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2017-09-19

イケメンの姉

姉はイケメンだ。かなりぶっとんでるし、ちょっとどうかと思うような行動に走ったりもするけど、総じてイケメン性格姉妹正反対。私は人見知りで、基本的にいつもおどおどしている。今までいろんな局面で何度も姉に助けられてきた。そんな姉への感謝気持ち綴りたい。

まずは小学校入学式のこと。

うちは母が早く亡くなってる。私が5才になる年に喉頭癌でこの世を去った。姉は私より11才上で、私が小学校に入った年にはすでに高校生だった。

そんな姉が、私の入学式に母の代わりとして参加してくれたのだ。その時のスーツ姿がとても素敵だった。人指し指に緑色翡翠指輪をはめていて、それは母の形見だと教えてくれた。入学式の時の写真を見返すと、やはり姉は保護者の中で一人だけ幼げに見える。

姉は高校ではかなり目立っていた。たまに雑誌にも出てた。エルティーンという十代向けのファッション誌で、モデルみたいなことをしてた。私はまだ小学校に入りたてで、そんな姉を芸能人だと思い込んでいた。そのうちテレビにも出るんだと思ってた。その予想はのちに別の形で実現するんだけど、その話はあとに回そう。

姉はふだんはあまりエルティーンを読ませてくれなかった。小学生にはふさわしくないエロい特集が多かったのだ。そんな雑誌にちょくちょく載る姉の姿に、私は幼いながら、妖しい憧れのような感情を抱いていた。

父は土建業を営んでいたが、この頃には経営が苦しくなっていた。それまではずっと絶好調で、姉は何の疑いもなく「うちは金持ちだ」と信じ切っていたらしい。でもそんな幸福時代はあっけなく終り、父は一気に萎れてしまった。母に先立たれて、経営も傾き、悲嘆にくれる日々。父がお酒に溺れ始めたのはこの頃だ。それでも父は姉を私立大学に入れた。娘の教育は疎かにしない、それは母の遺言でもあったそうだ。

二つ目感謝は、このころの話。

当時、私がまだ9才の時。姉が私をあるイベントに連れて行ってくれた。姉の大学友達の中に、ひとりだけ9才の私が混ざるという、かなり無茶な形だった。野外で開催されるテクノパーティ。でもそんな詳細はすべてあとから知ったことで、当時は右も左もわからないまま、姉に連れられて、ただついて行った。そこはまさにカオス空間だった。広大な森林のいたるところで人々が踊り狂っていた。真夜中にトランス状態で踊り狂っている大勢大人たち。あの光景が私の音楽原体験になってしまったのは、なんかちょっとまずい気もしている。

夜、私は姉と並んで芝生に寝転んだ。遠くではドンドンという無機質なテクノビートが鳴っていた。私と姉はふたりで夜空の星を眺めながら話した。その時に姉がとつぜん言ったのだ。

ママはもういないけど、私がお姉ちゃんとお母さんの両方をやるから

後年、姉にこの話をしたら「そんなくさいドラマみたいセリフ言うわけない」と全否定した。でも私は完全に覚えている。ありがとう。あの言葉にどれだけ支えられたかからない。

三つ目は、話自体がかなりぶっとんでる。

私が中2の時、父の会社が潰れた。全てを整理しなければならなくなり、家族は家も失った。私たちアパート引っ越した。父はもはやアル中の一歩手前みたいになっていた。

姉はすでに大学卒業していたが、就職はしていなかった。なんと、カリスマキャバ嬢になっていたのだ。当時の某歓楽街ではかなり有名な存在で、テレビ取材も受けていた(冒頭に書いたテレビ出演の話はこれのことだ。ちなみに姉はこの後にもまた別の形でテレビに出るのだが・・・)。姉は客に媚びないSっぽいキャバ嬢という設定で、何度か深夜番組に出ていた。それはけっこうサマになっていた。

姉は家では父にハッパをかけ、とりあえず一労働者に戻って建築現場で働くことを勧めた。父は最初経営者という立場にこだわり、かたくなに拒んでいたが、やがてしぶしぶ従った。

ここから急展開が訪れた。カリスマキャバ嬢としてのブームが一段落して、父もどうにか社会復帰できたというタイミングで、姉がいきなり海外留学してしまったのだ。なぜこのタイミング?と思ったけど、どうも男絡みのようだった。色恋沙汰なら、もう誰が何を言っても無駄だ。姉の留学先はコスタリカだった。

姉は私に銀行カードを託した。「本当にやばくなったらこお金を使いなさい」と姉は言った。さらにもう一点、「絶対に父には秘密にすること」姉はそれだけ私に言い残して、さっさと異国へ旅立ってしまった。当時、私はまだ中2だった。おいおい、母親の代わりをするって話は?

預金は600万円だった。コンビニATMで残高を見た時、足が震えた。私はこわくなって、すぐにカードを机の引き出しにしまい、鍵をかけた。それは中2の私に背負える額ではなかった。

そのまま中3になり、受験の時期を迎えた。姉がいなくなってからというもの、家の中はめっきり暗くなっていた。父は働いてはいものの、お酒の量がどんどん増えていた。親子の会話もほとんどなくなっていた。学校でも、私の家が落ちぶれたという噂がうっすらと広まっていて、なんとも言えない惨めな気分だった。姉の600万だけが心の支えだった。まだ大丈夫、うちにはこれがある、そう言い聞かせながら日々を送っていた。とかいいながら、カードからお金を引き出す勇気なんてまるでなかった。私は根っからの小心者なのだ大金を前にして、完全に怖気づいていた。どうしても心細くなって、ひとりで布団をかぶって泣く日もあった。勉強にも身が入らず、だんだん授業がちんぷんかんぷんになっていった。高校に受かる気がしなかった。この時期は私の人生いちばんしかった頃かもしれない。

そんなときに、姉が帰ってきた。まるで私の危機を察するみたいに。姉は予告もなく、いきなり家に現れた。あの時、姉を見た瞬間、私の全身にぐわーっと広がった強烈な安堵感が忘れられない。自分いかに姉を頼りにして生きているのか、骨身に染みて分かった。

姉のコスタリカでの日々は、それだけで一冊のルポルタージュが書けるぐらい強烈だった。でも私がここに書くのはちょっと無理だ。筆力が足りなすぎる。姉はコスタリカ日本人恋人暮らしていたのだが、やがてその男と別れて、現地でスペイン人と付き合うことになった。交際から数日後に、ふたりパナマに小旅行に行ったら、国境を渡るバスから彼がいきなり逃亡してしまった。理由はわからない。ともかく姉は一人にされてしまった。それから姉は執拗警察の取り調べを受けたりしつつ、どうにか事なきを得て、家に帰りついた。後日、彼が麻薬組織幹部だということが発覚した。姉はそんなこと何も知らなかった。彼がなぜ逃げたのか、どこに逃げたのか、全てが謎に包まれていた。

そういう話が他にもたくさんあるんだけど、とても書ききれない。とりあえず姉は無事に日本に帰ってきた。そしてコスタリカでのエキサイティングな日々を迫力満点に語ってくれた。私はなんだか自分の悩みがバカらしくなってきた。受験不安だとか、ほんとに小さなことって気がしてきた。姉に相談したら「勉強しろ」と言われた。2秒で話が終わってしまった。銀行カードをいちども使わなかったと言ったら「あんたらしいね」と笑った。姉が相変わらず人差し指翡翠指輪をしていたので、私は「お母さんの指輪だ」と言った。姉はそっけなく「あれウソだよ」と言った。「蛍火の墓を見て、適当でっちあげた」「マジで!?」「うん」私は脱力した。

それから受験勉強に身をいれて、私は無事に第一志望の高校に受かった。姉は父の酒浸り生活も、きびしくたしなめた。父は何だかんだ言いながら、姉には従う。酒の量を控えるようになり、少しずつ生気を取り戻していった。やがて昔の仲間と一緒に、また小さな会社を発足させた。最近土建以外にも手を広げて、高齢鞭打ちながら、建物管理資格勉強なんかをしている。

姉はコスタリカで築いた人脈を駆使して、某国大使館アルバイトをするようになり、そこで能力を見込まれて、正規職員になった。大使館について詳しく知っているわけではないけれど、私は漠然と「超エリート仕事」だと思っていた。姉のイメージとはどうしても結びつかなかった。最初に聞いた時は、女スパイ組織に潜入しているような姿が頭に浮かんでしまった。

姉の最後テレビ出演は、この大使館バラエティ番組取材を受けたときだった。姉は有名な芸人さんにおいしくいじられていた。姉は完全にキャラ変して、シャイで生真面目な妙齢職員を演じていた。「あなた、かなりの箱入り娘でしょ。男性経験も少なそうだな」芸人さんがそんなようなことを言って、姉をからかっていた。姉は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。『かわいぃ~』みたいなテロップが入った。いやいやいや、と私は全力でテレビに向かってつっこんでしまった。

