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はてなキーワード: ウヤとは

2021-04-24

anond:20210424093432

どうしたのさ

おじさんに話してごらんボウヤ

2021-04-10

anond:20210409104833

100憶パーセントねえワケ

可視化問題が見えるようになったワケ

 

昔は公共の場でオバハンが「コレドウヤルノーーーーオシエテーーーーナンダソンナコトダッタノカーー! ナラサイショカラソウイイナサイヨー マアイヤダ(10分)」とか

おっさんは「おいこれ、半券買い方わからんのだけど。え?あ?あんたがやってくれないか。あ?わからんのよ。やってくれよ。・・・・・・・あ?じゃあもういい!!!!!!!!!!!!!!!

みたいなのが溢れてたワケ。昭和平成はこういうもんすたあが何百万年といたワケ

昔の若者おっさんは切れ散らかし周りに迷惑を掛けつつ、酒に逃げ、、DVしながら社会適応したりしなかったりしたワケ

そしてそんな自分に酔ってたワケ

 

でも今はネットで心の中とか愚痴が2バイト化されて表面化してきただけなワケ

今の若者を中心に行動の効率化、知性、マナーはグングン良くなっている。グングン体操なワケ

 

記録に残っている、水面の氷山の一角同士を比べてもことの本質がまったく見えてないワケ、分かったかな?

2021-02-26

anond:20210226052423

実家の荷持を

燃えるゴミ燃えないゴミに分けていたら

親の披露宴なんかの写真も出て来て

よくこんなトッチャンボウヤとツメタソウナマナザシオバサンが結婚するもんだなと

素直に思う訳で

2021-02-21

ウイグル記事クワクするけど、どうせ戦争かにはならんのだろうな

こういうことが小国少数民族に対して行われてたら、アメリカ空爆して政権転覆とかなりそうだけど、中国相手じゃそこまで行きそうになくて残念。

CNN.co.jp 「手足に鎖の生徒」と「集団レイプ」、女性たちが証言する中国収容施設の内側

https://www.cnn.co.jp/world/35166769.html

この一連の報道のおかげでさすがに中国もここまで露骨迫害は止めるだろうけど、もうちょっと狡猾ウイグル人文化的経済的同化していって、何十年後かには結局チベットみたいにウヤムヤにされる――そんなオチが見えちゃった。

結局ウイグル人は救われないし、こういう悪行に関わった中国人も誰も罰せられない。

個人的な願望としては、ごく小規模でも未遂でもいいかウイグル人による中国主要都市でのテロが起きて、中国国際的批判も全く顧みずに女子供も片っ端から強制収容所にぶちこむ徹底弾圧に乗り出して、国外逃亡したウイグル人証言から、いよいよ見過ごせないぞと、主要各国が強めの経済制裁中国に課すまで行って欲しいのだけど。

チャイナフリー中国製品なし)で生活するのは難しい時代だし、儚い夢かな。本当に、記事を読んだ時は無茶苦茶クワクしたけど、冷静に考えると大して面白い展開にはならなそうで残念。

2021-01-01

陶器の剣

 俺の故郷では陶芸が盛んで、小学生の頃は毎年図なにか陶器を作らされた。図画工作郷土学習が兼ねられて子供ウケもいいんだから、最高の教材だっただろうな。

 湯呑みみたいなシンプルなやつを最初は作らされ、途中からは立体の自画像を作れとか夏を表現しろなんてヘンな課題を出されることもあったりして、結局最後はなんでもいいか自由に作れってことになった。

 当時の俺は早めの中二病で、剣とか竜とかそういうものが大好きだった。自由にやれと言われたので、当然喜び勇んで剣を作った。(剣って言ってもしょぼいもので、十字の形をした陶器の棒といった方がいいかもしれない。装飾のセンスもないし、刀身らしい刀身なんて作れなかった)

 作ってるときはノリノリだったのに、作り終わって10日くらいたったところで猛烈に恥ずかしくなった。普段クソ真面目なキャラでやってるのに突然剣なんか作っちゃってイタい純粋クオリティが低くてダサい。いま思えば別にどうってことない気がするんだけど、当時は本当に恥ずかしくて、夜にその剣のことを思って寝られなくなったりもした。

 陶器は捏ねてその日のうちにパッと焼いて終わり!ってものでもないので、実際に完成品が手元に届くまでには結構日があく。小学6年生くらいのときだったと思うんだけど、そのときの俺はかなり気が気でない状態で日々を過ごしていた。いつ返ってくるのか、返ってきたらどうしたらいいだろうか!

 児童が作った焼き物(そう、焼き物って表現をしていた!)校舎の横のプレハブ小屋みたいな倉庫に入れられていて、給食を運ぶときなんかにその近くを通るたびに心拍数が上がっていたような記憶がある。

 そんで、そんなに気にしてたのに、結局その剣は俺の手に渡らなかったんだよな!というか、そのときに作られた作品は全部なんとなくウヤムヤになってどこかに消えた。マジでどうなったのかわからん。さすがにもう捨てられてるだろうな。

小学卒業あたりの俺の心配事といったらあの剣のことだった、ってくらいに俺にとっては大きいものだったのに、結局出来上がりの姿すら見ずに大人になってしまった。

 ガキの頃の自分に会えたら、あの剣のことは気にしないでいいぞって言ってやりたいな。

 つか、人生けっこうそんなことばっかりだな。

2020-12-22

[] #90-11「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「俺はドッペルを弟と見間違えた。その状況を切り抜けるため、どうしたか思い出してみろ」

「えーっと、陽気に振舞ってウヤムヤにしようとした?」

「確か、気のいい兄(にい)さんをイメージしてたんだよね」

「厳密には、気のいい兄(あんちゃんだ」

そこ重要なのか。

「実際に上手くやれたか、我ながら疑問は残るがな。しかし“自分が思う何か”として、そう振舞おうとした。それが重要なんだ」

「それがドッペルのことと関係があるの?」

兄貴は「まだ気づかないのか」とでも言いたげな目線こちらに向けてくる。

「“振舞おうとした”を“演じた”とか……“変装”と言い換えたら、さすがに分かるだろう」

そこまで言われて、俺たちはようやく理解した。

“ハッとした”なんて簡単に言いたくないけど、他に適当言葉が見つからないほどの衝撃だった。

まり兄貴自分のやったことが、ドッペルのやってることと変わらないって言いたいんだ。

そして世の中をよくよく見てみれば、大なり小なり皆やってることなんだ、と。

「俺は別に、それが一概に悪いことと思っちゃいない。そうして育まれ関係がニセモノだなんて断言できるほど、この世界は確かなもので溢れちゃいないからな」

不確かな世界を裸一貫で生き抜くのは、とても難しいことだ。

から寒い時には防寒具が必要だし、夏には薄着で、海に行けば水着を身にまとう。

ドッペルの取り繕いも、大局的に見れば同じことなんだろう。

「ドッペルの言葉を代弁するわけじゃあないが……」

そう前置きをしながら、兄貴は話を続けた。

「“ありのまま自分”なんて言うがな、それは酔っ払った奴を見て“あれがあいつの本性”とかいう、そんな単純なレベルじゃない。俺はそう思っている」

兄貴の考える“自分”ってのは、もっと豊かなものだった。

人と人が関わる時、自分相手意識し、状況によって言動を変える。

他人にどう思われたいか自分自身をどう思うか。

そのためにどう振舞うか、それも“自分”の内なんじゃないだろうか。

ドッペルの変装や物真似一つとってもそうだ。

そこには何らかの後ろめたさや、他人秘密にしたい想いだってまれいるかもしれない。

からといって、いや、だからこそ人生の一部ともいえるんだ。

簡単に切り離していいもんじゃあない。

あれは自分を隠しているようでいて、自分表現する手段にもなっているんだ。

「そう考えると、私の言ってた“ありのまま自分”は随分いい加減だったわね……」

事態の発端であるタオナケも、ここにきて自分の非を、心から理解したようだ。

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2020-10-24

anond:20201024145545

結構ですとも

毎日洗ってるから事実朝は臭くないし、コーディネートとして清潔感担保してる

シャツだろうがトッチャンボウヤだろうが好きに呼ぶがいいさ

2020-10-10

anond:20201010113127

いやー、本当は学術会議の6名削除もサラッと通せると思ったんでしょ?

だけど、悪いけど菅の言ってるのって小玉ネタばかりし、さほどニュースになることもなかった。

そこで炎上しちゃった。

どんどん後手後手にでた。炎上が広がったかネトウヨ動員モードになったが、想定外のことだから菅のスタンスも定まりきってない。

更に適当にぶつける石を投げまくろうとしてるから、当然デマの石も増える。

あれだよ、検察官の任命問題が、緊急事態宣言さなかだから通せると思ったが大炎上したのと同じ状態だと思う。

でもさ、どう落としどころつけるのだろうね?6人削除したのはおそらく菅の忠実な部下だからそいつを菅自らがでて切ることはありえないし。他の緊急ネタを煽ってウヤムヤが一番堅いと思う。

「誰が6人削除したか?」をメディア根拠込みで見つけられたら、さらに菅はそいつを切るか否かで厳しい状況に追い込まれる。

2020-09-12

きょう‐よう【教養】ケウヤ

学問芸術などにより人間性・知性を磨き高めること。

(広辞苑第六版)

2020-07-21

anond:20200721093114

運転って、そのくらい責任が重い行為なんだけどなー(『免許』という言葉意味をだな)

海外であったろ、数十年無事故の爺さんに極意を訊いたら、

『周囲はことごとくキチガイだと思え』っていった話

まあ、日本みたいに、なんか乗り回して遊ぶ文化が元々庶民根付いてなくって、いやいや仕事で動かしてる適性ナシが多い国なら、早くロボット運転化して、運転者や使用者責任ウヤムヤにしたほうがみんな鬱にならなくてすむかもねー

2020-07-05

弱者政治利用されるなんてテンプレみたいなもの

黒人やLGBTなどの性的少数者障害者など何でもいいんだけど、いつの時代弱者政治利用されるのではないか

なのでアメリカ黒人人種差別問題ニュースを見ていても、政治的意図があるものだと思っている。

より正確には、最初純粋人種差別解消運動だったが、世間から注目されるにつれて「リベラル勢力」と呼ばれている政治集団に目を付けられて接近される。

気が付いたら、そのリベラル集団の「広告塔」のようなもの祭り上げられて本来運動趣旨を失ってしまう。

そして人種問題性的少数者問題は再び解決されること無くウヤムヤにされるのがいつもの流れ。

大体リベラル集団が、本当に弱者人権を本当に考えているのかどうか怪しいものだよね。

2009年に在日朝鮮人差別部落差別精神疾患差別ネットに書きこんでいたIPを調べたら朝日新聞社内の書き込みだった、なんて事件があった。

リベラルの正体なんてこんなものでしょ。

本当は弱者人権なんかどうでもよくて、権力側(はっきり言わせてもらえば自民党政権)を批判するために弱者を利用しているだけ。仮にリベラル権力を手に入れたら、手のひらを返すようにして弱者人権なんか無視するようになるよ。

人種弱者であることを最大限にアピールして大統領になったオバマさんが、大統領就任後は富裕層優遇する政策ばかりやるようになったなんて笑い話を忘れたわけじゃあないよね。

問題になっている黒人やLGBTの人達も、内心は「人権問題に注目してくれるのはうれしいが、必要以上に騒ぎ立てないで放っておいてほしい」というのが本音ではないか

2020-07-04

[] #86-9「シオリの為に頁は巡る」

≪ 前

「……そうか。だったら私たちが言えることは少ないかな」

「何事も距離感大事にしたがる人間に踏み込んだ話をするのは時間無駄だ」

しかし、俺の対応は意にそぐわないものだったらしい。

二人は素っ気ない態度をとって、こちらの質問ウヤムヤにしようとした。

今になって考えると、それが彼らなりの仏心だったのだろう。

しかし、それで引き下がれるほど俺は懸命じゃなかった。

「そんな含みのある言い方しといて、そりゃないですよ。もう少し説明してください」

俺は話してもらおうと二人に食い下がった。

詳しく聞いたところで、正味の話このサービス肯定的な考えを持てるかは怪しい。

それでも、共感できるか納得できるかなんてのは蓋を開けてみなければ分からないんだ。

初めから蓋を開けなければいいという選択肢もあったかもしれない。

だけど俺が数ヶ月かかえていた“違和感”を払拭するには、せめて理解することが必要だった。

理解できないもの否定したり、受け入れることは不可能からだ。

「知らない方が身のためのだと思うがな」

「俺にとっては、今の中途半端状態こそ危険なんです」

何かを分かった気になって腐したり、管を巻いたりするのはガキと年寄り特権だ。

ティーンエイジャーの俺が、それに甘んじるわけにはいかないだろう。

このブックカフェを、これからも贔屓にしたいならば尚さらだ

食い下がる俺に痺れを切らしたのか、センセイはひとつ提案をしてきた。

「どうしても気になるんなら、“あそこ”に行って適当な本を選んでくるといい」

「百聞は一見しかず、ってわけだ」

なるほど、確かに言われてみればそうだ。

これまでの背景を二人から聞くより、現状から読み解いた方が理解は早いかもしれない。

俺は最も目立っている大きな本棚に近づく。

タケモトさんによると、人気の本はそこに多くあるらしい。

読書に興味がない俺からすれば、どれも同じようにしか見えないが。

とりあえず最初に目についた一冊を、おもむろに棚から引っ張り出した。

おおっと

それはA6程度の薄い文庫本だったが予想外に重く、俺はうっかり滑り落としてしまった。

本は床に落ちると無造作に開かれ、あられもない姿を現した。

「うわっ……」

わず言葉漏れた。

開かれた本から、おびただしい数の栞が顔を覗かせている。

しかも栞には文字がびっしりと書かれ、大量の星型シールで彩られていた。

目がチカチカする。

「きっしょ……」

そんな粗雑な言葉を使ってしまうほど、この時の光景は鮮烈だった。

“きっしょ”なんて言ったの、自動販売機に羽虫が群がっているのを見たとき以来だ。

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2020-06-23

anond:20181013132538

1年半以上前の疑問にいまさらだけど、

ゲイその人からも「BLを見て目覚めた」などと好意的に受け止めているものが多々見受けられるほど、

BLは「現実マイノリティから乖離していない、本人でも納得がいくくらい取材が成り立っている」ものなんじゃないか

もちぎさんとか一緒の世代で一緒にBL買ってたんだろうなって思うとなんか同士としての心強さがある

好きなヘテロ男に傷つけられたらいくら好きでもイヤだというか好きな分だけ余計傷つくよね、という「よりそい」が前提にあるから

ウヤーでおわってバーベキューというどこかの国のとは一線を画していると思う

韓国のはナマモノの行き過ぎだとおもう

2020-05-21

anond:20200521074755

どれもウヤムヤ

というか事実だったかウヤムヤになってんじゃ感

もし違うなら訴訟でも起こして名誉回復するだろ

2020-05-06

アベノマスクウヤムヤになってる点

いつまでに全国に配布するの?

不良品を回収した後、足りない分はあらた調達かけたの?

それとも足りない分は配布しないことにしたの?

2020-04-26

anond:20200426011503

このままウダウダいくでしょーなあ・・・

(そしてオリンピックも上手いこと誰にも責任とらさずウヤムヤ消滅もしくはグダグダ開催)

2020-04-03

anond:20200403102928

おまえは老害がなぜ老害たるかを知らない

クソみたいに嫉妬深く、ITに弱く、「おれは聞いてないぞ!」が口癖で、変化を認めず(クビになるのが怖い)、感動・共感・絆とか言っちゃって何も学習せず、いざ事が起きたら責任転嫁雲隠れして、事が過ぎたら上層部ゴマすりでウヤムヤ

そんなやつを解雇できないか冗長性とかいって組織で飼わないといけないのが本邦JAP冗長性やぞ

2020-02-05

anond:20200205223428

妻の”悪行”に見えるエピソード

夫に自分けが食べるクルミを大量に割らせる(面倒くさい) 夫が100個もあるだろというとせいぜい50個だと言い返す

夫に「あと十分で帰ってこい」という

夫の弁明を嘘だと決めつける

金に困っている夫に無断で高価そうな犬を買う

コンビニで買い物を終えて店から出てそこそこ歩いたところで買い忘れた「犬に飲ます牛乳」を買いに戻れと命令する 夫が100メートルも離れてるというとせいぜいXXメートルだと言い返す

id:saebou氏がパラサイトを評して「こんなに先の見えない崩壊寸前の家庭で互いの軋轢口喧嘩家長への反発もないのはおかしいと感じた」と感想を述べていたが

パラサイトストーリー必要ない(邪魔だった)というほか、「それ、犬噛でやったな」とて監督無意識に今さら同じことをやる必要ないと判断した、という可能性が全くないとは言えないだろう。

・悪行の二面

 最近主人公シートベルトしていないとかノーヘルバイク運転未成年飲酒喫煙などの触法行為は何らかのエクスキューズなり事後的罰を受ける描写がセットでないと許されないし

 悪いことをした人間は相応の罰を受ける、というのが古くから映画シナリオお約束だが(「素晴らしき哉、人生」の悪役は古い映画にしては数少ない、罰せられない例外

 二作とも、犯罪・しでかしたわるいことのオトシマエについてはわりとルーズである

 犬噛では 

 ・友人の、高価な双眼鏡を落として壊す>特に謝らないけど仲違いしなかった。

 ・酔っぱらって路駐している車のドアミラーを蹴り壊す>特に怒られない(ドアミラー勝手に持って帰った≒盗んでいたことが最後にわかる)。

 メインの

 ・ユンジュの犬殺しについては、告白しようと決意するが、ついに真犯人として認識されることはなかった(ウヤムヤ)。

  

 上記の「悪行」を積んでいた妻(夫に対する優越者)も 実はドラマの途中で妊娠を機にリストラされた「負け組」であったことが明らかになり

 退職金を夫のために使うつもりであったことが明らかになる。

 犬殺しをしていたユンジュも、病で生活に困っていた物乞いには優しかった。

同様に

 半地下では

 金持ち家族を騙しているソンガンホも首を切られた運転手の心配をする一面が描写されていた。

 メインの犯罪ウヤムヤになるのも似ている。


ラスト・数年後…

 犬噛のラストは「いつか旅行に行こう」と言ってたヒョンナムとチャンミの森へのハイキングのシーン(おそらくメインストリーの直後)だが、その前に

 ついに教授となったユンジュが学生相手講義を始めるシーンがある。

 ユンジュはすっかり垢抜けていることから、それなりの時間経過が伺われる。

 これを見て思い出したのが半地下のラストである

 主人公長男)が数年後、お金を稼いでしゃれた服に身を包み、物語舞台となった高級住宅を訪れて買い戻すシーン。

 これが空想しかないことは明らかである

 だとすると、


 ユンジュが教授になったシーンもユンジュの空想だったのではないか


 

 

 

   

2020-01-30

anond:20200130034315

なぜ贅沢品になっているか?とすると費用問題になる。

で、費用は何かとすると、主に教育費だ。

だけど、そこで自己責任だー、緊縮財政だー(その一方で富裕層企業税金はどんどん安くする。挙句の果てにそいつらが貯めこんで景気を落とす)

で結局問題に触れないから、やる気を出せばなんとかなる!という牟田口廉也みたいな奴が騒ぎ出して、問題ウヤムヤになって見なかったふりをするというループ

2020-01-07

anond:20200106162855

お子ちゃまからこんなん書けるのよ

ウヤはクソして寝ろ。

10年後に同じこと言えることはないと思うし言えたとしたら本人が自殺寸前だと思うわ。

社会で生きるって

パパとママに生かしてもらうってことじゃないんだよ。

知っとけバーカ。

2019-12-15

[][]

アイリスオーヤマ創業者周防愛理 (すおうざん・あいり) という女性

周防山を「すおうやま」と読み替えた上でひっくり返してアイリスウヤマ → アイリスオーヤマという社名にした。

という与太話を思いついたんだけどどうかな?

2019-12-14

[] #81-10AIムール」

≪ 前

機械のやることは労働じゃないのだから、労基を守る必要もないってことだ。

それは労働力を搾取される社員機械に置き換えているだけともいえたが、この会社は、この社会事実上それが認められている。

人道に機械の通る道はない。

「ぬううう、納得いかんぞ! オレは人間によって生み出されたが、人間のために働きたいわけじゃない!」

ムカイさんにそのつもりがなくても、機械は人々のために作られていることは大前提だ。

そこを否定してしまうと、そもそも作らなければいいって話になってしまう。

さすがに、それをムカイさんに面と向かって言えるほどの胆力は俺にはないが。

「オマエたちは不服じゃないのか!? 人間たちよりも長く、多く働いているにも関わらず、マトモな見返りも敬意もないんだぞ!」

ムカイさんは作業場アンドロイドたちに、そう投げかけた。

しかし、まるで反応がない。

専門的なことは分からないが、多分あのアンドロイドたちはAI最適化されているのだろう。

見返りも敬意も欲しておらず、自分たちのやっていることに疑問を持つ余地がないよう設計されている。

だけど、少し妙だな。

言っていることの内容を理解できない場合でも、最低限「異常なし」って応答はするよう設計されているはずだが。

まさかAIに不調が?

「やはりダメか……ワレが何を言っても、ヤツラはいつもあん調子だ」

と思ったが、どうやら以前から反応していなかったらしい。

だったら考えられるのは、ムカイさんが規格外からだろうか。

対応していないメーカー機械音声には反応しないのかもしれない。

或いは、あえてムカイさんの声にだけ反応しないようプラグラムされているか

「まったく、これだけ無視されるというのに、なぜワレはリーダーに任命されたんだ」

当人もその点については不可解だったらしい。

俺はこの時点で凡その見当はついていたが、言うべきかどうか悩んでいた。

どうしても憶測が混じるし、それを聞いたムカイさんがどういう行動にでるかも不安だ。

それに俺の考えていることは邪推しかなく、何事もなく終わる可能だってある。

このまま黙っているのも一つの選択ではあった。

「マスダ、他にも何かあるのか?」

ムカイさんが詰め寄ってくる。

こちらの躊躇いが態度に出ていたのだろう。

こうなったら、もう言うしかない。

「えーと、そのことなだけど……」

俺は飛行している監視ロボの位置確認する。

巡回ルートを考えると、しばらくはこちらにこないはずだ。

まあ、どこかで会話の音声を拾われているかもしれないし、今さら気にしたって仕方ないか

「多分……それはムカイさんを“名ばかりの重役”にしておきたいからさ」

「ナバカリ……ジュウヤク? どういう意味だ」

「この会社アンドロイドと、ムカイさんとの決定的な違いって何だと思う?」

「んん……AIか?」

「半分正解。厳密に言えば、“この会社管轄していないアンドロイドだってこと」

そんな立ち位置アンドロイドリーダーを任せる目的を考えるなら、導き出される答えはそこまで多くない。

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2019-10-23

anond:20191023194011

営々と検索し続けた昭和のシコラーにきいてくれよ

白人のオウヤーカモンは見たくないからって必死でわけのわからん検索語をつみかさねた彼らにね

2019-10-08

20年間発達障害者として生きてきた私の話2

はじめに

はてな匿名ダイアリーにおいてパート2というのはアリなのでしょうか…? 文化が分かりません。もし痛々しいようでございましたら申し訳ございません。

以前投稿した記事https://anond.hatelabo.jp/20190926105149)にて私見を交え自分の持つ症状について解説いたしました。が、「タイトルイメージが違う」とのご指摘がありそういえば元々は自分人生について書いてみようとしたのだということを思い出しました。前振りだけでいい具合にまとまったのでそれで良しとしてしまっていました。

というわけで本題の発達障害者である私の自分語りをさせていただきます自閉症多動症を持って生まれた私がいかように生活してきたのか、振り返って書き連ねていきます。詳しい症状につきましては省略いたしますので、不明点がございましたら上述の記事を参考にしながらお読みください。

幼少期 -既に変な特徴はあった-

出生の頃から追って話しましょう。さすがに私の記憶は流石に薄れていますが、当時から私が育てるコツのいる子であることは母には察しがついていたようです。

目を合わせて話さない。集団行動ができない。特定のモノに極めてこだわる。このような特徴が見られたようです。もちろんこれらは赤ん坊であるならば持っていても変ではない特徴も含まれますが、私の場合幼稚園年長くらいまで続いていたらしく「他の子とは明らかに違っていた」と言います

集団行動の苦手さを表す具体例としては、前回の記事にも書きました幼稚園から脱走していたことが主だったモノとしてあげられます。とにかく放っておくといなくなる。あまりにいなくなるものから、見失わないように私だけ違う色の帽子を被せられていたり園長先生が抱っこして確保していたり特別措置が取られていました。「差別的ではないか」と保護者会で話題になったとか。まぁ当の両親は正しい判断である先生にいたく感謝をしていたようですが。

まぁ幼い子であれば”ひょうきん”だとか”手のかかる子”という表現だけで済むのです。迷惑はかけましたが面倒な問題にはなりませんでした。

ここであげておきたいことが”目を合わせて話さない”という点とそれに対する母の対策です。

子供は成長しながらコミュニケーション能力を身に着け、その一環で「目を合わせて話す」ということの重要さを学ぶものです。大人の真似をし、後々意義を理解するというのが発達の基本ですからコミュニケーション能力もそうやって身に着けるのでしょう。

ただ私はとにかく誰かが話しかけてもそちらの方を見ないし、私が誰かにしかけるときこちらを見ない。私には会話中に相手の顔を見るという発想がなかったらしいのです。おそらくですが、やる意味は分からなかったのでしょう。「そういうものからそうする」とか「みんなそうしてるから」といった発想は私には薄いのです。ゆえに真似をせず、発達が遅れる。この性分が字のごとく発達への障害になっています

今思えばこちらを見ずに話しかけるサマというのは、やや気味の悪いように見えたことは想像に難くありません。

この悪癖を放っておいたらいけない、と母が実践したことが「とにかく自分から顔を見て話す」ということ。

子は親を見て育つ、それで覚えないならもっと見せていくしかないという発想のようです。とにかくちょっとした会話でもしゃがみ込んで目線を合わせる。呼びかけられたら自分から私と目が合う位置に移動する。意図が分かりやすいよう、たまに口でも「目を合わせて話してね」と言う。母の行動は徹底していました。

そうしているうちに、私は目を合わせて話すようになったんだとか。

つまるところ、覚えが悪い子もちゃんと教え込めば理解できるようになるのです。特に口で言うことは大事です。「こっち見てくれないと誰に言っているのか分からいから」など理由もつけましょう。意義が理解できればやるようになります。言い過ぎると逆効果という例もありますから、難しいところではありますが…。

こういったことが母の育児論です。

また今更なのですが、ハッキリ言って私は親に恵まれています。「うつ病ブログ見てたら”恋人が助けてくれて~”とか書いてあった」とか「食費節約記事見てたら”米は実家から送ってもらって~”とか書いてあった」などに近い事案かもしれません。ご了承ください。うつ病患者にとっての恋人とか、米を送ってくれる実家みたいな存在自分がなるんだという気持ち知識をつけることにこの記事が役立ってくれるなら幸いです。

小学校入学 -いじめ先生の劣等生認定-

問題が徐々に起き始めるのはこの頃からです。先生から露骨に出来ない子という扱いを受け、いじめを受けたりいたします。もう”ひょうきん”で済む年齢は終わってしまったのです。

実際私は色々なことができませんでした。運動は大の苦手で、漢字テストは毎回落第し、常識はずれな行動も多く、そして正直に色々言い過ぎます。私としては何がなんだか分からないまま先生に怒られ続ける日々でした。本当に何がいけなかったのか分からないので、具体的な問題の例を挙げられません。ただ先生から見たらよほど出来の悪い子だったのでしょう。そんな私がクラスメイトに標的にされるのは自然なことでした。

いじめトドメになったのは噛み癖があったことです。どうも私は触覚に安らぎを覚えるようで、自分のモノは噛みたくなるし顔にこすりつけたがります鉛筆他色んな所有物をよくかじっていました。正直言って、これに関してはいじめられる側の原因と言えます

私に触れることはアウト、私の触ったモノはアウト、しっかり拭けばセーフになる。他の生徒からはそのような扱いを受けていました。

さてまぁ壮絶な過去に見えますが、我ながらこの時期はずいぶん気丈に過ごしています

まず絶対親にこのことを言いませんでした。というのも、大事な人が傷つくのは嫌だったのです。偉いとか優しいとかではなく、それが破ってはいけないこだわりの一つだったのです。

学校いかように過ごしていたかと言えば、とにかくクラスメイトに話しかけました。嫌な顔をされたりするのは当然ですし、拒絶された記憶もいくつかあります

なぜそんなことをしたかと言えば、話していい人と悪い人を判断するためです。クラスメイトが全員いじめに参加していましたが、それが全員の本心というわけでもないのです。心底私が嫌いな人、みんながやっているかいじめに参加している人、実はほぼ嫌悪感を持っていない人など色々います。なんというか、これが分かっていないと学校生活で困るのです。分からないことや授業中など、学校生活では会話は必ず必要になります。ですからこの人は話しかけていい、この人は絶対ダメという判別をする必要があったわけです。給食の配膳なども私が配るものを受け取る人受け取らない人がいるので、それも覚えていた方がスムーズでした。

それで大丈夫だったのかなんて思う人がいるかもしれませんが”私に触ることはアウト”なので殴る蹴るは絶対にされないわけで、だから私もこのような行動をとっていました。ちなみに話しかけていい人にも必ず距離を置いて話していました。これらのおかげで嫌悪感をぶつけられることも減りましたし、触らなきゃ話せる相手もできたので大成功だったと言えるでしょう。

今思うと自分でもやや呆れる行動ですが、このような割り切った行動ができるのは発達障害者の強みだと理解しています

ちなみにダメージが無かったかと言えばまったくそんなことはなく、ストレスが振り切れて”触ったらアウト”をということを使って逆襲したりもしました。本気で泣かれたことがよりショックで私も泣きました。発達障害者も人なのです。無関心でいられるのはよかろうとも嫌悪精神的に来ます

はてさてそんなのが一年ほど続いて、私の噛み癖も抑えられた上にクラス替えいじめウヤムヤになった頃の話です(子供いじめなんてそんなものです)。

いじめが無くなったとはいえ、私が色んな事が出来ない状況は変わりありません。未だ先生心証は良くなかったようで、三者面談では母が怒りかけるほど小言を言われたそうです。

これではいけないと判断した母は育児について調べ初め、発達障害について知るやいなや私を児童精神科に連れていき、正式に診断を受けることになりました。診断結果を話した結果、先生対応は一変。連絡帳を通してたくさんの配慮をしてくれるようになったそうです。

診断を受けるということは自分が症状を理解することはもちろん、相手配慮を求めることにも役立つのです。

私の母などもそうですが、先生の態度について色々思うことがある人もいるかと思います。ただ実際にいじめを目の当たりにしてできることはあまりにも少ないですし、しつけのなっていない子が存在するのも事実です。ですからやはり自分自覚して問題を起こさないためにも、ただ出来ない子と思われないためにも診断は大事ことなのです。診断には強い説得力があります。少なくとも小学校教師になれるほどの英才の方であれば、医師判断の重大さは分かるはずです。

中学時代 -自分を見つめまくる日々-

さて通院や教師配慮を通して自分が他の子とは違うことを十分に理解し、列から抜け出さないとか家に勝手に帰らないだとか当たり前のことは覚えながら成長していました。大人の方はみなそうですが、私の問題を挙げても存在否定はいしませんでした。今自分のことが大好きなのはこのおかげであると考えております

中学生になった頃には自閉症的な特徴がプラスな要素になることも多くなっていました。他人に無関心という点などは特に強かったですね。

なにせ中学校はけっこう面倒な社会です。どこのグループにいて、誰と誰が喧嘩して、あいつはどこに受験して、あの先輩はあんなことしてて…などなど。面倒です。そして誰もが面倒と思っているのに、多くの人はこの面倒な風評を気にしてしまます。ただ自閉症患者としてはこれは本当にどうでもいいことなんですよね。立ち位置とか気にするの面倒なのです。知らんわ。

そういうわけで私は特定グループにいることはなく、基本的面白い人なら誰だろうと話しかけていました。それのおかげか誰とでも平等に話すなどと評価されることが多かったです。よく気軽に話せるなどと言われました。あとは趣味偏見がなかったのも大きいでしょうか。バント小説アニメスポーツ、変わったところではジャニーズなどの話を聞いていました。自分が知っているわけではないものも多くありましたが、楽しく話せる分には何でも歓迎でした。しがらみがない人間というのは中学校においてはとても貴重な人材だったのでしょう。ゆえに”他人に無関心”はお気に入りなのです。健常者に自閉症マウンティング取れますね。

また他人からしてみれば強烈に個性的に見えるようでけっこう人気がありました。良くも悪くも目立つ人だったのでしょう。

さてかなり上手いこと発達障害個性にできたと書けば見栄えは良いようですが、決して楽なだけではありません。

とにもかくにも自己分析を続ける日でした。「お前は客観視ができない」と両親からひたすら言われ、客観視とはなにかからまり自分がどういう特徴があるのかズラズラ考え続けていたものです。あるモノにどういう特徴があるか知る時の基本は、他のモノと比較することです。障害の本もいくつか読みましたが、自分は平気でやるが他人がやろうとしないことを色々見て知ることが一番客観視につながったのだと今では思います。まぁおそらくそんなことは小学生の頃にやっておくのが一般的なのでしょうが…。

意義が分からない限りやらないのが私でございます自分理解しないと人に迷惑をかけることになると知って、ようやくこういったことを始めたのです。

まず自分が失礼なことをたくさん言う人である理解いたしました。ウケ狙いとかではなく、何とも思わず指摘するのだからタチが悪い。特に女性容姿については言うべきではないと学びましたね。

それに自分は集中すると周りが見えなくなるし、やると決まったことは徹底的にやるし、陰口は言いたがらないし、ツッコミで強く手を出しやすい方だし、婉曲な言い方が理解できない。こういうことをとにかくたくさん知りました。この記事を書くこと自体客観視の一環ですね。

しっかり向き合ってみれば結構分かるものです。ただまぁ前回の記事の通り「~~という特徴であるらしい」とか上手く自覚の出来ない特徴も多くありますが。ただ、これを知るだけでも行動は変わるものです。怒られたり驚愕されることはずいぶん減りました。

月並みではありますが、大事なのはとにかく障害に向き合うことです。なんでも知っておけば「あっこれやったらダメかも」と分かるモノです。「これはしちゃダメ!あれはしちゃダメ!これはしろ!」といったようにルールを決めるのではなく、特徴を知ってその都度対応しましょう。ルール決めが必要な時があったとしても、第一優先はそこではありません。

ここまで書いて気付きましたが、中学校でのエピソードに欠けていますね。強いて挙げるなら友人がバカにされてハチャメチャに怒ったことでしょうか。

やけに他人を見下す阿呆がいまして、彼奴が私の友人を散々に罵倒したと聞いて教室に殴りこんだことがあります。結局ロクな解決にもなりませんでしたが、他人に無関心というのは「他人がどうでもいい」のではなく「自分が好いている人以外がどうでもいい」のだと知ったキッカケです。友人は他人に入らないらしく、むしろ思い入れが強いのかもしれません。

前回の記事発達障害者ストーカーになったなどと反応がありましたが、なるほどと少し納得いたしました。

おわりに

高校時代についても書こうと考えましたが、エピソード不足でありますし少し疲れたのでここで筆をおきます

さて前回にて「アスペで友人がいるなど詐欺だ」などという反応がございましたが、実のところ私も不思議に思っていた時期がございます。おそらくはとにかく正直で、フラットで、好きな人にはそれなりの接し方をしていたからではないか結論付けています20年生きてきて分かりましたが、正直は美徳と言うわりにそういった人は案外少ないものです。外面を固めるのが上手い友人が私の前では豹変したようにドサドサとキツイ言葉を吐くサマは中々愉快でございます。私が楽しいから友人といるのと同じく、彼らも私といて楽しいからいてくれるのでしょう。友人への敬意と多少のユーモアがあれば、あとは個性として楽しまれるのではないでしょうか。

記事の中では母についてはいくつか触れましたが、父の出番はありませんでしたね。というのも父は私のことを本当に放っておいたのです。好きなことをしていればそれでいい、とそれだけは言っていましたが強く干渉することはありませんでした。実際に父も自分の好きなことをたくさんしていました。食事が大好きで今ではメタボなほどですが、誰の忠告無視してまだ食べ歩きを続けています。子は親を見て育ちます。私が自分に正直に、好きなように生きているのは父が影響しているのでしょう。結局両親ともども私のために色々してくれたのです。

ご参考になれば幸いです。

追記:どうも前回記事とのツリーになってしまますね。治し方が分かりません。

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