はてなキーワード: ニューエイジとは
WEF
という連中に繋がっています。
暇アノンってなんでしょう?
@kishida230
日本とエジプトは、すでに世界を舞台に協力し合う重要なパートナーです。今般、両国の関係を戦略的パートナーシップに格上げすることで一致しました。エルシーシ大統領とともに国際社会の平和と安定、そして繁栄に向けて貢献してまいります🇯🇵🤝🇪🇬
@pvueGUVNvAWF8VR
外国にバラ撒くばかりで国民には関心なし。不同意性行罪だかで異次元の少子化推進政策。ホワイト国復帰や訪韓やら、やらなくていい事ばかり、更には増税大好きと。おめでとう、あなたはポッポに匹敵します。
https://twitter.com/pvueGUVNvAWF8VR/status/1653087497730285574?s=20
宇佐美典也
@usaminoriya
このタイミングで政権がLGBT理解増進法案成立へ強い意思を見せているのは、明らかにG7を見据えたバイデン政権からの圧力の影響によるものです。
私は安全保障や経済については日本は概ねアメリカ追従で良いと思ってますが、社会、文化のありかたまで彼らの言いなりになることは強く反対します。
https://twitter.com/usaminoriya/status/1655745095373828098?s=20
めんたちゃん
@karashi_mentax
『めんたちゃんの徒然明太子 05 グルーミングハラスメント』
グルーミングという言葉の持つ危うさについて考える動画なのです🌷👐
https://twitter.com/karashi_mentax/status/1654849041803665408?s=20
このようにLGBT批判すれば差別主義者といったレッテルを貼ることが横行しています。
@PAPS_jp
ぱっぷすも参加している「#刑法改正市民プロジェクト」では、性的動画・画像の撮影や拡散被害を無くすために、“#撮影罪”という新たな法律の制定を要望しています。
https://twitter.com/PAPS_jp/status/1615258187615326208?s=20
自民党、LGBT理解増進法修正案を了承 党内協議ようやく決着もサミット前の成立は困難
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202305120001129.html
反対議員18、賛成議員11、反対議員が過半数を制したにもかかわらず、「ひな壇に一任」をあろうことか強行しました。わたしはその場で「一任を認めません」と発言しました
この法案の要請はぱっぷす、コラボ、Springといったインチキな連中です。
金井正之
@inakakanto
元警察官のボヤキ👮♂《思い出》
@sQ9WooupsJWGAlq
刑事課に組織犯罪対策係が出来て、薬物が担当になって暫く経ちますが、盗撮も刑事課の担当になるんでしょうか…。
https://twitter.com/sQ9WooupsJWGAlq/status/1657552577725362177?s=20
これも公金チューチュー法案です。
okumuraosaka
@okumuraosaka
この撮影罪と強制わいせつ罪とは罪質が違うとか言って併合罪になるだろう。
性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律 -
https://okumuraosaka.hatenadiary.jp/entry/2023/03/18/210928
不同意性行罪
@miyabi39mama
ギャフンといわせることで
狙いは
不同意性行罪の導入
こんな感じで、押してくるよ
https://twitter.com/miyabi39mama/status/1655230077599367168?s=20
Kraftwerk「Trans Europe Express」1977
https://music.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_mkw5lnHV_WtzF65IfSBTHqHcj_bvqiBU0
エレクトロニカというジャンルの誕生を世界に知らしめた一枚(最も彼らはテクノポップを自称しているが)。LP表の3曲はショーケース。このジャンルがどういうものかを聴く人間の心に刻み込んだ。ハウスからEDM、トランスに発展していくこの分野の基本要素の全てが既に存在していたことに驚愕するだろう。裏面はアルバムのテーマであるヨーロッパ超特急をKraftwerk流の即物的な音の組み合わせで表現した5曲(編成によっては4曲)。表面1曲目と合わせて一つの世界を構成している。
https://music.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_ktJZ2vcVrtDWpV8iTRPRzKvRpceJNzVq8
国産みを表現した太始・創造から饗宴・黎明まで。古事記の世界観を同じフレーズの変奏を繰り返しながら一つの作品として描ききった大作。ニューエイジの一つの偉大な到達点。個人的には「日本」のテーマ曲はこのアルバム。
なんかブコメがいっぱいついてるけど、この記述はいただけませんね…。これはほとんど偽史・歴史改竄の類ですよ。
それはすべてアニメやゲームやライトノベルを筆頭とするおたくカルチャーに付随して流行したものだ。
https://anond.hatelabo.jp/20210710124113
そもそもvaporwave〜future funkで参照される日本のシティポップ楽曲の代表(たとえば『Plastic Love』、山下達郎『甘く危険な香り』『Sparkle』、杏里『Remember Summer Days』など)とオタク文化との接点の薄さを考えれば、元増田の主張の信憑性が乏しいことはすぐわかると思います。
まずシティポップの再評価についてです。日本のシティポップは、海外の一部AOR好事家には20世紀から注目されていました。特に山下達郎・吉田美奈子・竹内まりや・角松敏生-杏里ほかは、リズムセクションの黒さがエアプレイ向きな上に、和物ならではの楽曲の構築感(複雑な進行)に独特のエキゾチシズムがあって、2000年頃からJ boogieとかJ rare grooveって名前がついて評価されるようになりました。これはvaporwave云々の流れとは別の話です。日本のGS(グループサウンズ)にも昔からマニアがいて、海外では結構高値で取引されてるけど、それと同じような現象ですね。
次に、そもそもvaporwaveとは何なのか、ですが。以下の記事にあるこの要約は、端的だけどとてもわかりやすいと思います。
存在しない夢想のバブル時代、1980年代ネタをとにかくサンプリングとカットアップや回転数を落として、ありえない1980年代を表現した音楽ジャンル
https://note.com/myumafkd/n/nab12db7e40ca
この「存在しない夢想の」とか「ありえない1980年代」とかって感覚は、vaporwave系をリアルタイムで聞いてた人以外にはなかなか伝わらなくていつもモヤモヤするんだけど、vaporwaveは決して「埋もれてしまった良質な音楽を取り上げて、もう一度光を当てました」みたいな単純な再評価のムーブメントではなかったんです。あえて言うなら、皮肉っぽさ、諧謔性、メタ性、対象を突き放しながら愛でる感じ、などがvaporwaveの肝でした。たとえば東芝EMIやEmotionのビデオのオープニングロゴもSparkleの輝かしいイントロも2010年代には壮大な冗談にしかならないけど、でもこの時代錯誤感がいいんだよね…というような複雑な味わい方ですね。
そういう捻りを加えたミックスが、redditや4chanのマニアックな裏路地で、人知れず生産され、密かに鑑賞されていたわけです。この頃は、そもそも著作権関係が真っ黒だったので、vaporwaveは決してメジャーシーンには出られないだろうと思っているリスナーが多かったと思います。そういうアングラなムーブメントが、一部がFuture Funkに移行したり、アーティストとしてオリジナル曲を出すようになったりして毒気が抜けていくのと歩調を揃えて、徐々にオーバーグラウンド文化になっていったんですけど。
で、vaporwaveとその後継たるfuture funkでシティポップがよく取り上げられてたのは、シティポップがvaporwaveのレトロフューチャー的な世界観とリンクしてたからなんですね。だから、単にサンプリングするだけじゃなくて、何らかの形で批評的・破壊的な引用をされていた。具体的には、リヴァーブをガンガンかけたり、コンプをかけたり、ノイズを入れたり、回転数を引き延ばしたりして、その喪失性や虚飾性が際立つような音響処理がされてました。エキゾチシズムと回顧と皮肉こそがvaporwaveの真骨頂で、そこにぴたりとはまるパーツがシティポップだったんです。だからvaporwave=シティポップ再評価みたいな雑な認識を読むと「結局日本スゴイかよ」と言いたくなる人の気持ちもわかります。
vaporwaveの前身といえるseapunkでも、2011年頃の初期vaporwaveでも、アニメネタは主流じゃなかったです。一番使われてたのはメガデモ、windows95、amiga、ラインアート、粗いポリゴン、椰子の木、TVCM、RGB情報が潰れたVHSビデオ動画などのコラージュ、(多くの制作者・消費者には読めないエキゾチックな言語としての)日本語表記などなどじゃないかな。つまりオタク文化を参照してはいたけど、その多くは、アニメよりもコンピュータやゲームなどの方に寄ってました。こういう経緯は、木澤佐登志氏が何度かvaporwave小史を書いていて、vaporwaveを理解するには一番バランスが取れた内容だと思っています。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59738
で、vaporwave界隈の映像にアニメからの引用が増えていくのは、後期〜Future Funk以降の話なので、シティポップへの参照の方がアニメの参照よりも先行しています。その点で、以下の増田と自分の認識は一致してます。
おそらくvaporwaveから派生したfuture funkに対する影響のことを言ってるんだろうけど
future funkにおいてもジャンル内から有名になったアーティスト(Night Tempo、ミカヅキBIGWAVEとかのピンクネオン東京周辺etc.)
が多用しただけであって元々ジャンルとしてはシティーポップと呼ばれる音楽のほうがアニメよりも先にモチーフとして使われている。
https://anond.hatelabo.jp/20210711135919
しいて言えば「東京は夜の7時」か。
あれはシティだわな。でも、日本人はあまりシティであることを売り物に音楽活動はやってないと思うよ。
「有楽町で逢いましょう」とかは、ポップじゃない。
https://anond.hatelabo.jp/20210710192009
70年代末から80年代初頭のシティポップ(ス)って言われてた音楽は「街」のことばっかり歌ってました。山下達郎も吉田美奈子も荒井/松任谷由実も竹内まりやも大貫妙子もEPOも、みんな消費文化の極みともいえる当時の東京で生きる事への自負と強迫観念と焦燥と疎外感があったんでしょう。彼らの歌には、具体的地名を伴わない、抽象化された「街」「この街」「都会」「ダウンタウン」などの言葉が歌詞の中にバカスカ出てきますが、これはほぼ全部東京のことなんです(海外行って本格ファンク/RandB路線に転じた後の吉田美奈子は除きます)。シティポップ(ス)の名前は伊達じゃないですね。
『オレたちひょうきん族』がオープニング・エンディングにシティポップを盛んに使っていたのも、今にして思えば、テレビ業界・芸能界の内輪の目線を悪ふざけしながら曝露するという切り口が、虚飾の栄華に満ちた消費都市としての「東京」を象徴しているようで、まさにvaporwave的な世界観を体現する繋がりだなと思います。
おそらくvaporwaveから派生したfuture funkに対する影響のことを言ってるんだろうけど
future funkにおいてもジャンル内から有名になったアーティスト(Night Tempo、ミカヅキBIGWAVEとかのピンクネオン東京周辺etc.)
が多用しただけであって元々ジャンルとしてはシティーポップと呼ばれる音楽のほうがアニメよりも先にモチーフとして使われている。
元々vaporwaveは曲名等で変な日本語や全角アルファベットを使っていて
これはvaporwaveのニューエイジを茶化す側面のためにねじれた東洋感のモチーフに使っただけだと思う。
初期の作品で言うと
▣世界から解放され▣ / 新しいデラックスライフ (https://internetclub.bandcamp.com/album/-)
とかはアニメジャケだけど上記のような日本っぽい昔のもの~という流れで使われていただけかと
(そのころvaporwaveのオリジネーターVektroidの変名Fuji Grid TVは80年代(?)の日本のテレビ番組やCMをモチーフに使っていたりする。)
またその後vaporwaveからfuture funk(初期の呼び名はvapor boogie)への転換期となった作品である
Hit Vibes / SAINT PEPSI (https://saintpepsi.bandcamp.com/album/hit-vibes)
https://anond.hatelabo.jp/20201130143825
この増田に触発されて。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/gendai.ismedia.jp/articles/-/77739
みんな大好き初詣も、おみくじ、占い、お盆、クリスマス、バレンタイン、ジューンブライドもみんなスピリチュアルでしょ?スピリチュアル嫌いな人がどうやって折り合いをつけているのか知りたいくらいだよ。
まず、「スピリチュアル」というものを定義したい。日本でスピリチュアルという時、最も一般的なのは海外発のニューエイジ〜日本における精神世界〜ほぼ同じ内容ながら大衆向けに転換した「スピリチュアル」だと思う。
これはこの分野の第一人者、宗教学者島薗進や、それを引き継いでの研究を参照してのものだが、スピリチュアル界隈について見ている人なら概ね納得してもらえると思う。
最もよくまとまっているのは「精神世界のゆくえ」(これは精神世界についてだがスピリチュアルも中身はほぼ同じ,より新しいものなら「スピリチュアル市場の研究」あたり)だが、とりあえずスピリチュアリティのwikipedia記事、「日本での展開」について読むだけでもおおよそ分かってもらえると思う。
例えば下記のようなものだ。癒しや自己啓発に結びつくものが多い。
・瞑想
・ヨーガ(単なる健康法ではなくチャクラの覚醒やエネルギーについて言われることも多い)
・代替医療(レイキ、手かざし、ホメオパシー、気功、各種ヒーリングなど)
スピリチュアルの特徴は、「宗教ではない」とされること。スピリチュアルで使われる要素自体は宗教的なものが多いが、宗教団体という形を取っていることはほとんどなく、多くは個人としてスピリチュアル本やグッズを消費している(といってもスピリチュアルビジネスの主体が教祖のように振舞っているパターンはよく見られる)。
また、スピリチュアルと共通した概念を取り込んでいる新宗教もあるが、少なくともスピリチュアル界隈で堂々と「○○教です!」と主張されることはほぼないと思う。
となると、「初詣やおみくじ、お盆、クリスマス、バレンタインetc」のほとんどがスピリチュアルには当てはまらないことがお分かり頂けると思う。
ここで挙げられていたのは、世間一般的に行われている慣習であり、私からすれば特に癒しを求めているわけでもないのでスピリチュアルなこととは思わない。占いについてはスピリチュアルの範疇に入るかもしれないが、これは触れなくても問題なく生活はできる。また、初詣については、神社を「スピリチュアルなパワーが得られる」パワースポットとは思っていないのでスピリチュアルな人達とは目的が違っている。
小林麻耶さんの事件で問題になったのは、まさに上述したような教祖化するビジネス運営側であり、スピリチュアル界隈ではこういう例が頻繁に見られる。
個人でやる分にはやたらと批判されることもないだろうが、資格ビジネス化していることも多く、健康被害やキャリアの形成に繋がりかねないような言説(ニセ医療や一般社会での労働を軽視しスピ商材での自立を促す)をばらまく側になってしまっていることがあるので難しい。
B2igwzEE vaporwave的・冷笑的な受容のされ方から脱却しつつあるが、その分フィジカルな快楽に流されてニューエイジ的思想へ無批判に没入する兆候が見られるなど危うい状況でもあるのでは、という指摘
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/natalie.mu/music/column/391410
考えてみると、ネット黎明期は冷笑的に一歩引いた形で消費されていたネトウヨも
それを真に受けてしまった人たちが増えたことによって「リアルなもの」になってしまったんだよなあ。
いまでも本屋行くと特定の棚の前で「うっ」ってなって、違う世界線に迷い込んでしまったような気になる。
コンテキストって大事って話なんだけど、最近のTwitter見てるとどんどん「コンテキストなにそれおいしいの?」な方向に進んでる気がする。
左派が反科学志向、右派が科学志向、みたいな話をネットでちょいちょい聞くじゃん。
まあお偉い人たちは右派もカルトやらEM菌やら親学やらに浸かってるけど、市井のSNSだと、右派が科学を武器に左派と戦ってる分野がちょいちょいあるわけ。
これについて、元々左派の方が革新とか合理性とかで世の中を変えてたはずなのにどうしてだろう、って不思議に思う人もいるだろうけど、理由の一つは浮かぶ。
左派が、合理性や効率の名のもとに切り捨てられた人々を救う方向を選んだ、というのがソレだ。
たとえば「人間を数字として扱うな」というメッセージをパッと見た時、右派の物だと思うだろうか、左派の物だと思うだろうか。
今ではおそらく、左派の主張かな、と感じる人が多いだろう。
大昔は、宗教や迷信や慣習によって物事を進める右派に対して、数字で効率を見て改善していけというのが左派だったはずだが、
今は物事が数字で評価される(少なくともそう装う)ことが標準となり、左派はそれで切り捨てられる個人の感情や物語、弱者や少数者の立場などを守れという立場になりつつある。
海老フェミは、科学的・統計的な調査ではカウントされてなかったり、カウントはされてもリソースを割く必要がないくらい少数の被害であっても、被害は被害としてあるから対処すべきってことなんよな。
西洋科学エビデンス認定からは切り捨てられる部分にも問題があるんだぞ、その「非」西洋科学的なエビデンスが私自身だ、西洋科学を唯一絶対とするな、と。
だから表題の通り、東洋哲学的なニュアンスを帯びつつあるんだよね、今の市井の左派って。
私は東洋哲学にも価値があると思ってるので、必ずしも左派が間違ってるとは言わない。
まあ、そこからニューエイジやヒッピー、代替医療、ベジタリアン、スピリチュアル、カルト、などにいっちゃうルートが色濃くあって、それはかなり左派の危うさだなと思うんだけど。
ただのメンヘラかもしれない。
ふと、何故だろうと考えて、
昨今の学生(?)若者(?)の等身大を謳っている曲が多く、穿ったその歌詞は度々批判の種になっていることも多い。
アイドルが歌っているということも、いい意味でのらしくなさから注目を浴び続けている理由だろう。
自分が学生だった頃、平均や一般化が叫ばれていた頃よりも、現在では各々の個性や性格、能力を大切にするようになったと感じている。
それでもこの国では固定観念や偏見、先入観がまだ根強く残っており、
そこにニューエイジ達がNOを突きつけている。(そういう曲だけではないが)
ある種の悲痛な叫びで、彼女達の声が乗ることによって余計に心を揺さぶられる。
恐らく、自分自身の、当時許されなかった感情が今許された気がして、こんなにもわからない涙が溢れてくるのだと、きっとそうなのだと思っている。
何なんだこの人、得体が知れない。
とはいえ。
葬式BGMを考える増田を眺めていて、BGM遊びでさえ葬式不要論が出てきて、まぁはてならしいと言えばそれまでだが。
確か数年前、業者に頼まず自分で親を見送った増田のレポートがあった記憶があるが、ああいうものはあれでいてかなりシステマティックに世の中の仕組みができていて、業者に依頼しない=仕組みに乗らないで遺体を焼くのは割と面倒そうだった記憶がある。
この頃は葬式業者もお手軽パックもあるみたいだが、何だかんだでそれなりにしようとなるとお得感が無くなる、オプションなしだとかなり質が下がるという話もあるし、それほど簡単ではないかもしれない。まぁ彼らも商売だから阿漕だなとは思うが仕方ないだろう、商売とは基本的に阿漕なものだ。
簡単に死んで簡単に野ざらしになれればさっぱりして良いなと思うが、残念ながら妙なところで現代社会には「ある種の厄介さ」があり、それを良いことだとも思ってはいないが、ことに生き死ににかかる諸々は出来上がってるシステムに乗ると割と楽だし人と違うことをすると悪目立ちしやすいという困ったところがあるのだ。
増田は親を二人見送ったが、多少金がかかっても出来上がっているシステムで楽をする方を選んだ。
親のうちひとりは病気で亡くなったのだが、死ぬ前の1か月はだんだん意思が柔らかく緩くなっていき、元気な時は「葬式無用 戒名不要」とか「その辺に灰を撒いてほしい」とか言っていたが、最期の病床では墓のことなどをぽつりぽつりと言いだすようになった。家庭の事情が若干複雑で、ある墓を引き継がざるを得なかったのだがその引継ぎについて口が煩いだけの親戚から了承を取る必要があり、まだ元気なころは墓はつぶす葬式もいらんお前たちも家を継ぐなんて考えなくていい、など言っていたのが、私に煩い親戚からの墓引継ぎの了承を取ってほしいと頼んできて驚いた。元気なころは生まれや世代からしたら相当アナーキーな考え方をしていた人だったので、本当にいいのか、別の方法(散骨など)も考えられるがと聞き返したが、それでいいんだ、と言っていた。もう死んでしまったので本意は分からないが恐らく「それで(お前たちが楽な方が)いいんだ」ということだったのだろうと思っている。
もう一人の親は自宅での突然死だったので、もう色々(警察が来たりする)大変で、そのまま業者に頼むほうが気持ちも体も楽だった。というか詳しい人が助けてくれるのが金払ってでも有り難かった。検死も必要だし死亡診断書がないと焼き場の手続きが進まないし焼き場の予約も混雑してたこともあり時間が結構かかって、ボディが腐らないかという心配がかなり頭の多くを占めていた記憶がある。先に死んだ親が墓問題を己が死に引き受けたくれたおかげで余計なことを一つ考えずに済んだのがありがたかった。
検死の結果、自然死だったわけだが、病院で死なないというだけでこれだけ手続きが面倒になるのか、そして病院(や誰か看取る人がいる場所)で死なないとこれだけ面倒なのかとかなり身と心を削られた。オフィシャルに死なない(医者などが看取らない)ということは、誰かが疑いの目で見るということだ。警察などからしたら疑うこともなさそうなのが一目瞭然であっても念のため疑わざるを得ないし、遠巻きの第三者はそのような「念のため」をすっ飛ばして、残った我々に色々な憶測を割と無遠慮に投げつけてきたりすることもある。親族などに親の死を連絡をする時はこういうフレーズだと角も立たずこちらも苦しくないです、と教えてくれたのも面白く、ありがたかった。儀礼やコミュニティにおける知恵が企業によりマニュアル化されている面白さ。
身内が死んで1か月ぐらいは、なんていうか、生きている側であるこちらも生死の境にいるようなところがある。頭が回らないし究極の非日常でもある。そういう「境目」にいると体の負担も心の負担もかなり大きい。
業者に頼むと大抵のことは業者がやってくれて、ご遺族様なんて様付で呼ばれて下にも置かない扱いを受ける。参列者がまばらになった通夜ぶるまいの席で親族や親の友人知人たちにお礼を言って回っていて、気が付いたらまる2日たいしたものを食べてないな…とごちそうの名残を眺めていたら、業者が私たち「ご遺族様」用に別に美味しそうにきちんと整えられた食事を用意してくれていたのがありがたかった。まぁそういう気遣いが商売なのだろう。
親ふたりの葬式にはそれぞれ彼らが生きていた時によく聞いていたCDを自宅から持ってきてBGMにしてもらった。
どちらの葬式も業者の葬式会場で行ったが、通夜の日から翌日の夕方に骨壺になって帰ってくるまでの1日半程度は葬式会場がベース基地になる。勝手の分からないベース基地で、言葉は悪いが良い感じの時間つぶしが必要だった。スマホではてブなんかは、やはり見る気にはなかなかなれない。SNSも、動画サイトも、自分たち大人はもちろん、子供たちもあまり見たい感じではない様子だった。休んでいる間の仕事のやり取りでメールや電話をしても、なんていうかしんどい。確認メールを1本入れるにも、気持ちを整えて橋を渡ってまた橋を渡って戻ってくるというような隔絶感があった。
TVも置いてあったがこれもやはり見る気になかなかなれず、そしてクタクタのはずなのだがちっとも眠くならない。通夜番(とはいえ線香も一晩通して火が消えない蚊取り線香のようなぐるぐるした線香があったり(仏式です)と番をするような必要もないのだ)で残ってくれたごく親しい身内親族がいたこともあって、ふと思いついて実家に一度戻って、親が好んで聞いていたCDを何枚か持ってきて、会場の音響設備を使わせてもらって聞いてみたら良かったのだ。
親と趣味を共有していたからということもあるが、この曲好きだったねとか、このCDは家族でドライブに行くときにはいつも持って行ってたよねとか、そういう話ができたのも良かった。そしたら業者がお好きな曲を流せますと言うのでそのまま持ってきたCDを葬式にもかけてもらった。見送られる人も、そして何より見送る人も聞きなれた音楽が流れてたのは思いのほか、久しぶりに肺に空気が入ったような悪くない感じだった。
この辺はただの好みの問題だが、業者が用意しているBGMは、ふやぁ~ん系ニューエイジ風の環境音楽みたいなヤツとか耳に残らないようなクラシックの室内楽とか当たり障りのないもので、ずーっと聞いてると逆に耳に障った。当たり障りのない音の方が良いという人も居るだろうと思うが。無音はかなりしんどいと思う。周囲が虫の声とカエルの合唱みたいなところなら良いのかもしれないが、何らかの街のノイズがいちいち気になった。
これはほとんどの人がそうだろうと思うが、ネットやTVラジオ等もほとんどの「日常情報」はしんどくなると思っておいていいと思う。なんていうかすごくしんどかった、「橋の向こうにある日常」が。
あとは業者にもよるだろうが、業者の言うままにすると、妙に感動的な当たり障りのない美辞麗句の式次第アナウンスとともに当たり障りのない感動音楽を流す感じだった。葬式内容の打合せで試しに聞かせてもらったのだが、こんなん葬式コントみたいだと笑っちゃいそうだったので葬式コント化を免れたのは結果的にすごくよかった。この辺は結婚式をオールお仕着せでやるとギャーってなるのと同じ感じかもしれない。
グーグルのマインドフルネス研修が話題になって、宗教臭いイメージを払拭しつつあるが、根本は宗教から生まれたもんなので、本はきちんと選定しないとトンデモがたくさんある。
宗教に対する警戒心も正しいと思う。
けどマインドフルネスとかは全部仏教の瞑想から生まれたものだから。
よくわかるよ「マインドフルネス」とか「実践にフォーカスしたアプリ」とかに惹かれる気持ち。
クールに有用なメソッドだけを効率よく食い千切ってるつもりでしょ?
でもあれは重要なエッセンスをだだもらしに取りこぼしてるから。
勿体無いよ。
なんていうか、プログラムを扱うにも根底の思想とかの勉強は必要でしょ?
「これが効率的でクール」って言いながらカット&ペーストでその場しのぎしてるだけの人はいつまでもプログラムを理解できず扱えるようにならず勿体無いでしょ?
それに近い。
上で挙げた本にしても宗教の話なんかたっぷりやってるわけじゃないよ。
(本当に仏教の勉強しようとしたら分厚い本を何十冊も読まないといけないし、瞑想の為にそこまでするのはナンセンス)
でも瞑想がなんでそうなるのかのエッセンスが含まれてるし勉強の入り口にはなる。
マインドフルネスの本はそういう部分を全部取りこぼしてる。
取りこぼしてるだけならまだしも、変なニューエイジ的な自己解釈を付け足してまでいる。