「終末論」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 終末論とは

2020-02-11

anond:20200210200136

ガイジは終末論に感化されてテロ起こす前にとっとと死んでろ

2020-02-10

anond:20200210153429

自分環境保全分野の仕事をしていて、どちらかといえば環境左派的な立場でやってきたが

バカ大衆扇動する終末論流行して、現場迷惑している。

自分の周りの専門家でグレタを歓迎してるのは年寄りくらいだ。

2019-11-11

ターミネーターニューフェイト見たけどポリコレ侵食されててつまんなかったわw

とにかくシンデレラ城が透けて見える作品でした。

いやぁ、とりあえず世界の終末は回避されたけど、昔の名作がディズニー資本によってプロパガンダ作品に変容していく世界線になるとは

30年前の僕たち私たちは予想できなかったんじゃないでしょうかね?

とりあえず旧作の見どころをなぞって、とりあえずポリコレコードフェミニスト神話を放り込んで出来た作品って感じでした。

以下ネタバレ入るけど、

救世主母親として「母親からって簡単に殺せると思いました?無理でした!」って突きつけたカタルシスに溢れる1作と2作は無視して、サラの息子はお茶飲んでのんびりしてたら

呆気なくターミネーターショットガンで殺されて

その殺人マシーンは数年後人間の温かさを学んで優男になりました!赤ちゃんオムツもすぐに変えられるよ!ってなんだこれ。

神話崩壊させるのはいいけど、残ったのはタダのロボット映画じゃん。そんなんインド映画で十分じゃないの。じゃぁ代替になるような登場人物だしてくれんだよな?

って思ったところに出てくるのはヒスパニック普通の女。まぁ女が成長してカッコよく戦うのも悪くないけど、こいつはサラの血縁関係でも、性格が魅力的で野心に溢れるわけでもない普通の女。

ジョンは「終末論を信じるイカれた親に育てられて、ハッキングもしちゃうちょい悪少年」っていう魅力があったのに、こいつは何にもない。

女だからって理由で選ばれて、能力があるわけでもないのに戦うほぼ姫プレイ女。戦いの途中でなぜか神が舞い降りて、「その目はリーダーの目……!」みたいに言われるんだけど、こっちとしては完全に意味不明

まぁ全てが「ポリコレから」で説明できちゃうし、それ以外じゃ説明できない。

そもそも、というかここが一番言いたいんだけど、「ジェームズキャメロン現代ちゃんと見ていない。見ていないので未来が描けない」

というのを言いたい。そりゃポリコレに当てはめれば「若い人はみんなリーダーになって世界を救いたがっていて、その中で女が這い上がってリーダーになる」ってのは素晴らしい脚本に思えるかもしれないけど、

ちゃんと周りを見てみろと言いたい。アメリカンドリームなんてとうの昔に終了していて、女に限らず、男も女も若い奴はみんなリーダーになりたくない。

自分の小さい世界の中で生きるのに精いっぱいで、車なんてぜいたく品で、身の回りを守るのに精いっぱい。それをキャメロンみたいな資本階級が「ポリコレ」を突きつけて、その世界を崩そうとしてくる。

そんな「正しい世界」には自分たちは入ってなくて、そこにあるのは老人たちのお金と富だけ。昔と違って、今じゃ「世界」は救うには値しないし、リーダーになってもその世界操り人形。なる価値ない。

結局、そんな知識階級は五寸釘ほなみみたいな「可愛くて綺麗で自分たちを守ってくれるような女」を適当に選んで、それを素晴らしいものと信じて疑わない。自分たちは守られるに値すると信じて疑わないんだよな。

家族より自分たちの世界を選んでくれると信じている。

まぁ、流石キャメロンだけあって、コンセプトの作り方とか映画の妙、ターミネーターの良さは出てたと思うし、男をボコって快感!とかは無くて、まぁそれなりに男女平等的な扱い(ただし男は依然として特攻隊員要素として消費)なんだけど。

一番言いたいのは、

今の時代若い奴はリーダーになりたいとか思ってない人が多いし、老害がはびこるこの世界なんて滅べと思ってるよ。全然感情移入できません。老人用の介護映画が増えて気持ちわりいなって話です。

2019-11-03

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/gendai.ismedia.jp/articles/-/68182

記事はなんか終末論みたいなやつで終わるし正直微妙なんだけど上位コメント詭弁カタログみたいだったので、詭弁のガイドラインを使用して反論を書いてみた

参考:詭弁のガイドライン http://d.hatena.ne.jp/keyword/%EB%CC%CA%DB%A4%CE%A5%AC%A5%A4%A5%C9%A5%E9%A5%A4%A5%F3

6.一見関係がありそうで関係のない話を始める

ホームレスなら避難所に受け入れを断っていいのか? という話なのに「ホームレス入店を断られても命の危険はない」という点で異なるコンビニの話を始めている。

そのあとも、「受け入れるかどうか」の話ではなく受け入れた後に他の避難者が我慢できるかどうかの話をしている。

これは受け入れるかどうかとは関係あるようで関係ない。

受け入れて他の避難者が我慢できなかったら、他の個室に移動してもらうなり、次善策を考えればよいのであり、何なら皆で話し合って仕方がないとなったら追い出せばいいではないだろうか。

そもそも臭いのが我慢できないから受け入れないという人が大多数なのであれば、受け入れたけど臭いから追い出しました、というのも問題ないはずであろう。

  • tamasotamaso 確かに断ったのは役所の者ではあるが、彼らは異臭を嫌ったのではなく、他の「住所がある者」から異臭について苦情を言われることを嫌ったのだと思う。

