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2016-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20160316184340

ビジネスモデルの違いが大きいよね。

サービス開発とSI開発を比較すると

サービス開発は、沢山の人にプログラムを使い続けてもらうことで収益を上げるモデル

SI開発は、作ったプログラム業務効率化をはかり人件費節約して収益を上げるモデル

なので

サービス開発は、利用者が魅力を感じるために改善し続ける必要があり、継続投資意味がある。

UI改善パフォーマンス改善接続数のスケールセキュリティ、他社サービスとの接続、各種デバイスへの対応などなど。

技術力こそが命だし、技術者の開発力が収益の源泉になる。

ライバルユーザーを取られたらサービスわっちゃうもんね。

早くローンチ重要場合もあるので、まずベータで出してブラッシュアップさせてVer1.0を目指すことも可能。

一方SI開発は、簡単に言うと人件費を減らす為のもの

受注業務で10人が電話FAX応対してたのをWeb化、自動化して3人で回せるようにする。

営業残業して顧客情報Excel管理してたのを一元化して残業代を削減する。

とかとか。

なので開発予算最初に決まるし、継続的に高いお金をかけて改善していく意味ほとんどない。

システム導入時のようなコストインパクト改善では出すのが難しい)

素敵なUIにする必要はないし、少しくらい応答が遅くても問題ない。「運用でカバー」だ。

難易度が高い開発を高いお金をかけてやる必要はない。

削減予定の人件費を超えてしまっては本末転倒

オーダーメイドなので開発費は高くなる上に

継続的改善しないので、導入時点でVer1.0どころか、2.0、3.0 の機能を求められる場合もある。

ベータ版からはじめましょうとか基本的に許されない。

そりゃ保守的になる。

枯れた技術設計がいいし、少しでも安いエンジニアを使いたくなる。

見積もりハズしたら赤字ですよ。

一方重要になるのはスケジュールコスト

設計の手戻りは許されないので、顧客との調整力、フェーズごとに仕切れる段取り力、「ここまでしかやらない」と言える交渉力

決められた作業を決められた期間に決められたコストで実行するマネジメント重要になる。

SIerの儲けの源泉は、類似プロジェクトを沢山こなして

業務ノウハウを溜めて、見積もり精度をあげること。

プログラムは自社フレームワーク化して、コーディングパターン化していくこと。

新規サービス開発で求められるような技術力は基本的不要だし、技術動向は一部のR&D部門の数名が研究していればOKな世界

根本的に力学が違うのかなと。

マイナンバーやeTax関連でも、クラウドサービス化して「利用者が増えれば収益が上がるモデル」になってるところは

高い技術力の人がいて頑張ってるんじゃないですかね〜

2016-04-11

[] 乳豚力学

17世紀ヨーロッパ、一人の乳フェチがいたそうな。

彼は、乳豚と呼ばれるほど乳が好きだった。

乳豚は毎晩、おっぱぶで遊んでいた。

乳首を引っ張ったり、かみついたり、匂いを嗅いだり…。

乳豚の乳への興味はつきなかった。

乳豚は乳を上に思いっきり引っ張り、そのまま落としたらどうなるのか?と疑問に思った。

おっぱいバウンドしてすごく素晴らしいはずだ!」

いてもたってもいられなくなった乳豚はすぐさまおっぱぶに行き女の子に試してみた。

いっきり乳を押し上げ…落とす。

何度も試みたが、乳はゴムまりのようには弾まずただ落ちただけだった。

観客はがっかりし、乳豚は袋叩きにされ店からつまみ出された。

殴られた乳豚はなぜかにやにやしていた。

断っておくが、彼はマゾヒストではない。

乳豚は乳に宇宙を感じていたのだ。

おっぱいは落ちるのに、月は落ちてこないのはなぜだろう」

殴られて頭がおかしくなった乳豚は、その疑問を解決すべく、研究に没頭する。

まず、用意したのは梅干しだった。

ほしはほしでも食べれるほしはな~んだ?

今時、幼稚園児でもやらないような典型的かつ古典的なぞなぞだが、乳豚の時代はそれが最先端だった。

梅干しを用意してみた乳豚であったが、どうしていいか分からない。

毎日梅干しを眺める乳豚、ある日よいことを思いついた。

しわくちゃの梅干しはまるでアナルにそっくりではないか!」

しかし、アナルは落ちるものなのか?また疑問が始まる。が、すぐに解決した。

排便だ。

ぼっとん便所の下で待ち構えていたら、いくらでも星のかけらが落ちてくるではないか!」

早速乳豚は近所のけんブリ大学の穴ニーカレッジ女子トイレに潜入を試みた。

潜入は成功し、ひたすら落ちてくるものを拾い集めた。幾日も幾日も…

いつしかピーピング豚と呼ばれるようになったが気にしなかった。

豚には研究という大義名分があったのだ。

そして、うんこを大量に集めた豚は、スカトロ転向し、尻の広げ方を計算する尻分方程式研究をし始めた。


同時期にレイプニッツという人物も尻分方程式研究していたが、レイプニッツの考案した常尻分方程式は、

常にアナルを広げ続ける画期的な式であった。


結局、豚は梅干しを食べてうんこを広い集めスカトロになっただけの人生だった。

一方のレイプニッツは、その後、強姦で捕まってしまった。

彼らの考案した常尻分方程式は語り継ぐものがおらず、いつしか忘れ去られてしまったが、

アナルマニアスカトロマニアの中で伝説として語り継がれている。


*参考文献 よくわかるアナル力学 ケツ穴出版


アナル増田

2016-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20160314110239

ちょっとまて。保育園は本当にイイモノなのに普通に売り出さないとはどういう力学が働いているんだ?

2015-12-10

http://anond.hatelabo.jp/20151210184709

新聞消費税を導入したとは言ってない。

消費税を導入し、さら増税しようとしている主体財務省だよ。

から正しくは、財務省消費税を導入しようとしている、だ。

財務省が主であり、新聞は従であるということ。

新聞はその片棒を担いで消費税を是とする空気を醸成したと言っているわけ。

官僚マスコミ関係はいろいろあるということぐらいは知っているだろ。

詳しく知りたいなら、宮崎哲弥もそうだし、高橋洋一でもいいし、その辺の人の新聞批判官僚批判を漁ってくれ。

問題はなぜそのような力学が働くのかということだが、理由は簡単で、消費税批判しない代わりに自分だけは増税から見逃してもらえるように裏取引をしているだろうということだ。

こういうこと言うと陰謀論と言われそうだが、これはずっと前から言われていたことで、事実現象から見てもそうなりそうだろ。

新聞一枚岩ではないし、官僚の言うことをただ鵜呑みにしているのも中にはいるだろうがな。

まあ、要するに、新聞自分が助かるために公益犠牲にしたということ。

蜘蛛の糸にぶら下がるカンダタと言っていい。

2015-12-04

中退へのメンタル閾値が低い高校中退者による博士課程一問一答っぽい

この記事博士課程 Advent Calendar 2015 - Adventarの5日目のエントリです。前回はid:kybernetesさんのこの世界への関心を諦めない人に博士課程はオススメ - 表道具でした。

(今年は無事に退学せず済みそうなので、退学 Advent Calendar 2015 - Adventarじゃなくてこちらに参加します。)

http://anond.hatelabo.jp/20141201200815]から大幅にテンプレート拝借

某国立大物理D1場合

Q1. 博士課程ってなんですか

A1. 大学院入試面接で「進学するつもりはある?」って聞かれるあれ

たいていの理系人生において、ここに進むか否かで修士課程終了後の幸せ曲線が大幅に変わるともっぱらのうわさ。(私はまだ実感してないんですが、この手の話聞くたびおっかない)

Q2. なんで博士課程に進学するんですか

A2. 高校中退したあと某高専に潜り込んでたんですが、「高専新卒」という最強就職カードをかなぐり捨てて大学編入しちゃったので毒食わば皿まで、ではないですがやるとこまでやったろう!というのがひとつ

高専時代に言われた「好きなことを仕事にすると長続きしないよ」とかいもっともらしいアドバイスを真に受けて転科する!って編入した先があろうことか原子力系で、在学中の3/11以降いろいろ考え修士課程でまたしても転科したので、たった2年じゃやるとこまでやれん!というのがふたつ。すごくいきあたりばったりですが特に2つ目はこればっかりはしょうがない。

Q3. 普段どんな生活してんのさ

A3. 後述のRAが勤怠とられるので、普通に9時5時で他の職員さんと同じような勤務体系です。

理論系だし実験と比べて体力的に楽かなーと思いきや、週末もけっきょく自宅で作業してしまうので気分的には週休ゼロ日っぽい

研究で頭ハチハチしてると朝の民放テレビとかマジで情報洪水、うるさすぎてたまんないのでNHK教育はなかっぱとか見て心を浄化してから出勤してます

あとは平日休日わずメンタルのために趣味ゲームしたりピアノ弾いたり、こういうのがすごく大事な時間です。

Q4. 在学時の金銭問題に関して一言

A4. 某国研のRA学費とか税金年金もろもろ賄ってるのと、実家暮らしで家にお金入れてるわけでもないので(お父さんお母さんごめんなさい!)あんまり気にしたことはないです。

一人暮らししたら学費免除通りやすくなるのかな…在学中に結婚したら学費全額免除もらえたとか、配偶者に養ってもらいながら(3号被保険者として)生活してたとか、聞くけどどこでみなさん恋人とか見つけてくるんですかね???

