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はてなキーワード: モンキーとは

2024-06-16

anond:20240613203515

キャンセルカルチャー問題点は、「悪い」という倫理が内発的なものではないことなんだろう。

どこかで知った「教養」に発するものからキャンセルすることでなんとなく自分が「正しい側」にいることに内心満足してしまう。「正しい側」にいるというのは安全地帯なので、いくらでも無知な人を罵倒し、笑い飛ばせる。その教養は実際のところ、★のたくさんついたブコメかもしれない、その程度に知った教養でも安全地帯に入った感覚を得られる。

まり、「いーけないんだいけないんだー、センセにいってやろ」のアレと大差ない。

その程度の教養正義感で、MVを取り下げ、ミュージシャン謝罪に追い込む社会なわけだね。

かつて、なだいなだが、ケシカラニズムといって、理性的正義感情的正義区別し、自分のことでもないくせに感情的共感によって主語がでかくなるのが感情的正義の特徴だとした。そのことで人々がプロパガンダに流されやすくなる、という趣旨のことをどこかで書いていたのを思い出す。

もうひとつ思い出したのは、2年くらい前、

共感にあらがえ - 内田樹の研究室

のなかで、人権とかマルクス主義とか、外付けされた倫理は歯止めが効かず暴発する、ということを内田樹がいっていたこと。

増田へのレスなかに

コロンブスナポレオン他所に乗り込んでそこにいた猿を使役したり自分文化を教え込んだりする描写になんとも思わんのかお前はw

というのがあるね。

正直、なんとも思わないねというのが俺の感想だし、植民地主義への反省なんていっても、外付けの反省まり

俺の中では、このMVはたわいもなくみえしまい、それを批判したくなるほど自分のなかで内面化されていないわ。

しろMVのなかで、不快に思ったのはそこではなくて、ナポレオンなどの人物たちが「Monkey Attack」というビデオを鑑賞するシーン。負傷していまにも死にゆハチマキをした類人猿兵士を抱きかかえる類人猿兵士、その場面にビデオ鑑賞していた皆が涙する、という場面だが、このシーンは、旧日本軍兵士連想させられ、ビデオ鑑賞で感動ポルノを消費するという行動にはイラっとさせられた。

類人猿ベートーヴェン指導したり、人力車にひかせたりというのには何とも思わなかったのに、このシーンだけは嫌な気分にさせられた。

そう、まさに「つまり解釈余地があるんです。」という感じなんだな。モンキーアタックビデオへの不快感はあるものの、袋叩きにしてやり込めるほどのものではない。他愛もないMVだよ。



若い頃、20年くらい前までは、人権歴史教科書通りに学んで、それを教養として広めていけば、外付けされた倫理共感を呼んで広まっていく、みたいに素朴に思っていた時期があった。

https://lady-joker.hatenadiary.jp/entry/2024/06/16/011301

みたいなことを素で思っていたというか、それこそ20年前のはてな草創期の「何とかidさんの日記」にはそういうのがあふれていたし、はてなにははてサと言われる人たちが多かったのだろう、そういう人ともつながった。

しかし、いつしか違和感を覚えるようになった。特に歴史修正主義というドイツで使われた文脈言葉安易日本南京虐殺否定文脈で使うことが一般的になり始めたころ、はてサという存在が疎ましくなっていった。

俺の違和感の正体は、結局のところ、歴史文脈のなかで生まれ言葉には、その歴史に紐づいた反省があり、過去への抗いがあるはずなのに、いつしか教養」として普遍化するなかで、その歴史固有性が失われ、あたかハンディ批判ツールになり下がることだった。

村上春樹2009年、イスラエル文学賞を受賞したときはてサは一斉に授賞式に出席しようとする村上を引き留めようとし、攻撃した。出席することは共犯意味するとまで言った人もいた。そのとき村上氏は自身への批判を受け、それらの情景を正論原理主義といった。パレスチナの人たちとの現実の接点をもたずに、パレスチナだ、ガザだ、人権だと漠然と騒いでいる、ごく普通のひとたち(私たち)の”寄り添い”は本当に軽いものだ。共犯という言葉も軽い。イスラエルに赴いて「高くて頑丈な壁と、それにぶつかって割れる卵の側では、私は常に卵の側に立つ」と現場で話をした村上春樹言葉のほうがよっぽど覚悟必要だ。

俺はだんだん嫌気がさして、ブログからフェイドアウトしていった。


お前、そんなこともわからないのか、そんなことも知らないのか、といって得意げに歴史知識開陳する態度。

てめえだって大して現実味のないことに対して義憤を抱いてるにすぎないくせに、この尊大な態度。

サヨクに対する嫌悪感は、ここに尽きる。キャンセルカルチャーは、無力なサヨクが得意げに知識開陳して自己満足する場になってるんだよ。


言葉の軽さはどこからくるのか。ヒントになるのは、前述の内田樹文章

そのなかで対談相手永井陽右氏は次のようにいう。

永井:それで言うと、私は本当に「人権」というものを外付けしたタイプだと思います大学1、2年の頃、大学平和学の授業を取ってたりしたのですが、そのときに、何が幸福なのか、他人が何を考えているのかなんてわからないと思ったんです。そして陳腐ですが、みんな正義も正しさも違うよねともやはり思いました。

じゃあ何を拠り所にしたらいいのだろうと考えた結果、「そうかそうか、人権というものがあるのか、みんな賛同してるし普遍性高いじゃん」となりました。普遍性が高いなら、「人権が著しく侵害されているのであれば、これは問題だ!」と堂々とみんなに言うことができる。そうして私は良くも悪くも人権というか権利しか見ない人になっていったわけですが、それは本当に「外付け」だったと思います

「これは問題だ!」と深く自分のこととして考えもせずに簡単にいえてしまう、ここにこそ問題がある。

そういう義憤の招待って何だろう。

最近朝日新聞人生相談に回答した野沢直子に対して、それを朝日新聞記者コメントともに、冷笑と受け取って批判している記事があった。

[B! 報道] 読者を小馬鹿にする記者の態度にビックリ…野沢直子(61)の「悩み相談」騒動に見る“朝日新聞の冷笑主義” | 文春オンライン

元の人生相談とその回答はこちら。

https://digital.asahi.com/articles/ASS5K30WGS5KUCVL02MM.html?ptoken=01J0FYBDAZQF5YH5MPNMCJH3QA

不正義や理不尽な行動を伝える新聞報道を見るたび、怒りに燃えて困っています」とかいう50代の男性相談

正直、文春の批判のほうが今の時代の病を表現していると思った。私個人は、野沢直子の回答の感覚に近い。現地に行ってみろと。行けば当事者意識を持てるから

新聞で得た世界出来事いか正義言葉で嘆いても、その切実さは現場の人の感覚とは何も通じ合っていないかもしれない。

現場にくると世界は反対側からみえることもある。

かつて、北アフリカスーダンで、ダルフール紛争と呼ばれる、政府系の集団による虐殺国際問題となったことがある。

日本ブロガーも反応し、かつてFinalvent氏がこの知名度の低いこの問題を何度も取り上げ、意識を高めようとするべく、記事をお書きになられていた。

最初は、自分の啓発もかねて弁当氏の言説に注目していたのだが、しかし、その後、私自身が北アフリカ地域仕事上関与するようになってからスーダン人とも仕事をしたし数多く知り合いになった。自分なりに関心をもって現地で情報を集めてみると、国際的に展開されているセーブダルフールキャンペーンは次第に異なる運動に映じるようになっていった。

それは現地武装組織悪業を過剰に喧伝する国際NGO特にアメリカNGOキャンペーンのやり方に対する違和感だった。紛争実態はもう終わっているにも関わらず紛争継続しているかのような言説が多く、それは単に当時のバシール大統領悪業断罪などの過剰かつ単純な演出によって集められた資金は、NGO広告費に回っているという話まで聞いた。

