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2020-06-04

こばるさん(@sha_k_br)のブログを読んでの感想

私は、ただの通りすがりである

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今までは、ただ荒れている海を時たま平和なところから眺めていただけだった。

そして、たまたま見かけた漂流物に対して思ったことを気まぐれに書いて見ようと思った。

ここから書くことは、現段階書いている私には公開するかもわからない文章であり、該当のブログ記事に対して思ったことを気ままに書くだけなので何かを伝えるというつもりは一切ない。自分のなかのことを整理しようと思っただけのことで、こばるさんが何を思おうと私は興味はないし、これを読めというつもりもない。

発端はそのブログであっても、おそらくは私の思ったことまとめに終始すると思われるからである

以上のことを踏まえて読むかを決めてもらいたい。

これは自己保身という人もいるかもしれないが、私にそのつもりはない。

匿名で、なんの影響を被ることもない場所で、ただ書き散らかす文章から一切の重みはないということを読んだ人皆に伝えるという意図の、私の責任感の表れと取ってほしい。この文章はただの電子ごみだ。

さて、まず該当ブログurlを貼らせてもらう。

ヌメさんへのネットリンチに加担し続けている人たちへ

私は、このブログ題名名前があがっている方のCFにまつわる問題を時たま眺めていた。最近出来事などの一連も一通り見ていたつもりではある。

私には、一切法律的知識CF知識はないため、収支報告を求めるものに、「まあそりゃあ疑念が湧いたら事実確認をしたくなるよね」程度のことを思うことしかできない。これは、お使いに行かせた子供お金をちょろまかしていないか確認したい、というような感覚と似ているのでCF適用できるのかは私には判断はつかない。

私はここで、この方の問題について白黒をつけたことを書くつもりはない。あくまで、こばるさんのブログについて思ったことを書くというつもりだからだ。

私が読んだところ、このブログ記事は「CFした方がネットリンチをされている」という前提で書かれている。なので私がそのことについて書くということは、その前提に対して物申すということになってしまう。

こばるさんがこの記事を書いているとき念頭に置いている「ネットリンチに加担し続けている」方々がネットリンチをしているということを認めているわけではないのでご留意願いたい。そこに関しての私の意見は、すべてを見ているわけではないからわからない、である

以下、本文を引用しながら書いていく。

ヌメさんへのネットリンチに加担し続けている人たちへ。

あなたたちは愚かです。

優しさに賢さが追いついていない人、賢さに優しさが追いついていない人、その両方が見受けられます

優しさに賢さが追いついていない人は、大局を見る能力がありません。「優しい」という自己イメージに捉われて、その表面的な振る舞いからはみ出す勇気がないだけの愚か者です。

賢さに優しさが追いついていない人は、あなたが学んできた知識を、愛情を持って世界還元しないところを見ますと、やはり愚かだと思います

あなたのための寛容な世界づくりを、自ら放棄し続けているあなた方は、全く賢くありません。

声を上げる人の、精神高潔さを知りなさい。

そしてあなた自身の恥を知り、愛を知りなさい。


正直言うと、私はこの「優しさ」や「賢さ」という言葉が何を指しているのかがわからないため、ここは飛ばす。

ただ、「寛容な世界づくり」という言葉から弱者にやさしい世界をということなのだろうかということを何となく推察するに、この人々は強者に当たるのだろう。そのあとの、声を上げる、などは最近話題トーンポリシングもろといった感じである。これ以降のところで語気語調で判断するな、といった内容のことが書いてあることだし。

トーンポリシングに関しては、議論の場は対等な人同士が様々なものを用いて議論をするという理想があるが、そこにも権力関係があるのだということを自覚しよう、といったものであると私は認識している。(何かで読んだ、何だっただろう…)

