「ポリティカルコレクトネス」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ポリティカルコレクトネスとは

2020-06-15

anond:20200615212928

なぜ医大女子を減点したらポリティカルコレクトカスに反することになるのに、同じポリティカルコレクトネスの発想で東アジア系の人を減点するんだろう。

女性東アジア系もマイノリティなのに。

東アジア系が優秀すぎて増えたら困るという理由なら、女子男子より優秀だから減点しますという言い訳否定できなくなってしまう。

それに東アジア系の女子が減点された場合大学側が「あなた人種で減点しました」と伝えても、本人が性別理由に減点されたと認識して訴訟を起こしたらどうするんだろう。

2020-06-10

anond:20200610002327

知識層も裏に差別意識あるんじゃねーのって言われそうだけど、別にそれはオッケー。表に出すことで生じるトラブルを避けるだけで十二分だよ。

わかる。ほんとこれ。指を顔の横に当ててチンクチンクって言ってくるのはロクに教育受けてなさそうな層ばっかり。教育を受けた層は内心どう思ってるか知らないが、普通は面と向かって差別心をあらわにしたりしない。自分社会的立場が終わるから

からな、ポリティカルコレクトネス大事なんだよ。ポリコレに反したことを口にすると周りからぶっ叩かれて、白い目で見られるんだって前提が共有されると、身の危険を感じるような差別に合わなくなるんだよ。ポリコレ棒が〜wとか茶化してるやつら、そのポリコレ棒が日本人海外で守ってくれてるんだぞ。

2020-05-18

anond:20200517184914

これは、ツイッターが書き直しのできないメディアなのが悪い

ツイッターって細かい言葉遣いの書き直しとかそういうのがしにくいSNSなので、致命的に丁寧さやポリティカルコレクトネスと相性が悪いとおもっているのだが、

そこで頭のいい人たちが、言葉遣いポリティカルコレクトネスみたいなセンシティブ評価口論をしようとしているのがそもそも間違っている。

2020-02-27

正しさは人を救わない

人は苦しい時、正しくあることで救われようとする。これは自分が正しければ悪いことは起こらないはずと言う直感によるものだ。この直感公正世界仮説と呼んだりもする。

しかし、正しさは人を救わない。なぜなら公正世界仮説は間違っていて、世界というのは理不尽からだ。その人の正しさはその人の幸せ保証しないからだ。

正しさが人を救う例外が一つだけある。それは宗教だ。なぜ宗教なら正しさで人を救えるのかというと、その宗教世界観をもって公正世界仮説を無理やり構築しているからだ。例えば、悪いことをすると地獄に落ち、正しく生きれば天国に行ける、などという世界観で。

この宗教世界観を信じるのならば公正世界仮説は仮説ではなくなる。正しく生きれば良いことに報われるという、現実とは違うことが真実となる。

余談だが、ポリティカルコレクトネス宗教的に信じている人々がいるように見える。政治的に正しく生きれば人生が報われると考えている人はやはり公正世界仮説を信じており、それは現実とは違う宗教に他ならない。

そして、公正世界仮説が間違っているという理由のほかに、正しさが人を救わない理由がある。

それは、正しさというのは正しくないものへの糾弾内包しているからだ。自分けが正しければいいという態度を取り続けれられる人は仙人みたいなものだ。普通の人は自分が正しいという確信があればあるほど正しくない人への糾弾をし始める。宗教が時に排他的になるのもこれが理由だ。だが、他者糾弾することがその人を救うことにつながるかというと、これもまた否である

そして、その糾弾は時に自分にも牙を剥く。間違えない人は居ないというのに正しくあることを自らのアイデンティティとしてしまうと、間違えたとき自分糾弾してしまう。自らを裁判にかけるというのは非常に苦しいものだ。

からやはり、正しさは人を救わないのだ。

2020-02-11

現代になって年齢の割合が変わり、「女」と「男」の定義が変わった。だから軋轢が起こる。

価値観(言葉概念の)アップデートは、一見若い人たち向けのアップデート」に見えて

実際は「年寄りの為アップデート」に過ぎない。

言葉というのは、結局多数決で決まる。たとえ「ありがとう」という言葉が、「有難う、存在することが少ない、貴重、希少故に感謝する」

という原義があっても、100人のうち99人が「お前死ね」という意味で使えば、その言葉意味は完全にひっくり返る。

1970年代までは、「30代以下の男女」というのは全人口の50%を超えていた。

それまでの「男」や「女」というのはつまり、女だと肌が綺麗で、妊娠能力があり、艶やかで頬が赤らんでいて、血色のあり頬や肌に張りがあり、胸のしぼんでない女性。男は活発に動き、筋肉があり気力に満ち溢れ

金を沢山稼ぐ人を指していたわけだ。

そこでステレオタイプの「男」と「女」のポスターコピーライトを張ったとしよう。もちろん炎上しない。そのステレオタイプは、当たり前の女と男の形だからだ。

しか2005年を過ぎると、「30歳以下の男女」は30%未満になっている。2014年には27.6%

つまるところ、70%以上の男女……それも50、60代あたりが多い。2020年さらに減っているだろう。

現代において、「男」や「女」に定義されるのはつまり、女だとXXの染色体を持ち、(自分染色体意識することはないと思うので)若しくは女としての自認を持ち、ひょっとするとちょっと男っぽくなってるかもしれない。肌は皺があっても、妊娠能力があっても、血行が悪くても、胸がしぼんでいても女性という定義になる。そう『大多数が』思っている。

男だと、活発に動けなくても、筋肉が無く無気力でも、金を稼がなくても、働いていなくても、とりあえずXY染色体を持っていて、男としての自認があればよいと感じる。

そこに、「若い男のステレオタイプ」「若い女のステレオタイプ」を張ったとしよう。「筋肉があって元気が無くちゃ男じゃない」とか「肌が綺麗じゃないと女じゃない」とか。

大炎上するだろう。それは「若い人たち価値観」であって、「老人たちの価値観」ではないからだ。

刺激されるのは購買意欲でも、消費欲でもなく、嫉妬や妬み・怒り。

その感情は、「実際の私たち定義」によって正当化される。これこそ「ポリティカルコレクトネス」の正体ではないか

一見ポリティカルコレクトネスは「これからを担う子供たちへの優しい弱者の為の価値観」を担っているように見えるし、ともすれば「実情に見合っていない、ただの綺麗ごと」そうみなされている。

ニートが居てもいい、女っぽくなくても、男っぽくなくても、金をかさが無くても、無気力でも、不幸に片足突っ込んでぬるま湯で生きようとも

それはその人の人生で、素晴らしいモノなのだと。

でも実際は違う。つまるところ「これからにゆ強者たちによる自己肯定価値観」で、「実情に見合っている、ただの醜い現実なのだ

ふざけるな、と思う。言葉概念は、それをこれから使っていく人たちの為にあるはずなのに、ただ消費して貪っていく人たちの為に使われている。

まぁここで二項対立を作っても意味がないとは思う。憎しみを煽っても、怒りを煽っても、圧倒的に少数派である個人」は勝てない。

結局自分たちにできる事は、自分たちの生き方も正しさも、言葉定義も、自分で、自分の為に主体に決めていく事だ。

ポリコレという言い訳は優しく肩を叩くが、未来に連れて行ってはくれない。

行き過ぎた本物の個人主義が何をもたらすかはわからないけど、生きる道はそこにしかないんじゃないかと思う。

2020-01-27

「『ポリコレ』を悪口に使うの辞めて欲しい。それって」

tattyu なんか適当意見作品馬鹿にされて怒りたい気持ちは分かるが『ポリコレ』を悪口に使うの辞めて欲しい。それって自分インコレクトですよってアピールしてるのと一緒だよ。

2020/01/27

元増田は一貫して「ポリコレぶる」「ポリコレもどき」「本来ポリティカルコレクトネス理念からしても害」のようにポリコレ本丸への攻撃は避けて文章書いてるのが印象的だったんだけど、それでもこーやって「『ポリコレ』を悪口に使ってる」という読解が来るんだね。

バカってほんと処置なしだね。元増田の過剰にみえバカ憎悪共感持てたよ。

anond:20200127123616

[]浅い批評家ほどポリコレぶる現象

異世界レビュアーズ」第三話に強く抗議する。

https://anond.hatelabo.jp/20200126232858

いねこれ。



1.ちゃんと見てんのか?

→いや人間の男の乳首だって神経通ってるよな?と突っ込んだが、まぁそれも許す。

そこは乳首じゃなくて女性器の話だろ

ちゃんと観てんの?

途中で男性の性産業従事者に対するルッキズムっぽいものもあった気もするが、

まぁキライなオカズに当たっちまった時の反応だろと思ってスルーする

はあ~~~あ?

「ぽいもの」「あった気もする」ってなんぞ?

そんなの1話からガンガンに出てきてるが?

ていうかレビューで点数付ける話なんだが?

ちゃんと観てんの?

問題オチだ。

オチとは以下の通りだ。

両性具有天使女体化した折に、プレイ相手としてハイエナ娘(男根がある)を選んだことを

人間あいつ、確信してるじゃねぇか」(眉をひそめて)

エルフ「というか、あいつやっぱり」(顔面蒼白

ホビット「男もいけるんじゃ」(顔面蒼白

……一同、振り返って異形を見る眼付で天使を見る。

天使「?」

その天使の背景にレインボー(虹)が出て……

                  (終わり)

いや何だよこの展開!

男が男性セックス相手にすることを、明らかに変態趣味として扱ってるよな?

あのねえ

彼等は買春趣味だと公言する荒くれ冒険者

初対面の少年娼婦を奢り未経験からと尻込みすればなお喜ぶという

ホモソの権化みたいな奴等として人物造型されてるんですよ?

リムに対する態度が問題だっていうなら1話の時点で大問題だろバーカバーカ。

3話になってわかりやすゲイの話が出てくるまで気づかないような頭の鈍いバカタレがなに偉そうに大騒ぎしてるの?

バカが一人前の人間のような顔してるの見せられるのってすごく不愉快


2.お利口さんポリコレ問題

女体化自体はどうでもいい。

せっかく女体化したのに、女を呼んで百合プレイをするというチキンな展開もどうでもいい。

は?

女体があったら男とやらなきゃいけないってこと?

女とやったらチキンてなに?男とやる方がガッツあって偉いの?

ほえええ~~~?なにそれ?ちゃん理屈説明できる?

変なジェンダーバイアス持ってるのはお前の方じゃありませんか?



結局お前の言ってるのってお利口さんポリコレなんだよね。

パターンで「こういうのはよくありません」ていう例題をまる覚えしてるだけ。

からやべえっていうなら1話からやべえってことすらピンとこない。

3話にもなって同性愛っていう表層的なパターンを見つけてようやく「いーけないんだ!」になる。

あげく同性愛への偏見告発する文で「せっかく女体なのに女とやるなんて」などと口走っちゃう

バカが。


ついでに言えば、クリム指向はあの3人から否定されただけで描写として別に異常者とか劣った奴として扱われてはいない。

客観的にいえば女体化をより自由根本的に楽しんでる今週の主役はクリムなわけ。

タンクとゼルは快楽主義者の癖にまだそこまで踏み込めてない未熟者という描写


プレイ内容ちゃんと見りゃ別に画一的価値観なんか描かれてないの。

ゼルは自分が思ってるほどストレート的なアイデンティティを固守出来てないし

カンチャルも強制的にだけどずっと痛い痛いって言いながら挿入される側になって普段サド男性としての自認や立場崩壊してるし

「男らしく」百合プレイに踏みとどまれてるのはスタンクだけ。

グラデーション出てるんだよね。

更にいえば「男らしさ」を守ったスタンクプレイ最初にサラッと流される一番しょっぱい退屈なものとして描かれてるのも気付いてるだろうか?

(「女とやってるチキンから」じゃねえよ?スタンクは女の身体でどう楽しむかについてビジョン持ってない奴だったからだよ。

  同じ状況でも「女になってレズプレイすること」に熱い欲望ビジョンを持って臨んだならこの回スタンクが主役になることだってできた。)


ついでに話数をまたいだことまでいえば

リムはクリムでスタンク達に偏見自意識過剰な警戒心を持ったことがあって

1話で命を助けられた直後でありながら(買春趣味だなんて、女性器があるとバレたら強姦してくるかも知れない)と考えて男だと嘘をつく描写があって

それが3話で逆に巨根を持ったバイだなんて、油断したら俺等もやられるのかも知れない)と偏見&警戒をされる側に逆転しているというギャグだったりする。

1話の時点で性体験ゼロで3話でも未だに消極的な顔をしてついて来るクリム

気付いたらスタンク達より前のめりな性を楽しむようになってて畏怖されるという逆転でもあって

単にゲイについてどうこうなんて単純な情報ギャグじゃ無いんだよね。


まあその場その場の表層描写しか理解できず

お利口ポリコレで誉めてもらうネタ必死に探すだけの目ではそんなとこまで気付かないだろうよ。



3.まとめ

レビュアーズはお下劣馬鹿エロアニメだけど

それにしたってお前の鑑賞と批評は浅い。浅すぎる。


お前が普通にアニメ批評書いてもつまんなすぎて誰にも相手されないだろう。

そういう素の能力勝負したら誰にも相手されない低能馬鹿の分際でレスポンス欲しがる奴は

そうやって外付けのお利口さんリベラル価値観に身売りして

サモ何か良心的で重要な指摘のような顔で「いーけないんだいけないんだ」する告発文を書く。

そして普段と違って誉められたり反応されたりして癖になる。


浅い批評に浅いポリコレもどきをくっつけて合わせ技でなんとか人に相手してもらえる水面に顔を出す存在

こういうお利口ポリコレ人間って本来ポリティカルコレクトネス理念からしても割と害だと思うんだけどね。

こいつらが本当に満たしたいのはただの承認欲求じゃん。

「何かを正義風に雑に攻撃する言説を繰り返す」って、承認欲求の満たしかたとしては圧倒的に間違えてるよね。


お前のようなやつの駄文は世の中を一ミリもよくしたりはしないよ。

ただお前がしょうもない承認をかき集めて束の間の満足を得て悪い癖を付けるだけで

お前自身の為にすらなってない。

異世界レビュアーズ」第三話に強く抗議する。

タイトルのこの「。」に鼻息フンスフンスしてるくだらない自意識が見事に現れててイイよね。

お前の文で一番面白かったのこの「。」だよ。

笑えた。

2019-11-22

欧米だと文化の盗用扱いされるらしいね

そもそも大河ハーフ起用するのってどうなんだろう - hathatchanのコメント / はてなブックマーク

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/b.hatena.ne.jp/entry/4677569665435982434/comment/hathatchan

いかいかはともかく、こういうのは欧米基準だと文化の盗用扱いされるらしいよ。

欧米基準ポリティカルコレクトネスを信奉している人は、そうでない人と違って気にした方がいいかもね。

KIMONO「文化の盗用」理解できない日本人 背景にある“名誉白人感”とは?

https://dot.asahi.com/aera/2019080700015.html?page=5

 明治政府が目指した「脱亜入欧」。そして戦後、いったんは世界2位の経済大国上り詰めた日本。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と褒めそやされた。「有色人種だが先進国」「アジア白人」と既存支配構造にうまく乗っかっているつもりの日本人は、だが、強烈な白人への憧れを持っている。だから白人日本文化を「盗用」すると、まるで承認欲求が満たされたかのように喜ぶ。

 映画攻殻機動隊」の主人公白人俳優スカーレット・ヨハンソンが演じると、アメリカでは“なぜアジア俳優を起用しないのか”と批判が集まるが、日本では“白人美女に演じてもらえて嬉しい”に変換される。日本は「白人国」であるのだから差別されるはずはない、と思い込む。

 東京出身の筆者も米大学院で、自らの無自覚白人賛美を恥じる経験をした。スペイン人を母に持つ俳優城田優織田信長を演じた時代劇について、黒人の友人が「白人武士を演じるべきでない」と憤る理由がわからなかった。イケメンで何が問題かと。



大河ドラマ「麒麟がくる」代役に川口春奈さん | NHKニュース

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20191121/k10012185621000.html

oskimura アメリカなら文化の盗用で炎上していた

そうかもしれないね。

2019-11-13

お前らもっと日本語を使えよ

はてなで当たり前のように使われてる「ポリティカルコレクトネス」の意味を知らない人って、はてなでも3割くらいいるだろ。

俺もその3割側だ。

2019-11-09

anond:20191109153850

「部下である女性」が職場で、接触しないことが避けられない「上司」に告白するというのがなかなかチャレンジャーだと思いますが、仮に告白して断られたとしても、その後仕事上の必要以上につきまとうということがなければ(つまり十分自制的にふるまうなら)普通は「お前マジ無理近寄んな」とまで言う必要なくないですか?

仮に仕事上の必要以上につきまとい続ければ、仕事差し障るという理由必要な注意を自分さら上長から場合によっては人事から)してもらう、それで改善が見込まれなければ異動も視野に入れることになるでしょうが、それのどこがポリティカルコレクトネス関係するのかよく分かりません。

2019-10-31

主にポスター擁護派の言論脆弱さについて

https://anond.hatelabo.jp/20191029132449 の補記


このまとめが私の言いたかたことに非常に近い。私自身が4ページ目で「線引き」という言葉安易に使ったのは失敗であった。後述するが、線引きは必ずしも必要ない。

まさしくそのとおりである。これは1ページ目に書いたとおり、赤十字には表現の自由があり、何を表現するかは赤十字判断をすればいい。最終的には、赤十字にとってのコストパフォーマンスにより決定されるであろうと考えている。


私は、表現自主規制を行う上で、法律上の「わいせつ性」を基準とすることは不適切であると考えている。

世の中にはいわゆる「成人指定」あるいは「R-18指定」という仕組みがあるが、これらの規制自主的に行われている。法的な「わいせつ物」はそもそも流通不可能であり、一般流通している「成人向け」コンテンツはすべて法的に「わいせつ物」ではない。では、どのようにして成人向けコンテンツレーティングが行われているかというと、業界団体による自主規制ルールによる。もちろん、各都道府県系には青少年健全育成条例のようなものがあり、レーティングゾーニング実施要求している。しかし、レーティング主体は、あくまでも表現者である業界団体側に委ねられている。言い換えると、現在日本においては、法的にわいせつであるかどうかを基準とした運用は、成人向けコンテンツに対してすら行われていない。

以上の理由より、私は、法律ベースラインと置く言説には説得力が乏しいと考えている。もちろん、「法律で認められているものOK」と強弁すること自体可能であるが、周囲の同意が得られるかどうかは別である私自身はむしろ、件のポスター擁護する上では、このような極端な言説を用いるのは悪手であると考えている。

これらのコメントは、現実的自主規制ルールについての言及である

男女共同参画視点から公的広報の手引」は、多くの機関にとって最低限満たすべき基準となるであろうが、一方で、非常に概念的な内容にとどまっており、個別表現に対する評価には使いづらいように思われる。そういう意味では、CEROレイティングは、個別表現評価する上では、より有用かもしれない。ここで重要となるのが、CERO(や映論やビデ論など)のレーティング基準は、これまでの議論社会的な情勢を踏まえて策定されており、ある程度の社会通念上の合意が得られたものとして運用されているということであるコメントには「落とし所など無い」という意見散見されたが、多くのコンテンツは、すでに「落とし所」すなわちレーティングに基づいて運用されている。そして、想像ではあるが、このようなレーティング基準の背後では、規制強化派と規制緩和派の綱引きが常に行われているのではないだろうか。

赤十字がどのようなレーティング基準採用するかは、赤十字自由であるしかし、「法的にわいせつ物でなければOK」といった基準採用しないであろうことは、かなりの確度をもって確実だと言えるであろう。

後半の指摘に注目されたい。いわゆる「レーティング基準」というほど明確なものではなくても、赤十字が内部的に表現基準を作ることは十分に有り得る(むしろ、すでにあるのではないかと思う)。このような内部基準は、過去の事例へのフィードバックを基に更新されていくであろうし、性的要素以外にも、ブランディング多様性への配慮なども含めて運用されていくだろう。そして、内部の表現基準曖昧定義されることも予想できる。「各要素を勘案して、不要性的に映らないようにすること」といった基準は、組織内部では問題なく運用される。担当部署感覚が共有されていればよいだけなので、肌の露出割合といった、客観的基準必要とされない。言ってしまえば、まさに「ムラの掟」ならぬ「日赤広報部の掟」があれば十分である

繰り返しになるが、このような内部基準は、表現の自由問題とは直接的に関係がない。赤十字には、当然ながら表現の自由存在する。しかし、赤十字が実際にどのような表現基準をつくり、どのような表現を外部に対して行うかは、赤十字裁量に委ねられている。表現の自由を前提として、それをどのように行使するかの話である

前述のような前提に立つ場合、この問題は「ポスター批判派 v.s.ポスター擁護派」の構図ではない。この問題は、「ポスター批判派 v.s. 赤十字」と「ポスター擁護派 v.s. 赤十字」という、個別の2つの問題である。両陣営とも、赤十字自分の好みに合う表現基準を設定するように、赤十字ロビイングをするだけである。ここで赤十字に対して「あなたには表現の自由がある」と言ったところで、赤十字からすればそのようなことは既に自明であろう。赤十字にとっては、自由を前提として、どのような配慮を行うべきかこそが課題であり、「表現の自由」や「法的なわいせつ物」の話を引き合いに出されたとしても、あまり参考にはなりそうもない。また、ポスター批判派の言論を「お気持ち」と揶揄したとしても、赤十字が「我々はなるべく多くの人の気持に寄り添いたい」と方針付ければそこまでである(そして、赤十字役割を考えれば、そうなる可能性はかなり高い)。「批判派は明確な基準を示せ」という意見も、赤十字には届かないであろう。赤十字立場は、「皆さんの意見を参考にして、基準自分たちで作ります」でしかないと予想されるからだ。

私自身は、ポスター擁護であるしかし、一方で、ポスター擁護派の言論が非常に脆弱であるという危機感を持っている。わいせつ性の有無や表現の自由銀の弾丸扱いしたり、「お気持ち」を軽んじる方向性は、現実世界において他者に響くであろうか。私にはあまりそう思えない。むしろ、そのような極端とも取られかねない言動は、単に無視されるか、悪印象とすらならないだろうか。もしも、わいせつ性の有無や表現の自由議論において有効武器であり、「お気持ち」を簡単に潰せるほどの威力があるのならば、ビールポスターから水着女性が消えたり、レーティングによる自主規制が行われているのは何故だろうか。私が、敬意をもって落とし所を(なるべく自分の好みになるように)模索するべきだと考えているのは、そういう理由である銀の弾丸を持たない以上、100%自分の思い通りにはならないだろうが、「お気持ち案件」などと言って対話を打ち切ってしまえば、最終的にこちらが譲歩する度合いはさらに大きくなるであろう。

繰り返すが、件のポスターの是非において、表現の自由はあまり関係がない。もし仮に、ポスター批判派の要求が、政府による規制を求めることを主体としているのであれば、話は別であるしかし、今回の議論に置いて、そのような意見ポスター批判からほとんど出ていないように観測される。


  • id:Ayrtonism 議論の出発点が食い違っている(批判派は、無秩序にあの手の絵がどんどん広まっていると考えているが擁護派は批判派によって自由が狭められていると思っている)ので、先にそっちを解消しないといけないと思う。

この視点はとても参考になった。確かに公共の場公的、あるいは公的に準ずる機関二次元キャラクターを用いるようになったのは最近のことである漫画アニメに馴染みのない人にとっては、自分が知っている世界が、なにか別のもの侵食されていると感じられるのかもしれない。とはいえ表現の自由を前提にすると、そのような状況を拒絶することは難しいように思われる。「あの手の絵」に過度に性的な要素が含まれていない場合二次元キャラクターであるというだけで拒絶することは難しいであろう。この部分は、なんとかして各自が折り合いをつける必要がありそうに思われる。

残酷ではあるが、あえて言うならば現時点で「声が集まっている」のはあなたの周囲だけなのかもしれない。実際に、私の妻に今回の件の感想を聞いてみたところ「別にこれぐらいいいのでは」というものであった。女性であっても、人によってはこのような反応である。他の人から見ると、あなた(達)の声は、まだ小さいのかもしれない。

しかし、どうか絶望しないで欲しい。私は、あなた立場を完全に理解することはできないし、今時点であなたのために提示できるものもない。それでも私は、あなたにとって、今回の件が重大な問題であることは理解するし、それを馬鹿にしようとは思わない。私にはあなたを助けることはできないかもしれないが、あなたが声を上げ続けることは尊重するし、あなたの仲間がどんどん増えてあなたの声が多くの人に届くといいなと思っている。もちろん、声を上げ続けること自体が容易でないし、辛いこともあると思う。大変ですが、お互いがんばりましょう。


一部はふざけているようにも見えるが、重要な指摘である性癖というのは個々人でバラバラであり、実際に私からすると極端に感じる性癖を持つ人もいるであろう。では、個々人で性癖バラバラであるから、手も黒タイツも、あれもこれも表現として認められない世界になるかというと、少なくとも現在日本においては、そうはならないであろう。これは単純に、社会通念上の合意簡単には得られないかである。これらのコメントは、「だれかの気持ちのために1つでも譲歩したら、結局はあれもこれも譲歩することになる」という危機感を述べているのだと考える。1ページ目で述べたとおり、このような危機感には一定妥当性がある。一方で、現在日本において、そのような自体が実際に発生するかというと、そのようなことも無さそうである。実際に、既に存在している様々な自主規制ルールは、多かれ少なかれ問題はあるにせよ、先鋭化することもなく、案外まともに運用されている。ルールを正常に保つためには、各陣営不断努力が求められるだろうが、極端に悲観する必要は無いと考えている。

補記が続くのかよ

https://anond.hatelabo.jp/20191031142026

2019-08-15

anond:20190815120809

いつからポリティカルコレクトネス=リアリティがあるということになったんだ?

しろ状況的に不自然であっても映画の主要な役にマイノリティ採用したりするのがポリコレなんじゃないの?

2019-08-04

anond:20190804143433

ポリティカルコレクトネスを守ってないけど面白い作品も作りたいじゃん。

ラーメン醤油だけでも美味しいのに何で健康に悪い豚骨を作ろうとするんだろう」とか言われても知るかってならない?

ポリティカルコレクトネスを守っても面白い作品を作れることはディズニー証明しているんだけどな…。

過激で誰かの感情を傷つける表現を追求する人は何が目的なんだろう。

2019-07-16

anond:20190716121750

ポリティカルコレクトネス観点から、LGBTに配慮した映画製作が求められる昨今では、

おそらく、男女カップリングよりも同性愛カップリングとした方が、理解を得られやすかもしれない。

2019-07-10

ポリコレマジョリティも守ってくれる例

映画トイ・ストーリー2』、いつの間にかセクハラシーンを削除

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.elle.com/jp/culture/celebgossip/a28309607/toy-story-sexual-harrasment-190708/

社会的望ましさを追求するなら、過去作品だとしてもやむをえない措置だった。

今回問題となっているセクハラシーンだが、そのセクハラを行っているのはプロスペクターというキャラクターだ。

彼は年配の白人男性を模したキャラクターであり、しか西部劇象徴であるカウボーイハットも被っている。

これは何を意味するか。

このシーンを放置することにより、「年配の白人男性特にカウボーイ文化を担っている地域男性は、影に隠れてセクハラも平気でやらかす人間なんだ」という偏見に満ちたメッセージを、ディズニー社会に対して発信し続けることになる。

実際の白人男性ほとんどはそのような犯罪とは無縁の人々であるにも関わらず、これをフィクションからといって放置することは難しいと判断されたのだ。

特にトイストーリーのような子ども向けの作品の中で、白人男性の誤ったイメージ幼児に刷り込んでしまうと、彼女の成長後の対人関係に取り返しのつかない影響を及ぼすことになる。

近年、ディズニー作品ポリティカルコレクトネス恣意的適用し、女性有色人種ばかり優遇しているとの誹謗が溢れかえっている。

しかし、そうでない人々に対しても偏見を生まないよう、ディ社が細心の注意を払っていることが今回証明された。

いわれなき攻撃に対しては、今後は今回の事例が有力な反論根拠となる。

2019-07-08

ポリティカルコレクトネス多様性は相性がよくいが、偏狭正義感多様性は相性がよくない。

ポリティカルコレクトネス偏狭正義感批判できることが多様性を維持することにつながる

積極的自由偏狭正義感に陥らないことが大事である

しかはてなを筆頭にインターネット偏狭正義感に満ち溢れている

2019-05-28

普段ポリコレで息苦しいとか言ってるのは差別主義者」とか言ってるのに肉食に関するとまんま「息苦しくなる(自分快楽利便性が損なわれる)から嫌だ」とか言い出すはてなーアホすぎでしょ

ポリティカルコレクトネスだって「それを理解しない人」からすればただただ自分意見言動、はては表現活動までも規制しかねないモノでしかないけど、

それを推進する人にとって「それは個人の嗜好ではなく善悪問題から社会全体に普及させようとするのと同じように

ヴィーガンもまた(彼らの信ずる)「個人の嗜好ではなく善悪問題」としてるだけでしょ

多分ここでアホなはてなーは「他人権利侵害するからー」とか思うんだろうけど

その理屈だと「これまでやってきたことを規制したり禁止しよう」って運動は何もかもどこかの誰かの利権侵害だぞ

大好きなフェミニズムだとか労働運動も「俺たち私たちはそれで今までやってきたんだから余計な口出しはやめろよ」って言われて「はいそうですね止めます」ってならないだろ

俺はヴィーガン菜食主義者もアホの集まりだと思ってるけど、そのアホと同レベルで話の通じないアホが多すぎる

これ言うと「ヴィーガンじゃないとか言い訳いから」とかまたアホみたいなレッテル張りするんだろうな

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん