はてなキーワード: 自己肯定とは
34歳。営業職。
でも社会人になってからは全然で、というかゲーム自体全然やらなくてなってた。
スト6評判いいし、やってみない?と学生時代の友人から誘われたのがきっかけだった。
で、久しぶりに格ゲーをやってみたんだ。というかスト6を。
格闘ゲームっていうのは元来、バランス調整が難しくて、どう頑張ったってキャラ差が出てしまう。
その点、スト6はマジで頑張ってると思う。
流石に多少のキャラ差はある。でも下位キャラが上位のキャラを倒すのは不可能じゃない。
実際、キャラランクでは下の方にいたザンギが大会で優勝したりしてるし。
それで最初はその友人と嗜む程度に遊んでいたんだけど、気がついたときには熱中してた。
いや、熱中なんて話じゃない。沼だ。本当に沼にはまってしまったんだ。
仕事から帰ったら飯を食って、あとは寝るまでスト6のランクマ。
土日もめったに出かけず、たいていスト6をやってる。
今までオンライン対戦とかしたことなくて、だからFPSとかで何十時間もやってぶっ倒れるまでゲームしてます!みたいな話を聞くと、こいつらイカれてるなと思ってた。
けど、スト6楽しい!ランクマ最高!ってなだけで不満がないなら、それでいいと思うんだ。
でも土日に何十時間もやって、気が付けば日が暮れててさ、窓の外を見るともう夕焼けも暮れて外が暗くなってる。
ああ、俺何やってんだろ。って我に返る。
本当は資格の勉強だってしなくちゃなのに、ちょっとは外に出て何かしようかと思っていたのに。
自己嫌悪に陥る。スト6やってるときにはそんなことも忘れて没頭し、脳内麻薬ドバドバでハッピーなのに。
やめたいけどやめられない。
そんな事態に自分が陥るとは思ってなかったので戸惑ってるし、焦りもある。
友人に話したら「他に興味あるもん探せよ」と言われた。
自分でもわかっているというか、おそらくこうしてゲーム依存になる人は自己肯定感が低いんだ。
自分を認めてほしい。そんな思いでゲームをして、勝つことでようやく自己肯定が少しだけ満たされる。
自分の存在価値が認められるような、そんな思いで延々と対戦ゲームをやってしまうのだと思う。
だったら自己肯定感を高めればいいんじゃないかと思い立ったんだけど、さてどうしようかと悩んでいる。
彼女を作るべきなのかな。
男だけど小学生ぐらいの頃の光GENJIは好きだったのでよく見ていたし応援もしていた
ミュージックステーションは好きだったのでよく見ていたが最後にジャニーズが出てきたら、
チャンネルを変えることはなかったけど「気持ち悪いなぁ」という嫌悪感はずっと持ってた
世間的にも騒がれたりしていなかったので、性加害は昔の話で和解したのかな、ぐらいに思っていて
そこから過去の中森明菜事件とか見てますますジャニーズ嫌いになった
正直、このあたりの事例を見てなぜジャニーズのファンを続けているのかさっぱりわからないし
百歩譲って推しだけを応援しているのならジャニーズ事務所から出ることを希望するんじゃないかとも思う
「視聴者も悪い」という言い方はどうかと思っていて
ミュージックステーションで見たいアーティストが出てるのに横にいるジャニーズを見ないなんてことはできない
嫌いだし見たくはないけど渋々見ている、という視聴者に向かって「お前らも同罪」というのはちょっと違うと思う
公然の秘密として語られていたのに
「知らなかった」
「聞いたことはあったけどただの噂ぐらいだと思っていた」
などと言って自己肯定するファンは加害者意識が無いんじゃ無いだろうか
もちろんトップオブトップで本人とジャニーズ事務所の人間が悪いとして
いろいろなラッキーが重なり、10歳年下の彼女ができたが、その子は既婚者だった。
1年半、間男をやっていたけどもうそろそろ限界かもしれないから聞いてくれ。
自分:38歳 一部上場企業課長クラス 年収1000万円程度 東京住み フツメン
相手:28歳 Y●hooとか楽●とかその辺のメガベンチャー 年収1000万円程度 東京住み 比嘉愛未とか国仲涼子系の顔 Fカップ