恥を知り愛を知る、は、まあちょっとよくわからない。思いやりだろうか。悔い改めるとかだろうか。

あなたは愚かです。しかあなたの愚かさは許されます

5年後、10年後に、あなた自分自身の行いを恥じたとき過去あなたの行いを誰も責めてはいけません。

もちろん、今あなたがそれを行なっているならば、咎められるでしょう。法に基づき裁かれることもあるでしょう。

あなた積極的または消極的加害行為が、今、あなたからの加害を受けている人の心の安寧よりも、優先して認められることはありません。

しかし、あなたの今の幼稚さは許されます

あなたはかわいそうです。然るべき手段で裁かれた後、あなたあなた自身からも許されることを願っています


これはまあ、おおむね一般的な考え方であるように思われる。罪は裁かれ償いをしたら一種チャラである。あとは良心問題

まずあなたは、あなたが何に依らなくても、あなた自身が当たり前に存在してよいのだということを、深く理解してください。

これはまず一番最初に、あなたの心の底の底に置いておくべきあなた自己肯定感です。

あなたが今それを得られていないなら、とても悲しく、残念なことです。

自分自身の心を明かし、賛同でなくとも肯定されることが、あなた世界を信頼できる根拠になるということを、ぜひ知ってほしいと思います

自分自身の心を明かす勇気を、あなたの愛する、信頼できる人に向けてください。

その信頼が報われたときあなたあなたのための自己肯定感を得られるはずです。

その経験を得たとき、その自己肯定感や誇りが、他者にとっても同じ、誰にも脅かされてはならないものだということを、想像できる人になってください。


ここはいささか唐突に思われた。なぜここで自己肯定感の話なのだろうと率直に思った。

自己肯定感がないからこそ、曰く「愚か」な行為をしているという考えであるのかと推察するが、「自分自身の心を明かし、賛同でなくとも肯定されることが、あなた世界を信頼できる根拠になる」という点では、賛同/肯定をされた時点でその賛同/肯定されたものが、結論として善であろうと悪であろうとその内容はかまわないように受け取られる。

それとも、「愚か」なことであってもその自己肯定感が生まれたらばそれ以降回心できるはずといったようなことなのだろうか、私には少々やはり呑み込めない。

ある層に受けることを言ってしまったらその承認におぼれてしまい、そこから抜け出せないこともあるのではないか、等々考えてしまう。

まあやっぱりよくわからない。

また、「中立」の立場をとり、自分を冷静だと思っている方へ。

あなたが行動をしない限り、あなたは無敵です。

あなたが何かを決めない限り、あなたは誰にもジャッジされることはありません。

あなたは、いつでも世情に合わせて、怒られないための「正解」を選ぶことができます

あなた卑怯です。安全場所で、物事を見定めているつもりになっている自分自身のことを恥じてください。

あなた対立する勇気を持っていないのなら、あなたは有力な参謀にはなり得ません。

そのことを理解し、自身のことを省みてください。


私としてはここが一番の山場であった。ここで、こばるさんは他者に対して「対立する勇気」求めている。

私はここが一番引っかかった。

意見を表明する勇気」ではなく、「対立する勇気」であり、「中立」、決めかねるという一つの判断否定していると思うからだ。

以下は、浅い知識によるものから最初に書いたことを思い返して、あまり真に受けないで読んでもらいたい。

私は、この言葉を読んだとき、エポケーという言葉を思い出した。

エポケーは、判断停止や判断中止とも言われる。これは、懐疑的もの見方として生まれもので、常識などを棚上げし、事実を見るというようなことである。「これまではそうだった、だからこれからも違いない」ここに対して待ったをかけるようなものと私は習った記憶がある。思考停止とも違うということも。

判断を停止するということは、結論を下すことを中止するということで、こうだった場合にどうなるかといった想定をしてその場合結論としてはどうなるか、と考えることをやめるわけではない。

判断停止をし、意見表明をしないということは確かに叩かれるものがないという点で「無敵」かもしれない。

しかし、むやみに敵を作るような行為は慎んだほうがよいのではないだろうか。対話可能と思えないのならば、口をつぐむということも選択肢に入って来るのではないだろうか。そこで人は絶対意見を言わねばならないというのは酷であると私は思う。

立場を明らかに意見を表明できないのは、冷笑主義でもない限りそれ相応の判断停止の理由があるのではないか

または、明らかにするほどのことではないという一種の”判断”でもあるだろう。

ここをおして判断を迫るのならそれ相応の論拠を明確に提示していく必要があるだろう。

また、全貌を知らないままに下した判断には危険性があるのではないかと言いたい。

ヨクシラという言葉があるが、ヨクシラで首を突っ込み盲目的に突っ走るというのは恐ろしいことである。むやみやたらに判断を求めたらいいというものではないと考える。

ただ、これはヨクシラで判断を下し動いている人々に対して判断を下し行動することをやめろといいたいのではなく、その判断に基づいて物事を見ることに固執しかねない、という危険性を留意しておくべきではないかという意味であり、柔軟性があるのなら、意見を表明するという言語化を通して自身の考えをまとめることができ、それを叩き台にしていろいろの人との対話をすることで自身の知見を深めることができるため、それ自体をすべて悪いとは思わない。

