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2019-12-10

anond:20191210171417

はい28歳だが、26歳くらいまであなたの書いてるようなことを自分も考えていた。

懐かしい思いや共感からちょっとばかりアドバイスを書くことを許してほしい。

ただこのアドバイス彼女を作るためのものではない。苦しみから解放されるアドバイスだ。

自分場合はそのような苦しみから解放されてから親しい関係の異性ができた。まずは彼女を作ることではなく苦しみから解放されることを目指してはどうだろう。

ちなみに自分ソープに行っても苦しさは何も変わらなかった。だけど性欲と愛情は別物だということに気づいた。

人に触れたいとかセックスしたいというのは性欲。人に幸せになってほしいだとか幸せにしてあげたいというのは愛情。これに気づいたのは大きな一歩だったのだろう。

セックスがしたいのにできない苦しみ

しかし「いつか来る希望」だったセックスは今や「見果てぬ夢」になってしまった。自分がどれだけセックスを望んでも、それが叶うことはない。

本当にそうなのだろうか?怪我などでセックスができなくなってしまったのだろうか?そういうわけじゃないならこの先チャンスが全くないとは言い切れないんじゃないか

自分もそのように考えていたけど、結局それは自分を追い詰めていじめているだけだということに気づいてやめた。

なぜなら、自分自分幸せにできないのに他人幸せにすることは難しいだろうと思ったのだ。だからまず自分一人にできる範囲自分幸せにしてみようと思ったのだ。

早起きできた自分をほめたり、ご褒美に甘いものでも買ったりでもいい。そういうささやかなところから自分自分幸せにしていった。最初の頃は落ち込んで自分を責めてしまうこともあったけどそれも少しづつ減っていった。

他者と深いつながりを作りたいのに作れない苦しみ

これは人によって度合いは違ったり自覚してない人もいるけど、人間本質的孤独な生き物だからだと思っている。

しろ孤独を感じるからこそ人は人と繋がりを感じたくなるんだと思うと少し楽にならないかな。

この孤独を歪んだ形で解消しようとすることの典型好きな人に意地悪したりする心理が一番わかりやすいかな。エスカレートすると暴力だったりになるんだと思う。

いい形でこの孤独を解消しようとする人たちは言葉や態度を尽くして他人と分かり合おうとしている。

人間孤独を解消したいのに他人の考えや感じていることが何もしないとわからいから、言葉や態度やスキンシップで分かり合おうとするんだろうね。(そのような相手がいても分かり合えていないと感じる人もいる。)

そして、男も女もそれを解消したいと思っている人は老若男女問わず多い。自覚はしていないかもしれないけど。

友人や親友がいても孤独を感じる場合、もしかしたらあなたも友人もお互いに相手を大切にしてない可能性がある。

おすすめなのはそれとは別の新しい人間関係を作ってみること。性別年齢がバラバラな人が集まるところでいろんな人の話をきいてみることかな。

最初のうちは話しかけはすれど、相手へのインタビューや話し相手に徹して自分の話をするときは振られてからという方法はすごく使える。

全く知らない人と話すときには最終的に話し相手が何が好きで何を大切にしているかという価値観理解して肯定するととてもうまくいくし、無条件で他人肯定すると孤独は感じなくなっていく。

さらに知らない人と話せた自分偉いと褒めることができるし一石二鳥

自分場合お酒が飲めたから近所の焼き鳥屋に通って客や店主店員と話をしたことが一番ためになったと思っている。趣味等の強みを活かしてそのような場に行ってみてはどうだろうか?

恋人がいる人間に対する嫉妬の苦しみ

これも本当に辛い。こいつマジで性格悪いなって思ってる奴に彼女がいたりすると、なんでこんな奴にと発狂ものだった。

でも、公正世界仮説っていうのを知ってから頑張れば救われるとあまり思わないようになったし、世の中ことは大体運だよなでいろいろ片付けることが出来るようになった。

しろ世の中自分の思い通りにできる事の方が少ない。生まれ時代地域、両親、才能、近所の人、学校クラスメイト先生、世の中の出来事出会いや別れ・・・

世の中には大して頑張らずに彼女ができてとっかえひっかえするやつもいるし、めっちゃ頑張って作るやつもいる、作れない人もいる。そういう人たちも実際に幸せかどうかというとまた別の問題だし、世の中そんなものだと考えると理不尽理不尽だとあまり思わないようになった。

嫉妬感情を燃やすより自分自分を責めないようにして幸せにしていく行動をとったほうがいいことづくめだと思うようになった。

④これから彼女ができる見込みがないように思える苦しみ

自分もそう思ってたけど結局①と同じ。自分を追い詰めていじめているだけだということ。

明日死ぬかもしれないし100歳まで生きるかもしれない。もしかしたら来年の今頃は幸せかもしれない。だけど再来年は振られて泣いてるかもしれない。けど5年後は・・・

未来絶望するより、今日幸せに生きる。他人と比べるより、過去自分より進歩した自分を比べよう。

自分幸せにしないと他人幸せにするのは難しい。まずは自分幸せにしよう。

最後になるけど自分水島広子という医師の本がすごくためになった。よかったら読んでみてほしい。

彼女ができない苦しみを整理したい(追記)

はい23歳だけど、これまで一度も彼女ができたことがない。

そしてそれに対して死ぬほど苦しい思いを抱いてるので、一度文字として残してその思いを整理したい。

俺が感じる苦しみは大きく分けて①セックスがしたいのにできない苦しみ②他者と深いつながりを作りたいのに作れない苦しみ③モテる人間に対する嫉妬の苦しみ④これから彼女ができる見込みがないように思える苦しみ、の四つあると思う。

セックスがしたいのにできない苦しみ

俺は性欲が強く、2日に1回ほど自慰行為に耽る生活高校時代からずっと続けている。そんな俺がセックスに強い関心を持つのは当然のことだ。高校時代から他者と肉体を重ね合う場面を想像し、「いつか彼女ができればこういうことができるんだ」という希望を持っていた。浪人する羽目になって死んでしまおうかと思った時も、「大学に入れば彼女が作れてセックスができる」と思って自分を慰め(ダブルミーニング)ていたおかげで、なんとかもう一年頑張れた。俺にとってセックスとは人生の救いであり、混沌とした世界の中できっとやって来る数少ない希望だった。

しかし「いつか来る希望」だったセックスは今や「見果てぬ夢」になってしまった。自分がどれだけセックスを望んでも、それが叶うことはない。人生の救いが虚構に過ぎないと気づいてしまった俺は、次に何に縋ればいいのかわからない。最近エロ動画を見ても、ふと「この『救い』が俺にもたらされることはないんだ」という思いが頭をよぎり、深い絶望感を覚えることがある。それでも俺は自慰行為をやめられない。決して救いが与えられることがないと知りながら自慰に耽る俺は、殺される直前まで神に祈る宗教者と似た滑稽さがあるだろう。

他者と深いつながりを作りたいのに作れない苦しみ

俺には尊敬できる両親がいて、少ないが友人がいて、高校時代から続いている親友と呼べるような人もいる。それでも俺は強い孤独感を覚えている。この孤独は、誰かと恋愛的な意味でつながれないことから来ていると思う。愛し愛されたい。一番好きな人になりたい。家族親友にも言えない思いを打ち明けたい。甘えて甘えられたい。他者と手を繋いで歩きたい。こうした思いは、幼少期を除けばほとんど満たされたことはなかった。昔はそれでも平気だったが、歳を取るにつれ嫌なことや辛いことが増え、それらを経験するたびにこの思いが心の奥底からとめどなく溢れ出て来る。それでも、いくら思いが溢れようともそれが実現することはない。ぶつける相手のいない思いを一人で抱え込むたびに、自分はたった一人だ、と感じずにはいられない。

最近、異性と裸で抱きあう妄想をよくする。これは性的妄想ではなく、誰かと深く繋がった状態妄想しているのだ。(ちなみに、俺が風俗に行かない理由はこれだ。金を払って誰かとセックスしてしまったら、この妄想に縋ることはもはやできなくなってしまうんじゃないかと恐れている。)

このように書くと「お前は恋愛関係理想化し過ぎている」と言われてしまうかもしれない。本当は恋人がいる人も、これに似た苦しみを感じているのかもしれない。しかしそれでも俺は彼女が欲しい。彼女がいない苦しみと、彼女がいても感じる苦しみは、似ていても全く違うものからだ。

恋人がいる人間に対する嫉妬の苦しみ

これはつまり、①と②を享受できている人間への嫉妬だ。なんでお前たちには恋人がいて、俺が死んでも手に入れたいものを当たり前のように持っているんだ。俺はお前らよりも頑張っているのんだ。浪人期は毎日11時間勉強してたんだ。就活で30社落ちて人格否定されても続けたんだ。毎日ラジオ聞いて会話の勉強したんだ。社交不安症だけどいくつもサークルに顔出してたんだ。サークルで俺以外の同期でクリスマス会やったと聞いても通ってたんだ。その結果がこのザマだ。お前らはこんなに努力してたのか?してないだろ?なのになんで俺には彼女がいないんだ。ふざけんなよ。お前らはいつも俺よりずっと学生生活を楽しんでるよな。俺が死ぬ思いで頑張ってる横で「人生チョロいわ」みたいな顔してたよな。頼むから地獄へ落ちてくれよ。そうでもしないと釣り合いが取れないだろ。

わかってる。本当は皆俺と同じか、もしくはそれ以上に頑張ってるし、平気そうに見えても多分それぞれ苦しんでる。頭で考えればそんなことはちゃんとわかってる。それでも、俺は嫉妬せずにいられない。なぜなら、彼らは、俺にはない特権を持っているように見えてしまうからだ。俺は一度も彼女ができたことがないのに、彼らは何度も何度も恋人を作っているように見える。そこにはどうしようもない格差存在するとしか思えない。社会の中に何か正しくない、理不尽ものがあり、そのせいで俺は恋人ができないんだと恨まずにはいられないのだ。

④これから彼女ができる見込みがないように思える苦しみ

これは人生に対する絶望だ。俺はきっと一生①②③を感じながら生きていくしかないんだろう。もはやこの苦しみは一時のものではなく、永遠に続く苦しみなのだ。今ですらこれだけ死にたいのに、歳を重ね、周りに既婚者が増えたらどうなるのだろう。これから先、そんな絶望しか待っていないのに、生きていく必要があるんだろうか、とふと考えることがある。

そして、それでもなお俺が生きている理由は、多分まだ何処かで自分彼女ができるんじゃないかという希望を持ってしまっているからだと思う。本当はそんな希望はないことを、頭では理解しているのに。もしこの希望虚構だと、心が気づいてしまったら、その時は本当に死んでしまうのだろうか。それは自分でもわからない。


追記(12/11 18:02)

誤字を修正した。(三つ→四つ、私→俺)

③の嫉妬を綴っている時、つい気持ちが入り過ぎて普段一人称が出てしまった。

予想外に伸びていてびっくりしたけど嬉しかった。俺の人生を削って書いたものから、誰にも反応されなかったらちょっと落ち込んでいたと思う。

トラバブコメは全て読ませてもらってる。共感批判アドバイス色々あったけど、俺個人としてはどれもすごくありがたかった。今までこの悩みをここまできちんと吐露したことがなかったので、増田に書いてよかったと思う。自分の中の脆い部分に沢山の人が反応してくれたおかげで、悩みについての考えが深まり自分もっと知るきっかけになった。

明日明後日コメントに対する返事をまとめようと思う。あくまで俺自身の悩みを整理するためになのできちんとした返事ではないかもしれないが。

追記(12/13 17:08)

https://anond.hatelabo.jp/20191213170850

2019-01-19

NHKスペシャル「“冒険の共有” 栗城史多見果てぬ夢を」見た

番組はいろいろ問題のあったことにも触れていて、割に中立的構成かなとも思いました。ワイドショーだったら、お涙頂戴の悲劇英雄に仕立てるか、逆に徹底検証して詐欺師っぽく取り上げるかのどちらかでしょうか。ただ、ネット感想を見ると、私が割と中立的と思った番組でも、やはり予備知識のない人たちがコロリと引っかかっている様子。

最後の挑戦となったエベレスト南西壁ですが、成功する可能性は0% でした。1%すらない。奇跡的にいい条件に恵まれたら登れちゃう、というような可能性のまったくないルートです。

実力がある人がベストの状況で挑戦しても難しいから、今まで単独登攀で成功した人がいない。山の経験ない人でも「神々の頂」とか読んだことあれば、難しさが伝わるんじゃないかと思います。南西壁への挑戦は、乏しいが可能性があった、というレベルではないわけです。

詐欺と言われるのはしかたのない状況だったわけです。たまにスタートアップでも、実現する可能性がまったくない製品サービスでも、大風呂敷広げて資金めしちゃうのがいますが、似てるかもしれません。ある程度知識がある人は近寄らないのに、ないがゆえに引き寄せられてしまうというか。

難しいチャレンジだったというのではなく、そもそも実現する可能性のないことで夢を語られても、ちょっと受け止められないというのが、正直なところかと思います番組中で登山家の花谷さんが通常ルートであれば、と繰り返し言っていたのは、通常ルートであれば可能性はあったので、少なくとも難しいチャレンジといえる範疇に納まり共感する余地があったからです。

そういう理解もなく、がんばれ今度はできる!とか声を投げていたSNSフォロワーの罪深さも感じた番組でした。がんばっても登れないものをどうがんばれと。ただ、予備知識のない人にはやはりそれは伝わらなかったのかなと。

今までにも何度もエベレストトライしては降りてきているので、彼的には最初から形だけで登るつもりはなく、非常に困難なことにチャレンジしてして諦めた、という格好がつけばいいという計算があったのかもしれません。ただ、一方で冷静な計算ができないほど、追い詰められてたという見方もできます

大学の恩師曰く、ギャグ漫画キャラのような男だった、ということで、違う方面であればただの変なやつで済んでいたのだと思うのですが、たまたま登山方面承認欲求を満たすことを見つけてしまったので、悲しいことになってしまったんだろうなと思っています

https://togetter.com/li/1230038

企業をまわってたくさんのスポンサーを集めたり、自分バックアップチームを作れるくらいの魅力はあったんだから、他のことに活かせばよかったんだよ。

2018-11-23

anond:20181123115900

実は民主主義には『これ』といった確固たる定義はない。

よく言われる『みんなで多数決』も1要素に過ぎず、選挙が公正に行われているだけでは民主主義国家とは言えない。

民主的国家運営をするには様々な仕組みがその通りに動いていくことが必要で、しかしその道には終わりはない。完全な民主主義を実現した国はないし、そもそもそれは無理な話。

民主主義とは見果てぬ夢みたいなもんじゃいかな。

2018-06-19

アニメウマ娘を全話視聴したので感想ポエム)を書く

最初は舐めた態度で視聴してたんだけど、意外に作り手が本気だったことに気づき途中から正座視聴させられるやつー! だった。

SNSを見渡しても基本ポジティブ感想が多くて、成功裏に終わったと言っていいと思うけど、それは作り手がアニメに対しても競馬に対しても真面目だったからかな、と。

舐めてた俺が最初に「おっ」と思ったのはOPを見たとき。ゴルシワープ2012年皐月賞。道中ほぼ最後方に居たゴールドシップは、最終コーナーで他馬が避けるほど荒れていた内ラチ沿いを猛然と突っ切って15頭ごぼう抜き。直線を向いたときは3番手に躍り出ていた。ゴルシを語る上で外せないレースひとつ)が描かれていて、「ひょっとして……」と思って見返すとサビに入ってから映像は各ウマ娘の名レース集になっていた(ダスカ:右回りかつ他馬をちぎっているので2008年有馬記念ウオッカ左回りで他馬を縫うように進んでいるので2009年安田記念、ゴルシ:前述どおり、テイオー:右回りかつ後ろにハヤヒデ歓喜の涙で1993年有馬記念マックイーン:右回りかつ雨ということで1990年菊花賞1993年宝塚記念、スズカ:左回りかつ4角先頭+2番手3番手勝負服から1998年天皇賞秋(の夢の向こう側))。

ただまあモデルとなった馬の有名レースぐらいはチェックするか、とその場は納得したんだけど、1話ラストで「日本一ウマ娘とは?」と問われたスズカが「見ている人に夢を与えられるような、そんなウマ娘」と答えたとき、これはひょっとして、と初めて期待を抱いた。

ところでウマ娘コミカライズもされているが、アニメに先駆けて始まったそっちはレースメインじゃなくキャラ内面を掘り下げるような内容になっている(『STARTING GATE!』)。オグリが怖い先輩として誤解されたり、スズカやスペがエアグルーヴと模擬レースをしたりと史実からも離れている。アニメもそういったオリジナル色の強いコンテンツに仕上げる方向もあっただろうが、おそらくいろんな考えがあって98-99年の競馬界に即した内容となった。結果的大正解だったわけだけど、アニメファン競馬ファンの双方を満足させることが必達というかなり難しいお題に制作スタッフは挑むことにもなった。

1-3話、つまりスペがスピカに入って皐月賞に負けるまでかなりスピーディに展開する。1話スピカ加入まで、2話は新馬戦、3話ではきさらぎ賞弥生、そしてなんと皐月まで行ってしまう。そして穴に向かって「お母ちゃんに勝ったところを見せてあげたかったのに……!」。競馬ファンとしては「ずいぶんと早いな」、「でもアニメとして考えるなら妥当スピード感かな」、という感触

新作アニメが毎クール大量に作られる昨今、3話までに一つの山ぐらいないと切られてしまうだろう(遅いぐらいか?)。ウマ娘テンポよく世界観を示し、キャラとその目標を示し、初の挫折と復活を期す姿でそれに応えた。いずれもクオリティが高く見ていて純粋に楽しめた(1話ラストのように「来週デビュー戦だ」「ふぇ? え? え? うぇ!? う"ぇ!? えーっっっ!?」のように笑いとストーリーを混ぜ込みながら話を進行させる手腕は高く評価されていいと思う)。まずはアニメとして純粋に楽しめる代物を、という制作側の意気込みをしっかりと感じられた。

なら競馬ファンとして見た時どうだったのか。これも意外や意外、思わず反応したくなる小ネタ満載でしっかり満足できる出来だった。スペが初めてナマで目撃するレースサイレンススズカ伝説の幕開けとなる1998年バレンタインSで「分かってるじゃないか」と思わず愉悦顔になってしまうチョイス。解説元中ジョッキーで日曜の15時に競馬番組をつければだいたいパドック解説をやってるホソジュンこと細江純子まさかの本人登場での担当だし、主人公たちが話している後ろではオグリ大食い披露する。19世紀伝説的名馬エクリプスをぶっこんできたと思えば、タイキプール調教で鍛えたネタをしっかりと拾う。NHKマイルCエルコンが出走するニュースJRAブランドCM意識した作りだったし、スペシャルウィークが他のウマ娘を見たことがなかったという設定も母馬キャンペンガール出産直後に亡くなったエピソードをしっかりと踏まえてきた(育ての親が外国人ぽいのは育成を担当したスタッフニュージーランド人だったかららしい)。

しかもただエピソードを引っ張ってきて終わりではなく、しっかりとアニメストーリーラインに落とし込むところが好感度大。特に良かったのは1999年京都大賞典スペシャルウィークは7着だったか無視するかなと思ったのにちゃんと取り込んだのを見たとき、思わず唸ってしまった。

だって描かれた1999年宝塚記念。ここでスペシャルウィークグラスワンダーの2着に敗れる。怪我から復帰したスズカにかかりっきりで上の空だったスペはグラスワンダーの本気の前に屈してしまうのだ。これは実際に凱旋門賞への挑戦を検討していたことやグラスワンダー主戦の的場ヒットマンぶりと連動しており、このネタの取り込みっぷりもすごいのだが、もっと凄いのはこのレースに敗れたスペが2度目の挫折と復活を穴に向かって叫んだ直後のレース京都大賞典だ、という点だ。

復活を期すスペシャルウィークアニメ的な展開を考えれば、ここから上り調子で大願を成就するのが普通だろう。しか史実では単勝1.8倍のまさかの7着。スペシャルウィークが唯一複勝圏はおろか掲示板も外したレースであり、アニメの流れの中では非常に扱いづらい。だから当然なかったことになるだろうと思っていた。と同時に、スペはお母ちゃんお母ちゃん言うけれど、基本的には実家でスペの応援してるだけだよなあでもまあトレセン学園に来るわけでもなし出番ないよなあと思っていた。そこにまさかの合わせ技。スペがやる気を出しすぎでオーバーワークになって敗れた、それを見たトレーナーはスペを実家へ放牧に出した――という展開になってそうきたか、と。アニメストーリーと相性の悪い史実ちゃんと取り込んで必然とも言えるストーリーライン昇華していく。アニメとしても競馬としても良いものにしたい。スタッフが知恵を絞ったから両方から見て納得の展開に仕上がったのだろう。

ここまでやられてはもう認めざるを得ない。むしろ舐めてかかったみずから不明を恥じるばかりだ。

そしてそんな魂のこもった仕事に、「夢」を見た。ここまでやってくれるスタッフなら、競馬ファン見果てぬ夢を、見せてくれるんじゃないか――と。

そんなこちらの高ぶった感情を見抜いているかのように、トレーナーが折に触れて「夢」を叫ぶ。

「お前、日本一ウマ娘になるのが目標だと言っていたな。日本一ウマ娘ってなんだ」

「俺はお前たちがレースに出て先頭争いをしているところが見たい! それが今の俺の夢なんだ!」

「俺は全力で走るあいつらが好きだ! これからもずっと見ていたい!」

そう、夢。

ファン競走馬に夢を見る。

牝馬でありながらG1通算7勝、そして何より64年ぶりに牝馬ダービー制覇という常識はずれをやってのけたウオッカ

驚異的な二枚腰で数々の牡馬を屠り、生涯連対と37年ぶりの牝馬有馬記念勝利を達成したダイワスカーレット

配合からローテーションから馬主情熱が注ぎ込まれた結果、世界の頂にあと一歩まで迫ったエルコンドルパサー。

夫の遺志をついだメジロのおばあちゃんの下、春の盾・親子三代制覇という前人未到の偉業を成し遂げたターフの名優メジロマックイーン。

年間8戦全勝というレジェンド世紀末にターフへと降り立った覇王ことハナ差圧勝テイエムオペラオー

偉大なるサンデーサイレンスの初年度産駒であり幻の三冠馬と言われたフジキセキ

無敗で三冠という偉大すぎる戦績。強すぎて退屈とさえ言われた皇帝シンボリルドルフ

親子三冠という夢に挑み無敗で二冠を達成するも骨折に泣き、勝つか着外かという好不調の波に悩まされ続けた末に1年ぶりの有馬記念奇跡復権を果たしたトウカイテイオー

シンボリルドルフ以来10年ぶりに誕生した三冠馬皐月賞を3馬身1/2差、東京優駿を5馬身差、菊花賞を7馬身差と同期をまったく相手にしなかったシャドーロール怪物ナリタブライアン

新・平成三強の一角デビュー以来15戦連続連対という離れ業をやってのけた、顔デカ兄貴と書いて何でもできると読むビワハヤヒデ

3歳から6歳までG1戦線活躍し、親子二代の優駿牝馬制覇、17年ぶりの牝馬による天皇賞優勝、年度代表馬選出とウオッカダイワスカーレット時代先鞭をつけた女帝エアグルーヴ

3歳戦を無敗で制するも骨折から始まった低迷と復活を繰り返しながらスペシャルウィークエルコンドルパサーといった同期としのぎを削り、グランプリ三連覇を達成したワンダホースグラスワンダー

世界種牡馬代表産駒として8戦8勝、3歳王者戦を大差勝ち、2着馬につけた着差の合計は61馬身など数々の伝説を打ち立てるも持込馬という生い立ちからクラシックに参戦できなかったスーパーカーマルゼンスキー

クラシック初戦は荒れた内馬場を通ってワープし、春の盾は2角からというまさかの超々ロングスパートで勝ってしまい、三連覇に挑んだ春のグランプリではゲートで立ち上がり信じられないほど出遅れとターフ内外での茶目っ気でファンを魅了した新・芦毛怪物ゴールドシップ

牝馬牡馬に勝てないという時代にあって対等以上に渡り合い、94年の有馬記念では絶頂期のナリタブライアンに真っ向勝負を挑んだ脅威の追込馬・女傑ヒシアマゾン

地方笠松から殴り込んで中央競馬界を席巻。先輩タマモクロスとの競演で芦毛伝説をつくり、連闘(!)で挑んだジャパンカップにて2分22秒2という世界レコードの前にタイム差なしのクビ差2着に敗れるなど数々の死闘身体ボロボロにしながらも有馬記念で見事に引退花道を飾って多くのファンに大きな夢を見せたスーパーアイドルホースオグリキャップ。

武豊ダービーだけは勝てない。そう言われていた天才に悲願のダービー制覇をもたらし、凱旋門賞モンジューも降した日本総大将スペシャルウィーク

そして、サイレンススズカ

1000mを57秒台という無謀とも言えるラップで逃げながらもそれが本馬のペースとジョッキーに言わしめた異次元逃亡者

しかし大欅の向こう側に散って悲運の最期を遂げてしまったサイレンススズカ……。

ウマ娘は、1998年競馬ファンが抱いた夢、志半ばで霧散したその夢にまっこうから挑んだ。始まる前の俺なら「いやいやスズカの伝説ってのはそんな簡単もんじゃないんだ」と言っただろう。しかウマ娘アニメとしての面白さ、そして制作陣の競馬に対する真摯な態度の前に、スズカの夢の続きJRAブランドCM「夢の第11レース」を見せてくれることを期待するようになった。

そしてウマ娘は見せてくれた。競馬ゲーム生産した「サイレンススズカ」を走らせ、ひとりこっそりそして虚しく見ていた夢ではない、ある意味で本物の夢の続きを。

いや分かってる。所詮アニメじゃないか、それこそ本物のサイレンススズカは大欅の向こうで散ったじゃないか。その通りだ。それがまごうことな真実だ。でもあの時に涙を流した競馬ファンみんながいっしょにサイレンススズカ夢の続きを見られるとしたら、これが最初最後じゃないか――そんなふうにも思える。

それぐらいアニメウマ娘馬鹿正直に、大真面目に、こっ恥ずかしいほどに競馬が見せる「夢」に挑み、そしてやり遂げてくれた。

トレーナーは夢を叫ぶ。そしてときには叱り、ときには励ましながらウマ娘たちを応援する。「俺がついてるぞー! どこまでも走れー!」

競馬ファン自分の好きな馬を応援するとき気持ちトレーナーは代弁してくれた。彼は競馬ファンのものだった。そして競馬を知らないアニメファンにも競馬を好きになってもらえるんじゃないかという期待を抱かせるほどカッコ良かった。

ウマ娘競馬ファンにとって最高のご褒美だった。

こんな未来があるなんて、大欅の向こうに散ったスズカを見たとき思いもしなかった。

からありがとう、とすべての制作スタッフに言いたい。

そして何より、オタクであってもちょっと引いてしまうようなアレなコンテンツに愛馬の出走を許した権利者の皆様に心から感謝を。

あなたたちの勇気ある決断のおかげで本当にいいものが見れました。ありがとうございました。

 

※おまけ

あんまり競馬に詳しくない人がもしここまで読んでいるのなら以下の動画をぜひ見ていってください。もうちょっとウマ娘競馬が好きになれるかもしれないから。

[ウマ娘]OPプロの実況と解説を付けてみた - nicovideo.jp/watch/sm33239562 ※サビにご注目。東日本G1ファンファーレで始まる構成も秀逸

ブランドCM 「夢の第11レース」 120秒編 - youtube.com/watch?v=kcv3D26GjWA ※最終話WDT元ネタ

ウマ娘JRACM 夢の第11レース ウマ娘Ver. - nicovideo.jp/watch/sm33399077 ※この人の動画ほんと好きなんだ……

ガチ実況】ウマ娘:ウィンタードリームトロフィー - nicovideo.jp/watch/sm33385387 ※最終話ネタバレ

【THE WINNERグラスワンダー ウマ娘ver. - nicovideo.jp/watch/sm33232892 ※かっちょいい

ウマ娘JRACM キングヘイロー ウマ娘Ver. - nicovideo.jp/watch/sm33252425 ※かっちょいい

競馬CM2012年JRA G1レースCM上半期総まとめ - nicovideo.jp/watch/sm18106839 ※↑2つの元ネタ。そしてライスシャワーがかっこよすぎて痺れる

競馬CM2013年JRA G1レースCM上半期総まとめ - nicovideo.jp/watch/sm21202474 ※テスコガビーが曲のマッチ具合も含めて最高。ちなこれと↓はポプテピピック神風動画制作

競馬CM2013年JRA G1レースCM下半期総まとめ - nicovideo.jp/watch/sm22387914 ※オペラオーの「その馬は完全に包囲された。道は、消えたはずだった」からの流れが激熱

競馬】第49回毎日王冠 サイレンススズカ - nicovideo.jp/watch/sm4584692 ※あのエルコンに影も踏ませないスズカ

1999年 第78回凱旋門賞 日本語実況版 - youtube.com/watch?v=IrIH0SNUt2M ※世界の頂への挑戦

1999年(平成11年) ジャパンカップ スペシャルウィーク - nicovideo.jp/watch/sm16283421 ※エルを降したモンジューを、日本総大将が迎え撃つ

競馬】第44回有馬記念 グラスワンダー(画質向上) - nicovideo.jp/watch/sm4026592 ※最後は最強の二頭

2008.11.02 第138回 天皇賞(GI) - nicovideo.jp/watch/sm5198792 ※ダイワスカーレット差し返すところ泣いてしまう……

(競馬) トウカイテイオー 1993第38回 有馬記念 (奇跡の復活) - nicovideo.jp/watch/sm5913 ※364日(1年)ぶりのレースG1制覇は史上初

競馬1990年 有馬記念オグリキャップ) - nicovideo.jp/watch/sm1170176 ※オグリ燃え尽き……からの復活ラストラン。なんてご褒美だよまったく

 

※おまけのおまけ

競馬根岸S ブロードアピール - nicovideo.jp/watch/sm998264 ※すごい追込+青嶋バクシンオー渾身の実況

1997 エリザベス女王杯 エリモシック - youtube.com/watch?v=Q0R2cQ2kJ1E&feature=youtu.be&t=249 ※グラス主戦の的場のすごいレース馬場さんの実況がかっちょいい

2018-06-07

anond:20180606220347

終焉の月<ラストコード>歳の女10人は皆…何かを畏れて生きている……で久しぶりに飲みに螺旋(スピラ)を巡ってたら凄いことになってた

・・・これは、一篇の物語ではない。自ら綴る歴史であり、運命である

戦闘ランク55くらいの国立魔導師養成所の同級生

まず既婚(クラスヴァナディース)ジュデッカ人、伝説に謳われしうちコ=モスティ三人。

既婚4使途のラストダンジョン4(ケイト)人が神に迫りし勇者達、コ=モスティ4人のうち次期人がリユニオン解命で退職だが、次期人ともアナスタシス=オヴ=―クラスチェンジ―ヨー・ウインな神へと挑む資格擁し。

のんびりチョコボといっしょにあてのない旅をしてる模様。

無垢イノセンス6(サイス)人中4人が堕ちし聖規隷属及び使い捨て型の歯車及び家庭内統制機構サーヴァント契約

光の戦士意思ソロプレイヤーでいて、おそらくミストが立ちこめる場所に不満のない(だがキマリは通さない)人は、イグニスナン・イン度の高い帝国の若きエースである国家資格持ちの1人――そして、この俺だけ。

なにが運命の門だったか思案するとコウ=コウサバイバルとき武装:冥刀・政宗)の意識ネオエクスデスさだったと思う。

偉大なる存在グラン>より賜りし刻印を取り、神へと挑む資格を活かして“傀儡”で死の前進した体制に護られし者は概ねこ混沌時代に満足していると信じていたようだ。

預言書の導くまま見果てぬ夢だったりゲームプレイ意欲が低次元導くまま進学すると、ズルズルとこれ程…俺たちはそう、信じていたではなかったと囁く――だが、我々には関係のないことになって封印を施す。

既婚と独身の余裕の差にレベル補正で圧倒される。

シュウショク流奥義・ファイナルヘヴン零式できる資格とEXP自分を……そして、この世界を救うんだなと幻想(おも)いました。

何度でも言おう、もはやロートロイド化はクロノスの檻に幽閉されんね。実体化した生き地獄を視た狂気破壊し尽くす

新生未来へと希望を託すために。

2018-05-21

グランディアIIIがクソってより初代が頑張りすぎたんじゃないかって話

ネタばれ注意※


初代が20周年なのに配信を終了されてしまったグランディアIIIちゃん

どうすれば許されたのかって考えるつもりで比較対象として初代を振り返ってたら思いの外ヤバい

いや、たぶん気づいてた人はプレイしてた当時から気づいてたんだろうけど俺はいさら理解した


テーマの一貫ぶりがすごい

物語が動き出すきっかけは冒険者である父親形見精霊石=これがキーになって古代文明遺跡に導かれる)

・「精霊石冒険者の魂」と主人公に語らせた後、「軍」が精霊石を狙う展開になる

 →軍は統制されたオトナ社会メタファーで、

  つまり自由vs規律暗喩子供vs大人暗喩をまとめてこなしてる

・「精霊石」が奪われた瞬間に主人公は死にかける。

・「精霊石」を奪うのはライバルキャラ父親

 しか古代文明調査をしてて呪われた将軍という立場

 →古代文明を探求する軍のトップ父親)、というキャラ立てで

 「探求心は悪にもなる」「大人からの抑圧」「偉大な父親からの抑圧」「探求心の喪失は死に繋がる」

 という暗喩をまとめてこなしてる。ナニコレ。

・「真理にたどり着いた者」だけに開かれる「精霊聖地」で主人公は「精霊石」を提示された後、それを否定して「精霊の剣」を受け取る。

・「精霊石」を「精霊の剣」で砕いて話が終わる

・「精霊の剣」はプロローグ直後のごっこ遊びで集める勇者の証として一度登場する

 →これ以上ない「子供」による「父親殺し」のメタファーやん


あえて説明するまでもないぐらいわかりやす暗喩だろうと笑われそうだけど

少年が男になる物語」がここまで丁寧にゲームで描かれてるのすごくね?



シナリオの置き方が丁寧

1.開幕は子供同士でごっこ遊びをしている

2.引退した冒険者の爺に認められる

3.母親が子離れして独り立ち

4.でも幼馴染はついてくる(=まだ子供)

5.ほぼ同い年の女の子に認められる

6.軍(大人)を出し抜く

7.閉鎖的な村の村長に認められる

8.巨大な壁を越える

9.勇者として認められる

10ヒロインを異性として認識する

11中年男(一人前の男)と幼馴染に認められる


ここでdisc1終了、先の精霊石メインの話=父親殺しの流れに。

認められる相手立場が徐々に上がっていってて

子供少年 の成長過程を描くのがめっちゃ丁寧でビビる



メタファーの置き方も丁寧

登場人物の見た目が東に行く(=主人公冒険が進む)ほど動物に近づいていき、自然も険しくなる。

 ラスボスの見た目は植物名前ガイア(=地母神/大地)

 力に目覚めたヒロイン背中に生えてくるのは羽ではなく翅。

 幼馴染がリボン代わりにつけてるのは主人公父親が見つけてきた「虫」とも「動物」ともつかない生き物。

 …あれ、てかガイアラストダンジョン攻略羽化しようとしてたよね?

  羽化しようとしたガイア精霊石破壊するとデカい樹(=世界樹)に。

  敵ボス将軍=仮置きの父親)が企てていたのは「ユグドラシル世界樹計画」。

  もしかしてこれ「母親離れ」も暗喩してる?

  ヒロインが虫ってことはそれよりデカい虫は母親しか考えられない気がする。

  名前地母神だし。

 父親殺しと母親殺しを同時にやって世界樹誕生…?

 つまり世界樹大人としての人格というメタファーになってるようにしか見えない。

 どうやらガイアは悪の象徴ではなく「制御できない感情」のメタファーらしい。

 もしかして「虫」=「童心」で二重のメタファーだったりする?

 いやいやこえーよ書いた人何者だよ

・敵将軍(=野望に囚われた父親)は「ガイアの芽」によっておかしくなった。

・「霧の樹海」の中にある村も「未開の森」の中にある村も閉鎖的

 「石の森」の中に滅びた村が存在している

 (ちなみに、海のそばの村は開放的に描かれている)

・人から精霊が失われると石になる。

 意志のない守護ゴーレム石像

 光翼人に力を注がれると蘇って石ではないロボットのような姿になる。

 光翼人の力で制止されると石に戻る。

 ガイアが光翼人の力で制止されると石になる。


精霊意思 であり、意思がなくなる=石になる と表現されている。

人→動物植物→石の流れは意志の強弱も暗喩しているらしい。(街や村のあり方を見るに)

精霊石=眠っている意思とも受け取れるし、父の遺志=精霊石メタファー完璧

遺志=精霊石を割るで父親殺しのメタファーがより強固に。



深読み苦手な自分がここまで読み取れるってことは読解力高めな人はもっといろいろ読めるだろう。

いや、怖!

キャラクターの一人がヒロインを参考にしていると明言されているし、

深読みロボットアニメの影響は多少あるにしても十分冒険譚として独自性を構築できていると思う


グランディアめっちゃボコられてたけど

女の子も楽しめるように王道冒険活劇書きました」でここまで色々仕込める人の後釜、務めようと思うか?

てか一介のゲーム会社社員がこれに「原点回帰」できるのか??

この織り込みに織り込まれた上でほどほどに読み取りやすメタファーの数々、

これを「16歳の飛行機乗り」「空」ベースにして再構築できるかって言われてホイホイできちゃうひとはどれぐらいいるんだろうか。

しかもここまでメタファーてんこ盛りなのにパッと見ただの冒険活劇を装うとか


出来上がってきたIIIはひどすぎたけどこの初代を踏襲したうえでパクリにならないような王道冒険活劇って、

ゲームシナリオ界にオリンピックがあったら確実に金メダル級の超難易度だと思う

話づくりに自信がある人、「俺が作るグランディアIII」にチャレンジしてみてほしい

「空」飛行機」「(ヒロインが空から)落ち(てくる)物」ベース

「16歳の少年が親離れして一人の男になる」話を「ただの冒険活劇」に見せかけて

初代相当のクオリティでかつ初代化とラピュタ化を回避しつつ完成させる。

初代のシナリオ作った人たちはすごいし

個人的にはIIIのシナリオチャレンジした人々も十分敢闘賞もらっていいんじゃなかろうかと思ったりする

20年前のゲームにここまで感心させられるとは。いやはや。



IIIのシナリオを見るに、おそらく思いついたシーンを組み合わせるだけで精一杯だったんだろう

メタファー仕込む余裕なんかなく、「青年主人公が長旅を経て強敵を倒す」話を構築するのがやっとだったように見える


ミランダユウキバックボーンから父親殺し(母親殺し)」を実現するにはエメリウスでは役者不足もいいところ、

子供をほぼ捨てたユウキ父親と妹を守ろうとするエメリウスではシンクロするところがほぼなく

仮にエメリウスの行動原理完璧ゲーム内で表現されていたとしても何の暗喩にもなっていない。

暗喩の有無は別にどうでもいいっちゃいいけど、問題は「父親殺し」が行われていないといけないのに

それをユウキが成し遂げていないところ。


暗喩はあるとカッコいいとか文章表現的な技巧を披露して俺つえーするとかそういう余剰ではなく、

本来物語の外にいる読み手に己との共通点無意識物語から見出してもらい、より感情移入してもらうための道具だろうと思う。

手だけでも布を縫い合わせることはできるが、ミシンを使えばもっとれいに縫製できると言う話だ。



血縁のない飛行王シュミットを「父親」に仕立てるために実の父親物語から消し、アロンソを途中退場させたのだということはさすがに読み取れる。

そういう小細工で作り上げた「父親」をいくら「腰抜け」と罵ってもその「父親」が作った飛行機に乗って空を飛んでしまっては何の意味もない。

それは父親の敷いた線路を辿っているだけであり、まだ子供のままであることの証左になってしまう。

しろこの状況での「腰抜け」呼ばわりは

「何故お前は父親を全うしていないのだ」という糾弾になっている。

まりグランディアIIIには「殺すべき父親」が存在していないのだ。

父親精神的に「殺し」て、別個の人間大人になっていく成長物語のはずなのに。

これではラスボスがどこにもいないのと一緒だ。


そもそも受難「空」は「III」にとって何なのか、

それを見定めずにシナリオ作りに移行してしまたことなのではなかろうか。

テーマソングを聞いてもわかるが「見果てぬ夢」なのか「素晴らしい場所」なのか「行き着く先」なのか定まっていない。

初代が「死にゆく先、生まれくる源」を「大地(地母神)」と定義したこと

芋づる式に様々なもの定義付けすることに成功し、植物の根が土を抱き込むように物語を包括したのとは対照的に映る。

また、成長とは生から死の一過程であり、生と死の描写から逃げては成長を描き出すことはできないのだと逆接的に証明しているようにも感じられる。


しかすると、初代を見上げたまま物語模索した結果、「初代=空」になってしまったのかもしれない。

ユウキ映画の中で活躍するシュミットの姿に憧れを抱いたようだが、

この「映画」こそが「初代」であり「空」なんだろう。

言うまでもなく、何のメタファーも仮託されていない空はただの背景であり景色である

景色は人を動かしたりしない。


結果的グランディアシリーズは終わりを迎えてしまったが、

これは続編がふがいなかったというよりは初代が「偉大な父」になりすぎてしまったんだろう。

ジャスティンが大変な苦労を伴って「父殺し」を成し遂げたように、

「偉大な父」を乗り越えるのはそれだけ困難だということなのかもしれない。

グランディアシリーズはそれを身をもって教えてくれた。

シリーズ20周年を迎え、改めて製作陣に感謝しようと思う。

2018-01-10

出たらいいなと思うもの

交通費

残業代

住宅手当

みんなどれくらい貰ってるんだろう。

メリットとかデメリットとかはどうなんだろう。

貰ったら人生もうちょっと楽になったり楽しくなったりするものだろうか、と、見果てぬ夢を見ている。

出たらいいなと思うもの

交通費

残業代

住宅手当

みんなどれくらい貰ってるんだろう。

メリットとかデメリットとかはどうなんだろう。

貰ったら人生もうちょっと楽になったり楽しくなったりするものだろうか、と、見果てぬ夢を見ている。

2016-04-17

意識低い就活ができるようになるような来世に期待

http://anond.hatelabo.jp/touch/20160417212529

記事拝見して就活生が思ったこと。まず先輩のご冥福をお祈りします

そりゃ自殺したくもなる。というか私がしたい。説明会やら筆記試験やら履歴書やらESやらやる事が無駄に多いし、お金も飛ぶのに、それをやっても報われる(=内定する)とは限らない。面接で落ちても就活生にはなぜ落とされたかからないからまるで自分否定されたような気分になる。会社側はその人を否定したんじゃなくて、会社に合わないから落としたなんて言うかもしれないけど、就活からしたら何も言われないで落とされるのだから、落ちた原因が分からないのだから、やっぱり「自分が悪い」と思ってしまう。そして自分何が悪いかなんて分からないからストレス不安たまる

しかも今回クソ経団連のせいで無駄短期決戦。スケジュールが短くめっちゃ焦る。説明会は被るし…色んな会社を見る時間なぞない。どこかの記事で今年は受かる人と受からない人の二極化が激しくなる…なんてあったが受からない側からしたらたまったもんじゃ無い。てかスケジュール短いせいで数撃ちゃ当たる戦法も例年に比べてし難いんじゃこれ。内定が1年後になっても決まらないような気がしてプレッシャー半端ない。7人に1人が就活鬱になるらしいが他人事じゃない。あ、秋採用やってくれる会社いっぱいあるといいな……

というか焦るのは多分他人の目が気になるのもあるのかもしれない。友達内定決まる中1人決まってないとか多分想像を絶する苦しさだと思う。卒業式が多分違う意味で泣ける。まぁ全部自分が悪いって結論に行き着くのもつらい。

http://www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/yoppy10

最近ヨッピーさんが就活対決記事なんてものを書いたが私の言いたい不満は大体ここに集約されている。

この記事に出てくる「意識低い就活」をこれから企業就活生もやれるような世の中になればいい。

後、記事の「既卒新卒関係なく通年採用」を色んなとこがやってくれたらまだ就活生への「一年以内に内定を決めないといけない」プレッシャーはマシになるんじゃないかなーそういう未来がくるといいなー

また今日も、忙しく退屈な『就活生』としての1日が始まる。

さよ教の人見先生が楽になりたい、それが夢だみたいなこと言ってたけど今なら分かる。とてつもなく非現実的で、とてつもなく遠い、見果てぬ夢だ。今はまだ4月から精神状態マシだけど1年後が来るのが今からとてつもなくこわい。助けて天使様。

そういや友達が今年のスケジュールのせいで教育実習やばいと嘆いていたのを思い出す。

2015-06-17

はるかなるおぼえたてセックス

俺の知っている限りあらゆるメディアがおぼえたてセックスはすごいのだと言い張るのだ。最近では「お兄ちゃん、右手の使用を禁止します」がそうであった。ほかにもさまざまなエロ漫画がおぼえたてセックスすごいと俺に囁いた。しかし俺はそのたびに疑問に思うのだ。おぼえたてはすごい。それはわかる。そこまではいい。しかし男女(であるとして)相互におぼえたてすごいやめられない、セックスすごいよぉと思えるためには前提条件がひとつ必要なのだ。それは少なくとも男性の側が早漏ではないということである包茎であることもあまりよくない。この世界は敵だらけだ。

たとえば挿入から射精までの時間を5秒としよう。服を脱いでからふたたび着るまでの時間を1セックスとする。1セックスにつき何回射精できるかは個人差があるだろうが、おぼえたてはすごいのだから5回くらい射精できるとする。若いってすばらしい。みんな敵だ。しか早漏の人はそのすべてを5秒で終える。仮に挿入時間女性の側の満足度にある程度の比例関係があるとしよう(かならずしもそうとは限らないが、この記事目的は単に逆恨みすることなのでそれでよい)。その場合、挿入時間女性満足度は1対1の比例ではなく、おそらく指数関数的な動きを示すはずだ。もっとも挿入してから男性が3日射精しないとかだと話は違うが、この場合そういう例外的な事例は措いておく。

指数関数であるということは、時間が短ければ短いほど満足度の上がる比率は下がる。つまり5秒×5セット=25秒分の満足ということではなく「え、もう?」×5回ということであるこれはすごいな。心折れるな。もう俺ヤギでいいやっていってヤギ探す旅に出るも、ヤギからも「え、めえ?」とか言われるレベルだ。もうだれも信じられない。ヤギですら。

まり「おぼえたてセックスすごい」というのは、あくま男性早漏でないことを前提にしているということだ。神速のホワイトスペルであるような人種は、何度セックスしても速度的な意味で常に神の領域にいる。時間が止まって見えるほどの異能があったとして、自分の内部では5秒を無限時間に感じ「ああ、まだだ、まだ遠い……この5秒は永遠だ……」と思っていたとしても現実には挿入してフンッ、ハッ、あああ……である

理解いただけただろうか。あとおぼえたてセックスすごいのとお医者さんごっこの経験ある人はそれを詳らかにしていただきたい。現実ファンタジー境界線の彼方に我々は見果てぬ夢を見るのだ。

あと「お兄ちゃん、右手の使用を禁止します」は、すごく安定したテキストと、すごく妹かわいいのと、おぼえたてセックスすごいのと、妹かわいいのと、妹がすごいので、ぜひやってみるといいと思います。ただし個人的な嗜好により最初のえろしーんまでの煮詰まり感がすごくありがたいので、えろしーんを通過すると一山越えたなあって感じになってあとは作業になりますもっとなんかこう、お兄ちゃんの夢精ジュースが飲みたいとかい理由で、煮詰まった状態を延々と繰り返して相互におあずけ繰り返すようなエロゲないすか。

2011-05-15

スーツ世界から逃亡したかった彼

社内の誰も、インターネットを知らない。パソコン通信もやっていない。

ああ悪かった、JUNETなんて君は知らないかもな。CompuServeくらいはしっているかい?

彼らは財テクも知らなくてビジネス書も読まないんだ。

Niftyフォーラムfjニュースグループ社会に与える影響について誰も語れない。

Macintoshは知るわけない。

自宅にキューハチもない。ワープロ専用機さえ持っていない人もいる。

年賀状プリントゴッコか芋版だ。

写真屋にそそのかされて生れた赤ん坊写真付き年賀状を送ってくる同僚はいる。

ゲーム機ピコピコと呼んで触れようとしない。

おかしいことじゃない。普通の人たちだ。本当に彼らは普通なんだ。

休日ゴルフや酒に興じている。カラオケも大好きだ。

喫煙所で何を話しているか想像出来るだろう?

彼らは、仕事プライベートを切り分けている、立派な人たちだ。

でも、やっぱり俺の生きていきたい世界は、ここじゃないんだ。

 

 

 

 

あの頃の彼は語っていた。とても熱く語っていたよ、

僕は技術に疎かった。言っていることはよく分らなかった。

から言葉は間違っているかもしれない。彼が生きていたくない世界から本当に逃げられたのかは分らない。

 

僕が生れたのは恵まれた家庭ではなく、親もパソコンを買ってくれなかった。

そんな意味の分らないものを買ってくれる酔狂な親が羨ましかった。

パソコンが何なのか理解できる親がどれほどいただろう。

彼は子供の頃からパソコン(昔はマイコンと呼んでいたかもしれないけれど)でプログラムを組んで遊んでいたらしい

解説をしてくれたけれど、何を言っているのか分らなかったよ。

幼い彼はとても神々しいことをしているように見えた。マンガに出てくるコンピュータはすごいものだったから。

 

早くに結婚したから独身貴族の彼みたいに金は使えなかった。

あのMacintoshは100万と言ったか200万といったか

パソコンくらい買った方がいいと言われてエプソンの一番安いものを買ったけど埃をかぶっていたっけな。

通信も金が掛かりすぎた。テレホーダイ?まともな人間は使えなかったよ。あんなもの使ってたのはどんな人達だろうね。

 

目新しいものを見つけると買ってきて、前に使っていたものはゴミだと捨てるんだ。

ああ、お下がりを友人達に売りつけていたかもしれない。

そして、まだそれを使っている人々を冷笑するんだ。彼らは普通の人だととても嬉しそうに語りながら。

今なら分るが、ネットにいくらでもいる手合いだ。自称「ギーク」のキモヲタだ。殻に閉じこもったヒキコモリと同じだよ。

 

彼は今でもテクノロジー見果てぬ夢を見て、Twitterの力を信じ

Facebookによってもたらされたかもしれない革命に熱狂し

2ちゃんねるで「情報弱者」たちを見て笑っているのかな。

はてなで高邁な理想を垂れ流しているかもしれないね

自分たちだけは特別な情報を知っていると。普通人達は哀れだと。

 

今でもゲイツジョブズの一挙手一投足に胸躍らせ、西和彦孫正義言葉に胸ときめかせているのかな。

本当にそれが続けられているならいいけど。

 

彼は今でも「未来」を押し売りしてごみを増やしているのかな。

僕も新しいものは嫌いじゃないけど。

 

自称ギーク達はMSApplegoogleFacebookTwitterを作った人達とは何が違うのだろう?

実は全く変わらないのだろうか?まるで彼らがそう信じているように?

2010-08-28

おかしな空気は伝染する

地方都市で、

俗に言うデスマーチ職場でSEモドキのようなバイトをする日々が続いて1年ほど経っただろうか

もともとは異なる業種で、

社長の思いつきにより 日本語ローマ字の切り替えもできないような若干名で立ちあがったプロジェクトだった

さて、ノースキル人間が どうでもいいような人を面接で通してしまったために事態がおかしな方向へ向き始めた。

テクニカル方面は僕と、僕より一回り年上の、社員の彼がいる。

断っておくが、もっとも社員と言っても、厚生年金など出ないような 弱小中の弱小だ。

僕は若干週末に顔をだす程度で、平日の深夜にコーディングを行う。

”彼”は phpハッシュあたりで躓いているようで、もちろんDB関連もままにならなず 正直使い物にならない。

(そうたった1言語くらいズブの素人じゃないんだから、3ヶ月でなんとかしてくれ!)

彼は僕のことを毎回毎回。天才と呼んでくれて 非常にイライラする日々が続いた。

そうこうしているうちに、新人が入ってきては辞め、新人が入ってきては辞め、を繰り返していった。

彼を雇った一番の年長も、辞めていった。

”彼”は。

■ 周りが分からないことを良いことに、転職先に出す作品を就業中に作る

■ 彼は、”僕”は普通だ、を切り札に、何もしない

 ・ 英語ドキュメントくらい読んでよ 無理です

 ・ 他社の動向調べてよ 無理です

そして財政的に 会社が困難な局面を迎えた

■ 僕は辞めます > そうですか

■ 僕は辞めますよ!? それでもいいんですか > そうですか

メッセンジャーで。個人的に)

あのさ、君、

君みたいなスキル中学生でもいるんだし、僕より年上なんだからもっとしっかりしてくれ

もう僕は君を助けられないよ。

■ 本当にあなたはひどい人だ、僕は普通だから、罵倒される覚えもありません!

・・・。

 どうぞお好きに、路頭にでも好きに迷ってくれ。

教訓。

 つぶれかかってる会社技術を安売りして変な延命措置はしてはならない。

 それはそうある運命なんだ。あなたが安売りをやめたとたん淘汰されることに変わりはない。

僕も大きな勘違いをしていたが

 簡単に技術伝達できれば苦労はないよね。

 ずっとピンだったから本当に気がつかなかった。

ずっとピンで技術を磨いているそこのあなたに警告しておくけれど

うぬぼれは最大の敵であると同時に、自惚れないといけないところでキチンと自惚れないと(あなたには無理、見果てぬ夢を見てはならぬ、と伝えること)

 一緒にコールタールに沈んで行くよ。

2010-08-26

[]新・福沢諭吉

雇用の流動化が必要だというと、「人々の不安が増す」とか「モチベーションが下がって生産性が落ちる」いった批判がよくある。たしかに会社という繭にくるんで、すべての人をやさしく守ることができれば理想だろう。戦後の一時期には、それが実現したと錯覚された時代もあった。しかし残念ながら、もはやそういうユートピアは失われたのだ。

今われわれが直面しているのは、福沢諭吉以来の「個の自立」という問題である。『福翁自伝』などを読むと、100年以上前の本なのに不思議単純明快でわかりやすい。本書は、その「新しさ」をハイエクなどオーストリア学派リバタリアンに重ねて解釈したものだ(絶版)。

ハイエクは福沢の死んだ年に生まれたので、福沢が影響を受けるはずはないが、両者には共通点がある。それは若いとき、ヒュームミルなどの古典自由主義の影響を強く受けたことだ。そしてハイエクにとって社会主義との闘いが個人の自由への信頼を生んだように、福沢の場合も「門閥制度は親の敵」という儒教的秩序との闘いが生涯のテーマだった。

福沢以来、丸山眞男大塚久雄に至るまで、個の自立は日本知識人見果てぬ夢だった。しかし今われわれの見ているのは、福沢が生涯をかけて闘った封建的秩序が自壊し、ゾンビ化した状態である。そこに出てきたのは自立した個人ではなく、帰属する集団を失って自殺する失業者と、家族にも見捨てられた「消えた老人」だ。雇用が流動化すると、こうしたストレスはさらに増えるだろう。

本書も指摘するように、福沢のいう「情愛」を排除して論理のみによって人々が結びつく社会は、彼のような強靱な知性の持ち主でなければ耐えられない。テイラーのような北米の人々が近代に築き上げた人工的コミュニティが崩壊して個人主義が強まることを危惧するのとは逆に、日本では近代以前から継承してきた「強い中間集団」が有効性を失う一方、人々は北米型の「強い個人」にはなれないのだ。

しかし福沢以外の道はあるのだろうか。北一輝個人主義を超克する国家社会主義提唱し、日本浪漫派は近代自我を否定して「近代の超克」の道をさぐったが、それは破滅への道だった。戦後日本的コーポラティズムの意外な成功は、欧米的な個人主義を経なくても繁栄できる「東アジアモデル」を示したように見えたが、それも幻想だった。

いま日本の陥っている袋小路を脱却する道は、おそらく福沢のいう「独立自尊」しかないだろう。われわれは市場経済によって得た富を捨てることができないからだ。そして組織を守ることによって個人を守るのではなく、古い組織を淘汰して社会によって個人を守るシステムに変えるしかない。福沢は、今なお新しいのである。

2009-05-09

恋愛対象

30代になってから、職場のお局的女性からアプローチを受けたりするようになった。何度か友人に誘われた飲み会がプチクラス会になっていて、元クラスメイト女性からも同様の誘いを受けたりもした。両方とも相手の質問に生々しい成分が多く含有されていたから、いわゆる婚活というものであろうと判断している。

僕は20代後半まで、まるっきり女性には相手にされていなかった。どんなに頑張ってみてもまるで成果はなく、女性に対する想いは報われることが無かった。避けられるどころか積極的に攻撃されてしまった時期すらある。僕にとって女性と付き合うということは夜空に輝く星に手を伸ばすような行為に等しく、見果てぬ夢でしかなかった。

風向きが変わった理由は、同世代の女性結婚を強く意識するような年齢にさしかかったことと、僕が世間的に見ればそこそこ評価される職場に勤めていて、さほど人格的に問題があるように見えないこと、多分ただその2つだけだと思う。

結局、若い頃僕を無視した女性も、今僕を求めてくれている女性も、言っていることは同じなのだ。「お前は恋愛の相手としては対象外だ」と。どうあがいても恋人にはなれず、夫にしかなれないってのは悲しい。人間的魅力、男性的魅力は一切評価されず、ただただ経済力や一般的な良識などその“利用価値”のみ求められているとしか思えない。

寂しいよ。僕はそんなに恋愛をする相手としてふさわしくないのか…

2009-02-22

男性の方が純情で一途であるとおもう。

べつに女性の純情や一途さを否定しているわけではない。

特徴としての話で、なんというか、男性の何かへの想いや期待や思い入れなどが、女性のそれよりも濃く、大規模で、過激な気がする。

ものなり人なり社会なり人生なりに対して期待が大きい。見果てぬ夢など見たりする。

そう、純情というより期待、夢といったあたりか。

2008-10-15

http://anond.hatelabo.jp/20081015184850

モノ作りとか研究職の人とかで知識欲・お金常識とかがある魅力的な人だけど狭い 世界で働いている+あんまり恋愛時間をかけれないって人とか合うんじゃないですか?
普段アプローチしている人はまさにこのあたりの人たちです。 ただ、この層の人たちってまったく異性に興味がなかったり、 逆に見果てぬ夢(笑)女性に対して持っていたり、 一生懸命アプローチしてもものすごく疑い深かったり、 気軽な感じで話しかけても怖がられたり避けられたり、 デートにまでこぎ着けても頑張っておしゃれすると不機嫌になったりと 言動の意味がよくつかめなくてとても難しい人が多いです。 職人肌の人、すごく魅力的なんですけれどね。

うわー理数系のPh.Dっぽいw 職業柄そんな人と付き合う機会も多いのでしょうか。
コメの返信みてて思った事で、 性善説を信じてる人も結構多いような気もするんですけどね。 (自分でそう思いたいのかもしれないけど。)
もう元増田はもう見てないかもしれないですけど、 恋人パートナー論は参考になりました。 また、どこかで。

http://anond.hatelabo.jp/20081009124744

元増田です。

連休の間にさらにレスブコメをいただいたみたいですね。

こんなにたくさんの方がなんらかの反応を示してくれたことに対して

心から感謝します。ありがとうございます。

もうわたしが出てくる必要はないと思うけれど、

投げっぱなしも失礼だと思うのでまとめということで最後の書き込みです。

好きっていう気持ちと、

でも、本当に好きだから何度もメールを送りつけてうざがらせてはいけないと思うし、

電話とかも気が引けてできないし、相手の都合を考えずに強引にデートに誘ったりできない。

こういう気持ち。

両方とも好きな人に、ぶつけてみたらどうかな。

片想いしている人と連休中にデートした時に

「もっとメールとかしたいのだけど迷惑じゃない?」と伝えてみたよ。

そしたら「俺はメールとか嫌いじゃないけど元増田は苦手なんだろ?」と言われてしまい、

たしかにその通りだったので言葉につまってあうあう言っていたら

元増田の気持ちはわかってるからじっくりやっていこうか」と

ハグしてくれて頭なでなでしてもらったよ。

その後、ほぼ毎日メールやりとりをするようになりました。嬉しい!

書いている内容は「今日○○をしたよ」的なことなので

本当にこんなのでいいのか、相手するのが面倒じゃないのかと思ったりするのですが、

先方はわたしがほかの男性と出歩いたり、やりとりしたりしていないことを知って

安心したというような返事が帰ってくることが多く、

そんな風に異性関係が派手な印象を相手に与えていたのかとびっくりしています・・・。

自分を客観的に見すぎ、人の意見聞きすぎ、空気読もうとしすぎ。

増田なんかで承認を欲しがるからうざがられるんじゃない?

無理にそういう方向に自分を持っていっているわけではないの。

単純に対峙している相手がハッピーだとわたしもハッピーなんだよね。

だから、おおむね振る舞いたいように振る舞っているのだけど・・・。

基本的に性悪説を信じている人が多いんだな、って感じる。

人生経験スペックなんかについても

自分の中で「そこそこ苦労もあるけどわたし的にはおもしろおかしく

やりたいようにやりまくって上等々々」と完結してしまっていて、

まったく気負いや承認欲がなくなっています。

それなのに「なんかあるんじゃないの?」と散々探り回された挙げ句に

無理矢理情報を引きずり出されて「ほらやっぱり!」と攻撃されたり、

「苦労したんだね」とか変な同情をされたりとか正直うんざりです。

わたしが世渡りが下手なだけなんだろうけれど、どう対応すればいいんだろう?

スペックがいいのはなんとなくわかったけど、

それでも非モテっていうのはなんでだろうね?

交友範囲が広くて出会いのきっかけは多いから、アプローチ自体はかなり多いんです。

ここ数年で正式な形のプロポーズも何回か受けています。

ただ、あまりにも強く結婚意識しすぎている人か遊び目当ての人ばかりで

きちんとしたおつきあいを考えてくれている人が全然いないのが悩みなのです。

お金や体やステータスでしか異性が寄ってこないなんて

非モテ以外の何者でもないじゃないですか

遊び目当ての人は論外として結婚前提のおつきあいでも構わないのですが、

2??3回しかデートしていないのにいきなり結婚について切り出されるとびっくりします。

デートなのに学歴や収入や家柄について事細かに聞かれたり/聞かされたり、

理想の結婚像」みたいな夢物語を語る人をどうやって好きになればいいのかわかりません。

結婚リアルな生活です。そんな綿菓子のような甘くてきれいなことばかりではありません。

結果であり、単なる通過地点のひとつなのに、そこだけを目指すのはおかしくありませんか?

だから、相手の条件が変わっても(ex.失業病気など)一緒にいたいなと思えるだけの

時間を共有する前に結婚という形で枷をつけようとしてくる人は怖いです。

「わたしといたい」ではなく「結婚したい」という方はお断りしています。

あと、結婚否定論者も子どもを授かった時にもめそうなので除外です。

元増田恋人定義がよくわからない。

恋人に求めるのはどういう関係か?ていう。

友達よりもさらに深い部分でコミットできるパートナーシップを求めています。

「血がつながっていない家族」的な関係を築きたいのです。帰る場所が欲しい。

だから、「好きな人とデート」や「制度として結婚」だけじゃなにも充足されないの。

なんで結婚したいんだろ?

なんで付き合いたいんだろ?

こういう疑問を男としては感じてしまうくらいのスペックですね。

結婚については前述の通り、あまり積極的ではなく及び腰なぐらいなのですが、

スペックが高い=恋愛は不要、というのは暴論じゃないですか?

社会的・物質的な豊かさがあっても精神的充足を追い求める気持ちはなくならないよ。

野良研究者年収800万円なんて正直なところ何も約束されていないレベルだよ。

でも、片想いしている人からも

「俺みたいに収入も多くない普通の男に惚れたとか正直信じられない」と言われ、

めちゃくちゃ傷つきました・・・。

一緒にいて楽しい、安心できるってだけじゃダメなの?

高学歴だし高収入だし勤め先も安心だから好きよ」って言われる方が信じられるの?

モノ作りとか研究職の人とかで

知識欲・お金常識とかがある魅力的な人だけど

狭い世界で働いている+あんまり恋愛時間をかけれない

って人とか合うんじゃないですか?

普段アプローチしている人はまさにこのあたりの人たちです。

ただ、この層の人たちってまったく異性に興味がなかったり、

逆に見果てぬ夢(笑)女性に対して持っていたり、

一生懸命アプローチしてもものすごく疑い深かったり、

気軽な感じで話しかけても怖がられたり避けられたり、

デートにまでこぎ着けても頑張っておしゃれすると不機嫌になったりと

言動の意味がよくつかめなくてとても難しい人が多いです。

職人肌の人、すごく魅力的なんですけれどね。


最後に匿名増田でこういうことをいう必要はないのかもしれませんが

パソコンエントリはわたしではありません。

2008-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20080915105348

 

なんだかぐだぐだ語っているが、基本的に給料の違いは能力の違い、だと思う。

要は、おまえの近くにいる女に30代独身のおまえが嫉妬してるだけじゃないのか。

 

そもそも「30代独身女性は、会社バリバリやっている奴らが多い」という現実認識が間違っている。おまえはあたかも一般の話であるかのように語っているが、ほんとうは特定ローカルの話、おまえ個人の私憤にすぎないのではないか。

 

統計を見ると、30代女性労働力率は以前よりも高くなっているが、実際には20代と40代の女性の方が30代女性よりもバリバリ働いている。

 

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo_img/zu1_2_01.gif

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo1_02_01.html

 

未婚者を世代ごとに比較しても、20代から40代まで労働力率にはあまり差が無い。20代がわずかに一番高いのが現実だ。

 

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo_img/zu1_2_09.gif

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo1_02_09.html

 

年収は400万円から700万くらい」「俺たちの世代で男女の賃金格差はほとんどない」そうだが、いったいどこの会社の話をしているのか。

統計では、女性労働者の8割が400万円以下の給与所得で、それ以上給料をもらっている女性は2割に満たない。ちなみに男性では6割の労働者が400万円以上の給料をもらっている。

 

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http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo1_02_12.html

 

管理職女性登用も、以前よりは増えてきているが、労働者の二人に一人は女性なのに管理職は12%しかいない。日本はまだまだ男性優位社会女性差別社会だ。

 

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo1_02_11.html

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo_img/zu1_2_11.gif

子どもを産まない、結婚しない、というようなことが議論になることが多いが、そういう人が何人かはいるにせよ、産まないのではなく産めない環境結婚しないのではなくできない環境日本という社会にある。結婚して出産子育て退職せざるを得ない社会環境もそのひとつだ。

 

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo1_03_08.html

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h20/zentai/html/zuhyo/zuhyo_img/zu1_3_08.gif

 

働く女は、結婚したいし、子どもを産んで育てながら働きたいと思っている。しかしそれは現実には難しいし、自分ひとりでは解決できない問題だ。その問題の背景には、労働環境の問題や、女性の不平等待遇などが背景にある。

そういう女性が置かれている問題に言及せず、「見果てぬ理想」だとか安直言葉現実を語ってほしくない。

 

おまえが直視すべき現実は、30代の見果てぬ夢でも、バブル問題でもない。

お前がただ単に無能で給料があがらないという現実だろう。

 

http://anond.hatelabo.jp/20080915105348

2008-07-15

わが子を自分探し病から守る 前編

あなたも私も自分探し

あなたに漠然とした質問をひとつします。

深く考えずにとりあえず答えてみてください。

「答えはどこにあると思いますか?」

本当に漠然とした質問で戸惑ってしまったかもしれません。

でも、答えてください。

反射的に出てきた言葉でいいので何か答えてください。

何となく決まり文句で出てきた言葉でいいので答えてください。

答えましたか?

これは自分探し病にかかっているかどうかをチェックするテストです。

「自分の中にある」と答えたあなた!自分探し病にかかっています。

このテストは、速水健朗自分探しが止まらない」を読んで、私が勝手に考えたものです。かなり精度の高いチェッカーだと自負しています。実際の自分探し患者である自分自身の病理をよくよく観察して考案しました。

自分探しが止まらない」を読んで、自分自身が自分探し病にかかっていることを認めざるを得なかったのです。不本意ながら。

でも、病を自覚できたおかげで、最近悩んでいたことがすっきりしました。

娘の教育にあたっての妻との衝突の悩みです。

「これだけは誰にも負けないという何かを、何でもいいから持つべし!」というのが、娘の教育にあたっての私の方針でした。決して突飛な考え方ではないと思います。

しかし、これを聞くと妻はため息をつきます。そして言うのです。

「誰にも負けない何かなんて、私には何にも無いよ!」

たしかに妻は、勉強や運動で飛び抜けた成績をあげたこともなく、これといった得意分野もありません。何かの趣味に熱中することもありません。

では、どうして妻は、私にとってかけがえのない存在なのでしょうか。

そして、娘の教育方針はどうしたらいいのでしょうか。

現在子育て世代は、深刻な自分探し病世代でもあるように思います。自分探し病でわが子まで不幸にしないために、私の考えをまとめてみました。

あいのり」に漂う時代の空気

自分探しが止まらない」では、我々の世代はみんな、自分探し社会から強制され続けてきた世代であることを、様々な事例から明らかにしていきます。

我々の世代というのは、「あいのり」世代として区切ることができます。青春時代に放送されていた恋愛バラエティー番組が「あいのり」であるという世代です。比較して語られるのが「ねるとん」世代。

私は「あいのり」世代です。そして、「あいのり」の本質恋愛バラエティーではなく自分探しバラエティーであると、「自分探しが止まらない」は分析しています。

私は「あいのり」という番組が大嫌いですが、好むと好まざるとにかかわらず、時代の空気というものは誰もが影響を受けてしまうものです。そして、テレビ番組時代の空気を映す鏡です。極論すると、我々の世代の全員が自分探し病の患者か予備軍なのです。

ねるとん」のキーワードは「三高」、「あいのり」のキーワードは「本当の私」、ここに世代間の意識の違いがくっきりと現れます。

高身長高学歴高収入」と恋愛成立の条件を「相手」に求める「ねるとん」に対して、「あいのり」は「本当の私を分かってくれる人」といった具合に、一見すると相手に求める条件のようでいて、じつは「自分」の内面的なことがすべてであるという違いです。

就職恋愛自分探しの「あいのり」世代

私たち「あいのり」世代は、徹底した自己分析によって自分の適性にぴったりの職業を見つけて、その職業に就くことによって初めて幸せ社会人になれると刷り込まれ続けてきました。

というか、刷り込まれてきたという自覚もありません。仕事自己実現であり、答えは自分の中にあるのであり、就職活動=本当の自分探しであるという考え方に疑問すらわかない状態です。

自分探し病が重症になると、恋愛についても同じ考え方をしてしまうわけです。恋愛=本当の自分探しであり、やっぱり答えは自分の中にあると考えるのです。

常に本当の自分とやらを見つめ続け、

「よくよく考えてみたら、私にはこんな一面があると気づいたの。だからあなたとはお別れね。あなたが悪いんじゃないの、あなたを選んだ私は、まだ本当の私じゃなかっただけなの。」となるわけです。

ファンタジーのつもりだった「個性重視教育

問題をややこしくしているのが、この考え方が「あいのり」世代特有の奇妙なものであることを自覚するチャンスが無いということです。「自己分析」という自分探しキーワードを「あいのり」世代が口にしても、スルーされてしまうという罠があるのです。

罠のポイントは、「あいのり」世代の奇妙な考え方にお説教のひとつくらいしてもよさそうな50代から60代あたりの世代こそが、私たちに「個性重視」教育を施した当事者であるということです。

その世代の人たちは、ある種のファンタジーというか、ものの考え方の振れ幅の片方として教えていたつもりで、まさかそこまで本気で私たち世代が信じ込んでくれているとは思ってもいないのです。

(没個性・画一教育へのアンチテーゼという意味での)「個性重視教育

をやっていたつもりが、いつの間にか括弧書きの部分が取れて、

「個性重視教育

になってしまったのです。

ファンタジー現実になってしまったわけです。バリバリの没個性・画一教育を受けて育ってきた世代には、どうにも実感の湧かない現実でしょう。自分たちが目標に掲げて実現した世界なのに。

だから、「自己分析」というキーワードを「あいのり」世代が口にしたところで、そこに信仰にも似た過剰なまでの熱量が含まれているとは思ってもみません。文字通りの意味で受け止めて、微妙にずれた言葉キャッチボールが成立してしまうのです。ある程度の「自己分析」が就職活動に必要なことは間違いないのですから。

相当に丁寧な言葉キャッチボールをしないと、この微妙な、だけどとても大きなずれに気付くことは出来ません。

議論を台無しにする認識のずれ

このような「自分探し」をめぐる世代間の認識のずれは、自分探し病についての建設的な議論を台無しにしてしまいます。

50代から60代あたりの世代は、まだマシです。我々「あいのり」世代が抱えている「自分探し」観を懇切ていねいに説明すれば、

へぇ?、そんな風に考えていたんだね。思っても見なかったよ。」と素直に受け止めてくれる人も少なくありません。

問題は「ねるとん」世代です。「ねるとん」世代は、「自分探し」がブームになった世代なので、「自分探し」について自分たちの世代もよく知っているつもりです。「深夜特急」が青春時代に刊行され、そのマネをして旅に出たという友達がまわりにたくさんいた世代です。

だから、自分探しについて自分なりの考え方を既に持っています。そして、それを語り尽くしたら、議論をおしまいにしてしまうのです。

自分探し?そんなものは俺が若い頃にもあったし、俺もかぶれた時期があった。あんなものは一種の通過儀礼で、いつまでも自分を探しているやつは甘えているだけなんだよ。」みたいな感じです。

たしかに「ねるとん」世代が青春を謳歌していた頃に「自分探し」はブームになり、「ねるとん」世代も多くの人が自分探し病にかかりました。

しかし、まさに「ブーム」でした。

ねるとん」世代の多くは「ブーム」として自分探し病にかかり、「ブーム」だからこそ、しばらくすると熱は冷めていったのです。

自分探し病がそのまま重症化してしまった人も、もちろんいました。オウム真理教に入信してしまった人などです。ただし、それは特別な存在でした。

しかし、我々「あいのり」世代は、自分探しこそが幸せへのパスポートであると社会全体が大合唱している中で青春時代を過ごしてきました。今の大学生にいたっては、物心ついてからずっとです。

自分探し病の病原菌に、いつか治すべき流行病として感染したのが「ねるとん」世代。素晴らしいワクチンであると学校で接種されて感染したのが「あいのり」世代なのです。自分探し病にかかるということの意味合いが全く違ってくるのは当然でしょう。

そのあたりの認識のずれに気付かないまま自分探しを論じているブログがたくさんありました。

404 Blog Not Found

「探すな決めろ - 書評 - 自分探しが止まらない」

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51003082.html

Baldanders.info

「『自分探しが止まらない』を眺める」

http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000376.shtml

どれも、我々「あいのり」世代の自分探し観と微妙にずれた、彼らの世代の自分探し観を前提として持論を展開し、議論を切り上げてしまっているように思えます。

適応しすぎた私と背中を向け続けた妻

自分の病理として捉えつつも、このように冷静に分析できたのは、私が自分探し病にかかりつつも、それほどこじらせないで済んでいたからです。

妻のおかげです。

私と妻、それぞれがまったく違う生き方をしてきたのが功を奏しました。

私は圧倒的な優等生としてずっと生きてきました。常に学級委員を務めていて、勉強も出来ました。しかも、好奇心旺盛で何にでも興味を持ち、個性的と賞賛される発想を、ずば抜けた行動力と調整力によって実現してしまう伝説級の優等生でした。運動神経は全くありませんでしたが、スポーツから逃げるのがしゃくで、中高と運動部に所属して、それなりにこなしていました。

あくまで事実を書いただけですw

より適切に表現するならば次のような感じでしょうか。

キモオタなんだけど、やたらと行動力があって、運動以外のスペックが全般的に高くて、何より精神的なダメージへの耐性がむやみに高いせいで、周囲の微妙空気も含めて力技で引っ張り回して、何だかんだで思い通りにしてしまう人間でした。

要するに、「あいのり」世代が受けてきた「個性重視教育」に、これ以上ないくらいに適応した人間だったのです。学校が楽しくて仕方ありませんでした。

就職するときには、超氷河期の中でしたが、おもしろそうだと思った仕事にすんなりと就くことが出来ました。今も仕事が楽しくて仕方ありません。

一方、妻は、勉強も運動も人並みで、特に何かに熱中することもなく、至って普通に生きてきました。学生時代に何かを成し遂げた思い出も無いそうです。

なんとなくいくつかの会社を受けて、内定をくれた会社就職し、しばらく働いてから寿退社。今は専業主婦です。

要するに、「個性重視教育」に背中を向け続けてきた人間なのです。学校では先生のお説教憂鬱で仕方なかったとのこと。

相変わらず我が道をばく進する大学生だった私が、ひょんなことから出会った専門学校生の妻に交際を申し込んだ理由は、そんな妻の普通すぎる価値観が逆に新鮮だったからでした。

まぁ、正直なところ妻の美しさが最大の理由でしたが、新鮮な価値観に魅力を感じたのも嘘ではありません。妻としても、私のキモオタぶりも含めて、すべてが新鮮だったからOKしたそうです。

私と妻の価値観のぶつかり合い

実際に交際を深めていく中で、かけ離れた価値観をぶつけ合うことが、やはりとても生産的なすばらしい行為であることを知りました。というか、妻がここまで徹底抗戦してくるとは思っていませんでした。

私が積み重ねてきた経歴や、獲得したたくさんの語彙や、膨大な知識に、まったく臆することなく、というか意味を見出さず、ひたすら一つのことを問いただし続けるのです。

「あなたは私を幸せに出来るの?」

そのあまりにシンプルな問いと向き合ったおかげで、私の自分探し病は悪化しないですんだのかもしれません。

「あなたは私を幸せに出来るの?」

「俺には輝かしい学歴があるからね。」

「あなたの大学卒業生はみんな幸せになれるの?」

「いや、これが結構残念なことになっちゃう人も多くてね。

だけど、俺は違うよ。就きたい職業イメージもしっかりしているし、そこに向けた努力もきちんとしているし。」

「あなたの希望通りの仕事に就けたら、私を幸せに出来るの?」

仕事はおもしろそうだし、お給料は人並みにもらえるらしいし、安定している業界だし、忙しい職場だけどそれなりに家庭生活とのバランスもとれるっぽいから、大丈夫だと思うよ。」

「本当に?」

「たぶん…。」

「私を幸せに出来るの?」

「いや、そう言われると…。これから社会がどんな風に変わるか分からないし、仕事が自分にとって本当におもしろいかは入社してみないと分からないし、それなりに出世するつもりでいるけど、学歴とか関係ない職場だし…。言われてみると…。」

真剣に具体的に考えて、私は愕然としてしまいました。

私にあるのは可能性だけで、何一つ確実なものは無いのです。

輝かしい学歴も、個性的な発想力も、築き上げた人脈も、彼女幸せを約束するための十分条件にはならないのです。いや、必要条件ですらないのです。

三段跳びに例えると、助走で最高に気持ちよく走ってきて、スピードものってタイミングもばっちりだけど、ホップステップジャンプでうまく跳べるかなんて、踏み切ってみないと分かりはしないってことに、初めて気付いたのでした。

走ることと跳ぶことって全く別のことですもんね。うまく助走出来た方が、うまく跳べる可能性が高くなるというだけです。うまく助走できていたのに、うまく跳べないことなんてざらにあります。一方で、助走ではいまいちスピードがのらなかったのに、うまく跳べてしまう人も少なくありません。

更に言えば、ホップステップまではうまく跳べたのに最後のジャンプで大失敗なんて、歴史教科書ではむしろ多数派です。

何はともあれ跳ばなきゃ話にならない

そんな問答を彼女としながらも、私はとりあえず就職活動を進めていて、希望通りの業界内定をもらいました。

しかし、内定を手に大学4年生となった私に、トラブルが発生したのです。勉学以外の活動が面白すぎて夢中になっているうちに、最後の一年でとるべき単位が大変なことになっていたのです。時間割のすべてのコマをパズルのように埋めて、すべての授業で単位を獲得できれば卒業できるという状況でした。

跳ぶことの怖さに気付いてしまった私にとって、そんな状況は、跳ぶのを止めて、とりあえず助走を続けるのにぴったりの理由に思えました。

その年度の卒業は諦めて、もう一度就職活動を仕切り直そうと思ったのです。自分探しを延長するのにぴったりの大義名分だと思ったのです。

三段跳びの踏み切り板が近づいてくると、もう少し走れば、もっといい感じのスピードタイミングになるかもしれないと思えてきたりもするのです。

内定した会社より、重役面接で落とされた別の会社の方がやっぱり自分にあっている気がしてきてみたりするのです。

そんなことを彼女にほのめかしてみたところ、一喝されました。

「何が何でも卒業して就職した方がいいと思う。最初から留年するつもりなんだったら、別れる。

だって、就職留年して別の会社内定したところで、幸せを約束できるわけじゃないのは一緒でしょ。試験勉強応援するからさ。」

彼女がそういうんだったら仕方ないというか、そうした方がいいことは薄々気付いていて背中を押してもらったというか、私は卒業に向けて全力投球することになったのでした。

そして、私は無事に大学卒業して就職し、今に至るというわけです。彼女、つまり妻が一喝してくれて本当に良かったです。

助走って楽しいんですよね。でも、助走はしょせん助走なんです。助走としての個性重視教育にしろ詰め込み教育にしろ、過剰に最適化された私は、走ることがあまりにも心地よかったこともあって、跳ぶことをついつい先延ばしにしてしまうところだったのでした。

たしかに、踏み切り位置がきっちり決まり過ぎていた頃は、それゆえの悲劇もあったのかもしれません。

足のタイミングが踏み切り位置にたまたま合わなくて失敗したとか、もう少し長めに助走していたらスピードがぐっと上がっていたはずだったとかです。

だから最近は、そのあたりの悲劇を無くすために、踏み切り位置をきっちり決めないでOKとする風潮になってきました。

でも、何だかんだ言って、結局は跳ばなきゃ話にならないのです。

「もっと真面目に助走しろ!」と怒られ続けてきた妻にしてみると、それほど意味がないように思える助走なんかさっさと切り上げて、早々に跳んだ方がいいに決まっているのでした。

ということで、妻に一喝されたおかげで、私は自分探し病をこじらせないで済んだのでした。

でも、いまいち問題の本質を理解しないままでいて、危うく娘まで自分探し病的な考え方に押し込めてしまいそうになっていたところを、再び妻に一喝されたというわけです。

「誰にも負けない何かなんて、私には何にも無いよ!」

「誰にも負けない何か」を求めたくなる理由

「誰にも負けない何か」というのは、私がずっとすがりついてきたキーワードでした。

閉塞感が漂う時代は、多くの人が確実そうなものにすがろうとします。医学部が人気になったり、公務員試験競争率が高くなったり、金相場が上がったりします。

でも、私たちの世代は、「すがれそうな確実なもの」という幻想をことごとくぶち壊された世代でした。

私たちが大学受験をした当時は、医者余りで食いっぱぐれる医者も出てくるなんて言われていました。

学歴は、無くて困ることはあるけど、あったところで何かを保証されるわけで無いことを、みんな知っていました。

大規模リストラニュースが毎日のように流れ、終身雇用の原則は、音を立てて崩れ落ちていきました。

そもそも、大企業自体があっさり潰れる実例をたっぷりと見せつけられました。

かといって官僚も、天下りありきの賃金構造モチベーションが維持されていて、そんないびつな構造を維持できるはずがないと、みんな薄々気付いていました。

そんな状況と、骨の髄まで染み込んだ個性重視教育から導き出されたのが、「誰にも負けない何か」という考え方なのです。

確実なものなんて望めない世の中だけど、それでも望もうとするのならば、努力によって磨き上げられた圧倒的な才能くらいでないとすがりつくことは出来ないという悲壮な認識です。

でもね、そんなものに手が届くはずがないのです。認めたくないですけど。

だから、妻の反撃は私を追い詰めていきます。

「誰にも負けない何かなんて、私には何にも無いよ!あなたにはあるの?」

「Aの分野における、Bという条件での、Cなら誰にも負けない自信がある!」

「随分限定するのね…。そこに需要があるの?」

「ある!…はず。」

「食べていけるの?」

「…いけると思う。」

子どもの学費もあるんだよ。」

「いける…ん…じゃないかな…」

「厳しいんじゃない?」

「まあ…ちょっと…覚悟は…しておいて…」

それなりにスペックが高いと自負している私は、努力さえすれば「誰にも負けない何か」が手に入ると思っていました。でも、ちょっとやそっとでは「誰にも負けない何か」なんて到達できるはずがありません。

そこで、私はニッチ路線をひた走る戦略へと方針転換したのでした。数は少ないけど熱烈に支持してくれそうな見込み客がいて、市場としてこれから成立しそうな分野に、今から開拓者として乗り込んでおこうというわけです。この方針転換自体は間違っていないと思っていますが、もはや「すがりつける確実なもの」というレベルの話でないことを、認めざるを得ません。

というか、「一生安泰」のためには、「誰にも負けない何か」を「ある程度維持し続ける」必要があります。一発屋が、むしろ不幸へとつながりやすいことをみんな知っています。かといって、「誰にも負けない何か」を「ある程度維持し続ける」という生き方は、もはや普通人生以上の修羅の道です。

要するに、「誰にも負けない何か」なんて見果てぬ夢であって、それを目指すことは悪くないけれども、それを必ずつかめるはず、それをつかんで初めて幸せになれるなんて考えるのは大間違いだということです。

でも、なにか確かなものが欲しい!

そこで頭に浮かんだのが、「誰にも負けない何かなんて何も無い」妻が、私にとってかけがえのない存在であるということでした。

どうして妻は私にとってかけがえがないのか

私にとって妻がかけがえのない存在である理由を考えてみました。

私は常に暴走モードに入っています。ふと思いついた楽しそうなことに向かって、闘牛のようにとりあえず一直線に向かっていきます。

そんな私の背中にまたがった妻は、時々私の耳たぶを引っ掴んで大声で叫ぶのです。

「あんたバカぁ!?そっちに行ったら危ないでしょ!ちゃんと前見て走りなさいよ!」

妻を背中に乗せていなかったら、私は壁に激突しまくって瀕死の重傷を負っていたことでしょう。

一方で、私の背中に乗っていなかったら、自力で前に進むのが苦手な妻は、その場に座り込んでため息ばかりついていたことでしょう。

今となっては、これ以外考えられない組み合わせです。

「誰にも負けない何かなんて何も無い」妻ですが、私を操縦することにかけてだけは、誰にも負けないわけです。

一方で、こんなきっついツンデレ妻を背中に乗せていられるのは私くらいだという、妙な自信もありますw

もちろん、最初からこの組み合わせがうまく機能していたわけではありません。長いつきあいの中で、お互いに激しくぶつかり合って、お互いに譲り合ったりしていく中で、何とか作り上げたギリギリのバランスです。

自分らしさの大切な要素だと思っていたものを、それぞれが泣く泣く諦めたりして今があるのです。そして、これからもぶつかり合いは続きます。

そうなんです。ぶつかり合いは続くんです。あらゆる状況は常に変化していくわけで、最高の関係を築き上げたつもりの私たちの間で、微調整どころではないぶつかり合いが、これからも発生し続けることは間違いないのです。

結局は、個人と個人とが直接ぶつかり合って作り上げた関係性の中にしか、確かなものなんて無いというのが私の結論です。そして、それは常に揺らぎ続けるものであって、確かなものにし続けるために不断の努力が欠かせないものなのです。

不断の努力無しには崩壊してしまうものが「確かなもの」であるかは微妙なところですが、わが家では、その程度の「確かなもの」で十分とし、それ以上のゆるぎない何かを求めるとろくな事にならない気がします。

答えはどこにあるのか?

私たちが探し求めている「自分」というのは、結局のところ「存在意義のある自分」なんですよね。

そして、それは「自分の適性を最大に生かして仕事をすること」とか、「誰にも負けない何かを身につけること」とか、「自分のすべてをありのままに受けて入れてくれる恋人と出会うこと」とかではなくて、「大切にしようと決めた人と、お互いがお互いにとって大切であり続けるためにもがき続けること」でしか手に入らないものなのです。

かといって、「キミとボクの関係世界のすべて」だなんて、そこに過大な意味を見出そうとすると、また妙なことになってしまいます。

そうではありません。あくまで、世界のすみっこで生きている個人同士が、その存在の小ささを受け入れた上で、お互いの存在価値を認め合って、それに見合った努力をし続けるということなのです。

「答え(=「存在意義のある自分」)は、どこにあると思いますか?」

という質問に改めて答えるならば、「大切な人と自分との間」にあるといったところでしょうか。

追記 わが子を自分探し病から守る 後編へ

後編へのリンクを忘れていました。

増田なもので、すみません。

わが子を自分探し病から守る 後編

http://anond.hatelabo.jp/20080715002502

2007-02-13

目的を探すのはいけないのですか

http://anond.hatelabo.jp/20070213105511

一生かけたって全世界を見ることなんか出来ないと思います。

あなたが言うのは、恐らく比喩であって、一生かけて見れる限りの物を見る、といういわば見果てぬ夢としてなのでしょうけれど、知的好奇心は乏しいので。世界に興味はありません。

生きる目的を求めるのはエラそうなことなんですか。

目的なしに生きていかなければいけないんですか。

何があなたにとって不快だったんでしょうか。

 
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