「etc.」を含む日記 RSS

はてなキーワード: etc.とは

2021-04-06

七草にちかにかけられたソレは果たして本当に「呪い」なのか?

あるいは呪いにかかっているのはシャニPもしくはアイマスPなのではないか


 以下は苦言でも要望でもお気持ち表明でもなく、単なるアイマスPの断末魔なので悪しからず放っておいて欲しい。

 

 七草にちかをやった。「やった」というのはつまり、W.I.N.Gを勝ち、W.I.N.Gに負け、喜びと悔しさと悲しみと夢と絶望とを一通り味わったということだ。

 

 シャニマスくんさあ……君はアイマスを、アイマスPをどうしたいの? そもそもシャニマスくんが作りたいのはアイマスなの? それとも仮面ライダー555なの?

(当然、シャニマス新アイドルの『七草にちか』に関するネタバレあり)

 いや、我々に非がないとは言えないよ。確かに我々は天井努で盛り上がりすぎていた。あまりにもにちか本人を放っておいてあの男をいじり倒すのに夢中になりすぎた。いや、もしかしたら、あの見た目に特徴の無い、いろんな意味フラットな外見であるにもかかわらず背後の関係性だけが妙に複雑でその矢印が暴力的なまでに天井努に向かっている設定を見るに……もしかしたらSHHis発表後の天井努を廻る喧騒すらもシャニマスくんの掌上の出来事だったのか?

 あまりにも「普通」の女の子を……「普通女の子アイドルにするってのはこういうことなんだぞ」を、よりによってノクチルの後に、樋口円香の後に、『海に出るつもりじゃなかったのに』の後に叩きつけてくる所業は、天井努の件を抜きにしたって人の情があまりにも無さすぎる。むごすぎる。

 アイドルを夢見てアイドルになったのにアイドルとしての幸せを見つけ出せなかった天海春香ifとして、人に夢を見せる笑顔すら本人を傷つける茨でできた仮面となるアンチ島村卯月として、アイドルを続ける夢や動機すら他人からの借り物である春日未来オルタとして、そして何より「普通であって特別じゃない。なのに普通じゃない夢のような事を”できてしまった”」櫻木真乃殺しとして、あるいはそういった「夢」と瓶に書かれた毒を飲み込めない天道から最も遠い者として、シャニPどころかアイドルスター歴史のものを、今まで「普通の子アイドルに!」の物語を無批判かつ無責任に受け入れ紡いできたアイマスP達を殴りつける存在七草にちか。

 樋口円香が放った「あなた責任が取れるんですか」パンチをかろうじて受け止められそうなシャニPを追撃で殺す少女七草にちか。

 “明”るい部屋を、「やりたいことがわかっている葉月」と共に探したシャニPを刺しに来た少女「やりたいことがわかっているつもりの日花」。

 あまりにも平凡で普通なのに舞台に上がってしまった、上がれてしまった、上がり続けることができてしまった、上がり続けることを約束されてしまった少女七草にちか。

 大袈裟な言い方かもしれないが、彼女の登場はシャニマスの……いや、アイマス価値観根本から変えた。にちかの平凡さから逆説的に語られ始めてる真乃や智代子や小糸の「やっぱり普通じゃない普通さ」だけじゃない、そもそも「『普通の子』がアイドルなんかやったらこんなんなっちまうんだ」「今までプロデュースしてきたアイドル達はこういうぺんぺん草を燃やしてきたんだ」という現実提示。あるいは天海春香から始まる「普通の子」の歴史、もしくはいつのからか語られていた「普通の子アイドルになるシンデレラストーリー」そのものへのネガ七草にちかのあの“笑顔”がそれら全てを「ちょっと待てよ」の俎上に上げる。「アイドルをやるってことを甘く見てないか」「板の上に幸せはあるのか」「舞台の上に楽しさを見つけられなかったら、それでも続けなきゃならないのか」「じゃあ舞台から引きずり下ろせば幸せになれるのか」「そんなことも今まで考えたこともなかったのか」……。今までのアイドマスター15年をもう一度1から検証し直さなければならないほどの問いを、あの色の定まらない瞳が投げかけてくる。

 ただ、じゃあそれは「呪い」と呼ぶべきものなのか? とも考えてはいる。

 

 七草にちかの200%は曲がりなりにも、13,000越えのアピール数値を叩き出しW.I.N.Gの決勝審査員を吹き飛ばした。七草にちかはそれを「できてしまった」。それにより、確かににちかは月まで伸びる赤い地獄の道をこの先も歩き続ける羽目になってしまったが……それは果たして本当に「呪い」であったろうか。

 よしんばそれが呪いと呼べるものであったとして、ソレは本当に七草にちかにかけられた呪いであったろうか。

 確かにアイマスは、プロデューサーかいおっさん少女達に救いを与えるだけの物語であるけがない。逆に15年ものおっさん達に救いを与えてきた物語であるはずだ。 

であるならば逆に

 「普通少女達が普通にしているだけというかけがえのない時間の輝きに『アイドル』という体裁を与えて人々に提示できるエンターテイメントにするのもプロデューサー仕事だ」とシャニPに言わせた『海に出るつもりじゃなかったのに』の後に、この「アイドルの道をただ歩いているだけで幸せから遠ざかりそうな少女を、なんとかして幸せにする」ミッションをシャ二Pに課したシャニマスくん。あまりにも反アイマス的であり、「それは純然たるアイドルプロデュースである」という意味ではあまりにもアイマス的でもある。

 そういう意味で、あるいは七草にちかの物語シャニPにとっての、あるいは俺らアイマスPにとっての呪いではなかったか

 確かに七草にちかの輝きは彼女の前に地獄の道を伸ばしたかもしれないが、逆に言えば、そんな地獄の道の上にも確かに輝きはあった。そんな輝きを拾い集めてにちかにとって地獄ではない道に変えなければならない。それもあの天井努と七草はづきとノクチルら先輩アイドル達がいる中で。そんなシャニPこそ呪いの中にいるのではないか

 言われてみれば確かにアイマスにおいて夢は呪いだった。無印アイマス天海春香ドーム勝利エンドの先へ進ませたのは、アイマス2で如月千早を殺そうとしたのは、デレアニで島村卯月を苦しめたのは、etc.etc.....それは彼女ら彼らの夢と表裏一体になった呪いだった。そしてとうとう、アイデンティティのものの中に夢という呪いを組み込んだアイドル……いや「女の子」があらわれた。そんな七草にちかがアイドル道を、シャニマス世界を、アイドルスターを、どうやって歩んでいくのか……。にちかの登場はアイドルスターを大きく切りつけたが、それ故に、新たな切り口でアイマスを楽しめそうな気がしてならない。アイマスに新しい角度を与え、新しい視点を作った七草にちかの物語……それはもしかすると「祝い」なのかもしれない。

 しっかし新アイドル一人目の登場だけでこんなんなっちまって……二人目の緋田美琴が出てきたらどうなってしまうんだ? 本当に「わたし(she)がわたし(she)」になれるんだろうな? そもそも「(she)」ってまさか彼女」ってことじゃないだろうな?


 

 

 それはそれとしてこういう邪悪物語大好物。正直シーズン4くらいになると「そうだよ。これからも君はこの道を歩いて行かなきゃならないんだよ(愉悦)」と思っていた部分もある。

 なのでどんどんやってくれ高山

いや、あなたたち過去に「一日に○○台しか車が通らない道路税金無駄」扱いしてたでしょ

「#伊是名夏子さんを支持します 」のタグに励まされています

公共交通機関の利用に配慮を強いられる車いすユーザー

・「わきまえる」こと・性を消費されることを強いられる女性たち

etc...

マジョリティ許容範囲内でしかマイノリティが生きられない社会を1歩ずつ変えていきましょう。

https://twitter.com/SDPJapan/status/1379058107729420300


いや、あなたたち過去に「一日に○○台しか車が通らない道路税金無駄」扱いしてたでしょ。

車椅子の利用が少ない駅に関しても同じ事を言うべきだよ。

https://twitter.com/amiga2500/status/1379258440963350530




何も言い返せんかったわ、、、

2021-04-05

タクシー運転手だけどお客との世間話東京五輪の話にはよくなる

それこそコロナ以後は「今タクシー大変でしょ」から話題始まること激増したから、「東京五輪どうなるんですかねえ」系の世間話リアル100人くらいとしてきてると思う。

サラリーマンOL主婦、爺さん婆さん、若いちゃん同業者含むブルーカラーあんちゃんetc...属性は完全にランダム

でも「東京五輪開催して欲しい」って人はマジで1人しか遭遇しなかった。

その人は「中止なんてバカ言ってんじゃないって思いますよ!経済死ぬわ!」ってハッキリ言ってた。

それ以外の人は全員「できるわけないじゃん」とか「オリンピックなんか別にやんなくていいよ」とか「とっとと中止しろ」とか完全に切り捨ててた。

「すっごく楽しみにしてたから残念だけど、コロナも収まらないし中止したほうがいいですよね……」みたいなニュアンスの人さえいなかった。

池江璃花子カムバックに猛烈な感動して「なんとしても東京五輪やるしかない!!!!!みんな力わ合わせれば開催できる!!!(`・∀・)ノイェ-イ!」みたいな人Twitterにめちゃくちゃいたけど、ああいう人ってリアルでどこにいるんだ?

いつも都心エリア城西エリア城南エリアも走り回って色んな人を乗せまくってる自分観測範囲ですら全然いなかったか不思議で仕方ない。

雑誌映画秘宝』の記憶(42)

旧体制映画秘宝』と「女性(を含めた他者)との関係構築」の話】

 枕から始めますが、世の中には「勝ち負け」を付けたがり、その基準として「異性との性交渉経験(の有無)」や「性交渉を持った異性の人数(の多寡)」を持ち出したがるタイプ男性存在します。

 一つの例を挙げます

 某男性お笑い芸人は、過去に「オレのことを批判したり嫌ったりしている人間よりも、オレの方がいっぱい女たちを抱いとるねん!」という主旨のことを著書に書いていました。つまり、これを言うことによって「オレよりも異性との性交渉経験人数が少ない奴には、オレを批判する資格が無い!」と彼は言いたかったわけです。他にも似たような物言いで「オレを批判する人間は、オレよりも金稼いどるんか?」等も有りましたね。そのように言いながらも、彼とは段違いと言っても過言ではない『才能が有って、しか興行収入の実績も有る映画監督』のことを「この監督は『映画の基本』が分かってませんねえ」と批判していたのだから面白いものです。5本目の映画は撮らないのでしょうか?

 ところで、その某お笑い芸人は、自身が司会を務めていた音楽番組の場で、番組ゲストミュージシャンたちから以下のような暴露トークをされて、全国放送電波で流されました。

 曰く「後輩芸人たちがセッティングした合コンの場で、その某お笑い芸人が『お持ち帰り』の対象として狙いを定めた合コン参加者女性を、後輩芸人たちが複数人で囲んで『✕✕さんに抱かれたいと思ってんのやろ?!』『✕✕さんに抱かれたいて言え!』と囃し立てる」(※飲食店で、その某お笑い芸人合コン現場を目撃したと云う、番組ゲスト男性ミュージシャン)

 曰く「劇場出待ちをする女性ファンたちの間では『中学生ぐらいがストライクゾーン』と云う噂が共有されていたから、自分(=音楽番組ゲスト女性ミュージシャン)も中学生の頃に、その某お笑い芸人からナンパされるのを狙って劇場出待ちに行った」(※番組ゲスト女性ミュージシャン)

 そういえば、その某お笑い芸人番組に度々ゲスト出演していた梅宮辰夫が、若い頃の話として「狙っている女性がいた時は、自分の所有するプレジャーボートに乗るように誘い、逃げられない沖合の海に連れ出してから行為に及んだ」と語っていましたね。梅宮辰夫は「面白おかしい話」として語っていたようですが、私は「身の毛もよだつ、おぞましい話」と思いました。

 こういう「異性との性交渉経験(の有無)」や「性交渉の人数(の多寡)」を矢鱈と持ち出したり、面白おかしく語りたがり、自慢したがる人間には、警戒した方が良いと思います。それは兎も角。

 この手の男性は「『経験人数』や『経験場所』や『風俗店遊んだ話』などを自慢したがる一方で『紳士的な方法で異性と距離を縮めていった過程』を話さない/話せない」と云う特徴があります

 彼らが何故それを話さない/話せないのかを考えるに、彼らが「女性と『対等な関係』の下で『一対一で向き合う』ことを怖れている/避けている」もしくは「女性と対等な関係になることは『男としての恥/屈辱である」と云う考えの持ち主であることが理由ではなかろうかと、私は推測しています。おそらく「上下関係」や「力関係」が介在しない場では、彼らは自力女性口説くことも満足にできないのではないでしょうか?相手が「弁えない女性」の場合には特に

 さて、長い枕から本題に移ります

 はてな匿名ダイアリー引用するために『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』その他を読み返し始めたところ、町山智浩らが話す「女性に関する話題」に関する『或ること』に改めて気づきました。

 曰く「ラムちゃんみたいに、奥さんの方から転がり込んで来た」

 曰く「高橋ヨシキが『自分女性パートナーの胸を揉んでいい』と言うから、揉ませてもらってキスもした」 

 曰く「女性から聞かされた話を(聞かされたことも忘れて)、その女性当人に対して上から目線で教えようとした」

 曰く「どこそこの風俗店が云々」

 曰く「誰それのオコボレを目当てに、後から着いて行って云々」etc.

 このように、町山智浩らの周囲から出る「女性に関する話題」には「『対等な関係』として『一対一』で女性と向き合った話」が乏しいことに気づきます。聞かれてもいないのに、わざわざ自分の方から女性に関する話題」を持ち出しているのにも関わらず、明らかに乏しいのです。「奥さんが転がり込んで来た」という話も、要するに「棚ボタ」なのであって、決して「自ら主体的能動的に動いた話」ではないことにも注目して下さい。

 おそらく、町山智浩自身にも「自分たちは『きちんと一対一で対等に女性と向き合った』と云う経験に乏しい」という自覚と、それに伴う「劣等感」が有るのではないでしょうか。そのことが、目下の者や読者に対して頻りに「オレたち『大人の男』ってのはさあ」という『説教』をかまそうとする町山智浩らの動機になったように思えます

 しかし、いくら説教をかまそうとしたところで「経験していないこと」や「体現できていないこと」を語るのは土台不可能なわけですから、いずれどこかで無理が生じます

 一時期の町山智浩は、頻りに「恋愛論」を語っていました。あれだけ『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』等で自ら何度も「若い頃はモテなかった!モテなかった!」と書いていたのに「今さら正気か?」と私は感じたものです。それでも町山智浩は、自分に都合が良いように捏造/美化した記憶を語って流布させることで「過去を上書き改変すること」が出来ると考えていたのでしょう。

 しかし、某地方映画関係者などから情報漏れ出した途端、町山智浩は「恋愛論」を語るのを止めたようです。おそらく、自分実像を知る人間から情報暴露をされたら、薄っぺらい「恋愛論」による目眩ましなど一溜まりもないことを理解たからだと考えられます

 例の騒動の時には「女性から教えてもらったことを、その女性に教えようとする『マンスプレイニング』の気質の持ち主である」ことをも示唆されていましたが、このマンスプレイニング気質も、根本に「女性(を含めた他者)との『対等な関係』に堪えられない」という気持ちが有ることの顕れだと思います

 この「女性(を含めた他者)との『対等な関係』を構築することができないのではないか?」という疑いは、高橋ヨシキてらさわホークについても同様に向けることができます

 現在高橋ヨシキてらさわホークは、自分たちよりも年齢の若い女性アメコミ翻訳家ヒップホップミュージシャン等とばかりつるんで配信に勤しんだり、あるいは、自分たちよりも知識が乏しい人間が集う『共感シアター』など「上から安心してマンスプレイニングすることができる場」に閉じ籠もってばかりいますが、これは何故でしょうか?

 私はこれも、結局は彼らが「女性(を含めた他者)との『対等な関係』に堪えられない」ことの顕れだと推測しています

 対等な関係に堪えられないから、自分理解できないコンテンツ/ジャンル自分女性パートナーが楽しむ姿に我慢ならず、その価値観否定したり、馬鹿呼ばわりしたりするのです。

 そんな高橋ヨシキ著作悪魔が憐れむ歌――暗黒映画入門』が、ちくま文庫から目出度く再刊されました。同書に田野辺尚人が寄せた解説を読むと、高橋ヨシキは「魂の自由を重んじている人間」とのことです。

 そんな「魂の自由を重んじている」人間が、自分女性パートナーの肉体を町山智浩に献上したところを見ると、高橋ヨシキは「女性には魂が無い。したがって、女性の魂には自由が無い」と考えていると見ても、さほど間違いではなさそうです。

 よかったら皆さんも一度、高橋ヨシキの本を読んでみて下さい。

 長くなったので、とりあえず今回はここまでにします。

 ヘイル・サタン

2021-04-01

anond:20210401134842

地元中小零細とか個人商店両替掛け合ってみるのはどう?

私は零細の経理だけど、増田が小銭大杉で困ってるのと同じで

小銭不足で困ってる会社があるよ。実際弊社がそうだし取引先にもチラホラ。

銀行信金農協etc.特に今年に入って両替手数料や入金手数料の基準上げた所が多いからね…。

うちの取引銀行はみんな11枚以上有料になってしまって増田とは逆に小銭が不足がちだから

絶対現金計算ミスしない条件で遂にポケットマネーとの両替許可も降りたよ…

集金で訪問先回るお仕事の人とかはお釣り不足で困ってる人が多いし

声掛けてみたらワンチャンあるかもよ。大手だと難しいかもしれないけど。

2021-03-29

雑誌映画秘宝』の記憶(32)

 高橋ヨシキの元・妻の一人とされる女性SNS上で「離婚してよかった」と明言していること、そして現在彼女は、諸々のアニメ作品の視聴を「心置き無く」楽しんでいることを知りました。

 件の女性が―――別に私の知り合いでも何でもない赤の他人ですが―――、誰に気兼ねすることも無く趣味コンテンツを楽しめるようになったことは、とても良いことだと思います

 例えば貴方が、小説なり漫画なり映画なり音楽なり、何らかの創作物コンテンツを鑑賞して楽しんでいるとします。そんな時に、もしも貴方パートナーが横からアニメなんてものには何の価値も無い。そんなもの好きな人間は馬鹿だ」「女は馬鹿だ。アニメ好きの男はもっと馬鹿だ」「女には『ユー・ガッタ・メール』でも見せておけばよい」などと偉そうに口出しして、価値観を全否定する説教―――所謂マンスプレイニング―――をかまして来たとしたら、貴方ならばどう思いますか?

 パートナー趣味に対して余計な口出しや説教をしたり、ましてや価値観を頭ごなしに否定したりする人は、何故そんなことをしても自分は許されるのだと勘違いするのでしょうか?

 もしも「切り株映画なんて何の価値も無い。そんなものを楽しむ人間馬鹿だ」と他の誰かに言われたら、自分ならばどう思うのかと、想像力を働かせたりはしないのでしょうか?根本的に、高橋ヨシキは「女性に対して甘えている」のではないかと、私には思えます。そう考えれば、高橋ヨシキ森喜朗によく似ているとも思います

 最近明かされたロマン優光氏による証言によれば、ロマン氏の友人に対しても高橋ヨシキは「威圧的/パワハラ的な言動」を取っていたとのことです。おそらく、この情報氷山の一角に過ぎないでしょう。まだまだ今後も、高橋ヨシキに関する同種の話が出てくる可能性があります

 これまでに出た話で、高橋ヨシキ強気の態度に出た相手は、いずれも「(高橋ヨシキの目から見て)強そうな人間『ではない』」と云うことを記憶しておいて下さい。今後出てくるであろう話の被害者も、きっとおそらく「強そうではない人間」であろうと予想されるからです。

 そもそも映画秘宝』周辺から漏れ聞こえる高橋ヨシキに関する話は―――高橋に対して好意的/肯定的な話ですらも―――、町山智浩柳下毅一郎などの上の人間から「ヨシキくん」と呼ばれているか下の人から「ヨシキさん」と呼ばれているか、つまり上下関係」が前提となっているものばかりです。対等な人間関係の話題は、ほとんど見られないのです。

 私は、これらの高橋ヨシキに関する情報に接するうちに、はてなブックマークで時々話題に上る「『自分弱者男性だ!』と声高に主張し、己の鬱憤の捌け口として『女性/性的マイノリティ/異文化に属する人間etc.』を標的に選んだ上で、攻撃的な問題行動を取る一部の男性」の存在を思い浮かべるようになりました。

 そして、次のような「仮説」を考えました。

 【仮説ここから

 ひょっとしたら高橋ヨシキ自身が、親兄弟教師、先輩、学友など『高橋自身は逆らえない人間から、同じような仕打ちを受けた屈辱的な経験―――自分趣味嘲笑され、価値観を否定された経験―――を持つのではないか

 高橋ヨシキは、実際に自分に酷い仕打ちをした人間たちに対しては、復讐をすることが叶わなかったのではないか

 その「晴らせなかった屈辱」に対する代償行為として、自分よりも非力な―――と高橋ヨシキが見なした―――女性パートナーに対して、彼女趣味嘲笑ったり否定すると云う行為に及んだのではないか

 町山智浩の寵愛も得て『映画秘宝』の内部に「切り株作品の愛好者」の派閥形成することも出来たので、自分たちに歯向かって来ることが無さそうな―――Jocksとは正反対と思える―――アニメオタクを攻撃の標的に選ぶことで高橋ヨシキも「攻撃する側の人間」に成ることが可能となり、それによって若き日の「晴らせなかった屈辱」に対する代償行為としていたのではないか

 【仮説ここまで】

 まあ、単なる仮説に過ぎません。しかし、古株の『映画秘宝』読者ならば、この私の仮説を聞いても「突拍子も無い想像」とも感じないのではないでしょうか?

 マイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』で取り上げられたコロンバイン高校銃乱射事件話題や、アメリカ映画の中で度々描き出される「スクールカースト」の話題に触れる度に、高橋ヨシキらが中核メンバーであった旧体制映画秘宝』が繰り返し「Jocksどもに対する怨念憎悪」を剥き出しにしていたことは、古株の読者にとっては周知の事実です。コロンバイン高校銃乱射事件現場に行った彼らが、笑顔記念写真を撮ったと云う話もありますね。

 さて、その上で質問しますが、そんな彼らが「現実に彼らを苦しめたり嫌な思いをさせたであろう、当のJocksなど『強者男性』に対して、果敢にリベンジを挑んだ」と云う話を聞いたことがある人はいますか?そんな人いないでしょう。

 既に我々は知っています旧体制映画秘宝』の中核メンバーは「彼らの目から見て『弱そう/反撃をしてこなさそう』に見える相手だけを選んで、ヤンチャに振る舞って見せる」と云う事実を。おそらく、高橋ヨシキからパワハラ被害を受けたとされるロマン優光氏の友人も、高橋の目から見て弱そうに見えたであろうことは、我々にも容易に想像ができます

 先に私は「『弱者男性』を自称して、女性/性的マイノリティetc.を標的に選んだ上で、攻撃的な態度を取る一部の男性」について触れました。彼らもまた「現実体育会系/ウェーイ系強者男性」に対しては、攻撃的な態度を取ることはしない/できない傾向にあります。それと同じことです。

 要するに、旧体制映画秘宝』は、本物のJocksなどの『強者男性』に対しては復讐を挑む勇気を持てないので、その鬱憤アニメオタク叩きに勤しむことで紛らわしていた、只それだけに過ぎないのです。

 町山智浩の機嫌を取るために女性パートナーの肉体を献上するような人間が、本物のJocksに対してリベンジマッチを仕掛けるような気概を持ち合わせている訳がありませんので、皆さんも納得されることでしょう。

 冒頭で触れた、高橋ヨシキの元・妻の一人とされる女性が、屈託なくアニメ作品を楽しんでいることには既に触れました。そのことを知った時の私は―――事実関係に関しては知る由も有りませんが―――「何だか精神DVから解放された人を見ているようだ」と思ってしまいました。

 しかし、この女性は次のようにも述べています

 「映画が好き『でした』」と。過去形で。

 いったい何が、彼女映画に対する感情を「過去形」に変えてしまったのでしょうか?

 恫喝DM事件が発覚する直前まで、旧体制映画秘宝』は誌面で「『劇場版鬼滅の刃』は絶対に観ない!」とアピールをしていました。しかし、件の女性が楽しんでいるアニメコンテンツに『鬼滅の刃』が含まれていると知ってしまった後では、この「観ない!」アピールも、既に袂を分かって別の―人生を歩んでいる元パートナーに対して「幼稚な嫌がらせ」をしているように思えます

 もしもそうだとしたら、この女性はまだ「解放」されていないのかもしれない。そして、解放されていないからこそ、解放されるために「映画が好き『でした』」と過去形で記したのかもしれません。

雑誌映画秘宝』の記憶(31)【※FAQ

【Q_01】

 この増田は何がしたいのか?

【A_01】

 旧体制映画秘宝』の中核メンバーであった町山智浩高橋ヨシキら、それに加えて、彼らの影響を強く受けていると推察される秋山直斗(またはナオト、元『映画秘宝編集部員)が流布した、町山らにとって都合が良い「美化された旧体制映画秘宝』像」の誤りを指摘することを主な目的とする。

 すなわち端的に言えば、恫喝DM事件が発覚した直後に当時の編集部員の一人であった秋山直斗(ナオト)が発信した「『映画秘宝』は社会不正義や不公正と戦う雑誌」という自画像は、全くの『虚偽』であるということを示すためである

【Q_02】

 増田が二十年近く前の書籍から町山智浩らの昔の言動」を持ち出して、現在価値観批判するのはアンフェアではないか

【A_02】

(1) 最初に「記憶」を元にして投稿を開始したことから「出典や実際の文章を示せ」という批判を一部のブックマーカーから頂戴した。これには一理あると考えたこから現物が手元にあるのを発見した『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判1・2』から引用に着手した。

(2) 関東大震災当時の在日朝鮮人虐殺戦前日本によるアジア地域への侵出・支配従軍慰安婦問題戦時暴力犯罪など、あるいは日本以外の国や民族、はたまた国家以外の人間集団も含めて「昔の人間」が犯した『過ち』が批判される際に、それへの反論として「当時の価値観事情があるのだから現代人の感覚批判したり裁いたりするべきではない」という主張が為されることがある。しかし、少なくとも私個人は、この『反論』には与しない。

(3) 従って、同様の論理を援用した「増田引用する町山智浩らの言動は『過去』のことだから現在価値観批判するのはおかしい」と云う擁護にも、私は与しない。

(4) これまでに町山智浩自身日本米国欧州等々の国々・人々が「過去に行った行為特に『過ち』とされるもの」を、言論人として批判してきた。そうである以上、町山らもまた言論であることのケジメとして、過去自分たち言動に関する批判俎上からは逃れさせるべきではないと、私は考える。

(5) 二十世紀前半という昔の話ですら―――いや、それよりも更に昔の話ですら―――、批判反省必要であるならば、それを我々は躊躇うべきではない。そうであるならば、高々「約二十年前」という『ごく最近』の話を「昔の話」として、簡単に片付けるべきではないと私は考える。

(6) 事の軽重は異なるが、ハーヴェイ・ワインスタインの起こした一連の事件が明るみに出た時には「『昔』のことだから現在価値観批判したり裁いたりするべきではない」と町山智浩らも言わなかったはずである

(7) もしも現在町山智浩らが「現在自分たちは、人権尊重し、女性/同性愛者/異なる文化に属する人間等に対する差別には断固反対する」「現在自分たちは、性的強要搾取セクハラパワハライジメに対して反対するし、それらの行為を行わないし、看過もしない」と主張し、かつ、その主張が虚偽ではないとするならば、町山智浩らは言論人として、下に示すような数々の疑問に対しても明確な返答を示すべき『義務』が有るものと私は考える。すなわち:

―――まず、旧体制映画秘宝』内部で、女性蔑視や同性愛差別の風潮が蔓延っていたことを認めるか?

―――その旧体制映画秘宝』における女性蔑視や同性愛差別の風潮に関して、自分たちには責任が有ると思うか?無いと思うか?

―――自分たちのことを、女性同性愛者への差別意識を持つ人間だ(った)と思うか?

―――自分たちの考えを「反省」するなり「改める」なりしたのか?そうだとすれば、それは、いつ頃、どのようにして為されたのか?

―――少なくとも、『サウスパーク』のトレイパーカーとマット・ストーンが手掛けた映画チーム・アメリカ』が公開された当時は、高橋ヨシキらは「現在(=公開当時)のアメリカに広がる『ポリコレ的な趨勢』に対して『クソくらえ!』という姿勢を見せている」として「肯定的」に評価して「反・ポリコレ姿勢」をこそ称賛していたはずである。この過去は、無かったことにしているのか?覚えていないだけなのか?

―――仮に、考えを既に改めたものとして、現在自分たちの目から見て、過去自分たち言動をどのように評価するのか?

―――差別表現に満ち溢れた『サウスパーク』や『チーム・アメリカ』等の「過去自分たち肯定的評価していた作品群」に対して、現在町山智浩らによる評価はどうなっているのか?

―――過去自分たち暴言を吐いたり、差別したりした相手に対して、謝罪するつもりは有るのか?

―――死んで欲しい奴ベストテン等の誌上で実施した煽動企画によって「作品の結末や出来ばえに不満を抱いた観客が、監督脚本家役者等に対して『度を越した激しい怒りや憎悪』をぶつけるという、世間の悪しき風潮」を作ることに、自分たちも加担した責任が有ると思うか?無いと思うか?

―――過去の誌面において、非・都市部居住者、非・富裕層高等教育の機会に恵まれなかった人間等に対して行ってきた、自分たち差別的な言動(例:○○県では残酷殺人事件が起きているから○○県民野蛮人!と言い立てる。切り株映画ファンは悪いことをしないが、アニメオタク犯罪者予備軍である!だからお上通報しよう!etc.)を、現在自分たちの目から見てどう思うか?

―――高橋ヨシキ女性パートナーの肉体を町山智浩に献上した事件を、町山智浩高橋ヨシキ自身、あるいは柳下毅一郎てらさわホークら周囲の人間は、どのように評価しているのか?これは、謝罪批判が求められるような「悪いこと」だと考えているのか?それとも、謝罪も弁明も必要の無いような「取るに足りないこと」だと考えているのか?

―――自分たち過去の「女性蔑視的な言動」は、前『映画秘宝編集長岩田和明が恫喝DM事件を起こすのにも影響を与えたと思うか?

