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はてなキーワード: 救急病院とは

2020-09-13

初期研修病院レベル意識の高さで選んだほうがいいよって話

医者数年目のペーペー医療に関して偉そうに語るのは、医師の大多数の先輩方からしたら生意気以外のなんでもないと思う。が、いくつか病院を移動して研修する中で思うところがあったのでここで吐かせてくれ。

一般的医学部5,6年生になると、初期研修2年間を過ごす病院自分で探して見学面談をするようになっている。今は市中病院志向が強く、大学病院はあまり人気がない印象。どちらも一長一短があるので、自分が求める研修のできるほうを選べばいいと思う。

まずは、医学生がよく気にするが、ぶっちゃけどこでもそんな変わらんっていうポイントを書いていく。

よく聞くのは、ハイパーハイポという評価軸。忙しいか暇かという意味だ。先生によっては、医師人生最初の2年間での経験は大きいため忙しい病院で多く経験を積むべき、と言う人もいれば、自分勉強できる時間を取れる研修が良い、という人もいる。これも当人医師としてどういう研修が良いか、というところによるので、一概には言いにくい。実際働いてみないとどちらが向いているのかわからないし。

あと、給料いくらもらえるか。これもその人の価値観で選べば良い。給料の高い低いと研修病院としてのレベルの高い低いには、そこまで関係がない気がする。

他には手技ができるかどうか。ここも医学生としては結構大きなポイントとして思う人が多い。が、研修医ができる手技なんて内科医外科医になったらいつだってやる機会がある。CV、Aラインルンバール、マルク、挿管。パッと思いつくのでそんなところだろうか。むしろ思うのは、手技ができることを売りにしている研修病院に、その指導体制も整っているかは全く別問題という点である。まともな先生ほど、侵襲的な手技は必ず監視する。その時怖い指導をする医師もいるだろうが、指導があるだけ本当にありがたいと最近思っている。

で、結局なにが言いたいかって言うと、働くスタッフ意識が高いかいかレベルが高いかいかで選んだほうがいいよ、という話。

意識が高いというのは、知識マウントを取るとか、やった手技の数や経験の早さで競い合うということではない。患者に対して前向きかどうか、だ。特にコメディカルの人々が、だ。

高齢者入院した際、DNARを取得することはよくあることだ。だが、DNARは急変して亡くなった時の免罪符ではない。治療がそれなりに奏功していたのに突然呼吸状態悪化して亡くなることは確かにある。だが、それを高齢からという理由だけで片付けられてしまっては、治療方針を日々検討して最善を尽くしてきた身として正直やるせない。DNARはあくまでも、終末期に際して人間としての尊厳尊重するために、胸骨圧迫や気管挿管をしないというだけに過ぎない。必要治療放棄したりおざなりケアをしたりするために取得するものではない。

それすら分かっていないコメディカルが中にいることがある。ただ急変時の仕事を減らすためや、患者家族との後々の衝突を避けるためだけに取得していると思い込んでいるやつがいる気がする。治療の見込みがあって進めているのに、はなから緩和みたいな対応されると腹が立つ。DNAR取得は急変したとき延命措置をしないで夕方の申し送りを時間通りに始めるためのものじゃないんだよ。定時に帰るよりことよりも目の前の患者に向き合うことを考えろ。

この意識の高い低いは、自ずとレベルの高い低いにつながってくる。いわゆる三次救急病院ER研修をした後に、二次救急病院で当直をすると、看護師レベルに本当に差があることを強く感じる。もちろん人による、し、私が研修した病院がそうだっただけの可能性はある。だが、三次救急病院研修をすると、看護師の当たりは強めかもしれないが、助けてくれるという安心感が間違いなくある。患者を見てるし、必要な道具がすぐ出てくるし、無駄話しないし、助言をくれるし、看護師同士で勉強している。三次救急病院研修生活を送った人は、二次救急病院に行った時にそのレベルの高さを実感すると思う。これはICUなどの急性期病床もそう。

で、愚痴をいろいろと書いたが、医学生研修病院を見るときにそのレベルの高さを見るのに何を見たらいいか。一つ思いつくのは、カルテを見せてもらえるなら、看護記録を見ることだ。対応した時刻と実際に記載された時刻のラグが少なくて、こまめに書かれているかどうか。

あとは、実際に病棟を回ってみて、スタッフ無駄話をしていないか。どこどこの職員がどうこうだとか、あの先生はどうこうだとか、そんなどうでもいいことをたらたら突っ立って喋っているやつがいるところはだらだらと仕事をしている。もちろん、雑談コミュニケーションとして重要である。が、それが明らかに無駄になっているところは見ていたらなんとなくわかる。かもしれない。

あと、見学に行くとERを見ることが多いだろう。その時、来ている患者症例を見ることに目が行きがちだが、そこで働くスタッフの機敏さを見たほうがいい。おそらく、基本的三次救急機能している病院ERは概してレベルが高い。二次病院はまちまちな印象。だが、特に救急車が入ってきてスタッフがすぐ来るか、医師の指示にすぐ対応するか、バイタルはすぐ取るか、患者が見える範囲いるか、そういうところを見たほうがいい。

忙しい病院は、walk in と救急車の患者対応が多すぎてスタッフの手が回らないことはある。それはどうしても仕方ない。だが、僕が驚いたのは、だらだらと雑談するスタッフのいるERもあるということ。それでもって一晩に大した数を見てない割に、ほら、うち忙しいでしょ、という顔をする病院は実際にある。それは患者対応で忙しいのではなく、スタッフ対応が遅いか仕事が溜まってるだけだ。

2020-07-31

anond:20200731041236

副会長2名分 全文書き起こし 00:11:48~

尾崎:あとはさっき5つのテーマが出ていたと思いますが、それにつきましては各担当副会長のほうからお話をさせていただきますよろしくお願いします。

司会者:続きましてカクタ副会長お願いします。

クタ副会長のカクタでございます。ただいま私どもの会長尾崎が申し上げたことを少し補足と言いますか。させていただきたいと思います

エピセンターについてでございます。法的な強制力を持った、そういった補償を伴うかたちの休業要請をしっかりと都道府県単位でもできるようにする。しかもそれを地域限定して、期間もだいたい限定。約2週間程度、潜伏期等を考えますとその程度をしっかりと集中的にPCR検査を通して感染者をそこで洗い出すと。

そして隔離等の処置をするということが大事だと思っております。このPCR検査につきましては非常に検査数も増えますので、今お話があったように、行政だけではなくて医療機関、そしてその他の緊急機関等も協力をしていただいて、しっかりと行いたいと。

このことをぜひ強くお願いしたいと思います

続きましてPCR検査の拡大についてお話申し上げます。私ども、先ほど尾崎会長が申し上げましたように医療的な必要を鑑みますと、東京都内人口1万人当たり1箇所程度PCR検査ができる施設をジュウチしたいと思っています

この1万人というのはほぼ中学校区に匹敵いたします。地域包括ケアもこの1万人規模、中学校区を中心として構築されておりますし、1万人規模であれば、歩いて通えるということで。

身近でしっかりと必要な方にはPCR検査を受けていただく体制をとりたいと思っております。ご存知のように唾液のPCR検査が認められまして症状がない方に対しての適用も認められております

昨日私ども地区の47の地区医師会先生方とテレビ会議をいたしまして、こういったかたち、都内では1400箇所のPCRができる施設をジュウチしたいので各医師会でご協力、さらに唾液PCR検査の実地拡充をお願いしていることでお話をさせていただいております

また公衆衛生見地で言いますと先ほど言ったように行政検体。これは濃厚接触者トウド、ないしは感染者周辺の検査になりますが、つきましては大学、ないしは研究機関等にご協力いただいて、迅速に多くの検出ができるようにしたいと思っています

また、社会活動経済活動を再開させるために、PCR検査を行う。これも受け皿をしっかり用意していきたいと思いますし、ひいては個人ヘルスケアないしは企業の検診、イベント等も開催できるように充実させていきたいと思います

また医学的に言います現在PCR検査としてはこの順番でやはり重要性があるというふうに考えております

続きましてこれも繰り返しになります都民の方へのメリハリのある自粛をお願いしたいということです。今まさに第二波が到来しようとしております。または到来しつつあります

ぜひ新規感染者数が減少するまでは20代から30代、40代までの若い世代の方々。この方々はほとんど重症しません。またご自分がかかってることすらわからない。症状のない方も多く存在します。ですからこの今の地域感染者数が増えている状態では是非飲み会会食等の三密の状態は避けていただきたいということです。

またどうしてもそういったところに行くのであればしっかりとしたガイドラインを遵守しているところへステッカーの貼ってあるところへ行っていただきたいというふうに思います

特に医療関係者介護関係者、この方たちは感染すると重症化する高齢者の方々と直接接する職種の方です。この方々はそういった感染施設に持ち込むと大変重症化、場合によっては亡くなる方も増えますので、そういった方々はぜひ自分たちの行動に今一度気をつけていただきたいというふうに思っています

また学校、園の関係者、また個人的には、家族高齢者のいらっしゃる方はぜひこれを気をつけていただきたいというふうに思っております

また三密を避けるために可能な限り今続けていらっしゃる企業に向けましては、テレワークさらなる充実継続をお願いしたいと思いますし、中小企業等も含めまして、これは行政としっかり連携の下、テレワーク等を一層広めていただきたいというふうに思っています

からは以上でございます

司会者:では続きまして、イノグチ副会長、お願いします。

イノグチ:はい副会長のイノグチです。よろしくお願いします。

私は最初に話をするのはカクタ副会長PCRの拡充のところに関係するところなんですけれども。

こういうものがあります。”迅速PCR検査チーム”の創設。これはエピセンターの話が出ていましたが、そのエピセンターとなっているようなところ、もしくはクラスターができたりだとか、そういうところに集団感染があった場合には、PCR課というのは東京都医師会が持っておりまして。

そのPCR課を派遣して迅速、それから集中的にPCR検査を行うモバイルチームというものを、東京都医師会は実はもう結成しております

要請があればそちらに向かって検査をすることができる。1台あれば1日、200~300人ぐらいの検査はゆうにできますので、かなり集中的なPCRをやるのには効果的な方法と思います

これはPCR課を動かしていくのにちょっと問題点がありまして。

まずは人の確保なんですけれども、これは東京都医師会のほうで確保したということで今お話しましたけれども。あとは場所の確保なんですね。それぞれの施設の前でやろうと思ったときに、広い庭でもあれば問題はないんですけれども、意外となくて困ったときには、地域住民の方たちの理解が得られない時があるんですよ。

ただ、そこでPCR検査をやったからといって、離れている方に映ることはまずありません。オープンスペースにおいては。

ですから理解をいただいて、感染が広がらないように検査をすることを住民の方に認めていただけるとますますこういうツールを利用してうまく働くことができるんじゃないかなと思っています。ぜひご理解いただきたいと思います

それからPCR検査の拡充の話で、2次救急病院検査機関を利用してやっていくという話がありましたけれども、そのほかに我々が今進めているのは、2次救急病院PCR検査分析装置ですね。これを置いていこうというふうに考えています

2次救急病院は、都内で約250病院ございます救急が逼迫していく原因にあっては、感染期においては発熱する患者さんが新型コロナ感染症の疑いがあるということで、なかなか疑い患者さんを診られる病院じゃないと診ることができません。

診断がつくまでには、今PCR装置がそれぞれのところにありませんから1日かかってしまます。そうすると、感染症の患者さんなのかそうでないのかということがわかりませんね。そうするとどうしても個室に入っていただくしかありません。

陰性者と陽性者を同じ部屋に……。疑いという病名は一緒かもしれないけれども、陰性者と陽性者ですから。どちらかわからない方を一緒の部屋で診るということはできません。

そこで2次救急レベルでは、こうした患者さんを診るのに非常に困ってしまって、搬送時間が長くなったりします。

ですが、今2次救急病院にこうしたPCR分析装置を置くことができれば、24時間体制で2~3時間で結果がわかります

そうすると陽性なら陽性の患者さんとして診ることができますし、陰性なら陰性として一般患者さんと一緒に診ることができるということです。

これは地域に、さきほど1万人に1人というようなかたちでカクタ副会長からお話がありましたけれども、その1つの方法として広げていくことができれば一石二鳥って言うんでしょうかね。地域にとって非常にいい方法なんじゃないかなと思っています

それから私のほうとしてはもう1つ。コロナ専門病院の話です。これはなかなか進まないままで、本当にこういう感染拡大期に入ってきました。

今このコロナ専門病院は本当に必要状態だと私たちは考えています新規の陽性患者さんが200~300人。この場合360人を超えてきました。そうすると調整本部東京都庁の中に入院患者さんの調整本部というのがございますけれども、そこに調整案件が100件を超えてまいります

1つの、1人の患者さんを入院するのに電話をかけて相談するのにやっぱり15分ぐらいはかかっちゃいます

こういう15分かかるような患者さんが、何回も電話して、これはどんどん感染が広がっていくと、1人の患者さんに病院電話するのは2つ3つと増えていったらこれはなかなか調整がつきません。

1つの病院に、このコロナ専門病院に入れていただければ、簡単にその調整をしないですむ。

その病院がショクアクソウバとなっていただいて、そこでトリアージ等を行って、軽症・中等症・重症というかたちの指示をやっていただくということが周りの東京都内病院にとって非常にプラスになるわけです。

その他に今110病院ぐらいの施設で、病院分散型に診ております。この分散型に見ているということが、「この病院コロナ患者さんを診ている」とか「診ていない」とかいろんなかたちでうわさが出るんですね。

「診るって決めている病院感染対策をしっかりしていますから大丈夫なんだ」と本当に言いたいところなんですけど、なかなか噂は……。そうするとあの病院・この病院分散に診ることによって、「医療機関コロナ患者さんがいて怖いんだ」というような風評というのが第一波の頃に起きたわけです。

今も、今後もこれだけ、どんどん増えていきますと、#7119の相談件数も増えてきています。やっぱりみなさん不安になってくるんです。

そういうようなときに、コロナを一手に引き受けてくれるような病院がありましたら、その方が他の病院の受療抑制とかそういったことも起きなくなると思いますので、ぜひ作っていただきたい。

この規模ですけれども、まあ3000床ぐらい。これだけ多くの、1週間で1000人以上の入院が出ている状況ですからぜひ3000床規模ぐらいでトリツコウシャ病院を中心として作っていただけたらと思っています

私のほうは以上です。00:25:12

2020-07-18

だんだん人がいなくなっていく。理由はたぶんない。

実は東京郊外の500床ぐらいの救急病院に勤めている。救急車は年間3〜4000台ぐらい受け入れている。

しか話題コロナはあまり来ない。ジャニーズからマスクは来るけどコロナ世間が考えているほどは来ない。

しかPCR外来もあるからコロナ疑いの人は一応くるし、その中にはコロナ陽性の患者もいる。

でも、こののほほんな土地柄なのか陽性の患者も呑気で、患者どうしで仲良くなって、コロナ病棟のデイルームでみんなで軽装で集まってラジオ体操していたりする。その姿を、私たちは予防衣フル装備で見ている。なんだか矛盾した光景だ。

テレビでの医療現場ニュース悲惨すぎるのが信じられない。やっぱり都心は3密だからね〜と、少し別世界に感じている。

しかし、この状況が長期化してきている。

今はどんな病気でも、基本、発熱があったら即コロナ疑いの発熱病棟に突っ込まれる。たとえ今までだったら違う病気じゃね?と思っても、PCR否定されなきゃそれ以上はコマを進めない。

そんな中、夜中に発熱病棟に呼ばれ、急いで行ってみたら、病室で患者さんが吐血して床に倒れていた。そばには若手の看護師発熱病棟は最小限の人数で回しているため、他の看護師は他に呼ばれていたら行かなくてはならないため、経験の浅い若手看護師は1人ではこうなったらどうしていいかからヘルプしてきたらしい。

とりあえず患者をベッドに戻さなきゃならない…と2人でやってたら、突然若手看護師の手が止まった。

最近みんな辞めちゃうんです。Yさん(私)は辞めませんよね?!」

何言ってるの!今は患者さないと!!!と怒鳴りたかったけど、私には予防衣の下で泣く彼女に何も言えなかった。

当院は今話題病院に比べたらまだマシな方だ。ボーナスも去年より少ないけど出たし、コロナ手当も他院に比べたら破格に出ている。

コロナ対応も、患者はほぼ自立しているし、呼吸器つけている患者も1人か2人ぐらいしかいない。一般病棟に比べたらめちゃくちゃ暇かもしれない。

地域での感染者が少ないため、職員特に医療従事差別も受けず暮らしている。

でもみんな辞めていく。ICU尊敬していた先輩の姿も最近見ない。

来月はコロナ病棟夜勤者が足りなくて救急外来からヘルプを出すことになっている。私の夜勤は9回で、それでも人が足りなくなっていっている。私には理由はわからない。

2020-07-07

#夏だしフォロワーさんの怖い話教えてください 意味からなさすぎ

非科学的なので放っとこうと思ってたけど、年々時間が経つごとに忘れていくので備忘録書いとく。

身バレは嫌なのでフェイクをまぜる。霊感はない。

 昔、救急病院で働いてた頃のこと。

 当直中、病棟ナースから電話がかかってきた。いわく、病棟まで来てほしいとのこと。

 急変ですか?と聞くも「いや…緊急性はないと思うんですけど…」とはっきりしない。

 こういうことはたまにあって、緊急性なさそうだけど微妙に気がかりなケースだったり、地味な困り事だったり、こっそりアイスを食べる共犯にされるとこだったりする。

 とりあえず行ってみる。

 消灯中の病棟は真っ暗でしーんとしていて、ひとまず急変という雰囲気ではなかった。暗いリノリウム廊下に非常灯の緑のランプがぼーっと光ってて、左右の病室からたまに患者さんが寝返りを打つ音が聞こえた。その中でナースステーションの明かりだけが煌々と白く灯ってて、近づくにつれて遠隔心電図モニターのプップッていう規則的な音が聞こえてきた。

 夜勤看護師さんは二人。見回りは終わったとこみたいで二人ともナースステーションにいた。その日の担当は一人は中堅さん、もう一人は、年齢は中堅さんと同じくらいだけど最近新しく採用された新入りさん。とりあえず声をかける。

お疲れ様です、どうしました?」

「あの…子供が走ってるみたいで…」

 は?

