はてなキーワード: 就職氷河期とは
https://yt3079.hatenablog.com/
◎日本人は毎年数十万人単位で急減の一方で、移民(外国人住民)は毎年増加(コロナ渦で数年はずれるが)を続ける
→日本人と移民の人口比逆転は時間の問題「40年後の40才以下の3人に1人は移民?」
(出生率に変化がなければ、将来の人口動態もほぼ推計通りになる)
◎約90年で人口が半減するスピード(しかも子供が少なく老人が多い)。人種単位の持続性の観点では有事であり、危機的非常事態。それなのに対策は後手後手
→例えば、ウイルスの蔓延は現在進行形で悪化のスピードが早く、人権を制限してでも効果的で思い切った対策をとる機運も生まれやすいが、少子高齢化はダメージの時間的スピードが遅いために、切迫感が低く、結果、対策が「常に」後手に回る。
◎現状の育児支援中心で自由意志に期待した少子化対策は30年以上、毎年失敗の連続。政府自治体の対策の対象世帯である「産みたくても産めない人。結婚したくてもできない人」はどれだけ存在するのか。被害者感情に流される対策は効果が出ていないのが現実。
→本当はお金ではなく、大変だから子作りをしたくない。面倒だから結婚したくない。だから育児支援で保育所をいくら作っても、育休を増やしても結婚に結びつかず、子供は増えない。(平均年収の倍で待機児童のない東京都千代田区の出生率は全国平均以下)
◎出生率低下の要因は未婚率の上昇と多産の減少。その原因とされる「格差拡大説」はどこまで正しいのか。
→独身に低所得者が多いのは「原因ではなく、結果」。1970年代までは、低所得者(年収200万円以下)でもほぼ結婚して子供がいたが、現在は戦時中よりもはるかに低い出生率。日本を含む先進国は生活が多様化しており、コスト要因の結婚の必要性と優先順位の低下により、低所得者から結婚を回避するようになった。
◎子作りしたい人への環境支援ではなく、子作り「したいと思っていない人」に子作りを促す対策が重要
→既婚者の完結出生児数は約2人であり、現実として子作りをしたい人は支援に関係なく、子供を作っている。問題は出生率低下の要因である未婚者の急増であり、結婚を諦めている人、意欲に乏しい人にどう働きかけるかがカギ。結婚は個人の自由だが、その自由により、社会の持続性を大きく損ねている。
◎動機に働きかけ効果だけ求めた少子化対策は次の通り。「3大義務同様に子作りの努力義務化の指針」「第3子以降に1000万円超など、多産ボーナス」「子作り負担のなく福祉を受ける40才以上の独身は増税(実質的独身税)」
→早婚に金銭的メリットが生じて、相手の理想ハードルが下がり、これまで結婚できなかった層も結婚相手の対象に。育児放棄など社会問題の増加より、少子化放置で起こる社会問題の方がはるかに深刻。消費性向の高い育児世帯と若年人口が増えれば内需が復活。
◎少子化対策の失敗は、効果でなく倫理的視点(受け入れられやすい育児支援のみ)で選ぶから失敗する。本来、負担の大きい子作りに対し、反発のない対策は効果も期待できないはず(作用反作用の法則)。先祖の多大な負担があったからこそ、現代人が存在する。現代人が身勝手な倫理やモラルで負担回避を正当化すれば、将来世代は先細りの一方。
→目的(少子化解消)は手段(人権に問題があるが効果を見込める対策)はを正当化するのか。メリットがデメリットを上回れば導入すべき(人が減り続ける悲惨な社会になっても、子供を作らない自由意思尊重が大事なのか? 倫理観や同義性の遵守より、手段が受け入れ難くても「問題解決を優先」すべき)
★本稿のポイント
少子化対策の「思い込み=(人権やモラルは少子化解消よりも重要)」を解消し、少子化対策にのみ人権やモラルを我慢すれば、効果的な対策を実行でき、少子化問題は解決可能。昔の子沢山を成立させていた周囲のプレッシャーや後継、労働の担い手などの子供が生まれる要素が無くなった現在、「法律一本の施行」で制度を作り、子作りに動機を与えて出生率の上昇に繋がる具体策を提案する。それを実行するには、いかにしてハードルとなる人権や倫理観を我慢してもらうのかの説得が少子化対策の本質にして、本稿の最大のテーマだ。少子化が解消し子供が増えれば、内需が復活し日本経済も回復する。本書では、このままの少子化状況が続いた場合の日本人に訪れる悲惨な運命とそれを回避するための、効果を優先した対策を提案、解説する。
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近代社会学の祖オーギュスト・コントは「国の未来は人口構成で決まる」と見抜いたそうな。人口を減らしながら常に高齢者が多い逆ピラミッド状の人口構成では、衰退は避けられません。合計特殊出生率1.36(2019年)と低迷を続ける日本。このまま人口が減り続ければ、国の発展以前に現日本人が将来的に存続できなくなります。存続できない可能性が高いのではなく、日本人の出生率が2を切り続ければ将来的に存続できなくなるのは物理現象です。それに対し、どこか他人事の日本社会と政治に問題意識を投げかけたいと思います。
問題は解決するより、発見する方が困難です。個人も組織も、自ら気づかない潜在的な問題により、傾いていきます。少子化問題は極めて深刻な問題にも関わらず、政府の少子化対策関連予算は先進国の中でも総予算に占める割合が低く、口では声高に危機感を高めていると言っても、財政支出の観点からは本気度が極めて低く、問題視していないレベルと明確に言えるでしょう。2019年末に決まった26兆円(真水4.3兆円)の経済対策でも少子化関連には1円も使っていません。使い先は電線の地中化など。。
現状の少子化対策は育児支援など環境整備の観点しかなく、30年間も同じような方向性の政策しかとられておらず、改善の兆しが全くないのに、「地道にやるしかない。環境整備が大事だ」と言い続けています。一方、日本人が減り続ける中で、近年の政府は実質的な移民政策に大きく舵を切りました。100年後の日本列島は日本人と移民の混在する国になっています。さらに、それ以降も出生率が大幅に回復しない限り、容赦無く日本人は減り続ける一方で移民の割合は増え続け、その時の日本国籍のルーツは海外由来になっている可能性が物理的に極めて高くなります。公用語が中国語などに変わっている可能性も十分あるでしょう。
そうはならない為の少子化対策。現状の育児環境改善策以外にも、視点を変えれば効果のある対策はあるはずです。出産育児は個人の権利に関わる問題ですが、残念ながら環境支援だけで結婚、子作りの有無を自由意志に委ねた現在の少子化対策では増えていない現実があります。それを改善するためには、より、子作りの動機付けに導く政策が必要であると考えます。しかしそういった対策は、個人の自由意志に反する可能性のある対策であり、モラルや倫理観の問題で実行に大きな障壁があります。しかし、動機付けの対策に有効性があって少子化が改善される可能性があっても、現代人のモラルや人権を優先すべきなのでしょうか。その優先順位がどうあるべきか、問題提起したいと思います。
少なくとも現状の育児支援中心の対策より、効果が見込めそうな対策を、モラルや現代人の自由や権利を理由に放棄してもいいのか。現代人のモラルや価値観はその人種の存続や持続性以上に重要な価値観なのかーー。
このように、少子化対策の具体策だけでなく、タブー視される少子化対策問題に対し、「どう向き合って、どう考えるべきか」。そういった観点を問いただすような内容になります。現在出尽くしている対策や論点とは違った観点と具体的な対策を提案し、実効性のある少子高齢化対策に繋げたいと思います。
【要点・トピック】
現状の少子高齢化が改善しないまま、実質的移民の外国人労働者を受け入れ続けると、いずれ日本人と移民が「人口比で逆転」する事になる。日本人の為の日本ではなくなり、多民族国家に変わる。日本人と外国由来の国民・住民の人口構成逆転に繋がる現象はすでに進行しており、人口構成比の逆転は時間の問題。不可逆になる前に手を打つべき。
政府、自治体の育児環境支援ばかりの少子化対策は結果が出ておらず、失敗との結論付けが必要。国民の自主性に任せれば、少子化は進行する一方。少子化の構成要素である未婚率の高まりは少子化現象の原因ではなく結果。日本を含む先進国が直面する少子化の原因は文明化による価値観の多様化で、結婚と子作りの優先順位が下がった事による晩婚化、非婚化が進んだ影響。現状の育児支援中心の対策の方針を「大幅に変えないと」今後もさらに日本人は減り続ける。子作りの動機付けをアメとムチの両面でやるくらいでないと解決は難しい。効果的な対策を打てば「翌年から」出生率は著しく反応する事が過去の事例からも分かっている。子供が増えだし、出生率が2を越えれば、日本の将来は明るい。
モラルや倫理観、自由意志を優先して、負担感のある少子化対策をせず、現状の効果が上がってない対策をなおもやり続け、その結果このまま滅びるか、逆にモラルや人権をある程度我慢して、有効性のある対策を実行し、安定した持続性のある社会にするかーー。
続きは以下にて
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◆このまま人口が減り続けると、どうなるのか
政権に関係なく、労働や消費の担い手不足という現実問題に対応するため、政府や経済団体は、外国人労働者という形態で、実質的な移民(国連の定義では1年以上住む外国人)の受け入れをさらに推し進めるようになるだろう。実際、2018年の「骨太の方針」でも外国人労働者受け入れ拡大の方針が決まり、2019年4月には改正入管法が施行された。彼ら外国人が高齢者になった時、どうなるか。もちろん追い返す事はできず、いずれは外国人移民の高齢化問題も出てくる。
このまま、日本人の人口減少分を外国人で補おうとすると、コロナ渦で数年はずれ込むだろうが、基本的には時間の進行とともに、日本人と外国人の比率が相反し、やがて逆転することになる。この点ははるか先の未来の事として、ほぼほぼ論じられていない。このままでいいのだろうか。すでに東京都内ではかつて外国人が多かった街は新大久保と観光地くらいだったが、今や主要繁華街で昼夜問わず、その割合は静かに増え続けている感がある。
◆出生率の数字は「人口が減っていくかもしれない」危険指数ではなく、数値が2.0を下回る状況が続けば「いつまでに人口がゼロになるか」の確定年数を導ける指数。内戦中のシリア、アフガンや北朝鮮より先行きが危ない少子化日本。
出生率を人に問うても、いまひとつ危機感が薄い。出生率低下と言っても、「人口がゼロになる事は無いだろう」「単なる警告信号のような数字だ」と、漠然と認識する人は多い。しかし、出生率の1.41という数値は男女2人の親から約30年後の次の出産サイクル時の出生数は1.41人しか生まれてこない計算だ。これを分かりやすく1人に置き換えると約0.7人になる。1年間の出生数が87万人(2019年出生数)だとすると、この世代が、第一子を生む頃の30年後は87万×0.7の約60万人、その30年後は約42万人。その30年後は約30万人とどんどん減り続ける。そんなバカなと思うかもしれないが、実際、第二次ベビーブームの1973年は209万人の出生数で、彼らが出産適齢期になった30年後の2003年あたりは不景気の影響もあって、出生率が1.26程度まで減っており、その結果、113万人と親世代の半分程度の出生数に落ち込んでしまった。団塊ジュニア世代は就職氷河期世代で不況と重なる運の悪さがあったが、現実的に、出生率が2を切ると、容赦なくその数値の割合だけ、出生数は減り、人口が減り続けるのである。
この危機感の無さには、「出生率」と言う単語にも問題があるのではないか。2018年に国会を通過した「働き方改革」も「残業代カット改革」なら法案は通らなかっただろう。それほど名前は大事だ。言葉は悪いが「人口半減期」のような数字で、出生率を人口が「半減する期間」で示した方が分かりやすいのではないか。例えば、今の出生率が続くと人口の半減期はおよそ80~90年だ。つまり、2100年ころには日本の総人口は6000万人に半減している計算だ。今の出生率が続いた場合に、半減するまでの期間を書いた方が、危機感は伝わり易いだろう。
内戦のシリアやアフガン、独裁政権下の北朝鮮ではいずれも出生率が2を上回る。いくら、内戦や政治不安で経済状態が悪くても、それにより大規模な内戦に発展しない限り年間1万人も死亡する事はない。しかし、日本では団塊世代が平均寿命を迎える2030年頃は年間170万人程度の人口減を経験することになる。そして、今後70年かけて日本の総人口が6000万人に減少すると予測されている。結果的に早く滅びる国がいい国と言えるのだろうか。
◆現日本人が外国人(実質的移民)に徐々に置き換わり、日本人はやがて少数派に転落して、いずれゼロになる・・・100年後に純粋な日本人は消滅へ。アメリカではすでに16歳未満で白人が過半数割れ。
「移民が来ても、混血化するから日本人の血は残るはず」というのは大きな誤解である。出生率が2を割っていれば、人口減少は続き、その減少を補うために、時間の進行とともに、外国人移民が入り続け、日本人の血はゼロになるまで混血化しながら希釈化され続けていく。
2020年6月には国勢調査局の統計を基にAP通信がまとめた情勢によれば、アメリカではすでに16歳未満で白人人口が初めて半分を割ったという。流入が急増するヒスパニックや黒人、アジア系に対し、白人人口が増えなかったためだ。アメリカでは1990年に75%だった白人の割合は2020年現在は60%に急減。たった30年で約20%も人種割合が低下したことになる。さらに2045年までに白人人口が半分を割るという推計がある。白人の出生率が2を切り続けて増えず、白人人口がゼロに向かい減っていく一方で、ヒスパニックとアジア系の流入がその穴を埋めているためである。アメリカの出生率は2を上回っているが、それはヒスパニックを中心に移民の出生率が高いためである。現在、アメリカは多民族国家だが、そのうち白人が減り、やがて黒人とヒスパニックだけの国になり、逆に多様性は少なくなっていく可能性が高い。
45歳多重派遣と言っても、噂のGitHubの人ではない。すまんな。。
皆さんはプロジェクトの共有ディレクトリの最下層に”女子大生”という何もないファイルを作ってアクセスログをとっていたのがバレて怒られた事はあるか?私はある。2回。
仕事でとうとうGitHubすら使わずにプログラマ人生を終えてしまった。
レガシーな技術を使いがちな金融プログラマではそこそこ居るのでは無いだろうか。
年収は20代後半からは550万~700万位だった。残業代・退職金は無く交通費は出ない。
所属会社は営業も事務も居ない小さな所帯のフリーの集まりのような所で、会社の運営に必要な金額をある程度毎月納めれば良い会社だった。
仕事がなくなれば自分、もしくは他社員の人脈で仕事をとってくる方式。
フリーで居るよりは仕事を取りやすく、単価も上げやすいので一応会社の所属にしているだけの所だった。
それでもすごく世話になった。
私はやる気が無いプログラマだった。オフの時間にプログラムの勉強をしたことなんて殆どないが30歳、35歳の限界説を越え、45歳まで働けた。
これはそんな元ニートの高卒45歳、多重派遣の底辺プログラマの退職エントリ。
はてなのIT技術者諸氏はオフの日にも日々勉強をしているようで。
◯◯出来る人が居ないか?と聞き回る営業を見ていると多重派遣のSESとはいえ業務時間内に勉強させろと私は思う。
技術の勉強の話になると途端に何プペる?のような、仕事の為の無給勉強時間当たり前のように語られる事がやる気の無い私にはついぞ理解することが出来なかった。
足に鎖でもついてるのかね。私と一緒だね。
45歳で年収300万円多重派遣の彼は問題児なのかもしれないが、私よりはやる気があるプログラマなのではないかと思う。