―――新体制映画秘宝から町山智浩らが排除された後でも、恫喝DM事件被害者へのバッシングが相変わらず続いている。2021/03/28に、はてな匿名ダイアリーにも「被害者を殴りたい」と書いた投稿が為されていた。恫喝DM事件の発覚直後に発信していた「被害者へのバッシングを止めろ」という注意は、今でも継続して行われるべきなのに、今は何故それをしないのか?本当は心の中で「被害者が悪い」と考えているからではないのか?町山智浩高橋ヨシキの「被害者に寄り添う姿勢」や「再発防止の姿勢」は、見かけだけのポーズに過ぎないのではないのか?

etc.

【Q_03】

 ファビュラス・バーカー・ボーイズは「お笑い芸人」のようなもので、元々「暴言を吐くこと」を目的としているユニットでは?

【A_03】

 これはお笑い芸人がよく用いる典型的な「言い訳」と同じである他人に対して暴言を吐いたお笑い芸人が「いや、自分たちお笑い芸人から」と言う、あの言い訳のことである

 しかし、この「言い訳」は実のところ、全く論理的な回答になってはいない。

 お前たちがお笑い芸人から?『だから』何だ?

 「お前たちがお笑い芸人であること」は、お笑い芸人ではない私(たち)にとって「暴言を吐かれても無条件にそれを受け入れねばならない義務」が生じる理由になり得るのか?例えば、お笑い芸人と、それ以外の人間との間には、何らかの「お笑い芸人自由暴言を吐く権利保証する契約」が締結されているのか?

 お笑い芸人が、自分自身の頭髪の薄さや太り具合など、私生活での不幸などを、自分自身自由意志に基づいて、漫才コントの中でネタとして利用するならば、彼らが「自分たちお笑い芸人から」と言うことにも意味は有るであろう。しかし、お笑い芸人が「自分たち以外の『他人』の性質や不幸をネタにすることを許される」と云うような特別な「権限」を付与されたと云う事実存在しない。

 『他人』に対して暴言を吐いて批判された際に「自分たちお笑い芸人から」という言い訳をするのは、喩えて言うならば『他人』の敷地にある畑から野菜を盗もうとして見つかった人間が「自分は『八百屋』だから」と言い訳するようなものである。「八百屋」だからといって『他人』の畑から野菜を盗む権限が無いのと同様に、「お笑い芸人」だからといって『他人』の尊厳侵害する権限は無い。

【Q_4】

 昔は、お笑い芸人などが暴言を吐いても許されていたのに。

【A_04】

 上記のA_03で述べたとおり「許されていた」と云う事実は無い。

 お笑い芸人暴言も同じであるが、昔でもそれを批判する人間存在した。しかし昔は、情報の発信と流通手段マスメディアがほぼ独占していたこと、マスメディアにとってお笑い芸人コンテンツとして利益を生んでいたこから批判する声をマスメディア黙殺していたのに過ぎない。

【Q_05】

 恫喝DM事件被害者にも問題が有る/有ったのでは?

【Q_05】

 被害者問題が有る/有ったとは私は思わない。

 恫喝DM攻撃したこと正当化したり、あるいは同情したりできる要素は一切無いと、私は考える。

 そのような物言い二次加害である

 このような「意見」がいまだに出ること、そして町山智浩高橋ヨシキがそれを止めようともしないことは、実は町山智浩高橋ヨシキが同じように考えていて、世論がその意見同調するのを願っているからではないかと私は推測している。

とりあえず以上です。

2021-03-28

anond:20210328201641

アダルトチルドレンにも色々いるからな

抑圧されて自分が無くなったやつ、反発して自己主張強い暴れるようになったやつ、人格分裂して普段は無なのに刺激与えると急に怒鳴りだすやつetc...

増田はいい親に育てられたんだろうか

こんなに人格のいい人間がこの世に存在するのか…と中学クラスメイトに感動して仲良くなり家に呼ばれたら親も人格者で怒鳴り殴り罵倒してくるうちの親は一体何なのだろうと悲しくなった経験はあるか?

anond:20210327235029

日本より後進的な地域の連中のほうが英語はほぼ堪能だが、日本より誇れる文化は全くない。

  って言うけど、北西ヨーロッパ先進国ドイツオランダスウェーデンetc.)の大卒の連中はだいたい英語できるぞ。最近フランス人マジで英語できるのが普通だし、南欧イタリアスペイン若い世代結構できるぞ。もう今やこれが先進国世界標準になってる。

後進国の方ばっかり見て安心してちゃマズイだろ。下ばかり見て自己正当化しだしたら没落の始まり

anond:20210327205750

ベルリンフィル12人のチェリストたち」

... クラシック音楽世界でも12という数はよく出てくるなあ。作曲家ソナタ集を出す時に12曲まとめて「12ソナタ集」にすることが多い。(バッハヘンデルコレッリスカルラッティテレマンetc.

2021-03-24

anond:20210323180121

搾乳機はパックに直接母乳を詰められるやつがあって、そのまま冷凍庫に入れられる。解凍後は速やかに飲ませれば良し。

妻側は乳が張るから夜も起きて搾乳する必要はあるが、授乳オムツ替え・寝かしつけを夫に託せるだけでも負担は軽くなる。粉ミルクに関しても同様。

まあ別に妻が育児・夫が仕事と分業するのも夫婦合意さえあれば良いが、それでも妻が不調の時に夫が授乳できないと、赤子が飢えてしまう。

我が子のために夫側も育児に介入できるようにしたい。実家義実家etc.とて、同居でもない限り24時間いつでもすぐサポートできる訳ではない。

2021-03-23

プロフェッショナル庵野特集はリトマス紙だった

プロフェッショナル庵野特集の反応によって、その人の仕事観のリトマス試験紙になるなと思った。

 

共感庵野すごい!     1割

共感庵野クリエイターもすごい!でも自分にはできない 3割

共感違和感が半々。庵野すごいけどスタッフ可哀相 5割

④全く共感できない。支持しない 1割

 

ざざーっと、Twitter自分フォロワーやまとめなど見ての印象だけれど、分布としてはこんな感じかな。

フォロワーの偏りで割合の誤差あるかもしれん。

 

①は、もう完全にブラック思考ブラックに飼いならされてる奴か、ブラックとして使い潰してる側の人間

大抵そういう場合庵野自分を同一視して、自己肯定してる。使い潰す側なら庵野と、使い潰される側ならスタッフと。

でも、庵野は作るものが凄すぎるしその分の待遇スタッフに与えているから辛うじてバランス取ってるけど、普通のあなたがやったら(やられたら)ただの搾取からね、ってやつ。

 

②はクリエイティブ系とか企画系の職種に多かったかな。あとはフリーランス

まあ、庵野気持ちはわかるんだけど自分にはその気力や実力がないや、っていう諦観や、自分仕事自分の金で作ってないから同じことできない立場の人。

でも出来るんなら庵野側の立場になってちょっとやってみたいっていう気持ちもある

  

③はまっとうな社会人一般企業に勤めて、正社員経験しかない)

なかなか決まらない仕様提案しても方向性すら示してくれない上司、一度決まってかなり動いていたものがひっくり返るetc...

自分職場ではそんな事件起きてほしくないけど、でも、エヴァ面白いし、あの現場ドキュメンタリーとして見る分には面白いと思える。

 

④はブラック経験者だな。日常庵野現場のような、そんな奴ら

 

 

①と②は、上に立って条件が揃えば下を潰す可能性あるんじゃないかな。

 

 

あなた番組を見た感想はどれでしたか

2021-03-18

雑誌映画秘宝』の記憶(13)

前々回の投稿(11)で言及した『映画秘宝』内部で起きていた「業務の『私物化』」について、引き続き今回も述べようと思います

ムック形式が好評だったこともあり、90年代の終わりに雑誌化・大型化を見事に果たした『映画秘宝』は、傍目には順風満帆に見えました。しかし、初期の同誌を読んでいた方々ならばご存知のとおり、若者購読者を想定した誌面作りとはお世辞にも言えませんでした。初期の『映画秘宝』がそのターゲットにしていた購読者とは「子供時代70年代映画館テレビで観た映画についての記憶を、編集者ライター陣と共有する大人」だった訳ですが、当時そんな条件を満たしていた人たちは、私も含めて既に「立派なオジサン・オバサン、若しくはその仲間入りも間近な人たち」でした。そのままで購読者高齢化によって、ジリ貧に追い込まれるであろうことは明らかでした。

したがって、雑誌映画秘宝』が将来的にもビジネス継続して生き延びるためには、長期的な戦略として「より広範で多様な読者層を開拓すること。それも、特に若者層』と『女性層』を購読者として積極的に取り込むこと」を選択するべきでした。しかし、こんな事を今さら書いても、後の祭りです。

承知のとおり、それとは正反対戦略を『映画秘宝』は選択しました。いや、何らかの戦略選択したと言うよりも、むしろ「長期的な戦略など、当時の『映画秘宝編集者ライター陣は露ほども真剣に考えてはいなかった」と言う方が正確かもしれません。

覚えている方もいるかもしれませんが、高橋ヨシキが『映画秘宝』の表紙デザインとして、邦画から引用した「裸の女性が荒縄で緊縛されて馬に跨がる残酷エロ画像」をコラージュして仕上げたことがありました。この表紙について、町山智浩は「この表紙じゃあ女性が手に取り辛い(=買い辛い)」とボヤいていました(※注)。雑誌の「顔」である表紙がこんな状態だったぐらいですから高橋ヨシキの頭に「女性購読者を獲得すること」など微塵も無かったことは明らかです。

既に述べたとおり『映画秘宝』は「女子供から映画を取り戻せ!」をスローガンにしていた訳ですから、むしろいか女性が手に取り辛い(=買い辛い)デザインにするか」について考えた上で、高橋ヨシキ意図的かつ積極的に「女性が嫌がりそうなデザイン」に仕上げたのだと考えるのが妥当です。きっと、このような表紙を作っていた時の高橋ヨシキは「オレたち男だけの輪を乱すような奴(=女性)は、お呼びでないから帰った!帰った!」「この表紙デザインを見たら、きっと町山さんも喜ぶだろうなあ!」と云う気持ちを込めていたことでしょう。(※注:ところで、町山智浩も本気でボヤいていたのではないのだろうと私は思いますが、そう思う理由については別のところで述べます。)

近年は真魚八重子などの女性執筆者が『映画秘宝』に登場する機会が増えてはいましたが、それで町山智浩高橋ヨシキの芸風が改まったようにはとても見えず、むしろ却って「これでもオーケーなんだ!こんな芸風でも女は許容してくれるんだ!」と彼らの勘違い助長したと云う可能性すら有ると私には思えます。仮にそうだったとしたら、真魚八重子の頑張りが報われていなかったことになって、非常に気の毒な話ですが。

また、これも既に過去投稿でも述べたことですが、比較的早い段階から映画秘宝』は、ごく少数の寄稿者(例:山本弘)を除けば「アニメファン蔑視・敵視・嘲笑する」と云う態度を明確に打ち出していました。この「アニメ叩き」の姿勢は同誌において長く一貫していたと言ってもよく、恫喝DM事件が発覚する直前にも「『鬼滅の刃』は絶対に観ない!」と、訊かれもしないのに自分たちの方からアピールに励んでいました。

もちろん、思想信条自由に照らして考えれば、編集者ライター個々人が「何か」を嫌うこと自体は許されるべきです。だから対象が「萌えアニメファン」だろうと「女性」だろうと何であろうと、高橋ヨシキらが個人的に何かを嫌うことは自由範疇あると言えるでしょう。極端な話、内心だけに留めて現実世界で実行に移しさえしないのであれば、性的マイノリティ/人種民族etc.に対するネガティブ気持ちを持っていても許されるでしょう。

しかし、その上で問いますが、当時の編集者ライター陣がわざわざ誌面を使ってまで「女嫌い」や「萌えアニメ嫌い」を盛んにアピールしたり、ゲイを繰り返し「ホモ」呼ばわりして嘲笑し続けて、雑誌映画秘宝』を売ると云うビジネス全体にとって、何か良い成果を招いたでしょうか?結果的には、女性萌えアニメファン性的マイノリティはもちろんのこと、それらに該当しない人たちにすらも「何だか映画秘宝』は排他的雰囲気があって嫌だなあ。近づくのは止めておこうか」と思われ、遠ざけられただけに終わったように私には見えます

そうして「未来購読者」に成っていたかもしれない人たちも見す見す逃してしまって、長期的に見れば大きな損をしたのではないですか?もしも、編集者ライター陣の個人的な好みに拘ったことによって、ビジネス未来が失われたのだとしたならば、それについての責任を彼らはどう取るつもりなのでしょうか?

当時の『映画秘宝』の萌えアニメ叩きムーブに関しては、こんな出来事もありました。ある時、俳優加藤雅也に対するインタビューを行った際、わざわざ「最近若い奴らは、萌えアニメなんかにウツツを抜かしているんですよ!」と御注進に及んだのです。もちろん、そのインタビュー記事の中では、それに対する加藤雅也の「『萌え』ねえ…」というリアクション言葉を「例の見慣れた太いゴシック文字」で強調することも忘れませんでした。つまり当時の『映画秘宝』は「あの加藤雅也サンも、萌えアニメなんか好きな奴のことは見下して馬鹿にしているんだゾ!読者の皆も後に続け!」と、虎の威を借る狐のスタイル萌えアニメファン嘲笑することに勤しんでいたのでした。それにしても、何の脈絡も無く突然「萌えアニメが云々」とか言い出したので、インタビューを受けていた加藤雅也も反応に困ったのではないでしょうか。加藤雅也についての面白い/興味深い話を読みたい読者の立場からすれば「何でインタビュアーがいきなり『オレは萌えアニメが嫌いだ!』と自己主張を始めるんだよ。お前は主役じゃねえだろ。お前の自己満足にスペースを割くぐらいなら、もっと加藤雅也言葉を載せろよ」と云う感想を抱くしかありませんでした。きっと、このインタビュアー脳裏には、読者の存在及び読者のニーズなどは思い浮かびもしなかったことでしょう。

上で述べたような行動に熱中していた『映画秘宝編集者ライターたちは、ただ単純に「『自分たち欲求』が充たされて気持ちが良かった」のだろうと思います。もちろん自分欲求を充たしたいと思うことは人間として当然ですし、仕事を通じて欲求を充たすことが出来れば、こんなに幸せなこともないでしょう。しかし、それをするならば良識と限度が必要不可欠です。わざわざ無駄に敵を増やし、未来購読者を失ってまで「自分たち欲求を充たすこと」を優先したことは、仕事(ビジネス)として必要なこと、正しいことですか?

ひょっとしたら「眼の前の『利益』を捨ててまで『信念』(=嫌いな奴らを大っぴらに嘲笑すること)を貫くことが出来るから、オレたち(=『映画秘宝』)はスゴいんだ!」と、『映画秘宝切り株派は自分達に酔っていたのかも知れません。しかし、それは別にスゴいことではありません。

洋泉社としては、雑誌映画秘宝』の刊行を「遊び」や「無償ボランティア」として、ではなく「まっとうなビジネス業務」として行っていた訳です。それには先ず雑誌が売れること、それも短期的にだけではなく長期的に売れることが先決であり、その為には更に、購読者を増やすことが何よりも重要でした。したがって、これらの重要事項こそが『映画秘宝製作チームに対して洋泉社が何よりも先に求めたことだったはずです。「何よりも先に」です。

それなのに、購読者を増やさず、と言うよりも増やす為の努力を端から放棄して、逆に無駄に敵を増やすことにだけはキッチリ勤しんでいた訳ですから洋泉社にとって『映画秘宝』の編集者ライター陣は、さぞかし頭痛の種というか獅子身中の虫というか、実に困った存在だったと推察されます

こういった「まっとうなビジネスであれば求められて当然の事柄」には応えようとせず、何よりも先ず「自分たち欲求を充たすこと」を優先して仕事に臨む、これこそが私の言う「業務の『私物化』」なのです。

この文章を読んでいる方は、試しに想像してみて下さい。もしも貴方が何処かの会社などに勤務していて、社員一丸で協力して赤字解消や顧客開拓などに努めねばならない時に、赤字を垂れ流したり顧客どころか敵を増やす行動にばかり勤しむ同僚が社内にいたとしたら、しかも、それに勤しむ理由が「自分気持ちいから」とか「これをやると○○センパイが喜ぶから」とかだったら「テメエの『趣味』の為に業務を『私物化』するんじゃねえよ!」と言いたくはなりませんか?単に「職業人」としてだけではなく「社会人」としても失格でしょう。

このように『映画秘宝』の行動は、とても「長期的な利益を考えている」とは思えないようなものばかりでした。岩田和明による恫喝DM事件を見れば分かりますが、ごく最近の『映画秘宝』内部でも「長期的な利益を考えず、自分気持ち良くなることを優先する」と云う風潮が継続していたことは明らかです。更に、岩田和明が退職するからと云う理由だけで、のんさんの連載を打ち切って雑誌の「売り」を無くすように仕向けたことも、これまた雑誌全体のことを考えない「自己中心的な行動」でしょう。

仕事に関して「長期的な利益」について考えると云うことは「自分よりも若い世代に残す未来」について考えること、つまり責任感の伴う態度」です。これに対して「業務の『私物化』」とは、仕事に臨むに当たって「今」の「自分」のことしか考えないこと、つまり無責任な態度」です。

映画秘宝』は、彼らが「精神年齢の幼稚な奴ら」と見なして嘲笑していたアニメオタクや「馬鹿宣伝に騙されて底抜け大作を観に行く奴ら」と侮蔑していた女性と、彼ら自身とを勝手に比べて「自分たち(=『映画秘宝』の編集者ライター)はアイツらと違って『大人の男』なんだ!」と周りに向けて盛んにアピールし続けてきました。しかし、果たして彼ら自身は本当に「大人」と呼ばれるに値する人間だったでしょうか?

雑誌未来」よりも「自分たち欲求」を優先し続けてきたことを、中心メンバーによる「業務の『私物化』」と呼ばずして何と呼べば良いのでしょうか?「身体大人頭脳はコドモの幼稚な遊び」でしょうか?

高橋ヨシキら「切り株派」が居なくなった2号目にあたる『映画秘宝』に、アニメ作品の特集記事掲載されることが予告されました。この「居なくなった途端に」と言っても良い動きを見るに、おそらく「切り株派」が彼らの一存で他の派閥編集者ライターに対して「『映画秘宝』でアニメ作品を扱うなよ!」と有形無形の圧力を掛けていたことは、想像に難くありません。そのような圧力存在したとしたら、一部の人間の一存で企業努力可能性を封じられていたことになるのですから、これもまた「業務の『私物化』」です。

「今」の「自分(たち)」のことしか考えない「無責任な体質」なのだから、年下の女性に対して恫喝DM攻撃を行ったり、自分たちよりも年下のフリー女性編集者に対してパワハラを行ったりするのも、何ら不思議ではありません。告発を受けるまで、何一つ疑問に思わなかったのは「本当」でしょう。何しろ彼らの頭に有るのは「自分(たち)のこと」だけなのですから

奈良さんがパワハラ告発した後に柳下毅一郎が出した、あの謝罪文としての体を成していない文を読んだ時も「ヨシキくんが報われて欲しい」とか、被害者を置き去りにしたことを書いていて「本当にどこまでも『自分(たち)のこと』だけに終始するんだな」と私は思いました。東大を出たぐらいだから間違いなく柳下毅一郎は頭が良いはずなのに、被害者を含めた「他者存在」に対して満足に想像力を働かせることも出来ず、謝罪文一つまともに書けないとは流石に想像できませんでした。子供か。

映画秘宝』の中心メンバーとも呼んでもいい人間たちが「業務の『私物化』」をし続けても恥じなかったのは、彼らの根底に有る「ボンクラと云う『甘え』」の精神だと私は思います

しかし、長くなったので、一先ず今回はここまでにします。

雑誌映画秘宝』の記憶(12)※臨時

秋山直斗(ナオト)氏は「信用」できるのか?】

2021/03/18になって、前『映画秘宝編集長岩田和明による恫喝DM事件に関連する動きが見られました。

元『映画秘宝編集部である秋山直斗(ナオト)氏が、〈『映画秘宝1月26日発表「ご説明文書投稿経緯について〉と第する文章note上に公開しました。(※注:秋山氏は2021/2/19付で委託業務を解除されており、現在のところ『映画秘宝』とも双葉社とも無関係であるとのことです。)

そこで今回は、予定を急遽変更して秋山直斗(ナオト)氏に対する疑問を投げかける形式と内容になっております。(※注:形式として秋山氏に問い掛ける形で記述していますが、御本人が御覧になるか否かは不明であり、別に御本人からの応答を本気で期待している訳でもありません。問い掛けは、あくまでも「形式」に過ぎません。)

以下の文章で「貴方」と表記しているのは「秋山直斗氏」を指すものと御理解下さい。

(1)疑問その1:そもそもnoteに公開した貴方供述は信用できるのですか?

根本的な疑問です。しかし、このような疑問を私が呈するのにも理由が有ります。ここで2021/1/26付の、貴方が御自身Twitterアカウントで呟いたツイートから引用します、

引用ここから

『秘宝』は映画を軸に、社会不正義・不公正と闘う雑誌だと思っています。つまり綺麗事こそ重要だという雑誌です。

引用ここまで=

古株の元『映画秘宝』読者の一人として言わせてもらいますが、私の記憶とは随分と異なりますね。

と言うのも、過去バックナンバーや『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』等の『映画秘宝』関連の単行本を一読すれば誰にでも直ぐに分かるとおり、雑誌映画秘宝』はこれまでに女性同性愛者、非・都市部居住者、非・富裕層高等教育の非・経験etc.に対して、頻繁に、且つ執拗差別発言を行い続けてきた雑誌です。

貴方記憶の中の『映画秘宝』は、非常に美化されていると私は思います

謂わば貴方は、ミステリ小説などに於ける「信頼できない語り手」のように私の目には見えます

まあ、記憶を出発点にして、はてな匿名ダイアリーへの投稿を始めた私も偉そうな事を言う資格は無いので、一つ貴方に私は助け舟を出します。

(2)疑問その2:貴方ツイートで賛美した『映画秘宝』は、いつ頃のものですか?

雑誌映画秘宝』の仕事を志望したぐらいですから貴方はそれなりに熱心な同誌の愛読者だったこととお見受けします。そこで質問したいのですが、貴方が語った、非常に美化された『映画秘宝』像の元になったのは、いつ頃の同誌を指すのですか?大まかにでも構わないので、いつ頃のものかを言えますか?

可能ならば、貴方が『映画秘宝』を読み始めた時期や、読んだことのある単行本タイトル等を示せますか?

それらでは、誰が、どんな事を書いて(言って)いたか、大まかにでも言えますか?

それなりに愛読者であった貴方ならば、具体的に記憶をお持ちでしょう。どうですか?

(3)疑問その3:貴方は「町山智浩及び高橋ヨシキ女性に対して行った蛮行」をご存知ですか?

手前味噌で恐縮ですが、はてな匿名ダイアリーに私が投稿引用した情報を切っ掛けにして、吉田豪町山智浩に対しておこなったインタビュー(雑誌『BREAK Max』に掲載の「人間コク宝」、吉田豪町山智浩(※単行本未収録)、前編:2011年12 月号、後編:2012年1月号)が再び注目されることになりました。

その内容について、貴方はご存知ですか?

もしも未だご存知でない場合考慮して、ここで再び引用しますね。

引用ここから

町山智浩高橋ヨシキ君の前のカミさんがすごいオッパイ大きかったんだけど、ヨシキ君が『俺、町山さん大好きだから、うちの嫁の乳揉んでいいですから』って揉ましてくれたから、俺、揉んだよ!『キスしていいですから』とか言うからキスもして。」

引用ここまで=

(4)疑問その4:上の引用を読んで貴方はどう思いますか?

どう思いますか?もう、それだけです。

その貴方が思ったことと、貴方が「社会不正義・不公正と闘う雑誌」と評した『映画秘宝』像とは、整合性が有ると思いますか?

(5)疑問その5:貴方にとって、町山智浩高橋ヨシキは「信頼するに足る人間」ですか?

近年の彼らがたびたび美辞麗句を発している事については私も知っていますが、それらは彼らの現実での行動と「言行一致」していると、貴方は思いますか?

例えば、町山智浩映画ボヘミアン・ラプソディ』に関連して男性同性愛者を差別嘲笑する発言を行っています。これは、つい最近出来事です。この情報を、貴方は把握していますか?

これを知った上で尚、貴方は『映画秘宝』は「社会不正義・不公正と闘う雑誌」と呼ぶに値すると思いますか?

(6)疑問その6:今日2021/03/18になってnoteへの投稿に踏み切ったことには、何らかの合理的理由が有りますか?

無ければ別にいいです。

契約を解除されてから今日2021/03/18まで時間がありましたが、なぜ時間がかかり、なぜ今になって投稿に踏み切ったのですか?

踏み切った切っ掛けが有るとすれば、それは何ですか?

(7)疑問その7:貴方が『映画秘宝』での委託業務契約を切られた理由と、それを決定した者を明かす事は可能ですか?

答えられない理由が有れば、別にいいです。

貴方供述をそのまま額面どおりに受け取れば、貴方不祥事への対応真摯に行い、経緯の説明や再発防止にも積極的であったように見えます。だとすれば、貴方のクビを切る合理的動機が有るとは、私には思えません。

年度末とかでもないのに、貴方はなぜ契約を解除されたのですか?

編集長岩田ポストが空いたことで『映画秘宝』全体の意思決定機構齟齬を来たして、被害者への対応も遅延しているような状態なのに、なぜ貴方契約解除はスムーズに行われたのですか?

(8)疑問その8:高橋ヨシキは「袂を分かつ」と書き残しましたが、これを見ると『映画秘宝』に残る者か去る者か、いずれかの側に「被害者への経緯説明不祥事の再発防止」に乗り気ではない人間存在するように思えますが、貴方から見たらどっちが「乗り気ではない人間」に該当すると思いますか?

組織一丸となって再発防止に取り組むのならば「袂を分かつ必要は無いですよね?

何か理由が有るのですか?

高橋ヨシキも思わせ振りなコメントを残す一方で、袂を分かつ理由を明確にしませんでした。明確にしないのには、何か理由は有ると貴方は思いますか?

契約を解除された貴方note投稿を書くのが可能ならば、貴方と同じく『映画秘宝』を離れた町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキてらさわホーク沈黙する合理的理由は無いと思うのですが、なぜ彼らは沈黙を保っているのですか?

(9)疑問その9:岩田和明の恫喝DM事件が発覚した際には「自分も同様の被害を受けたことが有る」との証言が有りました。今回の件よりも前に、同様の不祥事岩田和明が起こしていたことに貴方は気付いていましたか

或いは、同様の不祥事の疑いを抱かせるようなこと、公式アカウントを利用して何か余計な事をしているとの疑いを抱かせるようなことは有りましたか

(10)疑問その10noteへの投稿によって貴方が最も「助けたい」と思う人は誰ですか?

言い換えれば、貴方投稿世間に知れ渡ることで「最も利益を得る人間」は、貴方視点から見て誰になると思いますか?

取り急ぎ、本日はここまでとします。

2021-03-16

スクとエニがくっついたら二大IP以外滅んだ

とは思わんかね?諸君

聖剣、SO、ロマサガ、ワンプロetc...

2021-03-12

anond:20210311135635

ゲーム参加者であることをひた隠しにしてゲームに参加している』と言うけど、ハラスメントをすること自体が「ゲームから降りてる」だけで、「普通にしてるとお鉢が回ってくる」って感覚だと思うな。

安原さんの元の文章でも『勘の良い人なら「本当にやりたいならそんなこと言わないべき」ってことはお前が一番エロいだろと思ってるかもしれないし、その通りだと僕も思う。』とあるように、安原さん自身シタゴコロは否定してないよね。

増田は『そんな彼の中にも存在する「シタゴコロ」とやらを敏感に感じ取ってしまうのだろう。より安全モテるための恋愛工学としてしか読めなかった。』と言うけれど、恋愛工学以前の話じゃないかな。

テニスするのに、いきり立ってバット持ってフルスイングする人をよそに、普通にラリーする感じ?

ゲーム作法もっと意識すればいいのにと思う。(大学時代自分テニスコートでバット振ってました)

ゲーム作法っていう言葉を使って気になったけど、別に特別ゲームというわけではなく、人付き合いの基本動作でいいのでは。

(嫌がることは言わない、人の話を聞く、相手の興味のある話題をふる、第一印象には気をつける etc.

ひとつ言えるのは、ホモソでの話法・作法と、男女両方いるときゲーム作法は違うよね。

これの切り替えは意図的にやんないとうまくいかいかもね。(俺が男子校育ちなのもあるかもしれないが)

2021-03-10

anond:20210309155445

他人の打ち筋に文句をつける行為

麻雀2006/09/30 05:37

よく他人の打ち筋にイチャモンをつける人間がいるが(初心者指導するなどの行為は別)、この種の人間麻雀を打つべきではないと思う。

しかリーチ後に大明カンされたり親にツモ順を回すようなクソポンの連発をされたら萎える事には違いないが、それでも口に出して文句を言うことは筋違いなのである。(心の中でこのヤローと思うのは全然構わない)

麻雀所詮自分勝手もので最終的に勝てばいいだけでその過程なんてゴミほどの価値もない。鳴こうがクソリーかけようが差し込もうが勝手なのだ

こういう人間は中級者あたりに多く、自分の腕に何故か根拠もなく自信満々である

「クソ鳴きして面白いのか?」「そんな安い手であがるなよ」「そんくらい絞れよ」「片アガリとかアホじゃねえの」「そんなもん即リーすんなよ」「そんなのも止まらないのか」etc....etc...

自分の手が潰されると怒り、負けると運、勝つと実力というのもこの人種の特徴である

相手が下手糞だと思うならば放っておけばよい。

本当に相手が下手ならトータルで言えば負けていくのだから

自分負け越しているなら単に自分の方が麻雀が下手ということなんだから上手くなるように努力するか、諦めて遊びとして楽しく麻雀をうてばいいだけだ。

俺はこう打つからお前もこう打てよっていうのは物凄くガキの理論で、人によって打ち方は千差万別から麻雀面白い

それを否定してみんなに同じ打ち方をしてもらいたいなら、人とは打つべきでなく、一人で麻雀すればいい。

最近まりにも打ち筋否定ブログチャットが目に余るのでちょっと書いてみました。

https://blog.hange.jp/B0001403853/article/7849811/ より

2021-03-07

@nabeteru1Q78弁護士運動部経験が乏しいのでは

渡辺輝人

@nabeteru1Q78

鬼滅の刃』を読んでいて個人的に一番気になるのは、女性の扱いでも、残虐性そのものでもなく、

間内の平手打ちビンタ)とか鉄拳制裁の類の多用。

(作者の出身という意味で)九州にはああいう習慣があるの?

