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はてなキーワード: 学校生活とは

2016-07-16

彼女人格が一つじゃなかった件 四

 一度、チカが俺のことを忘れた事があった。昼間、彼女大学にいる時にメールを送ったんだが返事が素っ気ない、というか敬語だ。家に帰ってSkypeで話をしてみると、俺の名前は覚えてはいるんだが、FPSの同じクランメンバーという以上の認識が無いらしい。チカじゃないんじゃ無いかなとも考えたが、FPSはチカしかやらないし、俺以外の学校生活記憶とかチカのもので間違いない。今まで俺たちはこんな事があったんだよって説明すると

ホントですか~!?私を騙そうとしてるんじゃ無いですか?」

と抜かしやがる。どうしたら信じてもらえるかなと思いを巡らせた。そういえば、エリの誕生日文庫本用のブックカバーをあげた。その色と模様を伝えてみた。

「確かにそのブックカバー持ってます、鞄に入ってますけど、なんで知ってるんですか?」

彼女は明らかに怪訝そうな顔をした。

「だから俺がエリにあげたんだって

「私がテンさんに別人格の話をしたんですか?そんな話信じられない。」

俺に似せたテン人形フェルトで作ってると言ってたのを思い出した。見せるのは恥ずかしいと言ってまだ見たことはなかったんだけど、

「その辺に人形無い?」

キョロキョロと周りを見渡すチカ

「!」

チカの左側を見た後、ものすごくビックリした顔でカメラを見る。

「なんでわかったんですか?そっちのSkypeにここまで映ってるんですか?」

と問いかけてくる。

「いやいやそんなことないよ」

なかなか信じてもらえない。俺の顔も見覚えあるような無いような感じだという。stickam配信してた時やFPSの中では、俺は「上海」と名乗っていたんだが、その時と同じようにバンダナサングラスをしてみたところ、

「え?ええ?えええええ…/// 上海さん?なんで上海さんがここにいるの?」

彼女は顔を真っ赤にして照れまくっていた。滅茶滅茶可愛かった。

「どういう事…なの?頭が混乱してきた。」

どうもチカは本当に上海時代の俺が大好きだったらしい。

「いろいろ思い出してきた。テンちゃんごめんなさい。」

上海を見たショックで思い出したようだ。ちょっと複雑な気持ちだったけど、まあ思い出してもらえたので良しとしよう。しかし原因に思い当たるような事はないと言う。

 翌日、また昼間にメールしてみた。また素っ気ない。え?いや、まさか。昨日全部思い出したじゃん。うーむ。帰ったらSkypeするようにお願いする。俺に関する記憶はないし、昨日Skypeした覚えもないと言う。

「こういうブックカバー持ってない?」

「なんで知ってるんですか?気味悪い」

チカちゃん左側に俺の人形ない?」

「なんでわかったんですか?見えてるんですか?」

俺はループ物ラノベの中に紛れ込んでしまったのだろうか?

「その会話昨日したんだけど」

「全く記憶にないです」

「じゃあこれでどうかな」

バンダナサングラスをしてみた

「え?ええ?えええええ…/// 上海さん?なんで上海さんがここにいるの?」

彼女が頬を真っ赤に染めて答えた。可愛い。この反応自体面白いのだが、昨日と全く同じ会話をするというのはだるい。原因はわからないままだったが、他の人格関係しているのは間違いないだろう。普通こういう事起きないし。ミユキやタダシにも話してみるようにお願いして、その日はSkypeを切った。

 さらに翌日、大学にいるチカにメールを送ったが、返事が素っ気ない。はー、またか帰宅Skypeをする。

ブックカバー・・・

「なんで知ってるんですか?」

左側に人形が?」

「なんでわかるんですか?見えてるんですか?」

サングラスをかける

「え?ええ?えええええ…/// 上海さん?なんで上海さんがここにいるの?」

ここまでテンプレしか今日は昨日とは違う事を言った。

サングラスに気をつけろとはこの事だったのか……」

「ん?どういう事?」

記憶が飛ぶ事が時々あって色々と困るので、今日あった出来事とかをメモに書いて翌日に見直してるんです。今朝のメモに『サングラスに気をつけろ!!』と書いてあって、何の事かさっぱりわからなかったんだけど今わかった。」

「wwwwwwwww」

そのメモSkype越しに見せてもらった。ノート1枚に色々と出来事が書いてあるが、余白部分に殴り書きでデカデカと「サングラスに気をつけろ!!」と確かに書いてある。

「それだけ書いてあっても絶対伝わらなくない?昨日のチカちゃんは何を思ってそのメモを残したんだろうね」

「いやこれはサングラスに気をつけろって事ですよ」

本人は納得してるようだった。そりゃ本人だもんな。

 ミユキと話してみた。彼女が言うには他の人格記憶を持っていったんじゃないか、とのこと。

「他の人格記憶を奪うなんて、そんな事できるの?」

「出来る人格もいれば出来ない人格もいるよ。僕らはそれぞれ役割を持って生まれてきてるから。僕には出来ない。」

相変わらずボクっ娘だった。可愛い

「そうだとして、記憶を奪う理由ってなんなの?」

「テンさんと付き合って欲しくないんだと思う」

「それなら無理矢理記憶を奪っても思い出したら意味ないし、そう思うなら話し合おうってその子に言っておいて」

とお願いした。

 その晩、犯人がわかった。チカの人格の中に元彼大好きな子が一人居て、テンなんかと付き合うんじゃない、元彼と寄りを戻すんだ、という思いでチカから俺に関する記憶を奪ったらしい。ミユキが話し合って相手も納得してくれたので、もうこんな事はないだろうとの事だった。翌日から記憶がなくなる事はなかった。原因解消してよかったけど、これはこれで面白かった。

まとめ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881140549

2016-06-30

女が男を選別する暴力

身長の男。不細工な男。

コレラに対して、異常な嫌悪感を女は抱くらしい。

これは生理的ものからしょうがないらしい。

  

確かに、思ってるだけならセーフだ。

だが、女は自分を売るためにリア充なり、おっさんに枕なりで媚びる。

すると、女が下す不細工だの低身長だのの評価リアル底辺男の生活を脅かす。

女が上司と恋仲になれば、気持ち悪い男を淘汰させるだろう。気持ち悪い男仕事ができてもだ。

  

学校生活などでは、スクールカースト存在する理由はほぼ女。

女とセックスしたくてエエ格好しいの男が必ずでる。そういうキョロ充みたいなのが、底辺男子を『いじる』時にはいじめる。

女は、だけどリア充文化が無いと自分を売れないから、キョロ充と一緒になる。

  

これって完全に暴力だよなあ。

2016-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20160616113131

今朝のヤフーニュースは持久走を置き換えるってなってたよね?

どっちが正解なん?持久走みたいな楽な体育もできないなら確かに学校生活無理だと思うけどさ。

2016-06-08

また「もっと自分に自信を持て」と言われてフラれた

特に育ち方に問題があったわけではないのになぜこうも自己肯定感が低くて自分を安売りしてしまうのだろう?

ふつ~の家庭に育って、ふつ~~に生きてきた。母子家庭だったけど経済的には問題なく、私立大学まで行かせてもらった。父は物心つく前に死別

学校生活もそれなりに楽しく過ごしてきたし、それなりに名の知れた大学に入り、面白いと思える仕事を得た。経済的には自立している。

でも異性との関係がうまく築けない。肉体関係を迫られると断ることができない。その感覚言葉説明するならば、それを断るほどの価値自分にないように感じているからだと思う。初体験はそんな感じで済ませてしまった。

また、好きな相手にはすぐ肉体に訴えてしまう。これはうまく言葉説明できない。きちんと工数を踏んで好きになってもらえる自信がないからかもしれない。

私と付き合う男の人はいつも、もっと自信を持って、と言って去っていく。今回は2年も付き合ってふられた。余計自信なくすっつーの。

いまさら読む人いないと思うがブクマコメントしてみる

根拠の無い自信って大事

わかる。

恋愛関係において自分価値を低く見積もることは、「彼氏が愛している女」をいやしめていることになる。つまりあなたの自信のなさが間接的に相手侮辱し続けることになるんですよ。

これ一番グっときた。今気になる人がいるので、思い出しながらがんばりたいとおもう。

相手に嫌われたくないから主張を遠慮してない?それが相手に伝わるとそのセリフを言わせることになってしまう。

そうでもないんだけどなあ。ワガママは言うけど、決定的なところで意見が言えないのがばれてるんだろうな。

>あえて残酷なことを言いますが、男性に「父親」を求めているような気がします。専門家じゃないので具体的なアドバイスはできませんが、正面から向き合って乗り越えてほしいとヒトゴトながら思います

これめっちゃよく言われるし自覚あるから解決策探してるんだけど「親に愛されなかったのが原因」みたいな意見しか出てこない。

内面ではなく振る舞いで判断されていると思う。頼りなげに見えるのが気にくわないということでしょう。クヨクヨしても仕方がないから次に活かそう。

頼りなげには見えないと思う。しっかりしてる、落ち着いてる、ってよく言われる。

>そんな「ごちそうさま」の言い換えを真に受けてどうするw

このご意見もグっときた。切り替えてくわ。

アダルトチルドレンって調べてみるとちょっとだけ気持ちが安らぐかもしれない

こういうこともよく言われるけど(繰り返すけど父は死別だし家庭環境には全く問題なかった)じゃあどうしろと?と……。

>雲の上の悩みだ。。付き合ったことがあるだけで勝ち組なので自信もってください。

自分大事にするのも大事よ。まじで。

> 「工数警察の出番待ち。

出動なかったな。

もっと自信を持ちなさい。例えば私なんかはてブしてスターが貰えるだけで自信が付きます

ちょっと元気でた、thanx

自分意見自分言葉で発信するだけで、「自信がある感」を少しは醸し出せるよ。「自信がありそう」と他者に思われる事から自己肯定が始まるという事は大いにある。自己肯定他者に育ててもらうという側面も。

自分意見は言うタイプなんだけどなあ。でも好きだの嫌いだの結婚したいだのそういうことは言えない、確かに。

自分の自信のあるポイントがどうも社会的市場とズレてるらしく、そんなものに自信もってどうすんの?て言われる経験積み上がると、社会的価値を勝ち取るために誰かに誇れるなにかを持たなきゃあかんのかよとなる

あーそれわかる

自分自身で何かをやり遂げた、何かを頑張った、という記憶がないのでは?と思いますどうでしょう

これは確かにそうだと思う。ていうか努力成功経験があるけど挫折乗り越え経験がないのが問題かも。でも挫折してなくても自信ある人おるやん?

>訴えて効果あるくらい肉体には自信を持っておられるようになったのはどうしてなのかしら?

若いから。求められたから。

>「もっと自分に自信を持て」なんて自信や自尊心を持ちきれないときに言われるとすごく残酷。言われてできたら苦労しないし暗闇で道に迷ってるようなものゆっくり自分を労り自分好きな人や物をえこひいきかなあ。

そうしてみる。元気出たー!思えば自分の好みにも自信がなく、恋人でも趣味とかでも、自分がそれを好きだということに自信を持つことも解決の糸口な気がした。

もっと自分に自信を持って!

付き合ってもないのにふらんでくれ

2016-06-06

なんだろう。

年に10回くらい「卒業要件を満たしていないことが発覚して、もう一回学校に通う」夢を見る。

そんなに学校生活に未練があるのか、俺は。

2016-05-02

コミュ障であり、ベッドで生活する私以上にダメな人はいるのだろうか

ネットでは人をダメにするソファと呼ばれる、体にフィットするソファいうものを所有している。

言ってしまえば、ダメにするといわれるが、私はもとからダメだったようで、それほどそのソファにハマることはなかった。

私はもとからダメである

昭和映画などで、正座をして書見台読書をするシーンに憧れる。

私の読書の基本はベッドで寝転んでだ。

寝転んで片手で見れるように、文庫本が好きだ。

電子書籍も、片手で操作できるとないという理由で、タブレットはもっていてもいつもスマホで読んでいる。

片手は便利だ。

左手エロを探しながら、右手ペニスをしごくこともできる。

読書に限ったことではない。

私の生活の基本はベッドにあると思う。

食事でさえ、ベッドでとってしまう。

朝ごはんブリトーハムアンドチーズ森永アロエヨーグルトハンディスタイルグリコカフェオーレと決めている。

なぜならベッドに寝転んだまま流し込めるから

一応、このチョイスは栄養も考えている。

寝転んだままステーキ焼き魚を食べるのは技術的に難しく、結果的糖質と脂質中心になってしまう。

ブリトーシリーズで一番たん白質が多い。

アロエヨーグルトハンディスタイルも、これでいてウィダープロテインインよりもたん白質が含まれている。

そんなわけで選んだこの三つ、合わせるとCFPバランスは悪くない。

日本人カルシウムが不足しやすいというので、朝この三つの乳製品を取るのもちょうどいいかなと思ってる。

野菜がないと言われるが、他の二食は普通だし、日中に一本ペプシスペシャルを飲むので繊維質も補えてるんじゃないかと自分では思ってる。

独身貴族ゆえに、1LDKなどを借りているが、生活空間はベッドで、それ以外の空間は物置と化している。

ゴミ屋敷というわけではなく、実質的に。

そんなわけで、体にフィットするソファは私をこれ以上ダメにはしなかった。

常にベッドで寝てる人間を、これ以上ダメにすることは原理的に無理だったのだ。

世間話的に、「休みの日は何をしてる?」

と聞かれ、「ベッドでゴロゴロしている」と答えると、うらやましいといわれる。

既婚者は妻や子供にたたき起こされるそうだ。

私はそれは違うと思う。

私のような人間でないから、妻や子供が得られたのだ。

からベッドの中でオナニーをして、ベッドの中で着替え、電子レンジに向かった後にベッドに戻って朝ごはんを食べ、ベッドでスマホをいじってネットニュース読書をして一日を過ごす人間は妻や子供を得られることはない。

思い返せば、私のこのベッド生活は、幼少期からだった。

私は机に座って勉強した記憶ほとんどない。

小学校中学校高校大学、いつもこたつかベッドで寝転んで、教科書を黙読することでなんとかやり過ごした。

数学さえも、試験の時以外に手を動かして解いた記憶がない。

家族の中でも浮いていた。

アトピーゾンビ君ほどではないにしろ、私も人に疎まれる才能があったように思う。

というより、私は放っておかれるほうが好きな人間と思われやすい。

見た目の問題なのか、態度の問題であるのか。

基本寂しがりやなので、本当はみなと一緒に居たいという願望が強いのだが、いつも基本放置される。

当然、学校生活ではほぼ孤立していた。

小学校中学校時代教師によく

テストの点さえよければいいってわけじゃない!」

説教された。

ヤンキーぶって反抗するわけでも、口答えしたわけではないのだけど、教師の目にはそう見えていたらしい。

はい」「はい」「はい

と素直に返事を続けて、それに対してもいつも嫌な顔をされた。

大学研究室でも先行研究過去卒論過去実験ノートを読み返して勝手に行えという指導方針を取られたし、就職しても同じように、前任者がない仕事勝手にやれという指示ばかり与えられた。

私がコミュ障といえばその通りだが、家の中でさえそういう扱いを受けてきた。

私だけ残して、両親と弟たちが外食に行ったり、やはり私だけ残して家族旅行など、なぜか私は置いていかれることが多かった。

勉強しろと言われることもなく、結婚しろとも言われない。

自分の欲求を上手に他人に伝えることが出来ない。

私は乳離れがすんなりだったらしい。

ダメと言われたら、もう吸わなくなったそうな。

我ながら、自分っぽいと思った。

私は本当はかまってちゃんなのだ

40歳近くなってかまってちゃんというのもダメの極みだ。

両親とも話をしたいが、なにを話していいかわからず、年に一度か二度、帰省するとき時間連絡しか会話がない。

今年のGW、私は11連休なのだが、5日目の今日まで、いつものようにほぼベッドで過ごした。

とりあえず明日から、どこかに旅行に行こうと思う。

目的地を決めずに何日かフラフラ知らない街をフラフラして、実家にも顔を出してから自分マンションに、というかベッドに帰ろう。

2016-05-01

小町にかけっていわれるかもしれないけど

ある急性症状で急いで近隣の救急指定病院にいった。

そこでまた夜勤看護婦のAちゃんのママにあった。

Aちゃんのママはしっかり聞き取りをして医者にとりついでくれたあと、

待合いでちらっと「Aのママです、いつもおせわになってます」と

いって良い感じに微笑んだあと忙しそうにさっと立ち去った。

 

Aちゃんは、うちの子中学高校で一緒の子。(クラスは1度だけいっしょ)

中学のころから、Aちゃんのいるクラスだけ頻繁に盗難がおこる。

しかも、金品より授業であたりまえに使うものがなくなる。

授業でそれをつかわなくなったころ、置き忘れとはいえないところからでてくる。

犯人クラスにいる高校生のだれかであることは確か。

犯人は「返すんだから」といやがらせのつもりかもしれないが、

実技テスト中に盗難が起こると成績が犠牲になる。

親は早急に買い直しに走らされている。

やはり実害はあるし盗難だ。

 

この4~6年は、毎年クラスがえがあった。

高校になると選択授業も増える。

かなり天文学的場合分けのなかから

Aちゃんがいるときにそれがおこるとの状況証拠はかなり蓄積されてしまっている。

(Aちゃんにだれかが意図的に罪をかぶせるとか、脅迫してやらせるとかまでいれると、

絶対に100%とはいえない可能性があり、

学校では積極的対処まではできないとのこと。

常識ならそれは証拠になるということもあるんですが)

 

Aちゃんのママは、「常識ならそれは証拠になるということ」を面談でつきつけられても

やはり、「うちの子という証拠がないのであれば、うけつけられない」「私はうちの子を信じている」と言っていたとのこと。

立場としてそういわざるをえないだろうとも思うけれど。

 

余談だけどAちゃんの他にもなんかいろいろなこまった生徒(恫喝暴行)と、それを全くフィードバックされておらず、

子供を信じることに徹しているママ中学から高校にかけているみたいです。

懇談会でも全く悪びれないので、ママには伝わってないらしい。

うちは進学校です。

 

しっかりした看護婦さんでも、いや夜勤して家をはなれて患者のためにつくすような人だからこそ、そうなんだなって。

憎むわけでも哀れむわけでも迷惑がるでもなくて、なんだか、本当に純粋に辛い。

一度でも盗まれた子、困らされた子は、同級生を疑って警戒しながらリラックスして学校生活するという

難易度EXのストレス生活をおしつけられてるのも目の当たりにしてる。

海外修学旅行で一緒のクラスになった子のおかあさんは、

パスポートとられたら帰国できないから先生にあずけてないとき絶対に体からはなすなと言い聞かせたそうだ。

風呂どうしたんだろね。

全体への説教なら先生はなんどかしているはず。

本当にどのママも、ハイティーンの子供を

学校の指示にあわせて食べさせ寝させ

学校に送り出すことで手一杯なんだろうなと思う。

たぶんこのまま35歳児とかになったりすることもあるんだろう。

 

高校生の子供は、母親に対して、子を100%信じることを要求し、絶対的保護要求しておきながら、

それを内部から突き崩すようなことを平然と行う。

警察も、教師も、母親が「うちの子を信じる」と唱えれば退けてもらえると信じているのかもしれない。

母親が「自分は一人の女だ。脆いのだ、今立っているだけで精一杯だ。

よりかからずに一人で立ってくれ、つぶれる」と

悲鳴をあげても母性信仰蔓延する世間にはとどかない。

高校生ですか、もうそろそろ手がはなれますね、楽ですね。」

世間子供の板挟み、専業でもつらいよ。

孫がうまれたら、世間にこうやって子供をだすつらさを、うちの子にも味わわせるの、つらい。

3歳児だったらまだ嘘も見抜けるし叱れるけれど、

ハイティーンもつ親にはもういちど子供と向かい合いなおすための育児休暇などない。

  

うちの子供もけっこうキてて、薬のんでるんだけれど、

そこにもっていくまでにもどたばたあって

私が、すっかり駄目になってしまっている。

ストレス健康診断d判定を連発した。

更年期障害だという人も多いらしい。

 

うちの子も、盗む側にも、盗まれる側にも、絶対に立たせたくない。

父親でもだれでもいいから子供のうけいれる説教がいえる人はいないのか。

入院して治してくる間、うちの子は、夕御飯は家でたべて、起こさなくても自分で起きて、寝て、

薬くらい一人でのんでくれるのだろうか。

実家はもう要介護スレスレで手助けなど呼べない。

働いてたら辞めたくなってるとおもう。

「信用できない」は一番ひどい病気のもとだとおもう。

駄目人間でもいいんだから、信用くらいさせてくれ。

信用と安心がなければ生きていけないあまっちょろい親子は

進学校なんかいかせずに、公立+塾でもいかせておけばよかった。

 

 

日本死ねなんていえないけれど、なんかもうほんと、辛いよ。

なんで高校ってひっこさないと転校できないのかな。

GWの間検査結果ききにいけなくて、毎日痛み止め握りしめてる。

にのんでから時間たったとか、ききにくくなってるとか、自分で判定しないといけないんだってさ。

早く手術の日程きめてくれないかな。

臓器とっちゃったら楽になれるんだってさ。

それだけ。

2016-04-19

俺のヒーロー

消極的だけど実はコミュ力が高い不思議なヤツに高校生活を救われた話。

見た目はフツメン、中身はオタクで、障害物の多い場所山道を走るのはやたら速いのにスポーツはできなくて、

授業は寝てるか好き勝手なことしかしてなくて、定期テストはそこそこなんだけど、

実力テストとか模試ときだけは毎回学年1位をとるっていう、ラノベギャルゲ登場人物みたいなヤツが高校にいた。

そいつは成績以外にも色々と変わっていて、家が貧乏でまだケータイ持ってないとか、

雑草とか野生生物をとって食うらしいとか、カツアゲしてきた相手に逆に飯をおごってもらったとか、

中学の時に女子から告白されたけど、自分恋愛に興味がないから特にデートとかしないし、自分が興味のあることだけするけどいい?って聞いて付き合って、

お互い処女童貞のまま相手調教し倒してその娘を尻穴に目覚めさせただとか、色々と信じがたい噂が飛び交ってたか入学当初から結構目立っているヤツだった。

噂は色々あったけど、チビデブオタメガネでいつも通りスクールカーストダントツ最下層なプークスクスに塗れた灰色高校生活を送ってた俺は、

とにかく4組に変わったヤツがいる、変人だけどなんか賢いらしいという程度の認識だったのだが、2年になってそいつと同じクラスになった。

たまたま席が近くになったそいつは、特に用事がなければ自分から誰かに話しかけるということは一切しないやつだった。

放っておくと朝のホームルームから寝たり起きたり数学の授業中になぜか地理資料集を眺めたりラクガキしたりを繰り返すだけで下校時間を迎える。

自分からは話しかけないけど、1年の時から成績でも噂でも目立っていた影響か、妙に人望があるようで、

スクールカースト上位層の運動部DQN、キャピキャピ女子からキャラオタクに至るまで、いろんな奴が話しかけにきていた。

こちらからしかけたのは多分興味本位で、他のオタクそいつが俺の知ってるマンガの話をしてたのが聞こえたから、話しかけてみたんだったと思う。

話してみると、普通にオタトークで盛り上がれるし、頭の回転が早いのか話がおもしろいし、確かにちょっと変わってるけど特に害はない感じだった。

気が付いたら、自分の周りには他に数名を巻き込んでカースト下位層のオタクグループ自然と出来ていて、

運動部とかDQNグループとかのハデな感じは疲れると言って、彼も俺らのオタグループとつるむことが多くなっていた。

ただ、彼は他のオタクグループメンバーと違って、クラス内の各グループすべてと消極的に関わりを持っていて、

どのグループからも声をかけられるような、ある種スクールカーストから解き放たれた存在だった。

俺たちのオタグループがいつも通りプークスクスロリコンプークスクスされている状況でも、

そいつだけは相変わらず自分からは何もしないけど色んな人からよく話しかけられるし、話しかけられれば本当に誰とでも気さくに話していた。

タグループとつるんでいることをカースト上位層からからかわれたりもしていたけど、いつも適当に受け流していたようだ。

そのうち時々「あ、それだったらコイツの方が詳しいよ」と他の連中との会話をこっちに振ってきたりするようになって、

コミュ力のない俺たちは当然萎縮したりバタバタしたものの、俺たちとの会話に慣れたそいつフォローもあって、

ダントツカースト最下層として蔑みの対象だった俺たちオタグループは、他のクラスメイトともある程度会話ができるように段々なっていった。

気が付けば2年の夏休みに入るころには、ちょっとしたイジリやからかいの形でスクールカーストはまだ残っていたけれど、

少なくとも各グループ同士で嘲笑したり陰口を叩くような状況はクラスから一掃されていたように思う。

俺たちオタグループも、特にキャラ女子グループ交流を深めて、漫画の貸し借りをしたりするようになった。

そのまま3年もクラス替えなしの持ちあがりだったので、クラス全体の仲は良く、いつの間にか周囲にカップルなんかも何組か誕生して、

高校生活の後半は、自力ではとても実現できなかったような、本当に奇跡的に快適で楽しい学校生活を送ることができた。

彼は話しかけられたら口を開く、特にどこにも属さないようなスタンスを崩さなかったし、

書いてないけど行動や言動には色々とエキセントリックな部分もあったけど、

確実に彼というイレギュラー存在がいて、各グループの間を取り持ったからこそ、あのクラスはあれほどまとまったのだと思う。

彼は最後まで模試では学年1位をキープして、進学実績を作りたい教師から大学進学を強く勧められるも、「ゲーム作る方法覚える方が面白そうだから」と言って専門学校に進学していった。

電車で偶然会ったという友人から聞いた話では、そのままスムーズに有名なゲームメーカー内定したという話らしい。

割と貧乏だったのは本当らしくて、当時でもクラスでほぼ全員が持ってたケータイを持ってなかったのと、

今は実家ごと引っ越ししまったらしくて、偶然エンカウントして就職情報を聞き出した前述の友人が連絡先を聞き忘れる大チョンボやらかしたので、今は誰も連絡先がわからない。

今まで3回あった同窓会にも1度も呼べていないが、同窓会は毎回、自然とその場にいない彼の話題で持ちきりになる。

アイツ今、なにやってるのかなー。



当時のクラスメイトカップルが今度結婚式を挙げることになったので記念に。

2016-04-17

人生彼氏に振られた

チューハイ一杯でベロンベロンになるのに、缶ビール三杯、缶チューハイニ杯飲んでるので、あまり深く考えずに書いてます

なんか炎上するようなこと書きそうだけど、別に炎上しても死ぬわけでもないので、気にせず書くつもり。

ベロンベロンのベロクロンですわ。

XboxOneのネットリックス山ちゃん声優やってる海外ドラマを見ながらもう眠りたいわ。

漫画喫茶ジャイアントキリングを一気読みする楽しい楽しい時間を過ごしていたら、

去年の十月から付き合いだしたオッサンから電話がかかってきた。

なんかクタクタ言ってたけど、要するに恋愛関係を解消したいという申し出だった。

そりゃこっちだってオッサンのことが好きだという気持ちはあるが、相手が僕の事を好きじゃないと言うのなら、

固執する必要がない、と思い許諾した。


なんていうか、別に普通だなあ、と思った。

もちろん悲しいし、自分に至らないところがあったなあ、と反省しているが、

世の中に住む無数の同性愛から異性愛者まで、付き合ったり、別れたりを繰り返していて、

自分もそういう普通の輪に入れているんだなあ、ということが、なんだか嬉しく感じている。

オッサンと付き合いだしたのは、僕の28歳の誕生日十月一日からだ。

懸命なる、はてなブクマ諸君なら、僕が漫画喫茶ジャイキリを読んでいて、はてなIDを持っていて、同性愛者で、28歳という情報から

僕のはてなID特定することは簡単だと思うので、

その前後の僕の増田を読んでもらえば、なんとなく雰囲気は感じ取ってもらえるかもしれない。

あー、こういう承認欲求丸出しなところが、オッサンに振られたんだなあ、と強く感じる。

こうやって察してちゃん? みたいなことするのよくないんだよなあ。

要するに、あれだ、一人の人から承認されてると、僕は満足だったんだなあ。

あのオッサンから認められなくなった、ということが、僕の承認欲求ドンドン強くしていく。

振られたの1時間ぐらい前なのにね。


もーさ、なんだろうね。

こう自分の中で、同性愛であることとか、

家族のこととか、

仕事のこととか、

色んな不満がそりゃあるんだよ。

山ほどあるけど、そんな不満は、オッサンに好かれてて、オッサンに抱かれると忘れられるんだよねえ。

(そりゃね、わざわざチラシの裏に書かずに、ネット日記を公開してる時点で、僕だって承認欲求モンスターなんだよ。)


はてブで、なんかイジメドラマ話題になってて、

イジメ専門家か何かがTwitter

「まあ結局イジメから救う一番簡単な方法は、國府田マリ子ぐらいの美人から告白されて、無償の愛でセックスしてもらうことなんですけどね」

みたいなことを語っていた。

いや、さすがに、國府田マリ子と言っていたとは思えないが、

まあ、美少女と言えば國府田マリ子なので、大筋は間違ってないと思う。


僕もさあ、そらまあ虐められていたわけですよ。

なんか学校生活日中全裸で過ごした事があるぐらいには、虐められてたんですよ。

いやもう、きっついよ?

日中全裸

教師が気づいていないわけがないからね、

しろ授業中も全裸なんだから


でさあ、友達はできなかったものの、大学プログラミングっていう、

ゲーム漫画よりは楽しくないけど、

仕事にする分には楽しい、っていうジャンルとであえて、

それなりに、期待度を持って就職したら、

訴えられて裁判ですよ、裁判

サイバーグラスとコウモリ裁判してるけど、

だって裁判してるんすよ。

で、鬱になって、家族からも追い出されて、

ひとりぼっちで。

寂しくてさあ。

就職した会社の人も、僕が鬱で働けなくなると手のひら返すし、

家族ともなんかうまくいかないし、

狭いアパートで、インターネットけが人と繋がれる媒体でさあ。

そりゃあ、はてな楽しいよ、

スター貰えるのは嬉しいし、idコールしてもらえるのも嬉しい。

仕事デスマってて、ブクマできないときに、

心配してくれる増田を書いてくれた人本当にありがとうございました

でもね。

でもそれって、やっぱりインターネット越しの付き合いなんだよね。

コウモリさんとはリアルであったことあるけどさあ)

寂しくて人肌が恋しいんだよ。

もうさ、人類史っていうのが、天文学的な数のセックスで成り立ってる以上、

人は人肌が恋しんだよ。

誰かと触れ合いたいんだよ。

で、自分なりに頑張って出会い系やって、

ようやく自分も納得できて、

相手も納得できる。

そんな関係がきずけたんだよね。


家族からでも、仕事からでもなく、

はてな大喜利面白い事言えるからデモなく、

増田無駄に長く毎日更新続けてることでもなく、

僕の姿や性格を見て、

一緒にいてもいいよ、って認めてくれた人がいたんだよ。

なんかよくわかんないけど、ゴミ箱に入れられてガンガン蹴られてた学生生活を送ってた僕でもさあ、

認めてもらえるし、よしよしってしてもらえるし、僕に興奮して勃起してくれるんだよ。



あー悲しい。

悲しいなあ。

でもさあ、それが普通なんだなあ、と思うと、本当に嬉しくもあるんだよね。

僕はもう、こういうことで嬉しいと感じられないのはもちろん、

こういうことで悲しいとすら感じられないと思ってたから。

ジャイアントキリングを一回起こせたんだよ、きっと。

30代声優ベストイレブンとか組んでニヤニヤするのは楽しいよ、

バイトツートップとか言ってニヤニヤするのは楽しんだよ、

楽しい、本当に楽しい

ゲーム楽しいし、

はてな楽しい

はてなブックマーク大喜利が受けてスターを貰えるのは嬉しいし、

僕のブコメ分析してくれる増田がいてくれるのは本当に嬉しいし、


嬉しいけど、また質が違う楽しいが、オッサンと付き合ってたときにはあったんだよ。

実写版進撃の巨人なんて見たくないよ?

見たくないけど、オッサンが見たいっていうなら、一緒に見るし、

映画は糞でゴミみたいな映画だったけど、

誰かと一緒に映画を見られるってことが、

もうとってもとっておとxもつても、嬉しくてさあ。

夕飯が松屋だろうと、コメダだろうと、別にいいんだよ。

誰かが おうと一緒にご飯を食べたいと思ってくれるっことが嬉しかったんだよ。

トピシュさんが

自己評価が低いと苦労するよ、みたいなことをブログに書いてたけど、

自己評価が低くならないわけがないんだよ。

授業を全裸で受けても、誰も助けてくれなかったんだよ?

裁判になっても、会社の誰も助けてくれなかったんだよ?

そんな自分をどうやって評価すればいいのさ?

トピシュさんはさあ、昔虐められてかもしれないけど、

旦那さんだか嫁さんだかがいて、

自分ないしパート無ーが生んだ子供がいて、

義理の親ともそれなりに苦労しつつも関係をちゃんと保ててて、

年収もそれなりにあって

そりゃあ自己評価ちゃんとできるよ。

どうすりゃいいのさ、

学生時代は散々にいじめられて、

会社は言ったらなんか、よくわかんない女子社員に訴えられてさあ

そんな自分評価っできるわけないじゃん、

自分自分を認められるわけないじゃん

でもさあ、

オッサンあ認めてくれたんじゃん

ぼkじゅのこと好きだよって言ってくれたんじゃん、

それはもしかしたらただセックスがしたかっただけもしれないけどさあ

dめもちゃんと好きだよって言ってくれて、一緒にいてくれたんじゃん

それではじめて自己評価をあげられるんだよ

自分評価するのは自分じゃないんだよ、誰かなんだよ

テレビや毛0−ムをヒョウアkするのは、僕自身だけど、

自身は僕自身評価しても意味なんてないんいやお。

僕はさあ、Nさんにさあ、

好きだよって言ってもらえて、嬉しかったんだよ。

好きだよって言ってもらえたから、

Nsだんのことが好きな自分を好きになれたんだよ。

アニメアイドルマスターシンデレラガールズでさあ

諸星きらりっていうアイドルがね

きらり杏ちゃんtいっしょにいるきらりがだいすきだよ

って言っててさ

僕もNさんといっしょに僕が好きだなあって思えたんだよ

僕のことを好きだって行ってくれた人がいて、はじめて僕jも僕が好きになれたんだよ


ああ、ままならないなあ、

なんで、あのままずっといっしょにいれなかったんだろうなあ、

もっと一緒の時間を過ごせばよかつたなあ、

もうすぐ二十九歳だよ

父親がこの年齢の頃にはもう独立開業してたんだよなあ、

すごいよなあ

一国一城のある樹だよ

そりゃまあ、なんか資格とか大変な仕事から、凄いのは当然なんだえkど

それ以上に、嫁さtんと小さい僕を抱えながら、

自分開業したって事実が凄いよなあ

そういうのってさ、

自己評価が高いから出来るんdな世なあ

僕の母親結婚して、僕が生まれて、

少ししたら応答とが生まれてさあ

そうやって家族自分で作れたから、

偉いんだよ

別に同性愛者は子供を作れないから非生産的

なんてことは主輪にし

じゃあ、子供が出来ないカップル意味はないのか? って話だから

でもさあ、

やっぱりさあ

なんでさあ

子供ができないんだろうねえ

僕はさあ、

Nあんの子供が欲しかったなあ

でさあ、

家族になったらさあ

なんかうまくいくきがしたんだよねえ

なんでうまくいkないんあろうなあ

僕はなんなんあろう

もっと、もcつお、僕は誰かに認めて欲しいなあ

なんで、僕はいまひとりぼっちなんだろうなあ、

2016-04-11

一般常識ってなんなんや・・・

家庭や学校生活での自由時間に学べなければ詰みやんけ。

少子化コミュニケーション常識となってるもの義務教育で教えるべき。

親御さんが教えろってのは親の都合で子供ダメになるから

レベル一般常識は学ばせるべき。

http://anond.hatelabo.jp/20160411154335

生徒手帳見てみたんですけど、目次からはそのような項目見当たらないです…

ちなみに頭髪の規定

男女とも清潔でナチュラル髪型を基本とし、○○生らしい品位を保つようにする。

なお、女子学校生活活動やすくするように努め、他人迷惑をかけないようにする。(以下略)としか書かれておらず、具体的な事は何も無いので先生の言うところの「県の」生徒指導要項に則ったと考えてます

てかほんとに誰が決めてんだよ…

2016-03-11

10年以上前の事なんだけど

学生時代の話。

学生時代に本格的に付き合ってた人がいた。

サークルで一緒だった同級生

野暮ったい感じだったけど、磨けば光る系の人で、

せっせと磨いて自分好みにしてたのに、他の学校から入ってた1つ下の後輩にとられてしまって。

それから学校生活が闇だった。

同じ学部研究室だったから、イヤでも毎日顔を合わせるわけで。

まぁ、そんなこんなでなんとかやりつつ卒業したわけだけれども。

卒業直前に、その後輩が私とその付き合った人が毎日一緒にいて、同じ空間にいるのが気にくわないとかなんとかで、

別れて、私の一番仲のよかった友達と付き合い始めた。

その友達も、同じ学部研究室なんですけどね?私達の経緯を全部見てたんですけどね?相談もいっぱいしたんですけどね?

友達の事は別にいいんですよ。

誰を好きになろうが、付き合おうが。

その辛かった大学生活の時の夢を今も見るんですよ。

今はもういい人と縁あって結婚して、子供までいて、あの頃より確実に幸せなんですよ。

それなのに、たまに夢にでてうなされる。

なんでなんだろ。

2016-03-08

ドキュンってもしかして学歴社会へのアンチテーゼなのでは?

結婚して楽しいぞーwwwwww系の2chまとめを見てて違和感を感じた。

なぜ楽しい説明がマッタク無い。子供かわいいとか、家に人が居て幸せとかだ。

  

多分、嘘は言ってないんだろうけど、なぜ楽しいかがマッタク説明されない。

こいつ、頭が悪いドキュン家族の奴か?って第一感で感じた。

だって、そういう奴が炎天下パチンコとかやってんだろ?脳タリンから幸せだけを見れる。

  

俺はこういうのが実際理解できない。

というのも、多分俺に感性が無い。

俺みたいな奴は結構いるんじゃなかろうか。小中高大学とまったく人付き合いが面白くも無く、まったく学校生活面白くなかった奴。

映画漫画みたいな青春ジョークだとしても、その100分の1も面白くもない。友達ゲームのしたこともなく。休み時間も一人で読書してたような奴。

そういう奴は多分もとから理解する感性が無いんじゃなかろうかと思う。

  

で、俺は高学歴になってエリート職になってみて。8割くらいはまともな奴だけど、2割くらいは俺みたいな奴が居ることに気がついた。

いや、その8割って奴も半分くらいは「リア充的な感性を持っているフリ」している奴らだと思った。

皆頭がいいし心も根はいい奴ばかりで、なるほどこれが知的エリートの当然だよなって思うんだけど。

この人達がはたして小中高と楽しめたのか疑問だった。

高校は一応全国トップレベル高校だったが、それでも一部のドラマとか見ない陰キャラしか友達になれなかった。

正直、小中の頃のクラスメート動物園動物もっと悪くいうと、障碍者学級に正常な人が突っ込まれた気分だった。

まわりが障碍者っぽすぎて苦痛だったって感じだった。

  

でも、ドキュン楽しいそうだ。俺に無い感性だ。

少なくとも日本社会はそういう中流から下流の層にマッチした社会が作られている。

高学歴には高学歴社会があるが、世の本流はドキュン用、いわゆるマイルドヤンキーってやつか。そういう層に向けた社会だ。

俺みたいなダイブ知能の高い奴にとっては、動物園管理みたいで生き辛い。

でも、世のボリューム層がマイルドヤンキーなら、マイルドヤンキーに都合のいい社会になっていく。

高学歴へのドキュン圧とでもいうべき淘汰圧がかかる。

  

これって、ある意味ドキュンの勝ちなのかなって思った。

  

特に、女がドキュン大好きだからドキュンがいい女を若い内抱きまくって、ドキュン繁栄する。

まるで、民族浄化占領した国の女を妊娠させまくって民族を追い出す的な)みたいだ。

この淘汰圧がここ数十年で圧倒的になっちゃったのかねえ。

  

世の学歴社会に乗ってなんとか俺みたいな奴らはサバイバルしてるけど。

次の世代さらにきつくなるだろう。

そうだよなあ。自然にとっては、俺みたいな馴染めない奴は不自然から、なんらかの淘汰があるべきだわ。

俺みたいなのが世の大半になったら滅ぶわ人類

これを代償する圧力って当然あるわけで。

それがドキュン圧なのかな。

2016-03-03

母親人生をぶっ壊された話。

母親人生をぶっ壊された話

創作だろ、と思うくらいで読んでくれれば幸いです)

幼い頃から一緒に暮らしていなかった母親は、

私のことを愛していると言った。

母親と会うのは、月に一度。

住んでいる場所は遠くはなかったが、なぜ一緒に暮らしていないのか、幼いながらにタブーだと知っていたのか、きちんと確認したことはなかった。

それでも母親わたしを愛していたらしかった。

小学四年生の頃の運動会では、全身を私のチームの色のジャージ手作りポンポンや旗を振り揃え、クラスメイト保護者たちの失笑を買っていた。

半年に一回の授業参観でも、私が発表するたびに「私の子です!」と周りに伝え、悪目立ちしていた。

クラスの子からも「変わったお母さんだよね」と言われていた。

私を愛していると言っていたお母さんは、私が高学年になったあたりから回数が極端に減った。

月に一度が、長期休みの間に一度と、年3.4回へと減っていた。

小学六年生の冬、丁度この頃に母親から電話があった。

「お母さんね、整形したの。」

突然の告白に動揺を隠せず、「なんで?」と聞いた声は震えていたと思う。

自分の顔が、嫌いだから。」

その日の電話は、とても長かった。

まり内容をハッキリ覚えていないけど、「お母さんがそうしたくて、そうしたのならいいと思う。お母さんが幸せになるならいいよ。」と返したと思う。

本心かどうか分からなかったが、唯一の肉親だった母親に嫌われたくないための、建前の方が強かったと思う。

母親が返した言葉は覚えている。

あなたのためよ。私じゃなくて、あなたのため。」

ところが、私の人生は一転する。

ある日、登校すると同級生の様子がおかしかった。

から距離を開けて、ひそひそと話している。

瞬時に「やばい。」と感じた。

少女漫画で見たことのある、いじめの始まりのシーンが自分の身に起きていた。

それまでの私は生徒会の一員で、友達も決して少なくない方だった。

そもそも、一学年1クラスしかないような小さな学校だったが、男女ともに仲が良く、学校生活は充実していた。

原因がわからず、一番の親友だった女の子に話しかけると「わからないの?!」と言われた。

怪訝に思っていると、担任に呼ばれた。

担任から聞かされたのは、自分の身に起きたとは思えない、現実味のない言葉だった。

あなたのお母さんがテレビに出て、クラス中で騒ぎになっている。」

その日は早退した。

帰って保護者だった人に担任から聞かされた内容を話した。

担任から電話があったらしく、私よりも詳しく事を把握していた。

当時放送された整形番組母親が出演したらしい。

番組では、母親がどれだけ容姿コンプレックスを持っていて、その容姿によってどんなに不幸な人生を歩んできたか

そして、番組内で整形手術をし、ダイエットをし、美しくなった。

後日、別の学校だった親友に録画してあった番組を見せてもらった時、母親が誰か分からなかった。

番組内では、母親がメインとして扱われ、美しくなり、大物タレントに「幸せになってね!」と励まされ、スタジオ号泣の美ストーリーだった。

自分の身内でなければ、第三者だったら、感動で泣いていたと思う。

でもその日から陰湿イジメを受けた。

番組内のVTRで流れた母親が受けた不幸エピソードを準えるようなものが主流で、傍観している生徒もクスクスと笑う。

小学校はその後すぐ卒業したが、中学校でもすぐに噂は広まり上級生がわざわざ私を尋ねて顔を見に来ては囃し立てるくらいだった。

しかけてくる子はみんな、二言目には母親のことを聞いてきた。

中には、母親のことを聞くことを罰ゲームとして、好奇の対象になった。

初対面で会う人が、みんな大嫌いになった。

初対面で会う人と、うまく話せなくなった。

自分の育った環境が特異的で、どうしても逃げられなかった。

部活動禁止携帯電話禁止、終業後はすぐに帰宅

友達を作ることもできず、何か別のことに打ち込むこともできず、転校もできなかった。

私のためだ、私を愛してるからだと言っていた母親も、住みにくくなり、すぐに遠くに逃げた。

東京で夜の仕事を始めたところまでは把握していたが、その後連絡を取ることを禁じられた。

怒る対象を失い、頼る友達を失い、安らぐ場所を見つけられず、中学時代孤独だった。

高校に入り、流石にいじめはほぼ無くなり友達もできたが、一緒に笑っている友達が、心の中では私のことをバカにしているのではないか、陰で笑い者にしているのではないか、好奇で一緒にいるだけではないかとずっと怖かった。

結局高校時代友達には、私の母親のことを知っているかなどハッキリ聞けないままだったが、心の中で抱いていた疑心を気にしなくなるくらい仲良くなれた友達もいた。

高校卒業し、就職した。

保護者だった人が、念のためと母親に私の連絡先を伝えたと言った。

「もう幸せ暮らして、私のことを子どもだとも思っていないんじゃない」などと冗談めいて言ったが、心の中ではそうに違いないと思っていた。

結果的に言うと母親幸せになどなっていなかった。

美しくなったはずの顔は、数年で元に戻ったらしく、段々と失われる美貌や居場所が原因で、重い心の病気になって入院していた。

母親から掛かってくる電話で「幸せ?」と聞いた時に「全然幸せになれなかった」と言われた時に、初めて明確な憎悪自覚した。

せめて幸せになっていてくれれば、母親を怒鳴り罵り、私がどれだけ嫌な思いをしたか伝えられた。

でも「幸せになれなかった」とハッキリ言う母親を、責めることなんてできなかった。

「そっか、私もだよ。」と伝え、その後母親から電話に出なくなった。

未だに、小学校時代人生が転落したあの日のことを夢に見る。

未だに、目の前にいるこの人は母親のことを知っていて、心の中では嗤っているんじゃないかと思う。

未だに、初対面の人とうまく話せない。

この先、結婚するような相手が出来たら、必ず母親のことは負荷になる。

母親が生きている限り、隠すこともできないだろうと思う。

事の顛末を聞いて、手のひらを返すような人はこちらとしてもお断りだが、結婚相手は受け入れても相手家族がどう思うかわからない。

出来れば、私の過去から消し去りたい。

「どれだけ親と仲が悪くても、産んでくれたんだから感謝しやきゃいけない」

という言葉を聞くたびに、虫酸が走る。

今では母親が近くに住んでいなくてよかったと思う。

近くに住んでいたら、危うく殺しかねない。

でも母親には幸せになって欲しいと思う。

私が一番楽しい青春時代を奪われた分、幸せになってくれなければ割に合わない。

美しくて、幸せに楽しく生きる母親に、自分をぶつけ転落させたい。

なぜ今これを書こうと思ったのかはわからない。

ちょうど10年が経ち、自分の中で一つのケリをつけたかったのかもしれない。

当時の知り合い以外に、自分からこの話をしたことがなかったから、他人見解を聞きたいのかもしれない。

私の考え方は間違っている、私の不幸の原因は母親ではなく私自身にあるのだと叱って欲しいのかもしれない。

つらかったね、頑張ったねと慰めて欲しいのかもしれない。

こうすればよかったのに、こうすればいいのにとアドバイスが欲しいのかもしれない。

お前より不幸な人間は他に五万といる、と鼻で笑って欲しいのかもしれない。

所詮自己満足である

私の人生は、私が身動きを取れない間に、唯一の肉親に壊されてしまった。

こう言って私は、この先もずっと母親を恨んで、母親に全ての責任転嫁し続けると思う。

お母さんへ、私のために幸せになってください。

2016-02-23

田舎と都会で私立高校位置づけの差が激しくて今更ながらびっくりしている。

地元だと私立って各地で公立諦めた人とか、背伸び受験して落ちた人の滑り止めで1クラスから2,3人しか行かない感じだった。

住んでる地域から願書が出せる公立高校10校くらいあって、大体その中から自分レベルにあった高校を選ぶ。

上位の公立高校は毎年東大とか京大とかに何人か行ってるみたいだし、

下位の方は世紀末めいた学校生活らしいから、本当にピンからキリまで公立って感じ。

都会にいくと上位公立よりさらに上に上位私立みたいなのがあるとは聞いてたけど、

ニュース見てたら今住んでる地方都市はそもそも中学卒業する人数より、

公立高校の定員が数千人単位で少なくて、人気のある公立校結構狭き門になっているらしい。

なんていうか、そのぐらい私立に行くという選択が当たり前だし、選択肢も多いんだなあ、というのをようやく実感した。

そらー、子供私立に通うことになる可能性が田舎より格段に高いなら街の方で子供育てるのにお金かかるわなー。

これで塾に月数万とか模試代とか教材費とかクラブ活動とか……ってなったら、

今の400万いくかいかないかみたいな収入じゃとてもじゃないけど子供作る気にならない。まあ予定もないんだけど。

自分年収200万ぐらいの片親だったけど、田舎だと地域の平均水準ぐらいの教育は受けられてたから、

倍ぐらいあるしなんとなくヨユーヨユーとか思ってたけど、全然そんなことなかったわ。

2016-01-24

青春ミスりやがって

小中高、スクールカースト最下層でこそこそ生きてた。卑屈で、劣等感の塊。髪の毛ボサボサで、ダサかった。

今思えば、普通に素直に生きてニコニコして、そこそこ頑張ってれば、普通青春おくれたんじゃないかと思う。

親友とか異性の友達とか、できたかもしれない。恋人だって

楽しい学校生活おくれたんじゃないかって。

貴重な青春ミスりやがって。もっと、うまく生きられたらよかった。

2016-01-11

中学受験ママに言いたい

同僚の息子は、この冬、中学受験をするらしい。高校受験とは異なり、親が相当に拘束されてしまうので、彼もなかなか大変なようだ。

だが、大きな問題がまだ残っているんだ、と彼は言う。なんでも、同僚の第一志望校と奥さんの第一志望校とが異なっているとのこと。

なんで?と聞くと、奥さんの第一志望は確かにいい学校ではあるが、男子校なんだと。彼は、息子を男子校に入れるのは可哀相だから止めよう、こっちの学校は共学なうえにいい学校だよ、と奥さんを説得したものの、聞く耳を持ってもらえなかったと嘆いていた。

分かる、分かるよ、同僚。

なんで、女の人って、息子を男子校入学させることに抵抗ないんだろうか。


中学受験ってことは、中高の6年間を女性隔離されて過ごすわけですよ。多感な思春期の貴重な6年をまるまる。こんな生き地獄がありますか。息子さんはまだ小学生から事の重大性を分かっていないでしょう。お母さんに「こっちの学校のほうがいいと思わない?男の子友達もいっぱいできるよ」と言われたら、ああそうかなと思ってしまう。女子意識し初めて、会話するのが少し恥ずかしくなってくる年齢でもあるし、男だけの学校生活っていうのも気楽でいいかな、と安易に考えてしまう。

まあでも、13、4歳になれば嫌でも性欲に目覚めてしまうわけです、男って生き物は。女の子キスしたい、エッチしたい衝動っていうのは否応なしにやってくる。そんな性欲に衝き動かされるように、どうしたら女の子と仲良くなれるのかを悶々と思い悩むのが、中高生の男って生き物です。女の子と恥ずかしがらずに話ができた、そんな些細な出来事だけで、人生ステージを一段上がったような気分になってしまう年頃なわけです。こうした小さな体験を積み重ねて、時には酷く傷つきながら、男の子は男女間の作法や、自分武器みたいなもの発見し、成長していくわけです。人生には、それぞれのライフステージにおいて積んでおくべき経験というものがあります。幼少期には親の愛が必要であったように、思春期には異性との交流必要なんです。思春期に、同世代の異性と触れ合えるは学校生活しかありません。しかしながら、男子校では、異性との交流という思春期に済ませておくべき経験を積むことができません。息子さんは、いつまでも可愛い子供ではなく、これから大人への階段を昇っていきます。性欲、異性を求める心は否応なく湧いてきますし、それは決して悪いことではありません。むしろ、そこに蓋をしてしまうことが、息子さんの心身の発達、成長に暗い影を落としてしまます。息子さんが同世代女の子と接するのは、大学に入ってからになるでしょうか。そこで、息子さんは愕然とすることでしょう。周りの共学卒の男たちが気軽に女の子に話しかけていることに。息子さんは、まもなく成人になろうかという年齢で、ようやく、女の子と緊張せず会話するというミッションに挑むことになってしまます。これは相当なハンディキャップです。女性であるお母さんには分かりかねるかもしれませんが、男は、じっとしているだけでは、何も始まりません。自分から能動的に動かないと、女の子とは仲良くなれないのです。息子さんが、大学で気になる子にどうやって話しかければよいのか見当もつかず、もじもじしている間に、他の男がその子と付き合うようになっているでしょう。もし、息子さんの外見が良ければ、話しかけてくれる女の子はいるかもしれません。でも、息子さんの経験の無さに由来する自信の無さ(或は過剰なポーズ)にがっかりして女の子達は去っていくことでしょう。こうした負の経験を積み重ねて、息子さんは女の子と仲良くなることを諦めることでしょう。闇のようなものが息子さんの心と身体を覆い、息子さんは、自分の殻に閉じこもってしまうか、悪くするとネット女性叩きに走ってしまうかもしれません。よしんば、大学を出て一流企業就職したとしても、息子さんが抱えてしまった闇は晴れません、誰からも愛されず、愛することのない人生を送ります

分かりましたでしょうか。人生はい学校に入ればそれで万事良しというわけにはいきません。親に出来るのは、息子さんの人生をトータルで俯瞰し、より良い選択をすることだけです。もう一度、よく考えてください、お母さん。

2016-01-10

喪女的外見を脱皮出来た理由

私は変にプライドが高く、黒髪メイクに抵抗があるスッピン喪女だった。外見に関しては世間の人様が私と一緒に歩いてる所を「誰かに見られたくない」と思われない程度の「清潔感」や「小奇麗」なスタイルをしていた程度だった。因みに腫れぼったい一重。コンタクトレンズも怖くて出来ない人間だったから授業中だけ眼鏡

勉強を頑張ったり、何かしらの成果物を残す方向で、皆に認められようと努力し、クサイ言葉だけど「ありのまま自分」の姿で生きてきた。

メイクに抵抗があるのは、中学の頃からずっと。何だか顔に美術を施してるみたいで…何よりもメイクしたら最後。まるっきり自分の顔じゃあない。本来自分はどこ?

正直顔面詐欺だ。詐欺な顔で友達を作っても(釣っても)、この顔で寄ってきた子達と友達になっても真の友達じゃないし、何か仕事をしても正当な評価じゃないから。だから不細工だけど小奇麗にしていて数字を残していれば、私はそれで良いと思い込んでいた。

それは、非常に浅はかな考え方だった。それに気が付いたのは、進学してからだ。

1個上の先輩を好きになった。電車の窓に映ったスッピンの私の顔がどこか「女」の顔になっているのが、自分でも解った。ほっぺたはどこか赤いし、表情が違う。変な言い方をすると、世界中人達を愛せる様な、今なら何でも許せる、そんな大らかな気持ちを抱いてた。体中がポカポカして、無意識スキップでもしちゃうんじゃないかって位。

先輩に告白したい。でも出来ない。しちゃいけないって解ってた。理由は2つ。

好きだったけど、偏差値も人として(既に先輩は大人と対等に会話できる人だった)色々スペックが違い過ぎて。お呼びでない感はもう空気感で伝わった。私は告白なんてする土俵にすら上がれない事は、本能的に悟った。だから告白できなかった。

それから、先輩は煌びやかな造形美な女性が好きだった。北川景子佐々木希滝川クリステル同級生学内に居る女子に対しても、そう言った華やかな女子に対する態度と、素朴な女子に対する態度とはあからさまに違っていた。

私は自分のちっぽけなプライドをへし折って、メイクしたり垢抜ける事は出来なかった。結局は自分個性を、私は取ったんだ。初恋だったのに。今ある自分の素材の範囲内でのオシャレと減量(163cn 46kgになった)。私のプライドと折り合いを付けた努力は、その程度だった。案の定、造形美な華やかな女子や先輩方とは、足元にも及ばなかったし、一緒の空気さえ吸えない程の外見。

そうこうしていると、私は某男子から告白された。外見が太ってて背も低くてキモい男子だった。例えるなら、銀魂の「ハタ皇子」そっくりだ。性格社交辞令を真に受ける様な、それでいてナルシスト男子学校の皆は彼を茶化しちゃいけない相手として接してきた。何か茶化したら、ちょっとした一言自殺ちゃうんじゃないか。そんな様な男子

どこかのブログで「僕は性の対象として観てない女子から、性の対象として見られていたと知った時ゾッとした。好きでも無い女子から告白された時、「死ね」と思った。精神的にもダメージが大きかった。だから不細工自覚している自分から絶対告白しない。正直言って、相手の女性からしてみたらテロ被害者である。」というのを読んだ事がある。

まさにその通りだった。私は彼から告白された時、丸で末期がんを診断されたかのような、奈落の底に突き落とされた。

私の事が好きな事は何となく解ってたけど、クラスメートとして、適度な距離を取りつつ、挨拶をする程度にしていた。私は彼に対して決して誤解を招く様な発言も行動もしてなかったと思う。害はないと、思っていた。だから、ノーガードだった。突然呼び出されて、告白された。

「何で私なの?」

だって、〇〇さんは美人だし、△△さんは可愛いし、僕には到底告白なんて無理だから。でも、貴女は僕とあいさつしてくれるし…」下を向いたまま、何故かコーヒーストローの紙でずっと折り紙?をしている。

まり、私は彼にでさえ「コイツなら嫌とは言わないだろう。素直だから自分意見を持たない良い子だから自分にも手が届きそう。」と思われていた程度の存在だった。

自分市場価値というものを、痛いほど実感した。先輩に好かれたいとか告白なんて、もう絶望的なレベル人間である事も、十分痛感した。

こんな精神的に病む事を、先輩に経験して欲しくない。だから、今の私は、先輩を好きになる事すら迷惑がかかる存在。一方、ハタ皇子気持ちもよく解る。だから丁重お断りした。それでも毎日毎日距離を縮めてきて「友達から、良いよね?」と昼食を同席してきたり、フィールドワークの際もついてきた。終いには、「昨日、忙しそうだったけど、なんのイベントだったの?友達なんだから聞いても良いよね?」とやたら詰め寄ってきた。

友達」という大義名分で、どんどんとハタ皇子が近寄って来て、気持ち悪いという気持ちがやがて、「ウザイ」になった。

「いい加減にしてよ!」と叫びたかった。でも、言えなかった。私も、一歩間違えれば絶対に先輩に盲目になり猛アピールしてたと思う。そうなったら先輩は私を再起不能にするまでに一喝するだろう。それを想像すると、背筋が凍った。だからハタ皇子気持ちも解るし強い口調で「いい加減にしてよ!」だなんて言えなかった。

私は、考えるに考え、笑顔を作りつつも、徐々にフェードアウトして、なるべく同じ授業を取らない様に、気を使いながらニアミスしない様に、学校生活を送った。

そして7年が経った。

私は卒業してからアイプチに手を出し、都内の有名美容院巡りを経て出会った女性スタイリストさんが独立して経営する小さな美容院に通っている。

お堅い仕事柄、スーツだけれども、私服も、シンプルながらも地味すぎない、小物を使ったファッションを採り入れて、無理のない、背伸びをしない、オシャレを楽しむ女性になった。雑誌は買わないけれど、オシャレな女性を見ては真似をしたり、服の配色や自分絶対似合う服を把握。女を楽しんでると思う。

アイプチ効果は偉大だった。周囲の人たちの態度がまるで違った。人扱いから、贔屓扱いしてくれるようになった。「可愛くなったねえ」「お姉さんになっちゃってまあ」。苦手だったコンタクトも克服できた。因みに、つけまカラコン無し。アイメイクアイプチだけ。と言うか出来ないよね、アイプチノリだし。

社会に出てから男性から告白されるようになったし、「美人」とか「班のマドンナ」とか言われるようになったり、視線も多く浴びるようになった。周囲から見返りを求めずチヤホヤされる事も初めてされた。女扱いが初めてばかりので必然的に私は、しどろもどろで腰が低くなる。「調子に乗らない良い子」「付け上がったり高飛車じゃないから良い」とか。

人間ってここまで私は変われるんだ…プライドをへし折った、それだけで。別世界社会人生活を送っている。

人間ってここまで外見が違うと扱い方が変わるんだ…。人間不信じゃないけれど、人間の心って不思議だな、と思った。同じ「私」なのに。

漸く、軍資金も、経済基盤も、社会人としての生活も、衣食住も、整った。

けれど、卒業から同窓会などには一切出ていない。例の先輩に私が何故か告白しフラれた事になっている様だ。そしてハタ皇子からリベンジをされそうなので(実際FB友達申請が来た)恐いし、正直行けない。先輩の件も、ハタ皇子の件にしても、その二つを考えると、どうにも腰が重くなった。

経済的にも精神的にも女としても、成長したら、先輩に告白するつもりだった。今がその時だと、思ってた。腰が重い…でも、その思いはムダだった。

既に先輩は就職して赴任先で出会った、同業他社女性結婚したみたい。去年から東京に戻ってきたみたいだけれども、もうパパなのかな。

「遅かったか」と思ったけれど、不思議とショックはそこまでなかった。だって、好きならお互い自然にそうなってたはずだし。それに、社会人になってから「人を好きになる事」という事を改めて実感した。身が焦がれるような恋が、この世にこんなにあるんだって事も知ってしまたから。素敵な男性が、沢山いるんだって、知ってしまった。

だったら学生時代に、告白してればよかった?という思いがよぎる度に、ハタ皇子から告白精神ダメージを思い出し「私は正しかったんだ。」と思えた。

何よりも、このプライドの高い私が、メイクに手を出し、自分を変える・捨てる、なんて一新させ、今の生活があるのも、ハタ皇子のおかげなのだ

ハタ皇子が私の市場価値の低さを、結果的には教えてくれた、目を覚まさせてくれたんだ。

いつか、私が好きになる男性に、失礼のない様に、見た目も可愛くなる様に、ほどほどに気を配るつもり。

因みに、二重になったので、今はアイプチ卒業。今は普通に昔の同期と会ったり、先生と会ったり、コミュ障大分なくなったかな。

私にとって、自分を見つめる事は、とても大きな壁だったけれど、強引な形で向き合わざるをえなかった事で、喪女的外見から卒業できました。

でも、矛盾しているけれど、今でもスッピン勝負している女性達にはエールを送りたい。私は負けたけれど、彼女たちの「ありのままの姿」で家族を持ち生活を送る方々には敬意を示したいと思っている。

乱文で御免。ここまで読んでくれて、有難う。

2016-01-04

友だちが居なくても許してほしい

友だちが居なくたって生活はできるし仕事もできる。仕事必要コミュニケーションと、プライベートな交友は別物だ。業種にもよるのだろうが、他人個人的に親しくなるスキル不要仕事は世の中にごまんとある。

確かに、友だちと過ごす時間楽しい。でもそれは、無くても問題なく生きていける程度のものだ。私は唐揚げ焼き鳥が大好きだけれど、明日から急に鶏肉が食べられなくなったって、絶望せずに生きていけるだろう。唐揚げ焼き鳥の無い世界は少し寂しいけれど、美味しい食べ物は他にもたくさんあるのだから

友だちが居ないと不安になるのは、周囲の人間の目によるものが大きい。友だちが居ないというだけの理由で異常者扱いされ、場合によっては肉体的・精神的な暴力さらされることになる。なぜ、積極的危害を加える側が「正常」で、日々を平穏に過ごしたいだけの存在が「異常」なのか。理解に苦しむ。

友だちを作らねばならないという重圧は、特に学校生活において顕著だった。クラス担任は必ずと言っていいほど、友だちの有無を気にかけていた。別に友だちが一人も居なくたって、卒業までは学校に通うつもりだから、放っておいてくれ。友だちが居ないこと自体は大して辛くはない。友だちが居ないのが悪だという、その重圧がしんどいんだ。学校の居心地を悪くしてるのはお前らなんだよ。

友だちを増やすこと、友だちと一緒に過ごすことを重要視する価値観否定したいわけではない。私は、そういう価値観共感はせずとも理解はする。邪魔をするつもりは全くない。でも、だからこそ、私の価値観を少しくらいは尊重してくれたっていいじゃないか。

2015-12-23

高校東京大学を退学した話

これは 退学 Advent Calendar 2015 12/18 の記事です。

勢いで登録したものの1週間近く過ぎてしまったこと自体が、2回も退学するような人間であることをよく表しています

てきとうなブログスペースがないのでここに書き殴ります。なるだけ時系列順で。

高校入学以前

物心ついたときからなぜか勉強ができたというか、テストの点数だけは良かった。

小学生時代は(客観的に本当にそうだったのかわからないが)イジメられるような人間で、

それがイヤになって公立中学を避けて、中学受験をして私立学校に進学した。

ここがいわゆる進学校的なところで、中高一貫校の利点を活かして中学のうちから高校の授業をするようなところだった。

模試なんかも1学年上の模試を受けさせられたりしていて、自分にはそのような先取りの学習スタイルが合っており、

中学卒業する頃には高校理科系の科目については教科書の内容を終えていた。

はいガリ勉だったわけではない。

中1からギターを始め、まわりの友達楽器を教えてバンドを組んで、

自分たち企画してライブハウスを借りて同級生を集めてライブイベントを開いたりしていた。

高校入学

音楽にドップリはまって、東京に行ってミュージシャンになりたいと思い始めた。

また、当時流行していたモーニング娘。にも衝撃を受けて、後藤真希に激ハマリ

自分上京して音楽家として売れて後藤真希結婚するのだ」と強く思い込むようになった。

すでに高校学習内容を終えていた自分にとって、学校はひどくつまらなかった。

拘束のキツい進学校で、朝課外・夜課外というもの必須で組み込まれており、

7:30-18:00 という長時間、わかりきった授業を受けるのが耐えられなくなった。

こうなることはだいたい予想できていたので、別の高校受験検討していたが、

その学校には「他の高校受験してはいけない」という規則があったため叶わなかった。

(これがどの程度の強制力があるものなのかわからないが。)

そのうち学校に行かなくなって、自宅で将来を空想して過ごすことが多くなった。

この頃インターネットにハマって、アイドルのファンページや 2ch を見始めた。

スムーズ上京してミュージシャンになるにはどうしたらいいか」を考えた結果、

こんな無駄学校生活を送ってもしょうがない、

アルバイトをして音楽機材を買い、東京大学合格して上京しようと思い始めた。

親や学校に退学の相談をしたが、当然のように引きとめられた。

しかしながら、いくら試験の点数が良くても授業に出なければ卒業はできない。

とにかくアルバイトがしたかったのでそこを押して交渉したら、

本来禁止だが新聞配達なら許可してもらえることになった。

(が、もともと通学できてないのだ。新聞配達をして寝るようになった。)

学校に行かないまま時間けが過ぎ、高2の夏ごろになり、

正攻法では無理だと考えた自分家出奇行に走るようになり、

周囲の大人にだいぶ迷惑をかけた。

「今辞めたら大検を2回受けられる」というのを切り札にして退学した。

(が、大検会場が田舎でめちゃめちゃ遠かったので、結局1日目しか行かなかった)

高校中退 - バイト漬けの日々

17才高校中退した自分大学入学までのミッションは、

音楽機材を買い集めること」と「東京大学合格すること」だった。

とりあえず年齢を偽って深夜のコンビニアルバイトを始めた。

平日深夜はコンビニ、土日昼は結婚式アルバイトという具合で、

週5-6日バイトをしてフリーター程度に稼いでいた。

昼夜も逆転しているため勉強どころではなかった。

(これがのちに自律神経を壊して大学を辞める布石になる)

高3の8月までコンビニ12月まで結婚式バイトを続けた。

当時一番つらかったことは、「実は高校中退していない」という悪夢を繰り返し見続けることだった。

この時点で自分はただの中卒のフリーター大学合格しなければただのドロップアウト未来はないだろう。

それが自分には受け入れられなかった。もともと「高校を辞めたい」と思って辞めたわけじゃない。

「つまらない教育制度が悪い」と思って辞めた。より高等な学問勉強たかった。

自分勉強すればいい」には「つまらない授業のために教室にいられない」と答えるし(学費私立なので高い)、

海外飛び級すればいい」には「そこまでの度胸はない」と答えていた。

アイドルにハマっていたというのも大きいが)

このように、「本来自分(と思っているもの)」と「現実自分」とのギャップの大きさに耐え切れず、

「本当は高校中退してないよ、お前はマトモだよ」という甘い夢を見続けることになる。

現実は甘くない。そしてこの夢は大学に入ってからも数年続いた)

バイトに通う道すがら、制服を着た学生を見かけると思わず身を隠すぐらいこわかった。

大学受験

高校1年生の頃「東大、イケるな」と感じて退学を決意したが、

ろくに1、2年勉強しなかったのでさすがにハードルを上げすぎたなと後悔した。

しかし、努力が長続きするタイプでもないし、勉強机に何時間も向き合える性格でもない。

当時は枕元にバイトで買った Macディスプレイを置いて大学受験板、大学生活板、モー娘。板などを見ながら

寝そべった体勢で受験勉強していた。

直前の模試では良い結果は出なかった。

「これはヤバイ」「人生終わったか?」と不安になったが、実際にはなんとか現役で合格できた。

合格発表現場に行く勇気はなかったため、インターネットで番号を見つけて喜んだ)


このとき一番うれしかったのは何といっても「憧れの東京一人暮らしできる」ということだった。

とにかく何でもできる気がしていた。今まで辛い思いをした分、ここからはバラ色の人生をつかむのだ。

大学なんてどうとでもなるだろう、問題はどうやって人気者になって成功するかだ。本気でそう考えていた。

大学入学


今思うとまったく甘い考えであるが、結果、大きな挫折にぶちあたることになった。

まず、朝起きれない。武道館で行われる大学入学式遅刻した。(入場できたかどうか覚えてない)

入学を記念するアルバム?のための写真撮影遅刻した。

親が記念に購入したアルバム自分が写っておらず、ひどくガッカリさせてしまった。

(また、自分が在学していた証拠が残らないという結果にもなった)

とにかく学校に行けない。友達ができない。

どこに行けば授業が受けられるのかすらわからない。

つのまにか試験の時期が来たが、試験の受け方もやはりわからない。

大学とは、こんなに不案内なのだ驚愕した。

結局何もわからないまま、2年が経過した。

単位は1つも取れず、それどころか1点も取ったことはない。

僕は鬱病になった。薬漬けになり、体重は 20kg 増えた。

(この頃も「高校辞めてないよ、大学行けてるよ」という悪夢を見続けて辛かった)

大学を退学


入学させてくれた親との折り合いも付かず、往生際も悪く、結局5年も在籍して、1度も進級できなかった。

まりタイムアップである。(8年在籍できるが、もう卒業の見込みがない)

通常であればここで実家へ戻るのであろうが、

上京からインターネットの知り合いから仕事を紹介してもらって、

なんとか東京に残りたいと説得した。

(当時22才くらい?タイムリミットを設けたか覚えてない)

しかし、それも束の間。

アルバイトのような仕事転々とした後、家賃を滞納して強制退去。親に泣きつくことになる。

いよいよ田舎に帰るしかないか?となったとき

本当に運良く奇跡的に、正社員になることができた。

ルームシェアしていた友人の家に転がり込んだ。

いろいろあって25才くらいだったと思うが、当時は自分正社員になることなんて絶対に無理だと思っていたので、

人生は本当にわからないものだと思った。

今でも、どうにかこうにか東京にいることができている。

後藤真希さんは娘を出産された。

10代のあの頃、自分がこんな人生を送るとはまったく想像していなかった。

ひとえに、まわりの大人・先輩方のおかげとしかいいようがない。

(ちなみに大学の友人は一人もいない)

まとめ

うっかり長文になってしまった。

振り返って思うのは、(よく誤解されるのだけど)僕は退学したいと思って退学したわけではない。

退学したことそれ自体を、自分の特徴・ネタにしたことで、

なんとかまわりの人に助けていただいたということが大きい。

はいえ、もう1度人生をやり直せたとしても、自分は退学することしかできなかっただろうなと思う。

今は、N高等学校 のような取り組みもあるし、

今後も、自分のような平均的でない人間であっても苦しまなくていいような柔軟な教育体制になっていってほしいと心から思っている。

当時の僕にN高等学校選択肢があれば、まちがいなく選択していただろうと思うから特にである

2015-12-21

学校時代に戻りたい

テストの成績が悪いからって「使えないやつ」なんて言われなかった。

友達趣味を聞いたら「プライベート学校生活は分けてるんで」なんて言われなかった。

夜の校舎窓ガラス割って回っても腐ったみかんと呼ばれなかった。

人生大切なことはすべて学校で学んだ。

大人になりたくないなあ。

ニーターパンよ永遠に

2015-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20151214122118

女の人生って人間関係の戦いばっかりだからなー。

学校なら誰と仲良しグループになるか?で学校生活が変わり

就職すれば、先輩後輩、お局様といろんな人とうまく渡り合う必要があり

結婚すれば、嫁姑関係に悩まされるみたいな。

しかも男と違って暴力で決着することはせずに、

表面上は誰とも仲良く振る舞いつつ、裏でかたをつけるみたいな。。。ね。

2015-12-10

人生親友というものができたことがない

私は現在大学生なのだが、考えてみると、人生でいわゆる親友というものができたことがない。

その時々で仲の良い友人はいたし、学校生活を送るうえで困ったことはない。

しかし、学年が変わるたび、毎回リセットされていたように思う。

友人関係は移り変わっていくものなのは当然なのだが、私の場合は移り変わりすぎなのである

親友がいないなどといった大層なものではなく、ただ単に人間関係が長続きしないだけともいえる。

そこで友人ができ、続いていくまでのプロセスを考えてみると、

知り合う→大勢で仲良くなる→個人的に仲良くなる

といったプロセスではないかと思う。

そう考えると、私は個人的に仲良くなることができないようだ。

その原因を考えると、

1、飽き性 2、あまり人に興味がない 3、一人になるのに抵抗がない

の三つだと思う。

1について、同じ人とばかりいると飽きてしまうというところが私にはある。

同じ人といるよりは、いろいろな人と次々会話している方が、多くの考えに触れることができて楽しいと考えてしまうのだ。

そうして友人関係はめぐるましく変わってしまう。

2について、人の考えだったり、意見だったりを聞くのは前述のとおり楽しめるのだが、その人自身に興味はない。

人の行動や意見にはもちろん関心はあるが、その主体にはまるで関心がない。

3について、友人といるより一人の方がいいと中二病染みたことは言わないが、友人といるのも、一人でいるのもそれぞれのよさがあると思う。

よって、一人になる恐怖がないので、必死に友人を作ろうという努力はできない。

以上分析してみたが、結局何が心配かというと、結婚式に呼ぶ人をどうするかなあというところである

そもそも相手が見つかるかという問題もあるが。

2015-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20151110181754

私も実際に周りの話を聞くまでは「学級崩壊またまたー。」みたいに思っていたが、半径三メートル公立校での実体験とか、学校訪問体験談とか、入学説明会体験談とかを総合して、「学級崩壊を確実に避けたいなら私立しかないよね」に落ち着いた。

別に公立校はまともじゃないとは言わないが、たくましい精神を持っている子供でないかぎり、特に中学時代はつらい学校生活を送るだろうとは思う。田舎学校で上位25%を取り除いた場合に、学校がどのような雰囲気になり、そこでどのような価値観が重視されるか想像すればよい。一人っ子なら私立に送れるが、二人いるとふたりとも公立校になる、という場合に、二人目をつくる選択の魅力は確実に減る。

あと、うわさ話レベルの話だが、港区とか、本当に地価が高いエリアは、変な人は一人も学区にいないから公立校でなんの問題もないらしい。

2015-10-05

本当は恐い「ここさけ」 つづき

http://anond.hatelabo.jp/20151005175917

の続き

核家族ホラー」としての「ここさけ」

「心が叫びたがっているんだ」を語るにあたって、最も欠かせない部分。それは学園パートではなく、家庭でのシーンにあると思う。

意外に思ったはずだ。学級会議で突然歌い出した成瀬に対するクラスメイト人間的にまっとうすぎるリアクション。そしてそもそも成瀬のような生徒がいじめられていないクラスという環境最初の印象は「やさしい世界」そのものだった。

しかし一方で、私はこのクラス環境について、全くのファンタジーだとも思わない。私自身、近い環境経験したことがあるからだ。私は高専という5年間同じクラス学生生活をし、工業系ということでオタクばかりが集まった中で学生生活を送ったことがある。それがちょうどあのクラス環境に似ていた。いわゆるリア充スポーツマン、根っからオタクなどその中でもカテゴリ存在していたものの、それぞれに学園ヒエラルキー適用されるのではなく、お互いに棲み分けを行うような形で折り合いをつける。結果、異分子的な存在に対しても特に働きかけることもない一方でいじめのような状況は発生しない(しなかったと思っていると付け加える)。

おそらく「ここさけ」の舞台学校も、近いような環境学力的にステロタイプに表すなら、偏差値が高いほうではある一方で、エリート校と言うほどではない奇跡的な案配といったところなのだろうと想像した。

ともかく、「やさしい世界」的に描かれた学校のシーンは、とても淡泊なものとなった。これはいじめ描写を除外することでその他のドラマ描写を注ぐためだったのだろうと思う。(本当は少し違うと思うのだが、後述する)

そのドラマとは当然青春ラブストーリーもあるが、それよりも重要なのは家庭のシーンだったと考えている。

女の片親モデル成瀬

まずは描写も直接的でわかりやす成瀬の家庭について説明する。

彼女の家庭環境描写は直接的かつリアルだ。

まず、女手ひとつ子供を養うために母親が就いた仕事が「保険勧誘員」というところ。ある程度年齢がいった女性が中途で採用される職業で、比較的安定しており生活が成立する収入を得られるものとして、典型的ものだ。彼女らの仕事は半歩合制であることが多く、望む収入によって仕事の量が変わってくる。夫婦共働きなら昼間だけつとめれば良いが、一般的サラリーマン並みを一人で稼ぐとなると残業は当たり前で、劇中のように帰りが遅くなることが多いだろう。

そして、母が在宅していない時、成瀬一人で自宅にいるときの「明かり」の付け方。あれもものすごく写実的だ。リビングのうちシステムキッチンの明かりだけつけて最低限の明かりを確保するだけ。ひどくリアルだと感じた。これは単に成瀬の暗い性格を表す演出というだけではなく、親が出かけており子供一人で留守番をしている光景として、典型的ものだと思う。電気代を節約して家計に貢献だとか、そういうことでは恐らくない。単に子供一人にとって、一軒家が広すぎるからだ。どうしても明かりは最低限となり、家全体で見たとき、点々と明かりがぼんやりとついているような状態になるのだ。何も片親だった人だけでなく、夫婦共働きの子供だった人なら思い当たるところがあるだろう。

車の音やインターホン他人や親の気配を感じてびくりと身構えるあの感じも、そのものを写し取ったかのような正確さだと思う。

片親の親、あるいは子。共働きの親なら胸が張り裂けるような描写であっただろう。

登場人物のうち、自宅の描写があるのは成瀬と坂上だけだが、坂上が昔ながらの一軒家の形式に対して、成瀬の家が異なっていることはすぐ気づくところだと思う。

彼女の家はいわゆる分譲住宅だ。幼少期の描写ではぽつんと一軒成瀬の家だけが建っていたところから現在では周囲に家が立ち並んでいるところをみると、成瀬の父親は転勤族であり、新しくできた分譲住宅に飛びつくような形でやってきた新参者だったのだと想像できる。

そこでまもなく彼女意図しない密告により、両親の関係は決裂してしまうことになる。母親子供を養うために働きに出るしかなく、自動的にご近所づきあい破滅的に。地域性というバックボーンがない新参者のために、塞ぎがちになった成瀬に対しても「近所のガチンチョ」だとか、「面倒見の良いおばちゃん」のようなケア存在しなかった。

建物つの描写をとっても、このように彼女が今に至るまでで、そうなってしかるべきであったという状況が、写実的に示されているのだ。

この状況は、成瀬本人にとってはもちろん、母親にとっても過酷だ。母は成瀬に対して辛く当たるひどい親として描写されてはいたが、彼女立場に立ってみれば、同情を禁じえない境遇といえるだろう。

上家成瀬の母が「娘がおしゃべりで電話代がたいへん」なんて見栄を張っている描写もあったが、恐らく彼女仕事場でも同じ嘘をついている。

典型的母親のつく仕事である保険勧誘員」という職場において、子供話題というのは避けて通れないものだろうから

「心が叫びたがっているんだ」という映画。うわっつらはありきたりで平和青春ラブストーリーであるが、このように少し掘り下げるだけで緻密で残酷描写がちりばめられている。

しかしこれだけではない。行間に隠されてはいるが、物語の読解に重要なもう一方。勝るとも劣らない残酷描写がある。

それはもちろん坂上の家庭環境だ。

男の片親モデルの坂上

坂上は父方の祖父母の元で生活している。そこは父親の実家であり、本宅でもある。しかし父親は家には寄りつかず、事実上は別宅みたいな扱いになっている。坂上の両親も成瀬の家庭と同じく離婚しており、母親が居ない片親の環境子供の世話は父の両親、坂上からすれば祖父母に任せっきりだ。

以上が物語上で語られ、描写された内容ほぼすべて。祖父母が居ると言うことで、成瀬の家とは異なり暖かい明かりに包まれており、表面上とても平和描写されているし、事実平和なのだろうと思う。

しかしこれらの「行間」には、特に現役の父親にとって、致死量のカミソリが仕込まれているのだ。

それは、直接的には描写されない坂上の父親の影を追っていくことで明らかになっていく。

まず、成瀬が初めて坂上の家を訪れたとき通された父親の部屋。あれで一気に、坂上の父親の像がはっきりする。

普通の一軒家に見える家屋の二階に突如出現する、完全防音の音楽室。典型的趣味人の部屋だ。防音設備など普通サラリーマンでは考えられないような出費を伴うものだ。そもそもがあの家自体、広大な土地がある北海道において「坪庭」など、まさに道楽者そのものだと言える。※坪庭というのは家屋の中に四角く切り取った庭をこしらえたもの本来土地の限られた京都などのような所でふさわしいものだ。

そこから推測できる父親像はつまり、かなりの収入を得ている人物。さらに推し量ると恐らく音楽関係業界人。それも相当名の高い人物と考えられる。

坂上は幼少期いやいやピアノを習わされた。しかし次第に夢中になり、ピアノに専念したいから私立校に進学するのはいやだと母親の勧めを突っぱねることになる。彼を擁護する父親、反対する母親。それが坂上の両親の離婚の原因になったという。しか言葉の上では確かにそうかも知れないが、少なくとも現代日本において離婚はまだそこまで軽々しいことではない。子供の進路についてもめることはどこの家庭でもあることだし、私はそこまで致命的な問題ではないと思う。

恐らく坂上の母親は、その件がきっかけで堪忍袋の緒が切れたのだ。家庭を顧みず、父親ではなく趣味人としてしか生きない男に。

男の片親。子育てを彼の両親に一任して自分仕事に専念する。頼れる両親の健在な父親にとって、至極妥当な選択かつ、リアルものに感じる。恐らく音楽業界人ならば、仕事都心のことが多いだろうし、それは当然家庭にほとんど寄りつかなくなるだろう。それに、当人にしてみれば、苦言を言う妻という存在がなくなり、以前よりよりいっそう父親の任を感じることな趣味の延長のような仕事に没頭できるようになったのだ。坂上の祖父母はとても温厚だ。孫相手だというのもあるだろうが、坂上父のこれまで推察した人物像から考えれば、彼もまたこの二人に甘やかされて育ったのだろう。

今の彼は、もう一度独身貴族を楽しんでいるような感覚いるかも知れない。「お子さんいるんですかぁ?信じられなぁい」なんて言われたりして。

父親が習わせたピアノで、坂上は母親を失うことになった。少なくとも表面上の因果的には。

しかし恐らく、父はそれについて罪の意識は抱いていない。そもそも、ピアノを教えたことが正しかった、間違っていたの葛藤すら抱いていないと思う。

ピアノを習うことは彼にとって当然だからそうしただけのこと。彼は自分が息子に与えた影響というものを全く意識していないのだろう。そもそも、父親としての自覚希薄から

息子の坂上自身について考えてみよう。公式サイトにおいての彼のキャラクター紹介はこうだ

本音を言わないエアー少年

まるで平凡で人畜無害子供のような説明になっているが、本編を見れば明白なとおり、事実とは真逆だ。

まずクラスでの立ち位置。無口でエアー的に振る舞う様は説明の通りではあるが、実行委員選抜されたあと、坂上は学級会議の司会を堂々とつとめている。それを受けてのクラスメイトの態度、そして平時からDTM研での扱い。これはいわゆる「表立って目立つタイプではないが一目置かれてるタイプ」の生徒のそれだ。成瀬や仁藤を除いても、もう一人や二人くらい、彼を思っている女子がいてしかるべき立ち位置に彼は居る。これは上で説明した彼の家柄によるものと考えることもできるが、彼の振る舞いを観察すれば、なんとなく推測できるところがある。

まず、その人格常軌を逸している。言うなれば英雄的なところ。

完全に異常者である成瀬に対して、彼は最初から一切、一ミリも物怖じすることなく接した。普通にできることではない。彼の異常性というか、異端、あるいは抜きんでた人格を表していると思う。

「やさしい世界」のクラスメイト成瀬に対して差別的な態度はとっていなかったものの、進んで接触するようなことはそれまでしなかった。

そのハードルを素知らぬ顔で乗り越える。というより、彼自身の異常性のためその特別さに気づいていないだろうところ。彼が一般人とはかけ離れている描写だと思った。

そして音楽の才能。

彼は「作曲はできない」と謙遜してはいものの、ミュージカルの曲目において、それぞれのシーンを象徴する完璧と言える選曲を行った。そして即興クラシックマッシュアップさえしてみせたのである。それも、もう一つの結末の案を成瀬から聞いてたった数秒の逡巡の後にだ。才能があると言うほか無い。

まりそこに集約される。クラスから一目おかれ、常人離れした振る舞いをし、音楽の才能がある、彼はいわゆる「天才である

ここで先ほど挙げたシーンに立ち戻ることができる。

「あこがれのお城」での彼の涙の理由について。

彼はもちろん、彼が説明するとおりの理由で涙した。「坂上拓実」と連呼する彼女言葉に聞き入りながら。

奇しくもミュージカルの最終幕の歌詞をなぞらえるように、音の上では名前を呼んでいるだけのそれが、「愛しています」と聞こえてくるその芸術性に感じ入って涙したのだ。

言葉はその意味を越えて話し手気持ち投影するものなのだと。

あの切迫した状況においてである天才感受性と言うにふさわしい。

さて、彼の父親は誰だったか

音楽業界において有力な人物である。彼もまた、音楽天才と言えるのだろう。こんな自覚希薄な男でも、坂上にとって彼は間違いなく「父親」であった。

彼の影響下の元、彼と同じ家庭環境に育まれ、坂上は父親の人格をしっかりと継承しているのであるいくら自覚がなくても、子供は親の影響を受けて育ち、それらを継承してしまう。

父親の業からは逃れられない。これが一つ目の「ホラー」。

割れていてほしい最後の卵

ところで、ここまで一切触れることはなかったが、仁藤の人格についても考えよう。

チア部のリーダー責任感が強い。ラストミュージカルで急遽代役を務める事になったときの態度からも読み取れるように、背負い込み、気負いすぎる性質を持っている。

私には彼女がある人物に重なって見える。

それは成瀬母親だ。彼女は頼れる両親がいなかったのかもしれないが、どちらにしろよそに頼ることなく、女手一つで子供を育てる選択をした。再婚もせず、もちろん育児放棄することもなかった。

彼女もまた、責任感が強く、背負い込み、気負いすぎる性質を持っているといえるだろう。

一方坂上はといえば、父親としての役目を全うできない道楽者の生き写しである

ここまで考えると想像せずには居られなくなる。

彼らが結ばれ、子供をもうけるようなことになったとき、待ち受けている結末について。

これがもう一つのホラー

そうならないと信じたい。

交流会を通しての経験から何かを得、成瀬や田崎のように坂上もまたその業からぬけだすことができるのだと。

下衆の勘ぐり

以下は蛇足になる。

ここまで残酷で緻密な描写ができる監督脚本家というのは何者なのだろう?と考える。もしかしたら、彼、あるいは彼らもまた、過酷な家庭環境で育ったのではないだろうか。そうでもなければ、ここまで緻密な描写など不可能なのではと思えてならない。

そして劇中の「やさしい世界」としてのクラス部活でもクラスでも一目置かれる坂上の立場

彼は過酷な家庭環境もつ一方で、その救いを学校生活に見いだしていたのではないだろうか。

さらに推し量るなら、彼の担任教師高校教師しからぬ立ち振る舞い。そして文化祭の主役という立場を、スケープゴートとしてしか捉えない大人びた生徒達。彼の原体験は、大学生活にあったのではないか(あるいは高専?)と想像してしまった。

そして家庭シーンの原体験成瀬と坂上の家庭の合いの子。きっと彼は「坂上と仁藤」の間に生まれたのではないだろうか。

そして彼は「父」になることを恐れているのだ。

さいごに

ここまで書いたが、実は以上の内容、ほとんど筆者である私が気づいたことではない。

私はこの映画を、友人たちと連れだって見に行ったのだけれど、そのうちの一人の境遇がまさに、「片親という家庭環境で育ち」「現在父親」というものだった。

彼はその境遇故に、この映画行間に仕込まれ凶器すべての気配を感じ取り、とても傷ついていた。一方で私ともう一人の友人といえば青春ラブストーリーとしてみていたので平和ものだったが。

彼は「もう二度と見たくない」とは言っていたが、その理由を聞いていくうちに、「心が叫びたがっているんだ」という映画全体像を捉えることができた。私はこのことにとても感動したので、彼にぜひブログポストするように勧めたが、とてもできないということだったので、許可を得てこの文章を書いている。彼の現在の家庭は幸いにして、父親である彼と母親、両方かけることない家庭を築けている。(今のところ)

しかし彼の反応を観察するに、とても子を持つ親に勧められる作品とは言いがたいのかも知れない。

下衆の勘ぐりが正しいとすれば、この作品はつまりサマーウォーズ対抗軸、家庭という環境、父、母という存在否定し、子供学校などの社会でその人間性を開花させていくものだと説いたものなのだから

事実子供である成瀬に対して救済はあったが、彼女の母にそれはなかった。ミュージカルのシーンは母への救済と取ることもできなくはないが、今の私には罪と向き合い自分の無力さに泣き崩れる母親に見える。

ともあれ、ここまで読み解いてみてつくづくこの映画凄さ、恐ろしさを感じる。

青春ラブストーリー」としても、「核家族ホラー」としても、核心の部分をすべて行間に潜め、合致する感性を持つ人、あるいは何度も繰り返し視聴した人が、ここまで深く読み解くことができる作りになっていることがだ。

「心が叫びたがっているんだ」は傑作というほかない。

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