そんな姉も、長く勤めた大使館をやめて、今はスペインバルオーナーマネージャーとしてバリバリ働いている。ほんとはここにお店のサイトリンクを貼って、微力ながら宣伝したいんだけど、それをするには姉の許可を得なくちゃいけない(というか、こんなの宣伝にならないか)。

ちなみに私は普通に高校を出て、短大を出て、今はOLだ。ほんとに波風のない人生。何から何まで姉とは対照的だ。そのうち私にも、めくるめく冒険の日々が訪れるのだろうか。

結局、姉への感謝はたくさんありすぎて、とてもここには書ききれない。何でこんなことを書こうと思ったかというと、このあい何気なく実家で昔のアルバムをめくっていたら、幼い頃の姉の写真を見つけたから。3才ぐらいで、まだ私が生まれる前。姉は母の腕に抱かれていた。泣き出す直前みたいな、絶妙な仏頂面。姉を抱く母の人差し指には、緑色翡翠指輪が光っていた。なんだ、やっぱり形見じゃん。本当だったんだ。きっと照れくさかったんだろう。いかにも姉らしいと思い、うれしくなってしまった。それで姉への気持ちをまとめてみようと思ったんだけど、うまくまとまらなかった。無理もない、姉自身がまとまってないんだから

2017-09-18

anond:20070314103851

この記事を書いてから10年が経過した。

今の自分が何をやってきたのかと言われれば・・国立現代美術研究機関仕事をしている。

そこで何の仕事をしているのかと言われれば、ネット美術作品に関するWebサイト制作

システムサーバ管理作業ベンダー企業と打ち合わせを行いながら、世間情報を発信している仕事だ。

プログラムこそ書けないが、PremiumPro、AfterEffects、Photosho、IllustratorDreamweaverを使いな

がら画像加工や映像制作写真撮影、簡単コーディングJavascriptシェルスクリプトゴリゴリ書いて

仕事している。自分では何でも屋と呼んでいる。これがクリエイティブと言われればどうかはわからないが・・・


あれから10年を振り返ってみよう。

アーティストとかデザイナーが嫌いですと言っていた自分ではあるが、知らない人間がそう言う世界の事を

言うのも失礼だと考え、正社員をやめてデザイナーになるため、まずは安いWeb制作スクールに通ってみた。

短期間だがサイトの作り方とAdobeツールの使い方を教わった。


ところが自分にはWebコーディングデザイン考え方は理解できたが、デザインセンスや色彩感覚に欠けていた。

スクールへ通った後、派遣会社へ「Web制作がしたい」と登録したが、ポートフォリオを見せた途端にボロクソに言われ、不採用が続いた。

そんな中、あるWeb制作会社で「君、サーバ管理の方がいいかも」と言われてしまったがデザイナーになりたいとしと考えて断った。

その言葉きっかけに「デザイン能力がないなら」せめてサーバ管理でもと考えて、Linuxスクールに通った

(その間は派遣で時給は安いがWeb制作会社簡単コーディング作業画像修正作業印刷会社でのDTP業務をして凌いだ)。



Linux勉強はすればするほど面白くなり、そちらの知識にのめり込んだ。サーバを学とネットワークの仕組みも知りたくなる。

最後にはネット知識自作PCを組み上げてLinuxインストールしてWebサーバメールサーバを構築した。

ただ、自宅でWebサーバを構築すると言っても外部への公開はリスクが高すぎるので勉強機としてdebian系やredhati系OSなど

デュアルブートさせたり、HDDRAIDを組み上げたりして遊んだ。そのうちにレンタルサーバドメインを取得、CMS個人

ブログを立ち上げるも自分ポカミスからクラッキングあいサイバー犯罪課の取り調べを受ける経験もした。


Web制作デザイン仕事はなかったが、浅いネットワーク知識が幸いしてか、データセンター映像サーバを扱う仕事に就き、

NagiosやらCisco機器RAIDVMセキュリティ知識IPデジタル映像知識映像機器編集知識を得ることができた。

映像と言っても映画なのでDCPやKDP、3D映像知識会社で二週間研修させられた。仕事によっては夜中の仕事AKB48ライブ

の収録に立会ったり、キアヌ・リーブス舞台挨拶で生キアヌと打ち合わせしたりもしながらも、この日記を思い出しながら

「俺、デザイナークリエイターじゃないな」と考えていた。


それ以降は大企業の子会社でのWeb制作部門で勤務したり、IT資格もいくつか取得した。また途中で大学にも通い、好きだった

美術史写真史、表現を学び、論文をいくつも書いた。その途中で亡くなった親父がフィルムカメラをくれたので、フィルム

メラにハマり出し、父親形見の中判フィルム撮影フィルム現像プリント額装して、個展までするようになった。

好奇心からきたここまでの道は、もう40過ぎだった。



結果、あれから10年後の自分仕事・・・

給料こそ高くはないが上記の研究機関で「何でも屋」で仕事をしている。

元々現代アートが幼少期から父親が集めていたアート関連の書籍を読んで、ドナルド・ジャドやフランク・ステラなどのハード

エッジアートに興味があったこと、簡単システム保守サポートができること、フィルム現像写真撮影ができること、ライ

ティング(照明)ができることが幸いして、作品の保管からシステムベンダーとの打ち合わせまでを任される仕事採用され

ることになった。かなりの倍率だったようだが自分のように多く経験してきた方や知識現代アートへの興味がある人は少なか

ったのでというのが採用理由だったようだ。


「オリも混ぜてくれよう。

実際には作ったりしないけど見るのは好きだおう

アートには理解があるつもりだおう

なのになんでオリを混ぜてくれないんだおう

お高く止まっちゃってさ!フン!もうこねぇよ!バーヤバーヤ!!!


こうは書かれたものの、この気持ちもあって、それを理解するために色々と仕事制作仕事をしながら

勉強をしてきた(つもり)だけど、やってよかったと思う。


10年前の自分デザイナーアーティストクリエイターという選民思想を持って「普通会社員」を見下して

いるという、ルサンチマンに囚われていた。でも、仕事の業種に関わらずどんな仕事だって「創り出す」こと

必要なのであって、それはどんな職種であっても創意工夫は必要であり皆がクリエイターである

創り出すことが華やかに見えるのは一部だけであって、世の中にはもっと沢山のものが作り出されている。

たまーにWebデザイン写真作品制作することがあっても自分は「デザイナー」や「アーティスト

とは言わない、それを言ってしまうと自分創造可能性を広げられなくなりそうで怖いから。もちろん周囲に

デザイナーライターアーティストの知人・友人はぐんと増えたが今はそれらの人を僻むことも今はしない。

しかし、あの日記を匿名日記を書けたことは自分人生における仕事を大きく変えたと思うし、過去自分

そういう思いから出発しているから、どんな職業の人でも会う時には、まずは首を垂れて尊敬することか始めている。


それとこの言葉も気にしながら。

未来に先回りして点と点をつなげることはできない。君たちにできるのは過去を振り返ってつなげることだけなんだ。だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。自分根性運命人生カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです」

2017-09-14

墓参りへの疑問

父は無宗教である。母は葬式仏教を支持している。

夏になると墓参りに連れていかれる。父方の祖父への墓参りを強いられている。

私は祖父が好きではなかった。たばこを好むし、朝から酒を飲むし、人を非難して笑うのが癖だった。後から聞いたけど、不倫もしていたようだ。

父は「父(私の祖父)から愛情を貰った記憶がない、だから子どもの愛し方が分からない」と言っている。

墓参りとは「宗教様式を通して、亡くなった人を思うこと」だろう。

今回の場合、亡くなった人を思っても嫌な記憶しかない。そもそも顔を会わした回数も少ない。意味があるのだろうか。不愉快だ。

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これとは関係ないが、墓参りをしなくても本当に愛すべき人が亡くなったら「亡くなった人を思う」はずだ。

信仰心のない人にとって、墓参りである必要はあるのか? 思いだすなら形見でも可能ではないか? 目をつむればできるだろう。

母方では祖父母の人柄が好きなので墓参りに付き合っている。けれど知らない人だし、やる必要はないと考えている。

2017-08-31

そんなに難しいか

どれも迷うほどの問題とは思えない。

(1)老夫婦

殺してはならない。このケースならば公的支援を受けられる可能性があるので、まだ最善の努力を尽くした状態とは言えない。「公的支援は受けたくない」というのは個人的趣味に過ぎない。

(2)新生児

殺してはならない。夫婦事情夫婦解決すべき問題であり、他者忖度することは許されない。もちろん、当該の子を生きながらえさせるために莫大な費用が発生する、その費用を捻出できる見込みがない、という将来はもちろん見えているかもしれないが、「それでも(夫の忘れ形見を)殺したくない」と母親が主張する可能性はゼロではない。いずれにせよ助産婦に「殺す権利」はない。

(3)凶悪

殺してはならない。速やかに、当該の自動車隔離できる施設を準備し(たとえば使われていない埠頭倉庫など)そこに自動車誘導、その後、催眠ガスを投入するなどして無力化し拘束するなどの方法が考えられる。そうでなくても、周囲から十分隔離した状況で、拡声器等により抵抗は無力であることを宣言し、武装解除投降を呼びかける。ただし、抵抗した場合は最悪射殺も視野に入れて配置を行う。凶悪犯を殺す場合でも「殺すしか選択肢がない状況」に至っていなければならない。

(4)凶悪犯2

殺すことはありうる。犯罪既遂未遂にかかわらず、人質の命が現に急迫の状況であることが明白ならば、状況を見て(人質安全を最優先に)犯人の射殺も視野に入れるべきである。これは「刑」ではなく緊急避難行為であるので死刑廃止している法にもその趣旨にも抵触しない。

なお「その司令官も彼に妻や子供をすでに殺されているし、対応している警察官の多くの関係者被害者である」→可能な限り事件関係者事件対応から外すなどの措置が求められる。行政行為執行に当たって利害関係者が関与する状況はただでさえ(人道的に)避けるべきであるが、まして行為が「敵討ち」にしか見えない状況であれば、その正当性への疑いを呼びかねないことから対応する管理者には十分な配慮が求められる。

(5)未知の奇病感染

原則、殺してはならない。もちろん、法的にこのような危険感染病の罹患者の権利制限されうる(数年前のエボラ出血熱の事例など参照)。また、病気理解した上で「感染を広げてやる」と主張し行動する行為は、普通に群衆対象とした無差別殺人と変わりがない(たとえば、AIDS感染を知りながらそれを告げずに感染危険のある行為に及んだ人間傷害致死の罪に問われることがあるのと同じ)ので、治安維持権限ある人には速やかな対処が求められる。この場合普通に爆弾を所持しテロを予告した犯人」と扱いは同じである。防護服を着用した警察官等により速やかに制圧しての逮捕妥当である

もしそれが「いかなる防護服も通用しない強力な未知の病気(?)」を想定しているのだとしたら、その場合可能な限り、遠隔から麻酔銃等により制圧して逮捕。その後は、法による対応起訴等)を進めつつ、他の感染者同様、残された時間範囲内で人道的な対応治療等)を施すことになるだろう。射殺は、それも不可能場合の本当に最終の手段である。「死ぬ可能性が高い」から「殺しても良い」という理屈は成り立たない。

「どんなことがあっても殺してはならない」という命題は、「どんな手を尽くしてもどちらかを殺さざるを得ない状況」にあっては実現不可能になるので、「場合によっては殺しても良い」という別の命題によってかえざるを得ない。これが緊急避難という考え方である。たとえば「正当防衛」など。人を殺しうる凶器をもち殺意をもって襲ってきた相手を殺してはいけないとなると、「自分」という人間を「殺してもよい」と判断したのと同じ事になり、明らかな矛盾が生じるためである。この場合相手を殺してしまっても殺人罪とは見なされない。(「カルネアデスの舟板」論)

ただし、正当防衛などの「緊急避難」が成立するためには、「どんな手を尽くしても~である状況」であることを証明できなくてはならない。もし安易にその拡大解釈を許せば、社会弱者を切り捨てることを安易に認めることにつながりかねず、危険である(例:大量の医療費を使うのは、別に貧困にあえいでいる人の生活を脅かすので、見殺しにすべき、など。昨今は政治家にもこの程度のレベル人間が多い)。

以上のようなことは、法理の基本を説く本にはたいてい分かりやすく書いてある。元増田(や一部の政治家)は、ネットに張り付いて小理屈をひねり回し得意がるより、少しは読書をした方がよい。

https://anond.hatelabo.jp/20170830204145

2017-08-13

友達が死んだ

まだ19歳。病死中学クラスが分かれて教室が1Fと3Fで分かれて部活も別で、塾に通いだしたせいで学校であった時に話すだけになって、高校は別の学校だったかほとんど疎遠と言えるくらいになって、入院したという話を同じ高校に行った友人から聞いて、一緒に見舞いに行って、それからすぐだった。

人生6ありゃ9もあるさ」というセリフの書かれたペンケースを持ってて、ユーモアがあって、オカルトの話に詳しい子だった。

の子の家の仏間がいつもオレンジの薄明かりで子供心にめちゃくちゃ怖くて、遊び部屋が仏間の上の部屋だったもんだからTVゲームしながらいつもビビってた。その部屋の、うっかり下に仏壇があるあたりを歩いてしまって、仏壇を踏んで霊的なものと通じてしまたから祟られると私たちが怖がっていると、その子は「目を閉じて三回取り消しっていうと許してくれるよ」と言って、みんなで必死で取り消し取り消し取り消しと呪文を唱えた。今思えば仏壇はご先祖なのだから失礼でこそあれ怖がる必要はないのだが、当時はとにかく死者というものがこわかった。

形見分けに、ぬいぐるみをもらった。私は中学からまり遊ばなくなってしまっていたので、もらっていいのか戸惑ったが、その子のお母さんが「◯◯だと思って」と渡してくれた。

そのお母さんが出棺のとき、悲痛な声で友達名前を呼び続けて棺をおいかけて、そのお母さんを取り押さえる親族の方が、顔をぎゅっとしているのがたまたま見えて、それが本当に辛かった。

帰り道、友達と、やはり「取り消し」の呪文の話になった。万能の呪文だったので友人もやはり覚えていた。私は20になっても頭のどこかで幽霊を怖がっていて、夜の自宅マンションの長い廊下ながすごく怖くて(夜の病院のような雰囲気なので)、よく呪文に助けられていた。とりあえず恐怖を感じる気持ち区切りをつけられるので。友人とはそのまま駅で分かれて、電車に乗りながら、目を閉じて、「取り消し」と三回心の中でつぶやいた。普通にさよならを言うより、こう言った方があの子らしいなと思った。人生6ありゃ、9もあるよね。

2017-08-04

天涯孤独になった

2親等以内で生きているのは自分と父だけだった。

その父がこないだぽっくり逝った。ぽっくりとしか言いようがなかった。いや、ぽっくり以外にも言ったな。「え、まじで?」とか言っちゃった。

いろんなアレをソレして(あまり思い出したくない)、職場に復帰して、休んでいたあいだの仕事睡眠返上でこなし、なんとか仕上がったところで

「あ、天涯孤独じゃん」と思った。

親父が死んだとは言え、上司の同情の仕方が真に迫りすぎていたのはそのせいだったのか、とふと気づいた。

もともと家族の数が少なかった自分にとって、家族が減ることはさほどの問題ではなかった。単純に数えてもう5回人と死に別れてきたわけだから自分が生きていれば父親もいずれ死ぬということも受け入れていた。

しかし、世間にとっていまの自分はただの「最近親をなくした人」ではなく、「天涯孤独の人」なのだ

最近親をなくした人」はいずれ「親をなくしたことがある人」にジョブチェンジできる。しかし、「天涯孤独の人」は、ずっと天涯孤独なのだ

ただ家族が減ったのではない。私は天涯孤独なのだ

この違い。

もともと持家は処分してあり、父も自分もそれぞれに賃貸を借りて住んでいた。死に別れることに慣れていた私たちは、身軽に生きることが信条だった。

乗り鉄であること以外に趣味のない父は、形見になるようなものを残さなかった。乗り鉄という趣味はすばらしい。交通費しかからない(それが莫大だけどな)。

もう何もない。墓といくばくかの金だけ。あと捨てられなかった調味料と酒。

天涯孤独だ。

親に頼ったことなんて今までだってなかった。

とうとうじいちゃんも死んで二人きりになった中学の時から、二人は親子ではなく共同経営者とでもいうべきもので、対等な立場だった。

から親父が死んでも大丈夫だと今の今まで思っていた。

でも天涯孤独なんだな。

天涯孤独って言葉考えた人、すげーな。ぴったりだわ。

2017-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20170605170720

勉強ができる子達には、体育の時くらい形見狭い思いを味わってみたら?という気持ちもあるのは事実

からそれが駄目なんだって

できない奴を馬鹿にする態度が

まあおまえら馬鹿からある程度は仕方ないけどさ

勉強ができて頭がいい(と自分でもそう思ってる)奴らが、勉強ができない奴を馬鹿にしてて、かつ体育の授業は恥をかくから嫌いとか言ってると殺意を覚えるな

おまえもただの馬鹿だって

体育の時間しか楽しみがない子もいるんです。

うちの子は、勉強が苦手。人前でしゃべるのも苦手で、吃音もあるので本読みを当てられるのが大嫌い。手先も不器用なので図工も苦手。クラスに貼り出してる全員が描いた絵をみると切なくなる。