小学校の頃、親には殴られたことないのに特定教員に何度もビンタを張らたので気になる。

まず全体的に意味不明だし、

個人的な恨みを地域性に結び付けて晴らしたい話のように見えるし、

そういう動機なら鬼滅に絡んでないでその特定教員出身門地家柄でも調べてろよと思うんですが、 

 

 

それはそれとして鬼滅の中のいろんな描写の中で

あの程度のビンタが一番引っかかったこだって言うのは

それはその人の体験の偏りの方に原因があると思うんです。 

  

 

1.ビンタの辛さは下位

渡辺輝人@nabeteru1Q78 21時間

鬼滅の刃に話を戻すと、一巻で「判断が遅い」で鱗滝さんにいきなり頬を叩かれるシーンがあるが、あれ読んで、正直ビビったんだけど、みなさん、そうでもなかったですか。あの場面だけでなく、この漫画では重要なシーンで何度か平手打ちが出てくる。

まずこれは明確に言えることなんですが

炭治郎に「鱗滝さんとの思い出でキツかったことは?」と聞けばあのビンタなんて絶対10位にも入らないんです。

もっと辛いこと、痛いこと、怖いことがやまほどあったはずだから

 

ちょっとした強豪運動部でもこれは絶対にあります

準備運動のような体力補強運動だけでも人を泣かせること吐かせることは可能です。

本当に限界、もう無理、怖い、というところまで自分を追いつめます

自分で追い詰められない人は指導者が追い詰めます

何度もやってるうちにそれに慣れてきます

体力が向上して負荷が大したことなくなるというのもそうだし、精神的にも当たり前のことになります

 

真剣運動したことがある人はしたことない人よりも遥かに肉体的な辛さや苦しさに強いです。

死ぬほど苦しい目に遭わせてその中でもフォームが崩れない、というようなことはトレーニングの基本だからです。

  

 

2,訓練の方がはるかに辛い

普通男性は70キロぐらいのバーベル担がせて正しいフォームで8回スクワットやらせるだけで泣きます。 

限界まで辛さに耐えて筋肉の方が動かなくなって潰れる、という潰れ方が出来るのは精神力の鍛えられた人です。

これだけでもものすごく苦しくて辛くて怖いです。 

(作者の出身という意味で)九州にはああいう習慣があるの?

こういうカジュアル質問が許されるのであれば、

@nabeteru1Q78弁護士はキツい運動とか一度もやったことない頭でっかちもやしくんなの?

という疑いは持てます

 

 

そういう運動経験がある人とない人は基本的に話が全くかみ合いません。 

価値観の前の体験が違うからです。

きつい運動部ではビンタなんか怖くも苦しくもない。

ビンタでその日の訓練を加減してくれるなら幾らでもビンタしてくれよって思ってます

 

まずい指導者と言うのは単なる怒り任せに暴力を振るったり精神虐待に走るのがまずいのであって

きちんと抑制された指導者ビンタ1発が問題だという人はガチ運動部経験者にはほぼいないと思います。(そういう本音を隠すことはあっても)

   

 

3,虐待と言うならば

炭治郎はIHを目指す運動部どころではない、超人的な戦士になる為の修行をしています。 

殺し合いのための訓練ですからさらに苦しみの追求と心の鍛錬が行われたことは間違いありません。

 

鱗滝さんは殺し合いを生き延びた歴戦の戦士で、子供に殺し合いを教えるやべーやつです。 

このレベルエクストリーム運動部でのビンタ指導者によるガン詰めのちょっとしたバリエーションしかないんです。

「いつもより少し怒ってるぞ」とか「注意を喚起してるぞ」と言う程度のことです。

 

出会いでいきなりビンタから入ったのも、一般人少年を数年で鬼と戦う戦士に育てるための速成意識変容の一歩目でしょう。

判断が遅れたら即痛み。

実戦だったら鬼に手足を吹っ飛ばされる。

くわえて炭治郎少年場合は妹が一般人殺傷する状況にも備えなければならない。

脊髄反射即断ビンタで学ばせられるなら安いものです。

問題ないですよね?

  

 

4,体験が偏っていると反応も偏る 

鬼滅が問題だというなら

子供戦士に育ててること」が問題だし、

炭治郎たちに対する虐待があったというなら

戦士になれるほどの訓練を課したこと」こそが当人達にとって最高に苦しかったはずです。

 

そういう常識的判断力がない、

その判断ベースとなる自分の肉体を追い込んだ経験がない、

から@nabeteru1Q78弁護士ビンタという部分的な変なところに反応したのではないでしょうか。

 

ビンタされたことだけはあるから

小学生時代ビンタけがこの人にとってリアル想像できる痛みと恐怖だから

それ以上の肉体的な苦しさ怖さを自分に課したことがないから。

 

そりゃ話が通じるわけないですよ。 

 

 

…と言う風に

大半が死ぬような戦いに子供を駆りだす世界観漫画

ビンタ」を問題にしてものすごく食い下がる人、

どういう半生の人でどういう認知とどういう判断の人なんでしょう

とか考えるとただの鬼滅いっちょ噛みでも色々想像できて面白いと思いませんか。

 

 

5,鬼滅作者は何かガチ運動経験があるかも

ついでにいえば鬼滅の作者はなんらかの運動部経験がある気がします。何故か? 

善逸が訓練に音を上げてエスケープして師匠ポコポコ殴られてたでしょう。

@nabeteru1Q78弁護士が作者なら、「殴られて痛いから訓練に戻る」描写になるかもしれません。

 

でも善逸は殴られるままで、「練習に戻ります」と言いませんでした。

訓練が苦し過ぎるから逃げだしており、ビンタゲンコなんて安いんです。

あれは苦しみの測り方が正しく、運動でかなり苦しい思いをしたことがある人の描く描写に見えます

 

   

 

ついき

Arturo_Ui 日本以外で「日本漫画アニメは気軽に殴りすぎ」という点が問題視されているのは事実。加えて、世界的にスポーツ界でのパワハラいじめetc.の根絶へと動き始めているのに、「運動部」は免罪の理由として不適切マジレス 2021/03/07

まずこの人絶対ろくなエビデンスもなく今思いついたことを出羽守ムーブで書いてるだけだと思う。

問題視されてるソース出してみな?って言われたらおぶおぶ言いながらフェードアウトする。

もう可哀想からソース出してみな?とは言わんけどね。

一生そうやって適当な作り話しては外国なすりつけとけ。

 

んでそういう怪しい「問題視されているのは事実。」レベルでいいなら

海外オタクが「気軽に殴り過ぎ」って文句言ってるのはかつて見たことあるね。

こっちはあんたみたいな作り話じゃなくマジで

「女キャラが男を気軽に殴り過ぎ」だってさ。

 

そういえば炭治郎が鬼殺隊から受けた一番激しい暴行も「鱗滝からビンタ」なんかではなく

「倒れているところへカナヲから振り下ろされた容赦のない蹴り」での顎骨折からね。

ナヲの姉貴格の女も同僚の目を足に仕込んだ刃物で狙ったりするような女だった。 

弁護士先生が「九州では女がこんなに暴力的なんですか?」って聞かないのは不思議だね。

2021-03-06

anond:20210306220442

VRCに疲れちゃったという私の話をぶら下げておこう。入った者の1人の末路として。

かわいいアバターboothで買ったり、自作して小物や衣装を変えて楽しんでるフレンドを見ていいなあと思うもの

慣れないUnityとかBlenderを学ぶ時間もなければ試行錯誤する時間も作るのが難しくてなんか疎外感を感じてきた。

自分アバターを可愛くしてあげたいという欲求はあってもそれを叶えられないもどかしさ。

skebの人が新事業としてアバター改変を有償でということを考えているようだけど

自分はいじれない劣等感みたいなものはなくならない。

かわいいアバター全部欲しいと思ってた時期もあったけど、買っても自分では持て余すと思ってしまって手が止まる。

仕事をしている身では平日から深夜まで話し込むということも難しいから仲良くできるひとを見つけるのすら難易度が高い。

入ってみてわかったのが広いVRCといえどその目的人ごとに様々なこと(人恋しい・アバターを可愛くする・ワールドを作るetc...)

自分目的を見失ってしまった。

あと人はたくさんいるんだけど結局よく知ってる人になると手で数えられるくらいの人数しか相手できないし

いにしえのインターネットを思い出した。世界中の人とつながっているけど、やりとりしたり参加するのは日本人で知っている人たちのコミュニティーだけ(フレンドだけのお部屋)。

2021-03-05

映画秘宝パワハラ加害者四人組たちと「被害者しぐさ」

恫喝DM事件及びその後に起きたパワハラ事件加害者さら被害者女性二次加害を行った人間

彼らの事を批判すると、奇妙な事を言って彼らを擁護しようとする人間が現れます。かつて町山智浩自身が言った言葉ではありますが「被害者しぐさ」と云う行動を取ることによって、彼らは悲劇主人公を演じようとするのです。こんな具合に。

例1:「被害を受けた当事者でもない人間たちがゴチャゴチャ言うな」⇒それを言ったら何の問題についても、誰も批判することができなくなりますよね。関東大震災当時の在日朝鮮人虐殺第二次世界大戦当時の南京虐殺従軍慰安婦問題やその他の戦時暴力etc.これらについて私は「被害を受けた当事者」ではないですが批判しますよ。「自分恫喝DM攻撃パワハラセクハラ被害を受けた『当事者』ではないから口を挟むのは止めよう」と云う態度で見過ごし続けてきた果てに行き着いた先が、今回発覚した映画秘宝スキャンダルなのではありませんか?