Q5. 学振について

A5. 私は修士課程から新しい分野に来ていまだに業績ほとんどないから全然無理無理、って思って出してないんだけど、情報系とかみたいに早くからぽんぽん査読つき学会だの論文だの出せる分野だと申請書も見栄えするんだろうなぁ、って勝手に思ってます物理の人もそんなみんな修士課程からポンポンPhysics Review うんちゃらみたいなのにポンポン載せてるんですかね…

Q6. インターンについて

A6. 来年に行く予定があるんだけど、大陸ヨーロッパなので日常生活英語通じるのか?っていうのと最近テロちょっと心配

他の人とか分野の事情まったく知らないんだけど、大学とか受け入れ先から予算が出るなら是非とも行っておいたほうがいいのでは。

Q7. 楽しいこと3つ

A7.

(1) 高専卒で就職した同期とかの話聞くと、「仕事の内容はいいんだけど人間関係が辛い」(脳筋DQN体育会系みたいなのが多い、の意)というのを割りと聞くので、そういうのが理学系だとないなーっていうのが人間関係に恵まれてていいなって思います高専特に機械科とかほんと脳筋DQNのすくつだったしね。

(2) RAも実際のところ普通ホワイトカラーと違ってあんまり時間には厳しく言われないので、朝が弱いマンにとっては大変助かる。

(3) 本人はいつも自分には研究向いてない…辞めたい…って思ってるのに、親しい人とか親戚がすごく買いかぶってくれてるとこ。自己肯定感が全力で慰撫されますね。

Q8. つらいこと3つ

A8.

(1) 当たり前ですが自分の頭で考えて自分なりの意見を主張していかなきゃならないこと

いまだに自分意見をいうのが怖い、いつもいつもフルボッコにされるんだろうなーって怯えながら進捗報告する日々。

(2) 将来への見通しが無い

(3) どうせいずれ死んでしまうのにこんな研究やってて何の意味があるんだ…

Q9. 現時点で後悔していること

A9.

(1) 高専から大学に編入するときに専攻を変えてしまったこと

高専から大学編入して学振DC1通ってる人とかけっこういるじゃないですか、彼らは高専時代からずっと自分の専門分野に一途だったんでしょう。

まさに「転がる石に苔つかず」で、転がってばかりだと成すものも成せなくなるんだなあ。

(2) 将来への展望ゼロ

安定は、希望です | 参院選に挑む | 公明党みたいな人は博士課程に進学しちゃダメゼッタイ

(3) 人間関係を軽視しすぎたこと

いろんな人の話し聞いてると、高校学部時代の人脈があとあと強い意味を帯びてくる、みたいなのあるじゃないですか。

高専で人脈とかまぁ無理にしても、学部時代に引きこもったりしなければ、留年したりしなければよかったな。

Q10. 博士課程に向いている人

A10.

(1) 「正しさ」をめぐって駆動される権力力学無頓着な人

 これだけで政治哲学上のひとつトピックになりそうだし私が簡単にどうこう言えるものではないけど、教員側でもそういうのに無頓着な人がいますしね。本人の名誉のため名前は伏せます

教員:「何か発言しろ

学生:「いえ、特にありません」

教員:「何でも良い、言え!」

学生:「・・・では、~だと思います。」

教員:「ふざけるな、大間違いだ!謝罪しろ!」

学生:「間違っていました申し訳ございません。」

なんていう地獄絵図はまったく想定していませんでした。

みたいなブログも見つけまして、大変脱力してます。一歩大学の外に出れば↑みたいなのがむしろ普通なのにね。そういう環境適応してきた学生だけ一方的に責めるのはどうなの?

(2) 命令指揮系統崩壊している末期戦みたいな前線でも気にせず自分勝手に動ける・動きたい人

A8(1)と関係しますが、上から命令が降ってくるわけじゃないので、【北朝鮮】最高司令官同志、命令だけ下してくれ! - YouTubeみたいなのは決定的にダメですね。

(かの国における首領・党・人民三位一体による有機的政治生命体、っていうのはたぶん研究職と相性悪いと思う。)

(3) 聞き分けのいい素直なお利口坊や/お嬢ちゃんじゃなかった人

 高専の同期のDQNが「ああぁぁん?てンめぇナマいってんじゃねえよぶっ殺すゾ!!おおおぉぉぉん??(どうでもいいけどなんでこういう威嚇する声ってだいたいプロソディーが短調ぎみなんだろう?)」って言っててもあんなん慣れりゃ自分に直接は害が振らないから別にいいけど、自分の今後に生殺与奪を握ってる偉い人相手には「相手の意のままに動かなきゃ、自分から敢えてケンカ売るようなマネは…」というのが適応戦略としては普通なので。そういうまともな感覚が無い人のほうが博士課程向いてるんじゃない?

後半が「博士課程もう辞めたいこんなん嫌や!!」って思いながら書き溜めたやつで、前半がちょっと最近持ち直してきたときかいたやつなのでニュアンスが違います

なにか質問あれば追記しま

2015-09-10

世界いちばん遠回りな世界一周

もう誰も覚えていないと思うけど、3年ほど前、ここに、"Hello world!"というタイトルエントリ投稿した。あの話の続きをしようと思う。

※このお話はたぶんフィクションです。実在の人物や団体とはあんまり関係ありません。

※前回のあらすじ:高校中退工場派遣プログラマホームレス自立支援施設プログラマ海外放浪職業訓練世界一周アプリを作る


あれから3年、いろんなことがあった。またプログラマとして働いたり、またホームレスになったり、福島除染作業員をしたり、本当にいろいろあったけど、 今回の主題にはあんまり関係ないのでざっくりはしょる。今回の主題世界一周についてである

はいつか世界を巡る旅をする。10年くらいかけて。わりと本気で。その計画を立てるためのアプリケーションも作った。でもそのアプリ正式リリース以降、開発が頓挫している。開発を進めるにあたって、致命的な問題があることがわかったからだ。それは、開発者である自身が、この世界について何も知らないに等しい、という問題だ。

開発者は、システム化する対象に関して、誰よりも精通していなければならない。業務用アプリケーションの開発なら、 その会社の業務フローについて、社内の誰よりも詳しくなくてはいけない。システム開発とはそういうものだ。そして今度の対象世界だ。すべての国だ。それを僕自身が知らなくてはならないのだ。

しかし世界は巨大で、そして複雑だ。

国連加盟国は現時点で193か国。それぞれの国の下に州や省や県があり、その下に市区町村があり、そういった階層的な行政単位以外にも、歴史的背景から自治区になっているところや特別行政区連邦直轄領もあり……。

そういや連邦ってなんだろう。なんとなく知っているようでいて、詳しくはわからない。王国共和国ってどう違うんだろう。国の形ってなんでこんなにいろいろあるんだろう。いやそもそも国ってなんなんだ。どうすれば「国」になるんだ。

国連に加盟していればいいのか。いや国連非加盟の国もあるじゃないか。国家の三要素(領域人民主権)を満たしていればいいのか。しかしそれを満たしていることを誰が認定するんだ。他国から承認があればいいのか。その他国は誰が国だと承認したんだ。政治的問題から国なのか国じゃないのかはっきりしない地域だってたくさんある。国とか国じゃないとか最初に言い出したのは誰なのかしら。

それは世界一周アプリの開発中に国データをちまちま作っていたときにも思ったことだ。もしかして「国」というのは、僕が思っていたほど絶対的で、はっきりしたものではなく、相対的で、曖昧ものなんだろうか。

からない。わからないことだらけだ。こんなもの本当にシステム化できるのか。複雑ってレベルじゃねーぞ。これが仕事だったら「うんこー☆」とかいいながら全力で投げ出しているところだ。しかしこれは仕事ではない。これは仕事ではないので、真剣に取り組まなければならないし、投げ出すわけにはいかないのである

だけど、 どうしたらいいんだろう。世界はあまりに巨大で、複雑で、茫洋としている。何かとっかかりが必要だと思った。基点が必要だと思った。人でも物でも事柄でもいい。それをとっかかりにして、基点にして、少しずつ裾野を広げていけばいいのではないか。そう思って、自分記憶を探ってみる。僕の基点、時間軸と空間軸の原点、それは子供のころ、ブラウン管の向こうに見た、落書きだらけの大きな壁だった。


1989年11月ベルリンの壁崩壊した。僕が9歳のときだった。ニュースは連日連夜、この話題で持ちきりだった。興奮気味に壁を壊す人たち、全身で喜びを表現する人たち、泣きながら抱き合う人たちもいた。世界中が大騒ぎになっているようだった。僕はその映像を、意味もわからずただぼんやりと見ていた。

それからしばらくして、社会科教科書世界地図が大きく書き換わった。ソ連という国がなくなり、新しい国がたくさんできたのだという。国がなくなる? 国が新しくできる? その意味もまたよくわからなかった。

時間軸は一気に飛び、ベルリンの壁崩壊から20年以上たったころ、僕は生まれて初めて日本を出た。半年かけて海外放浪した。特に目的もない旅だった。だからその場所に行ったのも、ほんの気まぐれだった。

ベトナムホーチミン市にある戦争証跡博物館ベトナム戦争記憶を後世に伝える博物館だ。旅の途中にふらりと立ち寄ったそこで見たものを、僕はいまでもフラッシュバックのようにありありと思い出せる。

銃器、対戦車地雷、その他さまざまな武器弾薬が「こうやって使われていたんだ」といわんばかりに、実際に使用している場面の写真と並べて展示されている。銃を突きつけられて悲壮な顔をしている男性、道ばたで血まみれになって死んでいる子供、虫の死骸のように雑多に並べられた人の死骸、そんな凄惨な写真がこれでもかと並ぶ。

何か、自分の中で価値観が急速に書き換わっていくのを感じた。頭の中がぐちゃぐちゃになって、いろんな言葉が浮かんでは消えていく。

資本主義

共産主義

イデオロギーとは何だ?」

そのとき同時に頭の中に浮かびあがってきたのが、子供のころに見たベルリンの壁崩壊ニュース映像だった。あれから20年以上たってようやく僕は、あの人たちがどうしてあんなに泣いたり喜んだりしていたのか、少しだけ理解できたのだ。


あの博物館で僕がもっとも強く感じたのは、「戦争悲惨だ」という事実ではなく、「どうしてここまでのことになったのか?」という疑問だった。人が人を虫けらのように殺す、その理由が知りたい。そこには絶対にそれなりの経緯があるはずである。東西冷戦とは何だったのか、僕はまずそれを知らなければならない。

しかしこうなるともう最初から世界史をやり直したほうが早いんじゃないかと思った。よし、時間軸を一気に人類歴史の始まりまで巻き戻そう。

まずは大河流域で文明がおこる。チグリス・ユーフラテス川ナイル川インダス川黄河。うわー、すげー懐かしい。そして農耕が発達する。食料を安定して収穫・保存できるようになると権力が生まれる。そこから世界各地で似たような権力闘争が延々と繰り返される。

特に印象深いのが「カノッサの屈辱」だ。十代のころ、学校でこれを習ったとき意味がわからなかった。この人たちは何をそんなに必死になっているんだろうと思っていた。いまならわかる。目的は、権力そのものなのだ。人の頭を踏みつけること、人を思い通りに動かすこと、それ自体が目的であって、権力によって得られる富や名声は二の次なのだ。それは自分の経験を振り返ってみてもわかる。ヤンキー世界でもエリート世界でも、どんな場所でもどんな階層でも、人間が集まれば、始まるのはいつも頭の踏みつけあいである。それが直接的か間接的か、下品上品かという違いはあれど、やっていることは同じだった。だから世界史に記されたこのくだらない争いの数々も、いまは実感を持って理解できる。

そして絶対的権力者である神によって凍結されていた歴史が、ルネサンス以降、急速に動き始める。宗教改革名誉革命フランス革命。それまで聖職者王侯貴族が持っていた権力が少しずつ引き剥がされていく。そしてフランス王国フランス共和国に。ああそうか、王国共和国の違いって「王様」がいるかいないかなのか。さらに現代の「国」という概念国民国家というのも、このころに生まれてきたもののようだ。人類歴史から俯瞰すれば、ここ200年くらいの「流行」にすぎないのだ。

しかしフランス革命って華々しいイメージだったけど、こうして改めて調べてみると、革命政権恐怖政治によって何万もの人間が処刑されていたり、何度も王政に戻っていたり、混沌としすぎていて、華々しいなんてとてもいえない血まみれの革命だったのだと気づかされる。

そんな混沌の中、産業革命を経て、歴史さらに加速する。権力のあり方も変わる。聖職者王侯貴族に変わって資本家が台頭してくる。資本主義が加速する。貧富の差が拡大していく。賃金労働者悲惨労働環境で搾取され続ける。暗澹とした空気の中、社会主義共産主義という思想が台頭し始める。ロシア革命が起こる。世界初社会主義国ソビエト連邦誕生する。

いままで社会主義ってあまりいいイメージはなかったけど、こうして順序立てて成立の経緯を追っていくと、歴史の中での必然性がわかる。みんな、もう誰も頭を踏みつけあわずにすむ世界が欲しかったのだ。だから既存の権力や富や労働のあり方を強制的に変える。そしてそれが国の形を変える。そうか、国の形ってこういうふうに決まるのか。

しかし計画経済ってなんだろう。どうしてそんなもの必要になったんだろう。と思って、初心者向けの経済学の本を何冊か読んでみた。めちゃくちゃおもしろかった。経済ってこういうものなのかと思った。市場経済では必ず景気は好況と不況を繰り返し、いつかどこかで恐慌を引き起こす。そんな繰り返しをさせないために、計画経済では政府の計画にしたがって商品を生産する。そうか、そんな経済の形もあるのかと思った。ずっと現代日本で生きてきた僕にとっては、市場経済があたりまえすぎて、市場自由がどうの規制がどうのといわれても、これまでピンとこなかった。「あたりまえ」のことは、対比されるものがないと、それを知覚することさえできないものなのだと知った。

その市場経済へのアンチテーゼとしての計画経済は、しかし破綻する。いつ、どこで、誰が、何を、どのくらい欲するか、なんてことを計算し尽くすには、リソースが足りなさすぎたのだ。結果が出ているいまだからいえることなのかもしれないけど、少数の頭のいい集団演算能力よりも、多数の平凡な人間無意識的な分散コンピューティング見えざる手)のほうが演算能力は遥かに高いのである

そして社会主義自体も破綻する。ソ連型の社会主義では一党独裁必要とする。しかし絶対的な権力は絶対的に腐敗する。それは歴史証明している。独裁政権必然的暴走していく。これも僕は経験として知っている。「いじり」がいつも「いじめ」に発展するのと同じだ。他人おもちゃにできる、自分の思い通りにできる、これは権力である。そして「いじり」は場の空気によって正当化されるので抑制がない。抑制のない絶対的な権力は暴走する。だから 「いじり」はいつも「いじめ」に発展する。企業内のハラスメント家庭内虐待も同様だ。人間は好き勝手にできる状況に立たされたとき、好き勝手振る舞うものなのだ。そうか、チェックアンドバランスってそのために必要なのか。絶対的な権力は絶対に生み出してはならない。権力は絶対的に抑制されなければならないのだ。三権分立を唱えたモンテスキューさんマジパネェすわ。

こうして自由主義資本主義矛盾への疑問から生まれた社会主義共産主義は、自身内包していた矛盾によって自壊していく。そして時間軸と空間軸はまた原点に戻る。冷戦象徴であり、永遠に世界を二分し続けるかのように思われていたベルリンの壁が、ささいな行き違いからあっけなく崩壊する。ほどなくしてソビエト連邦から次々に構成国が離脱し(国が新しくできる)、連邦は解体される(国がなくなる)。

天秤の片方から社会主義共産主義が脱落したことにより、その後、世界はまた自由主義資本主義へと大きく傾いていく。混合経済社会主義的な部分が次々と取り払われていく。その結果が、派遣法改正だったり、リーマンショックだったりするのだ。そしてそれらは僕の人生にも多大な影響を与えている。そうだ、これはひとごとではない。遠い昔にあった「歴史」でもない。僕がいま生きている「現代」の話なのだ

そうか、世界ってこういうふうに動いていたのか。少しずついろんなことがわかってきた。国とは何か。イデオロギーとは何か。なぜ法の支配必要なのか。なぜ憲法必要なのか。しかしそれよりも何よりも、ひとつ重大な事実を確信した。それは、世界のすべてを知ることは絶対にできない、ということだ。

ミクロ領域――個人の感情や行動、これはわかる。マクロ領域――世界市場や情勢、これもわかる。しかし両者がどのように関連しているのか、個人の感情や行動が、どのように影響しあい、どのような力学が働いて、世界市場や情勢を動かすのか、逆に、世界市場や情勢が、個人の感情や行動にどのような影響を与えるのか、それを計算し尽くすことは、誰にもできない。それは人間演算能力の限界を遥かに超えているからだ。

