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はてなキーワード: 一人二役とは

2019-11-07

anond:20191106175146

個人的には定着しないでほしい。

好きな作品3次元役者に演じられるってその時点でありえない。どこぞの学園祭アマ演劇とかなら許容するけど公式3次元化なんて無理。やめてくれ。

もちろん最悪なのは実写映画化とかドラマ化なわけだけど、演劇はその次にひどい。あるいはもっとひどい。本当に勘弁してくれ。

2.5次元とか呼ばれている3次元女性向けでしか流行っていないのは幸いなことで、男性向けに来ないでよって思う。

2次元キャラ3次元に起こして誰が得をするんだろうマジで

咲-Saki-』とか『がっこうぐらし!』とか『新米姉妹ふたりごはん』とか、あのへんのクソ実写化を主導した連中はマジ滅んでほしい。このへんの作品絶対実写化はされないだろうという信頼があったから衝撃と絶望感が大きい。原作者先生方にはなんの罪もない(むしろ作品実写化されて気の毒に思う)けど、それ以外の関係者のことは恨んでる。特に某作で主人公主人公の姉の一人二役をやった女優絶対さない。こないだのオリジナルアニメ映画もその女優が主演声優やってるって聞いたから観に行くのやめた。あの女優が出てるってだけで俺にとっては地雷。未だに許せてない。あの女優が主演してる作品死ぬまでボイコットする所存。あんなのを持て囃してる日本の実写業界クソだなって改めて確信した。とにかくこの数年で好きな作品が次々に実写化されたせいで日本の実写業界大嫌いになったので当然2.5次元にも来ないでほしい。実写化かいマンガファンへの嫌がらせを受けた屈辱絶対に忘れない。末代まで祟ってやる。頼むから俺の愛する作品に触れないでほしい。大根俳優のお芝居はオリジナル作品でやってくれ。俺の好きな作品を汚すな。本当に本当にお願いします。

2019-07-06

anond:20190706023921

ギターボーカルのように、一人二役なす奴がいるんだから、一人ゼロ役の奴がいたってかまわんだろう

2019-04-16

anond:20190416191929

書店から消えたらこまるのは書店でしょ?

まあおまえは今売れてるというフェミ先生の本は消したいんだろうね

俺は子供の入れないコーナーのある書店にもよくいくし

バカだな~平和住み分けりゃいいのにとおもってるけどね

 

じゃあの一人二役対消滅アホ増田

anond:20190416182013

えっでもバカ増田は「おれは(楠木先生については)表現規制派でいいよ」っていってたじゃんさっき

さらなる規制をもとめるバカ増田さんが一人二役対消滅しててなにがどう問題なんですかね

また別人なりすましか~もうやだな~タイムマシーン・・・

じゃあね~

2019-02-28

デレマス決断

デレマスに新アイドル二人が最初から声と曲を持ってやってきた、さらカップリング前提とのこと。やはりと言うべきか界隈はまた炎上した。アイマスはとうに離れた身ではあるが熱が抜けた今だからこそわかることを書きたい。いつもの馬鹿馬鹿しいアイマス増田だ。

アイマスの中でもデレマスは欠陥品だ。売上・人口トップクラスなので失敗とは言わないが現在あるアイドル物で声優がいないというのは同じ出所sideMを除けばまずない。もっと言えば今あるソシャゲではフルボイスは珍しくもない。声優が一部にしかない場合でも最高レアのみであるとか初っぱなから区切りを付けるのが基本である

対してデレマスは人気のあるキャラ運営が使いたいキャラに声を与える。平等感を醸し出しながらやってきた結果、ちょうど声あり半分声なし半分になった現状で不信感が漏れだしているのが今のデレマス界隈だ。

長くしたくはないので結論を書くと「残りの声なしアイドルでは売れないから切り捨てたい」という運営決断したってことだ。本当はやろうと思えば全員に声は付けられる。声優兼任させれば良い、一人二役ならちょうど全員分になる。これがアイマスでなければできただろう。残念ながら声優キャラが根強く結びついたアイマスにおいてそれは絶対あり得てはならないから。

