はてなキーワード: バドとは
まーたセックスの話かよと思われるかもしれないがまあ聞いてくれ。
俺は今年40になったおっさんだが、もう八年妻とセックスをしていない。というか妻とは片手で数えるくらいしかしたことが無い。
一人娘が妊娠する前に数回、妊娠が分かってから以来いままでゼロだ。
俺は二十四まで童貞だったんだが、オナニーを覚えたのは十歳だった。どこをどうすれば、どんなモノを使えば快感を味わえるのかを追求し続け自慰道を極めた俺は、オナニーであれば1〜2分もあれば射精に至れる。逆に一時間以上保たせることもできる。自由自在だ。
そんな俺にとって、ようやく訪れた初めての性交だが、生身の女性器はツルツルした筒袋でしかなかった。期待と理想を重ねた本物の女性器の肩透かし具合といったらなかった。どれだけ動いても一向に射精できそうになく、最終的に手淫をして射精に至る前に挿入するしかなかった。
それから交際したり、ソープに行ってみたりと八人?ほどと性交の機会があったが、もはや義務感からなんとか射精に至らせる苦痛の時間でしかなかった。
妻と結婚したのは彼女が処女だったことも正直言ってある。彼女は初めてことに及ぶ際とにかく痛がった。二回目、三回目も快感を覚えるには至っていないと思う。だが彼女の方が子どもを欲しがったので、これも夫の務めかと俺は頑張った。めでたく懐妊に至って以来はお互い求め合うことなくゼロセックスというわけだ。
ひとつだけ懸念点があるとしたら、たくさんセックスをすることで産道?が柔らかくなって胎児が出てきやすくなる、みたいなことはあるのだろうか。だとしたらその点は申し訳なかった。
セックスでの「精神的な充足感」みたいのは全く感じたことが無い。正直意味が分からん。
妻との関係は冷え切っている・・・わけではなく、仲良くやっていると思う。毎朝ぎゅっと抱き合ったり、手を繋いで寝たりはする。そうしているとほっこりとした気持ちになり、これが愛情かと柄にも無いことを思ったりもする。
俺の一方的な拒否だったら申し訳ないとは思い、何度か妻に尋ねたことはあるが、妻のほうも痛みのトラウマから正直しなくていいならしないほうがいいと言っていた。
俺たちの場合はレアケースかもしれない。だがはてなーはセックスレスと聞けばすーぐ離婚しろというが、セックスにとらわれない夫婦関係もあるということだ。こう言うのもあるんだと知ってほしい。
追記:
いまみたらいっぱい見てもらえてて嬉しい。ありがとう。
膣内射精障害は知っとるよ。子作りのときに病院行ってシアリスもらったわ。
姿勢は仰向け
やや高めの枕を首の下に
左手は逆手でローションガーゼ。こいつでイチモツを包んで亀頭中心にシコる
そして尻の下に電マを敷き、玉袋と尻穴の間あたりに弱で当てる
吸引式のは全然良くない。
別に文句を言いたいわけではなく、プレイしたやつを語りたくなっただけです。
人生初スパロボ。この頃はアニメオタク的な知識がほとんどなく、Z・ZZガンダムをテレビCMで見て知っている程度だった。
ストーリー的には第三次スーパーロボット大戦の続きだが、オリジナル作品魔装機神の舞台であるラ・ギアスに版権作品の主人公たちが召喚されることになる。最近のでいうとXみたいな話。
地獄みたいなバランスを語られるウインキーソフト時代にしては、外伝だからか比較的マイルドなバランス。主人公のマサキ・リューネ・シュウら3人分のルートを別々に遊ぶことになるため、ステージ数も各20程度と1周分としては少な目で、精神コマンドもサクサク覚える。
アイコンのせいでアリアス・モマやヴィガジと区別が付けにくいようなガンダム0083のガトーが、ガンダム試作2号機のアトミックバズーカを封印してプラズマリーダーを使ったりする珍しい場面も。
比較的マイルドなバランスといったが、ラスボスが唐突にビーム吸収などという能力を持ったF91絶対殺すマンだったり、インタラクティブ・シナリオ・システムという名の各主人公ルートの分岐の影響を受けてストーリーが変化するシステムと公式裏技の結果、ストーリー中盤で攻撃力9999の縮退砲を装備したネオグランゾンと戦う羽目になったりもする(ゲッタードラゴンのシャインスパークを戦艦補給も利用しながら何発も撃つなどして倒した)。
イスラム教徒でテロリストのアハマド・ハムディという今思えばヤバい設定のオリキャラが破壊神と対面して「アドレナリンの味がするぜ」みたいな事を言っていたのが妙に記憶に残っている。味なんて分かるだろうか、アドレナリン。
順当に続編を購入。これは夕方からゴールデンタイムにかけて、TVアニメ番組にCMをバンバン打ってた覚えがある。第4次スーパーロボット大戦だーー♪
終盤の月面でブラッドテンプルと戦うところがやたらキツかった覚えがあるが、それ以外は楽しめた。
なんかダイモスの脇役のガルバーFXIIという戦闘機を二人乗りだからというだけでやたら強化した覚えがある。勿論スーパーガンダムのあるガンダムマーク2も。
2週くらいクリア。
ファミコン版の第2次のストーリーをベースにVガンダムとGガンダムをぶちこんで難易度は易しめになったゲームボーイ版。
Vが好きなのでフル改造V2アサルトバスターで無双した記憶しかない。
1周クリア。
スーパーファミコンのソフトの定価が1万円を超えていた時代の産物。お高いが内容は良かった。
タイトルの通り外伝で、EXと同じくマサキが主人公だが、版権作品なしで全部オリジナルものの、OGシリーズの先駆けである。
スーファミ後期の大容量カートリッジROMによるでっかい顔アイコンと表情差分や、これまでに比べて豪華な戦闘アニメ、きっちりプレイしていれば割と潤沢な改造資金など、α以降のシリーズの片鱗を感じさせる。
何週したか分からん。4~5くらいはしたし、うち半分はプレシアが超強い。
戦闘時のユニットでかい。海嫌い。東方不敗が宇宙人。新オリジナル主人公のリュウセイがまだこの頃はだいぶ痛々しい。
これといったイベントの起きないザコ戦闘回(しかもマップのほとんどが海)がやたら多かった覚えがあり、あまり楽しい思い出はない。
最終面以外比較的まともな前半Fと、敵機の運動性インフレによりスーパー系ロボットが産廃になっていくF完結編である。
この頃は今と違って回避と命中の両方とも機体の運動性能に影響を受けており、かつスーパー系は軒並み運動性が低いので後半になって敵機の運動性が高くなると精神コマンドを使わないことには当たらないし当てられるし超痛い。
エヴァのATフィールド超つええ!!無敵!!とやっていたのに2回行動のハマーンキュベレイのファンネルでATフィールド破られたエヴァが宇宙に爆散する様は涙なしに見られない。
プレイ時間の半分とは言わないまでも1/4くらいはソフトリセット&コンティニューのディスク読み込み時間だった時代である。さらばウインキーソフト。
とは言いつつも完結編含め2週くらいやった。
ワンダースワンだっけ。ラスボスがダイターン3のドン・ザウサーでしかも超強い。
しかもワンダースワン本体のIDで全キャラの精神コマンドが違うという、バランス調整大変だったろうなあな作品(熱血などの重要なコマンドは固定である)。
2次・3次・EXがPS1で遊べるとかなんとかかんとか。バランスがクソなので、資料的価値を除けばゴミ。
ニンテンドー64専用でリメイクもされていないしOGシリーズに主人公たちも出ない(似た機体は出る)ので未だに熱く語るファンも多い。俺も大好き。主人公が4人いるけど6週した。
割と真面目に戦争の悲惨さを描いており、何しろ最初から地球がダンクーガのムゲ・ゾルバドス帝国(レイズナーのグラドスなどを含む)に占領されている。
機体ごとに改造費用や限度が違い、ガンダム08小隊のMAアプサラスをフル改造するとのりかえ可能な空中要塞になる。
色々あって新型試作機体に乗り込むことになる、定番主人公タイプの一般人の少年。機体性能はほぼニューガンダムだ。専用BGM「哀しみの戦場へ」は中盤以降の盛り上がりが熱い名曲。
このキャラだけ3周やった。ダグラムみたいな機体で戦う天涯孤独のレジスタンス少女。部隊名ならソーラー・ファングはどうだ? 当時はまだ珍しい射程がそこそこあるP武器のバルカンファランクスと運動性を鍛えると超強い。リアル系主人公の時だけ登場する年下のレジスタンス少女レラとの出会い、そして交流。敵の仕掛けた自爆装置が起動した中、ハッチを開放して仲間を逃がす事ができるのは通気口を潜り抜けられる小柄な彼女しかいない! 次回「その瞳に未来は映ることなく」デュエルスタンバイ!
主人公なのに精神コマンドかく乱を覚える事をバカにする攻略記事などもあるが、効率よくレベル上げしていると後半は精神ポイントが余るので普通に便利。専用BGM「I'm Space Woman」はストーリーもあいまって超名曲なので無限に聴ける。
大財閥のお嬢様が執事と共に巨大女性型ロボを操るという女版波乱万丈か旋風寺舞人みたいな子。ライバルお嬢様と勝負の後の和解で鳥型ロボと合体して空を飛べるようになって熱いぜ。BGMの「花散る嵐の如く」の出だしはほぼほぼトップをねらえ! ~FLY HIGH~だぜ。
ロボット格闘術! 兄弟子との確執! 激闘の末討ち取って機体を合成強化し最強機体にするか、和解して最強合体技を繰り出すかは君次第だ! でも戦闘中の必殺技のセリフが長すぎ&表示時間短すぎで読めねーよ!! 専用BGMの「出動!大空へ」は古典的スーパーロボット感があって嫌いじゃないけど、Gガンダムオマージュ(ダイモスもかもだが)な主人公には微妙かな。
この頃から熟練度システムありだったろうか。ウインキー時代に比べると易しめでアニメーションも良くて金も稼げて好きな機体を鍛えて安心なみんなのスパロボ。でも今見ると戦術画面の挙動が結構もっさり。
オリジナル主人公用のリアル機体もスーパー機体もどっちもいいよね。グルンガスト参式も指パッチンで真っ二つ。リーンホースJrのビームラムで使徒を倒してミサトさんもびっくり。それも私だ。
今やベテラン声優の杉田智和が主人公の一人を演じているが、この頃はまだ初々しい。
大好きなマクロスプラスからイサムとYF-19が登場して大喜び。でも精神コマンドもろくに使えない序盤に敵のゴーストX-9は勘弁な。
でも2週目だとフル改造ディアブロが大暴れして最終的にイサムよりプレシアの方が格闘値が高い。
みんな大好き斬艦刀が初登場して俺も大好き。
2周クリア。
長い。とにかく長い。全100ステージってお前。そして1面から殺意が高い。でも戦闘アニメは良いし、ダメージの出方も凝ってて好き。鍛えたEz8にバーニィを乗せて複合精神コマンドの奇襲でボス狩りだ。ミンチよりひでえよ。
クリアボーナスで特殊能力を付け替えられるのだが、シールド防御が強い(実質、追加HP)今作においてうっかりひびき洸のシールド防御を集中力で上書きしてしまい、ライディーン一機で戦う面で地獄を見る。
中盤までの地獄を抜けると稼いだ金で余裕ができるので、レアな集中力や精神+15をクルー全員に付けたナデシコで暴れるなどやりたい放題だ。
隠し最終ステージでアクシズ落としを仕掛けてくる癖に、敵を倒しすぎると文句を言ってゲームオーバーにしてくるシャアははっきり言ってアンタちょっとせこいよ。腹いせにLV99にしたキョウスケで奇跡のエリアルクレイモアして鬱憤を晴らす。
1周しかできなかったよ。
GBAだっけ。これまでのオリジナル作品+αを詰め込んだ、スパロボオリジナルオンリー作品。
IMPACTに引き続きメインキャラがキョウスケじゃねーか!と言いつつ好きなので楽しい。
2周クリア。
面白いんだけど、攻撃ヒット感がなんかヌルっとしててあんまり好きじゃない。
あとこの辺りから攻撃計算が変わって数値の見た目よりダメージでないんだよね。
でもゼンガーを主人公にしちゃう思い切りは好きだよ。ライバルのククルはもうちょっとなんかどうにかならなかったかなとは思うが。
大好きなチェンジゲッターが出てきて大興奮。こちらのレベルに合わせて敵レベルが決まるシステムだったので、序盤に補給しまくってLVを上げて遊ぶなどする。
3周くらいクリア。
なんかライディーンとラーゼフォンのクロスオーバーがすごかった覚えがある。アヤクンサヨナラ。
あとたまたまケーブルテレビで履修していたゼオライマーが出てきて大歓喜。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
キョウスケ、ツヨイ
後半は熱血全体攻撃で敵を溶かす作業ゲーと化すが、それでもトップをねらえ!のカルネアデス計画はアツい。本気のイデオンも強い。
なんかサブパイロットの女の子を三人とっかえひっかえするギャルゲー的な要素のあるアレ。
などといいつつもグランティード・ドラコデウス見たさに2周以上クリアした気がする。
グレートゼオライマーは本当に全部お前一人でいいよ。
やっとたどり着いた! でも殊更言う事はないな。携帯機の名作です。
メインストーリーもSFものとしてなかなか面白い。2周クリア。
GBAのやつをPS2で練り直したやつだな……。あんまり覚えてない。
外伝の外伝みたいなやつだな。序盤にジガンスクードがナマモノと戦ったり、アニメ版の敵が出てきたり、ヤルダバオトが超絶強くて超絶燃費よかったのが印象深い。
エキスパートモードとかいう武器改造できないモードもクリアした気がするので2周してると思う。
ロボは出るけどもはやスパロボでないので省略。おっぱいがいっぱい。
色々あってしばらく離れていたが、携帯機で気軽にできそうなのと、サブスクでボトムズやコードギアス一気見したので唐突に復帰。
グレンラガンつよいぜ! キリコも強くてかっこいいぜ! カレンも強くて可愛いぜ! うえだゆうじも銭ゲバかっこいいぜ! レントンとニルヴァーシュは……誰こいつら。
敵はなんか範馬勇次郎と、版権作キャラの二番煎じみたいなのやる王様と、嘘のつきすぎで頭がおかしくなっちゃった人とかいた気がする。
なんかDと第二次αの話がメインだった気がする。でも2周した気がする。
今はSteamでも売っていて便利じゃのうホッホッホ。セールだったから買ってしまったわい。
なんか魔装機神みたいな設定で懐かしい。最近の強化パーツ強すぎ……。フル改造ボーナスが強化パーツ装備数アップ一択なのはすごい。
世代的には魔神英雄伝ワタルやナディアがドンピシャなはずだが、老いたのもあってそこまで熱くならないな……。
代りに独裁者ベルリくんがフル改造凶悪兵器フォトン・トルピードを幸運と共に乱発して1周で150機くらい撃墜した超おもしろカッコイイエースになった。現金のGは始まりのGだ。
今2周目やってる。
与党内野党がついに政権ダッシュで変わるか、と思ったら今まで通り。
今回議席を減らした事に漬け込んで、安倍残滓の裏金女王高市に乗っ取られもっとズブズブになるのが既定路線。
金魚のフン
身を切るとかほざいてるけど、自分らの大阪万博にドバドバ金流し込んで身内ウハウハ。
ここはおねだりパワハラ兵庫県知事を通して公益通報する真面目な役人を殺した殺人政党。
地方の末端は弱者支援とか頑張ってても党の中枢がスターリン路線まっしぐら。
かつては殺し殺されの殺人政党だか拷問殺人もされている側なのでイーブン。
働けている者の手取りを増やすと人参をぶら下げ、そのために働けなくなったら尊厳死させる大量殺人政党。
選挙戦の大トリをあの石丸をサブライズ登場させ、中身の無さを自ら証明。
誰かが左派のN国と言っていたが言いえて妙。
生きとったんかいワレ
エスプレッソはめちゃめちゃ濃く淹れたコーヒーにドバドバ砂糖を入れて一口ずつその濃厚を味わうやつだから、むしろブラック無理の人でも行けると思うよ。ちゃんとしたエスプレッソ飲めば。
ハイキューが最終回を迎えた際、Twitterで感想を漁っていたら、「なんでバレーしてるだけなのにこんなに泣けるんだろう」というファンの投稿が目に入った。自分はハイキューで泣けるほどの感受性はとうに持ち合わせてなかったが、そこから数えて24年前にほとんど同じ気持ちを味わっていた。
井上雄彦の作品に通底するのは徹底したリアリズムである。彼が本作で行ったのは、本気でバスケットボールに挑む人間の思考と感情をつまびらかにするだけで面白くなるということの証明と、人気が出なかった時のため不良路線でも行けるような作風を選んだことだけである(当時バスケットボールがマイナースポーツであったことに留意したい)。この結果、フンフンディフェンスを除くあらゆる要素が後世のスポーツマンガにリアリティの基準点をもたらすこととなった。
桜木花道がバスケットマンに変貌するたった4ヶ月の物語は、命のやりとりや世界が終わることよりも一本のシュートの成否の方が遥かに切実で重要な問題になりうることを、今なお我々に伝えている。
講談社は1970年代末期には後発のジャンプにマンガ業界の盟主の地位を明け渡しているわけだが、それを奪い返す最大のチャンスが90年代後半に訪れた。DB幽白スラダンといった作品が終了した暗黒期のジャンプを、金田一はじめの一歩GTOを擁するマガジンは苛烈に追い上げ、ついには発行部数で逆転したのである。
その中で強引に看板作品に祭り上げられ、ジャンプの屋台骨を支えることになったのが本作だ。後に和月伸宏は「次につなげたい」という気持ちで描いていたと語っている。明治という激動の時代の中で不殺の剣士・剣心が刀を交える相手は、旧時代に未練を持つ者や、新しい時代の荒波に飲み込まれた者たちであった。黄金期と暗黒期の狭間で奮闘した本作のありようは、皮肉にもそこに重なって映る。
ワンピナルトが出てくるまでを空白期間にせず、少年マンガ誌の代表というジャンプのアイデンティティを守りぬいたのは同時代の誰も比肩できない功績だ(幕張や封神演義やBOYSにこの役割を代替できたか考えてみてほしい)。現代のジャンプ読者はもっと、もっと本作に感謝すべきだと、佐藤健の超人的なワイヤーアクションを眺めながら思うのである。
連載終盤、もはや燃え尽きる寸前だったといううすた京介は後年、「マサルさんはシュールではなく、ベタをシュールに見せていただけ」と語っている。自分を含め、多くの読者は同意しかねるだろう。彼が未来永劫に参照点となりうる新たなベタを作り上げたことに疑いの余地はないからだ。
本作はギャグマンガでやってもいいことの範囲を大幅に拡大した。キャラクターの行動原理なんてなくていい。話の展開は唐突でいい。絵柄は毎ページ変わっていいし上手くなくていい。読者が知らなさそうなパロディだって入れてよいのである。現代の観点では至極当然と思える要素を2年弱、全7巻に惜しげもなく詰め込んだ。
彼の次回作(ピューと吹く!ジャガー)ですらも、ついにその革新性を更新することはなかった。90年代にうすたに憧れ新人賞に応募した有象無象のワナビー達も誰一人として出来なかったことを考えれば少しは気が休まるだろうけども。
闇の人格を持つ主人公によるダークヒーローものというコンセプトで始まった本作は、ほどなくしてマジック&ウィザーズという架空のTCGを中心にした物語に変化した。この変化が、数十枚の紙束を並べる行為を、玩具・ゲーム業界において最も存在感のあるエキサイティングな遊びに位置付けることになる。
コナミでは社内の遊戯王関連の部署をしばしば「造幣局」と呼ぶそうだが、紙を刷って売上1兆円に到達するコンテンツなど他に存在しないことの証左である。こうした状況に、高橋和希の優れたキャラクターデザイン、ストーリー構成が大きく貢献したのは言うまでもない。ゲームが友情を育むツールになりうると示し、メディアミックスの力を世に知らしめた功績は間違いなく彼のものだ。
世界で最も多く発行された単一作者によるマンガ作品について何か語るべきことがあるだろうか?まだ言及すべき余白が。本作のように自然にカテゴライズを避ける作品というのは極めて少ない。友情、夢、自由、強さという最もありふれたテーマに挑み、ついにそのすべてを超然と飲み込み描き切ろうとする本作を何らかの箱に入れて理解するのは難しい試みに思える。
毎週月曜日にワンピを読んで喧々諤々と考察できる世界に我々は慣れ切ってしまった。30年間マンガ業界の頂点に君臨する男がいるという現実に。一定の年代以上の人間にとって、本作の終わりがジャンプという雑誌の終焉に見える人がいても無理のないことだ(今ワンピの次に長寿連載しているのはハンタを除けば2019年連載開始の夜桜さんである!)。ルフィと尾田栄一郎という二人の男の、幼少期から練り上げた夢の果てを世界中が見届けようとしているのだ。我々がこうした光景にふたたび立ち会えるかは疑わしい。
幽白は極めて質の高い作品でありながら、冨樫義博が抱える巨大なアイデアの数々を収めきれた作品ではなかった。それでも仙水編と、その後に異例の月一で掲載されたレベルEで前人未踏の領域に踏み込んだ彼は、自身4作品目の連載においても既視感のある展開とご都合主義を執拗なまでに避け続けた。彼の描くキャラクター達は自身が取れる最善の選択を積み上げた末に、我々が期待する最善以上のドラマを生み出す。幾度もの休載を挟みながら。
「今週の『HUNTER×HUNTER』は休載いたします」の表記(今はこれすらなくなったが)を昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらぬ平常心で見られるようになってもなお、自分に限ってはこんな感じであった───「HUNTER×HUNTERの最終回を読める可能性があるというだけで、どんなクソみたいな人生でも生きる理由が生じる」
いまや冨樫は少しずつ体調を取り戻し、我々は一時期とは比べ物にならないほどコンスタントに彼の創り出す世界に触れることができる。何百何千もの作品がジャンプにおいて連載され、本作に近い作品、それ以上のものを期待し続けてきたが、その度に彼の偉大さを突き付けられるだけなのだろう。
前例のないテニスマンガでの成功、女性読者の流入、クールで生意気で強い主人公像、菊丸が分身して以降のテニヌ...といった誌面上で読み取れる新規性だけでは、本作のもたらした文化のごくごく一部しか語りえない。
1000曲近いキャラソン、出役としての役割を求められる声優たち、2.5次元文化の源流かつ若手俳優の登竜門としてのテニミュ...現代における狭義のオタク文化の根を辿れば、必ずテニプリが残した功績にぶち当たる。「推し」という文化が、人間を描くあらゆるコンテンツに侵食して久しいが、許斐剛が生み出した世界は、ジャンプで築き上げられたあらゆるファンダムの中でもっとも複雑で永続的な強度を保ち続ける、史上最も「推す」に値する文化であり続けている。
すみませんほんとに書くことが思い浮かびませんでしたでも世界的にマンガ文化を広めた功績は鳥山に並ぶと思ってますマジで
あまりに多くの言及がこの作品になされ、そのどれもが口をそろえて言う。「描き分けが上手い...絵の引き算が上手い...ルビ振りのセンス...久保帯人は中二病...ストーリーが薄い...」これらすべてはもちろん真実だ。
連載中、ワンピナルトブリーチの三枚看板の最後尾というポジションが崩れることは一度もなかった。果たしてこの評価が妥当だったのかは分からないが、少なくとも我々ネット民は久保帯人のセンスをバカにし過ぎたことに対し大いに反省すべきところがあるのではないだろうか。海賊、忍者のような明確なモデルがいないのに、久保帯人はどうしてあれほどまでに洒落たキャラクターとセリフ回しを無尽蔵に生み出せたのか、系統立てて説明できる理屈は未だ見つからない。もしその答えが彼の脳内にしかないとするならば、我々は本作を源流に大いなる歴史が作られていく可能性を認めなくてはならないだろう。
デスノートという作品は複数の点で極めて例外的な成功を収めた。肉体的攻撃を伴わない心理戦、一切の引き伸ばしをしない、公権力、宗教的崇拝、欠点の無い主人公、ゴシック的キャラ造形、ダークヒーロー、死亡エンド...
本作に散りばめられたこれらの要素は、すべて従来のジャンプ漫画では邪道、あるいは不要とみなされてきた要素であった。このような野心的な作品がメディアミックスにおいても成功を収め、国民の誰もが知る作品となったのは驚異的だ。この作品が出たことは心理戦を描こうとする後世のマンガ家にとっては悲劇かもしれない。夜神月ほど賢く、悪どく、魅力的なキャラクターを矛盾なく作れる人間は大場つぐみくらいしかいないのだから。
2010年代にジャンプを購読していた人間はみな共通してうすぼんやりとした不安を抱えていた。「ワンピの連載終わったらジャンプってオワコンじゃね?」
ジャンプの終わりという、週刊少年マンガ誌という形態の終わりと同義に思える未来を避けるべく、集英社は読者以上に血眼になって後継者を探し求めた。しかし我々の期待も空しく、トリコ暗殺教室ヒロアカソーマブラクロ約ネバドクスト呪術といった平成末期の傑作たちすらも、尾田栄一郎が築き上げた領域には辿り着けなかったように見えた───ただ一つの例外を除いては。
「家族、友人への愛」「困難を乗り越える強さ」という普遍的なテーマにフォーカスした吾峠呼世晴の連載デビュー作は、あらゆる世代へ届く成功を収めた。特に、劇場版『無限列車編』は社会現象化し、国内の興行収入1位を達成するなど、経済的にも文化的にも大きなインパクトを残すことになった。
出版業界の衰退、コロナ禍、趣味の多様化といった逆境の中で、マンガが世界的なムーブメントを引き起こすことがまだ可能であると証明した本作は、令和を生きる日本人の心象風景に残る新たな「国民的マンガ」として、時代に選ばれたのだ。
ひとりのスターの存在がプラットフォームの価値を定義することは古今ジャンルを問わずあることだ。ダウンタウンの登場がお笑い養成所という存在をメジャーにしたように、米津玄師の登場がニコ動の文化をオーバーグラウンドなものにしたように。
2014年に創立したジャンプ+というプラットフォームの目的である「紙とデジタルの垣根をなくし才能を育てること」が名実ともに達成されたのはいつだったのか?それは初めて本誌とジャンプ+両方でスターとなった人間の登場によって定義付けられる。
かつて秋田の片田舎から新都社に「長門は俺だ」という名前で投稿していた少年は、その衝撃的なストーリー展開で我々を魅了する存在となった。ファイアパンチ以降、ジャンブ+はあらゆるWebコミックサイト、いや雑誌を含め、もっとも野心的な作品を読める場所のひとつとして認知されるようになった。
藤本タツキの本誌への到着は新たな才能の鉱脈をインターネットに求める時代の始まりを告げ、媒体の違いというものがマンガの面白さになんら本質的な影響を及ぼすことはないという事実を我々に突き付けたのだった。
そこで「男は見かけた異性をヤレるかヤレないか無意識に判断してる」「女性がステロイド使うとテストステロンの上昇でそういう感覚が得られて驚くし苦労するらしい」と言ってて衝撃だった
視界に異性が入るたびに無意識に色々考えちゃうってすごいストレスじゃない?
生理はドバドバ血出るし痛みもあるし明らかに変なら病院行けばどうにかしてくれるけど、コンスタントに無意識下で生理的欲求と戦うのって見えないわりにはきついと思う
しかもずっとその状態だから性欲があるせいでしんどいかどうかも気が付けなくてただ生き辛くなるのかもしれない
じゃあ性犯罪も仕方ないね!とは思わないけど、生理がない男は人生イージーモード!!!!!!って言ってる人がいたら待てはかけたいと思う
いまで5回目くらい。
最初は揚げすぎて焦げたり、温度が低くて油ベチャベチャだったりなのが、ようやくカラッと揚げれるようになった。
貧乏性で油は1cmくらいしか使わない。それでもフライパンに油をドバドバ入れている最中はすごい贅沢なことをしているようで罪悪感が半端ない。
面倒臭がりだから2度揚げはしない。冷えた油から鶏肉を入れて弱中火でじっくり熱を入れて、最後に180度に上げてカラッとさせている。
肉の中心温度を図る温度計を買ってからは生焼けの不安がなくなったのがとても精神衛生上良い。
片栗粉から米粉に変えたら、なんとなくサクッと感が増した気がするけど、わからない。
レモンを絞りたいけど、一切れだけ切って残りは使い切れないからためらってしまう。
山岡屋とともにずっと気になってはいるけれど、どちらも絶妙にアクセスが悪い。車も乗らないし。
日常の重力というものは中々強くて、行動圏内を逸脱するのにラーメン屋だけではちょっと弱い。そのためだけにわざわざ足を伸ばすのもなんだかさもしいお出かけに思える。
でも普段のおれの過ごし方も大概だ。
頭に浮かんだ単語を自分でこねくり回す事もせず、SNSの検索ボックスに放り込む。そこに出る他人がまとめた言葉に乗っかって、何かを考えたような気になる。もしかしたらコミュニケーションをした気になってるのかもしれない。何度も同じ言葉で検索したりもする。
反復の日々の中で内容を変化させる刺激もなく、何度も同じ話を繰り返す老人と同じだ。
更新など来てないだろうと分かりながら、YoutubeとTVerとWeb漫画サイトをぐるぐるローテーションしたりもする。それにも飽きたら過去の面白かった回を見たり。同じ回を何度も繰り返し見ていれば味もしなくなってくる。
それか、変わり映えしない手癖でギターを弾くか。頭の中で漂う音を取り出したいが、ろくに技術もない。そのためのセオリーを知ろうと知識の検索まではするが、頭に入れようとはしない。開きまくったタブを閉じるのもなんだか惜しくて、ブラウザの隅にグループにまとめられたまま。埃でも積もれば少しはやる気にもなったのかもしれない。
こんな過ごし方なら出かけた方が少しはマシかもしれない。
週末、ジャンガレへ向かう決意をした。
山岡屋もついでに行きたいが、微妙に場所がズレている。まあ折角出かけるのだから両方回ってやろう。
と思っていたが、ベッドでダラダラ過ごしていたら出発時間がズルズル延びていく。
結局山岡家は諦め、比較的アクセスのマシなジャンガレ新所沢店を目指す。
縦の移動を滅多にしないので気付かないが、埼玉は意外と近い。国分寺から西武に乗り換えればすぐだ。
近場でも県を跨げばなんだか旅行気分になる。それが移動の楽しさでもあり、億劫さを生じてもいる。
国分寺線は車内に電子表示がないらしい。イヤホンつけてスマホを凝視している現代の陰気人間に対して実に優しくない。Yahoo路線とgoogleマップで現在地を神経質に確認しつつ、新所沢駅へと降り立つ。
西友と一体化した駅のロータリーは、郊外平均の生活感漂う趣。決して高円寺やそこらの「生活感」ではない。
都心に住んでる者には田舎、郊外に住む者には日常の光景、ガチ田舎に住む者には割と都会。寂れはせずとも活気もない風景は決して気分の上がるものではない。
ジャンガレを目指し脇の通りに出ると飲み屋が並ぶ。町の息づきを隠しやがって、と思うのも束の間、スタスタ歩いているとそれも一瞬で過ぎ去り国道沿いへと放り出される。歩道と車道の曖昧さに少し田舎さを感じる。いやむしろ駅に近いからか。
コンビニかファミレスか、塾やら車屋やらブックオフやらが点在する、ネットでバカにされがちなあの光景。
中高生の頃もほっつき回れる範囲は「コレ」か住宅外の二択だった。
晩飯までの時間制限はそのまま距離の制限になる。電車であっちこっち行くような金もない。楽しげな景色は全て画面の向こう側だったな。せめて河川敷でもあれば良かったのだけど。
歩行者がマイノリティのそういう道を歩く度、当時の事を思い出す。目に入る情報が少ないと意識は自分の内に向きがちなのかもしれない。今も昔も。
小綺麗で小さめの店内にもう一軒ラーメンの入った、二店舗だけのフードコート形式。
卵なしまぜそば(790JPY)の食券を購入し、受け渡し口へ。
店員のおばちゃんの声色と表情が「それだけでええんか……?」的な雰囲気を漂わせる。
別にいいだろ。おれは口の中の味が少ない方が好きなんだよ。
何やらメニュー表の写真を指差しながら説明しているが、ここで掌を返せば自分が不慣れのようではないか。実際不慣れなのだから何ら恥じることはないのだが、意地になってロクに確認もせず「それで大丈夫です」で通す。
そこまで言うからにはよほど質素な素ラーメンが供されるのではないかと若干怯えつつ、10秒程度の駆け引きを済ませる。フードコート特有のブーブー鳴るアレを渡され、テーブル席へ陣取る。
すぐさま脳内で自分反省回を開く。おれのトッピングは変だったのだろうか。
数m先のメニュー表を確認することなく、インターネットで無料トッピングの情報を探る。
ニンニク。入れた。
ベビースター。いらん。カリッとしたもんをわざわざふやかすのは嫌いだ。
辛味。まあ初回だしいらんだろう。
あ、アブラを入れ忘れてた……
まあ致命的なミスはなかろう。
スマホを置き店内を改めて見渡すと、数割の埋まり具合といったところ。
二郎(系)特有の窮屈で急かされてるような雰囲気はない。もう一軒普通(?)のラーメン屋も入ってるしな。
これを求めてたんだよ。家で手間をかけることもなくゆったり食える。
二郎は好きだけどあのガツガツした空気は嫌いだ。早食いが美徳とも思わない。回転率とか店の都合だし 。
ナイト・ホークスとまでは言わないが、郊外の週末夕方の気怠い空気が心地よい。
時間がゆったりと流れるような感覚。でも給水器の水の出がやたら遅かったのは多分気のせいではない。
呼び出しのブザーが鳴る。
ネットで確認して尚も素ラーメンが出てくるのを若干恐れつつ、受け取りへ。
受け取り口脇で紙エプロンが目につく。周りに目を遣ると着けてる奴はいない。こういう時、なんかお上品ぶってるみたいで使うのが恥ずかしい。だが、週末のお出かけだしと着てきたお気に入りの白シャツは守りたい。
と悩んでいると、店員から「よければ紙エプロンどうぞ」の声が。渡りに船。まあ、勧められたなら使っといてやるか。
席へ戻る。卓上のカエシを垂らし、ヤサイを除去するように喰らう。コショウをドバドバ振り撒いてブタを喰らう。ニンニクをかき混ぜて麺を喰らう。
他の二郎系と何が違うのかはよく分からんけど、かねてから実行しかねていた欲求をきちんと消化し、しかも美味いのだ。何の不満があろうか。
一気に萎える。
シミ抜きめんどくせえな。忘れないようアラームをつけ、自分で抱えてると気の滅入る記憶を外部委託する。
最後の一啜りを慎重に済ませ、退店。
まだ7時頃だかすっかり日も暮れた。もう夏も終わりか。
道路沿いで光り輝く塾の中でガキ共が勉強してやがる。こいつらは幸せなんだろうか。幸せになれるんだろうか。まあおれの知ったことではない。
完全に一服の口になってきたので、googleマップで喫煙所を探す。駅前にタバコ屋があるらしい。
喫煙所のある街は良い所だ。目に楽しい街は傾向的に大体パブリックな喫煙所が設置されている。寛容さとか、そういう抽象的な理屈じゃなく。
プライベートサービスの灰皿があるだけとなると、ギリギリ及第点といったところか。まあそれもすぐ消えゆくのかもしれない。
タバコ屋へに辿り着くと、分煙もへったくれもなく灰皿だけが置かれたストロングスタイル。
くどいラーメン後の一服は実にうまい。肉体作業でもした後ならさぞ染み渡るんだろうな。まあそんなんしなとも十分満足だ。さて帰るか。
駅でオシッコしようとしたら、トイレは仮設らしい。小×2と大×1の窮屈なボックスが3つ並ぶだけ。駅の規模の割に小さい。ええんかこれで。
このまま新宿まで行ってしまおうか。映画でも観て、バスタか高島屋でボーッと夜景でも眺めたら締まりのある週末だ。
乗り換えるまでの数駅分の猶予で、まあ今日はもういいかなと思った。
車窓の向こうは晩夏か初秋の暗闇。団地とタワマンの灯りだけが浮かぶ。
なんというか、西武線に揺られ所沢に降り立ちジャンガレを啜るという全ての体験に所沢感、というか郊外感があったな。非日常にすら感じるほどの、絵に描いたような日常。それに抗うつもりでゲーセン行ったのがむしろ更にそれを強める。
これをいつもの週末にしたくはないなって思いと、そうなりそうな予感があった。
帰ってフロがてらシャツのシミをシコシコ落とす。かったるい。汚れてもいいTシャツで近所をうろつくばかりの日々はもうすぐそこまで来てるのかもしれない。
後日山岡家も行った。
最寄りは箱根ヶ崎とかいう温泉街のパチモンみたいな名前しといて、実態は八高線の田舎駅。ドアの開閉はボタン式。狛犬ポジションの罪は重い。
国道沿いの道は片側二車線で、より歩行者の疎外感が強い。リサイクルショップの掲げる「作業靴買い取ります」の文言に色々な想像を浮かべる。
15分ほど歩き山岡家に着く。駐車場はかなり埋まってる。思ってたほど臭くねえ。
醤油大盛り
店内は金髪ツーブロの兄ちゃんと家族連れ。一人者にテーブル席は許されず、肩身の狭いカウンターへ。
しばし待たされ着丼。
啜る。なんなシメの雑炊の出汁みてえな味がする。気がする。分からん。濃くてうまい。
ニンニクとコショウをドバドバ入れると、叩かれがちな壱系とあんまり変わらん気がする。まあ美味いのでいい。
おれの人生から非日常はどんどん失われて、着実に「これ」へと染まりつつあるのかもしれない。
2ch脳じみた考えもとっくに薄れてきて、そういう日常をバカにする気もあんまりなくなってきた。自分が楽しいか、満足してるか、納得してるか。それが全てなんだし。
父に先立たれた母(パートすらしておらず無職、年金暮らし)が生活のグレードを落とせずに遺産を食いつぶしてる
近所の比較的安いスーパーは客層が悪い(もちろんそんな事は無い)から使いたくない、成城石井一択
安い肉は食べられないから見てもいない、産地がちゃんとした国産牛しか食べられない
野菜や基本全部それ
100g4桁円の茶葉を当たり前
ちょっとした用事でも、タクシーで移動(電車やバスで行ける所でも)
ロクに使いこなせないのに定期的に家電をハイグレードモデルで買い替える
などなど、とても貧しいとは言えない感覚の暮らしを、当然で最低限と思い込んでいる
別にそれで死ぬまで持つなら文句はないが、どう考えても持ちそうにない
一人暮らしで酒もたばこもギャンブルもやってないのに食費や生活費で毎月数十万使っているのだから
いくら収入の割に倹約家だった父でも遺産はそこまで残っていないだろう(元々そういう生活してて「金がかかる女だ」と愚痴っていたし)
本人は、「どうしてこんなにお金が出ていくのかしら?」などと言いやがる
注意しても、当たり前で普通のものしか買ってないし普通の暮らししかしていないと否定する
別にお嬢様育ちでもなく、生まれも育ちも田舎の貧乏娘だったのが、夫(父)の稼ぎをドバドバ使う暮らしが数十年続いたらこれだよ
一般的な範囲で慎ましく暮らしている母の生活だったら、支援するのもしょうが無いと思う
こっちだって生活余裕があるわけじゃないのに、贅沢を当たり前だと思ってるやつに金を奪われたくない
何より旦那に猛反対されている
あの生活レベルを維持出来る程援助は不可能、こっちもローンだってあるし食えなくなる、かと言って同居も無理
ストレスが溜まって別居になると思う、面倒を見たければあなた一人で責任持って対処してね、同意出来ないなら離婚も検討する、と言われている
正直しょうがないと思う
その子供である私は、安売りスーパーで一番安い方から見る金銭感覚してるのに、母の感覚は子供から見ても異常だもの
なんだろうな
結婚と子育て経験が無い日本人、親に孫を見せたことが無い日本人、俺ガチで危機感を持った方がいいと思う。
誰がお前が歳を取ったあと介護してくれるのか?お尻を拭いてくれるのか?
それを想像できない人が多すぎて結婚して子どもを産まなくなってるのを危機感持ったほうがいい。
政治家も過激なフェミニズムに臆せず、上記のことを発信するべきだ。(俺は男女平等は推進するべきだと思うのでそこは予防線を張っとく(笑))
「結婚の自由」だの「個人主義」だの綺麗事だけでは国が崩壊するのは明白だ。
国を維持するには自由と個人主義はある程度制限していかなければいけない
この国に残された選択肢は2つ
この2つしかないと思う
●9/3追記、たくさんのブクマと言及に脳汁ドバドバです!せっかくなんでブクマの「秀抜だけど(実現性)厳しいって。」みたいなコメントを拾います。
あと個人的に教育業界は無駄に家計の教育費を釣り上げて少子化を促進する元凶だと思います(だから中国も学習塾を規制しようとした。そういうところは権威主義国家の利点)
① myr 男女平等と、贅沢な暮らしを突き詰めると少子化がどんどん進展するのでこれはもう人工子宮と国が税金で育てるとかの方向しか無いと思うのよ。ガチで
② ivory105 出産義務にするなら子育ては全部国がやってくれるんだよね?結局そこな気がするんだよ貧乏とか気にしない人はボコボコ産むし大学まで0円かつ好きに外注で育てられるなら産みそう。子供がかわいそうだから産めないの
③ choayov 出産育児家事を新しい個人事業主として仕事にして月給を支払えば就職したい新卒増えそう。危機感持つべき程の事実であっても産んだところで誰も金銭や労力のサポートもしてくれないんだからもはや事業化してしまえ
④ preciar 物理的に国が維持できなくなったら本末転倒だから、人工子宮開発と共に子育ては義務化されるだろうなと思ってる/他責思考で誰かにやってもらうことしか頭にない醜いコメが多いな
⑤ bluehand 少子化に誘導する言説をばら撒くメディアが昨今たくさんあるので、そういうメディアを制限するべきだと思うんだよな。現代の焚書坑儒。ネットの言説が燃える温度は華氏何度?
⑥ tastasto キモすぎ テメェの腹に受精卵植え付けて一人で出産子育てでもしてろや(笑)義務と責任を一人で背負え 他人に押し付けんなカス まずテメェでやり遂げてから寝言ほざけ
⑦ piro-de-sky342 少子化解消への道はシンプル。 賃上げ、物価制御、男性の育休義務化、有給取得義務化、教育費医療費無償化、車住宅購入補助拡大、出産奨励金1000万、女性のキャリア優遇、家事育児代行使い放題。そんなにむずいかな?
⑧ yuria100s 今は子育ては人生の時間と金の大半を奪われる趣味ってポジションなので、個人的にはやりたがる人がまだいることに驚く 今は欲しい人が少数派でもおかしくないので、子育てを公共事業にしないと存続不可能と思う
⑨ shikiarai 恋愛の義務教育化が先。自由恋愛のルールと戦略、恋愛と法律との兼ね合い、失恋とKPT。自由恋愛市場が2倍に拡大すれば成婚率が変わらなくても成婚数は2倍になる
⑩ anonymighty 倫理を無視すれば、人口子宮とiPS細胞と遺伝子プログラミングで室の高い人間が大量供給できるようになる。問題は教育とか養育とか。AIとロボット技術が進めば、ロボットの低コスト化、最適化もできるようになる。
⑪ gaikichi 致命的勘違い。原因は女性の権利拡大より産業構造の変化。昔の農業社会は自家労働力として子供多数が普通。それが資本主義発達とともに総勤め人化して教育費も高騰したから子供多数はコスパに反するようになったせい