「俺は世の中の仕組みをわかってる」「裏の論理まで知ってる」と嘯く人にはたまに出会うけど、そういう人が本当に世界の仕組みを知っていたことは一度もない。本当にただの一度もなかった。陰謀論マクロミクロの間にある巨大で複雑な回路をショートさせただけの反知性主義にすぎない。僕はそんなチートに興味はない。僕は真正から正攻法で、その回路を解析したいのだ。そうでなければ意味がない。

ああ、そうか、経済学とは、それを解き明かそうとする学問なのだマクロミクロの間にある巨大で複雑な回路。それを解析するのが、経済学や、その他の社会科学なのだ。僕はそれを、もっと深く学ばなければならない。

進むベき方向性は見えてきた。しかしここからどうするか。独学ではもうこのへんが限界のような気がする。つぎはぎだらけの学習じゃなく、もっと体系的に学びたい。でもどうやって学べばいいのかがわからない。僕はまず、学び方を学ぶ必要があるのだ。それには、どうしたらいいのか。

頭の中に浮かんだのは、「大学に行く」という選択肢だった。


大学に行く。どうしてそんな選択肢が浮かんできたんだろう。これまで僕の中にそんな選択肢は存在していなかった。そのはずだった。これまでずっと金も時間もなく、ただ日々の生活に追われるばかりで、そんなことを考える余裕は一切なかった。そんなことを考えるくらいなら明日の飯の心配をしたほうがいい。ずっとそう思って生きてきた。

何より僕には自信がなかった。自分みたいな中卒の人間高等教育を受けたところで何の意味もないと思っていた。そんなの僕にはまったく関わりのない知識階級人間世界だと、大学なんて僕にはまったく何の関係もない、別の世界に存在するものだと思っていた。

でも思い返してみれば、その認識は少しずつ変化していた。いろんな仕事をしたり、あとさき考えず旅に出たり、プログラムを組んだり、文章を書いたり、そしてそれを不特定多数の人の目に晒したり、ずっと何かに追われるようにそんなことを繰り返してきたけど、その過程で、僕は何か大切なものを拾い集めてきた気がする。それはたぶん、自尊心と呼ばれるものだ。幼いころに失い、ずっと欠けたままだったそれを、僕はこの歳になって、ようやく取り戻すことができたのだ。

からいまは自分高等教育を受けることに意味がないだなんて思わない。大学が別の世界に存在するものだなんて思わない。ああそうか、だからいま、このタイミングで、「大学に行く」という選択肢が、僕の前にあらわれたのか。

あとはこの選択肢を選び取るかどうかだ。

いまの時代大学に行くなんてそんなにたいしたことじゃないのかもしれない。だけど少なくとも僕にとってそれは、とてつもなく勇気エネルギー必要なことだ。ホームレスになることよりも、右も左もわからないまま海外に飛び出すことよりも。

現実的問題もたくさんある。資金、学力人生の残り時間。いろいろと考え始めると、解決しなければならない問題が多すぎて、わけがからなくなってくる。もうどうでもいいじゃないかと投げ出したくなってくる。でも僕の中の何かが、そうさせてくれない。僕の中の何かが、そうじゃないだろうと責め立てる。

これには覚えがある。この熱には覚えがある。これは、あの旅の途中、自分の中に発見した、マグマのような熱量だ。感情になる前の感情。行動になる前の行動。名前なんてつけようもないほどプリミティブな衝動。僕はいままさに、それに直面している。そしてその熱量からは、どうあがいても逃げられない。それだけは確信できる。

だったらもう、覚悟を決めるしかない。本当にもう、そうするほかどうしようもない。

僕は大学へ行く。

そうやって覚悟を決めてみると、ものすごく気が楽になった。気分が軽くなった。

ああどうしていままでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。その想いはずっと自分の中にあったのに。

僕は、「大学へ行きたかった」のだ。

続き→http://anond.hatelabo.jp/20150910220232

http://anond.hatelabo.jp/20150909221333

他の人達も書いていますが、普通は授業に頼らず自分でどんどん勉強していくものです。

より優秀な人たちは自分と同じレベルの人を集め、自主ゼミなどでより高度な勉強を進めます

授業は最も勉強のできない人たちにレベルが調整されています

最後セーフティーネットと思っていた方が良いと思います

また、定番書、名著は分野毎にだいたい決まっています。例えば物理ですと

といった具合です。

これらは大抵、授業の参考書指定されているはずです。なのでどの大学でも教科書は共通といえます

念のため書いておきますが、「試験前だけ勉強してテスト後に忘れる」といったやり方では授業について行けなくなります

例えば量子力学線形代数を、電磁気学ベクトル解析の知識を前提として必要します。

授業でわざわざ復習したりはしないのでこれらを身につけていなかった人はそこで置いて行かれます

高校と同じ調子勉強をして、身動きが取れなくなり退学して行く人が結構いるのでちょっと心配になって書きました。

おせっかいでしたらすみません

増田さんは大学入学したばかりなのでしょうか? 素晴らしいですね。

大学は最も濃密に勉強できる期間だと思います

増田さんが充実した勉強経験ができますよう、お祈りしております

2015-09-01

東京五輪開会式心配しょうがない

エンブレムとかメインスタジアムとか、いろいろゴタゴタしているけれど、

それはそれとして、開会式がどんな感じになるのか、勝手心配している。

個人的に、ああいパフォーマンスを見るのが嫌いなほうじゃないのだが、

ここ最近の、北京とかロンドンとかソチとかの開会式は、それぞれの国柄が出ていたと思う。

まあ、好みはあるだろうし、長すぎじゃね、とか意見はあるだろうが。

ソチなんか、ああ、ロシアって作曲家とか文豪とか、バレエとかサーカスとか、ああ、自国文化がいろいろあるんだなあってのを

ここぞとばかりに見せつけた感じである

で、どうしても思い出さざるを得ないのは、長野オリンピックだよ。

いま思い出しても、恥ずかしい。

善光寺の鐘と、土俵入りと、御柱で始まって、なぜか森山良子が歌うたったりして。

全般的に「役所の人たちが考えた、外国人の喜びそうな日本的演出」が随所にあふれてた。

で、恥ずかしさのハイライトが聖火の点火だよ。

なぜか、十二単を安っぽく現代アレンジしたような衣装をきた伊藤みどりが、なぜか、イタリアオペラ蝶々夫人」のアリア「ある晴れた日に」をBGMにして、点火してやんの。

なぜ、蝶々夫人? あれ、「ゲイシャハラキリ」をエンターテイメントにしたオペラだよね?

今だったら、ネトウヨに怒られんじゃね?

で、ベートーベンの第9でフィナーレ。

もうね、アホか、バカかと。

ロス・オリンピックでジョン・ウイリアムス作曲した伝説的なファンファーレとまではいかないまでも、

誰かにあらた作曲させる気はなかったのか?

総合プロデューサーは、劇団四季浅利慶太だったわけだが、もうほんと、政治的力学でああい仕事やらせないでほしい。

パラリンピックのほうは、久石譲が仕切っていて、オリンピックよりはよっぽどましだったけど。

で、今回の東京オリンピックだが、まあ、まさか本気で秋元康やらせるようなことはないとは思うが、

日本的意思決定方式で、誰から文句が出しにくく、森喜朗でも名前を知っているような大御所、とかに任せることになると、

確実に時代からずれたジジイが仕切ることになるのは必定だ。となると、もう絶望しかない。


ま、個人的には、久石譲には絡んでもらったらいいと思うけど。

あと、ジャニーズとかAKBとかEXILEとかは、どうしても出したければ、大量に出てくるダンサーの「その他大勢」として出しとけばいいと思う。

ファンだけ「ウォーリーを探せ感覚で見つければいいし。

まあ「クールジャパン」っぽいことやりたければ、BABYMETALとか呼んで来ればいいかな?

あと、ケン・ワタナベあたりに何かやってもらって。

ロンドンオリンピックの「女王陛下の007」的な演出をやるのなら、ドラえもん皇居にお迎えに上がって、どこでもドア開けたら両陛下登場ってのをやってほしいが、

まあ、難しいだろうな。

熊本訪問ときに、事前打ち合わせで「くまモンには会えるのですか」とお尋ねになって、実際にお会いになった皇后陛下は、けっこうお喜びになると思うんだけど、そういう演出

2015-08-03

http://anond.hatelabo.jp/20150730162821

実際、昨今の「社畜乙wwwwwwwwwwww」「頑張る()とかwwwwwwwwww昭和wwwwwwwwwwwwwwww」みたいな風潮の行きつく先はどんな社会なんだろうなあと思う。

アメリカみたいに価格だけ高いゴミクソみたいなリテールサービス自己責任死ねば?社会か、スペインみたいに若年失業率50%とかでいつまでも実家寄生しないと生きていくこともできない社会か。

日本が強かった時代競争力の源泉を全否定するわけだし、かといってアメリカみたいに超高待遇世界中から天才をかき集める(ただし凡人には地を這って生きてもらう)なんてのも日本人の横並び価値感じゃ無理だろうし。

最近流行りの1行目の価値観標榜してるブコメの人たちを見ても、全員で同じ価値観になって異質なもの排除するという力学で動いていることは明白なので、彼らはより進歩的になったわけではなくさら保守的になっただけと言えるだろう)

この流れは止められないだろうから、どこまで行っちゃうんだろうなあと暗澹たる気持ちで眺めてる。

2015-07-30

ネットに生きてる彼の力学は通常のものとは著しく異なる上にそこに一貫性もないので理解しようとするのはそれ自体楽しいのでない限り全くの無駄なのだ

2015-07-25

軌道エレベーターって実現可能?

なんかやっぱりどう考えても、

難しそうじゃないか?

宙ぶらりんのところからカーボン製の何かを垂らすにしろ

想像が出来ない。

力学的とか物理的に可能なの?

出来るか出来ないかはっきりして欲しい

もやもやする

2015-07-24

http://anond.hatelabo.jp/20150724145557

かもね。

なんか、やっと自分が言いたかったことが分かってきた気がした。

安保法制反対派が提案した安保法制の廃案って、一般の日本人にはアビリーン行きの旅行みたいなもんだぜって俺はいたかったのだと思う。

憲法学者は一般の日本人みたいな次元じゃ考えてないんだから(そこにこそ学問価値がある)、一般の日本人生活の都合と違うことをいうのは当たり前じゃねえか。

憲法学限界検討されないまま、朝日新聞が自社の主張を裏付けるために悪用する様子は寒気がしたが。

でもまあ、法案の成立も確実な情勢だし、どれだけの賛同をえられたのかは知らないが、テレビ朝日新聞ではあまり取り上げられない安保法制を成立させるべきだと考える人々の論理も、たんに党派的な力学だけによるものではなく、それなりの背景があることは別のトラバツリーでしめすことができたと思うし、なんかもういいかな、と思い始めた。

ウノウサマ・ザ・大低能もみかけねーし。

2015-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20150723013840

同じ業界に身を置く者としてよくワカル

技術仕事だと思ったらそうじゃなくて、組織力学政治力の方がよっぽど評価に直結する みたいな状況とかね

けどそれでも技術屋は技術大前提だと思うのよ

IT業界といっても金融IT屋とソーシャルゲームIT屋はまるで違うよ、開発現場空気・社風もぜんぜん違う

技術が重視される業界・社風の会社ってのも案外あるもんだよ

増田若いし、いろいろ見てみると良いと思うよ

2015-07-16

http://anond.hatelabo.jp/20150715235131

日本社会規範のもとでは、不特定多数に対し発言を行う一般人は、排除された者、除外された者、孤独な者、例外の者ばかりになるという力学があるからなあ。

2015-07-12

ああ、死にたいなぁ

少女漫画を読んだんだけどさ、死にたいよなぁ。

キャンパスライフを謳歌しながらくっついたり離れたりする奴。

俺の人生と違いすぎる。

グループに入るとか抜けるって何ですか?

友達もあんま居ないのに。

個対個の関係でもあっぷあっぷなのに、さら集団力学も考えるとな。

無理!オーバーヒートちゃう

次元すぎて分からねえ。

少女漫画の怖い所は人間関係オープンワールドな所だ。

まり、主な登場人物人間関係が全て描写されているわけではないという事。

物語として描写されている出来事の他にも、いろんな人付き合いが存在して、どうやら劇的な物語の合間に、それをこなしているらしいのだ。

まるで便所で用を足すかのように、取るに足らぬものとして、取るに足らぬ人々とうまく付き合っているらしいのだ。

そして合コンしたりセックスしたりしているらしいのだ。

なにそれ怖すぎる。

だめだ。

自分にはできなかった。

これから一生できないのだろう。

死ぬしかない。

2015-06-11

なぜここまで男女対立が進んだのか

きもいおっさんとかフェミとか増田も騒がしいが、なんでこんなことになっているのか考察してみた。

非常に面白いことに、場を支配しているのは弱者男性である

彼らが幸せにならない限り、強者女性幸せにならない力学が働いている。

からきもいおっさんフェミも手に手をとって本当の問題を解決すべく尽力するべきである

ま、俺としては本当の味方に気づかずに、お互いに罵り合って自滅していく方が見ていて楽しいのだけどね。

前置きはこれくらいにして考察を進める。

真っ当なフェミニスト特に問題なく幸せになっていると思うので横に置いておく。

問題は、男女平等とか言ってるくせに、なぜか男全体を憎んでいるフェミキチである

(1行でアイデンティティを完全に矛盾させてるってクレイジーすぎて逆に尊敬してしまう)

彼女らは概ね高学歴容姿も良くて、プライドが高く、周囲から評価も高い。

しかモテない。

彼女らはそれを、男は女を下に見ていて、支配下に置きたいからだ、男は女を差別していると言って理由付けする。

彼女らは望み通りの高スペックの男と付き合うことができない。

それはそうで、高スペックの男は概ね高い責任を伴う職業についていて、高い給与と高いストレスを持って家に帰ってくるからだ。

家の中でまで、嫁に気を使ったり、議論に基いて理性的にお互いを尊重するなんて、そんな余裕ないからだ。

ぶっちゃけ赤ちゃんプレイしたいからだ。

これを当たり障りのない言葉で言うと、「一緒にいて安心できる相手と結婚したい」ということになる。

一歩引いて男を立てる女が圧倒的にモテる

フェミキチのように、理由もなくイライラしている女は恋愛市場において、不良債権である

出会いさえあれば、非正規雇用でも低学歴でも、愛想があって家庭的な女が、高スペックな男をかっさらっていく。

強者男性弱者女性結婚する分には、世間体問題ない。

しろ、本当に中身を見ている、と好印象なくらいである。

大物女優大金持ちのIT社長ではなく、お笑い芸人結婚するようなものだ。

これがフェミキチには憎らしくてしょうがない。

昔はフェミキチのような女でも、高スペックな男と結婚できた。

なぜなら、弱者女性身分相応に弱者男性結婚していたからだ。

しかし今では弱者男性弱者女性を養うこともできないほどに弱者になった。

するとどうなるか。

恋愛市場に女が余る。

相対的に、高スペックな女の価値も下がるのだ。

スペックな男は自分の好みに合わせて、どの階層の女でも選び放題になる。

必然的に、高スペック女が「選ばれない」事態が起こる。

こうしてフェミキチが生まれる。

当たり前だが、結婚できない弱者男性の数とほぼ同数の未婚の女性存在する。

しかし、女性弱者であっても結婚できる。

弱者女性は男にすがってさっさと結婚していく。

強者女性は気がつけば余り物になっている。

そして余り物同士の男女をくっつけると、なんと!

こんなに男を嫌っているフェミキチは、弱者男性をくっつく以外に選択肢がないのである

そしてどんな男を捕まえたかで女の価値を決めるとなると、

フェミキチの高い自己評価とは比べようもない、低い市場価値しか持たないと結論するしかない!

こうしてフェミキチは世を恨み男を憎み、今日ネットで暴れまわっているわけなのだ

2015-06-08

自衛隊反対!

戦争反対

人を殺すくらいなら殺されたほうがマシ!

ただし教室内の力学には逆らわずいじめられっ子とはからまない!

しろ進んでいじめる!

2015-06-06

建築関係の人に聞きたいんだけど、安藤忠雄ってどういう位置にいるの?

素人目には胡散臭い人だと思ってたんだよ

高卒ボクシングとかやったり、独学で建築士になったってところから、なんだこの人って興味持ったんだよね

学歴厨ってわけではないけど、それなりに大学での教育って重要だと思ってるから、なんかこの人評価するって

ヤクザちょっとネコかわいがっただけで良い人扱いする現象と同じでさ

高卒のあんちゃんが建築デザインやってるってだけで、業界評価したがる力学なんてものが生まれたんじゃないかと思ってるんだ。

だけど、世間ってこういう本流から外れた経歴もったひとを評価したがるじゃない。

俺はこの人を、小保方とか佐村河内ラインで見てるんだけど、建築業界ではどういう立場なのかなって

でもなかなか言えなかったっていうか、だたのやっかみだから

評価されてるなら、あほなこと聞かなくていいじゃんって思ったりもしたけど

例の新国立競技場での安藤仕事みて、やっぱこのひとうさんくせーっていう思いが出てきたんだよね。

ようはこの人のやったことって、ねつ造とかそういうことなんでしょ?