これはヨクシラでない人であっても同様のことがいえると思っている。固執することは恐ろしいことである

そして人はなかなか、その色眼鏡を外すのは難しい。

そして、これらの話はどちらか、いずれか、なんらかの想定されるコミュニティに与するという話ではないと思う。

私は、「対立する勇気」という言い方にどうしても、二項対立ですべてを説明しようとする姿勢が見えてならない。

人々はそうそ一枚岩ではないだろう。学校クラスの分裂ですら、賛成反対と大きく分けてみた中をのぞけば、容易にその中の分裂が見える。

「有力な参謀」という言い方も、ある組織構造を持った何かを想定しているように思える。

ここ以降は、声を上げるリスクについての説明などで、黒人男性黒人若者に対し言っていた言葉彷彿とさせるものだった。

以降に関しては特に思うところはない。しいて言うなら、「数は力」という言葉だろうか。

正当性があると思ってのこの書き方なのかもしれないが、それはマイノリティマジョリティの流動にしかならないのではと思ってしまう。

数は結果であることが望ましいのではと、素朴に思う。

政治について学んでおらず、社会学に関しても知見が浅いので、これは当たらないかもしれないが。(田中角栄しかでてこない程度の知識である。)

基本的にこのブログ記事は、正義は我にあり、と信じこんで書かれているように思われる。

なので、正当な判断をしたらきっとこばるさんの側につくとこばるさんは信じているのだろう。

個人的には、正義は我にありと信じてやまない、揺らがない態度というのは、少々怖いものだと思う。たとえそれが現在正義であるとしても。

乱文なので、また編集をすると思います。ここまで読んだ人がいたら、お疲れ様です。文意通らないとこあるかもだけど許してちょんまげです。

2020-06-02

リバティバランスを射った男 の意味

※当然映画ネタバレだが、

法律家主人公が荒くれ者のリバティバランスを射ち取り、市民から賞賛され上院議員となるが、実際にリバティを射ったのは主人公の恋のライバルだったことを誰も知らない」という話である

映画は名作だ。

暴力蔓延西部において、法律を重んじ非暴力を貫く主人公ランスは、周囲からは「腰抜け」扱いされている。しか議員になる夢を捨ててまでもリバティに挑む。

そして、自分リバティを射った(殺した)と思っている間は、議員に推薦されても断るのだ。

片や、恋のライバルである牧場主トムは、銃の名手であり「暴力」側の人間だ。

だが彼は同時に「法による秩序」を望む人間でもあった。トムはランスを影ながら手助けしてリバティを射つ。

しかランスが「人殺し自分議員になれない」と悩んでいると知り、彼にだけ真相を伝え、お前のような人間政治をやるべきだと告げて背中を押す。トムは恋にも破れていた。

そしてランスは立派な政治家となる。トムはひっそりと死んでいく。

市民は、誰も真相を知らない。

そういうダンディズム溢れる作品だ。

が、それは「映画の中だけの話」である

現代日本において、ある政策プロセスについて質問され、「プロセスなんてどうでもいい」と発言した政治家がいた。

彼の属する政権与党はこれまでも様々な形で政治プロセス蔑ろにしてきた。公文書改竄統計捏造、そして直近の議事録の不作成

そしてその政治家は、プロセスについて釈明したブログ記事の中で、あろうことかリバティバランスを射った男のファンだと意味ありげに言及した。

この映画は、まだ法と秩序の浸透していない世界舞台しているからこそ通用する神話である

上記ストーリーと最低限の民主主義理解していれば、その記事名前を出すには最悪の作品だとわかるだろう。

高潔政治家を目指したランス正義を信じ自分けが泥を飲んだトム。

この二人とは対局の人間である

2020-05-22

anond:20200522101727

あれあったじゃん。寿司?みたいなやつ。RDBMSなんかいらない、全部CSVファイルでやっちゃる!みたいなブログ記事脆弱性自分から説明してた中学生

2020-05-08

朝早く起きたか適当に書く

最近仕事以外ではまともに文章を書いていないものからどういうことを書けばいいのか分からなくなってくる

ネットでバズっている長文なブログ記事を読むと「俺もこれくらい書いてバズりたい」という気持ちが芽生えるものの、バズるのに必要文章構成力とか考察力を日々磨いているわけではないから、頭の中では壮大な記事が書けていても、実際のアウトプットは大したこといかそもそもない

そういうことに虚しさを感じながら日々を過ごしている

2020-05-04

私のブログ記事に興味が無いとしか思えない人から継続的スターが付く

互助会しろやってこと?