うん。そうですね。

この人は別に何も主張してないので詭弁ではないですね。

うん。そうですね。

11.レッテル貼りをする

6.一見関係がありそうで関係のない話を始める

ていうかこれは意味がわからいからむしろ

8.知能障害を起こす

だと思います。落ち着いてください。

うん。そうですね。

6.一見関係がありそうで関係のない話を始める

5.資料を示さず持論が支持されていると思わせる

これは5,6の合わせ技であろう。

混雑した車両内と外に出たら命の危険がある避難所関係ありそうで関係のないのは言わずもがなですが、「みんな」の使い方がなかなか巧妙だと思う。

「それが現実です」のあたりは

4.主観で決め付ける

であるとも言えるかもしれない。現実と言っているが客観的証拠は示されない。

これは皮肉なんだろうけど、とりあえず受け入れてその後次善策を考えるべきというのは自分の考えに近い。

引用ブクマ


そうですね。

でもまあ災害時のなどの緊急事態っていうのは、一緒に居たくない人と同じ屋根の下で過ごさないといけない、というような問題はたとえホームレス排除したとしても絶対に発生するのです。

翻って「台風の夜にホームレスは見殺しにしろ」というような不寛容な人とできれば俺は一緒に居たくないんですが、同じ日本で過ごさなければいけないという問題はいかんともしがたいですね。

2019-06-02

ゴジラKoM※見てきたか感想書く

KoM(キングオブモンスターズ


まとめ

人間ドラマいる?

これだけ騒いでこれで終わり?

メッセージは何なの?


ここから先はネタバレあり


まー最初に言いたいのは、怪獣ブンドドしたいのか、何か意味深な話がしたいのか、人間ドラマを描きたいのか、どれかに絞れよってことです。

包み隠さずに言えばマクガフィンメアリー・スー悪魔合体させた環境テロババアを暴れさせたのがただの舞台装置しかいかもっと手短にやれ。違うというなら単なる仲直りじゃなくてしっかり描けってことです。

もっと言えば、あのババアいる?

主人公気取りのオルカ一家が丸ごと不要だったとすら言えますね。ガメラシリーズゴジラシリーズにはちょくちょくああい家族が出てくることは確かにあるんですけど、それは怪獣映画子供向けであるが故になんか道徳的なシーン入れないと見せに来た親御さんがモニョるよねって要素の解消としての装置なわけでして、単におっさんオタクがうおおおおするだけのモンスタープロレスしかないならいらんのですよ。

ドラえもんでもなきゃクレヨンしんちゃんでもないんだから、ただただ怪獣が暴れてりゃいいんですよ。

AVに細やかなストーリーが求められてないのと同じですよ。

あの一家テロリスト活動を通じて何かを取り戻す過程なんてのは、映すにしても映像感をつなぐための接着剤として割り切って10分ぐらいでいいんですよ。

マジでね。

ババアいらね。

娘もいらね。

親父もいらね。

芹沢博士だけでいい。



んでまあ次に言いたいのはね、オチショボくねってことです。

ギガデストロイヤーと戦ってるわけでもないのにバーニングしだしたのはビックリしましたけどね。

でもそれやるならもうギガデストロイヤーやスペースゴジラと戦えよって話ですよ。

キングギドラが怪獣として最高なのは確かでしょうけども、この令和の時代世界中怪獣キングコングまで含めて叩き起こしてまで倒す相手としてはちょっとまだ足りないです。

結局はオーバーキルであっさり終わってましたし。

せめてメカキングギドラですよね。

最後にチラっとそんなシーンがありましたけど、あそこまでを開始1時間15分でやって、そんで最後バーニングしてたら最高だったんすよ。

ゴジラとギドラ死んだ→メカキングギドラ登場人類終わった→実はメカゴジラ作ってた→やっぱ勝てねえ→芹沢キングコングが犠牲になりゴジラ復活→メカキングギドラ+ファイヤーラドンvsバーニングゴジラ+モスラ+ガメラ

ぐらいのやりすぎ座組でやってこそのKoMでしょう。

怪獣大決戦にスタースクリームと化したラドンおまけしただけの話で終わられちゃ消化不良なんですよ。



そんでまあなんでこの映画が尺とスケールの割にオチがショボかったのかというと、ひたすら人間ドラマやってたからです。

それもまあ怪獣との共存とか未知との遭遇とか科学兵器開発とかよりもメインは、どっかの被災者家族が、頭おかしくなって暴れまわって娘がそれに振り回されてるうちになんかスッキリして和解、っていうただそれだけの話に尺を使いまくったからです。

なんですかコレ?

我々が映画館に払った2800円(3Dメガネ込み)は超弩級怪獣プロレスを見るための値段なんですよ。

突然リングに上がり込んできた裏方スタッフによる家族への手紙朗読会をブックと言い張って見せられても困るんすよ。

その時間があるなら話をもう一回り回転させろよってことです。

この映画の不満点はそこに付きます

最高クラス映像も、重量感も4DXとの完璧な相性も、原爆ゴジラ関係性へのリスペクトも、最高すぎるメインテーマアレンジや、しみったれ自衛隊なんてテーマソングすら関わらせてやらねえという割り切り方も、中学生教室でするような妄想幼稚園児がクレヨンでコンテにしたためたようなジャンクさも、全部、全部、この勿体なさが台無しにするんですよ。

なんで?なんでこんな素晴らしい映像を作れるのに安っぽい環境テロリストとヒスババアによるくだらん終末論物語の柱として居座ってるの?となってしまうんですよ!!