度々見るデレマス改善方法に「不人気を最初から切り捨てればよかった」とある。かなり残酷意見だが正直運営はそれをしたかったができなかったと思う。

運営からすれば不人気キャラのPなんてぶっちゃけ数も少なければ人気のある、売上に貢献する時ではなく売上が見込めないタイミングしか金を落とさない癖に文句はいうと言ったクレーマーに等しいものだ。切り捨てたいものではあるがそれを実行すると人気キャラのPに切り捨てを行うジャンルとして受け止められてしまい売上に影響が出る。だからできないのだ。

そんな運営が考えた答えが「新キャラ投入で口に出さずとも不人気に未来はないことを表す」だった。これなら確かにわずとも実質切り捨てとして受け止めて貰えるし新規Pも狙える。完璧な動きと言えよう。

炎上はした。しかしこれはかつてのアイマス2の時とは違い確実に運営は予想していただろう。もう運営はわかっている。炎上しても必ず新キャラは受け入れられることを。そして今声ありキャラのPは安心して楽しんで欲しい(上田とか声あってもあまり出番ないキャラもいるけど)。今声なしキャラのPは考えて欲しい。

辛いぞ

2019-01-05

三大落語がつまらない最大の理由

一人二役に無理がある

・内容が古臭い

あとは何だい?

2018-12-16

物語における「衝撃の事実」の類型

実は人間だった

実は父親だった

実は地球だった

実は死んでた

実は生きてた

実は自分だった

実は夢だった

実は現実だった

実は劇中劇だった

実はシミュレーションだった

実は心の中だった

実は未来だった

実は過去だった

実は同じ時間軸だった

実は違う時間軸だった

実は時間の進み方が逆だった

実はループしていた

実はループしていなかった

実は参加者にまぎれこんでいた

実は偶然ではなかった

実は劇中劇登場人物だった

実は劇中劇登場人物ではなかった

実は双子だった

実は三つ子だった

実は入れ替わっていた

実はグルだった

実はグルじゃなかった

実は本当のことだった

実は作者だった

実は読者・視聴者だった

追加意見募集

以下追記

実は違う性別だった

実は人間ではなかった

実は生き物ではなかった

実は神・創造主だった

実は同一人物だった

実は同一人物ではなかった

実は現代だった

実は地球ではなかった

実はもう一人いた

実は一人二役だった

実は二人一役だった

実は多重人格だった

実は血がつながっていた

実は血がつながっていなかった

実は敵、スパイだった

実は妊娠していた

実は妊娠していなかった

実は妄想だった

実は同じ場所だった

実は違う場所だった

実は大人だった

実は子供だった

実は影武者だった

実は影武者ではなかった

2018-08-07

anond:20180807213727

最初に火をつけたのは自分だったので反省している。

また一人二役認定されないうちに解散

一人二役の奴が相手にしないと途端に静かになっててウケる

バレバレ過ぎてもうね。

anond:20180807210626

一人二役で書き込んでるお前よりは

賛同してくれる人が居たよ。

まぁお前の目には映ってないみたいだがね

2018-01-17

昔のホットペッパーアテレコCM自分の声でやって遊んでる

これ楽しいんだよ。自分ネタを考えて一人二役とかやって楽しんでる。なかなかいいデキで自分クスクスしてる。公開したいんだけど著作権とかで引っかかりそうだから我慢してる。

2017-08-05

1人でいる時間の半分以上はもう一人の自分と会話してる

気づくと独り言一人二役してるから自分でもビビる

他人から見たら妖精さんが見えてる人だと思う。

一時期ネット流行った看板複数用意して対談形式で話してるけど全員思考回路が同じだから中身のオッサンパペットマペットしてるのが頭に浮かんじゃうあのノリで独り言喋ってる。

これって孤独から来るものなのかな。

それとも孤独感を克服した先にある生き方

2017-07-05

チンゲンサイ過小評価されすぎではないか

一人暮らしを初めて数年になるが、ほうれん草小松菜大根白菜キャベツといったメジャー野菜に対してチンゲンサイ過小評価されすぎだと思う。

上記の野菜を1軍とすれば、チンゲンサイは1.5軍のような扱いを受けている。自炊しない人間にとっては「あーあの中華になんか入ってるあれね」という程度の扱いだ。自炊する人間にとっても「中華以外どう使えばいいのかわからない」という扱い。これはチンゲンサイもつポテンシャルから考えると明らかに不当な扱いだ。ここではチンゲンサイの素晴らしさを再確認していこう。

うまい

うまい。茎がうまい。実際栄養があるかどうかは知らないが、栄養があるような味がする。うまいだけでなく癖もあまり無いので、嫌いな人もそう多くないだろう。

汎用性が高い

何にでも使える。先ほど「あーあの中華になんか入ってるあれね」などとほざいたやつがいるが、そんなことはない。生でもいけるし、味噌汁スープにもなる。鍋料理だって使える。煮浸しにもなる。ほうれん草小松菜が出来ることは大抵チンゲンサイにも出来る。

・メインになる

ほうれん草小松菜あたりはどう考えてもサブ。メインとして出てくることはあまり無い野菜だ。しかチンゲンサイ中華の炒め物に多用されていることからもわかるように、肉や魚とタイマンをはれる実力を持っているメインの野菜だ。チンゲンサイが入っている、それだけでありがたさが増し、メインが1品完成する。

一人二役

チンゲンサイには茎と葉という2つの要素がある。茎は有り難みのあるメインとしての役割をこなす一方、葉は無難な葉物野菜の役をそつなくこなす。一つの野菜でありながら、事実上2種類の野菜を使っているのと変わらない。彩りもバッチリだ。

・量が多い

値段あたりの量が多い。時期や店にもよるが、体感ではほうれん草小松菜とくらべて同じ値段で1.5倍は入っている。お得だ。時期によっては100円で白菜半玉くらいの量が買えることもある。

白菜に近い

茎の感じなど、味や食感が比較白菜に近いので白菜代替品として使える。白菜が高くなってもチンゲンサイを使えばいいじゃない。

 

以上だ。やはりこうして見てみるとチンゲンサイは味と利便性を兼ね備えた完璧野菜だ。ぶっちゃけ小松菜あたりには完勝しているだろう。栄養価以外はほうれん草だって勝っているかもしれない。ウェイパーかけて適当に炒めるもよし、味噌汁に入れて小松菜の代わりにしてもよし、大量に買って鍋にするもよし、炒めてあんかけにしてもよし。どう食べてもおいしい。それが俺、チンゲンサイだ。

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170625163446

血界戦線のアニオリは個人的には凄く良く出来てたと思うんだけどそれでも結構叩かれてたよね

主人公と妹の関係アニオリキャラに仮託することで原作テーマ回収しつつ1クールエピソード畳んでて感心した

オリキャラ周りの演出とか一人二役キャスティングアニメならではの表現意識しててよかったと思うんだけど

2017-02-11

江戸川乱歩 原作 舞台「孤島の鬼」をめぐる120時間

先週日曜、舞台を観てきた。江戸川乱歩原作の「孤島の鬼」。

感想増田投稿済みだし、最終考察投稿バリバリ編集なのだけど、

先ほど、ずっと一緒に推理に付き合ってくれていた友人が、《原作真相》に1つの答えを出してくれた。

「孤島の鬼」原作に対する現在の私の解釈について

※閲覧にはTwitter連携必要ですが、誰でも読めます

私はこの解釈を読んで、江戸川乱歩まじすげぇ人なんだな、と思ったし、

舞台感想を聞いて原作を読み返した」という超間接的な位置に居る友人にまで影響を与えたこの舞台まじやべぇな、と思った。

この話は、やれBLホモだと騒がれているが、こんなにも『人と人との愛の深い部分について書かれている』ことに萌えている感想は、まだ一度も見たことがない。

腐女子の皆さま、乱歩パイセンの名作は、想像を絶する至高のBL小説だったよ……(震え声)

次の新刊ネタにできるよ……

観劇してから120時間神経衰弱するほど友人と推理を重ねてきて、友人が辿り着いたこの結末に私は本当に感動したので、記念に最後にもう一度観劇しようと決めたのだけど、観劇前に今までのことを日記として残したいと思う。

(友人との推理使用した部分以外は原作未読をまだ貫いているし、私の主観での希望的観測は友人とは少し違うのだけど、それは最終考察とあわせて観劇後にまとめたい。)

どうせ同じ高いお金を支払って観劇するのなら、楽しめた方が絶対にいい。

私はもう「視点を変えれば、世界が変わる」=「つまんなかったものが最高に面白くなる」という瞬間を短くない観劇人生で知っていたので、本作初見では何か視点を歪められてるような印象にすごくもやもやした。

今思い返すと、色々なテクニック…いや、ヒントが散りばめられていた。

作中の探偵二人が言う「常識ではトリックを見落としてしまう、視点を変えるんだ」というようなセリフが印象に残っていたり(大事なことだから2回言いましたの法則。一度だけならスルーしていた)。

ストーリーテラーがやけに観客の目をガン見してくる→目を見るというのは語りかけてくるということで。しかしその眼差しに乗るメッセージは無く、視点誘導にも思えるのに最終的にストーリーテラー非難するような印象で終わる。この矛盾

原作では『簑浦』という名前主人公が『箕浦』であったり。同一人物に別の名前が与えられ『一人二役』であったり。

いかにも裏がある風で、どうしてもひっかけられてるような感覚があった。

「結局胸糞悪いだけだった」作品結構観てきたけど、それらは完全に私との解釈違い…美意識というよりもっと恣意的な『美学』の違いで、どうにも受け入れがたいという点からくる胸糞悪さだった。

でも本作では諸戸に感情移入できてしまったし、そもそも異形とは何かみたいな問題提起の要素もあり、そんな乱歩原作が『美学押し付け』には絶対にならないという妙な確信があって。私は謎解きに踏み出していた。

推理小説は読まないけど、リアル脱出ゲームとかは好きなんです。

(一晩明けて昨日、一緒に脱出できた経験のある頼れる別の友人が、私の沼りっぷりを気にかけて舞台を観に行ってくれた。そして私が完全に見落としていた最重要ヒントを見つけてきてくれた。優しすぎるし天才すぎる。)

(そう言えば原作解釈の友人も、私にとっては自明の理すぎて結構雑に扱っていたヒントが友人にとっては盲点で、そのヒントがあったからこの解釈に至ったと言ってくれた。嬉しかった。)

(そして、盲点とは必ず存在するし、それは本当に自分には見えないだけで、他人からたらこうも軽々と見えるものなのだなと、また一つ得難い経験をすることができた。人生って楽しい。)

終演後からすぐ調べ出して、最初のヒントには帰りの電車内でもう出会えていた。検索上位だった。有り難い。

からそのまま寝ずに感想を書き上げて翌昼増田投稿したのが初見感想

なんで増田に上げたかと言うと、これが《私》の感想であると、他の友人知人に知られるのが恥ずかしかたから。お陰で普段以上に壁打ち感ぱなくて孤独だった。それを全部友人との推理にぶつけていた。この五日間付き合ってくれて原作真相にまで辿り着いてくれた友人マジで有り難う。

自分感想の反応はサッパリだけど、各所に皆さまがどんどん感想を投下されるのでひたすら読み漁っていたのですが、どうにも自分の知りたい解がそこにはないように思えてきて。(感想拝読させていただいた皆さま、失礼な物言いになってしますみません。今回が異例だったのです。通常の演劇作品感想としてはとても楽しく面白拝読させていただきました。公開してくださったことを心から感謝しています。これからも是非よろしくお願いいたします。鍵、イクナイ。)

先述の私の盲点にあったヒントを見つけてきてくれた友人との会話でも判明したのですが、私が求めていたのはどうやら『感想』ではなく『印象』だったのです。

感想とは『事象対峙した発言者の想い』である。対して印象とは『事象対峙して発言者が捕捉できた部分』である

私は自分では見えなかった作品ありのままの姿を知りたかったみたいです。

その点では、原作を読んだけど舞台は見ていない友人と、舞台は観たけど原作を読んでいない私の探偵コンビはなかなか良いバランスだったのかも。

お互い違う表現を見ているか感想だけでは語れないけど、小説舞台作品本質が同じなら、印象と事実も一緒に突き合わせることで対話が成立する。

書いていた続きが寝落ちたら消えていたので、ちょいちょい追記していく。

2016-04-30

詐欺まがいのカウンセラー

俺の弟の奥さんが、詐欺まがいのカウンセラーに引っかかっている。しかも本人はそのカウンセラーおかしいなどとは露ほども思っておらず、周囲の人間の助言を一切聞かないのだ。

ここで重要なのは、このカウンセラーのやっていることが明らかな詐欺ではなく『詐欺まがい』であることだ。明らかな詐欺であればさっさとやめさせることが出来るが、詐欺まがいなので余計にこじれている。

奥さんは数年前から職場人間関係で非常に悩んでいた。そんなときそのカウンセラーを知り「君に決めた!」と言わんばかりの勢いで傾倒していった。

そのカウンセラーの本などの関連グッズを買いあさり、それらがいかに素晴らしいかをハイテンションで語った。また、カウンセリングで「◯◯という呪文を唱えると幸せになれる」と言われたらしくそ呪文を暇さえあれば唱えている。

収入に見合わないほどの莫大なお金をつぎ込んでいるのだ。もちろんお金だけではなく多大な時間も費やしている。カウンセリングだけでなくセミナーにも通いつめ、そこで仲間を作った。

奥さんが言うには「救われたいし、幸せになりたいから通っているの。そして誰かを救ってあげたい。自分の道をやっと歩めている気がする」である

家族に「やめてくれ」と言われてもやめなかった。しか家族の知らぬ間に知人から金を借り数十万もする『カウンセラー育成コース』にも申し込んだのだ。このコースを受講すればカウンセラーになれるのであり、また、さらに極めればセミナーの開講もできるというものネズミ講と言えなくもない。

本人は「ようやく自分の道を歩めている気がする」と言っているわけだが、何か勘違いをしているのかもしれない。『身近な人に歯向かい、今までの安定した生活から脱却することこそが自分の道を歩むことだ』と勘違いしているのかもしれない。

夫(俺の弟)が「うちは子供が2人いるんだから現実を見て。自由お金はそんなにないんだ。スピリチュアル世界に行ったら一瞬は救われるだろうが、最終的に残るものは更なる絶望的な現実だよ」と言っても聞かなかった。

奥さんは「こうやってあなたに反対されるのも必然。私は乗りこえる」とさえ言った。

知的(っぽく見える)カウンセラーに耽溺することは心踊ることであろう。確かに、巧みな話術でグイグイやってこられたら心が弱った者は引き込まれる。

俺の弟は一度偵察のためにそのセミナーに行ったことがある。弟の話によるとそのカウンセラーはとても強い口調(ほとんど脅すような口調)で語りかけてくるのだという。そして強い口調によって相手を泣かせたら、優しい口調で諭し、道を示すということであった。足を引っ掛けて転ばせてから手を差し伸べる系の、一人二役カウンセラーなのだ

その巧みな話術は本物であるが、一方で、ある意味では偽物である…ということに奥さんは気づかない。

何かを盲信しすぎて現実が見えなくなった者の目を覚まさせることは不可能なのだろうか。もちろん、どんな宗教カウンセラーを心の拠り所にしても構わないわけだが、それによって生活に支障をきたし始めたら問題なのだ

本人が救われるならそれが一番だよね!では済まなくなる。詐欺まがいのカウンセラーから救ってくれるカウンセラーはいないのだろうか。いや、いたとしても、何かに依存し続ける心の癖が本人にあり続ける限り脱却は難しいのかもしれない。

※全てのカウンセラー否定しているわけではない。まともなカウンセラーだって沢山いる。いや、そもそも『まとも』の定義曖昧であるが…

2016-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20160327143956

消してるトラバ文体言葉選びが一緒なのを何とかしろよw

行動や口調が全く一緒じゃ一人二役やる意味ないだろw

てか殆どの人はお前が一人二役を試みてることすら気付いてないぞwww

2015-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20150812140341

俺、一人二役はやってるけど

http://anond.hatelabo.jp/20150812135117

どこにもごまかしはないぞ、低能w

これはやってない。コウノウ本人じゃねえの?本人じゃないとしても大体いつもこんなこと言ってるから似たようなもんだけど

2013-09-10

ceroLIQUIDROOM Ebisu

2020年東京オリンピックが決定した9月8日早朝。その日、我々日本人否が応でも7年後の日本想像せざるを得なかったわけだが、日本未来を予感させる出来事は同日夜の恵比寿リキッドルームでも起きていた。

今回のライブは、ceroとして久しぶりのワンマンライブだった。タイコクラブに始まりライジングサンに至るまで、全国津々浦々と様々な夏フェスに出演してきた彼らは、一回りも二回りも成長した姿を見せてくれた。ボーカル高城は自ら今回のライブを「文化祭」と形容したが、オープニングアクト表現(Hyogen)や、サポートメンバーの面々と力を合わせて作り上げられたステージには文化祭のごとく熱いエネルギーが集約されていたと言えるだろう。

満員のリキッドルームで観客たちが開演を待ちわびる中、開幕したステージに現れた高城ZAZEN BOYSよろしく「死ぬほど練習をして、マツリスタジオで練習をぶちあげてきたので」と観客から笑いをとる。そして、告知されていなかったオープニングアクトである表現を紹介するとさっと身を引き、表現演奏が始まる。

アコーディオンバイオリン一曲目のみ)、アコースティックギターウッドベースの4人組からなる表現ceroと関わりの深いバンドだ。ギター古川高城高校の頃からの知人であり、その後もcero表現で互いに切磋琢磨してきた仲だ。お互い尊敬しあえるバンドとして成長を遂げた両者が集い、久しぶりの対バンとして出演する彼らを見て高城舞台袖で涙を流していたそうだ。

さて、表現演奏はというと、全員がコーラスを務めているのが特徴的だ。セリフのような歌詞メンバー全員が声を張って歌いあげる様はまるでミュージカルのようであるスキャットハミングを多用し、途中ポエトリーリーディングのようなシーンも挟まれることによって、声の持つ魔力を改めて感じさせられた。もちろん楽器演奏も素晴らしく、アンプラグド楽器アンサンブルによるオーガニックなサウンドは、その名に恥じぬオリジナルな「表現」となっていた。ceroコンテンポラリーエキゾチックロックオーケストラであるのと同様に、彼らもまた名前通りに素晴らしいバンドであった。

ceroを見に来た観客も大満足のオープニングアクトであったが、ceroの開演までは20分ほどの転換があった。幕の裏から聞こえてくる様々な曲の断片は、これから始まる演奏への期待を高めるには十分だった。

いざ幕が上がり、「セロセロセーロ」と叫び続ける入場曲と入れ替わりで始まった一曲目は“水平線のバラード”。ステージには点滅する6本の蛍光灯を背景に、メンバーが立っており、イントロスタジオ版にないトランペットから始まった。しっとりとした雰囲気で始まったステージだが、ノルウェイの森風のイントロから入り軽快なラップが冴える二曲目“ワールドレコード”でフロアテンションは急激に引き上げられる。続く三曲目“マウンテンマウンテン”の4つ打ち部分では後ろの方までほぼ全員が音に身を委ね踊っていた。

盛り上がった後一息つくかのように挟まれたMCで、高城cero表現の辿ってきた道を振り返る。そして「世界で唯一表現の全員とデュオを組んだことがある人」と名乗る荒内を「音楽ビッチ」呼ばわりするなどしてステージが暖かな笑いに包まれたところで次の演奏へ。

つの間にかステージから消えて戻ってきた高城。傘を片手にレインコート羽織った高城が歌うのは“21世紀の日照りの都に雨が降る”だ。続く“エキゾチックペンギンナイト”では「パーパパパー」と全員が高らかに叫びフロアをより一層祝祭的空間へと引き込む。少し落ち着いて始まった“クラウドナイン”も結局はcero特有の「祭」感へと収束していくのだった。

二度目のMCサポートメンバーの紹介から始まる。今までになく多くのサポートメンバーを迎えた今回は、ceroメンバー3人+サポート5人の8人編成だ。トランペットスティール・パンをこなすマルチプレイヤーMC sirafuのみならず、サックスタンバリン担当したあだち麗三郎表現での演奏とは変わってパーカッション古川麦ドラムの光永渉、ベースの厚海義朗という5人のサポートメンバーがそれぞれ紹介される。

ひと通りメンバー紹介が終わると、スタジオ版に比べて遅く重厚な“大洪水時代”のイントロが始まる。この曲から始まったVIDEO TAPE MUSICによるVJは、フェイザーのかけられたノイズギターと相まって、我々を水中へと誘う。そして、ノイズの海の中へと一筋の光が射すかのように響き渡るのは、高城によるフルート音色だ。最後には全員がしゃがみ、背景であったスクリーンが前景化される。水中の映像、そして流水音のSEと水の映像しか受け取ることの出来ない状況はまさに大洪水時代といったところか。そして、海つながりで次に演奏されたのは“船上パーティー”。VJには男女の横顔が交互に映り、高城一人二役セリフを言い合う。スタジオ版でも印象的な「ちょっと待った!」のセリフの後はじれったいほどのタメにより、聴衆をより一層演奏へと引き付ける。そうして引き付けられた我々観客が次に耳にするのは新曲、“我が名はスカラベ”。メルヘンチックな歌詞VJは、初めて聞く我々も十分楽しめるものであり、聴衆はみなceroのニューリリースへの待ち遠しさを煽られたに違いない。

新曲披露後のMCでは、大洪水時代から加わったVIDEO TAPE MUSICの紹介。そして最近高城のハマっている「文化祭」というキーワードに関連してTwitterにおける高校生つぶやきや、ceroメンバーそれぞれの思い出などと話が弾む。

再びメンバー紹介から入った曲は“Contemporary Tokyo Cruise”。本ワンマンライブ表題曲とでもいうべきこの曲ではミラーボールきらめき、最も「祭」感のある曲だったかもしれない。そして音は途切れることなく、思わせぶりな長い間奏から始まったのは“マイ・ロスト・シティ”。2ndアルバム表題曲でもあるこの曲では「ダンスをとめるな」という歌詞、その通り踊り続ける客、ダンスをする人々を映すVJが一体となっていた。

短めのMCを挟んだ後、演奏されたのはまたもや新曲、“yellow mangus”。ムーディーなサックスからまり展開されるのはceroお得意のディスコビート。そしてこれまた長めの間奏からはじまるのは“わたしのすがた”。途中挟まれる8ビートの部分では赤い照明が似合うほど激しい展開で、普段とは違った一面を見せてくれた。

最後の曲の前には今後の活動を仄めかすようなMCを挟み、演奏されたのは“さん!”。観客と共に「いち!に!さん!」と高らかに叫んだ高城は29歳の文化祭最後の盛り上がりを演出した。

しかし、我々の文化祭はまだ終わらない。アンコールを期待する拍手に応えて登場したのは高城橋本。残りのメンバーも続々と登場し、最後最後演奏されたのは“大停電の夜に”。ゆったりとしたメロディーはまるで蛍の光のように、我々を切なくも満たされた気分へと導き、文化祭は幕を閉じた。

実は、最後MCおいてなんとも頼もしい言葉があった。高城は、表現やVIDEO TAPEMUSICのような仲間たちを見ている中で「日本音楽がこれからまたちょっと変わっていくんじゃないかな」という実感を述べた後に、「俺達が変えるぞみたいな気概を感じている」と宣言したのだ。変わりゆく東京風景、そして変わりゆく日本音楽シーン。7年後、東京オリンピック開催を前に我々はこの日をどのように思い出すだろうか。29歳の文化祭には「ここから何かが変わっていきそう」な予感、そして希望に満ちあふれていた。あの晩、もしかしたら我々は時代目撃者となったのかもしれない。

2013-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20130329212128

君は理解できてるの?

パートに出てるAさんは自分基礎控除で38万円控除してもらってる

フルに働いてるBさんは自分基礎控除で38万円に加えて、Aさんを扶養してる分の控除38万円も受けられる

基礎控除自分が生きるための最低限の経費

扶養控除は他人を養うための最低限の経費

Aさんは自分自分を養いつつBさんに養ってもらってる

一人二役

これって不思議じゃないですか?

基礎控除をなくせとか

扶養控除をなくせとか

配偶者控除をなくせとか

そういう話じゃないか藁人形はやめてね

 
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