新国立競技場はできまぁす」って

小保方とかに学位あげた早稲田ボンクラ教授とか、あるいは小保方自身というか

理化学研究所の連中とか、そういうことなんでしょ

2015-03-29

最近思ったこと

最近まで男性女性の間には越えがたいギャップがあって(少なくとも)それぞれが考えていることをお互いに理解することは完全に不可能じゃないかと思っていた

最近この考えを少し改めた

まず考えるべきは性による考え方のギャップではなく(性を区別しない)個人間の考え方のギャップである

そもそも他人がなにをかんがえているかはたとえ親兄弟であっても完全に理解するのは不可能である

どこかの小説家何かに書いてあったが個人の一生は彗星みたいなもので他の彗星と交わる(すなわち他人の事が完全に理解できる)確率は限りなく0に近いだろう

さてこの考えを男女間に導入すると

    ある男性とある女性思考差=個人の思考差+性別による思考差 ...(1) 

に分けることができるだろう

ここでさらに「性別による思考差」を詳しく見てみることにする

性別による思考差」とはいったいなにかと考えると先天的もの後天的ものに分けられそうな気がする すなわち

    性別による思考差=物理的な男女の機能差に基づく違い(ホルモンバランス生理のありなしなど)+社会的ジェンダーバイアス ...(2)

地図が読めない女」のような例を持ち出すまでもなく前者の違いは確実にあるだろう

人間のように男女がペアとなって生活するような種族だと性別間で得意能力が違った方が生存には確率に有利なはずでそれにともなって脳の機能ことなるように進化してきたと思える

がこの機能差が男女間で越えられないような思考差を築くだろうか?

自分直観としては答えは「否」

例えば自分男性理屈っぽいことが好きだが(数学とか)仮に自分女性に生まれたとしてもこの趣向が変わるとは一切思えない

しかしながらこの直観現実に反しているように見える すなわち大学工学部をみてみると男子学生の数が圧倒的であり女子学生の数は1割にもみたないではないか

その通りである ではこの違いはどこから来ているのだろうか?

自分はこの違いの大多数は(2)の第二項である社会的ジェンダーバイアス」にもとづくものではないかと疑っている

まり女性は家庭的なことをやったほうが幸せになれる」「女性論理的ではない」といった世間常識(あるいは空気)によるある種の抑圧のため生来数学が好きであってもただ女性というだけでその趣向を意識的あるいは無意識的に変更させられているのではないだろうか

実際自分経験を顧みても高校までは例えば数学の成績にはそこまで男女差はなかったように思う

しか大学学部でその差が出てくるということは「将来の職業の選択」への第一歩である大学を選ぶにあたり上記のソーシャルバイアスが働いているんじゃないだろうか

日本よりも抑圧が低そうなアメリカだと学部の男女差はもうちょいましだと聞いたことがあることからソーシャルバイアス文化的背景によっても異なると考えられる(人種による差がないと仮定)

とここまで考えると男女の思考差(1)は個人差というどうしようもないものを除くとほぼジェンダーバイアスのみに依存していると考えられる

なので例えば日本人男性である自分日本人女性の心理を知りたい場合日本社会における男女間にどのような利害関係力学構造が働いてるかを知るだけで十分なはずである

この考え方から行くと世間一般でよくいわれる「男女の間には永遠に理解しえない何かがある」はただ単に個人間のどうしようもなく埋めがたいギャップのことを針小棒大にいっただけではないだろうか


注:用語適当です

2015-03-26

河合塾ハイパー東大理類コースについて

 この記事東大理科類を志望して関東圏で浪人することを考えている方へ向けた記事です。筆者の経歴の都合上、河合塾ハイパー東大理類コースに関することが主となりますが、予備校やコースの選択について少しでも役に立てば幸いです。

筆者の紹介

 現役時76点差で東京大学理科二類不合格河合塾本郷校のハイパー東大理類コースを経て1浪で東京大学理科二類入学。現役時、東大即応オープンでは第1回、第2回ともに理科二類D判定、東大入試実戦模試では第1回、第2回ともに同E判定をとる。浪人時は、東大入試即応オープンでは第1回理科一類C判定、第2回同A判定、東大入試実戦模試では第1回同B判定、第2回同A判定。全統記述模試偏差値は第1回、第2回、第3回の順に国理65.0→69.9→71.2、理系67.6→72.1→73.7。

1.塾・予備校の選択

 浪人方法として自宅浪人、仮面受験も考えられますがここでは塾・予備校について筆者の経験を交えつつ書きます

 まず、浪人に当たって欲しいもの不要ものを考えました。

  欲しいもの

  ・自習室勉強に集中できる環境

  ・質問に答えてくれる人

  ・添削

  ・切磋琢磨することができる友達(話相手)

 (・テストゼミ

  不要もの

  ・センター対策講座

  ・リスニング対策の授業

 (・現代文の授業)

筆者の場合上記のような感じでした。この時点で自宅浪人の選択肢は消えました。奨学金制度を考えない場合私立大学で4年間過ごすよりも1年間浪人してから東大で4年過ごす方が安く済みます。また「切磋琢磨することができる友達」の数の点で実績のある大手予備校に絞られました。つまり、低迷している(ように感じられる)代々木ゼミナールとまだ既卒生の事業に参入して間もない東進ハイスクール選択肢から除外し、駿台予備学校河合塾から決めることにしました。この2つは学校法人でもあります。以下は駿台予備学校河合塾比較になります。※2014年度版

  駿台予備学校

費用

 入学金 100,000円

 授業料(年間)

 スーパー東大理系 700,000円

 スーパー東大理系集中 740,000円

 スーパー東大理系演習 740,000円

 プラスワンコース(センター補強)は+25,000円

・特徴

 50分授業(1日最大8時限)

 座席指定

 1日の時間割には「10分休憩」が4回、「20分休憩」が2回、「50分休憩」が1回ある

 毎朝ホームルームがあり、定期的にロングホームルームがある

 自習室の利用時間(時刻ではない)に制限がある場合がある

  河合塾

費用

 入塾金 10,0000円

 授業料(年間)

 ハイパー東大理類 570,000円

 プレミアム東大理類 750,000円

 東大理類 680,000円

 東大理類プラス 765,000円

・特徴

 90分授業(1日最大5時限)

 座席自由

 休憩時間は各20分で昼の休憩が50分

 週に1度ロングホームルームがあるが、ホームルーム存在しない

 自習室の利用時間制限はない

 スカラシップ駿台予備学校と比べ取り易い

 チューター講師の間に連携がある(指導する上で重要だと思います

 通常授業は主に基礎シリーズ(4~7月)、完成シリーズ(9~11月)、実戦シリーズ(11月、12月をまたぐ2週間)からなる

 

 ○共通事

 駿台予備学校にはティーチングアドバイザー河合塾にはフェローと呼ばれる「質問に答えてくれる人」(添削指導も頼めば行ってくれる)が講師とは別にいる

 クラス担任チューター)がいる

 個人面談がある(必須のもの任意に頼むものがある)

 生活カウンセラーがいる

 自習室には解放教室(授業をする教室を自習用に開放している部屋)と個別ブースがある(ただし駿台はいずれも座席指定であるのに対し、河合塾では個別ブース指定制、解放教室基本的座席自由である

 塾生寮が存在する

 東大教授による講演会OBOGによる講演会がある

 駿台予備学校にはフロンティアホール河合塾にはスカイラウンジといったような食事の可能なスペースがあり昼食の時間には賑わう(教室でも休み時間は飲食できます

 東大クラスだが、京大東工大のような国立医学部を志望する生徒も所属している

おおまかには以上のようになります。次に東大専門校舎における各コースの特徴を見てみます。以下にざっとまとめましたが、筆者は浪人駿台に在籍していないので「スーパー東大理系」や「駿台東大クラス」等のワード検索すると駿台クラスに関するより有益情報が得られるかと思います

  駿台予備学校御茶ノ水

スーパー東大理系コース/スーパー東大理系集中コース

 この2つのコースの授業は合同で行われますスーパー東大理系コースのコマ数はおよそ31コマで、集中コースの生徒には加えて土曜日パワーアップセミナーと呼ばれる演習の授業(4コマに相当)があります。4月に実施されるプレースメントテストの出来により上から順にSA,SB,SCとクラスが振り分けられるそうです。1クラスの人数は150~200人だそうです。SAは4割程度、SBは数人が受かり、SCは滅多に受からないと聞きます

スーパー東大理系演習コース

 コース名の通り演習を重点的に行うコースです。授業は通常約32コマ土曜日テストを行うことが数回あるそうです。4月に実施されるプレースメントテストの出来により上から順にSX,SY,SZとクラスが振り分けられるそうです。1クラスの人数は30~40人らしいです。SXはほぼ全員、SYは8~9割、SZは4割程度が受かるそうです。