正しい、とみんなに思い込まされていることでも、プロパガンダが功を奏しているだけかもしれないということだ。

弁当氏がその後、一貫してスーダンに注目していたかどうかは知らないが、やがて同氏の記事の傾向が変わり、国際問題にはほとんど言及されなくなっていった。

今、現在スーダンの置かれている状況はというと、2023年に始まった国軍準軍事組織「迅速支援部隊(RSF)」による内戦により、ダルフール紛争の比ではない、深刻な国内避難民が発生している。2023年末時点で国内避難民が905万2822人。これはスーダン人口の2割に相当。2003年の世界最悪レベルの人道危機と言われたダルフール紛争ときですら国内避難民は100~200万人というオーダーだったので、それをはるかにしのぐ難民が発生している今の状況がいか危機的かがわかる。

しかし、俺は思う。当時、弁当氏のスーダン記事を読み、義憤を抱いた人の何割くらいが、現在進行形の危機を憂いているだろうかと。エジプトトルコスーダン国軍支援アラブ首長国連邦はRSF支援、このように中東の中堅国らは、自分たちに好意的顧客武装させながらも、和平を口にする、いわば代理戦争様相を呈している。


自分のこととして考える、といえば、かつて、中学生の頃にとても印象に残っている社会科の授業があった。

それは、水俣病写真を数多く世に問うたことで知られるユージン・スミスのとても有名な写真を見せられたときのこと。

「入浴する智子と母」

この写真感想を当時の社会科の先生が生徒に聞いてゆく。

生徒の言葉から出てくるのは、可哀そう、水俣病のひどさが伝わった、許せないとか、そういった感想だった。

一通り感想を聞いた先生最後自分感想を述べた。

わたしは、どちらかというと気持ち悪い、というのが先に立った」「みんなもそういう気持ちはなかった?」

そう問われて、中学生の俺は衝撃を受けた。俺も気持ち悪いって内心思っていたから。

それをなんとか「可哀そう」と思うことで上塗りして、もみ消そうとしている自分の内心と向き合わざるを得なくなった。

その先生はいまでも尊敬しているが、あとになってその授業の組み立てに感心したのは、その写真感想のあと、授業は別段、水俣差別問題に触れるでもなく

わりと淡々事実経過が説明されていたことだった。お前らの差別感情と向き合え、という誘導が一切なかったことだ。

しかし一方で生徒側は、自分自身気持ち悪さの感情に気が付いてしまった以上、外付けの感情で上塗りしている自分をはっきりと認識せざるを得なくなり、以降、その写真を思い出すたびに、自分がいいかっこしようとしているときに隠しているものはないか、という視点が大切だ、ということを少しずつ釘で打ち込まれてゆく気がした。


ただ、一方で、外付けの教養には意味がない、とは思わない。しかし、植民地主義歴史を知るとか、外付けの倫理いか理解しているかという意味ではない。

普遍的な価値として、人権を外付け実装してきた日本である自分自身いかに受容してきたのか、それを踏まえて自分の生きる社会をどうしたいのかを知ること。

そのルール規範の成り立ちといった背景をもう少し知る必要があると思っている。

表現の自由ひとつとってもそう。表現の自由って大切じゃないか?と少しでも思ったら、それを所与の普遍価値から、と思考停止しないでよくよく考えてもらいたい。

なぜアメリカ判事歴史的な判決のなかで、空気が濁っているほうが社会健全だといったのか。なぜフランスでは神を冒涜することが権利なのか。

なぜドイツではホロコースト否定表現の自由に当たらないのか。日本公共の福祉解釈としてそれらをどのように受容したのか。表現の自由が失われると何が恐ろしいのか、それはそれぞれの社会文脈がある。少なくとも自分社会ではそれは何なのか、それを知ること、それこそが教養というものだと思っているし、理性的共感というものだと思う。

少なくとも俺が思うに、日本社会においては、冒頭のケシカラニズムが政府にとって都合よく操れる心情だろう。

表現の自由が失われることによって立ち現れる社会は、「これが正義だ!」とみせられるとすぐに無教養な人々を煽り立てることでき、簡単プロパガンダ誘導することのできる、政府にとって都合の良い社会ということになろうかね。MV叩いて知識開陳してマウントとってるサヨクもそれで満足ですかね。