彼女と自分は同じ会社だった。隣の部署の先輩後輩としてよく話すようになる。
彼女がJTCあるあるの若い女性社員の扱いに不満を持ったとのことで、「転職をしようかな」という相談をされたのが一回目のご飯。
その時から既婚者というのも知っていた(彼女は大学卒業してすぐに結婚したらしい)
あなたは他の社員とは違いますよね、みたいなことを褒められた。
その日は終電まで飲み、彼女は酔いが回っていて、すぐにやれそうな空気があったが解散した。のちに、彼女からはそれがすごく感動したと言われた。
2回目の飲みは、彼女はメガベンチャーに転職した後、近況報告と送別会を兼ねて飲んだ。
間接的に好きですよということを言われた。
3回目、あれよあれよ体の関係になってしまい、その後も2週間に1回程度逢瀬を重ねる生活をしている。
彼女はとても美人で愛らしいが、ヒステリーがあり、愛着障害やら境界性人格障害などを持っているっぽい。
とても早く結婚をして「理解のある彼くん」をゲットしているのもそう言った背景なんだろうし
自分と二股をかけているのも自己肯定をしてくれる駒欲しさや父性欲しさだということも薄々と感じている。
実際、自分が呼び出されるのも旦那さんが忙しくて構ってもらえていないタイミングが多い。クリスマスは一緒にいられないが、バレンタインや誕生日は一緒にお祝いしてくれる。
例えば、会社で後輩女子と二人で飲みに行ったことを話した際、レストランで過呼吸+号泣を起こされた。
一ヶ月に1回は「大嫌い」といきなり言われてLINEをブロックされる。数日後にケロッと「やっほー」と機嫌を取り戻す。
「貴方からの愛情を感じない」とさめざめと泣かれた次の日には、「愛が重すぎて嫌だ」と切り捨てられる。
これは自分が真っ直ぐに愛情を伝えたら変わるものだと思っていたが、1年半経ってもよくならないどころか悪化している。
最近は「◯◯さん(夫でも自分でもない)と寝た」とニヤニヤされ、こちらの愛情を試すような行為をされた。
読者モデルとかをやるレベルの美人と無料でセックスできるのであれば多少のかまってちゃんは見逃すべきというのも思っていたが、1年半耐えてきて今後も続けていいのかわからなくなってきた。
ちなみに旦那さんとの関係は良好らしく、「旦那にバレたら結婚しようね」と言われている。
彼女の方はあっけらかんとして「不貞行為があった場合の慰謝料300万円だって、払えるでしょ?」と言って笑う。
(文字にすると本当にひどいが、実際の彼女の顔つきや声などを知っているととても可愛く小悪魔的で、赤名リカのように脳内解釈している)
これからどうしよう。
彼女の育ってきた環境が悪く、アダルトチルドレンのように生きていきたから、自分が安全地帯になるならばそれもロマンチックだろうと思っていたが、
かなりきついなあと思うようになった。
当方はこれから先彼女はできない予定だ。(彼女と付き合う前、5年間彼女がいなかった)
彼女が機嫌がいい時に、仕事の話をしたり、美味しいご飯を食べに行く時間は幸せを感じている。そもそも自分が10歳年下の美人の間男をやれているのは文句なんか言えない状況だ。
振り回されている自分も嫌いではない、と結論づけようとしているが、我慢の限界も近いと感じている。
それでも彼女と過ごした時間はとてもキラキラしているし、青春をやり直せているようだ。
彼女と別れてしまったら今後の自分の人生浮ついたこともなくただただ仕事と家の往復をしている生活に戻ってしまう。
ここまでのワガママモンスターに育ててしまうのも、彼女の人生にとってよくないと思う。
新聞に投書するかどうか悩んだけど、今すぐに誰かの声を聞きたいからこちらに書き込む。
ご回答待ってます。
そのとき、「相手に良い印象を持たれるにはどうすればいいのか?」と考えることが自己肯定感を高める指標になります
そして、失敗も自己肯定への道です
その時点以降、自己の特定の評価をつけ続けるという境界線が「釣り」レッテル貼りなんじゃない?
そうではない情報の場合、その次の時点以降からも自己評価や他者評価を取り入れたり組み合わせたりして派生をさせたり再評価したりするんだと思うよ
評価の最終点としての「俺は降りる」を「それはお前が乗るの値しないからだ」という意を込めて自身のポジションをあくまでその文脈にのせたまま表すことじゃないかと俺はおもうよ
②自分に合っていなければその話題に接触しないようにすればいいだけ
③なのにわざわざ自分から接触しにいって接触した理由が特定の評価をつけるためだけ
④自分がその情報において表現したい(したということを認知され好適な評価をされたい)ためにそうでないものを批判するために情報に触れる
たとえば、石を投げるという行為について
・石をなげられる原因
・原因があったとして石をなげつけるという行為
・止めよと言っているが止められていない状況について
・石をなげられているものと見に行くもの・止めようとするものの関係性について
みたいな行動をとる人間がそれぞれいるとして、その規範に行為を確認した段階で「その行動は一貫性がなく自己批判をしないのか」と関係ない話題に方向転換された場合
それ以降の継続不可を示す自分の説明より「相手が”釣り”だったから」として「関係ない話題への方向転換」を批判することが「釣り」評価をしてそれを発信することじゃないかな
びっくり系やどっきり系のものみたいに、自分が話題の方向転換をしたら全体を制御できているような万能感を感じようとする行為に対し、それを仕掛けた側への不満を表明しての離脱(離脱する意思を繰り返すことでその回数や範囲に対し自分の救済としてる)かなと思うのでどっちにしても相手を調子づかせて、それに呼応するように自己肯定をかけると終わりがなさそう
そういう意味でいえば、記事に対してブコメが批判と賛成と少なからずその他の言及があったとして「結局ブコメたちは」と記事に対してでもそれに対する自分の意見でもなく、全然関係ない他人について自己評価をし始める謎のスタンスで俯瞰した自分を自己肯定しようとしてるものに似てるって気がするね
まあようするに「俺がそう思ったから」だよ
立派な仕事してるのに「自分の仕事なんかしょーもないもんですよ」と謙遜ができる人間が本当に少なくなった。
たいていの人間、勉強仕事がこんなに大変だとか、家事育児が大変だとか言って愚痴ばかり。(そしてそれをこなしている自分凄いでしょ、という心)
自分のやってることなんか誰にでもできますよ、なんてとても言えないだろう。
最近はCMとか見るとどの企業も「社会の誰かの役に立ってる」的な、なんかふわっとした良い感じのポエミーなキャッチフレーズで自社を気持ち悪いくらい賛美してるものが多い。
社長やら実業家やらが驕り高ぶって謙虚さをしばし忘れてしまっているのはまだいいが、水商売やら配達員みたいな連中まで「誰かの役に立つ大事な仕事だ」、とかそりゃ需要があるから金が入るんであって必要不可欠な仕事だし誇りを持っていいことなんかめちゃくちゃ当たり前なのに、自分に自信が持てないでそんなポエムに縋ってる姿が哀れで仕方ない。
そんな薄っぺらな当たり前のことしか言わんポエムがないと自己肯定できんのかと悲しくなる。
一番典型的なのは、昔は芸人とか芸術家なんかはめいめい自分の仕事はしょうもない、俺らは落伍者だ、道化だと自虐していた。学問ばかりをやってる研究者なんかも、自分は社会からはみ出た仙人みたいな存在であること認識していた。
今そいつらに位置するYoutuberやらなんかは完全におごり高ぶってわけわからんポエムを吐いて自分の仕事を神格化している。
研究者や専門家はまるで世界の中心にいるかのような感覚で仙人である自分を自覚せず、机上だけの論理で現実的な生活感覚のないまま好き勝手に本を書いたり、コメンテーターして世の中をかく乱している。
とにかく自分のことを良い感じに見せることしか頭にないやつが多い。
別に「自分はしょうもない人間」でいいじゃないか!そして「しょうもないなりにはそこそこやれてるな」って、内心で思ってればそれでいいじゃないか!