退職までずっとプログラムを書き、テストをしていた。たまに客に直接要望を聞いて仕様書に落とすこともした。
C/C++・Java・各種Shell・VB/VBA・SQL、UNIX/Linux・Windowsサーバーでなんとなーく仕事をしていた。
プログラムは他の人が書いたプログラムを流用しまくって書いた。
ざっくりな話になるが、私より出来る人はわんさか居て、私より出来ない人・問題児が2割は居た。後者の彼らのおかげで私は仕事があったのだ。あと、東京だからあったのだ。
人並以上の理解をしていたのはLinuxの構造くらい。仕事でカーネル層に潜り込み、デバイスドライバの改造をしなくてはならず、月350時間くらい働いているうちに身についたものだ。
当時居た会社は年俸制という糞システムだったので1円も残業代は出なかったが。
全く知らない技術が使われている新しい現場に上位プロパー会社の営業に売りに出されることはままあった。
現場の人にさも「解ってます!」みたいな面で面接をし、何とか切り抜けることは出来た。このときばかりはいやいやながら上辺だけを勉強した。無給でな。
解っている事でも残業が沢山降ってきそうな場合は「ちょっと私には難しいですね・・・」「「いやー、解らないですね。。」と出来ない振りをする度量もついていた。
仕事は”出来る(都合の良い)いい人”に回ってくるし、仕事をしてもめったに単価を上げてくれないし、切られる時は切られる。
30歳を越えたあたりから必要な時は定時丁度に上がる精神的な技術も身についた。
それと同時にここ10~15年はブラックなIT業界でもようやく過残業を減らそうという機運が増えてきたように思う。
ライブやイベントにも足を運べるようになり、推しに投資が出来るようになった。
おそらくまだ10年はプログラマとしてなんとなく生活出来たのだろうと思う。
「あいつ、そこまで出来はしないけれど居ないと困ることもあるんだよなぁ」位のポジションで。
あるいはもう少しやる気を出し、転職をし、上位層で働くことも出来たのかもしれない。
・そしてその日、”1人日”以上の仕事が割り振られる。残業しても終わらない
・翌朝で何故おわっていないのか?を問い詰められる
・仕事のタスク割り振りが多すぎて終える事は出来ないとお伝えしましたが?と反論
・その状況で、空いている時間にやっておいてくれと新たなタスクが振られる
・空いている時間とは?と聴いてみるが、コンパイルしている1分の時間に少しづつといわれ、そんなの出来るわけ無いですよね?。どこに空いている時間があるか教えて下さい。
と、毎朝そんな問答を繰り返していた。
改善をする気もおきなかった。早く次の現場に行きたいなという事ばかり考えていた。
そして気づいた。この仕事にようやく私は飽きたのだと。
子供も数年前に生まれ、子供が成人するまでこの仕事をするのも耐えられないと。
そんな時に副業のほうを本業にする決意をした。会社を辞め、起業をした。
今は全く別業種の業界で働いている。この先うまくいくかは良くわからない。
3次請け、4次請けの会社に居たので理不尽やパワハラには事欠かなかった。
まだ若手の時、鉄砲玉として使われた事があった。
フロッピーを本番端末のあるセンターに密かに持ち込み、定例メンテナンスの振りをしてシステムを黙って更新するという密命が若手の私と、他社の派遣PGで新人のK君に与えられた。何度も。
かばんの奥にフロッピーを隠し、かばん持ち込み検査で検査員にばれないようにし、潜り込む。メンテナンス用の作業IDを使用して黙ってシステムを更新するというのを繰り返し行った。
今考えると下手すると裁判沙汰なんじゃないだろうか。しかも見つかったら責任を取らされるという。
テンパった彼は入館証ではなく、隠していたフロッピーを検査員に見せつけたのだ。
だが、早朝ということもあり、検査員がほぼ寝ていたので問題なく通れてしまった。
今思うとあの時は首の皮一枚で大丈夫だったんだなと。
大手家電メーカーの工場で仕事をした時、プログラムの仕事なのに作業服をまず”自費”で買わされた。作業服いらねえだろう。
工場内にある窓の無いプレハブ小屋が開発現場だった。人権が無ぇ。ファーウェイの工場にはヨーロッパの街並みが再現されているらしいが。
この現場は電機メーカーのIT子会社D社からE社に投げられ、部屋に私以外だと窓際管理職のD社社員1人とE社の人間しか居なかった。
何故、E社の人間の中に私1人だけ他社の開発要員が入るのか?
入ってすぐに理解した。担当するシステムが1人だけで長く開発していたシステムで、スパゲティすぎて破綻しかけているのだ。
これを開発し続けられればヨシ、破綻したら私の(会社の)せいということにしたいのだ。
入って1週間で営業にコレはダメだと、早く抜けさせてくれと直訴した。
結局抜けるのに4ヶ月かかったが、その間、本当に酷い日々だった。
小さな改修が多く、納期は1週間か2週間毎にやってくる。だが仕様を投げるD社の人が鬱で会社にあまり来ない。他のD社の人に聴いても何も解らないという。
1週間の仕事で金曜日納品なのに、木曜日の夕方に2日酔でやってきた担当者に仕様を聞き出し、金曜日に意地で納品するも、気に入らないところがあったらしく「前担当者よりスキルが低いですね~」と言い放たれた。精神の苦行だろうか。
私の抜けた後、E社の別な人間が担当するも無事破綻しかけているという話は後ほど聞いた。自分のスキルでは本当にギリギリだった。危なかった。
高校卒業後はニートだった。猫と母としか会話をしない2年を過ごした。
その後、大手新聞社とオペレーター派遣会社が共同で作っていた文科省認定ではなく定期の学割も効かない街のパソコンスクールに通った。
教師は二種(基本情報)も持っておらず、業界歴は1年だけで環境変数も理解していなかった。
その学校で多重派遣という底辺で生きる技術者の卵に他の20名と一緒になった。
文科省認定の専門学校の情報処理科では少しマトモに勉強すれば大手SIerや商社の子会社の「何ちゃらソリューション」に入れる事も多い。
アホの一つ覚えのように大手の子会社は「何ちゃらソリューション」なので、「何ちゃらソリューション」というIT会社を見たらセンスの良い経営者が名付けた何処か大手の子会社だと思って差し支えない。あとイノベーションとかな。イノベータとかな。
就職氷河期の真っ最中に地方中核都市で就職をしたのだが、入社直前に東京勤務になった。
会社からは15万円の引っ越し資金だけが支給された。氷河期の3月に転職は出来なかった。
親に敷金礼金4ヶ月分を負担してもらい、親父に秋葉原の石丸電気で家財一式を買って貰った。
SES企業はまず新人教育の当たりハズレががある。ハズレのほうが多い。
派遣法の隙間をついて、たった1人で新人が派遣されてくる事も多い。彼らの大体は苦労を強いられている。
私は運良く同じ会社の人が沢山居る現場に入ったのだが、教育担当が想像を絶するパワハラマンだった。とにかくどんなことにもキレる。
ある日個室に呼び出され「お前は田舎に帰って缶詰工場で働け。なるべく頭の働かなくて良い仕事を選んでくれ。業界にいると迷惑だ」と言われてしまった。
親に学校に通わせて貰い、引っ越し代も払ってもらったのに使い物にならないと言われたときの絶望感は大きかった。
地下鉄の電車がホームに入ってきた時、ホーム下にふと吸い込まれて行きそうになり、寸前でハッとなり鼻先を電車がかすめていった。
知らないおばちゃんに「しっかりして!」と怒られた。都会の人も優しい。
それ以降、他社でも同じチームの新人には丁寧に接していた。私はまだ恵まれていた方なのかもしれないと思うこともままあった。
その家電はTronからLinuxにOSが切り替わり、開発・コンパイル用のソフトウェアのシミュレーターが新規開発となった。
Linuxのカーネルプログラミングが必要となり、日本語の文献もインターネット上の文献も少なく、オライリーの洋書(現在は日本語版もある)を取り寄せて読まざるを得ない状況だった。