テロババアによる凶行なんてのは最初の1時間でかたをつけて残りは全部怪獣科学者による殺戮パーティーであるべきだったんですよ。

必要ないんです。

世界を滅ぼしたいテロリストはまだしも、愛を叫びながら地球を滅ぼしたがる頭お花畑のおばちゃんも、後悔することが仕事みたいな面した陰気なおっちゃんもいらないんですよ!


結論

映像 最高!

座組 おしい!

重量感 最高!

4DX 超最高!

リスペクト 最高!

ストーリー 💩💩💩

キャラ まあまあの💩

2019-04-21

anond:20190421210053

かにフェミ産児制限を唱えた時代もあったけど

本当にフェミ啓蒙だけで少子化が進んだのかなあ???

1970年代にはノスタラダムスの大予言みたいな終末論一種で、人口爆発資源ヤバいみたいに煽られてたけど、昔からある大災害予言で民をびびらせるキワモノ話の1パターンみたいなもんで、フェミ関係あったとはあんまり感じないなあ

実際に少子化が進んだ理由も、高学歴化による育児コストの高騰という経済的問題の方が、フェミときの影響よりずっと大きい気がする

2018-09-19

anond:20180919172821

団塊いちばん中心層(1947~48年生まれ)はそう

でも団塊の年少組(1950年前後)とか、浪人留年就職浪人組は就職シーズンにかかってた者もいたはず

さらに、すでに就職していても、就職して3年目あたりで当時としては未曾有の経済混乱と大インフレに直面だ

生活用品が買えんだの、下手すっと原材料の高騰に耐えられなくて会社が潰れただのという話も少なくはなかったはず

現代に生きてる俺らは、長期的視野でみればこの混乱期は数年で、1980年代にはバブルが来たと知ってる

でも1970年代当時に20代だった人間には、そんな未来は知らないから、本気でお先真っ暗と思った奴は結構いたはず

でなけりゃ終末論ブームは起きてない

さらに少し先の話をすると、1980年代になってもしばらくは「低成長時代」だの「円高不況」だの「日米貿易摩擦」だの、さんざん暗いことが言われてた

バブル時代で世に貧困はなくなったと誰もが思うようになったのはだいたい1988年ごろかあな

あと石油ショック以外に、公害、米ソ冷戦核戦争の恐怖、凶悪犯罪などなどで1960年代は暗かったという傍証ウソだという反論はないの?

anond:20180919141828

1945~1950年まれ団塊世代が、冷戦に直面したのは物心ついてすぐ

昭和30年代にはさんざん「今すぐ米ソ核戦争!」みたいに騒がれてた

核戦争題材の映画渚にて1959年公開

フランキー堺主演の『世界大戦争1961年公開

当時の超有名作品から観てない子供でも内容は大まかには知ってたろう

このころはしょっちゅう地上や離島核実験やってたか死の灰も降ってた

公害問題視されるようになったのは1960年代後半(水俣病工場廃液説が公認されたのは1964年

そのころ団塊世代高校生から大学生

オイルショック1973年)に直面した時期に団塊世代20代前半

下手すっと就職の時期にちょうどぶち当たってる

連合赤貧だの中核革マル内ゲバだの陰惨な事件が相次いだのも団塊20代前半の時期

「それでも未来があった」とか言うんだろうけど、団塊20代1970年代には

日本沈没』や『ノストラダムスの大予言』が大ベストセラーになって終末論流行

環境汚染核戦争人類の将来はヤバイヤバイ」てな言説もさんざん広まった

いっけん関係いかも知れないけど、団塊世代10代の1960年代には

幼児誘拐されて殺されてすごく騒ぎになった「吉展ちゃん事件」(1963年)とか

女子高生が殺されて冤罪疑惑が根強い「狭山事件」(1963年

在日韓国人差別にブチ切れて起こしたといわれる金嬉老事件1968年

極貧少年永山則夫による連続射殺事件1968年

などなどが起きてる

団塊が若かった頃「ひたすら明るくハッピー、暗い世相はいっさい無し」とかウソです

そもそも当時は現代比較すればGDPはずっと低い

兄弟たくさんで汚い小屋みたいな家に住んでるとかごろごろあった

団塊世代10前後で『月光仮面』の放送が始まった1958年テレビ普及率は50%以下

テレビが見られない、裕福な友人宅に頭を下げて見たなんて子がごろごろいたはず

だんだん普及していく過程では「お前ん家まだテレビねえの~」っていじめもあったろう

現代人と比較して何から何まですべて幸福だったとはとても思えんぞ

2018-06-26

日本人終末論

どうでもいいことを買く、

日本人やばいと思う。生きる力を失って、どんどん弱っていっている。

戦後、自らを悪役と教え込まれ、信じ込み、自分たち否定する文化を持ち続けていた日本人島国故に外敵を身近に持たなかったためか、国民ぼんやり平和ボケしている。日本ミサイルが、核弾頭が、飛んでこないとどこかで思っている。でも、いつ飛んできてもおかしくない状況が

