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2020-09-14

一人暮らしでもロボット掃除機おすすめ

というか一人暮らしこそおすすめかもしれない。

導入済みの人からしたら、こんな擦り尽くされた話をいまさらという感じだろうけど、自分のような世代にとっては「物心ついた時に既にあったものの高性能版」ではなく、「ある日突然、その価値概念ごと登場したもの」だったので、価値判断ができなかったし、導入したことない人にとっては「わざわざする意味がわからいから、自分生活と遠い世界の話だ」となりがちなので、導入の結果の生活変化の記述は触れる機会があった方がいいかと思った。


ただし条件はある。

・2部屋以上ある、もしくは日中職場などで部屋にいない(つまり1年の1/3以上、一部屋が空く時間がある)

・清掃したい部屋の床に物が溢れていない(大型収納や棚などに収納されている)

・ふさふさのラグなどを敷いていない(ここら辺は掃除機の性能によるかもしれない)

上記条件にない人はそっと閉じて構わない、ここで閉じても別に生活が悪くなるわけではない。

ただ上記の条件を満たしている住環境なら、ロボット掃除機の導入でQOLは多分上がる。


コロナ騒動が始まってから仕事が在宅になり、家にいる時間が長くなったので床の汚れが気になり導入した。

自分が導入したのはルンバのような高級機(実売65,000以上)ではなく、実売価格20,000以下の低価格機。

別に機種をいってもいいけど、ステマとか言われるのもなー、まあ広義でロボット掃除機という市場自体ステマともいえるが。

中華機ではない。まあそこらへんはあんまり深く拘らなくてもいいかもしれない。

↑訂正)どうやら中華機だった模様。ドローンとか作ってる会社新子会社らしい。

国産機は高い。同じ価格帯だと充電が手動でアダプタにぶっ刺す仕様だったりする。


導入は特に面倒臭さはなく、梱包を解いたら本体にブラシをはめ、壁の一角に充電ドックを設置し、入ってきて欲しくない部屋の境界に防止用の装置を設置。

掃除開始前に床に置いてある移動可能物のいくつかを防止エリアの外に持っていき、あとはリモコンポチるだけ。

スマホアプリ操作もできるようだが、まだインストールしてない。

90分ほど動き回って、床のチリや屑を吸い込んでくれる。

部屋の角もまあまあ綺麗になる。


これで良かったのは、

掃除の回数が絶対的に増えた

・ベッドの下など掃除しづらいところがいつもきれい

キッチンなど汚れがちなところがきれい

時間がない時でも生活が荒れた感がない

・結果健康にいい


まず一人暮らしだと掃除なんて毎日しない。週2回もすれば勤勉な方ではないか

毎日したとしてもクイックルワイパーちょっと拭くくらいになりがち。

ロボット掃除機掃除は粗いのではないか心配になるし、高級機じゃなければ尚更だけど、たとえ粗い掃除でも、モノを移動させてボタン押すだけなら毎日でもできる。

掃除はやっぱ頻度だ。2回もやれば粗い掃除でも自分で1回やるよりきれいになるものだ。

また、背が低いので手動掃除機では届かないベッドの下もスルスル入っていってくれる。

キッチンゴミ箱の影は屑が落ちやすいが、手掃除だとゴミ箱どかし→掃除ゴミ箱戻し→掃除再開の4手間かかるところ、ゴミ箱どかし→戻しの2手間ですむ。


これだけ毎日掃除やっててくれると、仕事が終わって部屋のソファに座る時はいつもきれい

ここ2週間ほど、残業続きで12時間勤務を連打してたけど、そんな時こそ部屋がきれいなのはすごく助かる。

また自分アトピー持ちであり、普段外出不能になる程の重症ではないものの、夏場はダニがどうしても増えるので患部が悪化しがちだ。

残業続きの身体ストレスで外と内からダブルパンチ状態だったが、ダニ繁殖寝床になる物陰の埃や餌になる髪の毛、落ちた皮膚の屑などを毎日清掃してくれることにより、外の要因が減って明らかに快方に向かい始めた。

(いちおうノイズになると話がへんな方向に向かうので説明しとくと、勤務先は年中こんな勤務状況になるようなクソブラックではない。でも時々は誰かの尻を拭かざるを得ない時もある)


普及機、というか低価格機の部類なので、耐用などがどうなるかという話があるけど、たとえ2ヶ月で不具合が出たとしても、1日に割ると300円ほどでこの快適さという計算になるのでまた買うと思う。

まあ条件は初めに言った通りなので、すべての一人暮らし適応できる話でもないが、「一人暮らしロボット掃除機なんてオーバースペック家電では」という心配けが障壁になっているなら、「いやいいよ、お勧め」ということで。

2018-02-16

https://anond.hatelabo.jp/20180215165820

高い寿司に1回いって、やれスシローの方がいいだの肩がこるだのは笑止千万

基本的に別物なわけですよ。別物!

一人1万だって2万だっていいけど、幾つかちゃんとした寿司屋を回ってみて

自分と合うな」って職人を見つけてさ、年に数回通うわけよ。

そろそろ新子の季節だなとか、本鮪の血の酸味がくっきりわかるようになったりとか、

臭みの全くないフルーツのような貝類だとかさ、徐々にわかって来る。

馴染みの店を作りつつ、他の店に行くと馴染みから距離感で他店が測れたりする。

道楽から楽しみ方っていうのも大事

初めてちゃんとした寿司屋夫婦でいったら、雰囲気に慣れなくてピンとこなかった。

そりゃ、最初はそんなもんでしょうよ。1回目からテクニシャンだったらビビるわ。

こういう話で過剰に庶民派ぶる奴ってのは信用しなくていい。

いい歳こいて他人趣味に狭量なのはみっともないね

あとぶっちゃけて言うと、味の好みの近いグルメ友達を作るといいよ!

2017-10-11

マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き

キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2017-10-09

■マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き



キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2016-07-27

株式会社シテイル 代表取締役:尾野政樹

2011年12月13日

尾野政樹氏 「もともとゲーム会社にいたのですが、モバイルやら何やらの潮流に嫌気がさしてフリーランスになりました」

http://www.publickey1.jp/blog/11/flash10.html

2012年5月8日

漫画つき】コンプガチャだけじゃない。ケータイSNSゲーム課金の仕組み解説

「やっぱり根本的な問題は、アイテムお金にできちゃうRMTリアルマネートレード)と確率の表示のない有料ガチャじゃないかなーと思う。」

http://sipo.jp/blog/2012/05/post-4.html

2015年2月6日

Cygames新子会社「シテイル」が設立代表取締役には尾野政樹氏が就任

事業内容:ソーシャルゲーム企画・開発・運営

http://www.4gamer.net/games/999/G999905/20150206028/

2016年7月27日

ポケモンGOは、バグ挙動メモリーリーからコード解析しなくてもスパゲティコードが見えてきて、アプリプログラマ精神を削りにかかってくるから怖い。

ボールの当たり判定とかグレート判定とか、逃げた瞬間にボール投げると当たり判定あったり、博士に送りまくってると重くなってきたり

https://twitter.com/tail_y/status/758072982744932352

2016-03-05

[]咲 155局「証果」感想

僕の大好きな小禄心ちゃんがおそらくいる世界の本編漫画。(この紹介、なんか悪意があるな。でも咲世界死ぬって概念があって、心ちゃんがまだこの時間軸に登場してないから、なんかこんな書き方をしてしまった)

ものすごく今更なツッコミかも知れないけどさ、

風呂で裸で体と体を触れ合わすって、

冷静に考えると、とんでもないことしてる気がしてきた。

いやほら、咲世界って精神的な繋がり的百合はあっても、

あんまり肉体的百合接触ってないじゃん。

(車の中のかじゅももとか、松実姉と新子さん、充電とかぐらいじゃない?)

それらも、当然服は着たままだしさ。

服着てる状態で抱きついたり、手をつないだり、お膝の上に乗ったりっていうのは、

まあ確かに、同性同士であれば、恋人家族でなくても可笑しくないかもしれないけど。

さすがに、お風呂場で全裸状態でここまでの肉体的接触をするのは、

相手のことが恋愛的ないし性的に関心がないと、

ちょっと自然に僕は感じてしまうなあ。

僕なら友達はもちろん、家族に同じことやられてもちょっと嫌な気持ちになってしまう。

っていうか、恋愛関係にある人でも、別にそういう気分でお風呂入ってるわけでもないのに、こんなことされたら、

「ごめん、離れてください」って言うわ。

(もちろん、僕ならそう感じるというだけで、咲さんが和さんのことをそういう気持ちでないといけない、というわけではないです)

こういう、パートナーとの気持ちを通じ合わせる描写は、決勝戦キーになりそうですね。

Aブロック側の準決勝で、リザベーションや枕神などの「パートナーとの繋がり」による能力は、

絶対安全圏や深山幽谷化身といった能力支配を破ってるし、

長野予選でも、イーシャン地獄を、池田仮名さんやかじゅさんは、能力こそ発露していないものの、

パートナーとの繋がり」をキッカケに支配を破っているんだよなあ。

というわけで、Aブロック準決勝と同様に

絶対安全圏と深山幽谷化身という二つの能力支配に対して、

ネリーのふぇいタライザーや、咲さんみたいな一人で完結した能力は不利なのかもしれませんね。

あれ、凄いな普通に咲の感想を書いただけのはずが、

何故か、はてなブックマーカー名前が二人も紛れ込んでしまった。

これは、女子高生雀士たちは実質はてなブックマーカーなのでは?

2015-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20151204195720

特に何かを期待していたわけではないけれども、新子憧でぐぐってみたけど割りと普通の内容で安心した

2014-08-26

アニメヒロイン処女性がエロゲーほど重要じゃない理由について

元カレが居ましたっていうラブライブ西木野真姫を始め、

援交してそう。で世界一というレッテルを貼られてる咲-saki-阿知賀編新子憧など

アニメヒロインにあまり貞操観念的なものを感じさせない設定ないしファンのそうであってほしい

願望のような物が彼女たちの中にあるように感じられる。

問題は何故アニメヒロインにはエロゲーほどの処女信仰が見られないかである

つの解答としては、アニメ作品は常に流動的でこのヒロインが今期一番だといわれても

次のクールにはそのヒロインが今期一番といわれなくなっている所が大きいのではないか。

まり飽きられるので、多少の貞操観念の薄れ程度では大して人気の幅がぶれないわけである

逆にエロゲーのようにこの日この時を待ち望んでいたファンの願望が大きく叶うかもしれない状況があって、

それがエロゲーヒロインに余す事無く注がれるため、ヒロイン処女で無ければならないという価値観

先入観として既にあるため、それが破られた時無性に腹立たしくなるのである

かの有名なたまきん事件では、彼氏が居るにも関わらず貞操観念ゼロの幼馴染ヒロイン存在がネックだったのだろう。

エロゲー人生と達観するエロゲーマーが多い中で処女性の有無はある意味タブーなのである

一方、アニメヒロインは年に何十、何百というヒロイン創作されるため、

エロゲーマーのようにこれ一本のために、という人は中々出にくいのが現状だろう。

そのためか、アニメヒロインが既に貫通済みでもさして問題がないのも頷けるのである

エロゲーで言う所のアトリエかぐや作品アニメには多く存在するし、それがトレンドなのであるから

ヒロイン処女性どうこうで人気が失われるということはまず無いと言っていい。

逆にアニメヒロイン処女性で作品人気がどうこうなるのであれば、それは単純に脚本が悪いのであって、

それらを求めるファンにしてみれば当然の主張であろう。

いずれにしても、アニメヒロイン処女性がエロゲーほど重要じゃない理由について、ヒロイン処女性を求めることは

そのヒロインに自らの人生を賭けたエロゲーマー並の執着心というよりは、むしろそのヒロインだけを半永久的に愛せる人間しか

いないはずである

要するに、アニメのように常に流動的に作品生産される中で登場するヒロイン処女性などは、そのアニメヒロインを以前から周知していて、更にそのヒロインのためなら人生を投げられる精神がなければ、さして問題にされることはない、という事である

 
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