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はてなキーワード: ブラウン管とは

2024-11-15

ドラクエ3の発売日の思い出

あれは昭和の終わり頃、小学2年生の冬。ドラクエ3が発売された日だ。

朝早く、父ちゃんに「行くぞ」と叩き起こされて、まだ薄暗い中で近所のゲーム屋に向かったんだよ。

昭和時代ってさ、ゲーム特別存在だったんだ。ファミコンが家にあるだけでクラスヒーローみたいな感じだったし、新作のドラクエなんてそれこそお祭りだった。

店に着いたらすでに長蛇の列。小学校2年生の俺には、その行列が果てしなく長く感じたよ。

寒空の下で鼻水を垂らしながら「本当に買えるのかな?」って不安だった。

でも父ちゃんは「大丈夫だ、根性だせ」とか言いながら、俺に温かい缶コーヒーを握らせてくれた。

今思うと、あれはちょっと渋すぎる飲み物だったな。子ども向けじゃないのに、なんか大人の気分を味わえて嬉しかった。

やっとの思いで順番が回ってきて、無事にドラクエ3を手に入れた瞬間のあの感動!箱を握りしめて、家に帰るまでの道中もずっと「早く遊びたい」って気持ちで胸がいっぱいだった。

家に着いてファミコンカセット差し込んで電源入れた時のジーって音がたまらなかったよ。ブラウン管テレビ特有の音。分かる?そんでプレイ画面が出た瞬間、もうワクワクが止まらなかった。

でも、ここからが苦い思い出だ。クラス友達が「貸してよ」って言うから、少し悩んだけど、まあいいかって貸したんだよね。その子も楽しみにしてたし、俺もちょっと大人ぶりたかったんだ。

でも、返ってこないんだよ。何度か「返して」って言っても、「まだクリアしてない」とか言われて、ついにはその子引っ越しちゃってさ。結局、ドラクエ3は戻ってこなかった。借りパクされたんだよな。小2の俺にはショックがでかすぎて、それ以来、人に物を貸すのがちょっと怖くなったんだよ。

昭和の思い出って、こんなふうに喜びと苦さが混ざってるんだよな。でも、その寒い朝父ちゃんと並んだ記憶とか、最初ドラクエ3遊んだあの興奮は、今でも色あせないよ。あの時代ならではの体験だし、あれがあったからこそ、ゲームへの思い入れが強くなったんだと思う。

2024-10-20

ビールの空き缶の匂い 灰皿から漂う煙草の吸殻のニコチン香り

部屋はそんな空気に満たされていた。

昭和時代空間

酒も飲まない煙草も嗜まない。

僕のような人からするとその部屋は昭和の塊のような気がした。

いたことにブラウン管テレビである

ただ使用はしていなかったようだ。

部屋のゴミ山の下に埋もれている。

もちろんテレビがなくては始まらない人だったかインチの小さな液晶テレビが枕元から遠くない位置に置かれていた。

試しにつけてみるとやはりボリュームは最大に近くて僕なら耳が潰れそうになるほど不快だ。

……。

彼らしい死に場所だったと思う。

幸せだったのか不幸せだったのかは知らないけれど、自業は自得なんだから仕方がない。

それはお互い様だ。

2024-10-06

anond:20241006102227

ちなブラウン管テレビから液晶テレビに変わったとき電気代が劇的下がって驚きました。

家人テレビがつけっぱなしじゃないと死ぬキチガイがいたので電気代の下がり幅が顕著でした。

2024-10-03

2010年代と今の風景との大きな違いは?

ペルソナ3リロードを遊んでいて、風景から時代の違いを強く感じるのは、ガラケーブラウン管テレビmp3プレイヤー。このあたりは2000年代から10年代にかけて大きく変わった。

じゃあ2010年代から2020年代風景で大きく変わった物ってなんだろう。電気自動車はまだそんなに普及してないかノートパソコンが薄くなったっていうのは、ちょっとわかりにくい。スマートウォッチとかかなあ。電動キックボード

みんな2010年代風景見て時代の違いを感じるとしたらどんなとこ?

2024-09-22

ゴミ屋敷掃除動画見てると

動画投稿してる業者が「どんな人でもふとした切っ掛けで精神的に追い詰められてゴミ屋敷になることがあります」みたいに言ってるけど

少なくない確率ブラウン管テレビが発掘されてるのを見ると

大半はやっぱり根っこの部分で捨てられない人の部屋がゴミ屋敷になってるんだろうなと思う

2024-09-20

特許の話を聞く度に「世界最初特許として出願された集積回路(キルビー特許)」を思い出す

ー□ー

集積回路と言っても、本当にこのレベルなんだよね。

シリコンウエハーに電線を繋げているだけ。

これが何を「集積」してるんだよと言いたくて仕方ない。

でもこれが集積回路の原型であることは間違いない。

ブラウン管に映された微動だにしない「イ」がテレビの原点であることと同じように。

何事も最初ってものがあるわけで、その最初にたどり着いたことを「自覚」して「宣言」した人には大きなチャンスが転がり込む。

「キルビー特許」は本当に「特許」というもの本質があるよ。

何が面白いって、価値ある特許はたとえパテント料をいくらふんだくられようともそれを使いたくなるほどの魅力があるってことだ。

特許」というのは「みかじめ料とセットになった公知」として表現されることもあるけど、まさしく、良い特許ってのは金を払ってもパクる価値があるものを皆に教えてくれるシノギ狼煙なんだな。

2024-08-21

anond:20240821161222

他にもいろいろ嫌だったけどな。

つけっぱなしにしてるとすぐ見たくないものが流れてくるからブラウン管TVが壊れたタイミングTV見るのやめた。

2024-07-18

縞パン流行ブラウン管が廃れたのが原因だ

貧乳コンプキャラ、15年前の縞パンに似てる

https://anond.hatelabo.jp/20240718120400

上記文章を読んで、実際の女性ファッションとしての縞パンではなく、美少女イラスト流行した縞パンを語りたくなったので書く。

ブラウン管が全盛期の時代1990年代末頃まで)のPC美少女ゲームすなわちPC-98のエロゲでは、パンツレースフリルを描き込むのが流行っていた。これは実際にレースパンツを履く女性が多かったという訳ではないし、エロゲユーザー(いわゆるオタク)の間でレースパンツが好まれていたという訳でもない。CGコンピューターグラフィックスイラスト製作する側の都合が大きな理由だ。

当時のCGイラストではやたらと細かい模様が使われていた。パンツに限らず女性服装にはやたらとレースフリルが使われていたし、人物とは関係ないゲーム画面のUIユーザーインターフェース)の装飾にもレリーフ模様がやたらと使われていた印象がある。細かい模様はブラウン管との相性が良く、ブラウン管の滲(にじ)みによって立体感表現できたのである

【参考】→ 『 「昔のドット絵ブラウン管の滲みを前提にデザインされていた」に疑問の声』( https://togetter.com/li/1131267

こうしたドット絵を当時は手打ちで描き込んでいたのである。当時のCG制作ソフト機能が貧弱であり、ドットの一つ一つを手入力するしかなかったからだ。どうせドット手打ちするならばと、ついでに細かい模様を描き込もうという気にもなるだろう。なにせPC-98のモニタ解像度わずか640x400しかなかったのだから

しかし、Windows95が普及しモニタ解像度が上昇すると共に液晶モニタ流行すると、ドットで細かい模様を描き込むテクニック通用しなくなる。ブラウン管と違って液晶モニタではドットの一つ一つが滲まずにクッキリと映るからだ。その上、高解像度表示のために拡大すると、そのドットが大きく表示されてギザギザに表示されてしまうのである

この頃にレースパンツに代わって流行したのが縞パンである

フォトショップなどのCGソフトを用いてパンツの横縞模様に3D効果を施せば、臀部が立体的に表現されるのだ。それも、解像度の拡大にも耐えうる形でだ。拡大しても縞模様はギザギザになることもなく、滑らかな曲線を保ったままになる。

ちなみに、ラグビーユニフォームにも横縞模様が多用されるが、理由としては横縞模様による膨張効果によって体が大きく見えるからだという。

レースパンツから縞パンへと、美少女イラスト流行が転換した時期は1997年だと私は考える。

美少女ゲームブランドにおいては、エルフからLeafアクアプラス)へと業界トップが入れ替わる時期であるエルフドラゴンナイトシリーズ同級生シリーズ、遺作シリーズなど写実度の高い絵柄でドットを細かく書き込むことに定評があり、パンツレース模様が主流だった。一方でLeafから発売されるゲームは、雫(1996年)、痕(1996年)、To Heart1997年)、こみっくパーティー1999年)とアニメ調の絵柄であり、パンツ縞パンが多かった印象にある。

1996年発売のPCアダルトゲームで年間売上高No.1ゲームが『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(PC-98、エルフ)であり、1997年では『To Heart』(Windows95Leaf)だったことは、まさしく美少女ゲーム流行が「エルフPC-98・ブラウン管モニタ・写実調・レースパンツからLeafWindows液晶モニタアニメ調・縞パン」へと転換したこと象徴と言っても過言ではないだろう。

実際に美少女ゲームの絵柄の流行においても、みつみ美里アクアプラス所属)の作風が主流になったこから明らかなことだ。

インターネット上での縞パン流行の始まりは、ビスケたん2002年)だろう。美少女ゲーム会社由来の流行ではなく、インディーズ(いわゆる同人)発信の文化としてだ。この頃から美少女イラストにおいてはパンツ縞パンであることが好まれるようになったのだろう。

とはいえ、そうしたインターネット文化を『ネットランナー』というソフトバンク系列情報誌ぽよよんろっく渡辺明夫)のイラストと共に後押ししたことからインターネット上の縞パン流行は完全なるインディーズとまでは言えないだろう。

そうした縞パン文化を今も引きずっているキャラクターとしては、初音ミク2007年)が有名だろう。公式設定として初音ミクパンツ縞パンとされた訳でもないのに、ファン勝手縞パンイラストを描いたことによって、初音ミクといえば縞パンという印象がいまだに拭えないのだ。

ちなみに今から15年前といえば2009年だが、この頃になると縞パンブームを過ぎてもはや陳腐化された時期といえるだろう。それを象徴するのは、当時放映された『けいおんアニメ1期の6話である文化祭のライブで澪が転倒してスカートの中を衆目に晒ししまうのだが、そのパンツを直接描かずして縞パンである隠喩的に表現するシーンがある。パンツのものは描かなくとも、水色と白のボーダー柄だけで縞パン認識するに決まっているという信念がひしひしと伝わってくる。

【参考】→『 澪のパンツのシーンに秘められた裏話!』( https://x.com/K_onkinenbi/status/1422165281061756929

2024-07-17

anond:20240717210419

パソコンプーペーとしか鳴けなかったブラウン管お化けだった時代から、今では手のひらにかつての千年灸型スパコン以上の計算能力が入る時代になっているが

お前さん、その間ずー~~~~~~っとパソコンチョッツヨイやってない?

AIが発達しても、ずっとパソコンチョッツヨイまんまだよ。

そりゃ、エクセルマクロゼロからゴリゴリ作るスキルはいらなくなるかもしれないが、それはだ、フロッピーディスクの2DDと2HDの違いみたいな話で本質じゃない。

あなたの様な人がいるから、社会は少しずつ効率化していくのさ。

今後もパソコンチョッツヨイでよろしくお願いします。

2024-07-01

anond:20240701201955

復活の呪文はへとぺとべがあってブラウン管では判読難しいケースがあったので間違ってると他の文字を試したことがある

アイとイチとエルとか紛らわしい文字を使わなくなったのはもう少しあとかな

2024-05-24

むかしのテレビ映画

むかしはテレビ映画をよく放送していた。地上波しかない時代

むかしのテレビは画面の縦横比が 4:3 だった。今のワイドテレビよりも正方形に近い。

それに対して、映画もっと横に長い縦横比だ。細かい比率はわからないけど、今の縦横比(16:9)に近いのやもっと横に細長いのもあった。

 

そういう横長の映画を、4:3ブラウン管にどうやって放映していたかというと、画面の左右をトリミングして画面いっぱいに表示していた。

 

テレビの画面が大きくなった今では、レターボックスやピラーボックス放映(上下や左右に余白を持たせてアスペクト比の違う映像を欠損なく投影する)が普通だけど、むかしは左右をぶった切るのが普通だった。

多少の情報は欠損しても作品中央部を大きく鮮明に見せることが優先されたのだ。

画面左右をそれぞれどのくらいちょん切るかというと、古いシネスコサイズ20%以上、一般的ビスタサイズでも14%近く。つまり左右合わせて作品の面積の3割~4割ほどが捨て去られていたことになる。

 

そんなに切り捨ててしまうと、

「画面の端っこに重要ものが映っている時はどうするの?」

という疑問がわく。

そういう時は、画面をパンしていた。画面の端のほうにいる人物セリフを喋る時とかに、「ずるり」と画面がそっちのほうに動くのだ。

カメラを振っているような感じだが、もっと機械的で不自然な動き方。古いシネスコサイズ映画などでは飛距離が伸びるので特に顕著だった。

これはテレビ局側の編集でやっていることであり、作品演出とは関係ないパンニングであるオリジナルではふたりの会話を定点でじっくり撮っているはずのシーンなのに、テレビ放映では画面がひっきりなしに左右に動いてやけにアクティブニュアンスになってしまうこともあった。それでよしとされていたのである

 

さらに、

「画面いっぱいに重要ものが映っている時はどうするの?」

という疑問もわく。

そういう時は、画面を横方向圧縮していた。アッチョンブリケしていたのである

これが多かったのは、出演者名前が画面いっぱいに列挙されるようなオープニングロール役者さんの名前絶対に見切れてはいけないからね。

画面に映っているすべてのものが縦長にゆがんでしまうが、縦横比を保って縮小すると字がかなり小さくなってしまう。

テレビ放送の水平走査は525本、ここにビスタサイズの画面をレターボックス投影すると高さの解像度は284本分にしかならない。これでは「山城新伍友情出演」みたいな小さい文字はツブれて読めなくなってしまう。

ゆがんでてもいいから読めるように映す、それでよしとされていたのである

2024-05-20

つばさの党みてて80年代政見放送を思い出すなど

おそらくアラフィフ以上の世代でないとリアルタイム記憶はないのだろうが、あの頃の参議院政見放送は“奇妙な人々の展示会”のような様相を呈していた。

乱立する奇妙なミニ政党のせいである。

参議院選挙の全国区廃止されて比例代表制が導入されたのは1983年だそうだが、そのせいで参院選挙には雑民党地球維新党日本世直し党などなど、普段いたことのない政党が続々と候補者を送り出すこととなり、政見放送独自の主張を繰り広げていた。

なにしろ政見放送”という仕組みを使えば、NHKを通じて、なかなか普段はお届けできない独自の主張を全国の皆様に送り届けることができるので、彼らは皆、熱かった。

下手に近寄ると奇妙な熱に火傷しそうなので、ブラウン管(当時)を通して見るくらいがちょうどよかったけど。

その後、供託金が引き上げられたり政党要件が厳格化されたりして、そういうミニ政党は一部の好事家に惜しまれつつ、大半の常識ある人々からは全く惜しまれることもなく表舞台から姿を消してしまったのだが、ここにYouTubeという格好のオモチャが現れてしまった。

なにしろ政見放送なんてものに頼らずに、日頃から自分たちの“正義”を余すことなく伝えることができて、あまつさえ広告収入さえ得られてしまうのである

しかも、過激であればあるほど話題を呼び、世間拡散され、一部その熱にやられた人が面白がって支持者になってくれる。

“ある種の人々”にとって、こんなに面白オモチャはあるまい…

というわけで、N国やら、つばさやらのような人たちは、なにも最近出没したわけではなくて、昔から一定数いたのが技術革新によって新たな形を取り始めた事例の一つなのでは?と思ってるんだが、どうだろうか?

2024-05-11

anond:20240511092733

例えばmpeg系の動画だと何故赤色劣化やすいのか?みたいに

アナログの"VHSエフェクト"もそれがどの段階で何故発生するのかに素因数分解して解説する情報が欲しいなあ

このノイズは当時のフィルムカメラのこれが原因で発生する

当時のデジタルベータカム仕様で発生する

NTSCに乗せると色が混ざる

NTT中継映像を通すと音の何Hz以上がカットされる

ブラウン管だと画面端が歪む

VHSに録画すると同期ズレが発生するが上位機種では抑えられる。

とか。

2024-04-20

いきなりですが昭和中期生まれクイズです!「でかでか」といえば?

26~♪(26型ブラウン管テレビ

2024-04-08

[][]Punch Club

面白かった。

ゲーム性ゲームバランスはかなりいい。気に入った。

このPunch Clubジャンルとしては育成シミュレーションにあたるだろう。

始めのうちは仕組みを理解して最適な選択をするのに苦戦したが、それが逆に心地よい試行錯誤になってよかった。

面白いところとしては、一日が経過するたびにパラメーターが減少することである

トレーニングをすれば減少分よりもパラメーターを上げられるが、空腹度やエネルギーが減少してしまう。空腹度を満たすためには食料を買って食べる必要がある。

しかし、食事代を稼ぐためには仕事時間エネルギーを使う必要がある。エネルギー睡眠回復できるが、代わりに時間を要してしまう。そして移動をするにも時間がかかる。バス移動なら時間はかからないが、かわりに金が必要となる。

こんな風に、パラメーターが一日ごとに減少するからトレーニングをしたいのに、なかなかトレーニングができないというジレンマに陥る。

ジムトレーニングをするにも金がかかる。ジムトレーニングをするのに金がかかるからトレーニング器具を買おうと金を貯めてみるが、大金を持ち歩くと路上強盗に会って、負けると所持金の半分を取られてしまう。

こんな風に、序盤は軌道に乗るまでは賽の河原状態なのだ

イラつく仕様だと感じる人も多いだろうが、個人的には気に入った。

ただ単に時間をかけさえすればパラメーターを上げられる訳でないのがいい。

初回はゲームクリアまでは13時間ほどを要した。難易度普通で、「熊の道」で「力」を中心に育成した。非効率スキルリーの進行だったが、なんとかクリアできたという感じだ。

二週目プレイ難易度ハードコア選択した。「虎の道」で「素早さ」を中心に育成した。一週目で仕様理解できたので効率的なプレイができたが、ハードコアのせいもあって経過日数がかかり残念ながら100日以内クリアの実績がクリアできなかった。

三週目では難易度普通を選び、二週目と同様のプレイで100日以内クリアの実績を獲得した。

四週目では、「ニンジャスレイヤー」の実績取得がまだだったのと「亀の道」での「耐久」中心の育成がまだだったので、難易度普通でそれを実施した。

四週目を終えて全ての実績を取得して、プレイ時間は44時間だ。

Punch Clubヴィジュアル面に関しても述べよう。

そもそも、Punch Clubを購入した理由としてはレトロ雰囲気に惹かれたからだ。ヴィジュアル面に関しては満足した。

キャラクターだけでなく背景の細部にいたるまで、ドットで書き込まれているのがいい。移動などで初めて見る場面では、ついつい背景を隅々まで見てしまう。背景の細かいところでのアニメーションも凝っていて、スポーツ用品店では店主が頭を磨いたり、ロシアでは遠くの方で人が熊に追いかけられていたりと、細かいところでニヤリとする演出があるのがいい。

その上、オプションレトロエフェクトというモードがあり、昔ながらのブラウン管風の映像になるのも気に入った。

欠点についても述べよう。

バグが多い。

フラッフィー(猫)のイベントラスト首領撃破後)では、なぜかフラッフィーが落ちるムービーがもう一度流れて意味が分からなかった。YouTubeプレイ動画を観て、ようやく本来展開されるべきストーリーを知ることができた。

それとストーリー進行上でのフラグ管理も荒い。

三週目のプレイでは「Triple B」の実績を取得するために、ボボとの戦いより先に下水道イベントを終えてしまったのだが、そのせいかフラッフィーのイベントが進行しなくなってしまったのだ。おかげで、ロシアから戻ってからもフラッフィーのイベントを進めることができず、スキルポイントが想定より稼げなかった。それでも100日以内のクリアギリギリできた。このゲーム3つのパラメータの中で「素早さ」が重要だ。「虎の道」ルートでなければ詰んでいたかもしれない。

フラグ管理と同様に、脚本に関してもかなり荒い。

会話や説明は不十分なので、語られない部分については想像で補完するしかない。それでも、父の敵を討つという王道の展開はいいし、メダルを巡るストーリー演出説明不足だけどカッコイイのがいい。ラストの急展開と唐突打ち切りのようなエンディング意味が分からなかったけど。

他の脚本の荒い点として、初対面の相手との会話イベントより先に別のイベントを進行させると、すでに知り合い同士かのようにやり取りした後で自己紹介をするというチグハグな会話になってしまうことがある。想定通りの進行でも、敵対していたはずの相手と何事もなかったかのように会話したりと、脚本の作りこみはかなり荒いものがある。フラッフィーのイベントラストも、バグ無く正しく表示されたとしても超展開だったし。

とはいえストーリー進行上の脚本に期待するゲームでもないし、長々とした文章を読まされてテンポを悪くするのも良くないし、これはこれで悪くはない。

バトルはかなり退屈だ。

適切なスキルセットを見つけるまでは試行錯誤が楽しかったが、相手や状況によってスキルを付け替える必要はあまりない。それにラウンド毎のスキルセットを除けば基本的操作は何もできないので、ただどちらかのライフゼロになるまで見ているだけだ。スピードを2倍速、4倍速にもできるが、4倍速でも退屈だ。

続編(?)のPunch Club2をやるか否かは今のところ未定だ。何らかの感想情報を見て面白そうと思ったらやるだろう。

それよりも今のところは、同じ開発者の他のゲームが気になっている。Punch Clubは荒いところはあるがゲームバランスがかなりよかったので、他のゲーム面白いはずだという期待がある。

ちなみに、開発元のLazy Bear Gamesはリトアニア拠点にしているそうだ。

Punch Club海外ゲームだが、敵にスト2モチーフにしたキャラクターがいたり「AYBABTU」のミームネタにしたりと、日本ゲームに対するリスペクトが見られるのがいい。日本語化においては枠から文字がはみ出すなど荒いところはあるが、文章などに違和感がない(ストーリー展開は説明不足だったり超展開で違和感だらけだが)のもいい。

2024-03-30

新人時代トラウマを思い出したので吐く

この増田 https://anond.hatelabo.jp/20240328145307 を読んでいて、新人歓迎会トラウマを思い出したので書く。


新卒就職したのは、大手電機からリストラ分社され投資ファンドに売却された地方製造業…に、グループ内人派遣を行う人材派遣会社だった。

当時はリストラ分社化された直後で、まだ元グループ本社からの出向社員も残っていたし、元グループ会社看板も、営業網も使えていた。

それにに加えて、リストラ分社化された後で「これで迅速な意思決定ができて伸びるぞー」と言うお題目が信じられている頃でもあったと思う。

からか、当時入社するプロパー入社式はそれはそれは華々しく行われていた。


いや、華々しく行われていたのを、私たち派遣会社経由組は、敷地の隅にある人材派遣会社事務所のちっぽけか打合せ室の窓から見ていた。

プロパー新人記念写真撮影をしているのをみて、私たちはあっちいじゃないの?と少しは思うが、当時ピッチピチの新卒で疑問に思うこともなく。

派遣会社事務所から何かしら訓示を受けた覚えがあるが良く覚えていない。

簡単事務的な話だけだったので、そのまま配属先となる職場から主任が迎えに来て、職場へと向かった。大部屋式の事務室である

課長の所で軽く挨拶した後、課員に特に紹介されたりもせず、大部屋の端にガラス張りのパーティションで囲まれた「OA室」と呼ばれる部屋に連れて行かれ、ここがお前の席だと座らされた。

周りには同じく派遣できている人たちが数人いるが、みな黙々と仕事をしている。一応会釈はしてくれるが特に会話もない。部屋の中にはサーバと古めかしいブラウン管モニタがついたCAD端末がうなり声を上げている。

15インチスクエア液晶DELLの型落ちデスクトップを渡され、いきなり赤が入った原稿に従ってWord文書を直していくと言う仕事を振られた。

当時ピッチピチの新卒で今のようにくたびれていなかった私は、緊張して違和感を感じる暇も無かったというか、違和感を感じるような知識も無かった。


それから数日して、プロパー新入社員挨拶にやってきた。「全員集まれ」と声がかかって大部屋の中心にみんなで集まり、彼らが新人だと紹介される。実際に配属されるのは8月お盆明けからだが、と聞かされた。

何で8月なんですか?と、少しは話をするようになっていた主任に聞いたところ、彼らにはみっちり新人研修があるのだとのこと。

すごいね

グループ会社から分離したけど新入社員教育は合同で行って、元グループ会社本社にて集中的に研修するんだって

すごいね

そうして彼らプロパー新人新入社員教育を受けて、定時退社している間に、自分はみんなにシェアされる雑用便利人としての立場を明確にしていった。

忙しくなると投入され、ろくにスキルも身につかない雑用をやる。どの課に所属しているのかと言うことも曖昧だった。業務調整をする上司というもの存在しなかった上に、ひとヤマを超えると別の社員の忙しい案件に投入されるため常に長時間労働であった。OJTと言う言葉すら無かったが、仕事特性上、割り当てられた仕事が終わらなければ終わらない。やらずに放置しても誰か別の人がやってくれるわけではない。溺れながら仕事を覚えていくことになる。

このように同じ職場メンバーとしての一体感が生まれる事も無かったが、一つだけ一帯運用してもらえていたものがあった。それが「タイムカード押し」である。だいたい19時30分を回ると係がタイムカードを回収しに来る。彼にタイムカードを渡すと、私が自分で押さなくてもかわりにタイムカードを押してくれるというサービスである

いや、サービスしているのはこちらか。当時ピチピチの新卒であった私は、それが当たり前だと思って、深く考えなかった。いや、考えようとしなかった。


さて、この内容を何故標記増田から思い出すに至ったのかというと、積み重なった違和感が爆発したのが、新人歓迎会だったかである


時は流れて8月プロパー社員新人正式職場に配属された。配属されて行われるのが、新人歓迎会である

今までも全体の飲み会らしきものは行われているのを知ってはいたが、私がいる「OA室」の人間は誘われることは無かった。しかし、新人歓迎会忘年会だけは別らしく、出欠席の紙が回ってきた。

私は、これを自分も歓迎してくれる会であると疑わず、出席と記入した。会費は7000円であった。高い。正直、月給額面残業代込み174,000円からその金を出すのはかなり痛かった。痛かったが、仕方が無いと思った。

そうして、久々にリクルートスーツに身を包んで、会場に着いたところ、以下の様な事が分かった。

なお、記念品として贈呈されたそのハンドブックは「仕事必要から」と言われたので私は自分で買っていた。彼らの初任給は、私が当時付けられる限度まで残業を付けてもらうのよりも、一切残業せず3万円は高かったはずである

偉い人のよくわからない話を聞いて、乾杯して。新人代表のよくわからない決意表明を聞いて。なんか意味のわからない余興が行われていたのはぼんやりと覚えているが、途中でなんか気持ち悪くなり、料理も食わずに会場を抜けて家に帰った。

今なら、7000円も払ったのだからせめて夕飯代ぐらいは浮かしてやるぐらいの図太さは身につけたが、当時ピチピチの新卒だった私にはそんなものはなかった。


ちなみに、頭の中をぐるぐる回っているぐちゃぐちゃを吐き出して落ち着けたのはインターネットであるもっと具体的に言うとこの増田はてなAnonymousDiaryのおかげである。ここで無茶苦茶愚痴を書いて、みんなにそんな会社やめちまえよって同情してもらって、やっぱりおかしいよね?おかしいよね?、と整理ができた。

そうして、スキルを磨いて、勉強して、戦略的に行動する事を心がけるようになった。

みなさんのおかげです。どうもありがとう。当時の増田がどれぐらい残っているかは、まぁ、わかんないくらい昔の話ですが。


さて、その後だが、元グループ本社ブランドが使えなくなり、営業から外され、元グループ会社格安で担っていた間接機能自分でやらなければならなくなり赤字に転落。

グループ本社から出向で在席していた人々…つまり売却に至っても本社転籍させなかった優秀な人々…が徐々に去って、さらに買収した投資ファンドからクビ切り役人みたいな連中が送り込まれプロパー社員ボーナスが年3ヶ月分吹っ飛ぶ、労働組合が元グループ会社組織から外されて見捨てられる、福利厚生が自社独自に切り替わる、など労働条件改悪、激変が続く事になる。

当然元グループ本社と共同で半年以上かけてじっくり行われる新入社員教育なんてものは翌年以降は蒸発しなくなった。新人は極簡単ビジネスマナー講座と図面の読み方みたいな軽い教育を受けて入社後数週間で職場配置されてくるようになった。

同時に、派遣社員が増える事になった。それも元グループ本社系列グループ内向けの派遣会社(つまり私の所属会社からではなく、他の派遣会社から人材が投入される。金は無いが、今までグループ本社機能依存していた部分を自社化しなければ行けなかったからだろう。

さら賃金が高い社員を中心に退職推奨と言う名のリストラが行われ、その代わりに派遣社員が加わるという事が特に現場系で進行する。更にラインまるごと海外EMSに出されるようになっていった。

しかし、プロパー社員派遣社員を切り分けて考えると言う企業体質や文化はそう簡単に変わるわけもなかった。妙な壁がずっとある。お給料から命令系統食堂の食券価格や給茶機の掃除当番まで妙な区別が残り続け、それが原因でか、不合理で業務効率が上がらないことおびただしい形だった。


ただ、そうして、会社は一応は黒字になった。筋肉質になったと宣伝しているがリストラ黒字になるまでやるからリストラなのであって、黒字になるのは当たり前である

そのタイミングで、元グループ会社本社最後まで持っていた20%程度の株式を完全に売却する事になった。完全に手切れである。私が入社して6年ほどが立っていた。

そこで、私が所属している派遣会社も完全に撤退する事になった。元グループ本社グループ内向け派遣会社であるからである


最後に、その後私がどうなったかを書かせてほしい。

かつて敷地内にあった派遣会社事務所はとっくになくなっていた。同期もみんないなくなっていた。

そして、私に提示されたのは、派遣会社から派遣元の会社正社員として転籍しないか、今と同じ仕事を続けられるよ、という誘いだった。

もちろん、断った。


会社側は、まさか正社員になれるのに断ってくるとは思ってもみなかったようである。それはそうだ。特に人事部門などは、痩せても枯れても元大手企業工場地元で最も安定した職場で誰もが就職したがる、と言う御山の大将であったからだ。

から自分たちの仲間に迎えてあげることが最高の報酬だと思っていた節があった。だからせっかく人事に交渉して入社できるようにしてやったのに恩知らずが、みたいなことを言われたこともあった。

さて、断った結果どうなったかとと言うと、派遣会社としてはもう派遣業を拡大していないこともあり同じ地域では仕事がないといわれた。そのため別の地域に転勤になるがよいか、と。もちろんOKと言った。願ったり叶ったりだ。

そうして新しい派遣先を探るからと言うことで、改めて所有している資格などを申告せよという事になった。コツコツと勉強してとりためた資格などを開示した結果、ちょうど人手不足タイミングと重なり元グループ本社のR&Dに派遣が決まる。

引継ぎ屋マニュアル作成をこなしながら異動の待機している間に、こんどはなんと所属派遣会社グループ本社吸収合併される事が決まった。

本社のR&Dに派遣ではなく異動という形で、あっと間にグループ本社正社員になることができた。神風が吹いたと言える。


そうして今ではそれなりに暮らしているのだが、そんな今でも「新人歓迎会」と言われると、あの悪夢新入社員一年目が、悪夢ホテルでの夜が頭をよぎるのである

からみなさん、相手所属がどこだとか考えずに新人には優しくしてあげてほしい。あなたにとっては毎年来る新人かもしれないけれど、新人にとってはたった一度の新人時代なのだから

また、新人の皆さんも、なんかおかしな事があっても人生何事も塞翁が馬である。よいこともあれば悪い事もあるが、前向きに、やってきたチャンスを掴んで離さない程度の握力を常に鍛えておく事ができれば、道は開いていくのである

頑張ってほしい。

2024-03-16

ブラウン管TVを殴って直すみたいな話

スマホACアダプタコードを持ち上げると角度によって通電するから充電終わるまでコード持ってる

2024-02-29

anond:20240229131120

ブラウン管がなくなりすべて液晶、あるいは、有機ELという発光素子に置き換わる、なおプラズマディスプレイは無くなった

マウスからボールが無くなり、ミドルボタンホイールロータリーエンコーダーがつく もちろん無線だが電池は1年に1回の交換ですむ

USBというユニーバーサル仕様バス統一されキーボードプリンタなどの周辺機器はすべてこれにぶら下がるようになる なお統一はされているが細かい規格や仕様が混在しておりそれが問題となりヨーロッパ訴訟が発生し国レベル対応要求するような事になっている

2023-12-28

なるたるで描かれる各家庭の経済格差

小森

恐らく作中最貧家庭

平屋の公団住宅住まい。壁が薄そう。

扉の上部に外を見られるようにガラスがはめられていて、普段カーテンで仕切っている。

これは古い住宅に見られるつくりで、発表時期を考えても築年数がだいぶたっていそう。

母子家庭母親は肉体的・精神的に弱く寝たきり。

父親不明だが養育費の支払いなどしていないだろう、生活保護世帯か。

介護をしていた小森くんの失踪により母親餓死

寝たきりなら行政の世話がありそうなものだが、行き届かず介護の重い負担中学生小森くんにかけられていた。

独居老人暮らしそうな規模の家に見え、小森くんには個室もなかったのではないか

これでもかと貧しそうに描いているのに小森くんがファッショナブルなのはなんでだろう。

どこに売ってんだよという服なので、市販品ではなく竜の子に生成させたものなのか。

小沢

社宅団地住まい。4階建てで南棟かに分かれた団地という趣だが、小森家ほどの最貧っぽさはなく、それでも平均より貧しそう。

エレベーターがないようだ。

和室として作られたのを洋風リノベーションしたのかな、仕切りが襖。

台所にガス湯沸器がついているのも古い家だ。

娘に4畳くらいの個室を与えるゆとりはあるが、収納が少ないのか壁に服がずらっとかけられている。

母親高校在学中の18歳で妊娠中退出産パート勤務。

父親仕事朝帰りが多いとのことで、夜勤なのか、長時間ブラック労働残業代でなんとか家族を食わせているのか。

大した仕事ではないように語られており、ブルーワーカーだろうか。

一人娘を私立中に通わせようとしていた程度の余裕はある。

ただこれは最寄りの公立中が非常に荒れているという事情のもと。

それでも、幼稚園ではなく保育園に入れていたし、「娘の手が離れたら私も大学でも行こうかしらね」などと母親が言っているので、カツカツな暮らしではないようだ。

・玉依家

風呂場はバランス釜でテレビダイヤル式、だいぶ古いアパート。1DK。

父子二人で暮らし、父は民間航空機パイロットで母は大学教授なので、経済的には恵まれている方のはず。

父の実家離島の古き良き大きな家であるため、レトロ趣味による物件チョイスであり、貧しくて古い家しか選べないというわけではないだろう。

備え付け家具ではないはずの扇風機レトロ

自転車は金がかかっていそうな趣味性の高いものなので、貧乏からリユース扇風機しか選べなかったわけではない。

畳部屋を寝室にして父娘で一緒に寝ているようだが、これ思春期になったらキツイだろうな。

畳部屋は娘に個室として与えて父はリビングで寝るようにするとか、もっと広いところに引っ越すとか、そういう想定があったのだろうか。

佐倉

戸建てで、一階が定食屋、二階に居住

一人娘に四畳程度の個室を与える余裕はある。和室

入り口が一つしかなく、定食屋の中にある階段を通って自室に入るというのは、内気な娘にはけっこう辛い環境

あの環境からああなってしまったのか?

付近にあまり食事処のない住宅街の中で売れている店であるらしい。

娘の部屋の畳の敷き方が1巻と5巻で変わっている。これはただのミスかな。

貝塚

戸建て。二階建て。庭には樹木。主要キャラの中で最も裕福な家庭。

大豪邸というほどではないが、年収1400万円以上ぐらいの世帯じゃないだろうか。

小沢さんの娘さんは成績優秀だが家柄審査(親の職業学歴)に引っかかりお嬢様中学受験失敗したが、貝塚さんの娘さんは進学できる予定だった

そのことからいかにもお金持ちそうな父親だけでなく、母親一定学歴を持っていそうだ

娘の個室のクローゼットの大きなことよ。

リビングソファは、父母と娘の三人家族では持て余しそうな数と大きさ。

無意味インテリアとして皿を飾り、実用ではなく趣味性の高いものとして暖炉がある。

観葉植物の横にあるジョウロですらなんだかお高そうだ。

ブラウン管なのが時代を感じさせるが、テレビも大きい。

小学校公立でもおかしくはないけど中受は絶対にするぐらいのお金持ちという現実的スケール

小学校から私立行かせてればこの一家平和に暮らせただろう。

須藤

戸建て二階建て貝塚家よりやや手狭。

家具が一切ないためスケールがわかりにくい。

元は父母と息子二人が暮らしていたが、子供にそれぞれ個室を与える余裕はありそう。

2023-12-13

マグネットあるとヒヤヒヤする

今ってスマホとかパソコンとかSwitch磁石くっつけても大丈夫なん?

クレジットカードとかは良くないよね。

子供の頃、ブラウン管テレビマグネット近づけて変色させてしまたことがある。

2023-12-11

昔のパソコン潜水艦破壊するゲームの思い出

小学生低学年の頃、親が職場で使わなくなったパソコンを貰って家に持って帰ってきた。

多分1998年くらい。

その当時でもうすでに使わなくなった中古パソコンなのでよく知ってるwindowsとかでもなく、ブラウン管の薄らでかい箱って感じで、めちゃくちゃ巨大なフロッピーディスクみたいなやつが付いてた。

家に来たそのパソコンは何かに使うわけではなく小学生だった俺におもちゃとして与えられた。

とはいえ別にパソコン少年だったわけでもないのでそのパソコン付属していたゲームを楽しむだけ。

そのゲームが船から機雷を落として敵の潜水艦破壊する、みたいなやつだった。

シンプルながらも癖になるゲームで、当時また小さかった俺のゲームの腕の低さとも相まって結構ハマっていた記憶がある。

ゲームが進むと海水面がぐっと下がって今度は対空のシューティングになったり、最終的には宇宙に飛び出して敵と戦った。

爆弾の種類とか連射できる間隔とかがパワーアップ出来てゲーム性が高かった。

面白かったなあれ。

なんていうゲームだったんだろう。

あともう一つあったゲーム航空機シミュレータみたいなゲームだったけどこっちは表記が全部英語で何も分からないままいつまでたっても飛び立てなかった。

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