そりゃ誰だって内心自分の仕事を誇りに思ってるし、でもだからってそれを他人にわかってもらおうなんてしなくていいし、自分の仕事が一番偉いと思いながらも、表面上はお互い立てあってたらいいじゃないか。
日本人の謙虚さとかは、それを逃げ道にして臆病なだけの人間が増えたせいでいろいろ言われるが、やはり素晴らしい美徳だと思う。今一度取り戻してほしい。
現代では自分のことを下げて言えるのは強者の特権で、自分なんかしょうもないですって言えるほど余裕のある強者がもういないんだろうか。
自己肯定感が大事なのは分かった。でも低スペックの人間って自己肯定できる機会とかなくね?
低スペックだと単純に社会から「お前は低スペックで」と何度も何度も突きつけられることになる。顔、身長、勉強、運動、進学先、就職先、仕事の速さ、コミュニケーション力、モテるかどうか……。これの全部で偏差値40以下の俺は、自己肯定感などあるはずもない。
ふんわりと「俺なんてだめなやつだ……」って感じじゃなくて、低学歴、いない歴年齢で婚活パーティーでは毎回全敗、仕事は遅いとか、とにかく客観的指標が俺を低スペだと言ってるんだよな。んで、低スペックだと自覚しないと努力が足りなくなるから、やっぱ自覚していかなければならない。
◾️産む前に考えてた子育ての大変さは、過不足なく当たっており毎日つらいつらい!仕事もつらいのでダブルでつらい。
◾️でも結局は自分が選んだことだから引き受けざるを得ないし、行動に伴う責任としてやってる。
◾️子育てによる自分の成長、自己肯定、世界の広がりはあるが、それは子育てでのみ得られるものではない。
◾️子供のかわいさは、子育ての大変さを帳消しにするものではない。ぜんぜん別の問題。
◾️もう1人なんてとんでもない。子どもは引き続きほしくない。
◾️結局「もともと子供ほしがるタイプの人間」と「ほしくない人間」が分かり合えることは絶対にない。
夫がどうしても子供欲しいっていうので作ったけど、常にうーーーーん??って感じ。
別に夫婦2人の生活で十分満たされてたし、なんなら行けなくなった場所とか多いし、そことトレードオフしてまで得たかった経験がコレ…?感は正直ある。
産んで後悔まではいかないけど、よそ様に積極的におすすめするものでもないよな…って感じ。
子どもは世界一可愛いしいい匂いだし最高だけど、その最高の子に愛されてる私最高!とはならないです。
親と子はたまたま一緒にいるだけでどこまで行っても他人だと思ってるので、その辺の考え方の影響かもね。
こんな奴でも子供作ったのは、結局は有配偶者(子供欲しいタイプ)かつ金に困ってなかったって部分が一番大きいと思うので、やはり少子化対策は金と結婚なんですかね。
「普通」は「勉強は嫌なもの」だけど、なんかやはりその価値観は植え付けられているものだと思う。
嫌と感じる理由に「やらされてるから」「分からないから」があるが、分かった時の快感はやらされてる感を覆せる気がする。
とはいえ「勉強楽しい」と言うとそれはもう奇人変人の類いと呼ばれてしまう。オタクが筆頭。はてなもその類ですよね(悪口)。
かと思いきや「知識がある」風を装ってマウントを取りたがる人が山ほどいる。勉強して得た知識は紛い物で、それ以外の手段で楽して知識を得て「みんなの知らない知識を知ってる俺スゲー!」ってなりたくて、義務教育で習った基本知識と反するような「絶対勝てる投資」とか偽医療とか怪しいセミナーとか宗教とか引っかかる。ファストチェックなどされてないまことしやかな噂こそ本当なんだと。「俺は真実を見分けられる天才なんだ」と。
承認欲求の一つであるとは思うんだが、他人からの承認というよりは自己肯定なのかな。とりあえず「勉強が好きな奴は頭がおかしい」と言う割に知識人ぶりたい人多いなと思って。