  河合塾本郷

ハイパー東大理類コース

 数学理科の授業が必修で英語国語センター試験対策社会科目のみ)は自由選択です。数学理科以外の授業は6つまでの選択では料金が変わらず7つ以上選択すると上で述べた料金に1つ当たり18,000円(記憶曖昧ですがこれぐらいの値段だったと思います)が加算されます。授業をすべて選択しても東大理類コースよりも安いので非常にお得です。筆者は現代文センター試験対策以外の計7つの授業を選択しました。すべての授業を選択した場合週18コマです。クラスは1つのみで、1クラス60人程度でした。説明会では7割が受かると聞いていましたがその通りだったように思います東大即応オープンにおけるクラスの平均点は第1回、第2回ともに理科一類のA判定ラインを超えていました。理三には少なくとも3人受かっていました。

プレミアム東大理類コース

 数学がSEG監修のテキストプレミアム専用です。講師もSEGで教えている先生です。筆者の在籍していた年は物理講師が苑田先生でした。授業時間の延長が大変多いが高校範囲にとどまらない面白い授業だったと聞いております。週18コマで授業はすべて必修です。クラスは1つのみで、1クラス60人程度でした。説明会では7割が受かると聞きました。東大即応オープンにおけるクラスの平均点は第1回、第2回ともに理科一類のA判定ラインを超えていました。

東大理類コース

 週18コマで授業はすべて必修です。クラスは1つのみで、1クラス70人程度だったような気がします。説明会では3割が受かると聞きました。

東大理類プラスコース

 「東大理類コース」の授業に加えて土曜日プラスゼミと呼ばれる演習の授業がありますクラスは1つのみで、1クラス60人程度だったような気がします。説明会では3割が受かると聞きました。

以上の情報と「周囲のレベルが高い方が成績は伸びる」という過去経験駿台に通っていて合格は確実と思われていたのに東大に落ちた3人の知り合いの存在(飽く迄個人的ものです)などから筆者は河合塾本郷校のハイパー東大理類コースに決めました。細かく言えば、テストゼミ添削が多いことや授業が自由選択であること、東大理科数学試験時間が150分であるため90分授業の方が都合がよいことやMEPLOの合格実績、自習室が充実していること、本郷校の校舎が綺麗であったこと、何より料金が比較的安いことが理由です。なおハイパープレミアム東大即応オープンでC判定以上をとったことがあるか全統模試の成績がそれなりに良ければ認定下りますし、認定テスト基準もおそらく緩いので認定が欲しければ臆せず認定テストを受けると良いです。

2.河合塾理系コースについて

 河合塾理系コースについてより詳しく説明します。生物現代文センター試験対策の授業については書けませんがご了承下さい。

ハイパー東大理類コース

  数学

 専用のテキストを使用します。基礎シリーズでは3週間に2回程90分4題のテストゼミを行いますテキストテスト問題レベルは市販の問題集で言うと「やさしい理系数学」程度だったように思います。完成シリーズでは3つある授業のうち2つがテストゼミのみになります。一方は150分6題の東大東大レベルテストを行い、次の週に解説という形式です。つまり2週間に1回東大模試を受けるような感じです。もう一方は毎週分野別の90分4題のテストです。こちらも東大試験レベルだったように思います。残る1つの授業は演習の授業で、テキスト問題は骨のあるものばかりなのでじっくり考えて授業に臨むと良いと思います。基礎シリーズ積分計算に重点を置いた自習用テキストハイパー専用の基本事項集が貰えます。基本事項集から学ぶことも多かったので蔑ろにしない方が良いと思います。夏前に分野別で問題掲載された自習用問題集が貰えますが授業と比べると簡単です。

  物理

 プレミアムと共用の専用テキストを用います。基礎シリーズ力学、熱、波動を扱います。各分野の確認として基礎シリーズに3回75分3題のテストゼミがあります問題レベル東大と同程度かそれ以上だったと思います。完成シリーズでは電気磁気原子を扱います。こちらも各分野の確認として2回75分3題の同様のテストゼミがありますテキストが終わると4回ほど東大形式の75分3題のテストゼミを行います。実戦シリーズでも同様にテストゼミを行いますテストには東工大早稲田問題東北大後期試験などを用いているので75分で解ききることはほぼ不可能ですが問題を解く順番や記述の仕方を工夫して得点を最大化することを目標に取り組むと良いと思いますハイパープレミアム専用の自習用テキストが貰えるのですがこれはテーマが明確で解答も極めて簡潔なので個人的に「難問題系統とその解き方」や「名門の森」よりも学習効果が高いように感じました。

  化学

 こちらもプレミアムと共用の専用テキストです。基礎シリーズでは理論、有機を扱い、完成シリーズでは無機を扱います、基礎シリーズに2回、完成シリーズに1回東大型のテストゼミがあります。そのほかに完成シリーズでは理論、有機のテストを行います。実戦シリーズでは東大型のテストゼミを行いますテキストには自習用の問題も載っているのですべて解くと良いと思います

  英語

 通常の「東大理類コース」と同じテキストです。基礎シリーズは文法・語法、英作文、英文解釈、長文読解、いわゆるネイティヴによるリスニング自由英作文の授業があります。完成シリーズは文法・語法、英作文、英文読解、東大形式の英語東大形式のリスニング・英作文の授業があります

  古文と漢文

 通常の「東大理類コース」と同じテキストです。どちらも非常にわかやすい授業でした。東大問題限定されていませんが、論述に軸を置いた授業で、基礎シリーズ、完成シリーズではそれぞれ4回ずつ添削してもらえます。サブテキストが役立ちました。

プレミアム東大理類コース

  数学

 上で述べた通りSEG監修のテキストを用います。こちらもハイパーと同様にテストゼミがあるようです。内容についてはよく知りませんがテストは難しく平均点が80点満点で20~30点だと聞いたような気がします。

 他の科目はハイパーと変わりませんが物理は苑田先生化学はSEGでも教えている先生だったそうです。

東大理類コース/東大理類プラスコース

  数学

 ハイパーと比べるといくぶんか基本的な内容だったように思います。そのぶんハイパーよりも演習量は多そうです。テストゼミは実戦シリーズのみだったかと思います

  物理化学

 基礎シリーズで全分野を網羅し完成シリーズで応用問題を解くそうです。テストは通常カリキュラムにはなかったような気がします。

 他の科目はハイパーと変わりません。

 どのクラスも追加料金がかかります自然科学小論文の授業を取ることができます

3.講習について

 夏期講習、冬期講習は生活習慣の維持や自分で進んではやらない科目の演習量確保が主な目的となると思います。通常授業だけでも十分なので特に目的がない、必要を感じないのであれば取る必要はないと思います。通常授業の復習の方が大事だと思います。筆者は夏に英語、冬に英語センター地理の要点整理の授業を取りました。多少不満な点でしたがこの講習だけでセンター地理で8割取れたのでやはりセンター対策の通常授業は取らなくても良い気がしました。

 直前講習は東大形式のテストゼミが多いのでセンターぼけからの復帰(初めからセンターぼけしなければ何の問題もありませんが)などの目的で受けることを勧めます早慶対策東大対策テストをすべて受けましたが早慶対策問題形式が早慶と一致しているかしかったので効果があったかは疑問です。不安ならば受けると良いと思います

4.最後

 様々な塾・予備校、コース、クラスに入り浪人した同期の友人を見ていると合否は授業やテキスト以上に環境の影響を受けて決まっているように思われます。ぜひ塾・予備校選びの段階から慎重に考え悔いのない選択をして欲しいと思います。初めに筆者は現役時76点差で落ちたと書きましたがハイパーの友人で現役時に50点差、60点差で落ちている友人は複数人いたので環境が良ければ珍しいことでもないと思います個人的には「ハイパー東大理類コース」は最高の環境だと考えていますが、環境もまたその内部の人々によって影響を受けるので年によっても異なるでしょう。現役で合格できれば何の問題もありませんが、もし不合格となってしまったならば次で決めればよいだけです。浪人するからには点を伸ばし合格最低点を超えるために必要なことを考え、実行し、第1志望校合格しましょう。あなた最後まで油断せず悔いのない浪人生活を送ることを願います

2015-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20150314143206

そんなことは皆わかってるだろ。

お前が見落としてるのは「社会は発展せずにはいられない」ということ。

これは純粋力学的な法則みたいなもんで、発展しない社会というのは原理的に存在しないから、それを実現しようとすんのは永久機関を作ろうとするようなもん。

2015-01-27

[]アナル力学第二法則

熱は必ず熱いところから冷たいところに流れるように、ウンコアナルから出て便所に流されていく。

しかし、ここで一つの思考実験ができるのではないか?

もし、アナル自在に開閉でき、ウンコを掴むことができる悪魔がいるとする。

その悪魔は便意を感じ取り、アナルウンコを詰める。

そうすれば、排便時にアナルウンコを詰めることが可能ではないか?


アナル力学第二法則とは?

ウンコの移動の方向とウンコの質に関する法則

今回は移動の方向だけを考える。つまりウンコアナルから出て便所に流れていくということ。


この悪魔を想定することで、便意とともに排出されるはずのウンコが、逆に直腸に詰められることになる。


「いやいや、そんなことしなくても、普通に手でつめればいいじゃない」

注射器でぶち込め!」

など様々な異論があろう。

しかし、それにはエネルギーがいるのだ!手や道具でつめるなんてめんどくさいのだ!


この悪魔がいれば、便意をもよおすたびにうんこが詰められ、さらに便意が増すことになる。

そして、「お願いです…トイレに行かせてください…」

と言われたときに、遠慮なく行かせてあげることができるのだ。

トイレに行けば行くほど便意が増して、さらにもだえることになる。


アナル増田

2015-01-24

新たな強者世代が生まれつつあるのはなんで?

萌え」では、力や能力のある者は読者の感情移入対象にならない。なぜな ら、ネット世代は誰しもが程度の差こそあれ凄惨罵倒を受け続けている。その為自己肯定感に乏しく、ヒーローヒロインに対して妬みの感情を持つからだ。掲示板などで常に激しい罵倒を受けるため「自分ヒーローにはなれない」と最初からあきらめてしまっている。ヒーロー活躍するような物語を読んでも自分がみじめになるだけだから、そうした物語が嫌いなのだ

硬派の象徴ワンピースさえも泣きに走り、ネット界最強を誇る腐女子歴女さえも叩かれ続けた果てに「ダメクズ精神弱い人斬り以蔵が好き」と言わされる(認めきれず発狂したものもいる)暗黒のネット社会

強者よりも弱者男性より女性、有能より無能

行き着く果てが百合日常系流行だったと言うのはネット史の力学として完璧なる必然であった

腐向け百合厨向けしかない日々

しかしそこに突如顕れたのが硬派作品の数々

リアル二次わず今や時代は硬派一色である

ネット界に何が起こったのか

全く訳が分からないのである

2015-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20150110214339

少し話が違うけれど、年末ネタのような話題があって、日本ケンタッキーフライドチキンのある店舗が、夏に、カーネルサンダース浴衣を着せて、スイカを手に持たせていたのね。まあよくある風景です。

で、それをあるアメリカ人が取り上げて、日本人ってこんなにレイシストって喧伝してたの。

スイカ鶏肉って、アメリカ南部ではやっすい食材で、それしか食えないということで黒人嘲笑するアイテムになってるんですよ。

まあこれは、アホかね、君、何で日本人アメリカローカルステレオタイプを知っておかねばならんのよ、君の方がレイシストやろうという反応と結論になっていたんだけど、私が気になったのは、どうしてケンタッキーの一店舗がやったことが「日本人」とか「日本」になってしまうんだろうってことね。

こういう例は全然珍しくないですよ。触手ポルノに「また日本か」みたいな反応とかね。

例えば、レイディ・ガガとかが、奇抜な格好をしていても、主語は、レイディ・ガガになって、アメリカ人にはならないですよ。

思うに、マイノリティというのは、大きな主語を用いられる人たち、と捉えてもいいかもしれない。逆に言えば個々の事例に対して大きな主語を用いている時点でそれはレイシストであり、セクシスであると言っていいのかも知れない。


西欧の風刺は徹底していて、イスラム馬鹿にしていてけしからんと言うと、彼らは必ず風刺は全方位にやってますよと答えるの。それがエクスキュースになってるのね。そして実際彼らは、カトリック教会大統領女王イエスもこき下ろしている。

でもね、やっぱりカトリック教会をこきおろすこととイスラムをこきおろすことは、同じじゃないのですよ。

カトリック教会批判することはカトリック批判することであって、その辺のパリジャンのポール君は何ら関係ないのですよ。

でもイスラムテロリストとして描くことは、移民のアフマド君にとっては直接自分たちへの偏見を増大させる効果を持つのですよ。

これはね、やっぱり西洋帝国主義の結果であって白人特権なわけ。

ここの非相似に鈍感で、俺らは全部を風刺しているんだって思い込んでいる時点で、チャーリーな連中の考えの浅さ、リベラルレイシストになってしまってるんだよね。


で、Je suis Charlie というスローガンものすごく気持ち悪い。

私にはそれが、私たち特権享受する側の白人だ、と言っているようにしか見えないから

[追記]

記事の人とは違って、私はテロからいけない、とはそもそも考えていません。テロと呼ばれる暴力があり、テロとは呼ばれない暴力がある、そして良し悪しはあるにしても歴史暴力によって動いてきました。

そもそもフランス共和国のものテロによって成立した国家です。言論の自由が抑圧装置としてしか機能しない時に、それに暴力的に対抗措置をとる者があらわれるのは力学的には当たり前の話です。正義不正義の問題ではありません。

mirunaさんのコメント、「で、それが産油国における世界三大宗教ひとつであるイスラム教に基づく多大な人権侵害の免罪になるわけ?」と言うのがフランスにおけるイスラム教徒の話でどうしてなされるのかまったく理解できません。これはまさしく、マイノリティのみにアカウンタビリティが求められる一例だと思います

ご存知の方ならば常識しょうがイスラムには宗教者は存在しません。存在するのはイスラム法学者であって多種多様学説があり、絶対的唯一神信仰から多神教的なスフィズムが生じたように、どのような神学も成立可能です。当然のことながらイスラム世界にはかなりの幅と多様性がありますが、サウジアラビアの「公学」は特に極端な厳格性を持つワッハーブ派です。せめて批判するのであれば、サウジアラビア政府ワッハーブ派批判してはどうでしょうか。

フランスムスリムはその多くがアルジェリア移民であって、ジダンもそうですが、アルジェリア少数民族ベルベル人が多数を占めます。これは百年に及ぶフランスアルジェリア植民地支配の結果であって、ベルベル人原住民抑圧のための中間層として用いたために、アルジェリア独立後、報復を恐れてベルベル人フランス亡命したのがそもそもの発端です。宗教は事後的に影響力を持ったものです。

個人的見解として、植民地の損失を清算していないフランスには、どのような移民であれ、移民を拒絶する権利はないと考えていますケベックであれ、インドシナであれ、アルジェリアであれ、ニューカレドニアであれ、異民族の流入に恐怖したのはそれらの場所原住民も同じことです。

[追記]

suna_kago 問題西洋東洋白色人種有色人種)に図式化し、後者は前者に対して何をしてもいいと考えているらしい。そのような態度こそが上記の二項対立を強化するのだけど。

この文章からどこをどう読めばそう曲解出来るか理解できません。普通に誹謗中傷の類であると思います

MacRocco 年末の話なのか夏の話なのか、それともこれは年末が夏の国のお話なのか。

くじらをたてるような突込みではないと一般には捉えられるかも知れませんが、大半の人は、夏の時期の写真年末話題になったと捉えられることを、そもそも話の本筋ではない部分に「これは年末が夏の国のお話なのか。」と"エスプリ"をきかせる精神構造は、非常にチャーリー的で、見かけ以上に深刻な問題を孕んでいると思います

yingze 追記部分に粘着気質の気持ち悪い部分が出てきてるなぁ。「植民地の損失を清算」でヤクザ誠意を見せろ手口でしょう。

誠意は見せる必要はありませんが補償原状回復なすのが基本です。損害賠償の基本ですが。ここが意識の上でも棚上げされていること自体が、西欧中心史観なんだということを指摘しています。ところで、粘着気質ってこんなにぱっと出されて共有されなければいけないほど自明的にいけないものなんでしょうか。yingzeさんのコメント自体粘着気質のなせるわざではないのでしょうか。よくわかりません。

sardine11 マイノリティ言論非対称性に圧殺されてるという指摘は同意したい。ただシャルリの間違いを認めるとしても、反テロ運動自体は間違ってないし犠牲者追悼という大きな意義を無視するのはアンフェア議論だと思う

テロ運動チャーリー追悼ではないでしょう。チャーリー一方的犠牲者として描くことがアンフェアです。チャーリーのしたことはしたこととして、銃撃殺人はいけないよと言うならば、少なくともチャーリーをまったく不問に付すような追悼集会というような手段はとらないだろうと思います。私はこの追悼集会で流される感情と踏みにじる感情が、結果ではなくて次の抑圧の原因になると思っているので批判しているのです。それぞれに自己加害者性を見つめることの方が重要でしょう。

続きを書きました。

http://anond.hatelabo.jp/20150113170721

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