2020-04-29

アイドルなのか女優なのか、誰かのブログ記事

外でポーズをとった写真の背景は桜と緑の大きなネット

見覚えのある景色

目黒川沿いのあの辺かな、と思う

そのあたりが生活圏だったのは数年前まで

15年ほど住んでた

なんだかんだ都心だったよなあと今更ながらに思う

2020-04-23

anond:20200423135258

スーパー入店イニシャルごとになったら」を計算するというそ着眼点は非常に興味深いものだと思うが、

やはり日本人には、アルファベット分けより、平仮名分けの方がわかりやすいだろ。

やや古いが、ア行は本当に多いのか?というブログ記事にある2011年時点のデータを使うと、

日本人イニシャル分布は、

イニシャル世帯
ア行18.1%
カ行15.7%
サ行13.7%
タ行10.6%
ナ行 8.7%
ハ行10.3%
マ行10.9%
ヤ行9.3%
ラ行 0.7%
ワ行2.0%

らしいぞ。(ただし、元データ有効数字が揃っていなかったので、小数第1位で四捨五入した。)

入店を2分割にしたいのなら、タ~ヤ行(合計:49.8%)と、それ以外(合計:50.2%)で分割すると、ほぼ半々になるぞ。

3分割にしたいのなら、ア・カ行(合計:33.8%)、サ・タ・ナ行(合計:33.0%)と、それ以外(合計:33.2%)で分割すると、いい感じだぞ。

2020-04-19

anond:20200419093615

サンド伊達ブログ記事Twitter晒し上げして「そういえば桜を見る会にもサンドは招待されていたな…ファンだったのにがっかりです…」みたいなコメントを添えとけば普通に燃えるちゃう

2020-04-15

HHKB買おうとして思ったこ

テレワークで在宅勤務が多くなった。環境を整えていて、そういえばHHKBが昨年末に新しいの出たんだなと購入者ブログ記事Youtube動画を漁っているのだが、昔とずいぶん変わったなと思うのだ。

本業プログラマでもなさそうな、それなりにフォロワーがいる中堅Youtuberやアフィリエイト記事を書いているブロガーが買ってレビューして絶賛している。自分の金で誰が何を買おうとどう思おうと自由だけど、動画編集やブログ記事執筆でUS配列キー省略の利点なんてあるんだろか。「カーソルFnを押しながらで不便なのですがなんとか慣れます」とか「USキー配列はすっきりしていてかっこいいからです」とか言っているのだ。

EXCELを多用するようなときは、修飾キーカーソル/HOME/END/PAGEUP/PAGEDOWNを駆使するので60%キー効率が落ちるし、周りのWindowsサーバやらPCJIS配列だらけでRDPなりVNCなりで繋いでトラブルシュートや設定作業するような現場なら自分だけUS配列だとパニックになるだろう。SnippingTool/スケッチ登場以前のWindowsでPrintScreenなしとか考えたくもない。

自分仕事プログラミングメインになってはじめてHHKBいいなあと思ったので、猫も杓子もHHKBみたいな風潮に違和感を覚えてしまう。異動や転職エンドユーザーサポートなんかが多くなったらすぐに普通JISテンキーレスか、フルキーボードに戻すと思うし。

記号を多用するから()[]{}が隣り合っていて、;と: , 'と" がSHIFTで切り替わるUS配列が便利だ、とか、

viemacsキーバインドのエディタ使うからカーソル移動はhjkl / pnfb 他のショートカット自由自在なのでカーソルキー要らない、とか

なら合理的から納得がいくんだよね。

10年くらい前は記事をたどってもガチで使ってる人の記事ばかりで参考になったけど、最近は評判がいい→アクセス数が稼げる→使ってコンテンツにしよう、という思考の順序がおかしい手合が多くてげんなりする。こういう連中にのせられた人が買ってメーカーを支えることになるから、これもまあアリなのかな。それともこういう記事動画見て買ってつかえねーってアンチになる人が増えたりするのかな。

2020-04-09

anond:20200409031050

安倍首相と会食のランサーズ HPに「25日時点で内閣府文字があった」は誤り

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200228-00010006-bfj-soci

 

香山さんが指摘する「ネット政権擁護野党dis書き込み仕事募集してた」というのは、過去ランサーズサイト上で、政治関係仕事受け手募集した複数の事案があったことを指していると見られる。

2017年には「当方運営している政治ニュースサイトコメント欄への書き込みをお願いしたい」とする募集があった。「特に保守系思想を持っている方を募集」とし、該当する例として「安倍政治応援している方」「テレビ新聞左翼的偏向報道が許せない方」などと記され、話題となった。

