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2019-08-08

あいちトリエンナーレについて

話題になっているあいちトリエンナーレについて個人的に思うことが色々あったので書こうと思う。細かいことを話して特定されると普通に死ぬのでぼかすが、一応運営ボランティアとして展示に参加している。

クソ長い。

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表現不自由展・その後」について

最初に断っておくと、今話題になっている「表現不自由展・その後」についてだが、私はぶっちゃけ見ていない。今となっては炎上が勃発した時点で見に行っておくべきだったと後悔しているのだが、いやだってまさか3日で終わるとは思わねえもん。

と、いうのも事前のボランティア研修とかで「表現不自由展・その後」に注目している人は私の知る限りほぼ皆無だったからだ。一応警備対応とかの事情説明は受けたがそれについて「楽しみだ」とか「心配だ」とか言っている人は居なかった。別に目を逸らしていたとか重大性を認識していなかったとかではなく、ちゃん理由もある。

他の人は知らないが、個人的には「表現不自由展・その後」については「色んな理由で各地の展示会から撤去された作品を集めてみました」くらいの認識だった。面白そうな企画だ、地獄デスマッチ感がある。しかし確かに面白そうだが、言ってしまえばそれだけなのだ

話が変わるが我々ボランティア研修で何をやっているかと言うと、作品知識を蓄えるのではなく、自身感性に従って自由に鑑賞する、所謂対話型鑑賞とかVTS(定義微妙に違うのだが)と呼ばれているもの実践している。具体的にどんな感じかというと、背景知識はほぼなしで作品を見て

「すごく煌びやかで綺麗、幸せカップルの絵に見える」

「画面は綺麗だけど、人物の顔が悲しそう、破局予兆しているのでは?」

関係ないけど雲の形が昨日食べたたこ焼きに似てる」

などとそれぞれの感性経験に基づいて解釈を語りあうのだ。これが結構楽しい。例えるなら深夜のファミレスオタクが集まってエヴァ最終回について語り合っている状態に近い。割と何分でもやっていられる。

だがそういった観点から見ると、「表現不自由展・その後」があまり魅力的でないことは分かってもらえると思う。「近代化」、「ジェンダー」、「作家自身の半生」、トリエンナーレには複雑なテーマを持った鑑賞しがいのある作品が沢山出品されている。「表現不自由展・その後」は企画としては面白いがある意味企画落ち」なのだ。事前に具体的な作品内容が分からなかったというのもあるが、それ以上掘り下げようがない。寧ろ中止になった今の方が色々語れる。

そんなわけで「表現不自由展・その後」がここまでの話題になったのはかなり意外だったし、多くの人にとってあいちトリエンナーレ第一印象がそれになってしまったのは少し残念でもある。

慰安婦像インパクトコンテクスト

さて「表現不自由展・その後」の中でも特によく燃えていたのが慰安婦昭和天皇絡みの展示だと思う。政治的インパクト抜群だからだ。だがここまで千字くらい駄文を読まされて大分心と頭が冷え切っているところだと思うので、少し冷静に展示のコンテクストについても考えて欲しい。

表現不自由展・その後」は「あちこちの展示会で撤去されたやつを集めて展示する」というコンセプトで行われている。よってこの企画で展示されているのは慰安婦像それ自体ではなく、あくまで「どっかから撤去された慰安婦像なのだ

ソウル日本大使館前慰安婦像が設置されたときメディアはこぞって大使館慰安婦像が一緒に映った映像放送したと思うが、あの報道に対して「不快から映すな」と怒った人は居ただろうか。まあ居なくはなかったかもしれないが、多分映さない方がもっと怒られるだろう。怒らないのはそれが「大使館の前に慰安婦像が設置されたという報道」だとコンテクストも含めて理解しているからだ(勿論どちらの場合制作サイドの意図別にあるのだが)。

今回の展示ではそこのコンテクストおざなりにされたまま、日本に実物の慰安婦像が展示されているというインパクトと、SNS上の断片的な情報事態が拡大してしまった感がある。

また若干話が大きくなるが、余裕があったら歴史的コンテクストについても一度考えてみて欲しい。慰安婦像というと直ぐに反日というイメージに結びつけがちだが、何故そう思うのか。

そもそも慰安婦なんて居なかったと考えている人からすれば一応理屈は通っている、悪意のある捏造ということになるからだ。

しかし、詳細については諸説あるが、そういうもの存在したということだけについては歴史的資料も揃っているし、両国見解も一致している。つまるところ歴史に認められているのだ。

負の歴史を展示し続けることは未来に生きるだれかにとっての悪意になるのか、日本を始め第二次世界大戦に関わった各国には慰霊碑モニュメントがある、ドイツカンボジアには国内虐殺記憶するモニュメントがある、それを見て不快になる人はいるだろうし、寧ろ不快になるべきなのかもしれないが、ならそれらは排除されるべき悪意なのか、そもそも悪意は無条件に「悪」なのか。

場所によって反応も変わる、オバマ広島原爆資料館に行ったが、アメリカスミソニアンエノラ・ゲイ展示をやろうとしたとき退役軍人たちからバッシングが来た。そういった反応の違いは展示の意味、ひいては歴史意味に影響を与え得るのか、得ないのか。

そして誰の、誰に対する悪意なのか、人の属性は一つでないし必ずしもはっきり分類出来る訳でもない、あなたが引いた「味方」と「敵」の線など気にも留めず他人は好き勝手踏み越えて生きる。例えば、韓国人男性日本女性慰安婦について議論しているとして、彼らは一体どの立場にいるのか、そこに存在する先入観は何か。

話が大分概念的になってしまったが、何が言いたかたかというと、コンテクストというのはそれだけ膨大で複雑なのだ

勿論コンテクストには政治だってまれる。慰安婦像純粋歴史的モニュメントというより政治的に使われているのは明らかだし、恐らくそれは大半の日本人のせいではないので、あん一触即発もの見たくも聞きたくもない、というのは分かるし別に普段はそれで構わないと思う。

ただ死ぬほど暇なときにでも少し考えてみて欲しい。メディア報道を見ていると日韓政治的同意が得られれば慰安婦像撤去されていると考えている人もいるようだが、その必然性はない、だって歴史に認められているから。というかそれで撤去されたらマジで純粋プロパガンダだったって言っているようなものからやめろ。

像はコンテクストの中で存在し続けるし、今回の展示もそのコンテクストの一部である

批判するにせよ擁護するにせよそこに対する考察がなければそれはインパクトに押された感情任せでしかないだろう。

それでも慰安婦像許せないし完全に撤去したいんだけどっていう人はどうすればいいかって?そこも歴史に学ぼう。

アメリカコロンブスとかリー将軍の像が次々撤去されているのはニュースで聞いた人もいるだろう。時代の変化とともに歴史観は書き換わる。虐殺奴隷制擁護者としての側面が評価され、彼らは英雄ではなくなった。もはや歴史に認められていないから像だって撤去される。

個人的には英雄として評価されていた歴史も含め展示するのも面白いんじゃないかとも思うが、少なくとも公共の場モニュメントとしてはふさわしくないと判断されているのだ。

まり慰安婦像撤去したいのなら何らかの方法歴史観を書き換えれば良い。そして歴史学の徒は全力で戦って阻止すれば良い。

トリエンナーレ側の対応について

トリエンナーレ運営が「表現不自由展・その後」の公開を取りやめたことについて、ネット上では様々な意見が飛び交っている。これについては「脅迫に屈した」とか「作家許可をとっていなかった」とか確かに色々と問題がある気はするのだが、津田総監督大村知事が会見で言っていた「安全管理上の問題」という観点からは正直仕方がないと思っている。

第一に展示施設自体問題だ。あいちトリエンナーレには複数の会場があり、「表現不自由展・その後」が展示されていたのは愛知県文化センターの8階、所謂「県美」だ。関係者の名誉のために言っておくが、日本災害が多いだけあって美術館博物館といった文化施設安全管理にはそれなりに注意が払われている。耐震設備に水害対策防火設備さらには盗難破壊防止のための監視員監視カメラが多くの施設で導入されている。

しかテロ大人数による襲撃までは対応出来ないというのが現実だろう。海外博物館ではそういった事態も想定して手荷物検査などを実施しているところもあるが、日本でそれをやるのは割に合わないと言わざるを得ない。

第二に運営側の問題最初に言っておくがあいちトリエンナーレのような文化事業というのは基本的にクソクソ&クソ金がない。

かに税金から拠出予算10億は大金だ、これだけあれば50回くらい安心して老後を過ごせる。しかしそれでアーティスト100人くらい呼んで75日間展示会をやれと言われたら難易度ルナティックだ(他に寄付金とかもあるので実際の予算規模はもっと大きいはずだが)。

よって私も含めた運営スタッフの多くはクオカード1枚で半日働くボランティアである。加えて事前に結構勉強もしないといけないし、当然交通費とかも出ない。

これだけ聞くと何が悲しくてそんな苦行をとか思われるかも知れないが、最初に言った通り美術館とか博物館とかも含めて文化事業は取り敢えず金がないので、もうそういう人たちがいないとほぼ成り立たないのだ。そこで講習会とかバックヤード体験を餌にこじらせ教養オタクたちをボランティアとして釣っている、というか釣られている(※個人の感想です)。言っていて悲しくなるし話が逸れるのでそこら辺は省くが、つまるところ何が言いたいかというと、テロとか起きると我々はタダ働きの挙句何も出来ずやられる。勘弁して欲しい。

最後に若干抽象的な話になるのだが、良くも悪くもあいちトリエンナーレは寄せ集めというのがある。

運営側の細かい事情は知らないが、直前までどんな作品が出るか分からなかったりしたので、少なくとも運営作家が一体となって特定テーマに沿った展示を作るという感じではないと思う。恐らく「情の時代」とかいぼんやりしたコンセプトに基づいて作家を招待して展示スペースを用意している感じだ。

表現不自由展・その後」だって別に運営企画した訳ではなく、かつて行われた「表現不自由展」を招待しただけだ。

展示施設職員に至ってはそれを公務員業務として受け入れているだけである

よって、運営の中心スタッフ、末端のボランティアスタッフ施設や関連団体スタッフさら作家間で一人一人が一つ一つの作品に全て賛同しているとかそんなことはあり得ない。まあそれはある程度の規模の組織では当然のことだと思うし、そうでなければ大規模で多様性のある展示会なんて開けないだろう。なので断っておきたいが、会場とかSNS関係者に絡んで「トリエンナーレ見解」とやらを聞き出そうとしてもそんなものはない、せめて総監督に聞いてくれ。

そんな緩い結束でつながっている人々を「脅迫に屈しない覚悟」に巻き込むのは正直言って無理がある。

それらを踏まえてトリエンナーレ運営対応はある程度仕方なかったとは思うのだが、しかしそうせざるを得ない状況には大きな問題がある。

表現自由について

先述の通り、施設組織問題テロ脅迫対応することは出来ないし、安全上の問題を考えると「表現不自由展・その後」の展示中止は仕方ない側面もあると思う。

しかし考えてもみて欲しい、そもそも武器とかガソリン持った奴相手に対抗できる団体個人がこの国にどれだけいるのだ、極真空手総本山とかか?結構大企業だって本気で襲撃されたら対応出来ないことの方が多いだろう、必然的にそれを仄めかす脅迫の時点で相手側の要求を飲まざるを得なくなる。

暴力による権利への挑戦に対しては個人レベルでなく、社会全体として対抗しなければならないし、行政側には憲法に基づいてその義務がある。

最初特定されたら困るから匿名意見すると書いたが、そもそも身の危険を感じて発現を躊躇しなければならない状況自体おかしいのだ(勿論それとは別に自衛はするが)。

また、津田総監督が会見によると脅迫と並んでまずかったのが「電話」らしい。

抗議の電話でまず事務局回線パンク、結果つながらなかった人たちが県美や文化センターに掛け、何の対策もしていない職員罵声を浴びせられる、しか公共施設なので切らずに対応しないといけないという事態になったらしい。所謂電突」と呼ばれるものだ。

ネット炎上とともに話題になることの多い電突は、市民による集団的抗議の形態とも見做せるが、一方でインターネットという新興メディアによるメディアスクラムともとれる、特にやられる方からすればそうだろう。

かに組織には説明責任がある、取材報道自由もある。けどそれが対象となる人々の生活を過度に制限するようになればそれは権利が守られている状態とは言えないし、何かしらの法にも触れそうなのだが、恐らく相手不特定多数ということで対策が難しいのだろう。スクラムを仕掛けた側を罰しろとかではなく、対象となった側を守る為の社会整備は必要だと思う(と、ずっと前から言われている気はするのだが…)。

誤解しないで欲しいが、ここでいいたいのは抗議をするなということではない。

表現自由というのは反論されない権利などではない、ただやり方の問題だ。

話がまた大きくなるが、個人的にはどれだけ平和主義を語っても「戦い」なんてものはなくならないと思っている。政治も、経済も、受験も、スポーツも、婚活も、創作も、結局は「戦い」なのだ、ただそれをいか物理的な暴力を伴わず決められたルール範囲内でやるかが、人類が積み上げてきた理性とか法治とか文明指標なのだと思う。

抗議は存分にやればいい、カウンターとなるアート作成しても良いし、ネットに長文を書き込んでも良い、署名デモでも良い。そして表現自由と言っても万能ではない、脅迫罪、威力業務妨害罪侮辱罪、名誉毀損罪、プライバシー権著作権憲法に定められた公共の福祉概念に基づいてそれを規制する法律なんてごまんとある。そのうちの何かに抵触してそうなら訴訟という手もある。ただやるからには全て合法的にやれというだけの話だ。

pixivで気に食わねえ解釈を見つけたら自分解釈を倍の質と量で投稿して相手の筆を折るのが仁義というものだろう。すまない今のは完全に個人意見から忘れてくれ。

じゃあこの場合どうしたらいいのか。

少し話が飛ぶが比較のため「コンビニエロ本問題」について話させて欲しい。「コンビニエロ本問題」とは女性客などからの抗議を受けてコンビニから18禁の本が撤去されている事態のことだ。あれを表現自由と結び付けて語る人もいるが、私はそうではないと思っている。

何故ならあくまコンビニ民間営利団体からだ。コンビニ業界に詳しい訳ではないので話半分に聞いて欲しいのだが、もしコンビニ側が「エロ本撤去しないとタピオカを積んだトラックで突っ込む」とか脅迫を受けているならば、それは許すべからざる犯罪だ、しかし多分そうではないだろう。

抗議が原因と言われているが、恐らくより正確には「エロ本絡みの抗議や客足減退に対してエロ本の売り上げが割に合わない」が原因なのだと思う。

コンビニ18禁本を最後に買ったのはいつだろう、正直質はともかく量と利便性ネットの方が格段に上だと思う。正確な売り上げは知らないが、エロ本だけで月々1兆円くらい純利益が出ているなら、あの容赦のないコンビニ業界このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2019-08-02

あいちトリエンナーレ表現不自由展」に足さないといけない展示

旭日旗平和少女像にまとわせ、日韓表現の自由架け橋にしよう!)