世界中、世の中でいろいろと深刻で理不尽なことが起きているなか、そういう諸々には無関心で当事者意識もないくせに、「教養ある人」が突然ポリコレし始め、他愛もないMV植民地主義的な傾向にかみついて、そうだそうだとみんなして一斉に同調した結果、MVの発表取り下げに至る、という構図は学級会のつるし上げそのものだ。

サヨク知識マウントできて満足だし、日ごろのストレス発散になったことだろう。

anond:20240616104105

Mrs.もポルノミスチルも特段ヤバくはなくない?セックス・ピストルズってのもあるぐらいだし。

逆の意味でヤバそうなのはザ・イエローモンキー

2024-05-08

旧ザーフゼペックさんチがパンチモンキー!とうとう90年代に本腰を~ネタモトガツキテキタトモイウ

(コーザノストラとやってた男の後ろ頭のヤツも紹介してくれんかな)

2024-04-18

anond:20240418125334

難しいこと言うなっつーの

猿にもわかるようにモンキー語で書け

わかったか

2024-03-31

〜百獣の王のライオンどの獣の王なのか発表〜100選

「百獣の王のライオン」、そもそも百獣の王の百獣は何なのでしょうか

ライオン自身は百獣の王だと思ってないし、他の獣もライオンは王だと思ってません。

サバンナにいるライオンが従えていると思われる動物100匹とライオンキングに出演したかを⚪︎×で示しました。

こう見ると、意外と20匹くらいしか出演していません

百獣の王ではなく二十獣の王ですね。ちょっと寂しい。

  1. アフリカゾウ(⚪︎)
  2. アフリカバッファロー(⚪︎)
  3. アフリカワイルドドッグ(×)
  4. チーター(×)
  5. ヒョウ(×)
  6. カバ(⚪︎)
  7. インパラ(⚪︎)
  8. ガゼル(⚪︎)
  9. クーズー(×)
  10. エランド(×)
  11. ジャイアントエランド(×)
  12. オリックス(×)
  13. シロサイ(⚪︎)
  14. キリン(⚪︎)
  15. ヌー(⚪︎)
  16. ツェツェハエ(×)
  17. アフリカパイ(×)
  18. ハネジネズミ(×)
  19. マングース(×)
  20. ミーアキャット(⚪︎)
  21. スプリングボック(×)
  22. ステーンボック(×)
  23. ダマガゼル(×)
  24. シマウマ(⚪︎)
  25. バンテンゴ(×)
  26. オカピ(×)
  27. アフリカマングース(×)
  28. ハイエナ(⚪︎)
  29. バビルサ(×)
  30. ウォーターバック(×)
  31. イボイノシシ(⚪︎)
  32. リーチウェイ(×)
  33. サーベルアンテロープ(×)
  34. トムソンガゼル(⚪︎)
  35. ジェレノック(×)
  36. ハーテビースト(×)
  37. レッドリーチウェイ(×)
  38. ロアンアンテロープ(×)
  39. クリップスプリンガー(×)
  40. ドゥイカー(×)
  41. ブッシュバック(×)
  42. サイトガゼル(×)
  43. サーバル(×)
  44. カラカル(×)
  45. アフリカゴールデンキャット(×)
  46. ハニーバジャー(×)
  47. アフリカリス(×)
  48. バンドットマングース(×)
  49. ナイルクロコダイル(×)
  50. ナイルモニター(×)
  51. アフリカニシキヘビ(×)
  52. アフリカツメガエル(×)
  53. シルバーバックゴリラ(×)
  54. チンパンジー(×)
  55. ボノボ(×)
  56. オリーブブーン(×)
  57. マンドリル(⚪︎)
  58. コロブスモンキー(×)
  59. ヴェルヴェットモンキー(×)
  60. ゲラベビーン(×)
  61. パタスモンキー(×)
  62. タンガニーカオオトカゲ(×)
  63. アフリカミドリアカゲ(×)
  64. マラボストーク(⚪︎)
  65. アフリカフィッシュイーグル(×)
  66. セクレタリーバード(×)
  67. アフリカハゲワシ(×)
  68. マーシャルイーグル(×)
  69. バテレール(×)
  70. ブラックイーグル(×)
  71. アフリカホワイトバックドバルチャー(×)
  72. カラハリトカゲ(×)
  73. アフリカスズメ(×)
  74. マラボウ(×)(マラボストークと同じなので、こちらは除外)
  75. オストリッチダチョウ)(⚪︎)
  76. フラミンゴ(⚪︎)
  77. ペリカン(⚪︎)
  78. コウノトリ(⚪︎)
  79. シークレットイビス(×)
  80. グリフォンハゲワシ(×)
  81. アフリカオオコノハズク(×)
  82. フクロウ(×)(特定不明のため一般的フクロウとして考慮
  83. アフリカグレイパロット(×)
  84. オウム類(×)(特定不明のため一般的オウムとして考慮
  85. リーフモンキー(×)
  86. アフリカスパーファウル(×)
  87. キツツキ(×)
  88. リオール(×)
  89. ヴァルチャー(⚪︎)(一般的ハゲワシとして)
  90. アフリカフィッシュイーグル(×)
  91. レッサーパンダ(×)(アフリカには生息しない)
  92. アフリカリーパード(×)
  93. ゴリラ(×)(シルバーバックゴリラと同じ)
  94. リードバック(×)
  95. アディクス(×)
  96. ウォーターホグ(⚪︎)
  97. アビシニアンキャット(×)
  98. サハラハリネズミ(×)
  99. アフリカスターリング(×)
  100. コモンウォーホグ(⚪︎)

2024-03-28

モンキー・ADH・D・ルフィ

「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」「うるせェ!!!いこう!!!!」

2024-03-18

一部はてブ民の『恋愛知能』がマジで低過ぎる件

男女で枕を交わす――『性的関係を結ぶ=男の性欲由来』だと、短絡的に結びつけるのはナンセンスである

そこらで強引にナンパして、密室に連れ込むなら話は別だが、たとえばお笑い芸人YouTuber、TikToker、ホストはてなブロガーなど、それなりの世界観を打ち出して、ファンを産み出せるようになると、一定確率で、女性から性的アプローチを受ける。

というよりか、通常の現実界――学校会社でも、『ハイスペイケメン』『スクールカースト上層部』『尊敬されるポジション』といった、一定の条件をクリアすれば同じ事が起きる。

もちろんそこには、「寂しさを解消したい」「頭をバカにしたい」「あなた人生に登場させて欲しい」などの想いも含まれる為、男が持つ性欲とは、少しばかし性質が異なるかもしれないが。

こうした事情を知ってか知らずか、とりま誰かを叩きたいのか、モンキーなのかダチョウなのかは判然としないが、なんでも一足飛びに、「性欲に負けた男が悪い」と鳴き叫ぶ者がいる。

ちなみに今回は、つい先日投稿した記事に対する、一部コメントへの反論だ。

https://anond.hatelabo.jp/20240317193948

普通に考えりゃ分かるはずだが、とある男女が出会い真剣に向き合うつもりで絡んだが、総合的な相性が悪く、関係性が発展しない……といった事はいくらでもありえる。

そして、初っぱなは、不遇な環境でも、一所懸命に生きる尊い子に思えて、蓋を開けてみると、『自他境界線のぶっ壊れたバケモン』な事がある。

そうした地雷を完全に撤去して、安全なる恋の道だけを歩むには、身辺調査でもやって、親の離婚状況、精神病罹患歴、知能指数、中卒か高卒大卒か……など、優性思想的な判断基準でもって、審査せねばならなくなる。

とりわけ、病的にやべぇ奴の中には、異常な環境で育ったからこそ、表面的には立派な職業に就いていたり、情緒を安定させて見せたりと、『まともを偽装するスキル』を獲得していて、すぐには見抜けない事がある。

冗談抜きの話、思いやりに溢れた丁寧な文体が、少しずつポエム調になり、終いには、濁点や句読点位置がずれ、謎のスペースが空いた怪文書に変わってゆく恐怖は、体験しないと分からないだろう。

そんなこんなで本件――『性的関係を結ぶ=男の性欲由来』だけではない……について、分かりやすい例として、僕の実体験を箇条書きする。

ネット上で出会

最初DM/電話でのやり取り

当時、コロナ禍の真っ只中であり、盛り上がりやすかった

■泊まりデートの予定を入れる

遠距離ゆえのノリが生じた

■実際に会うとタイプじゃなかった

表情、空気感、振る舞い……波長が合わない

自撮り加工の時代でもある為、起こりがちな問題

■当然、性的にも乗り気になれない

しかし、女性が化粧直し、お洒落などをして、積極的になっている

そのうえで、2人は密室にいる訳だ

■じゃあどうするか?

雑に断り、傷をつけるのもよろしくない為、カウンターパンチ方式で枕を交わすのだ

たとえば、相手が5%近付いてきたら10%近寄る、10%触れてきたら20%触れる、20%のハグをしてきたら40%のハグを行う……といったやり方で、相手の初動に合わせて倍々ゲームで、『演技の喜び』『演技の行動』『演技の興奮』でリアクションし、その時間を乗り切ってゆく

この方針を貫く事で、「男の方が積極的だった」と思わせ、女のプライドを崩さずに済む

無論、タイプではなく快楽は薄いが、脳の老化を防ぎ、心の健康を保ち、アンチエイジングになるから、そこそこのWin-Winである

■そして、僕の能動性が薄かった為、最後にまでは至らず

横になりながら関係性の話をしたとき、付き合いに関しては、「友達としてなら大事にしたい系だけれど……」という流れで断った

■その一時間後くらいに、女性が超積極的になる

僕は眠り落ちるモードだった為、受動レベル100%だったが、馬乗りになられてピリオドを打った

ざっと、こんなところであります

つまるところ、男女関係事情は、人の数だけ蠢いているのだ。

――とかなんとか、4年前に地雷を踏んだ僕だが、それから100人前後視聴者さんと会い、ご飯をご馳走してもらったり、LINE通話配信でも、また別な100人以上と会話したりで、少なかれ経験を積んだ。

そうこうして、中途半端な優しさが、地獄の扉を開くと知った。

ストーカーとは、ある日突然に出現するパターンだけでなく、残念ながら、こちらの対応ミスにより、怪物へと育ててしまう事がある。

とくに女性ストーカーは、境界性パーソナリティ障害――見捨てられ不安が強く、「自己他者」の境界線を引けないゆえに、妄想暴走でぐちゃぐちゃになりやすい。

そのうえ、親子関係に致命的な問題を抱えている事も多い。

であるから、「絶対に付き合えないけれど、悩みぐらいは聞くよ」など、中途半端な優しさを発揮すると、危険なアメとムチ――親子に近い関係性になり、そこに執着が生まれしまう。

そして僕が陥ったケースでは、「タイプじゃない」と断った後も、「壮絶な親子関係があった」「身内が自○してしまった」「日々、孤独だ」という、身の上話を聞かせられて、定期的に耳を傾けていた。

それというのも、僕の場合はまた特殊で、動画投稿/生配信をやり続けている為、マッチングアプリなどの出会いとは異なり、僕という存在を深く知ってくれる人が、会いに来てくれる率が高い。

その為、たとえタイプではないにしても、関わりを持ってくれる人には、なるべく幸せ気持ちでいて欲しい。

からこそ、少々、異常が垣間見えていても、スパっと切り捨てるのではなく、「気持ちは分かるよ」「みんなぶっ壊れる時期があるよ」などと、浅はかながらも寄り添いを継続してしまい、泥沼化させてしまうのである

――そんな訳で、長々しく書いたが、生きるって大変だ。

しかしながら、僕は社会不適合者歴も長く、とことん開き直って、楽しく暮らしている。

もっと言えば、高い好感度で売っている訳でも、安定を求めている訳でもない為、いつどこで、どんな嫌がらせを受けようと、どんな事を暴露されようと、どんな刃物で刺されようとも、すべてネタにして、熱量たっぷりの語りと文章で――すこぶる叫び続けるのみだ。

2024-03-01

2.0四足歩行がしたい

四足歩行サル二足歩行をすることによって、サルはヒトへと進化した。

歩行に使っていた前足は腕となり、物を作ったり運んだりするのに使われるようになったことが進化の要因なのは言うまでもないだろう。

しかしながら、代償としてヒトは歩行(走行)速度を失うことになってしまった。

最速の霊長類はパタスモンキーで、時速55kmで走ることができるのだ。

巨体で鈍重なイメージのあるマウンテンゴリラでも時速50kmあるのだ。

一方でヒトはそれに比べると遅く、ウサイン・ボルトでも瞬間最高時速は44.17kmでしかないのだ。

ヒトが走行する際に両腕は単にバランスを取るだけに動かしているのと比べて、他の霊長類は前足で地面を蹴って移動しているから当然と言えよう。

ヒトがすでに四足走行を試みていることは知っている。

以下の動画は四足走行世界大会の様子であり、ギネス記録にも認定されたとのことである

「四足最速の人類」が記録更新

https://www.youtube.com/watch?v=epxVWHgtwlo

ヒトの新たな可能性への挑戦に敬意を表するが、私が望む四足走行とは少し違う。

動画方法では、骨・関節・筋肉負担が大きく、速度も二足走行に比べたら遅く、頭を下げているので視認性も悪いと、デメリットが多いからだ。

私が望むのは、二足歩行と同様に背筋を伸ばし、両腕を何らかの手段で延長して地面を蹴って(押して?)移動することである

杖(トレッキングポール)を両手に持って登山経験した人ならわかるが、杖を地面に押し付けると両足の負担を軽減できる。

これは上り下り坂道に限ったことではなく、平坦な道でも杖の恩恵はあるのだ。

杖で両足の負担を軽減させながら歩けることはもちろんだが、両足の負担をそのままにして杖で速く歩くことも可能だ。

一歩地面を蹴り出した直後に杖で地面を押し突けることで、歩幅が大きくなって速く歩けるのだ。

しかしながら、それだけでは四足歩行と表するにはまだ程遠い。

杖を使ったとて、両腕の役割あくまでも両足の補助でしかいからだ。

最近は、パワードスーツという物が普及しているそうだ。

アシストスーツや強化外骨格とも呼ばれていて、人間が着用することで筋力を増強するようにアクチュエーターが作動して、重量物運搬など人間動作を強化することができるのだ。

介護運送現場ではすでに現役で使用されているそうだ。

このパワードスーツと杖を組み合わせることで、四足歩行が実現できるのではないか

既存の杖やトレッキングポールを杖1.0として、四足歩行可能となるような腕が延長されたパワードスーツを杖2.0と呼ぶことにする。

2.0は、両足が無くとも歩行や走行可能である

この杖2.0を利用しながら両足でも通常通り歩けば、歩行速度は2倍の時速8kmとなるのだ。

走行速度ももちろん2倍になり、50mを8秒台で走れる人ならばウサイン・ボルト超えの速度になるのだ。

ウサイン・ボルトが杖2.0を使えば瞬間最高時速は88kmになるだろう。

いや、さらに上も目指せるだろう。

人間走行時に背筋(せすじ)をまっすぐに伸ばすだけで、腹筋も背筋(はいきん)も推進に全く使っていないのだ。

陸上動物で最速なのはチーター(時速120km)であり他にも猫科の動物は速く走れるが、猫科の動物がなぜ速く走れるのかと言うと腹筋や背筋を大きく伸び縮みさせることで推進力としているからだ。

2.0でも腹筋や背筋を走行時の推進力とするようにして、さらにその筋力をアクチュエーターで強化すれば時速100km越えも可能になるだろう。

高速道路を車やバイクと一緒に、杖2.0を装着した人間が走っているのだ。

烈海王(バキシリーズ)のように水上を走ることだって可能になるはずだ。

それにしても、アクチュエーターによる筋力増強もなくさらに人を一人背負って水上を走る烈海王は、漫画とはいえすごいものだ。

閑話休題

走行速度の速さを追求することはさておいて、この杖2.0が登場したら自転車以上に便利な移動手段になることは想像に難くないだろう。

あくまでも杖だから電車バスの中にも持ち込むことができるし、店の中でもオフィスの中でも利用できるのだ。

老人や身体障害者にとっても良いものだ。

現在歩行機能が衰えた人は杖1.0か電動カートを使うかの二択だが、そこに新たに杖2.0という選択肢も出てくるのだ。

技術力が向上し大量生産をするようになったら、杖2.0電動カートより廉価に提供されることだろう。

そうなれば自転車時代遅れ産物だ。

セグウェイキックボードローラースケートオワコンだ。

2.0時代最先端を担うナウいアイテムとなるのだ。

現在、杖1.0は老人や身体障害者やケガ人が使用する物というイメージが強い。

登山をする人で杖やトレッキングポールを持っている人でも、日常の歩行では使うことはないからだ。

しかし杖2.0が登場することで、杖はカッコいいアイテムへと変化するのだ。

2.0が登場するにあたって社会軋轢が生じることも想像に難くない。

「杖2.0を装着している人は歩くのが速くてぶつかると危ない。よって規制すべきだ」

「杖2.0公道使用免許を要すべきだ」

といった具合にだ。

しかしながら杖2.0若い人だけでなく、老人たちにとっても役に立つ道具なのだ

2.0使用免許を課そうとしても、老人たちが政治団体を通じて反発するだろう。

老人たちに免許を取れと言うのも酷な話だからだ。

未来世界でも老人は多数派を占めているので老人票は強いのだ。

2.0に対する世論を受けた国会審議の結果どうなるのだろうか。

おそらくだが、杖2.0に関しては何の規制もなく、代わりに自転車運転免許制になることだろう。

「杖2.0あくまでも歩行や走行を補助する物であり、歩行や走行の結果他者危害を加えたとしてもそれはその人の責任であり、免許規制をするのに適していない」

アクチュエーターによる増力は制限があり、速さにもある程度の上限があるので、速度上限の無い自転車よりは安全だ」

「それよりも自転車免許制にすべきではないかヘルメットの装着が義務化されてから何十年も経つのにいまだに着用しない人は大勢いるし、危険運転散見されるからだ」

といった具合にだ。

電動キックボード国会審議の結果、電動キックボードヘルメット着用は義務とならずに代わりになぜか自転車やり玉に上げられて、自転車運転時のヘルメット着用が義務化されたことを思い出してほしい。

2.0の登場にあたっても、同様に自転車やり玉に上げられることは想像に難くないはずだ。

こうした杖2.0が登場する未来を近づけるためにはどうすればいいのだろうか。

2.0現在のところ存在しない以上、杖1.0を使って街を歩き杖の優位性を世に知らしめることだろう。

しかし、約30歳かつ健常者の私が両手にトレッキングポールを持って大股で歩くというのも変質者じみている。

歩行速度のわずかな向上と引き換えに、行き交う人の信頼を大きく損なうことになってしまう。

変質者となるだけならいいが、人込みの多い駅やショッピングモールだと杖1.0は邪魔になりそうで、周囲の人にも迷惑をかけることになるからダメだ。。

それに両手で杖を持つと荷物が持てなくなるのもよくない。

2.0なら必要に応じて腕を縮めたり折りたたんだりするから邪魔にならないし、荷物を引っかけるフックがあって便利となるはずなのだが。(願望)

杖1.0が使えるのは公園くらいだろうか。

しかしながら、公園で杖1.0を使っても歩行のリハビリしか見えない。

セグウェイキックボードと違って全然カッコ良くない。

杖1.0を利用することはさておいて、ひとまずはこの文章を公開して杖2.0理念を広げることとしよう。

ああ、杖2.0よ。

そもそも2.0という呼称がダサイなぁ。

こんなダサイ名前なら流行るわけないよな。

四足歩行の夢はまだ遠いなあ。

いっそのこと杖を持たずに、上記動画の様に手袋を付けて街を四足歩行してみようか。

いや、それこそ変質者だ。

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