最近では“【7500円(250円×30記事)】政治テーマブログ記事(800字文字以上)の仕事“と題した仕事依頼も掲載された。

内容の例として「タイトル安倍総理のいいところがわかるエピソード」と書かれ、1記事あたり800文字以上・250円で、毎月30記事を依頼するものだった。

現在は、ランサーズ側が「利用規約仕事依頼ガイドライン細則違反のため削除しました」として閲覧制限をかけ、当該依頼を削除している。

2020-04-08

善性にもとづく言論弾圧

Googleの有名な標語Don't Be Evil邪悪になるな)」が

「Do the Right Thing(正しいことを成せ)」に変わったことが

ディストピアへのはじまりだった。

それまでのGoogleは、ユーザー自由を許しながら、

どうしても邪悪ものだけを排除する、いわばブラックリスト方式であった。

しかし、現在Googleは「正しい行動以外を許さない」ホワイトリスト方式で行動している。

我々はGoogleの考える「正しいこと」という型に嵌められるようになった。

Googleが考える正しいHTML

Googleが考える正しいセキュリティ

Googleが考える正しいスマホアプリ

Googleが考える正しいブログ記事

Googleが考える正しい動画コンテンツ

うんざりだ。

インターネットにくまなく張り巡らされたGoogleの網を避けることはできない。

逆らえば検索結果から消される。

まり存在を消されるということだ。

SEO」とはGoogleの「正しさ」への盲従に他ならない。

どこまでも潔癖な世界を目指して「悪いもの」を抹消していく。

まるでゲームのなかの独裁者だ。

ビッググーグル、ようこそ世界へ。

どっかのよくわからん記事ファーストはてぶは誰がしてるの?

いつも話題になって数百ユーザーになってからそういう一般人?のブログ記事に到達するんだが

最初にそのブログを見つけた人はどうやって見つけるのかとても気になる。

有名人ブログならともかく、よくわからん一般人amebloブログだったりするじゃん。

どうやってそこに到達したんだよ

2020-03-31

anond:20200331214958

ブコメ頂いた者です。

あなたの考えを拝見しました。

例えばあのブログ記事が、「幼児体型ラブドール」の「造形・技術のみ」に焦点を当てた文章だったらあなたはどう思いますか?

企業公人でない個人が」、「あくまでも趣味で、自分ブログで」書いた内容だとして、『「ここで、「破廉恥だ!」「変態だ!」なんて感想を述べた瞬間に、そういう考え方をする機会は失われてしまう。」と、論点が異なる事を明言し、それと同類になり論ずる機会を失われる事を望んでいない』とします。

それが「ホットエントリに上がっていて」、「あなたが目にした時点で、いくつかその記事の内容についての肯定的ブコメ(のみ)が付いていた」場合です。

論点をずらすつもりはありません、私が論点場所の話であるということを理解してなお、件のブコメ不適切でないと考える理由説明のためです。)

もちろん「高校生アイドルキャラクターフィギュアないしプラモデル」は「幼児体型ラブドール」とイコールではないです。

ただ、上記のようなケースだとしたらあなたがどう考えるかまず知りたいです。

2020-03-26

リアルタイムしか愛されない社会への苛立ち。

情報のことだ。ネット情報

リアルタイムでバズらなかった情報、例えばブログ記事などが、日数が経ってからバズる、ということは先ずない。

いつでも新鮮な情報以外は、めったに過去記事などバズらない。

そして、あまり人の目に触れず、そうした記事ネットの中で眠りにつく。

言いたいのは、注目を浴びるというチャンスに恵まれないと、愛してくれないということ。

どどどどどー、ってTwitterなんかでインフルエンサーに捕まって拡散されていく情報

インフルエンサーに把握されずに見捨てられていく情報

この違いは、もちろんその情報の質の高さは、確度としてはインフルエンサーの広めたものは質の高さは確からいであろう

でも、見捨てられられ・気づかれなかったものは、ネットバズることはおそらくほぼ永久にない。

ゴッホが死後評価されたようなことは、ネットではあり得ないのである

「だから、何だ?」って?

私が言いたいのは、私も愛されたいというだけだ。

anond:20200326190516

自転車では受け付けてくれなかったはず

わりと最近そういうブログ記事上がってたか

2020-03-20

内閣人事局という王冠

今日、「安倍政権での「第二官僚」のメンバー」というブログ記事ホッテントリに上がっていた

https://yashio.hatenablog.com/entry/20200320/1584636100

これは安倍首相個人ではなく、システム問題であることを指摘している。

僭越ながら、自分も以前、「いま、日本は王冠をつくってる 」という増田を書いた

https://anond.hatelabo.jp/20191119112638

これは内閣人事局という王冠。

なぜ自民党の中で安倍首相批判する人が90年代のように現れないのか?