英語は全く出来ない&私が作るとなると当然開発は遅れた。
私はカーネルプログラミングなんて当時はしたことが無かったし、集められた人員もLinux上でC言語の仕事をしたことがある。くらいの人員が集められたのだ。
単価が安い人しか使ってはいけないというルールで運用されていたらしい。
苛立った家電メーカーの”部長”が私を広いフロアの大人数の前でこう叱った。
「こいつ全然解ってないじゃないか!!なんでこんなのにやらせているんだ!!」
中国出張で散々おねーちゃんを買った自慢をしていた糞みたいな人間に罵られるのである。
月単価55万で350時間働かされ、残業代は1円も出ずである。誰もフォローをしてくれなかった。
徹夜が3日目に突入した午前3時、役職付きが私のPCの後ろで「まだ出来ないのか?」と15分おきにやってくる。
何とか完成はさせた。恐ろしいことに若かった当時は満足感をそれなりに得ていた。
精神的に色々と凹んでいた時に励ましてくれたのは中国人の同じ派遣の人だった。
大卒の育ちの良い中国人派遣技術者が沢山居たが、彼らは本当に性格がまっすぐだ。彼らが私の中国感を大分良くしてくれた。
(ずっとメッセンジャーばかりやっている連中もいたが)
彼らのような有益な人材が来てくれる時代があと何年あるのだろうか。
私は所属未定のまま倒産した次の日も、土日も何故か働いていた。
自分が働かないと他の人が倒れてしまうと当時は考えていたし、ようやく仕事が出来るようになって謎のやりがいを感じていた。
そして、翌週、中間の会社から流石に所属未定はマズイのでフリーとして契約しましょうと言われたのだが、単価の話なんて当時若造だった私には解らないのである。
結局、300時間以上働く中、残業代無しの45万円固定と言われるまま契約をしたのだが、
当時の私には多い金額に思えていたものの、都内のフリーの技術者としては当然低すぎる金額であった。
忙しい中、アドバイスを貰う余裕もなく、無知のために中間会社の狸親父に低い金額で契約させられたのだった。
みなさんは自分の単価くらいは知っておいたほうが良い。
賢い同じ会社の同僚は失業手当で半年間遊んだか、会社契約と同じ単価でフリーとして契約していた。
余談その2、当時なんとなく興味を惹かれて当時流行っていた日本礼賛本を読んでみた。
国産OSのtronは携帯電話で世界を席巻!!みたいな事が書いてあったが、その本が出ていた頃、携帯電話のOSはLinuxとSymbianで締められていたのを知っていたので興味深く読んだのを覚えている。
他にも
「1次請けが私の単価を上げてくれても中間会社が搾取し、私には全く反映されない話」
「野田がドモホルンリンクルのバイトのように円高を注視し続けた時、円高&オフショアブームで単価が2年で2回減った話」
「中間会社にオフショア開発の失敗の後始末を手伝って欲しいと言われ、現場をインフルで倒れた振りをして休んだ話」
「5000円の著作権フリー音源をシステムに使用するのに数百万かかった話」
「メモリ枯渇エラーが頻発したのに数百万以上のコストをかけて打ち合わせをする虚無の話」
「メモリ初期化エラーが頻発した時に、解決方法としてとんでもない方法を提示され、阻止した話」
「15万円のPCが60万円で導入される仕組み」
「入社初年度の忘年会の一次会が新宿の有名なゲイのショーパブで、他の社員と会話も無く終わった話」
「無呼吸症候群で猛烈な睡魔との戦い、現場で怒られるようになり、睡眠薬で生活リズムを取り返した話」
「大手会社のコンプライアンス啓蒙画像に著作権違反を発見した話」
「キレる、人前でイライラする人とは働きたくない話」
「某銀行の開発子会社の美人率が高い・銀行員の婚姻率の格差社会の話」
などなど考えていたが長くなったので終わり。
多重派遣先は色々なキャリアの人が多い。元ホスト、元キャバ嬢もいれば元医師の中国人、元アニメ会社勤務、元美容師、元寿司職人等の転職組も多い。
以前いたプロジェクトの有名SI企業のPMもSES上がりの元寿司職人だった。
SESは就職の壁が低い。そこを足掛けとして転職し、さらなる転職で大手や大手子会社に転職するのは悪くないキャリアプランの一つなのかもしれない。
SESの会社も玉石混交なのでまずは良いSES会社に入るのは大事だし、多重派遣は改善されてほしいが。
何が書きたかったのか忘れたし飽きた。
業界からやる気の無い45歳が1人減り、業界は少し平和になった。
追記:続編を書きました。
今の産業ロボットは、団塊Jr世代が支えていると言っても過言ではない。
就職氷河期で行き場のなかった人たちが、たまたま産業ロボット界隈に流れ着いて今に至っている。
産業ロボットの需要が今後減少する見込みは無い。むしろその場はどんどん広がっているが、
このままいくと、団塊Jrが退職するころになって後継者不足で大騒ぎすることになると思う。
何がまずいかと言うと、産業ロボットが世の中を支えるためにこれだけ重要な枠割をしているわりに
それを横断的に教えることができる学校が少なすぎるし、そういう視点で教育している学校が少なすぎる。
産業ロボットは、とにかくあきれるほど、ありとあらゆる分野の知識が必要とされる業界なのだ。
子供の頃に見たロボットの夢が、産業ロボットを支えてきたとも言える。
自分の仕事はデスクワークなので、テレワークしろという圧力が大きくなりそうだけど、テレワークはできない。
来客応対や電話応対も仕事のうちというのもあるけど、そもそもパソコンが1人1台ない。
基本手書き。
高齢で基礎疾患を持っている両親と住んでいるので、通勤に電車を使うのは怖い。
職場の近くに駐車場はないし、あったところで30分500円とかするし、そもそもマイカー通勤は禁止だ。
だから、不織布のマスクを3枚重ねにして、毎日自転車で通っている。片道3時間。
毎朝4時に起きて、5時に家を出て、8時に職場に着く。
残業をして仕事が終わるのがだいたい夜の8時とか9時とか。家に帰ると日付が変わりそうになる。
コロナで死ぬか、マスクで窒息して死ぬか、睡眠不足と過労で死ぬかの三択。
就職氷河期世代で、今の職場も1年以上の壮絶な就活の末たどり着いた。ほぼ最低賃金。
こうやって「人のせいにするな」「就職氷河期はもっと辛かった」「氷河期世代は死ね」って国民同士で争ってるの、上からしたら本当に都合がいい。政府に批判が向かないんだから。
政府っていうのは日本国民自身による自治であって、《政府による公助》っていうのは本質的に《日本国民自身による自助》であるはず。
こういう時こそ動くはずの政治が動かないで国民による自助(笑)を呼びかけたり自粛を要請(笑)したりしてるの、他国と比べても異常なの分かるだろ。
いくら椅子取りゲームの椅子の数が減っていてあぶれる人数が増えることが確実でも、椅子を取れた人がいることをもってして「あいつは取れているのだから取れなかったのはあんたが悪い」としか世間は扱わなかった。そんなもんだよ。
注:タイトル・本文における機会損失はビジネス用語においての意味ではなく、本来得られるはずの機会を失ったことという意味合いで使っています。(ご指摘があったので)
"人生における機会損失って大きいんだよね。コロナ禍に人生のターニングポイントが(たまたま)来ちゃった人に対して「みんな自粛してるから」って言っても公平じゃないよ。"
https://twitter.com/chiku0520/status/1348604137311596544?s=21
いろいろと思うところがありました。
実は私は、ミュージカル女優を目指す20代前半女性。コロナが流行る少し前に上京してきました。
そんな、「コロナ禍において人生のターニングポイントがたまたま来ちゃった」私から、若者の「人生における機会損失」について、考えたことをお話ししたいと思います。
★前半はミュージカルに関する内容も多いので、一般的な主張だけ読みたい方は真ん中あたりまでとばしてください。
【1番大変だし優先すべきは医療現場、自粛に協力しなければいけないということは頭では理解しているし、実際に、行政に求められている水準に基づいて自粛はしている。ということを念頭に読んでいただくようお願いいたします。】
上京した頃は、まさかこんな世の中になるとは想像していませんでした。そして、コロナが流行り出した当初は、こんなにも長引くものだとは思ってもいませんでした。
去年1年で舞台に立てたのは、コロナが流行る前の1本だけ。出演予定だったライブ、コンサート、ミュージカルは続々と延期・中止が決まり、オーディションもリモートになったりなくなったり、残念な一年でした。
数年後、コロナが収束して、舞台も芸術も元通りになったころに頑張ればいいじゃん!と思われるかもしれません。
経験を積めずに歳だけとってしまった俳優に、市場価値はありません。
新人を起用するなら新しく台頭してきた若い世代を使うでしょう。
本来だったらチャンスを掴む機会があったかもしれない、貴重な経験をたくさん積めたかもしれない大切な期間は、コロナによって空白になってしまいました。
自己犠牲払って自粛に協力して、コロナが収まったとしても、コロナ禍で若い時代を過ごした私達に、損失した何かを補填してくれるわけじゃないですよね。
むしろ、社会が動き出した頃には、もとに戻ったー!!よかったーー!!と言う雰囲気にのまれて、コロナの影に隠れていろんな人の人生の選択肢が消えていったことなんて忘れられると思う。
マイナスからのスタートを強いられるのに、配慮も補償も当然ありません。
つまり、「コロナのせいで」たくさんの犠牲を払ったとしても、社会からは、実質的に「コロナのせいにするな」という扱いを受けるということです。
そして、そんな人生を、自分の力でどうにかしていかなければなりません。
感情だけでしゃべると、「自分のことしか考えてない」「共感性、想像力がない」迷惑な若者っていうけど、感染拡大防止のためにわたしの人生を犠牲にしたとしても、だれも責任とってくれないでしょ?っていうところです。極論かもしれませんが。
どんなに辛いことがあっても、「仕方ない」「我慢するしかない」で済まされてしまうことに疲れました。そして、世の中にはもっと大変な人がいるんだから!みんな大変なんだから!と、贅沢な悩み扱いされることにも疲れました。
非常時だから、権利なんか主張しちゃいけない!って、まるで戦時中みたいだと思ってしまいます(政治的イデオロギーに基づいた発言ではないです)。
国としてホイホイ補償できるわけではないのも分かるし、そもそも、機会損失はお金で解決できるようなことではありません。
せめて、今、自分のことは自分で責任とれるように考えさせてほしい、行動させてほしいというのが正直な願いです。
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もし、投稿をご覧になった俳優の先輩方がいらっしゃいましたら、こんなことを思われるかもしれません。
・俳優という道を選んだ以上、どんなことがおこっても動揺しない覚悟ができていないのが悪い
→全くその通りです。その点については私の考えが甘かったです。申し訳ございません。
・そんな年齢で諦めていたらどうせ大成しない
→ごもっともです。どんなに売れなくても、お芝居をやりたいと言う気持ちがある限り、頑張るつもりでいます。しかし、上京1年目にこのような状況になったことはとても苦しかったし、20代前半の大切な1年がほぼ空白になってしまったのは大きな損失であると考えています。
・コロナ禍でもできることはたくさんあったはず。その過ごし方次第で人生は変えられる。
→まさにその通りだと思います。私も、自分で歌動画を配信したり、複数人での配信企画に積極的に参加したり、オンラインレッスンを受けたり、取り組めることはたくさんありました。しかし、コロナがなかった場合と同程度のものを得られたかというと、そうは思えません。
・コロナがなかったとしてもチャンス掴めてたか分からないようなレベルのやつが、コロナのせいにしてごちゃごちゃ言うな
→実際に私は商業の作品には出演したことがないですし、箸にも棒にもかからないやつかもしれません。しかし、チャンスがあった上でダメだったのと、チャンスすらなかったのでは、意味が大きく違うと考えています。
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最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。わたしの考えも、未熟なところが多々あると自覚しておりますので、賛否両論あると思います。お叱りの声でもなんでも甘んじて受け入れますので、是非コメント頂けると嬉しいです。
追記:
厳しいコメントをくださった方も、温かいコメントをくださった方もありがとうございます。ひとつひとつ目を通させていただきました。若者の甘ったれたお気持ち表明にこんなにも反響を頂けて涙目です( ; ; )
本当はひとつひとつのご意見に返信させていただきたいのですが、難しそうです、申し訳ありません。
私はここに投稿するのが初めてで、普段から見ているわけでもないのですが、匿名で、自分の感じていることを何か発信できないかと思い、この場を選びました。
そのため、この場における文化などを理解しておらず、不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。ハッシュタグは削除し、ご指摘があった表現に関しては訂正しました。転載ではありません。
また、今回は、コロナ禍における若者という自分の立場から、当事者性をもった発信ができればと考えておりました。わたしが今回主張したような世の中の変容による理不尽は、コメントしていただいた通り、過去にもあったことは十分存じています(就職氷河期、震災、豪雨による災害など)。また、若者だけが辛い思いをしているわけではないということも理解しています。しかし、それらの事実によって、私の主張は妨げられないと考えています。
昔はこうだったから今も我慢しろ。みんな辛いんだからお前も我慢しろ。という足の引っ張り合いでは世の中は良くならないと思いますし、みんなで不幸になるだけです。コロナで辛い思いをしている人はたくさんいるはずなんだから、むしろ、多様な立場から多様な主張がなされるべきです。私もいろんな方の置かれている状況について、詳細に理解しているわけではありません。今回は、わたしの立場から、コロナ禍の若者がどのような状況に置かれているのか、どのような想いを抱いているのかについて、異なる層の方にも知っていただきく、書かせていただきました。もちろん、わたしの意見が若者の代表というわけではないですし、一個人として感じていることにすぎませんが。どうにもならないことだったとしても、せめて、想いを発信することは許されるべきだと考えています。
また、従来の天災や金融危機と異なる点としては、新型コロナウィルスそのものによる影響というより、新型コロナウィルスへの向き合い方(感染対策に関する政策・世間の風潮等)による影響が及ぼす力が非常に大きいと言う点です。よって、従来の場合よりも、柔軟に対応できる幅は大きいのではないかと考えています。
今回の件に関しては補償や配慮を求めても仕方ないのは分かっているので、せめて、根拠に基づいた工夫がなされた感染対策が行われ、少しでも生活の安心感が向上し、世の中が寛容になることによって、若者が自己決定できる幅や行動を起こせる幅が広がればいいなと思います。
また、「YouTubeや SNSなど、ネット上に活動の場がある時代においてこんなことを言っているのは甘えである。」というご意見もいただきました。これについては非常に難しい点で、皆さんが想像する以上に、インパクトがあってクオリティの高いものを、役者個人の予算、技術力で作ることは困難です。
昨年の緊急事態宣言以降、役者もアーティストも、皆が、いまできること、自分にできることをやろう!と、多くの発信をするあまり、ネットメディア上の芸術は飽和状態となりました。リモートで歌ってみた・踊ってみた、インスタライブ、配信アプリによる配信、等々…。対して、今お客様の口からきかれるのは、「生のエンターテイメント」「生の芸術」を感じたい、映像配信は代替にはならない。ということです。このような状況で、高い評価を得る作品を残すには、相当なクオリティを必要とされます。実際に、本当に自己満にすぎないものや、応援しているファンの方がみて満足する程度にとどまるものがほとんどで、第三者の立場から見たら、無価値なものが多いです。
また、舞台俳優はアイドルと違い、自身の存在そのものに対する価値があるというよりも、役者がもつ持つ技に価値を置かれている場合の方が多いです。よって、お客様の立場からすると、「この人のためならなんでもみる!!」っていうようなもんでもないので、当然、要求されるクオリティは上がります。
わたしが客観的にみて、価値があると思えたもので、かつ素人が出演者の大多数を占めている公式の企画でないものの1つである作品のリンクを貼っておきますが、この規模の作品を個々人で作るのは不可能だと思います。
(西野さんアレルギーらしき方にコメントされたので一応…笑。この作品はとあるダンスラボ主宰で制作されたもので、プペルの本家スタッフや西野さんの息のかかったものではありません。風評被害を避けるためにも書いておきます。また、私は西野さんファンでもなんでもありません。ただ、この作品が、「原作の世界をダンスを用いて表現し、映像作品としても高いクオリティでアウトプットしている」という点で、優れていると思ったこと、また、原作が映画なので、どのようなものが原作となっているのかという雰囲気は一般の方にも分かりやすいと思ったことから、例に挙げさせていただきました。)
しかし、ネットメディアにおける芸術表現が飽和状態となっている中、芸術価値のあるものを発信し、インパクトを残すには、これくらいのクオリティが必要だと思います。
これは、自分が動画の配信などに挑戦した上で感じたこと、周りの役者達の活動を見ていて感じたこと、また、SNSで見受けられるお客様の意見を見ていて感じたことを含め、総合的に検討した結果です。逃げていると捉えられるかもしれませんが、事実でもあります。
こんなに愚痴っといてなんですが、筆者は出来る限り前向きに、今できることを一生懸命考えて活動中です!価値だなんだに関わらず、できることをやるしか道はないので、なんとかもがいています。あきらめたくはないですから!!(まあ、人生そんなもんと諦めて別の幸せを探して生きた方がいいのかもしれないけど…笑)
このお話は駆け出し底辺女優のわたし個人の意見ではありますが、CAを目指していたけど採用がなかった人、テーマパークダンサーを目指していたけどオーディション自体がなかった人、コロナで就職しようと思っていた業界が潰れ、進路変更をせざるを得なくなり、就活がうまくいかなかった人…同じおもいをしている人が、もしかしたら、あなたの周りにもいるかもしれません。そんな、コロナによって人生の選択が大きく変わってしまった人や、コロナによって状況が変わって苦しんでいる人がいたら、温かく応援してあげてほしいです!
ありがとうございました!
世の中には不幸な人たちがいる。その原因は様々だと思うけど、病気と仕事が2大要因だとおもう。病気はどうしようもないこともあるから仕事の話をする。
まず仕事がうまくできなくて不幸せな人たち、次に仕事があるけど待遇に不満を持っている人たち、それから仕事がない人たち。
これらは本当にその人たちのせいなのだろうかと考える。
私はこれらはすべてその人のIQと仕事で求められるIQがミスマッチしているのだと思っている。どういうことか説明する。
まず仕事がうまくできない人たち。これはその人のIQが仕事で求められるIQより低いから。逆に仕事に支障は無いのに待遇に不満がある場合はその人のIQが仕事で求められるIQよりも高いのだと思う。
最後に仕事がない人たち。世の中にある仕事の総量はIQに対して常に均等に存在しているわけではなく、情勢によって高い側に偏ったり、逆に低い側に偏ったりする。一方でIQは正規分布で存在している。つまり偏った時にあぶれる人が出てくる。
IQが高い人が低いIQでもよい仕事につく場合は不満を持ちながらできるけど(就職氷河期)、逆の場合、今回のコロナのように低いIQの人にもできる仕事が一斉になくなった場合にはいったい何が起こるのだろうか。
追記:
勘違いしてほしくはないのはIQが低いことが「悪いこと」だと言っているわけではないこと。むしろIQは均等に存在するのが人間の自然な形であって、それを遺伝学の否定と頑張ればなんとかなるという教育、それからそれを恥だと思う文化によって歪められているのが現状だと思う。ネット上を見るとIQテストで1XXあったという人が溢れているのに対して、90~80代だったという人はみない。それは別に恥ではないし、それを直視することで始まる部分があると私は思っている
SESの人売り社長は、頭のねじが飛んでる狂った別次元の人間という認識がネットでされてるが
まぁ間違いではないんだが、そんな人格破綻者なんてごく一部で、実際は彼らなりに悩みがあるということを、俺は新卒の時に知ったので語りたい
前置きをしていくと、俺はそういうブラック企業やるような社長なんて、死ねばいいと思ってるし、社会のガンだと思うし、言っては悪いが反社の一員と分類してもいいくらいじゃないかとさえ思う
今は亡き社長も、そんな人間だったが、それに至るまでにはいろんな人生の挫折とかがあったということを知った
供養がてらに「仮面ライダーになれなかった男の人生」を知って、何か考えてもらえればと思う
今でこそ、ちゃんとした会社に入ってエンジニアとしてたくさんの経験を積ませてもらって
それなりな人生を歩ませてもらってるが、ITエンジニアのお定まりの通り、俺も新卒の頃は今思えばヤバいと言っていいような底辺人売りSESにいた
まぁ絵に描いたようなSESのブラック企業の社長って感じで、面接のときだけ人当りはよく、すっとぼけてレガシーな現場に送り込んでピンハネ三昧、営業活動と称してキャバクラ風俗ハシゴして
気に入らなければキ〇ガイの様に発狂してあたり構わず喚き散らし、物に八つ当たりをして威嚇する、反社との付き合いをほのめかして自分を大きく見せようとする、そんなオッサンだった
俺も最初は理解不能のキ〇ガイかと思っていたが、やめるまでの半年間付き合ううちに、早く死にたいからそんな無茶な暴飲暴食や、奇行を恐怖からやっていたということがだんだんとわかってきたんだ
都内の貸しビルの一角みたいな、SESお定まりの金のかからない殺風景な社長のオフィスには、パターゴルフセット、開けて中身見れば風俗やキャバ嬢ばっかの名刺入れとかそんな中に似つかないように、仮面ライダーBLACKRXのフィギュアが置かれていた
社長はその仮面ライダーが好きだという、子供のころからのファンで、仮面ライダーみたいな正義のヒーローになりたかったんだという
おりしも社長が若いころには就職氷河期、Aラン大学でバリバリの計算機科学を学んだ社長は、今は見る影もないが、当時は凄かった国内大手の某IT系企業に入ることができたそうで、順調にエリートエンジニアコースを歩んでいた、南光太郎の様な格好いいヒーローを目指して、エンジニアとして頑張っていたそうだ
ところが、おりしもリストラブームから00年代初頭の、地獄のようなブラックIT業界旋風、その中で社長は理解のある上司から、パワハラ上司の下へと転籍となってしまったところから、歯車が狂ったのだという
いじめ、暴言、いやがらせ、今やれば刑事事件で捕まりそうなレベルのいびりを受けて、とうとう社長は身心が壊れてしまった。体の震えや動悸が止まらなくなり、躁鬱で泣き出したり激高したり、今の性格の基礎がこの時の後遺症でできているようだった。
社長は会社を辞めた、というより辞めさせられたというのが近いのかもしれない
辞めていくエンジニアたちが集まって、自分たちが派遣するという形で特定派遣の企業を立てたそうだ(今でこそこんな有様だが、当時は社長や経営層がみんなエンジニアで、自ら客先常駐して稼ぐ特定派遣だって結構多かったのだ)
めげずに何度も諦めないで立ち上がろうとした社長の心を支えていたのは、子供のころからのヒーロー、仮面ライダーBLACKRXだった。
だが、大手企業の看板もなく、おりしも法整備が追い付かずリアルヤクザまでもがエロゲー作って売ってたくらい無法地帯だったIT業界、野比YRPの軍曹日記のようなことは日常茶飯事で、社長も足元を見られ、無茶振りをさせられ、下請けいじめによってどんどん身心を疲弊させていった
一人、また一人と一緒に会社をやめて合流したかつての同僚や仲間たちが、IT業界に見切りをつけてやめていく、当時はまだみんな30代とか、定年間際、第二の人生を歩める余裕があったのだ
だが、社長はそれでも最後まで諦めようとしなかった、逃げるのは悪いことだ、と最後まで責任を持ち続けた
結果、倒産、多額の借金を背負わされ自己破産、とうとう社長は壊れた。
それからは坂を転がるようにヤクザ者と付き合い、ブラックSESでドナドナ人売りで稼ぎ
営業と称して昼間から飲み歩く、かつて仮面ライダーになりたかった男とは思えない、人間のクズにまで落ちぶれていったそうな
社長は既に重度の内臓疾患だか癌だかを患っていたようで、治療もまともにせず、そんな破滅的な生活を続けていた、不起訴になっているが、警察沙汰にだって何度もなっていると聞いた。
俺が入って辞めるころには、社長だって死ぬ間際だと悟っていたのか、マトモな人間は(俺もすぐ辞める予定だったけど)離れていき、もう人売りするだけの人間さえ寄り付かず、完全にご破算状態の中で、気弱になった酒の席で、俺だけにその生い立ちを打ち明けていた。
思えば恐怖と寂しさがあったんだと、今に思う。その時俺は、ムカっ腹が立っていたので「どうでもいい話すんなよ、いい年こいたオッサンが未だに仮面ライダー仮面ライダーって頭おかしいんじゃねえのか?俺をこんな目に遭わせやがってとっとと肝臓がんで死ぬほど苦しんでからくたばれよ」と思っていたが
社長は俺の態度で察しているのか、この世のものとは思えない、俺も二度とあんな顔を拝むことはないだろうというほど、絶望に突き抜けた表情をしていたのを、ハッキリと覚えている、社長は、息ながらに地獄に堕ちたんだろう。
そして会社辞めて紆余曲折あって数年、いい人たちといい会社に恵まれていたころ、社長が肝臓のガンだか疾患だかで死んだという報せを聞いた。
口から血を吐いてもがき苦しんで、今までの早く死にたいがためにやっていた滅茶苦茶な行動のツケを払って最後まで苦しんで死んでいったという。
正義のヒーロー仮面ライダーにもなれず、開き直ってショッカー怪人や暴力団やヤクザにもなれず、ITエンジニアとしても中途半端で、どこにも居場所がなくなった社長は、何物にもなれず、死んでいった。
嘘松とか主語がデカいとか、何を言ってくれてもいい、ウンチだとかでもきもくて金のないオッサンは…とか言い出し始めてくれてもいい
IT業界の影で「仮面ライダーになれなかった男」の話を、頭の片隅に忘れないで欲しい
そして、社会でそんな風に無軌道な生き方をしている半グレだとかDQNだとか、ブラック企業の社長や滅茶苦茶なことを言う学者や政治家や芸能人、ユーチューバーだってそうだ、それらは完全に頭が狂った人間でなく、ただの小心者な普通の人間で、自分の悩み多き人生を少しでも早く終わらせたくて、自分を傷つけるようなあんなムーブをしているのだと、俺は思う
彼らもまた「仮面ライダーになれなかった男たち」なんだろう
誰からも嫌われて行き場をなくした社長の形見の仮面ライダーBLACKRXは、俺の部屋でリボルケインを掲げて、社長の変わりのように悪に対して今日も正義のために戦っている
私がヤングケアラーだった時、あなたたちは私を助けなかった。国は助けろとも主張しなかった。
私が経済的な理由で進学をあきらめた時、あなたたちは私を助けなかった。国は助けろとも主張しなかった。
私が就職氷河期で非正規になった時、あなたたちは私を助けなかった。国は助けろとも主張しなかった。
私がリーマンショックで来月の家賃すら払えなくなった時、あなたたちは私を助けなかった。国は助けろとも主張しなかった。
あなたたちがコロナ禍になった時、国は、政府は自分を自分たちを助けろと主張する。
散々、私が困ったときを見過ごし続けてきたあなたたちが、自身が困ったら、国は自分を助けろと国へ主張する。なんと都合のいい人たちだろう。
2020年も終わるし、今年の愚痴は今年のうちに流すのがいいかなって思った。
正確に言うと2019年から痛い状況は始まっていて、2年越しで踏んだり蹴ったりな状態が続いている。
予めスケジュールを告げていたにもかかわらず、平気で予定外のことをいろいろぶっ込んでくる。
中には、数週間前から問題を把握していたのに、突然告げてきて解決せよと言われたこともあった。
はっきり言って、わかった時点で教えてもらえれば帰省前に解決できたのに。
会社も会社で、介護帰省から戻ってみれば、大小の問題が起きていて、毎回自分の出社待ちとかになっていた。
親一人子一人、助けになる親戚皆無で飛行機びゅんびゅんだって言ってあるのに、容赦無く仕事をブチを込んでくれていた。おまけに面倒もブチ込んでくれていた(怒)。
正直体調が悪くなっていたが、休めば仕事が積み上がるので、騙し騙し仕事をしていた。
進捗悪すぎて、嫌味言われたけど。
産休・育休というのは権利なので、取得自体にはなんの問題はないのよ。
でも、そこに人を補充する・しないの問題が出てきて、現場が疲弊すると、休暇を取得した人間に非難が向かうのは世の中では良くある話。
うちはマタハラで訴えられるのが怖いので、なにもかもがまんして!って人事に言われてますwww
ただ、産休・育休・時短…どれを取るにせよ、取得者の性質によっても対応は変わってくるんだよね。
本人が望むので、復帰がうちの部署になった人は、
「私は子供たちも育てて頑張っている。なぜ、みんなわかってくれないの?なぜ、褒めてくれないの?わたしの子供かわいいよね?」
という意識が極めて強くて、毎回産休・育休から復帰するたびに、復帰先の管理職を疲弊させている。
共働きで子供を育てるのは立派だけど、我々は結婚しろとも子供を産めともお願いしていない…。
自分が望むからこそ結婚したのだろうし、子供も複数人産んだんだと思うんだけど、そこに「なぜ、理解してくれないの?褒めてよ、配慮してよ、わたしの子供は可愛いって言ってよ」と思うのはお門違いだと思うんだけどなあ…。
もう、クソ面倒なので「本当に頑張ってるよねー。頑張ってるねー」って面談するたびに言ってる。
そのせいか、自分と部長と三者面談した時に、「うちの会社で、こんなに気遣ってもらって、評価されたのは初めて」って泣かれた。
泣くな、こんなところで。クソ面倒くさい。それに、他の部署だって、できる限り気遣って評価もしてるぞ。
そもそも管理職なので、気持ちよく仕事してくれるなら、心にもない歯の浮くセリフだって平気で言えますよ。
他の部署でも適当に言ってやればよかったのに、ほかの管理職が偽善者になり切れないのが、うちの会社の良いところでもあり悪いところでもあるよね。
ただ、何度も育休・産休取得したせいもあって、お給料が驚くほど少なかったのは気になっていた。
新人よりずっと仕事もできるし、新人と組まされる率も高くて新人教育だってしてきてるのに、時短とは言え、給料が新人とほとんど同じ(か、それ以下)と言うのはどうかと思うんだよね。
原資が決まってるから、より仕事をしている人に渡すのは間違ってないんだけど、それにしたって…ねえ。
自分は偽善を演じるのは平気だけど、性別や年齢、育休・産休取得を理由にして給料控えめにするのは嫌だった。
もちろん、無理な時もあるよ。でも、可能な限り評価はしたいわけさ。
