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はてなキーワード: 入学式とは

2023-08-28

F欄の割にはまともな文章が書けてる

私は、Fラン大学出身です。私は、大学入学後、入学式の学科オリエンテーション学部から講義に出とくだけで進級できるとか思わないでください。」と言われました。

これは、おそらく、講義に出とくだけで進級できると勘違いしている学生がいると思ったから、言ったんだと思います

じゃあ早稲田慶應明治などの学生でも講義に出とくだけで進級できると勘違いしている学生は、いるんですかね?

f欄ってもっとボキャ貧爆サイ民みたいな鳴き声じみたワンパターンなことしか書けないのかとか思ってたよ

2023-08-20

専門家無職は年中「来月から気を抜くな」と言い続ける

専門家

1月:正月成人式コロナになるぞ

2月:入試で人が動き、集まるからコロナになるぞ

3月:送別会卒業式コロナになるぞ

4月:花見入学式コロナになるぞ

5月:ゴールデンウィークコロナになるぞ

6月:梅雨で室内にこもるからコロナになるぞ

7月:夏休み開始と海の日連休花火大会コロナになるぞ

8月:お盆帰省コロナになるぞ

9月:新学期開始とシルバーウィークの移動でコロナになるぞ

10月:祭りや行楽シーズンハロウィンコロナになるぞ

11月:気温が下がり始めるからコロナになるぞ

12月:クリスマス忘年会年末帰省コロナになるぞ

 

無職

【1月】 初っ端から飛ばすと後でばてる。2月から本気を出す

【2月】 まだまだ寒い。これではやる気が出ない。3月から本気出す

【3月】 年度の終わりでタイミングが悪い。4月から本気を出す

【4月】 季節の変わり目は体調を崩しやすい。5月から本気を出す

【5月】 区切りの良い4月を逃してしまった。6月から本気を出す

【6月】 梅雨で気分が落ち込む。梅雨明けの7月から本気を出す

【7月】 これからどんどん気温が上昇していく。体力温存の為8月から本気を出す

【8月】 暑すぎて気力がそがれる。9月から本気を出す

【9月】 休みボケが抜けない。無理しても効果が無いので10月から本気を出す

【10月】 中途半端な時期。ここは雌伏の時。11月から本気を出す

【11月】 急に冷えてきた。こういう時こそ無理は禁物。12月から本気を出す 

【12月】 もう今年は終わり。今年はチャンスが無かった。来年から本気出す

2023-08-12

anond:20230812222954

個人体験としては、通信高校時代に、入学式で隣に座ってたおばあちゃんが3年生になった頃には英語ペラペラになってたことはあったな

あとこのまとめとかも助けになるかもhttps://togetter.com/li/1880148

自身は頭悪いからなんとも言えんけどやりたいことがやれたらいいね応援してる。

2023-08-03

うたプリさようなら手紙



最初に言っておきたいのが、私はうたプリにもうたプリ運営(ブロッコリーとか)に対しても何の不満も持ってないこと、何にも怒ってないこと。

うたプリオタクを始めて今年で10年目?になる。

2013年の春、高校入学とともにiponeを手に入れた私は、当時2000%がドッカンドッカン来ていたうたプリアニメ一期を暇つぶしのために見始めた。それがきっかけだった。

トンデモすぎるシナリオ無駄キラキラしているイケメンたち、やたら上手い歌、でもやっぱり意味がわからない演出に笑いまくって、面白い作品は数あれど心を楽しいという気持ちでいっぱいにしてくれる作品は私にとってうたプリが初めてだった。

そのあとはニコニコ動画検索し、さまざまなキーワードでググりまくって、ドキドキしながらpixivを覗いたり、バイト代を握って初めてアニメイトに行って、金額の高さに卒倒しながら中古ショップPSPソフトを買った。

ゲームうたプリアニメよりさらエキセントリックで、どいつもこいつも理解できない、なんでそんなことするの!?攻略対象にもヒロインにもキレながら全てのエピソードを集めて全てのエンドを回収して、金額に卒倒しながら続編のソフトを注文した。

アニメゲームだけでなく、プリンスたちが本当にこの世にいるかのようなプロモーションにも私は夢中になった。プリツイ(公式キャラアカウント)のために毎秒TLを更新して、東京の駅に広告が出されているのをTwitterのレポで見てドキドキし、ポップアップストア(シャニストと言う)に行くために人生で初めて竹下通りに行った。

当時の私は実家との関係が最悪で、とにかく孤独と怒りを持て余して、バイトギリギリまでしないと携帯代や定期代や食費を賄えないし、まあそういうアレでとんでもなく荒んでいた。うたプリ楽曲2013年当時でも結構な数があって、少しずつ履修していたころにwelcome to UTAPRI worldを聴いて、私の孤独に今1番寄り添ってくれているのはうたプリなんだと感じて、あまりにも優しくてキラキラしている歌に涙が溢れた。

年末年始風邪を拗らせて、でも掛け持ちで詰め込みまくったバイト休みたくなくて、お金がなくて食パンを齧っていた年明け、プリツイの更新が急に来て、自担(音也くん)の呟きを目にした時も熱に浮かされながらボロボロ泣いた。あの年って、うたプリアイランドの再リリースは今年中と言っておきながら全然音沙汰ないからもうこのまま来ないんじゃ?と思ってたら大晦日滑り込みリリースしたよね。みんな覚えてる?

思い出は書ききれないくらい(なんせ10年だから)沢山ある。人生初めてのライブ横アリに行ったこと、学校の校外行事が終わったあとその足でアニメイトに行ってASASを受け取ったこと、ライブのために一人でホテルを取ったこと、専門学校入学式に向かう電車で緊張を慰めるためにマジラレボリューションズをえんえんと聴いたこと、社会人になってから社用車運転する時にひたすらうたプリプレイリストを流すのが楽しかたこと。

本当に色々な思い出があって、うたプリを通じてたくさんの初めてを経験した。その日々の中で、うたプリしょっちゅう炎上していたけど(在庫とかグループ不遇とか色々あったよね)、私自身はコンテンツ運営に怒りを抱いたことはなくて、ずっとずっと大好きだった。ライブ物販のために真冬たまアリを始発から6時間並んだ結果ペンライトが売り切れで買えなかったとか、入場がごたついて会場入りできないままライブが始まってしまい泣きながら歓声が漏れ聞こえる西武ドームを見上げたこともあった(これぞうたプリって感じ)。けどそんなことよりも、ライブの楽しさとか、夕日がドームの中に差し込んですごく綺麗だったこととか、うたプリが好きで胸が苦しいと思った記憶の方がずっと強い。

今年の4月に、10年間オタクをやっていた中でも1番なんじゃないかぐらいの炎上ネタがあって、さすがの私も苦笑いというか、脱力感を強く感じたけど、でもやっぱりうたプリのことも運営のこともちっとも嫌いになれない。

ちっとも嫌いじゃないのに、怒りも失望もないのに、去年の映画だって本当に素晴らしかったのに、蝋燭の火が消えるみたいにうたプリに対する関心が消えてるのが分かる。

前のように夢中になれない。心がいっぱいになれない。うたプリのために働いたお金を全て費やすなんてことは今の私には出来なくて、将来のための貯金がしたいし、休日ゲームをしたりイベントに行くよりも、家のことをして資格勉強をして本を読みたい。

あんなにも大好きで、人生を捧げたいくらい大切で、何よりも夢中だった作品に対する心の動きを「飽き」の一言で纏めたくない。けれどそういうことなのかもしれない。好きという気持ち一心に燃やして、燃やし続けた結果もう焦げついてしまったのかもしれない。

うたプリのことは本当に好きで、大切で、世間はいろいろ言われていたけど、この作品を作るための、表には出てこないたくさんのスタッフさんの努力キャストさんの愛があるのを知っているし、怒る気持ち失望する気持ちも少しもない。けれど、私の心はもう昔のようには動かなくて、もう私はうたプリオタクではないし、さよならを言うタイミングが来たのだと思った。

当時15歳だったこから社会人数年目の今まで、うたプリのことが大好きだった。あんまり沢山のコンテンツに触れるのには向いてなかったので、本当にアニオタでもゲームオタクでもなくうたプリオタクだった。

うたプリのおかげで知らない場所に沢山行けたし、子どもなりに苦しんでいた10代でも楽しい気持ちが沢山残っているのはうたプリのおかげだし、数えきれないくらい沢山幸せ時間を過ごすことができて、心から感謝している。

今後も、きっとたまにうたプリプレイリスト再生して、当時この曲を聴きながらどんな気持ちで生きていたか、どんなことがあったのか、曲を聴きながらどんな景色を見ていたのか思い出すと思う。

たかだか作品に飽きたというだけの話でこんなに長くなるか?と今自分で書いてても思うけど、本当にそれくらい大切で、10年間思い切りうたプリに触れながら生きてきた。ありがとうございました。

うたプリにいつか飽きて興味がなくなるくらいなら大好きすぎていっぱいな今この瞬間に死にたいと思っていた10代の私が読んだら本当に憤死するかもしれない。ごめん。あんなに好きだったのに薄情だよね。でも大切な気持ちは今でも本当に変わらないんだよ。

2023-07-22

学級運営シミュレーションゲームとか出ないか

プレイヤー教師役で、複数いるNPCの生徒のステータス管理をしながら、入学式から始まって学校行事成功させたり試験成績とか進学・就職実績を上げたりして、卒業式後に三年間の回想が流れて最後クラス評価とか、生徒から好感度とか出て、生徒から好感度が高かったら生徒からメッセージとかたくさん流れて、評価が低いと寂しい感じのEDになったりする感じ

最初学校の方向(進学校とか実業系とか底辺校)とかが選べて、自分の三年間の目標(進学就職実績upとか、生徒から好感度とか)選べて、クラスの人数も20〜40人から選べたりしてその辺が難易度調整になってたりしてさ

実績解除で制服の種類とかが増えてブレザーかセーラー・学ランか私服か選べたり、女子校男子校共学とかも選べたら楽しそう

アイデア料いらないから誰か作ってくれ

2023-07-18

anond:20230718111028

入学式用で買うならパンツが正解。

大学生、地味にスーツ着る機会がたまにあるけど、座敷席の場があったりするからパンツスーツの方が良い。

大抵の人は、スカートで足出すより細見えのパンツスーツの方が好印象だし。

スカートは「綺麗だな」より「ヤれそう」に傾きやすい。

割とガチで、日本就活ってヤバいと思ってる。

入学式用のスーツ買う時にパンツ買おうとしたら、

インターンの時はパンツでもいいけど、就活本番はスカートじゃないとダメなんですよ」

って店員に言われて唖然とした。




なんで?


女子パンツ履くことの何が悪いの?スカートパンツで何が変わるの?

2023-07-11

北海道感想

行った場所

すすきの札幌

東室蘭登別

長万部おしゃまんべ)

ニセコ小樽

富良野旭川

  

すすきの札幌

すすきのは飯屋や大人のお店が多い。新宿みたいだ。新宿を半分くらいの大きさにした感じ。

アイドルとかが売り子したりしてて、都会なんだな〜と思った。

札幌は、いろいろな企業が、新商品を全国に出す前に、札幌で出してみて反応を見たりするらしく、やはりいろんな新商品が置かれていた。

コンカフェで楽しめたが、コンカフェ東京よりレギュレーションが激しいというか、変なサービスは一切なかった。ちなみに、日本一すごいという噂のダークマターというコンカフェ札幌で、そっちはリスカで作ったドリンク提供で一時閉店などで話題になっていたところで、逆にすごいらしい。

札幌は、レベル高いところと新しい突飛なもの交錯するカオスでいい感じだなあって思った。

  

ホテルは高くて予約も一杯でなかなか泊まれないが、ニコリフレってカプセルサウナは安くていつ行っても泊まれたので、ニコリフレ宿泊おすすめか。

二乗市場ってのが海鮮で有名らしいが、夏は時期じゃないのか、そこまで海鮮うまいと思わなかった。昔、春先に函館で食べた海鮮は美味しかったのになあ。

  

東室蘭登別

東室蘭は、札幌北海道の真ん中らへん)と函館北海道の下の方)の中間地点くらいにある。

札幌函館中間地点は結構寂れたエリアなんだけど、登別洞爺湖ニセコなどの温泉キャンプスキーで有名な場所がある。

その辺りの地域には、東室蘭という、埼玉田舎くらいの栄え具合の街がある。東室蘭からなら、登別洞爺湖にはバス比較簡単アクセスできる。

ちなみに、東室蘭は本当に泊まるだけだったが、住むだけならギリギリ行けるかなくらいの坂ええ具合がある程度なので、東室蘭目的観光微妙

室蘭東室蘭よりだいぶ寂れてるらしいかスルー

  

登別とか洞爺湖とかが温泉街として固まってるエリアがある。

今回は登別へ。

温泉改装中とかで入れない温泉が多かった。夏の時期はそんなもんなのかな。

入れるところもあったので、入ってみた。登別温泉は確かに一流温泉だなあとは思った。

ただ、バスでの移動に数時間とかかかるエリアなので、東室蘭以外からときいかも。

  

長万部おしゃまんべ)

東京理科大の基礎工学部という学部の生徒は、東京入学式の途中に、長万部に連れていかれるという謎の制度がある。

1年間、長万部の校舎で寮生活をするらしい。ちなみに現在では基礎工学部ではなく国際デザインという学部長万部流しにあうらしい。

そういう、変な制度があると聞いてから、一度は見てみたかった東京理科大長万部校舎。

結構小さい建物で過ごしてるんだなという感じ。東大とかの建物1つ分くらいの中で、講義があって、食事があって、体育館があって、寮があってって感じ。

長万部校舎出身の人に聞くと、楽しい生活だったらしい。

田舎高校とかの寮生活みたいな雰囲気だった。

ちなみに、学食部外者は食べられない仕様

  

駅前で有名だというカニめしを買って食べたが、う〜ん、普通駅弁カニめしって感じ。

  

ニセコ小樽

ニセコスキー世界的に有名で、英語バリバリ通じる地方とのことだが、マジで普通田舎だった。

外国人土地を買いまくって、億ション立ちまくりだ!みたいな話を聞いてワクワクしていたが、景気の良さは一切ない。単なる本当の田舎

夏はキャンプ場が有名らしい。

普通に街をぶらぶらした後、駅前温泉へ。

駅前温泉は完成度高かったw

  

小樽は飯を食うだけで寄った。

飯は美味かったけど、飯屋の女主人の絡みがうざかった。

小樽の印象はこの飯屋の女主人一発で最悪になった。

  

富良野旭川

富良野ラベンダー畑youtubeで見れるような感じまんまが広がっている。

観光客は無茶苦茶多く、噂では1日数千万円の売り上げとかってタクシー運転手が言っていた。

北の国から感はない、結構栄えている。

まあでも、田舎田舎って感じではある。一面ラベンダーというより、一面田んぼ水平線の向こうまで続く山々って感じ。その中にラベンダー畑がある。

  

ノロッコという、ガタガタ電車旭川へ。

旭川は、東京でいえば駒込くらいの栄え具合だった。ホテルはどこも高くて予約でいっぱいだった。星野リゾートがあるからかな?

旭川ラーメンは、2か所で食べてみたけど、辛いって味だった。

旭山動物園は、展示頑張ってるなあと思ったが、小さめだか時間的にはすぐ終わってしまう。

夜のニュークラ(キャバクラ)では、苦学生が多くて、ビビった。旭川には塾講とかで稼げるところはないのかなあ。

  

追記

ちょっと伸びたので、ランキング

  

1位:銀座サウナ (旭川

旭川に、銀座があるとは、、、銀座って感じはないが、なんか、こち亀で出てくる昔の浅草みたいな素朴な通りが銀座って呼ばれてる。

そこにある、銀座サウナは素晴らしい!

  

2位:東室蘭スナック街 (東室蘭)

スナックママが、みんないい人だった。

家庭で塩茹でした素朴なカニをご馳走してくれてありがとう

  

3位:東京理科大 長万部校舎 (長万部)

高校の頃、田舎寮生活したのを思い出す。

男子生徒の猿のような声が聞こえてきて、微笑ましい。

こじんまりした感じ大好きだ。

  

4位:北海道大学(札幌

これぞ北海道に期待していた、デカすぎるキャンパス

学食も、北海道らしい素朴な見た目の学生たち。

大自然を感じながら、アカデミックな風を感じて気持ちいいね

  

5位:すすきののニュークラ(すすきの

高級な内装で、王様気分で飲めました。

女の子たちは、就職終わったばっかりらしく、弛緩した雰囲気の子たちが多かったね。

  

追記追記

ニセコって、ニセコ町じゃないよ

これマジ??

ニセコって駅に行って、心配になる程駅がど田舎駅そのもので、わけわからん鐘が置いてあるところが寂れた村感マシマシで。

村役場あるじゃん、ここにいけば、流石にニセコの中心でしょ」ってニセコ村役場まで歩いて。

マジで単なる田舎で、「ニセコ億ションどこよ?」で帰ってきてしまった。

まさかニセコ駅ではなく、全然ニセコから遠い倶知安町駅にニセコがあるってそんなあ。。。

  

二条市場典型的観光客向けの市場からコスパ悪いよ

そんなあ。。。

これトラップすぎない?すすきの駅降りたら、二条市場が呼びまくってる感じマシマシの看板群なんだけどお。

なんだよあの「海鮮ならここ!!」!みたいな案内。

トラップすぎるじゃん。

しかも、「千歳空港佐藤水産でもなんとかなる」ってなにそれえ。空港で食べれるんなら、北海道旅行の意味ないじゃないですか地元で最高の海鮮出してくださいよ!

  

>元旭川から ラーメンで辛いってどこで食べたんだろ 濃いはあっても辛いラーメンがよくわらん

新子っていう、鳥の丸焼き照り焼きソースかかったやつがラーメンと一緒に出てきて。

ホルモン塩辛くって、新子塩辛くて、ラーメンの味がしないくら塩辛かったです。

でも、たくさんラーメン店があったから、あれは旭川ラーメンじゃなかったのかも。

旭山動物園の旭山ラーメンの方は、普通に美味しい味噌ラーメンでした。

  

>「北の国から」の舞台の辺りは富良野市街地から山の中に大分入らないと行けない。

全然寂れてないじゃん。って思ったら、富良野の中でも格差さらにあるんですね。

「まあまあ田舎だけど、北の国からで栄えちゃって、北の国から世界無くなっちゃったか?w」とか思ってました。

2023-07-10

就職が出来ないまま、アラサーになった。

どこに吐き出せばいいのかもわからない自分気持ちと、きっと誰の記憶にも残らないであろう自分人生増田に投下したい。

要旨はタイトルの通りでしかないが、就活に失敗し続けて無職のままアラサーを迎えてしまった。今年はもう就活すらしていない。

就活は売り手市場だなんだと聞いていたが、それは結局平均的にコミュ力のある人間にとっての話であって、自分のようなコミュ障で陰気な人間にとっての話ではないのだなと痛感した。

ふと思い返せば友達が居た記憶があるのは小学生の頃までだったし、その頃もたまたま流行っていたポケモンに詳しかたから仲間に入れてもらえていただけだったんだろうなと今になって思う。

中学入学したあたりでクラスバラバラになり、小学生の頃のグループ自然消滅してしまった。

誰にも声をかけられることはなく、かといって声をかける勇気もなく、本当にただ孤独に過ごしていた。

部活にも入らなかった。正確には入れなかった。

聞こえてくる話を聞く限り、中学入学した時点で皆は入りたい部活まで既に決めている人が多かったようだった。

特にスポーツ経験もなく、かといって文化的素養もない俺にそのようなものはなかった。

「この部活に一緒に入ろう」と声をかけてくれるような人も当然いなかった。

経験部活の仮入部に飛び込む勇気もなかった。気がつくと入部届の提出日は過ぎていた。

そこから孤立の日々だった。

友達はもちろん欲しかったが、既に俺以外の人たちで完結しているように見えたコミュニティに入り込めるような人間ではなかった。

最初入学式の時点で、席が近い人たちか、同じ小学校出身の人たちで話して仲良くなっていた。俺だけが孤立しているような錯覚を覚えて、行きたくもないトイレに逃げて泣きそうになったのを今でも覚えている。

中学生にもなると皆携帯を持ち始めるようになっており、誰々とメアドを交換したとか言う話題が聞こえるようになった。

親にねだって携帯を買ってもらった。結局誰1人としてメアドを交換することはなかった。

中2の時だったと思うが、モンスターハンター3rdが学年中で流行っていた時があった。

みんなで放課後に誰かの家や公園で集まって一緒にプレイしているような話が聞こえてきた。

親にねだってPSPモンハンを買ってもらった。話しかけてもらいたくてわざわざ学校PSPカセット持って行き、わざと休み時間に机の上にそれらを出した上で寝たふりをしていた。

国語先生に見つかって取り上げられ、皆の前で叱られ、反省文を書かされた。あの瞬間が中学生活の中で1番みんなからの注目を集めた瞬間だったんだろうな。悲しすぎる。

今にして思えば、ポケモンに詳しかたことで仲間に入れてもらえた小学生の頃の成功体験を引きずり続けて、同じ手法でなんとか挽回しようと考えている自分の浅ましさがもう情けないよな。

勉強だけは頑張った。成績が良かったテニス部クラスメートが色んな人に「勉強を教えて!」と声をかけられているのを見たからだ。それもまた、今思えば笑ってしまうくらいに浅はかだけれど。勉強ができるから声をかけられていたのではなく、テニス部の人気者だから勉強理由に声をかけてもらえてただけなのに。その構造を見抜くだけの頭の良さは残念ながら当時の私は持ち合わせていなかった。

勉強甲斐あって、地元で1番の公立高校合格した。親以外に祝っては貰えなかったが、それでも良かった。

合格と同時にiPhoneを買ってもらった。LINEインストールした。

中学の頃は初手で部活に入ることに失敗したことや、コミュニケーションを取ろうとアクションする前に既に人間関係ができてしまっていたことが敗因であると考えていた。今回は入学式の日からちゃんと人に声をかけると強く決意した。

失敗した。

出身中学が同じもの同士で既に固まっていたし、何より塾が同じもの同士での結びつきもかなり強固であった。

3~4日目にして、ついに席の近いクラスメートが声をかけてくれたことでクラスラインに加入することには成功したが、人数から察するに私が最後メンバーであった。

私が入った頃にはクラスラインでの会話は殆ど無く、既に仲の良いもの同士でより小さなグループを作ってそこでコミュニケーションをしていた。

同じ塾での繋がりから合格発表があったその日には学年のグループができており、入学式の日にはもうクラスラインが出来ていたらしい。

結局、中学生の頃に友人を作れなかった負債高校生になっても苦しめられるのかと思った。

部活動にも入ろうと思った。未経験でも最初の入部の時点であれば飛び込めるのだと学んでいた私は、新歓で惹かれた剣道部に入部した。

2ヶ月で辞めた。

私以外の入部者が全員経験者であり、初心者が私しかいなかったからだ。

先輩はもちろん自分のために練習に付き合ってくれたが、同級生や先輩達のレベル自分立ち位置があまり乖離しており、自分1人だけが別で初歩的な練習をしているのが、晒し者にされているような気がして嫌になり、逃げ出してしまった。

自分けが初心者だという引け目から同級生ともろくに話せずに終わってしまった。

ここで投げ出さなければ…と今なら思えるが、やはり当時の自分には無理だったのだろうなという諦めのような感情もある。

同じような基礎練習に打ち込む初心者がもう1人でも居れば…と仮定しては、さも自らが理不尽な状況下にあるかのような想像をして自分正当化しようとしていたことを何故か今でも覚えている。

幸いだったのは学校自習室があったことで、これにより部活動の時間分を自習室勉強することで、親には部活動を続けているようなフリをし続けていた。今思えばバレていたのだろうか。

中学の頃から帰宅部であり、友人と遊ぶようなそぶりすら見せてこなかった俺を、親はどう思っていたのだろうか。

何も言わないでいてくれた親の気持ち想像すると、胸が苦しくなる。

高校Twitter流行った時期もあった。例に漏れず私もアカウントを作った。当時のTwitterはまだ身内感が強かったこともあり、高校名や氏名で検索しては片っ端から同級生フォローした。

フォローバックも多少はしてもらえたと思う。

しかしながら、結局何もツイートすることはできず、ただ同級生の動向を監視しているだけの気持ち悪いアカウントに成り下がっていた。

一言も喋らない陰気な奴が変なことをツイートしたらどう思われるのだろうかと、怖くて何もツイートできなかった。

一瞬、LINEツムツムが流行たことがあった。

LINEを交換しているもの同士でスコアランキング形式で共有されるのだが、たまたま引いたマレフィセントというツムで圧倒的なスコアを叩き出したことがあった。

その時にクラスメートが「上手いんだね!」と声をかけてくれたことがあったが、気の利いた返しが浮かばず、ぎこちない笑みを返すことで精一杯だった。

3年以上碌に会話をしていないのだから当たり前なのだが、もはや会話をするという行為自然には出来ないようになってしまっていた。うまく言語化できないが、相手の言っている内容を理解した上で、それに対する返答をいくつか頭で構成し、そのうち最適なもの選択して口からアウトプットするという一連の行為自然に出来ないようになってしまっていた。目を合わせるだとか、自然な表情を作るだとか、そんなことは言うまでも無くできなかった。

その会話での失敗は自分の中でも忘れられず、次に同じように話しかけられた際の返答を何度も何度もシミュレーションした。

ツムツムも継続してスキルを磨き、ランキングではトップを取り続けた。

当たり前だが、次の機会は来なかった。

高校3年間は最も密度の高い青春の3年間だったと知り合いの誰かがTweetしていたが、俺の3年間は思いつく限りの思い出で上記限界だと思うと、本当に虚しい気持ちになってしまう。

大学は通える範囲にある旧帝大合格した。

今度こそ失敗しないようにと臨んだが、やはりダメだった。

講義における自由な席のシステムや、そもそもクラスなどが存在していないという状況で、自ら人に話しかけるだけのスキルを持ち合わせていなかった。出身高校予備校基本的には違うはずなのに、即座にそれぞれで仲良くなれていたのが不思議で仕方なかった。

サークル新歓にも行った。バーベキューだった。同じ机に先輩が2人、新入生が3人の5人で座っていたのだが、気がつけば私を除いた4人での会話になっていた。

先輩が時折私に話を振ってくれていたのだが、明らかに気を遣ってくれているのだとわかり、余計に苦しく、惨めだった。

新歓用のライングループがあったようだが、私には加入の声もかからなかった。

勉強に逃げようと思ったが、逃げる先も見つからなかった。

自ら興味のある分野を見つけ、そこに飛び込むだけの主体性すら持ち合わせていなかった。

テストは同じ授業の過去問を持ち合わせているかどうかで対策の可否が大きく変わるものだった。友達のいない私には非常に厳しかった。

授業に一度も来てないようなテニサーの奴よりも、私の成績の方が悪かった。友人は居なかったが、それでも勉強だけは出来た自分にとって、学業の成績は唯一の精神的支柱であったのだろう。かなりメンタルにきたのを今でも忘れられない。

しかし、そうは言っても今更友人を作ろうと発起するのも見苦しいように思えて、結局何の行動も起こせなかった。

ゼミはそれなりに興味のあった行動経済学ゼミを志望したが、人気ゼミ面接に通るはずもなく落ちた。

結局、不人気な統計学ゼミに入った。幾つ上かもわからない留年生と私の2人だけだった。

自分存在は何度も留年を繰り返す謎の男と同じ程度なのだと言われているようで苦しかった。

そして就活の時期を迎えた。

まず情報弱者だった自分は出だしからつまづいた。

講義室で聞こえる会話で周りが既にインターンというものエントリーしていることを知った。その後、焦って就活について調べ始めるものの、そもそも特にやりたいこともなく、また、特段興味がないものに対して熱意があるかのように見せられるだけの技量もなかった私は、悉くインターンにも落ちた。

志望動機経験(あまり好きではない語彙だが「ガクチカ」と呼ばれるもの)に嘘や誇張した内容を書くような人々を見下していたが、結局採用されるのは見下していたはずの人々だった。

奴らは汚いことをしているのだと内心見下すことで、倫理的には彼らより優位にあると思いたかったのだと思う。そんな卑屈さで小さなプライドを守ったところで、何一つ実利はなく、ただ不幸になるだけだということに気づけなかった。

その後、大学名の威光もあってか1dayのインターンには通ったものの、グループワークが中心の1日に馴染めるはずもなく、ひたすら透明人間を演じた上で、最後儀礼的に連絡先だけを交換して終わった。

同じグループの人は関関同立(関西ではそれなりの地位にある大学群)の同学年だったが、グループワークでのリーシップの発揮ぶりは私とは比にならなかった。社員の見る目も違っていた。もちろんその後を知ることはないが、きっと大手企業内定を得て働いるのだろうなと思う。

休みの会話で、高校は私と同じ地域にある偏差値50程度の私学であることを知った。指定校推薦大学に入ったらしい。

学業しか縋れなかった私は、恥ずかしながらも内心では関関同立を見下していたし、偏差値50程度の高校に行った人とは今後交わることすら無いものだとすら思っていた。卑屈な選民思想を持った自分が恥ずかしかったし、完全に下に見ていた人々にも逆転されたという事実を突きつけられたのはかなりショックでもあった。

後日講義室で聞こえてきた「1dayインターン意味がない」という言説を信じ、1度きりで申し込むのを辞めた。今思えば、傷つきたくないがために縋ってただけなんだろうな。人は信じたいものを信じるように出来ているとはこういうことなのだろう。

そうこうしているうちに、気がつくと本選考の時期が到来した。最終的に50社くらいはエントリーしたと思うが、全落ちした。

就活対策の本を立ち読みしたが、内容のバカバカしさに呆れて買うこともしなかった。ここで変な意地を張らずに素直に買って、その内容を再現できていれば結果は変わったのだろうか。正直そうは思えないが。

他にも面接対策をやっているサークルの一室を訪れようとしたが、室内の華々しさに気圧されて扉の前で踵を返してしまった。

あんな楽しそうに就活に臨んでいる人々はどうせ碌な結果を得られないのだと自分に言い聞かせて帰路についた。

ゼミ教授の勧めで留年することにした。

無職で世に放たれるよりは学生身分があった方がいいとの計らいだった。多分留年を繰り返していた彼も、同じような配慮留年を続けていたのだと思う。本当に有り難かった。

しかし翌年の就活も失敗した。諦めて卒業した。

結局、面白くもないyoutubeを観ていただけの1年だったと思う。観ていた動画の内容すら思い出せない。

卒業の翌年、公務員試験を受けることにした。

勉強だけは出来たのだから学業勝負するのが自分にとって最適な戦略だと今更思い至った。

予備校に通い勉強をしていた。数年振りに自分の得意分野で勝負ができて、純粋に楽しかたことを覚えている。

筆記試験には合格したが、その後の面接(厳密にはこれも試験という名前ではある)で落ちた。

国家だけでなく、地方すらも落ちた。

周りを見るに自分と同程度にはコミュニケーション能力が疑わしい者も散見された。少なくとも就活面接では考えられないほどにレベルは低かったと思う。それでもダメだった。

いよいよ俺に出来ることはないんだろうなと深く絶望した。

無職の悪いところだが、時間だけは無限に持て余しているせいで、絶望的な場面が何度もリフレインしてしまう。

あの時こうしていたら…という後悔があまりに多すぎる。

どこが俺の人生の岐路だったのだろうか。

どうしていれば俺はこうならずに済んだのだろうか。

1年引きこもってもその答えは出せずにいる。

何度考えても、命を絶つ他にないんだろうなとは思うのだけれど、それにしたってどの選択を取っても両親に多大なる迷惑をかけるんだと思うと踏み切れない。

ここまで育ててくれて、何も言わず無償の愛を注いでくれた両親に、最期に出来ることは何かないだろうか。

こう振り返ってみても、本当に家庭環境も含め、両親には恵まれ人間だと想う。だからこそ、その結果がこのザマで本当に情けなく、申し訳ない。

せめて迷惑だけはかけずに、ただ俺1人だけが苦しむだけで済むような方法を取りたいとは考えているが、それすら踏み出せないのかもしれない。

ここまで読んでくれて本当にありがとう

想像の通り俺に友達なんてものは1人たりとも居ないし、今まで生きてきた人生も、今まで抱いた感情も誰にも共有できず、誰の記憶にも残らずに終わったんだと思う。

その意味で、誰か1人でもこれを読んで、誰かの記憶に少しでも残ることができたかなと思うだけで、なんとなく心が軽くなった気がする。

増田があって良かったよ。ありがとう

2023-06-19

郡道美玲、逝く……

犯罪告白しようが契約解除決まってるくらいのやらかしをしようが

表向きはいったん「休止」にしてきたにじさんじ公式が初めて「謹慎」って言葉を使った案件だったし

復帰は絶望的だろうとは思ってたが、やっぱダメだったよ。

6月21日付で引退が発表された。

 

郡道は今となっては裁判Vtuberとして有名になってしまった夢月ロアと同期デビュー

デビュー当時はみれロアとして仲睦まじい営業を行っていたが、後に解消。

入学式たまたま隣の席に座った子と仲良くなるじゃないですか?

当時は、その子しか友達がいないけどいざ学校が始まると、お互いにメッチャ、メッチャ、仲のいい友達や気の合う友達ってできることあるじゃないですか。それでその子と話さなくなる事は悲しい事ですか?

と、配信者系Vtuber文化として加熱する「同期てぇてぇ(仲良し)営業」に楔を打った。

 

その後も度重なる暴言アンチ煽りなどでヘイトを買いながらも、

同僚や他企業Vtuberからは「すごくいい人」「郡道さんだけは信用できる」との評価を得ていた。

 

今回の謹慎WBC中に「選手の頭にボールぶつけてまえばええんちゃう?(意訳)」といった発言を行い炎上

それを受け、公式から

複数回渡り不適切言動を行っており、都度当社から注意を行っていた

と累積アウトでの「謹慎」を命じられていた。

謹慎」という言葉が公ににじさんじ公式から発せられたのはこれが初めて。

 

登録者数は45万人。

2023-06-17

俺の家族

母親境界性パーソナリティ障害最近統合失調症になりかけていたから縁を切った。

父親分からん

義父:婚活で知り合った弱者男性消防士)家にいる間はほとんど寝転がっていて動かないし喋らない。挙動気持ち悪い。

俺:わりと真面目に勉強して国立大合格したものの、入学式中高一貫校出身の奴らが「俺は勉強しなかったからここに来た」とか言っていたのを聞いて絶望する。典型的弱者男性

2023-06-05

24歳男、人生を振り返る

ヤッホー、みんな!24歳男の俺が、人生を振り返ってみたよ!社会理不尽さについて、高校生時代大学生時代、そして社会人になってからエピソードシェアするから、楽しんで読んでくれよ!

高校生時代

まずは高校生時代の話からだ。あの頃はピーチパフューム匂いと、大量の宿題に囲まれてたよ。クソ暇な授業に耐えるために、友達とノリノリでダベってたら、先生に怒られる日々だった。理不尽ってやつは、校則バカバカしさと、教師の偉そうな態度に具現化されてたな。運動会で騒いだら、即刻停学!何の罪もないのに、みんなで楽しんでるだけなのにさ。社会の先輩たちに教えられたのは、「ルールってのは絶対に守らないといけない」ということだった。

大学生時代

次は大学生時代エピソードだ。入学式の日、緊張とワクワクで胸がドキドキしてたよ。でもさ、大学生活っていうのは、なんかイメージと違うんだよね。授業はまぁまぁ楽しいけど、それ以外はホントに退屈。バイトしてもカツカツで、友達と遊びまくる暇もないし、彼女作るどころか、出会いすらなかった。大学ってのは人生を楽しむための場所じゃないのかって、モヤモヤしながら過ごしてたよ。理不尽なのは、将来の希望について真剣に考える必要があるのに、何も教えてくれないことだったな。

社会人になってから

そしてついに社会人になったんだ。おめでとうって言ってくれ!でもさ、社会ってのは思った以上に大変だったんだよ。朝早くから夜遅くまで働いて、ストレスまりまくり会社上司上から目線で、自分意見もないって感じ。仕事が終わっても残業が当たり前みたいで、自分時間なんてなかった。給料も微々たるもんで、将来の夢に向かって進めるはずのお金が足りない。理不尽ってやつは、社会の厳しさと不公平さを毎日味わってる感じがしたな。でも、経験を積んで、自分の力で変えていけるって思えたのが救いだったよ。

以上が俺の人生振り返りブログだ!高校生時代バカバカしさ、大学生活のつまらなさ、そして社会人になってからの厳しさ。でもさ、どんなに理不尽なことがあっても、前向きに頑張っていけば、自分人生を切り開いていけるっていう希望を持ってるんだ。苦労もたくさんあるけど、みんなも頑張って人生を楽しんでいこうぜ!Keep fighting, guys!

2023-06-04

震災と地続きの生活

忘れそうだからどっかに残しておきたかったんだけど、どこもしっくり来なくてここに書き散らす。

震災の話を書くので苦手な人は読まないでね。

___

仙台実家があってその時地震が来た。

家には父(無職)と犬(デカいけどビビり)と自分(高3。卒業式も終わって春休み中)

そもそも宮城地震が多くて、震度5〜6も数えるくらいだけど体験してた。最初はいもの感じかなーと思ってたんだけどなんか長くて、ヤバさを感じたからとりあえず犬を抱えた。犬は震えながらテーブルの下にいた(避難訓練やってたんか?)。ちなみに父はテレビ押さえてた。

そしたら揺れが大きくなって台所食器棚が倒れて皿が割れデカい音と砂煙が舞って(マジかよ〜)って気持ちになった。多分正常性バイアス

家にいるのも危ないのか?と思い犬を抱えたまま外に出ると大人がたくさんいた。近くの一軒家のブロック塀が崩れてて(本当に崩れるんだ)と思う。

母は出勤してたので出迎えも兼ねてたんだけど、場所が悪くてすれ違いになり「どこいるの?」とメールが来る。空にはガァガァ鳴いて飛んでる白鳥の群れと雪がチラついててなんだか絶望的な気持ちになった。

(家の近くで白鳥は飛ばないので、普段と違う様子の怖さと寒さのせいだと思う。それと人間が大変なことになっても変わらず雪は降るのか…っていう無力感)

家に戻ると母が割れ食器を片付けてた。割れ食器の中に神戸旅行で買ったレトロなお皿もあった。勿体無いから使わずに取っておいてたんだけど使わないまま割れしまった。

確かその時は電気が通っててテレビが付いてた気がする。緊急事態の時の縁が青い画面で、右下に被災地域の地図沿岸に赤いライン。確か津波来るから逃げてくださいって言ってた気がする。

こんな地震でも電気来るなら大丈夫かなって思ったけど夕方?くらい?には電気も止まった。

家にいるのも危ない気がしたので近所の中学校体育館避難する。父は犬と家に残った。

体育館には結構人がいて、ストーブが炊いてあった。ストーブ囲って近くの知らない大人ちょっと話した。携帯ニュースを見るけどイマイチ状況がわからない。充電もなくなるので寝た。

余震マジで1時間に何回も来ててうんざりした。

朝、体育館入り口河北新報だか朝日新聞号外が貼ってて、デカデカ気仙沼石巻松島?の火事写真が載ってた。

えーここに住んでる人どうしたんだろう…と思う。

家にいても学校にいても同じなので、次の日からは家で寝ることにした。

この後の記憶はなんとなく時系列順に箇条書きするけど順番間違ってるかもしれん。

・こういう時ってご飯どうするんだろうって思ってたけど、うちはお歳暮お菓子(マドレーヌとか)があったのでそれで食い繋いでた。元々少食だけど不思議な事にお腹はそこまで減らなかった。

ライフライン全部止まってるのでトイレは2回したらちょっと流す でやりくりした。ご飯も水も最小限だったのでトイレ自体あんまり行かなくならなかった気がする。

・近所の集会場の水道が出るって話を誰かから聞いて、バケツとかペットボトル持って並んだ。並んでたら夜になって星がめちゃくちゃ綺麗で、こんなに星見えるんだ と思った。

タバコ屋のじいちゃんがやってる自販機も開けて飲み物売ってくれてたらしいけどコーヒーしかなかった、と父が言ってた。(買って来てたかは覚えてない)

コンビニロープ張って立ち入り禁止になってた(スナック菓子とか売って欲しいなと思ったけど従業員被災者からな…と諦める)

ヨークベニマル食品を売ってくれるらしいという噂を親が仕入れて来たので行ってみる。駐車場一帯を大きく円を描くように人が並んでた。(こんな時でもちゃんと並んでてエラい と思う)店舗の前で長机に電卓でお会計してる店員さん、カート運んで並んでる人に商品選ばせてくれる店員さん、みんな家族がいて自分被災者なのにありがたいなぁと思う。

・なんか父親ががっくりしてる日があった。何かと思ったら津波被害を受けた地域祖母宅がある場所だったらしい。具体的にいうと陸前高田祖母と連絡が取れない日が続く。ラジオではずっと同じニュース

・とうとう電気が復旧してくる気配を感じる。マンションから夜外を見てると市役所がある方が明るい。数日に1度?電気が付いてる区画が広がる。母と明日かな?明日かな?と言い合う。電気が戻ったときは歓声がわいた。ガスと水はまだなので2,3週間くらいお風呂に入ってない。

大学入学式は予定通りやると連絡が来た(進学先はあまり被害がなかったらしい)。この3週間風呂に入ってない、しっとりツヤツヤヘアで入学式出ろと!??と驚いた。っていうかそもそも出席できなくね?2,3日後、式は1ヶ月後にやると連絡が来た。電気も戻るまで3週間かかったのに1ヶ月後に入学式出れるのか???と思う。(結局出れた)

・ガスか水道が戻る前に高速バスが復旧した。進学先の他県にアパートは借りてるので食料調達兼入浴に出かけた。びっくりドンキーでほぼ1ヶ月ぶりくらいにちゃんとしたご飯を食べる。食べたら秒で腹壊してトイレに駆け込む。固形ほとんど食べてなかったから胃がビックリしたんだと思う。勿体ない…。そのままアパート温泉かに入り、まだ電気開通前の部屋で凍えながら寝た。(引越し前なので布団もないかフローリングにそのまま)

これ以降は更に時系列あやふや入学式普通に出れた。また父がグッタリしてる日があって母に聞くと震災で亡くなった方の特集を見てたら高校の後輩?が出てたらしい。

震災1ヶ月後くらいやっと落ち着いた時にまた5強?とか来て片付けたものがまた落ちたり倒れたりして地球氏ねって思った。

余震死ぬほど来てたので震度4くらいじゃビックリしなくなった。

祖母とも連絡取れたらしい。家にそこまで被害はなかったけど壁が壊れたとかでGWに父と高田に行く。

車に乗っててそろそろ近くまで来たな〜と思ってるとなんか訳わからない丘に漁業船が乗ってる。

こんなんあったっけ?と思ってると瓦礫まみれになって行く。

でも場所がわからないので元々瓦礫まみれの土地なのか、津波でこうなったのかわからない。道も当たり前に変わってるので検討がつかない。

えーどこなんだろうここ、そろそろ祖母宅着いてもいい頃なんだけどって思ってたら見覚えのあるアパートが建ってた。

そこで今瓦礫まみれの場所帰省の時使ってた道だった事に気づく。

コメリは?隣にあったスーパー(名前なんだっけ わかる人いたら教えて欲しい)は?お食事処のキリン看板は?過去にあそこですれ違ったはずの人たちは?

突然の事でボーッとしてしまう。唯一残ってたアパートもよく見たら窓が割れてて、勿論誰も住んでなかった。

___

とりあえずここまで。読んでくれた人ありがとう。その後の話はまた別で書きます




【追加】

コメントの返事のやり方全然からないんだけどなんでみんな普通に使えてるの?私が風邪で休んだ日に学校で習ったの???

2023-05-28

[]5月28日

ご飯

朝:ナポリタン。昼:なし。夜:天かす、オクラ味噌汁ネギ納豆たまごかけごはんサンドイッチ。間食:プリングス。柿の種ポテチ。スーパカップ

調子

むきゅーはややー。お仕事は、おやすみー。

ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生

・はじめに

わずとしてれた名作中の名作でゲームとしてのシリーズ展開だけでなく、小説漫画アニメなどでのメディアミックスもたくさんある、ダンガンロンパシリーズ第一作目。

勿論僕もプレイ済みなのだけど、シナリオライター小高和剛さんの超探偵事件簿 レインコードという完全新作がリリースされるということで復習としてもう一度遊んだ

超高校級の様々な才能を持つ高校生入学式当日、奇妙な目眩に襲われ気付くと閉鎖された学校に閉じ込められていた。

そこで巻き起こるコロシアイとその犯人(クロ)を特定する学級裁判の果てに絶望意味を知っていく、という後にダンガンロンパフォロワーがいっぱい出るのも納得な魅力的なあらすじ。

デスゲームじみたルール分析解釈の楽しさに、ミステリっぽいフーダニットめいた展開、そして何より超高校級の才能を持つキャラ達の魅力さ、それらとシステムガッツリ絡み合ってまさにゲームになっているのが楽しいポイント

ノンストップ議論という発明

システム部分はアドベンチャーゲームではあるものの、学校を探索するためにキャラ操作するパートや、音ゲーシューティングっぽいミニゲームに、それらを有利に進めるための育成要素もあったりと、出来る範囲で手を変え品を変え楽しませてくれる。

特にノンストップ議論呼称されているパートは抜群の面白さだ。

ミステリ系のアドベンチャーゲームでよくある尋問や追求のようなパート自動文字送りにして、かつ狙い撃つシューティングの要素を足した感じなんだけど、ゲームシナリオの融合が素晴らしい。

ミステリの大きな魅力の一つに議論があるにだけれど、どうしても文章での表現となると「タイミング」や「合いの手」や「野次」みたいな部分が削ぎ落ちてしまうのだけど、ノンストップ議論はそこをゲーム的なレベルデザインに落とし込むことで、議論をディフォルメしつつ楽しめるようにしてくれている。

発言の中の気になる点をシューティングの的にして、証拠証言弾丸見立てて、的を撃ち抜いて論破するからダンガンロンパ」という作品タイトルになるのも納得に素晴らしいシステム

声優さんのボイスや、立ち絵演出バッチリ決まっていて、ノンストップの名に相応しいハイテンポで楽しくかつロジックで考える謎解きの妙がある緩急も良き。

こういうゲームらしい楽しさと、テキストを読む楽しさが、相乗効果でどちらも楽しくなるようなシステムは大歓迎だ。

ただノンストップ議論以外のシステムちょっと取ってつけたというかミニゲームかなといった具合なのは残念だが、それだけで十分お釣りが出るほどに楽しめた。

・魅力的がすぎるキャラクタたち

公称でサイコポップと呼ばれる雰囲気でまとまっているデザインも素晴らしい超高校級キャラたち。

なんといってもココがダンガンロンパ最大の魅力だろう。

自分のことは棚に上げつつ主人公に信頼を要求する強引さが素敵な霧切響子御曹司頭脳明晰ながら割とポカをする十神白夜ギャンブラーとしての生き様が格好いいセレス、オドオドしてて小動物系の愛らしさがある不二咲千尋ギャルとしての一面だけでなく様々な表情を見せてくれる江ノ島盾子辺りが僕の好きなキャラだ。

通信簿会話と呼ばれる好感度を上げて読むことができるキャラ個別シナリオが楽しめるのも嬉しい。

話の都合上すぐリタイアしてしまキャラもそちらで楽しめるのが救いだ。

・腐川冬子好き

僕は自発的にお風呂に入らない女性キャラクタが大好き。

ドMで陰気でオドオドしている割に忘れてたとかでなく自発的にお風呂サボるし言われないと歯磨きもしない、可愛いなあ。

まあこの好きは癖の好きなのであまり掘り下げないでおこう。

・閉鎖空間ならではのフーダニット面白

今作の事件トリックらしいトリックもあるものの、概ね誰が行ったかが焦点に当たる展開が多い。

そのため超高校級の魅力的な仲間たちを疑わないといけないんだけど、これが辛くて面白い二つの気持ちに挟まれる。

なにしろ少し前まで楽しく好感度を上げて個別エピソードを読んでいた相手を疑い告発するのだから

今回リプレイだったこともあり、あえて先回りしながら犯人個別エピソードばかり読んでたんだけど、この辺の構造が辛面白かった。

突然閉じ込められてゲームに巻き込まれ現実にはありえない突飛な設定に加えて、主人公達の中に科学捜査が出来る人がいなかったり、色々ありそうで色々ない閉鎖空間の都合などもあってホワイダニットハウダニットは少な目なんだけど、この辺も良い意味で割り切ってると感じられて謎を解いていく部分が物足りなくはなかった。

仲間を疑うからこそのストーリー葛藤も作中に用語で言う「絶望」らしさがあって恐ろしいからこそだ。

希望絶望の結末はもどかしい

そんなわけで大絶賛なんだけど、締め方は少し雑だったかも。

希望絶望という大きなテーマの掘り下げは正直ちょっと不足していた。

要しちゃうと諦めずに生きるか諦めて死ぬかの二択になってしまうのも、要しすぎただけかもだけど、希望絶望ではなく生対死ってことになっちゃって、そりゃ絶望が不利だよと思ってしまう。

前提条件のために大きく無茶な設定を作ってしまったので苦労している感じの伝わってくるので、この辺はシリーズが続いて良かったなあ、と前向きに捉えておきたい。

・おわりに

10数年ぶりのリプレイだが楽しかった。

犯人トリックを知っていても楽しめるのは本物の面白さがあるからこそだ。

当時なかったスクールモード通信簿会話をお手軽に読めたり、システム面の改修がされているのも嬉しかった。

レインコードまでに2とV3も遊ぼうと思う、特にV3は途中でリタイアしてしまったので、楽しみだ。

2023-05-10

シュナムル氏 娘の年齢設定について

だいぶ周回遅れではあるが、気になったので備忘録に。

すでに別の方が同じ疑問を呈しているので参考にそのスレ

https://twitter.com/Natsu_Rayfield/status/1533010620055842816?t=ysiCpl6Sp1MuPwhnmogxtA&s=19


このスレをみると2016年にシュナムル氏の姪と一緒に七五三をしたとある

シュナムル氏が某氏のおかげ(?)でかなりツイ消ししているようで、七五三下りのツイの原本は見つけられなかった。

一応、数え年七五三をしたとすれば矛盾しない。

※それはそれで姪は満年齢でやったことになるが、例えば弟一家は弟の妻、シュナムルからみて義妹一族方針にあわせて

七五三の祝いをしたと考えれば大きな矛盾とはならない。そもそも本来、五歳は男児のみ。


七五三以上に気になったのは、シュナムル氏の娘の年齢の表現である

参考までに、以下シュナムル氏のツイートリンクを貼る。

見れなかった時用に概要文を記載する。


https://twitter.com/chounamoul/status/1298114794218590208

2020年8月25日で9歳

https://twitter.com/chounamoul/status/1038299328060612608

娘の誕生日夏休み

https://twitter.com/chounamoul/status/1655798965508648961

https://twitter.com/chounamoul/status/1644289144619941888

2023年現在、娘は中学生になっている

2020年8月25日時点で9歳とあるが、誕生日夏休み中なら遅くとも8月31日までに誕生日を迎えることになる。

また、2023年時点で中学生なので、2020年にシュナムル氏の娘は10歳となる。

そう考えると、シュナムル氏の言い回し違和感がある。

普通、こういうときは「もうすぐ10歳になる」と表現するのではないか

なにせ遅く見積もっても誕生日まで1週間を切っている。

そのまま誕生日前の年齢を言うより、誕生日を迎えた時の年齢で表現するのが自然な気がする。

無論人によると言われたらそれまでではあるが……。

https://twitter.com/chounamoul/status/1639992252008402945

参考:娘の入学式を目前としたシュナムル氏のつぶやき

不妊による憎しみや妬みで想像力が欠如してしま

不妊の人「インスタのヘアアレンジ動画タイトルが「入学式ママのヘアアレンジ」みたいなのどうにかならんの?入学式だろうがデートだろうがちょっとそこまでだろうが用途は何でもよくない?「簡単ヘアアレンジ」でよかろうもん。なぜママというワードを入れたがるんだ?」

まさに入学式に出席する予定の母親が「入学式 ヘアアレンジ」で検索するからなんだが??

不妊治療しているということは自分ママになりたいし、子供入学式に出席したいんだろ?

なのに「入学式」「ママ」というワードを憎んでどうする

2023-04-30

anond:20230430233455

テーラー、正直めっちゃ興味ある。

でも女性オフの日にスーツ着て過ごしていいものか、なんだぜ…?

女性らしさを損なわず、かと言って入学式のお母さんにもならない、ちょうどいい感じのオフの日スーツをいい感じの値段で…」なんて初心者にしては注文が過ぎるように思えてしまってな。

2023-04-26

入学式の数日後、応援歌練習

体育館に集められて教師の怒号の中

応援歌練習とか、まだやっているの?

おっさんになった今でも夢に出るんだけど。

2023-04-20

最近の子持ちと独身対立って結局分かり合えないよ

生活の話と仕事の話それぞれあるんだけど。

まず生活の話で、私は人が朝からたくさん来る公園の近くに住んでて、365日人の声がめちゃくちゃある。友人にはよくここ住めるね!?て言われたくらいには本当に騒がしいと思う。大家ちょっと嫌がってた。

そういうのは承知で部屋決めたし普段は元気だなー騒いでても子供だしねー面白い話してるなーてか都会に産まれたこの子たち田舎から上京してきた私からしたら勝ち組QOLも違うし羨ましい!なんて微笑ましく思ってる。歩いててすれ違う子たちもかわいいし、

店とか電車子供が泣いててもちょっと笑顔になる。

でも限度ってある。金切り声みたいなのは流石に無理で、一瞬ならまだしも結構長い時間だとしんどい。あと成長具合にもよるけど外で必要以上に騒いじゃいけないて子育て関係なく普通にマナーとしての躾じゃないのかと。私はある程度ガヤガヤした店での声は許せるけど飲食店で走り回るがどうしても無理。危ないし。学生時代アルバイトで店内爆走した子にぶつかられて周りの客巻き込んで料理ガッシャしたこともある。あれは今でもトラウマ

スープストックの件も喫煙スペースとか今までみたいな限定店舗拡大みたいなので分けて棲み分けできればいいのにね。オムツ替えスペース欲しいみたいな呟きもあって、施設内にはトイレあるしわざわざテナントで同じ空間にそれは勘弁してくれ思った。

もう静かな場所にいたいのは店がターゲット変えた時点でこっちが移動するしかないって諦めるし、通ってた人は私も含めて気の毒だなとは思うけど。それを独身攻撃する為の道具になってるのが嫌。子供がいない女性幸せ見せつけられて本能嫉妬とか意味がわからない。子供嫌いじゃないけど別に自分には欲しくない人が普通に割合として多いと思う。だから独身なんだし。子育て経験人格になんていうのも子育て面では変わるかもだけど昔自分と同じくらいの年齢の娘がいるお局様たちと上司いじめパワハラされた経験あるから関係いね別に独身けが異常者なんじゃなくて独身にも子持ちにもイカれたやつはい個体差ってだけ。

あと仕事面は出産子育て身体的なものから色んな面で差が出ることを前提とした制度じゃないと無理では?と思ってる。

これはワーママパパにじゃなくて経営側への話だけど。

いつもこの話になると将来介護で休んだ時とか年金お互い様って独身が言われるけど、介護は子持ちだろうがなかろうが親いるし関係ないし、自分達に使われない分の出産とか子供補助金払ってんだよね税金で。控除も無いし。私はそれを子供産めなくて人口に貢献できない分の支払いとして思ってるんだけど違うの?

プライベートに関しては急病みたいな緊急とかは全然仕方ないねというかこっちも体調崩す時はなるからいいけど、休みを取る際に子供入学式みたいなイベント大事なのに独身の遊びに行く予定が蔑ろにされるのは納得いかない。制度的に見たら同じプライベート用事じゃん。そりゃ資生堂ショックだって起きるよ。

仕事の不平等はいきなり中小は無理でもとりあえず大企業とかで子育て枠の課みたいなのあればいいのでは?子育て中の人同士で仕事回せばそれこそ仕事量とか接客なら土日出るとかも本当の意味お互い様だし人数足りないなら給料8割とかで少なめの仕事で回すとか。正社員扱いで子供が成長したら普通部署に異動して元に戻る的な。評価はやってない人よりはやった人の方が出世早くて上なのは当たり前だしどうしようもないけど途中からスタートできるのはいいかなって。ちょっと理想論気味ではあるけど。

甥姪のこと思うと子育てしてる兄弟偉いな〜私は自分の孫を親に見せられないかありがとう感謝してるし、この子たちが生きやすい世の中にはなってほしいとは思うけど、じゃあ私ら独身犠牲になりますね!なんてのは嫌だよ。税金払って幸せになる為の義務果たしてんだから

ちょっとうまくまとまらなかったけど、どうしてもお互い様なんて無理だし分かり合えない部分だってあるんだから、そろそろ制度物理で分けてくフェーズに来たんじゃないかなって思ってる。みんなお金がある世界だったら良かったかもしれないけど、子持ちも独身も余裕無いのに感謝気遣い気持ちお互い様社会子供を育てようなんて無理だって

2023-04-18

裏口入学中の人やって病んだ

表題の通りである

増田を書くのは初めてなので変なところがあったらすみません

https://news.yahoo.co.jp/articles/96f03821dedaf7d270db7546e41ff7082d083fce?s=06

このニュースを読んで、学校対応に疑問をもった方も多いだろう。

このケースについて要因を断言することはできないが、似たようなことが以前の勤務校にあったので、書いていく。

(私立学校では大なり小なりあることなのだと思っている。)

まず大前提として、私は既に教員を何年も前に退職し、今は会社員として人並みに働いている。

また、特定されないよう内容にはフェイクを混ぜている。参考程度に聞いてほしい。

某所の中学校

私が裏口入学中の人をやらされたのは、新卒一年目のことだった。

私学適性検査(私立教員就活センター試験みたいなもの)の点数がかなり良かった私は、偏差値も立地も給与もいい感じの学校就職でき、担任も任され、まさにこれからといった感じであった。



母校でもなく、地元を遠く離れ、同期に同郷や同大学の先生はおらず、今思うとアウェーではあったのだが、当時は特に気にならなかった。

何より生徒が賢かった。振れ幅は勿論あるが、素直で真面目な良い子が多い。

生徒との関係もおおむね良好で、どたばたしつつ充実した毎日を送っていた。



入試準備の時期になると、作問者に抜擢された。大役である。手当も出る。

隣のクラス先生にも「新任ではなかなかないですよ、期待されてるんですね〜」なんて言われて、責任を感じながらも喜んだ。

作業は大変だったが、作問も入試も滞りなく終わった。ここまでは良かったのだ。



採点の日が来た。

配点と採点基準は事前に提出しているため、それに従ってつければ良いだけなのだが、なぜか私だけ別室に呼び出された。

呼ばれたのは狭い部屋で管理職教員が二人おり、私が席につくと一人がドアの前に立ち塞がるように立った。

完全に怒られると思った。問題に大きな不備が見つかったのだと思った。

固まる私に、管理職は「いや〜入試無事終わったね!ははは」みたいな感じで、朗らかに話しだした。

あれ?怒られないのか?と思っていると、管理職封筒から受験生の回答用紙を一束取り出し、

ちょっとこの束だけ先に採点してみてくれない?あ、回答用紙に直接点数書き込まないでね」

と言った。

よく分からなかったが、私はその通りにした。

採点が終わると、管理職は点数のメモを見ながら何やら考え込み、おもむろに回答用紙の目隠しを外した。

目隠しというのは、記名欄を隠しているものである。つまり公平性を保つために、採点者から見てどれが誰の回答かわからないようにしているものだ。

私はビックリした。えっ?それ外して良いの?

顔に出ていたのだろう、管理職は私を一瞥すると「あ〜良いから良いから笑」と手を振った。

そして名前確認して1枚の回答用紙を引き抜き、「これなんだけどさあ」と私の前に置いた。

男の子の回答用紙だった。削られていない、潰れた鉛筆で書いたのか、筆圧が高いのか、凄く太い線をしていた。字は汚い。

記述必要以上にいらないことまで長文で回答しているものの、覚えてくれば答えられるような一問一答はことごとく間違えていた。

そして、試験時間中に紙をゴシゴシと擦ったのか、ところどころ変に黒くなり、破けていた。

「この子、点低いよね?」

管理職が言った。採点ミス?と思ったが、明らかにの子の回答には点が高くなる要素がない。

私が黙っていると、管理職が口を開いた。

「この子、この教科が得意科目らしいんだよね、この子合格になる感じにね…採点基準変えて欲しくて」

耳を疑った。え?何言ってるんだ?と思うと同時に、まずい、この子裏口入学?どうしよう、不正だよな、と思って動悸がした。

しかし、私は自己防衛に走り、適当に返事をして、その通りにした。

の子合格するような採点基準に変えるというのは、ほとんど換骨奪胎だった。

一問一答比重は著しく下がり、記述は余計なことを書いていてもとにかく意欲があればOKみたいな感じになった。

同じ束の中でも、点の下がった子がいた。字のきれいな女の子だった。逆に点が上がったラッキーな子もいた。

平均的にはそのままの子も多かったが、私が最初意図した試験とは違う結果になっていた。

そして全体の採点が終わり、家に帰った。

夕飯を食べながら、入試の日に保護者誘導で見かけた女の子のことを思い出した。

本校が第一志望なのだうその子は、お母さんに抱きしめられ、絶対大丈夫!頑張って!と言われ、お父さんに大きく頷いて、お守りらしきものを握りしめて会場へ向かっていった。

の子の点が下がっていたらどうしようと思った。

それから合格発表、新入生登校日があり、入学式を経て、新年度の始まりまで、誰にも不正のことは言わずそしらぬ顔して過ごした。

そして新年度、授業を受け持つ生徒の名簿を見た。

の子がいた。名前を見て動悸がした。

ヤバい子だったらどうしよう。しかし、新入生登校日にも入学式にも特に変な話は聞いていなかったので、大丈夫だと思い込んだ。

結果、ヤバい子だった。(以下、Aと呼ぶ)

床に寝る、騒ぐ、叫ぶ、殴る、人を突き飛ばしながら走る、窓から物を落とす、トイレおしっこスプラッシュ下半身露出して女子を追いかけ回す、ゴミをぶちまける、他のクラス(なんと、上の学年にもだ)の教室にいきなり入って因縁をつける、考えうる悪行は一週間でほぼ全てこなした。

授業中も凄かったが、私の教科は自称得意科目なのもありまあまあ真面目に聞いていた。

それでも授業中に立ち上がり、他の子の筆箱を取り上げてぶちまけるくらいのことは平気でやった。目眩がした。

危険な道具を使う技術家庭ではほとほと困り果て、家庭科先生は泣いてしまった。

すぐに教員シフトが組まれ、Aくんには常に教員が一人以上つくことになった。私も何度かついた。

前述の通り、素直で真面目な子の多い学校だ。異質な彼の噂は瞬く間に広がった。

面白がる子もいたが、幸い同調する子は少なく、みな教員に協力的で、何か起きると何人もすっ飛んできて教えてくれたが、残念ながらAくんのクラス学級崩壊に近かった。

担任先生は本当につらかったと思う。

担任している子たちには、あのクラスの授業をやってるなんてと哀れまれた。

保護者会で保護者にも哀れまれた。

職員室では教員同士が互いに相憐れみ合っていた。

Aくんの担任は、他の保護者から毎日色々言われていた。

Aくんの親はどんな連絡をしても悪びれなかったようだ。

そりゃそうだ、裏口入学させるような親なんだし。

Aくんの学年内では、教員も生徒も色々な理不尽があったと思う。

物を壊された生徒は多数。

特に男子は、体育で競技にかこつけてよく怪我をさせられた。

職員室でAくんの学年の教員管理職に怒鳴られているのを何度も見た。

教員内で情報共有はなぜかされなかった(生徒指導部ではしていたのかもしれない)が、意外と生徒たちの方が詳しく、生徒づてに色々な事件の話を聞いた。

職員室では、なんであんな子がうちに入ってきたんだという話が頻出するようになった。

裏口入学なんじゃないか?」と言われるたびにどこからともなく出る台詞が、「でも、実際得意教科でガッツリ点とってるんだよなあ」

冷や汗が止まらなかった。

その内、Aくんがクラスでこんなことを言うようになった。

「ここの理事長は俺の手下なんだ、俺に楯突いたらお前ら退学だからな」

男子は真に受けなかったが、意外と女子が真に受けて怯え、教員への不信感をつのらせた。

こんなの、自分裏口入学ですと言ってるようなものである

たぶん、Aくんの保護者(もしかしたら年齢的に祖父母かもしれない)が家でAくんに言ったのだろう。

理事長は俺の手下だから大丈夫だ、みたいなことを。

不正の結果ヤバいことが起きた人なら分かると思うが、こうなるともう本当に怖くて仕方なかった。

バレる夢を何度も見た。げっそりしている担任申し訳なかった。何より生徒にバレたらと思うと恐ろしかった。

俺が殴られたのは、私が追いかけ回されたのは、物を壊されたのは、授業をまともに受けられないのは、先生不正を許したからだと恨まれるのが怖かった。

かに相談たかった。しかし、相談出来る相手がいない。

ここは母校でもなく、地元でもなく、同期に同郷や同大学の先生はおらず、何より忙しすぎて親睦を深める余裕はなかった。

あくまビジネスライクな付き合いだ。

よくしてくれる先輩はいたが、皆裏口入学なんて当たり前だと思っているかもしれない。

先輩たちもみんな通った道なのかもしれない。

今思うと考えすぎなのだが、当時はそんな風に考えていた。

作問担当に決まったとき、「期待されてるんですね」と言われたが、なんのことはない。

よく考えなくても、同期はほとんどが本校の卒業生だ。

どこかにチクるツテの無い私はうってつけだったのだろう。

で、まあこれだけが理由ではないのだが、他にも普通に忙しすぎるとかやっぱり地元に帰りたいとかもあって、しばらくして私は教員をやめた。

先生方とはそれっきりだが、生徒とは今も連絡を取り合っている。

このことを、機会があって母校の恩師に愚痴ったところ、慰められたが微妙言葉を濁された。母校でもありそうな感じだった。

しか学生時代明らかに学力が浮いてる子いたし。


多少は清濁併せ呑んで働くべきだったのかなと思った。

以上である

追記

本文中に発達障害という言葉意図して使いませんでしたが、コメントを見ていると逆に良くなかったと思うので追記します。

まず、裏口入学で悪いのは子どもではなく周囲の大人です。

私はAくんの保護者に会ったことがないので深く触れませんでしたが、裏口入学を依頼する親と受け入れる学校が悪いのは明らかです。

子どもは得てして欲望剥き出しの生き物です、親が提示した裏口入学分別なく飛びついても責められません。

冒頭に貼った記事児童も、Aくんも、親さえまともならどこにでもいるただの「支援必要子ども」に過ぎなく、これ自体善悪はありません。

発達障害には天才も含まれるとのコメントいただきましたが、それは当然として、他の圧倒的多数を占める「平凡な発達障害児」と比べてもAくんの問題は明らかです。

しかにAくんの障害は(おそらく)重度ですが、この場合は「裏口入学をさせるようなクズ親に育てられたこと」と「重度の発達障害を持っていること」が掛け合わさって問題が生まれています

発達障害一口に言っても程度や種類は様々で、それぞれ色々な生きづらさや問題を抱えていると思いますが、Aくんを取り巻く問題はその中でも外れ値です。発達障害全体の話題として捉えられるのは本意ではありません。

また、発達障害の方に、自分もAくんのように周囲を困らせていたのかもしれないと思わせてしまうのも申し訳なく、本意ではありません。

これは私の言葉足らずが悪かったと思います

この話は、あくまでAくん個別問題として読んでいただければ幸いです。

高校生は行きたい大学入学式祝辞卒業式告示を読みなさい

東大以外のは誰も読んでないからチャンスだぞ

2023-04-16

育児中社員の仕事巻き取るの限界すぎて会社を辞めた

結論。子持ち同僚のフォローがしんどすぎて会社辞めた。

大変だなあと思うから急な子供発熱学校行事にも快く送り出していたんだけど。

もうダメだ。

というか、もう嫌になった。

ずっと、本当ーーーーーにずっと、週の半分以上は遅刻、 中抜け、早退。

それも当日に。

いや、仕方ないんだよ。仕方ないんでしょ。

病気は当たり前に子供全員移る、何なら親も感染して、卒業式だ、入学準備だ、面談、送迎、春休みからお昼は長めに取りまーす、明日入学式でーと、びっくりするほど業務時間内に来ない。

当然、その人の仕事はこっちに降りかかる。

大事会議も当欠。

話し合いの場にそもそも来ないのに、あとからノコノコやってきて「あの件どうなりました〜?」と始まる。

議事録読めと突っ返したこともあったが、読ませても何かと質問してくるのは変わらないのでやめた。

弊社は残業業務時間補填できるシステム

なので配偶者バトンタッチしてから仕事の続きをするらしいけど、ドシンプルにそんなのフルタイムならやって当たり前なので、わあ夜中に頑張ったのえらいすごいありがとー、とは全く思わない。

当然、夜中でもやっといてくれれば良い事務処理だとか、一人で勝手に進められるような雑な仕事しか任せられなくなる。

じゃこっちは?というと、自分仕事だけじゃなく、その人を頭数に入れられない分もやるしかない。

そのうえ、会議にいないワーママワーパパ社員情報連携するために、わざわざ丁寧な補足を議事録に書き足すだとか、口頭でちゃちゃっと話して合意を取りたいのにいちいち個別メールで聞かないとだとか、地味なコストまで降り積もってく。

いない間の決定事項を教えてる最中に「あ、ごめんちょっと電話が!」と走り去って行ったとき自分の中で何か目が覚めたような気分になった。

作業再開した自分の元へ、ごめんごめん続きお願い〜と言いながら駆け寄ってこられた時、自分はワーママだとかワーパパだとかい人間搾取される側だと自覚したのが臨界点だった。

疲れたパトラッシュ

もちろん給料据え置き。残業代?そんなもんはない。

仮にあったとしても、他人の子供が育つまで長時間労働するのは無理だ。

経営からは、いつの間にか部署代表自分ということにされていた。

全員平なのに、育児中社員への期待値をしれっとこっちにスライドしてきやがったなという感想を持った。

そういう制度にした会社が悪い?無能会社上司?ワーママワーパパに言うのは間違い?

そりゃそうだ。会社が悪いよ。

から辞めることにした。

本人には何も言ってねえよ。

先週だって、Xくん入園式だったんすねー写真見してくださいよーうわ制服可愛い大きくなったすねーとかお世辞言って、最後までニコニコ応じたよ。

去り際、退職理由として会社には文句の一つでも言ってから出ていこうと思ったけど、言ったところで変わらないし、幸い知り合いの会社にツテもあるしでさっさと退職届を出した。

何も言わない増田が悪いって俺がいつ経営陣に現場の不満として一度も文句言ったことないなんて書いた??

それこそずっと言ってたわ。変わってたら辞めてない。

だってガキの頃は毎月熱出したし、親というその人を責めても仕方ないからそうはしないってだけ。

ただ、もっと工夫して効率化してくれとか、調子に乗んなとは心のどこかでずっと思ってたんだろうな。

例えば夏休み期間、子供の昼飯ごときのために毎日2時間3時間、本当に使う必要あるのか?前の日にカレー作っとけば1時間で帰ってこれるんじゃ?とか、それこそ電話が鳴るたびに電話優先すんのやめろとは思ってた。こっちの話終わってから掛け直すじゃダメなん?親だからって仕事適当にしていいわけじゃない。

でもそんなん俺たち外野が言っちゃいけない世の中になってんじゃん。

家庭ごとに事情あんだろ、育児にはとっくに創意工夫こらしてんだろ、その結果たどり着いた仕事との両立方法が「会社の風潮にズブズブに甘えて仕事に穴作りまくっても気にしない」なんだろ。

お察しの通り有給ははちゃめちゃに余ってるから、辞めることは消化開始日ギリに育児中社員に伝えてやった。

今まで我慢してきた分、ここだけは明確に悪意を向けさせてもらった。

頑張ってるワーママは沢山いるとか、お前もいつか分かるよとか、社会全体で子育てしようとか、他人綺麗事は何も聞きたくない。

あの「うちの子が〜」と言われたら何もかも許さなきゃいけない感じ、もう全部嫌だ。

増田本音書くことすら「ブラック企業容認、子持ちを生きづらくさせるメッセージ」と叩くなら、それこそ「俺にどうにもできない無理難題責任転嫁すんな、俺の口を塞いで子持ちを生きやすくさせることばっか考えてるから子無しを生きづらくさせてんだろ」と俺は言い返す。

==========

こんなんバズったのか。

俺が責任感強いかダメフォローしないで仕事コケさせろ、もっと手抜いてやらないと〜とか言ってる人。給料下がるの俺だから黙って。

残業代の違法性説いてる人、訴えろと言ってる人、俺疲れたから代わりにやってくれ。

全ての子持ちを一緒にするな分断するなって人。そんなこと俺書いてないけど大丈夫そ?

俺の効率が悪い、会議録画しといて見させれば良いじゃん、子持ちのフォロー増田仕事なんだからやれよって人。ド正論ごちそうサマデース。じゃあお前が会議録画できるよう経営陣の説得、予算獲得、社内システム構築してマニュアル作成してツールの使い方を全社員に丁寧に教え頭の固い経営層にガンガン申し入れしお前が説明責任負って、お前の考えた最強の組織改革してくれ。あ、もちろんワーママとワーパパのフォローも手抜くなよ、だってお前の仕事なんだから

夏休みカレー食中毒心配で作り置きは無理〜!とか例え話通じない人、笑いをありがとう

自分に読解力が無いだけなのに俺の論理破綻だと思い込んでドヤってる人、サポート必要そうだから当該の箇所に補足したよ。そうそう、こういう作業で俺は疲弊したんだよなってほっこりしたわ。

子持ちだけどあの手この手で穴作らないように自分は頑張ってるよって人。俺はあんたみたいな人のことは今でも応援してるよ。

最後退職祝ってくれた人、俺の幸せを願ってくれた人、どうもありがとう

人類お互いお疲れ。

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2023/08/23

誰も興味無いだろうけど報告しとくな。

俺は新しい職場幸せに働いてる。

何かしら事情のある人、子供がいたり持病があったりはもちろんいるが、だからと言って組織他人甘ったれる人もいないし、甘やかす経営者もいない。

子供が熱を出せばスパッと休むし、休んだのだから仕事になってない、だから評価は上がらない。全員それでいいと思っている。

正直、たったそれだけでストレスフリーになるとは思わなかった。俺、例の育児中社員のことけっこう嫌いだったんだな。

今は給料も上がったし人間関係も良い。

仕事自体簡単じゃないが、やれることもやり甲斐もあり、何より集中して働けるのがデカい。

転職して大正解だった。

俺が辞めたのが損失になってそう、とまで言ってもらってたようで有り難い。

損失かどうかは向こうが決めることだが、現場悲鳴は正直漏れ聞こえているので、役に立ってたとは実感してるよ。

転職して忙しくしてるうちに、育児中社員のことなどどうでも良くなり、俺の中でこの件は終わったので、これを最後とする。

人類お互いお疲れ。

2023-04-14

旧帝大歴代入学式卒業式祝辞原稿を全部食わせて良い感じの朝礼を配信し続けるChatGPTサービスはどうかな

2023-04-13

今年(2023年度)の東大祝辞批判

令和5年度東京大学学部入学式 祝辞

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message2023_03.html

このテキストしか読んでおらず、聞いたり動画を見たりはしていない。この人も今回初めて知った。

今の学生特に東大合格した人に対するスピーチとしては出来が良くないと思う。前の千鶴子の方が今読んでもだいぶインプレッシブで、メッセージ性も強い。

スピーチが良くないと感じた具体的なポイントは以下の通り

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