小児科病棟の?」

 脱走か?解熱して元気になったやんちゃ盛りの子かな。ちゃん巡回してるはずだし、ここ小児病棟とだいぶ遠いけど。

「いや…」

 新入りさんが言い淀む。中堅さんは苦笑いしている。からかわれた?

「いや…なんか子供がいて」

 耳をすましてもモニター音以外何も聞こえない。救急車サイレンナースコールも誰かの叫び声もない、穏やかな良い夜だ。…寝ていたかった。

 一応ダメ元で小児病棟に問い合わせる。「いなくなってる子いませんか?」PHSの向こうの声が怪訝そうに「はぁ?」と言った。一応見回ってくれてるらしき靴音が電話の向こうでちょっとだけ響いて「みんな寝てます」。

 だよね。

「あの」

 新入りさんが言った。

幽霊だとおもうんですけど」

 今度は私が「はあ?」となった。何でこのクソ眠い時間オカルト与太話聞かなならんのだ。

 たぶん露骨イラッとした顔してしまったんだろう(ごめん)。中堅さんが新入りさんと私の間に割って入った。

「や、私もパタパタって足音?みたいなの聞いた気がしますし。一回だけ念のため病棟内見てもらえませんか?いやホント、一応」

 はーーーーーー?????

 こんな静かな夜は珍しいのに。起こされなければ寝てられたのに。いや苛立ってはだめだ。一緒に働く人のメンタル大事。腹を括って「分かりました」と言う。

 新入りさんが何か準備するものないですか、と言った。ナースステーション内を見回すと、お昼に学生さんが実習したシリンジやら針やらが目に入った。

 若干腹立ち紛れに50ccシリンジと18G針を手に取り、空のシリンジに『カラ』と書く(使ったシリンジには即中身を書かねばならないので)。人間幽霊かとかこの際知るか。人の安眠邪魔しやがって。見つけ次第刺す。絶対に刺す。朝まで刺す。

 病棟をぐるっと一巡りしながら私は口パク叫び散らかした。

(消灯時間に起きてる悪い子はいねがーーー!!)

(悪い子には注射するぞーーー!!)

 廊下だけじゃなくてリネン室や車イス置き場、トイレストレッチャーの影まで鬼の形相でペンライトを向ける。誰もおらん。当たり前やけど。

 可能な限り穏やかに整えたつもりの顔でナースステーションに戻ると、看護師さんが二人ともニコニコしながら私を出迎えた。

ありがとうございます

「誰もいませんでしたよ」

「みたいですね」

「もう(宿直室に)戻っていいですか?」

はい!」

 二人ともさっきのぎこちなさが嘘のような上機嫌。

「それ、もらっときますね」

 新入りさんが笑顔で私の持つシリンジを指差した。捨ててくれるらしい。

 お礼と共にシリンジを渡して、私は寝た。

 ここまでなら割とよくある、怖がりさんが怖がったけど何も起きなかった話だ。すぐ忘れる。

 記憶に残ったのはこの後の展開のせい。

 数日だか数週間だか経った頃、たまたまこ病棟仕事をしていた時のこと。

 何気なく目にした看護師さんのカートの上に、筒状の変な布切れの塊?みたいなものが載せてあるのに気付いた。

 好奇心で近づいてみると、私があの時持ってた50ccシリンジだった。「カラ」って書いてあるし。お札やらお守りやらでびっしりぐるぐる巻きにされている。

 怖!!!

 こんなん感染源やんけ!!

 院内感染の元をカートで持ち歩くなよ!!!誰だよ!新入りさんか!!

 ごめんけど捨てた。

 その数日後だったと思う。(ずっと病院にいすぎてあんまり日付の感覚がない)

 血相変えて新入りさんが私のところに来た。半分寝ぼけながらパソコン叩いてた私に小さな白い箱を押し付け彼女は言った。

「あの、これに祈ってください」

はい?」

 よく見たら箱は18G針100本入りの箱だった。封を切ってないディスポの注射針が箱の中に整然と詰め込まれている。

「祈るって何……」

「念じるだけでもいいので!」

 状況が分から困惑する私。あんまりしたことはなかったけど、新入りさんは割と穏やかな人という印象だった。それが徹夜明けみたいなぼさぼさの頭と化粧っ気のない顔で、目を血走らせてこっちに箱入りの大量の注射針をぐいぐい押し付けてくる。

「握りしめてくれるだけでもいいんです!ぎゅって!!」

 いや ぎゅっ じゃねえ。

 まずこれ病院備品なんですけど?!何!?何に使うの!!?

 状況が全く飲み込めないし意味が分からない。

 助けを求めて周りを見回す。(やべー)の顔をした研修医がそそくさと部屋を出て行った。おいやめろ置いていくな。

 ヒートアップする新入りさん。

 困る私。

 脳炎じゃないよな、薬か?精神疾患か?こんな病態あったっけ?何だどうしたどうしよう、と思ってるところに病棟師長さんが来た。師長さんは私に「ごめんね」と言うと、新入りさんの肩を抱いてどこかに(たぶん控室に)行った。

 しばらくして、新入りさんが辞めたと聞いた。

 いまだに思い出しても謎。

書くの結構大変だな

思い出したらまたメモする

#夏だしフォロワーさんの怖い話教えてください 寝ぼけていた話

 非科学的なので散らしてたけど、年々忘れていくのももったいない気がしてきたので書き残す


 救急病院に勤めていた頃、幽霊が出ると噂の宿直室があった。

 あんまり真面目に話聞かなかったから詳細不明だけど、枕元で女の幽霊が泣くらしい。間に合わなかった患者さん説とか仕事中に亡くなったスタッフ説とかあって、先輩方の話を総合すると、かれこれ10年以上噂があるみたいだった。

 宿直室は恒常的に数が足りてなかった。でも皆忙しくて眠れる方がまれだったので問題にならなかった。当時はまだ2日で40時間労働とか当たり前だったんよね。今は違うと思う。

 幽霊の出る部屋はいつも誰も寝てなくて、空いてた。

 その日は超幸運なことに救急車外来も少なかった。

 下っ端私も30分だけ仮眠もらえたんだけど、下っ端が寝れるほど暇なわけだから、当然宿直室は満員だった。ソファも。ぐずぐずしていると30分終わってしまう。前日もたいして寝てなかった私は相当眠かった。床か幽霊部屋かの二択を迫られ、私は幽霊部屋で寝ることにした。

 うとうとし始めた頃、果たして枕元に誰か黒いのが立った。で、べそべそ泣き始めた。しかも割とでかい声で。

 めっちゃ腹立った。

 や、泣くからには何か辛いんだとは思うけど。

 生きた患者さんは並んで順番待ちしてるんですよ。喘息で息苦しくても胃腸炎で呻いてても、トリアージに従って粛々と検査治療を受けるわけ。例外なく。だってのにお前は何だ?ここは救急でお前のトリアージは黒だ。死人だろうがルールルール。並ばんといつまでも誰も診ねえわ。10年泣く体力があるなら受付通って待合に座れ。つーかうるせえんじゃ私あと20分くらいしか寝れんのに!!

 私は寝たまま叫んだ。

「受付は一階ですよ!!!!」

 幽霊は黙った。

 私は寝た。

 30分後、起きてから一応夜間外来の受付に寄った。病棟一般外来の明かりが皆消えてる深夜も、ここだけはいつでも煌々とLEDが輝いてた。

「上から一人女性患者さん来ませんでした?」

 て聞いたら、受付スタッフさんは心底ドン引きした顔で私を見て「誰も」と言った。

 まあ寝ぼけてたんだろう、それか別の部屋で泣いてた人の声かも、と思ってそのまま私は持ち場に戻った。

 その後、気づいたら幽霊の噂は消えてた。件の宿直室には普通に人が寝るようになった。

2020-06-07

発熱したので大阪市の新型コロナ受診相談センター電話した話

先日、妻が高熱を出した。

緊急事態宣言解除後であり感染者数も落ち着いた段階ではあったが、

この時期に高熱が出ればコロナ感染を疑ってしまう。

しかし、仮にコロナであるならば、安易医療機関受診することで感染拡大に加担してしまう恐れがある。

どうしようかと右往左往しながら調べたところ、大阪市には「新型コロナ受診相談センター」という電話窓口があったので電話をしてみた。

結論から言えばコロナの診断ではなかったが、自分と同じように電話した人の体験談を見かけないので、参考までに記録しておきたい。

家族構成

大阪市内在住。

・・・30代前半会社員接客業

増田・・・30代後半会社員オフィス勤務。書類を扱う業務があるため緊急事態宣言中も週2程度出社。

子無し。

なぜ電話したのか(経緯・症状)

5月30日(土) 朝から体がだるいと言っていた妻が、午後になり発熱。当初は微熱だったがみるみるうちに上昇し、39度になった。

しんどそうではあるものの、咳や鼻水、喉の傷みなどは特に無し。本人曰く味覚も問題ない。便は下痢

接客業のため緊急事態宣言中も出勤はしていたものの、マスクも着用しており、帰国者や陽性患者とも接触はなかったという。基礎疾患は無し。

素人から見ても、「コロナではなさそう」とは思ったが、無症状の患者もいるというのだから判断がつかない。

土曜の午後ということもあり近隣のクリニックはやっていないし、連れていくわけにもいかない。

「この状態で4日待たないといかんのか、いや基準は変わったのか」と思っていたところに、大阪市ウェブサイトで「新型コロナ受診相談センター」の相談基準を知る。

どこに電話したのか(新型コロナ受診相談センターとは)

大阪市の新型コロナ受診相談センター電話した。

https://www.city.osaka.lg.jp/kenko/page/0000490878.html

24時間電話を受け付けており、相談目安に該当すれば電話してもよいのだという。

大阪市ウェブサイト相談目安によると、

次の症状がある方は、新型コロナ受診相談センター帰国者接触相談センター)にご相談ください。

1.息苦しさ(呼吸困難)、強いだるさ(倦怠感)、高熱等の強い症状のいずれかがある場合

2.重症化しやすい方(※)で、発熱や咳など比較的軽い風邪の症状がある場合

 (※)高齢者糖尿病心不全、呼吸器疾患(COPD等)等の基礎疾患がある方や透析を受けている方、免疫抑制剤抗がん剤等を用いている方

3.上記以外の方で発熱や咳など比較的軽い風邪の症状が続く場合

 (症状が4日以上続く場合は必ずご相談ください。症状には個人差がありますので、強い症状と思う場合にはすぐに相談してください。解熱剤などを飲み続けなければならない方も同様です。)

とある。今回の場合、(2)は問題が無いし、発熱してすぐのため(3)でもない。(1)の高熱に該当すると判断した。

電話時の対応

土曜の夕方電話をしたが、待たされることなくすぐにオペレーターにつながった。相手先は「大阪市保健所です」と名乗ったと思う。

(あとから相談センター電話番号をググったところ、大阪市保健所の番号だった)

電話先の相手は30代くらいのはきはきとした喋り方の女性。口調は丁寧だし、応対には慣れしていた。

こんなことでいちいち電話するなよ、と塩対応をされたらどうしようか不安だったため、この点では少し安心

最初に、妻が発熱をしており、コロナではないか不安である旨を伝えたところ、

発熱者のフルネーム同居人である増田フルネーム、年齢、住んでいる区を確認される。どちらか一方の連絡先を尋ねられたため、ひとまずは増田携帯電話の番号を伝える。

そののちに症状を伝える。今朝から体調が悪かった、39度の熱がある。咳や味覚異常は無いなど。

オペレーターからも改めて、「基礎疾患は無いか」「息苦しさはないか」「外国から帰国者との接触はないか」「陽性患者との接触はないか」「風邪薬や解熱剤等を飲んだか」

などを確認される。いずれも該当しないと返答する。

電話をして、どのような指示をされたか

その上で、今後どのように行動したらよいかを指示される。

以下、オペレーターからの案内の趣旨

コロナであるか否かに関わらず、一度近くのクリニックを受診して、医者の診察を受けてほしい。

PCR検査医師が診察し、コロナの疑いがあると判断した場合しか受けることができないため」

「土曜の午後で病院がやってないと思うので、受診月曜日でよい」

「たしかに高熱ではあるが、息苦しさや陽性者との接触などの状況が無いことからコロナかどうかは分からない。

しかし、若くて体力もあるため、熱以外の症状が出ていない場合もある」

以上を説明された上で、大阪市24時間相談窓口の番号を案内される。

https://www.city.osaka.lg.jp/shobo/page/0000003501.html

オペレーター曰く

24時間救急病院を案内している窓口があるので、万が一以前として熱が下がらなかったり症状が悪化するようならば、

電話をしたうえで近隣の夜間診療対応病院受診してほしい。コロナ対応救急医療も依然としてひっ迫している状態が続いているため、

必ず窓口に電話をし相談してからにしてほしい」

と伝えられる。

その後、不明点などが無いか確認される。

説明は分かりやすかったし、内容を復唱確認したうえで、電話を切る。

通話時間10分ほど。

電話後にどうしたか(症状の経過、受診について)

一晩経過し、翌日(日曜)の熱は38度台~37度台後半で推移。

息苦しさや味覚異常なども無し。

増田自身は体調も問題は無し。

念のため増田自身の勤務先に相談したが、緊急事態宣言が解除されることもあり、増田本人に症状が無いなら出社してほしいとのことだった。

月曜の朝に妻の熱を測ったところ37度。熱は残っているが、体調は問題が無いとのこと。

午前休を取って病院に連れて行くことも考えていたが、結局増田普通に出社した。

病院が開く時間には熱は下がった。待合室では隔離されたらしい。

医師の診察した結果は「下痢症状があるため、おそらく胃腸から風邪ではないか」との診断だった。PCR検査不要判断される。

翌日から平常通り妻も勤務を再開する。

電話をしてみて

案内ややりとりもスムーズであり、安心感はあった。最終的にPCR検査医師判断必要なため、「発熱=疑わしい。すぐに検査」という体制ではないらしい。

少なくとも「30代前半で39度の熱が出た程度では、ただちに検査する必要がない」という方針運用されているようである

最終的にコロナではなかったからよかったものの、万が一感染していた場合は、平常通り出社した増田自身が無症状の感染者として、周りにウイルスをばらまいていたのではないかという不安はある。

実際、twitter検索で「大阪 検査数」「大阪 保健所 相談」といったワード検索すると、発熱はあるが検査をしてもらえなかった人々のツイート散見される。「検査数を絞って感染者を抑えているのではないか」という疑惑とセットではあるが、検査数も公開されているためそれはさすがに無いだろう。

医療リソースやこれまでわかってきたコロナ感染者の状況を加味した総合的な判断ではあろうことから素人増田現在大阪市方針批判するつもりはない。

だが、クラスタに関わらなかった無症状・軽症者については、もう当たり前に外を歩き回っているという前提で、これからも過ごしていきたいと思っている。

ちなみに大阪では「https://covid19-osaka.info/」で、陽性者数・検査数はもちろん、新型コロナ受診相談センターへの相談者数も公開している。

増田相談した5月30日相談件数は590件であり、検査数は390件だったらしい(相談受診後、検査実施されるまでのタイムラグがあるだろうから、この数字が相関しているわけではなさそうだが)

2020-04-13

anond:20200413121052

以下のようなスコアを合算して、優先順位付けをすればいいと思うな。一定スコア以上でPCR検査ね。

1.「クラスタ発生場所参加」を元に感染スコアを加算

2.「その他、陽性者接触情報」を元に感染スコアを加算(他の人に感染させている人との接触特に加算。接触時間や密の度合いで加算)

3.「接触者との接触情報」を元に感染スコアを加算(接触者は症状出るまでは検査されないことが多いけど、その人が無症状感染であることを懸念し、そのまた接触者も警戒する)

4.「その他、自己隔離者との接触情報」を元に感染スコアを加算(検査されてないけど、何らか症状でてる人の接触者も、自己隔離者のスコア接触密度の重みづけで)

5.「行動歴情報」を元に感染スコアを加算(医療スタッフ海外渡航不特定多数との密着/接触、夜の街のお客さん、東京出張満員電車利用などなど)

6.「症状等」を元に感染スコア重症リスクスコアを加算

7.「年齢」「基礎疾患」を元に重症リスクスコアを加算

基本的に、重症リスクのある人は早めに治療開始をというのもあるけど、軽症段階でPCR検査を受けて陽性かどうかできるだけ判断しとかないと、感染不明瞭なまま救急病院に来ちゃうと(防護具着替えとかの問題で)受入れが大変というのも重症リスクスコアを設ける理由。ここらへんのことは、こっちの増田の真ん中ぐらいに少し書いた。https://anond.hatelabo.jp/20200409135702

こういうのは基本、アプリに回答して、ある程度は機械的に算定できたり、接触関係にある人の陽性判明や症状悪化スコア自動更新するようにできるといいんだけどね。実際の陽性判明を元にリスクファクタースコア重みづけ)も段々と正確にでき、リスク要因の分析も進むと思うしね。

あとは、PCR検査キャパが伸びない現状では、自己隔離もとても大事偽陰性があるからPCR検査が拡充しても大事)。上記感染スコアで惜しい点数取った人は自己隔離妥当だと思うんだけど、まあそういう人が、スマホGPSで自宅から動いてなくて、症状経過などを一定日数以上、定期送信すれば和牛とか国産メロンプレゼントとかなら、わたしゃ賛成するけどね。

2020-04-12

どこかでまた新型コロナウィルス院内感染が起きる

コロナ受け入れがあるかもしれない二次救急病院のことだが設備的・能力的に感染対策不可能

  

①出入口が3つしかない

患者入口職員通用口救急受け入れ口の3つ。非常出口は2階

救急患者院内に入るには職員通用口と合流するところを通らないといけない。

そしてその合流地点レントゲン室の入り口でもある。動線を分けることは無理である

  

エレベーターが2つしかない

職員用と患者用。

職員用は食事を運ぶのと救急患者・オペ患者輸送にも使われる。

どうやってコロナ患者を運ぶ?

  

感染対策マニュアルがない

あるかもしれないが絶対役に立たない。看護職で長の付く人が厚生労働省検体採取輸送取り扱いマニュアル存在も知らないようだった。

検体採取後の取り扱いがなっちゃいない。

  

そもそも新型コロナウィルスを疑う患者風邪症状のある患者)の受け入れ方法が決まっていない

決まっていないというか、インフルエンザと同じ扱いをしている。

検査結果が出て追っかけ対応をとるようなものである。その間に環境患者汚染される。

  

関東のどこかとしか言わない怪文書であるが、そういう病院もあることを知っておいてくれ。

(どこかで院内感染が起きても答え合わせはしない)

2019-12-31

店や病院が閉まると不安になる

元旦は多くの店や病院休みになる。それだけで無人島に閉じ込められたような気分になる。

いざとなったら救急病院があるから何とかなるか。

2019-12-10

anond:20191210191930

明日どころか今晩深夜にもうダメ死ぬだれかーってなるかもしれないじゃん

かといって俺も看護師じゃないんだから15分おきに見にくるとか不可能だし

30分以内に自分でできたよ報告がなければ

はてな警察通報したほうがいいんじゃないかとおもっているわけなのさ

まあ元増田書きなおすより簡単で早いんだから119くらい自分でやってくれるのがベストだなぁ

119では救急病院だっておしえてくれるから

自分からタクシーでおしかけていくんでもいいしさぁ

結局一人ってのはあぶないよ

2019-08-29

命日の決まっていた猫のはなし

の子は命日が決まってるんだな。


安楽死を決めた時、私はそう思った。


うちのかわいいかわいい猫のはなしをしようと思う。

疲労と虚しさMAXだった若かりし頃、実家の犬を恋しがる私に知人が囁いた。

「猫なら手がかからないよ」

あれこれ言い返したと思う。それでも知人は言葉巧みに猫の良さを吹き込み続けた。

結果、私は一度でいいから飼ってみたい、とメインクーンを選んだ。

いい子が安く買えるかも、と安易な思いつきでネット検索し、ブリーダーからそれはそれはかわいいブラウンクラシックタビーの男の子を譲ってもらった。

買い手がつかず生後半年のその子は、7万円で我が家にやってきた。

残念なことに重度の食物アレルギーを持っていたその子は、メインクーンとしてはあまり大きくなれなかった。

メインクーンの成長が止まるまで三年ほど。その間、血便を伴う下痢を何度もくり返し、体質に合う処方食が見つかるまで一年かかった。

ベスト体重は6.4kgの、男の子にしては小さなメインクーンになった。

ただ、私の猫はとても朗らかだった。

人間が大好きで、友人たちのアイドルになった。

「猫は好きじゃないけどこの子は好き」

積極的に会いに来てくれる人もいた。

7歳の時にアレルギー改善したのは幸いだったと思う。アレルゲンの除去療法に成功したのだと思うけれど、詳細は医学系の情報をあたっていただきたい。

10年生きればいい、と言われた猫は、13歳になった。免疫力が落ちてきたのか、鼻炎で鼻水を垂らすようになったけれど、月に一回の通院で点鼻治療を続けた。獣医が言うには加齢によるものから対症療法しかないとのことだった。

13歳になったある夜のこと、帰宅すると猫が倒れていた。体温が下がり、呼吸は荒く、今にもしんでしまいそうな様子だった。

近所のかかりつけ医に連れて行くか、救急病院に連れて行くか、それとも家でこのまま看取るか、悩んだのは10分くらいのことだった。

私は猫をキャリーバッグに詰め込んで、タクシーに飛び乗っていた。

朝まで元気だった。食事を少し残したことが気になったけれど、それだけだ。わけもわからず失いたくなかった。

向かったのは、夜間診療もしている以前のかかりつけ医だった。引っ越しして何年も経つが、カルテが残っていた。

タクシーの中から電話をしたので、急患として即座に処置を行ってくれた。電話を聞いて急いでくれたタクシー運転手さんにも、病院スタッフの皆さんにも、その間待ってくださった他の患畜の皆さんにも、感謝している。

採血レントゲンCT、様々な検査をして酸素が投与された。

原因はわからないが肺に水が溜まっている、無気肺を起こしている、心臓肥大している、明日はないかもしれない、そのようなことを言われた。

今夜が峠ですってやつだな、と頭のどこかで考えていた。原因がわからない以上、治療のしようもなく、とにかく今晩頼んで帰宅した。

妹猫が、不安そうに待っていた。抱きしめて泣いた。

ほとんど眠ることができず、翌朝病院が開くのと同時に向かった。酸素ハウスの中で猫は、ぐったりと寝ていた。声をかけて触ると、目だけでこちらを見た。

酸素投与とステロイド抗生物質の点滴を続けた。

猫は三日間何も口にせず、病院許可を取って自宅からフードを持参した。四日目の朝だ。朝ごはんを完食したとうれしそうに看護師さんが教えてくれた。猫は酸素ハウスの中で座って、帰りたいと鳴いた。

どこかで見た記憶を頼りに、ペット用の酸素ハウスレンタルして、自宅で看取ると連れて帰った。猫はなかなか酸素ハウスに入ってくれなかったけれど、その間は酸素マスクそばに置いた。明日にもしぬかもしれない猫を、無理矢理ハウスに入れるつもりはなかった。

毎日好きなものを食べさせた。後にいうちゅ~る食べ放題まつりだ。

内服薬だけはと飲ませながら、一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月。酸素ハウスを返却した。猫は普通に歩いていた。

猫の中で何がおこっているんだろうと、もう一度病院へ連れて行った。色々と再検査をし、二回目のCTを撮った。前回の入院で右の肺は半分ほど潰れてしまっており、心臓肥大していた。

「あのあと他の先生たちにも聞いてみたんです。猫ちゃん重症喘息による無気肺です。あの時は肺炎合併してああなったんでしょう。また繰り返す可能性はあります

うちの猫喘息だったなんて、全く気づかなかった。鼻水を垂らしてくしゃみをしている、と思ったのは咳だった。それと知ってから注意して見ると、くしゃみをする時と、咳をする時があった。喘息治療をすべきだったのに放置していたことを、深く後悔した。

近所のかかりつけ医は信用できないと、遠くの病院まで月に一回ほど通うことになった。そんな生活を7ヶ月ほど続けた。

ある時、帰りのタクシーの中で猫が粗相をしてしまった。ペットシーツのおかげで大事には至らなかったが、粗相するほど我慢させたことが申し訳なくて、近所に開院した別の病院に連れて行った。

その頃猫はまた鼻水を垂らすようになっていた。それから右目だけ瞬膜が出るようになっていた。年を取ると瞬膜が出っぱなしになりやすいというが、右目だけ? と少し気になっていた。

これまでの経過を聞いた先生も、それが気になると言っていた。ひとまず二週間分の喘息の薬をもらって、信頼できそうな先生だと安心した。

二週間後、先生が言った。

「顔の右側が腫れてきている。鼻の悪性リンパ腫可能性があります

そうか、と思った。ショックもあったが、もしかしたら、と思っていたからだ。

右側からしか出ない鼻水、瞬膜、大きくなってきたおでこ

「顔の悪性リンパ腫はどうなりますか」

「すごく腫れます。ぼこぉって変形してくると思います最後は悪液質で亡くなることになります

私の猫は片肺の13歳だ。抗がん剤治療には耐えられないと判断して、ステロイドによる治療選択した。

けれど腫瘍を抑えることはできなかった。ステロイドを増やしても、どんどん腫れるばかりだった。

25mg/日を10間内服させて、それでも腫れが進行していた。鼻血浸出液で、可愛かった顔は汚れるばかり。けれど拭かせてくれなかった。

副作用による空腹感で、猫は鳴いて鳴いて、可哀想だった。

ステロイド25mgは5錠になる。朝3錠、夜2錠。追加して抗生剤が半錠ずつ。

苦しみながら飲む猫に、私は治療の中止を選択した。自己満足しか思えなかった。

薬剤性の高血糖で血糖測定やインスリンもしていたが、全てやめた。

ステロイドを中止した翌日から、猫は昏昏と眠るようになった。

ごはんを食べて、寝る。そんな穏やかな生活は、5日しか続かなかった。

から鼻血、口からはよだれが大量に出るようになり、ペットシーツが欠かせなくなった。それでも気を抜けば部屋のどこかが血だらけになっていた。

カリカリを食べなくなった。ウェットなら食べてくれたのも2日ほどだった。それからはちゅ~るしか受け付けなくなり、ちゅ~るさえ食べない日もあった。

視神経が圧迫されたのか、目が見えなくなった。突然の全盲であちこちぶつかりながら、恐恐歩くのが可哀想でベッドの上を区切ったらそこで眠るようになった。

トイレにいけなくなった。連れて行くとおしっこはするときもあったが、どんなに踏ん張ってもうんちは出せないようだった。

2週間が経った。

ちゅ~るも食べなくなった。食べられなくなった。

最初は食べようとしたけれど、ひどくむせて鼻からも口から出血する。鼻と口が繋がってしまったようだった。そのうち猫は食べることを諦めた。

当然水も受け付けない。脱水がひどくなり、あれほど出ていた鼻血浸出液ピタリと止まった。

このまま家で見ていても、数日で亡くなるだろうと思った。

けれど、体の置き場がないとフラフラになりながら寝返りする姿や、一箇所でぐるぐると回る姿、とうとうベッドの上でおもらしして自分でショックを受けている姿を見て、安楽死を考えるようになった。

別れたくない。悲しい。寂しい。

それと同じくらい、楽にしてあげたい。

戻れないことはわかっていた。朗らかで、やんちゃで、甘えて鳴いてばかりのあの子はもう戻ってこない。

自分だったらどうだろう。ガンの痛みに苛まれて、目が見えなくなって、鼻からも口からも色々な体液が出て、お腹が空いても食べることができなくて、そして今は脱水症状に苦しんでいる。

動物病院に状況を報告した。安楽死選択ひとつだと思うと先生は言った。

苦しみの合間、眠っている猫を見て思った。

の子は命日が決まってるんだな。

翌日は動物病院休みだったから、一日中猫と過ごした。

苦しんで鳴く猫を撫でて、体をトントンして、そうすると猫は15分くらい寝る。それからまた起きて苦しむ。

愛しさと諦めが交互にやってきた。

安楽死の当日。予約時間ギリギリまで悩んだ。

行きたくないと言って泣いた。ずっと一緒にいたい。家で最期まで看取りたい。

猫は眠る時間が少し長くなったように思った。昏睡に近かったのだと思う。

やっぱりやめようか、と言ったのは予約時間5分前だ。

猫は起きて、苦しそうに叫んだ。

看取りたいというのは自分エゴだと思った。泣きながら猫をキャリーに入れて、病院へ連れて行った。

病院は昼休みだった。着いたときから先生看護師さんも泣いていた。おとなしい猫のことを、かわいいかわいいと言って撫でてくれた人たち。

点滴の針を刺す。処置室へ移動する。気が済むまで二人で、と先生たちは出て行った。たくさん話しかけてあげて、と。

けれど、声を出したら号泣してしまいそうで、やっぱりやめると言ってしまいそうで、囁くように「いいこ」「ありがとう」とくり返していた。

猫はぐったり寝ていたけれど、起きて、また鳴いた。苦しい、と。

大丈夫もっと話す?」

顔を出した先生に、私は言った。

「お願いします」

病院がきらいな子ではなかったけれど、一番好きなのは家に決まっている。

早く連れて帰りたかった。楽にしてあげたかった。

最初に繋がれたのは麻酔薬だった。プロポフォールだと思う。しみる薬剤だから、薬が入る時、猫は苦しそうに泣いた。前投薬をお願いしなかった私のミスだ。

数十秒で猫は眠って、呼吸が浅くなった。

そのあとに二種類入ったけれど、そちらが何だったのかはわからない。猫は呼吸が止まり心拍が止まった。

二人とも号泣しながら、とりとめもなく話をした。

先生は、前は安楽死に反対していたけれど、自分の猫の時に限界まで頑張らせてしまって、後悔してからは賛成していると言っていた。

「やさしい選択をなさいましたね。いいおねえちゃんでよかったね」

先生は私も、猫も褒めてくれた。

帰ったらお風呂に入れてあげるといいと言われて、本当はもう何も本人の嫌なことはしたくなかったけれど、少し悩んで体を洗った。

たっぷりシャンプーリンスを使って、血の塊やこびりついていたおしっこを全部洗い流した。

体を拭いて一番涼しい部屋に連れて行くと、留守番していた妹猫が不安そうにしていた。

帰ってきた兄猫、もう呼吸の止まっている兄猫、私を見て、鳴いた。

「どうして」

体を乾かして、耳や口に脱脂綿を詰める姿を妹猫はじっと見ていた。

すべての処置が終わって、ダンボールに入った兄猫のところにもう一度行って、悲しそうに見ていた。

猫が"死"を理解しているのかはわからないけれど、どんどん具合が悪くなる兄猫が妹猫の相手をしなくなって、苦しそうにしている姿をずっと見ていた。

「もう大丈夫だよ」

妹猫を撫でて、一緒に寝た。兄猫のように朝まで一緒にはいてくれなかった。

いつかはと思っていたから、その後の段取りスムーズだった。

猫が生きている間に葬儀社を見繕ったり、アイスノンの用意をしたり、体が収まるサイズダンボール箱を用意したりするのはつらかった。

でも、しておいてよかったと思う。きちんと見送ってあげることができたから。

それから、死後の処置自分でしてよかったと思う。

鼻血浸出液の塊を洗い落とした猫の顔は、やっぱり私にとって世界一かわいかったけれど、同時に諦めがつくほどに哀れだった。

大きくなった腫瘍が鼻の穴を塞ぎ、裂いて、口の中まで入り込んでいた。

処置をしなくてもあと2~3日だっただろう。

けれど、その2~3日あとには更に腫瘍が広がっていただろう。

どれほど頑張ってくれたのかわかって、うれしかったし、ありがたかった。

姉が言った。

「いっぱい愛してもらったね」

そう。猫に愛されていたのは、私だった。

家猫のあの子にとって、世界で一番愛しい相手は私だった。

安楽死を悩んだ時、はてな匿名ダイアリー記事がとても参考になった。

自分ペットに対して安楽死選択したことは、あまり口にできないことだと思う。

感謝気持ちを込めて、私も書き残そうと思った。

それから、鼻腔内腫瘍、鼻の悪性リンパ腫の転機についても可能な限り詳細に記した。

目に見える病気はつらい。これからどうなるんだろう、最後はどうなるんだろう。調べてもわからなかった。

もちろん、早期から悪液質になり、眠るように息を引き取る子もいるとは思う。

ただ、私にはそういう例が見つけられなかった。

ペットロスに関しても、亡くなる前の方がキツかった。

対処法を調べても亡くなったあとのことばかりで、毎日毎分生きてるか不安に思いながら涙する感情対処する方法は見つからなかった。

結論から言うと、どうにもならない。だからどこにも書いていないのかもしれない。

とりあえずいつでも仕事をやめられるように貯蓄に励むといいと思う。かけられる人は不労保険とかもかけたらいいんじゃないかな。

自分に関して言えば、家で付き添うようになってからの方が不安は少なかった。

離れている間にしんでいないか毎日戦々恐々としていた。

最後お金の話をしようと思う。

7万円を最初に出したのはそういう意図だ。

4日間の入院で15万円ほどかかった。

酸素ハウスを3ヶ月レンタルして6万円。

薬代が月に1.5万円~3.5万円。

採血レントゲンが1.5万円。

CTが4万円。

そして安楽死処置が3万円で、葬儀が2万円。

治療11ヶ月に及んだ。がんばった私。

もっともこれはミニマム治療だった。良心的な動物病院だった。

抗がん剤を使っていたら、入院が長期に渡っていたら、考えるとキリがない。

お金がない人はペットを飼ってはいけない。

これはもう、べきとか、なるべくとかではなく、事実として。

最低賃金上がればいいのに。

雑然と書いたけれど、私の猫の話はここでおしまいです。

いつかどこかの誰かと猫の、役に立ちますように。




8/31追記

twitter感想を見かけたよ」と友達が教えてくれたので、検索して全部読んだ。

自己満足と、もし検索に引っかかればって気持ちで書いた乱文に、たくさんの言葉ありがとう。とてもうれしかった。

今でも歩いている時に何の前触れもなく涙が出たりするけれど、愛の量だと思ってる。

安心してるんだ。もう苦しんでいないって。

でも、私の帰りを待っていることはないって、それがどうしようもなく悲しいんだ。

この感情はそれぞれ別のものから、ずっと抱えていくと思う。

話が複雑になるので詳細は省いたけれど、妹猫の話を少ししようと思う。

便宜上妹と言っているけれど、血縁関係はないんだ。

今回記事に書いたメインクーンが超絶寂しがり屋で、一頭飼いしてたら精神的におかしくなってしまったので、保護猫だった年上の女の子に来てもらったのが最初(便宜上姉猫)。

姉猫は10歳で先立ってしまった。その時も色々あったけれど、今回は触れない。

姉猫が亡くなってしばらくはメインクーン一頭飼いだったけど、やっぱり寂しかったみたいで、妹猫に来てもらった。

飼いたくてメインクーンを選んだけれど、飼ってみたらあんまりに愛しくて、猫のことを色々調べるようになって、保護問題ペットショップの不適切販売を知ったんだよね。

私は安易に猫を飼いはじめてしまったけれど、だからこそ2匹目は保護猫って決めてた。

妹猫は兄としてメインクーンを慕ってくれて、本当に仲が良くて、その姿は癒やしだった。

その時に弟猫だったメインクーンは、兄猫になったんだ。

妹猫は寂しそうだし、悲しそうにしてる。人間と同じように、悲しみを抱いて生きてくんだと思う。

「別れがつらいから二度と飼えない」って人に伝えたいことがあるんだ

姉猫が逝った時、もういいかなって私も思った。兄猫が寂しがらなかったら、妹猫は来てなかった。

実際のところ来てくれたから、わかったことがある。

それは、亡くなったあとも、思い出が増えていくってこと。

妹猫を見て、姉猫はああだったな、こうだったな、って思い出すことが増えた。

最初ちょっとつらかったり、姉猫と妹猫を比べるようで申し訳なくなったりしたんだけど、すぐに違うなって気付いた。

妹猫を通じて、姉猫の思い出がどんどんやさしいものに変わっていった。当たり前だった記憶ひとつひとつが、キラキラ色づくようだった。

亡くなったあとも姉猫を愛しく思う気持ちはずっと続いていた。

兄猫がさみしがらなければ、妹猫が来てくれなければ、知らなかったこと。

きっとこれは、新しい子を迎えるつもりはなかったのに迎えることになったから気付けたことだったので、共有しとく。

別れはつらいけれど、悲しいし寂しいけれど、次の出会いを恐れる必要はないと思うよ。

いつかあなたが、愛し愛される家族とまた暮らすことができますように。

姉猫も兄猫も妹猫も、どの子世界一かわいい

世界一ひとつしか持っちゃいけないって誰が決めたんだ。少なくとも私の辞書にはないな。

生きててくれるだけでよかった。逝ってしまっても愛してる。

の子もみんな世界一だよ。

あとな、創作って言ってた人な。

文章力があるって受け取っとく。ありがとうな。

創作だったらいいな。

そしたらきっと今頃、どの子もうちで伸び伸び寝てて、パソコンに向かってる私のところに兄猫あたりが飛び込んでくる。

キーボードダイブしてもいいよ。叱るけど。

ずっとずっと愛してるよ。

ところでなんで増田なのか(あとでぐぐっとく)

2019-08-14

今まで感じた傷みのワースト

尿管結石

遊びで徹夜しょっちゅうやってたらなった

最初は腹痛からまりトイレいっても出なくてあせる

病院に駆け込むも原因不明救急病院に転院させられる

点滴も座薬もまったく効かない

背中を刺されたような傷みが一晩続く

親知らずの抜歯

真横に生えた親知らずが神経に近かったので

歯医者ではできずに大学病院の口腔外科で手術

全身麻酔が途中で切れて激痛

手術後に目が覚めたときはそれほどでもないが

夜は痛くて眠れないレベル

痛み止め最強レベルボルタレンロキソニンのお世話になるが

服用の間は4時間は空けてくださいと言われるも2時間で痛くなる

痛くなると座るだけで精一杯

2019-07-02

シークレットガーデンが神ドラマすぎる、

この度、韓国ドラマファンから距離を置いてバリバリジャニオタになっていた私は、

久しぶりに「シークレットガーデン」を観ている。この作品は定価でDVDを買い、ファンブックやらサントラも買い、映像を持っていながら地上波でもBSでも3度くらい見た伝説作品字幕をみなくてもバッチリわかるくらい( 笑 )

DVDサントラ以外は売ってしまったしなんだか熱は冷めてしまったけれど、

BSで見ていた頃の木曜日のしあわせな気持ち、夜中に喘息の発作で救急病院に行ったときも、「シークレットガーデン」を観るためにがんばろうとベッドに横たわっていた自分を思い出した。

1話なんて、韓国ドラマヒロイン主人公)が報われず、苦しくて仕方ないものが多いが、ジャニオタになってからの苦しみに比べたら小さいものかもしれない。

ジャニーズ事務所に対しては

ややアンチ気味→事務所もすき!→いや、やっぱり信じられないわ(いま)

って感じの推移で気持ちが変動している。

事務所のおかげで奇跡があって、推しデビューし、メンバーが集まり、様々な作品が生み出された。それは事務所のおかげだと思うけれど、少しずつ周りを見れば考えられないことが沢山あって、肯定派が洗脳されているような気もして。自分はどうにか洗脳的な考えから抜け出した。

(未だに推してるし、ファンクラブ入ってるけど)

私の三日坊主で熱しやすく冷めやす性格でも、ずっと好きでいられるような気がしていたのに。

でも、いまの私の推しジャニーズ事務所にいないし、その人が好きなのは変わらなくて、昔のジャニーズ時代のものを見ても狂信的に「かわいい」とか言ってるから所詮こんなものだろうけれど、

でも、いまはまだ整理がつかない。

私の気持ちが固まる前にもしかしたら推しグループはなくなってしまうかもしれないし。できればそんなことになる前にオタクからソフトファンになりたい。

それにしても、ジャニオタになってからも、頑張って韓国ドラマを観ようと足掻いてはいたのだ。

「ああ私の幽霊さま」「未来選択」「ゴーバック夫婦」など観たけれど、それなりに好きなのに、いまいち気持ちは戻らなかった。その隙間にジャニーズが入り込んだ感じだ。

いまは、ジャニ断ちをしたくて。無理やりでも。ドラマの影響で自分研究対象にまでしてしまった朝鮮語から、なんとか韓国ドラマが好きだ!という方向に戻したいのだが、いまいちで、とりあえず「シークレットガーデン」を見始めたところだ。やっぱりおもしろものおもしろい。

まだ主役級じゃないイ・ジョンソクくん、「君を愛した時間」や「ピノキオ」ではユンサンヒョンさんがハ・ジウォンさん、イ・ジョンソクくんとそれぞれちょこっと共演してたなあ。なんて。思い返せばここの繋がりからカメオ出演したのだろうし、

このドラマ流行たことばも、シガ中毒ライムの着信音も、懐かしいし、なによりライム女性としての姿がかっこよくて、あいかわらずドギマギしてしまう。

中学生の私、ライムに憧れていたなあ。

って考えていたらジャニ断ちも夢ではないかも?

2019-02-21

anond:20180927130408

やけどと放射能病気全然ちがうじゃん

グロかいうけど消防士救急病院の人は平成でも日本中で似たような光景を見ているんじゃないの

2019-02-04

anond:20190126015435

レバレッジ詐欺師たちの流儀

飲んだくれの詐欺師のおじさん、ペテン師美人さん、脳筋イケメン

ご陽気なハッカー青年、身軽な泥棒不思議ちゃんの五人が、

もっと悪い奴をやっつけるピカレスクもの

1話完結。登場人物がとにかくみんな愛しい。

自分Huluで見たけど今はネトフリで見られるみたい。全5シーズン

 

ナイトシフト 真夜中の救命

救急病院ナイトシフト舞台にした医療もので1話完結。

話に絡む主要登場人物が大体10人ぐらいいて、

この人たちが色んな組み合わせで働く一晩を描く。

大体1~3人ずつで一人の患者を診てて、

同時進行であっちの患者こっちの患者と次々シーンが変わるので、

1話見ると、よく納まったなあと脚本に感心する。

群像劇って感じかな。

ただ、お前ら色恋を職場に持ち込み過ぎだwwとも思う。

たまにすごく胸にぐっと来る話を放り込んでくるので侮れない。

2019-01-28

anond:20190128160522

ありがとうございます。教えて下さって感謝します。

地方の為か、救急病院MRIの頭部撮影が出来ない処もあるので、

それを売りにされている脳神経外科さんもあったりします。

じゃぁ「設備」とか「診療科があるか」という切り分けなのかなぁ。

頭部MRIがある・なし。

そういう搬送にならないように、出来る範囲での自己管理頑張ります

2019-01-15

救急病院にかかったら

交通事故後の肩の痛み。

研修中の女医さんにあたって、心臓病の疑いがあるということで、ペタペタ吸盤みたなのを貼られて、心電図を取られた。

うーむ、一歩間違うと、別の理由でドキドキしていたかもな。

2018-11-21

anond:20181121204357

救急病院行けるならすぐ行ったほうがいいよ。

行って大したことなくても、

明日になって病院行って、あともう少しはやかったら、なんてことだけは避けられるから

2018-08-13

サマータイム切り替えの問題

サマータイム問題の一つは切り替え時のトラブル

これを防ぐためには、切替日(夜中にサマータイムに切り替わったその日)には、緊急対応以外全部休みにするしかあるまい。これは普通休日と違って、すべてのお店も休みにする。もちろん、警察消防救急車含む)と救急病院は休めないけど。それ以外は、水道管が破裂しようが電線が切れようが放置する。電車も動かさない。これで切替時のトラブルを完全に避けるのは無理でもかなり減らせるはず。2、3年やって慣れたら、少しずつ営業する業種を増やす

 

労働者に余分に働かせるのが目的なら「こんな対応絶対に許さん!」ってなるだろうけど。

2018-05-15

anond:20180514200552

種類は違うと思いますが、あまり頭痛が酷い時期があり、倒れたりして、毎日ロキソニン飲んでいる時がありました。

それでもだめで、救急搬送されたときは痛み止めを点滴なのですが、

救急病院で話していたら、吐き気がする時は頭痛薬を飲めないので困るというと

予兆があるときすぐに飲んでみてほしいという錠剤と、点鼻薬があるとのことでした。

飲んでも吐くほどなら飲み薬はNGなのでということで、即効性で点鼻です。

増田さんも点鼻薬があるといいですね。


いろいろあって今は頭痛治まってます

2018-05-13

anond:20180513072658

あと、「やり逃げされたとき」の対処がわからないってのもあるかもしれんな。

これは性教育で教えるべきだろう。

いろいろ調べてわかった。即110番でいいんだわ。そうすれば、体内の精液を採取できる救急病院などの機関につないでくれて、証拠がためができて、

ついでに救急病院からモーニングアフターピルも処方してくれる。

2018-03-26

近くに救急病院あるから

サイレンうるさくて腹立つ

ちねばいいのにって思う自分がいるだよ

顔の前で手を振っておーいってする奴

グループヒエラルキー下位の自分は常にからかわれたり馬鹿にされやす存在だった

休みに机囲って飯食うんだけど、俺のスペースないのよ

円状に机作っても粒みたいにポロッとはじかれた位置で食うわけ

その巨大グループからはじかれた位置で食べる自分を見てクラス女子が俺を嘲笑うわけ

体育のとき、顔に野球ボール当たって目まいで倒れた時も、グループ上位の奴がわざと当てたんだけど

………あの時の仕打ちが今でも忘れられん

たいしたことないよねってあやまりもせずよってきたあい

目の前がぼやける自分のまえで

「おーいwww」って笑いながら手を振ってるの

その後倒れて救急病院眼窩骨折の手術でしばらく入院だった

それからは転校

殺されるって本気で思ったか

10年以上経って久々に故郷用事で戻るとこのトラウマが忘れられんで吐くわ

あのグループの奴らの仲間に町でばったり会ったけど挨拶フツーにして何事もなかったような気安さで接してきて失笑だよ

マジでいじめたほうはなんとも思わない法則やな

2017-10-06

横浜大口病院中毒死1年、捜査難航 病院名は変更方針

山下寛久 古田寛也 伊藤和也2017年9月22日14時41分

 横浜市神奈川区大口病院入院患者2人が相次いで中毒死した事件が発覚してから23日で1年となる。物証が乏しく、神奈川県警捜査が難航する中、病院側は閉鎖中の入院病棟を再開したい意向を示す。遺族は真相の解明を求め続ける。

 昨年9月18日に西川惣蔵さん(当時88)が、その2日後の20日には八巻信雄さん(同)がそれぞれ死亡した。司法解剖の結果、2人の体内からは消毒液「ヂアミトール」に含まれる界面活性剤の成分が検出され、中毒死と判明した。この成分は、八巻さんが投与を受けていた点滴袋の中にも混入されていた。未使用の点滴袋にも、ゴム栓部分に小さな穴が開いているものがあり、一部からやはり同じ成分が検出された。

 こうしたこから県警は、医療器具に詳しい何者かが注射器を使って注入した疑いがあるとみて捜査。ただ、点滴や注射器を扱うのは病院内では当然で、容疑者特定には至っていない。また、院内には防犯カメラもなかった。

 2人は事件の数日前に入院したばかりで、ほぼ寝たきりの状態だった。恨まれるようなトラブルなどは考えにくく、県警は入院患者無差別に狙われた可能性があるとみて調べている。(山下寛久)

■父を亡くした長女「自首して欲しい」

 「必死に生きようとしていた父の命を絶った犯人普通生活を送っていると思うと許せない。自首して欲しい」。亡くなった西川惣蔵さんの長女(52)が取材に応じ、そう訴えた。

 スポーツ中継をテレビで見ながら焼酎をたしなむのが好きだった西川さん。昨年8月上旬に自宅玄関で倒れ、救急病院を経て9月13日に大口病院に移った。自宅での看病は難しく、苦渋の決断だった。

 自分で起き上がろうとするなど回復の兆しもあったが、18日夜に息を引き取った。前日に呼吸器を看護師らに調整してもらい、「楽になった」と語ったのが最後の言葉になった。

 「父は自宅がどこよりも好きだった。私が大口病院を選ばなければこんなことにはならなかった」。一周忌に長女は墓に向かい「ごめんね」と言葉をかけた。

 院内では事件前、看護師飲み物に異物が混入されるなどのトラブルがあった。「命を扱う施設で、なぜ誰も真剣解決しようとしなかったのか」。病院から納得のいく説明は受けていない。(古田寛也)

■閉鎖の入院病棟、再開へ 病院名変更も

 大口病院安全管理態勢を強化して入院病棟を再開し、病院名を変更する方向だ。鈴木峻院長が取材に書面で明らかにした。

 事件後の経営難から入院病棟を閉鎖。解決後に再開する考えだったが、周辺住民から要望が寄せられ、鈴木院長は「恩返しという思いも強く感じている」として、再開を目指すことに。確保できた職員数に応じて病床数を増やしていくという。「新たなスタートとして一新するつもりで」病院名の変更も決断。薬剤の管理方法見直し防犯カメラ設置、内部通報制度の新設なども進めていくという。

 亡くなった八巻信雄さんの長男(57)は「入院受け入れ態勢を整備していきたいとのことですが、本件に関する総括も終わっていないのに、憤りを感じています」と代理人を通してコメントを出した。(伊藤和也

2017-08-10

救急安心センターおおさか#7119が全く機能してない

大阪市運営する緊急安心センター通称#7119というのがある。

救急車を呼んだほうがいい?

病院に行った方がいい?

近くの救急病院はどこ?

応急手当の方法は?

大阪市民にとって、とても心強いサービスと思っていた。今日までは。

どうか、このサービス改善してくれる事を願い増田に初めて記述します。

大阪市運営しているという事でお役所仕事なのでこういう事があったと市長の目に留まると嬉しいです。

本日、〔8月10日ベビーカーを押してたら転倒してしまい、生後10ヶ月の子供を頭からコンクリートに落としてしまいました。

おでこに青赤い内出血が引かないので心配になり、緊急受け入れしてくれる病院を探す為に#7119に連絡してみました。

#7119にかけて教えてもらった病院5軒全部に電話しました。

ところが、乳児は受け入れしてなかったり、〔電話10ヶ月の赤ちゃんと伝えています〕この時間はやっていなかったり、脳神経外科やら小児科やらたらい回しになって、やっと行った病院でもその症状は、小児科じゃなく脳神経外科ですって言われて結局診てもらえませんでした。

再び#7119に電話してこういう事がありました。病院では脳神経外科と言われましたが、脳神経外科乳児を受け入れてくれる病院を教えてと伝えてもその症状は小児科だと電話口で強い口調で言われて、結局診てくれる病院を紹介してもらえず散々でした。

紹介してもらった病院が、乳児は診てくれなかったり、この時間帯が診察してなかったり、現場と#7119のセンターがうまく連携を取れてなくて、たらいまわしになってしまうのが現状なのか?という印象です。

緊急時にこういう対応だと本当に困ります!しっかり生きた情報を教えてくれないと救える命も救えないと思います

どうかどうか改善をお願いします。

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