、、実はうっと続いている。国は絶対存在ではない。なくなるときにはなくなるのだ。

日本人はどんどん間抜けになっている。500年技この国は残っているのだろうか。日本文化は正しく継承されているのだろうか。

逆に。日本文化はこの世に残る必要があるのだろうか。消えゆくものではないだろうか。

書いていたら右翼っぽくなってしまった。しかし、日本が生き残ることは日本人にとっては必要だろう。

2018-01-15

孤独死したくなければ誰でもいいから籍を入れろ」を読んだ。

バカがと思った。言いたいことはいくつもあるがとりあえず二つに絞る。

1、なんで煽りインチキ宗教並みなのか。

さっさとやれや。さもないと悲惨なことになる…という煽りは正直インチキ宗教の勧誘と同じだ。

私は友人に誘われそういうところのセミナーを一時間ばかり聞いていたことがあるがそれをしないことがどうして悲惨かばかり滔々と語っていた(8割くらい)。似ている。

もし加入すればこんないいことがあります(聞いてると詐欺しか思えないが)を少し主張する分インチキ宗教のほうが幾分ましかもしれない。

結婚しないと老後がーだの孤独がーだの煽るのばかりだ。

オウム真理教終末論ぽいのを説いて事件引き起こし結構問題になったが、冷たく例えるとそれ。いうなれば結婚真理教

あの手のインチキ宗教勧誘は1000人煽って一人でもバカが引っかかれば成功なんだけども結婚煽りもそれでいいのかね。

結婚教の連中はそれでもいいのかもしれないが。

2、こいつ孤独の恐ろしさをあまりにも知らなすぎる。

誰でもいいからとか本当に正気かこいつと思う。ちょっとでも孤独の恐ろしさ知っていたら出てこない発言だ。

私には偽装派遣で一人誰も知らない連中ばかりのIT派遣にたたき出されて死が頭にこびりつくレベル孤独に1年苛まれ経験がある。

私に限らないならもっとひどい例もある。時折起きる小中学生いじめ自殺や去年自殺の原因が発覚して大問題になったTENNさんの事例だ。

端的に表するとはなから一人の苦痛が0から1とするなら周りから全く受け入れてもらえない私が経験した悪夢が50から精々100くらいだと思う。

それでも耐え抜けたから。あと一年は無理だったと思うけど。

そこにいじめが入り時々発生する自殺学生悲劇はきっと桁が上がって1000くらいだろう。彼らには逃げる選択肢ほとんどないからな。

信じるものに裏切られて自分でその責任を抱え込み死を思い込むしかなかったTENNさんの孤独もそれこそ1000か2000の苦痛だったと思う。

孤独とは最悪そのレベルまで行きつくものだ。ハナッから一人なんて孤独のうちに入らないんだよ。

仮にそれが少しでもわかっていてそれでも一人が仮に嫌だというのなら「ちゃんといい人を探して選ぼう」とは言えるかもしれん。多分そういう人ならいるだろうし少なくとも理解はできる。

でも「誰でもいいから選べ」なんてクソバカなセリフは口が裂けても言えないはずだ。それが一番危険なことだからだ。

こんな甘ちゃんに孤独は怖いんだぞと語られるのがものすごくあり得ない。

2017-12-31

anond:20171230111228

終末論と同じで、永遠に一定数が感染する病みたいなもんだろうな。

罹らない人が大多数なわけで、根底は結局これもKKO問題だと思う。氷河期世代とか多そう。

それでも命は続いていくし、種が絶えても次が長い時間かけて進化してくるだけだし、

一旦完全に滅んだところで、新たにどこかで命が発生するから

真理めいた事を考えてる風な割に、オチとして、どうあがいても無駄なのが皮肉だな。

2017-10-10

日本おわったわー論

あれらの論がよくわからんのだけど、何が問題で何が気に入らないんだろう? 少子化先進国共通問題だし、経済に関してはいときもあれば悪いときもあるだろう。世界経済の中での地位が低下しているという話だって、低下するのがなんらかの(神の?)ルールに逆らってるという気はしない。

そもそも日本戦後好景気経済拡大をしてきたわけだけど、拡大するのはいいが縮小するのは許さん!というのは理屈に合わない。「俺が不快だ!」というのは判るが、それって要するに個人的な好みだし、世界がそれに従わなければいけない理由は全く無いように思える。

この種の話をすると「じゃあお前はこのままでいいと思ってるのかよ!?」とキレ気味なレスが付くのだけど、その終末論事態解決に何か役立ってる気はしないし、そんなことをがたがた言ってるくらいなら「今日お仕事しましたー」なんていっていっぱい飲みに行ったほうがよほど消費に(つまり経済高揚に)貢献する。

あれらの愚痴(もはや論ですら無いと思う)を言う人に共通して感じるのは「日本は選ばれた先進国なので、未来永劫世界に冠たる地位保証されてしかるべき」みたいな非言語感覚なのだけれど、そんな保証どう考えたって無いだろ。無いし、日本に限らず、そんなもの特定国家に与えられるべきでもないだろ。

あい愚痴を言ってる人の脳内ってどうなってるんだろう?

終末論は何も生んでない」って無知も程々にしとけよw

実際、終末論って大概、天国行きと地獄行きを決める設定だからなー。

脅し抜きのハッピー終末論は、人類における終末って意味では、トランスヒューマニズムとかの方向になってるっぽい。

2016-11-06

一応考える力持ってる保守派の中に妙な自虐史観というか破滅願望というようなものがある

こういったものオカルトチックもの世界終末論で発散していくべきなのに

日本人日本はお終いだとか人間なんてゴミだみたいなことを言いやがる

自虐するのは勝手だがもっと夢のある自虐をしようぜ

2016-08-03

少子化ってそんなに絶対悪なのか?

少子化って世間では(とくにWebでは)絶対悪であり、日本終末論みたいに語られているわけだが、本当にそこまで言うほど絶対悪なのか?

どうもこの件に対する議論は「少子化絶対悪なのは皆さんもご存知の通りなのですが~」みたいな雰囲気で始まり議論参加者もそこに同意してるかのように扱われるので、「少子化絶対悪なのかどうか?」という部分が棚上げされている感がある。

内容の分析もいい加減で、例えば「高齢化社会」というのは「総人口に占めるおおむね65歳以上の老年人口が増大した社会のこと。」なわけなんだけど、これと少子化イコールで結ばれるのは間違いだ。もちろん少子化高齢化社会助長している場合もあるんだけど、平均寿命の延長化なんかも関係している。つまり、「高齢化社会議論においての別の問題点、たとえば平均寿命とか定年の問題とか老人の定義であるとかのテーマが「少子化が悪い!」という声でかき消されてるんじゃないかと感じる。

介護テーマ議論も一緒で「介護職の給与が低い」という問題点があったとしても、「これから老人が増えるのに介護人口増えないなんて少子化が悪い!」みたいなごまかし方をすれば、介護給与なんて増えなくなるだろう。

消費人口議論も全く同じで、総消費をあげたければ給料を二倍に(実装部分で言えば最低賃金を大幅に上げれば)物価上昇を伴いつつGDPは拡大するはずなのだが、「少子化国内需要が壊滅!」という終末論ばかり目につくような気がする。

各論レベルで切り分けて考えていくと「少子化は確かに原因のひとつなのだが、別の原因から、あるいは別の解決方法解決したほうが低コスト解決できる」問題ばかりなんじゃなかろうか? 例えばの話で言えば、介護人員解決なんて短期的には現場待遇改善をすべきだろうし、中期的にはロボット活用のほうが圧倒的に低コストであるように思う(生産人口もおおむね同じだ)。そもそも、少子化問題解決に非常に大きなコストがかかる問題だと考えられる。

もちろん「少子化は実は善だったのだ!」なんていうわけではなく、当面不都合ではあるんだけれど、「そのほかの問題を放り出して莫大なコストをどぶに捨ててまで解決すべきこと」であるような気がしないし、いろんな記事や本を読んでみても、そこまでしなければならないという納得のいく説明を見つけることが出来なかった。

Web世論的には、「少子化=老人社会経済沈没日本壊滅」的な自虐世界観で生きている人々を散見するんだけれど、彼らはどういう洗脳を受けているんだろう? 日本より人口密度の低い国も人口が少ない国もたくさんあるのに。

2016-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20160214172314

Bleachとかうたわれるものみたいな、

転生があることを示しながらも基本は移動しているだけだったり、

一世界でありながら膨大な時間軸のために時代が完全に分断されているような作品をどう位置づけるんだろう。

レイアース十二国記90年代となろう系のような異世界転生がトレンドにありつつある10年代の間にある

移行期としての00年代におけるファンタジーに対しての世界観のあり方を突き詰めると面白いそうだ。

あとこれだすと胡散臭くなるけど311によって終末論に似たイメージが人々に植え付けられたとして

その影響がファンタジー創作にもあるのかっていうところだな。

ハイファンタジーという括りはフラクタル(厳密にはSFだが)で一旦終わり、

20世紀から続くハイファンタジーの延長としてウケた作品ラストエグザイル最後だと思っているので、

2011年という年にはなんだかシンパシーを感じてしまう。

2015-10-22

未来

1999年7月世界は終わらなかった。

その後に出てきた世界各地の終末論も結局世界を終わらせる事なく、

とうとうフィクション未来とされていた年になってしまった。

巨大ロボット怪獣と戦うことも、車が空を飛ぶ事もない、つまらない未来だった。

2015-05-11

ゴールデンウィーク最後エロゲ史におけるクトゥルフ神話を語る

クトゥルフ神話に特化する形でエロゲの歴史をまとめたWebサイト存在するし、一般書籍で言えば『エロゲー文化研究概論』(宮本直毅, 2013)では一つのコラムとしてこれを取り扱っていたりする。

ただ、それらで話の主たる軸にクトゥルフ神話が用いられているか否か、という点での検討はされていても、クトゥルフ神話がそれぞれのエロゲにおいて一体どう扱われてきたのか、という点には触れられていなかったりする。

ゴールデンウィーク有意義に過ごすべく、エロゲ史においてクトゥルフ神話がどのように用いられてきたのかをちょっとまとめてみたので(そのためにちゃんと全部プレイしなおしました。実に有意義ゴールデンウィークだったと思う)、増田に垂れ流しておく。

1991年~93年

まずエロゲ史にクトゥルフ神話が登場する直前の状況から少し整理しよう。

1991年末、かの有名な「沙織事件」が発生する。ソフ倫設立される切掛として有名だけれど、同時にこれは内容に対する制約としても一時的に強い影響を及ぼした。

特に社長が逮捕されたフェアリーテールとしては一際慎重な態度にならざるを得ず、単純で直接的なエロというより、エロ以外の何らかの要素を前提とした上でエロ「も」取り入れる、というアプローチが取られることとなった。

そして『狂った果実』(フェアリーテール, 1992/5/1)が発売される。

エロより視覚的、精神的グロさを全面に押し出した傑作であり、エロゲにおける「ヤンデレ」(昨今のステレオタイプとは少し異なりサイコパス色が強いが)の開祖と言っていいものだろう。主人公精神的、社会的に追い詰め、最終的に狂気に陥れるそのシナリオ展開は多くのプレイヤーに衝撃を与え、同時にエロゲが「エロ以外の18禁的要素を主軸に据え、その過程にエロを取り込んだゲーム」としてもありうるのだ、ということを強烈に知らしめたものでもあった。

1994年

こうした中、フェアリーテールブランドを分ける形でフェアリーテールHARDCOVERを新設し、クトゥルフ神話要素を持つ世界最初エロゲであるネクロノミコン』(フェアリーテールHARDCOVER, 1994/6/24)がリリースされることになる。

物語は新聞記者である主人公が自分の先祖の秘密を探るべくインスマスへ向かい、そこで邪神復活の儀式に巻き込まれる、というもの。『インスマスの影』(H.P.Lovecraft, "The Shadow over Innsmouth", 1936)をそのまま使った内容となっている。

原作に足りない女っ気を確保するため、バーの店員や宿屋の女主人、娼館などが配されているけれど、モンスターホラーとしての側面が強く、狂気への言及は殆ど無い。

作品としては丁寧で、よくまとまっていて、つまらなくはない。ただし原作色が強いせいで原作既読者には先の展開がすべて分かってしまい、無難な内容という印象が拭いづらい。しか現実には当時のプレイヤーのほとんどは原作未読者であり、そういう点ではむしろクトゥルフ神話へ興味を持つ最初の一歩としてよく出来たアレンジだったのではないか、とも思う。

ともあれエロゲ史における最初の使われ方は、このようにモンスターホラーとしてであった。

1995年

ネクロノミコンから1年が経過し、95年に入ってから2つの作品が発売されることとなる。一つは『YES! HG』(姫屋ソフト, 1995/6/30)、そしてもう一つがかの有名な『黒の断章』(アボガドパワーズ, 1995/7/14)である

『YES! HG』はオムニバス形式となっており、その中の一編である『豪州怪奇紀行』がクトゥルフ神話要素を持つエロゲとなっている。

物語の内容は応募した覚えのないオーストラリア旅行の懸賞に当たり、彼女と一緒に参加したところ邪神の生贄にされかける、というもの

クトゥルフ神話の扱い方という点では、『ネクロノミコン』に輪をかけてモンスター色を強めたものであるディープワンやティンダロスの猟犬といった神話生物が登場するものの、一般人に化けられる、死ぬと水に溶ける、水をかけられると死ぬ、と原作設定とはかけ離れており、どちらかというとモンスター映画的な怪物を取り扱った物語であり、その怪物の名前クトゥルフから借用した、といった感もある。逆に言えば、クトゥルフ神話に関して一切知識がなくとも既存のモンスターホラーものとして理解ができる内容であり、『ネクロノミコン』では若干あったグロテスクさもない。そのためより取っ付き易い感があり、短編ながらよくまとまっていることからもっと一般ウケしていい作品と思うが……知名度は今回紹介する中ではおそらく最も低いと言えるだろう。

そして『YES! HG』に遅れること1ヶ月、自転車操業の零細新興メーカーから『黒の断章』が発売される。

あるマンションの一室で一家皆殺しの猟奇殺人事件が発生したことを端緒に、同マンションに入居していた探偵がこれを解決しようと首を突っ込み連続殺人事件に巻き込まれ、その謎を解く鍵を自分の失った記憶に見出していく、という内容である

前半は猟奇殺人事件を巡るミステリとして、そして後半に入るとラヴクラフト色が全面に現れたものとなる。下敷きにしているのは『死体蘇生ハーバートウェスト』(H.P.Lovecraft,"Herbert West-Reanimator", 1922)、そして『壁のなかの鼠』(H.P.Lovecraft,"The Rats in the Walls", 1924)である

クトゥルフ神話モノとして知らない奴はいないといえるほど有名な本作であるが、実のところモンスター要素はほとんど無い(そもそも『死体蘇生ハーバートウェスト』は邪神も神話生物も登場しない内容であるが)。しかし「黒人の神父」の熱弁の中でのさりげない「神々」という複数形、「呪い」への「ギアス」(C.A.Smith,"The Seven Geases",1934)というルビなど、作中の随所に仕込まれたこうした細かいネタは一切作中で説明されることはなく、それがわからなくて物語が理解できないようなことはないが、プレイヤーの知識へのくすぐりが実にうまい作品である

一方で、本作のシナリオの核はあくまで「家族愛である、という点への言及も必要だろう。原作へのオマージュを込めつつ独自要素を持ち込み、後日談めいた二次創作的なその内容は、単にその用語や設定を流用したものとは明らかに一線を画したクオリティを持っている(例えば不老不死にさせられた女性については、お腹にいる殺すことも生まれることもできない胎児を家族と呼びうるのか、といった辺りはSF的、倫理的に今なお考えさせられるものがある)。

ネクロノミコン』、『豪州怪奇紀行』とは異なり、本作はモンスターホラーとしてではなくクトゥルフ神話を扱った最初エロゲであると言え、また原作二次創作的側面を持たせた物語は(多少粗はあるものの)有名作の名に恥じない出来栄えである

1996年

一方で『黒の断章』においてもやはり、狂気の描写はほとんど無いに等しいものであった。

クトゥルフ神話における狂気とは、異端の知識を人間の脆弱な脳が処理しきれなくなり、破壊された状態であるクトゥルフTRPGにおけるSAN値の取り扱いもこれを示したものと言っていいだろう。

他方、92年の『狂った果実』を筆頭に狂気についてはエロゲにおいて断続的ながら取り扱われ続けていた。この時代で言えば『サークルメイト』(ボンびいボンボン!, 1994/5/13)、そしてエロゲ史上初のビジュアルノベルである『雫~しずく~』(Leaf, 1996/1/26)があげられるだろう(『for Eliseエリーゼのために~』(CRAFTWORK, 1996/12/6)もこの線では秀逸である)。

こうした作品において、狂気とはこれまであったものが破壊されるというより、境界線を踏み越えてしまった状態として扱われる。怪物の血を引いた「選ばれし者」ではない一般人である私たちも、一歩踏み出すことによって「向こう側」へと至りうるのだ、という見方でのこうした「狂気」を、ここでクトゥルフ神話における「狂気」へと接続した作品が登場することになる――『Esの方程式』(アボガドパワーズ, 1996/9/13)である

物語は蔭洲升という漁村で起きた陰惨な殺人事件の犯人が精神病院から退院したことを端緒として、その元担当医を勤めた探偵助手たる主人公が異常な自殺事件に巻き込まれていく、という物語である。『黒の断章』の続編ではあるが、前作とは独立した事件となっている。

前作同様、前半は東京での猟奇事件をめぐるミステリ、そして後半は蔭洲升が舞台となり、ラヴクラフト色が全面に押し出される。原作は『ネクロノミコン』と同じ『インスマスの影』である

これまでのクトゥルフ神話要素をもつエロゲにおいて、その猟奇殺人表現されたものや「向こう側」はグロテスクものであったし、これ以降もほとんどがそのように表現する。しかし、本作は死に至る状態/死体を「美しく」描く点で明確に異彩を放っている。

SAN値が下がる」のではなく「啓蒙が上がる」ことで見える世界が変わる(『Bloodborne』FROM SOFTWARE, 2015/3/26)ように、本作は私たちの「啓蒙を上げる」ことを目的とした作品めいた印象を受ける。もちろん四肢切断された「苦痛を伴わない」少女の視覚的な美しさであれば会田誠の『犬』があるし、特に『魍魎の匣』(京極夏彦, 1995/1/5)の影響が本作へ露骨にあることは否定しがたい。

しか踏切の赤信号アニメーション演出に始まる本作は、これをプレイすることで一歩「向こう側」へと足を踏み出しかねないことへの警告めいた不穏さを孕んだ見事なものであると私は思う。

のちの『沙耶の唄』(NitroPlus, 2003/12/26)も同様だが、美しい「向こう側」を描いた作品エロゲ史において稀なものである。ほとんど無意味登場人物など色々と欠点も多い作品ではあるが、加点法で見るなら間違いなく名作として語られる作品だろう。

1997年

さて、ここで少し時代におけるクトゥルフ神話の状況を整理しよう。

創元推理文庫の『ラヴクラフト全集』は1974年12月13日発売、クトゥルフ神話モノのパロディとしての必読書と言っていいだろう『妖神グルメ』が1984年6月30日発売であるタイタス・クロウサーガはまだ日本語訳が出版されていないが、『アーカム計画』はすでに出ている。ということで、クトゥルフ神話に関する基礎教養としての文献はすでに大体揃っていたと言っていいだろう。

だが、それを調べるためのツールはどうだろうか。

1997年とはYahooが日本で検索エンジンサービスを開始した翌年であり、Googleはまだ会社すら存在しておらず、2chもWikiepdiaも影も形もない時代である(ちなみにWikipedia日本語版の「クトゥルフ神話」の記事最初に出来たのは2003年8月)。

現在のように玉石混交とはいえググれば腐るほど情報が出てくる時代とは程遠く、なるほど情報はあるところにはあるが、そこにたどり着くことは容易なことではなかった。

そうした状況下において『マジカディープ☆ワン』(Vanilla, 1997/4/18)が発売される。様々なクトゥルフ神話上の邪神や神話生物を美少女化した初のエロゲであり(クトゥルフ女体化については80年代に先例があるとの報告がある)、モンスターも狂気もホラーも完全にオミットし、その用語や設定に対するパロディ作となっている。

問題パロディである以上、クトゥルフ神話に関する広範な教養をプレイヤーが持っていることを前提しなければならない、という点である――正直、時代を考えると無謀としかいいようがない。文字通り10年早すぎた作品であるが、のちに『斬魔大聖デモンベイン』(NitroPlus, 2003/4/25)やラノベ這いよれ!ニャル子さん』が当たったことを考えれば、その先見性はもう少し評価されてしかるべきかもしれない。

一方で同年末、邪神の名前だけを借りた作品が発売される。ALICESOFTの『アリスの館4・5・6』に収録された『アトラク=ナクア』(ALICESOFT, 1997/12/18)である

シナリオライター自身が言う通り、本作の中身は一切原作とは関係がない。ゆえに本作をクトゥルフ神話要素を持つエロゲ史の上で語るべきではないが、名作として名高い本作がクトゥルフ神話における邪神の神の名前であることもよく知られたものであることからエロゲ史上にクトゥルフ神話に対する興味を惹起する効果はそれなりにあったのではないかと思っている。無関係とはいえよく出来た作品であり、返り血を浴びた黒髪美少女に対する審美眼を――「瞳」を多くのプレイヤーに植え付けた、という意味では、これもなかなかに罪深い作品と思う。

1998年

さて、3年前に発売された史上2番目のクトゥルフ神話を用いたエロゲを発売したメーカー「姫屋ソフト」について、ここで少しまとめよう。PC-98時代のエロゲに詳しい初老のオッサンでもなければまず知らないメーカーであるが、その有するブランド名「C's ware」といえばWindows95時代のエロゲに詳しい中年のオッサンなら反応することだろう。『DESIRE』そして『EVE burst error』とエロゲ史に残る名作を有し、たまにバグまみれで起動すらしない製品をリリースすることで有名な、そんな泣く子も黙る一大メーカーであった。

そのC's wareから、『アトラク=ナクア』の一カ月後に『DIVI-DEAD』(C's ware, 1998/1/23)がリリースされる。

物語は山奥の学園に転入することになった主人公が、学園内で麻薬のように蔓延する香、見え隠れする異常行為、学園創設者一族の陰惨な過去などに触れていくうち、自分がこの学園に転入させられた目的や持病の発作の原因などが明らかになっていく、というものである

この作品は、直接的にはクトゥルフ神話要素への言及が一切無い。シナリオファイルを無理やり抽出して全テキスト確認した私は自信を持って断言できる。本当に、ない。

しかしそこで描かれる物語の設定は、ラヴクラフト小説のファンならおそらく確実にニヤつけるものである。「古い穴の底から神を呼び出す」「この地の神と契約を交わし、その血を一族の中に入れた」、そして穴が開きすぎて周辺一帯の人間が狂死したこと。

こうした神と人との関係はまさしくクトゥルフ神話――もっと言えばラヴクラフト神話における典型的なそれである

また話の筋にはほとんど関係ないにもかかわらず、焼身自殺した建築家が書いた唯一の幻想小説「はての国」への執拗ですらある言及は、作中で関わった人間がほとんど惨たらしく死んでいるという状況も併せてラヴクラフト愛読者に魔術書めいた印象を与えている。

本作に人外は登場するが、クトゥルフ的なモンスターは登場しない。しか抑制的ながらも明白な狂気、グロテスク死体などはある意味で『ネクロノミコン』時代におけるクトゥルフ神話の扱い方に忠実と言っていいものであり、具体的に名前こそ触れないものの、その確かなオマージュを感じる内容は良作と呼ぶにふさわしいものであり、その意味では『アトラク=ナクア』の対と言っていいだろう(ちなみにのちの『果てしなく青い、この空の下で…。』(TOPCAT, 2000/06/30)も同様のアプローチを採った良作である)。

1999年

そしていよいよ世紀末電波系エロゲといえば必ず名前の上がる有名作『終の空』(ケロQ, 1999/8/27)が発売される。

ある学校で一人の不良学生が屋上から転落死した三日後、いじめられていた女生徒が同じ場所から飛び降り自殺、同じくいじめられていた男子生徒の妄想が周囲の学生を巻き込み拡散し、一週間後に同じ場所から集団で飛び降り自殺に至る、という事件を何人かの視点で繰り返し読ませる物語である

正体不明の少女の口から出るナイアルラトホテプという単語、「テケリ・リ」という声など、確かにクトゥルフ神話要素における単語は使われている。

……が、本作はむしろ終末論を用いて『雫~しずく~』を正統に発展させた延長上の作品として語られるべきであり、本作をクトゥルフ神話を軸にしたものというにはちょっと無理があると考えている。

というのも、本作のシナリオにおける終盤は統合失調症の患者を模したそれとなっており、またその視界はシュルレアリスム的な絵で表現される。シュルレアリストの一部が統合失調症の患者の描く絵に魅せられたことも併せて考えれば、そこで語られる内容は言葉遊びめいた意味が通るようで通っていない単語の連結であり、その一部にクトゥルフ神話用語が用いられた、というように私は思っている。

本作はよく出来た作品であり、衒学趣味の上で意味が通りそうで通っていない文を普通に会話が成立しているかのような羅列には思わずニヤリとさせられ、その「向こう側」の表現としては明らかに過去エロゲとは一線を画したものである。が、クトゥルフ神話の扱い方という点で言うのであれば、『アトラク=ナクア』と同じくらい関係性は無い、というのが妥当なところだろう。

まとめ

正直、1994年から99年というわずか5年ですでに結構な文章量になってマジかよと。ただこうして見ると、クトゥルフ神話は結構多様な使われ方をしてきた、というのが見て取れるかと思う。モンスターホラーとしての印象が一般には強いのではないかと思うけれど、狂気の表現形態であったり、物語構造としてのそれであったりといろいろ工夫がされている。

2000年以降については余白もないのでこの記事でこれ以上深く言及する気はないけれど、『朝の来ない夜に抱かれて -ETERNAL NIGHT-』(DreamSoft, 2002/06/28)、『斬魔大聖デモンベイン』(NitroPlus, 2003/04/25)、『終末少女幻想アリスマチック』(キャラメルBOX, 2006/10/27)というのが従来に無いひとつ特徴的な筋と思う。いずれもクトゥルフ神話と熱血という組み合わせであり、好き嫌いはあろうがモンスター設定資料集としてのクトゥルフ神話がこれで普及していくように思う。ちなみにこのあたりはDreamSoftがフェアリーテールブランドキャラメルBOXが姫屋ソフトブランドであることを考えると、少し面白いものがある。

なお、この記事については間違った内容が記載されている可能性が十分にある。発売年度は一応いくつか調べた上でおそらく正しいと思われるものを記載したけれど、これももし誤りがあれば申し訳ない。

さて、最後にここまで読んだ奇特な人のために、ぜひプレイ頂きたい史上最高のクトゥルフ神話エロゲを紹介したいと思う。『人工失楽園』という(文章はここで途切れている)

2015-05-03

美少女終末論

美少女における終末は,歳をとることで達成されると思われている

しかし,美少女は歳をとらないため,美少女に終末はない

2015-03-31

[]

http://anond.hatelabo.jp/20150330231441


すみません。私もサボりがちです。

お互いもっと頑張らないといけませんな。1000投稿目指して。

アナル増田爆撃による増田終末論も囁かれていますが、気にしてはいけません。


アナル増田

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん