「睡眠導入剤」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 睡眠導入剤とは

2017-06-17

上司パワハラで鬱になったので、上司上司相談して半年仕事を休んだ。

仕事から復帰した途端、上司自分に対して何も言わなくなって、「まぁ好きにやっていいよ」と自分放置するようになった。

最初はそれが嬉しいと思ってバリバリ仕事をしたけれど、

日が立つに連れて上司が、自分自分関係する案件について報連相をしなくなったり、

異常に連絡が遅くなったり、出した書類を全く読まずにハンコを押すようになったりするようになった。

から仕事がうまく行かず、メンタル不調に陥ってまた心療内科に通っている。

そろそろ睡眠導入剤がないと眠れないかもしれない。

これは多分「めんどくせーなこいつ」ってことで適当に扱われているのだと推測した。

きっと上司上司からなにかおしかりをうけたんだろうけど、

流石にこの扱いはどうなんだろう。

2017-04-21

精神疾患理由社会から拒絶されそう

※結局、「産業医あなたには社会常識がないって言ってたから」の一点で解雇を言い渡された。わかってはいたけれど、精神を壊したのは会社なのに、会社精神の壊れた人間をあっさり厄介払いしちゃうんだなあ。ちなみに、電◯とド◯モの子会社です。

うつ病と診断され、休職している。

正直、うつ病であるとは自分では思っていない。昨年の6月から9月にかけて、はじめて、少し大きめのプロジェクトに参加することになった。とにかく、すべてがはじめての仕事で、何をどうしたらいいのかわからず、やっては怒られ、みずからの至らなさを痛感するばかりの日々だった。毎日終電で家に帰り、そのあとも自宅で深夜3時頃まで仕事をし、寝て、翌日正午頃に出社していた。出社時間を遅らせることができる環境であってよかったとその一点は会社感謝している。けれど、それでもやっぱり無理があったようで、プロジェクトが完遂すると同時に、わたしは不調を感じるようになった。

まず、夜に眠れなくなった。深夜3時過ぎに寝る生活状態化していたからだろう。それから意味もなく涙が出てくるようになった。仕事中に突然悲しい気持ちに襲われて泣いてしまうのだ。だから、いつも会議室パソコンを持ち込んでひとりで隠れて泣きながら仕事をしていた。

プロジェクトの期間中わたしはいつも、じぶんの仕事のできなさ、思慮の足りなさを突き付けられているようで苦しかった。何をしても、考えが足りていないと怒られたし、ほんとうにその通りだったから悔しかった。上司に悩みを相談すると「あなたにはやる気がないからだ」と言われた。やる気がないから、ほかの人のように勉強をしようという意欲もなくアウトプットが貧弱だし、案件に真面目に取り組んでいれば気づくようなことにも気づけないのだと。その通りだな、と思った。毎日深夜3時まで働いているのに、わたしにはやる気というものがなかった。だからほかの人のようにうまく仕事ができないのだと思った。「やる気のない人間が一人いると、メンバーモチベーションが下がる」とも言われた。それも、その通りだと思った。わたしはわざわざ深夜3時まで働きながら、周囲の人間モチベーションを下げている。それからというもの仕事中に「このタスクちょっと面倒だな」と思うたびに、呪いのように「お前はやる気がないから駄目だ」という言葉を思い出すようになった。

ある日、ほんとうに涙が止まらなくなってしまい、会社を抜け出して精神科のクリニックへ向かった。自分うつ病だと思っていたわけではない。休日友達と遊びにいったり、映画を観に行ったり、そういうことはできていたから。ただ、わたし精神病気についての知見がなく、病院に行けばきっと悲しい気持ちを消してくれるような即効薬がもらえるのではないかと思っていた。もちろんそんな劇薬存在しない、というか、お医者さんは処方してくれない。あっさり「うつ病でしょうね」と言われ、睡眠導入剤抗うつ剤をもらうだけで、当面の悲しい気持ちについては何も解決しないまま、会社に戻ることになった。

自分ではそうとは思わないが、うつ病かもしれないと会社に告げるべきか悩んだ。また、「やる気がないからでしょう」と言われるのが怖かった。わたしは、通常の業務であれば好ましくないことがわかっていたが「やる気がない」と言った上司さら上司である部長に話してみようかと思った。チャットで「今日お話がしたいのですが、お時間よろしいですか」とメッセージを送り、送った直後に後悔して「やっぱり大丈夫です」と追加で送信した。まるで彼氏にかまってほしいときにおくるLINEみたいだなと思った。うつ病じゃなくて、ただのメンヘラだ。メンヘラのほうが実感としては近かったし。

部長は、メンヘラのかまってほしいオーラを察したようで、直接声をかけてきてくれた。わたし空気が重くなることを恐れて、「いやあ、病院に行ったらうつかもとか言われて。まじかって感じなんですけど」とふざけた調子で話したが、気づいたらぼろぼろと泣いていた。部長は親身になって話を聞いてくれ、すぐに仕事の量を減らすために動きだしてくれた。

数日後、「お前はやる気がない」と言った上司とも話をした。彼も業務過多であったことを詫びてくれたし、業務を減らしたことにより、ほとんど自宅で作業しても問題ない内容の仕事ばかりになったので、無理に会社に来る必要はないと言ってくれた。もし、完全に自宅で働く方がいいのなら、そうできるよう上にかけあうと。わたしは、全力でその言葉に甘えた。ほとんど会社には出社せず、出社しても会社にいるのは5時間程度、あとはすべて自宅で仕事をした。どうしても会社PCでなければできない作業があれば、土日に隠れてこっそり出社した。自宅や誰もいないオフィスでの仕事であれば、突然泣き出してしまっても問題なかった。自宅での勤務時にも、勤務開始~勤務終了のタイムカードをつけていたが、12時間以上働いた日もあった。

しか会社は、わたしのことをサボっていると判断したようだった。上司は上にかけあうと言ってくれたが、どうかけあってくれたのかもわからないまま、突然人事から「いまのあなたの働き方を会社は認めるわけにはいかない」と言われた。そして、今後の進退をどうするかについて、産業医面談するよう命じられた。

休職するのは嫌だった。たしかに出社できないということは会議等に参加できないということだから、ほかの人と連携して働くのは難しいだろう。しかし、一人で行える作業も山のようにあったし(そういった作業のために派遣を雇うこともあった)、そういった作業であれば、うつ病と診断された後でも満足にできていると思っていた。上司作業については問題がないし、頼りにしていると言ってくれていた。でも、あれは嘘だったのだろうか。今となってはわからない。

うつ病かどうかはおいておいて、確かにこの時期のわたしは疲れていた。産業医との面談は散々なものだった。仕事について何を聞かれても「わたしはどうせやる気がないからだめだ」と答えていたような気がする。ほとんど忘れてしまったけれど。ただ、産業医の方はその道のプロであるはずなのに「あなた不思議ちゃんなのね」とわたしに向かっていい、まるで「少し変わっていて、社会になじめないかうつなんかになるのだ」と決めつけるように終始話をされたことに、ひたすら腹が立ったことだけを覚えている。中学生くらいの頃は、個性的とか変わってるとか言われることで得意になっていたが、もういい大人だ。それが人を馬鹿にするときに発される言葉であることくらいわかる。ちなみに、面談をした日の日記を読み返してみたら「わたしのことを「世間からちょっと外れた」「変わり者の女の子」だから説教してあげなきゃ」と思ってるのが見え見えすぎて、つーか説教って結論ありきでこちらの話を聞かずに一方的になされるものから対話じゃないんだよな。対話仕事なんじゃないのそちらさんは?それでもプロですか?わたしの話、なにも聞かずに終わったよね?どいつもこいつも人のこと説教コンテンツだと思ってんじゃねえ」と書いてあり、当時もめちゃくちゃ怒っていた。面談の翌週(12月の頭)、突然部長と人事に呼び出され「明日から休職してください。産業医により休職必要だと判断されました」と言われた。ほんとうに何の前触れもなく、突然言われたものからわたしは笑ってしまった。え、自宅でできる仕事はどうなったの。「ほんとに?明日から?じゃあ明日のお昼映画観に行ってもいいってことですか?」あまりに信じられなくて、ほとんど相手馬鹿にするような口調で言うと、神妙な顔で「そういったことで気分転換をしてもいいかもしれませんね」と言われた。よくわからないまま、とても雑な仕事の引継ぎが一時間で行われ、わたし休職することになった。

わたし休職を言い渡された瞬間にTwitterで「うつから休職しろって会社に言われた」と呟いた。いいねが何件かつき、じゃあ暇でしょ今週ご飯いこうよという誘いが何件かきた。友だちには恵まれているなと思った。はじめの一週間は毎日のように友だちと会って遊び歩いた。これのどこがうつなんだろう。毎日楽しく遊んで暮らしていることが会社に伝われば、会社もすぐにわたしを復帰させてくれるかなと思って、とにかく遊んで遊びまくった。三週間でお金と体力がつき、その後はしばらく引きこもって一日中寝ていた。

休職は一か月で終わるだろうと思っていた。しかし、会社から音沙汰がない。こちらから基本的に連絡を取ってはいけないと言い渡されていたので、やきもきしながら会社からの連絡を待った。連絡がきたのは、年明けのことだった。再度、産業医との面談のために出社してほしいとのことだった。出社日までにかかりつけの精神科医から診断書をもらって、いつまで休職必要かを会社に提出するように、とも言われた。わたしは早速そのことをお医者さんに話し「こちらとしてはいつでも復帰できるのですが」と告げた。お医者さんはなぜか「でもあなたはまだ疲れているでしょう」と必要以上にわたしをいたわり、休職期間を3月末日までとした診断書を出した。そうして、わたし3月末日まで復帰できないことになった。元気なのになぜだろう。

1月の半ばに産業医との面談を行った。この日の日記を読み返すと「なんで時間取ったのってくらいふわふわした会話しかなされなかった」としか書いていなかった。近況報告くらいで大した話はしなかったのだろう。面談後、診断書を提出するために人事と会った。このときわたしは、診断書休職期間は3月末日までと書かれているが、こういうものはこの日までに必ず治るというものではなく期間が前後する可能性はおおいにある、とお医者さんに言われたと伝えた。前後する、については、だから復帰を早めてもいいと思う、という思いを込めたつもりだった。働いていないので、そろそろお金がやばかった。人事は「そういうものだと理解しているか大丈夫ですよ」とだけ言って診断書を受け取った。

それきり、しばらくの間また会社から一切連絡が来なかった。さすがに日が空きすぎているだろうと思い、3月の頭に一度だけ人事に連絡をしてみた。復帰のスケジュールはどうなっているのか。休職直前に異動することも可能だと言われたが、今でもその話は有効なのか。その2点について尋ねてみたが、前者については「産業医確認してまた連絡する」、後者については「それは会社の都合だからあなた希望がどうであれ知らない」とどちらもにべもない答えだった。復帰して働きたいという意志を伝えたつもりだったのに、おまえの意志など関係ないのだと突き放されたようですごく惨めな気持ちになったし、休職が決まる前は「あなたの働きやすいようになるべく希望をかなえたいと思う」と言っていたはずなのに、休職が決まった途端、手のひらを返して厄介払いするような態度を取る相手に裏切られた、信用できない、という気持ちになった。わたしは、3ヶ月も社会から離れて孤独を感じていたのかもしれない。そんなときに、会社の人から冷たくあしらわれたことで、社会から本格的に拒絶されたような気もちになってしまったのかもしれない。こちらからはもう連絡しないと心に決めた。

3月の頭に「産業医確認してまた連絡する」と言った人事が次に連絡をしてきたのは、3月31日20時だった。彼はなぜかはじめからわたしに対して怒っているような、責めるような口調だった。

診断書には、3月31日までが休職期間と書いてあるんですが、どういうつもりですか?」

どういうつもりとは?わたしは彼の第一声に疑問符を浮かべることしかできなかった。正直、わたし1月に提出した診断書ことなどすっかり忘れてしまっていた。おまけに「期間が前後することは理解しているので大丈夫ですよ」と言われたことで、診断書問題はすべて解決したものだと思い込んでいたのだ。人事がいうには、診断書の形で正式に提出されていない期間に休まれては困るとのことだった。困るって誰が。何が。

診断書の期間より、休職がのびるなら、連絡してもらわないと」

「復帰に向けてのスケジュールについて相談させてくれって連絡しましたよね。そのあと連絡しなかったのはそちらです。おまけに、今日ちょうど病院に行ってきたから、その時診断書もらって会社に持っていくこともできたのに。こんな夜遅くに言われても困ります。そもそも、以前診断書を提出したとき休職期間は前後する可能性があるって言ったら「大丈夫」とおっしゃられたので、再度提出が必要だという認識がなかったのですが。認識違いをしていたわたしも悪いですが、リマインドするにしてもちょっとタイミングが遅すぎて対応しようがないです」

「そういう考え方もありますよね」

そういう考え方もある?わたしは怒りで頭が真っ白になった。3月31日が年度末だから、18時から会社パーティーを行うならわしであることくらい知っている。つまり、すでにお酒を飲んで酔っ払った状態になってようやく、本来なら1か月前にすべきだった連絡を今してきた彼が、自分不手際を認めず、わたしがすべて悪いのだと言っていることくらいわかる。

「困る、と言われても困ります4月3日に復帰するといっても会社の受け入れ態勢も整っていないでしょうし。4月から診断書記載がないから、わたし解雇ってことですか?」

「まあ、会社が決めることなのでわからないですけど」

「どうするんですか?次の病院の予約は2週間後なのですが」

「わかりません。確認します」

からないなら電話をしてくるなと言いたいところをこらえ、「では、確認お願いします」とだけかろうじて返し、電話を切った。あまり対応に怒りが収まらなかった。怒りは翌日まで持続し、我慢できず、部長へことの顛末を記したメールを送った。部長からの返信はなかった。…わたし病気なのだろうか?こんな風に、怒ったりして。

翌週、診断書会社が直接医師のもとへ受け取りにいくから何もしなくて大丈夫だという内容のメールが人事から送られてきた。そして、また2週間後に産業医面談をすることになった。産業医が首を縦に振らなければ、復帰はできない。初回の面談で、わたし相手に対して苦手意識を持っていたが、面接に臨むようなきもちで、いか休職期間もきちんと規律のとれた生活を送り、すぐにでも復帰できる状態にあるのかをアピールした。産業医は、「前に会ったときより、ずいぶん明るくなったわね」と言ってくれた。いける、と思った。けれど、ここでまさか診断書に足を引っ張られるとは。

人事が医師から直接受け取った診断書には「うつ症状」に加え「人格障害の疑い」と記載されていた。1月にもらった診断書には「うつ症状」としか書かれていなかったのに。かかりつけの医者から人格障害の疑いがありますね」と言われたことは一度もなかった。お医者さんとは会うたびに「最近どうですか」「元気です」という会話くらいしかしなかったし、惰性のように抗うつ剤を処方してもらうだけだった。不眠症状はすぐになくなったため、睡眠導入剤も処方してもらっていなかった。わたしはショックだった。人格障害があるの?お医者さんと普通に会話していたつもりだったのに、お医者さんは陰で「こいつは人格障害がある」と思っていたの?あとで調べてみて「人格障害」とは「人格に欠陥がある」という意味ではないことがわかったが、診断書のその文字を見たときは、お医者さんにも裏切られてしまったような気がした。

でも、疑いは疑いだ。確定したわけじゃない。…産業医は、物事を決めつけて話すタイプの人なのだった。

人格障害ってことは会社に復帰できないんじゃない?」

無職になったら困ります

「でも、人格障害のひとは一般的社会に受け入れてもらえないものからあなた自覚してない?人格障害の人って、周囲のひとが嫌な気持ちになっているのに気づけないのよ。だからあなた無意識でそういうことやっちゃってるかもしれないわよね。それって会社で働くって無理よね。どう?」

自覚ない?って言われても、周囲の空気自覚できない病気なのであれば、わたしがそれを察知することはどうやったって不可能なのでは…?」

産業医がいうには、人格障害の人は常識社会と異なっているから、周囲が「この人変だな」という空気を出してきても、その空気に気づけないのだそうだ。人格障害の疑いと言われるくらいだから、心当たりがあると思うんだけど、と言われたが、仮にわたし人格障害であれば、空気が変であることに気づけないはずだから自覚しているわけないし、人格障害でないのであれば、周りも「こいつ変」空気を出していないのだからその空気に気づくわけもない。つまり産業医が言っていることは矛盾していてめちゃくちゃなのだけど、彼女はどうしてもわたしの口からわたし人格障害かもしれない」と言わせたいようだった。(家に帰って調べてみたところ、産業医人格障害についての説明もめちゃくちゃだったことがわかったし、そもそも最近は「パーソナリティ障害」と呼ぶのだそうだ。そういうところの配慮のなさにもげんなりした。)だいたい、「あなた、周囲の空気読めてる自信ある?」と聞かれて、迷いなくイエス!と答えられるものだろうか。気を遣っていても失言してしまうことはあるし、つい調子にのって一方的に熱く自分の話をしてしまうことだってあるだろう。(そしてわたしはそういう失敗をいつまでも引きずる)ほとんど誘導尋問に近い形で人格障害であることを認めさせられ、「だからあなた会社勤めができない」と懇々と説かれた。

会社勤めは難しいって、どうしたらいいんですか」

人格障害でも活躍してる人、たくさんいるじゃない。書道家とか俳優とか」

「それはそういう才能があるからですよね?わたしには何もありません」

「でも、あなたも頑張って会社以外の場所を見つけないとだめなのよ。性同一性障害のことを考えてみるとわかりやすいんだけど、今は時代が変わったけど、あの人たちだって社会から一般的には受け入れてもらえないでしょう。だから当事者が頑張って、社会から認めてもらわなくちゃいけないの」

…この人、今の話には全く関係のない性同一性障害を引き合いに出して、パーソナリティ障害の人々と雑にひとまとめにして差別したことに無自覚なのだろうか。「あなたたち〇〇は、社会に認められていない劣った存在からわたしたちに認められるように努力する義務がある」という発言差別的であることに気づけないのだろうか?

 悔しいけれど、わたしは怒りが頂点に達すると、うまく言い返せなくなってしまう。このときも、「それは社会がまちがってるんじゃ……」と呟くことしかできなかった。「社会がまちがってるってことはないけど」と、「社会側」の産業医は言った。悔しい。こんな

2017-04-11

マイスリーけが救いだった

マイスリーっていうか睡眠導入剤全般

大学生の時家に帰って睡眠導入剤を飲むことだけが楽しみだった。

睡眠導入剤を飲んだ人は分かると思うんだけど、薬を飲むと本当に生きてて良かったという気持ちになって甘美な気分ってこういうことを言うのか…と飲むたびに思った。

今はその弊害が出てしまったのでやめたけど本当に睡眠導入剤気持ちがいい。

2017-01-27

主張したいことがないと論文かけないなら博士課程なんて辞めてやる

だって大学院入ったばかりの頃はもうちょっと希望に溢れてバリバリがんばるぞ!とか思ってたはずなんだ。

工学部機電系就職も恵まれてたのにそれを捨てて理学系に来たんだ。当然そのつもりだった。

研究室セミナーで数々のマスハラをうけても、進捗報告で「それは違う、君の言ってるここはおかしいでしょ!」って毎回のように炎上しても、それでもちゃんと耐えていられると思ってた。

甘かった。

いつ頃からか、毎週の報告会が近づいてくると脈拍がおかしくて胃がひっくり返りそうな感覚で何度も嘔吐するようになってた。

たぶん酸蝕のせいか前歯が欠けていることも、言われて初めて気がついた。

精神安定剤睡眠導入剤は一度それに頼るようになると増えることはあっても減ることなんてない。

ただでさえ立派な肩書きのついたおじさんってだけで私にとっては威圧感を感じるのに、私のためだけに一対一で圧迫面接を毎週やってくれるのだ。こんなに効率的に削られる環境もそうそうないだろう。

処世術を身につけた私は、報告会の時にはなるべく断定的なことをいって詰められるより、ボスの気分を害しないよう曖昧な返答に終始するようになっていた。

詰められるかわりに今度は「何言いたいの?意味がわからないんだけど。」と言われる回数が増えていった。

でもあからさまにマスハラ受けるよりはそっちの方がずっとマシだ。ボスよりずっと私のことをよく知ってる友人たちにもよく言われてることだし、たぶん自分でも言ってる意味がわかってないことのほうが多いから。なんで間違ってるか自分でもわからない詰められ方してる時より、そうだよなあやっぱりわかんないよなあ、って自分でも納得できたから。

D進するかどうかは悩んだけど、親類縁者で理系大学院にいくのなんて私が初めてで両親はそんな私を誇りに思ってくれてた。研究テーマが決まってなくて学振すら出せなかったけど、それでも両親は支援してくれた。まだいける、まだいけるはず。

療養のために半年休学したりもしたけど、なんだかんだで3年乗り切ってきた。幸いなことに後輩の卒研指導などの役割分担からは外されていた。自分のことだけで精一杯な現状に引け目を感じつつがんばって、なんとかようやく原著論文投稿にお許しをもらった。レフェリーコメントが帰ってきた。introduction からなかなcriticalな指摘がきてる。進捗報告の時に改定案を見せなきゃ。

見せたところで帰ってきた返事は「言ってる意味がわからない、つまりどうしたいの?」。いつものことだ。昔の私じゃない。こういう時はどうするか?ボスがどのように理解したがってるかなんてこっちは知ったこっちゃない。こちらが取りうるほぼ唯一の戦略はどうとでも取れる玉虫色の返答をジャブとして繰り出して、相手の出方に応じて適切な返答を作る。即興ながら官僚の作る国会答弁問答集にだって負けないぞ!私の頭はキレッキレだ。

いつものこと、どう返事したかなんて細かいことは覚えてない。その代わり、呆れ返った声で彼が返した言葉はジャブどころか私に向かってストレートに投げつけられてきた。

「あのねえ、◯◯さんがこの論文でどういう事を主張したいのか、まずそれをはっきりさせてくれないことにはこっちだってアドバイスしようがないんだよ」

なんで今更そういうことを言ってくるんだ。私が何を主張しないべきかだけはあれだけしっかりわかってるくせに。辛い。苦しい。私は何を主張したいべきなんだ?わからない。わかってたらもっとはっきり自分意見を今までも言えてきたはずだ。でも私が知ってのは、ただただ「私は何をしないべきか?」。それだけだ。

「何をしないべきか」を彫刻刀で一つづつ削っていったら、版画みたいに「何をするべきか」がネガとして浮き上がってくる、そううまくはいってくれなかったようだ。

私は何をしたいべきなんだろう??最初論文の主張の話だけだったはずなのに、考えれば考えるほど、この問いに人生のものまで絡め取られていってる気がする。

何をしないべきか?逃げ出すことが敗北なのはわかってる。ボスだけじゃなく共著者みんなに対しても無責任なことだ。中退なんて高校だけでもうたくさんだ。でも、いくら「何をしないべきか」を潰していっても、どこからも「何をするべきか」は浮かび上がってこない。あとどれだけ「何をしないべきか」を潰していけばこの暗闇の中から一筋のネガが見えてくるんだろう。

疲れた。来週もまた研究室に行ける気がしない。レフェリーへお返事書く期限もたぶん間に合わない。「何をしないべきか」だけははっきりわかる。もっと別のことを私はわかりたかった。とにかくもう疲れた

12年間、一日も途切れることなく酒を飲み続けた

22歳くらいの頃、夜眠れないようになり部屋で寝酒を始めた。

最初缶チューハイ。200ml一本で気持ちよく入眠できた気がした。

それからお決まりの酒量右肩上がりコース

缶チューハイをやめ赤ワインを一晩で一本空けるようになる。

家の階段で転んだり壁に頭をぶつけたり、記憶をなくすこともしばしば。

それでも何か楽しくて、幸せな気分で眠りにつけていた、当時は。

仕事に支障をきたすことはなかったし酒代で困窮するわけでもなかった。

そして30歳を過ぎた頃、貰い物のロイヤルサルートが美味しくて赤ワインからチェンジ

美味しいので、ロックストレートで飲んじゃう。

一晩でボトル1/3から2/3も飲むようになってだんだん(これはマズイかも)と思うようになってきた。遅すぎるけど。

肝臓腎臓アルコール依存症

家族に隠れて飲んでた訳じゃないし(まあ自分の部屋だけど)昼間は飲まない。手も震えない。

自分はまだアル中じゃないと思っていた。会社健康診断問題もなかった。

でもこれからずっと今のペースで飲み続けたらきっと40歳くらいで死ぬんだろうなと思うようになった。

眠れないなら病院睡眠導入剤を処方してもらえばよかったのだ。

でも当時はアルコールによる多幸感から離れられず、眠るためと言い訳をして酒を止める気は全くなかった。

しかし突然断酒の日はやってきた。34歳の頃だ。

月並みだが、恋の病にかかり飲食物が喉を通らなくなり、急に酒が欲しくなくなってそのまま飲まなくなったのである

それ以前にも交際相手はいた。おぼこ娘でも高齢処女でもなかった。

片想いでもなく相手に振り回されていたわけでもないが、なぜかその恋に夢中、胸がいっぱいで何も食べられなくなっていたのだ。

ずっとその状態なら死ぬのだが幸い食欲は戻った。酒だけが欲しくなくなった。断酒するつもりはなかったのに。

なんだかんだ恋にうつつを抜かしているうちに、夜眠れないこともなくなった。

ぶっちゃけ激しい○ックスで疲れ果てあっという間に寝てしまうのだ。

数年後、その相手結婚それから月日は流れたがアルコールはほぼ口にしていない。

相方出会った日から人生に酒は必要なくなったようだ。

アルコール依存ブロガーさんがはてな話題になっていたのを見てふと自分のことを思い出して書いてみた。

[追記1/29]

上では触れなかったが、飲酒を始めたころからスポーツジムにも通い始めていた。酒以外で眠る方法を探す気はあった。

のめりこむたちなので、かなりムキになって取り組んでいたと思う。

初期はプールだけ。何年かたって筋トレも始めた。

ストレッチランニングマシントレーニングエアロバイクなどのメニューをこなし平日は2時間、土日はさらプールで2kmほど泳ぎ3、4時間ジムにいた。

もともと痩せて薄い体型だったがうっすら筋肉がつき、体脂肪率はずっと17から19%くらい。(女です)

だけどヘロヘロになるまで運動しても逆効果だった。運動のあとは余計酒がうまいである

トレーニングしながら、帰って飲む酒を楽しみにするようになっていった。

もう酒のために運動しているような本末転倒になってしまった。

この頃はスコッチウィスキーロイヤルサルートから始まって国産ウィスキー余市、響、山崎など色々飲むのが楽しくなっていたので睡眠導入剤のことは忘れてしまった。

トラバの15年飲酒氏はアル中じゃないと言ってくれたけど

http://www.ask.or.jp/shinkoprocess.html ここの定義だと私は依存症との境界線にいたということになる。

12もの間大量飲酒しながら境界線にとどまっていられたのだ。危なかった。

断酒から10年近くたったが、その間一滴も飲まなかったわけではない。ビールワイン乾杯する機会は何度かあった。

やっぱりおいしいと思ったが、一杯で充分だった。元の大量飲酒に戻らなかったところをみると脳のアルコール回路はできていなかったのだろう。

今回件のブロガーさんのアル卒宣言記事やそのブコメなどを見て、当時の自分いかに危うい状態にあったかということを思い知らされた。

能天気だった。断酒したのも自分意志じゃないしなんの努力もしていない。

そもそも断酒する気もなかった。減らしたいなあ、いつかそのうち、お金がなくなったらやめるだろうなあ、みたいなことは思っていたが。

たまたま振り返る機会を得てこうしてつらつら書いてみると、本当にバカだったな。今生きていられるのも運が良かったからだろうな。

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170114002008

診断受けてなくても、睡眠導入剤とか安定剤の類飲んでるって告知すれば同じ事だよ。

普通より審査が厳しいといわれるネット生保ことごとく断られた。

増田のいうように、鬱は平時特に問題なさそうでも発作的に自殺などするかもしれないという意味最大級リスク判断するそうだ。

てんかんと同じような扱いなのかな。

保険会社のいうリスク医学的な意味でのそれとは異なるということなんだな。

2017-01-13

朝が起きれなくて毎日辛い

なのに夜はまだ眠れない

7時過ぎには起きないとならないのに

寝れない

睡眠導入剤とかぜんぜん効かない

6〜7時間くらいパッと意識失う薬って無いかな?

目覚まし鳴ったら起きれるやつがい

そんな便利なもん無いか

無いなら一生このままやね

2016-10-25

とあるアル中回復記録

東京在住の30代男だがアルコール依存治療開始から六ヶ月が経過し、一定回復をしたのでその過程を記録してみたい。

数字で示すと治療開始時から約六ヶ月で

γ-GTP 589→69 AST 84→31 ALT 106→68 TG 1015→178

まで回復した。

数字で言われても大多数の人はさっぱりわからないだろうから単純化すると入院レベル人間がとりあえず正常な体になったと思ってもらえればいい。

さて多くの文章がそうであるように、大抵の人は最後まで読まないだろうから最初自分なりのこの文章結論を書いておくと

アルコール依存から抜け出したいのなら自分の抱えた問題アルコールに限らない)を率直に話す事ができる相性が良く優秀な精神科医を見つけ、よく話し合いながら治療を進めるといい。ただそれがあなた人生を良くするかはわからない」という身も蓋もないものになる。できることなら「まだアルコールで消耗してるの?」「アル中精神で克服できる」とか頭の沸いた自己啓発本でも出して一儲けしたい所ではあるが、残念ながら現実というやつは概ね散文的で面白みがない。

確かに肉体の調子は非常にいい。自分という存在からここまで充実感を感じ取れる日が来るとは思わなかった。

だが同時に精神面では未だに様々な問題が噴出している。

アルコール依存を抜けだした僕自身が未だに「抜けだしたのは良かった事だろうか?」と自問自答を続けている。だから他者断酒を勧めたりはしない。この文はあくまでひとりのとあるアル中回復記録として、参考程度に読んで頂ければ幸いです。

自分アル中定義

まずこの文章を書くにあたって自分がかかっていたアル中定義をしておきたい。アル中貧乏旅行なんかと一緒でγ-GTPの高さでマウンティングする人もいるし、wikiなんかでも色々と書かれているが、自分場合は「アルコールによってQOLが下がっている」というシンプルものにする。世間アル中イメージ吾妻ひでおマンガのように連続飲酒をし、手が震え、幻覚をみたり暴れたりしている人のイメージが強い。

しか自分はそれとは全く異なるタイプだったので自身アル中であるという自覚すらなかった。仕事普通に行き、帰宅するとビールの500ml缶を一日6~8缶淡々と飲み、翌日二日酔い仕事へ行く、という事を繰り返していて入院レベルまでいった(似たような壊れ方をする小説人物からとってユージーン型と呼んでいる)。世の中には様々な不幸な家庭があるようにアル中にも様々なタイプがある。

医師選択について

20代の半ばから不眠に伴う飲酒量の増加により、何件か精神科に通っていたが、自身の抱えた問題を率直に打ち明けられる医師に中々巡りあうことは出来なかった。

マッチョイストだのミソジニストだの差別主義者の豚野郎と言われればそのとおりなのだが、性格的にどうしても同年代医師や、女性医師に悩みを打ち明けられなかった。基本的精神科医患者情報当人発言から得る部分が多いので、深刻な問題を抱えていても話せないとどんな名医でも対処が難しいのではないだろうか。

今回僕は精神科に通い始めてから八人目の精神科医先生であたりを引いたわけだが、もし相性が悪いと思ったら拘泥せず別の医師を頼った方がいいのではないかと思う。

この先生は四十代半ばの男性学校教師を経て精神科医になった異色の経歴の持ち主で、僕よりも遥かに精神的な地獄を抱えているが、持ち前の頭の良さでそんな自分にすら醒めているような超然とした空気をもった人で非常に問題を話しやすくてありがたかった。

■基本戦

とりあえず入院拒否し、通院で治療選択。基本戦略は抗酒剤シアナミドの服用により飲酒可能自体排除アルコールに対する身体的な欲求は断酒補助剤レグテクトで抑える、いままでアルコールに頼って来た睡眠睡眠導入剤で、アルコールごまかして来た精神面の色々は精神科でぶちまけつつストレスを減らし、抗不安薬で抑えるというスタンスを取った。そしてこれらでどうしようもなくなった時は先生から勧められたレボトミンを飲んで長時間寝倒す「寝逃げ」を行っていた。これも自分の置かれた状況から選択したものなので、人によってはちゃっちゃと入院して治した方がいい場合もあると思う。

■登場薬品について

これも精神科医様相性によって全く評価が変わるので自分に合っていたものを挙げるが、これらの評価は全て自分体感だし、当然の事ながらそれが他の人の適解であるとは言えない。シアナミドにしてもアレルギーによって服用できない人はいるらしいし。とりあえず相性が悪いと思ったら我慢せず、状況を報告できるような関係を築けるような人を担当医として選ぶといいと思う。

本編の主役にして宿敵 

アルコール

一応は由緒正しい歴史を持つ薬でもある。精神、肉体両面に凶悪依存症を持ちながらもコンビニ行けば変えてしまう恐ろしいドラッグ歴史上の薬物による死の統計をとれたらヘロインコカインなんぞ足元にも及ばないぶっちぎりのトップになるだろうが、同時に文化的な面やコントロールできる人にとっては素晴らしく、評価が難しい方。政治家でいうならロバート・ムガベとかだろうか。自分は後述のゆれ戻しの時にアルコール自分の肉体と精神を徐々に蝕む代償としてどれだけ精神深くの暗黒から目をそらさせてくれたかに気づかされたので愛憎半ばしている。

抗酒剤 

シアナミド

簡単に言ってしまえば人を強制的に超下戸にする無味無臭の液体の薬。持続時間は人によって異なるが朝夕食時の一日二回の服用が基本。アルコールを飲むという選択肢自体をなくしてしまうので自分のような意思の弱い人間には非常にありがたい薬だった。僕の場合仕事の後の飲酒欲求が強いので二度目の服用はまだ気力のある15時にしていた。懲罰効果によって飲酒を止める薬である以上、罰がどの程度の効果かわかりたかったので一度7時に服用した後、15時にビール1Lを入れてみた。効果は覿面で、悪寒、動悸が早くなる、湿疹、なにより全身の細胞が一斉に反逆を起こしたような気持ちの悪さで立ち上がる事すらできなくなり嘔吐をぶちまけた。寄生獣後藤最期の気分や喧嘩稼業で梶原さんに屍を入れられた工藤の気分を味わいたい人はやってみるといいかも。死んでも知らないけど。

断酒補助剤 

レグテクト

脳に作用し、アルコール依存で高まっている神経活動抑制することで「飲みたい」という飲酒欲求をおさえるお薬との事。初期は有り難みを感じなかったが、二ヶ月目くらいから地味に効果自覚。なんだかんだで大変役に立ってくれていた。地味だけど。

睡眠導入剤 

サイレース

影の主役。元々不眠からアルコール依存になった人間なので飲めば確実に眠れる安心感は何にも変え難かった。先述したように薬は人それぞれ相性があるが、以前の別の精神科で処方されていたマイスリーよりもこちらの方が朝、遥かに快適に目覚められた。

レボトミン

本来向精神薬だが、睡眠導入剤の効き目を強くする効能もある。自分は、先述した「寝逃げ」用にサイレースと一緒に服用していた。その効果は絶大で昼に飲んでも落ちるように眠り、翌朝まで目を覚まさなかった。ただし朝のダルさと眠気が非常につらく、飲酒欲求が高まりすぎた時や、ネガティブ精神状態に呑まれそうなとき、そして翌日が休日である時意外はなるべく服用しないようにした。

抗不安薬系統

ホリゾン 

一番軽度の抗不安薬事務作業などに与える影響はほぼなし。自分ボクシングのジャブのように「とりあえずホリゾン」な感じの基本として使っていた。メタルギアソリットで狙撃時の手の震えを抑える為に出てきたアイテムのジアザパムでもある。

エビリファイ

やや強めのお薬。事務作業においては能率が約20%低下する印象。

ワイパックス

かなり強めのお薬。事務作業の能率に関しては50%以上低下する印象なので特に精神的につらい時、仕事終了後に服用していた。

治療記録

第一期(治療開始から一ヶ月目)

最初断酒補助剤レグテクトによる治療を試みるも、精神依存が酷かった為にあまり効果が感じられず失敗。一週間目でシアナミドを処方してもらう。使用開始から三日間は常に頭の中身を酒が占めているような状態だったが、「飲む」という選択肢自体がなくなっている為に飲まずにいられた。ちなみに肉体的なアルコールへの依存断酒から三日目で、精神的な依存は約三週間である程度消えた。この時期は全ての気力を「酒を飲まない」につぎ込んでいたので基本食事外食、もし家で食事する時は洗う手間を省く為に使い捨ての紙皿を使うなどして乗り切った。バランスのとれた食生活なんてする気力も残っていなかったがとりあえず楽に摂取できるリンゴキウイなんかは食べるようにしていた、

・第二期(一ヶ月目~二ヶ月目)

断酒継続により心身ともに調子が良くなり、ハイになる。この時期は今思い返すと穴に入りたい気持ちになるが、友人に酒のない生活の素晴らしさをドヤ顔で語りウザがられていた。定期的な飲酒欲求はあったものレグテクトと気力で無事やり過ごすことができた。代わりといってはなんだが、甘いものに対する渇望が極めて強くなり、体重はそれなりに増加した。

・第三期(二ヶ月目~三ヶ月目)

NHKの集金のように頼まれもしないのにある日唐突に今までとは比較にならない負の感情が襲ってきた。ハイになっていた揺れ戻しと精神にかかっていた霧のようなものが晴れた事で自分アル中になった根本の原因である家族への憎悪」がどれだけ強烈だったを自覚する。全て投げ出してアル中に戻ってしまいたい誘惑に何度も飲み込まれかけた。もし家族ブチ殺しても罪にならない世界だったら本当に殺しかねなかったと思う。この時期はいままで週1ペースだった通院が最大で週3になり、薬の量も増え、診療時間中ずっと先生に対して家族への憎しみをぶちまけ続けていた。王様の耳はロバの耳ではないが、この時期の先生サポートがなければアル中に戻るか、ムショ行きにでもなっていたかもしれない。アル中から回復は三ヶ月がひとつの山らしいが、とにかくこの時期は本当につらかった。

・第四期(三ヶ月目~四ヶ月目)

揺れ戻しが終わったのか精神面の憎悪は小康状態に落ち着きある程度楽になるが今度は代わりに虚無感が強くなり、「なんで自分はさっさと対策をとらずこんなに人生無駄使いをしていたのか」といった大量の「たられば」 に捕らわれることが多くなり、第三期ほどではないが飲酒欲求が高まるときは多かった。通院はほぼ週一に戻ったが、今度は先生に対して「たられば」の話ばかりしていた記憶がある。ただ小旅行をする気力くらいは戻ったので休日は鎌倉に行って観光するでもなくひたすら海を眺めていたりした。

・第五期(四ヶ月目~六ヶ月目)

「たられば」状態が少し落ち着いてきて気力もある程度戻った事もあり、これまでは考えもしなかったペットを飼うという選択肢を思いつく。僕個人に関してはこの選択はとても正解で、無聊が大分慰められ、大いに助けてもらった。自分のような一人で夜を過ごす時間をもてあますタイプには犬や猫、小動物でも爬虫類でもなんでもいいが、余計な事を考える時間を減らせる存在大事なのかも知れない。そして大分生活も落ち着くようになった。家族への憎悪も「できるなら殺してやりたい」から夜寝る前に朝起きたら携帯警察からあなたのご家族がみんな死にました」という連絡が入ってくれますようにと願う程度には整理された。体調に関しては非常に良く、生活も充実している。時折強烈な負の感情が出てきているがなんとかやり過ごしつつ今にいたる。

■まとめ

アル中回復して以来、めんどうくせえ事に友人知人に「アル中の事ならあいつに聞くといいよ」な感じで広められ、たいした面識もない人から相談を受けるようになったが、正直言ってこちらに言える事なんぞ冒頭に書いた「アルコール依存から抜け出したいのなら自分の抱えた問題アルコールに限らない)を率直に話す事ができる相性が良く優秀な精神科医を見つけ、よく話し合いながら治療を進めるといい。ただそれがあなた人生を良くするかはわからない」 という結論くらいしかない。世の中には「アルコールに逃げるのなんで心が弱い証拠、他人のせいにせず自分人生を見つめなおし、責任は自分自身で追うべき」なこの糞馬鹿はよほどおめでたい人生を生きてきたんだろうなと思わせてくれる発言をかましてくれる人もいるが、もし自分人生に率直に向き合ったら他殺や自殺に行く人間なんざざらにいると思し、その人の人生に責任を負うことも自分にはできないので積極的お勧めはしない。自分に関しても肉体は問題なく健康になったが、精神面に関しては断酒前には起きることがなかった唐突に強烈な憎悪がとまらなくなるという事態が未だにある。ただ、自分家族に全く愛情を感じた事がなく、憎悪しか持っていなかったという事に気づけたのは自尊感情回復に非常に役にたってくれたし、これから自分人生にとって何よりの収穫であったとは思う。とりあえず、アル中から回復したいと考える人々がいい医師出会え、回復して楽しく人生を送れるようになってくれるよう元アル中の一人として願っています。長文にお付き合いありがとうございました。

■おまけ

読んだ本

・「禁酒メソッド

禁煙メソッド」でも有名なアレン・カーによる著作。もの凄く端折ると「酒は凶悪ドラッグなのだから自己管理するなんて無理。味が美味しいと思うのも広告会社宣伝やら依存症状によりそう思っているだけ。断酒の禁断症状なんて少し耐えれば治ります。さっさとやめましょう」というある種の極論。周りにもこれを読んですっぱり酒を断ち切った人がいたが、その人は肉体的な依存はあっても精神面には深刻なトラブルを抱えていない、というかむしろ鋼鉄メンタルを持った人だったので、そういう人には役に立つ本かもしれない。ただ精神面に問題がある自分のような人間にとって、医師に頼らずこれ読んで一人の力でで禁酒しようとすると、第三期の時のような強烈な揺れ戻しの時にいささかならずやばいことになるのではないかと思う。

2016-10-16

40kgダイエットしました(追記があります

5年で40kg落としました。

正確には1年で35kg落とし、リバウンドしないか確認しながら4年で5kgという感じです。

暴食してもさほど意識せずに一週間くらいで体重は戻ります。

身長182で体重は79です。もう少し筋肉を付けたいかなというところです。

人生最大の体重は130なので、50kgのダイエットと言えなくもありません。

ダイエット方法は、典型的ですが、一日の食事量を10として、朝に5、昼に3、夜に2にするものです。

基礎代謝+運動食事カロリー+500kcalになるよう意識して生活しました。運動は主に水泳です。

それと、お医者さんに勧められた体重計測法を続けました。

体重を、食事前後に測るやりかたです。これを朝昼晩続けてグラフにしていくと、ジグザグな形から、どのくらい食べればどのくらい上がり、落ちるのかが手に取るようにわかります。

また、ダイエット失敗の大きな原因の一つである、「一日の最低体重を『今日体重』に設定してしまう」という事態を避けられました。

太り始めて20年間、ずっと失敗し続けてきたダイエットも、これでやっと成功しました。おすすめします。

こういったダイエットの話は需要があるかもしれないので、私のやり方を書いておこうと思います。

ダイエットに使ったもの
飲み口の広いコップおよびマグカップ

私のダイエットの最高の立役者が、このコップとマグカップです。

コップは口が大きく開いているもの。逆富士山型といいましょうか。

マグカップは、カフェオレのものです。スープマグか?と思うほどに口の開いたカップです。ビレロイ&ボッホのものを使っています。

これらは何のためかというと、ひとえに「デブ飲み」防止のためです。

デブ特有の一気にペットボトル半分ほど飲む、非常に危険なあの飲み方です。

喉の乾きに任せて一気に流し込み、気づけばもう残りは少ない。

「仕方ない、もう一本飲まないとダメだな」となり、末期になると飲み物を2本確保するのが日常になってしまいます。

デブ飲みの最中は味はわかりません。それが余計に拍車をかけるわけです。

私はダイエットに際して、デブ飲みを誘発するペットボトル直飲みをやめ、必ずコップかマグカップに移して飲むことを徹底しました。

スタバの、小さな穴の開いたカップもダメです。ストローダメです。

スタバコーヒーを買ってきて、事務所マグカップに移して飲む、みたいな変なこともやりました。事務所コーヒー作ればそれでいい話です。

そして、「一回に3口以上は飲まない」というルールを設けました。

口の広いカップで、味と香りが口と鼻孔に広がるのを確認してから、飲み込みます。

口の狭いものだと、香りが感じられないのでデブ飲みが止まりません。俺に砂糖を、もっとシュガーを…という地獄欲望から逃れられなくなってしまいます。

このデブ飲み防止法は、イケメンを観察することで気づきを得られました。

イケメンは、一度に2口以上飲まないんです。つまり、一度口をつけて、ゴクゴク、とやらないんです。

コク…と優雅にやってそれで終えるのがイケメンなのだ気づきました。イケメンはすごいですね。

それと、きちんと鼻毛は切りましょう。

鼻毛あなた体重を増加させているかもしれません。

鼻毛という、香りを阻む黒の密林が、あなた食事のグレードを下げているんです。

切りましょう。鼻くそも除去しましょう。鼻炎はなんとしても治しましょう。

ダイエットの要は鼻です。

食事の前は手洗い、鼻毛鼻くそです。

一人用電気コンロ

私の食事の基本は鍋です。

野菜を多く採れ、30分以上時間をかけて食べることができます。体も温まります。調理不要です。油でキッチンが汚れることもありません。

手入れも楽で、取り皿を使わずに直鍋で食べられます。ずっと温かいので、早食いしません。満腹中枢を確実にヒットしてくれる頼もしい相棒です。

朝のルーチン行動の中に組み込みやすのも利点です。

朝起きて歯を磨いている最中に鍋に水を入れ、スイッチオン。鍋キューブもここで入れます。

顔を洗った後に具材を切り、鍋に投入。

着替え、準備をしている間に食べごろになります。

ニュース音楽を聞きながら30分かけて朝鍋をします。シメおじやうどんは入れません。

さっと鍋を洗ってそのまま出勤します。

また、私は昼食も家で食べられる機会が多いので、昼も鍋ということも多かったです。

1日で白菜1/4がなくなることもしばしば。

野菜は足が早いので、頻繁にスーパーに行くことになりますが、逆に足繁くスーパーに通うことで、一回に買う量を抑えられている気もします。

買いだめする習慣をやめ、2日分の食材を買うくらいの気持ちで買い物に行くと案外買わないものですね。

旬の食材にも敏感になりますし、魚も気軽に買うようになりますよ。

水泳(※下に少し追記しています)

水泳は素晴らしいです。言うまでもありませんね。

私は金がないので、市民プール一択です。都市にもよりますが、だいたい6000円位で1ヶ月利用券が買えるんじゃないでしょうか。

プールの利点は、タオルと、水着と、水中メガネさえあれば始められることです。

更に、洗い物もタオルと、水着だけです。ウォーキングランニングだとこうは行きません。

靴、ウェアが必要となり、また運動の後は、筆舌に尽くしがたい加齢臭と汗の異臭コンボに苛まれます。

その点、水泳は素晴らしい。泳いだ後シャワー室で頭と体を洗えますから、とても清潔です。

水泳というと、「水泳に行ける体型ができてない」みたいなことをいう人がいますが、大丈夫です。親しみのもてる体系の人が多いです。

私は職場からの帰り道に市民プールがありましたので、水泳セットを持って出勤していました。

綿のタオルでなく、麻のタオルにして荷物を減らしました。麻のタオルはいいですよ。拭くのにちょっとコツがいりますが、すぐに乾くのでイヤな匂いがつきません。

洗って数時間で乾いてくれますから毎日使って洗っても大丈夫です。

手芸屋さんで麻の布を2m買ってきて、チクチク縫って作りました裁縫中学校以来で楽しかったですね。麻タオルは大きめのほうがいいです。

炭酸水

救世主と言っても過言ではありません。

朝5、昼3、夜2の生活では、どうしても夜が苦しくなります。

そこで炭酸水。1リットルのものペリエ750mlでもかまいません。

食前。飲む。膨れる。確かなサクセス

1リットルですと、コップに4回〜6回ほど注ぎ足すことになります。

ここでもデブ飲みはやめ、イケメン意識して優雅に飲みます。

炭酸水レモンなどの香り付きがいいです。

ダイエットは鼻から鼻毛は天敵。

私は金不足によりペリエは無理でした。ペリエ、かっこいいんですけどね。

炭酸水メシアです。危険を感じたらすぐに飲みましょう。

腹が減った。炭酸水

むしゃくしゃしている。炭酸水

映画を見よう。炭酸水

コンビニ行きたい。炭酸水

毎週のペットボトルゴミの量が半端ないことになりますが、それは仕方のないことです。

早寝早起き

なれないうちは、夜はとてもキツいです。

内に宿る食欲の悪魔が暴れだします。炭酸水メシア)に頼るのもいいですが、明日の朝食を夢見てさっさと寝てしまうのも手っ取り早いです。

今夜やるのも、明日やるのも変わりないですから、ズバッと寝ましょう。

朝は何食べてもいいんです。逆ラマダーンくらいの勢いでいきましょう。

睡眠薬(※下に追記があります)

私のヒーロー睡眠薬

頼りすぎてはいけないのもヒーローと同じですね。

最初ドリエルだったのですが、高いし少ないのでお医者さんに処方してもらいました。

ダイエットの三大失敗要因は、週末、飲み会、最低体重呪縛の3つです。今私が考えました。でも間違ってないと思います。

最低体重呪縛は冒頭に書いたやつですね。一日の最低体重を「今日体重」に設定してしまうと、それを超えることが難しくなってしまい、ダイエットをやめちゃうというものです。

飲み会は言うまでもありませんね。飲み会事故ですから、これは仕方ありません。

そして週末です。

週末、それは終末。

ダイエットの徒たる私達は、いつもこの週末というモンスターに負け続けてきました。理由説明するまでもないですね。

ですから、この終末を、睡眠薬によってスキップしてしまうのです。

土曜、朝起きて鍋。遊びに行ったりゲームをやりますね。水泳に行く強者もいるでしょう。それが終わったら、睡眠薬時間です。

私は17時に飲んでいました。寝る、起きる、鍋、遊ぶ、睡眠薬

貴重な休日が潰れてしまうのはとても惜しいです。

しかし、私達はこの、週末に何度辛酸を舐めさせられたかわかりません。たった2日の暴食が、数週間にもわたって私達を苦しめるのです。

もうこんなことは嫌だ。繰り返したくない。

なので、勇気を持って、週末をボーナスステージに変えましょう。

寝ている間も基礎代謝は進んでいます。寝ながら痩せる。夢の週末を手に入れるのです。

でも睡眠薬依存するのは怖いですから、そこは節度を持っていきましょう。

電子タバコ

正直これは、あまりおすすめしません。

電子タバコタバコよりは確実に安全ですが、まだ健康への影響が定まっていません。「体に悪い」という報告もあります。

しかし、私がお世話になったのは事実

これも、節度を持って、できれば使わずに、ダイエットしましょう。

電子タバコは非常に進歩しています。

もはや「電子タバコ」という呼称不適切なほどです。「ヴェイプ」とも呼ばれていますね。

何よりかっこいい。ガジェット的な魅力もあります。煙をモクモクさせるのは楽しく、食欲を忘れさせてくれます。壁紙も汚れません。

難点としては、初期費用継続費用がかかること、そして、ハマってしまうと更にお金が飛ぶこと、そして健康への影響です。

安いものでは2000円ほどでスターターキットが買えます。それにリキッドが1000円。数週間に一回部品を交換して1000円と、なかなか金が必要です。

確かに口寂しさを忘れさせてはくれますが。

しかし、最大の難点は、「電子タバコ界隈のイメージが非常に悪い」ことです。

ジャンキーのニオイがしてきます。

大麻健康に良い!」「大麻解放を!」みたいなことをいう人が使ってるイメージです。

Youtubeとかで動画を上げている人も、もれなく「そっち系」です。

タトゥー、ひげ、顎ピアス、すごいハゲ、汚い歯、すっごいガリガリなのに強そうなファッション

これはキツい。かっこいいのに。あっちには行きたくない

これがちゃんと健康問題なくて、すごいハゲとかじゃない人が爽やかにおすすめしてくれたらよかったのに。

残念でなりません。

あ、電子タバコもちゃんと喫煙席で吸わないとダメですよ。

タイツカイロ

ふくらはぎを触ってみてください。

ヒンヤリしますね。

これは完全に個人的感覚なのですが、下半身を冷やすダメだと思うんです。

逆に、下半身タイツカイロで強力にサポートしてあげると、全身に熱が回るような気がするんです。

冬は誰でもコートを着ますが、下は特に何もしないですよね。

下半身、つまり全身の40%くらいを冷えたまんまにしてるってことです。

1カロリーは、1gの水を1度上げるエネルギーですから下半身ホットにすればそれだけでカロリー消費するような気がしてきます。

もはや全く根拠はありませんが、夏以外はなるべくタイツを履いて下半身を暖めていました。

冬は腹巻きも追加しました。

理想としては、お腹周りの肉を常にほかほかにしておくことですね。

食事も、辛いものやにんにくしょうが意識的に採って季節問わずかいものを食べます。

炭酸水冷蔵庫には入れていませんでした。結構いけます。

アイスにも「オールスパイス」というスパイスをかけて食べていました。美味しいです。

コーヒーにもセイロンシナモンふりかけていましたね。なんでも、セイロンシナモン以外だと摂取量に気をつけないといけないようです。

セイロンシナモンならわっさわさとかけても大丈夫です。「コーヒーを食べる」レベルふりかけていました。

が、さすがにもうそこまではやめました。摂り過ぎはいけませんね。

タイツ戦法は水泳と相性が悪いのが難点です。

市民プールはちびっ子が多いですから、ちびっ子の前でタイツを脱ぐというのはなかなかのハードルです。すごい視線を感じます。

でも負けてはいけません。

だいたいこういう感じで

私は痩せてきました。

もちろん、ダイエットはただ一時的体重を落とすのでなく、一生続くライフスタイルを手に入れることでもあります。

運動をして食べなければ絶対痩せる

そう切って捨てる人も多いですが、人生の他の問題と同じように、理論通りに行かないのがダイエットですね。

私はこれからリバウンドをしたり、太ってしまったり、様々あると思いますが、そのたびにまた新しい気持ちで、新たな方法を探していくことになると思います。

みなさんも、頑張りましょうね。

それでは。長々と失礼しました。

【追記】

たくさんのブコメを頂いて、うれしいです。

知らなかったことや勉強になるコメントがいっぱいありました。ありがとうございます

睡眠薬について

睡眠薬について反応が大きいようですので、補足をしておきますね。

睡眠導入剤と書くべきだったかもしれません。ハルシオンを錠剤半分、お医者さんに相談しながら使っていました。

毎日使うわけではなく、休日どうしても食べてしまいそうなとき、停滞期を乗り切りたいときでしたね。

およそ1年で一気に痩せた後は使う必要もなくなったので、今は使っていません。

休日以外なら、空腹を明日への期待で満たしてすぐに寝付けますし、数週間で生活リズムが整ってきますから特に頑張らなくても朝方の生活になっていきます。

そして私の上記のやり方が正しいというわけではありません。

私の場合、睡眠薬電子タバコリスクとこのままの体重でいるリスクを考え、多少無茶してでも今落とさないと、と思っていましたから。

水泳

泳いだ時間を知りたい人がいらっしゃったので。

最初ウォーキング10分、クロール平泳ぎを織り交ぜて30分でした。それでもういっぱいいっぱいだったので。

二週間も続けると目に見えて体力が上がりました。

1月後には平泳ぎで50分泳ぎ続けてもぜんぜん苦にならなくなりました。人間ってすごいですね。

平日はほぼ毎日行っていましたが、大事なのは「何回行ったか、どれだけ泳いだか」でなく、

「どれだけ生活に組み込めるか」だと思っていましたので、「このくらい泳がなきゃ!」と呪縛されるのはやめようと決めていました。

それに、1ヶ月券があるおかげで「元を取らないと!」と思わなくてよかったですから

入場、着替え、体操の間にアイディアを閃き、そのままプールに入らず出たこともあります。

普段も、「もう少し泳ぎたいな」と思った時点で上がっていました。

毎日やるものですから、一日で満足するまでやるのでなく、次に余韻を残し、明日へロープを投げ込んでおくことが必要でした。

2016-10-12

ホリエモン働き過ぎ

まどろむヒマも無いか睡眠時間の調整に睡眠導入剤飲むとかパネェ

金持ってる理由が分る

2016-10-03

ひとりぼっちの夢

眠る時に見る夢は、

記憶の整理のために行っている脳の残像だ

日常生活の中で受けた情報を、

いるものといらないものに整理するために、

人間が眠っている間に脳が情報の取捨選択をしている。

その過程で幻のように脳が知覚してしまストーリィ、

それが「夢」だ。

私の夢にはよく母親が出てくる。

もう20年近く疎遠になっている、

若い頃のままの母親だ。

私は母親と仲が悪かった。

父親とも仲が悪かった。

暴力を振るうことが少なかったからという理由で、

どちらかというと母親のことが好きだった。

母親の夢を見た翌日は、

少し悲しい気持ちになる。

母親以外に夢に出てくる人物といえば、

アルバイト先の上司と同僚だ。

同僚といっても周りは私と違ってほとんど正社員なので、

みな上司に近いのかもしれない。

夢の中には自分日常に大きく関わっている人物が出てくる。

不思議なことに「私」一人しか登場人物が出てこない夢というのは少ない。

見ているのかもしれないが、目覚めると記憶に残っていない。

時折魅力的な異性が登場し、私の心を試すような言動をしていくが、

あれはドラマ映画か何かの影響だろう。

そう。私の夢には、母親仕事先の人間以外がほとんど登場しない。

40近い、独身の、友達も少ない人間の脳には、

整理し取捨選択するほどの情報量を持った人間関係が無い、ということなのだ。

ありがたいことに最近不眠症で、

睡眠導入剤を飲まないと眠れない。

から寝ている時間、夢を見ている時間は幸いにも短くて済んでいる。

しかしそんな私の夢に、最近あるものが頻繁に登場するようになった。

それはSNSタイムラインだ。

Twitter,Facebook,LINE,そしてはてなだ。

私の恋焦がれるアカウント投稿を夢の中で読んだり、

私宛に意中の相手アカウントだ)からリプライコメントメッセージが届く。

それはそれは夢のような、私が喜びそうな内容のものだ。

だって夢だからな。

もちろん夢なので、

目が覚めて急いでそれらSNSをチェックしても、

相手からリプライは何も無い。

そういえば相手新規投稿をもう何日もしていないようだ。

ブロックでもされているのかもしれない。)

さて今夜もこれから眠るわけだが、

当然のようにこの週末は誰にも会わず誰とも会話しなかった。

もちろん、週末前には「一緒に飲もう」「一緒に遊ぼう」などのLINEを送っているが、

いい返事がこなかったが故の結果だ。

決して私は受け身な人間では無い。

ただ、人間とのリアル交流には、

なんというか、

非常に縁が無い。

今日立ち寄った駅のホームでは「夢で逢えたら」という歌が流れていた。

ああ、あなたに、夢でもし会えたら。

せめて夢のなかでもいい、もしあなたに会えたら。

どうか、どうかこれを読んでいる皆さん、

あなたの夢には、あなた愛する人が登場することを願っている。

でももし、もし私と同じように、

最近見る夢の中身がPCもしくはスマートフォンの画面(2次元)の

テキストのみで構成されるようになった、という人がいたら、

ぜひ教えて欲しい。

それで多くの人が「自分だけではなかった」と救われるかもしれない。

そして、そんな我々は少しだけ未来を生きているのかもしれない。

2016-09-29

泥酔した女性を連れ去って性的犯罪とかニュースやってるのちら見

泥酔状態って甘く見すぎてない?

被害者じゃなくて社会全般

ニュースで見たのだと睡眠導入剤も使ったみたいだから酒単体の問題じゃないけど


泥酔するまで飲んでる時点で身体に悪いし

生殺与奪権を完全に失っている訳でしょ

飲み会雰囲気とか圧力でそんなレベルまで飲まされるんだとしたら

もうパワハラとか通り越して鈍器で頭殴って気絶させるのと変わらんだろ

2016-07-29

仕事中に眠気が来るとき、頭がジワジワジワァと、ぼんやりしびれるような感じがする。

のしびれるような眠気って俺はあまりいたことないから、うまく伝わるかわからないけど。

思考力が低下して、体の感覚が遠くなって、なんか酸欠になってるような感覚がある気がする。

日に2,3回かな?ジワジワしだすと、色々やってみるけどなかなか抗えない。つねる、飲む、話す、歩く、ストレッチ、洗顔とか。

俺は寝起きもそうだけど、力が入りづらくてうまく立てないような感じもある。

立ってるかどうか自分ではよくわからない感じになるだけで、生まれたての小鹿みたいな感じではあるけど一応立ててはいるんだけど。

なんとか休憩時間まで粘って寝ようとするけど、大抵いつの間にか落ちてて、長いと5分くらい、短いと数秒寝てるっぽい。

マイクロスリープってやつ? で、起きると割とすっきりしててそのあとは大丈夫。そして自己嫌悪

眠くなるのは時間が割と決まってて、11時・14時・17時ぐらい。今書いて初めて気づいたけど大体3時間おきなのか。

小学生の頃から毎日最低2、3時間ぐらいは学校で寝てたから、単純に昔から24時間周期で日中通して活動するのが苦手な人間なのかもしれない。

体育の授業の順番待ちの数十秒で寝落ちとか、ブランコ漕いでて寝落ちしてずり落ちたりとか、

好きな授業寝ちゃって悔し泣きとか、粘土に頭突っ込んで寝落ちて周りに起こされたりとか、子供の頃だけでも寝ちゃって失敗したことが色々ある。

遠足に行ったり公園に遊びに行ったりしても隙あらば木の根元とかで寝てたかケーシィってあだ名つけられたりもしたし。

まあでも、今は20時まで仕事してるだけで3時ぐらいまで頭が興奮しっぱなしの感じで寝付けないから、多分単に慢性的睡眠不足なんだろうなあ。

かといって睡眠導入剤もらって飲んだらロクに効かない上に翌日全く起きられないとか午前中使い物にならないとかで散々だったし、

いよいよとなったらもういっそ普通にフルタイムで働くこと自体を諦めないといけないのかもしれないな。

2016-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20160720232750

保険を使えれば受診費用は大したことない。

治療を続けている私の今の具体的な費用は、診療費 1570 円/月、薬 1020 円/月。

薬は抗うつ剤睡眠導入剤で、新薬を使ってないし、薬の一部はジェネリック

発症したのは 15 年くらい前。

今ほどネットでの情報収集をしにくかった。

けれど、私は精神医学を若干聞きかじっていたので、

症状がうつ病によるものだろうと推測できていた。

どんどん不眠がひどくなり、朝に起きれなくなり、

希死観念が出てきたくらいの時点で、精神科受診しなければと思った。

精神科受診しようと思ってまず困ったのは、どこに精神科病院があるのか分からなかったこと。

今ならググればすぐ分かるんだろうけど、当時ネットでそういう情報を得にくかった。

次に困ったのは、精神科受診システムが分からなかったこと。

見つけたクリニックに飛び込みで行ってみたら、そのクリニックは予約制でその日に受診できなかった。

その後にいろいろ段階を踏んで受診できた。

私が望んだご利益は、普通に生活たかったこと。

今は、まだ完全には治ってないけど、無理しなければ普通な生活を送れている。

仕事で長期に無理せざるを得ない状況になってうつ身体症状が出る時期もあるけど。

過去に数年間働けなくて、貯金も尽きかけて、生活していけなくなった時期があるので、

そういう状況に身を置きたくないと思って今も働きながら受診してる。

2016-05-23

母親鬱状態でどうしたらいいかからない

2か月前に母方の祖父が亡くなりました。

その際に母は、葬儀手続きで忙しく手がいっぱいになり、頭を悩ませていました。

ちょうど私は一週間、新卒研修地元を離れており葬儀に参加することはできなかったのですが、母は慣れない葬儀関係のことで苦労していたようです。

研修から帰ってきた頃から母の様子が少しおかしいことに気づいていたのですが、祖父がなくなったことへのショックによる一時的ものですぐによくなると思っていました。

葬儀を終え、遺産相続手続きをする際にも問題が生じました。

相続する権利は私の祖母、母、母の兄(私の叔父、単身)の三人にありました。

叔父は5年以上、親戚の誰とも連絡がつかなくなっていたのですが祖父危篤状態ときに現れ、亡くなったあとには葬儀関係手続きを進めてくれました。

相続手続きをする際に、叔父は今現在、知り合いの家に居候して自分の家を持たないこと、多額の借金があることがわかりました。

最終的に遺産権利は、母と叔父権利放棄して祖父財産はすべて祖母のものになることに決まりました。

しかし、持っている家や土地を売却する素振りをみせていた叔父に、母の中には不安が大きくあったようです。

葬儀から3週間ほど経った頃、夜中に母親に起きてきて、心臓が苦しいと言うので病院の夜間救急に連れていきました。

検査をした結果、体に異常は全くありませんでした。

祖母財産のことやこれから生活のことが気がかりで不安に押し潰されそうになり目が覚めた、と母は話していました。

祖父が亡くなってからほとんど全く寝ることができず、寝ることができても数時間で目が覚めてしまうらしいのです。

この事をきっかけに母は心療内科に通うことになりました。

心療内科では睡眠導入剤を処方され、最初の数日は眠ることができていたのですがすぐに効かなくなり、逆に睡眠導入剤を飲まないと一睡もできないようになってしまいました。

睡眠導入剤を飲むことが母にとっては、薬に依存してしまうのではないか、と不安を募らせています

母は、とにかく何もかもが不安だと話します。

「具体的に何がそんなに不安なの?」と聞くと、母自身もよくわからないようです。

今回の祖父のことで母は、

自分には何もできず、周りに頼ってばかりで生きてきたというのを感じた。

 そうしているうちにこれからの将来がたまらなく不安になった。」

と言われました。

父は母を責めるばかりで、その病気自分の心が作り出してるものだ、と言って母のことを理解しようとしません。

父に接することで母は傷つくばかりで、それを見ている私も胸がいたくなります

とにかく母の体と心が心配です。

2016-05-12

睡眠薬まで使うほどに経営者は忙し過ぎるんだね

最近多い。

病院に来て受け付けで忙しくてすぐに寝たいか睡眠導入剤が欲しいと言う経営者

今まで仕事睡眠薬が欲しいと言う患者は昼夜掛け持ち女性か日勤夜勤の有る人くらいだったのに。

金持ちはよく働くな。

2016-05-04

http://anond.hatelabo.jp/20160504001901

酒飲むとかえって眠れなくなるぞ。

特にハードリカー(ウイスキー焼酎ウオッカ)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9D%E9%85%92

心療内科に行って睡眠導入剤をもらえ。

BZP系(ベンゾジアゼピン)は対処療法

ハルシオンレンドルミンなど)

長期間お世話になるなら非BZP系。

マイスリーアモバンなど)

アルコールは長期的には肝臓を壊す。

国の医療費削減のためにも睡剤のんだ方が良い。

大事に。

2016-04-05

そもそも論をぶつけるようで申し訳ないんだけど、医学的に病んでるとか、極端に自己肯定欲が低すぎて会話が噛み合わないとか「病んでる人の特徴」をちゃんと理解してる人ってどんだけいるのさ?そこからしてまず謎 / “「俺メンヘラホイホイ

メンヘラとかうつ病懸念する割には本当に病んでる人に会ったことがないか、定義がわかってないまま怖がる人が多すぎます

この人医学的に…とか、そういう薬を飲んでるんだとかそういうレベルまで病んでる人じゃなくて、単なる依存癖をメンヘラって呼んでないっすか?

ちなみに、僕の場合ですが…躁うつ病でかつ、発達障害からコンテクストが合う人と実際にお会いすると男女問わず病んでるか、いまにも病みそうな生活してたりする。

メンヘラ女ホイホイなんじゃなくて、「発達障害的な言語の方がやりやすい人」と一緒にいると自分も含めて「闇(病み)」というね

あーオレ、恋愛の話とかするのやめようと割とまじめに思った。なんか、使ってる言語というか、自分達の立場がどこにあるのか聞けば聞くほどわからなくなっていくんだよなぁ…恋愛自体が全方向煽りになっていくんよ / “健康女子さえも苦し

いや、メンヘラホイホイってフレーズにカチンと来てるんじゃなくて、もう「メンヘラ」ってフレーズ自体にカチンと来てるんだよね。

定義何?自立支援医療制度を利用したことある

発達障害IQテストやった?

抗鬱剤が体に合わなくて丸一日寝込んだ経験は?

…って思うわけ。定義曖昧すぎ

いや、本音を言うと、軽々しく、定義不明確に他人メンヘラ呼ばわりできる人にはうちに余ってるリーマスを手に握れるだけ入れて、口に入れて強制的ODさせてやりたい。

「お前の味わってるそれがメンヘラだ」

と。幾つかの睡眠導入剤を併用して飲ませて1日まるごと消える体験でもいいが

こいつブラック企業でつとめてボロボロにならなかったやつ以外会社で鬱になった奴は甘えとか書いてたけどほんとに酷いな。女だったら、子供をウンだこと無い人間には母親のつらさはわからないんだって言い出しそう

2016-04-04

もうやめて!青二才さんの手首のライフはもうゼロよ!

そもそも論をぶつけるようで申し訳ないんだけど、医学的に病んでるとか、極端に自己肯定欲が低すぎて会話が噛み合わないとか「病んでる人の特徴」をちゃんと理解してる人ってどんだけいるのさ?そこからしてまず謎 / “「俺メンヘラホイホイな…

メンヘラとかうつ病懸念する割には本当に病んでる人に会ったことがないか、定義がわかってないまま怖がる人が多すぎます

この人医学的に…とか、そういう薬を飲んでるんだとかそういうレベルまで病んでる人じゃなくて、単なる依存癖をメンヘラって呼んでないっすか?

ちなみに、僕の場合ですが…躁うつ病でかつ、発達障害からコンテクストが合う人と実際にお会いすると男女問わず病んでるか、いまにも病みそうな生活してたりする。

メンヘラ女ホイホイなんじゃなくて、「発達障害的な言語の方がやりやすい人」と一緒にいると自分も含めて「闇(病み)」というね

いや、メンヘラホイホイってフレーズにカチンと来てるんじゃなくて、もう「メンヘラ」ってフレーズ自体にカチンと来てるんだよね。

定義何?自立支援医療制度を利用したことある

発達障害IQテストやった?

抗鬱剤が体に合わなくて丸一日寝込んだ経験は?

…って思うわけ。定義曖昧すぎ

いや、本音を言うと、軽々しく、定義不明確に他人メンヘラ呼ばわりできる人にはうちに余ってるリーマスを手に握れるだけ入れて、口に入れて強制的ODさせてやりたい。

「お前の味わってるそれがメンヘラだ」

と。幾つかの睡眠導入剤を併用して飲ませて1日まるごと消える体験でもいいが





5年位前にメンヘラ女の子に優しくして勘違いさせるの好きって得意顔で言った青二才がなんか言ってる。あの時は自分メンヘラじゃないと思ってたから見下してたんだろうね。でいざメンヘラになるとメンヘラ見下すんじゃねえよって言い出す。

これ生活保護も一緒。大学生の時に、生活保護初任給と同じくらいもらえるなんて納得行かねえって言ってたのに自分生活保護をもらいかねない立場になると手のひらクルーして生活保護をばかにする奴はバカとか言い出す始末。

自分フジテレビデモに参加するくらい馬鹿だったのにシールズについては左翼からってりゆうじゃなくて大学生からって馬鹿すぎるだろと言い出す。

失うものがない人間って、信頼性必要としないから手のひらドリルやり放題で楽しそうだ。 今の自分の状況に都合のいいことしか考えてない。彼女ができたら絶対DVしそうだね。今は権力ゼロから底辺の無害な男だけどそのまま一生終えて欲しい。





金融経験がなくデマ独自理論をばらまく自分では政治経済に詳しいつもりのFラン大卒芸人

ゲス男を標榜し、女の悪口をいう以外に中身の無い恋愛論でも、アイコンかわいいだけのニート

話題記事にのっかって大げさに騒ぐことしかセず、知識が足りないキョロ充なくせにキョロ充自覚がないアニメアイコン

気をつけましょうね♪

2016-04-02

ギリギリを攻めてくる上司

パワハラにならないようにギリギリを攻めてくる上司がいて辛い。上司は60代前半。はじめは人望があるのかなあと私は思っていたのだが、蓋を開けると全然違う。権力だけは人一倍あるようで、普段バカな部下どもにヨイショされて天狗になっているだけだった。外面は良すぎると言っても良いほど、良いのだ。

そんな上司の人柄を見込んでいたのだが、失敗だった。はじめのうちは割と冷静に指導してくれていたのだが、2年目を過ぎたあたりからあたりがキツくなってきた。どうもパワハラにならないように暴言人格否定回避しつつ、結構な剣幕でいつも怒鳴ってくる。確かに言っていることは正論だが、反論を許さないような高圧的な態度でガンガン攻めてくる。というか、機嫌のいい時以外はキレてばっかりだ。

些細な書類ミスを見つけては

「ここ、間違ってんぞ!!!!!! いい加減な書類持ってくんなよ!!!!!!!」

「君はいつも間違えてばかりだ!!!!」「君の作る書類全然全くダメ!!!!!!!」

「ちゃんと確認したのかぁ?!!!!!!」「早く直せよぉ!!!!!!!!」

時間!!!! いつまで待たせんだ!!!!! 早く直して持ってこいや!!!!!!!!」

「君が悪いんだから!!!!!!!!」「僕が間違ってるの?!!!!! 君だよね!!!!!!!」

「こんなことなら、僕はもう君の指導なんかしないぞ!!!!!!!!!

と初っ端からキレモードでやってくる。たくさん書類を作ったら、誰だって多少のミス・誤字もあるだろう。誤字やミスがあったら、淡々と直せばいいだろうに。どうして一々キレるのか。キレずにコミュニケーションできないのか。どうして「ここ直しておいて」と静かに言えないのか。昔の優く誠実そうな上司はどこに行ってしまったのか。

もう、怒鳴って私の精神をすり減らすのはやめてほしい。睡眠導入剤抗不安薬最近シマシだぞ。

おまけに、「君、日曜日も来るよね?」と来たもんだ。このまえ、日曜日休んだら、なんの連絡もないのに「僕は君のこと待ってたんだから!!!!!!」と一方的にキレられたから困る。上司は「朝は定時より早く出社しろ。俺に仕事指導してほしかったら俺より早く来い」などと言って、公然圧力をかけてくる。

あんたに私のプライベートを削る何の権限があるってんだ?

怒鳴る奴は上司だろうが嫌いだ。部下に冷静に対応できない奴はみんな消えてしまえばいい。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ

2016-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20160204193348

ぽいわ。

数年前から不眠で心療内科通ってる。

睡眠導入剤抑うつ薬?(炭酸リチウム)飲んで社会生活問題ない。

仕事でも大きな失敗はしてない。

でもこれから先が不安しかたないんだろうな。

あと地元に帰って両親の衰えが目に見えてわかるからそれもよけいに将来の不安をあおってる。

年齢的に結婚してておかしくないがここ5年ほどずっと恋人もいない。

結婚願望自体それほどないがそれでも周囲からウダウダいわれるのはやはりストレス

何もいいことがない。

原因は大体わかってるが、死ぬ以外に逃れる方法はない。

2016-01-29

手術して一ヶ月経過した

http://anond.hatelabo.jp/20151211212703

これを書いたものです。

ありがたいことにたくさんコメントを頂き、励まされたので、蛇足だと思うが術後1ヶ月の簡単な経過と心情を記しておきます

・術後~1周間

次回の診察まではとにかく大人しく寝ておいて家事はなるべくするな、と言われたので、夫と相談してトイレシャワーと食べるとき以外は寝床で過ごす生活

体は元気で、心配していた気持ち悪さもなく、処方された子宮伸縮剤を飲んだあと2時間ぐらいは軽い腹痛があるぐらい。

ご飯作るくらいはできるかなあと夕食の準備をしていたら怒られたので、仕事終わって帰ってきた夫にしてもらう。

寒い地方なので湯船に入れないのが結構きつかった。次の診察で何事もなかったら入れるときいていたので待ち遠しさがあった。

それと同時に、精神的なダメージがあった。思っていた以上だった。

手術終わった日は痛みに怯える日々から開放されて、少し楽になったかなと思ったのだが、ふとした瞬間に涙が出る。

TV赤ちゃんが映ったのを観たその時はそれほど感じなかったのに、その後30分くらい経った後バカみたいに泣いたこともあった。

水を飲みに台所に立った瞬間大泣きしたり、正直涙腺がおかしくなったのではないかと思った。

突然泣き出す私にびっくりしていたであろう夫が、落ち着くまで抱きしめて背中を撫でてくれたのはありがたかった。

泣きながらどこかでしょうがなかったことなのになんで私は泣いてるんだろう、増田に手術のことを書いた後は少しすっきりして大丈夫だと思ったのに、と冷静になる自分もいた。

今までの人生自分意志関係なく泣き出すことはなかったので、やっぱり流産というのは精神的なダメージがすごいのだなとわかった。

・術後~2週間

1週間後の診察では異常なしと診断され、ホッとした。何度やっても慣れなかった内診もこれでしばらくお別れと思うと少し気が楽になった。

また、先週から以前患っていた不眠の症状がひどくなり、睡眠導入剤(マイスリー)を処方してもらった。

子どもを作るにあたって断薬したのに悔しい。

その日は近くの日帰り温泉施設に行って久しぶりに大きい湯船に浸かった、気持ちよかった。

子作りは生理を1度見送ってからね、と言われたのだが、少しお休みすることに。

この週の土曜日に、手術が決まってからいこうと決めていた水子供養にも行った。

自分特定宗教を信じてはいないのだが、この日を境にして突然泣き出すようなことはなくなり、宗教というのは心の支えにもなるのだなあと初めて肌で感じた。腹痛でトイレにこもったときに神頼みはしたことはあったけどw

少しずつ家事を再開して、普段の日常へ戻っていく。

・術後~3週間

何故かこの時期になって体調を崩した。風邪のような症状で、鼻水と咳が止まらない。熱も37.5前後

以前扁桃炎を2回やっている私は、体調不良になるとまず喉の痛みが強くなるので、医者である友人の勧めもあって耳鼻咽喉科受診

心配していた扁桃炎ではなかったが、原因不明アレルギー症状と風邪ダブルパンチですっかり参る。

アレルギー剤も鼻水止めも気休めになりやしない!今月病院にお世話になりっぱなし。

ようやく家事ができるまでに回復したのに寝込んだので、夫には申し訳なかった。年末年始にはなんとか帰省できた。

術後1ヶ月程度

術後4週間と5日目に生理がきた。以前の診察で異常なしとはいえ、生理くるまで少し不安があった。

何度か「稽留流産 生理 こない」でググったくらい。

実際私は生理が不順で早ければ28日、遅いと50日来ないときもあって以前はピルを飲んで周期を安定させていたのだが、今回はそういうわけにもいかず。

流石に1ヶ月半来なかったら病院行かなければ…と思っていたところで、いつも重くて嫌な生理痛もなんだか嬉しかった。

家庭の事情であと半年子どもを作らない予定だけれど、ようやくここで1歩踏み出せた気がする。


最後

前回の増田とくらべて私事と心情ばかりなので、客観性はないものですが読んでいただきありがとうございました。

たくさんの流産体験記を読んでいて、私は覚悟できているか精神的なダメージもそこまでひどくはないだろうと思っていたのですが、そんなわけでもなかったようです。

それでも心構えがあったおかげで、今は家に供養台を作って毎日お世話したり、自分を甘やかすことで回復できました。

コメントを読んで励まされたのももちろんです。改めてありがとうございました。匿名性が高いここで吐き出すことですっきりしました。

2015-11-21

30歳を過ぎた女なんて生きていても価値が無い

これはとあるゲーム会社で働いていて、社長会議中に言われた言葉だ。その時私は二三歳だった。

芸術大学に通い、受験勉強などのプレッシャーこそあれ、温室でぬくぬく育ってきたわたしは、ただなんとなく作品を作り続けて楽しく生きていければよかったと思っていたので、ろくに就職活動もしなかった。だが流石に路頭に迷うのは怖くて、保険としてその会社学生時代からアルバイトとして働いてデバック作業などをしていた。

卒業後いちど都内書籍製作会社に勤務したが、其の社長詐欺師で、会社自体登記されていなかった。給料も払われず、それは違法ですと訴えたが、ろくに仕事もできないヤツだという評価をされて社長直々に懲戒免職(?本人はそう言っていた)になった。

大学時代、世話になっていた会社に行き、事情を話すと、そんなミスをするお前が悪いと言われなながらも、ゲーム会社社長は私をバイトとしてまた登用してくれることになった。

その社長は酒の席でたびたび言った。「お前のような奴はすぐにクビにできるからいい」私は恐ろしくなって、なんとか期待にこたえられるように頑張った。親から常に社会は厳しいところだからちょっと嫌なことを言われても耐えなくちゃいけない。それに当時放送されていたドラマなんかでも、主人公女の子上司から怒鳴られて泣きながらがんばっていた。ああいうふうにならなければと思って頑張った。自分は一度失敗している。それを拾ってくれたのだから感謝しなくてはいけないと。思って、やりたくない仕事だったけれども自分なりに頑張ってみた。

仕事は、デザインに関わるものではなかった。電話取りやお茶くみ。備品管理など。

「六時になったら絶対タイムカードを押せよ。それをやらないやつはクビだ」と言われた。

タイムカードを押して、それ以降の時間を、なにかできることはありませんか、と上司に訊いて回って、なんどかデザイン仕事を回してもらっていた。帰ると夜の11時。給料手取りで16万円ほどだった。体調を崩してもぎりぎりまで病院に行けない。歯医者に行くことも躊躇われた。

そのうちに、直属の上司株価の上がり下がりの気分で私を叱責されたり、でもおっぱいの大きい女性先輩にたいしてはまったくそれがなかったり、別の男性エンジニアが皆の聞こえるように叱責されたり、同僚の先輩が「お前障害者みたいな顔してるな」なんてからかわれているのを見るうちに、なんだかこれはおかしいんじゃないかと思い始めるようになった。

業界ではそれなりに名の知れた方だったし、とても技術の高い人達だったので、おかしいのは自分だと思ってごまかし続けた。自分経験が未熟だから。こういうことを言われるのは当然なんだって

結局スポンジの洗い方がなっていない、泡が残ったままおいておくなんてお前はなにもできないやつだ、と怒鳴られて辞めることを決意した。二年は同じ会社に居ないと次の就職の時に言い訳ができないと思っていた。それは丁度二年目のできごとだった。引き際だと思った。

今私はカウンセリングに通っている。

自殺未遂をしたからだ。30歳の誕生日の前日、29歳最後の日に、ビルの14階から飛び降りようとしたのだ。でも飛び降りることが出来なかった。

いまでもあの時「30歳を過ぎた女なんて生きていても価値が無い」といつも言われていたことが棘のように刺さって抜けないのだ。

寒空の屋上の下、地上を見下げるとそのビルでは結婚式が行われていたようで、スーツをきたキラキラした人たちが車を回していた。たくさんのぴかぴかした車が出たり入ったりしていて、綺麗な花嫁さんの姿がちらっと見れた。ここで私が飛び降りたらあの人達にひどいことをしてしまうかもな、と思っていた。睡眠導入剤を60錠ビールで流し込んで、でも9時間の間、夜が明けるまで飛び降りることは出来なかった。以前遊園地でやったバンジージャンプではあっという間に飛べたのに。

30歳を超えて2年がたった。

頭の何処かでいつも、「女は20代のうちに結婚して、子供を産んで、若くて綺麗なうちに死ぬの一番いいんだ」という考え方が抜けない。

老いたBBAには価値が無い。ただの醜いうんこ製造機

もちろん頭では分かっているんだ。そんな考えおかしいってこと。

世の中には素敵な女性がたくさんいる。みんな自分目標や考え方に向かって真摯に生きている。彼らも悩みながら、でもたくましく生きている。分かっている。

でも、どうしても、どうしても、30を超えて子供がいないこと、結婚していないこと、BBAインターネット上で言われる度に、やっぱり「生きていても価値が無い」と言われたあの社長台詞が思い起こされる。

長く投薬とカウンセリングを続けてみたけれども、この考え方を拭うことは結局出来なかった。

私は価値の無い女として、このまま生き続けるかもしれない。でも早くまた飛び降りしまいたいと、思っているのも本当なのだ

どうしても、この考え方を変えることが出来ないのだ。

変えたいと思っているんだ。でもどうすればいいのかわからない。色々試した。

本当はそんなことないって理性ではわかっているのに、心の根っこの所だれかが「でも意味ないよねBBA」って罵ってくる。

来週でカウンセリングを終わりにしようと思っている。薬で誤魔化して、それでもだめなら落ちるために、また屋上に行こうと準備をしている。

2015-11-18

リラックスしたい

昨日やっと会社プロジェクトが終わって疲れきっている。

早く寝ようと睡眠導入剤まで飲んで寝たが、精神が高ぶっているようでもう目が覚めてしまった。

リラックスしたい、疲れきっている。

2015-11-01

 

発達障害だが、なんとなく、『余計なことを言わない』=『自分の感じたことを話さない方がトラブルが少ない』という学び方をした。

パワハラにも、耐えることしかできず、同僚からは、「助けてあげたいけど、どう助けてあげたらいいか、分からないよ」と言われている。

対人関係に恐怖心があって、それを表さないようにしている。口下手で、自分の考えや感情を上手く、言葉表現することが難しい。

  

  

なんとなく、結婚して、子供が二人授かった。

そして、クビになるのが嫌で単身赴任をして、2年目ぐらいから睡眠障害わずらい、その後で、1年ぐらいは、我慢をした。

職場での問題行動から上司に「カウンセリングでも受けたら?」言われた。

1年間ほど心療内科で今年の3月末に、「センセイ、(会社を休めるように)診断書を書いて下さい」と言ったら

適応障害』の診断が下った。

7月からADHDアスペルガー症候群(軽度の自閉症スペクトラム)との診断と、被害妄想の傾向があり、心理的にも軽度の対人恐怖症的なことを心理検査(8種類ぐらい)の結果から言われた。

そもそも、父親も、うつ病自殺をしたから、私にとって、心の病にかかることは、PTSDのような恐怖があった。

  

ADHD用のストラテラという薬でも、睡眠障害になったので睡眠導入剤を処方してもらった。

だけど、3ヶ月ぐらい服薬しても、いいか、悪いか分からない感じだった。

  

ストラテラは、止めて、睡眠導入剤と緊張を和らげる薬を飲んでいる。

  

  

出口が見えない。

  

  

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