そんなうの子の唯一の楽しみは体育。今日学校で何あった?って聞いたら、いつも体育の授業があればそれだけを答えてくれる。

勉強は苦手、当てられて答えられない姿を親にみられたくないから参観日は来ないでっていうけど、運動会だけは絶対見に来てっていう。

親の私は体育が苦手でマラソン大会なんてなくなれって呪ったぐらいだけど、勉強はできたから授業中は生き生きしてた。手をあげるたびに、すごーい、っていうクラス視線を感じてた。

だけど、お勉強では劣等感をずっと抱えてるうちの子にとって、体育だけが唯一自分に自信を持てる時間らしい。

体育なくせ、みたいな声があるけど、一週間のうち、学校の体育なんて3時間程度。それ以外の時間はずーっと教室でお勉強の得意な子達のキラキラした姿を眺めるしかないうちの子に、たった3時間くらい、生き生きときらきらとする時間をあたえてくれてもいいんじゃないか、と思う気持ちもある。

能町さん(東大)にしても、ヒャダイン(大阪星光→京大)にしても、秀才高学歴。体育の時間は辛くても、きっとそれ以外の授業ではその優秀さで存在感ありまくりで、みんなの視線も集めてただろう。

ならば、普段教室で居心地悪そうに座ってるしかできない子が唯一大好きな体育の時間にその存在を主張できる機会も大事に思ってくれてもいいんじゃないかなと思った。

体育が悪いんじゃない、レベル分けをしてくれたらいいんだ、という声もあるけど、授業ではそんなにきっかレベル分けされてる訳じゃないよね。

だって上手下手お構いなしに掲示してるし。体育以外の授業ではおもいっき劣等感を味わってる側からしたら、お勉強ができる子達には、体育の時くらい形見狭い思いを味わってみたら?という気持ちもあるのは事実

2017-05-10

嫁がカクヨムデビューしたいらしいので全力で止めて欲しい

メルカリタンスにあった服をあらかた売ってしまったので今度は小説家になりたいらしい。

ただ、俺にはこれが良いものかどうかわからないが、嫁はけっこう大病をして入退院したこ

ともあったので小説家とか、不規則仕事を専業にしなくても、俺がもっとしっかりすりゃ

いいんじゃ無いかと思う。

つきましては増田の目の肥えた皆様に、とくに「この話は○○に似てる」とか、

これで食っていけるなんて修行不足とか言ってもらいたい。

文中出てくる「アルマジロ本」は、どうもITの小説資料として古本屋で買ったらしい。

ISBN:4873111382

すがすがしい一週間がはじまろうとしている、月曜の朝7時。

 

むぎゅっ、むぎゅっと、本の表紙に描かれたアルマジロは、紫の髪の毛を生やしたおばさんのタイトなお尻に、いままさにつぶされようとしていた。

「うおおおうこの本高いんだって! あああぁ」

本の持ち主は、糸井ヨシヒコ。もうすぐ40才、小学生の一男一女がいるパパさんであるしかし平日昼間は、しがないサラリーマンしかも、先月急に異動を命ぜられ、今は会社の一番隅っこの席で本ばかり読まされている。

前はお客様会社に車で直行直帰だったから、こんな満員電車でのバトルはもう何年ぶりのことだった。会社でも肩身が狭いっちゅうのに、ここでも隣のお姉さんに手が触れようものならチカン扱いだ。しかも。

ちょっとアンタ! 何アタシのカラダ狙ってんのぉ!?

と、ぜんっぜんアウトオブ眼中のおばさんにまでニラミをきかされる。思わず手先がふるえるけど、この本はまじで6000円くらいしたもんだから、手放すわけにはいかない。

「いや違うんです! ボクはこの本が……あ、いや、すみませぇん……いやこの本……」 

 

とりあえず糸井のチカン疑惑は晴れ、なんとか始業までに会社--システムビッグ略称SB社)にたどりついたものの。さてこれからが大変だ。糸井は眼鏡にくっついていたまつ毛を2本爪で飛ばして、デスクにあの『アルマジロ本』をバタンと立てる。

SB社とは(決してポテトスナック販売元ではない)、名前はなんだか壮大そうだが、単に社長カタカナ好きだっただけである。もともとは”永島帳票印刷”--といういかにもな社名で、小さな工場商店で使う専用帳票を作ってきた。最近は、大のパソコン好きの社長の息子(いま専務)がはじめた事業パソコンの使い方を教えたりとか、客が出す電子メールがちゃんと届くように『サーバ』を管理することとかの方が売り上げが多い。糸井もこの前、『帳票課』からシステム管理課』へ異動したばかりなのだ。--人手が足りないらしくて。

 

おはようございますぅ(はぁと)」

さっきのおばさんもともかく、庶務の新田ヒカリも、糸井の”どうにかしてほしい人リスト”の筆頭である。たしか年は27か28だったと思うのだが、制服に某ネズミとか某犬のバッジつけまくったり、真っ赤なマニキュアに砂粒乗せたり、それでもってその言葉遣いもそろそろやめてぇな、と思っている。そのうえ、目当ての男にしか丁寧な言葉が向けられない。

「さ・さ・き・さぁ~ん、どうぞ~ん(らぶらぶ)」

ほどよい熱さのコーヒーを、こん切ゆっくり丁重に、その男デスクに置く。すでに朝の作業を始めている佐々木カナメは--「ああどうも」と短く切って、パソコンモニタに流れる文字をじっと見ている。

佐々木は実にクールガイだ(死語?)。必要最低限のコトしかさない。タタタンタタタと、やせた指でコマンドを打ち続けている姿は、まるでピアニストだ。糸井とは同期だった。(佐々木高校を出てすぐSB社に来たので、年は4~5才離れているが。)同じ『帳票課』から異動してきたメンバーの一人ではあったが、入社から機械いじりが好きだったらしく、専務ともよく話が合うらしい。異動してきてからは、ずっとSB社自体メールサーバ管理する仕事をやっている。

それに比べて自分はどうだ? 糸井は”ふせん”のいっぱいはさまった、『アルマジロ本』を見つめた。新田がその様を気持ち悪そうにいちべつして、プイと給湯室に去ってゆく。糸井にお茶挨拶もくれない--いるもんか、あっかんべー。と舌を出したら、ちょうど目の前に課長がいた。

 

「ほほう。糸井、いい度胸だな。朝一番から

「あがっ」

 

「そんなにオレのワキガが気になるか」

「誰もそんなことツッコんでません……」

糸井や佐々木新田所属するシステム管理課の課長、進藤ユウジロウは、頭を9:1に必死で分けていることよりも、ワキガを持病と認定していた。夏場は近寄りたくないが、めちゃくちゃ気にしなくても、と糸井はため息を吐く

「ほら、ほら、臭いんだろ?」

「違いますって!」

ベタン。『アルマジロ本』が、倒れた。

 

システム管理課に異動が決まった時は、係長昇進か?! と焦って特上うな重と松の寿司セットを家族全員でおいしくいただいてしまったが、フタを開けてみれば、”もうすぐ”どこかの会社からサーバ管理する仕事が入るから、それまで勉強しててくれ、わかんないとこは佐々木に聞いてね状態で、まったく後味の悪い出前だったなと糸井は振り返る。

しかしほんまにこのまま、100円寿司にも行けなくなって、子ども誕生日駄菓子すらも買えなくなったらばどうする? めくったページはずしりと重く左手首にのしかかる。この腕時計は--あかん、これは親父の形見から絶対質屋には入れないぞ。

 

たばこを吸いに喫煙室へ、あるいは数回トイレに立ちながらも。ほぼ1日じゅう、糸井は『アルマジロ本』をずっと読み続ける。たぶんこの本とはお友達になれるかもしれないくらい。(表紙のアルマジロはけなげなまなざしをたむけるだけで、糸井のことをどう思っているかなんてわからないが。)そして、わきのパソコンを使って、本に書いている文字--コマンド、を指一本で打ってみたりする。しかし本の通りに文字が出てこないことがたいていだ。その度たびに、糸井は佐々木にそっと手で合図を送り、「これ打ってみたけどアレがコレと同じようにならないんだ」と困ってみる。たいてい佐々木は「デストリビューションが違うんで」とまだ理解できない返答を一言だけつぶやく。デストリだかデスティニーだかよくわからんので、糸井は適当にふむふむと無茶にうなづいて、また椅子を鳴らす。以下、繰り返し。

 

 

15時過ぎには新田が何かしらの手作りおやつ佐々木にふるまい、16時台は眠気と戦い、そして17時になるとまず新田が「おつかれさまでしたぁ~、さ・さ・きさぁ~ん、また明日もよろしくおねがいしますぅ(ウインク)」と去ってゆく。糸井も残業申請できるような仕事をやっていないのでいちおう定時で帰ることはできるが、良心がとがめてもうちょっとだけ『アルマジロ本』にマーカーで線を引く。佐々木ネットワークトラブルが無いことを確認したら18時くらいには席を立つ。

今日は、課長の進藤は客先での打ち合わせが遅くまであるので、ここには帰って来ない。--糸井は頃合いを見計らって、カバンの口を開けた。

 

 

夕方のけん騒がやけに背中にしみる。駅は徐々に帰宅ラッシュ客を迎え入れていた。駅前本屋に寄りたかったが、またアレなおばさまとかにめぐり会うかもという不安トキメキの方が大きくて、急いで定期入れを胸ポケットから取り出す。

ちょうど、東側の窓際の横椅子に座ることができた。向かいから、まんまるな夕日がきれいにきれいに、通り過ぎる電線の上をはねたり転がったりしていた。あああ、きれいな夕日だなぁ、と、鼻の脂がちょっと残ったレンズからあかね色のそれを吸収した。

 

から家までの間に、1本でも、とたばこを取り出したら、あららとはじき落としてしまった。しかもそれは、どこからかたまった水たまりの中にダイブした。--くしゃり、とつづきのたばこはもう箱になく、握りつぶしてから気づいてまたため息をひとつのばした。

 

慣れちゃいけないとは思いつつも、充実感の全く無い日々が、彼の血管をひとめぐり半はしていた。

しか家事の傍らいつ書いたんだろうか。。。

追記 いちおう掲載許可はもらった。

追記の追記 でも、カクヨムまったりマイペースで書いて、楽しんでくれるなら、彼女身体にもよいのかもしれないな。カクヨムって絶対みんなプロになるために登録してるものなの?

2017-05-07

Iの形見について

Iが死んだらしい。

4月末日にお葬式に行ったから確かだ。

ここ一年間は会っていなかった。IはM子というつまらない女と浮気たからだ。それ以前は私達はとても仲が良かった。

葬儀から帰って、ふと思い出した。Iは私にアレを預けていた。記憶を頼りに引き出しを開けると、カメラフィルムケースが3つ出てきた。

一つは葉っぱ。一つは錠剤。そして、白い粉。

葉っぱはフィルターが無いし買ってきてまで使いたくないので誰かにあげることにした。

とりあえず錠剤を噛み砕きコーラで流した。家にあったストローの先を潰し、小皿に粉を出し潰さなかった方の先を鼻に当て、思い切り吸い込んだ。

錠剤が効いたのか、粉がいきなり効いたのか分からないが、蛍光灯が激しく点滅し、壁紙規則正しい線が踊り出した。こんなときはいつも、Iに抱きついて笑い転げるか怯えるかしていたなーなんて思い出した。私はひとりの時にこれをやった事がない。

ふと、気づけば2日経っていた。その間にうさぎを2匹飼って一緒に暮らしていたような気がしたが、あったはずのうさぎのゲージもうさぎ達もいなくなっていた。うさぎたちなんて元から居なかったのだと思う。

そして、そんな事を話せる相手ももういなくなってしまったことに気づいてわんわん泣いた。

床にはIが好きだったリバティーンズライブDVDとかが転がっていて、DVDデッキは24hourpeopleを吐き出していた。

それを見てIが会いに来てくれたのだと思った。

もう、フィルムケースには手を出さない。残りがまだまだあるこれらはIの友人のHにあげよう。

昨日は健康的なごはんを作り、ジョギングし、サウナにいった。今日健康的なごはんを食べ、ジョギングシャワーを浴び女友達と買い物に行った。彼女はIの事は知らない。

明日また、サウナに行こう。

そして、明後日から会社に行き社会歯車として働こう、

充実したGWだった。

Iの形見について

Iが死んだらしい。

4月末日にお葬式に行ったから確かだ。

ここ一年間は会っていなかった。IはM子というつまらない女と浮気たからだ。それ以前は私達はとても仲が良かった。

葬儀から帰って、ふと思い出した。Iは私にアレを預けていた。記憶を頼りに引き出しを開けると、カメラフィルムケースが3つ出てきた。

一つは葉っぱ。一つは錠剤。そして、白い粉。

葉っぱはフィルターが無いし買ってきてまで使いたくないので誰かにあげることにした。

とりあえず錠剤を噛み砕きコーラで流した。家にあったストローの先を潰し、小皿に粉を出し潰さなかった方の先を鼻に当て、思い切り吸い込んだ。

錠剤が効いたのか、粉がいきなり効いたのか分からないが、蛍光灯が激しく点滅し、壁紙規則正しい線が踊り出した。こんなときはいつも、Iに抱きついて笑い転げるか怯えるかしていたなーなんて思い出した。私はひとりの時にこれをやった事がない。

ふと、気づけば2日経っていた。その間にうさぎを2匹飼って一緒に暮らしていたような気がしたが、あったはずのうさぎのゲージもうさぎ達もいなくなっていた。うさぎたちなんて元から居なかったのだと思う。

そして、そんな事を話せる相手ももういなくなってしまったことに気づいてわんわん泣いた。

床にはIが好きだったリバティーンズライブDVDとかが転がっていて、DVDデッキは24hourpeopleを吐き出していた。

それを見てIが会いに来てくれたのだと思った。

もう、フィルムケースには手を出さない。残りがまだまだあるこれらはIの友人のHにあげよう。

昨日は健康的なごはんを作り、ジョギングし、サウナにいった。今日健康的なごはんを食べ、ジョギングシャワーを浴び女友達と買い物に行った。彼女はIの事は知らない。

明日また、サウナに行こう。

そして、明後日から会社に行き社会歯車として働こう、

充実したGWだった。

2017-04-30

[] #23-2「ヴァリアブルオリジナル

前回のあらすじ

四天王の一人、剣姫スミロドン

四天王の中では最弱らしく、既に他の四天王をこらしめていたヴェノラ一行は余裕だった。

しかスミロドンは、ヴェノラの「とにかくすごいってことだけは伝わる設定の武具」が通じない特異体質であった。

そのことで動揺したヴェノラたちは隙を突かれ、あまりにも予想外なピンチに陥る。

だが、仲間の一人であるイセカは、スミロドン故郷をやられた過去を持っていた。

その怒りが彼に大義名分と、形見武器チョウナ・ブーメランに力を与える。

「渡させて頂く。引導を」

勝負はヴェノラのジャストコーズを使う前から決したのである

こうしてスミロドンをこらしめ、イセカの溜飲は下がったのであった。

勝利の余韻に浸る一行だったが、地に伏した剣姫スミロドンの口から語られたのは、あまりにも予想外な展開であった。

「私は元四天王だ。少し前に、私より優れた者に取って代わられた。お前たちが今まで倒した四天王も、私と同じ影武者に過ぎない」

四天王の中で最弱どころか、四天王ですらなかった相手をこらしめて今まで喜んでいたことを知った一行は恥ずかしい思いをした。

しかし、いつまでも恥ずかしがっている場合ではない。

例え相手四天王であろうとなかろうと、ヴェノラがやるべきことは変わらない。

だが、復讐を遂げたイセカは、メンバーから外れることを宣言する。

「お前たちと冒険する大義名分がなくなった。我には大義名分必要なのだ

そう言うイセカに、ヴェノラは静かに諭す。

「イセカ。大義名分がお前にとって必要だというのなら、これから作ればいい」

ヴェノラの感動的な説得力により救われたイセカは改めてメンバーに加わり、一行は気持ちを新たに冒険の旅を続けるのであった。

目指すはドカワ海らへんにあるというコニコ島。

そこに現役四天王であるクヨムがいるらしい、ということをスミロドンから聞き出した。

ですので船を得るため、まずは港町を目指すのだ。

今回はその道中、トアル村で休息を取る一行の話である

(#23-3へ続く)

2017-03-04

2017-03-04

ヒトの言葉が木になって誤認はうまれるのだが

ヒトの声が身に鳴って囃子は生じるのだが

鳥の目が恐怖を覚えて手は離されるのだが

脚の眩暈が粉を見つめ映画は消えるのだったが

森の中のため息が私を許さないのだったが


卑しく貧しい認識形見今日も刻まれていく

悲しく寂しい助けての目が今日もそらされていく


駄目だ日記にならないできない

相談の中から自信が生まれたら巣立って行きなさい被害妄想

・・・・・・

から

・・・・・・

2017-02-20

タバコの「ふかし」はダサいって風潮

「ふかし」はダサいという風潮がある。タバコを吸うこと自体ダサいかどうかは置いておいて、この風潮は吸う人も吸わない人も同じくそう感じているらしい。

午後7時頃、友人と二人でサイゼリアに行った。

休日なのか人が多く、喫煙席しか空いていなかった。仕方なく端が少しヤニで汚れているメニューを取りパスタを選んでいると、隣のテーブルに男が座った。

男は長身で、身体にぴったりと合ったツイードジャケット羽織っていた。一皿300円から食べれるファミレスには似合わない上品さで、少し場違いだなと感じた。

それは友人と僕がパスタを食べたあとの時だ。

今度観る予定の映画のことについて話し合っている時、男はジャケットの胸ポケットから両切りのショートピースを取り出し、火をつけた。

上手く吸っているな、と感じた。男は少しずつ煙を吸っては吐き、たまにアイスコーヒーを飲んでいた。なんとも美味そうだった。男は携帯を見ることもなく、ずっと遠い目をして何かを見つめていた。

帰り道、友人にこの話をした。友人は、「でもふかしじゃん笑」と吐き捨て、そのままだった。嫌な気分にはならなかった。大多数の人はそう思うのだろう。ただ少し、寂しい気分になった。

ふかしはダサいという風潮がある。葉巻やパイプ煙草と同じように、元は紙巻きの煙草も「ふかし」で楽しむものだった。一説によると、戦時中に空腹感を抑えるニコチン効率よく吸収させるために肺喫煙流行ったらしい。その名残が今迄続いているというわけだ。街のコンビニを見渡せば、ニコチンを補充してますと言わんばかりに、みんなが急いでスパスパと吸っている。味なんて気にしたこともないだろう。喫煙者マナーが悪いと言われても仕方がない。余裕がないのだ。ニコチンという強力な依存物質を切らしているのだから

から、「ふかし」はダサいという風潮がなくなって欲しい。口の粘膜で吸う「ふかし」はニコチンの吸収が緩やかで少ない。何日、何週間吸わなくても平気だ。そして、上手く吸ったタバコは堪らなく美味いのだ。

ただでさえ喫煙者形見が狭い世の中、純粋タバコを「ふかし」で味わうあの男を僕はとても格好よく見えた。

煙草を美味しく吸うために・・・クール・スモーキングのすすめ http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/note/n3352

2017-02-02

ソシャゲをやらないクオリアちゃん

ソシャゲは好きですか? ぼくは好きです

ソシャゲライター クオリアちゃん ―恋とシナリオ報酬を―』というラノベが出た。現役ソシャゲライター下村氏による、ソシャゲ業界舞台にしたラブコメ、というと。

ソシャゲ大好きなヒロインと、ヒロインに憧れる主人公が、時に苦難にぶちあたりつつも、ソシャゲへの愛と希望を胸に頑張る話……と思うだろうが、実のところは違う。ヒロインソシャゲを愛していない。ソシャゲシナリオライティングの参考になるといった感想が見られるが、ほとんど参考にならない。

こんなことを言うと、ひねくれたやつだと思われるかもしれないが、まぁ話を聞いて欲しい。

コスプレクオリアちゃん

嫌な予感がしたのは、冒頭からだ。

ヒロイン仕事の際は、キャラに入るためにコスプレをするコスプレイヤーである。その両親もコスプレイヤーだったのだが、かつて真夏コミケで暑苦しいコスプレを無理にやった結果、熱射病で死んだという設定が明かされる。

実際にそんなことがあったら、コミケの存続が危ぶまれる大危機である。少なくともコスプレ禁止か、または、大幅な規則改定がもたらされるだろう。警察も、コミケスタッフも、コスプレイヤーも巻き込んだ、大迷惑である

ブラックな笑いとか、ギャグ強めの話とかならいいんだが、これが「自分のやりたいことをやりきった人達」の「ちょっといい話」として語られてるんだよね。

正直、ここで危ない、と、思った。

ギャルゲクオリアちゃん

クオリアちゃん」の作中に登場するソシャゲは、多くのヒロインがいて、共通ルートヒロイン個別ルートヒロインエンディングなどが存在する。主人公は、業界の先輩であるヒロインと共に、シナリオを書いていくのだが。

これは、PCコンシュマーギャルゲ((ノベルゲームとも。ソシャゲでもギャル攻略する系のギャルゲは多いが、以下、ギャルゲと言った場合、パッケージソフトのもの限定する。))のフォーマットであって、今、主流の(例えば下村氏が担当しているチェインクロニクルなどの)ソシャゲシナリオとは、まるっきりかけ離れている。

これの何が問題なのか?

たとえば、コンシュマーギャルゲー場合、お客はまずお金を払い、お金に見合う内容を求めるので、ある程度、じっくりプレイしてもらえることが前提になる。一方で、ソシャゲ場合、試しにダウンロードして、ちょっと遊んで、ほとんどはそのまま止めるのが普通である。じっくりプレイする意志のないお客さんを、どううまく引き留めて、プレイを続けさせ、課金に繋げるかが前提になる。

当然、シナリオ方法論も全く異なってくる。

伏線を張り巡らせたストーリーで満足感を出すコンシュマーギャルゲに対し、ソシャゲシナリオは、短い独立したエピソードを増やして、キャラクターの魅力を立てる、といったものが多い。また、たいていのソシャゲRPG的な戦闘・成長システムがあり、それとの兼ね合いもある。

ソシャゲシナリオ面白くするには色々な方法論はあるが、つきつめていえば、「どうやって課金に結びつけるか」ということになる。だが、作中では、主人公達がシナリオを書いているソシャゲが、どんなゲームシステムで、どんな課金方式なのかがさっぱりわからない。

作中のヒロインも「ギャルゲだとこうする」「ギャルゲだとこうだが……」といったアドバイスに終始している。

そして、一番驚きの事実は、ヒロインが、ソシャゲプレイしていないことだ。

ソシャゲクオリアちゃん

そう、この作品において、ヒロインは、ソシャゲを全くプレイしていない。

ヒロインは、ソシャゲライティングなどを専業にしているので、ド貧乏であり、携帯なんかとても持てないのだ(シナリオ作成メール送受信は、両親の形見PCでやっている)。

なので、自分仕事しているソシャゲも、実際にプレイしてないし、ゲームシステムもよくわかってない。そんな人間が、作中で「ソシャゲシナリオの書き方」を教えているのである

正直、作者の正気を疑う。

ギャルゲソシャゲ

本作のヒロインが、なぜ、ソシャゲライターをしているかきっかけは、両親がギャルゲーマーで、両親のPCで、そうしたゲームに触れたから、というものだった。ソシャゲとの出会いソシャゲプレイした感動などの描写は……特にない。

ギャルゲ好きの両親に育てられたギャルゲ好きのヒロインが、ギャルゲ文法で、ソシャゲを書いている(事実主人公に教えたシナリオの書き方は、両親が言っていたギャルゲテクニックだと明かされる)。

一体、なんでこんなことになってしまったのか。

ソシャゲというのは、まだ出来て日が浅い。故に生粋ソシャゲライターというのは、まだほとんどいないはずである。たいていは、他の業界からの出向組、特にギャルゲ出身ライターは多い。で、こうしたギャルゲ関係者の中には、ソシャゲを、ボリュームが少なく、内容の薄い、くだらないものだと見下しがちな部分がある。

本作も、そういう世界観の中で書かれているとすると、残念ながら非常に辻褄が合う。

ラノベクオリアちゃん

業界話をさっぴいて、一冊のラノベとして見た場合も、本作の面白い点は山のようにあるのだが(無駄異能力がいっぱい出てくるとか)、それは、他の人に譲る。

興味があったら手にとってほしい。

https://www.amazon.co.jp/dp/B01N334XBG/

2017-01-23

絵本えんとつ町のプペル』のどこが駄目なのか

にしのあきひろ著、『えんとつ町のプペル』を読んだ感想を書く。


先に書いておくが、私は紙の本を購入していない。

Spotlightサイトにて無料で読んだ。


作品批評特に批判的な批評する際、本来であればお金を払うべきだと思う。

でも、本人の意向無料公開したのだから、私も好きなように書きたいことを書く。

作品批評自由であるべきだからだ。


この絵本は"絵"が駄目である ー その1


最初にただしておきたいが、六七質さんの背景画が駄目だと言いたいのではない。

しろものすごい技量をお持ちのイラストレーターさんだと思う。


ピクシブや他のサイトでも、六七質さんの作品を拝見した。

緻密な建物の描き込みはもちろんのこと、空間の奥行き感じさせるぼやかした遠くの景色

夢の世界へいざなってくれるようなファンタジックさがありながらも、懐かしい記憶を刺激するようなノスタルジックさを併せ持つ独自世界観、等々。

私が言うまでもなく、素晴らしい作品をたくさん創作されている方だと思う。



では、この絵本の絵の何が駄目なのか。


それは「構図」である

一言で言えば、キャラクターが小さすぎ、背景が主張しすぎである


文字だけ抽出して読むと分かりやすいが、この物語はプペルとルビッチの2人のやりとりをメインに話が進んでいく。

2人の間で育まれ友情や、ルビッチ父親形見を2人で探しに行く冒険描写ほとんどで、町の風景の美しさを語る叙景詩ではけっしてない。


もちろん、後述するようにこのえんとつ町自体が、物語全体のテーマに通ずる要素にはなっている。

しかし、町の風景描写あくまでもサブ的な要素として、もう少し控えめに描くべきであった。

具体的には、キャラクターを大きく、背景のコントラストを落として、キャラクターを浮き立たせるように全体の色彩設計すべきであった。


では、なぜこのようになったのか。

それは推測でしかないが、要するに作者はこの町の風景世界観表現たかったのだろう。

最初から中盤まで、とにかく町の風景風景風景風景・・・と同じようなページがずっと続く。

描かれている看板などはそれぞれ違うようにしてあるが、ひたすら同じようなトーンの町の風景ばかりだ。

これは絵本としては致命的であるし、読むほうも飽きてくる。


それならば、風景イラスト集だったらよかったのか。

この町の風景単体で作品としての価値があるかというと、私はそうは思わない。

ブレードランナー」みたいな町を、「千と千尋の神隠し」みたいな色彩で味付けしただけと私は思った。

ブレラン自体が真似されまくっているので、これも世界中に数多あるブレランの50番煎じ、60番煎じの一つだと思う。


この絵本は"絵"が駄目である ー その2


絵については、他にもある。


この絵本は次の一文から始まる。

「4000メートルの崖にかこまれ、そとの世界を知らない町がありました。」

でも途中で、町は海に面していることが分かる。

ここで驚いたというか、ずっこけた読者も多いのではないだろうか。


「えんとつの町に住むひとは、くろい煙にとじこめられて、あおい空を知りません。かがやく星を知りません。」

とあるが、別にえんとつ町は外界から隔絶された町なのではないのだ。


それと、えんとつ町だけが高いところにあって、断崖絶壁の低地に囲まれているのか、

それとも、えんとつ町だけが低いところにあって、高い崖に囲まれているのか、海が出てくる場面まではっきりしない。


これだけ多くのページで町の風景を描いているのだから町の置かれた地形が分かるように、町の風景を描くべきだった。



絵について、最後にもう一つ。


プペルは、醜い姿をしながらも、清くて純真な心を持った、他のさまざまな物語にも登場する典型的怪物キャラクターである

しかし、絵本の序盤ではプペルの姿ははっきり見えず、終盤に近づくにつれてプペルの姿が明るく映し出されて全容が分かるようになる。


あとがきで作者が 懇 切 丁 寧 に 説明してくれていたように、プペルが「ゴミから構成されているのは物語重要な部分である

それであるなら、プペルの姿の醜さは、序盤からはっきり分かるように描くべきであった。


この絵本は"物語"が駄目である


この記事の本番はここから


あとがきには、この物語について次のように説明している。(※太字は筆者)

えんとつ町は煙突だらけで、そこかしこから煙が上がり、頭の上はモックモク。朝から晩までモックモク。えんとつ町に住む人は、青い空を知りやしない。輝く空を知りやしない。『空』という概念がないものですから、見上げることもしません。


そんな町に突如現れたゴミ人間と、その友達煙突掃除屋が、それでも空を見上げるもんだから、町から袋叩きに遭ってしまますえんとつ町は、夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる、現代社会風刺そして、「夢を見る」「夢を語る」「行動する」といった、大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノをまだ持ち続けているという意味で、主人公を《ゴミ人間》にしてみました。


えんとつ町のプペル』は、そんな物語です。

あとがき現代社会風刺」と説明する野暮さには目も当てられないが、ここではひとまず流しておく。


プペルは「『夢を見る』『夢を語る』『行動する』といった、大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」、いわば「夢の残骸」である

子供の頃は誰もが持っていた「夢を見る」「夢を語る」「行動する」は、プペルの心のように清くて純真もので、

それはえんとつ町(大人社会大人常識)の住民からすればゴミ、汚い、臭いものとして扱われる世界観なのである


では、ルビッチはどのような人物なのか。

それは作者・西野亮廣自身である

西野氏が、ルビッチのようなサスペンダーとハットを好むのを見れば、一目瞭然である

http://news.mynavi.jp/news/2015/01/04/138/images/001.jpg

http://up.gc-img.net/post_img_web/2013/02/55cb8b02247b92662b9e0a71412ec0f3_0.jpeg

http://s.eximg.jp/exnews/feed/Taishu/Taishu_21980_1.jpg

http://jgweb.jp/wp-content/uploads/2013/06/new_IMG_0039.jpg

http://img.u-note.me/note/uploadimage/1407827558970.jpg

https://wordleaf.c.yimg.jp/wordleaf/thepage/images/20130913-00000001-wordleaf/20130913-00000001-wordleaf-0.jpg

http://s.eximg.jp/exnews/feed/Yoshimoto/Yoshimoto_201306_post-0995_1_s.jpg


駄目押しで書くと、煙突掃除夫にはこのような制服があるので、作者がルビッチ自分投影していなかったのならば、ルビッチはこのような容姿になったはずである

google:image:Chimney sweep uniform


まり、この物語は、現実世界で「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる」作者・西野自身が、清くて純真な「夢の残骸(プペル)」の尊さを自分けが理解し、そして夢を叶えるという概念(空にはホシがあるということ)は自分だけしか知らず、自分けが夢を叶えることができたという話なのである


それでは、西野亮廣氏は「夢を語るから、行動するから」笑われたり、叩かれたりするのか。

もちろん、そうではない。

自分の実力以上に、上から目線物言いをするからである

https://www.youtube.com/watch?v=asx0938br3E


現代現実世界では「夢を見る」「夢を語る」「行動する」は、「大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」なのだろうか。

ゴミ、汚い、臭いものとして扱われているものなのだろうか。


社会生活している人々は皆「『空』という概念がないものですから、見上げることもしません」、つまり夢を見たり叶えたりする概念すら知らないのだろうか。


一部ではその通りかもしれないが、しかし、すべてがそうではないはずだ。

夢を見て、語って、行動し、実際に夢を叶える大人は、この社会にはたくさんいるかである


しかし、作者・西野氏は「自分けが『夢』という概念を知っている。自分けが大人になっても夢を見て、語って、行動している。だから自分は笑われ、叩かれるのだ」という考えを、この物語のなかで自己正当化しているのだ。


からこの絵本物語は、幼稚なナルシズムに満ちていて、どうしようもなく醜悪でなのである

2016-12-01

男女平等っていうけどさ

男性専用車両も作ってくれよ、両手上げて通勤みたいなのしなくていいしさ。

老人も妊婦も率先して優先席に座ってくれよな。余った優先席に座るのって形見狭いんだよ。

ベビーカー車椅子に特化した車両を作ったり、譲り合う精神なんてもう誰も余裕もってねーんだよ。

もっと区別しろ、分ければ分けるほど荒れないんだよ糞。

2016-09-30

http://anond.hatelabo.jp/20160930151050

女「あれ? 増田君蟹の形見てないの? あれ超感動できるよ~♪ 見てないなんて人生超損してるよ! 永束きゅんのこととか語ろうよ~」

2016-07-18

ハリポタ放送されるたびに思うこと。

ハリポタ地上波放送されるたびにスネイプ聖人ジェームズ畜生扱いする人がよくいる。

個人的見解だけどハリーポッターには聖人畜生もいなくて、ただどんな登場人物も結局のところ一人の人間であった、という話だと思う。

中心的な人物には皆美点と欠点があってだからこそ根強いファンの多い作品だと思うのに、単純なラベル分けで終わってしまうのではあまりもったいないと思う。

主人公最大の庇護者でまるで神のようだったダンブルドア過去のあやまちに苦しみ結果的に死を招く(直接的にそれで死んだわけではないけど)人間であったし、最大の敵として立ちはだかるヴォルデモートもまた人間だったと思う。

原作ではハリーとの短い問答の末、たった一度の呪文でごく普通人間と同じように死んでいる。正直映画肉弾戦ありのやたら長い戦闘シーンと塵になって消えるところはやり過ぎだと思った。

同じようにジェームズも十代の頃は自分の才能に酔ったどうしようもない馬鹿だったころもあるけど、ヴォルデモートと戦うために不死鳥騎士団に入り、実際に四度彼と戦っている。

少なくともジェームズマグルまれ差別することはなかったし、リーマスが狼人間と分かった後も差別しないどころか彼のためにアニメーガスにまでなった。

マグルまれも狼人間自分自身ではどうしようもできないことで、しか後者には危険が伴うにも関わらず受け入れたジェームズは本当に良くも悪くもグリフィンドール生だったと思う。

一方スネイプは命がけで二重スパイの重責に耐え、逃げることも投げ出すこともしなかった勇敢な人だ。

ただその一方でマグルまれに対する扱いは酷いものであったし、リリーには何もせずとも、自分の友人がリリーの友人であるマグルまれの生徒に呪いをかけることを止めもしなかった。リリーに頼まれたとしても。

ジェームズたちにスネイプから自作呪いをかけることもあった(騎士団リーマス発言から)。

教師になってからスリリンへの依怙贔屓はまあひどいものだったし、ハリーなんて何もしてないのに最初の授業からいびられるという……。

それでもスネイプは愛した人のために命を懸けたし、その人が死んだ後も彼女の忘れ形見を守るためには手段を選ばなかった。

あんまり言われてないけど死の間際でもただそのために行動したところってものすごいことだと思う。普通助けてくれとか恨み言のひとつも言ってしまいそうにならないかな。

ダンブルドアには組み分けは早急過ぎたんじゃ、とも言われてたけど、手段を選ばないところもドラコを庇うとこや依怙贔屓なんかの身内意識の強さもまさに良くも悪くもスリリン生らしいと思う。

映画ではサクッとスルーされたけど超やなやつだったハリーのいとこのダドリーは7巻冒頭で和解してるし、ペチュニアおばさんはなんともいえないほんの一瞬の別れがあるし、ルーナは最高なので映画もいいけどみんな原作もいいとこいっぱいあるからみんな読もうぜ

2016-06-23

くまみこ vs ガリレオ・ガリレイ

僕「先生、僕はくまみこアニメ激怒している原作ファンの気持がわかりません。同じ話ではありませんか?」

物理学者を辞めてアニメオタクになったガリレオ・ガリレイ「ふむ。では私がこのタカメロンを見てくれ」

僕「まだ食べごろではなさそうですね」

ガリレオ「このメロンを私の胸の高さから地面に落としたら、どうなるかな?」

僕「跳ねますね」

ガリレオ「そうだな。そしてメロンは無傷だろう。では、あのピサの斜塔天辺から落としたら?」

僕「粉々になります

ガリレオ「そういうことだよ。おなじ落下という痛みでも、一メートルの高さから落ちるのと五十五メートルの高さから落ちるのでは強さが違うものだ」

僕「なるほど、またひとつ教えられました。先生

ガリレオアニオタの高みは一歩ずつたゆまぬ歩みによってのみ到達できるのだ……ところでここにわしが編集した『カバネリの無名ちゃんの萌え萌えシーンだけを編集した最強無名ちゃんビデオ』があるのでいっしょに観よう」

僕「いまどき『萌え萌え』もキツいですが、VHSというのもアナクロすぎてステキですね」

ガリレオ「十六世紀生まれからパソコンオンチでのう……ん? 誰かこっちにきよるぞい」

僕「すごい形相ですね。警察かな?」

警官A「警察だ」

ガリレオ「ほんとだ。すげえなお前」

警官B「貴様ガリレオ・ガリレイ教授だな? 署まで同行してもらおうか」

ガリレオ「え、なんでですか」

僕「あれかな。最近児ポ法的な何かに抵触したおそれ」

ガリレオ「あ、あれはあくま趣味使用であって」

警官A「余罪は署で聞こう。目下の罪状窃盗だ。このタカメロン千葉県旭市農場から盗んだものだと認めるな?」

ガリレオ「ううっ……(ガクリと膝をつく)。そのとおりじゃ……私がやった……。私は……どうしても許せなかったんじゃ……子供の頃に母に対してあんなことをしたあいつを……」

警官A「おい、立たせてしょっぴけ」

警官B「さっさとこい!」

ピーポーピーポー

僕「まさか先生犯人だったなんて……」

名探偵「悲しい事件でしたね……くまみこがキチンと終わっていれば彼もこんなことをしなくて済んだはずだ……」

僕「まあ嘆いててもしょうがないし、形見メロンでも食べましょう」

名探偵「そのメロン、まだ食べごろではないようですが」

僕「大丈夫大丈夫(パク)……まずううううううううううううU!!!!!!!!!!!!!!!!」

[ED: くまみこ DANCING!!]

檻の中のガリレオ・ガリレイめっちゃハッピーデイズ〜!♪ やっぱハッピーデイズ〜〜!!!♪」

2016-04-11

イスラム女の子の話し

facebookポストできないのでここに。

ISISとは全く関係ありません

ある日、マレーシア人イスラム女の子(14歳)からfacebook友達申請が来たんだ。

俺、マレーシアに住んでるんで、マレーシア人友達はいるんだけど、共通友達はいなかった。

14歳の子承認してやり取りしてたら、その子お姉ちゃん(18)から申請が来たんで承認した。

その2人と別々にやり取りしていて数日経つんだけど、

イスラム学生生活には興味があるから14歳の子に「好きな男の子はいるの?」とか聞くと「never and ever!(ない、絶対!)」

告白とかないの?」聞くと、「そんなことは許されない」とか言うんだよね。

イスラムだなあ。可愛らしいなと。

この間、家族日本旅行に行ったらしいので、18歳の子に「日本マレーシア大分違った?」って聞いたらこう返ってきた。

「Yeah.. But, my opinion that japan is islamic country because i see the characteristics in islam.. So,that is my conclusion.. I always said to my friends to follow japanese people behavior.. So that's why i respect to japanese people..」

日本イスラムの国なんだと思う。イスラム象徴される形見たし。なので、私はいつも友だちに日本人達の振る舞いを見習いなさいって言ってるのよ。だから私は日本人尊敬してるの。」

大丈夫かな。。

訳し方で強くも弱くもなるから、できれば英語の方で感じて欲しいんだけど。

完全なイスラム教の人ってこうなのかって思ったし、「まさかこういう勧誘手法なのか?」とも少し勘ぐってしまった。

イスラム教の人ってこういうもの

向こうは普通にやり取りしてるだけだよね?

少し怖いとも思ってる。

2016-04-04

なぜ『結婚コスパ悪い』は人を激怒させるのか。

どうも「コスパ」好きです。バーゲン大好き。最近の好きなコスパは「SIMフリースマホMVNOの組み合わせコスパ最強」です。

  

さて、このところフェイスブックや実生活でも、この「コスパ」を「結婚コスパ悪い」「子育てコスパ悪い」などの使い方で、人を怒らせ、

使った本人がこのコミュニケーションマナーをわかってない人がいた、ということがありました。

社会で間違って使うと、場を凍らせ最悪の場合村八分状態になるので、私も先輩から教わったことをお伝えしたいと思います

コスパ』(コストパフォーマンス)という言葉は、費用対効果、簡単に言えばお金尺度であり、

世の中には「損得勘定のものさし」をあてていいものと、よくないものがあるのです。

①人に対して使ってはいけない

「AさんよりBさんの方がコスパいいですよね」

「A子ってすごいコスパがいい女なんだよ」

②人に関わる事柄人生大事にしている価値観に使ってはいけない

「奥さんのお葬式すごくコスパいいですよね」

結婚子育てとかコスパ悪いじゃないですか」

③人に関わる物、思い入れのある品に対して使ってはいけない

「家買ったんですか?持ち家ってコスパ悪いですよ」

形見腕時計ですか?手巻き機械式ってコスパ最悪ですよ」


社会的インフラ医療教育福祉)や文化資本芸術伝統文化)などを、会話の中でコスパで切って捨てると、

社会的貢献や公共性利他性などお金ではない価値観で、その業界従事していらっしゃる方は非常に不愉快気持ちになると思います

人の大切にしてる物事に対して、お金だけを判断基準にして、コストパフォーマンスで語る事は

無知や無教養であるだけでなく無礼傲慢な考え方をする人だと思われても仕方のないことです。

社会人のみなさん、飲み会の席での『コスパ』の使い方にはくれぐれもご注意ください。

2016-02-05

麻生希の目マジきもい

あれを好きな人って整形見抜けないってことなの?

それとも、わかった上で審美的評価した結果及第点が出てるからヌいてるの?

2016-01-20

好きな人死ぬかもしれない。

そもそも好きとは、付き合いたいや結婚したいではない。

元来母にのみ育てられた私は、年上男性に懐くのがおそらく上手い。

その人もそんな一人であってとても良くしてもらっていた。

ちょっとうざいけど面白く、博識で紳士的だ。喪女の私には時々王子らしくさえ映る。

そんな人がいつ、どこでか分からないけれど、死ぬかもしれない。

よくわからないし言えないし知らないけど、危うい。

貰った高額なプレゼントが、形見になるかもしれない。そう考えてまだ開けられてない。

いい祈り方はあるだろうか。

2016-01-15

華金の語源

戦国時代信長統治していた安土城下では、金曜日になると、その週に出た死者の形見を集めて、酒を酌み交わし弔う習慣がありました。

加えて夏には彼岸花を供え、死者の事を思いながら皆で集まり酒を飲んだ事から金曜日に飲む事が「華金」と呼ばれるようになったというウソです。

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