東部を占める国。中国革命成功により一九四九年一〇月一日、毛沢東主席として成立。中国共産党指導の下で、土地改革農業集団化、数次の五か年計画などを遂行し、文化大革命による混乱を克服して「四つの現代化」を掲げ、社会主義国建設を目指している。国家の最高機関全国人民代表大会首都北京。面積九五九万七千平方㌖。人口一三億一五八〇万(二〇〇五)。

➖みんこく【中華民国辛亥革命の結果、中国誕生した共和制の国。一九一二孫文臨時大総統として南京ナンキン)に政府樹立されたが、袁世凱政権を奪って政府北京に移した。のち、中国国民党国民政府樹立し、北伐をおこない全国を統一したが、日中戦争内戦を経て、四九年中国共産党中華人民共和国が成立。台湾に移った国民党政府は、中華民国国号使用

【10】「日本国語大辞典」第二版第八巻第一刷(二〇〇一年八月二〇日)日本国語大辞典 第二版 編集委員会小学館国語辞典編集部

ちゅうか-じんみんきょうわこく【中華人民共和国ユーラシア大陸東部にある人民共和国東部はやや湿潤な平野からなり、内陸部は乾燥気候で、山地高原盆地が多い。大多数を占める漢民族のほか、チワン族蒙古族ウイグル族チベット族など五五の少数民族からなる多民族国家北京上海天津の三直轄市と、二二省、五自治区、ニ特別行政区香港マカオ)に分かれる。中国国民党との内戦勝利を得た中国共産党の全国統一により一九四九年一〇月、毛沢東主席として成立。中国

広辞苑第六版の地図比較すると、この時点では重慶直轄市ではなかったようだ。そして台湾省は「二二省」には含まれていないと思われる(広辞苑の「省」は23ある)。

ちゅうか-みんこく【中華民国】(一)辛亥革命後の一九一二から中華人民共和国が成立した一九四九年まで、中国代表する政府採用した国名。一九二七年を境として、前半の軍閥組織を背景とした北京政府と、後半の中国国民党による国民政府時代とに分けられる。首都は前半は北京、後半は南京。(ニ)一九四九年、中国共産党との内戦に敗れ、台湾に逃れた国民党政府使用している名称

【11】「国語辞典第一版第七刷(昭和五十七年二月十二日)尚学図書

➖・じんみんきょうわこく【中華人民共和国

国共内戦記述があり、首都北京とあるが、台湾についての記述はない。

2018-01-26

anond:20180126161357

今では信じられないかもしれないが、小生の学生時代は体育の授業は男女同じ教室で着替えたものだ。

席替えは男女を同じ列で交互に並べるから男子の前は女子が座ることになる。

さて、体育の授業の着替えである

小生は小4で精通しているので11~12歳ともなれば女子の発育具合が気になる次第である

女子自身の体型の変化や男の目線に敏感であるから、着替えをする時はバレないように早く着替えたいから手早く脱いで手早く穿く努力を重ねていた(補足しておくが、今当たり前にやっている着替えの時に下着などが見えないなどのノウハウは共有されていない。ネットがないってすばらしい!)

そんな折、小生は目の前の女子パンティを体育の授業の度に拝んでいたのである

椅子の背もたれと座面の間に隙間があるのは皆さんよくご存知であろう。あそこの隙間から女子プリケツパンティを浴びるように見せていただいた。

あの空間に切り取られた発育良い尻は大変に素晴らしい。正に桃。みずみずしい弾力性と張り付く布地が小生の股間をたまらなく熱くさせたものである

椅子の背もたれと座面をつなぐスチールのパイプがまた乙である。発育良い女子の尻はこのパイプパイプとの内寸より外にはみ出るものであるから、尻の大きさのひとつ基準として見れるのである。尻の大きい女子はこれを優に超えるものであるから、股間への威力もまた一回り大きいものであった。

家に帰れば自慰が待っている。国語辞典性的単語を調べ、眼裏に焼き付けた前の席の女子の桃尻を辿り、その子がお尻振りながら小生を誘惑する妄想に耽るのだ。

さあ呪え!

呪うのだ、小生はこの呪いに悦びを覚えるものである

どうか呪ってくださいお願いします。by小生

anond:20180126144140

国語辞典定義ならネットユーザー発の情報は全て怪文書になるけど、現状ネットユーザーの大多数はそう思ってネット利用していないからな

2017-11-11

anond:20171111120704

新井白石マジでマルチタレントっぷりが異常で、沖縄アイヌ研究みたいな民俗学も事もやってるし、もうなんかすごすぎる。

というか国語辞典作ったおかげで本居宣長みたいな国学者活動が活発化したわけだしだいたいこいつのせい感はある。

何でもかんでも成果出しておいて当時は詩人として有名だったとかいうのがおかしい。

本居宣長の影響力は文学方面ではヤバすぎ、未だに源氏物語読まされてるのだいたいこいつのせいだし、

萌え」「○○主義」みたいなマジックワードっぽいので一転突破する風潮もこいつのせいの部分が大きい。

丸山眞男はもう50年以上も読まれてるし、半分教養みたいになってる部分もあるからこの枠に入ってるんじゃないかなとは思う。

2017-09-29

ああヘーゲル

止揚

止揚(しよう、独: aufheben、アウフヘーベン)は、ドイツ哲学者であるヘーゲル弁証法の中で提唱した概念揚棄(ようき)ともいう。

解説[編集]

ドイツ語の aufheben には、廃棄する・否定するという意味と保存する・高めるという二様意味があり、ヘーゲルはこの言葉を用いて弁証法的発展を説明した。つまり、古いもの否定されて新しいものが現れる際、古いもの全面的に捨て去られるのでなく、古いものが持っている内容のうち積極的な要素が新しく高い段階として保持される。

このように、弁証法では、否定を発展の契機としてとらえており、のちに弁証法唯物論が登場すると、「否定の否定法則」あるいは「らせん的発展」として自然社会思考の発展の過程で広く作用していると唱えられるようになった。

国語辞典などでは、違った考え方を持ち寄って議論を行い、そこからそれまでの考え方とは異なる新しい考え方を統合させてゆくこと、という説明がなされることがある。

関連項目[編集]

アンチテーゼ

https://ja.wikipedia.org/wiki/止揚

ごめんね

2017-09-22

https://anond.hatelabo.jp/20170922020227

国語辞典を見てほしい。「幾人」という言葉そのままでは「何人」と同じように、人数がどれほどか尋ねるために使われる。「幾人を死にまで至らしめたことについて」という部分は端的に言って意味不明だ。

「幾人か」という形になると比較的少人数を表し、「幾人も」で大勢を表す。文意から判断するに「幾人も」と言いたかったようだが、なれない言葉を使ったからこのような間違いをしてしまったのだろう。

「たくさんの人々」や「大勢」というわかりやす言葉の代わりに「幾人」というかっこいい言葉を使いたい気持ちはわからないでもないが、今度からは使い慣れない言葉を使うとき辞書を引くようにしよう。

更に言うと、「幾人」という固い言葉を使ったあとに「ごめんなさいと言えないのだ」というかわいらしい表現が出てくるのはあまりにもギャップが大きすぎる。ここは「謝罪できないのか」など「幾人」に合わせた固めの表現を使うべきだったろう。

「これはああ言えばこう言うのうちのひとつ」という書き出しもいただけない。固めの表現にこだわるのであれば、「うちのひとつ」も「一種」などとして雰囲気統一をはかるべきだ。

2017-09-14

anond:20170914114007

修正電気けいれん療法 とは穏やかではないね

まず、副作用問題である記憶ならびに認知機能障害せん妄、逆行的健忘、記憶力低下)は明らかに認められている。

本著でも、国語辞典を引く際に、「あ、か、さ、た、な、」まではいいが、その後の順序があいまい辞書を引くのが大変な例等が挙げられている(39頁)、

また、これは本著で紹介されている例ではないが、奥さんの顔と名前を忘れた、それどころか結婚した事実まで忘れた例や、

これは最近アメリカの例であるが、看護婦電気ショック療法を受けた結果、

それまでに覚えた看護技術をすべて忘れてしまったのだが「医療過誤裁判」で勝訴し、多額の賠償金を勝ち取ったという例も報告されている。

http://orifure-net.cocolog-nifty.com/net/2006/06/63_9a37.html

2017-07-27

「しる」と「じゅう」

とん じる

あさり じる

なめこ じる

わかめ じる

けんちん じる

かじつ じゅう

やさい じゅう

焼いた はんばーぐ から溢れてくるのは、にく じゅう

国語辞典では、「肉を煮出した汁、スープ=ニクジル」であり、「肉から絞り取った汁=ニクジュウ」となっている。

TVのショクレポ等で、ニクジュウをニクジルと言っているのは、やはり違和感が有る。

俺だけなのか。

2017-07-11

https://anond.hatelabo.jp/20170711171850

どうも世の中に流通している国語辞典に書いてある「差別」の定義とは違う解釈をする世界で生きてるようだ

2017-05-19

校正の極意

昔、とある会社サイト掲載されていたのに知らない間にページが無くなっていた。

この極意を肝に銘じ仕事をしていたのに残念。

4,5,6条が素晴らしい。

【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

【第7条:文字パニックにご注意】

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

第9条:日々是情報収集

【第10条:校正の極意】

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【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

校正マンは何も信じてはいけません。一番信じてはいけないものは「自分」のこと。

校正には知識必要です。だから校正マンである自分仕事関係上、それなりに努力もしているので知識を持っていると思っている人が多いようです。そして自分知識に自信を持っている人も多い。そういう人は、校正マンとして不向き!

自分知識に間違いはないと信じて、いちいち調べて確認することを怠った者は、アシをすくわれてスッ転ぶだけ。知っていることも、いちいち確認するのは面倒な作業ですが、自分知識を信じることなく、確認する労力を惜しまない人が、確認作業プロフェッショナルなのです。

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

校正仕事は、常に「疑う目」で見ることが必要不可欠。まずは、第1条で述べた通り、自分自身を疑うべし。そして確認するための工程使用するアイテムも「疑う眼」で見なければなりません。国語辞典出版社によって、編纂者によって、辞典の大きさによって(小事典・中辞典・大辞典)も内容が違います。どれを使っても大同小異ほとんど同じだと思っている時点で確認プロフェッショナルではありません。同じ言葉でも辞書によって解釈が異なる場合があることを念頭においておかなければなりません。インターネットでの検索も「疑う眼」で確認すること。情報が多く便利なアイテムですが、情報が多すぎることが問題ひとつ。ふたつ目の問題は、間違った情報も多いという点。確かな情報源を手に入れるまでに、情報の海に溺れてしまう時もあります。常に「疑う眼」で見ることを忘れずに付き合っていると、情報の海で土左衛門になる前にインターネット情報の拠りどころとして使えるようになってきます。紙媒体インターネット等、拠りどころは多いにこしたことはない!数値のデータは、最新のデータの方が良いし、旬の時事ネタを調べる場合にも、印刷物書籍など)よりもインターネットの方が断然便利です。インターネット情報を得る場合には、必ず複数データ調査し、公式サイトなどのデータ確認します。校正大切なことは、信頼できる情報確認すること!疑わしい情報確認しても、それって確認作業にになってないし…(汗)。

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

職種によっては「慣れ」ることにでより技術に磨きがかかり熟練工としてして匠と称される場合も多々ありますが、校正プロフェッショナルとしては「慣れ」は大敵でもあります校正のコツを身につけ、経験を生かして間違いを予想して校正することもありますが、この場合細心の注意が必要です。「慣れ」は「思い込み」を生み出すきっかけとなるから…「思い込み」は校正マンの目を曇らせ、ミスを見落とすという最悪の結果を招きます。常に初心を忘れず「思い込み」を全て捨て去り“無心”の状態校正に挑むのが、確認作業プロフェッショナルとしての基本です。

「慣れ」と「思い込み」は命とり…これを肝に銘じて、集中力と根気をもって最初から最後まで校正することが何よりも大切です!

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

校正お仕事は、その結果100点満点が当たり前!満点をとっても誰にも褒められることはまずないという、ちょっぴり寂しいお仕事でもあります。全てのミスを見つけ出すことがお仕事なのですから、当然といえば当然です(…が、たまには褒めてもらえるとうれしいのです。ブタもおだてりゃ木に登るぅ~ってな感じで、次回の校正への励みになりますし…)。満点以外の校正は、言葉が悪くお下品ですが(詫)、“クソ”と同じ…そんな校正なら、しない方がマシ(!?)時間無駄使いをしてしまったと落ち込みます。致命的なミス発見できれば、少々の校正ミス(=モレ)があっても実質的な損害を与えることにはなりはしませんが、お客様からの信頼は確実に減少するのは免れることはできません。校正の精度が疑われるような校正結果では、お客様安心していただくことができません。皆さんも経験があると思いますが、試験100点をとるために何度も見直して「完璧!」と提出した答案が、返却された時の点数は98点…なんてことはザラにあります100点満点を目指すなら、200点目標確認作業をしてトントン校正マンは、200点を目指して、120点を目標として常に全力投球します。その結果の100点なので、満点で当たり前というわけです。

校正業務を開始する際に、体調などに左右されることも。なかなか集中できない場合もありますが〆切は待ってはくれません。どのような状況でも集中できる体制を即座に整えることができる…これがプロフェッショナルです。満点以外の校正はクソですが、集中力を欠いた校正作業はクソ以前の問題です…全身全霊をもって集中して校正に挑んでも、校正ミス可能性はなくならないのですから

校正作業完了し、全責任を担うべく校正紙にサインをした後は、ヘトヘトになり暫しの間放心状態になります校正は毎回が真剣勝負、全力投球ですから当然です…“この一球に悔いなし”!

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

自分のことを「賢い」と思っている人は、大バカ野郎!逆に、自分を「アホ」だと思っている人は、自分のことを「賢い」と思っている人に比べれば「賢い」人です。自分は「アホ」だから、間違うかもしれない!という思いを常に心の隅に常駐させつつ、そんな自分他人様の制作したものに対して間違いを探したり、ミスを指摘したりするなんて恐れ多いコト…と、謙虚姿勢校正に対するのが、確認作業プロフェッショナルです。その謙虚姿勢が、いちいち確認する面倒な作業を怠ることを防ぐための防波堤役割を担ってくれる上、確認する労力の源となるので、自らの間違いやミスの発生率が極端に減少するわけです。自分のことを「賢い」と驕っている校正マンは、いつか取り返しのつかないドツボに填まることになるので、今すぐに校正マン廃業した方が賢明(…!?)です。

なお、自分は「アホ」だという自覚を持っているのにもかかわらず“あほミス(注)”をしてしまったら、それは本当の「アホ」…目も当てられない状態です。そんな状態に陥った「アホ」は、即効で校正マン廃業すべし。

(注)あほミス…「アホちゃう!?」と叫びたくなるような“あほ”みたいなミスのこと。知識能力の不足ではなく、不注意による誤り。SETでは「あほミス」と言いますが、一般用語では「ケアレスミス」のことになりますかね。ちなみに「ケアレスミス」は、careless mistakeの略語です。

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

校正お仕事は、実に意地の悪いお仕事です。制作者もプライドを持って全力で業務に勤しんでいます。「完璧だっ!」と渾身の制作物を校正するのですから、その作品の粗探しをする校正マンは、疎ましい存在なのでは…(涙)。しかしながら、ミスや間違いを発見するのが校正マンの使命ですから、そこのところは一歩も譲ることな任務を全うすべし!粗探しという、一見、意地の悪い作業に誇りをもって、全力で挑まねば制作者に対しても失礼にあたります制作社は、作品ケチをつけられたらカチンときたり、ミスを指摘されたら「クソォ~」と悔しがるのが当たり前。そんな感情が湧かない方がおかしい…湧かない場合は、制作作業に対して手抜きしてるからでは?ミスの指摘を受けて悔しがらない制作者は、問題あり…なので、そんな場合には一言苦言申し奉ります。「ミス校正で見つけてもらったらいいや~」などという怠惰な態度は、校正マンに対する冒涜制作者も、常に100%の完成度と誇りをもって全力で校正マンに挑んでいただきたい。分野は違えど、制作校正プロフェッショナル同士の真剣勝負なのですから

【第7条:文字パニックにご注意】

校正(笑)一種に「文字パニック」という症状があります日常の全てにおいて目にする文字がすべて疑わしくなる病気(!?)です。校正業務ではない日常生活においても、辞書等で確認せずにはいられなくなる…それは読めない漢字意味がわからない用語でなく、通常に使用している簡単漢字であっても。その上、一度確認してもまた同じ文字が出てくるたびに辞書を引っぱり出している自分がいる。やめたいのにやめられない、辞書等で確認しないと落ち着かなくてパニくる…これが「文字パニック」。治療方法としては、休養することしかなく、目と体、そして心を休め落ち着いて回復を待つこと。あわてないことが重要で、確認作業プロフェッショナルなら一度はかかる通過儀礼のようなものなので、自覚症状があらわれた際には、校正マンとして一人前になったのかなぁ~と喜ぶべき病気(!?)ということで、お赤飯でも炊いてお祝いしてください(笑)

文字パニックとは別に校正マンがかかりやす病気として「本が読めなくなる病」もあります活字とにらめっこしている時間が多いため、もう活字は見たくないという原因をもつ場合と、本を読んでいても、無意識誤植を探していて内容を楽しむことができなくなる場合の2種類があり、この病にも特効薬はありません。本人の意思時間の経過により、体力と気力が回復すればそのうち治るでしょう。でも、貧乏ゆすりと同じでクセになってしまったら、なかなか治りません。私の場合子供学校からもらってきた学級便りやお知らせのプリントに朱入れしてしてしまう始末。町内の回覧板広報誌やフリーペーパー等々、印刷物を目にするとダメですね。インターネットの画面では今のところ症状は抑えられますが、サイト情報プリントアウトすると、誤植探しをし、数値を重複確認してしまっている自分に気付く今日この頃です(汗)。

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

何事にも興味を持ち、広く知識習得すべく心を開放しておくこと。自分には関係のない分野の話も、小耳にはさむ程度でもいいので気に留める寛容さが必要です。ひょんなことで、その知識が役立つことがあるからです。校正は、自分知識確認することはなく、調べて確認する作業です。この調べるという作業で、広く知識がある人とそうでない人との差があらわれます校正ではさまざまなジャンル文章校正するため、歴史社会自然科学技術産業芸術など広い分野の知識必要とされます。全ての分野で専門知識をもっているスーパーマンになることは、並大抵の努力では不可能です。用語の大よその意味理解できていたり、見当がついていれば、調べるときに大変助かります校正に費やせる時間無限ではありません。校正マンは、校正だけできればそれでよいというものではなく、定められた納期を守って校正できることもプロフェッショナルとして当然のビジネスマナーです。限られた時間で、どれだけ正しい情報にたどりつけるか…校正マンとしての力量が問われるところです。

第9条:日々是情報収集

前条と内容が重なりますが、ジャンルを問わず知識習得するための心得をもうひとつ友達との何気ない会話、家族との日常職場で流れているラジオテレビ番組CM…等々、日々の生活情報収集に事欠くことがありません。しかしながら、ただただ聞き流してしまうのか、ちょっと意識を持って聞いているかの違いで、情報収集の機会は雲泥の差を生み出してしまます。「さぁ~情報収集だっ!」と意気込んで調べものをすることもありですが、日々の生活でのチャンスを逃す手はありません!いちいちメモして資料を残すなんてことは大変ですので、少し意識を変えるだけで充分です。人間の脳ミソは全く知らないコトを思い出すことは不可能ですが、一度でも耳にしたことは思い出せる可能性が0%ではありません。また、必要に迫られた場合や、自分が興味のある事柄は自ら情報収集することができますが、自分の頭の片隅にもないような事柄についての情報収集することはできませんよね。不特定多数対象情報提供してくるラジオテレビ、街中での雑談や目にする様々な媒体ちょっと意識するだけで、情報収集きっかけは生まれるのです。

校正時での「疑問出し(注)」の巧拙に、期せずして校正マン能力があらわれてしまます。とんでもない見当違いの疑問出しをした場合校正マンは赤っ恥をかくだけでは済まされず、校正の精度そのものに疑いがかかり「この校正マン大丈夫?」という状況を引き起こししまうのです。「これで大丈夫ですか?」と指摘したのに、「オマエこそ大丈夫かい?」という展開に…(涙)そんな事態を招かないためにも、日々是情報収集は、プロフェッショナルとしての日常のあり方です。

(注)疑問出し…原稿の間違いや不備ではないかと考えられるが、調査してもはっきりとは間違いだと判断できない箇所を「これで大丈夫ですか?」と、制作者や先方様に確認するために校正紙に校正マン鉛筆で書き込んでおくこと。

【第10条:校正の極意】

校正に極意はありません。ただ「無心」で校正に対するのみ…

しかするとソレこそが、校正の極意なのかも!?

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引用http://www.set-inter.com/creator/kotomi-t

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170318164545

からなんだけど

言語化できないんだったらさー

国語辞典の収載項目を最初から全部分析していって、それを順次どっかにアップするとかすりゃ誰かが何かを見出してくれるんじゃない?

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