漫画ワンピース(展示内容には含まれないが、原作旭日旗を思わせるイメージが数回登場するため、韓国戦争記念館での「ワンピース特別展」そのものが中止)

六四天安門事件 武力弾圧の映像中国共産党による監視統制。天安門事件関連の学術雑誌ですら中国国内からアクセス不可)

ムハンマドの描写を含む歴史画

悪魔の詩翻訳者殺害された未解決事件焚書騒動イラン最高指導者ホメイニによる原著者の死刑宣告など)

ヒトラー人形(デ・アルチャろう人形からヒトラーのろう人形撤去米国ユダヤ人人権団体サイモン・ウィーゼンタール・センター」など海外から強い批判

広島に原爆投下した米軍B29爆撃機「エノラ・ゲイ」と原爆被害、歴史的背景原爆被害歴史的背景も含めたエノラ・ゲイの展示について、退役軍人団体の抗議により原爆被害歴史的背景をスミソニアン博物館から撤去

天皇コラージュ作品昭和天皇写真きのこ雲、骸骨などのコラージュ沖縄県博物館美術館で展示中止)大浦信行さんの作品は「表現不自由展」に入っているらしい。

自衛隊車両神戸市大丸須磨店のイベント夏休みパラダイスin 須磨」の展示が市民団体の抗議により中止)

表現不自由展」中止反対!

中止を阻止するために展示を充実させよう!

津田大介さんの全責任の下でこれらを展示するよう求めてバランスを取るほうがいい。

津田大介さんには文字通り命を懸けて、世界表現の自由のために戦ってほしい。

あとなんか他にある?

反応から

シャルリーエブドは襲撃前から継続して風刺画を掲載しているので、一連の流れを展示すると見ごたえがありそうです。

「二度目の人生異世界で」は中国からの抗議で、アニメ化中止、小説版出荷停止になった作品ですね。

ナチスっぽい衣装乃木坂ではなく欅坂かな?欅坂から衣装提供を受けるのは難しそうですが、サイモン・ウィーゼンタール・センターから批判に屈することな表現の自由のために展示を続けてほしいですね。

会田誠さんの作品は、津田大介さんの心情にあっていそうだから、すでに入っていても不思議はないくらい、入りそう。

2018-03-15

日本老害サンプルとしてスミソニアンに飾りたい

ぜこのブコメ(の一部)

はてなブックマーク - 「バーチャロン」の新作が15年ぶりに出たのにあんまり盛り上がっていないのでいいところをひたすら挙げる記事を書きました (1/3) - ねとらぼ

http://b.hatena.ne.jp/entry/nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1803/09/news145.html

記事批判したくなる所も無い訳じゃないがあえて振り切っている爽やかさに比べて、駄目だしすりゃいいと思っている批評家気取りのブクマカたちの醜さ。売れ行きが良くないってのがわかっているのを確認して叩いているのも醜さが増す。本当にこういう人間にはなりたくない。

2017-11-11

アジア人漢方密漁!希少動物を殺せ!」

いい加減にしろよ…

密猟される動物たち | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/sp/poaching/

多くの国で、トラの取引違法とされる現在においても、生息国の各地では、密猟は起きています漢方薬などの伝統的な薬剤の原料とされるトラの骨や体の部分は、高価な値段で取引されており、トラが減少する主要な原因となっています1970年以降、東南アジア経済発展に合わせてその需要は増加。さらに、トラが使用されている薬はアジアだけにとどまらず、ヨーロッパアメリカ合衆国など、アジア人活動する場に広く出回っています

https://www.wwf.or.jp/activities/2009/01/605513.html

サイの密猟数が急激に上昇した背景には、アジアで角の需要うなぎのぼりになっている事情がある。犀角や象牙を所有することで社会的地位の高さを示せる一方、体に良いという言い伝えから薬の原料とされている。犀角はガンから糖尿病までありとあらゆるもの治療できる漢方薬として、1kgあたり10ドルまで取引価格が高騰している。

特にベトナムでは犀角の粉末に対する需要がとどまるところを知らない。雑誌スミソニアンマガジン」のレポートによると、ベトナムで「末期の肝臓がんにかかった高級官僚がサイの角で回復した」という噂が数年前から流れていることが影響しているという。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/01/18/rhino-elephant-poaching_n_4624707.html

その背景にあるのはまたしてもアジア特に中国だ。同国の金需要は、その輸入量は今年中に世界最大の輸入国インドを抜くとの見方さえ出ているほどだ。装飾品としての象牙需要は金と歩調を合わせて増加している。

 もう一つの要因は、漢方薬材料としての象牙とサイの角の需要だ。こうした漢方薬は今では中国人社会ばかりでなく、他の民族の間でも人気が高まっている。香港漢方医師ウー・チーさんによると、象牙肝臓がん、サイの角はいくつかのがんの治療に使われるという。

http://karapaia.com/archives/52081812.html

キタシロサイ地球にたった1匹のオス、24時間体制で守られる

http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/15/last-male-northern-white-rhin_n_7067626.html

子グマたちは中国に送られ、違法に売られる予定になっていた。目的は、胆のうが分泌する胆汁だ。アジア伝統医学では、がんから二日酔いまで、さまざまな病気治療ツキノワグマとマレーグマの胆汁がよく使われている。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171030-00010003-nknatiogeo-sctch

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170430091502

スミソニアン自然博物館子供の山だったよ。

学校行事か何かで来てるのか、同じ学校Tシャツ来た集団も大量にいて

教師だけで大人しくさせられずうるさいわ走り回るわ。

世界最高峰博物館ですらそうなんだから日本博物館がそうでも諦めろとしか

因みに他のスミソニアン博物館全然そんな事なかった。自然史だけ。

(航空宇宙博物館なんかも好きな子供は居そうだが。学校集団見学として使われないんだろうな)

2009-12-20

死亡記事専門記者が教える人生のレッスン6カ条

欧米新聞社では、死亡記事部を設けて日頃から著名人についての経歴などの情報を収集し、各著名人ごとに死亡記事の準備稿を作成してその死去に備えているのが一般的とのことで、当然死亡記事を専門に書く記者も存在するそうです。死亡記事の多くは、死因や享年などの具体的な情報だけを列挙した無味乾燥なものではなく、その人の人生を振り返り簡潔かつ文学的にまとめた職人芸のようなもので、時には「作品」と呼びたいような読み応えのある死亡記事も登場します。

死亡記事部に配属された記者は、毎日のように死亡記事を執筆し数え切れないほどの人の死を見つめることにより物の見方や人生に対するスタンスも変わってくるのではないかと思われますが、配属3年半で800以上の死亡記事を執筆してきたボストングローブ紙の死亡記事専門記者Bryan Marquard氏によって、仕事を通じて得た人生の心得6つが明かされています。

詳細は以下から。

6 life lessons: from the dead - Boston.com

その1:人に優しくすること。

単純なことのようですが、「自分が死んだあと、人の記憶にどう残るか」という視点で「優しさ」について考える機会はなかなか無いのではないでしょうか?人生においてどんな偉業を達成した人でも、生前の人に対する接し方は、死後人々の記憶にどう残るかに大きく影響するとのことです。

その2:意地悪をしない。

死亡記事部に配属されて数カ月後にMarquard氏は非常に長生きした女性家族インタビューする機会があったのですが、成人した子どもの一人に「お母さんは天寿をまっとうされましたね」と話しかけると、「ああ。ボストンイタリアンだったからさ。ボストンイタリア系は殺しても死なないんだ」と切り返されたそうです。母を亡くしたばかりの子どもたちの言葉が通常予想されるような反応と違ったのは、どうやら生前お母さんがいわゆる「意地悪ばあさん」のような人となりだったためらしく、結果的に子どもたちのコメントの大部分は記事には引用されず、長い人生の割にとても短い死亡記事となってしまったそうです。

その3:長生きしたいなら、若いうちにリタイアすること。

親は人生の教訓を子に伝えたがるものですが、これもその一つで、Alfred Larkin Sr.氏が息子で元ボストングローブ編集長マイケル氏に伝えたもの。家族が集まった時にマイケル氏を脇へ引っ張り、「僕からのアドバイスは、可能な限り早くリタイアすることだ。この10年で、その前の50年分を全部合わせたより多く、楽しいことがあった」と伝えたそうです。Larkin氏は隠居生活を満喫し、92歳まで生きました。

その4:もしくは、生涯リタイアしないこと。

アーティストのPolly Thayer Starrさんは赤ん坊のころ、鉛筆を持てるようになるや否や絵を描きはじめ、緑内障と加齢黄斑変性により視力を失いつつあった80代のころにもまだ素晴らしい作品を描いていたとのこと。視力を失った後は、散歩中に友人たちが読み上げる詩を記憶し、常にクリエイティブであることにより、101年間の充実した人生を送ったそうです。Starrさんは彼女をかきたてる芸術情熱について、「天の猟犬(Hound of Heaven)なのよ。いつも追いかけてくるの」とスミソニアン協会のインタビューで笑い混じりに語ったそうです。

その5:金持ちである必要はない、家すら持たなくてもいい。

Harold Madison Jr.氏、通称「Mr. Butch」はボストン大学付近のKenmore Square一帯やハーバードビジネススクールを擁するAllstonのハーバード・アベニューで30年間にわたり路上生活をし、学生を中心とした数万人の人々に親しまれている有名人だったそうです。飲み過ぎて酔っぱらった時には少し怖がられてもいたようですが、ファンによりWikipediaに項目が作られたり、MySpaceにページが作られ、YouTube動画が投稿されるほどの人気者でした。2007年交通事故により56歳で亡くなった時には盛大に追悼パレードが行われたそうです。

その6:今、行動に移すこと。

「800人もの死亡記事を書いていると、山の上で一人黙想する仙人のように、人生を変えるような深い洞察を得られるのではないかと人々は考えます。人生における答えのない深い問いに対する回答が得られたということはありませんが、確かにある意味人生が変わったかもしれません」と語るMarquard氏。「死について頻繁に考えるおかげで、去年、もし自分が父と同じ寿命を持っているのなら、残りあと25年だということに気付きました。そのひらめきは、ボストン都市圏からバーモント州の小さな町へと引っ越すきっかけとなりました。ボストンへの通勤時間は長いですが、今住んでいる町が大好きです。前々からやりたいと思っていたことを、いつまでも後回しにすべきではありません。死亡記事記者として自信を持って言える教訓です」

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20091220_memento_mori/

2009-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20090619114026

20090619111342の岡田です。

トラバ打つ場所間違えたり(ホントは20090619105706に打つつもりだった)して

なんか、ジサクジエーンみたいになってしまいました。

国営マンガ喫茶なんて言ってるやつばっかじゃないの」って、

皮肉ったつもりだったのですが、非常にわかりにくくて申し訳ないです。

私的には別の方が書いてる、スミソニアン博物館イメージです・・・はい。

http://anond.hatelabo.jp/20090619111601

あ、そうそうそれそれ。

日本スミソニアン博物館を作るんだと思ってた。

VFで思い出したけど、

SYSTEM16だかSYSTEM32だかバッテリー切れたら二度と起動しなくなるとか何とか。

(SEGAAGESのFZコレクションに書いてたような・・・)

グラディウス現物残ってるのかしらね

http://anond.hatelabo.jp/20090619100244

国会図書館に行ったことがあれば分かるけど、あそこは一冊本を読むためどころか、建物に入るためにも手続きがいるわけ。

申請書類書いて、受理されて、待たされて、みたいな感じで、いろんな人達がいろんな目的でやって来てる。貴重品や筆記具も持ち込み禁止。そういう所持品はロッカーに預けなきゃならない。だからとてもじゃないが代用にはならない。むしろ代用したら、本来の利用者の邪魔にしかならないよ。

さらに、国会図書館書籍対象なので、映像媒体ハードウェアの保存は行っていない。誰もが知ってる往年の名作ゲームなのに、開発機材やマスターROMが残っていないとか、再生するハードウェアが現存しない、復元しようにも設計図すら残ってない、なんて事にならないための役割も期待されてる。

たとえば、アメリカスミソニアン博物館にはセガバーチャファイターの各種資料とかが保管、展示されてる。本来であれば日本が率先してやるべき事なんだけどね。

 
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