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はてなキーワード: 防衛本能とは

2019-10-21

anond:20191012223813

主人公は確かに不遇な幼少期を過ごした。

虐待され、それが元か分からないが、精神系の疾患(笑いが止まらなくなる)を抱えている。

 

そんな人間が不幸にも、偶然、不況な世の中で虐げられた人たちの狙いの的となったり(看板取られる)、

ミスを犯した(児童所で銃と落とす、地下鉄内で証券マン女性に絡んでいるところに

居合わせて、持病で笑ってしまう)。

 

彼は彼なりの努力で、それが正しい、間違っていない、自信をもって、自分コメディ

作ろうとした。だがそれをネタにされた。

 

彼のコメディ果たして大衆受けするものだったろうか?

少なくとも俺には笑いのセンスも全くない人間しか見えなかった。

 

彼は言ってたろう。「どうせ誰も理解できない」と。

それはそうだ。彼の感覚が他の人とは著しく異なるのだから

 

 

かに不幸な出自であったし、不幸な出来事が重なった。

不幸な出来事が彼にばかり起きたことも悲劇だった。

それと同時に、彼自身感覚も"マイノリティ"であった(それが悪いとは決して言わない)。

 

色々な事が混ざり合わさったら、結果として自身防衛本能から

彼の心のバケツは溢れてしまった。ただ自然なことの成り行きで

ジョーカー誕生した。

--

人それぞれ顔が違うように、心も違う。

別に何が嫌で社会から離れても別にいいじゃないか

詰まるところ、人が普通でいろ、と強制しているんじゃない。

ほかならぬ自分自身がしているのだということに気づくべきじゃないか

誰かと比べて自分普通じゃないとか、劣っているのだとか

生きている価値がないのだ、とか、全部自分勝手に思い込んでいることじゃないか

  

流行っているみたいだから見に行っただけで、痛みがセンセーショナルから

見に行ったわけではない。ただ、近い過去社会からのけ者にされそうになった

経験からしても、確かに周りの目(世間体)というものが(これ自身自分

作り出したものだが)、自分を追い込み、苦しめることになる可能性について

否定はできない。このことは忘れがちだし、この元増田実体験として

語られていることもなければ、自分の中に残りづらいことだったろう。

 

自身生計を立て、食事、寝る場所に困らないのならば、それは

社会システムに適合していることになるし、特に"普通"と言われるものになる必要

無いと思う。(庇護してくれる人がいるでもいい。それはその人のその状態

認めていることになるから

2019-10-06

anond:20191006120013

世界の全てである自分の周囲5メートルスマホで見れるもの含む)の反応と自分のそれが違ってて、でもその場所から動く気は無いか防衛本能バグってんだなとちょっと気の毒には思うよ。便所ラクガキからって言ってるとこからして自分でも褒められたもんじゃないと分かってるみたいだし。

2019-09-11

anond:20190910235629

生理反応だし、女が愛液垂らしてたらOKみたいなのとおんなじこと言ってんだわ。

勿論、愛液垂れるのはお股に異物が入って痛くないように愛液を出して潤滑させる事でお股の痛みを軽減させる『人間防衛本能から愛液ダパダパ出してるってわかってるけどな。

勃起血液の流れだし。

それをいちいち捕まえてイチモツ狩ろうとするなら女も乳首勃起した、クリトリスが硬くなった、愛液が垂れたなどしたら子宮乾燥剤詰め混むとかした方がいいよ。

2019-09-08

運転するとすぐ眠くなっちゃ

私は運転中、緊張からかすぐ疲れて眠くなることがある。

から車乗らない〜ペーパードライバーで生きよ〜

って思ってるんだけど

あと人と二人きりで過ごすのめっちゃ苦手〜〜〜

人怖いし!優劣気にしちゃって凹むし!

から婚活つら〜い

って思ってるんだよね

これって自己愛防衛本能?直した方がいい?直るの?

2019-08-31

anond:20190831170634

一種防衛本能だね。

あんまりよくないからやめたほうがいいと思うけど、おれにもあるwwww

2019-08-16

anond:20190729204723

数年前に某店長さんがネットから消えたときにぼくが書いた文章をここに流しておきます。(※一部、当時の文章からかいところを修正しております

 某さんが消えたのは当然知っていて、某さんが書いたであろう増田存在もとりあえずは知っていたのだけれど見ないようにしていた。ぼくはそんな風にして理性の口では結構強気なことを言ってはいものの、感情の口では正直なところあのひとがネット上に文章を残さないと決めたことを認めたくなかったのだと思う。

 ふと、今朝がた見た夢で某さんがmixiアカウントを復活させて、新着日記のところにその名前があるの見かけた瞬間、ほっとしたのとうれしさで胸のなかの重い空気が抜けていくように思えたことをなんとなく覚えている。

 あのひとをインターネットで見かけなくなってから日経つ。

 その間、自分Twitterタイムラインはずっと流速が遅くなっていたし、おかげ様で頻繁にタイムラインを見るなんてこともしなくなっていた。

 たぶんそんな夢を見たきっかけは前日の深夜、skypeオンラインになってた某さんの名前を見たからだ。声をかけようか迷った、というほどぼくは人間関係積極性のある人間じゃない。正直なところSNS上でかなり付き合いのある相手でも一度でも顔を突き合わせて話をした誰かであっても去るひとのことをそうそう気にはかけないし、逆に自分がそういうコミュニティから去ることもあまり厭わない。

 声をかけることはできなかったけど、某さんがオンライン状態である確認できたことで安心した。ああ、まだ向こう側にあのひとはいるのか、そういった気持ちなんだろうなと思う。

 休日、ぼくは友人の到着を待つまでの暇な時間を使って、某さんの増田を読むことにした。なんというか、本人としては別れの言葉のつもりなんだろうなって思っていたのだけれど、でもこのくらいの熱量文章を書くことなら某さんにとって余裕であるから、これがネット自殺であるにせよ、もっと強い衝動が訪れたならどういう形でもこのひとはどこかに文章を残すだろうなって思った。

 ぼくは、某さんを根っからの「文章書き」だと思う。

作家志望者」とはまた違う意味文章書きだと思っている。

 作家創作者もネットライターも、もっというならブロガーも、個人的には某さんを評する言葉としてしっくりこないけれど、文章書きという表現は心にすっと入ってくる。

文章書き」っていうのは文章を書くひとのことである

文章を書く」っていうのがなんだと言えば文章を書くことである

 これだけをいうとただのトートロジーなのだけれど、ぼくが出会った時点での某さんは、自分の目と手で書かなければ文章は書けないというただそれだけのことを、すごくストレートに、それでいて簡単にやっているように見えた。

 またあのひとはエンターテイナーではなくて芸人気質だった。

 理知的というか、ひとつ話題に対して自分の頭で並べ立てるよう物事を考えて、それを伝わりやす言葉表現たかと思えば、突然の楽屋オチエロゲオチも余裕で辞さないし、100人のうちひとりでも笑ければ充分とでも言いたげなニッチネタをどんどん放り込んでくる。特殊な部類のエンターテイナーであったのかもしれないし、そうでなければ多分、本人が時折語るようにあのブログコンテンツとして強い力を持つものにはならなかったであると思う。

 ほぼ文章のみでコンテンツ化されるということは「今、そのあなたが書けるもの」を求められているということだ。こと某さんの「そういうもの」とは自身を切り開く性質にある、とぼくは思っている。話すネタそもそも自分の生きているポジションから来るものであるとか、視座から来るものであるとか、とかく、これは創作なんですネタなんです本気にしないでくださいというようなエクスキューズが利きづらい方に向いている。

 比較してもどうしようもない話だけど、ぼくがもしそういう風にコンテンツとして自身を切り開くことを求められたのなら、そんなことをされた瞬間に焼けただれて死ぬ。持っていないものを求められてもしかたがない、というところがあるというのもあるかも知れないし、そもそもとして防衛本能のようなものが働いてしまうようにできている。要は、自分の書いたものが何であっても、自分と深くつながっているわけではないか否認されようと恐ろしくない、先述したような「これは創作みたいなもんですからネタなんですから」そういう感覚文章を書こうとしてしまものである

 某さんは違う。

 あれに特別な視座で世界を見る目や時折出てくるしっかりした知識があっても、エンターテイメント的要素に芸人根性はあっても、誰にでも読みやすいようなバカみたいな親切さがあっても、そしてついでにぼくの大好きなエロゲネタがあっても、根本の部分で「自分」を消費しているように見えてしかたない。

自分」をほんとうに愛せるうちは良いと思うし、愛せなくても愛してくれるひとが多少は自己嫌悪を上回る自己承認を渡せていたのならそれで良いのかもしれない。けれども、誰にも認められなかったらどうだろう、クソを尻から吐き出してワゴン大安売りで叩きつけるように店に並べて、ただかわいそうな目で見られてやがて近くを通るひとびとはその場所に誰も居ないことにするだけだ。

 恐ろしいことだ、とぼくは思う。

 死ぬ、というのは別に比喩レベルの話じゃない。

 たとえば身寄りもお金もない少女にとって資本身体しかいからと身体を売ろうとして、それを拒否されてしまったらどうだろう。きっと死ぬと思う。

 生きる価値も生きる手段も見つからなければ死ぬしかない。

 ネット自分を切り開きながら文章として晒していくことには、それだけのリスクがあると思う。毀誉褒貶はそのまま自分に刺さる。創作ならばまだ客観的反省という形をとれても、「自分」で真っ向勝負して否定をされることは、自分否定されることと同義だ。

 某さんが今回ネット自殺をすると決めた理由は、細かい部分を置いておいて「自己嫌悪」に由来しているという。(※この部分は過去にこの文章を書いた当時のお話です)

 その良し悪しはそもそもぼくにはほとんど判断できない。

 なんにせよ自分はあのひとの文章を読みすぎた(ひとと比較してという意味ではない)し、それほどこのネット自殺をした理由自体についての自己判断に興味が無いというのもある。

 ぼくははっきり言って某さんの文章の書きかたに憧れ強く影響を受けた人間のひとりですし、とはいえそれをあまり押し出す気もなかった。なんでかって言ったら、自分にとってインターネットでも数少ない、同じような話題で笑い合える遊び相手でもあったし、そんな目に見える場所にいる人間が憧れの目を爛々にさせて近づいてくるとかいうと、自分がそういう立場になったらすげー怖い気がするからです。

 ただ、某さんの文章の書きかたがぼくに色んなきっかけを与えたのは間違いないし、せっかくだからこれから自分は少なからずでも自分を切ってでも文章を書いて生きていけたらな思った。(※この部分は過去にこの文章を書いた当時のお話ですが、未だにぼくはこれをできてございません)

 そもそもぼくは別れの言葉をいう気もありませんし、ふらりとネット上に戻ってきたって「ふんっ、べ、別にあなたの居場所なんてないんだから! 土下座して謝ったら顔騎して許してあげるわ!CV:釘宮)」っていう態度で生きているので、この文章は別れを惜しむ言葉というよりは本人の見てないとこできゃっきゃとラブレターを書いているようなものと思ってください。

 ただ、ひとの文章がひとを変える力を信じていられるのは、ひとつ、ぼくにとってはあなたがいたからでもあるのです。

追伸 某えろげともだち(『ろりともだち』みたいにいうな)さんが『ココロネ=ペンデュラム』開始してましたよ。お仕事ストレス疲労から良い感じにほどかれる日が来てくれたなら、おしっこの色で討論するとかは一旦置いといて、またエロゲ趣味がなんとなくずれたりど真ん中に合ったりしながら、そういう話をしたいっすね。またいつかのどこかで。

2019-08-14

思い出はオニオンリングと共に

数カ月ぶりに会った友だちと居酒屋で楽しく話してたんですが

ついズケズケとおま今それ言ったらアカ発言してしまいまして、

しーんというかずーんと空気重くなったんですが、

その時ちょうど「オニオンリングお待たせしましたー」って料理運ばれてきまして

まあそのオニオンいつも知ってる姿じゃないというか、なんか想像と違って輪っかじゃなかったりしたわけなんですが

「これなんか違くなーい!?」

「えっこれ量多くなーい!?」

「ちょっ味しなくなーい!?」

「え、つか頼みすぎじゃなーい!?」

「あー私パスだわ二人で食べて―」

って、なんか急にキャラ急に変わったなってぐらいにオニオン否定しだして

いやわかるんですよ、多分さっき私にイラッとくること言われて、そのもやっとしたヘイトオニオンにぶつけてるということは

防衛本能の置き換え?なんかそんなやつ、替わりにしたやつ、替わりにして攻撃するやつ、

まー空気読まない私が悪いんですけど

オニオンじゃなくて私にぶつけてほしいとも思うし

ああでも10年来の友達でも距離感大事だよね…

↑とは言いつつ反省してない自分もいたりして

いやーオニオンリングはほぼ私一人で食べましたね。

そんなことが数カ月前に起きたんですけど、今日オニオンリング食べた時にこの出来事思い出しましてね、

まー多分ずっと思い出す

この先の人生ずっと

2019-06-22

社会的弱者だった頃に溜め込んだ憎しみが暴走してしま

心に余裕がなくなると「お前のようなクズは死んでしまえ」という声が聞こえくる。

私が社会的弱者だった当時は職場で「使えねー」「死ね」「生きてる価値がない」「同じこと二度言わせんな」と言われ続けてきた後遺症だ。

替えがいくらでもいる底辺労働者への社会の風当たりは強い。

スキルがないクズには何をしてもいいというマッチョイズム、富を持たない者に人権を認めぬ資本主義、都合が悪すぎて存在しないものとして扱っている連中が目に映ること自体すらも忌み嫌う日本社会構造のものが、個々人の人格すらも支配して私を攻撃していた。

今でこそハラスメントに対する罰則の厳しさや、私自身の立場の向上により昔ほどは純粋人権侵害を向けられることはなくなったが……それでもあの頃のトラウマが蘇ると、誰かの言った嫌味の中に「死ね」という言葉見出ししまう。

そもそもをして今の世の中においてハラスメント対策が取られているのは、ハラスメントを行う者が最大の社会的弱者となるからであり、結局はルールが変わっただけで社会的弱者強者によって攻撃されていいという不文律に変化は起きていないように見える。

弱者攻撃した強者明日弱者にならないシチュエーションにおいては、変わることな弱者強者によって攻撃を受けているし、その正しさを誰も疑っていない(正論によるリンチ行為はてなで見ない日があるだろうか?)

そんな世の中にいると、心の奥に沈殿させることが出来た「死ね」の言葉消滅することは決してない。

いつまでも残り続ける。

ふとした拍子に心がかき回されると、かつて投げつけられた「死ね」が頭の中で暴れだす。

ソレに対してある種の防衛本能機能することにより今度は私自身が「死ね」を撒き散らしてしまう。

飛んできた「死ね」を受け止め続けて死なないためには、自分殺意によって武装する以外にない、そんな状況を人生において味わいすぎたのだ。

その「死ね」をぶつける相手は時に強者である弱者でもある。

相手強者であれば、それは単なる無謀な喧嘩で済むが、相手弱者であったなら私が一方的に「死ね」をぶつけるだけでその場が終わりかねない。

そうなったとき死ぬべきは私の方なのだ

死ね

死んでしまえ。

そうして自分自分死ねと言った言葉がまた心に積み上がる。

終わらないループだ。

殺し合うしかねえ。

もうダメだ。

オレの心をどう修復すればいいんだ。

ふざけやがって。

こんな精神状態にしたのは、社会のものでもあるんだぞ。

俺が一方的に悪いかのように言いやがってもう騙されねえ。

殺してやる。

てめーらそこに並べ。

殺してやるよ!

俺が今から

全員殺す!

人類!全員だ!例外はねえ!

死ね

われはメシア明日世界粛清する


ふー……ふー……

やはり、最後に心を救えるのはユーモアだけだな

面白さは重要じゃない

回路に別のものを割り込ませて無理やり処理を一時的に止めてしまえばそのスキに修正できる

2019-06-18

KKO女性苛烈に叩かれるのは防衛本能によるもの

ヒョロいクソザコ男でも多くの女よりは膂力に優れている。

女にとって男は猛獣といっていい。

絶対に人を噛まないと保証できるまでは女は男を警戒してしすぎることはない。

また健康な異性をパートナーに選ぶという本能があるので、気持ち悪いものを嫌う。

この本能は男女ともに備わっているがKKO客観的自分を顧みることができないので自分の不衛生を放置する。

本能がそうさせるだけの話なんでKKOは叩かれたとしても気に病むことはない。

2019-05-10

大手バイト

自分より年下、学生時代ヤンキーが抜けきれないヤンキーが居る。

自分新人、誰に対しても敬語使用

ヤンキー部署からまり関わりがないが時々話しかけられる

初対面の時、

自分作業してるエリア

探し物があったらしく

「ねえー、これ、探して持ってきて」

・・・なんだコイツ

いくら貴方入社が早くても

部署、初対面、社会人、年上には

敬語じゃないかしかも何だその頼み方は?

自分ヤンキーの下で働くというなら

話は変わるが。

一応、探しヤンキーに届けたが。

こういう奴は一度許すと次から

人を頼りにし楽するタイプ

無意識的にパシリ要員を定めている

その事を念頭に置いてる為、

ヤンキー来たとき防衛本能が働く

が、ヤンキーこちらが分からない事を

聞いてくるので、毎回、返答は、

分かりません。になるのだが。

ヤンキーの仲間が居る。

似た者同士、言葉遣いを弁えていない。

年配者と会話をしていた時、聞くに堪えないものがあった。

コミュ力高そうだし、もしかしたら仕事も出来るのかな、周りはきっと、こういう人だからと受け入れたのかな。

2019-03-27

防衛本能を高めたい

このままじゃだめだと思うとそれを阻止するためにあれやこれやと頑張る。

その時はもうめっちゃ頑張る訳だ。

のらりくらりとやってた事に締め切りが突如として現れたときも同様の感じがある。

それを防衛本能と呼ぶとして、どうすればそれを高められるだろう。

もっとこうがむしゃらになりたい。

2019-03-09

自分は嫌なことに耐えられないのではなく、成功に耐えられないのでは

という気がしてきた。

こないだ、性行為依存症患者漫画を読んだ、それによると、売春などに走る人は過去の性暴力などの影響で性が大したものではないかのように扱うためにやってしまう人が多いのだと聞いた。

たとえ成功の為であっても、自分がその前段階で嫌になってしまうのは、途中で挟む嫌なことに耐えられないのだ、と思い込んでいたが。実はこれも一緒なのでは?という気がしてきた。

過去の大きな失敗を誤魔化すために、その先にいけずに、しょうもない失敗を繰り返してしまう、という心の防衛本能なのでは?という気がしてきた。

克服する。

2019-03-04

anond:20190304174511

自分に悪いところはない」という防衛本能が働くから

とはいえ、大抵「お互いに嫌っている」という状況が普通

2019-02-14

anond:20190214001618

女の常套手段だね

防衛本能だろうか

自分のことを棚にあげられるその精神見習いたいものだけど

きっと気持ち良く過ごせるだろうから

2019-01-16

ワイは怒ってる時は何をしても怒ってる anond:20190116100524

何をしても怒っているので、そもそも怒るシチュエーションを作らないようにするようにしたで?

・怒り > 超えられない壁 > 怒りの対象に反撃する ・・・反撃し終えたあとも、変わらず怒ってる

怒り > 超えられない壁愚痴・・・愚痴りながら、ますます怒る

怒り > 超えられない壁運動 ・・・ 走りながら怒ってる、走り終えても怒ってる

怒り > 超えられない壁 > 娯楽 ・・・ 怒っていて集中ができない

怒り > 超えられない壁 > 軽度の病気怪我の痛み ・・・怒りで痛みを忘れる

怒り > 超えられない壁マッサージ ・・・マッサージ中も怒ってる

怒り > 超えられない壁 > 怒ることで自分自身が被る不利益を考える・・・まったく集中ができず効果無し、怒っている

ーーーーーー

防衛本能超えられない壁 > 怒り ・・・危な!とかヒェ!ってなると、どうでも良くなる。怖かった・・・

おいしい食べ物超えられない壁 > 怒り ・・・ウマウマってなると、どうでも良くなる。おいしかった

寝る > 超えられない壁 > 怒り ・・・目がさめると、そもそも覚えてない

2018-12-02

かわいい という概念はいつ生まれたの?

縄文時代かにも「え、この模様かわいくない?」「ヤバすぎこれは流行る」とかキャッキャしてたのかな?

いったいなんでかわいいという概念が生まれたのが気になる。

直感だと防衛本能みたいなもんなのか?ていう気もするんだけど理屈はわからない。教えてよ〜

2018-10-28

夫が育休取ったら揉めて離婚スレスレまでいった話

私は上の子妊娠の時に切迫流産になってから専業主婦になった。

数ヶ月前に第二子出産を期に、夫が育休を取った。

夫は世間はイクメンだと言われてる。

の子産後入院中も、イヤイヤ期の上の子ワンオペ育児で奮闘してくれた。

うんちの取り換えもするし、休日家族公園やらお出掛けをしてくれる。

ご飯も作ってくれるし、何も言わなくても皿を洗ってくれる。

会社が終われば電車に飛び乗り、急いで帰って子供達のお風呂にいれてくれる。

絵に描いたようなイクメンである

夫本人もよく、こんなに家族に尽くしてる男はいないだとか、育児家事もかなり負担していると言っている。

こんな夫に対して私は感謝言葉はどんどん少なくなり、代わりに、ああしてほしい、これはしないでほしいと注文がふえていってる。

なんだかわからないが、夫の行動にモヤモヤして爆発するのである

先日オリラジあっちゃんのいい夫を止めたという記事を見て、このモヤモヤはなんなのかわかった気がした。

0歳児がウンチが出て泣いているとしよう。

私は、気持ち悪いんだろうな、お尻が痒くなっちゃったのかな、と考えてオムツを替える。

夫は妻(私 が休めるように子どもオムツを替える。

ここに決定的な差があることがお分かりいただけるだろうか。

極端に言えば、私は、子ども公園に連れて行くのも、オムツを替えて風呂に入れること、家族ご飯を作るのも、皿を洗うのも全ては子どものためだった。

一方夫は全てではないにしろ、多くは私のために私を休ませようとして行動していた。

0歳児はオムツを替えてくれるお母さんに、オムツを替えてくれてありがとうだなんて言わない。

子育て基本的感謝されないし見返りはないと言っていい。無償の愛。

子どものためにしていることは感謝も見返りもなくて当然だと思ってた。

一方夫は妻の負担を減らすため家事育児をしていた。

感謝されたいと思うのは当然だ。

から感謝言葉なく、育児家事をやって当然といった態度を取られるといい気はしないだろう。

私はこの、夫から感謝しろ圧力が嫌だった。

夫が子どものためにしていることに対して、なぜ私がお礼を言わなきゃいけないんだ?

私は感謝されたことはないし、見返りなんて求めてないよ的な。

はいつも、俺は報われないと言っていた。

夫は私を休ませようと子ども公園に連れて行ってるのに、私は夫は子供が外に行きたがってるから行ってると思ってた。

私は夫に、その時1番子どものためになることをして欲しかった。

でも夫は、その時私が1番楽になることをしてくれていた。

先日のオリラジあっちゃんが、いい夫を止めるといった記事をみた。

うちと状況が似てると思った。

私の想像だけど、あっちゃん奥さんのことが大好きなんだろう。

仕事制限して趣味自転車もやめてまで、育児で疲れ切った奥さんを助けたかったのだろう。

ヘトヘトになった奥さん笑顔が戻って、ありがとうと言って欲しかったのだろう。

でも奥さんはそれを、あっちゃん子どものためにしていることと思った。

そしてすれ違っていく。

お互いイライラが募っていく。

あっちゃんは、イクメンでもなくいい夫でもなく、ただの愛妻家だったのではないかな。

切ないね

そういえば、あっちゃん

しゃべくりに出た時、最近の一番の楽しみは妻と晩酌することって言ってたな。。

追記

反応があって嬉しい

問題根本は、母親赤ちゃんを守ろうとする防衛本能を煽る育児孤立化だと思う。

夫婦2人で子ども2人を見るのも本来キツイんだろうなと思う。

というのも、夫が育休で家にいることから私は祖母宅やら支援センターに行く機会が減った。

私が頑張らなければと思い過ぎてたと思う。

大勢の人の中で子どもは育てなきゃいけないようになってるんだろうな

解決策は夫の育休というよりむしろ夫婦共働き時短勤務が最強なのではないかと思う。

夫のために赤ちゃん必死に育てたのに、それが離婚まで追いやる原因になる皮肉

ちなみに話し合いで離婚回避できた。

いつも家族のために頑張ってくれてありがとうというと嬉しそうな夫

2018-10-24

VRからの学ぶ人間防衛本能

ギロチンVRで思い出した。

タイトルの通りなのだけど、VRやってみて一番に面白いなって思ったのは人間って、次に来るだろうショックに備える機能がかなり充実しているってことだった。

例えばジェットコースターVRを見ると、次に身体が振られるであろう方向に対して、何も考えなくても身体勝手に衝撃に対して反対方向に身構えようとする。

こんなのはわかりやすい一例だけど、VR面白さはそれだけじゃない。

例えば雪山にいるVRを見ると、身体が実際に寒さを思い出すようになる。

最初視覚情報から寒さを感じてるのかなって思ったのだけど、どうも違うっぽい。

なんでかというと、寒さを感じるタイミングが少しだけ早い。

雪山映像を見ながら風が当たると、一瞬身体に寒気が走る。

寒さって、風があたった直後に感じるんじゃなくて、その後体温が奪われてから初めて感じるのだけど、寒気は風が当たると同時に全身を駆け巡る。

最初は何だこれって思った。

さらに、動物が急接近するVRを見ていたときのこと。

映像の中で、動物が実際に近づくよりもほんの少し先に、鼻の奥に動物匂いらしきものがふわっと広がるような感覚になった。

でも実際に映像が近づいたところで匂いはない。だから自然と鼻の奥の匂いも消えていく。

追体験なら匂い残っててもいいんじゃない?っていうのが最初の疑問だった。

それでまあ下品な話になるのだけど、疑問が確信に変わったのはVRAVを見ていたときのこと。

VRAV見たいっていうのは、隠しもしない下心だしでもロマンからわかってほしい。

普通AVではありえないような距離女優さんが近づいてくる。

そうすると、これまた女優が実際に近くなる手前で、香水やらファンデーションやらの匂いが鼻の奥に蘇ったのがわかった。

次に女優が口元に顔を近づけてくると、今度は口臭が鼻の奥にふんわりと広がる。

そうやって、女優身体が近づくたびに、その場所にあるかも知れない匂いが鼻の中に広がっては消えてを繰り返した。

しり匂いが蘇ったときは実際うわーってレベルだった。

VRすごい!面白い!って大興奮してから、その後すごく冷静になってから考えてみた。

これってもしかしたら、次に訪れるべきショックを事前に体内で再現しておくことで、本来のショックを和らげようとしているんじゃないかって。

考えてみると辻褄が合う感がやばいんだよね。

突然予想もしてない臭いを嗅いでしまったときって、結構ショッキングだったりする。

でも、事前にこういう臭いが来そうだな!って感じてるときは、うわーくせー!って思うけど、実際にはそうでもなかったりする。

例えば美味しい美味しい茶碗蒸しでも、冷蔵庫にあってプリンだ!って思い込んで食べると吐き出したくなるような衝撃を受けるじゃない?

あれって、口の中がすでにプリンの味になって、それなのに甘みのない茶碗蒸しが飛び込んでくることによるパニック状態なわけだよね。

人間ってすごい!

視覚情報から次に起こるべきできごとを、事前に少しだけ追体験させておくことで衝撃を常に和らげるように出来てる!

結構すごい発見だと思うのだけど、これってAI活用できないかな。

ギロチンの話はわからないけど、もしかしたら似たような経験を一度したことがあって、身体がその時の衝撃を覚えていたのかもね。

それはそれでこわい話だけど。

でもきっと、一度でも身体経験したことであれば、その追体験視覚情報でさせることは比較簡単かもね。

このままだとPTSDをただただ悪化させるだけな気がするけど、あとはえらい人が考えてくれそうな気がするよ。

このことを踏まえてVRやってみて。

納得感がすごいはず!

2018-09-13

anond:20180913163528

ラノベの表紙見て批判してる人に対してオタクヒステリック過剰反応してるようにしか見えないけど。

ラノベの表紙きもいってのは、本屋に行ってちらっとその場所を見れば多くの人が思うことで、それをつぶやくのも別にしたことじゃない。

その大したことじゃないことで、オタク被害者意識防衛本能が超発動しちゃうんだろうなあ。

毎回のことだけど哀れに思う。

2018-08-02

美人と喋ったあと嫁にLINEしたくなる

どうにか嫁のほうに気持ちを戻そうという防衛本能(?)が働くためなのか。

こうなった時点で手遅れ感はある。

美人には100パーセント相手にされない顔アンド性格から助かった。いや、そういう問題じゃないか

妻の皆さんは近ごろ妙に夫が優しいな〜と思ったら浮気サインかもしれない。

2018-07-24

[] #59-6「誰がためクーラー

≪ 前

俺たちは目ぼしい施設を間借りする。

借りる際、係の人間から節電を“お願い”された。

当然、このテの“お願い”に大した効力があった試しはない。

俺たちは充電に使えそうな電源を見つけると、すぐさまバッテリーに繋いだ。

「なあ、兄貴。こんな方法で手に入れた電気で直ったとして、母さんは喜ぶのかなあ」

心根では、この状況ののっきぴならなさを理解しているはず。

にも関わらず、弟は今更そんなことを言い出した。

兄弟から、こいつの言動意味するところは察しがつく。

弟のこの言葉は「罪悪感を覚える程度の良心自分にはあると言っておきたい」という習性からきたものだ。

その場その場で物事の是非を問えば善い人間でいられる、少なくとも悪くない人間はいられるっていう防衛本能がそうさせるのだろう。

「もしそう思うんだったら、こんな方法で手に入れたって言わなきゃいいだけの話だろ。後はお前個人気持ち問題だ」

「えー?」

「言わなくていいと思ったのなら、わざわざ言わなくていいんだよ。母さんだって、俺たちが心配すると思ったか冷却装置を使っていたのを黙ってたわけだし。そういう気遣い社会は回っているんだ」

内心、俺にも多少の罪悪感はあったが、結局やることは変わらなかっただろう。

背伸びをしてまで清廉潔白でなければならない理由を、生憎だが俺は持ち合わせていない。

それに、このためだけに借りたようなものなのだから、むしろ元を取るために必要行為だとすら考えるようにした。

から俺は、弟に対して毅然と振舞った。

道義的よろしくないのは分かりきっている。だが、そういうことをする人間一定存在する。その可能性を排除できない以上、システム側で対処すべきってのが、この社会での模範解答だ。つまり、その対処を怠った側の問題って言っとけばいいんだよ」

「でも、俺たちがその理屈を使うのは盗人たけだけしくない?」

「だから盗みじゃない、ただの略奪だ」

「正直、その言い換えも意味ないと思うんだけど……」

「まあ、仮にバレたとしても、母さんは優しく諭してくれるだろうさ。コロンブス奴隷を送られたときのイザベル女王みたいに」

「その例えもどうかと思う」

そうやって不毛なやり取りをしている内に、電気が十分すぎるくらいに貯まったようだ。

だが、その時である

「うわ、停電だ!」

なんと、施設内の照明が落ちてしまった。

どうやらこのバッテリー、よほど大喰らいだったらしい。

或いは、この施設もかなりギリギリ電気運営していたのだろうか。

あいい、充電は終わった。

「さっさと引き上げよう」

しろ好都合だ。

この停電施設全体がパニックの筈。

これに乗じて、さっさと逃げてしまおう。

俺たちはバッテリー自転車に乗っけて、母と父の待つ家へ漕ぎ出した。

次 ≫

2018-07-15

家族クズがいるとたいへん

クズ無能防衛本能から生活の知恵から

自分と関わるとろくなことはない」と思わせることで不利な状況を逃げ出す術を会得する。

そう思わせることでペナルティ叱咤説教を免れる。

本人は頭がいいしちゃっかりしてると思うけど

クズ無能がよりクズ無能マネをしはじめると取り返しがつかなくなる。

ゲームでもスポーツでもなんでもそうだけど下手なやつ弱いやつに合わせて

手を抜くと下手になってくる。

その現象が起き、クズ無能はよりひどいことになる。

から余計に人は関わらないように積極的距離を置く。

他人ならまだいいけど家族がそれをやりはじめるとかなりきついことになる。

富山の元自衛官の家庭もそうだったと聞く。

2018-07-02

僕らは無意識に「死ね」と思いすぎている

「俺の目の前にいるのがアイツじゃなくてもっと俺にとって都合のいい誰かであればいいのに」

そう考えた事が何度あるだろうか?

その思考実質的に「ガチャを引き直したいのでお前は死んでくれ」と言っているのと実は大差ないのではなかろうか?

死ねとはごくごく単純明快かつ無垢でそれはまるで空気中の如く無色透明純水な拒絶である

ゆえにありとあらゆる拒絶は死ね意味を含んでしまう。

料理の味に文句をつける時その中には「この料理を作ったのが別の誰かであればいいのに」という他者存在に対する拒絶が混ざり、それは結果として死ねを含むことになる。

僕らの周りには透明な死ねがこれでもかと溢れている。

それが色を持ちだすのは心が闇に沈み始めた時だ。

微かな光が闇の中だけで色を持つように、無色透明と思われた死ねは心の闇の中においてだけその姿を現す。

心が闇に染まるほどに世界は今まで見えなかった死ねで溢れかえり、そのサイケデリック光景に恐怖して更に心は闇へと踏み込む

そうして最後には日々ぶつけられる無数の死ねに対する防衛本能として心が剥き身のナイフ武装しろと囁き出すのだ。


なんだこの文章、俺はラノベでも書こうとしてたのか。

落ち着け

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