だから、うちの部に異動してきたのを機に、昇給制度上MAXまでお給料を上げた。
コロナで経営が傾かない限りは、今後もそうやってばんばん上げるつもりでいるんだけど、社長以下全従業員が注視しているところで
「子供を育てながら仕事をするのは大変でした。周りの協力も得られないし、理解もないけど頑張ってます」って言われたんだよなあ。
まあ、うちの部署に入る前からそうなんだけどさ、いい気分はしないよね。がんばって給料上げたのにw
こちらは本人が望まない残業はさせないし、時間内に終わらなかったものはスケジュール変えたり、他のメンバーに振り返るなんかしてやってる…それでも配慮不足って言うのかー。
それじゃ、人事も苦い顔して要望をシャットアウトするよね…って思った。
自分も体調が悪くて、とても他人の面倒見ている場合じゃなかったんだが、部長が全部ぶん投げてくれたおかげで、2019年同様、部署メンバーの不満を聞きまくる羽目になった。
私からしたら、育休・産休・時短の他、介護休暇なども付与してくれるので、中小企業の割には頑張っている方だと思う。
第一就職氷河期世代なので、若干の生存バイアスかかってる可能性があるけど、自分と同年代の女性たちは、妊娠を機に辞めざるを得なかったことが多かったので、世の中的にもだいぶマシになってきたと思うんだけどなあ。
まあ、不満をぶつけてくるメンバーは新卒採用組で、うちの会社しか知らないから、制度があっても使えなかったり、制度自体がなかったり…っていう中小企業が多いのも知らないんだなあって思う。
自分は色々転職してるので、ひっどいブラックからホワイトまで知ってるけど、うちの会社はなかなかの白さだと思うよ。問題ないわけじゃないし、愛社精神は全くないけどなw
最終的には「他社はやってるのに…」って話になるのだが、それこそ「うちはうち、他所は他所」で、転職すればいいじゃんって結論出てしまう。
それを口にすると「パワハラだ!」って話になりかねないので黙っているけど。
世の中には、どんなにわがまま言っても、できることとできないことあるんだよ…。
そうこうしてるうちに、コロナが猛威を振るうようになって、我々も在宅勤務になった。
他のメンバーは定時で終われるのだが、自分はかなり長時間労働を強いられた。
最近の管理職は、管理してるだけじゃなくて、プレイングマネージャーを求められるからな。
めちゃくちゃ具合は悪かったが、産休・育休・時短には配慮しても、手術するかしないかの瀬戸際の人間には配慮ないんだよね。
まあ、法的に「配慮しなさい」って言わないと、会社は配慮しないけどさ。
で、年末に入る頃。
自然治癒は無理と言うことになって、年明けに手術することになった。
過去に同じように経過観察になった時は自然に治ったんだけど、今回はダメだった。
理由は免疫力の低下らしいので、年齢もさることながら、去年から続いていた肉体的・精神的負担が大きかったんだと思うんだよ。
年1回のストレスチェックも、あり得ないほど悪くて、産業医面談行きになったくらいだから。
手術自体は全身麻酔で30分程度なんだが、放っておくと癌化する病状だ。
他にも婦人科系に関する部分が思わしくなくて、子宮取ることも考えようか?って言われてる。
元々、子供は欲しいと思ったことないし、年齢的に子供は無理だから、取ってしまっても問題ないと思う反面、あるものがなくなるっていう事には一種抵抗があるんだよね。
面白い事に、医者には「子宮取っちゃう?」ってカジュアルに言われたけどw
この件については、自分よりも母親が抵抗を見せていて「子供欲しくなるかもしれないのに!」って言ってきた。
いやいや。
今産んだとしても、子供が20歳になる頃には還暦を大きく過ぎてるんですよ。
無理無理。大人になった途端に親の介護とか、子供がかわいそすぎるだろうが。
それに、御体満足じゃない可能性もかなり高いぞ。
お互いに支え切れないじゃん。無理無理。
母親は、ショックが大き過ぎて、なんでもないと思い込んでるに違いないと思ってるみたいなんだけど…。
例えば。
大切なもの、人、仕事…とかあったら、やっぱり驚くと思うし、手術が怖い、どうしようって考えると思う。
でも、全くないんだよねえ…。
手術が本決まりになった後、何をしたかというと保険が下りるかどうかの確認だった。
これとは無関係で身の回りも整理してたから、もうちょっと所持品減らしたいという思いも強くなったし。
多分、自分には「手放したくない幸せ」が全くないからだと思うんだよ。
不幸ではないけど、手放したくないものもないというのが現状なので、「もう、どうにかなってしまったら仕方ない」という心境に飛んじゃってる気がする。
あとストレスたまってるのかもねえ。本当に疲れたからさ。この2年くらい。
終活に向けてゆっくり動き出したばかりだったので、どのくらいお金があれば自分の始末をしてもらえるかなというのも考えてるし、終わりへ終わりへゆるやかに向かっていたのも影響してるのかもなあ。
みんなお疲れ様。みんながんばった。
2020年中に愚痴を流せば、きっと2021年はいいことあるよ。
DHCの会長がいうことは理解できる、部落のない地域で育った人は被害にあってないので時代遅れとかいうのは仕方ない。
分けるけど、時代はジェンダーフリーだし、差別を排除する流れになってる。
なので、憎しといえど、日本人全てに通用する内容じゃないから控えるべきだよね。
自分に関しては、子供の頃から親に散々叩き込まれたのもあるが、
僕が小・中学校時代に部落地域の人間にされたことも経験としてあるから、尚更在日に対する意識は高い。
そして普段忘れるようにしているのだがチョン系の話題がでたらどうしても思い出してしまうのである。
①通行料金の徴収として毎日100円払わないと学校に登校できない
②みんなの前で教室のはじからはじまでビンタされた(目があっただけ、力の誇示をしたかった模様)
③文房具をしこたま盗まれた、それが表沙汰になった時親が「子供が文房具を大事にしない」とかって言って学校に文句を行ってくる始末、さすがである。
④万引きの犯罪につきあわされた(捕まりかけたが全力疾走で逃げた、もちろんこちらに取り分などない)
⑦小1の時、かぶと虫の幼虫をなくしたと因縁を付けられ裏山で夕方まで探させられた
⑧中1の時、欲しくもない洋服を1万で無理やり買わされた
⑨学内での盗み(高級ボールペン)を盗んだと濡れ衣を被された上、ホームルームで犯人扱いされる
真犯人を先生へ相談したら隠蔽(野球部の顧問が部員よりでかき消し)、結果クラス内では私が盗んだことにさせられた
⑩5人程度囲まれた状態で、無理やり好きな女の子に告白させられ笑い者にされた
全部、在日にやられた。
だから、DHCの社長の言ってることわかるし、就職氷河期でゴミくそベンチャーに入って低賃金でこき使われてる身だったのに
あいつらは、在日の特権職業でゴミ屋公務員で月40万の職業に就いてた。
ジェンダーフリー良いと思うが、在日の人間が信頼できないのはそういうバックグラウンドがあるからである。
地元に戻った時に見かけたら反吐が出そうになるが、大人な対応を心掛けている。
ちなみに、中学3年の時に、こいつらと縁を切りたいと思い、高校受験で死ぬほど頑張ってやつらが受けれない程度の高校に入学した。
私は22卒で就活中なのですが、こんなエントリを見ると地方就職を躊躇ってしまうよ。
メーカーの研究開発職志望なので、基本的に地方の工場か研究所に配属の予定だよ。
選べば、千葉・埼玉・つくば・川崎くらいの場所を選ぶこともできるよ。
そのくらいの地方なら大丈夫?それでもやっぱり関東圏にした方がいい?
大手は全国に工場研究所があるから地方転勤はある程度避けられないよ。
まあコロナ渦の就職氷河期のポンコツ学生なんで、大人しく「全国どこでも大丈夫です!」と元気よく答えるよ。
意外と大丈夫なそうという自信が着きました。
車は教習所でしか運転したことないので内定取ったら練習頑張ります
くだんの彼は情シスらしいので、研究職とは地方転勤への仕方ない感や覚悟が違うだろう。