その理由は、現在プロセスを経て「強化された総理椅子」に座りたいかである

いま止めたら、王冠の質が下がるのだ。とことん強化した王冠をつくりたい。

これが自民党の総意であり、現在日本官僚システムが抱える問題である

わいせつ罪で逮捕され、故意否定しながら示談し、不起訴になったケ

https://satanix.hatenablog.com/entry/2020/03/19/135416

痴漢にあったが、加害者故意否定しながら示談を申し入れてきて、腹がたった、

ということが書かれている。

私は整体リラクゼーション業界団体地方支部役員をしている。

そこで会員の男性セラピスト(以下、A)が、お客さん(女性、以下、F)に対する準強制わいせつ罪逮捕された。

Aは故意否定し、Fと示談して不起訴になった。

痴漢と準強制わいせつ罪という違いはあるが

わいせつ系の容疑で逮捕された。

故意の有無が争点

故意否定しながら示談した。

不起訴処分

という共通点も有るので書き残しておく。

なお、AやFを特定されないようにフェイクも入れるし、表現抽象的になるのはご容赦願いたい。

またAからは不起訴が決定し、釈放された後に話を聞いた。

よって実際は事後に知った話であるし、Aからだけ聞いた話である

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第三者GはセラピストAの常連さんである

客FはGの知り合いであり、Gに紹介されてセラピストAの店に行った。

そしてセラピストAは客Fに対する施術をする。

客Fは喫煙者だった。

Fは自分喫煙が、子供に悪影響を与えるかどうかをセラピストAに尋ねた。

セラピストAはFに対し、否定的な内容(悪影響を認める。)を回答した。

そして施術後、客FはセラピストAに対する不信感を伝える。

その後、セラピストAは誤解を解こうと客Fに連絡を試みるが拒否される。

Gなどに取り次いでもらうように頼むも拒否される。

この行為警察裁判所から証拠隠滅意図した行為と取られても仕方ないかもしれない。

困ったAは別のお客さんに相談し、弁護士Bを紹介してもらった。

そして相談日を予約した。

だが相談の前に、Fに対する準強制わいせつ罪逮捕された。

我々は報道セラピストAの逮捕を知る。

23日後に釈放され、Aに話を聞いたところ、故意否定しながらも、Fと示談して不起訴になったとのこと。

・・・逮捕後の流れ

逮捕 流れ」で検索してもらえば弁護士解説しているサイトとかが見つかると思う。

逮捕後、48時間以内に送検し、送検後24時間以内に検察申請を受けて、裁判所勾留の決定をする。

この72時間以内は弁護士以外は面会できない。

勾留はまず10日間決定され、さら必要であればもう一度延長される。

家族や知人の接見可能だが、色々制限がつく。

例えば同じ日に、二組以上の一般人とは面会できない。事件や取り調べの内容については話せない。

これで最長23日間、身柄を拘束されるのである

この間に警察検察自白するよう、あの手この手で迫るのである

ブログでは

警察で嘘の自白強要され有罪となることを心配している方を散見しますが、そこで折れなければ推定無罪原則無罪を勝ち取れるはずです。」

と書いてあるが、知識の無い人間にとっては容易ではない。

セラピストAは家族にもFとのことや、弁護士Bに相談することを話していた。

から逮捕後、家族弁護士Bにすぐ依頼することができた。

弁護士Bとの接見の際、絶対に罪(故意)を認めないように、というアドバイスを受けたそうだ。

知っている弁護士がいなくても当番弁護士を呼ぶことはできる。

ただ警察が当番弁護士制度容疑者に必ず教えてくれるかは不明である

教えたとしても、2回目からは金がかかる、と言って躊躇させることもあるとか。

また警察は取り調べの際、鬼役と仏役で対応するとか。

そこで仏役に対し、情をほだされて虚偽の自白しかねないのである

いわゆるストックホルム症候群というやつだ。

否認事件原則黙秘である

これも弁護士解説してるページがいくつも有るので理由は省略する。

だが通常時ならともかく、24時間身柄を拘束され、外部とも自由に連絡が取れない状態である

そこで味方と思えるのが仏役の刑事だけだったら黙秘否認を貫き通すのは困難であろう。

知識があってもそれだけでは実行困難である

夏休みの宿題確定申告の締め切り前に大変な目に会い、来年からは余裕をもってしようと思っても、怠惰や誘惑に負けて、同じことを繰り返すのである

ましてや自白させようとする環境に拘束されてるのである

から勾留間中弁護士とはなるべく多く接見した方が良い。

あと弁護士のことを悪く言うのも警察の特徴だそうだ。

普段から警察よりも弁護士への信頼が高い人ならまだいい。

犯罪とは無縁で、弁護士は金のある者の味方、という固定観念が有る人だと、いざ逮捕された時、弁護士を信頼し、黙秘否認を続けるのは厳しいかもしれない。

よって元ブログの、「この制度では冤罪などほぼ起きない。」という主張は否定する。

そして自白した調書に署名したら、あとでひっくり返すのは困難なのである

・・・勾留期限と起訴、不起訴の決定

最長23日の勾留期限が切れるとき検察起訴、不起訴の決定をする。

検察起訴すればさら勾留される。

このとき解放してもらうようにするのが保釈である

しかニュースでも度々聞くように、容疑事実否認している場合検察保釈を認めないように主張する。

あるいは略式起訴罰金を払って終了。

強制わいせつ罪罰金刑が無く、懲役刑しか無いので略式起訴は無いが、迷惑防止条例違反罰金刑のみならこの選択肢もある。

リンクブログ記事では選択肢として罰金刑も書かれていたので、当該痴漢迷惑防止条例違反なのだろう。

略式命令ならすぐ自由になれるよ、と自白誘導する刑事もいるとか。

そして不起訴処分という選択肢がある。

起訴した場合有罪率が99%以上であるのは有名であるが、それは元ブログでも書かれているように、検察有罪判決を得る自信がある事件だけ起訴するからである

また不起訴処分には起訴猶予という処理が有る。

これは犯罪事実は認められるが、初犯であったり、被害賠償して反省しているか大目に見てやる、という処理である

警察検察にとっては誤認逮捕・不当勾留ではない、という言い訳が成り立ち、面子が保たれる。

容疑者にとっては前科がつかず、自由になれる。

・・・無罪を争うのは大変だから示談する。

故意でない、つまり無実だというなら裁判無罪を主張すればよいのではないか

示談なんかする必要は無いのでは?

普通の方は思われるだろう。

だが無罪を主張する場合保釈されない可能性が高い。

その間、身柄は拘束される。

セラピストAは自営業であるからその間の収入(a)は絶たれる。

また私選弁護士なため、無罪を争うなら新たな着手金と成功報酬(b)も必要である

ブログでも書かれているように、示談すれば不起訴はほぼ確実である

無実でも、示談金が(a+b)円よりも少なければ、払う価値は有る。

これは金額だけの計算であり、身柄の拘束や信用を失うことの価値も考えれば(a+b)より高額な示談金でも支払う理由はある。

この示談金の名目は、不快な思いをさせたことに対する慰謝料である

「過失」で不快な思いはさせましたが、「故意」ではありません、

ということである

容疑者が無実であるにも関わらず、示談を申し入れるのはこういう意図が有るわけです。

2020-03-10

はてぶ最大の欠点にはてぶ民は気づいてるの?

欠点

それは。

スター

アフィ広告ブログ記事が信用ならない理由と一緒ですね。外から評価をなんらかの形で意識したコメントがまともな論評になると思うなよ。

2020-03-03

anond:20200303200937

今回の騒動小金投資種があるヤツが稼ぐ可能性は確かにある

稼いだヤツはドヤ顔していいが、

That said, Fed officials have been speaking out against immediate rate cuts and Fed Chairman Jerome Powell said last week that "the fundamentals of the US economy remain strong."

Although a Fed rate cut could revive investor sentiment -- at least in the short-term -- market participants are skeptical of how much monetary policy can really do against a global disease outbreak.

"I'd prefer a vaccine over a rate cut," write Seema Shah, chief strategist at Principal Global Investors, in a blog post.


しかし、FRB当局者は即時利下げに反対の声を上げており、FRBジェローム・パウエル議長は先週、「米国経済ファンダメンタルズは依然として強い」と述べた。

FRBの利下げは、少なくとも短期的には投資心理を復活させる可能性があるが、市場参加者は、世界的な病気流行に対して金融政策が本当にどれだけできるか懐疑的である

「私は利下げよりもワクチンを好むだろう」プリンシパルグローバルインベスターズチーフ・ストラテジスト、シーマ・シャーはブログ記事で書いている。


Dow rallies 1,294 points, most in its history

https://edition.cnn.com/2020/03/02/investing/dow-stock-market-today/index.html


2020-03-01

結局朝5時まで寝てしまった。なんということでしょう?!昨日図書館の蔵書検索サイトアクセスしたら例の本予約待ちだとよ?!/(^o^)\なんてこったい。Amazonにも多くの書評がすでに寄せられている。ブログ記事の寄せ集めだから、目次だけ入手されれば対応するブログをReadItLaterすんだけどよぉ。それこそ不要不急だし、のんびり構えるか。そしたら忘れたころに図書館から連絡が来るだろ。今日は、アソコの申込やるかな?どのタイミングでやるかな?

2020-02-22

トランス女性は男か女か

社会学者千田有紀氏のトランスジェンダーに関する論文批判が集まる

https://togetter.com/li/1471101

これに反論として長いブログ記事があって一応読んだんだけど、本題とは別のところで「トランス女性は男か女か」ってとこが気になったのでちょっと書いてみる。

超ざっくりとまとめると、元の寄稿論文の主旨は

トランス女性女性領域風呂トイレスポーツなど)に入り込むことは、シス女性に恐怖を与えることであり、その気持ち差別ではなく合理的ものである

で、それに対しての反論

トランス女性はなりたくてなったものではない。自分で選んでそうしているわけでないのにそれを排斥するのは差別であるトランス女性の声を聞きもせず一方的に決めつけるな」

というものだと思う。



どっちが正しいとかそういうのはまあそういう論争が好きな人にまかせておくのでそれについてはおいておくけど、

気になったのはトランス女性というのはどういう立ち位置から自分主義主張をしているんだろうかということ。

まりほとんどすべての女性女性のみが立ち入れるプライベートスペース男性が入ってくることを望まない。

トランス女性社会的女性として認めてもらいたい。少なくとも自分の心は女性であると思っている。

ということは、本来的に社会的にも心理的にも女性であるならば、女性のみのプライベートスペース男性が入ってくることは望まないということになる。

からトランス女性女性プライベートスペースに入ろうとすることは、社会的女性にとって望まれないこと自ら行うことになるので、それを主張しているのは「男性としての権利主張」となってしまう。

ゆえにトランス女性男性であるということにならないだろうか。

まとめれば、女性であれば嫌だと感じることをむしろ歓迎するというのは男性側としての意見なので、その主張をしているのは「男性」ということになる。

からトランス女性男性である


しかしそう考えるとトランス女性自分女性として社会的認知してもらうためには自分排斥に賛成しなくてはいけなくなるのでそもそも主張ができなくなる。

まあもっとも、女性として認知はされたいけれどもシス女性社会的に受けている不利益は受けたくないというトランス女性もいるので、それはやはり男性なのだろう。

2020-02-05

saebou先生の『献血ポスター問題について』を最善の相で解釈してみる

saebou先生献血ポスター問題についてを読んだが、当初はよく分からなかった。

なお、私はこれについて日赤デザイン理念合致しないので問題があるという話をしており、これを見て性的好奇心劣等感をかき立てられた人が献血しかねないとか、この漫画広告に使うべきでないとかいうような話は一切、していません。

てっきり件の広告ポスター献血者の健康血液安全性に悪影響を及ぼす可能性があるために批判しているのだろうと考えていたが、その点は論点ではないらしい。しかし、献血者の健康血液安全性に悪影響を及ぼす可能性が見いだせないならば、あのポスターに一体何の問題があるというのか。ブログ最後まで読んでも、よく分からなかった。

しばらく考えていたが、以下の氏のツイートが目に入った。

高い倫理性は安全保証するための理念としてあるわけですよね?それだけでは安全保証できないとして、全体としての理念一貫性のために広告などに高い倫理性を期待していけない理由はありますか?

https://twitter.com/Cristoforou/status/1194503927225409536

そして以下のように解釈すれば意味が通るのではないか、という結論に至った。

1. 一般論として、日赤は種々の倫理規定合致した広告をすべきである(そしてそれは現に実践されていると思う)。

2. そして倫理規定に反した広告をした場合、その広告実際的な悪影響を及ぼす懸念がなかったとしても、日赤非難されるべきだろう。例えば、問診で嘘を申告することを暗に勧めるメッセージが入った広告ポスターを作ったとしたら、たとえそれが実際的な悪影響を及ぼす見込みがないとしても、日赤は厳しく非難されるだろう。

3. saebou氏のブログ記事によって、件のアニメ広告ポスター倫理規定に反していることが論証されたと仮定する。

以上のように考えると、saebou氏が憤る理由理解できる。問診で嘘を申告することを暗に勧めるメッセージが入った広告ポスター非難されるべきなのと同様に、件のアニメ広告ポスターも厳しく非難されるべきである、と。

問題は、saebou氏のブログ記事は、件のアニメ広告ポスター倫理規定に反していることを論証したといえるのか、ということである。氏の論証は以下の通り。

なぜこの広告日赤理念に反していると考えたかというと、この広告内では性的好奇心劣等感に訴えて人に献血をさせることがまるで面白いことでもあるかのように描かれているからです。

さら問題があるのが台詞です。宇崎ちゃんが、注射が怖いか献血しないのではないか劣等感を煽っていますが、これは自発性尊重する倫理理念からして、本来は「これはやってはいけません」という例になるような状況であるはずです。

saebou氏は上記の指摘を以て、件のアニメ広告ポスターストレート倫理規定に反したことを論証した、と自己評価しているようであるしかしこの文章ではせいぜい、件の広告ポスター表現言動敷衍すると日赤理念合致してないと解釈できる余地もあることを、論証したに過ぎないように思われる。

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