例2:「いくら謝っても批判する人間たちは許さない。反撃できない人間一方的攻撃するな」⇒恫喝DM攻撃パワハラ問題が発覚して、まだ3か月も経過していません。「いくら謝っても」と言うほどの年月は経過していません。それに、たとえ戦時中や戦前の事でも、何年経過しようとも「反省するべき事は反省するべきだ」と私は思います。加えて言うならば、被害者及び第三者立場から岩田や町山ら、双葉社に対して求めているのは「公開の場での説明」です。すでに「被害者が非公開を望んでいる」と云うのは虚偽の理由だったと判明したのだから「経緯」や「再発防止の為の取り組み」について早急に説明をしてくれと望んでいるのです。

例3:「匿名批判をするのは卑怯だ」⇒これまでエゴサーチしての恫喝DM攻撃や、信者ファンネルを利用した多人数攻撃と云う手法を行ってきた町山や岩田擁護する人から、それを言われると驚きますね。私も基本的には「批判議論は公平に行われるべきだ」と考えますしかし「もしも匿名でなければ、批判した時に報復行為としてどんな物騒な事をされるか分からない」と不安を抱かせて、議論の場における必要最低限の相互信頼を損ね、顕名での批判を躊躇させる原因を作ったのは、町山や岩田に外なりません。

お願いだから、これまでトランプ政権自民党政権批判する時に貴方たちが披露し続けてきたのと同じぐらいの饒舌さで、自らが果たすべき「説明責任」を果たして下さい。

貴方たち自身批判し続けてきたネットウヨクと同じような低レベル醜態を演じるのは、いい加減やめて下さい。

自分を知って欲しいという思いが承認欲求に喰われる時。

 マイノリティ人達が、自分達のことを知って欲しいとの思いか情報発信をするというのは、今や日々の普通のひとこまになっている。好奇心共感正義感etc.人々はそれぞれの思いや考えから、彼らをフォローする。教えてくれてありがとうと、ふぁぼをつける。

 そんな様子が「ちやほやされている」としか思えないのか、承認欲求を拗らせた人が、「私も実はマイノリティかもしれない」などと言ってはチラチラと反応をうかがっている。そんな構って欲しそうなツイートがTLに流れてきて、まあこの人も疲れてるんだろうよと思ってツイートが上から下へと流れていくのに任せて私は特に何もしなかった。反応も、ミュートやブロックも。

 そうして時が過ぎていくと、本物のマイノリティなのかただの構ってちゃんなのか、まあ構ってちゃんだろうなって人が、二、三人のフォロワーに同情されるや調子に乗って、マイノリティかもしれないエピソードを語るのだった。

 「本当は私はバイかもしれない」「今の時代だったら私は旦那とは結婚しなかった」とか言うけれど、果たしてこの人は今まで男も女も好きになった経験があったのか? それとも性別わず誰一人として好きになったことがないのか? 旦那がクソで平気で妻に暴力を振るうようなヤツではなくもっと優しくてまっとうな倫理観の持ち主だったとしたら、それでも結婚しなかったのか。いい夫と結婚している間にも、時には女優さんやアイドル職場などで知り合った女性をいいなと思うことはあるのか? そう疑問に思ってしまうのだが、「マイノリティかもしれない」という一言が疑問を懐くことにすら罪悪感を引き起こす。なんか無敵だなあこの人、と思う。

 マイノリティ自分達を知って欲しいと願って情報発信をし、結果として人々の関心、そして時に称賛や同情を集めることがある。しか主題あくまで「知って欲しい」ということだろう。

 そういう活動を、あの「マイノリティかもしれない」と言い続ける人はつまみ食いをしているというか、フリーライドしているように、私には思える。そこまでして注目を集めたいとは随分欲が深いんだなと思う。けど、私がその人に何か言ったところでマイノリティ虐めをするヤツと私にレッテルを貼られるだけかなと思うので、私は何も言わん。ここにゲロッと書き込むに留める。

2021-02-26

転スラ見てるやつはもれなく、「蜘蛛ですが、なにか?」も見ろ

今季アニメは豊作だ。  

  

最近アニメをあまりみていなかった自分も転スラ、無職転生、Reゼロ、5等分の花嫁、進撃、呪術回戦 etc..  

かなりのアニメをみている気がする。   

というのもコロナで各社が力を入れている作品が延期につぐ延期、万を辞して放送開始となったというわけである面白いアニメが怒涛のように始まった。  

  

そんな豊作な今季、暇な時間も取れたのでアニメ漁りを始めた自分は一つの作品に注目した。

    

蜘蛛ですが、なにか?

  

今時よくあるいかにもラノベっぽいタイトルまぁなんとなくdアニメストアランキングに入ったからみただけなのだが、  

1話をみた後の感想は、「まぁよくある異世界転生ものかー」という感じ。

タイトルで切っている人もたくさんいるだろう。

ただ、無料で全話漫画が読めると知り、あれよあれよと読み進めこちらでどハマり。  

https://web-ace.jp/youngaceup/contents/1000013/  

  

原作を全巻買って徹夜して読み進めてしまった。

是非ともアニメの2期を所望している。ということで布教しようと思う。

  

自分が紹介する上で比較するのが転生したらスライムだった件

今季異世界転生系アニメ覇権アニメ。ちらの作品も1期の時にハマって原作小説を全巻購入してしまった。

どちらも異世界転生系、かつモンスターに転生するという似たようなストーリー構成なので比較やすい。

  

どちらも原作まで追ったが、

正直転スラよりも蜘蛛ですが?の方が面白い

  

ただアニメの人気度はかなり差があるように思える。それが納得いかないので、どの辺が蜘蛛の方が面白いのかを説明しようと思う。

  

あくまでも個人の感想なのであしからず

また多少のネタバレは含みます

  

転スラは主人公視点のみ、蜘蛛群像劇

転スラでも、蜘蛛世界でも異世界転生者は複数人存在する。

転スラは転生者の中でもスライムになった主人公スキルを覚え、仲間を集め国を作るという物語

その中で敵や味方として、「転生者」が出てくる。こいつらが大体チート能力を持っているので、戦闘は目が離せない。

  

それに対して、蜘蛛高校の1クラスが一度に転生するという形で転生者が誕生する。大体30人弱。

主人公蜘蛛魔物になってしまったのに対し、大体の転生者は人間に転生することができる。

ポイント主人公魔物としての生活と、人間生活が対比として描かれる。

  

要するにダブル主人公なのである

  

この構成原作を通してずっと一貫しており、視点によって全然違うドラマ存在する。どちらも転生者であるが、生まれ育った環境や前提知識により価値観が全く異なってくる。

そして大体こういう群像劇面白いのは二つの視点主人公が会う時。それは正直かなり後の話なので、今季ではアニメでは描かれることがないかもしれないが...

  

主人公チート

転スラのリムルは正直チートである。強すぎて正直「あーハイハイ、まぁ勝ちますよねー」となる。味方も再現なくどんどん強くなる。

まぁそれが面白いという部分もあるのだが、原作を読んでいると正直飽きてしまう。

  

一方蜘蛛の方はいつも結構ギリギリ、対戦のスリル感が味わえる。

特に前半の蜘蛛ダンジョンの中で探検するという部分は本当にいつ死んでもわからないという感がワクワク感を与える。

  

世界構造伏線回収力

ここが最も転スラと蜘蛛の違いなのだが、

  

ストーリーの複雑さが段違いである。

  

要するによくできている

  

これは最大のネタバレになるので詳しくは言わないが、転スラの世界構造はよく言えば単純である

どちらかというとキャラの成長とバトルに重点をおいたストリー構成になっている。

まぁ面白いのではあるが

  

蜘蛛の方はいろいろなこと話が作り込まれていて、何事にも理由がある。

転生した理由世界構造、なぜ魔物存在するのか、なぜ魔人と争うのか、なぜ主人公蜘蛛として転生してしまったのか。エルフ存在

その伏線回収がとにかく面白い原作の最終巻はかなりラストスパートで大体の伏線は回収されているので気になったら読んで欲しい。

  

まとめ

転スラを面白くないみたいな書き方をしてしまったが、別にそんなことはない。

転スラは面白い。ただ蜘蛛ですが、の方が過小評価されてしまっているのが、悲しい。

  

ちなみに蜘蛛は2クール連続放送らしい。

制作会社では期待されているアニメなのに過小評価されている。

今後の話もみれるように是非ともアニメ漫画をみて欲しい。

  

  

2021-02-19

つの間にかssig33が女になってるのは性別が変わるようなアセンション(他モラハラパワハラetc.)でも受けたから?

2021-02-16

SideMアイドル候補生でどんどん運営が嫌いになるという話。

話題になってますね アイドル候補生

結論から言うと「キャラ使い捨てといて何今頃しれっとだしとんじゃボケ!」という運営への怨嗟が止まらないという話です。

"当時"熱心にSideM推していて、「新アイドル発掘オーディションイベント発表時もライビュで見ていました。

で、ライブの感動もつかの間めちゃくちゃヒいたことを覚えてます

あぁこの企画絶対失敗するだろうし禍根になるだろうなと。

個人的には候補生のことは好きでも嫌いでもありません。

何故なら深入りしたら絶対自分が辛いだけなのが分かっていたので意図的に避け続けたためです。

その後に総選挙のこと、アニメのこと、エムステの出来etc...

色んな事が積み重なって運営への不信感が限界に達しSideMからは離れました。

ここできっぱり離れられていればよかったんだけど、結局どんなに運営が嫌いでもアイドル全員好きなので草葉の陰から見守るような形で接してきましたが・・・。

上にも書きましたが、元より総選挙だのの類が死ぬほど嫌いです。

キャラクターに優劣をつけるという愚かな行為もそうですが、一番は”ユーザーがいがみ合ってしまう”からです。

イベント後、SideMでは運営が新しい情報発表などと出ると候補生の話が度々上がるようになりました。

そして一部のユーザーはそういう人達のことを「候補生ゾンビ」という蔑称で呼んでいます

あんだけキャラクターの情報出して、普段は愛だの夢だの謡っときながらスパっと切り捨てて、挙句諦めていないようですなんて綺麗事で片付けて早5年。

そりゃ諦めきれない人がいっぱいいるの当たり前でしょって思いますが、怨嗟の矛先は何故か運営じゃなくてユーザー同士になるんですよね。不思議と。

なんでこんな謎のタイミングで出してきたのか意図は分かりません。

当たり前だけど、オーディション後に始めたから・・・という反応の人も多くて、そりゃそうだよな、5年だもんな、と不思議気持ちになったり。

仮にデビューする布石だったとしたら今度は「あのオーディションはなんだったの?」とか「レジェバカにしているのか」やら「ローテが・・・」なんてユーザー同士言い合うことになるでしょう。(既にずっと言っているけど...)

結論として、結局こんなイベントを開催してしまった運営を恨み続けるしかないし、一生許せないんだろうなと改めて思ったのでありました まる

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん